本部

【白刃】淵を覗いて見えるモノ

布川

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 6~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2015/10/19 16:52

掲示板

オープニング

●H.O.P.E.
「……老害共が、好き放題に言ってくれる」
 H.O.P.E.会長ジャスティン・バートレットが会議室から出た瞬間、幻想蝶より現れた彼の英雄アマデウス・ヴィシャスが忌々しげに言い放った。
「こらこらアマデウス、あまり人を悪く言うものではないよ」
 老紳士は苦笑を浮かべて相棒を諌める。「高官のお怒りも尤もだ」と。

 愚神『アンゼルム』、通称『白銀の騎士(シルバーナイト)』。

 H.O.P.E.指定要注意愚神の一人。
 広大なドロップゾーンを支配しており、既に数万人単位の被害を出している。
 H.O.P.E.は過去三度に渡る討伐作戦を行ったが、いずれも失敗——
 つい先ほど、その件について政府高官達から「ありがたいお言葉」を頂いたところだ。

「過度な出撃はいたずらに不安を煽る故と戦力を小出しにさせられてこそいたものの、我々が成果を出せなかったのは事実だからね」
 廊下を歩きながらH.O.P.E.会長は言う。「けれど」と続けた。英雄が見やるその横顔は、眼差しは、凛と前を見据えていて。
「ようやく委任を貰えた。本格的に動ける。——直ちにエージェント召集を」
 傍らの部下に指示を出し、それから、ジャスティンは小さく息を吐いた。窓から見やる、空。
「……既に手遅れでなければいいんだけどね」
 その呟きは、増してゆく慌しさに掻き消される。

●ドロップゾーン深部
 アンゼルムは退屈していた。
 この山を制圧して数か月——周辺のライヴス吸収は一通り終わり、次なる土地に動く時期がやって来たのだが、どうも興が乗らない。
 かつての世界では、ほんの数ヶ月もあれば全域を支配できたものだが、この世界では——正確には時期を同じくして複数の世界でも——イレギュラーが現れた。能力者だ。
 ようやっと本格的な戦いができる。そんな期待も束の間、奴らときたら勝機があるとは思えない戦力を小出しにしてくるのみで。弱者をいたぶるのも飽き飽きだ。

「つまらない」
「ならば一つ、提案して差し上げましょう」

 それは、突如としてアンゼルムの前に現れた。異形の男。アンゼルムは眉根を寄せる。
「愚神商人か。そのいけ好かない名前は控えたらどうなんだ?」
 アンゼルムは『それ』の存在を知っていた。とは言え、その名前と、それが愚神であることしか知らないのであるが。
「商売とは心のやり取り。尊い行為なのですよ、アンゼルムさん」
「……どうでもいい。それよりも『提案』だ」
 わざわざこんな所にまで来て何の用か、美貌の騎士の眼差しは問う。
「手っ取り早い、それでいて素敵な方法ですよ。貴方が望むモノも、あるいは得られるかもしれません」
 愚神商人の表情は読めない。立てられた人差し指。その名の通り、まるでセールストークの如く並べられる言葉。
「へぇ」
 それを聞き終えたアンゼルムは、その口元を醜く歪める。
 流石は商人を名乗るだけある。彼の『提案』は、アンゼルムには実に魅力的に思えた——。

●潰走する能力者たち
 アンゼルムの活動を偵察するべく、先行していた能力者たち。彼らは今、従魔の攻撃を正面から食らって壊滅状態にあった。
 従魔の攻撃は、予想以上に激しいものだった。倒しても倒しても、どこからかまたわき出てくるのである。襲撃に遭った仲間が一人、また一人と減っていき……。はじめは5人いた能力者たちの中で、動けるのはもう2人だけだ。
「俺がコイツを引きつける! お前は逃げろ!」
 ケガを追っていた仲間は、了解の旨を伝えると、茂みの中に消えて行った。それだって、無事に安全地帯にたどり着けるかは分からない。だが、全滅するよりはよほどマシなように思えた。
「うおおおおおおお!」
 ただひとり残った能力者は、敵を引きつけるように大剣を掲げて、従魔の群れに斬りこんでいった。
(それにしても……なんだ、この霊力の濃度は!)
 生駒山周辺。辺りは異様な霊力に満ちていた。倒しても倒しても従魔が現れるのでは、いくらやってもキリがない。
 能力者の前に、立ちふさがるようにぼんやりとした光が現れた。従魔は、バチバチと発光すると、無慈悲に光弾を放った。辺りが一瞬輝いて、光に満ちた。
「うぐっ……」
 一発は耐えきった。が、力が急速に抜けていく。英雄との共鳴が終わったのである。
「畜生……」
 能力者は膝をつく。周りにいる従魔の動きが、やけにゆっくりと見える。倒れた木々の奥。倒れた木々の奥。彼方には、ドロップゾーンがあった。
(ああ、かくなるうえは……)
 この死が、無駄死にでなければいい。後続の部隊が――新たな能力者たちが、自分たちの情報を役立ててくれれば。最期の力を振り絞って、カバンの中に手帳を仕舞い込む。きつく拳を握りしめて、目を閉じる。
 それが、その能力者の最期だった。

