本部

I need Your Voice

影絵 企我

形態
ショート
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2018/01/08 16:44

掲示板

オープニング

●混迷の果て
「ひぃいい! 助けてよモンテ!」
「ようやく仮出所できたばっかりなのに! これじゃ台無しだカルロ!」
 二人組のヴィランが必死に路地を走っている。春先にエージェントに取っ捕まって以来大人しくしていたモンテとカルロだ。その後を夜風のように追う、一つの影。
「貴様達に恨みは無いが……今はとにかく霊力が必要なのだ。大人しくしておけば悪いようにはしない」
 モンテとカルロはいつしか路地の突き当たりに閉じ込められていた。震える二人の前に、一匹の狐が姿を現す。洋装に似合わぬ太刀を抜き放つと、つかつかと二人へ近づいていく。
「刺されるのかい? モンテ」
「刺されるぞ、カルロ」
 震える男二人を冷めた目で見下ろすと、狐――ルナールは脇腹に刃の切っ先を突きつける。
「安心しろ。助けを呼ぶくらいの体力は残してや……」
 刹那、不意にルナールの右手が揺れ、刃を心臓へと向けていく。ルナールははっと目を見開くと、唸ってその右腕を左手で押さえつけた。歯を剥き出しに、鼻面に皺寄せ彼は叫ぶ。
「何のつもりだ!」
『あの死神を殺るためだ! 一々餌を生かしていたらいつまでもお前はエージェントにさえ勝てない弱小愚神のままだろうが!』
「餌! 餌か!」
 目の前で独り芝居を始めたルナール。モンテとカルロは顔を見合わせると、悲鳴を上げながらその場を逃げていった。
「元々は人間のお前が人間を餌と言う! 憎悪とは空恐ろしいものだな。人間をそこまで堕としうるのか!」
『お前こそおかしいと思った事は無いのか! お前は愚神だ。俺に力を貸すと嘯いて、俺の事を喰らったんだろうが。それでいてなんだそのザマは! 今更義賊面するのか! なあ、このクソ狐!』
 ルナールに巣食うもう一つの人格、坂上剣は怒りを剥き出しにしていた。ルナールに喰われた彼の憎悪がルナールの意識の中に異物として残り、幾つもの戦いを経て再び人格を取り戻したのである。ルナールは呻き、刀を握りしめた手で己の額を殴った。
「黙れ! 私は私だ! 私は……!」
 そこまで言いかけて、ルナールははたと口をつぐんだ。一歩二歩と後ずさりし、茫然と呟く。
「違う……“これ”は私じゃない。……じゃあどれだ。どれが私なんだ? そもそも私はどこにいる? 何を以て私は私なんだ。私、私は……!」
 ルナールは絶叫した。見る間に瞳が虚ろとなり、彼はがっくりと膝をつく。
「私がいない。俺は一体何なんだ? ねえ教えてよ。ボクは……」

「……心配いらないよ。君は君だ」
 混迷の渦に崩れた狐の肩を、ほっそりとした手が優しく撫でる。
「ずっと君に逢いたかったんだよ、ルナール。君にも皆の声が聞こえると知った日から」
 黒と蒼、そして白のローブに身を包んだ少年が狐の顔を覗き込んで微笑んだ。
「安心して、ルナール。君が呑み込み続けた魂には指向性がある。無数の声を掻き分けるんだ。その奥に、君が君の拠り所とするべき真の意志があるんだよ」
「僕の……拠り所?」
 子どものように呟き、ルナールは首を傾げる。少年――タナトスは頷くと、血塗られた深紅の仮面を取り出し、タナトスの顔に被せる。
「ああそうだよ。僕が教えてあげる。だから……一緒にこの世界を壊そうよ」


