本部

卒業式の準備をお願いします。

和倉眞吹

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2018/03/20 20:41

掲示板

オープニング

 目の前には、それはもう凄まじい光景が広がっていた。

 主体で目に付くのは、大量の椅子だった。しかも、大抵が真っ二つに裂けている。あるものは袈裟懸けになり、あるものは座る部位と背凭れが切り離されている。最早椅子だったのか何だったのか、原型が分からないものもある。
 間違っても小学校の体育館の光景ではない、と言いたいところだが、そこは間違いなくとある小学校の体育館の中だった。
 被害は椅子のみに留まらない。
 体育館の備品であるバスケットゴールは切り落とされて床に転がっているし、その床さえ無事とは言い難い。目を引くのは、鎌鼬でも暴れ回ったかと訊きたくなるような、鋭い裂傷だ。
 大抵の体育館に付き物の舞台は、やはり例に漏れず裂けたり抉れたりしている。緞帳も同様だ。加えてこの季節に、窓ガラスはほぼ全滅、非常に風通しのいい状態になっていた。
 これらをして退けたのは他でもない、居心地悪そうにその場に佇んでいるH.O.P.E.のエージェント達だ。とは言え、何も彼らもやりたくてやった訳ではない。所謂、不可抗力というものである。

 この小学校から一報が入ったのは、今から約二時間程前の事だ。
 『これから卒業式の予定なのに、体育館に並べた椅子が好き勝手に跳ね回っているからどうにかしてくれ』と。
 勿論、普通の椅子が、理由もないのに好き勝手に跳ね回る筈はないので、今時の常識としては従魔か愚神絡みという事になる。急行したエージェント達は、階級の低い従魔を相手に見事圧勝した。――前述した通りの、嵐のような爪痕を残して。
 それさえなければ、小学校の教師陣も諸手を挙げて感謝の言葉を述べ、丁重にエージェント達をお見送りしただろう。百歩譲って、被害が出たとしても、この後何の行事もなければ被害などなきに等しかったに違いない。
 だが。
 式の予定は、わずか三十分後に迫っている。尚且つ、周囲には代わりになりそうな公民館等の建物はない。どうあっても、ここでやるしかないのだ、どうにかして。吹きっ晒しの校庭で挙行というのも、できれば避けたいのが本音だ。
 こんな時、某猫型ロボットがいれば――その代わりとでも言わんばかりの教師達の視線が、熱く、縋り付くようにエージェント達に注がれる。
 教師達の視線の先にいたエージェント達は、益々居心地悪そうに身じろいだ。
 何これ、後片付けも任務の範囲内なの? てゆーか、独断でお手伝いする事にしていいの? でも、見捨てて帰れないよね?
 エージェント達はそれはもう器用に目と目で会話し、教師陣に視線を戻す。
 教師達の熱い眼差しは、殆ど懇願の様相を呈していた。
 自分達でよければ手伝います、何かする事があれば……と口走った者が誰だったのか。
「有り難うございますっ! 式を何とか午後へ遅らせるよう手配を整えますっ!」
 顔を文字通り輝かせた校長が頭を下げた瞬間、言った者は我に返った。だが、仲間を責める者も皆無であったのは言うまでもない。

解説

〔〕内はPL情報。これをPCが知るには何らかの行動が必要です。

▼目標
何とか卒業式を挙行できる状態にする。
最悪、風が防げて椅子に座れて、普通に歩ければOK。

▼状況
・現在、午前八時半。
当初予定は、卒業式の開始は午前九時だった。
校長の努力で、開始は午後一時に遅延。
猶予は四時間半。
・会場内の被害はOPの通り。
・椅子は、式に出席する卒業生とその保護者、在校生、教師、来賓分が必要。予備が十脚程度あると尚良い。
・卒業生→60人(1クラス30人)、保護者は大体が母親が出席と思って良い。
・在校生→1年生から5年生までで、やはり1クラス30人、1学年2クラスずつ
・教師→1クラスに一人ずつと、校長、教頭
・来賓→5人

