本部

いざ行かん、恐竜狩りへ

和倉眞吹

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2017/09/29 19:38

掲示板

オープニング

 桜庭信二は、その日、最後のチェックで館内を見回っていた。
 時刻は、午後八時。
 明日、この恐竜博物館はいよいよオープンとなる。博物館とは言っても、敷地面積こそ三万平方メートル少々と広いが、本格的なものに比べれば、一階建ての小ぢんまりとしたそれだ。
 けれども、自分で恐竜博物館をオープンさせる事は、桜庭の幼い頃からの夢だった。それが、定年を経てやっと叶う。
 桜庭は、嬉しげに目を細めて、骨格標本の展示室へ足を踏み入れた。骨格標本と言っても、本当に作り物だ。こういう恐竜がいて、その骨がこんな感じ、という、説明に過ぎない。それでも、知識を説明する事に意義がある、と桜庭は考えている。
 その内の一つ、ティラノサウルスの標本を見上げて立ち止まる。
 この恐竜は、近年になって、実は狩りの仕方は待ち伏せ型だったのではないか、という研究成果が報告されている。某映画で描かれていた、獲物を走って追い回す姿は、実像とはかけ離れてしまった事になるが、あの映画のおかげで、第二第三の桜庭のような子供達が増えている事も確かだろう。
 再度、小さく笑った時だった。ガシャ、という音がして、桜庭は背後を振り向く。しかし、誰もいない。
 気の所為か、と首を捻って、歩を進めた瞬間、目の前にティラノサウルスの頭蓋骨がゆっくりと降りて来た。

「――という訳で、夜分遅くの召集で申し訳ありません。今回は、恐竜狩りです」
 端的な説明に、集まったエージェント達の目は、一瞬点になった。
「えっとー……すいません。今、恐竜って仰いました?」
 一人のエージェントが、おずおずと手を挙げる。すると、女性オペレーターは、大真面目な顔で頷いた。
「はい。説明した通り、現場は明日、営業開始予定の恐竜博物館ですので」
 話によると、館長の桜庭信二が最終チェック中に、突如骨格標本が動き出したらしい。
「確かに、動く標本もありますが、骨格の方は展示のみで動かす仕掛けはないそうですし、再現標本の方も本物さながらに動く機能は備えていないらしいです」
 それらが、何もしないのに勝手に動いた。となると、現代社会で辿り着く結論は一つだ。従魔に憑依されたに決まっている。
 そしてそれらに、某映画のキャラクターさながらに追い回された館長は、命辛々館内のトイレに駆け込んで、助けを待っているという。
 救助要請の連絡は、携帯からあったようだ。
「今は館内だけで納まっていますが、夜が明ければ一般の客も来ます。それまでに何とかケリを着けて貰えたらベストです。敵の状況は、申し訳ありませんが、現場で確認して下さい」
 宜しくお願いします、とオペレーターは無情にも頭を下げた。

解説

※印は、PL情報です。PCがそれを知るには、何らかの行動が必要となります。

▼目標
・夜明けまでに従魔が憑いた恐竜の骨格、及び再現標本を大人しくさせる。

▼状況
展示してある骨格・再現標本全てに従魔が憑依したらしい。

※敵情報
・骨格標本10体+再現標本10体にイマーゴ・ミーレス級の従魔が入り乱れて憑依中。
・標本から追い出して、本体を叩けば倒せる。
・生き物の急所がそのまま急所となる。
・各恐竜本来の習性通りには動くとは限らない。とにかく、ライヴスを奪う為に、獲物を追い掛けてくる。例えばティラノサウルスなら駆け足、プテラノドンなら宙から、など。
・標本は全て実物大。
・今の所、館内を縦横無尽に暴れ中。博物館の出入り口には鍵が掛かっているが、従魔達がそれを蹴破らない保証はない。

▼館内情報
・表面積、合計四・五万平方メートル。内、三万平方メートル分の三分の二が標本の展示スペース。残り三分の一は、解説とグッズ売場。
その横にある通路に、受付やトイレ、スタッフ用事務所など。
・天井までは五メートル程。
・裏手に従業員用の通用口あり(※こじ開ければ入れます、多分)。

