本部

お客様の中に……

一 一

形態
ショート
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2017/11/29 20:12

掲示板

オープニング

●それは何の前触れもなく
 日曜の休日に昇った太陽が、そろそろ最高点から下ってくるだろう頃合い。
 都内のとあるデパートでは、1週間の内でも混雑する時間帯とあって大勢の人々でにぎわっていた。内訳は、家族連れが多いだろうか? 昼食時ともあって、飲食店や総菜店などに客足が集まっているように見える。
 続々と店内を移動する人々は、その大半がエスカレーターやエレベーターを利用する。今も、1階入り口から少し歩いた場所にあるエレベーター乗り場では、多くの人を飲み込んだり吐き出したりを繰り返していた。
「……ん?」
 最初に違和感に気づいたのは、誰だったのか。
 エレベーター特有の浮遊感を覚えながら、ふと、普段とは違う小さな振動を感じてぽつりと疑問の吐息が漏れる。
 それは複数の人がいても1人しか気づかないような、本当に些細なことだ。
 しかし、その現象がフル稼働する4台のエレベーターすべてで一斉に生じたのは、確かな異常に他ならない。
「な、なんだ!?」
「地震か!?」
 無論、密室にいる人々に別のエレベーターの様子まで知れるはずもなく。
 徐々にエレベーターの振動が大きくなったことで、他の乗客も異変に気づく。
 そして、階数を指定するボタンに近い位置にいた乗客が非常用ボタンへ腕を伸ばした瞬間。
 誰もが明確に理解できる恐怖に変わり、襲いかかる。
『――ひっ!?』
 最初に、エレベーターの内壁すべてから ぶにゅぅっ と何かが生えた。
 悲鳴を上げる間もなく、生えた何かは急速に成長し、乗客の身に絡みつく。
 ほんのりと生温かく、ヌメヌメとした粘液を表面にまとったそれらは。
 まるでミミズを思わせる、ピンク色の巨大な触手だった。

●人食い箱から救えるのは
「まずい! 早く、各フロアにいる社員や警備員に知らせて、客を避難させろ!」
 真っ先に異変に気づいたのは、デパートの警備室で防犯カメラをチェックしていた警備員だった。それなりに大きいこのデパートでは一定数の警備員が常駐しており、映像を映すモニターを把握できる警備室にも数名の警備員がいた。
 初めは、あまりにもあんまりな光景を映すエレベーター内部の映像に呆然としていた警備員たち。とはいえ、ほぼ同時に4つのモニターが砂嵐に染まったのをきっかけに再起動し、あわてて非常事態を客、社員、警備員らに知らせるために走り出した。
「もしもし!? H.O.P.E.ですか!?」
 残った警備員もすぐにH.O.P.E.へ通報。エレベーターの異変に飲み込まれた乗客の救助のため、エージェントを派遣してもらおうとした。
『……残念ですが、すぐに派遣することは難しいです』
「そ、そんな!? どうにかなりませんか!?」
 しかし、タイミングが悪かった。
 対応に出た職員によると、ほぼ同時刻に別の場所で愚神が出現したという報を受け、エージェントたちが出払った後だという。焦る警備員の声に、職員は『すぐに手が空いているエージェントと連絡を取ってみる』と言い残し、通話を切った。
「クソ! それで間に合わなかったらどうするんだ!」
 H.O.P.E.職員への八つ当たりだと自覚はあったが、それでも警備員の口からは悪態が出てしまう。
 見る限り、エレベーターは従魔に乗っ取られたと考えるのが妥当であり、そうすると内部にいた乗客は真実『従魔の腹の中』にいることに等しい。
「……こうなったら、一か八かだ!」
 少しの間だけ思案した警備員は、デパートの社員へH.O.P.E.職員とのやり取りを含め連絡し、あるアナウンスを流すように指示した。
『どなたか! お客様の中に、エージェントの方はいらっしゃいませんか!?』
 数分後、デパートの全フロアにせっぱ詰まった放送が響く。
 デパートの店内呼び出しアナウンスの中には、客にわからないような表現を用いた業務連絡として用いられることもある。今回は人命を優先してやむを得ず、直接的な呼び出しを行ったのだ。
 一刻も早く捕まった客を救出しなければ、取り返しのつかないことにもなりかねない。
 しかし、エージェントが必要なほどの事態だと客にも知らせることになり、混乱は避けられない。
 葛藤の末、藁にもすがる思いで流された店内放送は、果たして希望をつかめるのか?
 カメラ映像を睨みつける警備員は、幸運を祈るしかなかった。

