本部

【白刃】猛獣の牙

かなちょこ

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
6人 / 4~6人
英雄
5人 / 0~6人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2015/10/27 00:49

掲示板

オープニング

【白刃】猛獣の牙

●H.O.P.E.
「……老害共が、好き放題に言ってくれる」
 H.O.P.E.会長ジャスティン・バートレットが会議室から出た瞬間、幻想蝶より現れた彼の英雄アマデウス・ヴィシャスが忌々しげに言い放った。
「こらこらアマデウス、あまり人を悪く言うものではないよ」
 老紳士は苦笑を浮かべて相棒を諌める。「高官のお怒りも尤もだ」と。

 愚神『アンゼルム』、通称『白銀の騎士(シルバーナイト)』。

 H.O.P.E.指定要注意愚神の一人。
 広大なドロップゾーンを支配しており、既に数万人単位の被害を出している。
 H.O.P.E.は過去三度に渡る討伐作戦を行ったが、いずれも失敗――
 つい先ほど、その件について政府高官達から「ありがたいお言葉」を頂いたところだ。

「過度な出撃はいたずらに不安を煽る故と戦力を小出しにさせられてこそいたものの、我々が成果を出せなかったのは事実だからね」
 廊下を歩きながらH.O.P.E.会長は言う。「けれど」と続けた。英雄が見やるその横顔は、眼差しは、凛と前を見据えていて。
「ようやく委任を貰えた。本格的に動ける。――直ちにエージェント召集を」
 傍らの部下に指示を出し、それから、ジャスティンは小さく息を吐いた。窓から見やる、空。
「……既に手遅れでなければいいんだけどね」
 その呟きは、増してゆく慌しさに掻き消される。

●ドロップゾーン深部
 アンゼルムは退屈していた。
 この山を制圧して数か月――周辺のライヴス吸収は一通り終わり、次なる土地に動く時期がやって来たのだが、どうも興が乗らない。
 かつての世界では、ほんの数ヶ月もあれば全域を支配できたものだが、この世界では――正確には時期を同じくして複数の世界でも――イレギュラーが現れた。能力者だ。
 ようやっと本格的な戦いができる。そんな期待も束の間、奴らときたら勝機があるとは思えない戦力を小出しにしてくるのみで。弱者をいたぶるのも飽き飽きだ。

「つまらない」
「ならば一つ、提案して差し上げましょう」

 それは、突如としてアンゼルムの前に現れた。異形の男。アンゼルムは眉根を寄せる。
「愚神商人か。そのいけ好かない名前は控えたらどうなんだ?」
 アンゼルムは『それ』の存在を知っていた。とは言え、その名前と、それが愚神であることしか知らないのであるが。
「商売とは心のやり取り。尊い行為なのですよ、アンゼルムさん」
「……どうでもいい。それよりも『提案』だ」
 わざわざこんな所にまで来て何の用か、美貌の騎士の眼差しは問う。
「手っ取り早い、それでいて素敵な方法ですよ。貴方が望むモノも、あるいは得られるかもしれません」
 愚神商人の表情は読めない。立てられた人差し指。その名の通り、まるでセールストークの如く並べられる言葉。
「へぇ」
 それを聞き終えたアンゼルムは、その口元を醜く歪める。
 流石は商人を名乗るだけある。彼の『提案』は、アンゼルムには実に魅力的に思えた――。

● 猛獣の牙
 
 アンゼルム討伐に招集されたコリー・ケンジ・ボールドウィン(az0006) は武装し、生駒山周辺を巡回していた。
『ねえ、ここらってさあ美味しい地酒があるんだよねぇ』
 やる気があるのかないのか不明な相棒ネフィエ・フェンサー(az0006hero001)が、緊迫した状況にも関わらず可愛らしい顔でのんびりと酒の話を仕掛けてくる。ネフィエは酒好きだがコリーは酒に弱い。見掛け倒しと言われようが、弱いものは仕方ない。
 ため息交じりに、コリーは周囲に警戒の目を向ける。
「土産の相談なら、討伐が成功してからだ。っていうかな、お前は飲み過ぎだぞ。ネフィエ」
『ケンジ君が弱すぎるんだよ。あっ、きのこ。バター醤油で焼いたらツマミになりそう』
 鬱蒼とした木々。夕刻の山中は既に薄闇。視界は悪くなる一方だ。
 足を進めるのは崖の際、眼下に広がる景色は、既に濃い影の中に落ちている。
 食用かわからん、無暗に口にするなよ、腹を壊しても知らんぞ、と応えようとしたときだった。