▼その他
・できるだけ破損は少なくお願いしたいけど、可能性はゼロじゃない事は館長も覚悟しています。
・上記を踏まえた上で、自身の安全を最優先に。次いで、従魔はできるだけ館内で始末するようお願いします。
・プレイングにて、上記で例に挙げた以外の恐竜の種類を出して頂いても構いません。室内で暴れさせるに無理がある、などがなければ採用致します。

リプレイ

「展示品が動き出すとか、まんまあの映画だよね」
 従魔が原因じゃなきゃ見て回りたいんだけど、と、辛うじて明かりの灯っている博物館を見上げて言う世良 霧人(aa3803)に、葛城 巴(aa4976)が「だよね! ワクワクする!」と同意を示す。彼女が今回の依頼に応じた理由は、正にそこにある。
 巴の相棒・レオン(aa4976hero001)は、『俺はバクバクする……』と胸元を押さえて呟いた。何だかんだで彼女の身が心配らしい。
「まあ……従魔作成なら恐竜博物館は狙いどころですからね……」
 余り分かりたくないですけど、と晴海 嘉久也(aa0780)はぼやく。
『くく……また恐竜の相手か? 以前アパトサウルスを相手取った時は首を一撃で刎ねてやったが』
 腕が鳴るぞ、と楽しげに掌に拳を当てるマリオン(aa1168hero001)を、雁間 恭一(aa1168)はどこか呆れたように見下ろす。
「……敵の名前だけはよく覚えてるなお前」
 それを耳に捉えたストゥルトゥス(aa1428hero001)も、「なんかさ。前も似たような事、あったよね?」とニウェウス・アーラ(aa1428)に同意を求める。
「ん……あった、ね」
「アッチの間では、恐竜がちょいブームなのかね」
「ただの……偶然じゃ?」
「デスヨネー。まぁ、ちゃっちゃと片付けますか?」
『賛成です。大きな体を持つものもいるのでしょう? 他の展示品に当たって壊されてしまうかも知れません』
 神妙に頷いたクロード(aa3803hero001)に、「ですね」と嘉久也も頷く。
「ここにいる従魔が外に出ると大惨事なんで、頑張って退治します」
「館長さんも助けないとね!」
 と霧人が付け加える。
「そう、悪いが今日は気の毒な館長のお守りだ」
 雁間も言えば、マリオンは『な!』と物凄く心外と言いたげな顔で相棒を振り仰いだ。
『馬鹿を言うな雁間! 自分の城へ敵に入り込まれるようなうつけは黙って討ち死にすれば良いのだ! 戦士の仕事は生死を賭けた戦いだぞ!!』
『や、館長さんは戦士じゃないし』
 透かさずレオンがツッコむ。
「傷は?」
『極力付けない方がいい?』
 互いに確認し合うアリス(aa1651)とAlice(aa1651hero001)に雁間が頷く。
「大事な資料だからな、標本に傷を付けるのも禁止だそうだ」
 了解した、と声を揃えて言うアリスとAliceに被るように、マリオンは肩を竦めた。
『……あー、今回は余は全て貴様に任せる事にした。後はよしなにだ』
 早々に何かを放棄した彼の横で、エル・ル・アヴィシニア(aa1688hero001)と共鳴を済ませた魂置 薙(aa1688)は、仲間との連絡用に通信機をセットしている。
「さて、最後くらいは肩ん力ば抜いてくっかの」
 一つ肩を上下させた島津 景久(aa5112)は、この依頼がエージェントとしての最後の仕事だ。半年の生活の中で己の限界を悟った為、これを最後に、地元の鹿児島に帰る事を決めている。
『お供いたしますよ、景久様。……芳乃は、最後まで』
 共に郷里へ戻る事になっている新納 芳乃(aa5112hero001)が、厳かに言って一礼した。