解説

●目標
 従魔討伐
 一般人救出

●登場
 エレベーター従魔×4…デクリオ級。買い物客を乗せたエレベーターに憑依。乗客を壁面から生やした大量の触手で捕縛し、ライヴスを吸収中。触手は大きなミミズのような色・形・ぬめりであり、結構グロテスク。知性は薄く、人のライヴスへの執着が強い。

(PL情報
 被害者のライヴス捕食中は通常のエレベーターと同様に稼働し、ダメージを負ったラウンド(以下、Rと表記)のクリンナップフェーズ(以下、CFと表記)に捕獲人数×1d6生命力回復。連携行動はせず同じフロアで停止しない。1フロア滞在時間は3~6R、1体につき人質は5~10名程度)

 能力…防御↑↑↑、命中・生命力↑、攻撃・回避・イニシアチブ↓↓

 スキル
・触手縛り…射程1~5、単体物理、物攻+50、命中+100、大量のヌルヌルブヨブヨ触手で対象を捕縛、命中→BS拘束+減退(1)+封印付与、BS拘束の回復と連動でBS減退回復、BS拘束の回復はBS封印回復後のみ可能、CFで減退ダメージ分生命力回復、捕縛中は別対象への使用不可

●状況
 都内某所の地上10階・地下2階建てデパート。
 日曜日の昼頃で客の人数がそれなりに多く、従魔出現のアナウンスで店内は多少混乱中。
 各フロアの社員がエレベーター乗り場から人を遠ざけ、避難誘導は比較的スムーズ。

 PCたちはたまたま来店中(理由は各自おまかせ)に放送を聞いて名乗り出る形。
 1階のエレベーター乗り場に集合し、現場の警備員から事件の説明を受け行動開始。
 エレベーターは等間隔で横一列に4台並び、出入り口付近の空間はさほど広くない。
 被害者の安全や今後の営業も考慮し、ケーブル切断などエレベーターの破損は極力避ける。

●その他
 階層の移動中はR消費を伴う非戦闘状態扱い(従魔含む)。
 消費R数は移動手段や階数の差などの条件により変化。
 救出までに経過したR数に応じ、被害者の衰弱レベルが変動。

