本部

消えた漁村

影絵 企我

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
7人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2017/08/14 15:29

掲示板

オープニング

●静かになる夜

 からん、ころん。

 鉄のカンテラの中で、一欠けの石炭が煌々と光を放つ。フードを目深に被ったそれは、潮風の漂う夜に蠢いていた。右手に一振りの剣を握りしめ、まるで宙から吊るされた操り人形のようにぎこちない仕草でそれは地面を滑っていく。

 からん、ころん。

 その周囲を、青い炎を纏った黒い影が飛び回る。その影が息をする度に、低い声が洩れる。まるで地獄の淵から這い上がってくるかのような声だ。海はさざ波を立て、草木は不穏に揺れ動いた。するとどこからともなく新たな影が闇の中から浮き上がり、周囲を青くうすぼんやりと照らしながら、新たに呪いの歌を始めるのである。暗闇の港が、薄ら青く染め上げられていく。

 一人の酔っ払った男が、塀の影に隠れてそんな光景をじっと見つめていた。この世ならぬ有様を前に、男は全身が石になったかのように動けない。世界蝕が始まって20年も経っているのだ。ただの一般人に過ぎないこの男にも、今まさに目の前に居る存在こそが従魔だの愚神だの呼ばれる世界の脅威だという事は分かる。

 だが、何が出来るというのか。理解出来たところで彼に力は無い。ただただ、この世に舞い降りた暴威に身を任せるしかないのである。

 からん、ころん。

 フードを目深に被った従魔が、影に隠れていた男に気付く。その瞬間、男はいよいよ抗い難い感覚に襲われた。じりじりと足が動く。蒼光に照らされた空間へと、縄で引かれるように導かれていく。黒い影が男の周りで飛び回り、言葉無き呪いの歌を揃って謡い始める。
 男はもう息さえ出来なかった。首吊り台へ、ギロチンへ、薪の山へ押しやられるかのように、彼はただただ、剣を握る従魔の前へと引き出されていく。

 からん、ころん。

 カンテラが鳴る音に合わせ、従魔の前に立った男はその場に跪き、頭を垂れる。剣を持った従魔は男の周りをくるくると廻り、やがて男の真横に陣取り、その刃を高く掲げる。まるで、罪を裁く処刑人の様に。

 からん――

●死神を討て
「させるかぁっ!」
 しかしその時、軍帽を被り藍のストールを靡かせた女が駆け込んできた。刀を素早く抜き放つと、処刑人の従魔に向かって風のように突っ込む。そのままの勢いで見舞った横薙ぎは、振り下ろされた刃を甲高い音と共に弾き返す。女――澪河青藍はさらに一歩踏み出し、男を護るような形で処刑人に対峙する。
「またお前らか! いつもどこから湧いて来やがる!」
 声を荒らげ彼女は刀を構える。彼女は離島の漁村から飛んできたSOSを受け、仲間、即ち君達と共に駆けつけてきたのである。
 先行した彼女を追いかけた君達も、傍まで駆けつけ武器を構えた。処刑人気取りの従魔は剣をぶんと振るい、周囲に死霊を引き寄せ始めた。君達は助けた男の周りで身を固め、死霊達を睨みつけた。
『……青藍、みんな。気を付けてくれ。何だか嫌な空気を感じるんだ』
 ウォルターの苦々しげな声が響く。凍りつくような死霊達の叫びが、再び夜に響き渡った。



 肉を噛み潰し、汁を啜るような音が、暗闇の中で響いている。物置に隠れた少年は、ほとんど息も出来ずに目の前で続く惨劇を見つめていた。黒いローブを纏い、枯れた茨の冠を被り、朽ちた王勺を手にした男が、倒れた少年の母親に覆い被さっていた。

 その肉を、食べていた。
 
 骨をも噛み砕き、床に広がる血だまりさえも啜ると、その男はゆらりと立ち上がって物置の方に振り返る。彼は皺だらけの顔に歪んだ笑みを浮かべると、少年に向けて言い放った。