 ガサリ、微かな物音。

「なにか、いる」
 
 音は背後ではなくもっと下の――コリーたちが立つ位置よりも、下から直に靴裏へと響いてきた。

 ……どど、どど、どどどどどどどどど……

 地響きと共に姿を現した姿に、思わず目を見張った。
 木々の合間に見えたのは、巨大化した猪だった。

『あらら、猪まで従魔になっちゃったんだね』
 二メートル近いそれは荒々しく木々を踏み倒してゆく。
 だが、それだけではなかった。
「まずいな、一頭じゃない」
 現れた更なる巨大な影に、コリーは目を見開く。
 猪型の従魔、五メートルほどのキャノンボア。牙を振り上げ、木々をなぎ倒しながら山のすそ野から外へ――向かおうとしている。

 あの先には、人々の住む集落がある。

『でっかーい。あれ、チャーシュー何十人分だろ。焼酎に合いそうだよね』
 ヒュウ、と口笛を鳴らすネフィエには構わず、コリーは通信機に呼びかける。
「こちらコリーだ。キャノンボアを三体、確認した。奴らはドロップゾーンの外に向かっている。大至急、エージェントの応援を要請する。……ここで食い止めなきゃならん」
 それまでは、俺がやつらを抑える。
「いくぞ、ネフィエ。焼き豚にすんなら、まずは倒しさにゃならんだろ」
『あっ、それは言えてるね』

 共鳴――
 コリーは武器となった自らの腕、装填を確認して崖を滑り降りた。

解説

敵データ:
1) 大型キャノンボア(猪)
      体長4~5メートルx一体
      攻撃:体当り、牙、砲撃(射程長め)
      デクリオ級

2) 小型キャノンボア(猪)
      体長2メートルx三体
      攻撃:体当り、牙、砲撃(射程長め)
      デクリオ級

 巨大な猪、凶暴な従魔です。直進しての突撃による強烈な一撃を得意とし、弱ったところへ繰り返し突撃を仕掛けて確実にトドメを刺します。その巨体で壁や建物さえも破壊して突進するほどで、その突進を食らえば能力者といえどもただではすみません。

場所と状況:
 生駒山ドロップゾーン周辺の山中、傾斜があります。木々に囲まれており、視界は優れません。
 更に時刻は夕方に差し掛かっており、薄闇と傾斜の為に足場もよくありません。
 PCはコリーからの応援要請を受けて、従魔退治の現場に急行する、という状況です。
 リプレイは、PC達がコリーと従魔が戦う現場に駆け付けた場面から開始されます。 
 
 NPCコリー・ケンジ・ボールドウィンと彼の英雄ネフィエは、PCと共に戦闘に参加します。頼れる兄貴キャラの彼は頼まれたことは進んで協力します。 三体の従魔を引きつける囮役や、任せたい行動など、コリーに任せたい行動をプレイング内でご指示ください!

リプレイ

 ● 猪突猛進

「プギィィィィィィィィィッ!」

 地鳴りをさせながら進む従魔は、進路を邪魔する木々を体当たりでなぎ倒していた。

 ドォォォンッ!

 牙の先から発射される砲弾が、その先に黒煙を上げる。

『猪突猛進って言葉があったよね』
「だったらどうした!」

 ネフィエ・フェンサー(az0006hero001)の言葉に返しながら、コリー・ケンジ・ボードウィン(az0006)は向かってくる四頭に右腕から撃ち返していた。
 応援はまだか、と余裕がなくなり始めたときだった。
 ガサリ
 繁みの向こうに物音を聞いた。

