本部

砂塵に潜むもの

長男

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2017/08/19 18:31

掲示板

オープニング

●砂がくれの魔獣
 乾いた砂の焼ける風が吹く道路をトラックが走っている。荷台の覆いをめくり幼い子どもがむき出しの不毛を眺めていた。荷台の中には両親や何人もの大人がいて、同じだけ人間を積んだ車が前に何台も走っていた。
 まず爆発の音が、次に急ブレーキの衝撃が車内の乗客を転がした。悲鳴が聞こえ、人々は車の外へ出た。
 人間を運ぶトラックよりもはるかに巨大なサソリが先頭の車を踏みつけていた。車は潰れ、逃げ惑う人々の体がハサミにちぎられ、あるいは肉食の口元へ運ばれた。
 恐怖と混乱が弾け、車を捨てて道を戻ろうとする人の波は、更なる絶望を目にした。道の反対側にもサソリの悪魔がいて、先端だけで牛ほどもある尻尾で人間を貫いていた。
 不快に這う鳴き声が前後から押し寄せた。何人かは道路を飛び出して砂漠を走り回り、何人かは他の人間が犠牲になっている間に下をくぐり抜けて逃れようとした。
 結局、この日この道路から生きて街へ戻ったものはいなかった。

●死守すべき生命線
「砂漠の街を繋ぐ道路に従魔が出没するとのことです」
 暑い時分に暑い場所で恐縮ですが、と職員は真顔で述べた。
「巨大なサソリ型の従魔です。普段は道路のそばで砂の中に待ち伏せ、人間を乗せた車などが通ると姿を現して襲いかかるとのことです。目撃情報のあった箇所の周辺を調査し、見つけ次第これを撃破してください」
 今回は現地で乗り物を貸してもらえるらしい。日光や気温の対策も必要かもしれない。乗り物の利用の判断も含めて、調査の準備と実施は現場に委ねられることになるだろう。
「クリエイティブイヤーが起きた今でも、砂漠の貧しい国では水や食料、医者などの援助が必要です。今回はそのライフラインが狙われています。無人の荒野に敷かれた道路ですが、実際には何人もの命を支えているのです。確実に成功させ、砂漠の人々を救ってくださいね」
 熱中症にはくれぐれもお気をつけて。職員は会話を締めくくった。

解説

●目的
 すべての従魔の撃破。

●場所
 砂漠を通る長い道路。広大な荒野の中心にアスファルトの道が整備されている。街と街の間は数十kmほどあり、従魔はその道路の中央付近で道路脇の地中に潜っている。
 熱や日光を浴び続けると、一定時間ごとに減退にかかっているかのように生命力が少し減少する。スキルや装備などを工夫すれば減少の軽減や無力化が出来るかもしれない。

●乗り物
 いずれの乗り物も、攻撃を受けるなどの理由で破壊される可能性がある。
 ・自動車
  乾燥地帯の走行に適した乗用車。四人乗りで、二台まで借りられる。車内にいる間は熱による生命力の減少が無効になる。
 ・ラクダ
  乗用に調教された大型のラクダ。二人乗りで、英雄を除く参加者の人数分まで借りられる。移動速度は自動車より少し遅い。ラクダに乗っている間は潜伏している相手を発見しやすくなる。

●従魔
 デクリオ級。黒っぽい砂色をした巨大なサソリ型の従魔。
 物理防御が高い。
 二体出現する。道路のすぐそばの地中に潜伏していて、近くを通りかかった人間を攻撃する。
 ・鋏拘束
  近接単体物理攻撃。命中した相手にBS:拘束を付与する。
 ・酸噴出
  短射程単体物理攻撃。命中した相手に軽度のBS:劣化(物理防御)を付与する。
 ・致死の尾棘
  近接単体物理攻撃。低命中高威力。命中した相手に重度のBS:減退を付与する。すでに何らかのBSを受けている相手に対してこの攻撃が命中したなら、威力が大きく増加する。

