本部

隔離館

玲瓏

形態
ショートEX
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2018/03/25 20:56

掲示板

オープニング

 カクテルグラスの中には七分程にウィスキーが注がれていた。氷は最初よりも大きさを失い、水となって溶け出していた。グラスは淡い光に照らされ静かに波打っている。
「準備は」
 黒いスーツに身を包んでいた金髪の男はもう一度ウィスキーを口にしてから尋ねた。無精髭を生やした彼の隣には、レイピアを腰からぶら下げた婦人が立っていた。
「いつでも問題ありません」
「ご苦労だった」
 男は長い溜息を吐いてグラスを机に置いた。ガラス製の机が軽やかな音を立てた。
「ようやく始まる。キディ、感謝する」
 婦人は目を瞑り、頭を下げた。
「カードは揃った。後は向こうの出方を見るだけだ」
 口角を吊り上げて笑みを浮かべた彼は一度に酒を飲み干すと、ゆっくりと立ち上がった。キディは彼の肩を支えようと手を伸ばしたが、男は静止した。
「ごっこ遊びはもう終わりだキディ。お前はいつも通りにしてろ」
「しかしコーラン様。これが貴方との誓約です。いつも通りにしたら、貴方のお役に立てない」
「もうじきお前も要らなくなる。お前は黙って俺の指示に従っているだけでいい」
 コーランは壁に取り付けられていたスイッチを押した。四角形だったガラスの机の中心に長い線が引かれ、すると机が割れるように左右に別れ新しい机が姿を現した。厳密に言えば机ではなく機械だ。
「モニターを映せ」
 呼びかけに応じた機械は、間を置かず五つのモニターを空中に表示させてみせた。どうやら監視カメラの映像のようで、一つ一つのカメラには独房が映し出されている。
 独房の中には男女問わず人間が入っていた。一人は拳で独房の柵を叩いて、一人は石を使って壁を削っている。
「マイクを」
 機械は指示に従い、内部に秘めているマイクのボリュームを最大限まで引き上げた。
『やあ諸君。
 残念だが君たちの命も今日で終わりを告げる。それは、それは確定事項だ。僕のことはとんだキチガイだと思ってくれて構わない。どう嘆こうが、君たちの声は決して僕には届かないし外にも漏れ出ないから。
 本当なら拳銃で頭を打ちぬいて君たちを殺すことも出来たし、その方が簡単だった。だけど、僕はそんな簡単に宿命を終わらせようとは思わない。ある意味、これは天命に任せていると言ってもいい。君たちは脱出不可能な施設に閉じ込められた訳だが、幾つか抜け穴は存在している。探してみるといい』
 マイクが切れた。人間達は怒り狂ったように、何人かは柵に体当たりをしている。無駄な足掻きだ。コーランは微笑を浮かべた。
 まだ気を抜いてはならない。コーランはタッチパネルを操作するとメッセージアプリを起動させた。天命に全てを委ねるにはまだ足りないのだ。今のままじゃただ人間が死んで、自分の欲望が完成して終わってしまう。
 納得が出来なかった。自分の生きてきた意味が簡単に終わってしまう事が。
 メッセージには音声ファイルが添付されていた。事前に録音しておいた物だ。

 ――親愛なる正義達へ。
 これから僕の計画を成立させるために、どうしても君たちの力が必要になった。僕は今、五人の人質をとある施設に収めている。彼らは脱出しようと足掻くが、きっと全員失敗する。君たちが行かなければ誰も助からないだろう。
 悪戯メールではないことは、下記に住所を記載しておくから、それで判断するといい。
 とにかく、早く行かないと多くの死者が出ることになる。早く行った方がいい、正義達。それで一人でも多くの命を救うのだ。

 宛先はH.O.P.Eとなっていた。コーランは「送信」と無機質に告げた。


 記者だったノレイは石を使って外に脱出できないか無心で試みていた。独房の中に尖った石があったのだ。壁を削っていくうちに外に通じる抜け道がないか。隙間さえあれば救助を求めることもできた。
 構想の段階では完璧だったが、尖っていた石が削られていくと採掘じみた作業も遅れが生じ、ノレイの体力も切れてきた。
「くそ!」
 最後に彼は石を地面に叩きつけて壁に凭れ掛かった。
「どうなってんだよ。誰かいねえのかよ!」
 大声を出しても返事がない。最初は臓器売買かと想像した。拉致され体を解体されて売りつけられる都市伝説のような話は耳にしたことがある。
 まだ死にたくはない。ノレイは躍起になって叫んだ。誰かいないのか、助けてくれ。しかし声に反応する音は何もなく、無残にも孤独の現実に変わりはなかった。
 近くにあった石を柵に投げつけて心を落ち着かせようとしたが、感情が高まれば高まる程落ち着きは無くなっていった。
 電子音が聞こえたと思えば、突然柵が開いた。
「なんだ」
 恐る恐る近づくも、罠らしき物は何もない。
 ベッドの上に置かれていた懐中電灯で薄暗い辺りを照らしながら進むと金属製の扉があった。そこには南京錠が仕掛けられていた。
「くそったれッ!」
 ノレイは懐中電灯のグリップを何度も強く南京錠に叩きつけ激しい音を立てた。何度か試していると南京錠は壊れて地面に落ちた。ノレイは扉を蹴り飛ばして外へ出た。ようやく出られるのだろうか。微かな希望が心にあった。
 希望は間違いだった。扉の外にはまだ暗がりが続いていた。ノレイは舌打ちをしながらも進んでいくと、懐中電灯の明かりが一つの物体を照らした。
 その物体を遠目でみると人型をしていた。人間かと思ったが、違和感に苛まれた。同じ生存者だと思いたいのに、違和感が邪魔するのだ。
「おい、お前」
 人型のそれは正面を向いていた。ノレイが来るのを待っていたかのようで、声をかけるとゆっくりと足を動かして近づいてきた。手に包丁を持っていた。
 ただの人間ではない、その判断に至るまでは早かった。後ろを向いて走って逃げようと一歩を踏み出した途端、その一歩目に激痛が足を襲った。トラバサミが仕掛けてあったのだ。棘が足に食い込んで離さない。
 雨が地面に落ちる時に似た足音だった。
「やめろ、やめろ!」
 トラバサミは地面に括り付けられていて、逃げられない。足が千切れてしまいそうだったが、ノレイはそれでもよかった。足が千切れてもいい。逃げなければ――
「嘘だろ!」
 目の前に女の顔があった。女は倒れかけたノレイに両腕を巻き付けると、長い舌を伸ばして彼の口内に入れた。
 女は包丁でノレイの背中を何度も刺すと満足して彼を開放し、その場を歩き去った。
 地面に倒れたノレイはそれから、二度と起き上がることはなかった。

