本部

アペフチ・ラプシヌプルクル

ケーフェイ

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2018/01/17 19:00

掲示板

オープニング

●洞爺湖は霧に塗れ

 その日、洞爺湖の周辺は異様な熱気に包まれていた。比喩的にではなく、実際的な現象として――
 肌を切るように寒々しい大気と隔絶した湖の水温は、もうもうと霧を噴くことでその差を埋めようと躍起になり、朝霧の余韻は昼を過ぎてなお治まるところを知らなかった。
 洞爺湖の中央に浮かぶ中島の姿は半分以上が濃霧に隠され、湖畔のホテルに泊まっている観光客は冬を裏切る陽気とその幽玄さを楽しんでいた。
 しかしそれは全ての人に言えるわけではない。札幌管区気象台から異常気象として連絡を受けたH.O.P.E.は、湖の光景をSNS等で確認し、調査としてオペレーターを派遣した。
 洞爺湖はカルデラ湖であり、近くにある有珠山の噴火によって形成された。ならば恐らく地下のマグマ流が何らかの形で上昇し、その地熱によって急速に温められているのではないか――などとそれらしい推測を立てたオペレーターの苦労が水泡に帰し、仕事の八割が終了したのは、彼が湖に到着した正にそのときだった。
 湖畔には、熱気と濃霧に加えて気分の悪くなる悪臭が漂っていた。それらに堪えて湖に近づいた彼が見たのは、霧にけぶる中島の辺りでのたくる羽根の生えた巨大な蛇と、その首に跨る女の姿だった。
 愚神。そう断定するのに何のためらいも必要ない。すぐにスマホから周辺管轄である伊達警察署に連絡。洞爺湖周辺からの避難を要請した。
 そうしながら彼は冷静に現在の状況を訝しんでいた。中島は国立公園があるだけの無人島。あとはエゾジカがいるくらいのものだ。そこに何故彼らは留まるのか。湖畔の宿泊施設を襲えば大量のライヴスが摂取できたはずだ。
 つまりあそこから動けない、こちらに来られない理由があるのだ。
 彼はH.O.P.E.支部に愚神の出現を通報。すぐにエージェントの編成と出撃を要請した。


●火と蛇の神

 オペレーターは既に現れた愚神に当たりをつけていた。北海道の洞爺湖に現れる羽のある蛇。思い当るのはアイヌ神話に登場する神の一種、ラプシヌプルクルだ。
 ある伝説ではこの洞爺湖の主とされるほど因縁が深い。姿の近似性といい、ほぼ間違いないだろう。
 そしてあの女の愚神。金の杖を持ちて火を統べる女。こちらもアイヌの神話にあるアペフチカムイに酷似している。火のカムイと蛇のカムイの仲が良いなどとは寡聞にして知らなかったが、愚神の事情など忖度する暇はない。
 ラプシヌプルクルは別名『夏に言わざる者』と呼ばれている。暑い夏の時期になると活発に暴れるため、その名を呼ぶことは恐ろしいことだとされていたのだ。そして冬に現れると周辺の者に「火を焚け、火を焚け」と繰り返したという。
 奴の弱点は寒さだ。そのためにアペフチと組んでこの冬に現れた。だがまだ寒いのだろう。もっと湖を湯立たせて温め、周辺を湯気で覆う気なのだ。
 ならばそれを阻止する。岸に上がろうとする敵を迎撃し、湖の中に押し込める。そうして敵の消耗を待つ。いずれ夜になれば冷え込みは凄まじいものになる。そうして動きの鈍った敵を討つ。
 いや、難しい。彼は頭を振って考え直す。
 洞爺湖の周囲はおよそ五十キロ。エージェントは分散して配置することになる。そして敵は蒸気に紛れて行動するだろう。遭遇戦になるのは必須だ。如何なエージェントとはいえ少数で愚神二体を相手にするなど悪夢でしかない。夜までにこちらが擦り切れてしまう。
 相手の動きに合わせてこちらがひたすら消耗を強いられる。こんな消極的な博打ほど白ける議題もない。ならば積極的に行くべきか。敵は熱を欲している。火事でも起こせば誘き寄せられるか。だがそうすればラプシヌプルクルが十全に実力を発揮することになる。それはそれで恐ろし気な博打だ。
 あとは愚神・従魔討伐のエキスパートであるリンカーたちに任せるしかないか。苦虫を噛み潰した顔で蒸気にけぶる愚神の姿を睨みつけた。

