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【相談卓】手向けの花を
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質問卓
最終発言2017/10/15 11:28:46 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2017/10/11 07:57:37
オープニング
●亜利沙の日記
○月○日
腐ってる、腐ってる、腐ってる。
腐ってるのは、世界のほう。あいつらのほう。
ありさは腐ってないんだから。
あいつらが、自分が腐ってるのをかくすために、ありさが腐ってることにしたいだけ。
だまってるやつらもおんなじ。
自分が腐っていることにすら気づいてないなんて、気持ちわるい。
この世界のぜんぶが、気持ちわるい。
だれか、たすけて。
×月×日
なくしてた国語の教科書がみつかった。
校門のそとの溝に落ちてドロドロになってた。
先生は、いきかえりのときに落としちゃったんだねっていうけど、ばっかじゃないの。
そんなわけないでしょ。
学校は、どろぼうばかり。
先生は、やくにたたない。
もっと、ちがうところにいきたい。
△月△日
うるさい、うるさい、うるさい。
あの人たち、まだけんかにあきないのかな。
さっさと別れればいいのに。
べつべつになって、この村から出ればいいのに。
そしたらありさも、この村とはおさらばできるのに。
あの人たちは、ありさの本当のオヤじゃない。
オヤってもっとやさしいはずだもん。
どこかにありさの本当のかぞくがいるはず。
ありさはここにいるよ。
むかえにきて、はやく。
はやく、はやく、はやく。
ありさが、こわれちゃうよ。
●生き残りの証言
「この子? 知ってるよ。触っちゃいけないの。喋ってもいけないの。仲間外れにされるから」
風 寿神(az0036)はソロ デラクルス(az0036hero001)を連れて生前の芽衣沙がいたという高知の村に調査に来ていた。
証言をした子供は、写真の女の子が「芽衣沙」として四国を恐怖で支配したヨモツシコメ三姉妹の一人だとは気づいていない。
なぜなら、「その子」はいつも一人で俯いている子だったから。
集合写真に写った亜利沙は各種専門家により「芽衣沙と同一人物」との鑑定結果が出ているが、くすんだ表情をしており、寿神も言われなければわからなかったほどである。
――人間だった芽衣沙は、初期の犠牲者の中にいる。
そう見当を付けたH.O.P.E.は、特に子供の犠牲者に絞って顔写真を中心に虱潰しに調査を行った。
結果、この小学校が浮上した。
「芽衣沙に似た子供」と「ヒロに似た子供」がクラスメイトとして通っていた山奥の小学校。
児童数は少なく、近くの学校と統廃合とのを検討中だったという。
しかし当時頻発していた謎の感染事件が起こり、事件当時学校にいた児童も教諭も、すべて死んだ。付近の住民も軒並み死んだ。
偶然にその日学校を休み、しかも住居が学校から離れていた何人かの児童が、九死に一生を得た。
寿神はその数人に亜利沙のことを訊ねに行った。
「遊びなの。そういう遊び。いじめじゃないよ」
証言した子は、屈託なく答える。
「亜利沙」も楽しんでいたと思うかと問えば、「あたりまえだよ、遊びの中心にいたんだから」と言う。
「子供の残酷さというのは、扱いが難しいのう」
聞き取りを終えた後、寿神はふうと溜息をつく。
小学校側が報告していたいじめ件数は、ゼロ。
本来ならば教諭達にも話を聞いてみたいところだが、残念ながら感染事件により全員死亡している。
「俺の考えじゃが、『芽衣沙』は亜利沙にとって最も恐ろしい敵、いじめっ子達を模倣したのかもしれんの……」
「ヒロ」が生前の「亜利沙」と親しくはなかったとの証言も得ている。
「同じ学年じゃなかったけど、そのくらいわかるよ。だって、あの子と仲良くしたことがわかったら、一緒に仲間はずれにすることになってたもん。仲間はずれは、ひとりだったよ」
●手向けの花を
「亜利沙になんらかの弔いをしてやりたいと思うのは、おかしいかのう、フーリ」
膝の上に座るソロに、寿神は問うた。
もしも戦場で芽衣沙と対峙していれば、寿神は『慈愛を持って殺す』ことを選択していただろう。
芽衣沙は既に多くの犠牲を出しているのだし、これ以上の犠牲を出すわけにはいかない。
ただ、異論を飲み込んででも一致して作戦を遂行したエージェント達は見事だったと思う。
愚神メイサにとっては、エージェントの仲間割れこそが最大のつけ入る隙になっただろうから。
そして……死したあとは、「亜利沙」に対して慈愛を持って弔ってやりたい。
「ヒロのことも、なにやら哀れでの」
ヒロは、亜利沙に対しては間に合わなかったのだろう。
迫害を受けている者からすれば、傍観者は最も恐るべき加害者である。