リプレイ

●集う希望
「クラリス!」
「エージェントを名指しとは、穏やかではなさそうですわね」
 デパート内のイベントで風船配りのボランティアをしていた蔵李・澄香(aa0010)とクラリス・ミカ(aa0010hero001)は、放送を聞いた瞬間に走り出していた。
「やれやれ、食材の買い出しに来たら、大変な事になっているね。――無月、行けるかい?」
「無論だ、常在戦場は私の心得、人々を守る為なら、いつでも私は戦える」
「よし、じゃあみんなと力を合わせて助けよう」
 食品売場にいたジェネッサ・ルディス(aa1531hero001)と無月(aa1531)も、短く互いの意思を確認。共鳴を果たすと人混みを縫うように走り抜ける。
「――アルティラちゃん、買い物はまた今度でいいかな?」
「もちろんです! 一刻も早く皆さんを助けましょう!」
 数着の洋服を持ち放送の声を見上げる風代 美津香(aa5145)のつぶやきに、同じく数着の洋服を持たされていたアルティラ レイデン(aa5145hero001)は即答。洋服を戻してアパレルショップを飛び出した。
「はあ。折角の休日がとんだ騒ぎね」
「全くだ。しかし、やむを得ない。死者が出る前に速やかに討伐するぞ」
「そう、そうね。そうしましょう」
 休日の気晴らしにデパートを訪れていた鬼灯 佐千子(aa2526)はため息をこぼすも、リタ(aa2526hero001)の真剣な表情に促されてエージェントの顔になる。
「偶発的な発生とはいえ、驚きですね」
「……ロロ」
 他にも、たまたま近くを通りがかった構築の魔女(aa0281hero001)と辺是 落児(aa0281)が、避難してきた客から話を聞いてデパートへ入っていった。
「あー……」
「ちょっと! 手伝いなさいよ!」
 そんな中、スネグラチカ(aa5177hero001)と雪室 チルル(aa5177)は始まる前から負けかけていた。
「駄目だこれ、もう口に入らないや」
「まだ半分以上残ってるんだからね!」
「元はと言えばチルルが『せっかくだし大盛りパフェ食べよう』って言い出したのが悪いんじゃん!」
「うっさいわね! 時間内に食べ切れたらタダだって言ったら、あんたも乗り気だったじゃない!」
 ついでに、能力者と英雄の絆も壊れかけていた。
 未だそびえる甘味の山は、一向に攻略の糸口が見えない。
「そんなの……ん? エージェントを呼んでるみたいだけど……?」
 だがスネグラチカが放送に気づくと、チルルは光明を見いだし立ち上がった。
「! き、きっと助けを待ってるに違いないわ! 途中だけどご馳走様! 緊急事態だから!」
 こうして、大義名分という逃げ道を掲げたチルルたちは、店を脱兎のごとく後にした。
「食い物の恨み、晴らしてやる……!!」
『(ちょっと、何持ってきてるの!?)』
 別の飲食店からは、チルルと真逆の心境なレオン(aa4976hero001)が憤怒の形相で飛び出した。呼び出しがあった段階で共鳴した葛城 巴(aa4976)は、食べかけのパンを持ったまま自分の姿で爆走するレオンにつっこみ、珍しく立場が逆転している。
「なにもこんな時に現れなくていいのに……」
「ぼやいたって何の得にもならん。お前さんにできるのは、さっさと従魔を始末することだけだ」
「まぁ、僕も分かってはいるんだけどね……それじゃあ、早い所終わらせようか」
 レオンに続いて走る九字原 昂(aa0919)は突然の呼び出しで気落ちし、ベルフ(aa0919hero001)が常と変わらぬ飄々とした態度で肩を竦める。早々に踏ん切りをつけた昂はベルフと共鳴し、意識を戦闘へとシフトさせた。

●駆ける・どつく・さらう
「――基本方針は以上です。後は情報交換を密に行い、臨機応変に行きましょう」
 警備員から概要を聞き、他のエージェントを見て少し落ち着いたレオンから作戦が提示され、全員が同意。1階にとどまるレオンはそのまま、黒白1組の槍を構えて上昇ボタンを2つ押した。
「サクサク終わらせて、飯に戻るぞ……っ!」
 訂正。まだまだ冷静とは言えない模様。
「僕は最上階へ」
 燃えるレオンの後ろを、警備員や仲間の持つ通信機やスマホなどが繋がったことを確認した昂が通り過ぎ、纏った『地不知』で階段を縦横無尽に走る。それを皮切りに、他のメンバーも次々と階段を上っていった。
「魔法少女クラリスミカ! あなたのハートにくらくらりん!」
 唯一、澄香は店内の方へ向かい共鳴。アイドルという肩書きと、共鳴時のファンシーな演出を利用して避難する客の視線を集める。
『これより。エージェントがエレベーター付近で救助活動を行いまーす。皆様は落ち着いて下さい。ご安心くださーい』
 次に澄香は『マジックブルーム』で浮遊し、幻想蝶から取り出したエンジェルスピットにイベントで使っていたマイクを繋げて、混乱防止のために人々へ呼びかけた。自身はフロアの天井付近を飛んで移動し、エスカレーターの吹き抜け部分を道にして上昇していった。
「腹ごなしにはちょうどいいわね!」
 1階ではレオンとともに残ったチルルが上昇ボタンを2つ押し、エレベーターが地上階で止まるよう試みる。
『人質がいるの、忘れないでね』
「わかってるわよ!」
 共鳴したスネグラチカから大盛りパフェ騒動の前科により信用のない声を受けつつ、ウルスラグナを構えた。
「1番、交戦します! 被害者は7名! 残りは上昇中です!」
 間もなく、向かって1番左のエレベーターの扉が開き、チルルから借りた通信機で他のメンバーへ敵の移動を知らせる。
「ちっ、寄るなクソが!」
 で、食事妨害の原因には口汚く悪態をつき、レオンは伸びた触手を烏羽で弾き落とした。
「いくよーっ!」
 続けて、横から滑り込んできたチルルが『守るべき誓い』で威嚇。レオンへ集まりつつあった触手を引き受けた。
「救出は任せたよ!」
「わかりました!」
 自然とチルルが攻撃と囮を、レオンが救出と補助を担うことになり、人質に巻き付く触手を槍で切り裂いていく。
 すると、餌を奪おうとしたレオンに触手が反応し、ピンクのウネウネが標的を変えた。
「あんたの相手はあたいだ!」
 レオンに届く手前、またもチルルが『ハイカバーリング』で割り込む。レオンと人質を狙った『触手縛り』を引き受け、ぎゅうぎゅうと圧迫される。
「うっ……! ぱ、ぱふぇが……」
『出さないでよ!?』
 当然、胃も潰されさっき戦った山の一部が上ってくる。苦悶の表情のチルルに、スネグラチカは大いに焦る。
「雪室さん!」
 醜態をさらす前に、人質を連れ去るレオンから『クリアレイ』が放たれた。清浄なライヴスを嫌がったのか、触手が素早く後退する。
「よくもやったなー!!」
 体勢を立て直したチルルは激昂。自業自得な部分から目をそらし、逃げる触手へ『ライヴスリッパー』で追い打ちをかける。
「……あれ? なんか止まった」
「今の内に、全員避難させましょう!」
 それにより、従魔はライヴスが乱れ動けなくなった。チルルも一瞬呆けた後、レオンの言葉に従って人質の運搬に動いた。

