本部

アーヴァンクを誘惑せよ

ケーフェイ

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2018/02/07 18:32

掲示板

オープニング

●ビーバーがいっぱい

 イギリス、ウェールズの北にある街コンウィは十三世紀の城壁都市の趣を残している。そこから少し南に離れたコンウィ川の畔では、四人の男女がバーベキューをしていた。
 近くまで寄ってきたビーバーに野菜の切れ端を投げてやると、その大きな前歯で齧り付いてそそくさと川へ戻っていった。
「この辺のビーバーは人懐っこいんだな」
 若い男の一人が肉に齧り付きながら暢気に言う。
「知ってるか? 最近この辺にUMAが出るらしいよ」
「マジかよ。それH.O.P.E.が言ってる愚神ってやつじゃねえの」
 肉や野菜を焼きながら盛り上がる男二人に対し、女の子たちは話の輪に入ろうとすらしない。餌に釣られて寄ってきたビーバーと戯れている。
 まるっきり無視されて気分がいいわけがないのだが、森の中で動物と戯れる美女というのはどうにも絵になる。大学内で美女と名高い二人を宥め賺して何とか誘ったが、二人はいかにも退屈そうにしているだけだった。
「ねえねえ! 肉焼けたよ、ほら」
 わざわざ料理を持って行って甲斐甲斐しく世話をする。女の子二人は当然のようにそれを受け取る。それがまた様になっているから憎めない。二人とも背中に掛かるほど豊かな金髪を流し、いつのまにか近くに寄ってきたビーバーの頭を撫でている。
「それにしてもビーバーばっかだな。この、どけって」
 椅子の上に丸まるビーバーを軽く叩いて女の子の隣に座る男。美女はそれを見て切れ長な眉を露骨に潜めた。
「ちょっと。乱暴しないでよ。こんなに可愛いのに」
 そう言って毛並みを撫でられたビーバーが扁平な尻尾をぱたぱたと振って喜ぶ。
「ビーバーって普段、自分の作ったダムにいるのよ。こんなに人間に近づいてくるなんて珍しいわ」
 確かにビーバーは一般的に警戒心の強い動物として知られている。普通は人のいるところまで出てこない。この辺はビーバーの生息地だが、それにしても異様に多い。いや、というよりもビーバー以外の動物が全く見当たらない。
 ここへきて周りを見ていると、いつのまにか茶色い毛むくじゃらだらけになっていた。
「お、おい。これ……」
 男たちが静かに気味悪がる。女の子たちは懐いてくるビーバーたちを片っ端から撫でまわしてご満悦だ。
 ちょうど女の子たちが背を向けている川のほうから大きな影がのっそりと起き上がる。滝のように水を垂らして近づいてくるそれに慄き、体が硬直してしまっている。
 そんなとき、コンウィ川から黒い影が競り上がり、水しぶきを奮って岸に上がってきた。見上げるような巨体を揺すって体に付いた水を払う。こげ茶色の毛並み。発達した前歯。扁平に広がった尾。まるで彼女たちに群がっているビーバーをそのまま大きくしたような姿。
「キュッ! キュイキュイ!」
 巨体に似合わない可愛らしい声。それで悍ましさが薄まるわけもない。
「う、う、うわああああっ!!」
 男たちがなりふり構わず逃げていくのに対し、女二人は腰を抜かしている間にビーバーの群に取り囲まれてしまった。
 そんな彼女たちに顔をすり寄せ、巨大ビーバーはにんまりと破顔した。


●美女を寄越せ!

