本部

神の国に消ゆ

大江 幸平

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2017/08/26 20:33

掲示板

オープニング

●与太話に乾杯
 イタリア。トスカーナ地方。
 地中海に面した風光明媚なるその地に、一つの小さな村落があった。
 人口わずか二百人ほど。
 村民の多くは農家を営んでいて、主な生産物として有名なのはオリーブやワインに使用される葡萄だ。
 なだらかな山の稜線を背景に広がるその光景は、いわゆる典型的なイタリアの田舎村を思わせる。

 しかし、その村を知る人々は、口を揃えてこう語る。
 ――あそこには近づくな。あれは尋常な村ではない、と。

「あの村はな、神の国に繋がっているって伝説があるのさ」

 街中の石垣に背を預けながら、煙草を燻らせていた男が嘲笑を浮かべる。

「もちろん、そんなもんはただの与太話だ。本気で信じてるのは信心深い年寄り共くらいだろうさ。とはいえ、その伝説にはちゃんと根拠がある。あまり大っぴらにしたくない根拠がな。だからこそ、誰もあの村の話をしたがらねえってわけよ。……なに? その根拠ってのは何かって? そうだな……その話をする前に、どうも喉が乾いちまっていけねえや。ここに上等なワインでもありゃあ、するすると口が動くってなもんなんだが……ああ! なんてこった! 財布がすっかり空じゃねえか。これじゃあ、どうしようもねえか」

 わざとらしい口ぶりに、あなたはため息を吐く。
 いくらか多めにチップを渡すと男は上機嫌に口笛を吹いた。
 近くの酒場から買ってきたワインで舌を湿らすと、再び男は喋り出す。

「……実はな、あの村に住んでる人間は、たまに消えちまうんだよ。何の前触れもなく、忽然といなくなっちまう。いわゆる神隠しってやつだな。不思議だろ。人が消えるたびに、神父がこう言ったもんだ。彼らは神の国に迷い込んだのだ、なんてな。多分その話に尾ひれがついて、神の国と繋がってるだのなんだのって噂になったんだろう。そもそも、実際のところ伝説ってほど大袈裟なもんじゃねえのよ。この話が広まりだしたのも、たかだか数十年前のことだからな」

 その後も色々と話をしたが、男から聞き出せた有力な情報はこれだけだった。
 田舎がいかに退屈であるかというような話が三度ほど繰り返された辺りで、あなたはようやく腰を上げた。
 男に礼を言うと、その赤ら顔がわずかに真剣な表情へと変わる。

「アンタ、あの村の調査に来たH.O.P.E.の人間だろ? 一週間前に村の教会のシスターが行方不明になったんだってな。最近じゃ珍しいタイプの清廉潔白にして敬虔なる信徒、中身も外見も麗しい評判のお嬢さんだったって話だ。噂好きの肴としては極上。もうこっちでも随分と広まってるよ。まったく……あいつらもバカやったもんだぜ」

 ――あいつらとは、誰のことか。
 あなたが訊くと、男は自嘲気味に笑い、今までの軽薄な表情に戻る。

「さあな。悪いがそれを言う気はねえ。生憎と人生を捨てた俺にも神様を恐れる気持ちくらいは残ってるんだ。なぁに、そう身構えることはねえさ。言っただろ? あの村が神の国に繋がってるなんてのは、ただの迷信だよ。なにせここにいる酔っ払いこそ、神の国に迷い込んだ哀れな子羊――『その一人』なんだからな。……ま、俺の場合は、単純に田舎暮らしが嫌いで逃げ出しただけだったけどよ」

 かつて神の国に消えた男は、グラスを掲げて、神様に乾杯と笑った。

●事前レポート
 仲間たちと合流したあなたは、事前の調査で得た情報を幾つかまとめておくことにした。
 信ぴょう性はともかく、現地調査を行う際の参考程度にはなるだろう。

――――――――――――――――――――――――――――――――

 『二十年ほど前』から、住民が失踪する事件が何度か起きている。
 一度だけ地元警察の調査が行われたものの、成果は挙がっていない。

 村の教会に従事していたシスター(修道女)が『一週間前』から行方不明になっている。今回の任務における最優先目標は、そのシスターを『発見』すること。

 シスターが最後に目撃されたのは、村の外れにある『井戸』の調査に出かけた日とのこと。霊験あらたかな歴史のある井戸らしいのだが、最近では湧き水の出も悪く、あまり使われていなかったようだ。