解説

・目的
 愚神二体の討伐。

・敵
 ラプシヌプルクル。羽の生えた大蛇。寒さに弱く低温では動きが鈍るが、暖かくなると動きが活発になる。

 アペフチ。火を司る女神。ラプシヌプルクルが動けるよう、洞爺湖の水を温めている。

・場所
 洞爺湖周辺。

・状況
 湖には濃密な蒸気が漂っており、視界は悪い。愚神ラプシヌプルクルから発せられたと思われる悪臭も漂っている。

リプレイ

●霧の湖に立つ

 蒸気に満たされた洞爺湖の情景は、幽玄を通り越して奇怪ですらあった。
『周囲気温に影響を受ける愚神ですか。興味深いですね』
 さっそく構築の魔女(aa0281hero001)はライヴス通信機を用いて、洞爺湖を観測する定点カメラ等の情報を逐次H.O.P.E.で取得できるよう依頼していた。
『目撃地点は中島ですか……現状の居場所の目星を付けたいですね』
 辺是 落児(aa0281)が声なく頷く。背負ったレーダーユニットについていたゴーグルを取りつけ、索敵の準備は万端だった。
 琥烏堂 晴久(aa5425)も準備としてアサルトユニットを足に取りつけていた。琥烏堂 為久(aa5425hero001)もそれを手伝っている。彼らもレーダーを用いて索敵を行なうつもりだ。
「お昼か。明るいうちに仕留めたいね。兄様」
『そうだな。夜の冷え込みで相手の動きを制限するのもいいが、徒に長引かせることもないだろう』
 敵の愚神であるラプシヌプルクルは、伝承によれば寒さに弱いという。だがそれまで待って敵に自由を与える方が危険であると判断したリンカーたちは、早々に討伐するべく準備を行なっていた。
 月鏡 由利菜(aa0873)とリーヴスラシル(aa0873hero001)は湖の畔に立ち、白濁した霧の先を睨みつけている。
「アイヌの神の名と姿を僭称する愚神……。こういうケースは珍しくありませんが、本来の神への心証を悪くするようなやり方は、やはり見ていていい気はしません」
 この霧を生み出しているものと、それを利用するもの。この湖には二体の愚神がいる。まずはこの濃密な霧の中から、その二体を引きずり出さねばならない。
「視界や足場の悪い状況で、愚神二体を同時に相手取る……難題ですね」
『ユリナ、トップエースの一角が戦いで弱音を吐いてはならない。不可能を可能にするのだ』
「月鏡さんがいてくれれば安心よね。頑張りましょ」
 白い息を吐いて志賀谷 京子(aa0150)が寒そうに手を擦り合わせる。
「それにしても寒いもんね、温まりたいのもわかるよ」
 湖面とその周辺は暖かい蒸気が漂っているが、そこから離れると本来の寒気に晒される。
 アリッサ ラウティオラ(aa0150hero001)も温度の境界を行き来しながら呟いた。
『湖水全部を温めるとか、効率が悪すぎるのでは?』
「火山を噴火させるとかやられても困るし、まあ良いんじゃない?」
 あっけらかんと言い放つ相棒に頼もしさを感じつつ、二人は湖のほうへと歩いていく。
 オルクス・ツヴィンガー(aa4593)はオペレーターからの報告を見ながら少しく唸った。
「湖に棲む羽のある蛇か……」
 キルライン・ギヨーヌ(aa4593hero001)も同じ報告を興味深そうに読んでいる。
『他の国でもいくつか羽のある蛇の神話や伝承があったな。面白い偶然だ』
「相手が愚神となると面白いでは済まないがな」
『愚神は悪であるからに、須らく倒さねばなるまい』
 麻生 遊夜(aa0452)は適当な場所を探しながら湖の畔を歩いていた。蒸気はともかく周囲に漂う悪臭は如何ともしがたい。ハンカチを顔に当てているが正直あまり役には立っていなかった。
「火と蛇の神、ね……厄介なのが組んだもんだな」
『……うー、臭いぃ』
 隣を歩いていたユフォアリーヤ(aa0452hero001)が鼻を摘まんで耳も尻尾もしんなりさせている。普通の人間よりも感覚が鋭敏な彼女にとっては辟易する状況であった。
 そんな霧の中、燻らせていた煙草を半分も吸い終わることなく、ベルフ(aa0919hero001)はその火をもみ消した。この霧、そして漂う悪臭のなかでは、せっかくの煙草の味も美味くは感じない。
 横では九字原 昂(aa0919)が霧の中をじっと見つめる。オペレーターが言っていた火のカムイと蛇のカムイの姿は見えない。より霧が濃くなっているのだろう。寒さの苦手なラプシヌプルクルが動けるように、アペフチが湖水を蒸発させているのだ。
『性質が噛み合う奴ら同士、随分と仲が良い事だ』
「まぁ、その仲をこれから引き裂こうって言うんだけどね」
『周囲の反対に押し切られて破局、と言うよりも破滅してもらうか』
 同じように湖を観察していたニノマエ(aa4381)も、霧が濃くなってきたのを感じていた。
「湖は広い。愚神とはいえ温めている範囲は限定されるだろう」
 恐らく火のカムイであるアペフチの周囲からしか蒸気は発生していないだろう。だからこそ寒さに弱いラプシヌプルクルはアペフチと離れずに行動しているはずだ。
『無目的に歩き回ってはいないはずだしな』
 ミツルギ サヤ(aa4381hero001)もその意見に同意した。敵は暖かい蒸気を生成し、行動範囲を増やしてから悠々とライヴスを捕食するつもりなのだろう。
「このままでは湖の魚が、山の獣たちが苦しむ。生ける者を苦しめるのは神のすることではない」
『お還り願おう。アペフチ、ラプシヌプルクル』