「……とんでもない眺めだなあ」
 エージェントに先んじて現場に到着したオペレーターは、城壁の縁に体を預けて呆れたように呟いた。
 一目でわかる茶色の巨体、通報にあった敵愚神だろう。それはのっそりと横たわっており、まるで甘えかかるように二人の女性に頭を擦り寄せている。さらに周囲は無数のビーバーが蠢いている。恐らく愚神が召喚した従魔なのだろう。
 もうすぐエージェントが到達する。しかしこのままではどうにも動きが取れない。二人と愚神の距離が近すぎるため、巻き込まずに攻撃することは困難だ。
 しかし急がねば二人の命が危ない。愚神や従魔は基本的に人間をライヴスの餌として見ていない。今は何の気まぐれか、あの綺麗な女性二人に甘えかかっているが、いつ牙を剥くか分からない。
 時間はないが無茶はできない。リンカーの突破力で一気に制圧できる可能性に賭けるか――
 そのとき、オペレーターにふと着想があった。敵は何故すぐに女性二人を食べてしまわないのか。わざわざ他に男がいたというのに、それを見逃してまで女に近づいた。
「――牡牛が引っ張らなければ、私が澱みから引き離されることはなかったのに」
 隣にいた警官が怪訝そうに首を傾げる。オペレーターは彼に双眼鏡を投げつけて言い放った。
「この街の服屋に女性ものの服を供出させろ。あと床屋と美容師を集めて協力させるんだ。ああそれから女性警官でも何でもいい。ともかくメイクの出来る人間をかき集めてくれ」
 矢継ぎ早の指示に警官が素っ頓狂な声を上げる。
「い、一体何をさせるつもりですか!?」
「美女が大好きなビーバー、まさにアーヴァンクだな。だったら奴の好きなものを与えてやるのさ」
 冗談とは思われない声音。オペレーターは本気でリンカーたちを綺麗にして愚神を誑かそうと言うのだろう。だが美しさという点において彼は何ら心配していなかった。H.O.P.E.のエージェントには美男美女が多い。それに男だとしても化粧と服を変えて美女に仕立て上げればいい。要は人質二人を助けられる間合いまで近づければいいのだ。