▼その他
〔・材料等が必要であれば、車で15分圏内にホームセンターがあります。H.O.P.E.権限で早めに開けて貰っても可。
尚、ここで材料等を購入してもコインが減ったりアイテムが増えたりする事はありません。〕
・教室で待っている児童が、会場付近へ来たら、適当にあしらって下さい。
・広さはまあまあ一般的な体育館をイメージして下さい。

リプレイ

『掃除もするのか……』
 相棒の皆月 若葉(aa0778)が口走った一言でそれが確定的になり、ラドシアス(aa0778hero001)は溜息を吐いた。
 まあ性格上、真っ先に口走りそうだと覚悟はしていたが。
「だって卒業式だよ? 何とかしたいじゃん」
 その張本人である若葉は、悪びれず笑った。
『別に反対だとは言ってない』
 もう一つ吐息をつくラドシアスと似たような表情で、御神 恭也(aa0127)も呟く。
「仕方がないか」
「だね! 折角だ、良い旅立ちの日にしよ」
 恭也の肩をポンと叩く木霊・C・リュカ(aa0068)に、オリヴィエ・オドラン(aa0068hero001)も『ん』と頷く。
「ええ、これもまた、ステキな明日を繋ぐために!」
 グッ、と拳を握った紫 征四郎(aa0076)の横で、伊邪那美(aa0127hero001)も相槌を打った。
『このまま帰ってたら心が痛かったし、丁度良かったのかもね』
「にしても、うちは……そ、そんなに暴れましたやろか?」
 滝のような汗を流しつつ、おたつく弥刀 一二三(aa1048)に、キリル ブラックモア(aa1048hero001)は遠い目をして『荒れ果てたものだな』とさり気なく追い討ちを掛ける。
『バイク盗んで走り出すアレならぬ、従魔の後、か』
「バイク??」
 今一理解できない一二三を、キリルは『動画サイト位見ろ』と切り捨てた。
 他方、荒木 拓海(aa1049)も、一番暴れたのは自分では、という責任を感じている。
「多分オレ……だよな? 余りに椅子が暴れるのでイラッ、バキッと……」
『落ち着いてって呼び掛けたけど……聞こえてなかったでしょ?』
 戦闘中を思い出したのか、メリッサ インガルズ(aa1049hero001)は覚えず苦笑する。
 本当に済みませんっ、と拓海はその場に残っている教師に頭を下げ、逆に恐縮されていた。
 春月(aa4200)も、頭を抱える。
「何てこったい、大切な式だって言うのに! こ、この落とし前はうちが必ず……!!」
『そうだね。で、誰に落とし前付ける気なの落ち着いて』
 透かさずレイオン(aa4200hero001)の冷静なツッコミが入る。
『とにかく、いい思い出に変わるよう急ごう』
 そんな中、バルタサール・デル・レイ(aa4199)は、「低級従魔を捻り潰すだけの簡単なお仕事じゃなかったのかよ」とぼやいた。尤も、それは紫苑(aa4199hero001)にしか聞こえていない。
『予定は未定ってね。こんなに荒らしちゃったんだし、仕方ないよ』
 紫苑も、バルタサールにだけ聞こえるように返す。
「だりぃ」
『どうせ帰ったってやる事ない暇人なんだし、たまには人の為に働きなよ』
「うう、めんどい」
 肩を落とすバルタサールに、紫苑はそれ以上頓着しない。
(まあ、小学生相手に彼がどんな態度取るのかは見てみたいけど……)
 ここからは時間との勝負だ。
「じゃ、三班に分かれよっか」
 早速、と若葉が手を打ち鳴らした。