「コリーさん、ちょっと」
「は」

 なんだか呼ばれた、と顔を向けた。
 繁みの間からパッチリした目の女性らしい若い顔と、くるくると表情を変える愛嬌のある顔が、ふたつ出て来た。

「H.O.P.E.から来ましたーっ」
「ああ、それは助かる。早速だが援護攻撃を……」
「てことで、コリーさん。このまま囮になってくださいね」
「へ?」

 サラサラ髪の橘 雪之丞(aa0809)が可愛らしい顔で、さらっ、と言った。

「やあ、待たせてすまないね! 僕らは罠を仕掛けるから、君には敵の誘導を頼みたいんだ!」

 にこり、と笑って言った立花=トルヴェール(aa0189)の言葉に、コリーは目を大きくした。

「あ、罠の準備が出来たら呼ぶからねっ、無線機はちゃんと聞いててねーっ。それまで頑張ってねっ」

 語尾にハートか星かが付きそうな勢いでチャキチャキと言われ、コリーはなんとなく勢いで頷いた。
 
「プギィィィィィィ――ッ!」
 どぉぉぉぉんっ

 じゃっ、よろしく! とふたりの笑顔が茂みから消えたのと、
 大猪の砲弾が、巨木に命中したのは、同時だった。

「ひとりで四頭を相手にしてろってことか!」

 近い場所で、めりめりと音を立てる木を感じる。

『いっぱい運動した方が、ごはんも酒も美味しいかもよー』
「いいかげんにしろ、ネフィエ! 俺は酒を飲まん!」

 ◇

 駆け付けた六名のエージェントと彼らの英雄たちは、二班に分かれた。
 正面班と側面班。
 従魔たちを正面で迎え撃つ間に、横から奇襲をかける。
 つまり、正面班はとどめを刺す側面班の為に従魔を良い位置におびき寄せ、引きつける役目を担う囮でもあった。

 罠を仕掛ける場所、と決めた地点についたとき、御名代 全(aa0581)は少々顔色が青かった。
 移動の途中で見ちゃったからだ。
 従魔を。

「……で、でけぇ……あっ、ちょっと急用を思い出したんで帰」
 だが、彼の隣からケラケラと口無(aa0581hero001)が笑った。
「ゲへへへへへ! 全チャン全チャン、逃げチャダメだ逃げちゃダメだ! 主人公になりたいナラ恐怖に勝っテ何かを守らナキャ! ナキャ!」
「あ、ああ、お、おっけー……そうか、そうだよな、守らなきゃ……だよな。ちょっと頑張ってみるか!」
 やる気を押し出した御名代は気づいていない。
「アー。プリン食いテー」
 口無の大きな口は既に別方向へ向いている。
「ここでぶっ潰す! 絶対に全力でぶっ飛ばす!」
 気合の入り方が一人だけ異なる、東海林聖(aa0203)が闘志を燃やしていた。その隣ではぽわぽわとした雰囲気のLe..(aa0203hero001)がそこからでも見える距離で、罠を仕掛けている側面班のメンバーを見ながら
「……猪……おいしいよね、……おにく……」
 等と言っている。
 よだれは、見えない。
 まだ。

「ふむ、ここで迎え撃つというのだな。王たる余に相応しき、真っ向勝負というものだ」
 鼻息が荒いのはもう一人……いや、一頭、いや、一匹、とにかくもう御一方いた。
 やんごとなき王様いや、ペンギン、いや、王様のペンギン、Masquerade(aa0033hero001)である。
「猪肉っすかー、売れるんすかねー、どうなんだろ、豚肉よりはジビエ的な相場っすよねー、きっと。あれ、グラム当たりいくらになんだろ」
 瞳の奥で早くも相場とのにらみ合いを始めたのは、Domino(aa0033)だが、戦い直前という緊張感はあまりない。
 
 正面班が位置したのは、西側に傾斜が続く獣道のさきである。
 できるだけ、周辺の集落から離れた地点をとった。
 ここで押さえたいところである。
 そして誰が言い出したのか、猪=肉という図式が薄っすらと作戦準備を行う面々の頭上に浮かんでいるから不思議である。

 ◇

「こんなもん、かな!」
 威勢よく言い切った長いストレートヘア、橘が見下ろす先には、よくぞここまで掘ったと言いたくなる大きな落とし穴があった。
 穴の深さと幅は、相手する従魔の中でも小さい方の猪を想定しているとわかる。

