本部

【ドミネーター」サイドストーリー

玲瓏

形態
ショートEX
難易度
普通
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2017/10/12 19:27

掲示板

オープニング


 独房の中は、一人になれば寒かった。毎日のように会いに来てくれるリンカーがいれば、少しは暖かさも思い出せるが。今は一人、真っ白な壁に情景を描くことで退屈を癒やすしかない。できればずっと一緒にいたいなんて、過ぎる我侭を思い浮かぶ。
 彼女の名前はチャールズと言う。今も活動を続けている反社会組織のボス格を務めていた。正確には、脅迫じみたやり方で強引にボスを任せられてるだけの哀れな女性であったが、周りの人間からしてみれば関係のない話だ。テロ組織のボスを背負っていた。その情報だけで十分、永遠の孤独という罪はお似合いなのだと。
 独房に住処が決まった時、チャールズは半ば孤独の運命を受け入れていた。今は少しだけ心変わりをしているが。出来るなら、自分を気にかけてくれたリンカーと一緒に暮らしたいと。夢の話。真っ白な壁には彼女の描くリンカーと英雄と、自分がお茶をしていた。
「ちょっといいかな」
 チャールズに話しかけてきたのは独房の守衛だった。彼は長いことチャールズと一緒にいる。
「何だ」
「君が送ったお手紙の返事が一向に来ないんだ」
 一週間前くらいに手紙を書いた。無性に書きたくなったのだ。宛先は自分の故郷。ロシアにある小さな村だ。
「あまり期待はしていなかった。忘れられていても仕方ない」
 村に住んでいる家族に届けばいいと思ったが、今頃はクシャクシャに破り捨てられているだろうか。
 チャールズは故郷を追い出されていた。リンカーがまだ普及してない頃、村では異端者として彼らを怖れる波風が立っていた。今は一般人になっているが、当時リンカーだったチャールズは村を追い出され、別の街にある孤児院に引き取られたのだ。
 村の中で、唯一家族だけは命を賭けても守ってくれた。今はどうしているかと、家族に向けて他愛もない言葉で手紙は綴られていたが。
「君の住んでいる村について調べてみたんだが、最新版の地図には載っていない。ネットのマップにも。もしかしたら、村自体が街に合併されたのかも」
「待て、載っていないって?」
 壁に描き途中の絵をそのままに、チャールズは守衛の方に顔を向けた。ドアに付いている小窓に守衛の顔が写っている。
「私の故郷が消失しただなんて」
「落ち着いて。合併されたんだよ、昨今ではよくある話さ」
「本当に合併されたのか? しっかり調べてくれたんだろうな」
「そこまでは……。大丈夫だよ、簡単に村が滅んでたら事件になってるさ。一応最近のロシアの事件も調べてみたけど、村が滅んだ! っていう記事は一つもなかったんだ」
「国が隠蔽したのかもしれない。何か事情があって」
「発想力が豊かだね。そんなに心配なら、僕が調べてくるよ」
「私も行く」
 守衛は苦笑して首を横に振った。お菓子が食べたい、手紙を書きたいと様々な願いを叶えてきた守衛だったが、今回は叶えられそうにない。
「独房での生活を見る限り、君は外に出た所で問題を起こす人じゃないのは分かるけどさ。あくまでもテロのリーダー、そして重犯罪者なんだ。僕は下っ端も下っ端。上からの許可が出ない限り、扉は開けられない」
 呼吸の合間に彼女は悔しげな表情を表に出したが、すぐに了承した。これまで積み重ねてきた信頼感に罅を入れさせたくない。
 本当に村は街と合併し近代化が進んだだけに違いない。チャールズは自分に言い聞かせて守衛を見送った。


 彼の名前はフォルトと言う。独房の守衛。警備員とも言うか。チャールズの良き暇潰し相手であり、使いっ走りでもある。
 ロシアの昔の地図を頼りに村に訪れるため、車で道路を走っていた。だが、途中で閉鎖と書かれた看板とバリケードにぶち当たり、そこからは歩きを強いられた。
「閉鎖? ……こりゃ合併じゃなさそうだなあ」
 不穏な風を感じながら歩いていると、ダヴィオルデと書かれた立て看板。古い地図では、ここが村の場所となっている。ダヴィオルデ、村の名前だろうか。
 鉄製の門は重く、一ミリ動くたびに鈍い音を立てながらようやく開かれた。門の奥には豊かな村の様子があった。
 フォルトは困惑する。元気な子供達が鬼ごっこか何かをしていて、買い物をする奥さん、鍬を持って農作業に励む農夫がいたからだ。閉鎖中、と書かれた意味はなんだろう。
「あのー、すみません」
 フォルトは近くにいた男性に声をかけた。
「おおどうした? あんたこの村のもんじゃねえな。困りごとなら何でも聞いてくれ」
「チャールズって名前の人が住んでたと思うんですけど、心当たりはありませんか」
「人違いじゃねえの? ここはロシアだぜ。アメリカ人っぽい名前の奴なんか一人もいねえよ」
「あれ……。ああ、そうか。もしかしたら彼女は名前がどっかで変わったのかも。そうなると困ったな、どうやって――」


 日本からロシアに渡った日は二十六日。捜索願いが出されたのは二日後ということになる。チャールズはいても立ってもいられず、独房の中をぐるぐる回っていた。座ったり、寝転んだりしたくない。身体を一秒でも制止させたくない。
「くそ、くそ……」
 時々壁に拳や身体全身を打ち付けて、自分の精神状態を誤魔化そうとした。それは逆効果だとも知らずに。
 フォルトではない別の守衛がチャールズの名前を呼んだ。彼女は扉の前まで歩いて、挨拶もなしにこう言った。
「村は? あの守衛はどうなった。皆無事なのか?」
「さっきリンカーの募集がかけられました。とりあえず落ち着いてください」
「落ち着けられるか! くそぅ……!」
 また失うのか? 恩師と、親友は失い恋人はイカれてしまった。新たな人生を独房で歩み始めて、二番目に出来たトモダチを失うのか。
 無慈悲過ぎる。あんまりにも。

解説

●目的
フォルトの救出。
村で起きた真実の究明。

●閉鎖された村
 平和な村に従魔を連れた愚神の一向がやってきた。リンカーのいない村はすぐに愚神の支配下となり、残酷な経緯を経て今は人間の姿をした従魔が多く蔓延っている。人間だった者は全て村の地下に閉じ込められ、男は力仕事の奴隷に。女性は従魔の子を産む奴隷に。
 人間は表に出る権利がなく、食べ物も与えられない。中で力果てた遺体には従魔のエネルギーを注ぎ込んで表で生活させられるが、人間の記憶や感情は一切失われる。
 村長の家にある電子ロックを解除すれば地下までいけるが、番号のヒントはない。

