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最終発言2018/03/15 09:49:23 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2018/03/11 10:31:17
オープニング
●エンターテイメントの街
ここはアメリカ、ラスベガス。
世界最大級のカジノ街であると当時に、アーティストやエンターテイナーの公演、常設展も豊富で、賭け事に一切関心がなくとも充分に楽しめる観光地として人気を集めている。
夜も昼も、大通りは人でごった返し、常に何かが起こる、刺激的な街。
砂漠の中にある街だが、アメリカ中から物資が流れ込み、不自由なく過ごせる。
いまも、大通りに清涼飲料水のメーカーのロゴを大きく貼り付けたトレーラーが停車し、商店の倉庫へと商品を運び込んでいる。
と――
エンジンを切り、停車措置をしていたはずのトレーラーが、不審に振動し始める。
運転席ではひとりでにハンドルが動き、ギアが切り替わる。
ヴヴヴヴヴヴ。
起動したエンジンの回転数が充分に上がったところで、いきなりハンドブレーキが解除された。
急発進。
超重量級の凶器が、通りを歩く人々に襲い掛かる。
大惨事――を、誰もが予想した。
「あら、危ないですわね」
逃げ惑う人ごみの前には、赤いドレスを着た女性。
アクセルをふかすトレーラーをほっそりとした片手で押し留め、涼しい声で語った。
「トレーラーに轢かれても、必ずしもチート転生が待っているわけではありませんわ。不幸は回避なさった方がよくってよ」
ヴォン、ヴォヴォヴォヴォヴォヴヴヴヴヴヴ!!!
ギュギュギュギュ、ギュルギュルギュルギュル!!!
トレーラーは一層猛り狂ったようにエンジンの回転をあげるが、女性はびくともしない。
アスファルトとタイヤの摩擦で焦げ始めたタイヤの臭いが、あたりに立ち込める。
「困りましたわね……あまり無茶なことをしても、被害が大きくなるだけですし……。このままでは周りの方々に被害が出てしまうかもしれませんわ。そこの貴方がた、手伝ってくださらない?」
女性――いや、女性型愚神アッシェグルートは、駆けつけたエージェント達にそう声を掛けた。
●みんな大好き、ヒーローショー
「プリセンサーの予知により、ラスベガスにトリブヌス級の愚神が現われる。従魔の出現も予知されている。被害を最小限に抑えるべく、すぐに向かってくれ!」
そう依頼を受けて駆けつけたあなたたちは、目の前の状況を把握しかねていた。
トリブヌス級愚神、アッシェグルート。
【神月】でアル=イスカンダリーヤ遺跡群に姿を現し、その後また観測されていなかった愚神だ。
セレブ気取りなのか、頭には赤いヴェールに宝石をちりばめたヘッドドレスを着用し、レースをふんだんにあしらった裾の長いナイトドレスを着用している。
そして、トラックに憑いた従魔の殲滅に協力してくれないかと呼びかけている。
愚神と協力……?
H.O.P.E.に現われたトリブヌス級愚神ヘイシズが『善性愚神』を名乗り、人類に『降伏』を宣言したうえで『共闘』を申し出ているとの情報はあるが……?