解説

・目的
 愚神、従魔の討伐。

・敵
 アーヴァンク。巨大なビーバーの姿をしている。従魔としてビーバーを多数引き連れている。美女が好みらしく、従魔と一緒に取り囲みながらもたれかかっている。

・場所
 イギリス、コンウィ川の畔。

・状況
 愚神は美女の傍を離れないため、オペレーターはリンカーたちに美女として愚神に近づき、人質を救出してもらう。

リプレイ

●装いは慌ただしく

 その日、コンウィの街は舞踏会でも開かれたように賑やかだった。美女がアーヴァンクに囚われるという異常な事態を解決するため、美女としてアーヴァンクに近づこうと、リンカーたちを着飾るべく街を上げて協力していた。
 街の大広場では美容師や服屋や化粧箱を持った女性たちが行き交っている。その様を椅子に座りながら眺める染井 桜花(aa0386)は、怜悧な美貌を活かすように微動だにしない。まるで本当に人形のような印象を裏切るのは、紅く光る眼が瞬かれることのみだった。
 彼女とリンクしているファルファース(aa0386hero001)も静かにされるがままだった。美容師が彼女たちの銀色の髪を整え、服屋や雑貨屋が着飾り、メイクする人間が二、三人ついて化粧を施す。まるでハリウッド女優のような扱いは、中々悪くないとさえ思っていた。
 他のリンカーたちも似たような扱いを受けている。ミラルカ ロレンツィーニ(aa1102)の場合は服は自前で用意しし、胸元の空いた黒のドレスに革のコルセットベルトでいくことにした。いつもの恰好で十分魅力的であったし、なるべく使い慣れた状態のほうが動きやすいと判断したためだ。
 おめかしが終わり、美容師やメイクの人間がはけると、改めて樹里・テンペスタ(aa1102hero002)がミラルカをじっくり眺める。
「……どうかしら、樹里」
『ばっちり! さっすがミラルカね、ダントツに綺麗よ!』
 流し目で可愛らしく首を傾けながら訊ねたミラルカに、樹里はもう堪らないといった様子で元気よく称賛した。
 構築の魔女(aa0281hero001)も早々に辺是 落児(aa0281)とリンクし、準備を整えていた。彼女はイメージプロジェクターを使い、自身に投影して黒いドレスを映し出している。いくつか候補はあったが、結局は全体的に落ち着いたデザインをしているフィッシュテールドレスに決まった。他のメンバーがそれなりに派手な衣装で臨んでいるため、それを引き立たせる狙いだ。
 メイク席に座る志賀谷 京子(aa0150)の隣でアリッサ ラウティオラ(aa0150hero001)が心配そうな顔をしている。
『京子、大丈夫ですか?』
 そんな彼女に対し、京子は明るく言う。
「たぶんアリッサがやるよりは大丈夫だと思うよ』
 二人がリンクすると、ライヴス光の中からタイトスカートなスーツに身を包んだ大人の女性が登場する。ちょうど京子が大人びたような姿で、アリッサの面影は腰まで伸びる髪の色に見受けられる。
 あとは軽く髪を整えてもらい、メイクもナチュラルなものだけ施してもらう。
「美女か美女でないか、どうやって判断しているのかが気になるね」
『案外、周囲が美女と扱っている相手を美女と認識しているのかもしれませんね』
「トロフィーワイフみたいなもの?」
『……一気に哀れな感じがしますね』
 所詮は愚神の感覚でしかなく、こちらが理解できるものとは限らない。だが確かに言えるのは、彼女たちがもっとも信頼するリンカーはやはり美貌という面においても尊敬に値するということだ。
「魔女さんはいつもどおり、綺麗だね。森の中だからこそ引き立つものもあるんじゃない?」
 魔女は控えめに微笑み、失礼にならない程度に京子たちの姿を眺めて言う。
『京子さんとアリッサさんも素敵に似合ってますよ。まぁ、こんな森の中じゃなければなおよしなのですけど』
 華やかに装いを進めていくリンカーたち。彼女たちの中で少々辟易していた様子なのは麻生 遊夜(aa0452)とユフォアリーヤ(aa0452hero001)のコンビだった。
「……マジかよ」
『……ん、ボクが行く?』
 ユフォアリーヤの申し出を麻生は優しく固辞した。現在妊娠中で母体に負担を掛けるようなことをするわけにはいかない。万が一攻撃されたらと考えると悔い以外残らない。
 聡明な麻生の導き出す答えは、既に決まっていた。
「……わかった、俺が行こう」
『……ユーヤ、本当に大丈夫?』
 麻生が覚悟を決めてメイク席に座る。それを見たコンウィの街の人たちが一気に集まってきた。せめてアウトドア風の露出が少なめなものをリクエストすると、あとはもうされるがままだった。
「……好きにやってくれ」
『……あ、じゃあこれとか……どうかな?』
 メイクさんたちと相談していそいそと準備するユフォアリーヤたちを、麻生は眺めている他なかった。
 人質の救助を担当する三組のリンカーは、既に各々リンクを完了して準備万端だった。
「桜花さんに呼ばれてきてみれば……、何なのかしらね、この状況」
 少しひねくれながら鬼灯 佐千子(aa2526)が呟く。愚神をリンカーたちの美貌で誘惑するなど聞いたことがない。そのような性質の敵である以上仕方ないが、いずれにせよ面倒な作戦だ。
『作戦を聞いていなかったのか? アーヴァンクを魅了して――』
「ンなコト、分かっているわよ。……どうして私が呼ばれたのかって話」
 リタ(aa2526hero001)が真面目くさった態度で諭そうとするが、鬼灯の不満はそこではなかった。
『ふむ。サチコも目鼻立ちが整っている方だろう。折角だ、愚神を誘惑してきてはどうだ?』
「はいはい、そりゃどーも。…………誘惑とかそういうのは、桜花さんたち本物の美人に任せるわよ」
「えー、鬼灯さんたちもすっごい美人だと思うけどなー」
 琥烏堂 為久(aa5425hero001)とリンクすることで黒髪の女性となった琥烏堂 晴久(aa5425)が可愛らしく首を傾げて言う。ほっそりとした体に長い黒髪をたなびかせる姿は少々ミステリアスで妖艶な雰囲気だ。
『魅了という意味では、君こそ適任かもしれないよ。ブルネットはやはり女性の魅力を引き立たせてくれるからね』
 ストゥルトゥス(aa1428hero001)の軽口に鬼灯はうんうん頷いた。しかしそれを言っている彼も既にニウェウス・アーラ(aa1428)とリンクし、銀髪の女性の姿をしている。
 闇夜を落としたような黒髪に黒の学生服を来た美人と、雪の妖精のような銀髪に真っ白な軍服を着んだ美人が並ぶ。その対比だけでも壮観の一言に尽きるが、リタにとっては森の中で目立ちかねないという心配のほうが先に立った。
「美女で誘惑、かぁ」
 ニウェウスが少し羨むように誘惑班のほうを見る。
『うん、マスターには無理だね。少なくとも4年早い』
「む。そんな事、無い……と思う。ぬぬ」
『はて。その子供っぽさが抜けるのは、いつの事やら』


