本部

三猿

十三番

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
6人 / 4~6人
英雄
6人 / 0~6人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2018/02/20 12:52

掲示板

オープニング


 遠慮を知らない極彩色の、しかしどこか安っぽいネオンが視界の左右を長々と陣取っている。自転車で走れば10メートルも行ったところでパンクしてしまいそうな道のでこぼこに、時折足を取られそうになりながら、あなたと仲間はひた走っていた。
 前方にはもう二名のエージェント。どちらも暗い色の服を着込んだ、東洋系の男と女。
「長い夜になりそうですなァ、冷えて膝が痛ェですワ」
 男の歳は40過ぎ、短い黒髪にはちらほら白が混じっている。重度の愛煙家のようで、現場で顔を合わせた時から紙巻を銜えていた。それは現在にも言えることで、今もあなたの鼻を紫煙がくすぐりに来ている。
 溜息を落とした女は二十歳過ぎ程度。整った顔立ちを、顔の半分を覆う薄汚れた丸眼鏡が台無しにしていた。
「自分でこの仕事選んだくせに、女々しいこと言わないの」
「さあて、あっしでしたかね? オタクの記憶違いで?」
「間違いないでしょ、今日は奇数の日なんだから」
 左右の建物の隙間から、同時に何かが飛び出してきた。はっきりと視認することは適わなかったが、あなたは具体的に予想することができたし、それは的中していた。少年程の背丈をした、小柄な従魔である。
「やれやれ、ですワ」「まったく……」
 男が面倒そうに振った棍が、女が苛立ちを滲ませながら振り回した大振りの刃物が、それぞれを吹き飛ばす。従魔は、文字通り吹いて飛ばされてしまったように、原形をまるで残さぬまま道端の看板に飛び散った。

 街に現れた従魔の討伐に協力せよ。あなたが今宵引き受けた仕事の文面である。
 ここに誤りはなかったが、重要な情報が欠落していた。
 即ち、敵の数。
 主な目標は先ほどの、少年のような従魔であった。現地に到着したときには、砂糖にたかる小虫を思わせる規模で広場の隅に固まっていて、それを男と女が『しりとり』に興じながら淘汰している真っ最中だった。あなたが合流してあいさつをすると、応じてくれてありがとう、と女が頭を下げ、貧乏くじでしたナ、と男が笑った。

 貧乏くじとは言いえて妙である、と、あなたは少なからず感じたかもしれない。さして手痛い攻撃もしてこない、決して例えでなく『ひと撫で』で片がついてしまう手合いを、果たして敵と呼ぶことができるだろうか。できたとして、切っても叩いても殴っても貫いても、それでもそれでも這い出てくる敵を前に、果たして命を賭すように集中し続けることができるだろうか。
「報酬ふんだくってやりましょうや。もしくは一週間毎晩11時にイタズラ電話、てな如何です?」
「前者はともかく後者が情けなさ過ぎるんだけど」
 軽口を叩きながら、しかし一匹たりとも逃すことなく、間延びした警らは続いていた。



 さて、と男が立ち止まった。女も足を止め、眼鏡をずらして目頭を押さえている。
「だいたい一周しましたかね。こんだけ減らしゃあ文句も言われねぇでしょう」
「あー、もう、目痛い……」
「コーヒーでも飲みますかい? ……っと」
 男が舌を打ち、紙巻を吐き捨てた。続けて新しいものを銜え、火をつけて舌を打つ。
「川んとこ、見てませんでしたな」
「川? そんなのあった?」
「あそこですワ」と火種で指し示す。視線を飛ばせば、なるほど、弱々しい弧を描いた、錆だらけの手すりが見て取れる。確かにそこは、見かけはしたものの、他の通りを優先して見回らなかった箇所であった。
「今日はもう良くない?」
「その提案がジョークであることをあっしは重々存じてますワ♪」
「語尾上げないで、気色悪い」
 待っててくれ、見てくるわ、と、男と女が並んで離れていく。それなりに距離があったため、あなたはふたりの背中を見送り、仲間と二言三言交わして報告を待った。
 やがて、「うわー」、何よりも雄弁な、息の合った重い溜息が届いた。
 苦笑いを湛えて問いかける。いましたか?
 男と女がげんなりと振り返った。