「貴様は喰わん。まだまだ骨も肉も育つ。若いうちに食べてしまう必要は無いのだ」

解説

メイン リーパー、ゴーストを全て撃破する
サブ 住宅の調査を行う

エネミー
リーパー×1
デクリオ級
〇ステータス
 命中S、物・魔攻A、その他B。空中。
〇攻撃
・魂魄吸収
 物理攻撃。剣で攻撃し、命中した敵に与えたダメージと同じだけ体力を増加させる。
・首狩り
 物理攻撃。射程1sq、周囲1sq全てが対象。命中した場合、減退(1D6)を与える。この攻撃は移動後に行えない。

ゴースト×15
ミーレス級
〇ステータス
 命中B、魔攻・魔防D、その他E。空中。
〇攻撃
・魂魄吸収
 特殊攻撃。自分の前方半径3sq以内の敵へ攻撃する。必中。(10-敵の特殊抵抗)分のダメージを与え、同じ数値分体力を増加させる。障害物貫通。
・呪いの声
 魔法攻撃。射程1-6sq。防御、カバーリング不能。障害物貫通。プレイングで回避可能。

(以下PL情報)
???
屍肉を漁っている愚神。3R経過で離脱する。
脅威度 不明
ステータス 不明
(以上PL情報)

NPC
澪河青藍&ウォルター・ドルイット
概要
H.O.P.E.の中堅エージェント。今回の敵とは何やら因縁があるらしいが……?
ステータス
回避ブレイブナイト58/35
スキル
心眼、守るべき誓い、リンクコントロール/零距離回避

フィールド
▲□□□□★□□□□▲
□■■■■□■■■■□
▲■■■■▲■■■☆▲
(一マス約5×5sq)
□…道路
■…住宅
★…開始地点。リーパー×1、ゴースト×5
▲…ゴースト×2

Tips
・澪河はお助けキャラ。壁が足りない時に使おう。特に指定など無い場合は適当にゴースト1,2体を相手に戦っている。
・どの住宅でも、調査すると床に大きな血のシミが見つかる。生存者は☆で示した住宅の押入れに一人だけいる。
・▲で示したゴーストは常にリーパーの方へ向かって動いている。
・開始後☆へ全力で向かえば???と遭遇する事は出来る。ただし非常に危険なので推奨しない。
・ゴーストとリーパーが光源になっているので暗くはない。

リプレイ

●暗夜の歌
「さァて、深夜のお化け退治、と参りますかねぇーえ? クク……」
 紫煙を燻らせながら、火蛾魅 塵(aa5095)は群れ集う死霊を見据える。口では享楽主義を押し出すが、その眼は暗い炎を宿していた。そんな彼を人造天使壱拾壱号(aa5095hero001)、トオイはじっと見上げる。
『……ますた……?』
「しっかしトオイよぉ~、あんな紛いモンとは違って、どーにもよ……」
 トオイの頭に塵の手が乗せられた瞬間、二人は一体の禍々しき竜人へと変わる。蒼炎の気を纏い、両腕は竜の頭を思わせる歪な形へと変形した。
「モノホンの怨念の匂い、ってヤツがするねぇ。クク……」
『……』

「ど、どど、どう戦おう弟者……」
 塵や他の仲間が素早く戦闘態勢に入る中、阪須賀 槇(aa4862)は銃だけ構えておろおろ阪須賀 誄(aa4862hero001)に尋ねる。弟は溜め息吐きつつも、冷静に兄を諭した。
『OK、時に落ち着け。戦闘ってのは基本《やったもん勝ち》だ、つまり――』
「――初動で出来るだけ叩く?」
『時に、そういう事だな。やっちまえ兄者!』
 誄の激励で怖気は消えた。今日もなけなしの勇気を奮い立たせ、槇はAKを構える。
「……OK! 漏れらはボスっぽいのを徹底的に叩きます! ガードよろよろです!」
 槇が糸目を見開いた瞬間、瞳がレティクル模様へと変わる。天に向かった弾丸は、夜を昼へと塗り替える激しい光を放った。
「今だ……!」
 光に包まれた青藍は、男を抱えてその場から脱兎の如く駆けだした。すかさず従魔達へ襲い掛かる、大量の小型ロケット弾。続けざまの爆風に飲み込まれ、霊の叫びが宙へと広がる。
「吹き飛べよ。それが僕の仕事なんだ」
英雄と共鳴した廿枝 詩(aa0299)――“三人目”は虚ろな眼で目の前に広がる爆風を見つめた。苦しげな呻きなど意にも介さない。むしろ心地良いくらいだ。
「我らも続かせてもらおうか」
 漆黒の鎧を身に纏った晴海 嘉久也(aa0780)もまた、その激しい反動をものともせずにロケット弾を叩き込んだ。堪らずリーパーは宙へふわりと浮き上がる。
「いつ見てもおっかねぇ……」
 目を見開いて息を荒らげ、青藍はぽつりと呟く。その脇に抱えられた中年男も目を白黒させている。桜小路 國光(aa4046)はそんな彼女に駆け寄ると、埠頭の方角を指差す。
「とりあえず向こうまで避難させてください。オレ達もカバーしますから」
「了解です」
 青藍は男を抱えたまま戦場を離れていく。その背中を横目で見送り、國光は双剣を静かに構えた。厭になるほど相対した従魔達。“あの愚神”が死んでも、彼らは何ら痛痒を感じていないようだ。メテオバイザー(aa4046hero001)は戸惑うように呟く。
『(ただの残党処理、って感じじゃなさそうなのです……)』
「一体どうして、こんな離れた場所に……」