●宿命の刻
『ルナールがプリセンサーの探知に現れました。そのイメージによれば……彼はとうとう人を殺すようです』
 ウォルター・ドルイット(aa0063hero001)があくまで冷静な面持ちで君達に解説を始める。
『また、そのイメージにおけるルナールは再び仮面を被っていました。ただし、紅い仮面ですがね』
 モニターにはプリセンサーの証言に基づいたルナールのイメージ図が表示される。黒を基調にした服装の中で、深紅の仮面だけが異様な雰囲気を纏っている。
『……確証があるわけではないですが、恐らくはタナトスの支配下に置かれてしまったのだと思います。アバドンは言うに及びませんが、兎を子飼いにすることに拘っていたクイーンと、私への復讐を何にも優先させた夜霧というように、タナトスが支配下に置いた愚神は人間を喰う事を最優先にしない傾向があります。ルナールもその例に当たりますからね』
 ウォルターは早口で言い切ると、一つ嘆息してタブレットを操作し、君達にデータを送り始める。
『東尋坊に姿を見せた時は必ずしも討伐にまで至る必要は無いと考えられましたが……タナトスの支配下に置かれてしまった以上はそうも言ってはいられません。そのため、今回の目標は討伐です。今回のルナールの実力は未知数なので、くれぐれも気を付けてください』
 君達の持つ端末にデータが送られて来た。ウォルターはタブレットを見つめながらさらに説明を続ける。
『必要になるかは分かりませんが、一応こちらで調査を進めてわかった事があります。坂上剣が元エージェントであることはいつだったかに話したと思いますが、任務中に何らかの要因、恐らくはタナトスによって邪英化させられ、その後の戦いで英雄は死亡、自分だけが助け出される事になりました。失意のままH.O.P.E.を去った彼のその後は曖昧ですが、ルナールから彼を名乗る人格が現れた事を考えると、ルナールに取り込まれてしまった事だけはどうやら事実のようです。しかしそれが一体いつの事かもわからないので、救出は絶望的と考えた方が良いでしょうね』
 ウォルターはそこまで言うと、タブレットを置いて君達を見渡す。
『……あと、ここからは私の推測に過ぎませんが、騒速という人格は、坂上剣のライヴスから読み取った、英雄の人格をベースにしているんじゃないでしょうか。坂上という人格を押さえるにはもってこいでしょうしね』

『ともあれ、彼をこれ以上詮索しても仕方がありません。なるべくなら、彼が本当の悪事を行う前に止めてあげましょう』


●Where is my heart?
「……私は愚神。人間を滅ぼす者……」
 深紅の仮面で顔を覆い隠したルナールが、太刀を手にぶら下げ港を歩く。人っ子一人いない深夜の港は、しんと静まり返っている。
「私の存在意義は、この世を消し去る事にある」
 君達は武器を携え、港をひた走る。ある者は影に身を潜め、ある者は堂々と正面からルナールに向かって突き進んでいく。ルナールは太刀を構え直すと、君達を仮面越しに睨んだ。
「人は絶望を以て我々を呼ぶ。この世界に絶望して我々を呼ぶ。故に我らはその声に基づきこの世界を破壊する」
 その声に澱みは無い。水晶のように透き通った響きの声色だった。
「来い。希望を謳う使徒よ。私は人間の絶望に従い全てを砕く」

解説

目標 ルナール(ルージュ)の討伐

BOSS
ケントゥリオ級愚神ルナール(ルージュ)
タナトスの支配下に置かれてしまったルナール。既にその自我は掌握されている。
・ステータス
物攻C 物防S 魔攻D 魔防A 命中B 回避C
イニD 移動B 抵抗A 生命A
・スキル(PL情報)
サン=ルイ
トレースの変異版。タナトスにより能力が異常強化されている。
[対抗判定or特殊抵抗判定時、判定するPCの該当能力の数値だけ能力を加算する]
ジャンヌ
相殺の変異版。その間合いに踏み込んだ誰もが膝を折る。
[発動ラウンド、ルナールを攻撃したPCはダメージ判定後に命中vs回避の対抗判定を行う。敗北した場合、ルナールによる攻撃を受ける]
シャルルマーニュ
見取稽古の変異版。敵のライヴスに応じて体質を変化させ、ダメージを極限まで抑える。
[発動ラウンド、ルナールのダメージは(攻撃した能力者のレベル)%減少する。]
・武器
騒速(刀)
[生命力50%以下:与えたダメージの50%回復する。この効果は1R に1度まで発動する。]
アルターカラバン44マグナム(銃)
[アイテム説明に準ずる。愚神パワーによりLv30まで強化済み]

FIELD
・深夜の港。街灯が無く、視認性が悪い。
・戦闘区域は20×40sq。

TIPS(PL情報)
・ジャンヌは奇数ラウンド、シャルルマーニュは偶数ラウンドに発動する。PCの作戦に応じて行動を変えたりはしない。
・ルナールは自分の人格を自在に変化させる能力を持っている。(北方の獅子参照)
・ルナールは瀕死に陥ると人格の統一性が緩む。(騒乱の刃参照)

