本部

グリーン・ブラザー

玲瓏

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2017/12/17 19:06

掲示板

オープニング


 今を生きる青年ジャヌスは先月バシコルトスタン共和国のDという都市で一人暮らしを始めた。マーケットでアルバイトをしながら作曲家を目指している。
 仕事先で良い仲間も出来て作曲も順調。人生の波は静かに揺らめいていた。
「なあジェイコブ、この街ってどんな街だったんだ?」
「突然だな。どうしたんだ」
「いやさ。ちょっと僕の住んでいた街と変わった所が結構あってさ。歴史を知りたいなって思ったんだ」
「そういうの俺苦手なんだよ。歴史なら多分、資料館にでもいけばあるんじゃないか。街の上の方にあっただろ」
 街の人は良い人が多いし、空気は綺麗だしで人間が住みやすい場所なのだ。しかし文化が違った。全員が全員ではないのだが、皆鞄の中に包丁や拳銃を入れてるしこの街の菜食主義者の多さに驚く。レジ打ちをしていて分かるが、肉を買う人間がほとんどいないのだ。
 家でオーケストラミュージックを揺蕩わせて読書をしている時、ふと窓を見たら年配の女性が彼を覗き込んでいた。彼と目があうと女性は微笑んでコンコンと窓を叩き「野菜を買いすぎちゃって、良かったらもらってくれない?」と言うのだ。ジャヌスは丁寧に断った。
 良い街にはかわりない。にしても不思議な事が多すぎる。
 友人のジェイコブに教えてもらった資料館に行くと確かに街の歴史なる資料は見つかったのだが、至って平凡だった。ウクライナとの関係、アルメニア共和国が云々。自分の街というより、他の国との関係性を表す説明が多い。ジャヌスは他の様々な国の文化を取り入れたからこその変わった街なのだと無理矢理納得するしかなかった。
 朝から昼の仕事終わりに立ち寄ったため、帰る頃には街は真っ暗になっていた。街灯のぼんやりした光や家から漏れてきた光、車のヘッドライトが満遍なく街を照らしている。おかげで暗闇の恐怖に苛まれはしなかった。後は知識を家に持って帰り夕飯を食べ、お風呂に入って歯磨きをして睡眠に入り、後は脳に一日の清算をしてもらう。
 帰路の途中、道端に倒れている人間を見つけた。
 いや、いや……本当に人間だ。嘘だろ、ジャヌスは動けなくなった。走る車は倒れている人間に目もくれず走り去っていく。道を歩いているのは自分しかいない。目の前に倒れている人間を助けられるのは自分しかいないのだ。
 ジェイコブだった。友人のジェイコブが意識を失っていた。半ば混乱しながら、ジャヌスは彼の肩を叩いて声をかけた。
「おい、こんなとこで寝てたら風ひくぞ。おい、おいって」
 目を覚ます気配はない。息はしている。
 ジャヌスは自分を落ち着かせるために大きく息を吸って、吐いた。改めて友人を見てみると、ほとんどが杞憂なのだと思えた。ジェイコブは怪我をしていないし、苦しんだ顔もしていない。あまりに疲れて道端で寝てしまったのだろうか。それも街の文化であるのか。
「この街にも色々あるもんな。怪我をしてないなら良かった。にしてもどうしようか」
 このまま寝かせておくのも放っておけない。大きなお世話だといつか言われるようなら、それが僕の文化だと言い返せるだろう。
 不意に肩を叩かれた。ジャヌスは後ろを振り返って、一瞬で言葉を失った。
「私が何とかしておくから、安心して」
 自分の家を覗き込んでいた年配の女性が、ニッコリと口角を吊り上げていた。ジャヌスは思うように言葉が出ずに頷いた。
「こんな所で寝てたら迷惑だもんね」
「は、はは、そうですよね。あの、僕の家に連れていってもいいんですけど」
 このまま彼女の流れに乗っていたら危ないと直感に教えられた。
「だめよ。それは駄目」
 微笑みの中に暗がりが見えた。車のライトに照らされたから尚更見えた。ジャヌスは「じゃあ」とその場を足早に去っていった。
 途中、他所の家の車庫を見つけた。本来の帰路ではないが陰に隠れて女性の動きを監視することにした。女性がしっかり介護してくれるとはどうしても思えなかったのだ。
 そっと覗く。
 女性は鞄の中に手を入れて中を弄っていた。勿論自分のだ。ジェイコブは手ぶらで散歩でもしていたのだろう。
 ――どうして、突然倒れたんだ?
 混乱していた頭では名案は浮かんでこなかった。答える余裕がないからだ。
 鞄の中から肉切り包丁が取り出された。なんで?
 ジャヌスは強引に理解しようと努めた。街ぐるみの企画かもしれない。この街ではハロウィンが一ヶ月も遅くやってきてるのか、もしくはドッキリか。なんでもいい。なんでもいいから理解したかった。
 包丁を持った女性はしゃがみこんで刃をジェイコブの首に当てていた。どこを切ろうか選定している? 車は全部素通りだ。
 待ってくれ。ジャヌスは、たった今理解した。これはドッキリでもハロウィンでもないっていう、全てを殺す理解が。
 包丁を振り上げる途中、女性は突然立ち上がって周りを見渡した。
 目が合った。
 女性は持っていた鞄を捨てて、包丁を振り上げながらジャヌスの所まで歩いてきた。ジャヌスは大声を上げて逃げ出した。後ろは振り返らない、振り返るものかよ!