●愚神
 イヴァンという名前で、人間の姿をした女性の愚神。高校生くらいの華奢な身長に羽衣を羽織っており、自由自在に空を飛ぶことができるが、スピードと高さ上限には欠ける。
 リンカーとの戦闘には積極的で、雷と水を使った魔法攻撃を得意とする。攻撃面のスキルも優秀だが、自分自身を守る防御も豊富に持っている。
 彼女は村にドロップゾーンを形成していない。その理由は「ただの精神支配はつまらない。意識のある状態で支配するのが醍醐味でしょ?」

「所詮人間は餌。分かる? あんた達リンカーが守ってる物なんて餌でしかない。今ここで守っても、どっかで食べられる運命。そんな物を守ってなんの意味があるんだろうね?」

●従魔
 見た目は一般人だが、強力な肉体を持っている。基本的に格闘の近接攻撃を挑んでくる。その時、必ず複数人で一人を相手するように指導されている。
 何人かでリンカーを羽交い締めしてきて一方的な攻撃を狙うか、がむしゃらに攻撃を仕掛けてくるか。

●フォルトの行方
 フォルトは地下で奴隷として働いている。地下はひどい有様で、食事を与えられていない奴隷達は様々な物を貪って食べている。
 極限の状態になれば人間同士ですら争うことがある。救助に時間をかけすぎると……。
 

リプレイ

 いつしか拳から血が垂れてきた。今思えば、自分が故郷に手紙を書くなんて言わなければ、こんな。
 不意に聞こえてきた優しげな声。透明な板で仕切られた面会室の方からだ。
「こ、こんにちは……」
 心から自分を抱きしめてくれるような声音に、壁に押し付けていた拳を下に垂らして声の方を向いた。
「六花なんだな」
「はい……、その、お話……聞いてます」
 扉の向こう側には氷鏡 六花(aa4969)だけでなく、もう一人リンカーがいた。
「古い話で構わないから、村について聞かせて。例えば住民の数とか、建物のこととか何かのヒントになるかも」
 独房は冷えていた。秋の寒さとは違った凍えを伴 日々輝(aa4591)は感じていた。彼は差し入れのクッキーを前に置いて、ニコリと微笑んだ。後で独房の中で手渡しするつもりだ。
「二人とも、村にいくのか?」
 チャールズは驚いて伴に訊いた。
「うん。正式に依頼という形で出ていたからね」
 彼女は体から元気を失って、目の前に置かれていた椅子に体を落とすとこう言った。
「行かないでくれ」
 静かなお願いだった。
「二人とも私を助けてくれた恩人だ。今、一番私の支えになっているのは六花なんだ。もし、六花に何かあったら、私はどうすればいい」
「大丈夫よ、私がついてる」
 アルヴィナ・ヴェラスネーシュカ(aa4969hero001)の存在はチャールズの不安を確かに和らげた。だが、行ってほしいとは思えなかった。フォルトを連れ戻したい気持ちは変わらないのに。
「リンカーは八人もいるんだ。しかも、皆誠実で頼りになる仲間達。もう少し俺達を信じてほしいな」
 こうしてる間にも時間は進んでいく。行ってほしくないと乞えば乞う程に村は死んでいく。
 大丈夫、大丈夫だ。チャールズは自分に言い聞かせた。誰も死にはしない。
「分かった」
 考えた言葉を口に出すだけのことが、異様に難しいと思えた。
「村――私の故郷のことを覚えてる限り教える。その代わり、絶対に帰ってくると約束してほしい」
「約束、です」
 六花は小指を上に伸ばした。日本では、約束をする時に小指を絡める風習がある。透明な板に阻まれて触れ合えないから、今は気持ちだけ。チャールズも小指を上に伸ばした。
 パンダのクッキー、早く食べてみたいな。