「準備はいいですか?」
「大丈夫だよ!」
 3階で待ち構えるのは佐千子と美津香。左から2番目のエレベーターの下降ボタンを押した佐千子に、美津香がファラウェイを掲げて応える。
「こ、のっ!」
「H.O.P.E.から救助に来たよ! 私たちが来たからには、もう安心だからね!」
『皆さん、もう少しの辛抱です。必ずお助けします!』
 数秒後、エレベーターの扉が開くと同時に殺到した触手を佐千子が押しとどめると、美津香とアルティラが『守るべき誓い』とともに人質へ声をかけ、従魔の意識を集めた。
「助けられる人も、私みたいな物騒なアイアンパンクより、風代さんみたいな如何にもエージェントって人に助けられたほうが……なんて思ってたけど――」
 状況を考慮し、自身の主要武器である銃火器や爆発物ではなく、透明な棺型の盾で挑む佐千子は触手をどけつつエレベーター内部を確認。
「そんな悠長なこと、言ってられないみたいね!」
 素早く視線を巡らせ、顔色が悪い9人の要救助者を確認した佐千子は手近な触手へ体当たりを行い、拘束を緩めていく。
「くっ! しまった!」
『美津香さん! 大丈夫ですか!?』
 その間、従魔の気を引いていた美津香が『触手縛り』に捕らわれ、アルティラの声に焦りが浮かぶ。
「だ、大丈夫だよアルティラちゃん。乗客の皆はもっと辛い目にあっていたんだから、この程度で音を上げてちゃ、皆に笑われちゃうよ」
「風代さん!」
「鬼灯ちゃんはその人たちを! 私が、引きつけてる内に!」
 一般人への接触に気を遣いながら数人を確保した佐千子は、捕縛された美津香に目を丸くする。が、その美津香から救助の優先を促され、確保した人々を連れて急ぎ離脱する。
「これ以上、傷つけさせない!」
 そうして一身に従魔の触手を受け持った美津香は時に触手へ攻撃し、時に『クロスガード』や『ハイカバーリング』で解放された人質を守りながら、ダメージ覚悟で立ち向かう。
「……っ、もどかしい!」
『サチコ、落ち着け。焦りは不要な失敗を招く』
 一方、そのまま佐千子は救出を続けるが、他者との接触への忌避感からか動きが鈍い。リタの声で冷静になろうとするが、強く根付いた感情を振り払おうにも、機械化した四肢を目にするごとに躊躇が生まれた。
 それでも、立ち止まることだけはできない。己の臆病さとも向き合いながら、佐千子は必死に人々へ手を差し伸べた。