「まあ……博物館なんで有名所を想定していく事にします」
 相棒のエスティア ヘレスティス(aa0780hero001)と共鳴を済ませた嘉久也は、改めて建物を見上げる。
「まずは、鍵が調達できればいいんですが……」
「鍵、借りられますかね」
 薙が言うのへ、「取り敢えず、館長に連絡してみようぜ」と雁間が提案する。それに被るように、「ん、無理っぽい!」と即座に言ったのが巴だ。
「何でそんな事」
 判るんだ、と言おうとして彼女の方へ視線を向けた雁間は、その理由を悟った。既に彼女はスマホを耳に当てている。
 H.O.P.E.の支部で聞いていた館長の番号へ電話したらしい。
 巴は、耳に当てていたスマホをスピーカーフォン状態にして、全員に聞こえるようスマホを持った手を差し述べた。
〈申し訳ありません。鍵は中にしかなくて……スタッフも全員帰宅していますし〉
 答える館長は、どうにかまだ元気そうだ。
「取り敢えず、現況を教えてくれるか」
 問う雁間に〈いや、もう……恐竜達が暴れていますとしか〉と潜めた声が返る。冷や汗でも拭く様子が目に浮かぶようだ。
「展示品名・展示数・標本サイズを教えて頂けますか? あ、首長竜や魚竜は水棲爬虫類ですから展示してませんよね?」
 恐竜大好きな巴が、蛇足を交えた質問を飛ばす。
〈はい、その通りです〉
 恐竜博物館の館長になろうという人物だ。本来ならこうした話には食い付きたい所だろうが、彼は横道へは逸れずに巴の問いへの答えを口に乗せる。
〈まず展示数は、骨格と再現が十体ずつで計二十体です。骨格は、ティラノサウルス、ステゴサウルス、大型プテラノドン、小型ランフォリンクス、始祖鳥、カマラサウルスの子供、ミラガイア、タラルルスと、足・頭蓋骨のみがそれぞれ一体ずつ。再現の方は、アウカサウルス、ケラトサウルス、トリケラトプス、マイアサウルスの親子連れが親一匹と子が二匹の全部で三体、アケロウサウルス、ヴェロキラプトルの群三体、これで全部です〉
 全て暗記しているのか、こんな状況でもスラスラと名前が出て来る。
〈サイズは実物大が殆どと思って下さって構いません。元々、恐竜が暴れる想定になっていませんでしたから、建物の規模として、天井の高さ等は余り考えませんでしたけれど〉
 尤もだ。
「館内の間取りを出来るだけ正確に教えて頂けますか?」
〈90m四方の部屋が三つありまして、展示室が二間と、グッズ売場が一間です。そのすぐ横が通路です。幅90m、長さ230mの面積の中に、横60m、縦30mの事務所と、隣接して男女の洗面所があります〉
「トイレには外部への脱出口はないか?」
 あればそこを開けて貰うという手もある。
 だが、館長の答えは無情にも“NO”だった。当然だろう。あれば、館長は自力で脱出している筈だ。
「じゃあ最後だ。トイレの場所は?」
〈事務所を出て60m進むと、手洗い場全体の出入り口があります。男子トイレは手前です〉
 非常時なのに、律儀に恐竜達が暴れる現場に近い方に隠れているらしい。
 呆れながらも「解った、もうちょっと踏ん張ってろ」という雁間の言葉を締めに、巴は通信を切った。
「じゃあ、ピッキングしましょうか」
 あっさりと物騒な事を言う嘉久也に、「それも……無理かも」とストゥルトゥスと共鳴したニウェウスが呟く。鍵は見るからに今時の電子錠で、ピッキングは通用しないタイプだ。
「皆……離れて」
 ニウェウスが警告し、断章を顕現させる。仲間達は一斉に下がった。
 ノブの周辺に冷気を当てると、徐々にノブが凍り、やがて罅が入り始める。しかしやり過ぎたのか、脆くなったノブはもげ、地面へ落ちてしまった。
「あ」
 どうしよう、と慌てた様子もなくニウェウスは扉を蹴飛ばす。だが、引いて開ける種類だったらしいドアはビクともしない。
「ちょっと退いてろ」
 共鳴した雁間は、ニウェウスの肩を引いて自分の背後へ下がらせ、ノブのあった場所へ拳を突き入れた。ノブ共々脆くなっていた扉には、あっさりと穴が開く。その穴から確認した所、奇跡的に事務所の中はまだ無事だ。
 雁間はそれを仲間に告げて、入るように促すと、細く扉を開けた。ニウェウスが真っ先に入り、後へ仲間が続く。
 明かりが点けっ放しになっていた事務所の、中への出入り口は裏口を入ってすぐ右手にあった。その扉が、ドンッと乱暴な音を立てたのは直後の事だ。
「おいでなすったな」
 雁間がどこか楽しげに呟く。
(所でマスター。これ、憑依パターンってことはー)
 音を立てて震え続ける扉を見据えていると、不意にストゥルトゥスが脳内で話し掛けて来た。
「ライヴスを流し込めば……引き剥がせる」
(んまー、ボク等は、接近して触れてどうこうってのは厳しいけど!)
「攻撃で、流し込む事は……出来る」
 最後に入った薙が、急いで手近にあった椅子の背と扉に空いた穴をウレタンでくっつけ、仕上げにハイパーリンクタオルで凍らせて固定した。
 瞬間、遂に扉を蹴破ったのは、巨大な足の骨格だ。
 巴と共鳴したレオンが、即座にライヴスフィールドを展開する。識別は可能なので、仲間は巻き添えを食う心配はない。
 動きの鈍った足に、ニウェウスが断章で凍結攻撃を仕掛け、追い出した従魔を直接叩く。
(さて、問題はあれだ。壊さないように以下略ってとこだけど)
「……取り敢えず、凍らせてみる」
(オウイェー。万が一があるんで、足とかの破損しやすそうな所は避けてね?)
 やった後で言われてもな、という所だ。凍らせた足の骨格は少々危険な状態である。
「そっか……じゃぁ、次から背中とか」
(脊髄、いってみねぇ?)