 村は都市部から離れた場所にあり、住民たちは余所者を受け入れることに対して『かなり嫌がっている』という話を訊いた。『捜査協力を拒否』されたり『嘘をつかれたり』する可能性もある。何か対策を考えておくべきかもしれない。

 村に宿泊施設はない。泊まることになる場合には、すでに話を通してある『村長の家』を借りることになるだろう。

 村の北側にある『山』は住民たちから聖域のような扱いを受けているらしく、余所者が立ち入ることは難しいかもしれない。調査をする場合には、『村長の許可』を得るか、あるいは『こっそりと忍びこむ』か……。

――――――――――――――――――――――――――――――――

解説

●目標

・行方不明になっているシスターの捜索

・村落に伝わる伝説の調査

●調査場所

『村長の家』
 村の中心部。最も広い敷地の中にある地下付き二階建ての豪華な屋敷。
 村の外からやって来た客人などは、大抵がこの屋敷に寝泊まりする。
 裏庭にはガレージがあり、周囲には畑が広がっている。

『教会』
 村の中心部。村の規模に対して、不釣り合いなほど大きな教会。
 村の祭事などはこの教会に所属する神父一人で司っている。
 最近ようやく一人のシスターが配属されたが、一週間前に行方不明になってしまった。

『オリーブ畑』
 村の南側。広大な畑。特筆すべきことはない。

『ブドウ畑』
 村の南側。広大な畑。特筆すべきことはない。

『ブルーノの家』
 村の東側。六人家族。農家らしい大きな家。

『ガイオの家』
 村の西側。四人家族。あまり裕福そうには見えない家。

『山』
 村の北側。村では昔から聖域とされていて、祭事の時にしか立ち入ることを許されていない。
 普段は『村長』と『神父』が管理している。ごくたまに『子どもたち』がいたずらで入ってしまい問題になるとか……。

『井戸』
 村の北側。外れにある古ぼけた井戸。
 昔は万病に効く聖水が出る井戸として重宝されていたが、インフラの整った現在ではあまり使われていない。
 二週間ほど前に『神父』が調べてみたところ、水が干上がりかけていたらしい。
 その後シスターが再調査に赴いたところ、そのまま姿を消している。

●登場

『村長』
 村の代表。明るく人当たりの良い人物。捜査には協力的。
 あらゆる酒が好きらしいが、あまり酒癖は良くないようだ。

『ブルーノ』
 村の実力者。愛想が悪い。非協力的。
 腕っ節に自信あり。村長とはあまり仲が良くないらしい。

『ガイオ』
 貧しい暮らしをしている男。軽薄で嘘つき。非協力的。
 ドがつくほどの守銭奴。

『神父』
 村唯一の神父。常に笑顔を崩さない。協力的。
 シスターの失踪に深く心を痛めている。

リプレイ

●捜査
 緑の野山を背景に延々と広大な畑が続いていた。
 そこは事前に訊いていた通り閑散とした小さな村だった。
「遠路はるばるよくお越し下さいました。皆様さぞやお疲れでしょう。辺鄙な村ではありますが盛大に歓迎させて頂きますぞ!」
 リンカーたちを笑顔で出迎えた村長は、恰幅の良い身体を揺らしながら一同を村の中へと導いた。
 その言葉にカイ アルブレヒツベルガー(aa0339hero001)は鋭い目つきで返答する。
『あー……村長さん。そりゃ有り難いんだけど。俺たちは仕事で来てるんでね。早速で悪いんだけど調査に協力してもらえないか』
「え、ええ。それはもちろん」
 案内された村長の家は立派なものだった。
 簡単な挨拶を済ませるとリンカーたちは荷物を下ろし、常に全員が情報を共有できるように各自準備を整える。
「この村についての文献や資料があったら見せてもらいたいんだが……」
 リアン ベルシュタイン(aa5349)がそう訊くと、古い資料はまとめてこの家に置いてあるので自由に閲覧していいとの許可を得た。
「私もお手伝い致します」
「俺も……手伝います」
 荒々木 静(aa5190)と九重 翼(aa5375)が手を挙げる。
「それなら……」
『私たちは……外?』
『オレたちも外だな。村の人から話でも訊いて回ろうぜ』
「聞き込みから重要な手がかりを得られるかもしれないしな……」
 アリス(aa1651)とAlice(aa1651hero001)。レイ(aa0632)とカール シェーンハイド(aa0632hero001)のペアは情報収集に向かうことにした。
『ついでと言っちゃなんだけど、あの山に入ってもいいか?』
「……山、ですか」
『あそこがこの村にとって特別な場所だってのは聞いてるよ。とはいえ、状況が状況だ。念の為に調べとかないとな』
 カイの提案にやや難しい顔をした村長だったが、やがて何かに納得するように頷くと、
「わかりました。案内に村の者をお付けしましょう。いくら皆様が凄腕の方々とはいえ、整備されていない山道は危険ですからな」
『……そうか。助かるよ』