●愚神を探して

 洞爺湖に面した北海道道132号線の上で、リンカーたちは準備に勤しんでいた。道路を閉鎖しているわけではないが、既にH.O.P.E.が活動している地域に入り込もうという一般人はいない。
 麻生は道路脇に入り込み、オルクスやキルラインと一緒に藪を払って穴を掘り始める。ここは湖に近いが蒸気も匂いもはそれほど濃くはない。近くにある丸山から吹きおろしの風が流れてくるためだ。民家などの建物もなく、ただ山と森があるだけなので戦場となっても被害が最小限に抑えられる。
「これくらいでいいですかね」
 晴久がどっさり抱え込んだ固形燃料や薪を置いていく。予めH.O.P.E.本部に要請していた部材だ。これで大きな火を焚き、ラプシヌプルクルを誘き寄せる作戦だ。
「ありがとう。助かるよ」
 麻生は掘り終えた穴の中に固形燃料と薪を組み入れ、火をつける。燃料に上手く燃え移ったので、間もなく火は大きくなるだろう。
 愚神ラプシヌプルクルは熱を欲している。ならば誘き出すにはこちらから熱を差し出してやればいい。
「詰まる所、火の神より熱で上回れば良い訳だ」
『そうすればラプシヌプルクルが誘き寄せられる。その首に乗っているというアペフチも来ざるを得んだろうな』
 キルラインがその巨体を素早く動かし、掘り返した土を土手のように盛っていく。周囲の木々に燃え移っては消火が大変になるので、掘り返した土を壁にしようというのだ。
「延焼したり何時までも燃えて貰ってちゃ敵に利するだけだしな」
『……ん、一気に消化して……敵はがっくり』
 ユフォアリーヤはオルクスたちが持ってきた消火器を並べていく。ついでに自分が持ってきていた新型MM水筒とクーラーボックスの中身を確認する。氷水もドライアイスもたっぷり用意してある。敵が来たらこれをぶっかけてやるつもりだ。
「準備万端だな」
『ではボクたちは散開して待機しますので』
 焚火の準備を確認した晴久を含めた他のメンバーはアサルトユニットを装着し、霧に塗れた水面を進んでいく。焚火で誘き寄せ、蒸気から出てきた時点で後方から退路を遮断して、畔に釘づけにする作戦だ。
 辺是や為久はレーダーユニット『モスケール』を用いて霧の中を索敵している。愚神に関知されないよう離れているのもあるが、洞爺湖内のどこにいるか分からない敵を見つけておけば対処が容易になる。
「なんでわざわざ敵の風下に来ちゃったんだろ……」
 岸から大きく迂回していた晴久は、ラプシヌプルクルが放つ悪臭をモロに受けていた。山からの吹きおろしで風下に位置しているためだ。
「さっさと終わらせて温泉行こう兄様!」
『早めに終わらせるのには同意だ』
 温泉はともかくさっさと終わらせることには為久も大いに賛成した。