「「たっぷりいるー」」

 力ない笑みを浮かべるふたりの背後から、大きな何かが飛び出してきた。

「おや」
「うん?」

 あなたが目を見開き、仲間が腰を落とし、得物を構える。
 ドンッ、という、腹の底まで響くような揺れが三度轟いた。

「あれがボス格ってわけね。隠れてたのか、演出の相談でもしてたとか?」
「満を持してご登場、ってか? 有象無象が調子に乗りやがる」

 あなたたちを挟み込むように降りてきた3体は、どれも似たような姿をしていた。形状は上体を肥大させた猿に近い。上背は2メートルほど。表面は単一色で、それぞれ赤、緑、青であった。口も鼻も目も無かったが、顔に当たる部分は間違いなくあなたたちを見据えており、ぶるぶると震える四肢は敵意を湛えているに相違なかった。

「――……デクリオ級くらい?」
「個々ならそのくらいでしょうなァ。生意気にも連携なんざ組んでくるなら――っとォ」
 足に絡みついてきた従魔を、男が棍で突き、落とした。橋の下の光景は、一部分だけ皮を剥いたとうもろこしに近い。看過できる規模ではなかった。
 しゃあねぇですなァ、と男が首を鳴らす。
「ほんじゃ、見せ場譲りますワ」
「危なくなったら呼んで頂戴」
 告げて女も、男に続いて橋の下へ飛び降りていく。

 あなたが呼吸を整え、得物を構えると、暴力的な照明を背にして彩色の猿<ましら>が飛び掛かってきた。

解説

●目標
→→→猿型従魔3体の討伐
気絶者が出ると成功度が減少する。周囲への被害は成功度に関わらない。
少年型の討伐ならびにNPCへの助力は不要。

●環境
・夜間。十分な照明により、視界は確保されている。
・20×20sq程度の広場。参加者の初期位置は中央。外周は背の高いフェンスに囲まれている。
 足元は舗装されており、ペナルティなどは発生しないものとする。隠れられるようなものは見当たらない。
・およそ正三角形を描くように、3体の従魔が参加者を取り囲んでいる状態。
・橋、川への移動は不可。

●敵
→→→赤猿
物理攻撃・防御↑、回避↓
発達した両腕で殴ってくる(射程2)。自身を中心として範囲(2)の物理攻撃を使用する。
また、緑猿を庇うように動く。
広場の西側に位置取っている。
→→→青猿
魔法攻撃・防御↑、移動力↓
発達した両腕で殴ってくる(射程2)。口にあたる部分から魔法攻撃(単体)を行う(射程8)。
広場の東側に位置取っている。
→→→緑猿
回避・特殊抵抗↑↑、生命力↓
味方の生命力を一定量回復する(単体、射程∞)。自分を回復することはできない。
また、攻撃手段を持たない。
広場の西側に位置取っている。

●その他
・質問にはお答えできません。

リプレイ


「橋の下、頼みます……」
 肩越しに伝え、木陰 黎夜(aa0061)は正面――緑色の従魔を見詰める。
「……大きい、な……」
『大きいな』アーテル・V・ノクス(aa0061hero001)はふむ、と頷いた。『さっさと倒すか、黎夜』
「うん……そうだな、アーテル……」
 歩きながら首元に触れる。後ろ髪が音もなく伸び、眼帯はするり、と外れた。
 隣を進むのはキトラ=ルズ=ヴァーミリオン(aa4386)。
『いいかキトラ、私達の最初のターゲットはあの緑野郎だ、いけそうか?』
「まかせて! キトラ頑張るヨ!」