リプレイ

●果てなき灼熱の地
「暑い!」
 テントの外へ出るなり志賀谷 京子(aa0150)はうんざりと叫んだ。砂漠の空気は呼吸さえも苦痛を伴うほど高温に渇き、風ですら熱を帯びていた。
『夜になれば涼しくなりますよ』
「涼しくなるどころじゃすまないじゃない……」
 彼女たちは陽の出ているうちに仕事を完遂するつもりであった。アリッサ ラウティオラ(aa0150hero001)の冗談を現実にするほど時間をかけるつもりはない。
 出発地点に設けられたキャンプでは、すでに作戦の参加者が出立の準備のため集まっていた。テントのそばで一台の物々しいバギーカーが砂に打たれている。井戸の周りでは手綱に引かれたラクダの群れが桶に顔を突っ込んで水を飲み、それらの周囲でエージェントたちが各々の時間を過ごしていた。
『従魔が現れたのは偶然なのでしょうか? 商隊が全滅したなら逃がさない知恵があるように思えますね……』
 辺是 落児(aa0281)がラクダに必要な荷物を積んでいる間、構築の魔女(aa0281hero001)は上空から撮影された道路の写真と覚え書きのある地図を眺めていた。それらはどちらも目印に乏しく、いっぱいに砂をまいた絵のように思えた。
「道は一本でも、あまり地図に頼りすぎないようにしてください。砂漠の砂は常に動いています。どんなに大きな残骸でも三日あれば埋もれてしまうでしょう」
 ラクダの綱を握る男が言った。彼は現地の協力者のひとりで、彼女たちにラクダを提供してくれていた。
「短い時間の付き合いだがこれも縁。無事に帰すから頼むぞ」
 荒木 拓海(aa1049)がラクダの背を撫でている。彼らはまだ水飲みに夢中で、慣れない手のひらにもおとなしくしていた。この生きた乗り物を預かる責任感は、メリッサ インガルズ(aa1049hero001)も同じく感じていた。
『この子達は、驚いて逃げるとか……もしもの時、ここへ帰って来れますか?』
「帰って来られるかはわかりませんが、簡単に逃げ出すことはないでしょう。今回用意したのは砂漠の騎兵隊が戦闘用に使うラクダですから。銃撃戦が起きたくらいの騒ぎでも取り乱したりしません」
「騎兵隊? そりゃすごい! あなたが育てたんですか?」
「……このラクダを鍛えたのは兄です。軍用から商用まで、砂漠をふたつ越えた辺りの地域まで兄のラクダは活躍していました。ある日、自分の育てたラクダの出産に立ち会うとキャラバンの車に同乗して砂漠へ立ち、それきりです」
 男は淡々と身の上を話し、その冷静さには諦めの色があった。別のラクダの隣で話を聞いていた皆月 若葉(aa0778)は目をつぶって顔を伏せ、ピピ・ストレッロ(aa0788hero002)が心配そうに横顔を覗き込んだ。
「こんなに沢山の人が……」
『これ以上、誰かが傷つく前になんとかしようよ』
「もちろん。そのために俺達はここまで来たんだ」
 月影 飛翔(aa0224)が仲間へ手を振ると、指の間で車の鍵が光った。彼の後ろから九字原 昂(aa0919)とベルフ(aa0919hero001)が続ける。
「ピンポイントに主要道路を抑えられるのは、死活問題どころじゃないね」
『迂回なんてできるような場所じゃないからな』
「でも逆に言えば、居場所が判ってる分対処は楽かな」
「そういうことだな。さあ、そろそろ出発の時間だ」
 車へ向かうと、ルビナス フローリア(aa0224hero001)が運転席の脇で待っていた。飛翔は乗る前にラクダのほうへ振り返った。それらは今や自由な乗騎となり、英雄たちを背中へ乗せて放たれたがっていた。
「ラクダの人は疲れを感じたらすぐに報告を。無理はせずに交代で進んでいこう」
『車内に飲み物や食べ物を用意していますので、皆様自由に食べてください』
 車は四人乗りなので、乗車するものは共鳴しなければならなかった。男は車のほうを向いて作業を止めた、そしてそれが失礼だとわかっていても聞かずにはいられなかった。
「お嬢さん、あなたがたも戦うのですか」
 アリス(aa1651)とAlice(aa1651hero001)は同時に振り向いた。赤と黒の双子のような娘は手を繋いで冷ややかに言った。
『もちろん。エージェントだから。それに』
 砂漠の陽炎と異なる視界の歪みが起こり、少女は共鳴してひとつとなった。鏡の国から現れたひとりのアリスがその続きを答えた。
「これはオーダーだから」
 車のドアが閉まり、エンジンが回った。助手席から昴の腕が伸び、裾の上には一羽の鷹が止まっていた。車の横から正しく拍車をかけられたラクダが一斉に駆け出し、飛び立つ鷹がその後を追い越すと、車はゆっくりと騎兵の後を追った。