「雪、こちらはこんなものでいいのか」
「トリの字も掘り終えたー? っと、……デカっ!」
 トリシューラ スプリガン(aa0809hero001)に呼ばれたさきには、更に大きく深い落とし穴があった。
 流石の体格と力技が巨大な穴を創り上げていた。

「従魔は四頭いるんだろう」
「でっかいな。ああうん、まあ、間違いじゃないよ。大は小を兼ねるって言うしね。じゃ、仕上げ仕上げーだねっ、トリの字。そこへんの木をバキバキっと折ってきてくれる? 逆さに刺しておくのよ」
 仕上げ、と言いながら笑顔で少々物騒なことを言うと、頷いたトリシューラが本当にそこらの木の幹を折って、落とし穴の周囲に刺し始めた。
 これなら、一度落ちたものは這い上がることができない。
 ねずみ落とし、というやつである。

 ◇

 第一の罠、落とし穴が着々と出来上がる中、少々奥まった場所でも明るい声があった。

「いい感じだね、この辺りにしよう! 引っ張ってくれるー?」
「あ、うん」

 明るい立花の声が呼びかけ、応える木陰 黎夜(aa0061)は立花が手にしていた鞭、ローゼンクイーンの端を手にした。
 木立が覆う獣道が巨木に左右を阻まれて、一層に狭まった場所。
 三メートル弱の鞭が両側の木に固定され、簡易トラップへと変貌した。
 側面班は二つの罠を用意していた。

 一つは落とし穴。
 二つめは、猪突猛進、突っ込んできた相手を引っかけるトラップ。
 準備は、ほぼ完了。

 沈みゆく夕日を見上げて、木陰がぽつりとつぶやく。
「暗くなる前に倒さねーと、こっちが不利なる……よな?」
 カラスがおうちに帰る時刻である。
「こっち、いい感じだよーっ」
「りょーかーい! じゃあ、コリーさんwith猪さんたちを呼び込むよーっ」
 橘の声に立花が応え、通信機で呼び出した。


 ● 砲弾と罠

 ドォォォンッ!

 砲弾がまた、近距離に着弾した。
 火の粉と地響きがさきほどからひっきりなしだった。

『ひゃー、危ない危ない。気を付けてよね、エンディングまで生きてないと牡丹鍋と地酒っていう僕の計画が』
「知るか!」

 先行したエージェントらに指示されたルートを、従魔たちをおびき寄せながらコリーが進む。
 三人程度は並べるほどの道幅は、すぐに人ひとりがやっとという獣道へと入り、背後から追ってくる従魔たちは文字通り木々をなぎ倒しながら追いかけていた。

 前方に、指示された地点が見えてくる。
 ドォォォンッ!
 真横にあった木が、燃上った。
 冷や汗を感じながら走った直後だった。

 ドサッ
「プギィィィィィッ!」

 少々情けないような叫びをあげて、二メートル級の従魔が一頭、枯れ葉と枝に覆われていた穴に落ちた。
 寸でのところで、自分が落ちるところだった、と冷や汗を大量に吹き出しながら、コリーが更に追いかけてくる三頭に撃ち返した。
 ちら、と斜面上の方、繁みの中に明るい服の色が見えた。
 ドォォォンッ!
 仲間をやられた怒りか、従魔が追ってくる勢いが増していた。

 ◇

 コリーが冷や汗を滲ませる頃。
 第二の罠より少し離れた、斜面の上では――

「コリーさん、ギリギリだったね!」
「……もう少しで、罠にかかるところだったな」

 明るく言う立花の声に、木陰が応える。

「罠の場所、伝えたんだけどな。おじさんの丸焼きは食せないよ、さすがに。でも見事に一頭はかかったね!」

 手応えに笑顔を覗かせるのは、橘。
 残るは三頭。
 狭かった道幅は、再び広くなっている。
 そのときだ。
 側面班の三人が見守る先で、枯れ葉がぶわりと舞った。

 ……どぉっ……ドシン……!
「プギ、プギィッ!」

 急に開けた視界にバランスを崩した二頭の従魔が、二つ目の落とし穴に落ちたのだ。
 ずるっ、と蹄が滑るところが、側面班からはよく見えた。

「あっ、落ちた! すごいじゃないかい! 芸術的な回転カーブだったよ! 美しかったね!」
「……くる、っと、回ってたな」
「あー、トリの字が掘ったクレーター級のやつね!」