解説

●目的
 街に何が起きたのかを調査し、解決すること。

●住民
 街には二通りの住民がいる。汚染された住民と、されていない一般市民だ。
 汚染された住民は表面上は人間と変わらないが、夜になると本性を現す。汚染されていない一般市民を探し出し食す。住民が一般なのか汚染されているのかの区別は困難で、夜になってどう行動するかを観察するか、家を捜査するか。

●市長
 この街の市長は一般市民だが、汚染された住民の存在を唯一知ってる人物で、一般市民には隠している。というのも、汚染された市民と約束を交わせられたからだ。
 市民に存在を上手に隠してもらえれば市長の命は救われると。

●汚染された市民
 汚染された市民は全員知能と筋力が発達しており、成人男性の腕を片手で折るくらいの力を持っている。スピード性は個人差がある。
 彼らは元々は一般市民だったもの。今は元凶に洗脳されており、人間としての意識はない。

●元凶
 街の地下に大きな空洞が出来ている。その中を進んでいくと天井から縦に生えた弾力のある物体があり、それが元凶で、愚神本体なのだ。デクリオ級。小規模ながらドロップゾーンを形成している。
 洗脳方法は寄生細菌だ。空気中に寄生する細菌を生み出して、それを吸った人間は汚染される。細菌は肉眼では視認できない。
 更に本体には防衛のための蔦が生えており、自由自在に操ってリンカーに襲いかかる。
 細菌はリンカーにも悪影響を及ぼす。人間は洗脳するか、リンカーが細菌を吸うと幻覚を引き起こし、正常な判断を殺す。

 マンホールの中、地下水道を探索すれば愚神のいる場所へと辿りつけるだろう。

●混乱
 汚染された女性から逃げ切って今回リンカーに通報したジャヌスは電話を終えるとすぐ自分の友人たちと街の脱出を企てる。オペレーターは家を出ないように忠告したが、それをスルーするのだ。
 しかし、夜の今脱出するのは自殺行為だろう。早く逃げたい一心だ。

