本部

【愚神共宴】連動シナリオ

【共宴】noblesse oblige

影絵 企我

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2018/03/21 20:27

掲示板

オープニング

●善性愚神の生みの親
 アルターリソース・エンタープライズ本社。巨大プラントがキロ平米単位で広がり、その中心には天を衝くかのようにビルが数棟立っている。その威容は、まるで城塞だ。
 そのビルの、屋上にほど近い一室にヘイシズは居を構えていた。朝には雑誌から古書までさまざまな文献を読み漁り、昼には社内会議や渉外活動に参加し、夜には屋上に立って夜景を見下ろし黙想する。それが彼の生活サイクルであったが、それ以外にも彼は好んでやる事があった。

「……また作っているのですか?」
 ヘイシズにあてがわれた秘書は、呆れたように呟く。デスクの上にずらりと並ぶ砂時計。シンプルなモノから、夜光塗料の塗られた砂が入っていたり、銀製のフレームを宛がわれたもの、フレームも砂も全て金色に輝く砂時計まである。秘書の言葉はどこ吹く風、ヘイシズは巨躯に似合わぬ器用な手つきで硝子容器に砂を流し込んでいる。
「砂時計は人間の英知の結晶だ。そうは思わないか」
「はあ」
 秘書は首を傾げる。ヘイシズは容器を掲げると、差し込む太陽の光を砂に浴びせた。砂の一粒一粒が、星のように瞬いている。
「上から下へと砂が落ちる。こんな単純な動作で、砂時計は時を可視化しているのだ」
 ヘイシズは語り始めた。秘書は書類を抱えたまま立ちっぱなしだ。
「時を可視化する必要があるのは、人類が過去と未来、そして現在を具体的に思考しようとするからだ。過去に何があったのか、未来には何が待っているのか。それゆえ今はどのような状況に置かれているのか。それを思考するためには、時がここに無ければならない」
 手元を机へと戻すと、ヘイシズはフレームを組み立て始めた。慣れた手捌きである。
「要するに、全ての形而上的思考の原点はここに在ると言っても過言ではないのだ。この世界は“ある”のではなく、“あり続けている”。それを人類が理解した時に神が生まれ、科学もまた生まれたのだよ」
「はぁ……」
 秘書は首を振る。哲学なんぞはどうでもよく、さっさと本題に入ってほしかった。
「それで、どういった要件です?」
 話の腰を折られたヘイシズは仏頂面になってしまった。眉間に軽く皺を寄せつつ、彼は秘書に命じる。
「そろそろ学びを再開したいのだよ。H.O.P.E.に手配をしてほしい」

 出来上がった砂時計をデスクに置いた。ジルコンサンドが、さらさらと下へ落ちていく。

●そうだ京都行こう
 かくて、ヘイシズは東京海上支部へと現れた。雪娘やいめ達による交流用――あるいは軟禁用の――スペースが用意されて動揺が走る中、“善性愚神”の首魁が顔を出したとあって更に混乱が深まった。京都旅行のガイドをしてくれと直々に依頼を下してきたのだから、もうわけがわからない。本部は一人のエージェントに場を繋ぐよう頼み、愚神の「そうだ京都行こう」に付き合う酔狂なメンバーを捜し始めたのだった。
「君が私のガイドを務めてくれるのか」
 応接間に通されたヘイシズは、向かい合って座る童顔の女性――澪河 青藍(az0063)の表情を窺った。ネクタイの結び目を締め直しながら、彼女は鋭い眼でヘイシズを見据える。
「違いますよ。……私はここでの応対までが役割です。もうすぐ皆さん来ますから、どうぞその方達と旅巡りはなさってください」
「普通は本部側の人間がそういう立場に当たるのではないかな」
 ヘイシズが顎に手を当てながらもっともらしい事を言う。青藍はむっとした顔で応えた。
「あなたのせいでみんながてんてこ舞いなんですよ。……そもそも、何でスーツなんだお前」
 スーツを着込んだヘイシズを眺めてぼそりと付け足す。しかし、ヘイシズの猫耳はそれを聞き逃さなかった。
「元々このような顔だから皆の気を引くのは予想の付く事だ。せめて身なりでも君達の常識に合わせておこうと考えたのだが、何か問題でもあったかな」
「そうですか。せめて愚神だとバレんように気を付けてくださいよ」
 獅子顔のせいで思考が掴みづらい。青藍は軽く身を揺すり、苛立ちを軽く露わにしながらさらに尋ねた。
「で、何でわざわざ京都なんです」
 よく聞いた。とばかりにヘイシズは青藍へと身を乗り出した。
「歴史に名を刻み、歴史をよく伝えている都市の一つだからだ。私は君達の世界のルーツに興味があるのだよ」
「ルーツ……?」
「そうだ。他者を尊び敬うに欠かせぬのは、他者の歩んできた道を理解しようとすることだ。人間ならば、その者の歩んだ人生を理解する。国ならば、国の歴史を理解する」
 ヘイシズの言葉に熱がこもる。雄弁に語るその姿は、衆目を前にした為政者のようだ。
「人類ならば、世界の歴史を理解しなければならない。学ばなければならぬことは数多だ」
「……じゃあ、貴方を尊敬するには何を学べばよいのです?」
 青藍は嫌味ったらしく尋ねる。ヘイシズは目を丸くすると、肩を竦めてソファへともたれ掛かった。
「そこが困りどころなのだ。私達の歩んできた道を説明しようにも、裏付ける史料が存在しないのでね。何を言っても君達は私達を信じようとはしないだろう」