 流石に深さと幅がものを言った。心なしか、トリシューラは得意げに見える。

 穴に落ちた二頭は這い出ようともがくが、逆さに刺さった木らに阻まれて身動きができない。
 プギィィィィィ、と悔しそうな雄たけびだけが少々悲しげでもある。 
 第一の罠、落とし穴は成功した。

 だが残るは――――

『なんか、あのデッカいのって、怒りまくってる気がするん……だけど……気のせい?』
『全チャン、そんなこと気にしなくてもええんやで? ドウセ倒すんだカラ気にしなィ気にしなィ』
『ま、まあな! そうだよな!』
『ミーはミディアムでよろ』

 通信機から正面班のやり取りが聞こえるが、確かに大きな猪――体長約、五メートル――は怒り狂っていた。
 雄たけびをあげ、どしっ、どしっ、と土を蹴った。

 ブルルルルル……

 身を震わせた大猪が、怒りの形相で眼前にいるコリーを追いかけ始めた。
 その先には、正面班が待ち受ける。

「正面班、来るよ!」
『うお、了解っす! 王様! 共鳴共鳴!』
『余の出番であるな!』
 DominoとMasqueradeの掛け合いが聞こえ、
『よしッ! 何はともあれ、俺らの後ろには行かせねえぜ!』
『……おなか、すいた……』
 東海林とルゥが共鳴してゆく。

 ドドドドドドドドドッドドドドッドドドド……
「ブヒィィィィィィ――――ッ」

 突進する大猪が、眼前のターゲットであるコリーを追って、開けた場所から再び狭い獣道に入った。

 ◇

 待ち受ける正面班。
 シャランシャラン……三鎖鞭を使い、音を出す御名代に、大猪が気づく。
 大猪の砲弾が、コリーと正面班を捉えた。

『くるぞ!』

 緊迫の、一瞬――――

 だが。

 そこには、一本の線があった。

 ドドドド……ブンッ

「あ」
「あっ」
「あー」
『あ!』
『おお!』
『ファ?』

 勢いよく突っ込んできた巨体の足に、張られた鞭が綺麗にかかった。

 あまりの勢いの良さに、かかったはずみで――――
 巨体が、空中に跳ね上がった。

 空中大回転、である。

「プギィ……ッ!?」

 ぽかん、と見上げる正面班とコリーの目の前、五メートルの獣が宙を舞う。
 これが氷上であれば、金メダル間違いなしの回転っぷりも追加されている。
 残念ながら、従魔だし毛むくじゃらだから煌びやかな衣装も表彰台も遠すぎるのだが。
 妙にスローモーションに見える優雅な回転に、一同が呆気にとられた。

『……マジ?』

 だが大きく広い影が空を覆った、と思ったときには既に手遅れだった。
 幾ら美しい弧を描いても、この世界の地上にはアレがある。
 重力という、アレ。

「うわわわわわ! 落ちてくる!」

 血の気が引く御名代が咄嗟にツヴァイハンダ―を構えながら声をあげ、

「い、今がチャンスだ! 側面班!」
『一気にいくよっ!』

 東海林の声掛けに、側面班の橘が応える。

 ドォン……ッ!

 巨体が重力によって地に落ちる、そのタイミングは絶好の攻撃チャンスだった。

「来やがれ、猪突野郎!」
 バランスを崩した大猪が、立ち上がったときだ。
『ヒジリー……一度受けてから、だよ。もう……帰ったら、特訓、鬼増し』
「わかった! いや、マジで鬼マシは勘弁して!」

 剣をガードに持ち替えた東海林が、特訓の増強を告げるルゥに冷や汗を滲ませながら、正面に向かってくる大猪を受け止め、へヴィアタックを決めた。
 だが一撃では、大猪は止まらない。
 振り上げた銃口から砲弾を撃とうとした。