アッシェグルート出現の情報を受け、H.O.P.E.支部から連絡が入る。
「状況は把握した。アッシェグルートはヘイシズとの会談でも『善性愚神』として名前が挙げられている。愚神の申し出を完全に信頼しているわけではないが、この場では『不干渉』という扱いにする。愚神が攻撃してこない限り、君たちも愚神に攻撃する必要はない」
ラスベガスほどの大都市で、トレーラーが人ごみに突っ込んでも大惨事。トリブヌス級愚神と戦闘を繰り広げても大惨事。まして愚神が群衆を人質に取ったとしたら、目も当てられない。ならば、従魔の撃破が先だ。
「大きいとは言え、車両を止めるにはまずエンジンの破壊だろう」
トレーラー下部にあるはずのエンジンに狙いを定め、攻撃する。
と。
突然トレーラーが妙な方向へ動き出し。
がしょん。がしょん。がしょ、がしょん。
変形した。
大切なことなので繰り返すが、変形した。
トレーラーは既にただのトレーラーではなかった。
従魔に憑依されていたのである。
ライヴスの超パワーで、ありえない変形を始める。
「わあー、すごーい! ロボットだあー!」
ナニに変形したかというと、群衆の歓声の通り、巨大人型ロボットである。
トラック前面がパカッと二つに割れてロボット頭部が出現し、車両下部が分かれて腕と足に、積載部のカバーが変形して移動し、胴体の装甲になる。
アメリカで最高クラスに有名な清涼飲料水のロゴも、胴体前面に移動してきている。
変形が終了するや、肩に移動したヘッドライトが輝き、なにやらポーズをキメる。
海外にも広がるオタク文化を利用した販促用のオブジェのようにも見えるが、れっきとした従魔だ。
ずしーん、ずしーん。
タイヤによる加速で突っ込むのをやめ、二足歩行で歩き始める。焦げたタイヤは足の両脇に並んでいる。
絵面的には子供と、子供心をもつ大人を大興奮させる類のものだが、アレに踏み潰されれば、一般人はひとたまりもない。
「すごいすごーい! これ何の撮影?!」
トリブヌス級愚神と、トレーラー従魔。
極めて危険な状況であるにもかかわらず、周囲の人々は映画の撮影かなんかと勘違いし、懸命にスマホで撮影する。フラッシュ点滅し、動画撮影中のスマホ勢がわんさか寄ってくる。
「危険です、下がって!」
そこへ、別働隊だったH.O.P.E.のエージェントチームがようやく到着した。
群衆を宥め、場所を空けさせる。
場所はラスベガス。24時間、365日刺激的な街。
さあ、ヒーローの出番だ。
解説
【目標】
一般人に被害が出ないよう、トレーラー従魔を撃破する。
【登場】
・トリブヌス級愚神アッシェグルート
【神月】以来の登場。
気まぐれで享楽的。今回も何を考えているかはわからない。
ただし、ヘイシズによれば『善性愚神』を名乗っている。
基本的にエージェントとしては『不干渉』。あちらが勝手に協力的に動いても気にする必要はない。
会話まで禁止されているわけではない。
前回とは違い、セレブ気取りのヘッドドレスと裾の長いナイトドレスを身につけている。色はどちらも赤。
《ヴルカンフォイア》
範囲3に火柱を発生させる。射程1~15。
《ピュロマーネ》
スキルを含む攻撃の命中時に、爆発によって1d6の追加ダメージを与える。
・トレーラー従魔
ロボット型に変形したトレーラー。もうエンジンとか関係なさそう。動力源はライヴス。
ワルそうだがちょっとかっこいい。動画を撮影すると清涼飲料水のロゴがめっちゃ映る。
憑依型従魔なので、どれだけ攻撃して破壊しても、ライヴスパワーで撃破後は何事もなかったかのように元のトレーラーに戻る。
幸い、積荷の清涼飲料水はすべて運び出した後。
一般的なトレーラーのため、火器になるものは搭載していない……はず。
《トレーラーパンチ》
変形して握り拳状の手が出現した。重量級の攻撃を繰り出す。
《トレーラーキック&踏み潰し》
トレーラー下部の後方が足に変形した。重量級のキックと踏み潰し攻撃。
《必殺技》
ライヴスパワーで剣のようなものを出して何かやるかも。
・H.O.P.E.別働隊チーム
予知では位置情報が曖昧だったため、現場には2チーム派遣されている。遅れて従魔出現位置に到着した別働隊は、今回はサポートに回る。警察との連携、一般人の避難等を担当する。
その他あなたたちの要請があれば応じる。
【PL情報】
当シナリオでアッシェグルートが一般人及びエージェントを攻撃することはない。
リプレイ
●『善性』愚神?
ヴヴ、と鋼野 明斗(aa0553)の端末が振動した。
プリセンサーによりアメリカ、ラスベガスに従魔出現の予知。
「さて、今月の光熱費を稼ぎに行くか」
苦学生である明斗にとって、依頼は常に飯の種である。
ドライな明斗と対照的に、正義感の塊が少女の姿をとったようなドロシー ジャスティス(aa0553hero001)はいつだって、言葉代わりのスケッチブックで正義執行を訴えるのだが。
「………………」
今日に限っては俯き加減で黙々と、明斗のあとをついてくる。
「どうした?」
問いかけの言葉にも、心配ないと手を振って。
けれど一層、表情を暗くする。
ラスベガス。砂漠の中に作り上げられた、賭博とショーの街。
人間の欲望が渦巻き、毎日のように大きな力で更に欲望が上塗りされる。
人の業を凝縮したようなその街に、ドロシーはどうしても好感を持てないでいた。
この事件に先立ち、H.O.P.E.ニューヨーク本部にはヘイシズという愚神が現われ、『善性愚神』として自身とヴァルヴァラ、パンドラとアッシェグルートの名を挙げた。
ヘイシズは言う。
――我々は“善性愚神”として、世界の秩序の為に……そして贖いの為に、“悪性愚神”を狩ろう。
愚神との協力や取り引きは、H.O.P.E.と古龍幇の結んだ香港協定第二条によって禁じられている。
だが、南米沖で愚神ヴォジャックを倒すため、愚神ヴァルヴァラと古龍幇、H.O.P.E.が共闘したという既成事実を受け、特殊措置としてヘイシズの申し出は受諾された。
愚神が愚神、あるいは従魔を狩る?