解説

●生存者の救出
 クリーチャーの討伐

●施設
 生存者達は廃墟となった隔離病棟に捕らえられている。一階と地下一階が存在している。
 一階の窓には全て頑丈なバリケードが作られており、外側から中を見ることはできない。出入口はガムテープや鎖で完全に封鎖されている。

●クリーチャー
 ・ラージリン
 長い舌を持つ女性型のクリーチャーで、テレポートと透明化の能力を持っている。攻撃方法は不意打ちによる刺突攻撃、舌による酸の攻撃。軟体生物のように軽やかな身の動きも可能。動きや攻撃力は劣るが、その二つをテレポートの能力が補っている。

 ・キネシン
 少年の姿をしたクリーチャー。サイコキネシスを使うことが出来て、あらゆる物体で攻撃を仕掛ける。扱うのは二つという限度がある。操れる物体の重量は未知数だが、生物に干渉することはできない。

●コーラン
 キディという英雄を持つリンカー。「恋人のように付き添うこと」が誓約。
 コーランはかつて医者だったが、ある事件が切っ掛けとなり医者を辞め、錬金術を勉強するようになっていった。彼は集めてきた人間達の身体を切り取って目標を成し遂げようとしているが……。

リプレイ


 随分と長く眠っていたように感じる。先ほどまでは家族と一緒に過ごしていた。久々に会社から休暇を貰って、五歳になる娘と妻と三人でピクニックに出かけていたのだ。あまりにも心地の良い陽だまりの中にいると自然と眠気を感じる物なのだろう。ロウはしかし、先ほどまでの幸福感と乖離した世界に戸惑いを隠せなかった。
 太陽はどこにもいない。あるのは暗闇だ。どこまでも続く暗闇だった。
 声を出そうとしてみたが、喉に異物があって声が出せなかった。最初こそ猿轡かと思ったが、錯覚だった。喉の近くに鋭い針のような物があって、後頭部から伸びたベルトのような物で固定されているのだ。唾を飲み込もうとしたら激痛が走る。口を少しでも動かしたら針が当たる。
 手足は自由だったが、頭が何かの機械に固定されていた。
「壁付近に音などの反応は特になし……抜いても構わないと思われます」
 咄嗟に、それが人の声だと気付くには微睡みが邪魔していた。
「了解っと、そんじゃ派手にいくぜ」
 何が起こっている。彼はそう口にしようとした途端、強い地響きが起きて心臓が跳ね上がった。針に突き刺さる所であった。
 しっかりと目が覚め、幾つかの足音が聞こえた。
「廃病棟に人を集めて幽閉……どう考えても人体実験じゃないか。それにしてもコーランとは一体何者なのかねぇ?」
 前触れもなく人間の声が聞こえてきた。女性の声だった。
 ――廃病棟? 
 ロウは声に耳を傾けた。注意深く聞けば足音が幾つも聞こえている。
「人体実験、ということは結構エグいクリーチャー達がボク達を待っているんですかねぇ~?」
「あくまでも法医学者としての勘さ。ただ、あのメッセージから察するにまともな面構えをした奴らは出てこないだろうけどねぇ」
 自分が置かれている状況を全く理解ができないまま、言葉は続いていく。寝ている間に何が起きたのだろう。
 命に危機が迫っている。ロウは喉に針が当たらないよう慎重に周囲を調べることにした。まず、横向きになっている。背中と埃っぽい地面がくっついている。頭の器具に手を伸ばして暗闇の中探ってみたが、解放の目処には届かなかった。
「それでは散開して生存者を探しましょう。僕は地下一階を中心に回ります」
 警察か! ロウは叫びたい気持ちを必死に堪えた。
 彼らは助けに来てくれたのだ。度が過ぎる悪戯をする悪者を捕獲し、生存者である自分を助けに来てくれたのだ。
 ここだ、ここにいる! 彼は手で地面を殴ったが、鈍い音がしただけで声に代わる音は鳴らなかった。地面は大理石で出来ているのだ。何か音を出せる物はないか。周囲に目を配った。


 調査が開始してから二十分が経過していた。月鏡 由利菜(aa0873)は敵性を警戒しながら足音を消して進んでいた。一階の捜索とはいえ、窓にはシャッターが下りているせいで光は無い。神経接合マスクがなければ簡易的な罠でも気付かずに掛かるはずで、生存者の発見は早めなければならない。
 彼女は三木 弥生(aa4687)の解除した罠とは別のルートを通っている。罠にも気を配れば、一人一人の調査が遅れるのは当然だろう。コーランの攻撃であった。視界不良、情報不明な罠。その二つが調査を遅らせているのだ。
 ――待て。
 共鳴していたリーヴスラシル(aa0873hero001)は月鏡の脳にそう伝えた。
 ――腰を下げ、南東の方向に耳を済ませるんだ。視覚は私がフォローする。
 分かりました、と告げてから眼を閉じた。
 湿った木材の匂いや仲間の足音を通り抜けて、異様な音が聞こえた。
「これは……、金属製の物を叩く音でしょうか」
 ――恐らくな。ここから近いぞ。
 助けを求める金属音。月鏡は低姿勢のまま足を動かした。左右には病室が見えている。
 通信機が鳴った。構築の魔女(aa0281hero001)から全員に向けての通信だった。
『思った通りでした。生存者が捕縛されていた、と思われる手術室を調べていたら隠されていた監視カメラを見つけました。黒幕は、私達の動向を監視しています』
『趣味が悪いね、知ってたけど』
 餅 望月(aa0843)は気取った声を出した後に、こう言葉を続けた。
『コーランさん、乙女を除くとは全然紳士的じゃないどころか全美少女を敵に回すよ。多分男子諸君も敵に回すことになるよ』
 百薬(aa0843hero001)の言葉に月鏡は苦笑を交えて『そうですね』と相槌を打った。少しだけ緊張が和らいだ。
『生存者の方はどうだったんだ?」
『手術室のベッドの上で息絶えていました。駆け付けた頃には既に。死因に関しては、罠の発動だと思われます。憶測ですが、目覚めてすぐに……錯乱して、不意に発動させてしまったのだと思われます。私はもう少しここを調べていますので、皆さんは他の場所の捜査をお願いします』
 通信が途切れた。月鏡は通信中も異音まで歩き続けていたが、通信が終わると同時に壁に手をつき、立ち止まった。
 ――どうした、ユリナ。
「いえ……、最後魔女さんは生存者の死因について曖昧に語りました。罠の発動。きっと……きっと、凄惨な状態だったのだと思います。その時、生存者さんは計り知れない恐怖を感じたことでしょう」
 理不尽な死。多くの人間が抱く恐怖だった。
 月鏡は深く息を吐くと、再び歩き始めた。まだ生きている人達にその恐怖を感じさせてはいけない。誰も死んではならない。
 ――コーラン、奴の目的は……。
 人が人道から外れる時、例外を除けば概ね理由があった。コーランが生まれつきの狂人でなければ、彼の計画には動機があるはずだ。
 どんな真実が眠っている? この計画の裏には何がある? それらは明らかになるのだろうか。それは、今考えても仕方のないことだろうか。最優先は人質の救出。リーヴスラシルは思案を後回しにして、周囲に感覚を研いだ。