「歴史を感じさせる丘陵の連なりに青き空……美しい景色です。それにしてもここの酒は素晴らしい」
『前後に繋がりが感じられんのだが?』
「エノトリア・テルス……この地は古代より葡萄と共に歩んで来たのです。恐らくあれが……」
 村内を歩きながら喜々として語る石井 菊次郎(aa0866)にテミス(aa0866hero001)はやや呆れたような顔を見せる。
 二人はまず村の地質図や天候記録などを元に水脈の調査を行うことにした。枯れたとされる村の水脈に何か異変が起きていないかを確かめるべきだと考えたのだ。
「水が枯れると共に水底に潜んでいたモノが蠢き出すと言う事も有りうるかと」
『或いはそやつが……ま、推測に推測を重ねただけだが』
 同じく、バルタサール・デル・レイ(aa4199)と紫苑(aa4199hero001)の二人も別ルートから村内の調査を始めていた。
『神の国……胡散臭さがたまらないね』
「麻薬でも密造していて、シスターはそれを見つけてしまって始末された……とかかもしれないな」
 バルタサールは鼻を鳴らす。
 ただでさえ眉唾物の伝説が語られる村だ。そのような秘密が隠されていたとしても不思議はない。
 村内を闊歩する怪しげな二人を興味津々に眺めている子どもたちを見て、紫苑は用意してきた懐柔用のプレゼントを手にする。
『ま、とにもかくにも証拠を掴まないと始まらないね』

●疑念
 村長宅の地下にある一室へと案内された一同は、未整理の膨大な資料の山を前にして唖然としていた。
『……これ全部、読む……の?』
 アリス(aa5349hero001)がそう呟いたのも無理はない。
 この人数では一日で読みきれるような量とは思えなかったからだ。
「いやぁ、申し訳ありませんなぁ。私は掃除が苦手なものでして……」
 そう言うと村長は「後はご自由に」と一階へ逃げるようにして姿を消した。
『……掃除が苦手、ねえ。本当かどうか怪しいもんだわ』
 絢香(aa5190hero001)はわざとらしく息を吐く。
「仕方ありません。まずは大雑把に分類をして、重要な情報と思われるものだけに絞りましょう。それならあまり時間はかからないはずです」
「調べるべきなのは……村の伝説について、過去の事件に関連していそうな情報……」
「……この村に住んでいる人たちの戸籍も調べておきたいですね」
 樹々中 葉子(aa5375hero001)が不敵に笑う。
『閉鎖的な村の中での失踪事件……うふふふふふ、誰も彼も怪しく見えてきますね、翼様?』
「あまり……人を疑ってかかるのは、良くありません……。箱の中の猫が生きているかは……開けてみるまでは、わからないものです……」
 そう言ったものの、翼は早くもこの村を覆う不穏な影の存在を感じ始めていた。
 なにしろ事前に過去の事件について地元警察に問い合わせたところ、すでに当時の関係者は一人残らず退職していると言われたのだ。それはあまりにも不自然な状況だった。
「この村には……何か、ある。やはりそう考えるべきでしょうか……」

