本部

双獣

十三番

形態
ショート
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
6人 / 4~6人
英雄
6人 / 0~6人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2018/03/16 06:43

掲示板

オープニング


 色気のないビルが立ち並ぶ地方都市の大通りを、黒塗りの軽トラックが爆走している。
 アクセルを親の仇のように踏み付けているから、マフラーからは濃灰色のガスが大量に吐き出されていた。減速をまるでしないから、カーブを曲がると頭痛を引き起こす高い音を立ててアスファルトに四輪の痕跡を深く刻む。荷台には赤いシャツを着た金髪の少女が乗っていて、身の丈を超える銃火器を携えていた。
 昼下がりの街中におおよそ似つかわしくない、この上なくけったいな存在にもかかわらず、しかし衆目は皆無であった。衆人が皆無だったからである。
「いやァ、げにドライブ日和ですなァ」
「言ってる場合かって! もっとアクセル踏んでよ!」
「目いっぱいなんですがねェ」
 運転手の男はぼやいて煙草に火をつけた。歳の頃なら40過ぎ、短い黒髪にはちらほら白が混じっている。
「だから軽トラなんてヤだったんだ! 隣の四駆借りてくればよかったのにさ!!」
「車高の高い車、苦手なんですワ」
「だから言ってる場合かって!!」
 荷台の少女は三白眼をリアサイトに近づけた。狙うはトラックの後方30メートル、竜巻のように入り乱れる、黒と白の従魔である。
 少女は状況を良く理解していた。とにかくまずは動きを止めることが最優先、致命傷を狙おうなどと欲はかかない。従って特定の部位を狙うでなく、射程内、照準に収まると同時にトリガーを引く。引く。引く。引く。
 その結果は――
「初弾命中、で――」
 バックミラーで状況を確認していた運転手は溜息に紫煙を乗せ、
「――“また”残り全部避けやがった……!」
 少女は憤りに任せて荷台の縁を蹴りつけた。
 彼女の腕前が拙いわけではない。並よりやや上程度までの従魔であれば単独で制することができる技術と経験を持ち合わせている。だからこそ運転席の男も――それしか方法がなかったとはいえど――彼女に攻撃役を一任したのだ。
 もうひとつ付け加えておけば、従魔が特別小型だったわけでもない。黒い従魔は体長6メートルほど、体高は3メートル程度ある、狐に似た個体だった。対して白い従魔は獅子のような姿とパーツをしている。ふさふさのたてがみを差し引いたとしても、黒い個体よりも一回り大きな体躯をしていた。
 こんな相手をこの距離で狙い撃てない。荷台の上、猛スピードで移動中という状況を差し引いたとしても、少女の射手としてのプライドは傷んだ。
 目聡く察した運転手があえて軽い調子で言う。
「兄弟喧嘩、ですかねェ?」
「知らねーよ……ってか今更だけど、従魔同士で何やってんの、こいつら?」
「いちゃついてるだけかも知れませんぜ」
「勘弁してよ……」
 ぼやきながらも少女は射撃を続ける。成果は芳しくないが、手を休めるわけにもいかない。
「真面目なハナシ、深く考えなけりゃあ、バグっちまったんじゃねぇですかい?」
「壊れてるってこと? うーぜぇー、そのまま消えてなくなれっつの」
「もしくは、目に映るモン全部壊したがるじゃじゃ馬か、ですなァ」
「うあ゛、それはそれでウゼェ」
「ま、原因なんて大した問題じゃありませんや」
「……かな。だよね」
 黒と白は、文字通り入り乱れていた。上下左右東西南北前後奥手前、各々の爪であったり牙であったりはたまた脚であったりで、相手を痛めつけることに躍起になっているのである。避難警報が発令されて久しい“貸し切り”の街中で、本気で、争っていたのだ。
 だから放っておくという選択肢は有り得なかった。例えば山奥の石切り場などで殺し合っていたのなら、なるほど、五日後にでも見に行って共倒れの写真でも撮影して帰ればよかっただろう。しかしここは地方とはいえ都市部であり、避難警報が発令されて久しいとはいえ、その効果を無条件で期待するわけにもいかないのだ。
「――っ!!」
 なんの前触れもなく、合図も断りもなく、少女が荷台を飛び降りた。
 運転手は舌を打ちながらハンドルを切り、床が抜けそうなほどブレーキを踏んだ。交差点を左折するような軌道を取り、やがて停車に成功する。下車し、数瞬で少女を発見した。灰色が多い街で、少女の金髪はあまりに目立ち過ぎた。
 彼女の足元には、茶色い衣類の塊が落ちていた――否、それらは着込まれていた。
「おい、爺さん! 大丈夫か、立てるか!?」
 わしなんかに構いなさるな、お嬢さんこそお逃げなさい。
「バカ言ってんじゃねえよ! 立てるか――ぅぁ、折れてるじゃんか!」
 わしはええんじゃ。わしはもうええんじゃ。
「あたしより先に諦めんじゃねぇよ!」
「伏せろ!!」
「ッ!!!」
 少女と老人のすぐ隣、4階建ての雑居ビルに、黒に蹴り飛ばされた白が背中から激突した。ビルの壁が窓一枚分窪むほどの衝撃であり、割れた窓ガラス、欠けた壁、ぶら下がっていた看板が一様に瓦礫となって降り注ぐ。老人が頭を抱え、少女が庇うようにその小さな背中を呈し、飛び込んだ運転手が取り出した深緑の棍で殆どの瓦礫を弾き飛ばした。
「っ……ちょっと、バビった。サンキュ」
「気負うな。嬢ちゃんはノーミスですワ」
 心底称賛しながらも、男の顔色は冴えなかった。
 すぐさま復帰して攻撃に転じた白い獅子は、その挙動で軽トラックを道端の石ころよろしく蹴り飛ばした。それを黒い狐が踏み潰し、どちらも更に気焔を吐きながら、尚も道路を進んでいく。手元には自力で離脱できない要救助者。
 男は煙草を新調してから、通信機を顔に近づけた。