 ――目標指定(セット)。

 現れた赤鬼の面を被ると、柔らかそうだった金色の髪はイフリート=ドラゴニア(aa4386hero002)宛らの銀色に染まった。
 形の良い唇が歪に揺れ始め、喉を磨り潰すような声が漏れ始める。腰を折り、両刃の大剣を携え、徐々に加速しながら目指すのは正面――緑色の猿(ましら)。
 声もなく身構え、腰を落とした緑猿。
 短く深呼吸した黎夜、トップスピードに到達するキトラ。両者の視界に、乱暴な地鳴りを引き連れて赤色の猿が躍り出た。
「ヴォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛……ッ!」
 緑猿を射程に捉えたキトラが身の丈を超える大剣を振る。ごう、と宙を潰しながら振り上げられたそれは、しかし飛び込んできた赤猿の、丸太のように太い腕に阻まれてしまった。
 忌々しそうに唸り、キトラは弾かれるように飛び退く。大剣が刻んだ赤猿の傷は、背後の従魔が生んだ緑色の光に包まれ、一息で、すっかり元通りになった。
『あの猿はヒーラーか。早めに倒した方が良さそうだ』
「だな……。延々回復されても、厄介だし……」
 ページを捲っていた黎夜の手が止まる。古びたインクを指先でなぞると、赤と緑の猿の上で赤橙の光が爆発した。辺りを照らす老いぼれたネオンなど比較にならない、あまりに鮮烈な光の炎が、身を呈した赤猿もろとも、緑猿を打ち付けた。早くも被害を受けた緑猿は肩をすぼめて縮こまり、赤猿は――飽く迄比喩だが――鼻息荒く、仲間を守ろうとするように前へ出た。
 ここまで、総て、赤城 龍哉(aa0090)の想定通り。
『侮って不覚を取らないよう注意ですわ』
「言われるまでもねぇ!」
 ヴァルトラウテ(aa0090hero001)の言葉に頷き、両刃の大剣を担いだ龍哉が走る。
 赤い猿が一歩前に出る。これ以上やらせてなるものか、と。
「その気概だけは買わなくもねえぜ!」
 両者の思惑には差異があった。
 赤猿の狙い=目的は、背後の緑猿にこれ以上被害を出さないこと。これは思考や配慮ではなく、本能と表現することが的確かもしれない。緑猿を何よりも優先して守る、それこそ最優先。だから赤猿は龍哉の行く手を遮るようにもう一歩前に出て、両腕を盾に見立てて構えたのだ。それこそが龍哉の狙いであるとも知らずに。
 ニヤリ、と白い歯が覗く。
 刹那、龍哉はスラッガーさながらのモーションでブレイブザンバーを振り抜いた。インパクトは無論、赤い腕。バン! という強い音が弾け、それに蹴散らされるように赤猿が後退させられていった。
 足裏が舗装を抉り、砂塵が徒に舞い上がる。
 たまらず赤猿は両手を地面について減速を試みた。
 程なく、成功。
 停止、からの起立。その一瞬の隙を逃さず、畳 木枯丸(aa5545)が強襲した。顔面に狙いを定めた横薙ぎは、命中こそしたものの致命傷を与えるには至らず、しかし敵意を引き付けるには十二分だった。
 だのに当の木枯丸には判り易い緊張感が見当たらないのだから堪らない。
「わ~い、当たったよぉ~」
『うむ、初陣の初太刀が初命中。見事じゃ、坊!』
 菜葱(aa5545hero001)の言葉を受け、あははと笑い、ゆらゆら揺れる木枯丸。
 その隣に、大剣を肩に担いだ龍哉が並ぶ。
「三位一体とは洒落た真似をしやがる。だがここからは俺らが相手だ、仲間の心配をしてる暇はねぇぜ!」
 目があれば見開いていただろう。口があれば舌を打っていたに違いない。そのどちらも持たない赤猿は、両の拳を地面へ思い切り叩き付け、その衝撃に便乗するようにして、龍哉と木枯丸に飛び掛かった。



 緑が追い立てられ、赤が押し退けられる様子を眺めながら、青は品定めに余念がなかった。
 逡巡も熟考もなく目標は決定する。長い襟足をこちらに向けたままページを捲る、黎夜。
 短い脚を肩幅に開き、太いかいなをバイポッドに見立てて地面に突く。頭部が俄に光を帯び、中ほどがぱっくりと割れた――次の瞬間、

 ――――!!!!