リプレイ


 HOPEに電話をしてからもう数時間になる。携帯のバッテリーはまだ余裕だ。八十三パーセント。音楽プレーヤーとして職場に利用するだけで、外ではあまり利用しない上に毎日欠かさず行う充電が役に立った。
 便利な習慣だったがジャヌスの心拍数は一向に下がらなかった。今は反対側の道路に通り抜けできる狭い路地裏にいた。青いゴミ箱と友達になって年配の女性が突然顔を出さないか震えながら息を殺している。
 もう車の音もしなくなっていた。聴覚を執拗に刺激してくるのは虫の鳴き声と真後ろに立つ家から聞こえてくる環境音。
 近くで変わった音が聞こえた。足音だ。瞬間的にその足音が女性のものだと理解させられた。
 どうやって位置が分かった? いや、ただ無鉄砲に探しているだけかもしれない。このまま隠れているのがいいか? それとも勇気を出して襲いかかってみるか。馬鹿を言えよ俺は警察じゃないんだぞ、ナイフを持った相手の対処法なんて知らない。そんなの楽譜に書いてある訳がない。
 彼は口に両手を強く押し当てた。
 肩に手が乗る。
 逃げるしかない。頭がそう判断して、横に転がろうとしたが強い力で首を地面に抑えられた。死の恐怖が迫り、両足を交互に動かすが力のないジャヌスが敵うはずもない。首を抑えられ意識が失う寸前まで体が動かなくなった所で、どうしてかジャヌスは体が解放された。
「落ち着いて聞いてください。私はHOPEエージェントから来た者です」
 死がすぐ寸前まで迫るとどうしてか脳が冷静を選び、女性の口から導き出された言葉の断片を受け取った。
 彼女は名前をアリッサ ラウティオラ(aa0150hero001)と言った。
「オペレーターの方が発信地から座標を割り出し、この場所を調べたんです。ひとまずご無事で何より……。先ほどからあなたの携帯に着信をしていたのですが、中々応答がなかったもので」
「あ、すみません……音でバレるのが怖くて、機内モードになってて」
 ちょっとでも音を出したらすぐに見つかってしまうように思えた。彼の中で、女性はいつでも側にいるのだ。ゴミ箱の中に入っていたかもしれない。
「早くこんな街から出してくれ……。頼むよ、こんな所に長居したくない」
「本来ならば今すぐ脱出をさせたい所ですが、難しい状況です。今は夜ですから、あなたの言っていた女性のような市民が何人も彷徨っている可能性がありますし、事情聴取もしたいと考えていまして」
「でもマジで怖いんだって。頼む! 危険だけどさ!」
 本気で鳥肌の立つ思いをしたのは人生で初めてだ。勇気も金も捨てて逃げ去る覚悟は出来ていた。
「ジャヌスさんよね。あなたを追った女性に何があったのかを突き止めれば、他の犠牲者を出すことはない。今ここで、もう少し我慢すれば皆を救う陰ながらの英雄になれるかもしれないのよ」
 周囲の安全を確認していた志賀谷 京子(aa0150)は路地裏にジャヌスと合流するやいなや、開口一番に言った。
「英雄なんて肩書はいらないさ、命があれば」
 どんなに魅力的な説得でも、当の本人の心が小さくなっていれば意味を失う。志賀谷が次の言葉を選んでいると、後ろから音が聞こえた。
「やべえよ……」
 後退りして逃げようとする腕をアリッサが掴んだ。
 音とはビニール袋が何かに擦れる音で、その持ち主の顔をジャヌスは良く知っている。
「こんな夜遅くに出歩くのは危険ですよ。ここら付近に不審人物がいるみたいでして」
 アリッサは遠くから声をかけた。ジャヌスを逃げないように志賀谷にお願いすると、彼女は二人の前に立った。
 ビニール袋には赤い液体が付着していた。中から漏れ出ていた。中身は、分からない。半透明だからだ。
 女性は何かを言うことなく袋を落とすと――突然、その躯体が動いた。
 四つん這いの姿勢になったのだ。彼女は近くに落ちていた小石を手に持つと、アリッサに向けて投げた。腕を交差させて顔面のクリーンヒットを防ぐと、素早いスピードで次の攻撃が訪れる。皺のある太い腕がアリッサの腹に向けて伸びていた。アリッサは膝で腕を強打し何とか防いだが、女性は連撃を緩めなかった。
 アリッサの顔を両手で挟んだのだ。耳にダメージを食らい平衡感覚が一時混乱する。
「なんだよあいつ!」
 ジャヌスの上ずった声が路地裏に響く。志賀谷は彼の口を両手で塞いだ。事を荒立てるのは良くない。
 二丁分の銃声が鳴った。狂った女性の背後、道路側からだ。銃声が鳴ると彼女の膝から血が吹き出し、体勢を崩して地面に横たわった。起き上がろうとしたが、関節を撃ち抜かれていてすぐに倒れ込む。アリッサは命を奪わない程度にその額に掌底を当てた。衝撃が脳を揺らし、彼女は意識を失ったようだ。
 道路には構築の魔女(aa0281hero001)がPride of foolsを持って立っていた。彼女は辺是 落児(aa0281)との共鳴を終えていた。
「申し訳ないですがまずは無力化を」
 意識を取り戻す前に縄で両手両足を縛りあげ、漸く一件落着だ。まだ、この一件も始まりにすぎないのだろうが。


