本部

ひだまりタンポポ

玲瓏

形態
ショートEX
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
能力者
7人 / 4~8人
英雄
7人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2017/11/09 21:06

掲示板

オープニング


 太陽は本当に西から昇っているのか東から昇っているのか。沈んでいる間はどこにいるのか。ブラジル? 日本と真反対の所で輝いているのか、それともどこにもいないのか。
 他の人間には意識が本当にあるのか。僕が赤色といったものは、他の人にはなんて見えているのか。
 寝る前にはいつもどおり、次々と答えのない疑問に苛まれる。僕は、大概自分と話している間に気づけば眠りに落ちているのだけど、今日ばかりは眠れなかった。
 誓約相手の坂山から買い物を頼まれて、近くのスーパーに買い物に行った。お買い得の玉葱を手にとって籠の中に入れた時、信じられない物を目にしたんだ。
 紛れもなく、何の違いもなく僕の父さんだった。
 僕と同じくらいの背丈をした子供と、美人なお嫁さんを連れて家族で買い物に来ているみたいだった。僕はあまりにも驚き過ぎて、籠を持ったまま動けなくなった。
「父さん……」
 英雄、なんて小っ恥ずかしい呼び方をされるけど僕は英雄だ。元々僕がいた世界は今の世界と全く変わらない、平和があれば不和もあるような場所だった。僕には弟と母さん、父さんがいて、僕は小学五年生だった。
 普通の家族、真っ当な家族。家に帰ると母さん得意の肉じゃがとオードブルな野菜盛り合わせがあって、漬物がとにかく美味しい。一歳年下の弟は生意気だけど一緒にゲームをする時は楽しいし、旅行で同じ布団で寝る時にちょっかいを出し合うのも楽しい。喧嘩もしてたけど。
 僕が一番好きなのは父さんだった。
 ――父さんは嬉しいよ、立派な子に育ってさ。
 テストで良い点数を出した時にかけてもらった言葉だ。父さんは決して「お前は頭が良くて、お利口だな」とは褒めない。
 ――よく頑張ったなぁ! 今夜はステーキだぞ!
 何ていうか、心から褒めてくれている気がする。同級生から頭良いよなって言われるよりも、何倍も嬉しい。
 今、どうして父さんのことがこんなに好きなのか考えてたけど、ちょっとよく分かんない。とにかく好き。いやいや、恋人が好きっていう時の好きとは違うよ。立派な家族愛。もし父さんが死んだら僕は、すごく泣くんだろうな。
 僕がいた世界では日本で戦争が起きた。父さんと一緒に逃げている時、人並みに押されてはぐれてしまった所までは覚えているが、その後は覚えていない。
 何となく悲しい気がするから、思い出だそうとすると僕が嫌だと言って、思い出さないまま過ぎていく。
 こっちの世界に来て、父さんと二度と会えないんだって考えた時は声が枯れるくらい泣いた。数日間、坂山がいても泣いた。最初は一緒に寝てもらっていたくらいだ。
 少しずつ家族の事を忘れる努力をして、ようやく忘れかけていたのに、父さんが出てきた。僕の知らない家族を連れて。
 変な感情。
 明日、同じ時間にいって声をかけてみるかな。世界が違うけど、もしかしたら、奇跡的に僕の事を覚えててくれてるかもしれない。もしかして、父さんもこっちの世界にきたのかな。同じ英雄なのかな。
 頭の中に咲いた花を枯らせないためにジョウロで水を与えながら、僕は寝た。

 次の日、父さんに会った。
 ダメだった。
 そうだよね。


 別の用件で忙しい時でも、オペレーターは通常任務を常に任せられるものだ。坂山は既に三つも依頼が回ってきていた。
「愚神と一般人が家を荒らして金目の物を持ち去っていく事件ね……。貧乏な愚神もいるのかしら」
 住宅街を五人の団体が歩いている。覆面を被った男が四人と、気味の悪い人形の愚神だ。民家に押し入っては金を奪い、逃げていく。抵抗して傷をついた人間も出ている。
 住民は近くの大学や公民館、公共施設に避難している。
「どうだろうな」
 四足歩行の犬型ロボット、スチャースはノボルの膝上で丸まっていた。彼はふと顔を上げると、ノボルの顔に違和感を見た。微笑みがないのだ。
「どうした?」
「……事件が起きたのって、あのマーケットがある近くなんだよね?」
「ええ、そうよ。行きつけの場所だから不安なの?」
「違うんだ」
 オペレーターに繋がる固定電話が鳴った。二回コール音を待ってから受話器を取る。
「はい、こちらHOPEです」
「今避難をした尾崎という者なんですけど、ウチの主人がいないんです。私の友達も、主人がいないって」
 今日は日曜日、国民の休日だ。
「連絡等は届いてないですか?」
「何も……。今朝起きた時から居なかったんです。あの、何があったんですか? 泥棒達が集団で動いてるだけじゃないんですか?」
「落ち着いてください。これからエージェントを派遣し、現場を調査してみます。見つかりましたらこちらから折り返し電話をするので、電話番号を教えていただいてもよろしいですか」
 主人が行方不明。尾崎という人の名前は知らないが、ノボルの一抹の不安は大きくなるばかりだった。主人がいなくなる。
 自分を覚えてくれていなかった父さん。巻き込まれていないだろうか? 不安で不安で、仕方がない。
 でも……今はエージェントに頼るしかない。どうか見つけてくれる事を。

解説

●目的
愚神の討伐。その他覆面男達の捕獲。

●愚神
 ・ググモート
 事件が起きる前に五人の人間が殺されており、五人の頭と四肢をそれぞれ繋ぎ合わせた継ぎ接ぎの愚神。好きなタイミングで四肢や頭を切り離すことが出来る。胴体は男性、首は女性、四肢は大きさがバラバラで様々な角度から武器攻撃、拘束技を仕掛けてくる。
 胴体に人が入れる大きさの空洞があり、中に入れられると脱出するまで酸の攻撃を食らう。ケントゥリオ級