リプレイ

●Drifting Souls
 大剣を構え、赤城 龍哉(aa0090)は狐を見据える。太刀を抜き放った狐は、切っ先で偃月を描き、そのまま下段に構える。仮面の切れ目から、深紅の瞳が光った。
「酷い有様だな、こいつは」
『察するに、死神に致命的な隙を突かれたようですわね』
 ヴァルトラウテ(aa0090hero001)は狐と死神への怒りを忍ばせながら呟く。龍哉は大剣を脇に構えると、狐に鋭い視線を向けた。
「とりあえずあの胸糞悪い仮面は叩き割る」
『愚神や従魔を、人々の想いが呼んだというのならば、私達英雄や能力者がこの世に顕現したのもまた、人々の想いというものですわ』
 龍哉は狐に向かって飛び出した。同時に狐も駆け出す。龍哉が真一文字に振り抜いた大剣は、狐の脇腹を打ち据える。
「“ジャンヌ”」
 狐は身を翻してその威力を受け流すと、龍哉の脇腹に一撃を見舞う。銀の鎧から火花が散るが、龍哉は二つ足でその場に踏ん張った。
「絶望に刃向かう者の心意気を見せてやる。いつまでも好き放題出来ると思うなよ、死神」

『絶望に従い全てを砕くね……自分で選びたまえよ、そんなものは』
 アイリス(aa0124hero001)はライヴスに澄んだ歌を載せ、狐へ送る。狐は馬鹿正直に向き直ると、刀を振るって正眼に構えた。全身の毛が金色に輝く。アイリスは宝石盾を胸の前に構えると、円舞を踊るように軽やかに、盾の縁を狐に叩きつけた。
「“シャルルマーニュ”」
 狐は最小限の動きで盾を受け止め、アイリスと対峙する。その脇から、狒村 緋十郎(aa3678)が猛然と踏み込む。狐は振り返ると、刀の柄尻で振り下ろされた一撃を受け止めた。無感動な視線が緋十郎を射抜く。レミア・ヴォルクシュタイン(aa3678hero001)は溜め息を洩らした。
『(哀れなものね。私達をイザングランと罵る元気もないなんて)』
 黛 香月(aa0790)は狙撃銃を構えると、緋十郎の脇を抜くように弾丸を撃ち込む。仮面の頬を掠め、一筋の傷を作った。新たに銃弾を込めながら、香月は呟く。
「この世界を滅ぼす事が貴様らの存在意義なら、貴様ら愚神を一匹残らず殺戮し、魂もろとも消し去るのが私の存在意義だ」
 潮風に羽織を靡かせながら、香月はスコープを覗く。彼女の信念に揺るぐところはない。今の狐に対峙したところで、どんな感傷も抱きはしない。とはいえ。
「……消す前に利用できる物を利用しない手はないのも確かだ」
『(今は奴の行動を見極めましょう。緻密な判断が必要です)』
 アウグストゥス(aa0790hero001)の進言に頷くと、アイリスと緋十郎との間で目まぐるしく動き回る狐へ再び狙いを定め始めた。
 狐は抜き放った拳銃の引き金を引く。白光、轟音を夜想曲へ変えて受け止めつつ、アイリスは狐の有様を正確に見定める。
『(能力は強化されているが……それの単なるごり押しか)』
 以前にも似たような敵と戦ったアイリスは既に確信していた。苦戦しようと負けはまず無い。今の有様は弱体化にすら等しい。
「(騒速の意識が覚醒すればタナトスの鼻は明かせる……か)」
 イリス・レイバルド(aa0124)は不満を隠さない。愚神という存在を彼女は許していないのだから当然なのだが。
『理由があれど愚神を生かすなんて、イリスは嫌だろう。此処は私に任せてくれ』
「(うん、お願いお姉ちゃん)」
 イリスは内側へ下がる。アイリスは盾を構えると、心を見失った狐に向かって語り掛ける。
『私という存在はお節介でね。頑張り給えよ。全てを砕くだなんて。その言葉、私の前で使うには未だ軽すぎる』
 彷徨える愚神の魂の行く末を観察する。アイリスは好奇心をそそられていた。
『自分の願いを見つめたまえよ。それもまた生きるという事だ』
 狐は再び刀を下段に構え、掠れた声で呟く。
「愚神の願いは、一つだ。この世の全てを滅ぼす事」
「そんなの、貴方じゃない!」
 水縹色に輝く刃を振り抜き、御童 紗希(aa0339)は狐に斬りかかる。狐は刀で切っ先を擦り上げて直撃を避け、そのまま紗希に逆袈裟を見舞う。紗希は右腕で一撃を受け止め、狐の瞳を見つめた。
「アバドンの事ではっきりした……死神は歪んだ生を否定してるんじゃない。生を弄び侮辱してるだけだ……」
 紗希は太刀を払うと、再び大剣を握りしめる。
「貴方まで、あいつの好きにはさせない!」
『(ったく……)』
 すっかり狐に絆されてしまった相方に呆れつつ、カイ アルブレヒツベルガー(aa0339hero001)は大剣を軸に回し蹴りを見舞い、距離を取り直す。
『気付いてるよな。奴が見せてる行動の先読み……』
「うん。何となくだけど、誰かの外見的特徴が出てるみたい」
『ああ。奴の外見変化に注意するぞ』
 カイに蹴られて仰け反った狐は、再び刀を下段に構え直す。カナメ(aa4344hero002)は祓串を構え、狐の顔に狙いを定める。
『アイツが前に言っていた愚神か』
「今はそんな事言ってる場合じゃないけどね。とにかく一回動けなくしないと!」
 杏子(aa4344)は素早く飛び上がると、頭上で祓串を振り回し、狐の顔面に向かって鞭のように叩きつけた。魔力を流し込まれた面にうっすらと罅が入るが、狐は飛び去る杏子に向かって構わず拳銃を向けた。
「させないよ!」
 そこへ雪室 チルル(aa5177)が飛び出すと、結晶の盾を構えて銃弾を受ける。盾全体がびりびりと震えた。腕にも痺れを感じながら、チルルは腰の電灯に照らされた狐の姿を見つめる。
「あの刀、騒速? なんかこの前見た時と違う雰囲気だけど……?」
『この前みたいなバトルジャンキーから、大分違う感じだね……』
 スネグラチカ(aa5177hero001)はチルルと共に狐の様子を訝しむ。無心で構えているその姿は、絡繰人形にさえ見えた。チルルは盾を構え直すと、頬を引き締める。
「どちらにしても、ここで止めないと大変な事になるのは確かね」
『そうだね。ここでアイツを止めないと!』