『途中で足りなくなるかもしれんし、買い出しは早めが良かろう』
 というユエリャン・李(aa0076hero002)の言に従い、リュカとオリヴィエ、征四郎は、買い出しに出た。
 ユエリャンが紫苑と一緒に、職員室で、車で十五分程の場所にホームセンターがあると聞き込んで来たのだ。
『安全運転で、行こう』
 とオリヴィエの言った通り、ユエリャンの運転は安全安定が基本だ。
『来たのが我輩で良かったな、感謝しろよ』
 周辺地図を映したスマホを手にした征四郎は、確かに、と脳内でだけ頷いた。
 もう一人の相棒は、何度かレンタカーをぶつける悲劇を起こしているので、迂闊にハンドルを渡せない。
「所で、この車どうしたの?」
『教師の一人が貸してくれた。悪いようにはせんから車くらいは協力したまえよ、と頼んだら快くな』
 それは頼むと言うより脅迫じゃないのか、とやはり口に出さずに思ったのは、オリヴィエと征四郎だ。
「卒業式かぁ。自分の時ってどんなだったかなぁ」
 ユエリャンの答えがまるでなかったかのように、リュカがのほほんと言う。
 どこか遠い目をして昔を懐かしむリュカをチラと振り返りながら、征四郎も「きっと良い日にしてみせるのです」と頷いた。現在小三の自分にとっては、先輩に当たる皆の卒業式だ。
 オリヴィエは、小学校には行っていないが、来月から中学に入学する。同じ場所で生活して行けるのか、と多少の不安と共に、過ぎ行く景色に目を向けた。
『さて、征四郎。真っ直ぐでいいのか?』
 慌てて地図を確認した征四郎は「いえ、右折です」と答える。
「少し回り道ですが、こっちの方が空いてますから」
『承知した』

『争いは何も生まないんだね……この惨状を見て、改めて思い直したよ』
「現実逃避をしていないで、手を動かせ」
 修繕の前に、まず椅子の残骸や木屑、ガラス片を片付けねばならない。
 恭也が、背凭れと座る部分に分裂した椅子を運びながら言うと、伊邪那美はキッと顔を上げた。
『ボク止めたよね!? この後、式があるから無茶苦茶にしたら駄目だって!』
「記憶にないし、皆も同じだと思うぞ」
 恭也が溜息を吐いた時、「ねぇねぇ、御神、伊邪那美も」と若葉が声を掛けた。
「待機中の児童達に声掛けに行こうよ。簡単で安全な所だけでいいから、ちょこっと協力して貰えればって、拓海さんや春月さんとも話してたんだ」
「成程……いい案かも知れんな。ただ、片付けも疎かにはできんし、俺は残って撤去作業を続ける」
『じゃ、ボク行くよ』
「有難う!」
 同じく撤去作業に残るというラドシアスをその場に置いて、若葉は伊邪那美と連れ立ち、校舎の方へ足を向けた。

『ふむ……買う物は窓と椅子を覆う為の布、クッション材にする綿、木材、段ボール……』
 リュカが持っていたリストを読み上げるユエリャンに、「段ボールはお店で出た物を分けて貰ってもいいんじゃないかな」とリュカが口を挟む。
『成程。後は装飾用品と工具類、か……中学校から借りれるか訊く予定の物もあったな』
「うん、若葉ちゃんが先生に訊いてみるって言ってたから、連絡待ちかな。鋏とか絵の具とかは子供達の持ってる物使うようにして貰う予定だし」
 軍手も、児童達自身の草むしり用があれば、と出掛けに訊ねたが、それは常備していないようだった。
「じゃあ、軍手も含めて、他の物を先に買いましょう! 手分けする方がいいですよね」
「そうだね。じゃあ、リストをスマホで写メしてっと」
『窓と椅子のサイズは控えて来たな?』
 訊いたユエリャンに、オリヴィエがそのメモを差し出す。
『では、我輩達でまず木材を購入しよう。行くぞ、征四郎』
「はい!」
「終わった時点で連絡入れてねー。お兄さん達も店ん中回るから」
「了解なのです!」
「あ、領収書も忘れずにね!」