 やがて、君達がやってくる。青藍は君達の方に振り返ると、疲れた顔で席を立った。
「じゃあ、後はよろしくお願いします」

解説

解説
目標 ヘイシズに京都観光させる

NPC
ヘイシズ
 黒獅子の頭を持つ愚神。“善性愚神”という言葉を編み出し、彼らを率いる首魁。厳格な雰囲気を湛える一方で、どこか人を食ったような態度も覗かせる。人類の歴史や文化に対して強い興味がある様子。また、その実力は未知数。

開始地点
・京都のどこか(プレイングに応じて決めます)

日程
・一日~二日(プレイングに応じますがこれ以上長くはなりません)

TIPS
・行く場所を増やし過ぎると描写しきれません。相談などで三、四程度に絞る事を推奨します。
・修学旅行で行くような寺社仏閣やら見せてあげると喜ぶ。
・食事処に連れていくのもあり。ちなみに、別に肉しか食べないわけではない。
・基本は京都市内でお願いします。天橋立とか見に行ってもいいですけども。
・ヘイシズを見た人々は彼を「英雄」だと考える事でしょう。
・旅費はヘイシズが持ってくれます。

リプレイ

●清水から
 ヘイシズを囲んだエージェント達は、清水道を訪れていた。老舗の風情ある店が並び、平日であっても観光客で賑わいを見せている。CODENAME-S(aa5043hero001)は通りを見渡し、背後の仲間に振り返った。
『今日は弾丸スケジュールです。時間が押す前に、此処でお土産を買っておくのはいかがでしょうか?』
 エージェント達は一斉にヘイシズを見上げる。今日の仕事は彼の動向の監視だ。彼から目を離すわけにはいかない。彼らの胸中を知ってか知らずか、ヘイシズは笑う。
「土産物に目を向けるのも、旅の楽しみだろう」
 そんな事を言って、そばの陶磁器屋へ歩き出してしまった。紀伊 龍華(aa5198)は慌ててその後を追い、スーツの袖を引く。
「わかってますよね」
――愚神であることは決して口に出さず、民間人に知られないようにしてください。
 出発前に、噛んで含めるように言い聞かせた言葉。愚神が堂々と街中を闊歩している事が知れれば、人々は混乱し、H.O.P.E.の信用も失う。引いては共存の可能性も無くなる。仲間達も含めて警戒していたが、ヘイシズは澄まし顔だ。
「問題ない。人は平凡に過ごしたがる」
 大柄な獅子がスーツを着て店にいる。奇妙な光景に人々の眼が一瞬集まるが、やがて人々は眼を背け、いつものように過ごし始めた。

「えすちゃんは買ったのは服と財布か」
『はい、あの人へのお土産です。正宗は?』
 Sは幻想蝶へと買った品物を収める。着物に縮緬の財布だ。御剣 正宗(aa5043)は頷くと、揃いの髪飾りをSへと手渡す。
「これから離れ離れになるだろう。それでもボク達は幻想蝶と、誓約と絆で結ばれている。その証……のようなものだな」
 Sは髪飾りを見つめた。縮緬に縫われた白翼の刺繍が美しい。Sはくしゃっと笑う。
『はい。ありがたく受け取らせて頂きます』
 早速髪飾りを前髪に留めると、Sは背後を振り返る。ヘイシズが菓子を前に、ノア ノット ハウンド(aa5198hero001)と何やら話していた。二人は顔を見合わせる。
『さて、事前調査もしてきた事ですし、頑張りましょうか』
「うむ、ボクも調べてきたぞ」