「……エディス、任せた」
『え?』
 一方、“あの愚神”を知る一ノ瀬 春翔(aa3715)もまた、エディス・ホワイトクイーン(aa3715hero002)に主導権を投げ渡していた。珍しい事態にエディスは戸惑う。
「やり過ぎるなよ、周りを見て、考えて動け。今回は信頼できるヤツも多いしな」
『んー……いいのかな……? でも、任せてくれたなら、頑張るね』
 エディスはローズペタルを構え、隊列を成して天から舞い戻ってきた従魔の群れと対峙する。その中で、春翔自身は只管に観察していた。“あの夜”にうんざりする程狩った従魔を。
「(やっぱり……出来過ぎてる気がしてならねぇ)」

「確かに、夏らしい仕事がしたいとは言ったが……」
 鋼野 明斗(aa0553)は大太刀を抜き放ち、闇からも溢れてくる幽霊の群れと対峙する。彼は四国で山のようなゾンビの群れとの戦いを終えたばかり。少しは気を休めたいところだったが、相方のドロシー ジャスティス(aa0553hero001)が“夏といえばお化け”だと捉えてこの仕事を持ってきてしまったのだ。
「(まあいい。休む機会はまだあるだろう……)」
「チャッチャと片づけるぞ、ドロシー」
 しかし受けたものは仕方が無い。太刀を構えると、闇から黛 香月(aa0790)に向かって飛んできた幽霊を袈裟懸けに斬りつける。揺らめくオーロラが、幽霊の姿を歪めて引き裂いた。甲高い悲鳴と共に、幽霊はふわりと離れて距離を取る。
「幽霊だからといって、死なずに済むと思うな」
 銀色の髪を靡かせ、香月は狙撃銃を構えて一発撃ち込む。距離を取って何かを叫ぼうとしていた幽霊は、その口蓋を鉛弾に撃ち抜かれてそのまま掻き消えた。次弾を装填すると、闇から湧いてきた新たな幽霊に向かってさらに引き金を引く。容赦の無い攻勢。眉間には皺が寄る。彼女に宿る愚神従魔への憎悪は、人間の怨念を“それ”が模する事さえ許さない。
「さっさと消えろ……!」

「よっしゃ、漏れもロケラントリオで続きますよっと!」
『戦闘は纏めて潰すのが定石……っと!』
 絨毯爆撃で浮足立っている従魔に向かって、槇はフリーガーファウストの弾頭を次々に叩き込む。巻き起こった爆発は、村の奥から湧いてきた幽霊も纏めて炎へ閉じ込める。エディスもリボルバーを幻想蝶から抜き放つと、半身になって優雅に構える。
『私も続きますよ、サスガさん』
 刹那、彼女の周りに光が次々浮かび上がり、全てが銃を象る。爆音と共に放たれた無数の銃弾は、爆風の中に紛れて幽霊の群れに突き刺さり、小さな燐光の花火へと変えていく。その光は、エディスの心に未だ巣食う闇をくすぐる。
『ふふ。良く弾けますね』
 色素の薄い唇を僅かに緩めるエディス。槇は隣で見つめて小さく震えるのだった。
「うむ……エディスたん、見た目はレディなのにやっぱりどこか怖いお……」
『(エディスさんがロリだったらそれでも地雷を踏みに行くんだろうな、兄者)』