『善性』愚神などという存在がそもそもありうるのか?
それは許されるのか? 許していいのか?
H.O.P.E.内部も一枚岩ではない。
エージェント達はそれぞれの思想や因縁を抱え、急激に変化する状況に戸惑っていた。
●ヒーローショーではありませんのよ
「アッシェグルート……何の為にここへ現れたのです……?」
いきなり『善性』を名乗りだした愚神に、月鏡 由利菜(aa0873)は不信感を顕わにする。
『ユリナ、それも気になるけど……まずは事件解決が先だよ!』
ウィリディス(aa0873hero002)の言う通りだ。事態は一刻を争う。
この街では日常的に有名アーティストのステージが開催され、観光客を楽しませている。
巨大ロボットが現われれば何のショーか撮影かと思うだろうが、喜んで動画を撮影している場合ではない。
「これはヒーローショーではありません! 巻き込まれれば命の保証はないのですよ!」
リディスと共鳴した姿は気高い姫そのもので、それ自体が人目を引く。
よく通る由利菜の声に耳を傾けるものもいれば、更に勘違いして撮影を始めるものもいる。
「うわあああぁああっ!」
突然、群衆の中にいたひとりの男性が、目を押さえてのたうち回る。
指のあいだからは鮮血が漏れ、男の服を見る間に赤く染める。
「何か飛んできやがった……くそ、目をやられた!」
流れる血が、ようやく人々に恐怖と動揺をもたらす。
何かがおかしい、と。
「怪我で済むとは限りません! なるべく遠くへ避難なさい!」
この街に派遣されていたH.O.P.E.の別働隊もようやく合流した。
青い制服の警官たちも動き始め、人々はこれがただごとでないと気づき始める。
「痛え痛え! あいつら何なんだよ!」
いまや血だらけとなった男が、悲痛な叫び声を上げる。
「敵です! 動ける人はすぐに逃げて! 怪我をした人は……癒します!」
たとえ目が潰れていても、すぐにスキルによる治癒を施せば回復できるのではと男に近づいたとき、そっと落ち着いた声が囁く。
「なんでもねェよ……。スキルは温存しときな」
男の服は派手に血塗れであるのに、血の臭いはしなかった。路上に血痕も見当たらない。
「ひとまず安全なところへ! 急いで!」
避難させるようにして群衆の視線を遮る場所に移動すると、男はイメージプロジェクターによる変装を解いた。
何処にでもいそうな短髪の中年男から、流れるような銀の髪にアメジストの瞳を持つ若い男に変化する。白い肌の何処にも怪我はなく、不敵に笑んで見せる。静瑠(aa5226hero001)と共鳴したヤナギ・エヴァンス(aa5226)だ。
「騙したみてェになって、悪かったな」
「さすがの名演技でしたわ。皆様も魅入るほどに」
曖昧なプリセンサーの予知に対し、従魔も、ましてやアッシェグルートの出現もあまりに唐突だった。打ち合わせの暇などない。
そして、本当に怪我人が出たのだと信じた由利菜の気迫も、避難誘導に一役買った。
「策士でいらっしゃるのね。勉強になりましたわ。私は月鏡由利菜」
正面から避難を呼びかけるだけでなく、実際の危険を目で見せる。肌で感じさせる。それで群衆が動いた。
咄嗟の発想力に、由利菜は素直に敬意を示す。
ヤナギも、スクリーンから飛び出したような光り輝く姫君に挨拶を返した。
「ヤナギだ。ヨロシクな」
熱く乾燥した風に、街路樹の椰子の葉がゆったりと揺れる。
立ち並ぶ煌びやかなショーウインドウ。高級ホテルの一階には大抵カジノが設けられ、ロビーで寛ぐ人々を仮初めの賭け事へと誘う。
そんな街に出現した巨大ロボットは、真紅のドレスを纏った女を押し潰すべく、真上から拳を叩きつける。
トレーラーの重量を乗せたはずの渾身の攻撃は、またもや片手一本で止められた。
ひらめく真紅のドレスは、砂漠に咲いた大輪の華のよう。
風に靡かず角のように形を保ったままの金髪も、個性の強いオブジェとしてこの街に似合っている。
「……言わないのか? 善性愚神だなんて戯言をと」
『……アナタもわかっているでしょう。そんな単純な話では無い事を。我々はエージェント……《人類の代理人》です。我々が見誤れば人類に真の黎明は訪れない』
真壁 久朗(aa0032)の問いかけに、アトリア(aa0032hero002)は答える。
「ボクはあくまで善性愚神達を信じていません。警戒するに越したことはないでしょう」
キース=ロロッカ(aa3593)は愚神アッシェグルートの戦場からの隔離を提案する。
派手ないでたちで人の多い場所に現われ、あの愚神は何を企んでいるのか?