 一方、村の中心部。
「聞いてたよりも大きいね……」
『たしかに。こりゃ立派だな』
 御童 紗希(aa0339)とカイは感心したように教会を見上げている。
 赤と黒のアリスを含めた四人は教会の調査にやって来ていたのだ。
「これはこれは。ようこそいらっしゃいました」
 出迎えた神父は長身の優男だった。その顔には常に柔らかい微笑が浮かんでおり、年齢は推測できない。
 長椅子が並べられた奥には祭壇が置かれ、広々とした頭上には立派なステンドグラスが輝いている。
「あまりお話出来ることは多くありませんが……」
 そう前置きをしてから、神父はカイたちの質問に一つ一つ丁寧に答えていく。話題がシスターのことになると、その口ぶりにわずかな悲しみが滲み出るが、動揺などは見られない。
「それにしても大きな教会だね。若しかして地下聖堂とかも、ある?」
 アリスが訊くと、神父は首を振る。
「残念ながら。地下には何もありません。仮眠用の私室はありますがね……」
「見せてもらっても?」
「申し訳ありません。お恥ずかしながらお見せできるような状態ではないのです。最近は何かと忙しかったもので」
「……そう」
 それから十分ばかり神父との会話を続けた四人は話が一段落したところで教会を後にした。
「シスターは素晴らしい人でした。彼女と皆様にどうか神のお慈悲が与えられんことを」
 神父の見送りを背にして、教会から離れると紗希が呟いた。
「神父さんも村長さんもいい人だね」
『マリはまだガキだな』
「?」
 教会内でライヴスの流れを探っていたカイは地下からわずかに流れ出るライヴスの気配に気が付いていたのだ。
『地下だ。あそこには何かあるな』
 アリスもその言葉に頷いた。
「……神父は嘘をついている。シスターの話をしていた時も、あまりにも平然としすぎていた」
 この時、すでにアリスの頭には一つの疑念があった。
 それは村の北側にある井戸の調査を経て、ほぼ確信に変わった。
「多分、この井戸はずっと昔に干上がっている。それなのについ最近修繕された跡がある。……これは、横穴? 警察の目を欺ける場所……地下……水脈……」
 そして。導き出された答えは――

「それで? 俺に何の用だってんだ?」
 どっしりと床に座り込んだブルーノはひどく不機嫌そうだった。
 その様子を見て、菊次郎はまず彼の警戒を解かなければ話にならなそうだと、敢えて事件とは無関係の雑談を始めることにした。
 最初はつまらなそうに話を訊いていたブルーノだったが、土地や酒の話になると徐々に饒舌になっていく。
「こんな田舎でもよ、俺はここで生まれて、ここで死ぬって決めてるんだ。この意地だけは何があろうと曲げられねえのよ」
 ブルーノの村に対する愛は本物である。バルタサールはそう判断する。
 そこで一つカマをかけてみることにした。
「オリーブやブドウ以外でも儲かってるみたいだな?」
「……何が言いてえんだ」
「いやなに。ちょっとした噂を耳にしてな。……そういえば、村長とはあまり良い関係性を築いているとは言い難そうだが?」
 狭い村だ。菊次郎が軽く村長とトラブルを起こした事もすでに小耳に挟んでいたのだろう。腕っ節に自信のあるブルーノから見ても、二人は明らかに迫力のある風貌である。
 どちらに付くべきか。選択は容易だったといえるだろう。
「……あれは、あいつは……人でなしだ……!」
 ブルーノは良くも悪くも素直な男だった。
 ひとたび感情が溢れてしまえば、あとは堰を切ったように語り出す。
「シスターだってあの野郎のせいで……! 俺は……俺はな……ちくしょう……!」
 村長はシスターの失踪に関わっている。
 その確信を得られたことで、菊次郎は思わず口許を綻ばせた。

 やがて各自の調査を終えて一度合流したリンカーたちは、各々の成果を報告し合い、情報を繋ぎ合わせる。
 特に重要と思われる情報を確認し合った後は、事前の手筈通りに村長を巻き込んだ酒宴の準備をすることになった。
 これまでの調査内容を考えると、村長は明らかに黒である。
 彼を酔い潰し、その隙を利用して疑わしいポイントを捜索することが出来れば一気に真相へと近づくはずだ。それがリンカーたちの計画だった。

