本部

バトル・トリロバイト

ケーフェイ

形態
ショート
難易度
やや易しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2017/11/14 18:29

掲示板

オープニング

●ロシア、イリメニ湖畔

 意外にも、岩に鑿を打つ間は何も考えない。
 どうしてこんなことをしているのか、目当てのものは何なのか、一心に取り組んでいるとそんな自分の心からすら開放される。
 ロシア連邦の西方都市、サンクトペテルブルクから少し離れたイリメニ湖の畔で、男はひたすら岩を穿ち続けている。在野の古生物学者である彼の趣味でありフィールドワークだ。
 それらしき欠片が見つかっては鑿を止め、じっくりと眺める。そうして目当てのものではないと分かれば鑿と金槌を使って岩を少しづつ突き砕く。
 この辺りの地質は古生代前期にあたるカンブリア紀からオルドヴィス紀の化石が採取できるる。イリメニ湖から流れているヴォルホフ川流域は三葉虫の一種『ネオアサフス・コワレフスキー』が産出することで有名だ。
 彼の目当ても正にそれだ。古生代を代表し、地質の時代を決定する標準化石としても指定されている古代の生き物。
 いわゆる三葉虫らしい姿をしたエルラシア・キンギやアサフィスカス・ウィーレリ。長く湾曲した三本の角を持つアンピクス・ナストゥス。脇や背から棘を生やしたケラタルゲス。近くで産出するネオアサフス・コワレフスキーもカタツムリのように目が突き出た特徴的な姿をしている。
 地質が比較的地上に近い場所に出ていれば、大規模な設備は必要ない。少しずつ掘り進み、小さなか手掛かりも見逃さない根気だけあればいい。
「……ふう」
 手に痺れを覚え、近くの岩に腰を下ろす。植物などの欠片がちらほらと見つかるが、目当てのものには行き当らない。
 それでも完全な形の化石が出れば、博物館に寄贈することで名前が残る。場合によっては新たな分布や地質時代の研究論文を奏上することも夢ではない。妻や娘たちの理解は得られずとも、彼にとっては有意義で実利の伴った趣味である。
 風もないのに、不意の強い寒気が体を過ぎった気がした。彼は少し頭を捻る。今日の平均気温は七、八度。この時期にしては暖かい部類と言える。実際、これまで寒気を感じることはなかった。
 大方、発掘作業で汗を掻いたためだろう。そう結論付けて気にしないことにする。
 そうして休んでいる彼の目の前を、カタツムリがゆるゆると通り過ぎていく。
 普段見るものより随分と大きいらしく、気になって視界の端にちらりと映した瞬間、彼は鑿を打ち捨ててそれを凝視した。
 節くれた扁平な体。高くつき上がった二本の目。科学アカデミーの古生物博物館で幾度も見てきた、ネオアサフス・コワレフスキーの姿そのものだった。
「ひ、ひぃ!?」
 驚きや喜びよりも怯えと恐れが先立った。あり得ない。こんなものはあり得ない。遥か昔に絶滅した三葉虫が地上を歩くなど——
 こんな異常は、異世界のものに違いない。
 慄いている間に、周りが騒々しくなる。がさがさとムカデが大勢で行き交うような生理的嫌悪を催す音。古生物学者である彼はすぐに思い当たった。これは節足動物が歩行する際に特有の音である。
 そして三葉虫は、節足動物の祖先に当たる動物だ。
 エルラシア・キンギ。アサフィスカス・ウィーレリ。アンピクス・ナストゥス。ケラタルゲス。一瞥で確認しただけでも種々様々な三葉虫たちが畔を進み、湖の中に入っていく。ざばざばと波を蹴って泳ぐ様はいっそ優雅でさえあった。
 ただ一つ彼が気に入らなかったのは、犬や熊のような、本来の三葉虫から考えればとんでもない大きさのものばかりだったということである。
 そして小山のように一際大きな三葉虫が湖に入っていく。長く突き出た目を水面から潜望鏡のように出し、他の三葉虫の後を追う。
 麻痺していた感覚がようやく戻ってくる。心身の痺れ切った彼は自分の無事を喜んだが、三葉虫たちの向かう方向を見てそれを打ち消した。
 イリメニ湖を真っ直ぐ北上している。この先は彼の家もある大きな都市、ノブゴロドがある。
 奴らはそこへ向かっている。あんなものが、街に入ってくるというのか。
 男は携帯電話を取り出し、震える手で何とか番号を押し終えた。
「もしもし、H.O.P.E.ですか! 今すぐ来てくれ、大変なんだ! 三葉虫が、三葉虫が!」