 ・セレン
 覆面の男達に五人の殺害を命じた愚神。こちらもケントゥリオ級。
 角ばった四角い顔には四つの顔がお面のように出ていて、全身を覆い隠すマントの下には脊髄が垂れている。触手のように伸びる腕は金属並に硬い。先端は変形が可能で、ドリルもしくは人間の手にいつでも取り替えられる。
 リンカーがググモートを倒しそうな時に登場し、二人で攻撃を仕掛ける。

●覆面集団
 全員子持ちの父親で、家族を人質に取られセレンの命令に従う羽目になる。彼らの家族には知られていない。
 中にはノボルの父親、源治(げんじ)も入っている。

●罠
 セレナは覆面集団の一人一人の家に爆弾を仕掛けていた。避難している家族が多いが、中には外に出られず家に立て篭もっている家族もいる。源治の家族もその一つだった。

リプレイ


「頼むから包丁を降ろしてくれ!」
 死は日常の隣にいつもいながら、途端に目の前に訪れようとすると人間は必死になって拒むのだ。よっぽど怖いのだろう、彼は動けなかった。言うなれば、二人とも動けなかった。
 一軒家の平凡なリビングで覆面の男は二人拳銃を構えていた。家で一人怯えていた女性が包丁を持って、体を恐怖で震わせていた。
「来たら殺す……。早く出てって!」
「お願いだ。包丁を降ろして、俺の言う事を聞いてくれ。そうしないと皆が危険なんだ」
「何言ってるのか、全然わかんないわよ!」
 拳銃は本物だ。小さく指を動かすだけで人を殺せる。目の前にいる女性を黙らせる未来を作れる。素人でも容易いが、素人ならもっと残酷だ。覆面男が手慣れた暗殺者なら苦しまずに殺れるだろう。素人は急所の当て方を知らない。
 男達は十分に理解していた。だから引けなかった。
「包丁を降ろして、いいから、裏口から家を出てってくれ。そうすれば、大丈夫だから」
「うるさい!」
 怯える口調の後に女性は走った。一人の男に一直線に走ってきて、身の危険を感じたのだろう一つの銃弾が響いた。
「え?」
 銃弾は女性の肺に命中した。苦悶の形相と悪夢の笛を鳴らしながら女性が地面でのたうち回る。
「俺、俺何もしてない! 俺は銃なんて!」
「落ち着けよ、お前……お前が撃ったんだよ」
「そんな! いや、俺は撃ってない!」
「落ち着けって! 俺はこの人を何とかしてみる。お前は急いで金目の物を集めてこい」
 冷静な口を保った男が女性の肺に手をあて、彼女の手を握る。
 女性の足元に拳銃が落ちた。犯罪者は、未だ動かない。
「何をしてる?」
「一昨日、この人にリンゴもらったんだよ。リンゴ、分かるか。すごい美味くて」
「分かるよ、分かってる。冷たい事を言うけどさ、人間最後に守んないといけないのは自分なんだ。お前がした行動は間違いって断定はできない」
「また殺しちゃったよ」
「まだ死んでないだろ。お前の家族がどうなってもいいのか? あんまり奴を待たせると」
 落ちていた拳銃を拾って、男は頷いた。すぐに二階への階段を登って書斎に入り込み、金になりそうな物を漁る。机の上に財布が放り出されていた、これは大きなポイントになるだろう。
 後は、何かないだろうか。後は。
「わっ?!」
 突然後ろから肩を叩かれて、彼は間抜けた声を出した。強い力で掴まれていて肩が動かせない。冷や汗が噴いた。男性の声だ、同じくらいの年齢だろうか。
「HOPEだ。大人しく銃を捨て両手を上に上げろ」
「わ、わ……」
 男は言葉の断片以外を言えず、後ろからの声に従って再び拳銃を落として両手を上げた。
「し、下にももう一人いただろ……?」
「別の仲間が対応してる。貴様らの目的はなんだ?」
 エージェントの問いに、男は押し黙った。絶望だ。自分はこれから牢獄の中で暮らし、家族とは離別する。奴が家族を殺すかもしれない。永遠の始まりだ。
「ごめんなさい」
 目的は何だと訊かれても答えられない。覆面の男は涙を堪えて漸く言えた。漸く言えた言葉がそれだった。
 最初から、迫間 央(aa1445)は一連の事件に疑問符を持っていた。覆面集団は一般人だ、リンカーではなく。一般人が愚神に協力するのは不自然だ。
「自分の意志じゃないんだな」
「助けてくれ、助けてくれ」
 小さな声だ。隠し事をする時のように掠れた小さな声だ。
「俺達、家族を人質に取られてる。人質を殺さてたくなければ協力しろって、こんな……古臭いやり方があるもんかと、ハハ……最初は思ったけどマジなんだ」
「市民は避難所にいるが、逃げ遅れた市民もいる。愚神の狙いはその人々か? お前の家族はどこにいる」
「さっき携帯で、俺の家族は避難してるって。でも、俺達の中の何人かは、まだ残ってる奴もいる。可哀想だろ」
 迫間は男を連れてリビングへ降りた、一階では九字原 昂(aa0919)とベルフ(aa0919hero001)が協力して婦人の手当をしていたが、努力実らず息を引き取った。
 今の状況じゃ救急車は呼べない。外に愚神がいるからだ。
「助からなかったか」
 迫間は胸に手を当てて目を瞑った。不幸な事件に巻き込まれただけの女性だ。わざわざこんな形で死ぬ必要なんて無かっただろう。
 ベルフは地面に土下座をしてる覆面男の背中を軽く叩いた。二階から降りてきて彼は何度も何度も謝罪していたのだ。
「事情はお前の仲間さんから聞いた。なんだ、重いモンを背負っちまったがお前ならまだ降ろせる。俺流の降ろし方なら教えてやれるから、今は協力してくれよ」
 せめて綺麗な顔のまま逝って欲しかったと男は口にした。過ぎた我侭だとは思いもしない。