 月鏡もマップラインプロジェクターとオートマッピングシートを組み合わせた画面を見ながら敵を探る。スマホには洞爺湖周辺の地図をダウンロードしてある。オペレーターが敵を発見したのは洞爺湖中心部の中島。そこから丸山の麓までは三、四キロほど。焚火を認識すればそう時間はかからないだろう。
「どうです。敵の位置とか分かりました?」
 霧の中、九字原が湖面を器用に滑って月鏡に近づいてくる。
「昴さんのほうはどうです?」
 九字原が首を振る。焚火はもう霧を透かして赤く見えるほど燃えている。愚神が見つけるのも間もなくだろう。
「それにしても、この霧は厄介だね。回避重視で戦いを組み立てた方がいいかもしれない」
 霧はますます濃密に漂ってくる。視界も四、五メートルほどだ。愚神と対峙した場合、よほど集中しなければ目の前で姿を見失うようなことにもなりかねない。
「私は昂さんほどの回避技術はありませんが……このミラージュシールドで逸らすことは十分可能なはずです」
 謙遜混じりに言うが、月鏡なら愚神の攻撃を受けきることも可能だろう。それはそれで十分に頼もしい。
 懐に入れていたマナーモードのスマホが震えた。着信を受け取ると、抑えた声で構築の魔女が語り掛けてくる。
「月鏡さん、そちらにレーダーの反応がありました。気を付けて」
「分かりました。では予定通りに岸へ――」
 言われてすぐ、首筋に嫌な寒気が走る。振り向いたそこには見えたのは圧し掛かるような黒影。
 霧の中を進む姿。湖に展開した他のリンカーたちも息を潜める。悠然と羽ばたき、乳白の霧を撹拌しながら進む巨体。そして首元には人影。間違いない、アペフチとラプシヌプルクルだ。
「て、敵!?」
 思わず構える月鏡。その肩へ咄嗟に九字原が手を置く。そして気配を押し殺し、ラプシヌプルクルたちが通り過ぎるのをじっと待った。ここで飛びかかるのも一手だが、取り逃がしてしまうかもしれない。せっかく誘き出す作戦を用意しているのだから、不要なリスクは避けるべきだ。
 何とか踏みとどまった月鏡が霧に白くかすんでいくラプシヌプルクルを見送る。敵の近さに思わず身構えたが、なんとか踏みとどまれた。
 志賀谷やニノマエたちも彼女のところに集まってきた。
「このまま包囲を狭めましょう。麻生さんたちと接敵したときにすぐフォローできる位置にいないと」
「そうだな。レーダーもあるし、匂いでも追える。逃がさんよ」
 アサルトユニットで湖面をゆっくりと滑っていくリンカーたち。レーダーで位置を探り、スマホで連絡しながら包囲の輪を狭めていく。幸い敵に気づかれた様子はない。ラプシヌプルクルは順調に焚火のほうへと向かっていた。