 爆撃銃撃をどうにか逃れ、幽霊数体はリーパーの周囲に群れ集ってエージェントの方へと向き直る。それらは肩を並べると、不意に歌い始めた。宵闇に響くディエス・イレ。エージェント達は空気にねっとりと纏わりつかれるような錯覚を覚える。
「……クク、この呪詛は厄介っすねぇ~」
 しかし塵はにやりと笑う。じりじりと迫る本能的な焦燥感もまた楽しい。
「みィんなヨォ~、これからちーっと、爆音出すんでぇ~耳、気ィ付けてねェ~?」
 アルスマギカで練り上げた魔法を幽霊に向かって叩きつける。刹那、劈くような炸裂音と爆風が一帯を埋め尽くす。幽霊の歌は掻き消え、ただぼんやりと幽霊は浮かぶだけである。
「こんな事してくれなくても、僕は気にならなかったのに」
 死神を取り巻く幽霊をライフルで撃ち抜きながら、“三人目”はぼそりと呟く。職人肌の彼にしてみれば、歌より爆音の方が邪魔だった。一方の塵は歯を見せけらけらと笑う。
「悪ィなぁ~。俺ちゃん、こういうやり方しか知らねぇんでぇ~」
「仕方ない……」
 “三人目”は死神を睨みつける。命を灯に光るカンテラを提げ、命を刈り取る剣を振るう。世のイメージはともかく、彼は目の前の従魔を死神とは認めない。
「死神とは仲が良いんだ。友人の風評被害は止めてくれよ。……大体、処刑人に裁定の権限は無いだろ」

「一体一体仕留めていけば、この程度の敵はどうという事もないな」
 2メートルはある速射砲の銃身を軽々と扱い、嘉久也は的確に幽霊を撃ち抜き落とす。次弾を込めつつ、彼は仲間達の方を振り返った。
「幽霊は我が引き受けておく。頭目は任せた」
「自分も援護いたしますよ」
 明斗も嘉久也の隣に並び立ち、クロスボウの矢を幽霊の喉へと撃ち込む。嘉久也はその手捌きを見て頷くと、自らも再び速射砲を構える。
「わかった。すぐに片づけてしまおう」

 二人の手で幽霊が次々燐光の渦に消える中、國光は双剣を振るい一気に死神へ間合いを詰める。ライヴスを纏った刃を振り抜くと、死神は咄嗟に剣を振るってその一撃を受け止める。そこに生まれた隙を、槇は見逃さない。
「OK! 腕ゲットだ!」
 槇は咄嗟に狙いを定め、AKの引き金を思い切り絞る。反動を抑えたカスタムにより、弾丸はブレることなく剣を握る死神の腕を撃ち抜く。死神は堪らず態勢を崩した。流石の一撃である。誄も褒める外ない。
『GJ兄者、腕の動きがニブったぞ!』

『ふふ……まだ、壊せますね』
 エディスも盾を掲げて死神の囲いへ加わる。高揚が彼女を徐々に熱くしていたが、まだ冷静は保っていた。
――アレには近づいちゃダメよ、すんごい面倒くさいから――
 姉の言葉が脳裏に過る。ならば遠くから殴って壊すだけ。深紅の花弁を上空へ放り投げると、落下速も載せて死神の肩口に一撃叩き込む。耐え切れずに、死神は剣を手から取り落とす。
 不利を悟った死神は、浮かんだまま退いて海の方へと逃げ出そうとする。しかし、既に竜の紫炎はそれに狙いを定めていた。
「おおっと、逃げようったって、そーは問屋が、降ろしゃしねー……なッ!」
 放たれる炎。死神は躱しきれずに直撃を受ける。バランスを崩し、死神は地面に向かって堕ちていく。神斬を構え、香月は一足飛びに間合いを詰めた。
「死神を象れば命を取られずに済むとでも思ったか」
 気絶から立ち直る隙も与えず袈裟に一撃、返す刃で横薙ぎを見舞う。
「馬鹿馬鹿しい。後悔しながら死んでいけ!」
 頭上高くに振り被った大剣を、上から下へと振り下ろす。脳天から真っ二つとされた死神は、断末魔の叫びも無く炎に包まれ消え去った。


