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最終発言2018/02/12 23:42:28 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2018/02/13 12:05:06
オープニング
●まぜまぜしちゃうぞ♪
こねこねこねこね――
「――ふぅ」
ヘラをかき混ぜる手を止め、碓氷 静香(az0081)は額の汗を拭う。
この日、家の中で今まで1度も長居しなかった場所――台所で静香は作業をしていた。
「…………」
ふと、壁にあったカレンダーへ視線を向ける。
1ヶ月ごとのカレンダーは現在2月。
その14日に赤いペンで丸がつけられ、隣には『リベンジ』の文字が。
「――(ぐっ!)」
無表情のままジーッと文字をにらみ、無言で片手を握りしめる。
『静香ー? 何か手伝おうかー?』
「いいえ。これは信一さんのために、独力で作るべきものですから」
すると、幻想蝶からレティ(az0081hero001)の声が響く。
心配そうな声音だったが、静香は申し出を断って作業を再開する。
静香は現在、自宅にてバレンタイン用の手作りチョコに挑戦していた。
昨年、恋人である佐藤 信一(az0082)に『店売りのチョコ』を渡した結果、愛情たっぷりの『手作りチョコ』をもらい、静香は女子力の差に敗北感という苦みを味わった。
故に、今年は恋人の手作りにも負けない手作りを用意しようと静香は燃えている。
雪辱を晴らす、いわば女の戦なのだ。
競争相手が恋人の信一(♂)であることは、ツッコんではいけない。
『いや、限界があると思うけど……』
一方、レティは気が気ではない。
包丁は両手で振り回し、切れたチョコは何回も床に落ちた。
仕方なく、板チョコをビニール手袋をした手で握りつぶすか殴りつぶして細かくし。
ものすごく粗いチョコをネットで調べた湯せんで溶かす行程まで、すでにまる1日を要している。
この時点で、不器用が度を過ぎている。
レティもすでに、静香と料理との相性の悪さを否定できない。
『ねぇ、信一だって店売りのチョコでも喜んでくれ――静香? どうしたの?』
「――きゅ~」
レティとしては手作りを諦める方向にしたかった。
しかし、静香が急にめまいを起こして倒れ、それどころではなくなる。
『静香!? ――くっ!』
焦ったレティは幻想蝶から出て共鳴。
瞬間、昏倒した原因をおおよそ理解して、近くの窓を全開にした。
「ぶ、っは!? な、なに、この臭い!?」
肺に新鮮な空気を送り込み、気分の悪さを追い出した後、レティは作業台を振り返る。
レティが注目したのは、何故か鎮座する『塩素系洗剤』と『酸性洗剤』。
いわゆる、『混ぜるな危険』の組み合わせである。
「…………なにこの子、天才か?」
言いたいことは山ほどあったが、レティの第一声はそれ。
レティが静香から目を離したのは、数秒も満たない時間でしかない。
つまり、静香はその程度の空白でチョコに劇物を混入するという選択を迷わず実行したのだ。
「どうしよう……?」
意識の奥で静香が目を回しているのを確認し、レティは本気で頭を抱えるのだった。
●エマージェンシー
「今日みんなに集まってもらったのは他でもない……人命救助の依頼だよ」
珍しく非共鳴でいたレティが、東京海上支部にいたエージェントを集め、会議室の前でそう宣言する。
だが、切迫した雰囲気とは裏腹にエージェントの困惑は強い。
現在、事件や災害などの報告は上がっていないのだ。
それなのに人命救助とはこれ如何に?