●Your Voice
 仲間達が身を削り合う戦いを繰り広げる中、港の暗闇に身を潜め、九字原 昂(aa0919)は狐の背後を窺う。本来の彼を見た事は無かったが、噂通りの堅固ぶりと見えた。こんなのを一時的にとは生かそうというのだから、ベルフ(aa0919hero001)は溜め息をついてしまう。
『こういう面倒なのは、とっとと片付けるに越したことはないんだがな』
「まぁ、ただ仕留めるだけなら誰だって出来るし、色々試してみても良いと思うよ」
 雪村をベルトに差し、昂はベルフを宥めた。彼自身、何の意味も無い我儘なら認めるつもりは無かったが、トリブヌス級を討つ助けになるというなら話は別だ。
『何にせよ、決定権はお前さんにあるからな。やりたいようにやればいい』
 カイと龍哉が一斉に斬りかかる。狐は正眼に武器を構え、形ばった動きで次々に受けていく。しかし、背後は完全に留守だ。昂は身を低くすると、影から一気に飛び出した。
 緊張化体感時空間圧縮装置。生命力と引き換えに、昂の身体をオーバークロックする。素早く宙へ跳び上がった昂は、手の内に形成した針を狐の首筋に向かって投げつける。アイリスやカナメに釘付けされていた狐は、避ける間もなく針を打たれる。
「……」
 狐がよろめいたところへ、昂は更にワイヤーネットを投げつけた。狐はどうにか振り向くと、横薙ぎでネットを切り裂く。
「そう一筋縄ではいきませんか……」
 昂は着地すると、雪村を抜いて武器を構える。その背後を抜け、香月が大剣を振り上げる。
『(この命の全て、香月様に!)』
 アウグストゥスが唱えた瞬間、香月の肉体は昆虫のような光沢を放つ甲冑に覆われる。額に生えた長い触角を振り乱し、香月は袈裟に刃を振り下ろした。
「一つ教えてやる」
 防ぐ余裕も無く、まともに一撃を受けた狐はただよろめく。
「良い愚神とは死んだ愚神の事だ」
 香月は立て続けに逆袈裟、右薙ぎを叩き込む。フルパワーの猛攻を受けた狐は、もんどり打って地面に倒れた。しかし、呻き声一つ上げずに狐は立つ。龍哉は大剣を担ぎ、そんな狐と対峙する。
「面白いように仕掛けられやがって」
『力はともかく技も心もなっておりませんわね』
 狐は刀を下段に構える。逆襲の一撃を見舞う、ジャンヌの構え。しかし、決まりきった型程弱いものは無い。構わず龍哉は踏み込んだ。
「元々目的があって強さを得ようとした筈が」
 龍哉は狐の肩口に剣を振り下ろす。狐は全身の装いを薄い銀色に変え、刀を振り抜いてくる。刃は腰当てに食い込んだが、龍哉は構うことなく大剣をもう一度振り下ろす。
「死神に良いように操られやがって」
 堪らず一歩後ろに下がると、狐は銃を引き抜く。刹那、龍哉は右腕を振るって銃に手を掛けた。同時にマズルが火を噴き、肩当てを吹き飛ばす。籠手も焦がされるが、彼は動じない。
「何だ、その様は!」
 手を捻り、銃をもぎ取る。龍哉の気迫に押されたか、狐は更に一歩退く。チルルはすかさず踏み込むと、黄金の刃を大上段に振りかぶる。
「これでもー、くらえー!」
 全身を反らせ、体重の乗った一撃を繰り出した。狐は身を起こすと、その大振り過ぎる一撃を横っ飛びで躱す。しかし、それこそが彼女達の狙い。
『よぅし。やっちゃって、妖精さん!』
 スネグラチカが叫ぶ。
『言われずともそのつもりさ』
 アイリスは生命の樹が刻まれた盾を構えると、空高く軽やかに跳び上がる。
『レディケイオス、コード:000』
 十色の宝石がまず輝き、それから中心に埋め込まれていた宝石が無限の光を帯びる。アイリスは盾を足の鎧に引っ掛けると、そのまま狐の顔面に向かって突っ込んだ。狐は刀一本で切り返そうとするが、アイリスは構わず飛び蹴りを見舞う。
「――!」
 香月の銃弾と杏子の祓串に傷付けられていた深紅の面は、アイリスの強烈な一撃でついに砕けた。そのままアイリスは狐に伸し掛かり、幻想蝶から取り出した白い面を狐の額に乗せる。
『はははっ。赤いのよりはまだ白い方が似合うだろうさ。心の拠り所が必要というのなら、私から祝福をくれてやるのだよ』
 狐は唸ると、雪女の面を手で払い除け、アイリスをも撥ね退けて立ち上がる。深紅の瞳を爛々と輝かせ、口からは涎を垂らしながら狐は刀を脇に構える。
『……まだダメか』
「一筋縄じゃいかないようだね……」
 杏子は祓串を振るって癒しの雨を降らす。カイはその雨を浴びるのもそこそこに、傷ついた身のまま狐へと踏み込んだ。全身を駆け巡る危険信号が、彼の神経を研ぎ澄ます。
「(ジャンケン……グー!)」
『(チョキ!)』
 意識内でジャンケンし、カイは大剣を振るう。狐は刀を水平に構えて刃先を逸らそうとするが、フェイント込みの一撃は読み切れない。肩口に一撃を受けながら、狐はどうにかカイにミドルキックを見舞った。
 重い一撃をどうにか凌ぎ、カイは賢者の欠片を取り出し口に含む。
『仮面は割れたってのに……てめえは!』