「申し訳ございやせん、あっしらはこれから要救助者の確保並びに搬送に入りますワ」
 通信機が吐き出す低い声を聴きながら、あなたは正面――迫り来る黒と白の竜巻を見据えていた。
「敵さんの挙動は事前の情報と大差ありませんや、各個撃破を推奨しときますぜ。
 嬢ちゃんからは、なんかありますかい」
「ごめんなさい、全然削れなかった! あとお願いします!!」
「どっちか倒してみせる、って約束は違えちまいましたが、誘導はなんとか成功したってことで……まぁ、こいつの悔し涙に免じて許してつかぁさい」
「言ーうーなーよ!!!」
「痛ててて。そんじゃ重ねてですが、あと頼みましたワ」
 目前に迫った黒と白へ、あなたと仲間が同時に攻撃を放った。息の合った、絶妙な間での、厚みのある一手であったが、二体の従魔はどちらもこれを察し、互いを蹴りながら距離を稼ぎ、回避してのけた。
 かくて、黒は東へ、白は西へ。
 どちらも相手の従魔のことを見据えていた。
 どちらもその合間にあなたへ視線を送ってきた。
 邪魔をするな、と、暗に言われているようで、
 お門違いな視線を断ち切るように、あなたと仲間が一斉に得物を構えると、
 喧嘩するほど睦まじい、とは言うものの、
 双方の獣は同時にアスファルトを蹴り、あなたたち目掛けて猛突進してきた。

解説

●目標
>>従魔2体の討伐
・街並みへの被害は成功度に影響しないものとする
・気絶者が出た場合成功度が減少する

●状況
日中、晴天。
幅4sq(スクウェア)の道路の交差点。但し北南に続く道路には移動できないものとする。
東西へは交差点からそれぞれ20sqまで移動可能とする。
全ての沿道には建物が並んでいる。屋上を含めて侵入不可。
縁石、植え込みなどの障害物、並びに路地裏、下水道などはないものとする。

●敵
>>黒狐
回避↑↑、物理攻撃・命中・イニシアチブ↑、生命力3割減少済み、右わき腹に弾痕が見える
フィールド東端に陣取っている
・通常攻撃:手足によるひっかき攻撃。射程1
・叩き付け:巨大な尻尾を振り下ろす。2×2sqに物理攻撃
・とお吠え:自身を中心に範囲(3)。特殊抵抗を用いた判定に失敗した場合、BS『気絶(1)』が付与される
・生存本能:パッシブスキル。攻撃を受ける度に回避値が上昇し、ターン終了時に元の値へ戻る(PL情報)
>>白獅子
物理攻撃・生命力↑↑、魔法防御↑
フィールド西端に陣取っている
・なぐる:ねこぱんち。射程1
・かじる:最速で行動して物理攻撃を行い、命中した相手を口で拘束する。ターン内に規定量のダメージを受けなかった場合、ターン終了時に追加で物理攻撃(威力補正大・必中)を行い、拘束を解く
・ぶつかる:移動しながら正面、幅4sqに物理攻撃+ノックバック(3)
・もりあがる:パッシブスキル。ターンが経過する度に物理攻撃値が上昇する(PL情報)
>>共通(すべてPL情報)
・従魔同士の距離が近づくほどに、従魔の能力値に上方補正が入る
・従魔同士が隣接すると、範囲(8)の物理攻撃(威力補正大)を連発するようになる
・片方の従魔が討伐されると、2ターン後に逃走を開始する