 各クラスの児童への協力を取り付けた若葉と伊邪那美は、体育館へ取って返した。
 他の者は、大方が共鳴してまずは撤去作業に当たっている。効率がいいし、怪我の防止にもなるからだ。
「荒木お父さーん。この辺、廃材置いて、三角コーン立てる?」
 レイオンと共鳴して、ガラス片等の危険な廃材を纏めた段ボールを抱えた春月が、拓海に声を掛ける。
「いや、校庭の隅っこ使わせて貰う事にしたよ」
 拓海も、アンカーの鎖部分で大きな物を纏めて引きずっている。
「さっき頼んでおいたから、ロープ区切って置いとこう」
「了解ー」
『細かい破片があったら、纏めておいて。さっき先生にごみ置き場と焼却炉の場所聞いて来たから、隙見て持って行くよ』
 紫苑にも声を掛けられて、春月は頷いた。
『きみが怪我する分には構わないけど、子供達がガラスの破片で怪我しないように、隅々まで綺麗にしないとね』
「はいはい」
 視線を向けられたバルタサールは、最早諦めの境地らしい。
 一方、戻った若葉もラドシアスと共鳴して、撤去作業に加わっている。
「取り敢えずここに……」
 と呟きつつ、幻想蝶内に残骸を放り込む若葉に、ラドシアスは呆れた。
(幻想蝶を何だと……)
「便利だよね!」
 てへっと笑う彼に、ラドシアスはもう何も言えない体だ。それには頓着せず、若葉は椅子を一カ所に集める。後で、再利用の可否を判断する為だ。
「えと、モップって何処かなぁ」
『あ、さっき訊いといたよ』
 耳聡く聞き付けたのか、紫苑が手を振る。
『足りなければ、クラスにあるのも使って良いってさ』
 こっち、と体育館の隅へ先導する紫苑に付いて歩きながら、若葉は礼を述べた。

『買い忘れはないな』
 ホームセンターを出る前に、購入した物をリストと突き合わせてチェックし、ユエリャンが頷く。
「せーちゃん、その白い大きな布、何なの?」
「文字を書くのですよ。“卒業おめでとう”って」
「あー成程」
 頷き合いながら、征四郎達は買った物を幻想蝶へ納める。
「じゃあ、戻る前に一度状況確認の電話をしましょう」
 直後、リュカの携帯が着信を告げた。
「はーい、こちら木霊商店です!」
〈えっ、とすいません、間違えました!〉
 慌てて言ったのは、若葉の声だ。
「あはは、嘘々、何? 何か必要な物できた?」
〈は、はい、あの、紅白幕と体育館用のフロアシート、中学校に借りれる事になったんで、帰りに回って来てくれますか?〉
「りょーかい。他には何かない?」
〈さっき皆に訊いて回ったけど、大丈夫みたいです。まだ撤去作業中だけど〉
「分かった。じゃ、お昼ご飯も調達してからそっち帰るね」
〈はい、お願いします。運転気を付けて〉
「うん、ありがと。ユエちゃんに言っとくねー」
 通話を切るのを待っていたように、「誰でしたか?」と征四郎が訊く。
「若葉ちゃん。中学校で借りれる事になった物、取りに回って欲しいってさ」
「そうですか」
「後は、お昼だね。出来るだけ買い込んで行こう。本当は当日の急な買い占めとか宜しくないんだけど……」
「腹が減っては戦は出来ぬ、ですしね!」
「そゆ事。でも、普段は真似しないようにね」
『では、途中スーパー、コンビニを回って戻るとしよう。征四郎、引き続きナビを頼むぞ』
「了解です!」
「あ、ユエちゃん、若葉ちゃんから伝言。運転気を付けてってさ」
『ふ、誰に向かって言っている?』
 ユエリャンはニヤリと唇の端を吊り上げた。