「内容はバレンタインチョコを作る静香の監視と軌道修正なんだけど、かなり厄介なんだ」
前置きに比べとても平和な依頼内容に困惑する間もなく、レティはエージェントへ先日の惨劇を伝えた。
「――いい? 料理中の静香は、わずか数秒で塩素ガスを作り出す『死の錬金術師』だと思って。なるべくヤバそうなものはあらかじめ撤去するつもりだけど、隠れてなにを持ち出すかわかったもんじゃないから」
一応、レティが何度も説得したらしいのだが、静香の意志は固く『手作り』を譲らない。
体調が回復し次第、またチョコづくりを行うようだ。
「完成したチョコは信一に渡るだろうけど、一般人に耐えれる代物かどうかわからないから……お願い! 『美味しいチョコにしろ』なんて贅沢は言わない、せめて『人が食べられる何か』にしてあげて!!」
多少、静香のチョコに対するレティの酷評が気になりつつ。
エージェントたちは頭を下げるレティに困惑するのだった。
●被害者最有力候補は、今……
「ん~――よし、っと」
一方その頃、何も知らない信一は静香に渡すチョコの試作を行っていた。
「いまいちだったのは、姉さんたちの義理チョコ用に回せばいいかな。量が増えても納得いくまで作れるし、もっと凝ったのにしたいなぁ」
昨年、信一が渡したのはシンプルなチョコだった。
今年用にと、これまでに作ってみたのはクッキー、トリュフ、チョコケーキなどなど。
味だけでなく見た目もこだわりたい、と信一は色々試行錯誤をしている。
「静香さん、喜んでくれるかな……?」
笑顔――は難しいので、彼女がびっくりするような物を作ろう。
すでに乙女力が急激に上昇している信一は、静香のことを想いつつチョコづくりに気合いを入れた。
本当のサプライズは、どちらに訪れるのだろうか――?
解説
●目標
静香の暴走阻止(=信一の救命)
●登場
・碓氷 静香
H.O.P.E.職員で信一の恋人
女子力=物理を体現する鍛錬マニア
信一のため、手作りチョコ作製中に発生した塩素ガスを吸引し、一時意識を失う
料理の腕は殺人級(比喩ではない)
食事は基本的にカロリーバーかプロテイン、時々サプリやサラダ等
・レティ
静香の英雄
オカン力=デクリオ級の暴走ストッパー
静香のため、手作りチョコ作製中の監視を依頼
料理の腕は不明(未経験)
食事は基本的にしない
・佐藤 信一
H.O.P.E.職員で静香の恋人(メイン被害者予定)
主夫力=トリブヌス級の変態オペレーター(褒め言葉)
静香のため、手作りチョコ作製中
料理の腕は準プロ級
食事は基本的に手作り
●静香の調理レベル
知識や技術などの基礎はまったくない
フィーリングで材料を集め、愛情を込めて作業を進める
まともな材料は『チョコ』のみの想定を推奨
致命的な何かをやらかすor指摘されるまで間違いに気づかない
数秒ほど目を離した隙に『混ぜるな危険』の塩素ガスを発生させた前科あり
その他、予測不能要素が多く対処が難しい
●レティの要望
・調理過程で生じる静香の危険を回避
・静香が手がける『手作りチョコ』の無害化
・信一が食べても死なないレベルまで『手作りチョコ』をブラッシュアップ
・味の善し悪しに頓着しない
・この際『チョコ』じゃなくてもいい
●支給品(レティ持参)
・ビニール手袋(人数分×2)
・ゴミ袋(不透明・黒)
・ガスマスク(人数分)
リプレイ
●サポーターはこちら
「……そんな人、いるんですか?」
「あはは、愛の試練だなあ。と笑ってばかりもいられないか」
普段から料理をするアリッサ ラウティオラ(aa0150hero001)は、静香の凶行に言葉を失う。
やる気がないだけで料理下手でもない志賀谷 京子(aa0150)も思わず苦笑い。
「それって、もしかしてテレサさんの料理のような……?」
「日本では料理がうまくできない女子が増えているとは聞いたが、彼女もか……」
月鏡 由利菜(aa0873)はとある『正義のヒロイン』を思い浮かべて顔がこわばる。
リーヴスラシル(aa0873hero001)も静香のなかなかヘヴィな状況に思案顔。
「さすがに洗剤は入れちゃダメだろ」
「……変な物も入れちゃダメだよ?」