 そんなこんなで清水道を過ぎた一行は、修学旅行ではマストなスポットである清水寺にやってきた。普段は無口な正宗も、割合張り切って英雄達にガイドをしていた。
「清水寺と言ってまず思い浮かべるのはこの本堂の舞台だが、他にも見どころはいくつかある。まずは音羽の滝だ。この滝から流れる水は古くから“延命水”などと呼ばれ、飲むとご利益があったという」
『音羽の滝は清水寺の起源とも深くかかわっているそうです。今からおよそ1240年前、夢のお告げを受けた賢心という僧が……』
 Sはメモも無しにさらさらと語り続ける。勉強してきたというだけの事はあった。その横で、着物を着込んで扇を持った泉 杏樹(aa0045)が舞台へと歩いていく。
「折角の、舞台なので……踊らせて、ください」
 杏樹はぺこりと頭を下げると、扇を広げて日本舞踊を舞い始めた。優美で淑やかな所作は、京の和やかな雰囲気に映える。華留 希(aa3646hero001)は眼を輝かせて手を叩き、麻端 和頼(aa3646)の背を叩く。
『ワオ、クール! 和頼も何かやりなヨー。ホラ! 清水から飛び降りてヨ!』
「馬鹿かお前は……」
 和頼は溜め息をつく。“善性”を名乗るトンデモ愚神が前にいるのに、希は気楽なものだった。そんな彼女にヘイシズまで乗っかり始める。
「記録に残る範囲では、一年に一人は飛び降りていたという。85%は生き残っていたというから、リンカーならば怪我の心配もないだろう」
『ダッテ!』
「そういう問題じゃない。目立ってどうすんだ」
 言いつつ、和頼はヘイシズをじっと見据える。ここに来るまでずっと見てきたが、特に怪しい素振りは見せない。土産物屋での店員とのやり取りもつつがなく済んでしまった。
「(……慣れてやがるな。旅して回ってたってのも嘘じゃねえか)」
『コレ知ってる? 京都の老舗の金平糖! 作るノニ2週間も掛かるんダッテ!』
「話だけは。旧来の製法を守っているのはここだけらしいな」
 希はヘイシズに小瓶に詰まった菓子を差し出す。二人揃って幾つか掌に載せ、一斉に口へと放り込む。
『ウーン。職人サンが何年も何十年も、全身全霊を掛けて作り続けてきたカラ、何だかライヴスが入ってる気がシテ美味しい気が――』
「……お前、それは危ない考えだろ」
 和頼はヘイシズと希を見比べる。希はふっと笑うと、小さく首を傾げる。
『ダッテ、愚神になりかけタシ~?』
「ふむ?」
 ヘイシズが僅かに興味を覗かせる。
『実ハネー……』
 希は舞台の外に眼を向けながら語った。かつてはヴィランとして破壊活動に手を染めてきた事、それから和頼と出会い、共に何とかかんとか真っ当なエージェントとして生きようとしてきた事を。
『……今は、人間てバカだケドスゴいって思ってるヨ』
「貶してるだろ」
『違うヨ~職人技ッテ魂も無くっちゃ出来ないッテ思うシ? アタシが身体乗っ取ってもキットコノ味出来ないヨ』
 そう言うと、希は再び金平糖を舐め始める。どこまでもマイペースな彼女に肩を落としつつ、和頼は舞台の欄干にもたれて本堂を見上げた。
「まあ、ここは人間同士の戦争でも破壊すんのが勿体ねえってなったくらいらしいな」
 和頼は服の襟元を整える。ボタンに埋め込まれた小型カメラがヘイシズを映した。
「そういやお前、アルター社にいるんだな。お前がRGWを作ったのか?」
「……私ではない、とだけは言っておく」
 どうせ信じないだろうとでも言いたげだ。和頼はうっすら眉間に皺寄せ、さらに声を低くする。
「何でラグナロクは愚神に乗っ取られた? 今、共存を言う理由は」
「その件については君達の見解とほぼ同じだ。愚神商人が介入した可能性が高い。……その一員であるオルリアを巡る一件を知り、私は今が共存を図る頃合いだと睨んだのだよ」
 ヘイシズは不敵に微笑んだ。