蘇る静寂。仲間達は武器を構えたまましばし周囲を窺うが、新たな敵は最早現れなかった。
「……終わりましたか」
 青藍は男を連れて仲間達の下へと戻ってくる。男は呆然としたまま周囲を見渡す。
「何が、起こったんだ」

●“我は死神の主なり”
「(ワープゲートの設置されない村……覚悟はしていたが……)」
 明人は家の明かりをつけ、隅々までスマートフォンのカメラを向けながら、慎重に家の中を歩く。鍵は最初から開いていた。ノックしてもノックしても返事は無く、もぬけの殻となった家だけが彼を出迎えたのである。
「(せめてその遺体は見つけたいところなんだが)」
 古びた家の居間には、生きた人どころか死んだ人さえ見当たらない。何事も無かったかのように、人の暮らした跡だけがここにある。四国での出来事を思い出し、またほんの少し気が滅入りそうになる。
 その時、どたどたと床を鳴らしてドロシーが居間に駆け込んでくる。エメラルドの眼を真ん丸に見開き、長い金髪をふんわりと揺らしている。彼女はスケッチブックに赤いマジックで何かを描き始める。
『……!』
 そして彼女が差し出したのは、真っ赤なぐちゃぐちゃ。傍目にはわからないが、相方の明斗にはすぐわかる。
「(血溜まり……)」
 明斗はドロシーに従い寝室へ急ぐ。廊下を渡って、襖を両手で開く。
「これは……」
 彼が目にしたものは、蘇芳色に染め上げられた、白の羽毛布団だった。

『……これは』
 同じく血溜まりを前にした槇と誄。動画カメラを手に持っていた槇だったが、凄惨な光景に堪えきれずにがくがくと足を震わせる。戦いの為に奮い立たせた勇気が一気に萎えていく。
「う、うぅ……酷い、酷いお……」
 思わず槇はカメラを放り出し、雨戸を開いて胃の中身を吐き出す。カメラをキャッチした誄は、素早く駆け寄りその背中をさすった。
『OK、交替だ兄者』

「死体……見つかんねぇなぁ……」
 明かりもつけず、月明かりの下に照らされた縁側の血だまりを見下ろし、塵はぽつりと呟く。トオイはそんな彼をじっと見上げるだけだ。
『……』
「残ったのは血だけ……一体どこに行っちまったんだろうなぁ……」

『大丈夫ですか? 無理はなさらなくてよいのですよ?』
 自宅の中をとぼとぼ歩く中年男の隣で、メテオは柔らかく語り掛ける。
「い、いや。良いんだ。助けてもらったんだから、少しは力になりてえんだ……みんながどうなっちまったのか、俺も、俺も……」
 言葉は先に細っていく。その肩にウォルターは手を載せ、男にチョコレートを差し出す。
『勇み足は避けましょう。とりあえずこれでもお食べください。恐怖が和らぎますから』

「ここも結局血だまりだけか……」
 英雄達に男の見守り役を任せた國光と青藍は、居間に広がる血の池を見つめていた。手分けしながら一軒一軒見てきたが、どの家にも残っていたのは“これ”だけだ。
「これだけの血を流した人が生きているとは考えにくいです。遺体は残らず持ち去さられたんでしょうか」
「あの従魔達がそんな事をするとも思えませんが」
 凄惨な光景を前にぽつりぽつりとやり取りを交わす二人。そこへ、隣の家の調査を終えた春翔とエディスがやってくる。
「やっぱり気にかかるな」
「春翔、隣の調査は終わったのかい?」
 友人の問いに、春翔は壁へともたれつつ頷く。煙草を一本取り出し、慣れた手つきで火を付ける。
「ああ、終わった。同じだ。中に残ったのは血だまりだけだ」
『何もかも壊されてしまった後……という事なのでしょうか』
 エディスは神妙な顔で呟く。堅実な戦いを褒められてうきうきだった彼女だが、凄惨な光景に再び心の奥底を刺激されてしまったようだ。心配そうに彼女の様子を窺いながら、青藍は春翔に尋ねる。
「一ノ瀬さん……気になるって、一体何が気になるんです?」
「何もかもだ。この前の任務で、お前の妹の作った試作品を借りて戦ったんだが……」
「紅い騎士が出たっていう依頼かい?」
 國光が眉を顰めると、春翔は煙を吐き出しながら応えた。
「ああ、そうだ。あの時、俺のダチが変なヤツを見たんだ。剣にカンテラを持って、ローブを着て……まるで今戦ったリーパーみたいじゃねえか」
 何度も相まみえた死霊に死神。“あの夜”前触れもなく現れた蒼い騎士。まるでそれに続くが如く現れた紅い騎士。パズルのピースが、バラバラに放り込まれてくるような感覚。
「何かが動いてる。……簡単な言葉じゃ説明しきれねえくらい、大きな存在が」