 月鏡達が一階を捜査している間、あい(aa5422)は地下一階の探索を担っていた。
「どこにいるデェース、あいが助けに来たのデス!」
 ――虱潰しに探してみるしかないね。建物自体はそこまで広い訳じゃないから、罠さえ気を付ければ何とか。
 リリー(aa5422hero001)の警戒の矢先、目の前に一本の細い線が左右に引かれていた。古典的なトラップだ。
「……どんなトラップなのかちょっと気になるのデス」
 周囲に目を配っても凶器らしきものは見当たらない。あいは周りに生存者、仲間がいない確認を終えると大きく三歩後退り、ハルバードで裁断した。
 糸が切れると同時に左右の壁から耳を劈く程の破裂音が聞こえた。火薬が破裂した音だ。壁の中に散弾銃が埋め込まれ、起動されたのだ。
 トラップにかかれば生きる余地は与えられない。死は確定するのだ。
「何、今の音?!」
 銃声の後に続いて、女性の声が聞こえてきた。リンカーの声ではない、聞き覚えがないからだ。
 あいは罠に気を付けながらステップを踏むように走り、声のした方向へと急いだ。廊下を右に曲がると鉄で出来た扉が片方の壁だけに規則正しく並んでいた。病室というよりも、牢獄に近い模様だった。
 廊下の先に見えた不意な人影にあいは呼びかけた。
「大人しくするのデェース! あいはHOPEからやってきたエージェントなのデス!」
「エージェント? 本当?」
「本当デスデス!」
 動かずに人影を窺うと、揺れる疑心の中静かに前に進み始めた。
「ストップ! ここには罠が張り巡らされているのデス。あいが今向かうのデス」
 警告を聞いた影は反射的にしゃがんだ。細い息遣いが離れているあいの耳によく聞こえてきた。よほど恐ろしさを感じていたのだろうが、取り乱していないだけ幸運だ。
 錯乱したまま走り回られたら、待ち焦がれた罠が人間を殺すだろう。


 手術室のベッドに寝かされていた遺体は、最後に何を思っていたのか、構築の魔女は断片を聞いた。顔を見ればすぐにわかる。痛みや恐怖、死の声。
 ベッドの真横に立っている台は徒に置かれているのではなかった。台は人間の腰ほどの大きさで、金属製。その上にノートパソコンが置かれていた。モニターは付きっぱなしだ。
「これで、仲間は別の場所を探索するでしょう」
『リンカーが忠実に動くとはね』
 モニターにはコーランの笑みが映っていた。静止画だ。コーランはソファーの上に座っていて、隣には婦人が立っている。その隣には十代後半の女性が婦人と手を繋いでいて、コーランの隣には十歳くらいの少年が立っていた。
 コーランは魔女が手術室に入って来た途端、二人きりにするよう指示を出したのだ。従わなければ真実を闇に葬り去ってやる、彼は告げた。
 通信機で手術室の探索を担うと約束し、モニターに再び顔を向けた。
「時間稼ぎならば私はこのまま、生存者の救出に向かいますが」
『気が早いお嬢さんだ。二人きりにしたのは、それには理由がある。君の正義に問いかける時間でもあると言えようか』
「正義、という言葉にこだわるのですね」
『君達HOPEは一般市民からは、正義だと思われている。悪を倒し、忠を尽くし、命を繋ぐ。立派なものだと常々私は感じている』
「私に、私達に何を求めているのか。今までの言葉からじゃ、あなたの意図は読み取れませんが」
 パソコンのスピーカーから微笑が漏れた。写真に浮かべている笑みとは、全く異なった微笑だった。
『君達は、もう少し人間を見放した方がいい。君が昨日助けた人間が、今日の殺人鬼だったらどうする。どうしてテロや、自然災害が起きると思う? 俗にいう運命という物の意思だとは思わないか』
「意思、ですか」
 言葉の意味が、感情が空間に満ちる。魔女は口を噤んだ。コーランは確固たる信念を持って語っているのだ。自分が何を言おうと、コーランの意思は変わらない。無駄な一言は、それこそ時間の無駄でもあった。
『そこで死んでいる人間は、かつてはボクサーだった。地元では最強と謳われ、友人達からは畏れられる存在だった。しかし彼は世界に進む一歩を踏んだ途端躓いた。自分の実力が、今までのおままごとでは、小手先では通用しないと知った。試合に勝てなくなったその男は酒を浴びて酒気を帯びた後、一般市民を殴って殺害した。プライドを守るためだけに。すぐに彼に裁判がかけられたが結果は無罪。なぜか? その時彼は泥酔していて殺害の意思はないと判断され、挙句の果てに友人達が擁護し、一般市民から先に手を出したと主張した。裁判は長く続いたが、無罪で終わった』
 遺体の拳は罅割れていた。赤く血管が膨れ上がっている。
 目隠しをされて、尖った器具か何かが突き刺さる痛みが走り、思い思いに目隠しを外すと目の前には「三十秒以内に自分の上腕骨を折れ」と書かれている。足は固定されていて、動けない。近くにはトンカチがあった。
「あなたの仰っている言葉の意味は分かりました。しかし、運命によって罰せられるならばあなたが手を出すのは間違いなのでは。それに、私一人であなたの独り言に付き合うことに、何の意味があるのでしょうか」
『順番に答えていこうか。いいか、手を下しているのは私じゃない。罠を用意したのは、それは認めよう。だが罠を解除する余地は与えていた。その男なら、自分で骨を折ればよかったというのに、しなかった。甘えだ。もう一つ、独り言に付き合うのは一人じゃないといけない。真実とは、常に一人の人間が持っていなければ、意味をなさないからだ』
「遠巻きな言い方ですね」
『真実とは人の数によって行き先が変わる。人質達が全員、罰せられる存在だと気づいただろう。救助したら、他の人間が死ぬかもしれない。その真実を君だけが持って、君がどう行動するかが重要なんだ』
 正義の味方達は、誰に横やりを入れられようと人の命を優先するだろう。ただ、正義というのは人の数あってこその正義だ。一人だけならば正義にはならない。
 魔女だけが真実を握っているなら、やり方はいくらでも存在する。他の仲間に隠れて生存者を殺害する事もできる。
 全員が真実を握ったらどうだろう。誰も人質は死なない。
『君の答えをゆっくり見させてもらうとしよう。いいか? そこに捕らえられている奴は、小さき悪人だ。人を殺す悪人だ』