●その他
特記ない項目はPC情報です。
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リプレイ


「『請け負った』」
 無骨な通信機へ短く告げ、アリス(aa1651)は今一度左右へ視線を飛ばした。既にAlice(aa1651hero001)との共鳴は済まされており、紅色の前髪の隙間からは鮮血を凝固させたような瞳が覗いている。
 手間な仕事である。纏められず、ようやく分断できて、しかし接近しようとしており、今その中点に居る。他所でなら勝手にどうぞ、と言いたくもなるが、言葉が通じる相手でもなし、通じさせたい相手でもなし。
 まあいいや。
 優先順位を決め、体の向きを変えるアリス――を、赤城 龍哉(aa0090)が短く声を掛けて呼び止める。
「通信機、借りてもいいか」
「どうぞ」
 低い位置から突き出された通信機を受け取る。
 渡すや否や、視線もくれずアリスは進みだす。その小さな背中を、少し伏せた眼差しで追いながら、龍哉は通信機を顔に近づけた。
「悪い、俺からもいいか」
 おや、と通信相手――エージェントの男が反応を寄越した。
「なんでございやしょう」
「他に何か、気付いたことはないか? 細かいことでも、気のせいかもしれないことでもいい。教えてくれ」
『龍哉……』
 ヴァルトラウテ(aa0090hero001)の言葉も、雨に打たれたように沈んでいる。
 龍哉の身には過日の任務で負った深い傷が残っていた。通信機を握る手にはきつく包帯が巻かれ、片足を庇うように重心を傾けている。ドライブ日和にもかかわらずうっすらと汗をかいていたし、顔色は明確に悪かった。
 だからと言ってこの状況下で休んでいるわけにもいかない。
 しかし我武者羅に前に出ても仲間に手間をかけてしまう。
 できることは限られていたが、龍哉はそれを見失わなかったし、懸命に果たそうとしていた。
 この思いを通信相手が汲む。
「狐の脇腹、でしょうなァ。うちの嬢ちゃんの頑張り、活かしてやってくださいや」
「わかった。恩に着るぜ」
 通信終了。双眼鏡を覗き込む。
「狐の脇腹……右腹の、あれか……? 見えるか?」
「はい」
 月(aa0299hero001)と共鳴を済ませている廿枝 詩(aa0299)が答える。
「意識は、してみようと思います。敵のタイプがあの通りですので、ご容赦のほどを」
 落ち着いた声で続けながらバイポッドを設置、そこへスコープが備え付けられた大型の銃器を据える。
『つきが表にでるのひさびさだね』
「訓練とも内部とも違うし、鈍ると困るからね」
 足を開いて腰を落とし、ひとつ息をついてスコープを覗き込む。丸い視界の中、陽炎のように揺らめく黒い狐の姿をした従魔に、編んだ長い金髪を揺らす秋原 仁希(aa2835)が対峙した。