●美人現る!

 愚神に囚われた女性二人に、もはや出来ることはなかった。こうした異世界存在が人間を捕食すると知っていた彼女たちは幾度か逃げようと画策したが、従魔に取り囲まれて断念するほかなかった。あとは甘えかかってくるアーヴァンクを撫でながら、いつ食べられてしまうのかと恐怖に震えるほかなかった。
 そんな彼女たちが全く別の方向から度肝を抜かれたのは、こちらに向かってくる女性を見つけた時だった。
 アーヴァンクとその従魔がうろつく森を、まるでファッションモデルのような一団がこちらに歩いてくるのだ。先頭にいる女性はチャイナドレスをさらに煽情的に切り詰めた服装で、腰まで伸びる銀髪から時折覗く白い肩や背中が余計に艶めかしい。
 黒いフィッシュテールドレスを着ている女性もまた美人だ。地味で押さえた色合いだが、それが却って燃えるような赤髪を映えさせる。同じく黒い衣装を着けている女性も負けず劣らぬの美貌だ。ぴっちりと決まったタイトスカートは露出を押さえながらも体のラインを浮かび上がらせる。
 シルクハットをかぶった女性は、ゆったりとした黒いドレスを引き締める革のコスセットベルトでくびれを強調している。メリハリのあるスタイルは同じ女性として、こんな危機的な状況においても羨望を禁じ得ない。
 彼女たちになるべく隠れるようにしているアウトドア風の女性など、動物の耳と尻尾が生えており、それを時折ぴこぴこ動かす様はなんとも可愛らしい。
 アーヴァンクに囚われたと思ったら物凄い美人たちに遭遇した。この事態をどう解釈すべきなのか、二人には見当がつかなかった。
「……大丈夫。落ち着いて」
 やがて近づいてきた銀髪の女性に、抑えた声で小さく語り掛けられる。そこでようやく得心がいった。あえてアーヴァンクに立ち向かう人間――彼らはH.O.P.E.のエージェントなのだ。
 H.O.P.E.が来てくれたなら安心だ。あえて騒ぐようなことはない。きっと助けてくれる。
 必死に言い聞かせていると、叫び出しそうになっていた口の震えが止まってくれた。


●ビーバーを甘やかせ!