「させないよっ」

 立花の銀の魔弾が、大猪の鼻っ柱に命中した。
 大猪の周囲には正面班とコリー、そして側面班が斜面から攻撃を仕掛けながら迫っていた。
 
 ブルルルルルッ

 怒りの形相も深く、正面で堰き止める東海林を振りほどこうと暴れ出した大猪だったが、足には木陰が放ったマビノギオンの攻撃が命中する。

「プギィィィィッ!」

 大猪がバランスを崩した。
 踏み鳴らした足で、ドオン、と地響きがおきる。
 そして、大猪は弾が飛んできた山の斜面へと顔を向けた。
 側面班に意識が向かおうとしている――――

『どうした従魔よ! 余の威光に恐れをなしたか!?』

 Masqueradeが大仰に振りかざした大剣が、大猪の足に刺さる。
 ズサアッ!

「プギィィッ……!」

 動きを封じた大猪に、側面班が向かうのと、正面班がその刃を向けるのは、同時だった。

 ズサアアアアアアッ

 橘の振るう大鎌、東海林のへヴィアタック、立花の銀の魔弾、木陰の剣が決まった――――


 ● 肉汁地獄

「やっぱ、血抜きから丁寧にやらないとダメっすよ。美味いもんには手を抜いちゃダメっす」

 てきぱきと作業していたのは、料理が得意なDominoである。
 丁寧に肉を骨から落としながら、煮込む鍋の香りとローストされる肉汁の匂いが一面に漂う。

「うむ、これはまあ、美味と言えなくもないような珍妙な……であるな」

 ペンギンの王様は、意外にも満足げに食しているが、従魔の肉は実は食えたもんじゃない。
 偏に、Dominoの味付けと創意工夫のおかげである。
 夕日がとっぷりと山肌に消えようとしていた。
 少し肌寒いくらいだが、余計に空気も飯も美味い。
 従魔の肉、という点において、眉を寄せるエージェントもいた。

「ヒジリー、ルゥ、おなかすいた」
「わーかってる、わかってるって。だけどアレは……大丈夫なのか、本当に」

 ルゥの本日何度目かわからない、お腹すいたの台詞である。
 Dominoが用意している鍋を、躊躇いもなく口にする王様ペンギンを見て、東海林は鍋の中を覗き込んだ。
 肉、そこらの山菜。
 まあ、悪そうな匂いではない。

「物は試し、か。でも、こいつって火薬が入っ……」

 言いかけたときだった。
 
 ぽこん

 鍋の表面に、黒くて丸いものが浮かんできた。
 砲弾だった。
 東海林の顔は、引き攣った。

「おなかすいた……。ルゥにもお皿、ほしい……」
「おお、よいぞ。どれ貴公もご賞味あれ」

 ルゥに王様が皿と箸を渡した。

「……! やめ、やめておいたほうがいいって、ルゥ! 絶対やめとけって、おい! あっ、もう食ってる!」
「……おなかすいたんだもん、ふー、ふー」

 ◇

 五メートル級の肉となると、相当のものである。
 落とし穴の二メートル級、三頭も既に血抜き処理にとDominoが手を尽くしたあとである。
 六等分して持ち帰るのが楽しみ、と顔にある面々と、絶対いらねえ、と書いてある面々に別れていた。

「肉肉肉肉肉肉肉肉肉ダネーッ ゲへへへへへ! 猪食べてみなヨ、全チャーン」
「……うえっ、なに、この味……っ!」

 口無に勧められたステーキを口にしてしまった御名代が、眼を白黒してついでに顔を青くした。
 繁みに駆け込んでいったのを見送った口無は、せーろがんたーいむ、ミーは鍋にしとこーなどと言いながらゲラゲラと笑っている。
 ステーキを焼いているのは立花なのだが、どう見ても成果物の様子がおかしい。
 黒い。
 そして、異臭を放っている。