 黒いジャケットに身を包んだ六道 夜宵(aa4897)が白い獅子の姿をした従魔に正面から接近していく。両者の体格差は重機とその運転手ほどもあったが、夜宵はむしろ背を伸ばし、まっすぐと白獅子を見据えながら、腕を振って走り続けた。
 先に反応したのは従魔であった。大木のような前脚を頭の高さまで振り上げ、体重を乗せて振り下ろしてくる。夜宵は身を屈めて急ブレーキ、小さく180度旋回するようにして回避を成した。目の前に叩き付けられた白い巨腕に若杉 英斗(aa4897hero001)が舌を巻く。
『典型的過ぎるパワータイプだな』
「元気がありそう、とは思ったけど、ここまでとはね」
『どうする、退くか?』
「冗談っ」
 取り出したのは七体の人形。和装に身を包んだそれらは、どれも隅々まで手入れが施されていた。
「みんな、お願い! やっつけちゃって!!」
 それらを夜宵が宙に放り投げる。ばらばらの向きで浮かんだそれは、夜宵が指で“糸”を引くと、目を覚ましたように、一斉に同じ方向を向いた。続けて夜宵が腕ごと“糸”を引くと、人形は刀槍長刀薙刀etcetc、各々の得物を掲げて編隊を組み、白獅子に急接近、従魔の頭頂部を立て続けに斬り付けた。
 ダメージに顎を引く白獅子、その頭部に後方、遠方から放たれた月の狙撃が命中する。ごん゛っ、と鈍い音が辺りに響き渡った。着弾箇所、白獅子の右肩はありありと陥没している。
 次いで従魔を襲ったのは、アリスが放った炎だった。見紛うことなき業火である。直視しただけで両目を焼き尽くしそうな真紅の烈火が、白獅子の付近で大爆発を起こした。従魔の巨体が、まるで傅くように、がくん、と沈んだ。
 実のところ、白獅子はアリスの炎に対応していた。首元に蓄えたたてがみが身を守るのに最適であることを、この従魔は自認していたのだ。では何故此度は利用しなかったのか。否、利用したが、効果が薄かったのである。身を焼くかと思われた炎の衝撃は、しかし宛らハンマーの殴打じみた一撃であった。おかしい。どうして。多重のインパクトを受け、白獅子は身を低く、四肢に力を込めてその場で踏ん張る。
 この強張った、あまりに無防備な前脚をバルタサール・デル・レイ(aa4199)が狙い撃つ。
 白獅子がすかさず反応を示した。バルタサールの赤髪、金色の眼差しと比べて、その軌道はあまりにも愚直に見えた。この時は、まだ。
 顔を腕に寄せ、たてがみでカバーを試みる。間に合った、と安堵するも束の間、弾丸は突如、なんの前触れもなく姿をくらまし、左前脚の関節部へ真横から激突した。
 ぐらりと揺らぐ白い巨体。大きな口が極限まで開き、晴天に声なき叫びが上がった。
 獰猛な獣そのままの仕草に、紫苑(aa4199hero001)が、ふう、と息をつく。
『楽しそうに鳴くねぇ』
「同意しかねるな」
『猪や熊が山からおりてきちゃったみたいな感じなのかな。追われたんじゃなくて、誰かとじゃれ合いたくて仕方なかったんだろうね』
「経緯に興味なぞ無いが、招かれざる客ってのは間違いないだろう」
『なるほど。なら、礼節は不要だねぇ』
「当然だ」
 バルタサールの攻撃で歪んだ前脚から、白獅子が強く踏み込んできた。痛手を負っているはずなのに、挙動の力強さはまるで変わらない。
(「それどころか、なんか……?」)
『来るぞ!』
 英斗の言葉に反応し、夜宵が盾を構える。
 間一髪、間に合う。飛盾を体の前面に衝き出すのと、白獅子の、巨岩のような肩が激突してきたのはほぼ同時であった。その衝撃は筆舌に尽くし難く、夜宵は堪えるも大きく後方に吹き飛ばされてしまう。足の裏を摩り下ろされるような感覚がしばらく続いた。
 痛みに太めの眉を歪ませ、しかし夜宵は、驚くほど痺れのない両手をまじまじと見つめる。
「なんだか盾の取り回しがいい感じするわね」
『そうだな、よくわからないが、コイツはなんとなく馴染むというか……』
「どこか痛めたの?」
「まだ終わっていないぞ」
 アリスの炎が首裏を、バルタサールの狙撃が先ほどと同じ脚をそれぞれ穿つ。我に返った夜宵も、再び糸を操り、七体の人形を従魔の顔面目掛けて嗾(けしか)けた。
 抉れた首裏、更にひしゃげた前脚、鼻付近に生まれた七つの切り傷。その何れもを物ともせず、白獅子が再び猛然とタックルを放ってくる。
 夜宵の盾と激突する。その衝撃は、周囲の建物の窓がビリリと震えるほどであった。
『さっきより随分派手だ。同じ動き、だったよねぇ』
「余程人恋しかったらしいな」
 バルタサールがネクタイに指をかけ、緩める。
 時同じく、夜宵も同じ結論に至っていた。
「なんだかさっきよりダメージ受けてる気がするんですけどっ」
『目に見えてムキムキになってきたな。こりゃ時間を掛けるのはマズそうだ』
 人形を構える夜宵に白獅子が迫ってくる。迫力も、速度も、目に見えて増していた。
 バルタサールの狙撃を、前脚を振り回すことで乱雑に受け流す。
 アリスの炎に押し潰されそうになるも、背を跳ねさせるような挙動で受け切る。
「こんの――っ!」
『違う、ここは――!!』
 七体の人形の連撃を顔面で蹴散らし、大口を開けた白獅子が夜宵に飛び掛かった。



