本部

すべてはえがおのために

十三番

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
6人 / 4~6人
英雄
0人 / 0~0人
報酬
多め
相談期間
5日
完成日
2018/01/20 23:33

掲示板

オープニング

●コンマ2秒の面接

 店内の様子を窺いながら、あなたはゆっくりとガラス張りのドアを押し開けた。上部にぶら下がっていたベルが気の抜けた音を鳴らす。するとカウンターで帳面にペンを走らせていた女性が顔を上げて、あなたを見つけるなりパっと表情を明るくした。チラシを見て来てくれたの? あなたが首肯すると、女性の笑顔はもう一段階深みを増した。
「それじゃあ、奥の事務所で説明するから入って待っててくれる? 他の人たちももう入ってるから」
 これだけ終わったらすぐ行く、と、女性――店長は再び帳面に向かう。
 促された扉を開けると、店長の言葉どおり他のスタッフが思い思いに時間を潰していた。雑誌を読んだり、スマホを弄ったり、プリント――急ごしらえのマニュアルに目を通していたり。共通していたのは、全員揃いの制服であったこと。白いシャツないしブラウスに黒のスラックスと長エプロン。
 あっけにとられていたあなたに、雑誌を読んでいたスタッフが説明をしてくれる。そこの段ボールに入っているから、サイズの合うものを見繕って。
 感謝を伝え、あなたは着替えを済ませる。季節のわりに少し薄手なことを除けば、糊の効いた新品の制服というのは、あえて大げさに表現するなら、まったく別の誰かに変身できたようだった。


●開店1時間前

 お待たせしました、と事務所に入ってきた店長は、あなたたちに一礼してから、ではさっそく、と胸の前で両手を叩いた。
「まず最初にお伝えしなくてはならないのは、ここに集まってくれたスタッフは全員、今日が初勤務、ということです。飲食店での経験はそれぞれだと思うけど、まあなくても大丈夫だから、あんまり気負わないでね」
 さて、と店長は素手のまま、雑多にプリントが貼られたホワイトボードを片付け、大きな丸やら四角やらを描きながら説明を進める。
「普段は飲料と軽食を提供しているわが店も、今年は年末年始に稼げるだけ稼がせていだたこうということで始めた宴会プランがおかげ様で大盛況となっております。これまではなんとか私ひとりで回してきましたが今日だけは満席が閉店まで続くと予想される超ド級の大繁忙日。なので急きょ、本当に急きょ、アルバイト募集をかけさせていただいたわけです」
 大まかにグループ分けを行う。
 キッチン担当、ホール担当、清掃担当。
「キッチン担当はもうそのまま、料理と飲み物を用意してもらいます。一応マニュアル化したものがあるから、調理経験が少しでもある人なら問題なくこなせるんじゃないかな。料理の腕前っていうよりは、速さと正確さに自身のある人向け、な気がする。
 作ってくれた料理とかをお客様に運ぶのがホール担当のお仕事。戻りながらオーダーも取ってもらいます。便利な機械とかないからメモに手書きでお願いすることになるけど、慌てて間違えないようにね。ここはもう愛想、もしくは愛嬌が一番大事! 常に笑顔を忘れないようにね。
 清掃担当はテーブルの掃除――バッシングっていうんだけど――と、お客様が粗相した時のフォローをやってもらいます。まだ席についてる方の食器を下げる――プレバッシングね――時は一言添えるのを忘れずにね。もちろん、お客様に呼ばれたら対応するのを最優先でお願い」
 最後に、と店長は指を立てて言葉を強める。
「時節的にもそうだし、お酒も出るので、『困った』お客様もいらっしゃいます。
 基本的には穏便に済ましてもらうんだけど……どうしてもって時は、少しくらい手荒になっても仕方がないし、大丈夫。土地柄、たぶんお客様はほとんどリンカーだから」
 パチリ、と不器用なウインクが飛んできた。