●不毛地の怪物
「めっちゃ揺れる! 意外と速い! はっはっは!」
 馬ほどの速度でラクダは道路を駆け、拓海は手綱をしっかりと握ってはしゃいだ。彼のラクダはもっとも速度が出て先頭を走っていた。その後ろに京子と魔女のラクダが並び、少し遅れて若葉のラクダが続いた。
「魔女さんとは、前に巨大ガニを相手にしたりもしたね。今回の相手も大きそうだ」
『京子さん、今回もよろしくお願いしますね』
 彼女たちは熱への抵抗を高めるために共鳴し、サンドエフェクトを身につけていた。それは灼熱の砂と太陽がもたらす消耗を慈悲深く防いだ。苛立つ高温から気分が放免されると、京子はこの変わった乗り物の旅を楽しんでいるようであった。
「それにしても、見渡す限り砂だ……些細な変化を見逃さないようにしないと」
 若葉は自分に言い聞かせ、左右の景色と、後方の車を見た。ぴったりついてきている。若葉は再び前を向き、離されすぎないようラクダを急かしながら周囲の警戒に勤めた。

「鷹が車の残骸を見つけました。ほとんど砂に埋もれているようですね」
 しばらく走ってから、助手席の昴が地図を指で辿りながら報告した。被害に遭った車の残骸は貴重な目印だ。地図上での正確な位置の特定には自信がなかったが、鷹の目が見た現実は信頼に値した。
「そこが現場みたいだな。距離は?」
「まだけっこうあります。鷹は目がいいので遠くでも見えるんです。今のところ、ほかに変わったことはないですね」
 異常なし、それは昴にとって少し懸念でもあった。獲物が通れば即座に飛び出す従魔、砂の中に隠れているのだろうが、車を潰すほどの巨体をどうやって隠しているのだろう?
「……あ」
 アリスのつぶやきが昴を黙考から連れ戻し、飛翔がブレーキをかけたことで三人の肉体が揺さぶられた。前方を進むラクダが急にまごついたためである。
「何だ? 敵か?」
「わからない。けど」
 アリスはもうドアに手をかけていた。
「みんないやがってる。なにかを怖がってる」