 表面上は普遍と変わらない。農夫は農業に営み、主婦は手料理を作ったり洗濯物を干したり。子供達は元気に走り回る。秋風の香る空の下、村はいつも通りに動いていた。
 村にはその日、家族連れの三人が訪れた。薫 秦乎(aa4612)は硬い門を開けて中に入ると、一番近くに見えた年寄りの男性にこう言った。
「すみません、車の調子がどうも直らなくて……しばらく身を寄せさせて頂けますか?」
 薫の申し出に、年寄りは朗らかに笑った。
「いいですよ」
 落ち着いた声音だ。
「どうも、ここは良い村だね」
 風代 美津香(aa5145)は彼の返事に礼を忘れない。彼女は清楚な七分袖の上着と水色の落ち着いたシャツを着ていた。
「いやあ。そうですか。ありがたいお言葉ですな」
 二人の娘である氷鏡は周りを見渡した。生活感が漂う。ふわふわ浮かんできたのはシャボン玉だ。子供が遊んでいるのだろう。
「折角ですから、村長にあってみてはいかがかな。もしかしたらすぐ車を直してくれるかもしれません」
「本当ですか? それは助かります。いいよな、二人とも」
 薫は二人に目を向けて、頷きを見ると村人に案内をお願いした。
 ちらほらと雪が残っていた。最近降ったのだろう。今は暖かさがあり、溶け始めている。村人が遊んだのか雪だるまらしき面影も垣間見えた。
 村長の家は門から五分も歩かない内に到着した。村の中央にあるのだが、他の民家とほぼ同じ造りになっていて見分けがつかない。立て看板に「村長の家」と堂々と書いてあり、唯一村長の在処を表している物だろうか。
「こちらです。どうぞ入ってください」
 前に立っていた薫は扉を三回ノックした。
「おや、どちら様かな」
「すみません、この村の者ではないのですが……」
 先程年寄りの男性にしたのと同じ説明を終えて、すると扉が手前に開いた。村長、と呼ばれる男性は三十代半ばで若々しさを持ち合わせていた。
「ほお。アジアの方でしたか。上手なロシア語、こりゃ通訳がいりませんな」
「いえいえ。あの、突然の来訪で上等な物は持って来られなかったのですが」
 村に入る前、薫は車の中からリキュールを持ってきていた。中にはウォッカが入っている。村長はウォッカを受け取ると一段と喜びが顔に出て、三人を家に招き入れた。
「しっかりロシアに来る前の下準備は出来ているみたいで何よりだ。車が直らないんだったね」
「はい。見たところタイヤがパンクした訳でもガソリン切れでもないのですが。多分、エンストだと」
「エンストか……。どんな風に停車したとか、教えてくれると助かるな」
「うーん、分かりません。変な音もせず、ただただ停車したもので」
「なるほど。私は、車に関してはプロフェッショナルな自信があるんだ。原因が分かれば直せるかもしれない。少し見てくるから、ここで待っていてもらってもいいかな」
「助かります、ありがとうございます」
 村長は柔らかな生地のソファに三人を案内すると、工具箱をどこからか取り出して家を出て行った。
 開け放たれたドアから差し込む日差しが、暖かなひだまりを作っている。
「本当にこの村で異変があったのかな……。本当に良い村よね」
「向こうの狙いは油断だ。気をつけろ」
 三人とも、用意されたロシアンティーは飲まずに時間が経つのを静かに待っていた。
 周りに目を走らせていた風代は気障ったい電子的な鍵を目にした。玄関から入って左手側に見えるアンティークな階段は二階に続いているが、階段の真後ろに扉があって電子ロックされていたのだ。番号を入力しないと入れない仕組みになっているみたいだ。ソファーから立ち上がった風代は〇から九まである数字を全て眺めた。
「すごく怪しい匂いがすると思わない?」
「そう、ですね……。何か、開くような……手がかりがあれば、いいんですが」
「部屋の中を探してみるか」
 電子ロックが長年使われているならば、数字が掠れて何が押されてきたのかすぐ分かるだろう。潜入任務が豊富な風代の経験だ。一つ一つのボタンについた汚れや掠れを至近距離で注目して探したが、見当たらなかった。この扉が出来たのは最近なのだろうか、それとも手入れがされているのか。
 部屋の中を探していた時、扉についていたドアノブが回った。村長が戻ってきたのかと思ったが、扉が開くと村長よりも筋肉に恵まれた力強い男たちが数人並んでいた。
「車、直りましたか」
 普通の気配ではない。薫はそれを知りながらも、普通を極めて言った。
 男達は薫の言葉に返さず次々と家に押しかけてきた。人数は五人。全員恵体だ。風代は小さく短い悲鳴をあげた氷鏡の手を握りしめた。
「この村に来たのが間違いだったわね」
 羽衣を纏った女性が奥から顔を覗かせていた。銀色の眼光が薫を睨む。長い銀色の髪に、水色のドレスを着ている。
「これは……」
「皆、この三人を引っ捕らえて奴隷にして頂戴。地下に連れ込むのよ」
 女性の合図で一斉に動き出した男達。薫は自分らに近づく男の一人の足を蹴ったが怯む姿を見せず、すぐに両手両足の自由を奪われた。か弱い一般市民の風代と氷鏡も即座に制圧されてしまう。
「ちょっと、氷鏡ちゃんに何するのよ!」
 囚われを振りほどこうとする風代の無意味な抵抗に、女性は満足げに笑った。
「あなた達はこの村で一生を過ごすの。楽しい余生になるといいわねぇ。フッフフフ」
 薫を抱えた男が電子ロックに近づいて数字を入力し、扉が開く。開いた扉の向こうからは冷たい獣の臭いが鼻についた。
 前方にいた男が一歩、扉と部屋の境界線を越えた時に動きが止まった。時が止まってしまったかのような不自然さに、偉そうな態度を取っていた女性が声を出した。
「どうしたの?」
「足ガ、動かなイ……!」
 男の足元に注目すると、五人の足が全て凍っていた。
「こいつら、もしかして!」
 不自然は最終段階に入った。ソファの物陰から突然銅線が飛ばされて、先頭で薫を担いでいた男の手に巻き付いたのだ。男が倒されてから事態はすぐに動いた。氷鏡は手始めに扉を凍結させ再ロックを封じた。
 ほぼ同時に風代はアルティラ レイデン(aa5145hero001)と共鳴し潜入服姿に即座に変身すると、男の腕に噛みついてから足を首に巻きつけ、関節の弱い部分に力を入れて男の首を捻った。
 村にやってきた三人は家族ではなく、リンカーであった。女性はそれを知ると一目散に家を飛び出した。