成果を残して更なる既成事実を打ちたてようとしているのか?
考えうる可能性は、できる限り潰す。
英雄の匂坂 紙姫(aa3593hero001)はおおきく溜息をついた。
『むぅ。普通の討伐依頼のはずが妙にややこしいよぅ!』
その間にも、従魔討伐要員として派遣されたエージェント達は続々と集まってくる。
『(あれか)』
ビルの上から従魔ごと状況を見下ろし、ゼム ロバート(aa0342hero002)は共鳴した相棒の笹山平介(aa0342)の内側から呼びかける。
以前アッシェグルートが出現したときは、遠方の声でも聞き分けた。声はなるべく使わない。
セミオート狙撃銃でロボット型従魔の肩関節部に狙いをつける。
「こちらも、いつでも可能です」
従魔を挟んで反対側のビルから、明斗が通信機で伝える。
大型の銃器、ヴュールトーレンを設置して構える。
相棒のドロシーが妙に嫌がっていることもあるが、得体の知れない愚神の前にあまり手の内を見せたくはない。
今回は援護に徹するつもりだし、それで愚神に戦力外と思わせられるなら、そのほうがいい。
久朗が街灯を足場に、高く跳躍する。
振り下ろした直剣が機械の腕を削り、耳障りな音と火花を撒き散らす。
音と火花、それが合図。
平介と明斗の狙撃銃が同時に火を噴き、ロボット従魔の右肩と左肩を撃ち抜く。
傾いだ巨体にの胴体に、月影 飛翔(aa0224)が斬り込む。
「(変形ロボはロマンだが、物前で見ると意外と理不尽だな)」
『(無理に変形している分、装甲には弱い部分があります)』
ルビナス フローリア(aa0224hero001)がそう分析した場所めがけ、『トップギア』で集積したライヴスを叩き込む。
バチバチッ! とスパークが起こり、機械製の従魔が怯んだ。
「おっ……と、美しいお嬢さん、ドレスが台無しになるゼ?」
機械の拳がアッシェグルートから離れた瞬間に、ヤナギが愚神の手を取り従魔から引き離す。
長手袋に包まれた手を引かれ、愚神は大人しく従う。
その先に待ち構えていたキースが、淡々と告げた。
「従魔から離れてください。アレは我々が処理します」
「あらぁ、あたくしも皆様のお役に立ちますわよ? 人に害なすのはやめたんですの」
赤いヴェールの向こうの瞳が、鋭い光を放ちつつこちらを品定めしている。
唇の口角は上がり、笑みを浮かべているのだろうか?