 ――そして、あっという間に夜がやって来た。

●夜闇の嘘
 賑やかな空気に包まれた食卓。
 テーブルには所狭しと豪勢な料理が並べられ、リンカーたちは陽気に酒を酌み交わしていた。
「ほう! グラッパも良いですが、こちらも香りが深くて良い酒ですな。なんという酒です?」
『九龍仲謀つってなぁ。中国でしか手に入らない紹興酒なんだぜ』
 カールが用意しておいた『九龍仲謀』を勧めると、村長は見るからに上機嫌な様子で声をあげた。
『せっかくの宴会だ。どんどん飲んでくれよな』
 カイが高級な酒を差し出すと、村長は赤ら顔をさらに赤らめてぐびぐびと酒を煽っていく。
「おおう! これは! 良いですなぁ、良いですなぁ」
 そんな様子を他のリンカーたちは冷静に眺めていた。
「人が失踪しているというのに……呑気なものだな」
『……聞こ、えるよ……?』
「問題ない。あの調子ならすぐに潰れるだろう」
 ちょびちょびと料理をつまんでいるアリスにリアンが肩をすくめる。
「私たちもすぐに動ける準備をしておきましょう」
『翼様……先に周囲の警戒を……?』
「そうですね……お願いします」
 そうして、全ては事前の目論見通りに進んだ。
 呂律の回らない口調で意味不明の言葉を叫んだかと思うと、村長は何の前触れもなくその場にバタリと倒れた。
「……睡眠薬が効きすぎたか?」
『ま、死にはしないっしょ』
 レイの仕込んだ睡眠薬の効果は覿面だったようだ。
『よし。今の内にシスターの本格的な捜索に入ろう』
 カイの言葉を合図にして、リンカーたちが一斉に立ち上がる。
 酒宴の楽しい空気は一瞬にして消え失せ、全員が真剣な表情で頷いた。

 先の見えない暗闇が広がった山中。辺りから鳥や虫たちの鳴き声だけがいやに響いている。
「なるほど。確かに人の踏み入った形跡があるな」
『一人や二人の足跡じゃない。大きさから見ても大人のものだろうね』
 酒宴から抜け出した一同よりも先に単独で動いていたのは、バルタサールと紫苑だった。
 二人は懐柔した子どもたちから訊きだした情報を元に、聖域とされる山の捜索を行っていたのだ。
 バルタサールが歩を進めながら辺りを注意深く観察していると、
「……誰か、いる」
『!』
 身を伏せながら木陰に隠れる。
 木々の生い茂る山の中腹にぼんやりとした灯りが二つ浮かんでいた。
「もういやだ。こんなこと、いつまで続ければ」
「んなこと言ってもよぉ。俺たちにゃどうしようもねえだろ」
「くそっ。せめてあの人だけでも……」
 小さく聞こえてくる会話に耳を澄ませながら、バルタサールと紫苑は無言のまま共鳴を果たした。
 気配を絶つように灯りへと近付くと、そこに立っていた男を背後から拘束。もう一人の男に向かって銃を突きつける。見事な早業だった。
「なっ!?」
「よう。こんなところで奇遇だな」
 暗闇から現れた突然の闖入者は、この状況に似つかわしくない柔らかな笑みを浮かべた。
「話、訊かせてもらっていいかな?」

 月明かりに照らされた教会。辺りに漂う空気は重苦しい。
「扉は……閉まってる、か」
 レイが舌打ちをする。
「中には誰も居ない? 明かりは点いてないけど」
『人の気配はない。忍び込む?』
 Aliceがピッキング用のツールを見せると、すでに共鳴を済ませていたリアンが静かに囁いた。
「壊すわけにもいかねぇしな。俺が見張りをやろう。誰か来たらすぐに知らせる」
『……わかった』
 扉に近付いたAliceは鍵穴にツールを差し込むと、わずか十秒足らずで扉を開けた。
『開いた』
『はやっ!?』
 大袈裟に驚くカールを余所に、気配を殺しながらアリスは教会の中へと侵入する。
 中は薄暗かった。頭上のステンドグラスから光の線が射し込んでいる。
 長椅子の間を通り抜けて祭壇の近くまで進むと、何処からか妙に冷たい空気が流れ込んでくるのがわかった。
「……暗くてよく見えないが、地下からライヴスが流れている……」
 ライヴスゴーグルをかけたレイの視界は、微量だが煙状のライヴスを確かに捉えていた。
「地下、ね。ビンゴかな」
『あからさまに怪しい』
 地下に続く扉を開き、奥へと進む。
 黴臭い空気に混じって、何かが腐ったような匂いが鼻をついた。
「……これは、棺か?」
 無造作に置かれた複数の長方形。嫌な予感と共にレイがそれに手をかける。
 と、そのとき――背後から足音が響いた。
「おやおや。こんな夜更けに……一体、何をしていらっしゃるのかな」
 暗闇から姿を現したのは、真っ黒なコートに身を包んだ神父だった。
 その顔に張り付けられた表情を見た瞬間、アリスとレイは本能的な敵意を感じて素早く距離を取る。
「……いつの間に」
『やあやあ、神父さん。勝手に入ったのは謝るよ。だけどこっちにもちゃんとした理由が――』
 バアンッ!
 神父の振るった斧が石壁の一部を吹き飛ばす。
「困った人たちですね。ここには、何もないと言ったのに。……そう、この村には何もない。何もないんですよ?」
 それは笑顔だった。いつもと変わらない笑顔。
 しかし、それが神父の偽りの顔であり、普通の人間には理解し難い感情によって表出した、彼の邪悪な本性であることが今はすぐにわかった。
「共鳴」
『共鳴』
 赤と黒のアリスは視線を交わし、お互いの掌を重ね合わせる。
 幻想蝶の輝きと共に、現実は陽炎のように歪み、やがて真紅の少女が顕現する。
「あなたが嘘つきだということはわかっていた。わたしと同じだから」
「おかしなことをおっしゃいますな。ここは神の国ですよ? そして私は紛れもない神の信徒だ。嘘偽りなど決して申しませんとも」
 一つとなった二人のアリスが、神の国に隠された罪を暴く。
「神の国なんてものはない。すべてはあなたの作り出した嘘。くだらない御伽話は――もう、おしまい」
 薄闇を打ち払うように光が弾ける。
「はははははははっ!」
 神父が目を見開いて――狂ったように笑った。