メシマズ系ダークマター精製を得意とするリオン クロフォード(aa3237hero001)はうんうん頷く。
料理に関してはリオンを信用できない藤咲 仁菜(aa3237)の白い目にも気づいていない。
「(お前もちょいと前まで、米を洗剤で洗うを地で行ってたよなぁ)」
「余計なことはおっしゃらなくて結構ですわ」
料理と洗剤繋がりで赤城 龍哉(aa0090)がヴァルトラウテ(aa0090hero001)に小声で水を向ける。
横目で睨まれた龍哉は顔を背けて視線を躱した。
なお、ヴァルトラウテはすでに矯正済みです。
「とりあえず、チョコレートを一から作るとかじゃないだけマシ、なんでしょうか……?」
「あるじ~、ニロもチョコたべたい」
料理も製菓も腕はプロ級だが、視覚系ダークマター精製の達人・零月 蕾菜(aa0058)が真剣に悩む隣。
ニロ・アルム(aa0058hero002)は蕾菜の服の裾を引っ張り空腹を訴える。
「この季節はいろんなオペレーターやエージェントがチョコレートの企画を立てて楽しいね」
「おかげでいろんな味覚が楽しめるね」
「誰も百薬のために作ってるわけじゃないけどね」
ただ、餅 望月(aa0843)と百薬(aa0843hero001)は純粋にチョコづくりの成果を堪能する気らしい。
すると望月はスマートフォンを取り出し、百薬が画面をのぞき込む。
「何してるの?」
「ん、『バレンタイン』の準備かな?」
そういって望月は、付近の雑貨店の所在地を表示させた。
●念入りな準備
翌日、東京海上支部の調理スペースを借りた静香と合流する。
「おひさしぶり」
静香と面識のある京子は軽く手を振り挨拶。ここでレティが静香に依頼のことを説明した。
「はっきり言いますわ、静香さん。私たちの指示に従うか否か。否であればチョコレートの作成は禁止ですわ」
京子と同じく面識のあるヴァルトラウテは、開口一番に厳しい言葉を投げかける。
「しかし、皆様の手を借りるのは……」
「静香さん。お気持ちは分かりますが、料理の経験はございますか?」
無表情ながら抵抗の意思を見せた静香だが、由利菜の問いに首を横に振る。
「私たちが代わりに作る、というわけではありません。静香さんが好きな人の為に作り、食べて貰う――そのお手伝いをしたいのです」
静香の気持ちを尊重し、由利菜は自分たちはあくまで補助だと強調して理解を得ようとする。
「作ろうって意気は汲む。だが、聞いた話だけでも下手すると信一さんの命に関わるからな」
「それは……はい」
続く龍哉の言葉に静香は反論しかけ、やめた。
「まずは私たちの監視のもと、キッチリと作業していただきましょうか」
到着後、調理に不必要な物を撤去していたアリッサが静香に言う。
「京子にも試食させますから、ちゃんと見ていてくださいね?」
「食べられそうなものができたらね」
またアリッサは京子にリスク(?)を提示し、調理の監視を言いつけて京子の逃げ道を塞いだ。
「――ふぅ、これで片づきましたね」
アリッサと協力して片づけをしていた蕾菜は一つ頷く。
非食材が混入する『事故』の予防も含め、使用する器具はその都度用意することにした。
「材料に使うチョコレートは準備してる?」
「こちらに」
調理環境が整うと、望月が静香に近づき加工前のチョコを見せてもらう。
先日の失敗から、大量に購入したという板チョコを1つ開けた。
「うん、普通に美味しいチョコレートだよ」
「味見は大事だから、ちょくちょくやろうね、静香ちゃん」
「わかりました」
百薬も交えて、望月、静香の3人が味見。
さりげなく調理中の味見を勧めることで釘も刺した。
「静香さん、まずお尋ねしますが、レシピの内容はしっかり把握されていますか?」
「レシピ? いえ、ありませんが?」
次に由利菜の何気ない質問で、静香は平然と恐ろしい事実を口にした。
「……料理の際、適当にモノを放り込んではいけません。重ねて申し上げますが、信一さんの命に関わります」
「シズカは料理を甘く考えすぎだ。厳しいことを言うようだが……基本的なことができないのに、応用など考えるな」
「工夫とかは普通に作れるようになってからね。型をマスターしてこそ、独創性が発揮できる。型を知らないのは、ただの型なしってね」