「亜利沙」と信頼を築くには……圧倒的に時間が足りなかった、と寿神は感じている。
「スーのやりたいように、やればいいよ」
ソロは尻尾をぱたぱたしながら答えた。
「亜利沙もヒロも、結局は子供じゃしのう」
ふさふさの毛の生えたソロの耳を撫でると、同意をしめすようにぴこぴこ揺れる。
「日本式の弔いというのは、どういうもんじゃろうの」
寿神は黒い司祭服に身を包んではいるが、敬虔なクリスチャンというわけではない。
ただ、人智を超えた何者かに祈るだけ。
慈悲を、赦しを。
寿神はただ祈る。
「誰かに聞いてみればいいんじゃない?」
ソロはぴょんっ、と寿神の膝から飛び降りて、くるりと振り返る。
「同じような考えの人がいるかもしれないし、怒る人もいるかもしれないし。どちらにしろ、スーは一人で抱え込むのが一番良くないんだよ?」
解説
●目的
ヨモツシコメ三姉妹の末妹芽衣沙、愚神メイサの中に残っていた人間の部分、亜利沙を追悼し、弔い方法を考える。
副題:希望があればヒロについても可。
●状況
・愚神メイサの体は崩れ去った。直接の遺留物はない。
・各種鑑定により、亜利沙=芽衣沙であることが確定している。
・亜利沙の身の回り;父、母、亜利沙の三人家族。持ち物は少なく、家の中には(両親のスマホ画像も含めて)家族写真等はきわめて少ない。机の脇には、人気アイドルグループの写真がいくつか。机の中に、学校行事の写真がいくつか。
・ヒロの身の回り;祖父、祖母、父、母、兄、ヒロの三世代同居六人家族。家族写真多数。机の中には、学校行事で亜利沙の写った写真多数。
●埋葬可能地
・無しという選択も可。(弔うものを遺さない)
・小学校跡地;亜利沙の通っていた小学校は統廃合対象の小さな学校で、ほぼ全校生徒が亡くなってしまったこと、校舎の中でも惨事が起こった跡があることから、以後学校としての利用は断念。敷地は四国で出た身元不明の死者たちの共同墓地にしようという計画がある。校舎は残すか取り壊すか未定。
・親類の墓地;亜利沙の家系の墓地は、役所では把握していない。
・個人墓地;個人墓地を購入して葬ることもできる。風寿神も纏まった財産を寄付する用意がある(PCの所持金を寄付することもできる)。
・神門と共に葬る;祟り避けの意味合いで、社を建てて祀る計画があるらしい。予定地は事件のあったビル屋上。
・高野山で供養を受ける;神門の遺した錫杖も高野山での供養を頼む案があるので、それと共に。
リプレイ
●H.O.P.E.東京支部にて
「多忙な中、呼びかけに応じて集まってくれたこと、心から御礼申し上げる。依頼主の風寿神(フォン スシェン)じゃ。よろしくの」
喪服のようでもある黒い司祭服の裳裾を引きながら寿神は、集まったエージェント達を前に軽く一礼した。
「知っての通り、芽衣沙はヨモツシコメ三姉妹の末妹として愛媛を中心に荒らし回った。愛媛に住居を持ち、四国を第二の故郷とする俺としても複雑な思いはある。じゃが……調査官として『亜利沙』の居住地に赴いたあとでは……更に複雑な思いじゃ……」
寿神は手元の報告書に目を落とした。
『亜利沙』を取り巻く大人達、そして子供達の残酷さは、寿神にとっても他人事ではない。
「候補地に挙げられている小学校とかは、ボクは反対だ。本人が抜け出したいと思っていた場所で、しかも被害者も葬られることになっている。まずいだろう、常識的に考えて」
御剣 正宗(aa5043)がまず声を上げた。中性的な顔立ちで女性らしく見えるが、歴とした男性である。
亜利沙の通っていた小学校は元々統廃合対象の小さな学校で、ほぼ全校生徒が亡くなったことにより廃校は避けられない。そこで校舎敷地を共同墓地でという案があった。
『被害者とは完全に分けて、となると個人墓地がいいと思います。なんなら私の屋敷の敷地でもいいです。提供しますよ』
CODENAME-S(aa5043hero001)、通称えすちゃんも背中の白と黒の羽根をぱたぱたさせて言う。
えすちゃん自身は結構な豪邸を所持しているのである。庭も広い。
「御剣殿は、芽衣沙と戦ったこともおありじゃったの。遺恨はないのかの?」
寿神の懸念はそこだった。
芽衣沙と直接に対峙したエージェントは、亜利沙をどう考えるのか。
「ボクは軍人だ。戦死した敵には、敬意を払うべきだ」
『結局のところ、辛い目に逢っていた子供なんですよね? 可哀想だと思います』
元来が軍人である正宗は、軍人らしく割り切っている。
英雄のえすちゃんは、より柔らかな心で亜利沙への同情を口にする。
「俺は形として残る弔い方は、避けたほうがいいと思う。四国では沢山の人が死んだ。芽衣沙も多くを……殺したはずだ」
沖 一真(aa3591)は、長く四国での戦いに携わり、多くの罪のない人々の死を見てきた。
無惨に殺された人々、感染によって回復までに長い苦痛を強いられた人々、彼らは芽衣沙を弔うことをよしとするだろうか?