●H.O.P.E.本部
 アンゼルムの活動の対策のために組織されたHOPE本部の空気は、いつにもまして緊張したものになっていた。ミーティングルームは、ただならぬ雰囲気に満ちている。
「きみたちの任務は、視察に先行したリンカーたちの保護……とはいうまい。彼らの生存は、もはや絶望的といってもいいのだ」
 担当官は悔しそうに目を伏せた。
「敵の攻撃が思った以上に強力だった。彼らからの連絡が途絶えた場所は大体判明している。きみたちには、生駒山のドロップゾーン付近まで行き、能力者から、調査記録を持ち帰ってほしい。記録は、おそらく、彼が肌身離さず持っていたカバンに入っているはずだ。もし、万が一。万が一と言っていいのかわからないが……生存者が居れば、出来る限り保護してほしい。……ただし、無理はしないでくれ。これ以上の犠牲は出したくはないのだ」
 担当官の表情は暗い。だが、諦めているわけではない。今は無理だったとしても、きっと、なにかが突破口になる。そう信じているからである。
 この任務が、相手の作戦のどこかに亀裂を入れられれば。
 能力者たちも、それぞれの決意を胸に任務へと向かう。

●生駒山ドロップゾーン付近
 先行部隊の最期の能力者が倒れてから、辺りはしんと静まり返っている。まるで人の魂のように従魔が一匹、倒れている能力者に近づいた。能力者だったものは、ぎこちなく立ち上がると、身体が覚えているのだろうか。再び大剣を握った。その瞳に、もはや生はない。能力者は、カバンを大事そうに手で確かめると、誰にともなく慟哭した。
「ウ、ア、ア――」

解説

●目標
 生駒山のドロップゾーン付近まで向かい、先行した能力者から、調査記録を回収する。また、その際、生存者は出来る限り保護すること。
 生駒山のふもとの林に向かうことになる。

●登場
従魔『ヴィクティム』×1
 先行した能力者の遺体が、従魔に乗っ取られたもの。生駒山のドロップゾーン付近で能力者たちを待ち構えている。大剣を所持している彼は、生前はアタッカーだった。
 死亡しているため、救出、説得は不可。能力者たちに、明らかな敵意を持って襲い掛かってくる。このヴィクティムは並々ならぬ再生能力を持つ。ただし、ダメージを受けてから動きを取り戻すには時間がかかる。
 なお、この従魔が持つ調査記録(手帳)を回収するのが主な任務である。調査記録は、ヴィクティムが背負う小さなカバンに入っている。行方不明になった能力者は数人いるが、今回、ヴィクティムとなって襲い掛かってくるのはこの一体のみである。

従魔『スペンサー』×多数
 ヴィクティムのまわりに漂う、光る球のような形をした従魔。倒しても倒してもどこからか現れる。
 一定周期で、魔法攻撃を飛ばしてくる。体力が低いものの、数は多い。

先行した能力者(生存者)一名
 もし、生存者を諦めないのであれば、15歳ほどの少女のリンカーがドロップゾーンの手前付近で、送信所の死角に気絶している。意識不明であり、自力では動けない。
(PL情報)
 この一名以外の能力者たちを捜索することは、極めて困難である。また、発見できたとしても、生存は絶望的だろう。

●状況
 生駒山のふもとのドロップゾーン付近。登山道の入り口、林になっている地帯。まばらにスペンサーがいる。道を逸れれば視界は悪く、遮蔽物は多いが素早く動けもしない。また、次々と従魔が寄ってくるため、長居は危険である。
 ヴィクティムは、道をしばらく行った先のやや開けた場所にいる。