「ふー。片付けは粗方終わったかなぁ」
 盾に小片を乗せながら、拓海は周囲を見回した。
 掃除が終わるまでは風通しがいい方がいいのでは、というバルタサールの意見で、窓はそのままになっている。
 そのバルタサールは共鳴し、処分し易いよう、廃品を細かく砕く作業をしていた。
(ガラス片も残ってないか、よく見てよ?)
 脳内で言う紫苑に、「分かってるよ」と脳内で返し、周りに目を向ける。
 大きな破片は新聞紙に包み纏めて置いておいたら、春月がいつの間にか外へ運んでくれていた。
 見えない物は、学校で借りた掃除機で吸い取った筈だ。その後、若葉が「何か部活を思い出すな」等と言いながら楽しそうにモップ掛けをしているのを見かけた。
「……まあ、大方は大丈夫だろ」
 後は、買い出し班に頼んでおいた、ガムテープと粘着ロールが届けば、細かいガラス片は疎か、その他の塵にも止めを刺せる。
 と思った時、「さーもうええどすやろ」と誰にともなく一二三が呟く。
「ほな皆さん、ちょっとどいとくれやす」
 言うなりキリルと共鳴した一二三は、顕現させた短刀を振るった。正に暴風が塵芥を吹き飛ばして行く。
 ガムテープその他の出番がなくなり、バルタサールは微妙な気分になった。
「でもやっぱ、もう一度雑巾とかモップは掛けた方がいいかも」
 盾に積んだ廃材を校庭の一角へ置いて戻った拓海が言うと、『そうね、念の為にね』とメリッサも頷く。
 そこへ、「只今ー」と買い出しに行っていたリュカ達が顔を見せた。
「わあ、大分すっきりしたのです」
 済みません、殆どやらせてしまって、と申し訳なさそうに頭を下げる征四郎に、「いいよ、だって紫達は買い物行ってくれただろ?」と若葉が宥める。
「お疲れ様ー。皆少し手ぇ休めない? ちょっと早いけどお昼にしようよ!」
 言ったリュカが、幻想蝶から食糧を出そうとするのを、「わあ、待った!」と拓海が止める。
「食べるスペースだけでも、もっかい雑巾掛けするから!」
「じゃあ、その間に教室にも配って来るのです!」
『ボクも行くよ』
 と伊邪那美が駆け寄って来る。有り難うなのです、と笑った征四郎に、リュカとオリヴィエもくっついて来た。
『にしても、すごい量……まあ仕方ないけど、大丈夫だった? お金』
 児童に配布する分の軽食を見ながら伊邪那美が問うと、『……経費で落ちるだろ。多分』とオリヴィエがボソリと答える。
「卒業生の分はコレ! お祝い事だからね」
 言ったリュカの手には、赤飯のお結びがあった。

 早めの昼食の間に全員で話し合った配置に別れ、いよいよ本格的な修繕作業に入った。
 拓海が教師陣に頼んで、児童も動員しての作業だ。勿論、怪我等しないよう、危なくない部分を受け持って貰う。
「これ買って来た作業用軍手なんだけど、各教室へ配布してくれるか?」
 等、卒業生には、それとなく服を汚さないような仕事を頼んだ。
「ともかく! コレが最後の卒業式な子もおりますやろし、ええもんにしたりたいどすな!」
『卒業生は確かに最後だな』
 宣言する一二三に、キリルが冷静にツッコむ。趣味で持ち歩いている修繕用道具を握り締めて、一二三は若干罪悪感も覚えていた。
(……こんなん持ち歩いとったせい……な訳あらしまへんて!)
 必死で自分に言い聞かせながら、別に分けてあった使えそうな部品に、電動サンダーを当てて表面を整える。
 昼食後、念入りに掃除機と雑巾掛けを施した後、拓海は窓を塞ぎに掛かった。
 リュカ達が持ち帰ってくれたシートや段ボール、合板を、窓や壁に空いた穴に張り付け、打ち付ける。それを、中学校から借りた紅白幕で隠した。
 春月も、「レイオン、肩貸して、肩!」と彼に肩車させつつ、高所の穴を塞ぐ。
 若葉は再度共鳴して、ランナーを装着し、「じゃじゃーん、ウレタン噴射器!」とそれを幻想蝶から取り出した。
(そんな物、何に使うつもりだったんだ)
「えへへー、実はインカ支部補修の時から」
(……入れたままだったんだな)
 何度目かで呆れたように言うラドシアスに構わず、若葉はランナーを発動させ、高所にある壁の穴へ飛んだ。