「ふーん……割とご利益ありそうだけど、特に何もしないのか」
 半ば人込みに紛れるようにして、逢見仙也(aa4472)はヘイシズの様子を窺っていた。今日は敵情視察のつもりだ。ディオハルク(aa4472hero001)は幻想蝶の中で唸る。
『(何かするようなバカなら、つまらんことこの上ないがな)』
「まーなー」

●祇園の茶会
 次にエージェント達が訪れたのは、祇園の街だった。有名茶屋の茶室を前もって借りておいた杏樹は、ヘイシズや仲間を相手に静かに茶を点てていた。榊 守(aa0045hero001)は、その横でそっと菓子を差し出す。
「……胡坐ですまんな」
『仕方ありません。その体格では正座も難しいでしょう』
 完全に執事モードの守は、ヘイシズに会釈をする。彼は畳の上に胡坐で座り、茶菓子を口にする。杏樹はそっと茶を差し出した。
「お点前頂戴する」
 ヘイシズは茶碗を取り上げると、茶碗を回して杏樹へ向け、茶をすする。守は舌を巻いた。
『(伊達に文化を学んでいるわけでもないな)』
 吸い切りは下手だったが、その後の拝見の所作は完璧だ。杏樹も彼の姿をじっと見つめ、彼女の学んできたことを語る。
「“一期一会”、今日という日は、一度きりだから、心を込めてお茶を点て、心を大事にお茶を頂く。和の、精神なの」
「なるほど。作法と精神が調和されているのだね……」
 ヘイシズは真面目くさった顔で言う。守はその横顔をじっと見つめていた。

 その頃、仙也はトイレに隠れてメールを打っていた。宛先は澪河青藍だ。とある一件以降、今のところは名前を覚えていた。
[店出るよー? 様子は5って感じ]
[了解です。引き続きお願いします]
 数少ない知り合いを巻き込んで行動を予測し、対応する番号を振って暗号的に準備をしておいた。怪しまれないよう、隙は最小限にする。情報戦は既に始まっていた。
『奴も呑気なものだな』
「ま、そう簡単にはボロ出さないでしょ。オレは“信用”してるよ?」
 携帯を収めると、すたすたとトイレを後にした。

「随分と盛況のようだな」
 祇園の街に出たヘイシズは、想詞 結(aa1461)にサラ・テュール(aa1461hero002)と共に一つの店に大勢の人々が並ぶ様子を見つめていた。
「今日はここで、芸妓や舞妓さんがお抹茶やおそばをお客さんに振る舞うらしいですよ」
 擦れ違うようにして歩きながら、ヘイシズは人々を眺める。人々もちらりと彼に目を遣るが、すぐに身内の遣り取りへ戻っていった。
「興味はあるが……この混雑ではな」
 呟き、ヘイシズはアリス(aa1651)とAlice(aa1651hero001)に眼を向ける。二人は人形のような無表情を貫いたまま、こくりと頷いた。ヘイシズが背を向けると、二人は顔を見合わせた。

「……見る程獅子だね」
『うん、獅子だね』
 獣の王は彼女達の仇。百獣の王を象る彼の事は、気にならないでもなかった。いつもと変わらず彼の事も信用しない二人は、傍観に徹していた。

『そもそも、ここは一見さんお断りみたいだけれどね』
 サラは長く続く行列の最後尾を目で追う。礼服と鎧に身を包み、最初こそ結と共に“よろしくお願いします”と丁寧な礼をしていたが、既に素に返っていた。
「ご存知かもしれませんが、京都で華やかな文化と言えば、こういうところになるですね」
「そうだな。旅行のガイドブックで読んだ事はあったが……実際に見るとまた違う」
 ヘイシズは感嘆したように声を揺らす。その表情にも嘘偽りは無かった。横顔を見上げ、結は更に説明を続ける。
「日本では、舞妓さんを扱っている作品はいっぱいあるですよ。百年以上の歴史もある作品もあって……いろんな人に、長い間題材として好かれてきたです」
『昔から、惚れた腫れたは皆の興味に晒されるものね……』
 サラも納得顔で呟く。結は、髭を撫でつけているヘイシズに尋ねた。
「あの……迷惑じゃなければ、あなたのこと教えて頂けませんか?」
 結はヘイシズの眼をじっと見つめる。どうせなら戦わない方が良い。協力できるとも信じている。しかし、そのためにはまず彼の人となりを知っておかねばならない。彼の思惑を知るよりも大事と結は信じていた。
「大した話は無いが……それでもいいか」
 ヘイシズは結を見つめ返す。結はこくりと頷いた。
「なら、少し場所を変えよう。立って話しているのもなんだろう」
 結を連れてヘイシズは歩き出す。その背中を追いつつ、サラは肩を竦めた。
『……私としては、もうちょっと警戒して欲しいけどね』
 言いつつ、彼女も彼をぞんざいに扱うつもりはないようだったが。