「この階に近い個体は……」
 壁を蹴る立体的な移動により5階に到着した構築の魔女。左から3番目にある扉用の上昇ボタンを押すと、程なくして無月も階段から現れた。
 そしてエレベーターの扉が開き、構築の魔女へと触手が迫る。
「こちら5階、3番の従魔を確認しました。人質は10名です」
 それを体捌きのみで躱しきった構築の魔女は、すぐに他の仲間へ通信を飛ばす。
「H.O.P.E.のエージェントです! これから救助を……っ!?」
 回避による跳躍から体勢を整え、愚者の双銃を構えた構築の魔女は続けて人質へと声をかけるが、一切の反応がない。
「ライヴス減少による昏睡状態……時間はかけられませんね!」
 瞬時に状況を把握した構築の魔女は『フラッシュバン』をエレベーター内へ放り、銃弾を撃ち込んで光を爆発させる。
「私が救出に行く!」
 その光が収まらぬ内に、無月が触手の中へ突っ込んだ。『フラッシュバン』のライヴスも食らおうとしたのか、光を包もうとする触手の動きを見逃さず、無月は人質を抱える触手を雷切で切断する。
「もう大丈夫だ。貴方達は命に変えても――」
『危ない、無月!』
「っ!?」
 そのまま抱えて離脱する寸前、獲物を奪われたことに気づいた従魔の触手が無月に迫る。ジェネッサの警告で無月はとっさに構築の魔女にアイコンタクトを送り、人質をエレベーターの外へ引っ張り出した。
「あぐっ! ふ、不覚! ……う、うぁああ!」
 それが明確な隙となり、無月は『触手縛り』に捕まってしまう。
『無月、頑張るんだ!』
「うぅ、だ、大丈夫だ。例えこの身が朽ちようとも、心までは決して屈しない……! ぐぅう、っ!?」
 ジェネッサの声へ気丈に返す無月だったが、想定よりも弱い触手の力からすぐに抜け出せないことに困惑する。
「無月さん!」
 そこへ、人質を安全圏へ運んだ構築の魔女がアナーヒターの魔法弾を触手へ撃ち込む。拘束の弱まりを察し、無月は触手をこじ開けなんとか脱出した。
「感謝する」
「他の階から情報が。あの触手に捕まると、こちらのライヴスも奪われるようです」
 体に付着した粘液を払い落としつつ、無月は構築の魔女からの情報に耳を傾けた。
「私は従魔の急所を確認しつつ援護射撃を。無月さんは人質救出に専念してください」
「承知した!」
 目に『弱点看破』のライヴスを集中させて告げた構築の魔女の言葉に、無月は短く応答。うねる触手と相対し、再度挑みかかった。

「残っているのは、4番ですね」
 他の階にやや遅れ、昂が最上階へ到達。すぐに左から4番目の下降ボタンを押して、戦闘体勢を取った。
「……凄まじく目立った」
『お疲れさまです』
 また、各階で衆目を集めた澄香も箒で飛来し、スピーカーをしまいつつエレベーター乗り場へ合流。リボンからするクラリスの楽しげな声に、澄香は自然と渋面に。
「蔵李さん、来ました!」
 直後、10階に到着したエレベーターの扉が開き、近くにいた昂へ従魔の触手が殺到する。
「っ、なるほど、いささか面倒ですね」
 飛鷹で初撃を受け流し、仲間から得た情報通り意識のない人質を見た昂は思考を巡らせる。壁や天井に触手で捕縛された人数は、全部で10人。
「私が露払いを!」
 後方から澄香の声と同時、移動補助に抜いた風魔の小太刀から持ち替えたアルスマギカが『銀の魔弾』を生成し射出した。
「助かります」
 かなりの痛撃に怯んだ触手の合間を縫って、昂は人質救出に集中。澄香の魔法攻撃で拘束が緩んだ触手を飛鷹で切断し、解放された人質を抱えて離脱する。獲物を奪われた従魔は餌を取り戻そうと、昂の背中に触手を伸ばした。
「魔法少女っ、舐めんなっ!」
 が、澄香が銀晶の円盾で妨害し、お返しにと魔法攻撃を触手へぶつける。
「――触手の防御がかなり厚く、他の階は苦戦しているようです。早急に片づけて、援護に向かいましょう」
 少しして戻ってきた昂は、通信機から聞こえる仲間の様子を澄香に伝えて頷きあう。現状、澄香の攻撃には確かな手応えがあったからこその判断だった。