●現れる羽蛇と火神

「ギヨーヌ、これは」
『ああ、近いな』
 短く答えるキルライン。畔に漂う臭気が強まっている。つまりそれは敵の接近を知らせていた。
 いつでも消火できるよう、麻生とユフォアリーヤは消火器を構えている。霧の中から引きずり出せばあとは分断して討伐するだけだ。
 陽の光が陰るほどの巨体が霧の向こうに見える。臭気はもはや目に染みるほどになっていた。しかし影はそれ以上進む気配はない。
「止まった? 罠に気づいたのか」
『だとしても地の利はこっちだ』
 どうする。ここで仕掛けるか。そうすれば自分を囮に出来るはずだ。オルクスが携えた銃のスライドに手を掛ける。そのとき、影が大きさを増した。
 皆が緊張する中、突風が一気に焚火の周囲に吹き込まれた。オルクスや麻生たちは瞬く間に白い靄に包まれてしまった。
 ラプシヌプルクルが翼で蒸気を送り込んだのだろう。こちらの眼を潰しつつ行動範囲を広げる算段だ。
 即座にラヴィーネWSのスライドを引き、ラプシヌプルクルがいた方向へ銃撃する。
「ギヨーヌ!」
 応じるまでもなくキルラインが走り、蹴りつけるように焚火の周囲の土手を崩した。既に麻生とユフォアリーヤも消火器を吹きつけている。これ以上暖かくしても敵を利するだけだ。
 オルクスの銃弾が濃い霧に吸い込まれていく。敵の姿は朧げで銃撃の手応えが薄い。果たしてどれほど命中しているのか分からない。
「グアアアア!」
 霧の中から突如現れた口がオルクスの目の前で吼える。突風のような悪臭に思わず目が染みる。
「オルクスッ!」
 キルラインの巨体がオルクスの脚を刈り取るようにタックルする。間一髪、牙が届こうかというところから助け出された。
 転がりながら二人がリンクし、ライヴス光を割って竜の鎧を纏った男が現れる。上段に振りかぶった手には幻想蝶。武器の顕現がそのまま振り下ろしとなってラプシヌプルクルの首を打ちつける。
 みしりと肉の鳴る音が自分の体から聞こえる。剣を受け止めたのは、アペフチが携えている金色の杖だった。
 大剣と杖の接地面が赤熱化する。全身が焙られるような感覚に、オルクスは即座に飛び退いた。
『食らえ! 冷凍攻撃!』
 ユフォアリーヤが叫んでクーラーボックスや水筒をこれでもかと投げつける。氷や液体窒素が振りかかり、大げさに嫌がったラプシヌプルクルが首をのたくらせて退いていく。
 そこでアペフチが杖を振るうと、火炎が玉となって飛び出した。氷を蒸発させたそれがオルクスに向けて襲い掛かる。
 身構えたオルクスの横合いから無数の銃撃。撃ち抜かれた火炎弾がその場で炸裂する。リンクして姿を変えた麻生が撃ち落としてくれたのだ。
「助かった。麻生さん」
 竜爪の大剣を構え直し、ラプシヌプルクルと対峙する。愚神が口を大きく開けて威嚇する。
「麻生さん、オルクスさん、離れろ!」
 ニノマエが大きく叫ぶ。ライヴスで複製されたフリーガーファウストG3がずらりと居並び、一斉に火を噴く。まるで艦砲射撃のような怒号が湖面を揺する。
 焚火の周辺ごとラプシヌプルクルたちが爆発に包まれる。その余波で蒸気が多少吹き飛ばされた。
「もう一丁!」
 ライヴスを再装填したフリーガーファウストG3が発射される。しかし敵もすぐに対応してきた。アペフチが杖から火炎の弾を放ち、ラプシヌプルクルが尻尾で地面をこそいで土石を舞い上げる。ライヴス弾頭とほぼ打ち落とされる形となった。
「畳みかけるぞ、ミツルギ」