「『善性』を名乗るのであれば、こちらの指示には従ってもらえますよね?」
『(ここで反発して、善性を疑われるような真似はしないよね……)』
硬質な態度を崩さないキースのなかで、紙姫は黙しながらもハラハラする。
「レディに戦場なんか、似合わねーし?」
ヤナギはあくまで愚神を淑女として扱い、その虚栄心に訴えかける。
セレブ気取りの派手なドレス、特異な顔を隠すヴェール。
この愚神が『見た目』を気にかけていることは間違いない。
「ンー、そうですわねぇ」
トリブヌス級愚神は頬に手を当てて思案する。
後方で響く金属音と剣戟の音など耳に入らないかの如くに。
ヤナギも、腰に装着したカメラで愚神の様子を撮っているが、気にするそぶりもない。
「あたくしも、人の世に決まりごとがあるのは理解しておりますのよ? 今回は功績をあげることより、規則と折り合いをつけられるところを見せておきましょうか」
そして悠然と、赤い長手袋に包まれた左手を差し出す。
「紳士おふたりに、エスコートしていただけるのなら。あたくしはアッシェグルート。貴方がたは?」
「生で変形ロボット見れるとか最高かよ! あぁ、出来ればポップコーン片手に眺めていたい!」
その頃、子供心を残す高校生、沖 一真(aa3591)は興奮の渦の中にあった。
スマートフォンを片手に、共鳴中の移動力をフル活用したベストポジションから撮影を続ける。
巨大変形ロボット、しかもトレーラーを元にしたものといえば、子供の頃に夢中で見たアニメしか思い浮かばない。
『…………』
アニメ文化など存在しない世界から来た月夜(aa3591hero001)は、共鳴しつつもあきれ気味で傍観する。
トリブヌス級愚神出現の報に我を忘れかけたが、はしゃぐ一真の様子を見て落ち着きを取り戻した。
善性、などという戯言を信じるつもりはない。
だが、いまは動くべき時ではない。
『(愚神は殺します。この身が滅びようと)』
最終的に、その信念は変わらないのだから。
「やべぇ、かっけぇ! 変形(トランス)したぞ!!」
肩の関節部分をやられたロボット型従魔は、ジョイント部分から両腕をパージした。
清涼飲料水のロゴがでかでかと表示される胴体部分の装甲が前後に開いて、中に格納されていた予備の腕が展開する。
脚部分も焦げたタイヤをパージし、胴部分も変形して全体的にすらりと細身のシルエットになる。
新しい右腕は鞘を握りこんでいて、そこから光線がほとばしり、剣を形作る。
「おぉ、剣出た! すげえ!!」
一真は決して趣味に走って動画を撮影しているのではない。
アッシェグルートがトレーラー従魔の初動を劇的に止めた瞬間は、すでに多くの撮影者によって撮影されている。ネット上に出回るのも時間の問題だ。
対抗するには、より派手な動画を撮影し、エージェント側で話題を掻っ攫うしかない。
月夜はそっと呟いた。
『(こんな時でもいつも通りで、私は安心したよ一真)』
「この街中であの巨体が武器を振り回せば、必ず被害が出る。一気に畳み掛けるぞ」
久朗は通信機で仲間達に連絡を取る。
ロボット物でも特撮でも、巨体が暴れれば市街地、特にビルに被害が出るのは御約束だが、ここは現実の街。そんなことを許すわけにはいかない。
「ああ、やっぱ剣持ってたかお約束だよな。まずは目の前の悪を斬る!! 行くぜ相棒っ!!」
『変形ロボってあいつら版権とか……いやなんでもない。任せろ正ちゃん!!』
雪ノ下・正太郎(aa0297)は相棒の悪食丸(aa0297hero001)と腕をクロスし、共鳴してカブキリンカーの姿になる。挨拶代わりとばかりに、屠剣の衝撃波を浴びせる。
「カブキスラッシュ!!」
巨体の装甲前面に目立つ刀傷がつくが、怯んだ様子はない。
光の剣をゆっくりと振りかぶり、神速で振り下ろす。光の斬撃が飛ぶ。
しかし周囲一帯に複製された剣が、斬撃そのものをばらばらに切り裂く。
平介のフラグメンツエスカッション。
斬撃で体勢の崩れたロボットを、光る蝶の群舞が取り囲む。一真の幻想蝶だ。