リプレイ

●死地へと赴く
「……生駒山、か。嫌な空気だ……」
 こうしてアンゼルムのドロップゾーンから外れた山のふもとにいてもなお、霊力が渦巻く異様な気配を感じ取ることができる。メイナード(aa0655)は、生駒山を眺めてそうつぶやいた。
「5人のリンカーが逃げ切れずに全滅、ですか……あまり、長居はしたくないですね。ちょっとこわいですし」
 Alice:IDEA(aa0655hero001)は、眼鏡を押さえてそっと山頂を見上げる。
「なんにせよ、持って帰れる物は持って帰らせてもらおうか」
 今回の目標は、先行したリンカーからの情報の回収と、生存者の保護だ。メイナードは仕事に向けて、両腕の義手の具合を確かめる。すっかりメイナードの身体に馴染んだ義手は、いつも通りの調子で動いてくれる。
「戦きょうはゼツボウテキとのことですが」
 紫 征四郎(aa0076)は、まるで男性のような名前をもつが、れっきとした少女である。紫は、年の割にかなりしっかりとした目で状況を把握していた。彼女の過去にどのような苦労があったのかは、ただただ推し量ることしかできない。
「俺様は諦めたくねぇな、死に損ないがいれば助けてやるのが薬屋だ」
 薬屋――薬の知識にかけては、ガルー・A・A(aa0076hero001)が引けを取るものはいないだろう。
「ですね。征四郎も同じ気持ちなのです」
 手早く林を調べていく彼女は、ほどなくして、やわらかい土の上に真新しい複数人の足跡を見つける。向かう足跡はいくつかあるのだが、戻ってくるものはひとつとしてない。
「きっと、まだ出来ることがあるよ」
 暗い予感に飲まれそうになった一同だったが、七城 志門(aa1084)の言葉に明るさを取り戻す。困難にあってなお、七城は笑みを絶やさない。彼の笑みには、どこか人を勇気づけるような明るさがある。『自分に出来る事を精一杯やる』――それが、七城が自身の英雄、アルヴァード(aa1084hero001)に誓ったことだった。アルヴァードは、七城の隣で無表情に佇んでいる。しかし心中では、一人でも多く生存者があればと望んでいるのだ。
「英雄的な献身であった」
 先行者の痕跡を眺めながら、ネイク・ベイオウーフ(aa0002hero001)は嘆息し、その行いを讃える。彼は、何よりも英雄たる振る舞いを良しとするのだ。
「出来る限り皆を助けたい」
 努々 キミカ(aa0002)が真っ直ぐにそう告げるのを、ネイクは満足そうに見てとった。人を助けたいと願うのは、まさに英雄らしい態度である。努々は、憧れの中にも、しっかりと英雄としての資質を備えているようだ。
「この道で進みますか?」
「そうだな」
 駒ヶ峰 真一郎(aa1389)の提案に、リーゼロッテ アルトマイヤー(aa1389hero001)も同意する。他の能力者たちにも異存はないようだ。見たところ、この小道が一番見つかりにくく手堅そうなルートだ。それに、先行したリンカーたちを探さなくてはならない。
「じゃあ、一応。連絡先を交換しましょう?」
 Arianrhod=A(aa0583)――通称アリアは、スマートフォンで手早く連絡手段を整える。生存者を保護することになれば、一時的に二手に分かれることも考えなくてはいけない。
「ま、生存者は……いるかどうかわかんないけどね」
 クスクスと笑ったアリアの声は、急激に妖艶な女性のものから少年のような快活さを帯び、周りを驚かせた。アリアの口調は、口を開くたび、印象を定めることを許さないように次々と形を変じていく。しかしながら、銀の瞳の奥に、誓いに違わぬ変わらぬものがあることを、Jehanne=E(aa0583hero001)は感じ取ってもいた。『何があっても決して夢を諦めない』――彼女の態度は、生を諦めずに前を向いている。
「繋げてやるさ、彼らの行動が無駄ではないことの証明の為に」
「……ん、守る為に、繋がるなら」
 麻生 遊夜(aa0452)の言葉に、ユフォアリーヤ(aa0452hero001)の狼耳がピンと張った。ユフォアリーヤはなかなか人見知りのようで、能力者の輪には一応入りつつも、麻生の傍から離れようとしない。
 麻生は、事前に問い合わせた信号の消失ポイントと、隠れられそうなポイントを地図にマークしていく。色々と怪しげなポイントはあるが、生存者がいるとすれば、可能性が高いのは――送信所の辺りだろうか。消失ポイントとも近い。同じく救出に回る予定の石井 菊次郎(aa0866)にそう告げると、石井も同意見だったようだ。
「ライフルの方が得意だが……置いてかれるわけにはいかんからな」
 狭い小道では弓の方が便利だろう。麻生は状況を考え、弓を選んだ。
「……重いもの、音を出すものは禁止」
 ユフォアリーヤはこくんと頷いた。
 石井は、麻生と相談する傍らで、手際よくHOPEに要請した物品を確かめていく。救助者の手当を行うための救助キットには、気付け用の薬剤などが入っていた。救出対象が意識を取り戻さない場合を考えて、背負子も用意した。
「大規模ドロップゾーンからの生還者に話が聞けるチャンスです」
 石井の言葉に、テミス(aa0866hero001)はゆっくり頷いた。
「うむ、あそこは複数の愚神が絡んでおるから、何らかの情報があるかも知れん……あくまで生還者が居ればの話だが」
「今回は任務の最優先事項にはなり難いですし、やはり状況は厳しいですが……この瞳の情報が欠片でも有れば」
 石井の前髪の間から、特異な目が姿を覗かせる。紫の瞳に、金色の縁取り。テミスを見つめる十字型の瞳孔が、ゆっくりと収縮する。
「ああ……」
 石井は、今回の救出任務に加えて、別の任務を帯びてもいる。彼らは、能力者としての仕事をする一方で、とある愚神を追っているのだ。石井はデジタルレコーダを確かめ、ふっと息をついた。