 人質二人が落ち着いたのを確認し、京子は友好的な微笑みを浮かべてなるべく爽やかに、くどくならない程度にアーヴァンクに視線を向ける。人質の二人には一切興味がないようにしながらアーヴァンクと彼女たちの間に立った。
「立派な身体をしているね。ねえ、そのふさふさな毛皮触らせてほしいな」
 可愛らしく囁くと、アーヴァンクはまるで獲物を探すようにしきりに鼻をひくつかせ、首を巡らせる。どこを向いても美人しかいないこの状況をどう判断したのか、アーヴァンクはたっと駆けて麻生の胸に鼻を埋めた。
「え゛!?」
 思わず素の声を上げてしまう。そのときほんの一瞬だけ、場が凍るのを麻生は敏感に感じ取った。
 京子、魔女、桜花、ミラルカらの視線が若干の殺意を込めて突き刺さり、思わず冷や汗が滴り落ちる。わざわざメイクをし、美容師に髪を整えてもらい、服も選んでやったというのに私のところに来ないとはどういう了見だと、少なくとも麻生にはそう言っている風に感じられた。
 彼女たちも望んでアーヴァンクを誘惑しようとしているわけではない。仕事上、作戦上仕方ないことなのだが、まさかメンバー中唯一の男性が真っ先に選ばれるとは誰も予想しておらず、ついつい大げさに準備した苦労と女性としてのプライドをない交ぜにして視線に込めてしまった。
 とはいえ誘惑できていることに変わりはない。アーヴァンクの美的感覚など人間の推し量れるものでもなし。より現実的に、汲み取れる情報のみ選択するべきだ。魔女はつつと小さく手で合図し、アーヴァンクの後方の回り込む。他のメンバーもアーヴァンクを取り囲むようにしてその毛皮を撫でたりする位置についた。
『……おー、もふもふがいっぱい』
 先ほどは咄嗟に自分の声を出してしまった麻生だが、今回の声はリーヤに担当してもらう。さすがに男の声で喋るとバレてしまう。というよりも今の状況につい呪詛が溢れてしまいそうだ。心を無に、ただし表面は楽し気に……子供達との演劇で鍛えた孤児院院長の演技力、見せてくれよう。そう、今の自分はもふもふ好きなのだ。
 念仏のように頭のなかでもふもふ好きと唱え、自分の中から沸き上がる何かを押さえつける。冷静ではあっても平常になってはいけない。いつもの感じでいたらすぐにいたたまれなさで心が折れてしまう。せめて他のリンカーたちも自分と同じか、それ以上の積極性でアーヴァンクを誘惑しようとしていることが救いだった。
「どうしたの? わたしたちじゃ不満かな? さあ、こっちを見て」
 京子が背を撫でると、アーヴァンクが「く~ん」と甘えた声を上げる。可愛らしいのが逆に腹立たしいが、そんな態度はおくびにも出さない。
 そうして皆で寄って集って甘えかかると、アーヴァンクはすっかり蕩けた様子で鼻や首筋をすりすりと寄せてくる。
 頃合いだと見たミラルカは人質二人に振り返った。
「あなた達邪魔なんだけど。あっちに行って。愛してもらうのは私達よ。ほら早く……!」
 声はさりげなく、そして目顔で後ろを示す。そうして二人がゆっくり下がっていくのを、ミラルカはアーヴァンクの顔のほうへ体を寄せて見せないように阻んでいく。
「ねぇ……? こんな小娘より私の方がいいでしょ? ……好きにしてくれて、いいのよ……」
 蠱惑的なミラルカの台詞に、リンクしている樹里が背筋を凍らせる。よくぞこの煮えくり返った内心を抑え込んで可愛らしい声を出せるものだと感心し、そして精神的な反動が恐ろしいと分かってしまう。