 和菓子屋のイートインにやってきたヘイシズは、結や杏樹達を前に、幾つかの話を滔々と語った。嘗ての世界では、一国に仕えた宰相であった事。激しい戦の中で愚神の襲撃が始まったが、世界の住民は霊力を用いてむしろ戦を激しくし、自ら世界を滅ぼしたことを。
「我々は愚かだった。団結する事を知らず、争い続けたのだ」
 ヘイシズは言葉を切る。愚神である事は伏せ、己の経歴を語る。最初から準備していたかのような、周到な語り口だ。守は茶菓子には手を付けず、じっと彼を窺っていた。
「想詞、君は自らの未来をどう想起する」
 彼は結に尋ねる。結は自らの手元に目を落とし、一瞬考え込む。
「そうですね……私は、いつかは、自分の絵本を売りたいと、そう思うですね」
「ほう?」
 結は訥々と話した。本が好きだという事、母が絵本作家である事、その母に憧れている事を。ヘイシズは微笑むと、組んだ手の上に顎を載せる。その金色の眼が、ちらりと輝いた。
「そのために、君は努力していると見える。諦めなければ叶うだろう」
 “努力”、に杏樹が僅かに反応した。彼女はおずおずとヘイシズを見遣り、たどたどしく話し始めた。
「杏樹も、運動音痴で、踊りも、最初はとても下手で。長い年月かけ、地道に努力し、やっと踊れるようになったの」
『歴史も信頼も努力に似ております。一歩一歩地味に信頼を積み重ね、不信を取り除いていく。互いに理解し合う努力をする。しかし、積み上げて築いた信頼が崩れるのは一瞬でございます』
 守はヘイシズに紙の挟まったパンフレットを手渡す。声を潜め、釘を刺しながら。
『都合の悪い事実を、隠す事の無いように』
 ヘイシズは中を覗く。内ポケットにパンフレットを突っ込むと、彼は立ち上がった。
「……次は銀閣に行くのだったか。そろそろ時間だ」