 夜が明け、街には人々が溢れかえっていた。昨晩のことを知らない一般人達が他愛もない会話の種を撒きながら歩いている。
 しかし今日は昨日は違った顔も見えるではないか。浅野 蓮(aa5421)は英雄のロータス(aa5421hero001)と一緒に街を見回っているし、ジャヌスは仕事を休んでいる。
 そして、市長宅に六名のエージェントが訪れていた。市長のグレゴリーは神妙な面持ちで椅子に座っていた。
「そうですか、昨晩にそのような事件が……」
「はい。幸い犠牲者は一命も出ず、犯人の逮捕にまでは至ったのですが」
 簡単な経緯は九字原 昂(aa0919)が適当に伝えた。
「女性は先ほど目を覚ましましたが、人間とは思えない目で我々を睨みながら笑うだけで、話になりません。このような事件は、以前にもあったのでしょうか」
 グレゴリーは黙って小太りの腹を擦った。彼の癖なのだ。
 言葉の選別を終えたグレゴリーは、やがてこう語った。
「この街はいつしか、何者かに乗っ取られてしまったみたいです」
「乗っ取られた――」
 復唱するようにアリス(aa1651)は呟いた。
「最初からお話しましょう」

 ――最初に事件が起きたのは三ヶ月前に遡ります。
 老人の一人が家の中で殺害されてたんです。両手両足を失っていました。それは……最初からではなく、殺害された時にですね、失ったんです四肢を。それで強盗目的の殺人ではなく不思議に思って警察も頑張ってもらってたんですが、警察にも何人か死者が出始めると、これは只事じゃないと。
 犯人は三回の事件後にようやく捕まったんですが、次から次へと猟奇的な事件は収まらなかった。私がHOPEの皆さんに電話をしようとした時、この部屋に、丁度今皆さんが立っている所らへんに銃を持った青年がやってきたんです。受話器を落とした私は彼の言葉を聞く他ありません。それ以外に方法が見つからなかった。青年はこう言うんです。
「街は頂いた。お前がその電話を使って我々の邪魔をしてみろ。本物の地獄を教えてやる」

 グレゴリーはため息を一つこぼして口を閉じた。
「思ったより根が深いなこりゃ」
 壁に凭れていたベルフ(aa0919hero001)は手短に感想を終えた。昨晩の女性は捕まえたが、根本は別の場所にいるのだろう。
「申し訳ない。私がもう少し頭の使える人間だったら、被害は最小限に食い止められたはずだったのに。自分を守ることしか考えられなかった」
「街のトップなんだろ。自分を守るって選択は間違いじゃない。とにかく、今はどう行動するかが先決だ。グレゴリー、何か思い当たることはないのか」
 またぞろ腹を擦りながら考え事に耽る。思い当たる事、脳の引き出しを強盗のように探し回るが該当するものはどこにもない。彼は無念そうに、諦めて首を横に振った。
「一応、私も事件が起きる前に何かなかったのかと手掛かりを探しては見たのです。見つかったのはガス代の値段上昇、ネズミの大量発生、麻薬問題の事。麻薬が怪しいと踏んで、ちょっと踏み入った調べごともしたもんですが今回の件とは関連が無くてですね」
 何者かから利用されていた彼は、得体の知れない恐怖に支配されて知を半ば諦めたのだ。アリスは彼からの調査を九字原と調査に飽きかけている雪室 チルル(aa5177)に任せ、ジャヌスを襲った女性の家へ出向くことになった。家屋調査の許可はグレゴリーが手配しているが、家までここから少し遠い。両足を二百回動かしても着かない場所だ。些細な場所で体力消耗は望まれない。アリスはサーラ・アートネット(aa4973)に頼んで、戦車で迎えに来てもらう手筈を取った。