●生駒山、周辺
 一行は、慎重に身を隠しながら林に分け入っていく。
「うっ……こういう所、苦手です……いかにも出そうですし……」
 イデアが身震いをすると、三つ編みのおさげが揺れた。
 2mをゆうに越す恵まれた体格を持つメイヤードは、自身の体格を考慮して、一行の後ろを守っている。スナイパーライフルのスコープで道の安全を確かめながら、慎重に先に進んでいく。今のところは、近くに敵の気配はない。先発隊が通ったからか、この道の周囲にはスペンサーは少ない。その先に何があるかは、まだわからない。いったいどうして、先発隊は帰ってこないのか。かなり遠くで、バチバチとエネルギーが弾ける音がする。遥か彼方でぼんやりと光る従魔の姿。それは、道を進むにつれて近づいてくるような気がする。
「目的は回収と救助、戦ってる時間が惜しい……」
 麻生と駒ヶ峰は生存者を求めて、身をひそめながらも小道を捜索していく。ロストポイントよりはこちら側にいる可能性、情報を送る・隠れる為に森の中でなく送信所に向かった可能性、隠れられそうな周囲や内部の死角を探せば見つけれる可能性……生存者がいるかもしれない可能性は、無数にある。焦りそうな自分をなだめるように、麻生は自分に言い聞かせる。
「可能性だらけだが、闇雲に探す時間はない」
 小道には、不思議と先行者が帰ってきた気配はない。とはいえ、失望するにはまだ早い。足跡と折れた小枝が、たしかに少し前に人がそこを通ったことを示している。いくつか道は分かれたが、紫は、しっかりと痕跡を辿り、正しい道を進みつつあるのを確信していた。
 紫の合図で、一行は身構えて後ずさる。一体のスペンサーが、群れからはぐれ、小道を塞ぐように浮かんでいた。
「どうしますか?」
 駒ヶ峰が尋ねる。
「どうせ見つかるなら賭けに出るのも悪くない」
 麻生は弓を引き絞る。一行に緊張が走る。麻生の放った矢は、一直線に風を切って飛ぶと、見事にスペンサーに命中する。スペンサーは、攻撃を食らうと、あっけなくそのまま掻き消えた。鋭く矢羽が風をこするような音だけが後に残る。林に変化はない。
 追っ手がこないことを確認すると、一同は慎重に足を進めていく。

 そしてしばらく歩いたのち、一同は、ついに開けた場所の近くまで来た。ロストポイント付近。目的の場所だ。そこは、辿ってきた道とは比べ物にならないほどに大量のスペンサーがひしめいていた。スペンサーに取り囲まれるようにして、人影が立っている。
 メイナードがスコープで人影の様子を見、即座に仲間に警告を発する。一瞬の期待を、ゆっくりとした動きが打ち破る。あれほどの従魔に囲まれて、無事でいられるはずがない。
「……駄目だ、もう彼は……」
 メイナードは苦々しく息を吐いた。ぎしり、ぎりりと重い身体を引き摺るようにして動く”彼”は、もはや、従魔と呼ぶべきものである。
「あれは、つまり、もう死んでいるということですか?」
 紫は茫然とかつてのリンカーを眺める。
「ここで力尽きたか……」
 麻生はうめくように呟く。
「……愚神めが。それは、貴様の玩具ではないぞ」
 七城の隣で、アルヴァードの声が一段と低くなった。亡骸を弄ぶ者を、彼は決して許しはしない。表情の見えないポーカーフェイスだが、青い瞳の奥は怒りに燃えていた。
 奇襲をかけるなら今だ。メイナードの合図で、能力者たちは次々と共鳴して、攻撃を仕掛ける。