「蝶の形まで、綺麗に撮れてるといいけどな……」
あくまでカメラ映りを気にする一真。このメンバーなら、従魔を倒すこと自体はそう難しくない。
重要なのは、エージェント達の闘いで魅せること。
「宿れ、霊殻の鎧! アルマトゥーラ!!」
由利菜がパワードーピングで、前衛攻撃手のライヴスを活性化させる。
そのあいだに敵を引きつけるのは久朗。
守るべき誓いを発動し、漆黒の自動小銃で威嚇射撃をする。
正面にいる久朗に、ロボットの敵意が集中する。
対になるよう飛翔が動いて背後に廻り込み、魔剣で膝裏に連続攻撃を加える。
ズウン……と重い音を立て、巨体が膝をつく。
「どっちにしろ、俺らがやることは獲物の首を狩るだけさ」
真打ち登場。武器へのライヴスチャージを済ませ、ビルの上にゆらりと立ち上がるのは、リィェン・ユー(aa0208)。パワードーピングの恩恵も受けている。
神経接合装備に全身を包み、限界まで強化した屠剣、別名『極』に終一閃の効果を上乗せしている。
『(さぁ、あやつの切り札をまっ正面からぶった斬ってやるのじゃ、リィェン!!)』
限界まで溜めに溜めたライヴスを、イン・シェン(aa0208hero001)が開放する。
飛び降りざまにオーガドライブも発動し、渾身の一撃を浴びせる。
「鬼の一撃……喰らって逝けやァァァ!!」
まさに鬼と化したリィェンの斬撃が、巨体の肩口から腰までを一気に両断する。
必殺技、と呼ぶに相応しい大技。
「図体がでかいから、割と当たるんだよな」
ときに移動しつつ、大型狙撃銃で敵の装甲を削っていた明斗は、ここぞとばかりに切断面に撃ち込む。
機械の内部が露出し、バチバチと火花を立てる。
「これで終わりだ、天下御免斬りっ!!」
正太郎がライヴスを纏わせた斬撃を叩き込む。
周囲に爆発が起こり、爆風が巻き起こる。
「お見事ですわ」
ぽんぽんと、長手袋を嵌めた手で愚神が拍手をする。
「黙ってていただけませんかね」
不機嫌そうなキースの合いの手が入る。
この愚神を何処に隔離するべきか?
建物の中は駄目だ。人が避難している。
どこか遠くに? 目を離すのも危険だ。
どこかに閉じ込める? この愚神がずっとそこにいるという保障は?
結局消去法で、見張りが目を離さないという方法を選択した。
戦闘状況が全く見えない、建物の死角にいるはずなのだが。
「おじょーサン、戦場見えンの?」
「気配に耳を澄ませていれば、おおまかなことは」
ヤナギもミュージシャンなので耳はいいが、アッシェグルートはそれ以上のようだ。
「(紙姫、どう思います?)」
『(う~ん、大人しすぎて、逆に不気味なんだよぅ……)』
戦闘から手を引けといえば、さほどの抵抗もせず従った。離れていろといえば、素直についてきた。
『人間の代わりに』従魔のライヴスを吸収する必要があるといって、ある程度以上離れることは拒んだが。
「(何を考えているのか……)」
キースが頭を悩ますうちに、久朗から通信が入った。
終わったようだ。愚神の言うとおりに。
●愚神との対話
「お前、狂気はどこにやったんだ?」
久朗の感じていた、拭えない違和感。消えた狂気と渇望。
以前の出現時とは、違う愚神のようにさえ見える。
雪娘についても、似たような指摘があった。
「あたくしも時と場合はわきまえられるんですの。以前は戦うため、今は仲良くするためにいるのです。それだけですわ」
ヴェールで顔の半分を隠し、口元に手を添えながら、愚神はころころと笑う。
そのしぐさは人間のようで、更に違和感がつのる。
「従魔はテメエが呼んだんじゃねえのか?」
鋭い眼光で喧嘩腰のゼムの問いにも、にこやかさを崩さない。
「あたくしたちは善性愚神となったとき、愚神の命令体系からは外れたんですのよ。あたくしに命令できる愚神も、あたくしの命令を聞く愚神もおりませんの。従魔もそうですわね。眠らせている眷属はおりますが、ああいった機械的なものはおりません」
命令体系から外れた――?
そんなことを言っていた愚神がいただろうか?