●サンクトペテルブルク支部にて

 第一報が入ってから十分ほど。集められたリンカーたちへのブリーフィングは既に始まっていた。
「いやまったく、三葉虫が練り歩くなんていつからここはカンブリア紀に舞い戻ったんだ。化石に憑りつくとは妙な従魔もいたものだよ」
 若干キレ気味にオペレーターが冗談を放ち、状況を説明する。
「現場は幸いにもここから近いイリメニ湖。車でノブゴロドの街へ向かってもらう。連中もイリメニ湖を北上してそこを目指しているらしい」
 従魔にとって人間はライブスを有する餌そのものだ。彼らが本能的に餌場を目指すのは珍しいことではない。
「街に被害が出る前に仕留めてくれ。恐らくノブゴロドとイリメニ湖の間に展開してもらうことになる。小さな川や池があり、場所によっては足場が悪いだろう。ここにも修道院や小さな村があるのでそれも気に留めてほしい」
 ヴォルホフ川が縦断するノブゴロドの街は二十万人弱。そんな都市でドロップゾーン発生など悪夢でしかない。敵勢が街に到達した際の被害を思えば街の郊外が戦場になるのは致し方ないが、被害は極力少なくしてほしいと言外に伝わってくる。
「第一発見者が三葉虫の研究者らしくてな、色々教えてくれた。彼らは多くの体節を持っており、それらは硬い甲羅に覆われている。だが体節同士の隙間は柔らかいとのことだ。狙うならここだろう。後は前部の甲羅に付いている目や体の裏側も弱点となるらしい。まあ、化石に憑りついている従魔を祓うのが手っ取り早いだろうが」
 手先の操作でホログラムに浮かぶ三葉虫を動かし、詳しく解説する。節足がびっしりと生えた裏側は見ていて気持ちがいいものではないが、堅い甲羅を狙うよりは有意義だろう。
「数は確認されているだけで二十匹ほど。大きさは犬ほどのものから熊より大きいのとよりどりだ。こんなものが街に入り込んだらイワン雷帝のノブゴロド虐殺を再現することになるな。歴史は繰り返すと言うがいちいち先人の顰に倣うこともない。敢然と立ちはだかって迎え撃つのだ」
 一息に言い終えたオペレーターがリンカーたちの顔を満足げに眺める。皆が皆、気合いの乗った良い顔をしている。準備は万全のようだ。
「では諸君、くれぐれも頼んだぞ」
 月並みの言葉で締めくくったオペレーターが深々と頭を下げる。リンカーたちはそれぞれに頷き、半ば慌ただしく席を立った。
 現場が近いとはいえ間に合わなければ元も子もない。彼らは駐車場へと足早に向かった。

解説

・目的
 従魔の殲滅

・敵
 巨大な三葉虫の群。従魔が化石に憑りついたものと思われる。全長一メートルから三メートル以内。堅牢な甲殻を持ち、個体によっては鋭く長い棘を有する。攻撃方法は体当たり。その際は棘や角に当たらないよう気を付けること。
 水面近くを遊泳し、地上でも活動できる。動きは人の走る速さと同じ程度。知能はそれほど高くない。
 二十匹ほどが確認されているが、それ以上いる可能性があるため捜索が必要になる。
 外殻は硬いが体節ごとに隙間があるのでそこが弱点となり得る。甲羅に付いた目や裏側も比較的脆弱である。
 化石に従魔が憑依しているため、これを追い出して従魔のみを倒すことでも撃破可能と思われる。