 隅から隅まで街を歩いても、そこは普遍な街であって異常さの欠片もない。違和感がない。違和感がないが、確かにこの街は何かに支配されている。飛龍 アリサ(aa4226)は周囲に目を走らせながら道を歩いていた。気分は一般市民の淑やかな散歩だ。
「アリサちゃん~、ちょっと休憩しましょうよう。ボクは疲れてしまったみたいです」
 黄泉(aa4226hero001)は周囲をキョロキョロする動きに疲れてしまった。人にぶつからないように神経も使う。初めてくる街だからというのも、疲労を貯めるものだ。
「まったく、しょうがないねぇ。どこで休憩する? 近くに喫茶店なんかがあればいいんだけど」
「小腹も空いちゃいましたからねえ」
 二人が手をこまねいでいると、後ろから歩いてきた若い夫婦が声をかけてきた。奥さんが声をかけたのだ。
「何かお困りかしら」
 飛龍は黄泉と顔を合わせた後、夫婦の方を向いてこう口を開いた。
「レストランか喫茶店を探してるんだよ。良い店、どこか知らないかい」
「ああ! それならウチに来るといいわ」
 奥さんは赤ん坊を胸に抱いていた。赤ん坊は胸の中で眠っていている。
 ウチに来るといいわ。飛龍と黄泉は二度、顔を見合わせた。
「買い物が終わって家に帰るとこだったのよ。美味しい料理で饗せるわ。いいでしょ? ヨハン」
「お人好しだな君は。……まあいいか、お二人が良ければ別に、我が家に来てもらっても構わないが」
 飛龍は暫く考えた後、微笑んで頷くことにした。
「じゃあお邪魔させてもらおうか。お金はいくら持っていけばいいんだい?」
「そんなそんな! サービスに決まってるじゃないか。困ってる人を助けるのが僕達の生きがいでね」
「ほお、立派だねぇ。一体どんなご馳走をしてくれるのか楽しみだよ」
 子供が生まれて幸せの絶頂期にいる人間が、その幸せを分けてやりたいと思う気持ちもあるだろう。本当にお人好しで、困ってる人を助けたいだけだと思う気持ちもあるだろう。夫婦は二人とも良い笑顔をしているし、心から歓迎してくれそうだった。
 だが、罠だという可能性も捨てきれなかった。飛龍からしてみれば、どちらも好都合だが。本物の良心ならば受け取るのが一番だし、罠ならば敵を知る良い機会になる。
 夫婦の家は歩いて五分の場所にあった。立派な二階建て住宅で、庭にはガーデニング趣味満載の模様が広がり、バーベキューの跡もあった。
 家の中は至って普通。フランスの画家、モネが描いた作品が壁に飾られていた。額縁もあるから、結構な値段はしただろう。
「リビングは二階にあるんだ。案内してあげてライサ。その間に俺は買い物の片付けをしておくよ」
「分かったわ。さあ行きましょ」
 十段ほどの階段を登ると、扉もなくリビングに着いた。遊び場となったバルコニーが見えて、シンクが左手にある。右手には木製のダイニングテーブルセットと広々とした空間。
「良い家だねぇ」
「ヨハンが喜ぶわ。さあ座って、オムライスを作るわ。最近作り方を覚えたの。その前にウォッカね。ライチのカクテル風味にできるウォッカがあるの、それをまず持ってくるわね」
 何とも楽しそうである。二人は椅子に腰を下ろすことにした。座り心地も中々よし。ライサは赤子をベビーベッドに乗せると、冷蔵庫の扉を開けた。
 机には二人分のウォッカが並んだ。半透明だ。「さあどうぞ」と言ってから彼女はキッチンに向かった。
 ――すぐには飲めない。喉が乾いていないとか、具体的な理由が原因ではない。飛龍は黄泉に待ったをかけて、最初にグラスに口をつけた。
 少しだけ時間を置いて一口だけ啜る。
 毒ではない。体の異変も特には感じられない。
 いや、あった。法医学に属していたから分かるのだ。このグラスには低体温症を引き起こす薬物が混入している。一口飲んだだけで指先に僅かな痺れが生じたからだ。
「この家は黒い。黄泉、変わったものがないかを調べよう」
「合点承知」
 卵を割る音が聞こえる。ライサは料理に夢中になっている。
 なるべく音を立てないように。何か、何か痕跡はないだろうか。元凶に辿りつく僅かな痕跡が。
 大きなテレビの隣にある戸棚を調べていると、黄泉は不意に足を掴まれた。最初は何かがぶつかっただけだと思いたかったが、それはしがみついてきた。
「ひッ」
 赤ん坊が漆黒の目で見つめていた。何をしているの? 目が問うていた。
「何をしてるの? あなた達」
 今度は声が問いかけてきた。飛龍は咄嗟に通信機のスイッチを入れて両手を上げた。片手に、ライサは鋸を持っているらしい。