 バルタサールと紫苑が、床の裂け目に出来たささくれをナイフで削り、拓海、メリッサ、一二三、キリル、恭也と伊邪那美も、ウレタン噴射器を武器に床の穴と取っ組み合った。
 一二三は、持っていたタッカー、グルーガン、ドライバー等を用途で器用に持ち替えながら作業している。
 何とか平らになった所で、一二三は床下の強度をチェックしに、下へ潜った。
「大丈夫どす」
 彼のOKが出て、フロアシートが敷いていると、征四郎達が空き教室や理科室、家庭科室、果ては職員室から無事な椅子を掻き集めた物も体育館の出入り口付近まで持って来た。
 ここまで来れば危険もなかろうと言う事で、児童達も三々五々、手伝いの為に集まり始めている。自分達でやり遂げた式として記憶して貰えたら、という拓海の案に、教師達も快く賛成してくれた。
 高学年の子達は、若葉の提案で、征四郎、ユエリャンと共に椅子を運ぶ役を手伝っている。
 一二三達は、電気系統のチェックに行きますわ、と言うと、教師を捕まえて場所を訊ねた。

『うんと綺麗にして、素敵な思い出の卒業式にしましょうね』
 これも若葉の提案で、撤去作業中に教室で作った紙の花や折り紙のガーランドを持って集まった低学年の児童達に、メリッサが声を掛けた。
 殆どは、引率して来た担任の指導で作業をしたが、メリッサは交流を兼ねて児童の中で一緒に飾り付けをする。
 他方、電気系統のチェックを終えた一二三達も、戻ってステージの修繕に加わった。
「一二三さん、どうだった?」
 若葉の問いに、一二三は「電気系統は無事でしたわ」と頷いて見せる。
「破損個所も少のうてすぐ修理できましたし、小型電源システムとノーパソの出番もありまへんでした」
 後はこのステージどすな、と言うと、若葉も緞帳の破れ目をチェックしながら頷く。
「大体は大丈夫そうだね。前部分の裂け目が気になる位で」
「ホンマ、時間掛かるようやったら教壇重ねなならんかと思てましたけど、これならウレタンと後は布で誤魔化したらいけますわ」
「うん、階段も無事だし」
 こちらも、壊れていれば一二三は踏み台を組み合わせてそれらしくするつもりだった。
「演台はお世辞にも無事とは言い難いけどね」
「じゃあ、端材を組み合わせまひょ。壊れん程度に補強して布で豪華に見えるようにしたらええ。最悪、式の間だけ持てばええどすさかい」

 春月は、外で破れたカーテンから塵を叩いて、高学年の児童や保護者にも声を掛ける。
「手の空いてる子、集まってー。大きい穴とか、縫って欲しいな、お願いできるかい?」
「うん、いいけど」
「教室行かないと裁縫セットないよー」
『じゃあ、カーテンだけ持って、家庭科室へ行こうか。椅子持って来ちゃったから、立ち仕事になるけど』
「そだね」
 レイオンの提案に頷くと、「あ、待ってー」と若葉が声を掛ける。
「これもお願いできる?」
 彼が持って来たのは、緞帳だった。
「安全ピンだけじゃちょっと心許なくって」
「分かった、任して」
 じゃあ行こか、と児童を先導する春月とレイオンに、紫苑が微笑ましげな目線を向ける。
『卒業する子達にはトラブルで気の毒だけど、こういうのも逆に思い出に残るし、皆で協力して作業するのも楽しいものかも知れないね』
 バルタサールは、興味なさげに、「そういうもんかね」と吐息混じりに言った。