●秘密の国
 夜闇の中。日中に目星をつけておいたポイントの捜索を続けていたカイたちは、多くの時間を要さずにそれを発見することが出来た。
『読みが正しければ、この先は地下水路に繋がってるはずだ』
 木々と岩場の間に覆い隠されるようにして広がっていたのは、巨大な横穴だった。近付くと奥からは冷たい空気が漂ってくる。
「シスターが捕らえられているとすれば、ここに居る可能性が高いですね」
「一刻も早く、突入しましょう」
「殿は任せてください。背後から挟み撃ちなんて最悪ですからねえ」
『よし。皆、準備が出来たら行くぞ』
 カイを先頭にして、一同は横穴の中に入っていく。
 辺りに広がるのは圧迫感のある岩壁だけ。進むにつれて足場の傾斜は急になっていく。
『……水の音がするな。そう遠くなさそうだ』
 それから五分ほど進んだところで、一気に拓けた空間に出た。
「村の地下にこんな場所が……」
 そこはやはり水路のようだった。地面には古びた石畳が敷かれ、その道が明らかに人の手によって造られたものであることがわかる。
「分かれ道……ですね」
『……二手に分かれるべきか』
「危険では?」
 二股に分かれた道を前にして、一同が立ち止まっていると。
 横幅の狭い細道から誰かがやって来る気配がした。
「!」
 咄嗟に距離を取り、戦闘態勢に入るリンカーたち。
 しかし、そこから現れたのは――
「ひいっ!」
「なんだお前らっ!?」
「……ほう。どうやら嘘はついていなかったみたいだな」
 すっかり生気を失った顔をした二人の村人と、その後頭部に銃を突きつけながら愉快そうに笑うバルタサールだった。