 足の骨格標本がぶち破った扉から、エージェント達は一斉に飛び出した。
 恐竜達を仲間が引き付けてくれる間に、雁間は真っ直ぐ最短ルートで館長の隠れるトイレへ向かった。霧人と共鳴したクロードも後に続く。
 しかし、そこにも既に骨格標本がウロウロしている。尤も、トイレ出入り口通路の幅は10mと恐竜達にとっては狭かった所為か、そこから先へは進めずにいた。骨格という不安定な依代も手伝い、先刻の足の骨格と違って壁に体当たりするような事もしていない。
 雁間は、礼装剣とインサニアを手に、ミラガイアへ躍り掛かった。クロードも盾でタラルルスに体当たりし、飛び出た従魔へシャープエッジを投げ付ける。
 新たな恐竜が襲って来ない内に、二人は通路へ滑り込んだ。
『館長様、大丈夫でございますか?』
 男子トイレへ入るや、クロードが声を掛ける。個室の一つが、小さく音を立てて開き、初老の男性が顔を覗かせた。突如こんな事態に見舞われた所為か、顔色は優れない。
「……ああ、有り難うございます。助かりました」
「礼はまだ早いぜ。ここ、本当に窓はないのか」
「は、はい。換気扇は回っておりますが……」
「んじゃ、籠城して貰うか」
『ですが、事務所の例もあります。ここが安全とは言い切れませんから、やはり逃げて頂きましょう』
 クロードの反論に、不承不承納得したのか、雁間も「……ケツ拭く紙には困んねぇから良い場所選んだと思ったんだがな」と肩を竦める。
『では、わたくし達が護衛しますから、事務所の出入り口から』
「ってちょっと待った。さっき事務所の出入り口ってウレタンで塞いでる奴いなかったか?」
『あ』
 雁間の指摘に、クロードが固まった。
『ほっ、他に出口は!?』
 しがみつかんばかりに迫るクロードに館長はやや仰け反りながら「そうですね」と思考を巡らせる。
「正面エントランスと、事務所のすぐ横に非常口がありますが……」
 雁間とクロードの脳裏には、事務所を出るなり所狭しと暴れ回っていた恐竜の群が浮かぶ。館長の告げた出入り口は、どちらも同じ室内にあり、遮蔽はなかった。脱出はやや厳しい。
「分かった。当初予定通り、俺が館長のお守りを引き受けるわ。何かあったら救援要請するかも判んねぇけど」
『承知致しました。雁間様もどうぞお気を付けて』
 クロードは執事らしく、丁寧に頭を下げると、エントランスエリアへ駆け出す。そのクロードの後ろ姿を見送って、雁間は「あんたは元通り個室にいてくれや」と、館長に向けて上下にヒラヒラと手を振った。

「……成程」
 侵入後、動く標本らを見て、Aliceと共鳴したアリスは淡々と呟いた。呪符とアルスペンタクルを手に、恐竜達の中へ踊り込む。呪符の方は傷が残らないので、今回のような依頼にはうってつけだ。
(……ふうん……)
 何処の敵でも寄り付き易そうな展示スペース中央まで進む内、憑依した対象が面倒なだけで、従魔自体はそこまで強くなさそうだと判った。
(憑依したのは標本な訳だけど、さて何を以てこちらを認識しているのかな)
 視覚、聴覚、嗅覚、それとも――
「……試してみるか」
 拒絶の風で回避力を上げ、ウィザードセンスを発動する。従魔が五感ではなくライヴスに反応しているのならば、こうすれば寄って来るだろう。
 しかし、そうではなかったらしい。考えてみれば、もし、ライヴスに反応しているのなら、自分達が突入するまで館長が無事だった道理がない。
(飛行種とかは寄って来て貰った方が楽だったんだけどなぁ)
 空高くで倒したら破損しそう。
 脳裏でぼやいて、極力低空飛行の時を狙うべく、アリスはリフレクトミラーを顕現させて構えた。