 近くにいた赤城 龍哉(aa0090)は見つかった生存者達と合流していた。痩せた金髪の女性で、手首には掻きむしった後が残されていた。激しい恐怖が邪魔して痛みを和らげているらしく、ミレアと名乗る女性は脱出を急いでいた。
「早くここから出して! もう懲り懲りよ」
 あいが手で制止しなければ、今にも走り出すと思えた。
「落ち着けって。ひとまず上出来だぜ、あい。お手柄だ」
「勿論なのデェース! 後は気を付けて地上に脱出させればよさそうデスね! あいにお任せなのデス!」
「俺も手伝うぜ。ヴァル、殿は任せた。何か来ないから見張っといてくれ」
「分かりましたわ」
 ヴァルトラウテ(aa0090hero001)は返事の後、あいの後ろについた。ミレアは中央に置いて、一列で地上を目指すのだ。
 辺りを見渡せば、その程に異様な病棟であった。牢獄のような病室、脱ぎ捨てられた衣服には血がついているが、昨日今日という時間に付着した物ではない。純白のナース服も黒ずみ、地面に乱暴に落とされていた。
 赤城とあいの通信機に連絡が入った。九字原からのメッセージだった。
「コーラン、についての情報が掴めました。構築の魔女さんが手に入れたコーランの写真を下に調べた所、彼は既婚者です。キディという名前の女性と結婚されていて、彼女はリンカーでした。コーランは会社員として働いていましたが、今から六年前にキディさんが昏睡状態に陥ってからは会社員を辞めて介護士の志を目指したようです。昏睡状態の理由は事故という言葉でしか語られておらず掴むことはできませんでした。ほぼ植物人間の状態となってしまったキディさんは、ある日突然の死を迎えます。その事件は詳しく乗っていました。犯人はコーランさんの幼馴染の男性。自宅のベッドで寝ていて、コーランさんが見ていない所で銃を撃ち、殺害。殺害の前にキディさんの事を、おそらく、襲ったと思われる文面が乗っています。親友の裏切りと溺愛していたキディさんの死が同時に押し寄せた彼は、精神病にかかり入院させられました。それが、今いるこの病院であるのです。親友の名前は伏せられていますが、その人物は刑務所で暮らしているとのことです。処刑は言い渡されませんでした」
 馬鹿な奴だな、赤城は吐き捨てるように言った。
「復讐のつもりか何だか知らねえが、こんな事しなけりゃただの被害者で終わったってのによ。悔しい気持ちは分からなくはないぜ。だけど、こいつは間違ってる」
 何処かに隠されている監視カメラに向かって赤城は言った。
 あいの端末を覗き込んだミレアは、小さくしかし確かな吐息の叫びを吐き出した。
「コー、ラン? その人……知ってるわ」
「本当デスか!」
「ええ、知ってる。知ってるの。でも、嘘……そんな」
 突然、ミレアは咳き込んだ。
「おい、大丈夫か!」
 激しく咳き込み、地面に倒れ伏しながらもミレアは一言ずつ言葉を発した。
「わたし、の……、恩人。でも、酷い事……して、しまった」
 あいが背中を叩いていると、ミレアの咳は落ち着いた。だが様子はまるで変わらなかった。
「私、学校でイジメられてて、コーランさんに助けられた。でも標的がコーランさんに移ってから、私は、彼の事を無視して……大人になって、偶然、同じ会社に勤めることになって」
「同僚だったのか?」
「そう。でも、事件が……起きたわ。キディさんを、昏睡状態にしたのは、私……なのよ」
 記憶が拒絶している。思い出してはならないと、封印していた記憶が暴れている。
「コーランとお前には接点があったのか。キディとの事件は本当にお前が関与しているんだな。コーランはそれを知っているのか?」
「知らない、はずだった。私は、わたしはコーランさんに片思い、してて、キディさんが邪魔だと、思い始めて、リンカーだって知ってたから、ネットで調べて、睡眠薬とか、色々……」
「それでキディに興味を失せたコーランを手に入れようとしたって話か」
「そう、そう。ごめんなさい、あんな事になるなんて思わなかったの! ネットでは、一週間だけ起きないって書いてあったのに、何年も続くなんて思わなかった!」
 ミレアは立ち上がると、四方に体の向きを変えながら叫んだ。
「コーラン! 悪いのは私よ。罪はしっかり償うから、関係ない人を巻き込むのはやめて! ごめんなさい、あなたに直接謝るわ。謝って罪を償うから!」
 雷のように声音が割れていた。散々喉を枯らしたあとだったのだろう。無理をして声を出していた。
 静まりかえった廊下に、音が響いた。
『じゃあ償え』
 それは施設内のスピーカーから聞こえてくるくぐもった音だった。
 飛翔の音が赤城の耳に届き、瞬時にミレアの前に体を乗り出した。赤城の肩に大きな包丁が刺さっていた。
 見れば前方に、陽炎に似た不気味な揺らめきが発生していた。
「どこにいるデス! 出てくるのデス!」
 今度はまた別の方向から包丁が投擲された。ターゲットはあいだ。あいは咄嗟にしゃがんだが、頬に擦り傷が出来た。
 罠が発動しているのではなかった。遠隔操作で発動されているならば、ここまで適当に狙えるだろうか。
 三度目、包丁が放たれたと同時に赤城は黒羽手裏剣を飛ばした。包丁は赤城の腕に突き刺さったが、大したダメージではない。
 手裏剣は鈍い音を立てて空中で制止した。呻き声のような物が響き渡った。
 露わになった像は女性の型を成した。肌は青白く、伸びた髪は手入れがされておらず腰まで垂れさがっている。手裏剣は腹部に命中しており、青い血を流していた。
「こいつ、従魔か」
 従魔は伏せていた顔を突然前に向け、蛇のように舌を伸ばしてヴァルトラウテの首を狙った。軌道を見切った彼女は腕を構えて側方に避け舌を掴むと、勢いよく手前に引っ張った。重力に負けて引き込まれてきた従魔に向けて拳を見せつけた。
 しかし、突然従魔の姿が消えたのだ。そこには何もなかったかのように、存在しなかった。青い血や、粘液だけがその場に残されていた。
「テレポーテーション、ですわ。従魔にしては随分と手の込んだ手法で逃げるのですわね」
「とにかく皆に連絡だ。まさか従魔が絡んでくるとはな。コーランって奴、ここに従魔がいる事知ってたのか?」
 単なる偶然ならば、話は早い。
 偶然ではなければ、コーランの後ろ盾を考えなければならない。例えば、愚神と手を組んでいる……という想像。
 掘れば掘る程に根が深まっていく。コーランという悪魔の物語の終着点が見えなかった。