 あたい達の出番ね! 声高らかに雪室が言った。
 見回りをしていた飛龍と黄泉が何者かに攫われたのだ。九字原は飛龍からの通信機を受信しており、公園に全員で集まって役割分担を再確認していた。時刻も十七時を回ると街灯が必要な程に暗くなっていた。
「先ほど飛龍さんがどちらの家に拉致されたのか位置情報が正確になりました。今から向かいにいきましょう」
「夜は危険よ」
 志賀谷は昼にジャヌスを街の外で控えていたHOPE職員の下へ届けていた。その時、ジャヌスは志賀谷に夜は危険だと言ったのだ。理由は分からないが、犯人が何人も蔓延っているのだと推測できる。
「夜は単独行動は控え、必ず二人以上で行動しましょう。しかし全員で行動するのではなく、なるべく様々な方向から目的地を目指して移動します。街の人々が襲われていた場合、散開していた方が臨場できる時間が早まるからです。よろしいでしょうか」
「なしなし! 早く助けにいこうよ」
 その場で足をジタバタさせる雪室の体をスネグラチカ(aa5177hero001)が掴んで止めさせた。
「はいはい落ち着く。飛龍さんはまだ無事なんだよね?」
「リンカーはそんな簡単にはやられねえだろうよ。ただ通信がねえから、こっちから迎えに行かないとな。何か重要な発見をしてくれたかもしれねえ」
 班分けが終わる頃には月が見えていた。もう外は真っ暗で、昼の賑わしい情景は闇へ消えてしまった。今はただ静けさが街を司っている。
 飛龍は街の南西の方角に位置する住宅にいる。一時間前に通信機が入って以降、これといった連絡がない。
 オブイエクト266試作型機(aa4973hero002)と一緒に行動をしてたサーラ、魔女は最短距離で目的地まで急いだ。最中も周囲への監視は忘れない。異様な音、景色を探るため暗闇の中でも光る感覚を研いでいた。
 歩道で蹲っている人間がいる。サーラは戦車を止めて、二人でその人間へと知がづいた。最初は影だけだったが、近づけば丸みを帯びた背中が見えた。スキンヘッドの男のようで、この寒い中上半身を外に曝している。
「そこの人、立ち上がって両手を上げるのです!」
 サーラの問いかけには答えず、男は手にしていたナイフを落として蹌踉めく動作で立ち上がると、首だけを後ろに向けた。
 ナイフの先は赤かった。
 ラーサはメルカバを構えて前へ踏み出し、男の足に振りかざした。床に仰向けに倒れた男の上からもう一度振りかざし足の骨を殺す。
 目の前に男が殺した人間がいた。これは、死んでいるのは人間だが、人間だと信じる方と信じない方のどちらがまだ優しいのかサーラには分かり兼ねた。
 魔女の通信機に九字原から着信があった。
「九字原です。複数人の男女に襲われ、目的地の到着は少し時間をかけます。なるべく急いで向かってください……!」
 通信機を切ると、魔女は走って飛龍が捕らえられている家まで到着した。
 家の灯りはついていて、玄関には指紋認証式の鍵がかかっていた。やむを得ず拳銃で破壊すると、サーラに出入り口を見張っているように言って魔女は玄関を越えた。
 一階……バスルーム、トイレ、倉庫、駐車スペースにはどこにも姿がなかった。二階、リビングにもいない。灯りだけがついている。
 一階を探していると、不穏な風がどこからか魔女の髪を撫でた。一階の窓は全て閉めている。玄関の扉すら。魔女は風の音を探した。
 ……見つけた。駐車場の東に面する壁から微かに隙間風の音が聞こえるのだ。注意深く観察すると、擬態ドアの姿が明らかになった。この家族はどういう理由があってか、扉を壁の中に隠していたのだ。
 鍵は開いている。扉を開けると、この家族がどうしてドアを擬態させなければならないのか、理由について触れることになった。
 家族は包丁を両手に立っていた。木の板で出来たベッドが二つあって、その二つに飛龍と黄泉が括り付けられていた。まだ、二人は無事だ。
「ああ魔女さん! 早くボク達を助けてほしいですぅ! このままじゃ殺されてしまう~!」
「落ち着いてください――そこのお二人、武器を捨ててください」
 簡単に言うことを聞くわけはない。銃を構えて、足を目掛けてトリガーに手を掛ける。すると、意識外からの攻撃が彼女を襲った。頭に錘が乗ったのだ。肘で錘を攻撃して銅を掴み、なんとか引き剥がす。
 腹部に暖かい感触を得ていた。気を取られている間に男の方が、包丁で魔女の腹を刺していたのだ。
「リンカーか。貴様には、我々の当然の罰を受けてもらわねばならない」
「あなたは一体、誰なのですか」
「地球に寄生するモノ。邪魔者は、死ぬだけだが」
 先ほど襲ってきた錘は赤ん坊だった。赤ん坊は魔女の足を掴んで離さない。その力は赤子とは言い難いもの。
「させないともよー! ええい!」
 雪室の声だ。彼女はいつからか増援に訪れていたのだ。雪室は魔女の股下を潜り抜けると男の足を引っ張って地面に倒し、前にいる女性に力一杯クリスタルフィールドを投擲して一撃で意識を失わせると、飛龍と黄泉の拘束を剣で壊した。
「助かったよ。この借りはいつか返させてもらおう」
「えっへん。怪我がなくて何よりだね!」
 魔女は腹に刺さるナイフを抜いて、男の足に発砲し、赤子はアレストチェーンで拘束した。