 もう一人、単独行動をしているのが、景久だった。
 動く標本を見つけたらチェーンソーの持ち手で殴り、ライヴスを流し込んで従魔を引っぺがす。
「首寄越せとは言わん」
 離れた従魔を追い掛け、チェーンソーを突き刺し、エンジンの回転数を上げる。
「大人しく死ね」
 動かなくなるまで続け、しぶとい個体には疾風怒濤でひたすら斬り付けた。
(景久様、相手は恐竜の姿ですが)
 共鳴した芳乃が脳内で話し掛ける。
「ワクワクすっが?」
(景久様こそどうなのですか)
「興味がなか訳でもなかが、結局は化石の再現じゃ。従魔を剥がせば石膏ん塊。特別な感情は抱けん」
 あっさり言って肩を竦める景久に、芳乃は“相変わらず、そういった所はドライですね”と苦笑混じりの言葉を返す。
(私など、この依頼の為に恐竜図鑑を買い求めて……)
「もうちと違うとこに活かせんがね」
 言いながら、チェーンソー付属のショットガンで、動かなくなった個体に止めを刺した。

(中に入ったら逃げられる心配はないけど……)
 内心で呟いた嘉久也は、大型肉食恐竜を最初の目標に定めた。サイズと機動力から考えると、速やかに退治しなければ大惨事になる種類がそれだ。
 顕現させた16式に、普段はライヴスを装填するが、今回は依代の破損をできるだけ避けなければいけないので、ゴム弾を装填して足元を狙う。
 すると、こちらに気付いたのか、ティラノサウルスの骨格標本が突っ込んできた。突撃を回避し、開かれた顎を跳ね上げる。崩れたら最悪組み直す事はできるだろう。
 しかし、従魔が憑依している影響からか、骨格なのに簡単には崩れなかった。ただ、顎に打撃を受けた所為か、ティラノサウルスは後ろによろめいて蹈鞴を踏む。
 その隙を突いて、嘉久也はティラノサウルスの背後へ回り込む。膝裏に蹴りを入れ、追い出しに掛かった。
「嘉久也さん……どいて!」
 直後、そう声が掛かり、嘉久也は反射でその場を飛び退く。
 膝を突いて地面へ崩れたティラノサウルスに、ニウェウスが背後から冷気を浴びせる。飛び出した従魔に、嘉久也が疾風怒濤を食らわせた。

(ねねね、あれあれ、あれ写真撮ってぇえ!!)
 非共鳴状態なら、バンバンと肩を叩かれているだろうと軽く予測の付きそうな、興奮状態の思念が伝わって来る。
 巴の言う“あれ”は、後ろから追い掛けてくるティラノサウルス――の頭蓋骨だ。それだけが浮遊し、フワフワと漂いながらこちらへ向かって来る。
『無理!!』
 レオンはにべもなく切って捨てると、走る事に集中する。
 先刻までは景久の傍で、ライトアイで視界を確保しつつ、後方か、物陰から、背骨の腰周辺を狙った双槍での投擲攻撃に終始していた。が、巴の“あれ写真撮りたい”に釣られて顔を向けた先に、宙に浮く頭蓋骨があったのだ。しかも、視線(?)ががっつり合ってしまった。骨も偽物の筈だが、どう狩猟本能を刺激されたのか、こちらへ滑るように落ちて来たので、レオンは反射で回れ右で駆け出し、今に至る。
 足元でヒラヒラと舞うドレスに益々興味を掻き立てられるのか、頭蓋骨は追撃の速度を上げた。中々反撃の隙がない。
(んも~、このまま食べられてみた~い)
『って、普通じゃないだろ……』
 思わず呟くレオンの必死の逃亡には頓着せず、巴は“いや~ん!”などと心底面白がっている様子だ。
 ふと前を見ると、リフレクトミラーを携えたアリスと目が合う。彼女は、クイと小さく顎をしゃくって構えた。“避けろ”の意だ。高速詠唱を使い切った今、リフレクトミラーでの攻撃対象は絞れない。
 レオンはどうにか軌道を変えるようにブレーキを掛け、横っ飛びに躱した。直後、アリスの攻撃が頭蓋骨に炸裂する。
 飛び出した従魔に向かって、レオンは何度目かで短槍を投擲した。