『この家も、血だまりが……』
 エスティア ヘレスティス(aa0780hero001)は、ライトに照らされた血だまりを見つめ、顔を曇らせる。探偵の助手として、H.O.P.E.のエージェントとして修羅場に出くわしたことは一度や二度ではない。肝は据わっている。だが、不穏な予感はその胸を締め付ける。
「それにしても……おかしいですね」
『何かに気付いたのですか?』
 嘉久也は家を見渡して首を傾げる。床に広がる血だまりを除けば、何の変哲もない家。だからこそおかしな家。
「……村がほとんど皆殺しにされているような状態なのに、どの家も抵抗したような跡が無いじゃないですか。誰もが恐怖の余り抵抗できなかった、と考える事も出来ますが」
『一人もいないのはやはり変だ、という事ですか』
「ええ。そういう事です……」
 居間を横切り、嘉久也は寝室へと繋がる襖に手を掛ける。その瞬間に感じる、全身がピリリと痺れるような感覚。顔を顰め、嘉久也は勢いよく襖を開いた。懐中電灯の光が、中を照らす。布団を蘇芳色に染める血溜まり。光はゆっくりと持ち上がり、部屋の隅に置かれた鏡台をその中に収める。
『これは……』
「今すぐ皆を呼ばなければなりませんね」
 鏡台に載せられた半分だけ食いちぎられた心臓。鏡に血で乱暴に塗りつけられた文字列。この村で起きた悲劇の真相を、何よりも雄弁に語っていた。