 遠方から飛来した衝撃波が、青猿の頭部の側面を強かに打ち付けた。勢いに押しやられ、その場で水平に一回転した青猿の頭が、ぐるり、と“そちら”を向いた。
「分けた役割を守り、己の間合いを保ち、挙動の少ない手合いを狙うか。猿にしては中々知恵が回るものだな」
 黛 香月(aa0790)は既にアウグストゥス(aa0790hero001)との共鳴を済ませていた。長い銀色の髪が、ネオンを受けながら騒がしい夜に踊っている。
「だが所詮は猿知恵、人間の頭脳を舐めるなよ?」
 得物の柄を握り直し、香月は大股で歩みを進める。が、青猿は意に介さず、再び構えを直し、狙いを定めて見せた。頭部が強く光っている。何かを放とうとしている。
「お次は猿真似か」
 意に介さず。
 充填完了。
 即時発射。
 着色料を濃縮したような青い球が猿の口から放たれ、流星さながらの勢いで夜を飛んでいく。
 香月が横目で見送った先、
 軌道のちょうど中ほどで、
 青い光弾は、

「たーーーっ!!!」

 気合一喝、飛び込んだ雪室 チルル(aa5177)が構える盾に阻まれた。隣町まで届きそうな音を遺して、壁に投げつけられたトマトのように光弾は飛散、霧散する。
 相応の衝撃に腕の軋みを覚えるも、チルルの表情に陰りは見当たらない。同じことはスネグラチカ(aa5177hero001)にも言えた。
『もう仲間は狙わせないよ、青いの!』
「悔しかったらあたいを倒してみなさいよ、青いの!!」
 小さくも逞しい背中を、雪で拵えたようなロングコートが包み込む。
 隣に並ぶのは夜を切り抜いたような漆黒の羽織。
「どうした、もう手詰まりか? 話にならんぞ、猿畜生」
 青い従魔は苛立ちを消化するかのように、頭部を掻き毟るような所作を見せた。それがどこか人間臭く見えてしまい、香月は右目だけ細め、更に強く歩みを進めていく。



 赤猿が組んだ拳を頭上に掲げ、そのまま飛び込むようにして振り下ろしてきた。木枯丸は横へ跳んで、龍哉は必要分だけ後方に下がりこれを回避する。大きな音、飛び散る地面の破片、赤猿の気焔。その全てを打破するかのように、龍哉が赤猿目掛けて大剣を振り下ろした。直撃。肩の辺りを深く断たれた赤猿は、再び足裏で地面を削りながら後退させられていく。
 龍哉の視線は、しかし手元、握り直す拳に注がれた。赤猿の体からは、ただの肉体ではない、否、だとしても何らかの“抵抗”が感じられた。冒頭でも得ることができたそれに対し、龍哉は策を練り――否決した。
『このままで問題なさそう……ですわね』
「だな。押し切ってやるぜ!」
 赤猿の肩はありありと凹んでいる。確かに物理的な抵抗力は他の猿に比べて持ち合わせていた。が、龍哉の力、腕前、経験はそれを易々と凌いでいた。如何に優れた盾でも、落下してきた隕石は防げない。
「よ~し、行くよぉ~」
 立ち直った赤猿へ、木枯丸が身の丈を超える太刀を携えて進軍する。但しその様子は、まるで散歩にでも出かけるかのような、軽やかで、緩やかなものだった。
 赤猿が固めた拳を甲から振り下ろす。木枯丸までの最短距離を自身の最速で振り抜いた――にも拘わらず、拳は地面を叩くに終わった。木枯丸はこの時既に、そしていつの間にか、赤猿の側面近くにまで回り込んでいたのである。
 赤猿が小虫を払うように腕を振るが、木枯丸はこれを潜り、今度は赤猿の正面へ移動。
 一際力を込めて赤い腕が振り下ろされるが、木枯丸は紙一重で躱すと、その腕を駆け上り、肩の傷から背中にかけて、体重を乗せて長く長く切り裂いた。
 痛みに仰け反った赤猿が振り返りながら平手を振るが、股下に潜り込んだ木枯丸には届かない。
「菜葱さん手伝ってぇ〜、雨降らすよぉ〜」
『委細承知じゃ坊。ゆくぞっ!』
「わぁ〜雨だぁ〜」
 木枯丸を中心として、夜空の中ほどから多数の刀が切っ先から降り注いだ。足元で得物を揺らす木枯丸には勿論、離れた位置で見守る龍哉の耳にも、赤猿の皮膚が立て続けに破れる音が届く。
 軸足をずらした赤猿が天を貫くようなアッパーを放つ。木枯丸はこれを半歩下がって躱して――息を呑んだ。目の前を過ぎ去っていった剛腕の奥に、もう一本の剛腕が見えたからだ。
 渾身の力で振られた拳が木枯丸の正面を捉え、打ち抜いた。ボンッ、という強い音が響く。弾かれた木枯丸は地面で一度弾み、しかしなんとか着地すると、両腕を広げて広場の中央側へ走り出した。
「わ〜助けて〜お猿さんがボクのこといぢめるぅ〜」
『行きますわよ、龍哉』
「言われるまでもねぇ!」
 木枯丸を庇うように前へ出た龍哉が、追走してきた赤猿の拳を大剣で受け止める。生じた拮抗を弾き返すべく腰を落とすと、足元付近に木枯丸が寄りかかってきた。
「わ~痛いよぉ~」
『無理をなさってはいけませんわ』
「初陣にしちゃあ上々だ。前衛代わるぜ、しっかり狙え――よ!」
 剛腕を弾いた龍哉が踏み込み、がら空きの腹部へ斬撃を叩き込んだ。たまらず赤猿は後ずさる。それから患部が残る背中と腹を掻くような動作をした――が、どちらも緑色の光が包み、綺麗さっぱり治してしまった。