●開店1時間後

 あなたに飲食店での勤務経験がなかった場合は、業界への認識を改め、襟を正しているころだろう。経験がある場合なら、自身の力量の衰えを疑い始めたころかもしれない。それほど仕事は激務であった。
 4人用の丸テーブルが10ほど並ぶ店内は、しかしあちらこちらから手が上がり、まるで親の仇のように次々と注文を叩きつけてくる。8席ほどあるカウンターはどういうわけか常に埋まり続け、こちらは自分たちの飲みっぷりを見せつけようとしているかのようにグラスを煽り続けた。
 この常識をぶっちぎった類稀なる多忙、その最大の要因は宴会プランの内容にあった。

 ―― 4名様以上でご来店していただくと30分間定額で食べ放題飲み放題 ――

 この内容で、このうたい文句に釣られて訪れた客の、果たして何割がのんびり談笑などするだろうか。確かに回転率は凄まじい。だが席に着いた客の半数は目が血走っているし、幾らかでも対応が遅れれば容赦なく煽られ罵られる。加えてプランを利用しない客も当然のように訪れる。具体例としてカウンターの呑兵衛8人が挙げられる。こちらはただただ定額で安酒を飲み続けており、帰る様子がまるで見られない。
 額に浮かんだ汗があご先まで流れていく。
 この戦場を、閉店までのあと4時間、乗り切らなくてはならない。
 夜が更けるにつれて客層も少しずつ荒っぽくなってきた。ここまではなんとか仲間と協力して乗り越えてきたが、果たしてこの先はどうなるのか。各所のサポートに入っていた店長も、ここ数分はレジの前から動けていない。
 そしてとうとう、最後の席が子連れの客で埋まった。
 あなたは一度ゆっくりと店内を見渡してから、エプロンのひもを締め直して持ち場に戻っていく――。

解説

できるだけ多くのお客様がこの夜を楽しめるように、アルバイトをがんばってください。

●環境
夜。飲食店内。店内は暖房でぽかぽか。外は氷点下3度。
残り就業時間4時間。店長はほかの業務で忙しそうにしている。
全員白のブラウスないしシャツ、黒のスラックス、黒の長エプロン着用。

●ルール
全員必ず、キッチン、ホール、清掃いずれかの担当につき、業務を行ってください。
清掃担当は担当者なしでも構いません。その場合はホール担当者が清掃業務も行ってください。
また、以下のアクシデントが随時起こりますので対処してください。単独ででも全員ででも構いません。

●アクシデント
なるべくお客様を不快にさせないように対応してください。楽しませるように対応できると尚良いです。
どの項目も一度しか発生せず、同PCが対応するアクシデントは同時に発生しません。
特記ない場合、客はリンカーであるものとします。
1:鍋物2つ、粉物2つ、パフェ4つ、チューハイ5つのオーダーが同時に入る
2:(ホール担当者が女性の場合のみ発生)テンションの上がった中年男性がセクハラしてくる
3:(ホール担当者が男性の場合のみ発生)酔った陽気な女性(一般人)がとても執拗に誘惑してくる
4:カウンターの客が泣きながら長くて重めの愚痴を大きめの声で言い始める
5:5歳くらいの兄弟(一般人)が店内を走り回り、誤って観葉植物を倒して、どちらもすごく泣く
6:野良猫が入口から侵入し店内やキッチンをうろつく(PL情報:外にお腹をすかせた子猫が5匹いる)
7:元気のいいおばさん(一般人)が、ちょっとだけプランを延長してほしい、と駄々をこねてくる
8:10代の男子グループ4名が突然大声で歌い出す
9:店内が静まり返った瞬間、カップルがそこそこの声量と勢いで別れ話を始める