・主な従魔(ミーレス級)
 エルラシア・キンギ。アサフィスカス・ウィーレリ。
 丸い小判型をしたいわゆる三葉虫。

 アンピクス・ナストゥス
 三本の長い角を持つ。

 ケラタルゲス
 湾曲した棘を体中から生やしている。

 ネオアサフス・コワレフスキー。
 カタツムリのように目玉が飛び出している。他の従魔よりも大きな体躯をしている。

・場所
 川の岸や湖の畔。泥濘が多く足場が悪い。修道院や村のあるところまで行けば足場はしっかりしているが、人が住んでいる場所なので被害を出さないよう注意が必要。

リプレイ

●待ち構えるリンカーたち

 くすんだ灰色の寒空の下、八人乗りのジープが荒々しくヴォルホフ川の近くに乗り入れる。扉が一斉に開き、中からぞろぞろと男女が降りてくる。
「ん、比喩じゃない、生きた化石を見るのは、初めての経験。楽しみ」
 元気よく車から飛び出たエミル・ハイドレンジア(aa0425)が豊かな青紫銀の髪をたなびかせている。
『とはいえ従魔なのだ。駆除は必要だろうな』
 ぬいぐるみ――彼女と契約しているギール・ガングリフ(aa0425hero001)が一応諌める。
「ん、任せたまへ」
「何気に初めての共闘だね! 同志エミル!」
 後から出てきたハーメル(aa0958)が親指を上げる。どこか人を引き付ける柔らかい笑みには、作戦に当たっての気負いは見られない。
 何か通じ合うものがあるようで、お互い親指を上げて頷き合う。
「ん、同志ハーメル。かけっこしよう、よーいどん」
「いいね、一番槍いただきだね」
『こらエミル。まずは作戦をだな――』
 墓守(aa0958hero001)の声を聞いているのかいないのか、走り出したハーメルに合わせてエミルも川の畔へと走り出してしまった。
「ハッハ、三葉虫やら何やら……動くヒョーホンねぇ……ガキ共が大喜びだねぇ~、なぁ?」
『……………』
 火蛾魅 塵(aa5095)が話しかけても、人造天使壱拾壱号(aa5095hero001)は特に反応しない。いつものことなので彼も気にしない。ジープに寄り掛かりながらスマホを取り出し、片手で器用に煙草を咥えると、トオイがゆるゆると火をつける。完全にここへ腰を据える構えだ。
「ガキ共に見せてやりてーッスよねぇ動くヒョーホン! ねぇオネーサン?」
「そうですね。私もじっくり解析したいところですわ」
 構築の魔女(aa0281hero001)が興味深そうに頷く。研究者気質の彼女にとって畑違いでも興味を引く事象であった。
 豊かにそよぐ金髪に付き従う形で辺是 落児(aa0281)は粛々と作戦の準備を始める。銃の調子を確かめ、アサルトユニットを装着する。スマホやライヴス通信機の備えも怠らない。
「ロマンと言えばいいのか、硬いの来たといえばいいのか。どうせなら恐竜の化石無いかねー」
 持っていたヒールアンプルを呷りながら逢見仙也(aa4472)が胡乱に話す。栄養ドリンクの代わりとばかりに飲み干した瓶を打ち捨てると、拳を叩いて気合いを新たにした。
『その場合ステゴやらティラノみたいな恐竜が暴れ出す可能性があるが?』
 言いながらも、どこかそれを望むような調子を含ませるディオハルク(aa4472hero001)。それを聞いていたリジー・V・ヒルデブラント(aa4420)がノンノンと指を振るう。
「そのようなものまで出てきては堪りません。困るのですよねぇ、我が国で勝手な真似をされては」
『三葉虫かあ。なるべく可愛いといいなあ。ね、姉様』
 オーリャ(aa4420hero002)が暢気に言う。ビスクドールのような顔に困惑を乗せて、リジーはオーリャの金髪を優しく撫でた。
『化石が敵なのね。もふもふじゃ……ないわよね』
 フローラ メルクリィ(aa0118hero001)は三葉虫なる生き物の姿を思い浮かべてみるが、どう頑張っても自分の好きそうな姿とはならなかった。
 黄昏ひりょ(aa0118)は早速幻想蝶から槍を引き抜いて川へと向かう。三葉虫の怪物。考古学に興味のある彼にとってはある意味楽しみな代物だが、いちいち感動している暇などないかもしれないと自制する。
「三葉虫ねー…。考古学とかが好きな人なら浪漫を感じるのかしら」
 運転席から降りた鬼灯 佐千子(aa2526)が周りを見渡しながら漫ろに言った。
『ふむ、どうだろうな。少なくとも我々には縁のない話だな』
 リタ(aa2526hero001)も、同じくらい漫ろな様子で答える。短い赤髪の毛先をいじりながらも、その目はノブゴロドの街と川の距離や現在地を勘案している最中だ。
「我々って、アンタねー……。当たり前のように私まで含めないで頂戴」
『ほう。サチコは違うのか?』
「……違わない、けれど」
 さっそく鬼灯はジープのルーフに登り、アンチ・マテリアル・ライフル『アポローンFL』の二脚を展開して設置する。彼女は後詰として街の前で控える算段だ。
 その下のボンネットに座って火蛾魅は暢気にスマホを弄っている。
「ン~? 何してっかッテェ~? クク……ソシャゲよ、そ・しゃ・げー! 相手が陸地に上がるトコロを叩く……っつーのが、このゲームの流行りなんスよねぇ~」
 鬼灯の視線に気づき、聞いてもいないのに火蛾魅が説明してくる。
 リタはじとっとした目でその画面を睨んでみる。彼がスマホでタップしている画面は、このノブゴロド周辺だ。光点の位置がそれぞれに味方、そして敵の予想位置を表している。その布陣は見事に従魔の群れを包囲し、街へ入るのを阻止している。
 鬼灯とリタが得心したように頷くと、火蛾魅が野卑な笑みで見上げてきた。
「なんだい? 一緒にソシャゲやるかあ?」
「いえ、案外手堅いんだなと思ってね」
 口の端を僅かに上げて笑い、ライフルのスコープに目を戻す鬼灯。毒気を抜かれた火蛾魅は大笑しながらスマホの地図情報を皆に送信した。
「ハッハ、そうだぜ。セオリー通りやりゃあ、い~っぱい殺せるからなァ!」