『小さくてすばしっこい奴は捕まえるのが大変ですね。どうしましょう?』
 クロードの視線の先には、何故かアケロウサウルスを追い掛けるヴェロキラプトルの群がある。
(……追い掛けるんじゃなくて、誘き寄せれば良いんじゃないかな。バーベキューボウとかで)
『中身は従魔ですが、肉に反応するでしょうか』
 提案する霧人に返しつつ、その手にはバーベキューボウを顕現させている。
(肉の匂いにつられて来た所を、リフリジレイトの冷気で攻撃するのはどう? 恐竜は爬虫類だし、変温動物だから冷やせば動きが鈍くなる……と思うけど)
『さて、それはどうでしょう。確かに恐竜は爬虫類の仲間ではありますが、近年では変温でも恒温でもない、という研究成果が報告されているようですよ』
 恐竜についてちょっとした蘊蓄を披露したクロードは、改めて恐竜達を見やる。
『エージェントが釣られるって事は無いですよ、ねっ!』
 やや不安になりながら、先頭を走るアケロウサウルスの進路上にバーベキューボウを滑り込ませた。しかし、直後心配していた事態が現実になる。
「ん……何か、いい、匂い……差し入れ?」
 おもむろにバーベキューボウを取り上げて、あんぐりと口を開けたのはニウェウスだ。
『ちょっ、何をされてるんですか!? ソレはAGWです!! 食べられませんよ!!』
 大慌てで声を掛けるクロードに、ニウェウスは「そうな、の?」と小首を傾げている。
『それに、前前!!』
 再度飛んだ彼の忠告に顔を上げると、計四匹の恐竜――基、従魔が走って来る。
(ぶっ壊しちゃいけない敵がたくさん来たぞー)
 脳内で楽しげにストゥルトゥスが言う。
(こういう時はぁ?)
「ん……幻影蝶で、一気に対処!」
 言うや、ライヴスの蝶が一斉に恐竜達に襲い掛かる。追い出されるまでもなくライヴスを奪われた従魔達は消滅し、恐竜だけがその場に崩れた。

 他方、普段表情に乏しい薙は、珍しく目を輝かせていた。年頃の少年(と言っても、共鳴してしまうとその限りではないのだが)らしく、恐竜が動いていると聞いて興味津々、といった様子である。
 反面、はしゃぐ性格でもないので、中身が従魔だと思うとやはりその対応が優先されるようだ。
 できるだけ設備や標本を傷つけない事を心掛けながら、斧の背で殴りつけてライヴスを流し込み、従魔を追い出して叩く。
 特に薙が注意を払っていたのが、出入り口付近だ。そこで暴れると、標本だけでなく出入り口をも破壊してしまう恐れがある。
(ニウェウスさんの重力空間が展開されてれば、そこに誘い込むんだけど)
 チラと彼女の方を見ても、今はその気配はない。
(これ、薙。余所見をするな)
 脳内でエルに話し掛けられ、ハッと視線を戻すと、骨格標本の一つ・ステゴザウルスが、トイレの方へゆったりとその首を向けた所だった。
(分かってるよ)
 若干それを口うるさく思いながら、薙は地を蹴る。視線の先で、長い首だけを通路へ突っ込んだステゴザウルスは、程なく、中で館長を守っていた雁間に弾き出された。
 ヨタヨタと後ろへ後退するステゴザウルスを追って通路から飛び出した雁間は、その顎裏をインサニアの腹で打ち、従魔を追い出す。
 それを背後から迫った薙が迎え撃った。