●その他
質問にはお答えできません。ご了承ください。

リプレイ

●カウンター

 それでよぉ、上司のヤツがよぉ。
「なるほどー、上司の方がー」
 俺なりによぉ、やることやってんのによぉ。
「そうですよねー、お客さんなりにですよねー」
 オウム返しを重ねながら、加賀美 春花(aa1449)は銀色のトレイに4人分の水とおしぼりを用意していく。カウンターに突っ伏す男の愚痴は尚も続いたが、春花の対応が大きく変わることはなかった。彼は逃げようとしていない、むしろ立ち向かうために休んでいるのだと、語り口で察せたからだ。だから、かけるべき言葉は慰めではない。
「大丈夫、何とかなりますっ」
 両手を握った勢いで、首の後ろで結んだ長い紫髪がふわりと弾む。その軽やかさにつられたように男性が顔を上げたので、春花はもう一度告げた。「何とかなります、だいじょーぶっ」
 男性はまだ何か言いたそうだったが、彼にばかり構っているわけにもいかない。春花が見渡す店内には、テーブルを埋め尽くす客らと、ピアノを弾くようにレジを打つ店長の姿しかなかった。


●キッチン

「オーダーどす~。“寄せ”、“タコ”、“カシオレ”、モヒートやで~」
「こっちもだ。チゲ鍋、お好み焼き、クレープパフェ1にチョコパフェ3、ウーロンハイ2とピーチフィズだ」
 弥刀 一二三(aa1048)とフラン・アイナット(aa4719)が立て続けにオーダーを持ち込む。キッチンに苦笑いが溢れ、だが肩を落とす者は誰一人いなかった。
 トッピングのパセリを散らし、それを上下左右様々な角度から確認してから、ヨシ! と春川 芳紀(aa4330)が指差し点検をする。
「山盛りフライドポテトできました!」
「そこに置いといてや~」
 目を線にしてほほ笑んだ一二三は、まず左腕を曲げその上に銀色のトレイを乗せた。そこへ芳紀が盛り付けたフライドポテトを乗せ、左手で持てるだけグラスを取り、右手で残りのグラスをまとめて握った。傾けないように充分注意しながら、しかし淀みない動作で腰を伸ばし、伝票を目視確認してからホールに戻っていく。
 さすがは現役、と息を漏らす芳紀に、少し離れた位置から御神 恭也(aa0127)が声を投げる。
「そのまま粉物を頼む」
「わかりました!」
 額で指を揃えてから芳紀は調理に取り掛かる。既に切り揃えられている食材を既定の分量投入して混ぜる、という作業を、芳紀は繰り返し指差しながら行った。
 速度に問題がないことを確認してから、恭也は正面に向き直り鍋物の準備を始めた。向かいに陣取ったヘンリー・クラウン(aa0636)が冷蔵庫の中から次々に食材を取り出す。
「デザートはこっちでやる」
「頼む」
 パティシエであるヘンリーがパフェを担当するなら安心であろう。もっとも、幾分味気ない代物になりそうではあるが。
「……美味い物を作れ、と言われた事はあったが、早く正確に作れ、と言われたのは初めてだ」
「皆で楽しく食事を摂ることが最優先される場所なんだろうな、ここは」
 真っ先に仕上がったのは過熱の必要が少ないパフェで、ちょうどホールから戻ってきたフランにヘンリーが直接手渡す形になった。
「お、美味そうだな」
「つまむなよ」
「わかってるよ」
 フランの笑顔の向こうにはホールの様子が伺えた。一二三が山と運んで行ったドリンクを春花が受け取り、協力して配っているのが見える。芳紀の焼き物も香ばしい香りを漂わせ始めた。恭也の鍋物も、あの様子なら問題あるまい。多勢で取り掛かったことにより、キッチンを襲ったアクシデントは問題なく終わるかと思われた。
「休憩はもう少し先だぜ。唐揚げとミックスピザ追加だ」
「ああ。いくらでも受けてこい、キッチンは任せろ」
「おう、ホールは任せろ!」
 僅かに視線を絡ませてから、フランは軽やかな足取りでホールへ戻っていく。