「それを信じろと?」
「すぐにとは申しません。信用を築くには、時間が必要ですもの」
ゼムの前に割って入り、平介が問いただす。
「では、”王”というのは何です? 愚神の敗北が”王”の作為となるかもしれない……これについて、何か思い当たる点がありますか?」
「王とは意思。生命を新たな次元へ導こうとする尊き意思ですわ。敗北が王の作為? そうですわねえ……思い当たりませんけど。勝利のときも、敗北したときも、王はあたくしたちと共に在るということかしら?」
それ以上はわからない、とでもいいたげに愚神は首を傾げる。更に問いを重ねても、詳しいことはわからなかった。
「従魔のライヴスでも吸収できるのか」
『元は襲われた人のものですけど』
ルビナスと飛翔が、立て続けに詰問する。
「人を襲ってライヴスを奪うからこそ、倒さねばならないのではなくて? それに今回、従魔を倒したのは皆様ですわ」
質問を質問で返され、一瞬言葉に迷う。
そこに、一真が切り込む。
「いままで犠牲になった人間については、どう思ってるんだ?」
「後悔しておりますわ」
そこで愚神は、しおらしげに目を伏せる。
「あたくしもこの世界に顕現してすぐの頃は、理性もなく人を殺めたのですわ。でもあるとき虚しくなりましたの。それで人を害さずに済むよう、眠ることにしたのです。ここ数年は、誰も殺しておりませんのよ」
「アル=イスカンダリーヤ遺跡での戦いのときは? 重体者が出ただろう?」
飛翔は更に詰め寄る。
「あれは短剣を巡る真剣勝負でしたでしょう? あたくしも浅からぬ手傷を負いましたけれど、それをどうこう申すつもりはありませんわ。回復いたしますものね。……それに、亡くなった方でもおりまして?」
「失踪者は?」
久朗が鋭く疑問を挟む。
「遺跡での戦いの頃、能力者が立て続けに消息を絶ったと聞いた。そしてお前は誰かに囲われているという噂も。能力者をどうした? そして今までどこにいた?」
「事実無根ですわ」
敵意をするりとかわすように、愚神は答える。
「どなたがいなくなったんですの? どうしてそれがあたくしのせいですの? 噂のことまでは存じ上げませんわ」
そして軽く笑みを漏らす。
「あたくしが隠れるのはそう難しくないんですのよ? 誰の力もいりません。その気になればライヴスはおろか水も食糧も、空気さえいらないんですもの。……そう、四国の愚神などは、1200年も見つからなかったそうじゃありません?」
四国、と聞いて、一真は黙っては居られない。
「屍国……ラグナロク。お前らは面白半分に見ていただけだろうが、大勢の人間が死んだ。死ぬより凄惨な目に遭った人達だっている。彼らに対して、どう考えるんだ」
「お悔やみ申し上げますわ。H.O.P.E.の皆様が一枚岩でないように、あたくしたち愚神も一枚岩ではありませんの。あたくしはむしろ、大いなる悲劇に心を痛めておりますのよ。……更なる悲劇を防ぐため、あたくしたちが悪性愚神を狩るお手伝いをいたしますわ!」
アッシェグルートは愚神であり、エージェント達はずっと愚神と戦ってきた。大切なものを奪われたエージェントも居る。『善性』であると突然に宣言されても、そう簡単に信じるわけにはいかない。
「(妙手過ぎて厄介だな、本当に)」
傍観していたリィェンはそう感想を漏らす。
『(まったくじゃ。妾らに楔を打ち込む良い手じゃ)』
イン・シェンも同意する。
リィェンもかつては人殺しであった。それが、状況次第では人を守る立場になる。
人は償うことが許されている。では、愚神は?
その答えは、まだどこにもない。
「その衣装……随分大胆で煌びやかですが、何処で手に入れたのですか?」
空気を変えようと、由利菜がファッションの話題を振る。
「このあたりの店で。人間の前に出るには、まず服装を整えなさいと、ヘイシズさんが」
どうやら『善性愚神』の発起人である獅子頭の愚神が、代金まで用意してくれたものらしい。
「この街も気に入りましたわ。こう……少し顔を隠して歩けば、あたくしの姿もアートとして受け入れられますものね」
愚神は宝石の散りばめられたヴェールを揺らす。
その奥には、特異な頬の模様。
「その化粧。報告書では概念武装の類だと分析されていたが?」
概念武装との久朗の言葉に、愚神ははじめて気分を害した様子を見せる。
「化粧ではありませんわ。あたくしはこの肌でもってこの世界に顕現いたしましたの。あたくしにとっては美であり、誇りですのよ? あたくしが皆様の前に出るときヴェールをつけるように、皆様も異なる美意識に対して寛容であるべきだと思いますの」
美意識……? と怯む一同をよそに、ポーカーフェイスの平介がにこやかに会話を続ける。
「これから、どちらへ?」
「それは勿論、H.O.P.E.へ。ご存知かしら? あたくしたち善性愚神とお話できるお部屋がありますの。そうですわ、お土産も用意しなければ」