ヤバい臭いがプンプンする静香に、由利菜やリーヴスラシル、京子が続けて言い募る。
「もし私のバイト先であるファミレスで『洗剤を混ぜた料理』など出したら、店は損害を被り出した人に処分が下されますよ」
「……わかりました」
その流れで、由利菜は洗剤と料理の常識を静香へ諭すと、神妙に頷き小さなボトルを取り出す。
『爽やかオレンジの香り』というキャッチコピーの食器用洗剤だ。
「何でこんなの持ってるの!?」
「チョコの風味付けに、と用意したものです」
レティに詰め寄られ、静香は視線を逸らしつつ白状した。
「……静香さんは信一さんのお姑さんあたりに、一から仕込んで貰った方が良いと思うのですが」
「それだと下手すると、結婚前に離縁状が出かねないだろ」
「信一さんがおさんどん(=台所仕事)するから大丈夫、で落ち着く所までが見通せますわね」
洗剤=調味料の認識にヴァルトラウテは危機感を募らせ、龍哉は苦笑するしかない。
そもそもメシマズの主な条件として――
・材料を計らない
・手順を気にしない
・気分と感覚で適当なアレンジを入れる
・自分では味見を絶対しない
・盲目的に自分の作った物が美味しいと信じ込む
――などが挙げられるが、龍哉から見て静香は全部該当している。
味見は望月が言及したが、この時点で前途多難は約束されたに等しい。
「最初はこういう手作りキットに頼るのも手ですよ! このイラストのように可愛いお菓子たちがこれ1つでできますから!」
料理もお菓子も得意な仁菜は、静香がリオンと同類だと確信。
持参したバレンタイン手作りキットや、由利菜が持っていた手作りチョコキットも示して猛プッシュ。
「お菓子作りというのは分量を守って、レシピ通りに作れば美味しい物が作れるはずです! なのでこのレシピの通りに! 全く同じように! 余計な物は入れずに! いきましょう!!」
「……は、はい」
仁菜の強い責任感がそのまま圧となり、静香は数歩後ずさる。
そうして、調理(たたかい)は始まった。
●奮闘の軌跡
Case1.雨
「では、行きます」
「あの、包丁は両手で振り回すものではありません」
意気込む静香だがすぐさま由利菜の注意が飛ぶ。
「まず、私が手本を見せますから……」
やんわりと包丁を取り上げ、由利菜がなれた手つきでチョコを細かく刻む。
「ニロはゆっくりでいいですからね?」
「は~い」
同じく静香の隣で作業を見守る蕾菜は、一緒にチョコ作りをするニロへ言い含めた。
調理台に届くよう踏み台に乗り、たどたどしい手つきで包丁を扱う。
「さすが、由利菜ちゃんは手際いいねー」
望月も調理に加わり、いくつかの包丁の音がリズムを刻んでいく。
「どうぞ」
そうして、由利菜から包丁を渡された静香がチョコへ刃を立て――
バキッ!!
「危ないっ!」
瞬間、蕾菜がとっさに静香を押す。
ドスッ! ――プシャーッ!!
直後、天井のスプリンクラーに包丁の刃が突き刺さり、静香を中心に雨が降る。
「……私はまだ、包丁を扱うレベルではないのですね」
静香は淡々と根本から折れた包丁の、握った跡が残る柄を置いた。
「うわぁ」
「できたー! みてみて、あるじ!」
放水の範囲外にいた望月が言葉をなくす中、ニロの嬉しそうな声が。
……静香、ニロに包丁使いで惨敗する。
Case2.謎
「ごめん、うちの静香が馬鹿力で……」
水害(?)に遭ったメンバーが更衣室で着替える中、レティは深々と頭を下げた。
「気にしないでください。その、事故のようなものですし」
頭を上げるように言った蕾菜だが苦笑は隠せない。
「でも、その、これからどうします……?」
濡れた髪を乾かした仁菜の疑問に、静香の監視役全員が黙り込む。
「難しいですが、やるしかないでしょう」
アリッサが鼓舞するように自他へ言い聞かせるが、表情は厳しい。
「ユリナのもう1人の英雄も料理は苦手な方だが、シズカは別格だな……」
「彼女の場合、栄養素の成分知識や効率よい摂取方法には詳しいので、料理の際に意見を聞くこともしばしばありますからね」
リーヴスラシルが乱れた由利菜の髪を整えつつこぼしたつぶやきに、レティが首を傾げる。
「リーヴスラシルは? 料理できるの?」