●救出完了・フルボッコ
「っ、鬼灯ちゃん!」
「すみません、数人がまだ中です!」
 3階では美津香が陽動、佐千子が救出を行ってきたが、扉が閉まるまでに全員を引きずり出すには至らなかった。悔しげな表情を浮かべて2番の動きを見ると、一度2階へ降りたところでまた上昇し始めたことを確認する。
「待て! ぐっ!?」
 同じタイミングで5階の扉も閉じていき、無月がエレベーター内に割り込もうとした。しかし大量の触手の壁に妨害され、無理に突破しようと放った『毒刃』も通らない。
「……こちらの思うようには、させてくれませんか」
 さらに、扉の安全装置を操作しつつ、警備室やエレベーターの制御盤近くにいた警備員へあらゆる停止措置を要請した構築の魔女も、そのまま閉じる扉に歯噛みする。
「私は3番を追います! 無月さんは彼らを避難させた後、鬼灯さんと風代さんに合流してこの階で2番の対処を!」
「了解した!」
 通信機からの情報をまとめ、すぐに次の行動を伝えた構築の魔女に頷き、無月は2番の下降ボタンを押して一度乗り場から人質を遠ざけた。

「やった!」
 そんな中、人質に注意しつつ攻防を繰り返していた10階では、澄香から放たれた『銀の魔弾』が再び着弾。余力を失った触手が消滅し、人質がぐったりと倒れ伏す。
「蔵李さん。たった今2番と3番が再び人質を取り込み、上昇を開始しました。警備員に依頼していたエレベーターの遠隔操作による停止は、いずれも失敗。従魔がエレベーターを直接操作していると思われます」
 しかし、続く昂の説明は芳しくない。無力化されたエレベーターから気絶した人々を運びつつ、澄香へ他の援護に向かうよう促した。
「なら、ショートカットよ!」
 すると澄香は3番の扉へ手をかけ、強引に解放。奈落のような縦穴からエレベーターが上昇する音を聞く。
『澄香ちゃん。緊急事態のエレベーターの扉は、こじ開け方があるんですよ?』
「何で知ってるのさ!?」
『以前、色々な特許を眺めていたら見かけたのです』
 クラリスの知識の幅に驚愕しつつ、澄香は『マジックブルーム』に残るライヴスすべてを用いて飛翔。移動中の従魔の天井へ降り立つと霧散する箒を手放し、装備を盾に持ち替えてから救出用ハッチに手をかける。
「お待たせしました!」
「――今です!」
『「捉えている人を離しなさい!」』
 そして昂は双銃を手に現れた構築の魔女との合流と同時に8階のボタンを押し、澄香へ合図を送る。直後、ハッチを開けた澄香は『支配者の言葉』を従魔に叩きつけた。
「九字原さんと築先輩は人質の避難を!」
「了解です」
「お願いします、澄香ちゃん」
 エレベーターの扉が開くと、床に倒れた人質の姿が。昂と構築の魔女は瞬時に救出へ走り、ハッチを通って8階に降り立った澄香が触手を魔法で迎撃する。
「――ふぅ。残りは2体、ですね」
 避難者を安全な距離まで運び、すぐさま戻ってきた昂と構築の魔女も攻撃に加わった。程なくして『ストライク』が触手の根本を穿ち、従魔は消失。警備員に被害者の回収を依頼してから、3人は急いで階段を駆け下りた。