 軽やかな足取りで進んでいた黒い狐の姿をした従魔は、慌てて四肢を一点に揃えると、重心を後方へ傾けて急ブレーキを掛けた。しかし勢いを完全に殺すことはできず、顔を伏せるものの、正面から迫り来る“それ”の中へ突入、数発被弾してしまう。
 “それ”とは、16発のロケットが形成する弾幕。通りを埋め尽くすように、互いの死角を埋めるように迫る弾頭の群れは、正しく“幕”と言い表せた。
 手ごたえを噛み締めてからパージする仁希の口角は僅かに上がっている。これは共鳴し、主導しているグラディス(aa2835hero001)の影響に因る。
『さぁさ! 行っこーかー!!』
「(従魔攻撃するのは良いけど周りのこととか多少は考えて――)」
『考慮する!』
「(あー……)」
 多くは期待するまい、と頭を抱える仁希を他所に、グラディスは両刃の直剣を手に、もうもうと立ち込める土煙に挑む。奥ではやや細身の、巨大な黒い影が臨戦態勢を整えたようだった。
 が、
 この場で先手を取ったのは、交差点でスコープを覗き続ける月、その一射。
 挙動には目を見張るものがあった。月は黒狐に狙い――の、“あたり”――を定めてから、増設したバイポッドを軸にして180度旋回、通路を塞ぐような白い巨体、その頭部が照準に収まるなりトリガーを引いた。弾丸の軌跡は四半ほども見送らず、続けてもう180度旋回。道中で銃口を俯かせて一発捨て、旋回終了、ロケットの弾幕に移動を止めた黒狐を再び照準に捉え、即座に引き金を握ったのだ。土煙を貫いて迫る弾丸に、黒狐も反応するが、しきれず、腰の近く、後ろ足の付け根あたりに被弾を許す。ともすれば曲芸とさえ言い表すことができそうな行動にも関わらず、二射を命中させ、一射を“安全に”処理した月の射撃技術は特筆に値する。
 土煙に開いた風穴を導にグラディスが突撃する。
 ダメージに揺れていた従魔も、接敵前には体勢を立て直した。華麗にバックステップしたかと思うと、そのまま地を蹴って身を捻り、ボリューミィな黒一色の尻尾を思いきり叩き付けてくる。グラディスはこれを半身になって回避。
『素敵な尻尾だね! 暖かそう! ねぇねぇ! 襟巻きにならない?』
「(もう春だがな……)」
『いやいや、わからないよー? オールシーズンいけるか――も!』
 踏み込み、斬り付ける。鋭く、シャープな動きで放たれたそれを、しかし従魔は、アスファルトを転がって、無我夢中、といった様子で回避した。
『んー? 恥ずかしがりやさん?』
「(そうは見えなかったぞ……)」
「詩はどう見る?」
『もう少し、見てみたいかな』
「うん、同感」
 バイポッドをひとつ分左へずらし、月が発砲する。弾丸は地を這うような挙動で、従魔の右前脚に直撃した。痛がるように脚を上げる黒狐。
『脚より顔攻撃された方が動くのに支障でるって説もあるけど』
「その時はその時で」
 狐の左側へ回り込んだグラディスが軸足を狙って直剣を振る。が、黒狐は先ほどとほぼ同様、死に物狂い、といった有様で斬撃を回避した。
 ふうん、と鼻を鳴らすグラディス。
「なるほどねー」
 独りごちるグラディスを睨みつけてから、黒狐は足を揃えて背筋を伸ばす。
 次の瞬間、高い鼻を天に向けて喉を振るわせた。
「……っとと……っ」
 額を押さえて耐えるグラディス。狐が放ったそれは声よりも衝撃波に近かった。備えなく受けていたら数瞬は動けなかっただろう。だが幸い耐えられたし、仕組みもだいたい理解できた。
『んっふっふー。よーし、やってみよー』
「(……待て、何を?)」
『一挙両得、ってやつ!』
 直剣を小脇に抱え、グラディスは荷物を取り出した。
 時同じく。
『痛みを受けると、神経質になるのかもね』
「そうだね、言いえて妙だ。慣れてきている訳でもない、リセットされている」
 得た見解は、事前に当たっていたエージェントの証言とも合致する。初弾命中、あとは回避。
 ならば、狙撃手である自分の役割は。
 “狙い”を定めた月――に、隣から、龍哉が大きな声を投げた。
「後ろだ! 頼む!」
「了解しました」
 武器と共に後方を臨む。先ほどと変わらぬ白い巨体、その口内に、仲間の姿が見えた。