●侘びと寂び
『これが銀閣か。こうして見ると、金閣と違って大分縮こまっているように感じるのう』
 東山慈照寺、銀閣を前にして飯綱比売命(aa1855hero001)は呟く。“英雄も愚神も紙一重”と持論を述べ、ヘイシズを最初から眼中に入れず観光を楽しんでいた。
「だから、仕事だって言ってるのに……」
 橘 由香里(aa1855)は呆れたように溜め息をつく。くるりと踵を返すと、パンフレットを手にヘイシズへ説明を始めた。
「ここは室町幕府8代将軍足利義政によって建立されました。この慈照寺を代表とする東山文化が生まれ、今日まで続く日本的な文化の基礎となったそうです」
 取ってつけたような、事務的な文句。近頃の失恋が尾を引いているようである。そんな彼女に代わり、龍華は説明を付け加えた。
「金閣に金箔が貼られているのに対して、銀閣に銀が貼られていないのは、当時の幕府が財政難だった事が大きいそうです。代わりにこうして黒漆を塗ったとか」
『それが結果として“わび、さび”? の始まりになるんだから、面白いですよね~』
 ノア ノット ハウンド(aa5198hero001)もにこやかに話しかける。興味津々の眼差しをヘイシズへ向けて。ヘイシズは頷き、庭の木立に囲われたその佇まいを見つめる。
「質素を旨とした文化故に、民衆が取り入れやすかったというのは大きかっただろうな」
 アリスとAliceはヘイシズの傍に並んで立ち尽くしていたが、ふとヘイシズを見上げる。
「まあ、他にも幾つか説はあるみたいだけれどね」
『銀箔を貼るつもりだったけれど、その前に将軍義政が他界してしまったから、とか。外壁の漆が日光の加減で銀色に見えたから、とか』
「ふむ……詳しいのだな」
 ヘイシズはアリス達に目を落とした。二人は仏頂面で見つめ合う。
「他にも、多少の事なら知ってる。親が詳しかったから」
『ねえ、他にどんな国を見てきたの?』
 彼女達へ興味を示したタイミングを見逃さず、Aliceはヘイシズに尋ねた。
「……最初に行ったのはトルコだ」
「アジアとヨーロッパの結節点。沢山の歴史的出来事の起点になったらしいね」
 彼の答えに、アリスはすかさず合わせる。賭場で大人をカモにして培った、こなれたやり取りだ。
「そうだな。有名なのは第四次十字軍や、コンスタンティノープルの陥落か」
 興が乗ったか、ヘイシズもその話に応じる。彼らは話を続けながら、慈照寺の庭を練り歩き始めた。その後ろを、龍華とノアはついて歩く。
『それにしても、まさか愚神から手を組もうと申し出てくるなんて思わなかったですね。面白い展開になってきたです』
 アリスと話すヘイシズを遠巻きに見つめ、ノアは龍華にひそひそと囁く。もしこの共闘が成るなら、これまで積み重ねてきたものが根本から変わる。わくわくしていた。
「信用できるか、は……まだ怪しいかな。どうにも」
『しかし人類の文化に興味があるとは、彼らがやってきた異世界にはノア達のような人間はいなかったのですかね?』
 ノアは呟き、ヘイシズの揺れるたてがみを見つめる。龍華はフードを被り直し、ぽつりと呟く。
「異世界だって千差万別……ってことでしょ。どれだけ推測をしても今の俺達にはわからないよ」

「ねぇ、歴史哲学は知っている?」
 だしぬけにアリスが尋ねる。ヘイシズは事も無げに応えた。
「……個別具体の歴史観の事か。それとも、言語論的転回以降の話の事かな」
『歴史は、歴史家によって語られるもの。事実のみに基づいて構築される事は出来ない』
 言語論的転回、の言葉にAliceは眉を動かす。現在の潮流だ。伊達に歴史を学んでいるわけでもないと見える。
「(……敵にしたら、少し面倒かも)」
 真偽の在り方そのものが彼にとっては違う。アリスはそう理解した。
「故に合理性に基づいた客観性が求められる。その歴史が正しいと、皆が納得できるように証拠や証明を用意しなければならないというわけだ」
 アリス達はヘイシズの金色の眼を見据えた。
「何故、貴方達はこのタイミングで出てきたの?」
「君達の歴史が、我々を“拒絶しない”余地を完成させたと見做したからだ」
 彼は仏頂面で応える。その表情からは、彼の真意を読み取る事は出来ない。鈍く光る金色の瞳が、じっと二人を見下ろすばかりだ。
「なら――」
 ふと、背後に立っていた龍華が口を開く。ヘイシズはちらりと振り返った。
「貴方達の望む未来と人類の望む未来とは、具体的にどういうものだとお考えですか?」
 金色の瞳を見据える。その奥の輝きの正体を見極める為に。ヘイシズは真っ直ぐ向き直ると、迷う事無く応えた。
「争いの無い未来だ。誰もが不当に命を奪われる事のない未来だよ」
『単純明快な答えですね』
 ノアは首を傾げる。綺麗事過ぎて、いくら賛成派だとしても信じようがない。龍華は顔を曇らせ、さらに言葉を重ねた。
「なら、その未来はどのようにして達成されます?」
「君達がやってきたようにするだけだ。ひたすら言葉を重ね、相互の了解を進めていく。我々はまだ、同じテーブルに着いた事さえなかった。右手で握手をしながら、左手にナイフを隠すという事もしなかったわけだ。共存するためには、まずそれを目指すことになる」
 ヘイシズは手を上げると、龍華の胸元を指差した。
「それが、私達と……君達の務めだと思っているが」
「……俺達がやってきたように、ですか」
 真っ直ぐに指を差され、龍華は思わず俯く。