 九字原 昂(aa0919)からの合図でリンカーは一斉に動き出した。
 血相の変えた村人達が全員屋内から表に飛び出している。手には鍬や包丁を握っており、周囲をしきりに捜索している様子だ。
「俺達を探してるみてえだな。誰からの指示だ?」
 村長の家、外で待機していた赤城 龍哉(aa0090)、灰堂 焦一郎(aa0212)、迫間 央(aa1445)は見つかりにくい物陰を探して隠密に身を隠しながら村の様子を探っている。
「すぐに村中に情報が行き届いた。リーダー格となる存在が村のどこかにいるのだろうが」
 通信機から聞こえてきた赤城の言葉に答えながら、迫間は周囲の気配りを忘れなかった。村人が何人も徘徊している。
「村長って奴を探せばいいのか? 一応、村のリーダーだしな」
「恐らくだが、手軽く終われるとも思えない」
 九字原は村長の家での状況を無線で全員に伝達してくれたが、情報の中には羽衣を纏った女性が登場した。男達を従えていたという話だ。村長だけでなく、女性にも対面する必要がある。
 村の様子を観察するため、灰堂は高い木に登ってゴーグルで村を観察していた。スカルディコートに備わっている迷彩の効果が彼を効果的に隠していた。
「彼らは従魔なのでしょうか、それとも人間なのでしょうか」
 村人が人間か、従魔かというのは大きな問題だ。人間ならば無闇に剣や銃は使えない。拘束し、鎮静させる必要がある。仮に人間だった場合、誰かに洗脳されているのだろう。従魔ならば話は早いのだが。
 見分けがつかず、下手に動き出せなかった。一度見つかれば取り返しのつかない事態に発展するだろう。灰堂は一人一人を鋭く観察して、人間と従魔の違いを探し出していた。目の色、肌の色、雰囲気、動き。そのどれもがほぼ人間と同じだった。村人同士でコミュニケーションも取り合っている。
 伴の声が続いて通信機から聞こえてきた。
「一応、家の中とかも窓から見てるんですが、至って普通ですね。人間との区別……付きそうにありません」
「従魔と人間の違いってんなら感情じゃねえか。感情があるかないか。例えば傷だらけになって泣き喚くようなら人間だと思うぜ」
 従魔は恐怖という感情を知らない。
「感情か。それも判断材料の一つだが、演技かもしらん」
「とりあえずだ、演技でもなんでも泣き喚く奴は気絶させて拘束すりゃ問題ねえと思う。灰堂さん、村人の様子に変化は今のところねえんだよな」
「はい。一般市民と遜色ない動きです」
「あまりのんびりしても救助組に遅れを取っちまう。さっき俺がいったことを従魔か人間かの判断基準にさせてもらうが、問題ねえよな」
 迫間と灰堂は揃って返事をした。赤城の案に異論はないと。
「そんじゃ出るぜ! 灰堂、一発村人の足にぶちかましてくれ、それを合図にする」
「了解です」
 灰堂はLSR-M110のスコープを覗いて一人の足に照準を合わせた。そして一発、高らかに空に舞うような銃声が反響した。村人達は一斉に銃声に注目した。
「誰だ!」
 グワルウェン(aa4591hero001)はシュナイデンを両手で持ち、高い場所から跳躍して村人達の中心部に降臨した。
「ようやく外の美味しい空気が吸えるぜ」
「リンカーだ! ひっとらえロ!」
 鎌を持った村人が三人グワルウェンに走り寄ってきた。
「ヤンチャな奴らだッ」
 斧は三人分の鎌を防ぎ弾いた。
 村人一人の腕を掴んでシュナイデンの柄で腹部を強打し転倒させると、その上に乗って残り二人の反撃を再び刃で防ぐと、両腕で大きく刃を振るって距離を取った。
 一人がグワルウェンに向かって鎌を飛ばしてきたが、その鎌はすぐに彼の手の中に収まった。
「全然ダメだな! こうやって投げんだよ、見てろよ!」
 投げ返された鎌は村人の肩に突き刺さり、赤い血が噴出した。
 痛みに悶える村人だが、しかし首筋の血管が浮き彫りになるほどに激高した様子で、一直線に飛びかかってきた。その姿は、人間と呼ぶには相応しくないだろう。目からは鮮血が流れている。狂人じみた雄叫び。
 グワルウェンは飛びかかってきた村人の目の前に斧を突き出し、村人は自ら刃に当たりにいったかのようだった。
 残りもう一人いた村人はどこかへ走り去っていった、恐らく仲間を呼びいったのだろうか。
 先程から尻の下でもがいている村人。よく見れば爪から血が流れていた。地面を引っ掻いていたのだ。グワルウェンは柄で思い切り頭を突き生命活動を停止させた。


 電子ロックの扉の先には階段がある。しぶとく生きている男五人を九字原とベネトナシュ(aa4612hero001)に任せ、風代は氷鏡と一緒に地下を降りていった。階段を降りきると左右の別れ道があり、二人は各方角へと足を向かわせた。
 風代はやや斜めった左の道を進んでいる。進むに連れ、悪臭が強くなり始めた。洞窟に似た道を進んでいくと再び扉があって、今度は鍵がかかっておらずドアノブを捻るとすぐに開いた。
 暗闇が広がる。その向こう側から、地獄のような音が聞こえてきた。ヴァイオリンやコントラバスが歪な音を奏でているような、耳の奥まで響く音。それらは全て、人の声であった。
 警戒しながら進んで行くと、檻が見えた。光源は檻に近づくに連れて増え始めて、檻の中が淡い光で照らされてから風代は、息を呑んだ。
「こ、これは……」
 一言で表現するならば地獄だ。
 やせ細り、骨が出張った男達が地面に横たわりながら唸り声をあげもがいている。中には腐りきった死体も放置されていた。蝿が集り、人権を失った場所だ。誰も服を来ていない。
 たった今、奥から強烈な悲鳴が響いた。見ればショベルを持った男が地面の男の腹を叩き――。
「もしかして、この人達が人間だっていうの? だとしたらこんな……酷すぎるわ」
「人間のする事じゃないです、こんな……!」
「まるで奴隷……いえ、奴隷ですらもっとマシよね」
 檻には扉があり、南京錠がつけられていた。LSR-M110を使い南京錠を粉々にして錆びついた扉を勢いよく開あけた。
 異臭という段階ではない。地球上にある全ての異臭を簡単に凌駕する最悪の匂いに、思わず顔を顰めた。檻に片足を踏み入れてすぐ、力のない奴隷の手が風代の脛を掴んだ。罅の割れた手で、力は強くない。
「ごめん……、後で絶対助けてあげるから」
 両手でその腕を包んだ風代は、ゆっくりと退かした。
「フォルトさん、フォルトさんいる?」
 地獄の音に負けないように声を張り上げて何度もフォルトの名前を叫ぶ。五回くらい呼んだ時だろうか、どこからか返事がきた。
「ここだ!」
「どこにいるの?!」
「扉から入ってずっと左側に来て欲しい! そこに樽がある、俺はそこで待ってる!」
 言われた通り左に突き進み、見えてきた樽を目指して歩いていくと樽に寄り添う男性の姿が見えた。他の奴隷と違って服を着ており、一目でフォルトだと分かる。
「エージェントの人かい?」
「ええそうよ。あなた達を助けにきたわ」
「良かった……本当に良かった。ありがとう」
 フォルトは涙を流しながら、風代に何度も礼を言った。地獄に閉じ込められて、半分狂いかけていたのだろう。彼の体には自分自身でつけたような生々しい傷跡があった。ここで唯一自分を確立できるものが、痛みという感覚しかないのだろう。
「伝えたいことがあるんだ。いいかい、ここに来るまでの間羽衣を着た女性を見たか?」
「一度だけね」
 男達を従えていた女性だ。
「彼女は愚神で、この村を支配している。今ここにいる奴隷達は元々、この村に住んでいた人達だ。……昨日まで生きていた人がそう言ってた」
 フォルトは横目で倒れている奴隷を見た。風代はフォルトからの伝言をすぐに全てのエージェントに伝達した。
「村人の救助は地上の制圧が完了してからっていう手筈になっているの。それまで我慢できるかな」
「勿論だよ。君、名前は?」
「風代 美津香よ。気楽に美津香って呼んでくれて構わないわ」
「それじゃあ美津香さん、僕はしばらくここで待機してる。その間に、愚神をお願いするよ」
「まっかせなさい! それじゃ」
 風代は手を振って後ろを振り返った。その時に棒のようなものが見えて、見えた後に脳が揺れた。
 地獄の轟音に紛れて、暗闇に紛れて分からなかったのだ。
「美津香さんッ!」
 薄れていく意識の中でフォルトの声が聞こえた。