●成れの果てとの戦闘
「すまんが、押し通るぜ!」
 従魔の群れの中を、ユフォアリーヤとリンクした麻生が振り抜いて走っていく。麻生の義眼が紅く光り、ユフォアリーヤと同じ尻尾と獣耳が姿を覗かせる。機敏さを増した麻生は、攻撃準備を整えたスペンサーから順に的確に射抜いていく。神速の矢弾が、同時に3体のスペンサーを下した。それでもなお、スペンサーは辺りにはびこっている。麻生は、素早く周囲を確認すると、即座に誰かが逃げられたかどうかの痕跡を探す。すぐに、草むらにある僅かな血痕と、足を引きずったような痕跡を見つけた。
「あっちだ!」
 麻生の言葉を受けて、石井が送信所の方向へと身を潜ませながら駆けて行く。石井に気がついて動く従魔を、麻生は弓矢で叩き落とした。麻生を狙い、ヴィクティムが大剣を握りしめて突進の構えをとる。
 そこへ、戦線に飛び込んできた七城が思い切りヴィクティムに体当たりをかました。吹き飛ばすとまではいかなかったが、ヴィクティムの姿勢が崩れて、剣の狙いが逸れる。大剣は地面を僅かにえぐった。麻生は七城に礼を言って、距離をとりつつヴィクティムに向き直る。
「死してなお守る為に動く、尊敬に値する精神だな」
 しかし、今はそれが利用されている。厄介なことだ。
「調査記録、受け取りに来たぜ……生きてた頃に会いたかったがね!」
 麻生は、頭部を狙って至近距離から弓矢を打ち出した。矢はヴィクティムの顔面に命中し、ヴィクティムはのけぞってもがく。だがしかし、武器を持つ反対の手で鞄を確かめると、すぐに動きを取り戻した。
「……再生している!?」
 麻生は驚きの声を上げた。ヴィクティムは、元通りになって立ち上がったのだ。
 戦闘の気配に呼応するように、まわりのスペンサーがゆっくりとやってくる。状況は逡巡を許さない。動けず、戸惑う自身の契約者に、ネイクは叫んだ。
「止まるな、キミカ! さもなくばお主も屍の列に加わるぞ!」
 ネイクは努々の手を掴み、強引に共鳴を発動した。ネイクとの調和が、次第に努々精神を落ち着かせていく。どこからか現れた仮面が努々の顔を纏い、髪が紅に染まる。共鳴したキミカは、前に向き直る。
「英雄は、躊躇わない‥‥そうだったよね、ネイク」
 余裕の少ない真剣な眼差しと共に、努々は鎚を構えた。今度は七城に向かって振り抜かれる大剣を、努々の一撃が逸らす。的確なリンクコントロールが、ネイクとのリンクレートを整えていく。
 発光したスペンサーが、三方向から闖入者への攻撃を仕掛ける。
「既に『諦めた身体』のヤツごときに興味はないさ」
 アリアはそう吐き捨てる。
「しかし、死してなお『諦めない心』は褒められるべきでは?」
 ジャンヌの言葉に、アリアは自嘲気味に嗤った。
「『成らされた』ヤツにそんなのがあるとでも?」
 アリアがヴィクティムを見る目は、冷静で、それゆえにどこまでも現実を言い当てている。
「あ、じゃあ燃やしましょう」
 ジャンヌと共鳴したアリアは、華麗な仕草で銀の魔弾をヴィクティムに打ち出す。
「死体をこうやって利用するなんて……許せないのですよ」
 紫はスペンサーの射線に入りながらスペンサーの魔法攻撃をナイトシールドでそらす。ガルーと共鳴した紫は、凛々しい青年の姿になっていた。少女にはやや手に余る大きさのナイトシールドは、共鳴した紫の手によくなじむ。同時に薙ぎ払うようにしてヴィクティムの周りに漂うスペンサーを片づけていく。駒ヶ峰もまた、的確な一撃でスペンサーの群れを屠っていく。
 しかしながら、敵の数は多い。能力者たちの前線をすりぬけた一体が、努々を狙った。避ける余裕はない。努々は、回避よりも防御をとる。魔法攻撃の射線に、悠々とアリアが割り込む。攻撃を受け止めたアリアは、即座に攻勢に打って出た。彼女の放つ弾丸は、鞄の金具に向かって一直線に飛んでいく。ヴィクティムは、一歩下がり、鞄を庇うように大剣をかざした。
 努々を狙ったスペンサーを、メイナードが撃ちぬく。飛び交う魔法攻撃の中を突っ切り、能力者たちに追いすがるヴィクティムを一匹、また一匹とライフルで確実にしとめていた。魔法攻撃を受け止めるたび、銀色の盾の表面に刻まれた文様が青白く光る。能力者たちの攻撃は、確実にスペンサーの数を減らしていっているはずだった。麻生も駒ヶ峰も、確実にスペンサーを減らしている。だがしかし、スペンサーの数は一向に減らない。それどころか。
「イデア。私がおかしくなっていなければ、敵が増えてる気がするんだが……」
「奇遇ですね、わたしもです……これは非常にまずいのではないでしょうか」
「一気に畳みかけよう! きりがない!」
 メイナードは仲間に向かって声を張り上げる。