 まず拓海のラクダが前進に抵抗し、騎兵隊は一斉に静止した。ラクダたちはしわがれた声で砂の陸に向かって鳴き続けた。
「どう、どう。どうしたんだ。何も……見あたらないようだけど」
 若葉はラクダを宥めながら様子を伺った。砂の色や動き、妙な盛り上がり、そのような変化は見られなかった。
 拓海はモスケールを起動した。離れたところではあるが、強い反応がある。
「みんな、ラクダを降りよう。この先に何かがいる」
 サバイバルブランケットやサンドエフェクトを纏った飛翔たちも車を降りてきた。昴が鷹の目で見た車の墓場は砂嵐のすぐ先にあった。
「車はここに駐車しておく。この先で戦闘が起こってもいいように」
「待っててね、すぐやっつけてくるから」
 車の近くへラクダを待たせると一行は歩き出した。砂へ埋もれた不自然な突起物はすぐに視認できた。表出しているのは車両の屋根やつながったままの車輪で、車体の大部分は砂の中で眠っているらしかった。
『一点で待ち伏せしているのか……移動しつつ猟場を変えているのか……』
 魔女は残留した部分を調べたが、目的の作業を行うには車体を掘り起こさなければならないだろう。彼女はそもそもこの埋蔵具合にも懐疑的であった。事故などなかったかのように見せようと従魔が埋めたのだろうか? 道を掃除して、新たな人間が通れるように?
「反応はここだけだ、一匹しかいないのかな?」
「どちらにしろ、今そこにいる敵に対処するべきでしょう」
 その謎について考える暇はなかった。彼らはすでに潜伏している従魔へ先制攻撃するか地上へおびき寄せる作戦を実行しようとしていた。一見そこは何もない砂漠そのものだったが、モスケールの反応は明らかな驚異を訴えていた。
「じゃあ、撃つよ? いいね?」
 京子がライフルを構え、反応の中心点めがけて発砲した。砂が細くめくれる。京子は首を傾げた。海へ石を投げるのと同じであった。
「次は俺だ。もっと派手にいくぞ」
 今度は飛翔がロケット砲を構えた。ライヴスの爆発が砂を抉り、だが地形が変わるほどの衝撃をもってしても敵は姿を現さなかった。魔女のモスケールも拓海のものと同一の反応を示している。レーダーの故障は考えにくい。
「では、僕が囮になりましょう。砂の上を歩いてみます」
「ついていくよ。みんな、従魔が出たらよろしく」
 昴と拓海が囮を申し出た。仲間たちは頷き、若葉は少し迷って拓海にライヴスミラーをかけた。
「何かあったらこれが守ってくれます。でも、くれぐれも気をつけて」
「ああ、ありがとう」
 二人はモスケールの円の内部へ慎重に進み出た。砂を踏むとつま先と踵が沈み、暑さとは別の嫌な汗が流れた。
 突然、天を貫く砂の柱が立ち上がった。昴は機敏に飛び退き、拓海はライヴスミラーが衝撃を跳ね返すも突き上げる大地と足下を共にして投げ出された。
「獲物がかかりましたね」
「出たな、拓海はそのまま走り抜けろ」
 砂の雨が降り、帳の奥から蠍の従魔が現れた。暗い殻に覆われた砂漠の獣は、鋏を広げて尾を振り上げ、引きずる虫の鳴き声で舌なめずりした。
「みんな、脚を狙って! 接近する人は横か後ろから! わたしは……もう一匹を探しに行くから!」
『では、関節を攻撃していきましょう。まぁ、どこまでサソリと同等かはわかりませんが』
 京子は弱点看破して叫んだ。飛翔は武器を剣に持ち替え、魔女の弾道をなぞって脚に斬りつけた。容易に挫けはしなかったが、そこが物理攻撃に対する急所であることは疑いない。狭い甲殻の隙間、むき出しの関節を狙うのだ。
「両方いればよかったんだけど、まぁこの際待っててもしょうがないよね」
 アリスの手元から幻影蝶が飛び立ち、燃える翼の群体が炎の膜となって従魔を包み込んだ。照りつける砂漠の陽光よりも恐ろしい熱が従魔の外殻を軟化させ、拓海の斧と昴の刀が側面から深い傷を刻みつけた。従魔は口から不快な悪臭に泡立つ液体を吐いたが、攻撃を受けた若葉は自らクリアレイで防具の劣化を防いだ。
「獲物を狩ろうとする瞬間こそが、一番隙のできる時間……だったかな?」
 昴は不敵に外套を脱ぎ捨てた。彼らが優勢であった。
 従魔はおもむろに鋏を砂の地面に打ち付けた。それはみるみるうちに砂の中へ体を滑らせていく。