「ウ゛ゥ゛ゥ゛ゥ゛ゥ゛ゥ゛ゥ゛……ッ!」
 キトラの唸り声は次第に苛立ちを含むようになった。原因は無論、目の前、猿の姿をした緑色の従魔にある。
 何度も大剣を振るった。大きな胴を、短い軸足を、ぶよぶよの腕を狙って。しかしその何れもを、緑色の猿はひらりと、或いは地面を這いずり回りながら、全て躱してのけていた。
 特筆すべきは、黎夜の魔法も凌いでいた点であろう。キトラが狙い易いよう、先んじて置いておくように魔法の剣を放つも、緑は軽業師、あるいはコメディアンのような動作で避けてしまう。両名の攻撃と策に落ち度があったわけでは決してない。緑がそれほど、必死だったのだ。
「グ゛ゥ゛ゥ゛ゥ゛ゥ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ッッッ!」
 距離を置いたキトラが強く唸り、魔導書を持ち直した黎夜は薄い溜息を吐く。
『もうワンテンポ早めてみるか。そろそろ目に物見せてやろう』
「……ん……」
『黎夜?』
「……あ……うん……」
 喉に骨が刺さったような心地のまま、黎夜は顔を傾けて緑色の猿を見据えた。



 掬い上げるように振られた“神斬”、切っ先は埃だらけの地面を切り裂き、刀身は蓄えたライヴスを剣閃の先へ送り出した。
 膨大な力の塊を、青猿は両腕を交叉させて防ぐ。腕の痺れを振り払うように両腕を開くと、すぐさま頭部、口から真っ青なエネルギー弾を吐き出した。
 飛びあがったチルルが、バレー選手がブロックするように、盾で光弾を遮断する。ここまでは先ほどまでの焼き直し。
 初手と大きく異なったのはチルルの距離、そして光弾の行く末だった。光弾は弾けず、盾の表面を滑るようにして彼方、夜空へ吸い込まれていく。その下を潜るように飛び込んだチルルの手には、黄金色に輝く両刃の直剣が握られていた。
「くらえーーー!!」
 気合いと体重を乗せた唐竹割りが青猿の頭頂部に炸裂した。破裂音と共に生まれた傷口は、裂傷というより挫創に近い。
 勢いに潰されるように両手を衝いた青猿を香月が襲う。体を支えていた腕を斬り払い、崩れてくる胴体を押し退けるように斬り上げる。傷口から何かが噴き出し、一片が香月の頬に付着した。鼻を鳴らし、指で拭う。
「畳み掛けるぞ」
「もちろんよ!」
 青猿が腕を振り上げる。が、チルルの振り上げがそれに先んじた。
「てりゃー!!!」
 金色の剣閃が青猿の下顎に激突する。斬ることでなく崩すことに特化させた一撃が青猿の意識を奪い去った。
 たまらず膝を衝く青い従魔。拍子に力なく開いた口に、香月が刀の切っ先を捻じ込む。
 何をされるかは判っていた。しかしどうにも、口を閉じることさえできない。
「終いだ、果てるがいい」
 刀身に蓄えたライヴスを、切っ先から放出する。
 内側に強い衝撃を受けた上顎が天を向いた。
 切っ先から放出する。
 口蓋に激突した衝撃波が行き場を求めて喉を駆け下りた。
 放出する。
 体内に充満したライヴスが合流し、あちらこちらを滅多矢鱈に焼き散らしてから、間欠泉のように噴き上がった。