●三葉虫、現る

 エミルとハーメル、黄昏やリジーは川岸に展開して水面を具に確認する。三葉虫の姿は確認できない。まだここまで来ていないのか、それとも隠れていたりするのか。
「まだ来ないね、同志エミル」
「そだね、同志ハーメル」
「心配ありませんわ。辺是さんと魔女さんが川面を探してくれていますから、もうすぐでしょう」
 彼らの視線の先には、アサルトユニットのホバー機能で水を切りながら滑走する辺是と彼の相棒である魔女の姿があった。
 そんなとき、リンカーたちへ一斉に地図情報が送られてきた。リンカーそれぞれの待機位置と敵の予想範囲。魔女はそれを確認すると軽く笑って頷いた。
『いい布陣ね。ほぼ予想通りだわ』
 声に間を置かず、彼女の目の前で水しぶきが上がる。それを確認した魔女はライヴス通信機で全員に向けて発信した。
『敵勢発見。引き付けて陸地に上げます。皆さん、戦闘準備を』
 おおだのはいだの頼もしい気合いの返事が返ってくる。
 そのうち三葉虫たちが水面へ上がってきた。どうやら潜行していたらしい。
『行くわよ、辺是』
 辺是は頷き、二挺拳銃『Pride of fools』を引き抜き、三葉虫たちに浴びせかける。何発か命中しても甲殻に弾かれてるが、この場は引き付ける用さえ果たせばいい。
『ほうら、いい子だからこっちにおいでなさい』
 三葉虫たちの経路が街から逸れていく。明らかに魔女たちを追っている体だ。
「わ、来た来た。魔女さーん、ありがとー!」
「ありがとー」
 エミルとハーメルがぶんぶんと魔女に手を振った。すると彼女は僅かに逸れるように離れた岸に上がった。
「あれれ? そっち行っちゃうの?」
『違うぞエミル。射線を開けろということだ』
 ギールの声を受けて身を退くと、逢見がアンチ・グライヴァー・カノン『メルカバ』を背負いながら滑り込むように素早く射撃姿勢を完成させた。
「ありがとよ、おっさん。んじゃ一発いっとくか」
 対愚神砲が火を噴き、小型のHEAG弾頭が三葉虫の群れのど真ん中を射抜く。内部に充填されていたライヴスが反応し、衝撃が火炎じみた色を伴って水面を薙ぎ払った。
「ま、一撃で終わりとはいかねえか」
 大多数は爆炎に巻き込んだが、直前に何匹かが水に潜るのが逢見とディオハルクには見えていた。
『討ち漏らしが来る。備えろ』
「お任せ下さい、ですわ。行くわよオーリャ」
『はい、姉様♪』
 二人が手を取り合い、リンクを開始する。リジーの髪と目がそれぞれ金と赤に染まり、同時に発動したウィザードセンスでライヴス活性が一気に上昇する。それに誘われてか、対愚神砲を免れた三葉虫がぞろぞろと岸に上がってきた。
 三葉虫――エルラシア・キンギやアサフィスカス・ウィーレリの姿を見たオーリャが嫌々と顔を背けるのが、リンクしているリジーには分かった。
『可愛くなーい! ごめん姉様ボクには無理』
「全く、仕方ありませんわねぇ」
 リジーが小説『白冥』を開き、青白く冷たいライヴスを醸し出す。それを弄うように遊ばせる指先が銃に似た形を取った。
「ごめんあそばせ」
 ばぁんと可愛らしい声を合図に、ライヴスが鋭い光を引いて矢のように飛び出した。