「僕が牽制します。その隙に攻撃を!」
「カバーは任せて!」
 昂が雪村を抜き放って前へ出た。チルルはその横に立って盾を構える。香月は大剣を担ぐと、血のように紅い瞳で狐を真正面に捉えた。
「構わんが、私の一撃には巻き込まれるなよ」
 狐は歯を剥き出し、昂と素早く打ち合う。白い火花が散り、夜闇をうっすらと照らす。その光の筋を追うように、香月は狐の懐へ飛び込んだ。
「滅びるか、愚神!」
 大股で踏み抜き、風を唸らせながら横薙ぎを見舞う。ライヴスも込められた一撃は、狐の細身を大きく弾き飛ばした。空中で身を翻した狐は、地面に降り立つなり香月へ切り込もうとする。
「させないってば!」
 チルルが素早く間へ割って入ると、鏡のように輝きを放つ盾を前に、狐と正面衝突する。互いに身を削り合いながら、二人は再び間合いを取り直す。
 そこに出来た一瞬の隙。緋十郎とカイが大剣を振るって狐へ押し寄せる。
『行くぞ、狒村』
「わかっている……」
 緋十郎は一つ吼え、狐に向かって突っ込む。狐は刀を下段に構えた。金色の毛が、うっすらと朱を帯びる。その瞬間を紗希が見逃さない。
「(変わった……!)」
『ああ。……ここだ!』
 刃と左目が碧に輝く。カイは一気に足を速め、狐の首筋めがけて剣を振るった。狐は彼の動きに気が付いていたが、身構えるのが精一杯だった。
 二人の刃が交差するように振り抜かれ、砕けた刃が宙を舞う。強烈なライヴスの奔流を流し込まれた狐は、折れた刀の柄を握りしめたまま、ぐらりと傾いだ。
「……」
 崩れ落ちた狐は、跪くような姿勢となり肩で喘ぐ。眼から口から血を流し、狐は掠れた声で呻いた。
「私は、愚神。世界を……壊し……否、人間……世界を守る。そのための刃は、私。否……」