 その言葉はひたすらにドライだった。

●死者の上に立つ
 日も傾いた頃、一行は上御霊神社を訪れた。応仁の乱の発端。これまでの観光地に比べれば、人影もまばらだ。飯綱は小振りな佇まいを見つめ、小さく溜め息をつく。
『京都巡りの〆としては、ちと寂しい場所じゃな』
「文化って、建物や食べ物だけが象徴してる訳でもないし、こっちに寝返った愚神と話すにはお誂え向きの場所だしね」

「(そうだなー。此処はそういう場所だ)」
 一行から一歩後に引いて、仙也はじっとヘイシズの様子を窺っていた。神社やH.O.P.E.への事前の連絡で、この神社は霊力を抑え込む力が強いと聞いていたのだ。

「邪英化したり、愚神化したり、はたまた祟り神から信仰の対象になったり。私達のやってることは昔から余り変わらないわね」
 神職の家柄に生まれた彼女は、その繋がりで得た知識を思い起こしながら語り始める。
「でもまあ、そういう観方からすれば、貴方達の存在も珍しくないんじゃないかって思うの」
 神道は、怨霊を祓う事もあるが、祀る事で鎮める事もある。由香里はそう語った。此処も同じく、恨みを募らせたまま死んで祟り神になった御霊を祀っているのだと。
「ここは正義と悪とか英雄と愚神とか、そういう二元論とは別の空気が吸える所よ。今の貴方達を信じるか警戒するかは人それぞれでしょうけど。貴方達の“今の”本心も私にはわからないけれど、心の持ち方一つで見える世界は変わってくる」
 話しているうちに興が乗ってきたのか、由香里は若干普段の雰囲気を取り戻した。だんまりしている彼を見つめ、ふっと微笑んで見せる。
「私としては、ここはそういう歴史があるんだって分かった上で、関係性を良い方に変えて行けたらって思うわ」
「なるほど、な」
 由香里の言葉を聞き、ヘイシズもまた頬を緩めた。木立の隙から差し込む夕日が、彼の瞳を黄金に輝かせる。
「ここならば大丈夫だろう」
 彼は懐からパンフレットを取ると、その中からメモ用紙を抜き出した。そこに記されていたのは、杏樹達の書き記した質問の数々。
「……教えよう。今日は、この為に君達を呼んだのだ」
 ヘイシズの語調が変わった。サラはちらりと周囲に目を走らせる。自分達以外にほとんど人はいない。物陰から何者かが覗いている、という事も無かった。
「“善性愚神”を名乗る我々の――王の最大の目的は、複数世界の統一を達成し、我ら生命を新たな次元へと導く事。この国の言葉に倣うなら、厭離穢土欣求浄土といったところだな」
 正宗とSは共に顔を見合わせた。二人とも頭は回るが、彼の迂遠すぎる語り口にはついていけない。
「愚神の殆どはそれを手っ取り早く達成したがる。この世界をドロップゾーンに包もうとするのはそのためだ」
 アリス二人は立ち尽くし、彼の横顔を見つめていた。この言葉も“嘘ではない”、と二人は冷静に認識していた。
「だが、それは王の望みに逆行する愚かな行為だ。力に意志が追いつかず、振り回されているのだ。私とて例外ではない」
 希は首を傾げた。力に振り回されるという感覚は彼女にもわかる。彼女自身もそうだった。
「だが、我々は君達を見て気付いた。力を持つ者が如何にあるべきかを。我らは正しく使命を果たさなければならない。それが、愚かな我等に王が与えた罰と試練なのだとね」
 飯綱は軽く腕組みをしてヘイシズの語りに耳を傾けていた。彼がどんな思惑で動いているのであれ、味方でいるうちは味方、敵のうちは敵。そう決めていたから、特に心を動かされる事もない。
「私は王に背いたわけではない。私は、王の意志を果たす為にこの世を滅ぼすのは本末転倒、むしろ我々の愚かさからこの世を守らねばならないと考えたのだよ。このような心配をする必要は無い」
 龍華はその言葉に一抹の不安を覚えた。“地獄への道は善意で舗装されている”。そんな言葉が脳裏に過った。そんな彼を置き去りにして、ヘイシズは更に言葉を続ける。
「だが、それを快く思わない者はいる。この世にありながら、愚神のようになってしまったものがいる。……それが私の知己、ケイゴ・ラングフォードだ」
 守はその名を聞き、黙してヘイシズを見据える。ヘイシズは彼を見つめ返すと、守の仲間達が出会った存在の正体を、滔々と語り始めた。
「彼は進化を求めた。我々の力が、科学を飛躍させると信じて疑わないのだ――」