●ホール

「失礼します。空いているお皿をお下げしてもよろしいでしょうか?」
 中年女性の頷きを確認して、春花は笑みを浮かべて会釈、ソースだけになった白い皿を回収する。テーブルを離れる際にも会釈をし、その勢いで首筋を汗が伝った。隅へ移動してからハンカチで顔を拭う。
 この仕草が直接の引き金になったかどうかは定かではないが、ともかく春花に、頬を赤らめた中年男性が近づいてきた。君かわいいねえ。ちょっと向こうでお酌してよお。
「あーごめんなさいっ、そういうのはちょっとお受けしてないんですっ」
 そんなこと言わずにさあ。
「いや本当に、店長に怒られちゃうので」
 笑顔で応対するもお客は引き下がらない。
 春花は少し考え込んでから、少々お待ちください、とその場を離れ、お待たせしました、と言いながら背の低いグラスを差し出した。
「こちらをどうぞ。兄から教わった水割りです。ゆっくりお飲みになってくださいね?」
 こりゃどうも、と男性。それでは、と春花。去っていく、揺れる長い髪を眺めながら、男性はグラスに口を付けて――目を丸くした。真水だったのだ。
 顔を上げた先では春花が一際にこやかな笑みを浮かべて会釈している。やられた、と男性は大笑いした。

「まだ若いのに、やりはるなぁ」
「ああ、大したもんだ」
 離れた位置で眺めていたふたりに、強過ぎる香水を纏った甘ったるい声がかけられた。あら、可愛い顔してるじゃない。
「ありがとうございます」
 浮かべられた一二三の笑みを肴に女性は焼酎を煽る。ねえ、このあとヒマ?
「申し訳ございません、まだ勤務時間が残っております。
 ご用命でしたらお受けできますので、ご注文がお決まりになりましたらお呼びください」
 アルコールのメニュー表を両手で手渡してから、間を置かずに一二三は立ち去っていく。
 女性のロックオンカーソルは必然フランへ流れ、その瞬間フランは自分の中のスイッチをパチリ、と入れた。
「随分荒れてるみたいだけど、何かあった?」
 つられたように、あら、と女性も目の色を変える。そういうわけじゃないわ、少しそんな気分だっただけ。
「俺でよければ、話くらい聞くよ?」
 こんなおばさんにも気を使ってくれるなんて、いい男ね、あなた。
「そんなことないさ」
 少し待ってて、とお冷を運んだ。ありがとう、と受け取り、女性はゆっくりと、しかし一息で飲み干した。


●カウンター2

 グラスを拭くヘンリーは、カウンターに突っ伏す客に捕まっていた。それでよお、そいつがよお。
「気持ちはわからないでもないが……そういえば、出身は?」
 栃木。
「そいつとは同郷ってわけか」
 6割がた拭き終えたところで、キッチンから恭也が姿を覗かせた。
「代わろう」
「わかった、今行く」
 助かった。恭也とすれ違い、ヘンリーはキッチンへ向かう。そこでは、芳紀が小皿に乗ったプリンを真横から睨みつけていた。
「どうした?」
「どうも右に寄っちゃって……」
「貸してみろ」
 ヘンリーは事も無げに器を持ち上げ、トントンと手首を叩いてプリンの位置を調整した。ほら、と手渡すと、芳紀は深く頭を下げた。
「ありがとうございます! 助かりました!」
「こういう仕事は初めてなのか?」
「アルバイト自体が、ですかね。校則で禁止されてるんですけど、実はこの間、イトコのところに男の子と女の子の双子が産まれたんです! それがほんとかわいくて……何かお祝いを贈ろうと思ったんですけど、親の小遣いとかじゃなくて、自分で稼いだお金でお祝いしたくって、なんとか学校の許可をもらったんです!」
「そうだったのか。あまり気負い過ぎるなよ」
「はい!」
 ごみを捨ててくる、とヘンリーはその場を離れる。やがて背中に外から吹き込んだ冷たい風が当たり、芳紀は身をすくませながらも気を引き締めた。しかしそれも一瞬のこと。
 にゃーん。
「えっ?」
 聞こえるはずのないそれに目を見開き、足元を見ると、全身の毛をけば立たせた猫が芳紀の足の周りをぐるぐると練り歩いていた。にゃーん。
「わ、わ、わ! えっと、えーっと……!」
 両手で包み込むように抱え、裏口から飛び出す。
 ゴミ捨て場の近くにはヘンリーがうずくまっており、その足元には5匹の子猫。なーん×5。
「……どうする?」
「ど、どうしましょう?」
 困惑に揺れる芳紀の手から母猫が脱走、再び店内に消えていく――が、約5秒後、首根っこを一二三に掴まれた状態で舞い戻ってきた。にゃーん。
「入店お断り、どすな。可哀相やけど」
「何かあげられるような物ありませんでしたっけ……」
「うちも考えたんやけど、厨房にはなんもあらしまへん」
 入念な準備が裏目に出た形となる。
 やや続いた沈黙を破ったのはヘンリーの呟き。
「なんとか、あり合わせで作ってみよう。……ついでに作るものもあるからな」