「誰だ……私は……?」

 魂が口から零れるような呟きだった。エージェント達は顔を見合わせる。緋十郎は武器を構えたまま、じりじりと狐へ間合いを詰めていく。
「……狐よ。死神の支配下に堕ちたまま、戦って命を落とす事が貴様の本懐か?」
 狐は俯き、口から血を吐く。その眼は虚ろ、何も映してはいない。
「死を恐れ、己を“臆病者”と自嘲し、生き残る事に心血を注ぎ……糧を得る為に人も愚神も襲いこそすれ、命までは奪わなかった貴様が……死神の手駒として斯様な姿に堕ちるなど、俺は我慢ならん」
 緋十郎は深紅の切っ先を向け、狐を真っ直ぐに見据えた。
「誰もが、現世に命を享け其々の生を歩む中で……様々な者との出会いで変わっていく。だが、それは別の誰かに代わってしまった訳ではない。……騒速もルナールも、貴様の本性の一部だ。その奥には、誰でもない“お前”がいる」
 一言一言に熱を籠め、緋十郎は滔々と語る。大剣の柄を血が滲むほどに強く握り締め、緋色の毛皮を夜風に流し、狐へ己の希望を訴える。
「狐。貴様の奸智と俺の蛮勇と、どちらが上か、俺は決着を付けたい。生きる為なら躊躇わず右腕すら捨てる覚悟……俺はそこに“お前”を見た。そんなお前が、ここで俺に殺されるのか? 生き残るため、己の自我を分かつ壁を断ち、今一度立て……!」
 俯きがちに緋十郎の言葉を聞いていた紗希も、武器を納めて静かに歩み寄る。
「ねえ、貴方は誰かじゃない。貴方は、貴方たった一人なんだよ」
 狐はうっすらと顔を上げ、焦点の定まらない眼で紗希を見上げる。紗希は胸に手を当てて語り続ける。普段の彼女とは違う。すらすらと誰かに向ける言葉が溢れてきた。
「愚神に堕ちても誰も殺さなかった坂上さん。それは貴方の優しさじゃないの? 貴方はタナトスとの戦いでホシマルを失ったと思ってる……けどホシマルは騒速という人格でずっと貴方の傍にいた。貴方の為にずっと強くなることだけ考えてた」
 紗希はタナトスとの戦いを思い起こす。無我夢中のまま強く在りたいと願った時、気付けば自分を狐と重ね合わせていた。
「ルナールも、自分は臆病だと言ってたけど、臆病者の何が悪いの? 皆強さと弱さを抱えてる……いつも強くなくていいんだよ!」
 
「貴方達はみんな一つ。だから……貴方の声で聞かせて! 貴方の名前を!」

 ルナールは静かに瞬きする。真っ直ぐに紗希を見上げるその眼は未だに紅い。カナメはそんな彼の姿を遠巻きに見つめていたかと思うと、不意にルナールの傍へ駆け寄り膝をつく。 そのまま、何を思ったか彼女はルナールの顎に手を添え、いきなり口付けを始めた。犬の毛皮のような感触が口に触れ、杏子はぞわりとする。
「(おい! 何やって……)」
『(これに勝る魔法は無いと、お前の娘の漫画にあったのでな)』
「(……アイツ一体何を読ませたんだ! 獣にこんな事する趣味無いぞ私は!)」
 カナメと杏子がわたわたやっていると、不意にルナールは手を伸ばし、彼女を脇へと押しやった。
「……キスで何者が目覚めるなどというのは、ミンネザングの中だけだよ。お嬢さん」
 その眼は金色。少し悪戯っぽい色を浮かべて、彼はゆっくりと立ち上がった。口に溜まった血を脇に吐くと、彼は紗希に向かって微笑む。
「そうだな……改めて名乗ろう。私は愚神、“揶揄う者(ルナール)”だ」