「そうはさせない!」
「逃げられると思うか!」
 拓海の釣り竿がしなり、飛翔のロケットアンカーが飛び出した。釣り糸と鉤つきの鋼線が尾と脚に絡まり、半ば埋まったままの従魔の露出した尾が暴れた。
「僕も手伝います」
 昴も女郎蜘蛛を絡めて拘束を補強し、三人の男たちはそれぞれの糸を引っ張り続けた。それは狂気の手釣りであった。魔女の銃弾が砂の中でもがき続ける脚を撃ち抜き、アリスは従魔の尾と、攻撃する自分の魔法が糸を切らないよう注意深く小さな爆破を繰り返した。糸を握る彼らの手と指から血が流れ、若葉がそれらをケアレイで癒した。
 そしてついに従魔は地上へ引きずり出され、網にかかった蟹のようにみっともなく仰向けに転がって悶えた。誰もがここを攻めどきと感じたその瞬間、従魔の奥でまたも砂の柱が起こった。
「二匹目だ!」
 健常なもう一匹の従魔を目撃し、拓海はそこで気がついた。これらはモスケールでわかりにくいほど近くに隠れていたか、二匹目は一匹目と地図上で同じ場所のもっと深いところにいたのだ。
『皆さん、新しい敵の足止めはお任せを。先にその弱ったほうを撃破してください』
 決断的な素早さで魔女は新たな従魔にテレポートショットを浴びせて牽制した。それは蠍の目と思われる場所を叩き、反対の目も別の銃弾が攻撃していた。京子である。
「やっと見つけた。魔女さん、お手伝いするよ」
『ええ。さて、向こうが片付くまできっちり勤めを果たしましょうか』
 従魔が鋏で口元を覆った。京子はこれが先ほどの酸噴出の予備動作だと感づき、回避と反撃に備えた。
「さあ、撃ってきなさい。逆にその口の中を撃ち抜いて……」
 蠍は胴を引っ込めて尾を突き出すと、口から出たものと似た毒液を上から振りかけた。京子は反撃どころか避けきれず苦悶の声を漏らした。ちょっと、そっちからも出てくるなんて聞いてない。
 京子を助けるべく攻撃を続けながら、魔女は一瞬だけ仲間のほうを振り返った。昴のジェミニストライクと拓海の疾風怒濤が従魔の脚を関節から逆向きにねじ切り、飛翔の剣とアリスの炎が頭部を割って焼き焦がしていた。
「あっちは片付きそうです、大丈夫ですか」
 死にゆく従魔に背を向けて若葉が京子にケアレイをかけた。従魔は魔女に目もくれず、負傷した京子を執拗に追い回していた。
「な、なんでこっちばっかり……きゃあ!」
 京子が従魔の鋏に囚われた。怪力の圧迫を受けて骨身が軋み、京子は嫌な咳をさせられた。
『京子さんを離しなさい!』
 魔女はシャープポジショニングを合わせて鋏の可動部をストライクした。かきむしる悲鳴が響き、だが従魔は京子を離さなかった。猛毒の尾が致死性の液体を滴らせ、京子の額に死が迫った。
「その厄介な攻撃を潰す」
 仕事を終えた飛翔が尾に飛びかかり、疾風怒濤の3連撃で尾を押し返した。尾の装甲は硬く、だが同じ箇所へ作られた切れ込みに昴と拓海が追撃の剣閃を滑らせると切断され、のたうつ傷口から体液が撒き散らされた。
「よくも……やってくれたじゃない! お返しよ!」
 京子は鋏に捕まれたまま従魔の口に拳銃を乱射し、激痛に耐えきれず従魔は京子を取り落とした。再び獲物を狙って振り上げた鋏は、アリスの霊力浸透がかかった攻撃を受け、ちぎれて吹き飛び砂に刺さった。
「大きいとはいえ蠍。構造は普通のと変わらない……どう捻れば壊せるのかも、同じだね」
 片方の鋏と尾を失い、それでもこの二匹目は残った鋏で攻撃的な姿勢をとった。鋏を失い防御の叶わない脚に京子と魔女がテレポートショットを撃ち込み、昴が女郎蜘蛛で縛り上げると、拓海の斧は難なく関節を叩き折った。逃走も逆襲も叶わぬ哀れな従魔にとどめを刺すべく、飛翔は助走をつけて切り落とされた鋏を踏み台にすると従魔の頭上へ飛び上がった。
「これで終わらせる、潰れろ!」
 チャージラッシュ、トップギア、それに落下の勢いを乗せた疾風怒濤が頭部の装甲を粉々に砕いた。従魔は絶命の間際に泡を吹き、なおも持ち上がった鋏を震わせていた。
「これで、終わり。オーダークリアね」
 アリスの炎がひしゃげた頭部に覆い被さると、それは鋏と尾と脚を投げ出して腹ばいに倒れた。従魔の体液が毒々しい煙を上げて燃えるのを彼らはしばし眺めた。