――Ich bin der Herr von dem Tod――


「“三人目”が、見ていなくてよかった……」
 真っ先にやってきた詩は、いかにも猟奇的な光景を前にして呟く。グロテスクな光景を好んでしまう彼であれば、羨ましがり、時によっては張り合おうとさえしてしまうだろう。
「それにしても、すべての家をしらべて、残ったのはこの心臓と……」
 詩は横に目を向ける。虚ろに目を見開いた少年が、畳の上でリンカー達に介抱されている。
「この子だけなんてね」
『青年、何とか出来ないのか』
 アウグストゥス(aa0790hero001)は少年の上半身を抱き起し、明斗の方へ向けさせる。すっかりその身体は脱力し、首を腕で支えてやらなければすぐに崩れてしまう。手首や首筋に手を当てるが、明斗は首を捻る。
「肉体的には手当を施すような場所は無いと思います。脈拍は普通ですし、見たところ外傷もありません。ただ……」
『ただ、なんだ』
「ライヴスが殆ど感じられないんですよ。ひどく衰弱しているのは、多分そのせいかと」
『吸収されてしまったという事か』
 ドロシーはすかさず“×”のプラカードを取り出す。ゴーグル越しに少年を見つめていた誄は、アウグストゥスに向かって小さく首を振る。
『いえ……ライヴス自体は吸われていないっぽいっすな。ただ、極端に弱ってる……?』
「早く病院に連れて行かないと……首も据わってないなんて、死んでるのと同じだお……」
 塵は鏡台の前に屈みこみ、豆電球の橙色光に晒された心臓を見つめる。無理矢理半分にむしられたような跡がくっきりと残っていた。
「ヨソに死体はナシ、これ見よがしに喰いかけみたいな心臓だけ残していくってぇことは……他は骨まで残さず、全部喰っちまったって事かぁ~?」
「この挑発的な文言も合わせて考えれば、おそらくその心臓はそのようなメッセージを持たされていると考えて間違いないでしょうね」
 嘉久也は頷く。エスティアは鏡に記された血文字をじっと見つめ、メモを取りながら読み上げていく。
『えーと……私は、支配者、死の……“私は死の支配者”、でしょうか……?』
「普通に読めばそうなるけど。でも、こいつが言いたいのはきっとそういう事じゃない」
 詩は小さく首を振る。“三人目”が怒りを露わにしながら対峙した、黒いローブの死神。彼女の脳裏にその姿がちらりと甦る。
「“我は死神の主なり”、か」
 香月が彼女の言葉を引き取った。
「やっぱり共鳴していなくてよかった。こんなもの読んだら、きっと怒り狂っちゃうだろうから……」
 詩は嘆息する。彼は決して、この所業を死神のものと認めはしないだろう。死神を貶めていると。香月も顔を怒りに歪め、拳を鏡に叩きつけた。ガラスに罅が入り、血文字は音もたてずに割れる。
「貴様の素性もいずれ暴く。次には……貴様は挑発ではなく遺言を記す事になるぞ」
 どすの利いた低い声が、狭い寝室の中に響く。有無を言わさぬ重い怒りが籠っていた。
『……それにしてもおかしいっすな』
「村の人をほぼ全部喰うような奴がいたはずなのに……その跡が何にも感じられんお……」
 沈黙を破り、誄と槇がこそりと口を開く。ライヴスゴーグルは只管に無を映していた。それを聞いた明斗は通信機を取り出して本部に繋げる。
「すみません。従魔討伐を完了して現在調査中なのですが……レーダーでは本当に従魔しか確認できなかったのでしょうか?」
「……はい。プリセンサーの予測通りのエネミーしか観測しておりませんが……イレギュラーにでも遭遇いたしましたか?」
 すっかり戸惑ったようなオペレーターの口ぶり。明斗は無意識に首を振っていた。
「いいえ。……遭遇はしていない、のですが……」


「ライヴスの反応? ……ねぇな。こっちでも見てるが、ほとんど見えない。ゴーグルが故障してるんじゃねえかって錯覚しそうだ」
 春翔は家の外に立ち、ゴーグルを覗き込んで呟く。彼のゴーグルも、ミーレス級程度の雑魚が残す微弱なライヴスの他には何も感知していなかった。エディスはぽつりと呟く。
『エディスのせいかな。おにいちゃん……』
「んな事あるわけないだろ。おかしいのはこの“場所”だ。何かがいたのは確実なんだ。なのにライヴスの跡が残らねえってのは……」
「それはライヴスの痕跡を残さずに活動できる、という事ですか……?」
 青藍が首を傾げる。諦めてゴーグルを外すと、共鳴を解いて春翔は唸った。
「だとしたらただ事じゃねえぞ――」


「……何か、気付いたことはありますか?」
『無理のない範囲で、話してほしいのです』
 國光とメテオが男に尋ねた。男は青ざめていたが、それでも彼は助けてくれたエージェントの為、声を震わせながら応える。
「……隣村のダチ公の所に行って、酒飲んで帰って来たらこれだ。ただ……村に足を踏み入れた瞬間に、胸がすっと冷えやがった。全身の血が冷えるような気がして、訳も分からないで道をうろついていたら、あの従魔に出くわして……何だろうな。あの感覚は」
 男はふと崩れ落ちた。メテオは慌ててその脇を支える。虚ろな眼をした男は、吐き出すように言った。
「もう、死んでもいいって気がしちまったんだよ。あの時」


「――相当ヤバい奴が、マークもされずに世界をうろついてた事になる」

●日はまた昇る
 朝日を浴びながら一台の軽トラックが走る。その荷台には生き残った男が載せられていた。嘉久也と國光は並んでその背中を見送る。
「隣村にしばらく避難、ですか」
「ええ。ひとまずは知り合いのいるところにいてもらうのが良いかと思いまして。……そもそも、隣村の人も纏めて避難してもらった方が、本当は良いのかもしれませんが」
「今すぐは難しいでしょうね。僕達に出来る事はそう多くありませんから……」