 十発ほど打ち放たれた氷柱の一つが運よく甲殻の隙間に突き刺さるが、殆どは弾いて吹き飛ばす程度の効果しか果たさなかった。
「あらあら、お堅いですわね。さすが太古の生物と、そう言っておきましょう」
 彼女を追い抜くようにエミルとハーメルが走り出す。二人、息を合わせたようにリンクを行ない、幻想蝶の光から大剣と太刀が引き抜かれる。
 抜打ち一閃。墓守とリンクしたハーメルの一撃がエルラシアを難なく両断する。刀身が極限まで薄く作られた『雪花』が甲殻の隙間へ滑り込んだのだ。
 エミルもギールとリンクを行ない、その溢れ出しそうな膂力をそのまま上から剣で叩きつけた。
 ぐぎぃっと鉄を引き裂くような音を立ててアサフィスカスの甲殻がぶち割れ、体液のようなものを噴き上げる。
 鬱陶しそうにそれを拭うエミルが、ハーメルと視線を合わす。
「どやぁ……」
 薄く笑いながら親指を立てるエミル。それに応えてハーメルもサムズアップを返した。
「さ、どんどん行こう。同志エミル」
「了解。同志ハーメル」
 踏み込んだエミルが大剣を下段に流すと、そのまま力任せに振り抜いて三葉虫を地面ごと薙ぎ払った。衝撃で空中に打ち上げられた彼らを縫うように、ハーメルが間合いを詰める。
「シィッ!」
 鋭く呼気を吐いて立居合からの連突き。甲殻に覆われていない裏面を節足ごと切り刻む。
 バラバラになった三葉虫が転がる。憑りついてた従魔ごと斬殺されたそれはライヴスを失い、本来の小さな化石へと戻っていった。
 彼らの脇を抜けようとする三葉虫は、ことごとくリジーとオーリャの放つ氷柱の餌食となる。雨霰と降り注ぐそれが甲殻を抉り、同時に足止めの役割を為す。
 その間にエミルとハーメルが間合いを詰め、大剣で上から潰され、あるいは極薄の刃で切り裂かれる。
 さらに広がって逃げようとする三葉虫たち。しかしそこにもまたリンカーが待ち構えていた。
『わっ、アレなんか不気味っ!気持ち悪っ!』
「フロータ、ちょっと静かにしてて」
 ぞろぞろとやってくる三葉虫を見て気味悪がるフローラ。彼女とリンクし、本来の年齢に近い姿となった黄昏は、同じく三葉虫と対峙するなかでわずかな感動を覚えていた。
 アンピクス・ナストゥス。甲殻から生える三本の角をくゆらせる姿は、まさに化石の世界から飛び出してきた生々しさを湛えている。
 特に長い頭角の一本が剣のように振るわれる。それを幻想蝶から引き抜いた魔槍『アンサラ』で弾いたのが剣戟の始まりだった。
 犬より大きいその体をバネのようにして、角が縦横から襲い掛かる。思わぬ重さと速さに驚く黄昏。
 昆虫とも甲殻類とも違う質感。むしろその材質は今の貝類に近い。堅く折れにくく、粘り強い巨大な角を全身のしなりと共に繰り出してくる。
「すごい。まるでオスの山羊みたいだ」
 感心しながらも相手の角撃の威力を殺し、柄で逸らしての横薙ぎ。横から生えた角でそれを見事に防ぐアンピクス。
 虫というよりは獣のような俊敏さ。本来の三葉虫からは想像できない動きだ。恐らく従魔として変換されることで獲得した器質だろう。
『感心するのはいいから。このままじゃ押し切られちゃう』
「大丈夫だよ、フローラ。ライヴスミラー!」