 倒せば倒す程村人の数は増えていく。赤城は目の前で横たわっている村人にトドメのブローを食らわしたが、背後からの気配を瞬時に察知して後ろ回し蹴りを三人同時に食らわした。
「向こうの狙いは体力消耗ってか? 愚神はどこなんだ」
 どこからか赤城に向かって投げられた包丁を灰堂は銃弾で壊した。
「愚神の発見報告は一番最初時のみですね」
 赤城と灰堂を挟むように何人かの村人が押し寄せてきた。
「敵性反応、多数確認。灰堂、備えよ」
 ストレイド(aa0212hero001)の声で灰堂は走ってくる村人に銃を向け、頭部目掛けてトリガーを弾いた。村人は頭が砕けたが走る動きの勢いはそのままだ。灰堂は再び、今度は足を目掛けて銃声を鳴らすと、村人は転んで痛みに悶えた。
「敵は左右、五人ずつ合計十名です」
「よし、来いよッ」
 五人一斉に襲いかかって来る、知性のかけらも見当たらない村人達にブレイブザンバーを大きく振って薙ぎ払う。傷が浅い者だけが立ち上がって素手で赤城の胸に強打を入れたが、赤城はニヤリと片方の口角を上げ、その腕を掴んだ。
「鍛錬が足りねえなぁ。あの世で百年、いや千年は修行して来やがれ!」
 強い衝撃を与える背負い投げ。砂埃が舞い、村人は少しの間痙攣した後動かなくなった。
 もう一人、よろよろと立ち上がって赤城に向かってくる村人がいた。赤城はFantomeに武器を持ち帰ると、ヴァルトラウテ(aa0090hero001)に主導を託した。
「任せるぜ、ヴァル!」
「任されましたわ」
 綺麗な音色を響かせ、村人にダメージを与える。村人は耳を塞いでいたが、隙間から入ってきた音色に魅入られその場に横たわった。
「良く眠れよ――灰堂、そっちは大丈夫そうか?」
「はい、問題ありません」
 足を吹き飛ばした一体以外の四人は勢いだけで走ってきている。灰堂は中腰になって冷静に銃を構え、正確に三体の村人に弾を当てて機動力を破壊した。一体漏れて飛びかかって来るとその腹部を蹴って空中に浮かし、銃を連射して風穴を開けた。
 地面に横たわりながらも、這ってでも近づいてくる村人に近づいた灰堂は無言で銃を鳴らした。
 別の場所で村の制圧を任せていた迫間とグワルウェン、九字原が合流して五人が揃った。
「風代さんと氷鏡さんの姿を見ていませんか?」
 九字原が訊ねた。
「二人はフォルトの救助に回っているはずだぜ。少なくとも俺は見てねえ」
「そうですか……無線を繋ごうとしても二人とも応答がないのです。なので、こちらで戦っているものかと思っていたのですが」
 風代との連絡は先程フォルト発見の報告と、愚神の情報の伝達で終わっている。九字原は状況を聞くために何度もコールを鳴らしているのだが、繋がる気配がないのだ。
 まだ残っていた村人が五人に迫ってきていた。数は十五人もいるだろうか。
「九字原、ここは俺達に任せて二人の捜索に行ってくれ! なんかの事件に巻き込まれてるかもしれねえしな」
 グワルウェンは武器を振り回して言った。
「分かりました」
「一人じゃ危険だ。俺も九字原に同行するが、問題ないか」
 地下室で二人とも行方不明に。良くない予兆。迫間は二人の行方不明に愚神が絡んでいる可能性も考えていた。
「問題ないぜ、一人が五人を対処すればいいんだろ。余裕ッ!」
 赤城と灰堂とグワルウェン。信頼できる仲間達だ。迫間はこの場を三人に任せ、九字原と村長の家へ急いだ。


 氷鏡は目を覚ましたが、目を開けても真っ暗であった。意識が戻ってくると目隠しをされているのだと直感で理解した。
 手足を動かそうとしたが、動かない。
「ここは……」
「氷鏡ちゃん!」
 風代の声が聞こえた。
「そこにいるの?」
「う、うん。ここは、どこだろう?」
「分からないの。体に痛い所とかない?」
「うん、大丈夫……」
 得体の知れない恐怖。
 氷鏡は拘束を解くため冷気を手元に集めたが、不意に頬に触れた手の感触に集中力が途切れた。そして耳元で、囁くような声が聞こえた。
 ――大丈夫よ……。痛くない内に終わらしてあげるわ。
 手首に鋭い痛みが走った後、再び意識が薄れだした。
「そこに誰かいるのね?! そこにいるのは誰なの!」
 誰か、は風代の声に答えない。
 誰か、が氷鏡の傍を離れて風代の方に歩いていった気配が分かる。声を出そうと思ったが、どうしてか……それよりも先に、意識が薄れた。