 送信所の様な見晴らしがいい場所は、隠れるには最適だ。生き残りがいるとすれば、おそらくそのあたりだ。
 石井は、スペンサーから隠れつつ、戦闘地帯からやや離れたところ、送信所の陰で、倒れていた少女を見つける。かなりの重傷で、意識はない。応急処置と意識回復を図るが、出血は食い止められたものの、彼女の意識は戻らない。
「ダメか……何故、意識が戻らない……くそ」
 石井の手当ては、これ以上は望めないほどに適切だった。起き上がってもおかしくはないはずなのに。この異常な場が、それを許さないのか。メイナードの声を聞いた石井は、諦めると少女を背負った。

(それは只の器だ、征四郎)
(そうかもしれません。でも、でも、生きていたものがここで死んだ事実は変わらない)
 紫は向きを変え、ブラッディランスの射程を活かして突くようにヴィクティムに押し込んでいく。
「申し訳ありません……! しかし私は! 貴方のその死を無駄にはしたくない!」
 狩りきれなかったスペンサーの相手を、即座にメイナードが引き受ける。
 良い具合に仲間が密集している。アリアは、周りを見渡すと範囲を見切り、ブルームフレアを唱えた。スペンサーをいくらか巻き込んで、炎の壁が燃え上がる。
「わっちらの炎、受けてみなんし!」
「私が命を賭した試練の炎! 敵を全て焼き払え!」
 炎のカーテンが、スペンサーを締めだした。
 チャンスだ。
 努々はとにかく前進し、ただヴィクティムを打ち抜くようにして武器をふるう。多少の手傷を負う事は厭わない、むしろ恐れるのは長期戦で物量に圧される事だ。ならば、短期決戦を狙いたい。そう考える程度の冷静さは、まだ彼女にも残っている。
 努々の分析は、いたって的確である。こういった状況把握の能力は、彼女の天性のものだろうか。努々の放つライヴスブローが、ヴィクティムをぐらりとのけぞらせる。一発。続けざまに二発。
 間隙を縫うようにして、麻生が次々と矢を打ち出す。麻生の矢は、ヴィクティムが鞄を押さえる左手を撃ち抜いた。すかさずアリアの魔弾が鞄を吹き飛ばす。ヴィクティムは、鞄を掴もうと大剣を取り落す。そして――三発目。英雄と一体となるかのような、努々の渾身のライブスブローがヴィクティムを強く打ち据える。すかさず、メイナードと七城がヴィクティムに組みつく。
「今だ!」
「解放は後回しだ、カバンの奪取を!」
 メイナードと麻生が叫ぶ。
「……たしかに、お預かりしましたよ」
 紫は軽やかにヴィクティムに攻撃を当てざま宙に舞う鞄をキャッチする。手帳を抜き取り分けて駒ヶ峰に託した。紫は鞄を持つと、ぐるりと向きを変えた。一同は、順々に離脱を行う構えだ。
 ヴィクティムは不完全な再生のまま立ち上がる。鞄をもつ紫に、気をとられていた。
「……出来るなら、連れて帰りたいけど。今の俺にはそんな力はありません。……申し訳ない。せめて、遺されたものが無駄にならないよう、しっかり繋いでみせるから……どうかご安心下さい」
 背を向けたところを見逃さず、七条が一撃を放つ。麻生の弓が、ヴィクティムの足を打ち砕く。ヴィクティムは大きく体勢を崩した。
「ウ、ア、アアア――」
 ヴィクティムは追いすがるように、紫に腕を伸ばす。紫は走りながら、唇を噛みしめた。
(手帳をまだ守ろうというならば。これが魂ではないとどうして言えますか)
 アリアの炎の壁が消え去ると、スペンサーがどっと沸きだした。一時に光るスペンサーに、イデアが悲鳴を上げる。
「おじさん、限界です! わたし達も退きましょう!」
「……次は必ず、必ず君も解放してみせる」
 メイナードはヴィクティムに言った。スペンサーの攻撃を盾で受け止めつつ、ゆっくりと下がりながら合流を待つ。一層激しくなるスペンサーの攻撃を、前衛がかわしていく。合流する石井の間に立ちはだかったスペンサーを、駒ヶ峰の斬撃が斬り払っていく。追いすがるスペンサーを、麻生とメイナードが撃ちぬいた。リンカーを背負った石井が合流するのを確かめると、メイナードは離脱の構えをとる。
「出来るなら此処で葬ってやりてぇとこだが」
 ガルーの言葉に、紫は声を張り上げる。
「必ず! 必ず終わらせに来ます! こんな行為、許されてなるものですか!」
 スペンサーの一体が、石井めがけて魔法攻撃を飛ばした。そこへ、再びのアリアのブルームフレアが壁となって立ちはだかる。壁にぶつかって、光線は弾けて消えた。
「試練の炎、そう簡単には越えさせませんよ!」
「けひひ、燃えろ燃えろ!」
 炎の向こうで、ヴィクティムは膝をつく。
「‥‥許してほしい。私はまだ、誰もを救えるヒーローとは成っていない。だけど、そう成れる日が来たら、また助けに来る。だから、待っていて‥‥」
 努々の言葉は、ヴィクティムに届いたのだろうか。炎の壁の向こうのヴィクティムは、けたたましく吠える。アルヴァードは、無念そうに唇を噛んだ。生存者も辛うじて見つかった。今は、任務を果たすことが先決だ。