「ふぬぬぬぬぬ゛ぬ゛ぬ゛ぬ゛ぬ゛ぬ゛ぬ゛……っ!!」
 夜宵はがっちりと捕えられていた。受ける“圧”は凄まじく、みしみし、メキメキと、全身が軋み、圧縮されているのが判る。口内から辛うじて逃れているのは長い黒髪だけで、盾を携えた両手で上顎を、両のヒールで思いっきり下顎を踏み込み、顔を真っ赤にしながらなんとか咀嚼を食い止めていた。
『ううむ……』
「何!? 思いついたことあるなら言って!」
『いや、やっぱり盾を扱うと、こう……懐かしさのようなものを感じr「場合かーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
 やれやれ、と、竦めた肩に銃を担いでバルタサールが前に出る。
『余裕ありそうだけどね』
「大切なことだ。少なくとも、味方にはな」
 射線を確保し、ドラグノフを構える。横目で確認した味方の眼差しは狙いを雄弁に告げていた。備え、合わせることとする。
 先陣を切ったのは月の弾丸。研ぎ澄まされた一撃が白獅子の眉間に激突した。たまらず白獅子が頭を傾ける。バルタサールの照準は、あらかじめちょうどその先に定められていた。
 発砲。
 放たれた弾丸は、脇目も振らずに直進、まるで吸い込まれるように、従魔の左目に直撃した。風船が萎れるような音がして何かが飛び散った。従魔は痛がる素振りを見せるが、それでも夜宵を離さない。
 アリスが腕を横に振った。
 手の軌跡の延長線上、彼女から遠く離れた位置=白い従魔の真横から、槍のような炎が発生、従魔の側頭部を痛烈に打ち抜く。激突した部位のたてがみが削げ落ちるほどの衝撃だった。たまらず白獅子は口を開く。蓄積された痛みを抱えきれず、攻撃の手を休め、堪えることに専念しようとした結果だ。
 が、
 夜宵は上顎の牙を掴み、その場に留まっていた。
「こいつ……よくもやってくれたわね!」
『おいおい、無茶するな夜宵……』
「いくわよ英斗! 肉を切らせて骨を断つ、よ!!」
 言うが早いか、夜宵は飛盾を操作する。狙いは口内、下顎。
 ほぼ密着した状態からの攻撃となった。ばん、と強い音を立て、顎が可動域の外まで押し出される。
 従魔が痛がって首を振った。猫科じみた、瞬く間の三往復だった。勢いは凄まじく、懸命に堪えたものの、夜宵は振り落とされ、アスファルトにバウント、全身を強かに打ち付けてしまう。
「痛たた……」
『まったく……少しは防御を考えろ』
「よかったのよ、これで。あとを任せられる仲間が一緒なんだから」
 全身を余すところなく痛めつけられ、それでも白獅子は前に進もうとしていた。限界は明らかに近いはずなのに、顔や背、とりわけ両腕は、更に力が滾っているようだった。
 その片方が、今、バルタサールの狙撃を受けて中ほどから吹き飛んだ。寸分変わらず同じ部位へ攻撃を受け続け、遂に耐久の限界へ至ったのである。
 従魔の巨体が、がくん、と沈む。
 立ち上がろうとして、前に進もうとして、失敗、もがく。
 もがいてしまった。
 だから、目の前に現れた赤い手合いに、もう成す術は残されていなかった。
 アリスの華奢な腕が持ち上がる。掌は真っすぐ、口内へ向けられていた。
 小さな口からは溜息が漏れて、
 小さな掌からは、巨木のような雷光が放たれた。
 体内を焼かれ、蹴散らされ、貫かれた従魔は、しかしそれでも前に進もうとした。
「もう充分だよ」
 呆れるように指を鳴らす。口内に発生した真紅の炎が、爆ぜて頭部を吹き飛ばすと、それでようやく、白い従魔はその場に潰れるように突っ伏して、二度と動かなくなった。