「もし弔ったとして、怨恨によって墓所が荒らされるなら本末転倒だ」
『お遍路、八十八箇所巡りをするのはどうでしょう? お遍路には贖罪、穢れを落とすという意味合いもあります』
一真の言葉を受けて、月夜(aa3591hero001)は『行為による弔い』を提案する。寿神も頷いた。
「形を残さぬ弔いか、それも道理じゃの。じゃが期間はどう確保する? 各地で頻発する事件が、常に沖殿の慧眼を必要としておろう?」
「私は……芽衣沙の……亜利沙の……お墓……作りたくて……来た。……できるだけの……こと、してあげたい……」
藤岡 桜(aa4608)は訥々と、しかし毅然とした態度で語る。
「俺も同じ思いだ……。できれば芽衣沙の愛した姉達や神門と共に、誰にも知られぬ場所へ、ひっそりと葬ってやれぬものか……」
やはり墓を、と狒村 緋十郎(aa3678)は望む。
両名とも、愚神メイサの最期を看取ったエージェントだ。
「既に祟り避けとして社を作る計画があるのなら、それに乗るメリットもあると思うがね」
神門が死んだのは、ヘリポートつきのビルの屋上だった。祟りを恐れた所有者と入居者が御祓いを求め、小さな社を作る計画がある。石動 鋼(aa4864)はそのことを言っていた。
「住民の意向として作られるものなら反感も買いにくいし、屋上で管理もされるのなら過激派に攻撃されることも少ないだろう。最も安らかに眠れると思うが」
「ヨモツシコメ三姉妹も神門も、元は人。荒魂の部分を祓ってやれば、人として眠れるでしょうし、そうしてやるべきと思うのですじゃ。しかし、聞けばビルの上の社は地鎮のためのもの。別の土地での慰霊を希望しますじゃ」
天城 初春(aa5268)は巫女であり、神主でもある。荒ぶる魂は鎮めてやるもの。
「俺は下手に祀りあげるのは反対だな。良くも悪くも魂を神格化しちまう。それに……芽衣沙が誕生するまでの過程を亜利沙に押し付けることにもなりかねない」
『どう思います、寿神さん?』
一真は祟り避けとしての神格化にも反対のようだった。月夜は黙ったままの寿神に問いかける。
「正直、この熱気に押されておる」
「俺だって、言いたいことがある」
突然、九重 陸(aa0422)が立ち上がった。つかつかと緋十郎に歩み寄り、胸倉を掴み上げる。
「何故芽衣沙を許した? 何故最期に優しくしてやった!?」
緋十郎の表情は静かだった。
もとより、どんな非難も処分も当然と受け止めている。前の依頼では味方に背後から撃たれる覚悟さえあったのである。ただ、陸もまたこの世の理不尽の中にいるのだろう、とだけ思う。
桜もその傍らで静かに聞いている。こちらも反論する気などない。
「俺もね、病気で死にそうになったことあります。もしそれが誰かの仕業で、仇をとってくれる筈のヒーローが、そいつと仲良くなってたりしたら……俺なら、化けて出るじゃ済まされませんよ」
ゆっくりと、自分の命の炎が消えるのを待つしかできない絶望。
感染症で死んだ人たちは、いつかの陸と同じだ。
「俺が行ってりゃよかった……芽衣沙がまた現れた時、俺が他の依頼に出ていたばっかりに……!」
従魔ウイルスを撒き散らした芽衣沙を、撃破のチャンスを逃した自分を、今も許せずにいる。
「ほら、そこにも、感染症で命を断たれた子がついてきてますよ。13歳くらいかな、見る影もないけど。『どうして私は死ななきゃいけなかったの? 仇をとってくれないのはどうして? 生きたかったのに』ってずっと泣いてる!」
陸は緋十郎のすぐ横を指差す。
そこには何もない。陸には何かが見えているのか、ただの嘘なのか、誰にもわからない。
「そうか、無念だったろうな……生きているうちに救ってやれなくて、すまなかった」
緋十郎にも何も見えはしない。ただ指差された場所に子供がいるかのように腰を落とし、小さな子供と目線を合わせるようにして、その頭があるべきところを大きな手で優しく撫でる。
「恨みに思う気持ちも当然だ。だから……芽衣沙ではなく俺を恨め、お前が成仏できるまで」
緋十郎は本気だ。彼の前では真偽さえ問題にならない。死者からの非難も恨みも、分け隔てなく受け止めるつもりなのだから。
「待って、部外者だけど言わせて貰っていいかな?!」
やや強張った笑みで、雨宮 葵(aa4783)が割って入る。
「目の前で泣いて苦しんでる子がいて、でも敵だからと容赦しないのがあなたの言うヒーローなの?」
納得がいかなかった。葵にとって最期のメイサは、苦しみもがく子供だった。
「確かに彼女は罪を犯した。でも彼女も助けを求めてた! 共に生きて償おうと思うのはそんなにいけない?」
きっと葵は、メイサに自分を重ねている。
息苦しい『家』という小さな世界の中で、窒息しそうだった自分に。
「大衆は殺せというだろうね。でも大衆はいつも正しい? ……亜利沙に対しても正しかった?」
友人であるべき級友が。教え導くべき教師が。庇護すべき両親が。
すべて敵だったとしたら。そのせいで子供が狂えば、殺すのが正義なのか。
自分だって、もし燐がいなければ?