 一同は、風のように山を下りて行く。途中まではヴィクティムが追いかけてくる気配があったが、アリアの炎に阻まれたのだろうか。それ以上追ってくることはなかった。リンカーを背負っている石井を、努々とアリア、七城が庇う。麻生と駒ヶ峰が集まってきたスペンサーを払いのけ、殿をメイナードが務めた。紫は、スペンサーを始末しながら、傷ついた仲間にケアレイを飛ばす。
 一同は、身を隠しつつ来た時とは比べ物にならないスピードで走り抜けていく。ようやく、入り口が見えてきた。

●任務を終えて
「ストレスはんぱないよぉこの依頼……」
 無事に安全地帯に帰りついたアリアは、へたりこむと、薬をざらざらと流し込んでいく。彼女を蝕む病魔は、今だ取り除かれてはいない。機械化によって少しは緩和されはしたのだが、それでも全くの健康体とはいかないのである。ジャンヌは気遣うようにアリアを見ている。成功したとはいえ、心が重くなるような任務だった。
 紫とガルー、七城とアルヴァードはそれぞれに生駒山をじっと見据えている。リンカーの遺体を従魔から取り戻すことが出来なかったのが心残りである。メイナードがぽんと彼らの肩を叩き、やれることはやったと請け負った。紫の持つ鞄が揺れた。
 共鳴が解除されると、精神の限界に至った努々はその場に崩れ落ちる。ネイクは、倒れ込んだキミカをそっと抱きかかえる。やはり、荷の重い任務だったのだ。キミカは疲れ果てた声で呟いた。
「ネイク、私、もっと強くなりたい。本当のヒーローを、目指したい」
 極限を経験した彼女の口から出たのは――諦めの言葉ではなかった。
 ヒーローになるなんて軽率だったかもしれない。その末路が、彼の姿であるかもしれない。だけど、逃げたくはないと努々は思った。憧れるだけではない、本当に目指すものを探したいと思ったのだ。
「そうか‥‥だが、今はゆっくり休め。明日また、英雄を目指す為にも」
 彼女の言葉に、ネイクはらしからぬ優しい声で返す。照れ臭さから赤みの差した面を、彼女から背けながら。
 石井の求めに従って、紫は倒れていたリンカーにケアレイを試みる。傷は癒えたが、それでもなお、彼女が起き上がることはない。
 石井は、倒れていたリンカーをHOPEに引き渡すと、引き続き周辺の情報を集めていた。万が一の時でも、抜け目なく、情報が消えない様に保険をかけながら。この情報は、今もHOPEに送信されていつはずだ。今は一つでも多く情報が欲しい。
 情報を探して辺りを見回した石井は、先行したリンカーの連絡係だったHOPEの職員を見つける。彼は、先発隊とは連絡が取れずにいて、ほとんど何も知らないようではあったが、それでもなにかわかることがあるかもしれない。一人生存者が居たとはいえ、先発隊の壊滅を知って、口数少なに職員に対して、石井は言葉を選びつつも的確に聞き取りをしていく。
「犠牲を無駄にしない為にも、あなたの情報は絶対に残る様にしなければなりません」
 先行したリンカーたちは、いったいどんな目に遭ったのか。「詳しいことは、分からないが」と前置きしながらも、職員は、ぽつらぽつらと答えていく。
 インタビューを一通り終えると、石井はレコーダーのスイッチを切った。
「本当は個人的な質問はするべきでは無いのかも知れませんが……」
 石井が前髪を掻き上げると、およそ尋常でない紫の目が露わになった。紫の目。金の縁取りに、十字の瞳孔。職員は、それを見てはっと息をのんだ。自分の瞳と同じ愚神を見なかったか、そう尋ねられて、HOPEの職員は少し考えた後、申し訳なさそうに首を横に振った。