「ラシルも料理はできますよ。ノルウェー料理など、北欧料理が得意ですね」
「チョコなどの菓子類はユリナか、彼女が現在住む涼風邸のメイドが作ることが多く、私はあまり作らないがな」
レティを除く料理上手な面々が料理の話題で盛り上がり、調理室へ戻った。
「包丁が無理なら、剣かナイフを使えばいいんじゃない?」
レティたちとは別室で着替え、先に到着していた静香へアドバイスするリオンの姿が。
「例えば、丈夫な盾を置いて」
まな板代わりなジンジャーマンシールドにチョコを置き、リオンはフォビス ヴァンピーラを構えた。
「そこへ正確に――放つ!」
銀製の投げナイフはシュバッ! と飛翔。
見事、チョコは粉々に砕けた。
「ついでにこのナイフ、吸血鬼の心臓を貫いたって言われてるんだってさ。心を貫くとかバレンタインにぴったりだろ?」
「なるほど」
ドヤ顔のリオンからナイフを受け取り、静香もチョコを設置して距離を取り――
「――ふっ!」
投擲。
「ほら、完璧!」
「これは名案ですね、クロフォードさん」
リオンと同様、バラバラなチョコを見届けた静香は冷静な口調で感激した。
「リオンもそうだけど、何で剣もナイフも使えるのに包丁は使えないの……?」
「……ごめん、うちの静香が力馬鹿で」
とてもお菓子作りとは思えない光景に、仁菜とレティは顔を覆った。
Case3.絶句
「では、チョコを湯煎にかけましょうか」
「はーい!」
蕾菜の声かけに反応した元気なニロを皮切りに、各々チョコを溶かしていく。
「変な物は加えずに溶かした後は、ちょっとだけアクセントを入れて好きな形に固めるだけだね」
「愛と癒しの気持ちはたくさん加えるよ」
「うん、気持ちは大事だね」
チョコを混ぜつつ望月は百薬の合いの手に微笑み、小さじのスプーンですくって味見。
「愛と癒し……」
望月の言葉を繰り返し、静香も一口含んで一つ頷く。
「生クリームと混ぜるにはですね……」
「こう?」
「ニロも見ていただいて、ありがとうございます」
ひとまず平和な調理で、由利菜はニロを気にかける余裕が生まれた。
ニロが作るトリュフチョコは生クリームを混ぜてガナッシュにする必要があり、湯煎のコツが多少変わる。
主に教える蕾菜は基本的にニロを見守る姿勢のため、由利菜の気遣いに頭を下げる。
「静香さん、調味料はいらないです!」
「あ……はい」
そこで、動きを観察していた仁菜が静香から何かを素早く奪う。
「ふぅ……一体何を――」
安堵のため息をこぼした仁菜は、直後言葉を失う。
『 塩 酸 』
「え……、……えっ!?」
仁菜が見間違いかと二度見するも、表記は変わらない。
「静香さんストップ!」
さらに、作業を監視していた京子も静香に待ったをかけた。
「はい?」
しかし一瞬遅く、静香は新たに取り出した何かをチョコに入れる。
――ボワッ!!
結果、湯煎チョコから謎のフランベが発生した。
「みんな共鳴して! 渡しておいたマスクもつけて!」
レティの反応は迅速だ。
静香と強引に共鳴して火元から離れ、エージェントたちにガスマスクの着用を促す。
「皆さん、下がってください!」
すると蕾菜が幻想蝶から九龍城砦を取り出し、トゲを上にして燃えるチョコを押し潰す。
かなり強引な鎮火だが、得体の知れない危機感がそうさせた。
「静香、正座」
「……はい」
何とか事態を収束させた後、レティは静香を地面に座らせて説明を求める。
「その、健康にいいものを入れたら、信一さんも喜ぶかな、と思いまして」
静香の心情はわからなくはない。
問題は、混入した物質だ。
「『コレ』が健康にいいと思う?」
レティが示したのは、静香がチョコに入れた液体のラベル。
『ヒドラジン水和物』
可燃性の上、燃えたらヤバいガスが発生しうる、マジで危険な劇物である。
取り扱いは火気厳禁だが、湯煎で利用したコンロ近くにいて運悪く引火したようだ。
「? スポーツドリンクの名前、では?」
対する静香の反応に、誰もが耳を疑った。
詳しく聞くと――
・ヒドラジン=ビタミンの一種
・水和物=水溶液
→なるほど、スポドリだ!
ついでに『塩酸』も聞くと――
・塩パンとかと同じ発想=塩味
・お酢は健康にいい=酸味
→塩(味)酸(味)で一石二鳥!