「――好き勝手言ってごめん。そっちの事情も知らないのにね」
「だが、相手は愚神だ。せめて人であれば罪を背負って生きるのも許されるだろうが」
鋼にとって、愚神とは復讐の対象。共存はない。
「前回の利敵行為に共感もしないし立派だとも思わない。助けを求めたのが演技でないと、どうして言い切れる? 愚神を助けたばかりに他の街が壊滅したら、君達はどう責任をとるつもりだった?」
『鋼……言いすぎだよ』
英雄のコランダム(aa4864hero001)が止めようとするが、鋼は構わず続ける。
「今回の事を美化や美談とするのはやめておくといい、正義でも何でもない、ただの自己満足だ」
一気にそこまで言ってしまうと、彼はくるりと踵を返した。
「……すまない、少し頭を冷やして来る」
出て行く広い背中を庇うように、コランダムはその腕を広げる。
『あの……鋼を悪く思わないでください。少し頭が固くて融通が効かなくて。自分の気持ちを伝えるのがど下手なだけなんです……』
コランダムにしてみれば、愚神に対する鋼の強固な復讐心こそが危うい。
「両名は既に処分を受けたのじゃ。俺は重ねてなにか言う立場にもない。また石動殿は充分に立派であった。作戦においては私情を抑え、折り合うための努力を惜しまなかった」
コツ、と靴を鳴らして寿神は進み出る。
「ただ、俺は四国対策室にも出入りして居ったからの。懺悔させて貰うならば、俺達は必死に『芽衣沙の死体』を探しておったのよ。ヨモツシコメ三姉妹はウイルス従魔との特殊な共生体じゃった。神門の撃破に伴い、『芽衣沙』も本来の死体となってどこかに倒れておるはずじゃった」
しかし、そうはならなかった。メイサは二度目の死を拒み、愚神に変化して現われた。
「皆にとって、神門の死後に『芽衣沙』と対峙することは当然であったかの? 四国対策室としてはありえんことじゃった。混乱による情報の錯綜と対応の不備については、率直に詫びる。俺にもそのくらいは許されよう」
変化したメイサは、既に存在の根本が違っていた。
「『愚神メイサ』が妄執によって死を拒んだのなら、その妄執を解く必要があったはずじゃ。実際の作戦は、全くの予想外ではあったが、極めて効果的でもあった。賞賛に値する」
「妾は――お二人に一神職として心より感謝を。少なくとも、祟り神へと堕ちた彼女が完全に狂うことなく、穏やかな最期を得られたのは、お二方の優しき心あっての事です故」
初春は緋十郎と桜にとことこ近づき、ぺこりと頭を下げた。どうしてもこれだけは言っておきたかったのだ。
『ワシからも礼を』
辰宮 稲荷姫(aa5268hero002)もそう言うと、返事を待たずに初春を伴い部屋を出た。
これから、やることは山ほどある。
「弔いに際して……数点、お聞きしたいことがあります……」
邦衛 八宏(aa0046)は話題が落ち着くのを待っていたように、静かに切り出した。
「亜利沙様の日記……、閲覧は……可能でしょうか? また亜利沙様、ヒロ様へのご自宅へも……可能ならば、訪問させていただきたく……」
「邦衛殿は葬儀屋を営んでおられるのじゃな。心強い限りじゃ。亜利沙の日記は、写しがいまここにある」
寿神は報告書から別に綴じられた紙束を引き抜いた。
ノートのコピーらしく、ところどころ固有名詞らしき部分が黒く塗り潰してある。
一枚、二枚とめくるうちに、八宏は言葉を失った。
亜利沙は、あまりに幼かった。そして彼女のいた世界は、あまりに過酷だった。
拙い文章から、乱れてゆく文字から、絶望がひたひたと押し寄せる。
『私は弔いに関しては門外漢ですので、別方面から当たらせていただこうと思います』
構築の魔女(aa0281hero001)はなにやら構想があるようだ。辺是 落児(aa0281)を連れ、足早に去ってゆく。
「今回のことは地域ケアの観点から見ても、山間部は互助が働きやすいはずなのに……社会にとって、二重の損失です」
迫間 央(aa1445)は苦渋の表情で言った。マイヤ サーア(aa1445hero001)は戦闘がなさそうなので、幻想蝶に籠って央を信頼しつつ見守っている。
「迫間殿は官僚であるから、事件の捉え方も官僚的じゃの。地域包括ケア、とは介護関連の施策じゃったかの?」
「高齢者だけでなく、子供も含む地域の構成員すべてを対象として、互助・共助の働きやすい地域システム作りを目指した施策です」
要は亜利沙の置かれていた環境、無関心だった大人達に義憤を覚えているらしい。
「今回の事件は、教育の敗北とでもいうべき事態です。知り合いの教育委員会の担当者に相談してみようと思うので、必要な資料は提供していただけますか」
報告書をめくる寿神をよそに、三木 弥生(aa4687)はぼんやりと空を見つめていた。
「私……は、ともかく、御屋形様と共に……」