 愚神のググモートはエージェントの気配を察知して手下の覆面男達と別の場所へ逃げていた。二人が襲っていた家とは反対方向へ逃げていたが、いかんせん目立つ格好だ。アリス(aa1651)は道を先回りして道の真ん中で訪れを待っていた。
「逃げるつもりだった?」
 迫間からの連絡通り、覆面集団の様子がおかしい。外見から見える場所、すなわち腰に銃を全員装備しているのだが全員が全員棒立ちのままアリスを見つめているのだ。数々の戦いの中、拳銃を装備している敵は大凡、対峙した時はグリップに手を添える動作はしていただろう。彼らの動きから素人模様が丸分かりだった。
「そ、そこを退くんだ」
 出てきた声も情けない。自分よりも年上を相手にしながら、アリスは表情一つ変えずに愚神だけを睨んでいた。他の集団は視野に入っていない。
 愚神は人間の形をしていたが、歪だ。右腕と左腕で肌の色に若干の差異があるし、黒く長い髪をした女性の顔は生気がない。不協和音なのだ。一つ一つの楽器が別の曲を奏でている。奇妙な手足の長さが不釣合いだ。
「ねぇ。それ、誰にやってもらったの?」
 愚神はバスローブのような純白の服を羽織っていた。その隙間から見える四肢は、別々の人間を組み合わせた出来だったのだ。
「喋れないんだね。ということは」
 アルスマギカはアリスの両手の上に乗っていて、本は開かれていた。男の一人が我に返ったのか、全員に拳銃の装備を呼びかけた。
 アリスの狙いは男達じゃない。
「退かないと燃えるよ。灰になりたくはないでしょ」
「み、皆一旦引こう! こうなれば仕方ないよ、下がって!」
 ググモートを除いた集団は一斉に後ろに下がった。無機質な瞳の愚神だけがアリスを見ている。燃やされる行く先を知らない可哀想な人形。
 その内、造物主が出て来るだろう。声もなしに命令はできない。男達は家族を人質に取られていた。この愚神じゃ命令は愚か、家族を人質にすらできないだろう。
 見れば分かるのだ、脳が腐っているということが。素人でも分かるだろう。
「おやすみ」
 ググモートを中心に、地面に円形の亀裂が出来た。やがて円から炎が噴き始め、姿が見えなくなる程の炎が愚神を包んだ。地獄の業火は地面に落ちていた小石さえ溶かし、風を燃やした。
 火が消えると、目の前に愚神の姿は無かった。当然の話だ。後はゆっくり眠ってくれれば――
「な……!」
 予想ができなかった。アリスは後ろから強い力で両手を締め付けられたのだ。アリスはもがいたが、更に予想を上回る現実が目の端を横切って、目の前にやってきた。
 愚神の生首が目の前で浮いているのだ。生首は無表情のまま大きく笑って口を開けた。
 上下の歯が、斬首刑にかける刃のようになっていた。
 銃声が住宅街を走り回った。音が聞こえたと同時に生首は壁に勢いよく叩きつけられ、アリスは締め付けから解放された。御神 恭也(aa0127)はアンチマテリアルライフルを降ろし、アリスの横に並んだ。
「助かったよ」
「奴は分離するのか」
 御神は炎の残滓が残るアスファルトの上に立つググモートから目を離さず言った。
「そうみたい。わたしの攻撃も手足、首を切り離して避けたんだと思う。……少し、厄介かもね」
 先手は敵が取った。ググモートは両手を分離させ左右から御神とアリス、二人に向かったのだ。二つの手は手の平から十センチ程の剣を伸ばしていた。御神はドラゴンスレイヤーを構えて防ぎ、アリスは手を発火させ進行を止めた。
 ググモートの攻撃はまだ終わらなかった。次に胴体が二人に向かって走り寄ってきていた。
「攻撃速度は並程度、この子の強みは攻撃の手数……」
 二人は同時に左右に飛ぶと、ググモートの両手は合流した。すると今度は両腕を横に広げて射出し、軌道にいる御神とアリスを同時に狙った。辛うじて攻撃を見切った二人は別々の方向へ避けた。御神は二度前転し、ググモートが場所を剣で薙ぎ払った。だが即座に上半身と下半身は分離して安々と避けられてしまう。
 愚神は足で御神の顎を狙ったが、家の天井から降りてきた月鏡 由利菜(aa0873)のグングニルが油断した胴体を貫き、退かせた。
「すみません、少し遅れてしまいました」
「大丈夫だよ。それより、この愚神は少し特殊だから気をつけて」
 三人と隣合わせになった月鏡は愚神の姿をまじまじと目に入れる。不自然な肉体、不調な形相。死者のような顔。
「まさかッ」
 月鏡は御神と目を合わせたが、彼は何も言わず頷くだけだった。
「くっ……殺害した人々の肉体を自分の身体として取り込むなんて!」
 ――怯んではなりませんよ、ユリナさん。彼らの魂を救いたいのであれば、あの愚神を倒すしかないのですから。
 ウィリディス(aa0873hero002)が月鏡に囁きかけた。いつものウィリィデスと様子が違う。
「リディス、パラスケヴィの意識が表に……?」
 ――今の状況に『私』として感じるものがあったからでしょうか? ……何はともあれ、おっとりしてはいられません。
 愚神は今にも攻撃を繰り出そうと荒々しい息を吐いている。月鏡はグングニルの切っ先をググモートに向けた。ググモートに取り込まれた魂の泣声が聞こえる。早く、早く救わなければならない。この残虐な運命から。