「もしや……だ、ダークマター……? う、宇宙の神秘が生駒山に……!」

 繁みの中でゆらりと立ち上がった御名代の顔色は、悪い。

「ん? どう? ウェルダンだよ? 秋の味覚は芸術的でなきゃねっ!」

 ニコニコとソレを勧める立花に、引き攣り笑いを返す面々。

 ◇

 ステーキと鍋が作る肉食界隈の賑わいを遠巻きにしながら、木陰はひとり息をついていた。

「大丈夫? 黎夜」
「ああ、うん」

 今回はあまり男と接触することがなかった。平和だった、と息をついた木陰に、アーテルがよかったと頷いたときだった。

「おう、どうだ一つ。トリシューラがスモークに仕掛けてるんだが、これが意外にいけるぞ」

 ぬっ、とアーテルの目の前に差し出されたのは枝に突き刺さった半生肉。
 と、おっさ……いや、コリーの顔。
 男性恐怖症の木陰は目をむき、びくり、と肩が跳ねた。

「あ、あは、ありがとうございます。頂きますね」
「……」
「まだまだじゃんじゃかあるからな、元の味は怪しいが、砲弾にさえ当たらなきゃ、味付け次第で食える」

 大雑把に笑いながら去って行ったコリーに、ホッと安堵の表情を浮かべた木陰は、アーテルの手に目を向けた。

「砲弾にさえ当たらなきゃって……食品としてどうなんだ」
「さあ……?」

 苦笑いで、アーテルが応えた。

 ◇

 トリシューラが盛大に五メートル級大猪の太ももスモークを仕掛ける辺りは、ぎゃあぎゃあとにぎやかだった。

「パーティーだよーっ、お肉パーティーっ! お肉と言えば、塊肉っ! いっただきまーす」
 橘は夫々の肉料理を既に堪能していたが、口にした塊肉を噛んだときである。

 ガリ

「ん?」
「……どうした」

 首を傾げる橘に、トリシューラが訊ねる。

「うーん、固いものがあるね。石でも混じった?」
 ぺっ、と吐き出した橘が首を傾げた。

 その横を、酒瓶を持ったネフィエが通り、

「はいはい、お酒はこちらー。よかったよね、コンビニに地酒が売っててー」

 酒を配り始めていた。
 その向こうでは、なぜかステーキを口にしてしまった木陰が、

「うえっ、なにこの味……っ?」

 と眉をしかめた。
 半生肉はまあまあだったが、と首を傾げれば、

「やっぱり従魔の肉は味が落ちるんっすねー」

 と鍋をかき回すDominoが応え、

「……砲弾でてきたし……」

 東海林がぼそりと口にしたのだが、

「どうーぞどーぞ、立花トルヴェール特製、巨大猪のスパイスたっぷり秋のステーキっ!」

 威勢の良い立花の声がそれを打ち消し、

「スパイスたっぷりとはな、ふむ頂こう……ふぐっ!」

 目を白黒する王様がいた。
 奇しくも、尊大かつ美しいボディと同じカラーリングである。

「このスパイスってもしかして……アレじゃないかしら?」

 アーテルがあるものを指さした。
 不味い、と顔に出していた木陰が更に眉をしかめた。

「アレって……」
「ドオンドオン、げーい術は爆発シテ秋はメランコリックパニックちゅどーん!」

 口無が口を挟む。
 立花の周囲にあった黒いもの――――

「不発弾……」
「はっ、吐いて! 王様! 吐き出すんすよ! 飲み込んじゃダメっすよ!」
「余は、余は……ぅぐっ」

 食欲の秋である。
 

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • 愛犬家
    橘 雪之丞aa0809

重体一覧

参加者

  • 罠師
    Dominoaa0033
    人間|18才|?|防御
  • 第三舞踏帝国帝王
    Masqueradeaa0033hero001
    英雄|28才|?|バト
  • 薄明を共に歩いて
    木陰 黎夜aa0061
    人間|16才|?|回避
  • 薄明を共に歩いて
    アーテル・V・ノクスaa0061hero001
    英雄|23才|男性|ソフィ
  • 肉汁は爆発の策士
    立花=トルヴェールaa0189
    人間|20才|?|回避



  • Run&斬
    東海林聖aa0203
    人間|19才|男性|攻撃
  • The Hunger
    Le..aa0203hero001
    英雄|23才|女性|ドレ
  • エージェント
    御名代 全aa0581
    人間|17才|男性|回避
  • ミラクル波動砲
    口無aa0581hero001
    英雄|99才|?|シャド
  • 愛犬家
    橘 雪之丞aa0809
    人間|18才|?|攻撃
  • エージェント
    トリシューラ スプリガンaa0809hero001
    英雄|38才|男性|ドレ
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