 機を窺い、黄昏は手掌をかざす。迸る光が円形に広がって鏡面を形成した。そこへまたも角を振り下ろしたアンピクスが光の鏡にぶつかり、盛大に弾かれていった。
 ライヴスミラーによる反射効果をモロに受けたアンピクス。身動きの取れない空中で晒された弱点を黄昏は見逃さない。
「せいっ!」
 突き出したアンサラの穂先が節足を貫き、甲殻を砕いて串刺しにした。
「あぁ~、貴重な三葉虫が~。でも、仕方ないよな、とほほ……」
『普段戦闘にあまり興味がないはずなのに、おかしいと思った。ほら切り替えて。まだまだ来るわよ』
 槍を構え直し、黄昏は三葉虫たちへ向かっていた。その姿を見て、メルカバを取り外しながら走り寄る逢見。
「派手にやってるな。俺らも行くぞ」
『待っていたよ、仙也』
 ディオハルクとリンクした瞬間、逢見の体が変化する。肌が黒ずみ、眼球が金と赤のオッドアイとなる。そして何より顔つきに、これまでなかった凶暴さが宿った。
 幻想蝶の光を引いて『白鷺』『烏羽』の二本槍を携えて走る。そして真っ向から穂先を突き出した。
 黒い甲殻から火花が走る。逢見が狙い定めた三葉虫は他のものと比べても異様であった。
 ケラタルゲスは棘を満載した禍々しい甲殻を揺すって槍を弾いた。さらに節足が地面を蹴って飛び上がり、丸まった状態で逢見に突進してきた。
「うおっ!?」
 槍を交差して何とか体当たりを防ぐが、思わぬ堅さと重さに思わず身を退いてしまう。あんなものをまともに食らえば、リンクしているとはいえ怪我では済まない。
『味な真似をするな。原始生物の分際で』
「昔の生き物も馬鹿に出来んてことだ。さて、どうしてやろうか……」
 血のように赤い舌で口を舐め上げる。逢見が回り込もうと僅かに動くと、身を捩って体の位置を変えるケラタルゲス。生意気にも決闘の流儀を理解しているかのような動きだ。
「――ふんっ!」
 『烏羽』を逆手に握ると、逢見は一息に投げ放った。ゾゾゾゾと気色の悪い音を立てて素早く避けるケラタルゲス。彼は空いた右手にライヴスを凝らせて一気に振るった。
「ストームエッジ!」
 ライヴスが様々な刀剣として顕現し、嵐を伴ってケラタルゲスに吹きつけた。棘と甲殻が刃を弾き、地面に突き刺さる。
『なんと堅牢な。一本たりとて刺さっていないぞ』
 感心したようにディオハルクは言うが、趨勢は既に明らかだった。
 ライヴスによる刃はケラタルゲスの甲殻を射抜くには至らなかったが、その長く突き出た棘が災いし、夥しい刃と絡み合うことでケラタルゲスを地面に縫い止めていた。
 『白鷺』の代わりに取り出したグローブ『餓狼拳』を装着する。ライヴス刃の顕現時間はそう長くないが、拳を叩きこむには十分だ。
「せいやっ!」
 ケラタルゲスの頭に打ち込んだ下段突きがライヴスを食らい尽くす。ライヴス刃が跡形もなく消えるころ、逢見の手に残ったのは一握りほどの化石だった。
『見事な完全化石だ。通報者が喜ぶだろうな』
「へっ、こんくらい他愛ねえぜ」
 小さなケラタルゲスの化石をポケットにしまうと『烏羽』を地面から引き抜く。敵勢は残り少ないが、だからこそ手抜かりなく片付けねばならない。