 捕らえられた飛龍だが、元凶発見に至る有益な情報を手にしていた。それは、ネズミだ。
 魔女の調査で、飛龍が捕らえられていた部屋にはネズミが多く潜んでいた。さらなる調査で、あの部屋には地下通路に繋がる道が出来ていたのだ。一度休息を取り、翌日の昼に調査に向かうことになった。
 ――地下は薄暗く、異臭が充満している。Alice(aa1651hero001)は鼻を抑えながら言った。
「酷い香りだね。この香りが酷いんじゃなくて、この香りを発生する過程が酷いという意味なんだけれど」
「そうだね。きっと、地獄もこの香りに近いんだろうね」
 いくつにも分岐した道。地下通路も、再び班分けを必要とした。アリスは志賀谷と一緒に動いていた。敵の姿は見えないが、進むにつれて臭いの濃度が高まっている気がした。
「ん……? あれは」
 志賀谷は何重ものチェーンによって閉ざされた門を発見した。チェーンを解いてみようと試みるが、時間をかけるだろう。
「門、離れて」
 志賀谷が門から離れると、アルスマギカを取り出したアリスは本を開いた。すると門に火がついて、暫くするとチェーンを錆びた。
「少しは壊しやすくなったはず」
「納得ね。後は私に任せて」
 雪華の刃が引き抜かれ、速攻を極めたそれは瞬きをする前にチェーンを断ち切った。錆びついた音を立てて門が開き、二人は中へと急いだ。
 奥側から明かりが見えた。それと同時に、逃げてくるネズミが何匹も視界に入った。
 明かりが元凶を照らしていた。グロテスクと思えるほどの見た目は卵のようで、粘液を周囲に撒き散らしながら天井から生えている。
「多分、アレが元凶よね」
 その大きさは五メートルはあるだろう。それに異様な刺激臭が鼻につく。志賀谷は霧祓の仮面を装着した。
 ――……そのゴツい仮面は?
 アリッサが尋ねる。
「空気感染とか怪しいからね。念のためだよ」
 アリスは、はっと息を呑んだ。気づけば自分の体に炎が取り憑いていたからだ。足が燃えている、熱い。そして、まるで人形のようにあっさりと腕が落ちた。いや、落ちた腕は人形そのもので断面は空洞だ。でも自分の右腕がない。
「人形……?」
 志賀谷は様子のおかしいアリスの肩を叩いた。
「大丈夫?」
「分からない……」
 志賀谷は愚神に向き直ってサルンガを放った。薄明かりの中で太陽の光は輝き、かの躯体に当たった途端に破裂した。途端、志賀谷の両手と首に二つの蔦が巻きついた。
 彼女は軽々と持ち上げられ、キリキリと蔦は体を締め付けた。
「発射!」
 風のような声が聞こえたと同時に爆発音が轟き、志賀谷を締め付ける蔦が折れた。サーラは投光器を前方に投げ、後援から訪れた雪室と魔女の助けとした。
「なるほど、これが元凶ですか……」
 三人は砲台を構えたが、しかし照準が合う前に三つの蔦が彼女らに伸びていた。
 その前に立つ九字原は雪村で一閃した。三つの蔦は獲物に届く前に地面に落ちたのだ。
「援護は僕にお任せを」
「助かるのであります!」
 射出! の声の名のもとに一斉に砲撃が開始された。弓矢と砲撃を直に食らった愚神はいくつもの蔦を伸ばして反撃したが、蔦は全て炎が燃え上がり焦げ落ちてしまった。
 二度目の砲撃、三度目の砲撃――愚神の本体に火が燃え移り、衝撃で一部が砕け散った。
「もう少しであります! 構え! 撃て!」
 四度目の砲撃。志賀谷も砲撃に合わせ矢を放った。四人の攻撃は愚神本体に突き刺さり、その躯体を地面に堕落させた。
 気づけばアリスの右腕は元に戻っていた。彼女はその腕を撫でて、血の流れを感じた。