 チグハグな体。ググモートの体は恐らく、殺された人間から取られたものだ。弥刀 一二三(aa1048)は一連事件の全貌をキリル ブラックモア(aa1048hero001)を連れて解き明かしていた。迫間と連絡を取り合い、避難場所の一つとして定められていた役所の住民票と現在の行方不明者と照らし合わせて覆面集団の男の名前や年齢、職業を割り出した。
 概ね想像通りだ。サラリーマンやフリーター、保育士等で全員が一般市民だった。人質に取られている、という男の発言は嘘ではないだろう。
 調べていると、過去にあった五件の部位切断事件も絡んでいた。過去の痛ましい事件の時、唯一撮影されていた監視カメラには今日と同じ覆面を被った男が映っていた。
 同じだ。
「過去から現在に繋がる道は出来はったんやけど、目的が分かれへんな。お金を盗んで、何がしたいんや」
「多くのお金があれば、ベリータルトがたくさん買える」
「もうちょい待っててな! ――何かを買おうするから、お金がいる。何を買おうとしてんか、これは直接聞き出すしかあらへんやろな」
 二人はとある一軒家の台所に立っていた。二人がいる一軒家はかつて、ググモートの生首となっている女性が一人で暮らしていた一軒家だ。今は貸家になっているが、気味悪がって誰も住まないのだ。
 家具や私物は全て片付けられているが、その女性……柏木(かしわぎ) 明子(めいこ)の素性を断片でも見られれば十分だった。分かったのは、やはり過去の事件の被害者も一般人だという事実だけ。
 今回の一連の事件、犠牲者は全てが一般人なのだ。愚神は巧みに人間を操り、人間を殺させた。リンカーに邪魔されないため。
 なら、どうして今回はこんな大きな真似を? 今まで気付かずに事を進めてきたのならば強盗も大袈裟にせずに済んだはず。
「お金が目的じゃなくうちらの誘き寄せが目的か、本当にお金か……せやなかったら両方か」
 柏木の家を出ると、すぐに通信機に電話がかかってきた。迫間からだ。
「ヒフミ、覆面男達の家に爆弾が仕掛けられている、恐らく全員だ」
「なんやて?!」
「今は一個目を解除した所だ。住民達の避難は済んでるか?」
 弥刀は餅 望月(aa0843)、百薬(aa0843hero001)ペアと別行動を取って調査する傍ら人民避難も手を添えていた。
「後は覆面集団の家族やけなはず。爆弾は時限式やろか」
「確認した所起動はしていなかった。タイマーを示す場所もない、恐らく遠隔で操作できるはずだ。その気になれば一秒で爆発させられるだろう」
「なら、うちはジャミング装置作っておく。央は爆弾の解除頼むわ!
 爆弾を設置した愚神に居場所を知られないように、弥刀は家に入り直してジャミング装置作成に取り掛かった。キリルは窓から外を眺めて、不審な影がないかを窺っている。