「短時間で修復出来そうな物はこっちに寄越してくれ。直して来賓用に回す」
 恭也の指示に、伊邪那美が『出来なそうな物は?』と訊き返す。
「脚の座りが良い物は高さを揃えて等間隔に並べる。その上に厚めの板を乗せて釘打ちすれば、簡易的な長椅子になるからな。保護者と卒業生用に回す」
「足りなかったら低学年の教室から机も持って来たらどうかな? 低いから椅子の代わりになりそうだし」
 布類の修繕から戻って加わっていた春月の提案に、そうだなぁと頷いた拓海は、手の空いていそうな卒業生に「その前に、数の確認して貰えるか?」と頼む。
「ごめんな、主役に手伝わせて」
 見目の悪くない拓海に微笑されると、女子児童は頷くしかないらしい。
「修復不可な物は残念だけど廃棄ですね」
 眉尻を下げて手近な出入り口から外へ廃棄の椅子を出す征四郎に、恭也も頷く。
「座高の高い物は後ろに設置するか。効果は微妙だが、多少は階段状になって見通しが利くだろう」
「そだね、うちもそれが良いと思ってた」
 春月が賛同するのへ、伊邪那美が素朴な疑問を呈する。
『身長順に並んで貰うのは駄目なの?』
「証書授与の関係で、出席番号順にしないと不味いんでな」
『ま、見目バラバラなのはご愛敬であろう』
 同意しつつ、ユエリャンはふと、離れた所で別の作業を手伝うオリヴィエを見た。
 自分に卒業式の記憶はないが、巣立ちの日がとても尊いという事は解る。かつての昔、送り出したであろう彼に、ユエリャンは実は何度か目線を投げていた。
「じゃ、手が空いてる子は今度こっち手伝ってー」
 声を掛ける春月の声に、ユエリャンは我に返り、椅子の修復に戻る。
「脚がぐらつかないのをベンチに改造するから、見つけて教えてくれ」
 拓海の指示に従い、児童が持って来てくれた損壊少ない椅子を、板で繋ぎ合わせベンチ状にし座れる人数を増やす。
 若葉が怪我防止の為に、鑢で角を削り、布を張った。
「そっち押さえて。おっ、上手いもんだね」
 怪我をさせないよう指導しながら進める拓海に褒められた児童が、照れ笑いを浮かべる。
 春月とレイオンも、別の児童に手伝って貰いながら、結束バンドで修復した椅子を固定し、ベンチ状に整える。
「じゃ、仕上げに椅子の配置、確認してくれるか?」
 拓海の声に、卒業生の一人が手を挙げて答えた。

 残り時間が僅かとなった頃、征四郎はユエリャンと共鳴し、地不知で壁を走って、手の届かない所の飾り付けや布張りを行っていた。
 彼女が掛けた大きな白い布には、“卒業おめでとう”の文字が書かれ、周囲の白い部分には作業が空いた子供達に描いて貰った絵や、押して貰った手形が踊っている。
 児童と飾り付けに勤しむメリッサは、『ねぇ、そこから見てくれるかな? お花はこの辺りで良い?』と確認を取っている。
 別の場所で、額に手を当てた春月は、「ん~、統一感と華やかさがなぁ~」と唸り、近くにいた児童に絵を描いてくれるよう頼んだ。
 ある程度形が出来て来たら、もう一度全体を見る。足りてない所、修繕の粗が目立つ場所を確認し、隠せる粗はペーパーフラワーを駆使した。
 若葉も、並べた椅子の補修部分が目立たないようバランスを確認する。
 キリルは体育館の空いたスペースで、卒業生が胸に付ける花飾りを作っていた。円筒にリボンを数回巻き付け、片側押さえて輪をずらして出来る花を人数分作る。後は、主役達の胸元に安全ピンで留めるだけでいい。
 手が空いて、顔を上げると、残った者は紙吹雪作りに精を出していた。
 余った紙に、メリッサと共鳴した拓海が、疾風怒濤を弱めに掛け細かくし、それを皆で幾つかの袋に分けて詰めている。
 春月も、布の切れ端を切って、卒業生退場時の紙吹雪用に袋に落としながら、「レイオン折角スーツなんだし、保護者の案内とかしなよ~」等とレイオンをけしかけていた。けしかけられた本人は、素直に教師に『案内を手伝います』と頭を下げに行く。
 どうにか形が整うと、皆で怪我をするものが残っていないかしっかり確認し、式前には使った工具などを片付け、もう一度掃除を行った。