 並走するようにして黒い狐を追いかける。従魔の頭ひとつ分、あちらの方が先行しているだろうか。
 西側の様子は目に入っていた。絶対に、行かせるわけにはいかない。
『へいへーい! もうちょっと僕とやろうよ!』
 言葉に反応した黒狐が、それごとグラディスを吹き飛ばそうとするように、巨大な尾を振り回した。
『来た来たー!』
 グラディスは尾撃を背中に受けながらも飛び込むと、その勢いを保ったまま黒狐に飛び掛かり、肩と背中の間あたりを掴んで、しがみついた。
「(一挙両得、ね……)」
『例え拘束ができなくても』
「(動きはまあまあ鈍く……なるといいな……)」
『達成感は自分への鼓舞になる! おっけー!』
「(失敗は……?)」
『次への目標になる! これもまた鼓舞!』
 従魔にしても、このグラディスの行動は完全な不意打ちであった。嫌がり、身を振るが、グラディスは耐えながら腕を伸ばし、手にしたそれを放るように振るった。それとは、先端に野戦用のザイルを括ったタオルケットである。
 顎の下に放られたふかふかのそれをザイルの重さが引っ張り、ぐるん、と口を結ぶような形で戻ってきた。
「(教義とやらの正義ある戦いに反しないかこれ……?)」
『正義だなんて、人と神にとって都合の良いだけのものだよ!』
「(神官戦士がそれでいいのか………?)」
 ザイルを受け止め、次の一手を打つ――前に、直剣を逆手に構える。
 黒狐の挙動が一段と激しさを増した。前進を止め、勢いをつけて、背中、グラディスから道路わきの建物に激突しようとする。これを予期していたグラディスは従魔の首筋に直剣を突き立て、それを支えにすることでその場に踏み留まる。打ち付けた背中の痛みは必要経費だ。
 片腕で直剣を抱え、もう片手で噴射器の栓を抜く。正確に狙いを定めている暇はなかったので、タオルケットを中心に、顔じゅうを塗り固めるくらいの勢いでウレタンを噴き掛ける。
『それにウチの教義は正義ある戦いについては触れてない! ソレは別の神様!』
「(そうなのか?)」
『いくつかあるけど、仁希が言いたいのはたぶんアレだね。“卑劣な行い、臆病な行動は不徳である”』
「(激しく触れてないか!?)」
『正々! 堂々! だから問題無し!!』
 従魔が地を蹴り、斜め上を目指して飛び跳ねた。そしてすぐさま建物の壁を蹴り、ぐりん、と体を捻って、背中、グラディスからアスファルトに墜落した。寸でのところで従魔の意図に気付いたグラディスだったが、反応は遅れてしまい、頭部を強打、ごちん、と硬い音を残して道路わきまで転がっていく。
『い……ったぁーーー……』
 割れた額から零れた赤が目まで伝ってくる。染みた視界の中で、屈んだ黒狐が両手で顔のウレタンを懸命に剥がしていた。
 この一瞬が、この戦場でどれほど貴重であっただろうか。
 なんの変哲もないタオルケットであったし、相手は従魔であるからウレタンなど取るに足らない。しかしそれでも、例えるなら、不意に蜘蛛の巣に突っ込んでしまったような心地で、とても無視できるものではなかった。
 そして何より、白い従魔が仲間を銜え、それを救出するべく戦力が傾いている最中に、ともすれば黒狐は交差点まで至っていたかも知れない。グラディスの行動は、従魔の厄介極まりない範囲攻撃と、前進の意思を強く削ぐという、正に一挙両得を成し遂げていたのだ。そしてこれは報われることとなる。
 あらかたウレタンを落とした黒狐が、怒りに任せてグラディスに殴りかかった。
 未だ起き上がれないグラディスと黒い従魔の間に、黒づくめが飛び込んでくる。構わず振り下ろされた従魔の一撃を、黒づくめ――夜宵が操る白黒一対の盾が受け止め、防いだ。
 拮抗が生む停滞。千載一遇の機会を逃す者は、交差点にはいなかった。
「後方を窺いましたね。逃走を意識しているかも知れません」
「避けるのが得意な個体、だったな?」
「ああ。痛みを受けると、より暴れちまうみたいだ」
「初心なことだ」
 狙いは再び、前脚。白のそれに比べれば細く、薄かったが、短時間で攻撃を繰り返すことで“狙い慣れていた”ことに加え、一瞬とはいえ静止していたこともあり、バルタサールが放った弾丸は黒狐の前脚を、肘に該当する部分から吹き飛ばした。
 転倒、のたうつ黒狐。浜辺に打ち上げられた魚のようであり、全身で駄々を捏ねる幼児のようでもあった。
 月がスコープで狙うのは、その腹部に開いた一点の穴。
「――焦るな」
 晴天の下でも目を凝らさなければ捉えられない、弾丸一発分の穴に照準を合わせる。
「――逸るな」
 無論、視力だけでは厳しい。反射神経だけで成せるものでもない。何度も見た動き、片腕の欠損による変化、意識が向いている先。それら全てを覚え、総括する知識と経験。何より、それを成す技術。
 全て、月には備わっていた。
「──見誤るな」
 発砲。
 長い銃身内で十二分に加速した銃弾は、その勢いで路面さえ浅く削りながら走り、従魔の腹部に開いた穴へ、寸分の狂いもなく激突、貫通した。
 溜飲を下げ、スコープから顔を上げる。
『こういうのはつきのが向いてるね』
「詩の感覚任せでやっても大体出来たりするけどね……」
 何にせよよかった、と、月は得物の片付けを始める。
 黒い従魔が絶命寸前なのは明白であった。未だに立ち去ろうとしていたが、短い痙攣を繰り返すばかりで立ち上がることもできない。
『よい、しょ、っと』
 清廉な雰囲気を纏う両刃の直剣が、従魔の喉元に突き立てられる。
『これでお終い。もう眠るんだ、いいね』
 もう一呼吸分、深く突き刺す。
 黒い従魔は一度大きく仰け反り、そして今度こそ、尾を萎れさせて動かなくなった。