「無月さん!」
 再び5階。被害者を遠ざけた無月が乗り場へ戻ると、階段から構築の魔女が呼んだ佐千子と美津香が姿を現し、2番の扉が開いた。
「待っていて、すぐ助けるから!」
 目の前で連れ去られてしまった人々を再び見つめ、今度は美津香が攻撃へ打って出る。ファラウェイで人質を抱え込む触手を攻撃し、壁から離れたところを受け止めた。しかし、例のごとく攻撃用の触手が美津香へ集中する。
「こういうのは元々、こんな身体のせいで無駄に頑健な、私の領分よ!」
 ただし、今度は佐千子が美津香のカバーに入り、『触手縛り』に包まれる。瞬間、リフレックスが発動したのか、周囲の触手が若干怯んだ。
「……ッ。気持ち悪いを通り越して、おぞましいわね……」
 触手でぐるぐる巻きにされた佐千子は、棺型盾から見える光景に思わず顔がひきつる。AGW越しだがライヴスを吸われる感覚もあり、不快度は最悪に近いレベルだ。
「彼らを運ぶ! 少しの間、持ちこたえてくれ!」
 残る無月は佐千子へ声をかけ、美津香から被害者を受け取り安全な場所へ。人数と役割が増えて救出速度が上がり、今度こそ全員を連れ出せた。
「後は、従魔を撃退するだけだ!」
『今までの借りを返してあげよう!』
 人質を気にする必要がなくなり、無月とジェネッサは触手へ肉薄。佐千子が振り払った触手の追撃を遮り『ターゲットドロウ』で攪乱する。
「従魔よ、ここは貴方が居るべき世界ではない!」
 紙一重で空を切る触手をやり過ごし、無月の『ジェミニストライク』が斬線を刻み。
「疾く己が居るべき世界へと還るがいい!」
 敵の懐から離脱するすれ違いざま、無月は返す刃で『毒刃』を突き立てた。
「さあ、悪い子にはお仕置きだよ!」
 無月と入れ替わり接近したのは美津香。『守るべき誓い』で従魔の意識を奪い、反応が遅れた触手に連続攻撃を仕掛ける。
「逃げられない相手をいたぶるのって、どんな気分なのかしらね?」
 反対側からは、佐千子が『シャープポジショニング』から『弱点看破』の目でもって触手へ突進。付け根部分が脆いと当たりをつけて盾の角で殴りつけた。
「――ちっ。『核』ぐらい用意しなさいよ、不親切ね」
『敵自身に急所を求めるのはどうなのだ?』
 ちなみに、佐千子の目には明確な弱点が見えず、悪態をリタに突っ込まれていた。
「加勢します!」
 そこへ上階から昂が参戦。疾風のように触手へ迫り、『縫止』を突き刺し動きを鈍らせ、追撃の『毒刃』も重ねた。
「みんな! 大きいの、飛ばすよ!」
 遅れて5階へ降り立った澄香の警告で、エージェントが散開。用意していた『銀の魔弾』が射出され、触手は反応もできず直撃を受ける。
「はあっ!!」
 そこからは一方的に触手が攻撃を受け、最後は美津香の一撃で消滅した。

「ここからが本番よ!」
 さて、上階で従魔が移動を始めたとき。『気絶』の間に全員を運び出せていた1階では、チルルが再び『守るべき誓い』を発動。触手との本格的な殴り合いに挑む。
「1番は停止したまま戦闘状態を継続中。――雪室さん! 3番と4番は消滅しました!」
「おっけー!」
 迫る触手を白鷺で弾くレオン。各階の状況をチルルへ伝えると、自身も隣に並び烏羽で触手へ切りつける。
「触るんじゃねぇっ、このタコ!」
「しつこいぞ、このウネウネー!」
 ただ、相変わらず触手の防御は固い。分厚い筋肉じみた肉の防御に加え、表皮を覆う粘膜が衝撃を分散し、思うように攻撃が通らないのだ。時に回避を捨てた反撃にも出るため、レオンもついつい毒が飛び出し、チルルは元気が有り余る触手に苛立っていた。
「援護します!」
 しばらく2人と従魔が激しい攻防でぶつかり合っていたが、ほぼ落下する速度で8階から一気に降りてきた構築の魔女の登場により流れが変わる。
「根本を撃てば、無駄な手足は捨てられますよね?」
 前衛と打ち合う触手が生えた場所を『精神統一』で狙い、構築の魔女は『ストライク』を撃ち込んだ。レオンとチルルの相手で防御は間に合わず、従魔は苦しむようにすべての触手を暴れさせた。
「ニョロニョロ動くなー!」
 だが、チルルは強気な姿勢を崩さず『ライヴスリッパー』で切りつける。
「さて、覚悟は出来てんだろうなぁ?」
 再び従魔が動けなくなった間に、敵を片づけたエージェント全員が集結。ドスの利いたレオンの声をきっかけに繰り出された一斉攻撃により、最後の触手従魔は肉片も残さず消え去った。