 石井は礼を言うと、レコーダーをしまった。今回もまた、求める愚神の手掛かりはなかった。しかしながら、こうして能力者としての仕事をはたしていれば――かのものに至る道は、きっとどこかにある。もしかするとそうでも思わなければ、石井は、能力者を続けていられないのかもしれない。
 駒ヶ峰は、先行したリンカーから預かった手帳をめくってみた。ドロップゾーン周辺の情報に混じって、走り書きが見付かった。
「これは……」
 手帳の一ページには、「妹へ」から始まる短い文面があった。震える字で書かれたそれは、彼が今際に書き残したものだろう。リーゼロッテはそっと目を伏せた。駒ヶ峰は続きを読まずにそっと手帳を閉じると、HOPEの職員に渡した。駒ヶ峰の進言を、職員は必ず届けると請け負った。

 彼らが救ったリンカーが目覚めるのは、数か月後――もう少し後の話になる。
 内容も、心情的にも、今回の任務は、決して楽な任務ではなかった。かつての仲間と闘わざるを得なかった、彼らの心中はとても重い。しかし、最悪の状況から少しでも手がかりを拾い上げてみせた能力者たちの活躍は、言うまでもなく称えられるべきものである。能力者たちが持ち帰った情報は、必ず、アンゼルムを倒す一打に繋がるはずだ。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 夢ある本の探索者
    努々 キミカaa0002
    人間|15才|女性|攻撃
  • ハンドレッドフェイク
    ネイク・ベイオウーフaa0002hero001
    英雄|26才|男性|ブレ
  • 『硝子の羽』を持つ貴方と
    紫 征四郎aa0076
    人間|10才|女性|攻撃
  • 優しき『毒』
    ガルー・A・Aaa0076hero001
    英雄|33才|男性|バト
  • 来世でも誓う“愛”
    麻生 遊夜aa0452
    機械|34才|男性|命中
  • 来世でも誓う“愛”
    ユフォアリーヤaa0452hero001
    英雄|18才|女性|ジャ
  • フレイム・マスター
    Arianrhod=Aaa0583
    機械|22才|女性|防御
  • ブラッドアルティメイタム
    Jehanne=Eaa0583hero001
    英雄|19才|女性|ソフィ
  • 危険人物
    メイナードaa0655
    機械|46才|男性|防御
  • 筋肉好きだヨ!
    Alice:IDEAaa0655hero001
    英雄|9才|女性|ブレ
  • 愚神を追う者
    石井 菊次郎aa0866
    人間|25才|男性|命中
  • パスファインダー
    テミスaa0866hero001
    英雄|18才|女性|ソフィ
  • エージェント
    七城 志門aa1084
    人間|18才|男性|生命
  • エージェント
    アルヴァードaa1084hero001
    英雄|24才|男性|ブレ
  • エージェント
    駒ヶ峰 真一郎aa1389
    人間|20才|男性|回避
  • エージェント
    リーゼロッテ アルトマイヤーaa1389hero001
    英雄|15才|女性|ブレ
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