 香月が刀を担ぐ。青猿のあちこちからはぷすぷすと煙が上がっていた。頭部に至っては、チルルの攻撃で衝撃を受けていたこともあり、その殆どが吹き飛んでいる。
 にも拘わらず、青猿はがくがくと震えながら、香月目掛けて手を伸ばしてくる。
「引き際も悟れぬ愚物が……」
 香月は心底、心底忌々しそうに腕を振り払うと、深く踏み込みながら刀を振り下ろし、青猿の腕を肩から切り落とした。
 また一段とバランスを崩した青猿へチルルが向かう。最大限に加速して、ありったけの勢いを乗せて、すれ違いざまに袈裟懸けで、駆け抜けながら斬り付けた。
 スケート選手のように旋回、停止して顔を上げた先で、斜めに断たれた青猿の上体が滑り落ちていく。ふたつ――と一本――に別れた青い従魔は、それきり今度こそ、もう僅かにも動くことはなかった。
 立ち上がったチルルが、元気よく両腕を引く。
「まずは一匹!!」
『残りも一気に片付けるよ!!』



 キトラの、地を削ぐような水平斬りが、遂に緑猿の右脚を捉えた。敢えて初手を加減して振り、緑を飛び退かせ、踏み込んで本命の斬り払いを叩き込んだのだ。文字通り足元を掬われた緑猿は完全に姿勢を崩し、立ち上がれずその場でもがく。
 明確なチャンスである。

「ウ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!!」

 千切れそうになる器官の痛みさえ衝動の足しでしかない。全身に満ちていく力を噛み締めるように、キトラはもう一度咆哮を撒き散らす。

『ここで決めるぞ、黎夜』
「うん……わかってる」
 頷いてから狙いを定め、ページの中央を指で二度小突く。直後、緑猿の背後に、どよん、とした光の霧が生まれた。それは風を頼らず辺りに広がり出し、じわり、と従魔を包み込んだ。
 暫し茫然としていた緑猿は、やがて慌てたように喉元を掻き毟り始めた。異変に気付いた時にはもう遅い。胸元、背中、腰回り等、皮膚がぐにゃり、と緩んでいた。
 死を告げる咆哮が鳴り渡る。
 キトラの攻撃は、明白な暴力であった。力任せに大剣を振り下ろす。ばんっ。まだ形が残っているから振り下ろす。ぐしゃり。あの辺りがまだ傷ついていないから振り下ろす。ぐちゃり。
 痛手を受けた緑猿が、仲間を癒すことさえ忘れて逃げ出そうとする。が――

「木陰黎夜。アーテル・ウェスペル・ノクスと共に、お前を討ち落とす」

 ――魔法の剣に頭部を側面から貫かれると、あえなくその場に顔面から転倒した。
 足掻く。もがく。痛がる。悔やむ。
 そのどれもを、行おうと思うよりも尚早く、キトラが猫科の猛獣のような挙動で飛び掛かり、握りしめた大剣で真っ新な背中を深々と切り裂いた。
 此度の三連撃は同じ個所へ撃ち込まれた。
「グゥ゛ウ゛ッ!」
 撃ち込まれる度に胴が深く避け、
「ガァ゛ァ゛ァ゛……ッ!!」
 中身が飛び散り、
「グゥ゛ェ゛ア゛ァ゛ア゛ア゛ッッッ!!」
 やがて腹側の皮膚を破るに至った。
 その頃にはもう緑の従魔は活動を停止していた。にも拘わらず、キトラは高々と掲げた大剣を、大地を叩き割ろうかとするかのように振り下ろす。