●色んな意味の被害
「――なるほど、彼らが捕らわれていたことも、従魔のタフさの一因でしたか」
 警備員に回収させた被害者たちの病院への搬送指示をする中、構築の魔女は容態の差異から従魔の特性を推定した。
 交戦中、一度奪い返された2番と3番から救出した被害者の状態が明らかに悪い。昇降移動中にライヴスを奪われ、回復していたと見るのが妥当で、構築の魔女は容態の悪い人を優先するよう警備員に言付けた。
「大変だったね、でも、怖いおばけはやっつけたから、もう安心だよ」
 こちらはジェネッサが、比較的軽い症状だった被害者へと話しかけて心のケアを行い、無月は救急医療キットで手当を黙々と行う。
「あー、ちょっと無理しすぎちゃったかな……アハ、アハハ」
「でも、美津香さんと皆さん、とっても格好良かったですよ」
 また、戦闘中は無視していた疲労を思い出し、美津香は空元気で笑ってみせる。その横で医療キットを広げて被害者を手当しながら、アルティラは労いの笑みを向けた。
「私たちは最善を尽くした。気に病む必要はない」
「……わかってるわよ」
 しかし、結果を目の当たりにして笑えない者もいる。リタに肩を叩かれた佐千子の声は、隠せぬ苦さがにじんでいた。
 被害者は全員救出できた。
 しかし、衰弱した顔の者は多い。
 そして自分は、己の体で一般人に触れることに、わずかでも臆した。
 果たして、本当に自分は最善を尽くせたのか?
 佐千子は機械の拳を握りしめ、自問せずにはいられなかった。

「何とか終わったね」
「とっくに昼食とは言えない時間だがな」
「ったく……」
「まぁいいじゃない、終わったんだから」
 事後処理も終えた後、昂・ベルフ・レオン・巴は中断させられた食事会を再開することが出来た。とはいえ今回はただの食事会ではなく、メインは巴の誕生日祝い。昂の最初のリアクションも、タイミングの悪さに辟易としていたからに他ならない。
 まあ、当の巴はさほど気にした様子もなく、ぶーたれてチョコケーキを食べるレオンをなだめながらにっこり笑っていたが。その後は邪魔をされることなく、4人での食事会が穏やかに過ぎていった。
「あのー、マイクを返しに――」
「あー! 魔法少女のお姉ちゃんだ!」
「あら。大人気じゃないですか、澄香ちゃん」
「え? あ、あははー……はぁ」
 一方澄香は、イベントスタッフから借りたマイクを返そうとしたところ、子どもたちに一斉に囲まれた。新たなファンができて何より、と笑うクラリスに突っ込む気力すらなく、澄香は愛想笑いを振りまくだけで精一杯だった。
「かなり疲れたけど、これでお仕事は終了だね」
「これでまた、さいきょーに一歩近づいたわよ!」
「あのー」
 最後に、デパートを出ようとしたスネグラチカとチルルの背後から、2人を呼び止める声がした。
「大盛りパフェの料金、まだでしたよね?」
『げ』
 振り返った2人が目にしたのは、あの大雪山を運んだ店員だった。
 もちろん、料金はきちんとお支払いしましたとも。

結果

シナリオ成功度 普通

MVP一覧

  • トップアイドル!
    蔵李 澄香aa0010

重体一覧

参加者

  • トップアイドル!
    蔵李 澄香aa0010
    人間|17才|女性|生命
  • 希望の音~ルネ~
    クラリス・ミカaa0010hero001
    英雄|17才|女性|ソフィ
  • 誓約のはらから
    辺是 落児aa0281
    機械|24才|男性|命中
  • 共鳴する弾丸
    構築の魔女aa0281hero001
    英雄|26才|女性|ジャ

  • 九字原 昂aa0919
    人間|20才|男性|回避

  • ベルフaa0919hero001
    英雄|25才|男性|シャド
  • 夜を切り裂く月光
    無月aa1531
    人間|22才|女性|回避
  • 反抗する音色
    ジェネッサ・ルディスaa1531hero001
    英雄|25才|女性|シャド
  • 対ヴィラン兵器
    鬼灯 佐千子aa2526
    機械|21才|女性|防御
  • 危険物取扱責任者
    リタaa2526hero001
    英雄|22才|女性|ジャ
  • 新米勇者
    葛城 巴aa4976
    人間|25才|女性|生命
  • 食いしん坊な新米僧侶
    レオンaa4976hero001
    英雄|15才|男性|バト
  • 鋼の心
    風代 美津香aa5145
    人間|21才|女性|命中
  • リベレーター
    アルティラ レイデンaa5145hero001
    英雄|18才|女性|ブレ
  • さいきょーガール
    雪室 チルルaa5177
    人間|12才|女性|攻撃
  • 冬になれ!
    スネグラチカaa5177hero001
    英雄|12才|女性|ブレ
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