央の政策論以前に、全体議論に頭がついて行っていないらしい。
英雄の三木 龍澤山 禅昌(aa4687hero001)などは、退屈すぎて幻想蝶の中でぐうぐう眠っている。
「三木殿は、巫女であったの。陰陽師である御屋形様についておれば大丈夫じゃ」
弥生はうんうんと頷いて一真の後ろにくっつく。月夜が心配して寄り添う。
「なんで風さんまで御屋形様呼びなんだ?! さっき名前で呼んでただろ?!」
一真が鋭く反応する。意思に反して広がる呼び名には、納得がいかない。
「今回の依頼に備えて報告書を読み直しておったら、なにやらそう呼ばねばならぬ気がしての……。皆判で押したようにそう呼ぶからの。あれは陰陽師の術かのう」
「いやもう名乗ったから……名乗ったから……」
誰もが依頼中に一真のことを御屋形様と呼んだせいで、敵が最後まで一真の名を知らないままだったことはわざとではない。
「沖殿は最初に朱天王に言質を取られて陣営に誘われておったから、このうえ名前まで与えてしまっては、より敵に近づくことになったの。皆にも防衛のための術が掛けておったのじゃろう? 陰陽師の術はあなどれぬな」
真剣と書いてマジと読む。悪気も揶揄も無く言い切られてしまうと、反論する気力も無くなる。
「ああ……うん、もうそういうことで……」
報告書に目印のための付箋を貼り終えた寿神は、央を振り返った。
「予備の無い資料は、複写になるじゃろう。部屋を移ろうかの」
◆ ◆
『さてと、どこまで可能かわかりませんが、企画だけでも出しておきましょうか』
構築の魔女は、H.O.P.E.の資料室にいた。保持している資料を確認するためだ。
落児も端末を操作し、めぼしいファイルをあたる。
目的は、四国感染事件の全容を記した資料を作ること。
この事件は、行政組織、H.O.P.E.の双方が初動で後手に回ってしまった。そのため、被害が拡大した面がある。
「(ロロ――……)」
『(そうね、同じ轍は踏みませんよ。失敗は生かしてこそ、です)』
H.O.P.E.側の対応記録はここにあるので、被害状況と付き合わせた記録を纏めて残しておく計画だ。
『完璧にする必要はありませんが……量が膨大になりそうですし、電子化が必要でしょうね』
神門一門についても、その活動や言動の記録を残すべきだと考えている。
異世界から来た異分子ではなく、元々この世界の人間。
決して相容れなかったが、彼らなりの理由があり、理屈があった。亜利沙だけでなく。
『出来る限り公平……は無理でも、願いの理由を、発せられた言葉のままに……』
●それぞれの弔い
神門が最期に戦ったビルの屋上は、既に修復済みだった。社の建設はこれからだ。
「このあたりで……神門は崩れ去ったのです」
神門の最期の戦いに参加した八宏が、屋上に同行して証言した。稍乃 チカ(aa0046hero001)も場所を確認する。
「彼は空海上人に執着していました……残った錫杖は……、高野山で供養をしていただきますので、くれぐれも御安心ください……」
ずっと神門を追っていた八宏が、錫杖の供養に高野山まで赴くことになった。
「神門と共に、配下であった三姉妹も祀ってやることはできないだろうか。神門を慕う彼女達こそが、彼の荒ぶる魂を鎮めてくれるはずなのだ」
同行した鋼は、あくまで住民からの要望に応じて作られる社こそが、最も安全で軋轢の少ない葬り方だと考えていた。できることなら、朱天王配下であった百鬼夜行や、ヒロも共に、と願う。
「名前は無理に入れなくてもいい。ただ、一緒にしてやれたら」
『鋼……其処まで考えてたんだ。意外だな』
先日の態度からは想像できない鋼の態度に、コランダムはもう少し器用に立ち回ればいいのに、と思う。
「……私とて木の股から生まれた訳ではない。やれる事はやるだけだ」
屋上に案内してくれたのはあくまで管理人であり、所有者ではなかった。
どちらにせよ即答はできない問題だ。
この日は回答を保留のまま、彼らは帰途に着いた。
◆ ◆
「無垢なる狂気に、呆れるべきか……、保身しか考えぬ、馬鹿な大人たちに憤りを覚えればいいのか、どちらじゃろうな?」
荒く息をつきながら問うのが、初春。
『両方じゃろ。あれだけ幼き子が、祟り神へと堕ちるだけの呪詛を貯えるなど、本来ならあってはならんのじゃがな』
玉のような汗を流しながら答えるのが、稲荷姫。
二人は愛媛県石墨山にいた。
神門とヨモツシコメ三姉妹の慰霊碑を建てるための用地をその足で見に来たのである。
社で鎮めるべき荒神として祀り上げるのではなく、慰霊碑で人として弔う。
それが初春達の出した結論だ。
「狒村殿、藤岡殿が奥地にひっそりと墓碑を建てられるというなら、こちらはむしろ表向きとして。非難も憎悪も、受ける覚悟で建てますのじゃ」
ならば――と寿神は言った。
壊れたら直せばよい。汚されたら落とせばよい。何度でも。