「ガア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッッ!!!!!!」

 宵闇が竦み上がるような絶叫を轟かせながら、従魔の体が、熟れ過ぎた果実ようになるまで、キトラの攻撃は続いた。



 赤い剛腕と両刃の大剣が何度も何度も激突している。
 時に先手は赤い従魔であった。横薙ぎに振られる裏拳を、龍哉は真っ向から斬り払い、押し返す。
 龍哉の反撃はシンプルな斬撃だった。赤猿は充分な構えを取り、腕を構えて受け止め、堪える。
 両者の間には歴然とした力の差があった。結果だけ見ても明らかである。一手ごとに腕を痛める赤猿に対し、龍哉は未だ無傷、且つ、赤猿を仲間の許へ向かわせていない。
 役目を果たす龍哉、果たせぬ赤猿。
 やがて、赤猿の挙動に明らかな焦りが浮かんだのを龍哉は見逃さなかった。同時に、傷の治りが遅くなって――否、治療が行われなくなっていることにも気付く。
『“もう充分”のようですわ。――参りましょう、龍哉』
「応っ!!」
 赤い腕を潜り抜け、前へ出る。目の前、体格の割りに短い脚を薙ぎ払い、勢いそのままに胴体目掛けて斬り付けた。
 赤猿は重心を落として着地、両腕を衝いて正面を見遣ると、龍哉が追撃――ではなく、その場で腰を俄に落とし、意識を集中させていた。
「あとはお前だけだ。観念しやがれ、赤いの!!」
 言葉の意味は判らずとも、乗せられた意思は重々理解できた。
 猛り、前へ出ようとした赤猿、
 その左腕に遠方から飛来した銃弾が激突し、続いて駆け込んできた純白が、金色を振り抜いて切り落とした。

「あたいったらさいきょーね!!」
「いい加減思い知っただろう? 人間を舐めるな!」

 バランスを失い転倒した赤猿を、どこからともなく噴き出した光の霧が包み込んだ。赤猿が状況を理解するより早く投擲された黄金色の金槌が、落雷さながらの爆音と衝撃で赤猿と霧を吹き飛ばす。

「グォ゛オ゛オ゛オ゛ォ゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッ!!!!!!!」
「……後、頼む」

 集中を終えた龍哉が走り出した。
 赤い右腕が振り上げられ、彼を迎え撃つように振り下ろされる――寸前で、龍哉の後方から飛び込んできた小さな影が張り付いた。

「行儀の悪い腕はこうだぁ~」

 黒漆塗りの太刀を突き刺し、全体重をかけて捩り上げると、赤猿が前方へつんのめった。
 そこはちょうど、龍哉の刃圏。

「食らい――やがれぇッッッ!!」

 股座から顎までを斬り上げ、更に踏み込んで胴体の前面を叩き斬る。
 胸部を×字に断たれた赤猿は、背を反り、呻くように震えてから、その場に伏して動かなくなった。



 崩れ落ちる赤猿を眺めていた黎夜が小さな声で独りごちる。アーテルが聞き直すと、黎夜は小さく頷いた。
「あの猿……見た時から、顔がなくて、何かのマスコット思い出すなって、思ってたけど、思い出した……。さるう゛ぉう゛ぉ……」
『ああ、あの赤くて頭巾を被っている奴か』
「うん……。さるう゛ぉう゛ぉの方が、ものすごく、かわいいけど……。ようやく、すっきりした……」
『さるう゛ぉう゛ぉは魔除け、疫病除けのご利益があるとされている。従魔とは正反対だな』
「……そう、なんだ……」
『最近では赤以外にも緑や青のものもあるらしいから、そこだけは似ているな。ちなみに売れ筋は桃色らしい』
「……なんで、ちょっと詳しいんだ……?」
 戸惑う黎夜の許へ木枯丸がやってきた。緊張する黎夜を他所に、木枯丸は人懐っこい笑顔を浮かべて、何かを期待するように黎夜の周囲をうろうろする。
「ねぇねぇ、ボクすごかったぁ〜? すごかったぁ〜?」
「あ……うん……。良かったと、思う……」
「わ~い、ほめられたぁ~」
 音がなりそうなほどにっこりと笑った木枯丸は、ぽわぽわと弾み、くるくると回りながら、誰もいない広場の中央へ歩いていく。