●残された集落
 原始的な土の家が並び立つ村が道の突端で彼らを待っていた。村人たちは外の砂漠から人がやってくること自体に驚いた様子であった。彼らは労いと、砂漠の悪鬼が退けられた報告への喜びを口々に語り、村長を名乗る人物が現れ諫めるまで騒ぎは続いた。
「あなた方があの悪魔を倒してくださったと。ああ、ありがたいことです」

 若葉とピピ、それに飛翔とルビナスは犠牲者の碑に案内を頼んだ。遺体は残っていない野晒しで形だけの霊廟だったが、若葉とピピは黙祷を捧げ、飛翔は現場に添えたのと同じ花を手向けた。
「そうですか、車ごと砂に……いえ、遺物はもとよりあれを倒してもらえただけでもよかった。恥ずかしい話ですが、この村ではラクダに飲ませる水さえも貴重なのです。助けてもらえなければ、遅かれ速かれ我々はみな滅ぼされていたでしょうから」
「一般人でも可能な対策……と、言い切っていいのかわかりませんが、俺達はラクダのおかげで従魔を発見できました。移動するときは、車よりラクダに頼るのがいいと思います」
「ほう、ラクダが。わかりました、この村にも少々のラクダが残っています。次からはそれを使うことにしましょう」
 吉報にも関わらず村長の表情は浮かばれなかった。驚異が去ってなお恐怖はぬぐいきれず、交通の断絶による医療の不足に起因するものも含めて悼み尽くせぬほどの死者も出ていた。
「あの……暫くはこの道を通るのに不安だと思うので可能なら短期間でも護衛したいのですが。水を運ぶとかでも構いません」
 村長は若葉の提案を聞き、ただ目を見開くばかりだった。若葉の隣でもピピがぴょんぴょん飛び跳ねて同じことを訴えた。
『この道路使えないとみんな困るんだよね?』
「失われた命は戻らないけど……同じ事が起こらないように俺ができる事をしたいんです」
 丸くなった目が落ち着きを取り戻し、悲しみと、そして優しさに触れた安堵が村長の目の皺に満ちた。村長は口を開いた。
「ありがとうございます。しかし、この村は貧しく、お礼になる価値のあるものは何も差し出せません。それに、あなたがたの力はきっと他の国でも必要なはずです。これ以上の助けを我々は望みません」
「そんな……でも……」
「ですが、もし、もうしばらく我々の道を守ってくださるならば、どうかこの村を出て街へ帰る間、商人や病人を乗せた車やラクダを送り届けてはくださいませんか。獣に道を塞がれ立ち往生していたものもいます。彼らが街へ帰るまでは、どうか」
 若葉たちは目を輝かせ、飛翔とルビナスに同意を求めて振り返った。彼らもまた二つ返事で頷いた。
「俺達ができる支援は、花を添えて祈ることくらいだ。でも、帰るついでにもう一仕事くらいしてもいいんじゃないか」
『言葉を選ぶのが下手ですね。格好つけず、もっと素直に任せろと言えばいいのです。実支援は元々の国や地域の人々に任せるとして、我々にできるご奉仕でしたら、何なりと』
「……はい! 村長さん、任せてください。きっと無事に送り届けます!」
「おお、それを聞くばかりです。もうすぐ日も暮れます、何もない村ですが、ごゆっくりお休みください」

 貧しい街並みへ戻る途中、拓海と魔女がラクダに乗って歩いていた。二人は街へ着いてすぐ再び砂漠へ戻り、他の従魔や道路の損壊などについて調べていた。
「やあ、みんな。ただいま」
『村長さん、ちょうどよかった。探しに行こうと思っていたところでした』
 二人はラクダを降りて共鳴を解いた。落児は二頭のラクダを引いて宿舎へ連れて行き、メリッサは拓海のそばへ残った。
「ラクダとモスケールで周りの砂漠を調査しました。少なくとも他の従魔は見つかっていません。今、この道路は安全です」
「そうですか。それはよかった」
『道路そのものの損壊も軽微なものです。ただ、戦闘のあった場所だけは少しアスファルトが破損しているようですから、なるべく修理したほうがいいかもしれません』
「わかりました。時間はかかるかもしれませんが、そう依頼しておきましょう」
『これは暗い話かもしれませんが、今回の従魔は知能も高く、ひょっとしたら偶然に発生したものではないのかもしれないと思うくらいでした。また何かあったら、すぐにHOPEや、HOPEへ連なる組織へ連絡してください』
「はい、そのようにしましょう。我々も、あんなものに怯えて暮らすのは嫌ですから」
 拓海は街の外の砂漠を、平和を取り戻した砂の大地を眺めた。砂の輪郭は風に流れてぼやけ、今来た道さえ朧気に霞んだ。
「これだけ広い砂漠なら隠れ放題。好きに狩ってたんだろうな……」
『従魔だから、純粋に本能で捕食しているのでしょうね。でも、私達も生きたいわ』
「ああ、今回の被害者を最後にして貰う」
 拓海は砂漠に背を向けて歩き出した。メリッサがその隣をついて歩き、歩きながら拓海の服にかかった砂の粒を払った。