 村長の家ではベネトナシュが九字原を待っていた。
「二人は見つかったか」
「いえ……。地下で何かあったのかもしれません。急いで救出に向かいましょう」
 階段を降りると左右に別れる道がある。九字原とベネトナシュがペアを組んで左へ、迫間が右へと向かう。
 右の道も悪臭は酷く、鼻の奥を突き刺す。硫黄に生ゴミや腐敗物を溶かしたような刺激臭に苛まれながらも歩いていくと、暗がりの中で立ち竦む人影が見えた。
「風代か?」
 尋ねると、人影はこう応えた。
「面白い物を見せてあげる」
 人影は後ろを振り返った。ヒラヒラと揺れる羽衣が見えたかと思えば、扉を開く音がして奥へと消えていった。
 開きっぱなしになった扉に入って後を追った。
 扉の奥に見えた景色は明るかったが、明るかったからこそ全てが目に入り迫間の足が止まった。八個程のベッドが楕円形に並べられていて、その内の二つのベッドの上に氷鏡と風代が目隠しをされたまま拘束されていた。
 他にも女性が拘束されている。見れば、女性しかいなかった。
「素敵でしょ」
 風代の報告と合致する姿の女性が並んでいるベッドの中心部に立っていた。
「お前が首謀者か?」
「私の名前はイヴァン。そしてここは、新しい命の場」
 どういう意味かを聞き返す前に、イヴァンはこう言った。
「人間と従魔の子供なんて、素敵でしょ?」
 彼女の言っていることが理解できた途端、迫間の中で光景を見渡していたマイヤ サーア(aa1445hero001)が憎悪の言葉を口にした。
 それはかつてない程に怒りを含んだ声音だった。
「……言葉には気を付けなさい。愚神風情が……」
「あら、あなた女性の英雄と契約を結んでるのね。今のはその子が言ったんでしょ? なら好都合だわ、一度やってみたかったのよゥ。英雄と従魔のハイブリッドの子」
「殺してやるわ……。一番最悪な方法で」
「こわーい。それより、そんな所で呑気にしててもいいの? この子達あなた達の仲間なんでしょ。そこで突っ立ってるだけなら早速、二人に卵を植え付けちゃうわよ?」
 他の女性達と氷鏡達との違いは、体に管が通っているか通っていないかだけであった。太い管が腹を貫通している。穴が開いているのか? 一体どうやって、この愚神は従魔の子を産ませている?
 イヴァンは瓶を取り出して、迫間に見せつけるように一人の女性の足に液体を垂らした。女性は猛獣のような悲鳴を上げると、肉の焦げた匂いが香ってきた。
「やり方は簡単よ。この子達の部屋を傷つけないように酸で穴を開けながら管を直接部屋に通すの。これがこの部屋でのやり方。別の部屋だと従魔と女性を同じ檻の中に入れてね――」
 迫間は弓矢をイヴァンの腕に放った。マイヤに、それ以上聞かせる訳にはいかない。
 矢を避けたイヴァンは大きく高笑いしてこう言った。
「人間なんて所詮道具、玩具。他の愚神なら内蔵を取り出したり骨という骨を砕いたりして面白くない遊び方をするでしょうけど、私は違うの。男は男のプライドを奪い、女は最高の屈辱を与える。これが上品な人間の扱い方なの」
 ――央、お願い……。
 マイヤが乞うように迫間に言った。
 何も言うな。お前の望みは俺が果たす。
 天叢雲剣を構えた迫間は瞬時に中心部に降り立ち、イヴァンの頭部目掛けて刃を突き刺した。刃は深々とイヴァンを貫いたが、彼女は笑って迫間を睨み返した。
「愚か者め!」
 頭部は貫かれているが、垂れてきたのは血ではなく水であった。
「私はね、いつでも自分の体を水にすることができるの。分かる? こんなの全然痛くない訳ッ!」
 手で迫間の腕を握ったイヴァンは力を強めて握った手に電力を集中した。迫間は瞬時に攻撃を察知し、片手でイヴァンの腕を捻ると拘束から逃れた。
「大丈夫か!」
 後ろからベネトナシュと九字原が駆けつけてくれた。見物人が増えたことでイヴァンは下品な笑みを漏らし、両手を上に掲げた。
 何かの仕掛けが作動したのだろう。氷鏡と風代の天井から管が降りてくるのが見えた。管の先端には黄色い液体が付着している。先程の酸だろうか。管が二人の体目掛けて降りてきていた。
「ショータイムよ」
「させません!」
 九字原はハングドマンをイヴァンに向かって投げたが、突如として顕現した水の壁は隙間なく三人とイヴァンを分けた。ハングドマンは壁の圧力に勢いを失い、イヴァンに届かなかった。
「後はじっくり、ショーを楽しんでね」
 そう言うと、イヴァンは奥で控えていた扉を開けて三人の前から姿を消した。
 管は着実に下降している。迫間は勢いをつけて水の壁に体当たりしたが、水圧が強く先へ進めない。水の中に手を入れると、時が止まってしまったかのように、先へ進めないのだ。
「くそ、動け……!」
 ベネトナシュと九字原も同時に助太刀し、水の壁に攻撃を与えるが普通の壁と違って衝撃を与えられない。
 管は、着実に、下降している。
「させるものかッ! 今助けるぞ、二人共!」
 ベネトナシュは咆哮を上げて水圧に逆らった。水圧に押しつぶされる体を厭わず、止まっていた腕と足が一歩先に進んだ。
「迫間殿、九字原殿、私を力強く押して欲しい! 早くッ」
「分かりました、力入れてください!」
 九字原と迫間は互いに顔を合わせて頷き、助走をつけて走り出した。二人の力がベネトナシュに加わり、更に奥へと追いやられる。もう少しで、腕が向こう側に届く……!
「踏ん張れぇ……!」
 前へ前へ! ベネトナシュは自身に気合を入れた。
 指が向こう側へと飛び出した。もう少し……もう少し……!
 ベネトナシュの体は水圧から解放されて、境界線を越えた。管は既に半分以上も二人に接近している。ベネトナシュはミョルニルを構え、盛大に振りかざした。音を立てて壊れた管は遠くへ飛ばされた。