「何とか、片付いたか」
『お疲れ様でした、皆様』
「あなたもお疲れ様」
 アリスの言葉に、龍哉は苦々しい笑みを浮かべて首を振る。
「今回は悪かったな」
「そう自分を卑下するな」拭いたサングラスを掛け直し、バルタサールが微笑を浮かべる。「観察と情報はシンプルに助かった。お前は充分に戦力だったさ」
「何はともあれ、お大事に。縁があれば、また会いましょう」
 長い髪を翻したアリスと、首を鳴らしたバルタサールが交差点の中央に進む。片付けを終えた詩の許へ、互いをそれとなく気遣いながら仁希と夜宵が歩いてくる。
『帰りましょう、龍哉。今日受けた恩は、他の戦場で、違う誰かに返すべきですわ。その為にも、まずは体調を万全に戻すことに注力いたしましょう』
「……ああ、そうだな。嘆くよりも行動だ」
 歩き出し、空を仰ぐ。雲一つない空の天辺で、小ぶりな太陽が真っ白に輝き続けていた。

結果

シナリオ成功度 大成功

MVP一覧

  • 日々を生き足掻く
    秋原 仁希aa2835

重体一覧

参加者

  • ライヴスリンカー
    赤城 龍哉aa0090
    人間|25才|男性|攻撃
  • リライヴァー
    ヴァルトラウテaa0090hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
  • マイペース
    廿枝 詩aa0299
    人間|14才|女性|攻撃
  • 呼ばれること無き名を抱え
    aa0299hero001
    英雄|19才|男性|ジャ
  • 紅の炎
    アリスaa1651
    人間|14才|女性|攻撃
  • 双極『黒紅』
    Aliceaa1651hero001
    英雄|14才|女性|ソフィ
  • 日々を生き足掻く
    秋原 仁希aa2835
    人間|21才|男性|防御
  • 切り裂きレディ
    グラディスaa2835hero001
    英雄|20才|女性|バト
  • Trifolium
    バルタサール・デル・レイaa4199
    人間|48才|男性|攻撃
  • Aster
    紫苑aa4199hero001
    英雄|24才|男性|ジャ
  • スク水☆JK
    六道 夜宵aa4897
    人間|17才|女性|生命
  • エージェント
    若杉 英斗aa4897hero001
    英雄|25才|男性|ブレ
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