そのための責任は、俺が持とう。
結果、寿神の住居に近い愛媛県で、石墨山の登山道脇のあたりではどうかという話になった。
「非難を恐れるばかりでは、何事も成し遂げられないのですじゃ。狒村殿を見て痛感しましたのじゃ」
『あとは、真心じゃな。心があれば、いずれ伝わる』
四国の感染事件死亡者の事後処理に関わるNPOは石墨山の前に訪ねた。愚神でなく、人としての魂を弔いたいという熱意を説いたところ、前向きに検討するとのこと。決定までには、まだ足を運ぶ必要がありそうだ。
石碑の設置場所の下見のついでに二人は、諸々の安全祈願を兼ね石墨山の登山道、標高差およそ600mを登り切った。
東に石鎚山、西に伊予灘、北に開通したばかりのしまなみ海道を望む霊峰。その頂上で二人は、慰霊碑に刻むための碑文を書き留める。機会あるごとに、皆とも相談して練っておいた。
【四つ国の島を襲いし災厄、4人の憎悪にて引き起こされたり、その咎は彼の者達にあり。
されど忘れることなかれ、災厄を起こしたる業は彼等の物にあらず、人の世が生みし業である。
忘れるなかれ、忘れるならば第二第三の災厄が生まれるだろうことを】
◆ ◆
『少しつまらない話ですが……付き合っていただけますか?』
構築の魔女は、そう寿神に声を掛けた。
「魔女殿か。あれから四国の感染事件の報告書を纏めておられるようじゃの」
『はい、一般の方で被害に遭われた方々の記録も整理したかったのですが、既にNPOでやられている団体がありましたので、そちらにご協力いただくことになりました。私のやっている報告書作成は、最終的に四国対策室に引き継いでいただくことに』
「神門とヨモツシコメ三姉妹は、得体の知れぬことが多すぎたの。教訓を生かすべきという御意見、尤もじゃ」
構築の魔女の企画した報告書の名称は――【屍国】。
神門によってウイルス従魔が広まり、多くの『動く死体』が闊歩した。
この事件を体系的に纏める報告書の企画が、いま立ち上がっている。
『逆説的ですが、私の彼らに対する供養は、『忘れること』だと考えています』
つとめて穏やかに、彼女は話した。
『対立する二つの願いが同時に叶わないのは仕方ないこと。善悪、正義、不義……理由はそれぞれですが、私は彼女たちの願いを踏みにじった。しかしそれはもう過去のこと』
「ふむ? 魔女殿は合理的な方じゃの。私怨や怒りとは無縁なのかの?」
『私は割り切るほうでして』
寿神はほう、と溜息をついた。
「そこが魔女殿の明晰さの秘訣かのう」
『正解を求めるものでも、探すものでもありませんが……、風さんは、供養についてどう思いました?』
「魔女殿の『忘れる』とは、極限まで合理的に研ぎ澄まされた弔いじゃの。常人には真似できぬ域じゃ。俺は合理的な人間ではないので、言うなれば、『赦す』が近いかのう」
言葉を探すように、寿神はしばし遠くを見つめた。
「怒りや恨みで、これ以上誰も傷つかんで欲しい。まして、意見の対立で傷つけ合うなど」
『それは、他人に対する願いでは? 風さん自身は?』
寿神は虚を突かれた顔をした。
「俺か? 俺は……赦しておるよ、とうにな」
それから、ふと思い出したように話題を振る。
「そういえば、魔女殿は機械類は得意じゃろうか? 頼みたいことがあるのじゃ」
『はい? 私に出来ることでしたら』
●霊峰へ
その数日前のこと。
葵はH.O.P.E.からの紹介状を携えて、燐(aa4783hero001)と共に石鎚神社を訪ねていた。
石鎚山は神の山。ならば神様に許可を取るのが筋。
「お願いします、石鎚山にお墓を作らせて下さい! 小さなものでいいんです」
葵は畳の間に上がるなり、頭を擦り付けるようにして懇願した。
「ヨモツシコメ三姉妹も神門も、元は人間でした。世界が腐っているとしか思えなかった彼女達を、四国を見渡せる霊峰で弔いたいのです。世界はこんなに綺麗なのだと、滅ぼさなくてよかったのだと、そう思って欲しい」
即決できないと、後日連絡すると言われ、その日は帰らざるを得なかった。
数日後、寿神が朱印のついた紙をひらひらさせてやってきた。
「愛媛県と営林署から仮許可が下りたのじゃ」
石鎚山は国定公園であり、正式な使用許可には通常数ヶ月掛かるので、まずは仮の許可を取ったということだ。
「なにやらバッヂ? を動かしたらしいの」
「代議士ですか。そういう手段も使えるんですか、風さんは」
ちょうど来ていた央が、寿神の持つ書類をひょいと取って印章を確かめる。
「いや俺ではないぞ。フーリがの」
寿神の黒い司祭服の脇から、黒い尻尾のソロ デラクルスがぴょこりと顔を出し、ふふんと胸を張る。
「えへへ。ボクは見かけよりおじいちゃんだから、老練なんだよ!」
くるくるとよく動く瞳もソプラノの声も子供にしか見えないが、英雄にはよくある話だ。