●ホール2

 ヒョウ柄を着込んだ女性につかまる店長を眺めていると、不意に、背後から手拍子が鳴り始めた。フランが振り返ると、まだ幾分顔にあどけなさの残る男子のグループが、今まさに歌声を上げるところだった。
 “仕事柄”、歌そのものは好きである。しかし食事中に賑やかなことを好まない客の視線が背中に突き刺さっているのも事実。さてどうしたものか。フランは一考し、グループのテーブルに向って歩き出した。既にスイッチは入れてある。
 選曲がメジャーなものだったので、迷うことなくサビに自分の声を合わせることができた。敢えて声量を大きめにしてメロディを口ずさむと、店内に軽やかなハーモニーが流れた。
 驚いたような表情を浮かべる4名へ、唇に指を添えてウインクを打つ。それから簡単なジェスチャーを2つ続けた。お静かにね、他のお客さんもいるから。
 首肯を確認してその場を離れようとするフランだったが、唐突に呼び止められて振り向いた。先ほどの少年のひとりが、目を輝かせながら小声で話しかけてくる。すいません、アイドルのフランさんですよね?
「ああ、そうだよ」
 よかったらサインとかいただいてもいいですか? あと、できたら握手も!
「もちろん。いつも応援ありがとな」
 笑顔で応対するフランの背後で、この夜一番大きな物音が鳴り響いた。

 最も近くにいたのは春花だった。
 幼い兄弟の泣き声に動じることなく状況を把握していく。どうやら怪我だけはないようで、そっと胸を撫で下ろす。派手に倒れた植木鉢は、駆け付けた一二三が起き上がらせ、元の位置へ戻した。
 兄の方へはフランが対応に向かったので、春花は手前、弟をあやしにかかる。
「大丈夫、大丈夫だよっ。びっくりしちゃったよね、もう大丈夫だからね」
 言葉に反応して顔を上げたところで手のひらを翳して見せる。ほら、見ててね。
「行くよーっ、よーく見ててね。せーのっ」
 わけがわからない、という表情だった兄は、春花が拳を作った直後、瞬間移動したように飛んだ輪ゴムを見てピタッ、と泣き止んだ。溜飲を下げた春花は、じゃあもう一回だけね、と輪ゴムを再びセットする。
 弟はもう少し頑固だったが、フランが口元に指を立てて飴を手渡すと、どうにか涙だけは止めてくれた。もうひとつ渡して、「兄さんと分けるんだぞ」と言い聞かせると、こくん、と頷き、泣き止んだ。
 駆けてきた両親に一二三が深く腰を折る。
「私共の配慮が足りず、申し訳ございません。
 できましたら、お連れ様から目を離さずにいただけると。当店では鍋等大変熱いメニューも扱っております故、何卒ご理解ください」
 すみませんでした、ありがとうございました。何度も頭を下げる両親に連れられ、兄弟は手を振りながら席へ戻っていった。