 十五人もいる村人は手強く、討伐までに時間をかけた。討伐が終わると赤城は迫間に通信をかけたが、繋がらなかった。
「もしかして、迫間さんも巻き込まれちまったのか?」
「村長の家へ急ぎましょう」
 着崩れた服を整えて、赤城は村長の家目指して走り出した。だが走り出してすぐ、背中に痺れが走り前のめりになって倒された。
「あの役立たずの従魔共に頼った私が愚かだったみたいね」
 空中を漂うように、彼女は浮いていた。
「強力な反応を感じる」
 ストレイドは彼女を見るなり言った。風代の言葉に間違いがなければ、この女性が愚神だ。
「初めましてね、私はイヴァン。この村の支配者よ。十五人もいるんだからさすがに三人くらい倒せるでしょって思って出てきてみれば、ガッカリね」
「お前が黒幕だな。そっちから出てきたって事は、ボコられる覚悟はあるんだろうな」
「なぁに? 私を倒そうっていうの。フン、たかがリンカーが思い上がるんじゃないわ。あなた達も、私の奴隷コレクションに加えてあげる」
 灰堂はイヴァンの胴体目掛けてトリガーを引いた。弾丸はイヴァンの胴体に届く前に、前触れなく空中に現れた水の塊に吸い込まれ地面に落とされた。
「抵抗しても無駄! 大人しく私に狩られることが、あなた達リンカーのお勤めよ」
「さてな、じゃあこいつはどうだ?」
 赤城はヴァイオリンに武器を持ち替え、再びヴァルトラウテに演奏を任せると優雅な音が鳴り始めた。彼女が演奏しているのは鎮魂曲だ。物理的な攻撃が防御されるならば、目に見えない攻撃で攻める。
 イヴァンは衝撃波に抗うために、体を水中の中に埋めた。更に、水中の中から赤城、灰堂、グワルウェンの上空に大きな水溜まりを発生させ、地面に落とした。三人とも辛くも回避できたが、攻撃はまだ終わってなかった。イヴァンは跳ねた水しぶきに電流を発生させ、三人を攻撃する電磁波を起こした。
「まるで蹂躙ね。あなた達は私に攻撃を与えられないの。一生ね?」
「試してみねぇとわかんねーぜ!」
 斧を両手で構えたグワルウェンは高く跳躍して、上から真っ直ぐ斧を振り下ろした。攻撃線はイヴァンの頭上を走っていたが、水が出現した。ひとしきり遅くなった攻撃速度に、イヴァンは余裕綽々に笑みを浮かべる。
「はい、残念」
「まだ終わってねえぜ!」
 グワルウェンは多くのライヴスを込めて水の中に斧を押し込んだ。すると、先端が水から飛び出して勢いを取り戻した刃がイヴァンの肩を切り裂き、地面へと叩きつける。
「私に傷を負わせるなこのサル共が!」
 灰堂は落ちたイヴァンの羽衣を狙って銃撃を放つが、イヴァンが周囲に発生させた電気が銃弾を弾き返した。
「あまり私を怒らせないで。面倒くさいのが一番嫌いなの」
 愚神如きの言葉等、聞く価値もないのだろう。灰堂は何発も銃弾を撃ち込んだ。何か喋っていようが関係ない。
 銃弾は全て水玉に防がれるが、イヴァンは小蝿のようにしつこい弾丸にイライラを募らせていた。
「煩いわ」
 中腰になっていた灰堂の体めがけて、空気を斬る破裂音を鳴らした電気の線を放射した。灰堂は横転して避けた後、カウンター狙いの銃弾を放つが狙いはイヴァンから大きく逸れた。
「どこに撃ってるのかしら。あなた狙撃手向いてないんじゃない?」
 挑発する余裕さえ見せるが、高笑いをあげようと口元に手を押した途端彼女の肩を銃弾が射抜いた。
 灰堂が放った弾丸は跳弾し、どこからともなくイヴァンの所へ帰ってきたのだ。
「防御は無意識で発動しているのではないみたいですね」
「なるほどな、って事はお前不意打ちに弱いってみたぜ」
 自分の弱点が相手に知られる焦燥感。イヴァンの表情から余裕が消えたが、強がりを見せる笑みだけはまだ残っていた。
「だから何? それが分かった所であんたらに何ができるの?」
 赤城はイヴァンの後ろから迫間達が駆けつけてくる姿を視認した。氷鏡も一緒だ。
「迫間さん! やっぱ無事だったんだな!」
 リンカーが七人。風代は奴隷達の解放に向けて動いている。
「人の領域で随分と好き勝手を働いたものだな。……次は貴様が的になる番だ、疾く落ちろ。獲物を甚振る趣味は私には無い」
 ベネトナシュの言葉を聞き届けた後、イヴァンは空中へ再び移動した。
「面倒くさい、ああ七面倒くさいわ! ここで全員纏めて潰してあげる!」
「切羽つまってんのによく言うぜ。お前の盾、今ここで打ち破ってやるよ!」
 ブレイブザンバーの切っ先が銀色に光る。赤城は地面を踏んで跳ね上がり、イヴァンと視線を重ねる。
「行くぜ!」
「筋力だけしかない能無し君、そんな攻撃で私に何ができるの?」
 刃の先に水の盾が現れたが、赤城は不敵に笑った。
「お前はわかっちゃいねえ!」
 次の瞬間、初めてイヴァンの表情が引きつった。水の盾が凍ったのだ。


「何で?!」
 ブレイブザンバーはイヴァンの羽衣を叩き壊す。灰堂の予想通り、羽衣がイヴァンの浮遊能力に与えていたようで彼女は真っ逆さまに地面に落ちていった。両足で地面に立った後、彼女は両腕を左右に突き出して水の竜巻を手の平から発生させた――が、その水も凍り地面に落ちる。
「何、何なの……?!」
「あなたが水と雷で戦うなら……六花は、雪と氷で、戦う……!」
「このガキ……!」
 イヴァンの攻撃が氷鏡に向くのと迫間と灰堂が互いに目を合わせて動き出すのは同じ瞬間だった。迫間はハングドマンをイヴァンの首目掛けて投擲し、灰堂は弾丸を発射した。イヴァンはすぐに水の盾を張ったが凍結させられる。だが、それでも盾になる事に違いはなかった。しかし、灰堂と迫間の狙いは直線した攻撃ではない。
 弾丸は左右のハングドマンに二回跳弾すると、イヴァンの片目を射抜いた。彼女は同じ手を二度も食らった屈辱から、激しく吠えた。
「ああぁぁッ!」
 勝ち目がないと理解しなければならない。イヴァンはリンカーのいない側面への逃亡を図った。
「……灰堂、ヤツを逃がすな!」
「承知しました」
 即座にスコープを覗いた灰堂は照準をイヴァンの足へ合わせ、右足首を吹き飛ばした。苦痛の息を漏らし土の上に倒れ込む。
 手に苦無を持った迫間が彼女を仰向けにして、その上に乗った。
「すぐには殺してやらないわ。もがき苦しみながら、死ぬといい……!」
「所詮人間は餌ッ!」
 苦無が頭上にゆっくりと、降りてきている。着実に。
「あんた達リンカーが守っても、どっかで誰かの餌食になる! そんな奴らを守って、何の価値があるの?!」
 上から見下すように、灰堂はこう言った。
「愚神が人の行いに意味を問う。無意味な事です。我々は語り合いに来たのではない」
「クソ共がァァ!」
 苦無はイヴァンの脳天にめり込んだ。
「――脳漿をブチ撒けろ!――」