 薬局で怯えていた老人を避難場所まで誘導した望月は自分の役目が終わると、次は覆面男の人質に捕らえられている家族の救出へ向かった。家の名前は綾坂(あやさか)と言って、世帯主の名前は源治だ。
 玄関の鍵は閉まっていた。望月は呼び鈴を鳴らした。
「もしもし、HOPEから来たエージェントです。もう大丈夫ですよ」
 応答はない。何回かドアを叩いて呼びかけたが、中から気配が消えている。
「もしかして避難したのかな」
「うーん……。やっほー!」
 百薬(aa0843hero001)は最大限他の愚神にバレない声量で言った。
「やっほー、はないと思う」
「フランクな方がいいかなと思って」
「うん、時と場合だけどね?」
 家の中から微弱だが音が聞こえた。まだ中には誰か残っているのだ。
「エージェントです。綾坂さん、もう大丈夫ですよ。助けに来ました」
 チェーンのかかったドアが隙間を作った。中から眼鏡をかけた部屋着姿の女性が頼りない目つきで二人を覗いた。
 衰弱さが窺えた。望月は優しさを含んだ微笑みを作った。
「主人は、大丈夫なのでしょうか」
「大丈夫です。とにかく急いでここから避難しましょう。あんまり言いたくはないんですが、この家には爆弾が仕掛けられているんです」
「ば、ば――嘘でしょ?」
「詳しい事情は避難先にいる役員の人に聞いてください、その方に全てお話しました。今は急いでここから出るのです」
「分かった、わ。子供達を連れてくるから、待っててください」
 婦人が子供達を連れていくのを待ちながら、望月は少しぼんやりしていた。この家族の人達、旦那さんはもう殺人を過去に犯してしまっている。それが、たとえ家族を守るためだとしても法に裁かれないといけないのだろうか。
 袖を百薬に引っ張られて望月は我に返った。
「ねえ、あれ……」
 綾坂家は一方通行の道を歩いて左手側に位置している。その真横には別の家があって、ちょうど向かい合わせだ。
 向かい側の家、ベランダに奇妙な人影が立っていた。黒いマントに、角ばった顔。人間ではないと知るのは一瞬だ。それには目があって、望月は視線を感じた。
「なんだと思う?」
「多分、愚神。しかも報告と姿が全然違うってことは、二人目の愚神? 今回の事件と関連あるのかな」
 二人は額を重ねて共鳴し、青白い炎を纏うノルディックオーデンを構えた。
「綾坂さん! 敵を発見しました、しばらく家の中に隠れていてください」
 愚神はベランダから空中を揺蕩うようにゆっくりと地面に降りた。そしてしきりに首を回転させながら低い声をあげた。
「僕達はセレン。僕達の侵略を成功させるため、手始めにこの町を貰いにきた」
「随分と悠長な愚神だよね。わざわざ自己紹介をしてくれるなんて」
「ああ。イイネ、僕達は人間をちょっと研究した。人間には男性と女性がいて、君は女性に分類される。男性は気高いとされ、女性は美しいとされるコト。僕達は知った。僕達は皆同じ癖を持っているの。タブン、僕達は皆同じ。美しい物は汚したくなるし、気高い物は屈服させたくなるノ」
 セレンの初手のタイミングが掴めない。望月は武器を降ろさず隙を見せなかった。
「ググモートを作ったのは僕達だ」
「継ぎ接ぎの愚神のこと?」
「ソウ。頭部を女性にしたのは美しいから。例えば、こう僕達は考えた。美しさと気高さを持ち合わせたら、それは誉れ高き物質。至高の完成品。実際創ってみれば僕達は満たされた。大いなる興奮を得た。アアこれが、僕達の――」
 油断はしていなかった。臨戦態勢は整えていた。だがセレンは望月の視覚の外から攻撃をしてみせたのだ。
 どうやって? 簡単な話だ。遠方にいるググモートに司令を出して、片腕を背後から望月の後頭部を押さえさせればいい。セレンは蹌踉めいた望月の首を両手で締めた。
「これが、僕達の芸術なんだ。次は、次は僕達はリンカー、君達でアゾートを創ってみたくなった。そしたら、より一層大きな興奮が、僕達を包む!」
 用が済むと片腕は帰っていった。望月は槍でセレンの腹目掛けて突き刺したが、マントを貫通したが感触はなかった。動きがやけに素早いのは、マントの中が軽すぎるからだろうか。
 二発だ。続けざまに二発の乾いた発砲音が望月の薄れかけていた聴覚を刺激した。銃弾はセレンに命中こそしなかったが、意識は逸らせた。
 だが望月は安心できなかった。銃声の所へ顔を向けると、そこに立っていたのは覆面男だったからだ。
「ちょ、ちょっと何してるの?」
「コイツが俺達の家族を人質に取ってるんだ……。そりゃ、俺はリンカーと比べたら弱いぜ。だけど俺だって父親なんだ! 子供と妻を人質に取られたら、犯人をぶっ潰したくなるんだよ! エージェントさん今の内だ、こいつをぶっ飛ばしてやれ!」
「小蝿が、煩わしい」
 覆面男は予想なんて出来なかっただろう。愚神と戦ったことなんてないからだ。セレンは片腕を素早い速度で伸ばし、腕を男の腹に巻きつけた。
「うわあ!」
 しかし、腕が男を二つに割るよりも早く、反対に腕が斬られた。
「阿呆! 何やってん!」
 弥刀が手にした無形の影刃が腕を折ったのだ。腕から開放された覆面男のマスクを剥ぎ取ってただの一般男性に戻すと、背中を叩いて落ち着かせた。
「尾崎はんやな。家族が心配しとったで、ここはオレらに任せて避難場所にいってやるとええ。待ってるで」
「で、でも……俺も、何かできないかな」
「ここで死なれたら困るんはオレらだけじゃないんや。分かるやろ?」
 いつかは復讐してやろうと思っていた。尾崎は、従いながらもセレンに対する憤怒の情は揺るぎなかった。覆面男の集団は全員同じ気持ちだろう。家族を人質に取るという卑怯な方法で人間の尊厳を壊したのだから。
 拳銃で望月を助けたのは、少女が襲われて助けようとした正義感だけじゃなかった。
 今は復讐よりも先にやることがある。尾崎は弥刀に言われてようやく気付き、首を縦に振った。
「それでええ。場所は分かるな?」
「大丈夫だ。助かったよ……ありがとう」
 尾崎は役所へと走っていった。必要のなくなった拳銃は地面に落とした。
 父の後ろ姿を見届けた弥刀はセレンに向き直る。剣はいつでもその胴体を切り裂けると、切っ先を掲げる。
「さて、どないしよか。倒し方は幾つもあるんやで、黒幕はん」
 未だ片手で望月を掴んでいたセレンは力を弱めると、走って奥の道へと逃げていった。弥刀は追跡より壁に凭れ掛かる望月を心配した。
「大丈夫か?」
「うん、大丈夫。あたしは平気だから弥刀君は後を追って、あたしもすぐに追いかけるよ」
「無理は禁物や。……あの愚神、とっ捕まえて色々聞いてやるで」
 聞きたい事は山積みだった。弥刀は望月を背にして、愚神が逃げた道を走っていった。


 爆弾が解除されていないのは残り一つだ。迫間は鍵が最初から開いていたドアを開けると、九字原と二人で中に入った。覆面の男や、他の敵勢力に注意しながら場所を探っていた。爆弾は個室、恐らく亭主の部屋の箪笥に設置されていた。引き出しの何枚も重なったワイシャツの下に隠されていた。
「よし、九字原はここで周囲を見張っていてくれ。長くはかからない」
 既に四つの爆弾を解除している。全てが同じ仕組みであり、解除は慣れていた。九字原は了解を伝えると、箪笥の反対側にある窓から外を眺めた。一見すれば平凡な日常が広がる住宅街だった。信じられないほどに。
 違和感の音は部屋にいる誰もが聞いた。迫間は腕を止めた。
 ――今の音……。
 マイヤ サーア(aa1445hero001)は呟く。
 ――隣の部屋から聞こえてきたわね。誰か、いるのかしら。
「九字原、任せるぞ」
「はい。僕たちを別行動にさせる敵の罠かもしれませんから、気をつけてください」
「無論だ」
 警戒に強みを加えて扉を開け、忍び足で隣の部屋まで急ぐ。子供部屋か、婦人の部屋だろうか。外見では想像がつかない。ドアノブに手をかけて施錠無き感触を得ると、そっと捻って開けた。
「あなたは……?」
 部屋では二十代前半ほどの真面目そうな青年が尻もちをついていた。
「ち、違うんだ。僕は犯人なんかじゃないよ?!」
「静かに」
 青年は少し黙ると、九字原に何か言われるまでもなく自ずと話し始めた。
「なんか、奇妙な人達が見えて避難してくださいってスマホに来たんだ。そして、僕の家の避難先に行こうとしたら、道の先に奴らがいて! それで、見つかりそうだったから怖くてとっさにこの家に来ちゃったんだ」
「という事は、あなたはこの家の住人ではないのですね」
「ああ、そうなんです。ごめんなさい、不法侵入ですよね」
「今は置いといて……、あなたは別の町から来た人ですか?」
 もうこの町の全員が避難を完了してるはずだ。
「ううん、この近くのアパートに済んでます」
「……お名前は?」
「十川 純です」
「住民票に名前が載ってなかったみたいだけど」
「そ、その……まだこの町で住民票出してなくて、ゴメンナサイ、サボってて」
 十川の目が不意に九字原の背後に向かう。
 あまりにも突然青年が叫んだせいで、九字原は一瞬耳が遠のいた。青年は扉側に視線を向けていて大きく開いた口が閉じられない様子だった。
 飛鷹を手にして、素早く振り向く。
 血のついた切っ先を手の平から生やした片腕が浮遊していた。
「な、なんだあれ!」
「クローゼットの中に隠れて、急いで!」
 手の狙いは一般人だ。クローゼットに隠れた十川を狙った腕は扉越しに刃を貫いた。しゃがんでいた十川は間一髪で避けたが、喉を枯らす叫び声が聞こえた。
 扉に深く突き刺さる腕は身動きが取れなくなっていた。隙が出来た腕を掴み床に投げつけると、腕を飛鷹で刺して串刺しにした。暫く抵抗していた腕はグッタリと動かなくなった。