 屋敷内にはおよそ五十個程の罠があった。数は数えていないから正確ではないが、幾重にも張り巡らされていたことは事実だ。三木はそれを通信機にて伝えると残った生存者を探した。通信を終えてから数分と経たず月鏡から生存者発見の報せがあり、一階にいた三木は急いで場所へと向かった。
 給湯室だ。彼女が辿り着いた頃には餅 望月(aa0843)と百薬(aa0843hero001)のペアも集まっていた。
「生存者さんはご無事でしょうか」
「へーきへーき」
 望月は丸椅子に座りながら生存者の様子を眺めていた。
 白い髪をオールバックにした男性で、私服を身に着けている。指には指輪がはめられ、表情は沈鬱としていた。
 名前はロウと名乗っていて、三十代半ばだろうか。彼は三木に軽く頭を下げた。
「一つ訊きたいことがある」
 彼は月鏡の目を見て言った。彼女が頷くと言葉を続けた。
「この病院の名前は何て言うんだ」
「聖ギオルギー病院と書いてありますが……」
 名前を聞いた途端、ロウの沈鬱な面持ちは更に深くなった。耳に入れたい名前ではなかった様子だ。
 項垂れたまま、彼はこう言った。
「この病院はアメリカのとある総合病院の傘下のようなものだった。ここはウクライナなのだろう」
「ええ、そうですが」
 救助に来るまでロウが地名を知る由はどこにもなかったというのに、言い当てている。
「ウクライナの医療技術には遅れが生じていた。そのため、満足に医療を受けられず亡くなる人間も少なくない。私はアメリカの最先端の技術を扱う総合病院に勤めていたんだが、ウクライナで事故に遭い、アメリカなら治せるはずの傷をウクライナの病院では治せなかった。ショックを受けた私はこの技術を広めるために病院を建てようとしたが、精神科を立てるのに手一杯でね。なんでかっていうと、もう足りていたからさ、外科の医者は。いや、いや、アメリカの技術を伝えるには私一人では足りなかったというべきかな」
 口が疲れ、一呼吸の休憩を置いた。ゆっくりと口が開かれた。
「この病院の院長は私なんだ」
「そう、でしたか……。しかし、どうしてそれが?」
「給湯室は私愛用の場所なんだ。毎日来ている。気温も、床の感触も何となく覚えているんだ」
 構築の魔女からの情報によると、この病院は一ヵ月前には営業を停止している。光熱費の利用状況の調査で知り得た事実だが、廃墟になった理由は明確ではない。
「どうしてこんな感じにボロボロになっちゃったんですか」
 望月は百薬を膝の上に乗せて抱えながら尋ねた。
「ちょっと、事件が起きてな」
「事件ですか」
 百薬は名探偵の真似をして見せた。顎に手を置いて考える、といった動作だ。何を考えているのか、何も考えていないのか。
「事件の話は、後でゆっくり話そうと思う。今はここから出たい気分だな」
 座り込むロウの手を取った月鏡は、彼が立ち上がると手を離さず周囲を見渡した。
「罠は全て解除されているのでしたね、三木さん」
「はい。ですが、また新たな罠が設置されているとも分かりません。慎重に動きましょう。床にもガラスの破片や、崩れやすくなっている所もあります。罠以外にも気を配らないと怪我をしてしまいます」
 それに加え従魔の存在だ。透明化の能力を持っている可能性があるデェース! とあいは言っていた。不意なる攻撃には強く警戒しなければならない。
 幸い一階だ。出入口には近かった。月鏡を先頭にして進んでいくと、障害はなく玄関ホールまで着くことが出来た。
「わあ、なんだこれ」
 望月は頬に両手を当てて大げさに驚いた。
 入ってきた時は無事だった扉の前に、多くの椅子や机等が重なってバリケードとなっていたのだ。ドアノブには鎖がかけられ、開けるために割く時間は少なくないだろう。
「ロウさん、この病院には裏口はないのですか」
「ないんだ。ここしか扉はない。なんてこったよ、誰の仕業だ!」
「大丈夫です、もう何人か仲間を呼びます。その隙に私達がバリケードを解除しますから、安全は確保されています」
「そうか、まだ何人か救助隊が来ているんだね。よかった……、頼むよ」
 同じく一階を調査していた九字原 昂(aa0919)が臨場し、月鏡がバリケードを解除する作業に入った。武器で強引に叩き割ってもいいが、細かい部品の多いと破裂の衝撃で周囲に部品が散り、周囲に傷を負わせる可能性があった。別の場所に避難とも考えられるが、従魔がいるならばエージェントの護衛があろうとも離れるのは善いとは言えない。
 一度共鳴を解除し、リーヴスラシルにも手伝ってもらいながら二人で作業を続けた。
「お前、この病院の院長なんだってな」
 ベルフ(aa0919hero001)は地面に落ちていた注射器を拾って観察しながら言った。ロウは首を縦に振ったが、視線は地面に向かっていた。
「今は何してるんだ。廃墟になった今、ここじゃ働いてないんだろう」
「アメリカに戻ってお得意の外科に身を座らせている」
「ここ、精神病院なんだろ。患者のカルテを見れば分かる」
 調査中、九字原はカルテを見つけていた。病名は双極性障害、と書かれていた。他のカルテにも精神病に関連のある病名ばかりが並んでいて、精神病院だと推理するのは簡単だった。
「でもお前のお得意技は外科手術な訳か」
「今は機械による治療が始まっているから、その内いらなくなるんだろうけど。だが、機械の知識がまだ足りていないから人間による外科手術はまだ不可欠だよ」
「ほお、そいつは興味深いが――どうして外科医が精神病院を開いたのか、今はそっちのお話が優先だな」
 きっと彼の癖なのだろう。ロウは顎髭を親指で撫で始めた。ベルフがここに来た時も、彼はそういった仕草をしていたのだ。
「それはさっきも説明したが、ウクライナには外科医が足りていた。余裕があるから、アメリカ人の外科医は求めなかったんだ。だが精神科医は不足していた。私は機を見つけこの病院を建てた。告白するが、私は精神科医についての知識は無かった。医学生の時代に少し学んだ程度だ。だから教本や、アドラー等の心理学本をしっかり勉強し建てた」
「だけどまだ早かった、そういう話か」
 静かな頷き。
「愚かだった。私は外科医として、それなりに技術があり周囲からは称賛されていた。精神科医なんて、繊細な作業は必要ないから私でも完璧にこなせる自信はあった」
 バリケードになっていた机と椅子は左右に分けられ、次は鎖の解除だ。その程度ならば刃で斬っても問題はない。月鏡はカルンウェナンを懐から取り出し、両手で構えた。
 ベルフは黙した。ここから先は外で語らせればいい。先ほどから言葉が濁されている。
 仮に今回の誘拐が無差別な物ではなく、犯人によって犠牲者が決まっているとなれば。
「コーランっていう名前に聞き覚えはありますか」
 九字原は単刀直入に訊いた。
「えっと、聞き覚えはあるな。確かこの病院の患者だったはずだ」
 彼が言い終わる前に、鼓膜を破る程の音が鳴り響いた。月鏡が鎖を破壊する音ではない。
「うわッ!」
 見れば、周囲に目を配っていた三木が壁に押しつけられていた。陰陽玉が彼女を守っているようで、大きな音は陰陽玉と何かがぶつかり合った音だった。月鏡は振り向き、敵を探した。
 罠ではない。どこかに従魔がいるはずだ。
 三木に襲いかかったのは地下一階にあった鉄製の扉だ。扉が崩れかけていた床を破って地面から現れ、三木に突撃したのだ。
「大丈夫ですか、三木さん!」
「ええ、私は大丈夫です……! ロウさんは?!」
 九字原と月鏡がロウの左右に付いて武器を構えた。
「なんなんだ、一体!」
「落ち着いてください、あなたの事は我々が守ります。月鏡さん、ここは任せます。僕はロウさんと一緒に別の場所へと避難します。月鏡さんは鎖の解除、三木さんはその護衛を行ってください、望月さんは僕の後に続いてください!」
 九字原は鋭い視線を周囲に走らせ、影が無いと確認するとロウを背中に乗せて勢いよく走った。目的地は病棟に侵入する際に破壊した壁だ。
「一体何があったというんだ、君!」
「おそらく従魔による攻撃です」
「従魔だって?! 一体、なぜここに従魔が」
「分かりません……、しかしいずれ分かるでしょう。今は生き残ることだけを考えなければ」
 予兆が胸に騒いだ。九字原は後ろを振り返ると、背後から鉄パイプが二本も迫っていた。この速度では追い付かれてしまう。
「望月さん!」
「任せて!」
 エヴァンジェリンを構えた望月は瞬時に振り替えるとグリップで一つ目の鉄パイプを地面に向けて叩き落とし、もう一つを片手で掴んだ。だが鉄パイプの力は凄まじく、望月は引っ張られてしまう。
「うわー! なんか楽しい! けどこんな事してる場合じゃないよね。いくぞ、あちょー!」
 パイプの上に跨った望月は箒に跨る魔女を連想したが、連想している場合ではなかった。槍で勢いよく上から下に切っ先を振り下ろすとパイプは分断された。
 突然勢いを失ったパイプ。望月は前へ放り出され地面を転がった。二つの鉄パイプは勢いを止めた。望月は顔から地面に突撃して、水気をとる犬のように顔を左右に揺らして起き上がった。
「望月さん、大丈夫ですか?」
「うんー多分大丈夫。それより、アレ……」
 壁を破壊した場所は、今いる廊下の対面にある。望月は便宜的に脱出口を「ゴリ押しの裏口」と名付け急いで走り出したが、足を止めざるを得なかった。目の前に少年が立っていたからだ。