●カウンター3

 恭也がカウンターの客に捕まり続けていた。助けを求めようにも、店長はカップルの仲裁にかかりきりで振り返ることすらできない。それでよぉ、あいつがよぉ。
「……注文のお湯割りだ」
 ああ、どうも。……さっきから少し濃くないか?
「いや……酔いが回ってきたんじゃないか?」
 まさか、と客は、規定より3割濃くされたお湯割りを流し込んだ。
 男性のボルテージはいよいよ上昇していく。その様子がありありと見て取れたことには理由があり、通りかかった、眉尻を下げた一二三が沈ませた声で理由を提示した。
「お気持ちお察し致します。他のお客様も皆さんご心配なさっていらっしゃるようで」
 男性がはっとして振り返ると、店内の数名が目を逸らした。それはつまり見られていたということで、この事実は男性を急激に冷静にした。
 今のうちに、と、一二三が恭也の肩に手を置いてキッチンへ戻っていく。
「難儀やったなあ、御神はん」
「ああ……礼を言う」

 コトン、という小さな音がして、肩を落としていた男性は顔を上げた。小さな皿に並んでいたのは、黄金色に揚げられた丸い串物。栃木の郷土料理、芋フライである。
「おごりってことにしておく」
 ヘンリーはエプロンで手を拭きながら言った。
「イラついててもしょうがないぞ。どこかで切り替えないと。口に合うかわからないが、きっかけにでもしてくれ」
 男性は串に手を伸ばし、頬張って、ありがとう、と言葉を零した。


●閉店後

 今日はほんとにありがとう。店長はひとりひとりに頭を下げながら給料の入った茶封筒を手渡していく。
「あ、ヘンリー君のお給料からは芋フライの分だけ引いてあるから。細かくてごめんね」
「ええ、問題ありません」
 すっきりとした表情で去っていった男性を思い浮かべる。間違ってはいなかったはずだ。
 そういえば、とヘンリー。
「店長、表に猫がいたんですが、俺たちが飼ってもいいですか?」
「そうなの? じゃあ母猫は私が面倒を見るから、子猫たちをお願いしてもいいかしら」
「ありがとうございます」
 と、頭を下げるヘンリーの隣には人ひとり分のスペースが開いていて、そこにいたはずの一二三は店長の台詞の「面倒を」あたりで店の外へ駆け出していたのだった。
「出遅れたか……俺たちも行くぞ、フラン!」
「お、おう?」
 戸惑いながら引っ張られていくフランを、芳紀は動けないまま見送っていた。
(「猫、飼いたいなぁ……」)
「もらえばいいだろう」
「え、オレ、声に出してました?」
「顔に書いてあるぞ」
「うーん、でも……」
 しゅん、と落ちた芳紀の肩に、ポン、と春花が手を置いてサムズアップ。
「何とかなるよ、だいじょーぶっ!」
「でも……」
「 だ  い  じ  ょ  ー  ぶ  っ  ! 」
 底抜けの前向きさに突き上げられ、遂に芳紀の腹は決まった。ありがとうございます行ってきます! と事務所を飛び出して裏口から表へ。既に目当ての子猫を抱えたヘンリー、一二三、そしてフランが取り囲む中、白い皿をぺろぺろと舐める3匹の子猫。
「オレも飼うことにしました!」
「いいんじゃないか?」
「で、どの子にしはるん?」
「5匹とも模様が違うぞ」
「 う  ー  ー  ー  ん  !! 」
 再び深く、仕事中よりも熱心に考え込む芳紀に、駆け付けた面々も含めて、バイトメンバーはそれぞれの笑みを浮かべたのだった。

結果

シナリオ成功度 普通

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 太公望
    御神 恭也aa0127
    人間|19才|男性|攻撃
  • 戦うパティシエ
    ヘンリー・クラウンaa0636
    機械|22才|男性|攻撃
  • この称号は旅に出ました
    弥刀 一二三aa1048
    機械|23才|男性|攻撃
  • 守りし者
    加賀美 春花aa1449
    人間|19才|女性|命中
  • エージェント
    春川 芳紀aa4330
    人間|16才|男性|攻撃
  • これからも、ずっと
    フラン・アイナットaa4719
    人間|22才|男性|命中
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