 出張に出かけていた片腕を失ったググモートは致命的なその判断から追い詰められていた。
 グングニルを手にしていた月鏡は斜めに構え、無機質に立つググモートの胴体目掛けて切っ先を伸ばした。分離され回避の猶予を与えるが、狙いは攻撃じゃない。
 戦闘には弥刀、望月の二人も加わっている――セレンは結局、あの後にどこかに隠れ見失ってしまった――から、手数は今やエージェントが有利だ。
 御神はドラゴンスレイヤーを構えて胴体に向かって走った。ググモートは分離して一秒の間胴体がストップする。刹那を縫うしかない。御神は必要な距離を見定め、剣を振るった。
 だが、突拍子もなく腹に空洞ができた。上下の自動ドアが開いたかのように自然だった。御神は横に回避するはずだったが、背中を腕に押されて中へ追いやられた。
 扉は無秩序にしまった。
「恭也さん! く……ッ、母なる大地の生命の息吹を! レナトゥス!」
「マズいで……! 今胴体に攻撃しはったら、御神はんの体も傷つけてまう。考えたもんやな」
「どうしよう」
 望月は焦る口調ながらも、冷静さを保とうとしていた。胴体は完全に動作を停止している。御神の重量で満足に動けないのだろう。攻撃チャンスは今だが、御神を犠牲にしてしまうのも同じ。
 絶対的な危機を、御神は好機と捉えた。
 ググモートの頭部から勢いよく剣が突き出た。紛れもなくドラゴンスレイヤーであり、御神が手にしていた剣だ。浮遊していた両腕は地面に落ち、次の瞬間に胴体が大きく破裂した。
「内部から破壊したんだね。なるほど」
 御神は悪臭を放つ酸液を纏いながら腹から脱出した。
 ――帰ったらすぐお風呂だね。これじゃあ外も歩けないよ。
 共鳴中の伊邪那美(aa0127hero001)は関係ない話だが。
「恭也さん、無事ですか?」
 月鏡は悪臭を気にもとめず御神の側へ駆けつけた。所々火傷の後が見える。御神は平気な素振りをしてみせるが、念には念を。月鏡はすぐに治療した。
 すぐ背後で音が聞こえた。列の一番後ろにいたアリスが真っ先に気付き、後ろを振り向いた。
「セレン!」
 同じ音に気付いた弥刀は即座に剣を構え、話す猶予を与えない程のスピードで接近し、影刃を振るった。セレンはドリル状になった腕でガードし、剣を左右から押さえつけた。
「僕達はエージェントを少しだけ見くびっていたンダ。これから、本来ならばググモートと二人で共同戦線するつもりでいたけれど、僕達が想像もできない方法で一瞬で倒されてしまっタ。予定が狂ったから、挨拶周りだけして帰る」
「いやに呑気やけど、オレらから逃げられると思ってるんやな。残念ながら難しいで」
「やってみるかイ?」
「望む所や!」
 弥刀は片手をグリップから離し、セレンのマントを引き剥がした。
 ――うげっ、グロい!
 遠くから御神の視界を借りてみていた望月が、思わず声に出した。セレンのマントの下は脊髄がむき出しになっていたのだ。むしろ、脊髄しかなかった。脊髄から腕と首が生えていて足はない。
「随分とエグい姿なんやな……」
「驚いたかい」
 ここまでの異形姿とはな。その体を構成するのに何人の犠牲者を出したんだ。御神はドラゴンスレイヤーを再び手にして、弥刀の隣へ走った。
 御神の姿を目視したセレンは大きく後ろに下がり、両腕を背後の家に向けて伸ばした。
「スピード勝負では僕達は負けない。本当はここで、残念だけど……君達のアゾートを造りたかったんだけど……、残念だけド、本当に残念だけど……さよなら」
「逃さん!」
 伸びた腕は今度は勢いよく縮み、同時にセレンは強いスピードを出して五人から遠ざかっていった。御神はライフルの引き金を引いたが、細い体に当てるのは至難を極めた。
 セレンは伸縮を繰り返し更に距離を離していく。
 途中で黒い影が見えた。何かの障害物だろうか、セレンは少し上に向かって、空に向かって腕を伸ばし電柱を掴んだ。そして勢いよく引いたが、障害物も空へと飛んだ。
 セレンは空中で首を捕まれ、逆転の力が加わり地面に叩きつけられた。
 迫間は剣でセレンの頭部目掛けて振り下ろしたが、咄嗟のスライド回避が切っ先を地面と触れさせた。立ち上がったセレンは、最終手段とばかりにスイッチを取り出した。
「爆発させるよ、何人かの家を」
「やってみろ」
 迫間の言葉を聞いた途端、セレンは爆弾解除も間に合ってるのだと知った。怒りからだろう、セレンはスイッチを破壊して再び電柱に手を伸ばした。今度は伸縮させず電柱を強引に地面から引き抜き、大きく振り回した。
 周囲の家に被害が及ぶ前に、剣が電柱を真っ二つに小さくする。セレンは小さくなった電柱を真上に投げ飛ばし手を伸ばした、迫間は迅速に愚神を追いかけたが、驚異的なスピードはセレンが上回っていた。
「逃したか……」
 ――惜しかったわね、央。
「成果はあった。次に現れた時の対策に繋がるだろう」
 愚神の残した痕跡を調べるために周囲を見渡した迫間は、そこにいるべきでない存在を目に映し、細めていた目を少しだけ丸くした。
「何をしているんだ?」
 遠くから、愚神が逃げた方からノボルが走ってきていた。無防備で何も持たず。お気に入りの服を着ているだけだ。
「父さんが! 父さんが何処かにいるはずなんだ。怪我をしているかもしれない、探さないと」