 ニノマエとミツルギが手を繋ぎ、リンクを行なう。アサルトユニットの速度を上げ、さらにライヴス弾頭を放ってラプシヌプルクルを岸にくぎ付けにする。
 さらなる弾頭の炸裂が畔に漂っていた霧を払ってくれた。視界を確保されたため、構築の魔女や志賀谷も遠距離戦を開始した。
 辺是とリンクした構築の魔女はアンチグライヴァーカノン『メルカバ』を構え、ろくに狙いも定めず打ち放った。当然、弾頭はあらぬ方向に飛んでいくが、その軌道上で突如消えてしまう。
 次に弾頭が現れたのは、ラプシヌプルクルの背後だった。テレポートショットによる死角からの不意打ちが見事に炸裂し、ラプシヌプルクルの巨体が傾ぐ。
 アサルトユニットで滑りながらアリッサとリンクした志賀谷は、豊かな金髪をたなびかせながら銀晶弓『ナランハルフト』の矢を引き絞る。
 そのまま小型の弓から素早く三連射をかます。橙色の軌道は緩やかな放物線を描いてラプシヌプルクルの翼や胴体を見事に射抜いた。
 九字原も遅れまいとベルフとリンクを行なう。岸まで近づいた九字原は手掌に凝らせたライヴスに形を与え、一気に解き放った。ライヴスで編まれたネットが広がり、ラプシヌプルクルの頭から覆いかぶさる。
「グギイイイイッ!」
 唸るラプシヌプルクルが暴れるように湖へと向かっていくが、九字原が踏ん張ってそれを引き止める。
「九字原さん、そのまま!」
 麻生が叫び、構えた狙撃銃にライヴスを込める。火薬を用いない狙撃銃『ハウンドドッグ』の一射がアペフチを狙い撃つ。
 それは女神の胸を見事に撃ち抜き、敵はもんどりうってラプシヌプルクルの首から放り出され、湖に落ちていった。
『やった!』
 ユフォアリーヤが喜びの声を上げる。上手く愚神たちを引き離しことに成功した。
 しかしその直後、アペフチが落ちた辺りの水面から爆発するように蒸気を噴き出した。熱波が湖の水を吹き飛ばし、たちどころに蒸気へ変えてしまう。
「くそっ、仕留め損ねたか」
「麻生さんたちは蛇の方を。女神の方は私たちが」
 麻生の横を過ぎて月鏡がアペフチのほうへ向かう。アサルトユニットで滑走しながら志賀谷や構築の魔女が遠距離攻撃でアペフチを牽制する。ナランハルフトの矢やメルカバの弾頭を叩きこむが、アペフチが金色の杖から放つ炎に迎撃されてしまう。
「行くわよ、ラシル」
『ああ、ユリナ』
 互いの手を取って月鏡とリーヴスラシルがリンクする。煌びやかな鎧を纏った姫騎士は、愚神の後方へ位置取りした。
「シュヴァルツリッター・アーベント、高速機動モードにチェンジします」
 音声を受け取ったアサルトユニットがの色味が茜から蒼へと推移し、特有の青いライヴスの力場を形成する。そこから一歩踏み込み、月鏡の体を限界まで加速させる。
 アペフチが放つ熱波へ侵入し、流れるように幻想蝶から細剣『フロッティ』を引き抜く。
「……神々の終末を越え、最初の女性となった者の名を継ぎし半神よ! 誓約の底より記憶を引き出せ!」
『全ては主の望むがままに。嘗ての神の翼、蒼銀の鎧、虹の剣……全て、我が主へと託す!』
「浴びよ、神域の連斬! ディバイン・キャリバー!!」
 志賀谷たちの攻撃に気を取られていたアペフチが振り返る。だがすでにそこは月鏡の間合いであった。
 正面、掲げられた杖ごと押し切る打ち降ろし。通り過ぎざまの横胴から反転、背を斜めに断ち割る切り上げ。
 高速で過ぎる一瞬の内に叩きこまれたコンビネーションで体を引き裂かれるアペフチ。熱波によって押し広げられていた湖水が一気に流れ込み、アペフチの体は濁流に揉まれながら煮崩れるように体を失くしていった。