「……ふう」
 天井スレスレで充分に動けずおたついている大型のものと、小型の恐竜を片付けて、嘉久也が息を吐いた。
 大質量・重装甲の草食恐竜については少々大変だろうと踏んでいたのだが、一番大きそうだったステゴザウルスが骨格標本であったのは不幸中の幸いだったと言えるだろう。増援に行く事になるかと思っていたが、雁間と薙だけで片が付いたらしい。
 逃げようとしていた始祖鳥を最後に浦島のつりざおで引き戻した所を、寄って来た雁間がインサニアの腹で従魔を叩き出し、クロードのシャープエッジが本体を襲った。
「これで全部、ですかね」
 嘉久也が言えば、ニウェウスも周囲を見回して呟く。
「ん……無くなってる標本、無い、よね?」
「もしあったら大変だ。逃げ出したって事になるし」
 ニウェウスと共鳴を解いたストゥルトゥスの言葉を受けて、雁間がトイレに顔を向けた。
「おい、館長のおっさん。出て来てチェックしてくれ」
「はっ、はいっ!」
 呼ばれて、弾かれたように出て来た館長は、エントランスホールの惨状に暫し唖然とした。
 再現標本の方は、ほぼ切り傷だけでそれ以外は無事のようだが、骨格の方はやむを得ない状況だったとは言え少々無惨な有様である。
「修理のお手伝いもします!」
 はいはい、とレオンとの共鳴を解いた巴が手を挙げる。
『まぁメカの修理よりは上手かもな』
 疲れたツッコミを入れるレオンの横で、嘉久也も「せめて掃除くらいはして帰る事にします」と頷いている。
「しかしまー。標本とは言え、えっらい迫力だったねぇ」
 片付けに歩き出しながら、ストゥルトゥスは戦闘を思い出していた。戦闘と言うより、暴れる恐竜の間で従魔を叩き出していただけのような気がしている。
「ん……諸々直ったら、また来たい、かも」
「んだね。平和な時に、じっくりと眺めたいし」
 一方、景久も「さて、報酬ば受け取って帰っど」と言いつつ、バラバラになってしまった骨格標本を拾っている。
『薩摩へ、ですね』
 傍らに膝を突いてそれを手伝いながら、芳乃が『景久様、荷物は持たなくてよろしいのですか?』と訊ねた。
「いらん。そもそも荷物らしか荷物もなかでの」
『左様ですか。……あぁ、この様子ならば始発の電車になるでしょうか』
 芳乃はそわそわと展示ブースを見回し、思い切った様子で続ける。
『ところで、明日の恐竜展はご覧にならないのですか?』
 骨を一纏めにして立ち上がった景久は、芳乃の顔を見つめ返した。
「……見たがか?」
『はい、少し』
 最初は遠慮してそう答えたものの、「なあばすぐ帰っど」と返されては反論できない。『いえ、とっても』と本音を言い直すと、景久は苦笑めいた笑みを浮かべた。
 郷里へ戻れば、今度はいつこちらの地方へ来られるか分からないのは確かだ。
「ほか。なあば、午前中だけじゃど」
 仕方ない、と言いたげに許可すると、芳乃は嬉しそうに笑って頷いた。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • リベレーター
    晴海 嘉久也aa0780
    機械|25才|男性|命中
  • リベレーター
    エスティア ヘレスティスaa0780hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • ヴィランズ・チェイサー
    雁間 恭一aa1168
    機械|32才|男性|生命
  • 桜の花弁に触れし者
    マリオンaa1168hero001
    英雄|12才|男性|ブレ
  • カフカスの『知』
    ニウェウス・アーラaa1428
    人間|16才|女性|攻撃
  • ストゥえもん
    ストゥルトゥスaa1428hero001
    英雄|20才|女性|ソフィ
  • 紅の炎
    アリスaa1651
    人間|14才|女性|攻撃
  • 双極『黒紅』
    Aliceaa1651hero001
    英雄|14才|女性|ソフィ
  • 共に歩みだす
    魂置 薙aa1688
    機械|18才|男性|生命
  • 温もりはそばに
    エル・ル・アヴィシニアaa1688hero001
    英雄|25才|女性|ドレ
  • 心優しき教師
    世良 霧人aa3803
    人間|30才|男性|防御
  • 献身のテンペランス
    クロードaa3803hero001
    英雄|6才|男性|ブレ
  • 新米勇者
    葛城 巴aa4976
    人間|25才|女性|生命
  • 食いしん坊な新米僧侶
    レオンaa4976hero001
    英雄|15才|男性|バト
  • 薩摩隼人の心意気
    島津 景花aa5112
    機械|17才|女性|攻撃
  • 文武なる遊撃
    新納 芳乃aa5112hero001
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