●謀り事
「これからは離れ離れになってしまうが、機会があればまた来よう、えすちゃん」
『そうですね。是非そうしたいです……』
 京都駅にて、正宗とSはしみじみと呟く。杏樹はヘイシズに懐中時計を差し出した。
「今日一日、共に過ごして、刻を刻んだ。互いに歩み寄り、信頼を積み重ねるには、時間がかかるの。それでも、諦めない、約束の証です」
「ありがたく受け取らせてもらう」
ヘイシズは深く頭を下げ、懐へ時計を収めた。そんな彼に、守は囁く。
『今日貴方が教えて下さったことは、こちらでも改めて確認します』
「ああ。……そんな顔をせずとも、すぐに事実と証明される」
 探りを続ける守に対して、彼は泰然としていた。
『また遊ぼーネ! ヘー! また奢りで!』
 希はにっこり笑ってヘイシズへ手を振る。警戒を続ける和頼は彼女の脇を軽く小突いたが、ヘイシズは破顔した。
「そうだな。機会があればそうしたい」

 ヘイシズは踵を返すと、車に乗り込みその場を去った。エージェント達は、それぞれの思い思惑を胸に、それを一頻り見送っていた。





「いやらしいんだよなー」
 仙也はスクーターに乗り込み、ヘイシズの後を追っていた。気付かれないよう、付かず離れず走らせる。
[……はあ]
 通信の相手は青藍だった。“一応”信用できると、窓口に選んだのである。
「ガチで予習しててさー、多分俺達よりも京都に溶け込んでたんじゃないかね?」
[共感を得るには、郷に従うのが一番手っ取り早いですから]
 彼女は冷静に応えた。ハンドルを切った仙也は、ちらりと青看板を見る。行き先は大阪だ。
「文化や歴史を勉強したのもそのためかね? もう少し追ってみるわー」
[わかりました。榊さんの報告や麻端さんの映像ともまとめて、とりあえず上に報告しておきます]
 通信が切れる。仙也はアクセルを回し、渋滞の中へと紛れ込んでいく。
「英雄のスキルは、愚神のスキルにリミッターを掛けたもの、か」
『正確には人間とリンクを結んだ事で英雄に掛かった制約だ』
 仙也達は道中で出し抜けにした質問を思い起こす。
「神を気取れるような奴と、ただの人じゃ、それくらいの違いは出るよな~」
『少なくとも王は驕ってるな。背後から刃を突き立てて、その顔を拝んでやりたいところだ』

 共宴の幕裏を探りに、二人は走るのだった。

 To be continued……

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • 藤の華
    泉 杏樹aa0045
  • 悪食?
    逢見仙也aa4472

重体一覧

参加者

  • 藤の華
    泉 杏樹aa0045
    人間|18才|女性|生命
  • Black coat
    榊 守aa0045hero001
    英雄|38才|男性|バト
  • ひとひらの想い
    想詞 結aa1461
    人間|15才|女性|攻撃
  • 払暁に希望を掴む
    サラ・テュールaa1461hero002
    英雄|16才|女性|ドレ
  • 紅の炎
    アリスaa1651
    人間|14才|女性|攻撃
  • 双極『黒紅』
    Aliceaa1651hero001
    英雄|14才|女性|ソフィ
  • 終極に挑む
    橘 由香里aa1855
    人間|18才|女性|攻撃
  • 狐は見守る、その行く先を
    飯綱比売命aa1855hero001
    英雄|27才|女性|バト
  • 絆を胸に
    麻端 和頼aa3646
    獣人|25才|男性|攻撃
  • 絆を胸に
    華留 希aa3646hero001
    英雄|18才|女性|バト
  • 悪食?
    逢見仙也aa4472
    人間|18才|男性|攻撃
  • 死の意味を問う者
    ディオハルクaa4472hero001
    英雄|18才|男性|カオ
  • 愛するべき人の為の灯火
    御剣 正宗aa5043
    人間|22才|?|攻撃
  • 共に進む永久の契り
    CODENAME-Saa5043hero001
    英雄|15才|女性|バト
  • 閉じたゆりかごの破壊者
    紀伊 龍華aa5198
    人間|20才|男性|防御
  • 一つの漂着点を見た者
    ノア ノット ハウンドaa5198hero001
    英雄|15才|女性|ブレ
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