女性型愚神は大切なことを忘れるところだった、とでもいいたげにぽんっと手のひらをあわせる。
「よろしければ、皆様もお越しくださいませね? あたくしは逃げも隠れもいたしませんわ!」
●何を、何処まで
「信用……ねェ」
さきほどまで愚神の立っていた場所を眺めながら、ヤナギが呟く。
『問いに対する答え自体はありましたが……本意が見えたとは判断しかねます』
静瑠も静かに言う。
アッシェグルートはエージェントへのお土産を用意するとショッピングに出かけてしまった。
それには由利菜とウィリディスが付き添い、なにかあったら連絡が来ることにはなっている。
「俺は信用とかしませんけど。そもそも折角の初渡米がこんなことになって、気分は最悪です」
正太郎は真面目な顔でそう断じる。
彼は愚神へ質問はせずに、じっと聞いていた。愚神との共存は真っ向否定派である。
「信用するには足りない。だが断罪するにも足りない。嫌なとこ突いてきやがる」
『今は様子見するしかないですね』
飛翔とルビナスは、居心地の悪さを隠そうともしない。
愚神など信用しない絶滅させる。
そう言って戦いを挑めば、今度はこちらが殺戮者となる。
「今回は裏切らなかった、と見ていいだろう。でも次は? その次は? 俺は出来うる限り、備えておくべきだと思う」
一真は『善性』愚神の主張を信用していない。月夜が愚神を憎んでいるという事情もある。
だが、アッシェグルートに対して何を備えておくべきなのか、心構え以上の具体案はまだ見えない。
「自分は後方援護に徹します。当面はそういうことで」
明斗のヴュールトーレンも回復スキルも、援護としては強力だった。
しかし愚神との会話は避け、彼女の前には一切姿を見せていない。
「ボクも手の内は見せてませんがね……愚神の手の内も見たとは言い難いです」
キースは愚神の監視を優先し、援護には手が回らなかった。本意ではなかったが。
今後それがプラスに働くのかマイナスに働くのか。
「もう少し、経過を見てから必要事項を纏めてみましょう。『互恵関係を結ぶ程度の信頼関係を築くための条件と予想されるリスクに関する一考察』というタイトルで」
紙姫はその長すぎるタイトルを聞いただけで、へなへなと腰砕けになる。
『なんかそれ自体が論文のような気がするよぅ……?』
「アイツ、嘘くせえ、なんか……目が」
愚神の赤いヴェールの向こうにある、人間とは違う輝きの青い目。そこにゼムは薄ら寒さを感じる。
「アナタに女性を見る目があるとは認めませんが、今回に関しては同意します」
信用していないのはアトリアも同じ。
ただ、何を疑えばいいのか。何処まで疑えばいいのか。
エージェントに突きつけられた問いに、戸惑っている。
リィェンは輪から離れて沈黙を守っていた。
愚神を信用するか否かはどうでもいい。
敵になれば、即座に狩る。それだけだ。
『さて、大衆はこの楔の一手をどう受け取るのか……。どう転ぶかは上層部の判断次第じゃが、そちの一番の心配は、愚神の善性の有無や共存できるかではないじゃろ』
イン・シェンは不器用な相棒を見やる。
難しい立場に置かれるH.O.P.E.上層部。反対派の襲撃さえ受けた会長。
そしてリィェンが気にかけているのは、その会長の愛娘。
「そうだよ……この事態に彼女がどう出るか。ま、俺は俺ができることをしてくだけさ……」
●情報の大海
エージェント達の活躍を記録した映像は、編集されてニュース映像にも使われ、かなりの好評を博した。
動画サイトでも閲覧数は爆発的に上昇し、注目動画ランキングにも入った。
国内外で注目を集め、エージェントの戦闘シーンの臨場感以外にも、その凝ったアングルと特撮映像へのリスペクトぶり、高い編集技術などが評価された。
ただ、『トレーラー従魔の初動を止めた赤いドレスの女性』の映像もまた、同じように注目された。
二つの動画は、同じ事件を扱ったもの。一方の注目度が上がれば、当然関連付けによってもう一方も注目度が上がる。
赤いドレスの女性は誰なのか。何故トレーラーを片手で止める能力がありながら、後半の動画に出演していないのか。
人間は、隠されたものにはより注意を惹き付けられる。
あのとき、大量のスマホがアッシェグルートの姿を撮影していた。即アップされた映像もある。
ネット上にある情報の大海に流れ出してしまった情報は、コップの中には戻らない。
間もなく『善性愚神・アッシェグルート』の名はネット上に流出し、動画と関連付けて広まることになる。
情報ツールも動画サイトも、誰でも簡単にアクセスできるところが広く使われている所以である。
情報へのアクセスは、端末に触れるならば誰にでも開かれている。
勿論、愚神に対しても。
結果
シナリオ成功度 | 成功 |
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