 従順な村人の案内もあり、地下水路に捕らえられていたシスターはあっさりと発見された。
 水路の中に造られた作業部屋。その片隅で椅子に腰掛けていたシスターはやや憔悴した様子で頭を下げる。
「主と皆様に感謝を。そして、私の信仰が及ばなかったことに謝罪を」
「そのまま。無理をなさらないでください」
 介抱するように静がケアレイで身体を癒やすと再び頭を下げる。
 そしてシスターは自らの失踪の経緯について語りだした。
「あの日、私は井戸の調査へ向かいました。以前、何やら底の方で人の話し声が聞こえたことがあったのです。それを不思議に思って詳しく調べましたところ、井戸に横穴が空いているのに気が付きまして……」
 それは地下水路から無数に繋がる細道の一つだったのだ。
 聡明な彼女はそこから地下水路の存在を知ってしまい、教会の資料などから神父と村長が隠匿していた村の秘密に辿り着いてしまったという。
「神父様は敏い方です。すぐにお気付きになられたのでしょうね。教会で調べ物をしていましたら、急に意識を失いまして……気付けばこの場所に囚われていました」
「お、俺たちは村長に命令されてただけなんだっ!」
「そうなんだよ! シスターだって今までの奴らみたいに本当なら消されてたはずなんだぜ!? けど俺たちが必死で匿ったから……!」
 村人の不穏な言葉にカイが眉をしかめる。
『お前らの言い訳は後で聞く。それよりも、村の連中がここを隠してた理由ってのは……あれだな?』
 地下に広がった空間。そこは粗雑な採掘現場のようだった。
 周囲の壁や地面からは淡くライヴスの光が輝いている。
 リンカーたちには一目でわかった。剥き出しになったそれらが多量のライヴスを含む――自然の『霊石』であることが。
「国が認知していない霊石ですか。彼らはこれを売り飛ばして私腹を肥やしていたわけですねえ」
 石ころを拾い上げた菊次郎の目にも、それは中々に上質な石であるように映った。
 霊石はライヴスの触媒として極めて有益な特殊鉱石である。それ故に高値で取引されることが多い。この寂れた村には過ぎたる財宝といえるだろう。
「……こっちは、貯蔵庫にもなってたみたいですね。まだまだ沢山ありますよ……」
「悪くないビジネスだ。……ま、俺ならもっと上手くやるがね」
『何にせよこれだけ証拠が揃ってりゃ十分だ。とっとと黒幕共を捕まえに行くか』
 カイがそう言ったかと思うと、ほぼ同時のタイミングで通信が入る。
『……なに?』
 その場にいた一同が、顔を見合わせる。
『村長と神父が殺されそうだぁ? なんだそりゃ』

●神の国は消ゆ
 夜の帳が下りた村の中を無数の灯火が行進していた。
 まるで今まで溜め込んできた怒りの如く、勢い良く炎の群れが揺れる。
「村長を引きずり出せ!」
 その正体は松明を手に持った村人たち。先頭に立っていたのはブルーノだ。
 彼の指示によって統率された村人たちは、瞬く間に村長宅を制圧した。そのまま、呑気に眠りこけていた村長を一気呵成に引きずり出した。
「な、な、なんのつもりだぁ……おまえ、たち……!」
 目を白黒させる村長の首根っこを掴まえると、ブルーノは叫ぶ。
「話は全て聞かせてもらった。アンタは……いや、この村はもう終わりだ!」
「何を言っている!?」
 そこへやって来たのは、アリスだ。その手には何かをずるずると引きずっている。
「この男が全て吐いたよ。信じられないくらい弱かった」
 その後ろから、レイとカールが複雑な顔でやって来る。
「……悪党ながら不憫だったな」
『アリスってば容赦なさすぎだぜ。マジカッケーっす』
 村長の前にぽいと放り投げられる気絶した神父。
「し、神父様……!?」
 内包した狂気こそ常人離れしていた神父だったが、どこまでいっても彼はただの人間であった。
 H.O.P.E.のエージェントであり、正真正銘のリンカーであるアリスとレイに真っ向勝負で敵うはずもない。
 即座に戦闘能力を奪われ、丁寧な"話し合い"によって、彼はあっさりと今まで犯してきた罪を告白したのだった。
「俺たちは、この村に生まれた奴らは……今までずっと、こいつらに利用されてきたんだ! 絶対に許せねえ!」
 ブルーノの叫びに呼応する村人たち。
「俺たちの仲間を……シスターを……こいつらは! この罪はこの村の罪! 俺たちの罪だ! 俺たち自身が償わなきゃなんねえ!」
「や、やめろ! 本気か!? ブ、ブルーノ!」
 農具や武器を手に持った村人たちが、村長と神父を取り囲む。その怒りは本物だ。このままでは、彼らは確実に二人を手にかけてしまうだろう。
「待ってくれ。まだ全てが明らかになったわけじゃない。真実を知るためにも、この二人は警察に引き渡すべきだ」
「それに、彼らを手にかけたら……あなた達も同罪になる」
 レイとアリスの言葉は正論だった。
 しかし、頭に血が昇った村人たちに止まる気配はない。
『おいおい、ヤバくない?』
「……止むを得ない、か」
 一触即発の空気。
 それを打ち破ったのは――凛とした女性の声だった。
「皆様! お止めください!」
 その姿を見た村人たちに動揺が走る。
「私は無事です! これ以上、誰も悲しい罪を犯さないでください!」
 そこに立っていたのは紛れもなく、失踪していたはずのシスターだった。
「シスター!?」
「ご無事で!」
「あぁ、神様!」
 少し離れた場所で状況を伺っていたリアンが静かに息を吐いた。
 尋常ではない村人たちの樣子を見て、すぐさまカイに連絡を送ったのは正解だったらしい。
「ひやひやしたぜ、まったく」
『……間に合って、よかった……』
 毅然とした態度のまま、シスターが村長に歩み寄る。
「シ、シスター……!」
「貴方の罪を告白なさい」
「わた、私は……!」
 シスターは厳かに胸の前で十字を切った。
「神は全てを見ていらっしゃいます。貴方の罪を――告白なさい」
 有無を言わせないシスターの言葉に、村長は愕然と地に伏せる。
 その姿はまさに、神の裁きを受ける前の――哀れな子羊のようだった。