 チルルが駆け付けた時には、既に橋の下の少年型は駆逐し尽くされていた。龍哉、香月に続いて到着したキトラが声を上げると、橋の下から男と女が視線を向けてくる。
「おおー!? こっちこんなにいたのカ!? ふたりともすげーナ!!」
「お褒めに預かりどうも。お嬢さんたちも頑張ったみたいね」
「あたいたちにかかれば、あんなのらくしょーよ!」
「頼もしい限りですワ。言葉だけじゃないところが特に、な」
「お疲れさん、の前に、少し話せるか?」
 構いませんぜ、と、男と女が広場へ上がってくる。
 紫煙を吐き出した香月が改めて橋の下を一瞥した。
「こいつらについて、何か判明したことはあるのか」
「別段何も。際立った個体もいなかったわ」
「こんなの何匹いてもしょーがねーのにナ!」
『わかんねーぜ? 百匹集まってたら合体してたかもしれねーぞ』
「たのしそー! キトラはりきっちゃうヨ!!」
「わざわざエージェントに喧嘩を売ろうとは、何が目的だ?」
「もう逃げきれない、って思ったんじゃないの?」
「そう、か……? いや、猿型を“仕向けなけりゃあ”、数体は逃げられたんじゃねぇか、と思ってな」
「面白い観点ですなァ」男が両目を見開いた。「つまりお兄さんは、猿どもでなく、このちっこいやつらに指揮権があった、と考えてるんで?」
「そう見えたんだが……悪い、考え過ぎだな」
「いやいや。念の為、そっち方面からも調べてみますかね」
 ともかく、と、女が胸の前で両手を打ち鳴らす。
「今日の仕事はこれでおしまい。みんな、おうちに帰りましょう。
 今夜は手伝ってくれてありがとう。あなたたちが来てくれて、本当に助かったわ」



 夜の深さに屈したように、方々のネオンがちらほらと眠り始めた。ようやく本来の姿を取り戻した夜に、冷え切った鋭い風が吹き抜ける。
 深く、やわらかな溜息をつくと、頭部に乗っていた木の葉が消えた。
「なんとか終わったねぇ~」
『一時はどうなるかと思ったがの。傷の手当てを忘れるでないぞ、坊』
「そうだね~とっても痛かったよぉ~」
 言いながら木枯丸は真っ白い布を取り出した。
『これこれ、坊よ。手当てが先だと言うておるに』
 菜葱の苦笑を受けながら、ふわり、と木枯丸は座り込み、愛刀の汚れを丹念に拭い取った。
 仕上がりを確かめ、鞘に納める。
「ちょっとは強くなれたかなぁ~?」
 頷くように、鍔が短く鳴った。

結果

シナリオ成功度 大成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 薄明を共に歩いて
    木陰 黎夜aa0061
    人間|16才|?|回避
  • 薄明を共に歩いて
    アーテル・V・ノクスaa0061hero001
    英雄|23才|男性|ソフィ
  • ライヴスリンカー
    赤城 龍哉aa0090
    人間|25才|男性|攻撃
  • リライヴァー
    ヴァルトラウテaa0090hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
  • 絶望へ運ぶ一撃
    黛 香月aa0790
    機械|25才|女性|攻撃
  • 偽りの救済を阻む者
    アウグストゥスaa0790hero001
    英雄|25才|女性|ドレ
  • 四人のベシェールング
    キトラ=ルズ=ヴァーミリオンaa4386
    人間|15才|女性|攻撃
  • 四人のベシェールング
    イフリート=ドラゴニアaa4386hero002
    英雄|18才|女性|ドレ
  • さいきょーガール
    雪室 チルルaa5177
    人間|12才|女性|攻撃
  • 冬になれ!
    スネグラチカaa5177hero001
    英雄|12才|女性|ブレ
  • 闇を暴く
    畳 木枯丸aa5545
    獣人|6才|男性|攻撃
  • 狐の騙りを見届けて
    菜葱aa5545hero001
    英雄|13才|女性|カオ
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