 源治は酷く項垂れた様子で病室のベッドにいた。昨日起きた事件が、全て夢だったかのように思えたが願望でしかなかった。腹に出来た傷と痛みが教えてくれる。
 強盗に家に入った時、家の住人が持っていた長めのフォークで突き刺されたのだ。源治は拳銃を手にしていたが抵抗せず、痛みに呻きながら住人――普段から愛想良く接してくれるお爺さんの両腕を掴み、その間にもう一人に強盗を働かせた。
 腹に出来た傷は臓器を傷つけ、長期的な入院を医者から命じられた。入院初日の夜、源治は眠れなかった。
 子供と妻に、どんな顔で会えばいいんだろう。もし神様がいるなら、私を許してくれるだろうか。
 許すはずもない。人を殺めた罪はいつまで経っても拭えない最大の罪だ。だから、妻と同じ……子供達と同じ天国にはいけない。自分はこれから一生、重荷を背負わないといけない。

 私は、それでも家族を守れたことを誇りに思っている。
 綾坂源治、三十五歳。無力な人間でも、家族を守ることができた。それだけでも十分なはずだったんだが、眠れない夜が酷く辛かった。これから離婚だろうか。二人いる子供は、犯罪者の私といるよりも妻を選んでくれた方が、将来的に良い。
 孤独だ。病室は個室だった。
 医者からは睡眠剤を貰ったが、効くはずもない。
 生きる強さを失った。これからどうやって生きればいい? 考えたこともなかった。

 病室のドアが開いた。入ってきたのはエージェントだった。
 月鏡とウィリディス、望月と百薬の四人は静かに源治に一礼した。源治もまた頭を下げた。
「お怪我は大丈夫でしょうか」
 慇懃に、月鏡が訊ねた。
「ええ、大丈夫です。お気遣いありがとうございます。手術も成功して……」
 ふとゴミ箱に目をやると、クシャクシャになったティッシュが多く入っていた。昨晩、涙と鼻水を拭ってくれた友達だ。源治は照れ隠しで、少しだけ笑った。
「僕はこれから、一生犯罪者として……残っていく訳です。命令だとしても、人を殺めた罪は大きい。殺人って、だから重いんだなって感じました。僕は多分、一生誰からも愛されずに生きなくちゃいけないんです」
 退院して家に帰っても何もない。誰もいない。当然だ、大きな罪の報いはむしろまだまだ不足しているように彼は感じていた。月鏡は彼の手を握った。
「それは違います」
 そして優しく否定した。源治は励ましてくれてるだけだと感じて、薄く笑った。情のない笑みだった。
「確かに人を殺してしまったかもしれません。神様は、許してくれるまで多くの時間を要するはずです。ですが、源治さんをよく知る人からの愛は止まらないはずです」
「そうでしょうか。僕には、どうしてもそうは思えなくて」
 病室にもう一人、今度は少年が入ってきた。ノボルだった。ノボルは花束を持っている、彼の持っている花の名前はタンポポという。ノボルは花瓶に花を入れて、陽だまりの集う窓へ置いた。
「君は、前スーパーであった子か。よかった、無事だったんだね」