 救急車が何度も往復する中、サーラはグレゴリーの部屋で死者名簿を作っていた。事件に巻き込まれた死者の名簿だ。
「……私は……本当に彼らを救う手立ては出来なかったのだろうか……」
 後の捜査で、狂っていた市民は皆あの愚神に支配された一般市民だと知る。その市民を、否応ながらも撃たなければならず、中には死んだ人間もいた。
「……出来なかった。それは仕方がないことだ。だが忘れるな。我らは彼らの犠牲を受け入れ、精進しなければならないのだ。……それが軍人ってやつかもな。まだ覚悟が足りないんだろ」
 オブイエクトが静かに言った。
 急展開を見せた事件ではあったが、ひとまずは片付いた。グレゴリーは安堵から何度もため息を吐いては、外を眺めていた。これから警察やら書類やらマスコミやらと面倒ごとは絶えないだろうが、死の恐怖から逃れられるなら何だって来てくれていい。
 飛龍は、自分を襲った家族を精神病院へと届けていた。
 精神病院はその夫婦だけでなく、感染した他の市民たちもお世話になることになっている。支配されていた時の凄惨な記憶は脳にこびりついていて、皆が等しくPTSDを患っているのだ。
「ねえアリサちゃん、幻覚はどうだったの?」
「幻覚? ああ、アリスが言っていたことか」
 飛龍もまた、アリスと同じように幻覚の攻撃を食らった。
「色々あったさ。あの戦いの最中、死ねと何者かから言われたり自分の血管に虫が這っているような気さえした。幻覚と気づけて何よりだねぇ。普通の人間だったら、それがもしナイフを持ってたら自分の体を引き裂いていたに違いないから」
「もしかして、感染した人も皆そうだったんですかねぇ。勿論支配されていたけど、その支配っていうのもまた幻覚だったりして……」
「うん? そいつは、神のみぞ知ることになってしまったけれどね」
 精神病院に届けた後は負傷した仲間達の手当だ。
 人間には支配欲求がある。何者かから支配されることに喜びを見出すのは、全ての人間が持っているものだ。大きいか、小さいかは個体差があるが。
 人間は強そうに見えて弱い、弱そうに見えて強い。ただ確かに言えることは、何者かから支配されてそれが正しいと教え込まれた場合、そしてそう思う人数が多ければ多いほど、人間とは残酷で恐ろしい生き物になりかねないという事だ。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 双頭の鶇
    志賀谷 京子aa0150
    人間|18才|女性|命中
  • アストレア
    アリッサ ラウティオラaa0150hero001
    英雄|21才|女性|ジャ
  • 誓約のはらから
    辺是 落児aa0281
    機械|24才|男性|命中
  • 共鳴する弾丸
    構築の魔女aa0281hero001
    英雄|26才|女性|ジャ

  • 九字原 昂aa0919
    人間|20才|男性|回避

  • ベルフaa0919hero001
    英雄|25才|男性|シャド
  • 紅の炎
    アリスaa1651
    人間|14才|女性|攻撃
  • 双極『黒紅』
    Aliceaa1651hero001
    英雄|14才|女性|ソフィ
  • 愚者への反逆
    飛龍 アリサaa4226
    人間|26才|女性|命中
  • 解れた絆を断ち切る者
    黄泉aa4226hero001
    英雄|22才|女性|ブレ
  • さーイエロー
    サーラ・アートネットaa4973
    機械|16才|女性|攻撃
  • エージェント
    オブイエクト266試作型機aa4973hero002
    英雄|67才|?|ジャ
  • さいきょーガール
    雪室 チルルaa5177
    人間|12才|女性|攻撃
  • 冬になれ!
    スネグラチカaa5177hero001
    英雄|12才|女性|ブレ
  • エージェント
    浅野 蓮aa5421
    機械|18才|女性|命中
  • エージェント
    ロータスaa5421hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
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