『何とか形になったか……』
「そうだね」
 エージェント一同が安堵する中、式は粛々と進んで行った。一二三達により、音楽に合わせ色の変わる照明で演出された式は、通常より思い出深い良い物に、という彼らの心が籠もっている。
 特に、退場時は華やかだった。
 若葉とラドシアスが共鳴し、ランナーで天井付近を縦横無尽に駆け会場全体に紙吹雪を飛ばしたかと思えば、拓海も共鳴状態で放り投げた袋を弱めの烈風波で撃ち、盛大なものにする。
「気張れ! ここからが本番だ。おめでとう~!」
「『おめでとう!』」
 若葉も、恭也が天井に仕掛けたブーケクラッカーの側を通り様、それを破裂させる。紙吹雪に混ざるように花弁が散って、歓声が上がった。
 更に、一二三達が音楽と照明で紙吹雪が花火に見えるよう演出、征四郎も繚乱を空打ちし、彩りを添える。
『君達の明日が、きっと素晴らしいものであらん事を』
 そっと呟いたユエリャンの声は、歓声に紛れてしまう。だが、聞こえてなくとも構わなかった。
 リュカとオリヴィエも、仲間に便乗して、二階部分から紙吹雪で見送る。
「この中の誰かが、中学でのオリヴィエの友達になるかもよ?」
 からかうように言うリュカに、オリヴィエは『どうだか、な』と素っ気なく返した。
「はー、皆大きくなって……」
 春月は、何故か感無量で泣いている。
『春月、鼻出てるよ……』
 レイオンは、呆れたように言ってハンカチを差し出した。
『何とか、無事に終わったね……』
 伊邪那美も大方似たようなもので、感慨深げな吐息と共に言う。
「そうだな。色々とあったが、思い出に残る良い式になったんじゃないのか?」
『ボクとしては、偉い人の話が短ければ良かったけど』
「皆が思っているが、諦めろ」
『そう言えば、恭也も高校って所を卒業するんだよね?』
「ああ、大学の進学も決まったがそれがどうかしたのか?」
『にゅふふふ、楽しみにしててね』
 不穏な笑いに、「まさかとは思うが」と恭也は苦虫を噛み潰した顔になった。
「皆に言って式場を作る気なら止めろ――っていない、何処に行きやがった」
 見回すと同時に、キリルが号令する声が耳に入る。
『リサ! ラドシアス殿! 伊邪那美殿! 皆も菓子を食いに行こうぞ!』
『おー!』
 等と言いながら、伊邪那美はキリルの側にくっついていた。
 提案したキャンプファイヤーを、学校側から丁重に辞退された一二三は、少々の落胆を滲ませつつ、「うちは肉が食いたいどすわ~」と主張する。
「アフターならオレ達も行くよ」
 と拓海も続く。その後を歩きながら、フォークダンスもやりたかったなぁ、と春月は呟いた。
「マイムマイムかオクラホマミキサーなら教えられるのに」
『まあ、式がちゃんと出来ただけで一杯一杯だったよ、先生達はきっと』
 苦笑しつつ、レイオンがポンと彼女の背を叩いた。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 『赤斑紋』を宿す君の隣で
    木霊・C・リュカaa0068
    人間|31才|男性|攻撃
  • 仄かに咲く『桂花』
    オリヴィエ・オドランaa0068hero001
    英雄|13才|男性|ジャ
  • 『硝子の羽』を持つ貴方と
    紫 征四郎aa0076
    人間|10才|女性|攻撃
  • 全てを最期まで見つめる銀
    ユエリャン・李aa0076hero002
    英雄|28才|?|シャド
  • 太公望
    御神 恭也aa0127
    人間|19才|男性|攻撃
  • 非リアの神様
    伊邪那美aa0127hero001
    英雄|8才|女性|ドレ
  • 共に歩みだす
    皆月 若葉aa0778
    人間|20才|男性|命中
  • 温もりはそばに
    ラドシアス・ル・アヴィシニアaa0778hero001
    英雄|24才|男性|ジャ
  • この称号は旅に出ました
    弥刀 一二三aa1048
    機械|23才|男性|攻撃
  • この称号は旅に出ました
    キリル ブラックモアaa1048hero001
    英雄|20才|女性|ブレ
  • 苦悩と覚悟に寄り添い前へ
    荒木 拓海aa1049
    人間|28才|男性|防御
  • 未来を導き得る者
    メリッサ インガルズaa1049hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • Trifolium
    バルタサール・デル・レイaa4199
    人間|48才|男性|攻撃
  • Aster
    紫苑aa4199hero001
    英雄|24才|男性|ジャ
  • そうだよ、楽しくやるよ!
    春月aa4200
    人間|19才|女性|生命
  • 変わらない保護者
    レイオンaa4200hero001
    英雄|28才|男性|バト
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