●進め救出班

 森の中、遠目からアーヴァンクと誘惑班を窺う鬼灯は肩を撫でおろす。何とか場に入り込めたようだ。しかもさっそく何人かアーヴァンクに密着し、人質二人から引き離しつつある。問題はこれからだ。ここで上手く捕縛し、同時に人質二人を救出する。しかも無数の従魔がうろつく中でだ。
 晴久と為久は既に共鳴し、森の中で待機していた。他に鬼灯とリタ、ニウェウスとストゥルトゥスが待機している。三組は救助班として人質を取り囲むように各々隠れている。その中で晴久たちが特に突出していた。彼らは接近して真っ先に救助しなければならず、そのタイミングの見極めもになっている。他の二組はその援護と人質の救助。そして安全を確保して敵が追撃する場合はこれを遮断する役目である。
「ええー……何あのでっかいビーバー、キモいんですけど」
 改めて近くで見るとスケール感というか臨場感が凄まじく、晴久は若干引いてしまっていた。可愛いビーバーをそのまんま大きくした姿がなおさら気味悪さを際立たせている。
『従魔も多いな。踏みそうだ』
 藪や木陰に隠れながら、そこらじゅうをビーバーが走り回っている。より近づくために晴久が草むらに伏せると、ちょうど目の前にひょっこりとビーバーが現れた。
 為久はビーバーがこちらに気付く前に素早く手を伸ばすと、胸にぎゅっと抱き抱えててしまった。ここで騒がれると作戦に支障がある。ともかく黙らせるしかない。
『良い子にしててね?』
「兄様大胆っ!」
『騒がれるよりマシだろう……』
 作戦のためには仕方ないと言い聞かせ、ビーバーをぎゅっと抱きしめたままの匍匐前進でじりじりと距離を詰めていった。
 晴久たちが近づいていく様子は、ニウェウスたちからも確認できた。
『さぁ、かくれんぼのお時間ですよ? 上手くいくカナー』
 ストゥルトゥスの軽口は相変わらずの調子だが、慣れているニウェウスにはむしろいつも通りで頼もしくすら感じられた。
「美女の方を、思いっきり見てるから……余裕そう、だけど」
 誘惑班は相変わらずいい仕事をしている。こちらも応えなければならない。
『いやいや。実はそう見せかけているだけで、実はかなりのキレ者だったり』
「あの様子、でも?」
『……無いわな、うん。何ですか、あの悪趣味成金みたいな態度は』
 彼らから少し離れた場所で鬼灯が浦島の釣り竿を用意する。晴久が人質を一人確保するタイミングに遅れず、釣り竿でもう一人を引き寄せる作戦だ。なるべく目立たないように構え、狙いを定める。腰のベルトに引っ掛け、一気に引き抜いて受け止める。
 イメージは出来ている。あとは精度とタイミングだけだ。
 夥しい従魔の群を掻い潜り、アーヴァンクの注意が逸れている間に晴久は人質に接触できる位置までたどり着いた。気づいた一人が飛び上がりそうになるのを押さえ、人差し指を口に当てて静かにするようジェスチャーで伝える。
 怖がらせぬよう微笑みを絶やさず、イメージプロジェクターを用意する。アーヴァンクの注意が完全に逸れた瞬間、それを人質の二人に照射した。内容はカジュアルな服装をした男性のものだ。
 アーヴァンクが少し訝しむように鼻をひくつかせたが、注意は完全に誘惑組に集中している。
 ここだ。晴久は意を決して人質の一人の腰に抱き付いた。
『失礼』
 言いながら軽々と抱き上げて踵を返す。既にその時にはもう一人が釣り竿で一本釣りされているところだった。
『しっかり掴まっててくださいね』
 女性が言われた通り抱き付くのを確認し、ジャングルランナーでなるべく遠くの地点にマーカーを設置して一気に離脱する。
 森を戻る晴久と入れ違う形で、ジェットブーツを起動したニウェウスが飛び出した。空中に描いた文字ら青く光り、そこから夥しい量の幻影蝶が溢れだした。既にアーヴァンクも従魔も異変に気付いているが、その場を幻影蝶の群れが攪乱する。
『おおっと。残念だけど、お前達はそこで一回休みだ!』
「追わせない、よ? キャッキャウフフは、ここでおしまい」
 ライヴスを込めた手掌で印を結び、幻影蝶たちに霊力浸透を付与する。視界を圧するだけだった幻影蝶たちが吸い込まれるようにアーヴァンクや従魔の体に吸い込まれていき、内部のライヴスを吸い上げる。
『マスター、どこでそんな言葉をっ』
「ストゥルが、言ってたんだけど」
『デスヨネー』
 冗談を言いながらも手指で幻影蝶を操作し、人質を追おうとする従魔へ差し向ける。とはいえ一人で全てを遮断できるわけがないし、その必要もない。
『ヨシッ! 救助成功だ』
 リタが人質の一人を抱きかかえる。浦島の釣り竿で一本釣りされた女性はびっくりして硬直していたが、混乱して暴れられるよりずっと対応が楽だった。
「そうね……トコロで何かしら、この衣装」
『プロジェクト、爆撃乙女ラジカル★サチコの正装だ。先日も着用しただろう。もう忘れたのか』
「違うわよ……!! どうしてンな格好させられてンのかって話よ……!! 大体、今回は裏方だって言ッたじゃない……! 目立つような恰好をしてどうすンのよ……?!」
『問題ない。サチコ、どうせ君が戦い始めれば嫌でも目立つ』
 幻影蝶を抜け出した従魔たちが群れを成してこちらにやってくる。分かってはいたが胸の悪くなる光景だ。
『む、従魔に捕捉されたか。ラジカル★カチューシャ、全機能正常。準備完了、いつでも撃てるぞ。……ああ、言い忘れていたが、今回は依頼の記録用に動画を撮影している』
「は、はあ……?! 聞いてないわよ……!?」
 動揺しながらもリンクした体は淀みなく迎撃の準備を完了する。カチューシャMRLを肩に担ぎ、もっとも効果的な制圧面を瞬時に選択。十六連装のマルチプル・ロケットの反動を力ずくで押さえ込んで爆炎で従魔たちを包み込む。
 従魔の群れが薙ぎ払われたのを確認し、鬼灯は悠々と街のほうへと帰還していった。