●巨虫、打ち上がる

 岸に上がった三葉虫はあらかた討伐し終えた様子である。魔女は火蛾魅らと連絡を取りながら討ち漏らしがないか哨戒していた。
『川のほうも残党はありません。そろそろ戻って――』
「――」
 辺是が僅かに首を振る。その挙措だけで魔女には察せられた。
『辺是、まだいるというの?』
 言っている間に水面下に巨大な影が浮かび上がる。やおら波が立ち上がり、アサルトユニットを急停止させて何とか体勢を整える。
 甲殻の重なる巨体と、潜望鏡のように突き出た二本の目。それはノブゴロドの街へ向かっていた。通報者の話にあった巨大従魔、ネオアサフス・コワレフスキーの姿に相違ない。
『川底を潜行していたのね。これで最後ですわ』
 二挺拳銃で銃撃を浴びせかけるが、ほとんど弾かれてしまった。巨大な分、甲殻も厚いのだろう。これまでの三葉虫のように注意を引くことすら出来ない。
『焼け石に水ですね。せめて足止めを――』
「了解した、魔女さん。こっちでも追ってるよ」
 返事をした鬼灯は火蛾魅の運転するジープのルーフで銃を構えながら、既に巨大ネオアサフスへと向かっていた。
 既にリタとリンクし終えた鬼灯、萌えるような赤髪をたなびかせる。だがすぐに舌打ちをして顔を歪めた。対物ライフルのスコープから狙いを定めようとするが、ジープの揺れと背の高い針葉樹で射線が上手く開いてくれない。
 焦れる思いなのは彼女とリンクしたリタも同じだった。敵の巡航速度は意外に速い。上手く止めねば街に入られる可能性が出てくる。
『せめて一瞬でものけぞってくれれば……』
「分かりました。一瞬でいいのですね」
 二つ返事で答えた魔女は辺是の手を取り、瞬時にリンクを完了する。紅い髪とドレスが風に暴れるのも気にせず、両手で包み込むように魔導銃『アナーヒター』を顕現。アサルトユニットで滑走しながら絶好の射撃位置を確保する。
 込めたライヴスを水に変換し銃身内で圧縮。限界まで引き絞った水の塊が銃口から迸る。
『逃さないでね、鬼灯さん』
 魔導銃の激流弾がネオアサフスに叩きつけられた。背の甲殻にひびが入り、後ろから押された巨大三葉虫の頭が仰け反った。
 頭が上がった分、ネオアサフスの伸びた眼球が林の陰から飛び出す。
 鬼灯のスコープに、二本の眼球が重なる。
「いい仕事ね」
 ハレーションが瞬き、周囲が陰ったのは一度だけ。発砲の余韻はなく、命中を確かめもせずコッキングレバーを引き下げる鬼灯。
 リンクによって拡張された感覚ならば特に難しい仕儀ではない――対物ライフルの銃弾で二つの眼球を一度に撃ち抜くなど。
 身悶えし、岸に打ち上げられるネオアサフス。眼球をやられ、その航行は完全に停止している。
「ひゅ~、一石二鳥ってかぁ! オネーサン、ハンパねえな!」
 テンションを上げた火蛾魅がルーフをバンバン叩いてみせる。アクセルを目一杯踏み込むと、もう敵は目の前だった。
「まあ、アレね。後詰の出番なんて、無いのが一番よ」
「ちげえねえや~。ほんじゃ、そろそろキレイに片付けるとすっかなぁ~……トオイ!」
 運転の片手間にトオイとリンクする火蛾魅。刺青が青く燃え、頭から竜の如き角が生え、両腕も竜の頭を思わせる様に変形する。
 その右手が携えているのは極獄宝典『アルスマギカ・リ・チューン』。流れ込むライヴスが術者のテンションと魔力を無理やり引き上げる。ただでさえ野性味のある火蛾魅の顔が獰猛に歪んでいく。
 フルスロットルでネオアサフスに突進していくジープがライヴスの靄を伴っている。
 充血した視界で敵に狙いをつける火蛾魅。三日月のように引き延ばされた口が命を発した。
「こーいうモン好きだろォ~トオイぃぃ~……食い散かしちまいなァ……《死面蝶》ッ!」
 宝典から洪水のように溢れ出したのは、夥しい蝶の群だった。それらは一つの生き物のようにうねって飛び上がり、ネオアサフスへと沁み込んでいく。
「ギィエエエエエオオアアアアッッッ!」
 発声器官などあるはずもないのに、悲鳴じみたものを上げてのたうち回るネオアサフス。実体のない蝶たちが従魔のライヴスをむさぼっていくのが傍目にも分かる。
「……億年前に死んだお仲間が呼んでるゼェ~……」
 吸いさしのタバコを捨て終わる間に巨体がみるみる萎んでいき、ライヴスを吸い尽くされて残ったのは、目が砕けた三葉虫の化石だけだった。