「石鎚山神社からも、雨宮君のお陰でいい返事が返ってきたから行けるよ!」
先導するようにとてとてと歩き、元気に宣言する。
「さあ行こうか石鎚山へ! 狒村君と藤岡君はもう行ってる!」
◆ ◆
その頃、桜とミルノ(aa4608hero001)、緋十郎はGPSを頼りに山の中を歩いていた。
獣道すらない斜面を、柔らかい腐葉土を踏み、下生えを掻き分けつつ進む。
設置場所は石鎚国定公園の中でも、当面伐採される予定の無い特別保護地区を指定された。
その中でも、なるべく日当たりが良く、見晴らしのよい場所を……と桜は探し歩く。
利便性は、考えなくていい。自分たちは進めるし、他の人はなるべく来ないところがいい。
迷った末、切り立った崖の上に辿りついた。
木々の隙間から、遠くの山と海が見える。
「……この辺……かな……」
場所が決まったら、幻想蝶に入れて持ち込んだ一抱えほどの大島石に、三姉妹の本名を刻む。
那原朱理
岡部雪江
若宮亜利沙
本名のわからない神門は、某(なにがし)とだけ。
「……芽衣沙……亜里沙として……苦しんでる時に……助けてあげられなくて……ごめんね……」
思い出すと、涙が零れる。
ひどいことを言いつつも、桜が本気で自傷しようとしたときは、止めてくれた。
友達になろう、と呼びかけ続けたときは、きっと泣いてた。
「……目指すのは、人も英雄も愚神も……笑いあえる世界……」
緋十郎と桜で交互に名前を彫り、終わったら穴を掘る。
メイサが崩れ去ったときの灰は、緋十郎が咄嗟に掴んだ一握りだけが残された。
それを手のひらに載るような小さな骨壷に納め、H.O.P.E.を通じて手に入れた朱天王の薙刀の欠片、夜愛の簪の欠片も同様にそれぞれ納める。
『あの子の欲しがってたもの、買ってきたわよ』
レミア・ヴォルクシュタイン(aa3678hero001)が自身のセンスを生かし、ポップで可愛らしい柄の金属缶を小脇に抱えて現われる。
亜利沙の日記には、服やアクセサリー、CDやDVDなどが欲しいと書き連ねてあった。
街に出て該当するものをできる限り購入し、壊れても持っていた可愛い衣装の着せ替え人形、人形用のティーセットなども新しく買って缶の中に納めてきた。
『なんつーか、もっとおどろおどろしいものが好きなんだと思ってたんだがな』
チカも女性アイドルグループのCDやDVDを買って持参した。亜利沙も生前は、アイドルに憧れる普通の少女だったのかもしれない。
――亜利沙様の置かれていた状況には、少し覚えがあります。
――けれど、家族は味方でいてくれました、だから――
神門の錫杖を携え、高野山へと向かった八宏は、そう語った。
『欲張りなんだよおめーは。シケたつらのくせにさ』
チカはひとりごちる。
錫杖の供養はH.O.P.E.によって手配されていて、奥の院で一年間読経による供養を受けた後、子院にて収蔵される予定だ。
「ふぁー! 急勾配!」
葵達をはじめ、位置情報を送っておいた仲間達もぞくぞく到着し始めた。
正宗は白い薔薇、えすちゃんはピンクの薔薇の花束を持って。
一真と月夜は陰陽師の狩衣姿で。弥生も鎧は山歩きに向かないので幻想蝶に仕舞い、巫女装束で。
登り切れば、目の前に広がるのは空海上人がその名とした、空と海。
「沖殿、俺も方法を考えておったんじゃがの、お遍路は分けても回れるの。依頼の合間を見て少しづつ回るのはどうじゃろう?」
寿神は祈りのための司祭服を崩さない。ソロは狐なので山道は平気だ。弥生が急いで言う。
「御屋形様が行かれるのなら、私もお供します!」
「俺も予定さえ合えば共に歩かせて欲しい。この四国の風土を、肌で感じたいのじゃ」
1200年前に空海上人が開いたという、お遍路の旅路。
それは四国の事件の締めくくりにも相応しいと一真も思う。
「俺こそ、八十八箇所をこの足で回りきりたい。なんとしてでも」
「沖殿は事件に長く関わってきた。弔うべきは亜利沙だけでもなかろう。歩きながら考えるとよい。お遍路とは、そういうものじゃろうから」
埋葬品は土に埋められ、心を込めた墓碑が建てられようとしていた。
「あの! 私は寺育ちなので、読経を捧げさせていただきます!」
弥生は経典一本分くらいなら、暗誦できるのである。足場が悪いので鎮魂の舞は無理だが、せめてそのくらいはと、墓前に跪く。
◆ ◆
その頃陸は、松山市で野外コンサートの準備をしていた。
憎んだ敵は塵となって消え去った。
芽衣沙に手を差し伸べた者を悪罵しても、虚しいだけ。
ただひとつ、陸には音楽が残されていた。
いまはまだ、悩めばいい。
憎しみも後悔も義憤も、深いほどに音楽の糧となるだろう。
できればホールを借りたかったが、流石に数日前では空きなど無い。
公園に設置されている野外ステージで妥協することにした。
「まあ、野外の方が遠くまで届くかもな……」