静香の思考は、異次元の領域だった。
「俺はレシピ通りではなく、好きな人にはアレンジして特別な物をあげたい静香さんの気持ちも分かるよー」
一気にしゅん、となる静香へリオンがフォロー? に入った。
「でも食べ物である以上は食べ物しか入れちゃいけないよー。例えば、最近寒いし体が温まるように唐辛子とか、苺の代わりに梅干しとか、体に良さそうな納豆とか、甘納豆ってのもいいかも」
「せめてフルーツとかナッツとかを勧めてよ!!」
「それじゃあ普通過ぎてアレンジにならないだろ?」
「そんなんだからリオンはダークマター精製器なんだよー!」
ただ、途中から話の流れが怪しくなり、リオンを叱るように仁菜が叫ぶ。
リオンの料理を味見して死人を防ぐ生命適正の仁菜の、正当な怒りだった。
「もしかして、ワタシの一言が引き金に――」
「しっ! 黙っとこう」
こっぴどく叱られる静香を遠目にした百薬の呟きは、望月によって口止めされた。
●己の限界を越えろ!
結局、化学の火(ケミカルファイヤー)で調理は翌日に持ち越された。
「何か、随分手際が良いんだな」
他のメンバーが静香の扱いを相談する中、龍哉は1人信一のところにいた。
「静香さんは料理全般ダメらしいと風の噂に聞いたんだが、その辺どうなんだ?」
信一との雑談の後、龍哉は本題に切り込んだ。
「特に気にしませんね。僕がご飯を作って美味しいって言ってくれるのも嬉しいですし」
すると、信一は男らしい(?)言葉とともに笑う。
「それでも、料理のいろはくらいは静香さんにきっちり教え込んだ方が良いと思うぜ。彼女とより身近に接する良い機会だし……自分の命を守る意味でも重要だしな」
正直、静香の料理は本気で死人が出ると確信するほど酷い。
龍哉たちも小麦粉などによる粉塵爆発くらいは覚悟していたが、実際はその上を行かれた。
もし信一が、愛妻料理への憧れで静香の料理を望むなら、文字通り死ぬ気で料理指導すべきと忠告する。
「? はい、わかりました」
妙に真剣な龍哉の様子に戸惑いつつ、信一は頷いた。
ところ変わって、静香料理対策本部。
「ここまで駄目なら、普段やり慣れている行動に置き換えるというのはどうだろう」
色々と意見を交わした後、京子に視線が集まる。
「……聞くだけ聞きましょうか」
普段から京子にからかわれるアリッサは不審そうだが、話を一通り聞いて黙り込む。
「スローガンは『筋トレは愛情だ!』」
「もはや料理とは別の何かのような……」
「最終的にチョコと手作りしたという満足がえられればOKじゃない?」
あっけらかんとした京子の台詞にアリッサは悩むが、結局採用された。
そうして静香を連れてきたのは、東京海上支部のトレーニングルーム。
京子の案は鍛錬の動作に置き換えた、名付けて『筋トレ調理法』。
「あなたのパワーでは普通に作るのは不向きと考え、特別にあなた向けの環境を用意しました。これはスペシャルです。あなた以外には作れない、特別な手作りなのです」
「特別……スペシャル……」
最初は困惑した静香も、思考誘導じみた京子の言葉を受けてやる気になった。
Step1.加工
「――しっ!」
ズドンッ!
「いい気迫ですわ!」
静香の鋭い息づかいと腕の風切り音、そしてチョコを入りの袋を掲げたヴァルトラウテの応援が響く。
包丁が無理なら拳で語れ――静香にとっては原点回帰の粉砕法だ。
Step2.湯煎
「準備OK。いいよー」
「はいっ!」
京子の合図で静香はエアロバイクを全力でこぎ、繋がった電熱線が発熱する。
「静香さん、少し抑えてください!」
すぐに沸騰しかけたお湯と生クリームに蕾菜が制止。
なお、前回のチョコは安全を考慮し全部破棄したため、静香以外も作り直しである。
「……それでよくできるね?」
「恐縮です」
湯煎でも望月たちは普通の道具だが、静香の道具は特別に重く作られたもの。
さらに、静香の両腕に重りも追加して腕力の暴走を防いでいる。
「――はい、これで混ぜてください」
拘束具(?)で身を固めた静香の補助には蕾菜がつく。
テンパリングについて教え、チョコの温度調節や器具の準備などを手伝った。
Step3.型入れ
「っ~、あ゛っ!」
湯煎後、静香は鉄棒のような器具に足首を引っかけ、宙づりに。