●戦い終えて

 作戦の終了に合わせ、オペレーターが運転するジープがリンカーたちの近くに乗り付けた。
 車から飛び出した通報者の男は、彼らへ頻りに礼を述べていた。
「ありがとうございます。おかげで街も助かりました。本当に良かった」
「H.O.P.E.のエージェントとして当然のことをしたまでですわ。それに、あなたが早急に通報してくれたからこそ、私たちも素早く対応できましたの」
 逆に通報者の男を労い、恭しく礼を述べるリジー。彼女の所作に倣ってオーリャもぺこりと頭を下げた。
「ハハッ。そうそう、ある意味あんたのおかげだよなぁ~……だからホラ、ご褒美ってヤツだぜぇ」
 火蛾魅が放り投げた何かを男が受け取ると、彼は嬌声を上げて喜んだ。
「おおっ! これはネオアサフス・コワレフスキー! それにケラタルゲスも!? いずれも完全な状態だ!」
「砕けちゃってるけど、他のも回収しておきましたよ」
 黄昏とハーメルが他の三葉虫の化石を差し出す。いずれも砕けたり割れたりしているが、一目見て三葉虫だと分かる程度には形を残している。
「ありがとうございます。博物館に寄贈するときは、ぜひ皆さんの名前を記載させますので」
「やった。これでワタシも有名人」
「ファンレターとか来ちゃうかもね。まいったなあ」
 いえ~いとハイタッチしあうエミルとハーメル。
 逢見は男に近づいてぽんと肩を叩いた。
「なあ、おっさん。ノブゴロドでオススメのロシア料理屋とかある? 腹へっちまってさ」
「ありますあります。ザクーシキっていうオードブルのおいしい店がありまして。皆さんご案内しますよ」
「お土産屋さんも紹介してくれると嬉しいのだけど」
 鬼灯の問いかけにも大きく頷き、マトリョーシカの工房へも案内することを約束した。
『さ、私たちも行きましょうか』
 魔女に言われ、辺是が頷く。作戦を終えた彼らは、無事に守ることが出来たノヴゴロドの街にと向かっていった。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • 誓約のはらから
    辺是 落児aa0281
  • 悪性敵性者
    火蛾魅 塵aa5095

重体一覧

参加者

  • ほつれた愛と絆の結び手
    黄昏ひりょaa0118
    人間|18才|男性|回避
  • 闇に光の道標を
    フローラ メルクリィaa0118hero001
    英雄|18才|女性|バト
  • 誓約のはらから
    辺是 落児aa0281
    機械|24才|男性|命中
  • 共鳴する弾丸
    構築の魔女aa0281hero001
    英雄|26才|女性|ジャ
  • 死を否定する者
    エミル・ハイドレンジアaa0425
    人間|10才|女性|攻撃
  • 殿軍の雄
    ギール・ガングリフaa0425hero001
    英雄|48才|男性|ドレ
  • 神月の智将
    ハーメルaa0958
    人間|16才|男性|防御
  • 一人の為の英雄
    墓守aa0958hero001
    英雄|19才|女性|シャド
  • 対ヴィラン兵器
    鬼灯 佐千子aa2526
    機械|21才|女性|防御
  • 危険物取扱責任者
    リタaa2526hero001
    英雄|22才|女性|ジャ
  • 復活の狼煙
    リジー・V・ヒルデブラントaa4420
    獣人|15才|女性|攻撃
  • エージェント
    オーリャaa4420hero002
    英雄|11才|女性|ソフィ
  • 悪食?
    逢見仙也aa4472
    人間|18才|男性|攻撃
  • 死の意味を問う者
    ディオハルクaa4472hero001
    英雄|18才|男性|カオ
  • 悪性敵性者
    火蛾魅 塵aa5095
    人間|22才|男性|命中
  • 怨嗟連ねる失楽天使
    人造天使壱拾壱号aa5095hero001
    英雄|11才|?|ソフィ
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