●羽蛇の最後

 アペフチと離れたラプシヌプルクルは徐々に動きが鈍ってきた。麻生の狙撃によって相当弱り始めていたが、最後のあがきとばかりに温められた蒸気を求めて湖のほうへ逃げようとしていた。
 女郎蜘蛛に加えハングドマンを首に巻き付けて動きを制する九字谷だったが、愚神の力は凄まじく、徐々に引きずられてしまう。
 そこへMM新型水筒を持った晴久が走り寄ってくる。既に為久とリンクしており、若い女の姿へと変わっていた。
『さて、上手くいくかな』
 MM新型水筒の蓋を開けると、冷ややかな煙が溢れ出る。中に詰め込んであるのは液体窒素だった。呪符『氷牢』で生み出した氷で水筒を覆うと、呪符を振りかざして氷ごと投げ放つ。
「まとめて凍っちゃえ!」
 中空で砕け散った氷が液体窒素をまき散らし、さらに鋭く尖ってラプシヌプルクルの体に突き刺さる。
「グギャアアアアッ!」
 ラプシヌプルクルが激しくのたうつ。暴れ回るその先には構築の魔女がいた。
「シャアアッ」
 ラプシヌプルクルの大口を開けて呑み込みにかかるが、構築の魔女は慌てることなく悠揚とした所作で水筒を取り出すと、それをさも気軽げに投げ入れた。
『さて、どれだけ熱量が奪えるでしょうか?』
 水筒の中身である液体窒素がぶちまけられ、それをラプシヌプルクルが呑み込む。途端に口腔がバキバキと音を立てて凍りつき、口の周りがひび割れて血を噴きだす。もはや悲鳴さえ上がりはしない。喉の奥まで霜が走っている。
『効果てきめんですね。あとは――』
 構築の魔女の背後から巨大な影が飛び出す。オルクスは振りかぶった大剣を、飛び上がり様に真っ向から叩きつけた。
「オオオオッ!」
 竜爪の大剣がラプシヌプルクルの頭蓋を砕き、それに留まらず真っ二つに断ち割った。
 アケビのようにばっくりと割れて中身を晒すラプシヌプルクルだが、それもすぐにライヴスの光に包まれ、蒸気の靄と共に消え去っていった。


●洞爺湖は夕日を浴びて

 二体の愚神の討伐を確認し、九字原はリンクを解除して大きく伸びをした。湖を覆っていた霧も風に流されて大分薄れ、中島を薄く浮かび上がらせている。
「これ以上大事になる前に退治できてよかったかな?」
『このままじゃ、洞爺湖の新名物が温泉卵になるところだったからな』
 ベルフは待ちわびたとばかりに煙草を咥えて一服する。ラプシヌプルクルが放つ臭気が消えたので、ようやく煙草本来の味を楽しめる。
「終わったら温泉宿に一泊、そんな時間か」
 既に時間は夕方に差し掛かっており、それは茜色に染まり始めている。そんな景色を眺めながらニノマエは畔に座って休んでいた。
『……悪くはない。湖水が元に戻るのを見届けたらな』
 隣に座るミツルギも湖の景色を眺めている。夕日を受けて茜に染まる霧の洞爺湖の景観を、なるべく長く楽しんでから帰ることにした。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • 来世でも誓う“愛”
    麻生 遊夜aa0452
  • 永遠に共に
    月鏡 由利菜aa0873
  • 奪還屋
    琥烏堂 晴久aa5425

重体一覧

参加者

  • 双頭の鶇
    志賀谷 京子aa0150
    人間|18才|女性|命中
  • アストレア
    アリッサ ラウティオラaa0150hero001
    英雄|21才|女性|ジャ
  • 誓約のはらから
    辺是 落児aa0281
    機械|24才|男性|命中
  • 共鳴する弾丸
    構築の魔女aa0281hero001
    英雄|26才|女性|ジャ
  • 来世でも誓う“愛”
    麻生 遊夜aa0452
    機械|34才|男性|命中
  • 来世でも誓う“愛”
    ユフォアリーヤaa0452hero001
    英雄|18才|女性|ジャ
  • 永遠に共に
    月鏡 由利菜aa0873
    人間|18才|女性|攻撃
  • 永遠に共に
    リーヴスラシルaa0873hero001
    英雄|24才|女性|ブレ

  • 九字原 昂aa0919
    人間|20才|男性|回避

  • ベルフaa0919hero001
    英雄|25才|男性|シャド
  • 不撓不屈
    ニノマエaa4381
    機械|20才|男性|攻撃
  • 砂の明星
    ミツルギ サヤaa4381hero001
    英雄|20才|女性|カオ
  • エージェント
    オルクス・ツヴィンガーaa4593
    機械|20才|男性|攻撃
  • エージェント
    キルライン・ギヨーヌaa4593hero001
    英雄|35才|男性|ジャ
  • 奪還屋
    琥烏堂 晴久aa5425
    人間|15才|?|命中
  • 思いは一つ
    琥烏堂 為久aa5425hero001
    英雄|18才|男性|ソフィ
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