●ビーバー死すべし!

 煙幕のような幻影蝶の群れが収まり、アーヴァンクがそれを払うように顔を振るった。その目の前には、壮絶な笑みを湛えた五人の女性が佇んでいた。先ほどまでの可愛らしく蠱惑的なものなど微塵も感じられない。音を立てて渦巻くような殺気とライヴスがそれぞれの武器に込められている。
「両手に花はここまでよ。本気になると思った? ふふ……綺麗な花には毒がある。私、誰も愛さないの」
 くるくると手の中でカラドボルグを弄いながらミラルカが呟く。暗くもないのに瞳孔のぱっくりと開いた黒目がつぶらでまた可愛らしい。
『どこまでビーバーに似ているかは謎ですが調べておきましょう……全部終わった後で、ゆっくりとね』
 二挺拳銃『Pride of fools』のスライドを淀みなく引き絞って構える魔女。同じ二挺拳銃を構える京子は、花咲くような笑顔をしている。
「ごめんね、サービスタイムは終わっちゃったの。そろそろお別れを言わないといけないかな。安心してよ、銃弾のプレゼントはみんなのぶん、あるからね!」
『……何処のギャングですか』
 彼女たちは既にアーヴァンクだけでなく周囲の従魔にも狙いを定めていた。その殺気を受け取ってか、従魔たちは背を立てた警戒の姿勢を取りながら、次の行動が取れずにいる。
 アーヴァンクの目の前に立ちふさがっている麻生はいつもより若干目が座っているというか、白目の部分が殆どを占めるようになっている。
「なあ、もういいよな? ……全部吹っ飛びやがれ!」
 何の前触れもなく、ほぼノーモーションから至近距離での早撃ち。出遅れたアーヴァンクに逃げる余地などない。アルター・カラバン.44マグナムを眉間にしこたま食らい、肉をぶちまけて後方に吹き飛ばされる。
 そこへ間髪入れず弾丸の豪雨が降り注ぐ。魔女と京子による計四挺の制圧射撃もまた逃れる術はない。さらにカラドボルグを多重召喚したミラルカが、それを上方から叩きつけた。
『圧倒的火力は女の子のロマン! 悪さは許さない! カラドボルグのお味はどう? お望み通り逝かせてあげるわ』
 地面まで斬り抉る爆撃のような剣の雨を食らったアーヴァンクは、血塗れになりながらなりふり構わず後ろへ逃げた。
 しかし誰も追おうとはしない。既に退路は塞いであるからだ。
 後方へ逃げたアーヴァンクを、桜花が優しく抱きとめる。
「……良い夢は見れた?」
『……姫様……ヤッテしまいましょう』
 一人の女が耳元で、二人分の妖艶な呟きをする。すうっと伸びた手が背に回った一瞬、それは肉を破る勢いでアーヴァンクに食い込んだ。
 サバ折りで背骨どころか肋骨も豪快にへし折り、歪に拉げた体を地面に叩きつけ、最後はその顔面を豪快に踏み抜く。それら全てが一つの技だった。
「……絶技・兜潰し二式」
 断末魔の鳴き声さえ押し潰す大技をまともに食らったアーヴァンクは頭蓋骨とその内容物を盛大にぶちまけ、ライヴスとして解されるまで無様な痙攣を続けていた。
 ビーバーの姿をした従魔さえ、既に一匹も存在していなかった。近くにいたものは京子と魔女が執拗なまでに撃ち抜いていたし、人質を追った連中はニウェウスと鬼灯によって見事に迎撃されていた。