 ミレアを連れていた赤城の所に飛龍 アリサ(aa4226)が合流し、三人で彼女を取り囲みながら一階を目指していた。
「もしコーランのメッセージが本当ならば、残る生存者はもうこれだけだよ」
 飛龍は調査の最中、遺体を二人も発見していた。一人は顔を硫酸で溶かされ、一人はロッカーの中で死んでいた。死因が特定できないほど強い衝撃を受けていたのだ。
「構築の魔女が見つけた手術室での遺体を含めて三人、それにミレアと月鏡が見つけたロウってとこか」
「救えなかったのは無念だけれど、祈りを捧げるのは後回し。今は――あの子をどうするかを考えるのが最優先だねぇ」
 飛龍は足を止めて、続いて赤城とあいも前を見据えた。
「Death! 見つけたDeeeeeath!!」
 あいはハルバードを構えた。
 立っていたのはテレポートを使った従魔だ。透明化はされておらず、手に包丁を握って赤城達を睨んでいる。
「クリーチャーがいた事、コーランは知っていたのかねぇ。早く奴をとっ捕まえて色々調べる必要がありそうじゃないか」
「じゃ、とっととゲームも終わらせようぜッ」
 赤城は走りながら手裏剣を投げ、ブレイブサンバーを構えた。手裏剣を横に跳ね除けて躱した従魔は、赤城の斬撃が訪れる前に姿を消した。
「透明化か! 飛龍、あい、ミレアから離れるんじゃねーぜ!」
「了解Death! いつでも来るといいDeeeeeaaaath!」
「元気がいいねぇ君。ミレア君の右側は任せたよ!」
 予想は真ん中に的中した。従魔の狙いはミレアなのだ。姿を現した従魔は天井に付いていた。、口から伸びる長い舌がミレアの顔面に目掛けて伸ばされた。飛龍は右腕を伸ばし、舌を腕に巻き付かせた。
 滴る粘液には熱さが生じている。硫酸だ。舌は素早く動き、飛龍の唇を這った。
(なるほどねぇ、硫酸を口に入れて体内から殺すのがやり方か。悪くないじゃないか)
 片手で持っていたウルフバードで舌に切っ先を突き立てると、従魔は細い声で叫びながら再び姿を消した。
 赤城は剣を構え、目を瞑った。
「姿を消しての強襲か。だがな」
 ――さして広くもないこの場所で仕掛けられる手段は限られますわ。
 姿は消しても音を消せはしない。
 赤城は手裏剣をミレアの真上の天井に投げた。手裏剣は従魔の頬に突き刺さった。
 落ちてくる従魔の腕を掴んだ赤城は目の前に倒し、剣を振り下ろした。剣が刺さる直前、従魔は三メートル前の地面に瞬間的に移動した。
「随分とハイテクな従魔じゃないか。これは驚かされたねぇ」
 地面から起き上がった従魔は、四つん這いの姿勢のまま走り始めて赤城を狙った。舌を天井の照明に巻き付かせ振り子のように揺れながら飛び掛かった。
 足と両手を体に巻き付かせ、肩に思い切り噛みついてきたのだ。
 下手に攻撃ができない。赤城ごとダメージを食らう可能性があるからだった。
「やれ! 今の内だぜ!」
「君の体にもダメージが入ってしまうけれど、構わないっていうのなら」
「問題ねぇよ! こう見えて打たれ強い方ってのは、外見で分かるだろ」
「それは助かる。それじゃあ、歯を食いしばるんだよッ」
 赤城は飛龍に正面を向けた。従魔を離さないように抱きかかえながら。
 ウルフバートを構えた飛龍は乱れたライヴスを剣に注ぎ込みながら従魔の胴体を切り裂いた。
「これでお得意技は全て封じさせてもらったよッ。後はお二人にお譲りしようか」
「あい、ぶちかましてやれ!」
 地面でのたうち回る従魔の前にあいは立ちはだかり、ハルバードを掲げた。
「断罪Death! 処刑Death! 悪いヤツは最後には砕け散るのDeeeath!」
 ライヴスが乱れた従魔にスキルを使う余裕はなかった。目の前にあいが立っていることすら気付けなかっただろう。あいはハルバードを振り下ろし、その命に終止符を打った。
 ――この子、勝手に従魔って決めつけちゃったけど本当に従魔だよね。
 無垢さが残る少女のような顔立ちは、眠りにつくと更に人間に近づいていた。