●蘇った千両役者
「ルナール……やっぱりそれが、貴方の名前?」
 紗希が毒気を抜かれたように尋ねると、彼は小さく頷いた。
「君達の知る私の方が良ければそうする。あと坂上剣にも、騒速にもなれる。いやいや、そっくりそのまま君達にだってなれるさ。何たって私は一流の役者だからね」
 得意げにそんな事を言うルナールに、いよいよヴァルトラウテは呆れてしまった。
『随分と自信家になったものですわね』
『その役者が、今の今まで役に喰われていたんだがねぇ』
 アイリスもここぞとばかりに揶揄っておく。ルナールは神妙な顔をした。
「そうだね。だがこれが“私”さ。君達の言葉でやっと答えを見つけられたよ。礼を言おう」
「で、これからどうするの? あんたがまともになったからって、あたい達があんたの事見逃すわけにもいかないんだけど?」
 チルルは両腰に手を当て、ルナールと紗希を交互に見渡す。ルナールは肩を竦めると、折れた刀を鞘へと納める。
「だろうね。何度も刃を交わしてきたんだ。それくらいは私だってわかっている」
「……お前はあの死神について幾らかの事を知っているはずだ。H.O.P.E.の本部でその情報について洗いざらい話すなら、その間だけは生かしてやる」
 香月は声を低くし、今にも掴みかからんばかりの凄みを利かせてルナールを睨んだ。その勢いに、思わずルナールはホールドアップしてしまう。昂はそんな彼の義手を掴んだ。穏やかに、しかし冷ややかに彼はルナールへ告げた。
「もちろん、監視付きですが。これを拒むというのなら、貴方の命は今ここで終わりとなります」
「恐ろしい事を言うよ……」
「安心しとけ。俺が死神には指一本触れさせないでやる」
 龍哉は剣を納めると、にこりともせずルナールに言い放つ。似たように愚神を円満な形でH.O.P.E.の監視下に置いたと思いきや、東京湾沿岸を巻き込む悲劇が起きた。仲間の涙が心に残っているだけに、またしても、は絶対に避けなければならなかった。ルナールは全身に刻まれた生傷を適当に塞ぎながら顔を顰める。
「君が見張りか……ただの六畳一間がアルカトラズになってしまうな」
「余計な口を叩くなよ。お前を生かしておくのは、好き放題に跋扈してる死神の息の根を止める為だ。それが終われば、またお前は倒すべき敵となる」
 龍哉は拳を固め、いつでも鳩尾を一発穿てる体勢を整える。ルナールは溜め息一つ零し、小さく頷いた。
「そんな事は百も承知。それが人類にとっては懸命な判断だ。今の私ならば君達の想いを100%理解できると断言するけれど、その想いは私にとって打ち砕くべきものでもあるとも断言するからね。……とはいえこれでは、君達の言う事に従う他無いようだ」
 アイリスはからからと笑う。
『ああ。でも君は君自身を見つめることが出来た。ここは“ハッピーバースデイ”と祝福してやろう』
「気遣い痛み入るよ」
 義手で頭を掻きつつ、ルナールは生意気も言わずに頷いた。応急修理セットから取り出したワイヤーを手錠代わりにし、昂はそんな彼の両手を縛る。
「行きましょう。ひとまずは、事の顛末を上に報告しないと――」
 そんな時、紗希の携帯が鳴る。取り出してみると、画面にはH.O.P.E.の四文字。カイは首を傾げながら携帯を取った。耳に宛がい、しばらく憮然とした表情で話を聞いていたが、やがて彼は血相を変えた。携帯を下ろし、仲間を見渡す。
『……タナトスがドロップゾーンを形成したらしい。俺のところに報告してきた』
「またちょっかいはかけてくると思ったが……随分と派手な横槍だな」
 龍哉は顔を顰める。アイリスはあくまで悠然と構えていたが、その身に纏う光は僅かに鋭さを増す。
『ちょっとした陽動なのかもしれないね。私達を釘付けにしている間に、一気にドロップゾーンを広げてしまおうという魂胆だったのさ』
『確かに、この事の予知が無かったら、ちょうど今くらいに事件が起きてた感じよね』
 スネグラチカも納得したように呟く。
『とりあえず、急いで戻らねえと……』
 カイは踵を返して歩き出そうとしたが、足元がおぼつかない。負傷を抑える事も出来たが、それでも今回は速攻の為に身を削り合う事を選んだ。そのダメージは、到底無視できるものではなかったのである。溜め息をついたルナールは、カイの方へとつかつか歩み寄る。
「どうやら、ゆっくり話している暇は無さそうか。……カイ=アルブレヒツベルガー、少し額を出すんだ」
『あん?』
 振り返ったカイは怪訝な顔をする。しかし構わず、ルナールは左目を蒼く光らせながら、縛られた両手をカイの額に乗せた。
「(……温かい)」
 春風のような温もりを紗希は感じる。気付けば、紗希の身に刻まれていた幾つもの生傷は綺麗さっぱり無くなっていた。
「私のライヴスを、君のライヴスに活性度を合わせて流し込んだ。……よく効くだろう?」
「あ、ありがとう……」
 紗希は戸惑いを隠せないまま礼を呟く。カイはしばらく口を真一文字に結んでいたが、やがて固く腕組みしながら顔を背ける。
『……言っておくが、人間と愚神の共存、そんなものを信じてるのはこの小娘だけだ。俺は信じていない。……だがもし、そんな世界が訪れるなら、俺もお前も変われるかもしれない……とも、今思った』
 愚神は討つべきものという信念からの、最大限の譲歩。ルナールはしばらく目を瞬かせていたが、やがてそっと目を伏せる。
「……だったら。君達も、私も、変われやしないのだろうね」
 淡々とした呟き。杏子は祓串を握りしめたまま、居心地が悪そうに顔を曇らせる。カナメはそんな杏子にそっと尋ねた。
『(どうしたんだ、杏子。まともに話せるようになったのなら、彼に向かって申し出るべき事があったんじゃないのか?)』
「(そうだが。……そうだが、今、あいつの眼を見て、そんな申し出はするべきじゃないって、そんな気がしてしまったよ……)」