●コンウィの森に静寂を

『しかし、こういう下衆さを感じさせる相手は遠慮なく戦えて気分的に楽でしたね』
「もっと可愛さを全面に出してくるような相手なら強敵だったな……」
 リンクを解いた京子とアリッサが話している。終わってみれば人質も無事でこちらも無傷だったが、こちらが誘惑されかねないくらいの可愛さを有していたらどうなっていたか分からないと、今さらながら感心する思いだった。
「よし、もういいな、さぁ帰ろう、ほら帰ろう」
『……ん、お疲れ様』
 こちらもリンクを解いた麻生とユフォアリーヤはそそくさと帰ろうとする。というより早く女装から解放されたがっていた。
「お姉さま達の誘惑、凄かった……勉強になったよ……!」
 人質となっていた女性を無事送り届けた晴久と為久が戻ってきた。女性二人に怪我はなかったが一応は検査するということで既にオペレーターが付き添って近くの病院へと搬送されていた。
 がさりと近くで草薮が動く。皆が注目すると、そこから本物のビーバーが顔を出した。油断していたのだろう、人気を感じたビーバーは咥えていた枝を取り落とし、慌てた様子で川のほうへ走っていってしまった。
 遠くでビーバーが飛び込む水音が聞こえる。コンウィの畔はようやくいつもの静けさを取り戻していた。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • ー桜乃戦姫ー
    染井 桜花aa0386
  • エージェント
    ミラルカ ロレンツィーニaa1102
  • カフカスの『知』
    ニウェウス・アーラaa1428

重体一覧

参加者

  • 双頭の鶇
    志賀谷 京子aa0150
    人間|18才|女性|命中
  • アストレア
    アリッサ ラウティオラaa0150hero001
    英雄|21才|女性|ジャ
  • 誓約のはらから
    辺是 落児aa0281
    機械|24才|男性|命中
  • 共鳴する弾丸
    構築の魔女aa0281hero001
    英雄|26才|女性|ジャ
  • ー桜乃戦姫ー
    染井 桜花aa0386
    人間|15才|女性|攻撃
  • エージェント
    ファルファースaa0386hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • 来世でも誓う“愛”
    麻生 遊夜aa0452
    機械|34才|男性|命中
  • 来世でも誓う“愛”
    ユフォアリーヤaa0452hero001
    英雄|18才|女性|ジャ
  • エージェント
    ミラルカ ロレンツィーニaa1102
    機械|21才|女性|攻撃
  • エージェント
    樹里・テンペスタaa1102hero002
    英雄|18才|女性|カオ
  • カフカスの『知』
    ニウェウス・アーラaa1428
    人間|16才|女性|攻撃
  • ストゥえもん
    ストゥルトゥスaa1428hero001
    英雄|20才|女性|ソフィ
  • 対ヴィラン兵器
    鬼灯 佐千子aa2526
    機械|21才|女性|防御
  • 危険物取扱責任者
    リタaa2526hero001
    英雄|22才|女性|ジャ
  • 奪還屋
    琥烏堂 晴久aa5425
    人間|15才|?|命中
  • 思いは一つ
    琥烏堂 為久aa5425hero001
    英雄|18才|男性|ソフィ
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