死者を慰め、一人でも多くの生者に明日への活力を取り戻して欲しいから、これでいい。
その中にあの三姉妹が混ざっていても、もう構わない。
『いいの? あんなに憎んでたのに』
(HN)井合 アイ(aa0422hero002)はフルートを準備している。
「アイさん。俺ね、メイサのこと、死ぬまで許さないつもりだったんす。……でも、もう死んじゃったから」
演奏曲目は以前自作した組曲『六道』のヴァイオリン・フルートアレンジ。
陰惨な地獄道から紆余曲折を経て、やがて幸福に満ちた天上道に至るこの曲が、死者と生者の救いとなるよう、願いを込めて。
「可哀想だからって何でも許しちゃうのが正しい事とは、俺は思いません。友達なら、尚のこと間違いは正さなきゃ。それでこそ本当の友達でしょう」
『なんだ、お前もメイサと友達になりたかったんだ?』
アイは赤いバイザーの奥で、にやりと笑う。陸はふいと顔を逸らした。
「べっつに。でも、演奏くらいはしてやりますよ。なんたって今日は、死者の為のコンサートっすから」
◆ ◆
「神門によるドロップゾーンは、被害者も加害者も、関係者もまとめて葬り去ってしまいましたからね。多少は苦労しましたが、上位の県教育委員会のほうにねじ込んで来ました。やや脅し込みで」
弥生の読経が終わるなり現われ、さらりと怖いことを口走る央に、寿神もまたさらりと返す。
「ふむ、官僚社会であやまちを繰り返さぬためには、行政を動かすのが近道じゃろうの」
「亜利沙の事例を相談した知り合いからは『初動からしてありえない』とバッサリでした。それから、共同体の風通しの悪さを指摘されましたね。――言い換えれば、『腐ってる』」
芽衣沙の繰り返したフレーズに、一同どきりとする。
「亜利沙の最期の気持ちを踏み躙るような社会にはしてはいけない。これは決して一朝一夕に片付くような問題じゃない。お二人にはこれからも共に戦って貰いますよ」
央は仕事モードの眼光で緋十郎と桜を見据える。失った信用は働いて返せと言っているのだ。
そこへ初春達が、よたよたとやってきた。
「はあ、はぁ……。ようやく石碑の発注と、宮司への根回しが一段落しましたのじゃ。神職とは、結構足を使う仕事でしたの」
稲荷姫も杖をついている。ここ数日、NPOや宗教法人に協力を願い出るため、各地を駆けずり回ってきた。それでも、石鎚山での墓碑には立ち会いたいと、疲労を押して登山してきたのだ。
「神職で思い出した、例のビル屋上の社、神門に加えて夜愛までは合祀されることになったそうじゃぞ。夜愛は神門を守るが如くに近くで死んだし、やはり周辺住民からの要望が……の」
「守る、ね。俺達はヒロの叔父さんと会って、墓にも参ってきたけど、あいつは普通の『いい子』だったな。好きな子がいて、笑ったらきっと可愛いから、なんて言ってたってさ。それが誰かなんて、引き出しに写真溜めてたらバレバレだっつーの」
八宏とチカをはじめ、緋十郎と桜、一真と弥生、正宗達はヒロと亜利沙の家にも行き、ヒロの叔父にも会った。
叔父の語るヒロは、家族から愛情を受けてすくすくと育った少年。
彼が迎えた結末は、あまりにも哀しい。
正宗と桜は、小さな墓碑をたっぷりの薔薇で飾る。ヒロの墓前にもそうしてきた。
「俺の手に残った灰は……亜利沙でありヒロでもある」
緋十郎は、悲痛な表情で言った。
「亜利沙……お前は愛など信じぬと言っては居たが……もしヒロのことが心底疎ましかったならば、ヒロの死肉を喰おうなどとは思わなかった筈だ。……二人共、冥府で安らかに眠ってくれ……」
「魔女殿より連絡が入った。そろそろ生中継が始まるぞ」
寿神は幻想蝶からタブレット端末を取り出す。
構築の魔女に頼んで、陸の演奏会をネット中継して貰う約束だ。
鋼達にもそちらで動いて貰っている。
端末を立ち上げると、低くヴァイオリンの音色が響く。暗く重苦しい、地獄を示す旋律。
葵がそっと燐に囁く。
「私といてくれて、ありがと」
燐が答える。
『ん。葵は手が掛かるから……離れるつもり、ないよ』
餓鬼道は、哀切に満ちた短調。満たされぬ悲しみを、フルートの澄んだ音色が奏でる。
「もし、来世などというものがあるとしたら……今度は、俺とレミアの娘として生まれて来い。今生の分まで、お前を愛し抜いてやる…ッ」
緋十郎は、亜利沙に呼びかける。
畜生道は曲調が変わり、ややアップテンポに進む。
戦いの修羅道、複雑で技巧的な人間道を経て……壮大で荘厳な天上道に至る。
天上には光が満ち溢れ、苦しみも争いもなく、優しい音色で満ちている。
四国に満ち溢れる死者と生者の心に、平穏が訪れますように。
誰もがそのひととき、そう願っていた。
結果
シナリオ成功度 | 大成功 |
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