『砂漠の一服は……ダメだな。口に砂利が入る。あんまりうまくもねえ』
 建物の壁を風避けに寄りかかって文句を言いながら喫煙するベルフを昴は微笑ましく眺めていた。ベルフの肩越しに馬宿めいた小屋が見え、彼らのラクダもそこに繋がれていた。建物の端にアリスとAliceがいて、ラクダが餌の干し草をほおばるのをぼんやりと見つめていた。
「無事に終わってよかったね。みんなちゃんと待ってて偉かったよ」
『ラクダに乗るのって乗馬みたいでしたね。これでキツネなど狩りに行きたいです』
「狩猟好きだよねえ、アリッサはさ」
 京子とアリッサは食事中のラクダを撫でていた。視界の先で小屋の戸が開き、小さなラクダを抱えた女性が出てきた。
「わっ。あの、それ、ラクダの赤ちゃん?」
「ええ、この間産まれたばかりの子どもですよ。触ってみます?」
 京子はアリッサと顔を見合わせ、その幼い生命へうんと丁寧に触れた。二人の感動が波となって人を呼び、昴と、アリスたちも女性へ近寄った。
「あなたたち、よいラクダに乗ってきましたね。この村のラクダを育てたひとも、それは腕利きのラクダ師だったんですよ。この子が産まれるのを祝いに来る途中で砂漠の悪魔に襲われて、ついに見せてはあげられなかったけれど」
 彼女たちは出発前に聞いたラクダ調教師の兄の話を思い出した。
「だから、ラクダを大事にして、ラクダに乗って仇を討ってくれたあなたたちへ、この子を知ってほしくってねえ。わたしは嬉しいわ、この子の親を育てたあのひとが、無念に囚われて砂漠の亡霊とならずにすむのだから」
「いえ、そんな。僕たちはできる事をしただけです」
「……ねえ、わたしも触っていい?」
「もちろん。優しくしてあげてね」
 アリスはそっと仔ラクダに手を伸ばした。魔法の炎に慣れた手のひらにも弱々しく不思議で完璧なぬくもりが強く感じられた。
 ラクダの仔が鳴き、他の仲間たちも誘われるように集まってきた。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • 『星』を追う者
    月影 飛翔aa0224

  • 九字原 昂aa0919
  • 苦悩と覚悟に寄り添い前へ
    荒木 拓海aa1049

重体一覧

参加者

  • 双頭の鶇
    志賀谷 京子aa0150
    人間|18才|女性|命中
  • アストレア
    アリッサ ラウティオラaa0150hero001
    英雄|21才|女性|ジャ
  • 『星』を追う者
    月影 飛翔aa0224
    人間|20才|男性|攻撃
  • 『星』を追う者
    ルビナス フローリアaa0224hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • 誓約のはらから
    辺是 落児aa0281
    機械|24才|男性|命中
  • 共鳴する弾丸
    構築の魔女aa0281hero001
    英雄|26才|女性|ジャ
  • 共に歩みだす
    皆月 若葉aa0778
    人間|20才|男性|命中
  • 大切がいっぱい
    ピピ・ストレッロaa0778hero002
    英雄|10才|?|バト
  • 愚神を追う者
    石井 菊次郎aa0866
    人間|25才|男性|命中
  • パスファインダー
    テミスaa0866hero001
    英雄|18才|女性|ソフィ

  • 九字原 昂aa0919
    人間|20才|男性|回避

  • ベルフaa0919hero001
    英雄|25才|男性|シャド
  • 苦悩と覚悟に寄り添い前へ
    荒木 拓海aa1049
    人間|28才|男性|防御
  • 未来を導き得る者
    メリッサ インガルズaa1049hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • 紅の炎
    アリスaa1651
    人間|14才|女性|攻撃
  • 双極『黒紅』
    Aliceaa1651hero001
    英雄|14才|女性|ソフィ
前に戻る
ページトップへ戻る