 一夜明けて。
 H.O.P.E.からの通報を受けて本格的な捜査にやって来た地元警察は、事件に関わりがあったとされる村人たちを即座に連行していった。
 今回の調査で明らかになった地下水路の作業場の存在や、拉致監禁されていたシスターの証言等も大きかったが、決め手となったのは教会の地下に安置されていた複数の身元不明遺体だった。
 彼らは霊石の存在を知った二十年ほど前からこの裏稼業を始めており、これまでに幾度となく、口封じを目的とした許されざる犯行を重ねていたらしい。神隠しの正体とは、彼らの悪行そのものであったわけである。
「本当に情けねえ。……俺がもっと早く勇気を持っていれば」
 真相を知って項垂れたのはブルーノだ。
 人生にもしもはない。しかし、失われてしまった命のことを想うと。ブルーノはそれを考えざるを得なかったのだ。
「人とは罪を犯すものです。誰しもが罪を抱えている。だからこそ本当に大切なのは、それを悔い改めること。私はそう信じています」
「あぁ……そうかも、しれねえな」
 シスターは優しい微笑みを浮かべた。
「ブルーノさん。これからは貴方が皆を導くべきです」
「え? 俺が……皆を……?」
「ええ」
「でもよぉ……」
「私もこの村に残りますから」
 ブルーノはその言葉に驚いた。着任早々こんな事件に巻き込まれたのだ。彼女はすぐにでも都会に帰ってしまうと思っていたのだが。
「……いいのか?」
「はい。私に出来ることがあれば、いつでもお手伝い致します」
「そうか。……そうだな」
 遠巻きに二人を眺めていた村人たちに手を振りながら、ブルーノは感慨深げに呟いた。
「これも神の思し召し……ってやつかもしれねえな」

結果

シナリオ成功度 大成功

MVP一覧

  • 革めゆく少女
    御童 紗希aa0339
  • 愚神を追う者
    石井 菊次郎aa0866
  • 紅の炎
    アリスaa1651

重体一覧

参加者

  • 革めゆく少女
    御童 紗希aa0339
    人間|16才|女性|命中
  • アサルト
    カイ アルブレヒツベルガーaa0339hero001
    英雄|35才|男性|ドレ
  • Sound Holic
    レイaa0632
    人間|20才|男性|回避
  • 本領発揮
    カール シェーンハイドaa0632hero001
    英雄|23才|男性|ジャ
  • 愚神を追う者
    石井 菊次郎aa0866
    人間|25才|男性|命中
  • パスファインダー
    テミスaa0866hero001
    英雄|18才|女性|ソフィ
  • 紅の炎
    アリスaa1651
    人間|14才|女性|攻撃
  • 双極『黒紅』
    Aliceaa1651hero001
    英雄|14才|女性|ソフィ
  • Trifolium
    バルタサール・デル・レイaa4199
    人間|48才|男性|攻撃
  • Aster
    紫苑aa4199hero001
    英雄|24才|男性|ジャ
  • エージェント
    荒々木 静aa5190
    機械|25才|女性|生命
  • 私がロリ少女だ!
    絢香aa5190hero001
    英雄|14才|女性|バト
  • 口の悪い英国紳士
    リアン ベルシュタインaa5349
    人間|19才|男性|命中
  • 狂気の国の少女
    アリスaa5349hero001
    英雄|10才|女性|カオ
  • リンカー先生
    九重 翼aa5375
    獣人|18才|男性|回避
  • エージェント
    樹々中 葉子aa5375hero001
    英雄|23才|女性|ドレ
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