 少年が生存者でない事は明確だった。死人のように色は白く、何より宙に浮いているのだ。
「赤城さんが言っていた従魔とは違う……。もう一体、別の個体がいたみたいですね」
「さっきの攻撃、もしかしてこの子がやったのかな。黙っていれば、かわいらしい見た目をしてるんだけど」
 人一人を背負ったままでは攻撃が出来ないだろう。九字原は彼を降ろすと武器を構えた。
 表の出入口を開放したのだろう、後ろから月鏡と三木の足音が聞こえた。
 月鏡は少年の姿に気づくと、はっと息を呑んだ。
「あれは……!」
 少年の従魔が手を上に振りかざすと、月鏡の横に立てかけられていたガラス板が彼女に向かって倒れてきた。ガラスは激しく割れ散った。
 幸い破片には刺さらなかったが、少年の手は止まらなかった。今度は後ろから車椅子が迫ってきたのだ。
「念力による攻撃です! 注意してください!」
 小さなタイヤが地面と激しく擦れる。月鏡は身構えたが、三木が前に立ちリフレックスシールドで防いだ。車椅子は勢いを止めず、盾と競り合う。
 三木がガードしている間に、望月は負傷した月鏡の体を癒し、周囲に目を凝らした。相手が念力使いならば、周囲にある様々な物が武器だ。小さな石ころでさえ、人間の弱点を突かれれば致命傷にすら及ぶだろう。
 地面に物が落ちていた。最初は物の正体の想像さえつかなかったが、うっすらと全貌が見え始める。それはいつしか三木が解除していたトラップだ。殺人扇風機というトラップだ。
「皆伏せて!」
 先端が鋭利な刃物になったプロペラは回転しながら浮き上がり、直線を切り裂いた。プロペラは攻撃の手が止まらずに、次に九字原を狙った。
 間一髪で雪村の刃がプロペラを弾いたが、暴れ狂う物体は止まる気配を見せない。
「僕が少年の脇を通り過ぎるので、皆さんはそのカバーをお願いします、先にロウさんを外に連れていかなければなりません」
「そうだね、思ったよりこの子強そうだし。弥生ちゃん、由利菜ちゃん。全力でフォローしよう!」
「了解です……!」
 プロペラの次の狙いは三木だ。今度は縦向きに回転し迫り来る。三木は盾を構えた。
 途端、彼女の背中に勢いよく鉄パイプが激突した。後ろからの衝撃が、三木の抵抗力を奪う。前のめりに体が倒される。
「しまっ――」
 的確に放たれた矢が攻撃線を逸らした。三木の真横にプロペラが落ち、地面にめりこんだ。
「た、助かりました!」
「お怪我は……!」
「大丈夫です。すみません、油断してしまいました。しかし、二度同じ手はくらいません!」
 三木は九字原の横に立ち、少年を見据えた。
「準備が出来たみたいですね――三木さんは盾を構えたまま右側についてください。望月さんは左側に。恐らく物で攻撃してくるでしょうからそれを除けてください。月鏡さんは矢で本体を狙い、僕が通過したら剣を使って攻めましょう。彼の狙いはロウさんだと思います。彼を狙っている間に攻撃を」
 了解の声が九字原に届くと、合図をして一斉に走り始めた。
 月鏡はレインディアボウを構え、即座に放つ。宙を切り裂くかのような速度で直線を走り、少年の心臓を狙う。
 少年は咄嗟に地面のタイルを剥がし盾にすると、走り寄る九字原にタイルを投げた。槍でタイルを弾いた望月は、戦闘の範囲内に入った少年に向けて槍を振るった。
 今度は鉄片を盾にする。少年の意識が傾いている間に、九字原は真横を通り抜けた。少年は勢いをつけて振り向き、九字原の隣に見えていた部屋の扉を倒した。
 三木が即座に盾を構え、扉を押し戻す。
「助かりました!」
 九字原を追いかけようとした少年はしかし、背後から振りかざされたカルンウェナンが許さない。盾として使っていたタイルを再び切っ先の前に掲げると、タイルは木っ端みじんに破壊された。
 ――ユリナ、討伐に時間はかけられん。直ちに決めよ!
 リーヴスラシルの声に依然と勢いを増した月鏡は剣を真上に掲げた。
「神技開放、荒れ狂え剣閃!!」
 剣が吠えるように舞う。風よりも疾く。
 刹那に追い付かず、少年は低い呻き声を上げた。大袈裟に腕を振るい始め、すると天井が崩れ落ちて周囲を砂埃が舞った。
「逃がしません!」
 矢を放つが、的中した感触はない。月鏡はすぐに九字原に通信で伝え、埃の中を走りながら避難口へと急いだ。
 九字原が避難口に辿りついた時、口の前で立ち止まった。バリケードがいつの間にか造られていたのだ。木の板が張り付けられており、鉄で補強されている。更にその前にはロッカーやホワイトボードの障害物が乱雑に置かれていた。
 板の隙間から光が漏れている。もう少し、もう少しだ。
「時間稼ぎ、ですか……!」
「どうしよう、このままだと追い付かれちゃうかな」
「仕方ありません、追い付かれる前に手分けして粉砕しましょう! 壊す他ありません……!」
 背後で音が聞こえた。最初に気づいた望月が振り返った。廊下側から少年が、車椅子に乗って走ってきているではないか。
「伏せて」
 どこからともなく声が聞こえた。三人は声に従ってしゃがんだ。
 一発の銃声が鳴り響き、板を貫通した銃弾が空気を裂きながら進み、少年の頭部に命中した。
 走っていた車椅子はその動きを止め、決して動き出すことはなかった。