 ほんの数分前まで、その壁は乗り越えられると思っていた。霊力を得るか得られないかが問題なら、自分達が融通してみせる。そんな腹積もりでいた。
「(運命などという言葉では片づけたくないが……きっと霊力だけの話では済まない、大きな問題があるんだろうね。今の言葉で、思い知らされたような気がする)」

●奇妙な共闘
 護送車に乗せられたルナールは、先行した紗希、緋十郎以外の面子と共に狭い空間で顔を突き合わせていた。正面に陣取った香月は、剃刀のように鋭い視線をルナールに突きつけ続けている。
「随分と素直に応じたものだな。……それで私達が油断すると思っているのならば、見当違いも甚だしいと言っておくぞ」
 ルナールは元刑事の険しい顔に気圧されながら、訥々と語り始める。
「……あの死神の存在は、我々愚神にとっても看過できるものではないんだ。奴の能力は常軌を逸したライヴスコントロール能力。本来の能力を発揮すれば、グリムローゼなどとも対等に渡り合えたはずだ」
「グリムローゼ……」
 その名前を聞いて、イリスは顔を顰める。一度その陥穽に嵌められた相手だ。その名前を聞くだけで不快になった。ついでに、愚神が同じ場に居るというだけで気分は更に悪い。ルナールは知らぬ振りだが。
「けれど、何を血迷ったのか、彼はその能力を駆使して、死体をライヴスに変換して取り込み始めた。その結果があれだよ」
「あんまり事件に関われてないからよくわからないけど……それってかなりヤバい能力なんじゃないの?」
 チルルの質問に、ルナールは頷く。
「ああ。だから尋常じゃない生命力を持ってる……それと引き換えに、彼は愚神として持っているべき能力を失った。下位愚神を無条件では支配下に置けず、ドロップゾーンは上位愚神を召喚せず、徒にこの世界を崩壊させるだけだ」
「……それも今日までの話だ。奴は自分から尻尾を見せた。この機を逃しはしないよ」
 杏子は拳を固める。親子揃って追ってきた事件。そろそろ止めを刺したかった。ルナールは柔和に眼を細めた。
「そうだね……私は私達の為すべき事のために、君達に手を貸そう」


「私の為すべき事のために……か」
『ただ無条件に協力されるよりは、よほど信用できるわ』
 車に置かれた無線の声を聞きながら、紗希はぽつりと呟く。レミアは神妙な顔で応えた。
『それよりも、今は死神を討つことに集中しましょう。腐っても奴はトリブヌス級……そのドロップゾーンの中では、何が起きてもおかしくないわ』
 紗希は窓の外を見つめる。東京海上支部が、直ぐ目の前に近づいていた。仲間と合流したら、すぐ決戦だ。

「はい。……今日で、ケリをつけましょう」

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • ライヴスリンカー
    赤城 龍哉aa0090
    人間|25才|男性|攻撃
  • リライヴァー
    ヴァルトラウテaa0090hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
  • 深森の歌姫
    イリス・レイバルドaa0124
    人間|6才|女性|攻撃
  • 深森の聖霊
    アイリスaa0124hero001
    英雄|8才|女性|ブレ
  • 革めゆく少女
    御童 紗希aa0339
    人間|16才|女性|命中
  • アサルト
    カイ アルブレヒツベルガーaa0339hero001
    英雄|35才|男性|ドレ
  • 絶望へ運ぶ一撃
    黛 香月aa0790
    機械|25才|女性|攻撃
  • 偽りの救済を阻む者
    アウグストゥスaa0790hero001
    英雄|25才|女性|ドレ

  • 九字原 昂aa0919
    人間|20才|男性|回避

  • ベルフaa0919hero001
    英雄|25才|男性|シャド
  • 緋色の猿王
    狒村 緋十郎aa3678
    獣人|37才|男性|防御
  • 血華の吸血姫 
    レミア・ヴォルクシュタインaa3678hero001
    英雄|13才|女性|ドレ
  • Be the Hope
    杏子aa4344
    人間|64才|女性|生命
  • Be the Hope
    カナメaa4344hero002
    英雄|15才|女性|バト
  • さいきょーガール
    雪室 チルルaa5177
    人間|12才|女性|攻撃
  • 冬になれ!
    スネグラチカaa5177hero001
    英雄|12才|女性|ブレ
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