 風代は女性の奴隷達を解放すると、涙を流す彼女達の背中をそれぞれ撫でていた。無印の缶ジュースを一人一人に贈って、そっと肩を抱きしめる。
「怖かったわよね。でももう大丈夫、従魔も愚神も退治しちゃったわ。……大丈夫、もう貴女達をひどい目に合わせはしないから」
 フォルトは律儀にも、全員のリンカーにお礼をしに回っているみたいだ。
 取り残された家からチャールズの家族へと繋がる情報を探していた氷鏡とアルヴィナが戻ってきた。
「ご家族は見つかった?」
「……見つかり、ませんでした……。もしか……したら、もう」
 氷鏡は喋っても大丈夫そうな村人達にチャールズの容姿を伝えて探ってみたが、家族を名乗る者もチャールズを知る者もいなかった。
「……そうよね。あの状況で生きてて欲しいなんて、難しい話よね」
 薫は奴隷から解放された村人の多さに八人じゃ人手が足りず、オペレーターに救助要請を出した。村人の中には疫病を患う者が多く、手に負えないのだ。灰堂の手当も間に合わず、せっかく地上に出られたのに息を失う者も少なくない。
 氷鏡は諦めずにチャールズに関する情報を探し続けていた所、一人の若い村人が彼女の事を知っていると口にした。
 やせ細った体から絞り出される声は小さく、氷鏡は顔を近づけなければならなかった。ようやく聞き出せた情報から得られたのは、チャールズの本名であった。
 ――ナタリア。
 ナタリアという名前を元に、氷鏡は再び村中に彼女の情報を聞いた所によると、この村からナタリアは迫害されていたのだと知る。魔女狩りが盛んな頃にリンカーになり、異端者だと呼ばれると村にいる事ができなくなり、家族は彼女を助けるために村から追い出した。
 先程、ナタリアという名前を答えてくれた青年は彼女に恋をしていたのだと別の村人から知る。今は別の女性と結婚してるが、女性は村が支配されると精神的ショックで地下で自害したという。
 青年もまた、氷鏡にナタリアの名前を告げて十分したら役目を終えたように息を引き取った。
 そして、ナタリアの家族も亡くなっていた。
 女性の村人達を慰めるために、マイヤは彼女達の頭を優しい手で包んでいた。任務が終わっても幻想蝶には戻らず、彼女達を風代と一緒になって励ましていた。
 迫間は飲みやすい味噌汁の入ったお椀をマイヤに手渡した。薫が村人の家を借りて作ってくれていたのだ。フォルトや、胃袋が衰えきっていない奴隷達は喜んで食事を取っていた。
「……ありがとう」
「疲れたら休むといい」
「いいえ、平気よ」
 彼女の手の甲に、迫間の手の平が乗った。何も言わず、ただ。


 チャールズ――もうその名前は似合わないだろうか。
 ナタリアのいる独房に氷鏡が向かうと、九字原とベルフ(aa0919hero001)がいて、状況を説明してくれていた。フォルトが生還したと聞いた時、ナタリアは安堵の息を吐き出した。小声で喜びを口にして。
「村の人たちは、あまり言いたくないが多くの命が失われた。従魔がかつてあった村人達の家を勝手に使って住んでいたみたいだ。それで、女性の村人は従魔の子種を宿して、村は存続を続けていた」
「……」
 ナタリアはベルフとも、九字原とも目を合わせず地面を見つめた。黙ったままだ。
「村は暫く閉鎖されるはずだ。想像以上に疫病が流行って、一般人が近づけない地域になった」
 口が重い。事実を口にしたくない。できることなら、嘘でもいいから、村は生きていると言いたい。しかし、嘘はつけない。事実とはどうしていつも残酷に、人の心を追い込むのだろう。
「私の、帰る場所が……」
 独房を出たら真っ先に帰るはずだった。家族に顔を合わせて、ただいまって言うつもりだった。笑顔で。
 彼女は机の上に突っ伏して、嗚咽を漏らした。普段は強気なのに……強気だから、脆いのだろう。
「まだ家族が死んだって決まった訳じゃない。今氷鏡が必死になって、家族を探してるさ。大丈夫、絶対生きてる」
 アルヴィナはひどく重く感じる独房の扉を、氷鏡の代わりに開いた。ナタリアは袖で涙を拭って、訊ねた。
「家族は……」
 言えない。……どうしても、言えない。
「家族は……?」
 何も言えないから、氷鏡は両手でナタリアの腰に抱きついた。
「六花が、六花が……ついてます、から……。フォルト、さんも……アルヴィナも、赤城さんも、迫間さんも、風代さんも」
 氷鏡は皆の名前を口にした後、こう言った。
「皆、皆ついてます、から……。ナタリアさんは、一人じゃない、ですから……!」

 ――大丈夫よナタリア。母さんがついてるわ。
 ――父さんもついてるぞ。孤児院暮らしは慣れないだろうが、たまには手紙とか電話とかくれると嬉しいな。
 ――そうね。きっと、魔女狩りが無くなる日がくる。そしたらまたここに帰ってきて、一緒に暮らしましょ。

 本当の意味で、新しい人生を始めなければならないのだ。家族や恋人、今までの友達を全て失って、一から始まるのだ。
 でも今日くらいは、過去の涙に浸っていても許されるだろうか。
 ――幸せ、だなあ。
 ナタリアは六花の背中に手を回して、静かに泣いた。
「村人の救助が終わった。皆、入院して元気を取り戻したら暮らせるようになるかもしれないな」
「……ありがとう」
 あの日心の中に閉まった母の温もりが、また心に咲き始めた。
 ありがとう。ナタリアはあの日、家を出て行く前に母親からこう言ってもらえた。
 生まれてきてくれて、本当にありがとう。私達は幸せです。
 今なら声を大にして言えるだろう。私も幸せだと、色々あったけど、今はすごく幸せだと。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • 鋼の心
    風代 美津香aa5145

重体一覧

参加者

  • ライヴスリンカー
    赤城 龍哉aa0090
    人間|25才|男性|攻撃
  • リライヴァー
    ヴァルトラウテaa0090hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
  • 単眼の狙撃手
    灰堂 焦一郎aa0212
    機械|27才|男性|命中
  • 不射の射
    ストレイドaa0212hero001
    英雄|32才|?|ジャ

  • 九字原 昂aa0919
    人間|20才|男性|回避

  • ベルフaa0919hero001
    英雄|25才|男性|シャド
  • 素戔嗚尊
    迫間 央aa1445
    人間|25才|男性|回避
  • 奇稲田姫
    マイヤ 迫間 サーアaa1445hero001
    英雄|26才|女性|シャド
  • Iris
    伴 日々輝aa4591
    人間|19才|男性|生命
  • Sun flower
    グワルウェンaa4591hero001
    英雄|25才|男性|ドレ
  • 気高き叛逆
    薫 秦乎aa4612
    獣人|42才|男性|攻撃
  • 気高き叛逆
    ベネトナシュaa4612hero001
    英雄|17才|男性|ドレ
  • 絶対零度の氷雪華
    氷鏡 六花aa4969
    獣人|11才|女性|攻撃
  • シベリアの女神
    アルヴィナ・ヴェラスネーシュカaa4969hero001
    英雄|18才|女性|ソフィ
  • 鋼の心
    風代 美津香aa5145
    人間|21才|女性|命中
  • リベレーター
    アルティラ レイデンaa5145hero001
    英雄|18才|女性|ブレ
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