 HOPE、ロシアの支部にて報告が終えられた。辺是 落児(aa0281)は椅子に座り、歩く人々の姿を眺めていた。
 任務の報告には構築の魔女、三木、飛龍の三人が向かっていた。
 構築の魔女が持ち帰ったノートパソコンからコーランの居場所が割れたが、赤城と九字原が駆け付けた頃にはもぬけの殻であった。火事が発生し、家が全焼していたのだ。
「目的ー、目的。皆目見当もつかねぇな。こればっかりはコーランって奴の口から聞き出すしかねぇか」
 三木 龍澤山 禅昌(aa4687hero001)は溜息をついた。完全に事件が解決した訳ではないのだ。
「またいずれ、コーランという人物がHOPE宛にメッセージを送ってくるでしょうね」
 構築の魔女は機械音声が告げていた言葉を思い出しながら、目を瞑った。
 彼女の行動が、正義の下で働く魔女の行動にコーランは興味を持っていた。
「そうなりゃ、次はとっちめてやるだけですぅ~。地獄のおしおきタイムは近い~♪」
 くすくすと薄ら笑いを浮かべ、黄泉(aa4226hero001)が言った。
「そうだな! 次はとっちめてやる。それだけだ! 次はあんまり死人が出ないといいな!」
 犠牲者となった人々は三木が火葬を施した。せめて、向こうでは安らかに過ごしていてくれれば……。

 焼けゆく家。美しく燃え咲く火花。
「人形はしっかり動いてくれたかナ?」
 まるでお面のように四つの顔がある人では無き者が言った。
「問題なく動いた。セレン、あれは上物だ。君なら私の娘達だけじゃなく、愛した妻を現世に連れ戻してもらうことが出来るだろう」
「満足いただけたなら何より。さあ、報酬ヲ」
 コーランは封筒を差し出した。そこにはエージェントの行動データが記されている書類だけでなく、カメラの映像も入っている。
「素晴らしいね、素晴らしいね。じゃあまた次も、よろしくネ」
「次はもっと、素晴らしいショーにして見せる。行こうか、キディ」
 サイレン音が聞こえてきた。コーランは最後に散った火花を眺めて笑みを浮かべ、家に背中を向けた。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • ライヴスリンカー
    赤城 龍哉aa0090
    人間|25才|男性|攻撃
  • リライヴァー
    ヴァルトラウテaa0090hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
  • 誓約のはらから
    辺是 落児aa0281
    機械|24才|男性|命中
  • 共鳴する弾丸
    構築の魔女aa0281hero001
    英雄|26才|女性|ジャ
  • まだまだ踊りは終わらない
    餅 望月aa0843
    人間|19才|女性|生命
  • さすらいのグルメ旅行者
    百薬aa0843hero001
    英雄|18才|女性|バト
  • 永遠に共に
    月鏡 由利菜aa0873
    人間|18才|女性|攻撃
  • 永遠に共に
    リーヴスラシルaa0873hero001
    英雄|24才|女性|ブレ

  • 九字原 昂aa0919
    人間|20才|男性|回避

  • ベルフaa0919hero001
    英雄|25才|男性|シャド
  • 愚者への反逆
    飛龍 アリサaa4226
    人間|26才|女性|命中
  • 解れた絆を断ち切る者
    黄泉aa4226hero001
    英雄|22才|女性|ブレ
  • 護りの巫女
    三木 弥生aa4687
    人間|16才|女性|生命
  • 守護骸骨
    三木 龍澤山 禅昌aa4687hero001
    英雄|58才|男性|シャド
  • 歪んだ狂気を砕きし刃
    あいaa5422
    獣人|14才|女性|回避
  • 歪んだ狂気を砕きし刃
    リリーaa5422hero001
    英雄|11才|女性|シャド
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