 いざ父さんを前にすると、僕はどうしてか口が上手く動かせなかった。昨日の眠れない夜に、あれだけ考えてきた言葉の軍団は狼狽えていた。
 すると望月さんと百薬さんの手が、僕の右手を挟んだ。こういう時、両手を二人が持ってくれるんじゃないのかなと思って不思議だったけど、ちょっと見た目が面白くて心が温まった。
 緊張していたんだ、僕は。父さんを前に。
「あのさ」
 昔、父さんにしていた時のように話しかける。
「僕はあの……英雄でさ。よく、聞くよね」
「そうか、君も英雄だったんだね。どうりで、ちょっと一般人と違うなと思っていたよ。なんだか、君を見ていると不思議な感覚があったんだよね。心が温まるというか」
 そうそう。父さんは饒舌で僕が嬉しいことをよく言ってくれる。懐かしくて、気を抜いたら泣いてしまいそうだった。
「英雄について、どれくらい知ってるか知らないけど。英雄って異世界からきたーって知ってる?」
 月鏡達は黙って二人の会話に耳を傾けていた。誰も口を挟まない。
「知ってるよ。すごいこともあるよ」
「ね、僕もそう思う。それでさ、僕はその……。この地球とよく似た世界から来てさ、多分パラレルワールド。その世界ではさ」
 昨日からどうしても口にしたかった言葉が咲こうとしている。でも、これから先を言っていいのか分からなくなって、事情を全部話した望月さんに目を向けてしまった。
 望月さんは頷いた。
「オジサンがね、僕の。お父さんだったんだ。僕の大好きなお父さんで、とっても優しくてさ」
 源治は少し驚いた表情をした後「そうか」とだけ呟いてノボルの肩に手を置いた。
「この前スーパーで会って、僕の事覚えててくれてるかなって思って話しかけたら、だめだったけど……。でも父さんにあえて僕は幸せだよ。ずっと会いたかったんだ」
「――ごめんな。君のことを、覚えていなくて」
「ううん、いいんだ。僕は、父さんが人を殺したからって嫌いにならないよ。だから、そんなに落ち込まないで。僕は死ぬまで父さんが好きだから」
 僕はちょっと強引に望月さんと百薬さんの手を解いて、逃げるように病室を出た。扉の外で待ってくれていた弥刀さん。
「やっぱり、父さんともう一回家族になりたいよ」
 これが僕の、ありったけの本音だった。父さんの前では強がって言わなかったけど。嫌に決まってるじゃないか。
 弥刀さんは僕の肩に手を置いて、しゃがんでこう言った。
「……せやけど、今のノボルはんには、元の世界では会えんかった、坂山はんとスチャースがおる。それは変わらへん事実や。どないなっても、ノボルはんを絶対見捨てん、大事な家族や。それだけは、頭に入れといたってな」
 元の世界では会えなかった人。坂山も、スチャースもとっても良い人だ。スチャースは人じゃなくて犬だけど。
 弥刀さんの言う通りかも。僕はこの、新たな出会いに今更ながら感謝する時がきたのかもしれない。
「ありがとう」
 色々な意味を込めて弥刀さんに言った。泣きそうになっていたけど、何とか堪えた。


 病院を出た弥刀は、キリルのためのベリータルトを買いに行こうと敷地を出ようとした所で御神と伊邪那美に出会った。スチャースもトコトコ歩いてきている。
「スチャースやないか! 元気しとるか?」
「お久しぶりだ弥刀。弥刀がいると聞いて、挨拶をしようと思ってついてきたのだ。私は元気にやってる」
「元気かぁ、何よりやなぁ」
 一年前と何も変わってなくて安心だ。キリルは最初スチャースの事を覚えておらず、馬型バイクかリスかと錯誤していたが姿を見てようやく思い出した。弥刀はスチャースの前足を持って持ち上げた。
 伊邪那美もつられて尻尾に触って遊び始めた。尻尾は左右に揺れて伊邪那美の手から逃げようとするから、伊邪那美は捕まえようと必死に手を動かしていた。スチャースで遊んでいるのか、スチャースに遊ばれているのか。区別が付かないが……。
「覆面集団達に対して、罪に問われないよう国に志願してきた」
 御神は弥刀にそう告げた。
「おつかれさんどす。結果はもう来たんやろか?」
「いや、まだだ。だがあの反応を見る限り、恐らく罪に問われることはないだろう。今回は事情が事情だ……」
「これで、あの人たちも捕まる事は無いんだよね」
 伊邪那美はようやくスチャースの尻尾を捕まえて(スチャースがわざと捕まってやって)御神に言った。
「刑法ではな。だが、当人達がその罪を許せるかは別だ。家族の支えがあれば乗り越える事は出来ると思うが」
 ノボルの家族は無事だが、他の男達は分からない。だが……ここから先は本人の課題だ。自分を許せるか? 大きな難題だが、超えるしかない。

 ――辛い時はたんぽぽを見てごらん。綿毛でもいいし、黄色い花でもいい。たんぽぽは笑ってるんだ。そう見えるだろ?

 源治は月鏡達が部屋を後にして孤独になると、綺麗に咲くたんぽぽを見た。ノボルが言った言葉に嘘はなかった。この世界の源治もたんぽぽが好きだったから。
 病室のドアが再び開かれたと思えば、今度はAlice(aa1651hero001)とアリスが顔を出していた。
「これを……届けてほしいって、あなたの家族から」
 避難所の市民達を家に帰している途中で、アリスは綾坂家の母から一枚の写真立てを預かった。源治に届けて来て欲しいと彼女は言った。
 家族写真だ。幸せそうに映る家族写真。源治は写真立てを受け取ると、その前にタンポポの花を一枚置いた。
「今日はよく眠れそうだよ」
「そう。良かったね」
 二人のアリスはしとやかに手を振って病室を出た。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 太公望
    御神 恭也aa0127
    人間|19才|男性|攻撃
  • 非リアの神様
    伊邪那美aa0127hero001
    英雄|8才|女性|ドレ
  • まだまだ踊りは終わらない
    餅 望月aa0843
    人間|19才|女性|生命
  • さすらいのグルメ旅行者
    百薬aa0843hero001
    英雄|18才|女性|バト
  • 永遠に共に
    月鏡 由利菜aa0873
    人間|18才|女性|攻撃
  • 花の守護者
    ウィリディスaa0873hero002
    英雄|18才|女性|バト

  • 九字原 昂aa0919
    人間|20才|男性|回避

  • ベルフaa0919hero001
    英雄|25才|男性|シャド
  • この称号は旅に出ました
    弥刀 一二三aa1048
    機械|23才|男性|攻撃
  • この称号は旅に出ました
    キリル ブラックモアaa1048hero001
    英雄|20才|女性|ブレ
  • 素戔嗚尊
    迫間 央aa1445
    人間|25才|男性|回避
  • 奇稲田姫
    マイヤ 迫間 サーアaa1445hero001
    英雄|26才|女性|シャド
  • 紅の炎
    アリスaa1651
    人間|14才|女性|攻撃
  • 双極『黒紅』
    Aliceaa1651hero001
    英雄|14才|女性|ソフィ
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