その状態から腹筋で上体を持ち上げ、簡易机に置かれたハート型にチョコを流す。
苦悶の表情で重いボウルを傾けた静香は、視界が反転して息を荒らげた。
ちなみに、腹筋スタイルは静香の自主性に任せた結果である。
「もう少しだよ!」
若干コーチのような京子が声援を送る。
「づ、ぁああっ!!」
そして、静香渾身の気合いとともに、最後の型にチョコが流し込まれた。
「どう? 上出来じゃない?」
「……成果は、ありましたね」
結果的に1度も明確なミスや異物混入がなく、満足げな笑みの京子にアリッサは納得しがたい表情。
「……これが、料理、ですか?」
「……わからない」
そして、最初に教えていた由利菜の困惑は、リーヴスラシルも解消できなかった。
●あ~ん(はぁと)
調理室でチョコを固め、最後の仕上げに移る。
「気持ちを込めるには装飾が大事だよ」
望月が事前に雑貨店で購入したラッピング用のラメ入りシートやリボン、ハート型のメモ帳を出した。
「思いのたけをしっかり込めようか」
チョコを個別に包み、かわいく装飾してメッセージを添えれば喜ぶと百薬も後押しする。
「そもそもバレンタインにチョコレートを贈る習慣は、日本独自のものです」
「世界的には贈るものはチョコに限らない。手紙に気持ちを込めて贈るのも、立派な贈り物だ」
由利菜やリーヴスラシルの言葉に静香は頷きペンを取った。
「――あ」
「(し~っ)」
そこで百薬は、望月が静香作と望月作のチョコを数個ほど入れ替えたのを目撃。
ちなみに、望月作は普通に美味しい星形チョコである。
「(もぐもぐ)……」
また、自作のトリュフを食べつつモザイクな何かを持ったニロは、しばらく考えてそれを自分の口へ。
ニロも蕾菜作のチョコを忍ばせようとしたが、静香チョコの形が意外とまともだったため諦めたらしい。
「おいし~!」
見た目はともかく味はいい、安定の蕾菜クオリティでニロの表情が幸せに溶けた。
「はい、プレゼント。よければみんなもどうぞ」
「わ~い、チョコレート食べ放題だね」
そして、望月はラッピングした自作チョコを百薬へ渡し、他のメンバーにも渡していく。
多めに作ったチョコは全員に行き渡り、望月は満足そうに笑った。
バレンタイン当日。
「信一さん、どうぞ」
「ありがとう。僕もこれ、作ったんだ」
静香も信一も、言葉は少なく想いはいっぱいに、それぞれ手作りのチョコを手渡した。
早速、信一はかわいらしい包装を解いてハートのメモ帳を見つける。
『今の私の気持ちです』
簡潔なメッセージが静香らしくて笑みを深くし、ハート型のそれを口に入れた。
「……ん?」
が、信一の頭上に疑問符が浮かぶ。
まず、ほぼ100%カカオ並に苦く舌が痺れる。
その上、歯が通らないほど固く、口の中の存在感は一向に消えず溶けない。
『筋トレ調理法』でも、静香の料理は謎の化学反応を起こしていた。
「ちょっと、食べづらい、かな?」
「それなら――」
信一が控えめに言うと、静香はチョコを指で摘んで、
――バキッ!!
砕いた。
「どうぞ」
「あ、ありがとう……」
静香が手ずから『あ~ん』をする激苦チョコを食べつつ、信一は思う。
(……あれ? 静香さん、僕と別れたがってる?)
甘さ0、溶けないチョコ、砕けたハート。
信一には、全部破局の意思しか感じられなかった。
「これは、形が違うね?」
「星形は餅さんの――あ」
しかし、望月のチョコがきっかけで信一は静香から手作りの奮闘を聞き、思わず無言で静香を抱きしめた。
(よかった……本当に)
「あの、恥ずかしい、です」
こうして、望月のチョコは信一の瀕死級の精神ダメージを大きく緩和させたのだった。
「(出来るだけの事はやったと思うが……)」
「(後は二人の問題、という事にした方が良いですわ)」
その様子を、救命救急バッグ片手に隠れて見守っていた龍哉とヴァルトラウテ。
万一の応急救護にと控えていたが、問題なさそうだとため息をついた。
「……おいしいです」
「今年はフォンダンショコラにしてみたんだ」
なお、静香の口でホロリと溶けた信一の甘い力作は、静香の乙女心を一撃で砕く威力があったという。
ちなみに。
望月が渡したチョコに紛れた『当たり』は、他のメンバーの口にも入った。
「にがっ!?」
特に苦い物が嫌いな京子は、即行で吐き捨てていた。