「結局生き残ったのは二人だけ、か」
 ノートパソコンに調査情報を纏めながら、明斗は何度目かの溜め息をつく。四国といい今といい、うんざりする事だらけだ。ドロシーは隣でむっとした顔を続けている。
「許せないかい? ……でも今は集めたデータを精査する事しか出来ないよ。わからない事だらけなんだから」

「……嗚呼。また、面倒な事になりそうね」
「むしろ喜ぶべきだと思うが? また一体愚神を滅ぼす機会を手に入れたのだからな」
 朝日に照らされた物言わぬ漁村を見つめる詩と香月。同じものを見ていても、見えるものは全く違っていた。

「漏れ達、もしかしてとんでもない事に首突っ込んじまったんじゃ……」
 槇は軽く震えていた。文字通りのゴーストタウンと化した村に立っているのだと思うと、身体がどこか冷たくなってくる。
『兄者。退くなら今のうちだ。俺達にだって解決しなきゃいけないタスクは山ほど残ってるんだし、結局俺達は何処まで行っても一般ピープルだ。ここで退いたって誰も気にやしない』
「だな。無理はするもんじゃねえし」
 誄と春翔は槇の隣に立って共に海を見つめる。朝日が海を黄金色に染めていた。
「……弟者、一ノ瀬さん。漏れは――」

「死体が残ってねえんじゃ、弔う事も出来ねぇなァ~? トオイよ~」
『ますた……』
 一服しながら、塵は海を見つめた。照り返す黄金色の光が、黄泉を連想させる。トオイも海を見つめて何かを言いたげにしたが、その前に塵は口を開く。
「けど怨念は聞こえるなァ、ちゃんと」
 吸殻を海に投げ捨てると、塵は静かに手を合わせる。死者への敬意を示すために。
「安心しなァ。俺ちゃんがきっちり楽しんでぶっ殺してやっから。死神を騙るクッソ生意気な愚神なんかなァ……」
 また一つ、塵は死者の怨念を受け継ぐのだった。

●TODESTRIEB
「主よ。ウィル・オ・ウィスプにございます」
「またやられたのか」
「……約束の通りにライヴスは集めて参りました」
「仕方ない。……この通りだ。これを作るのも楽ではない。私の分身なのだから、もう少し労わって扱ってくれなければ困るぞ」
「承知にございます。愚神としての生にも慣れました。……次こそは大いに戦果を挙げて参りましょう」
「口先だけでなく存分に働くがいい」



「この世には70億もの人間が溢れているのだからな」

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • マイペース
    廿枝 詩aa0299
    人間|14才|女性|攻撃



  • 沈着の判断者
    鋼野 明斗aa0553
    人間|19才|男性|防御
  • 見えた希望を守りし者
    ドロシー ジャスティスaa0553hero001
    英雄|7才|女性|バト
  • リベレーター
    晴海 嘉久也aa0780
    機械|25才|男性|命中
  • リベレーター
    エスティア ヘレスティスaa0780hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • 絶望へ運ぶ一撃
    黛 香月aa0790
    機械|25才|女性|攻撃
  • 偽りの救済を阻む者
    アウグストゥスaa0790hero001
    英雄|25才|女性|ドレ
  • 生命の意味を知る者
    一ノ瀬 春翔aa3715
    人間|25才|男性|攻撃
  • 希望の意義を守る者
    エディス・ホワイトクイーンaa3715hero002
    英雄|25才|女性|カオ
  • きっと同じものを見て
    桜小路 國光aa4046
    人間|25才|男性|防御
  • サクラコの剣
    メテオバイザーaa4046hero001
    英雄|18才|女性|ブレ
  • その背に【暁】を刻みて
    阪須賀 槇aa4862
    獣人|21才|男性|命中
  • その背に【暁】を刻みて
    阪須賀 誄aa4862hero001
    英雄|19才|男性|ジャ
  • 悪性敵性者
    火蛾魅 塵aa5095
    人間|22才|男性|命中
  • 怨嗟連ねる失楽天使
    人造天使壱拾壱号aa5095hero001
    英雄|11才|?|ソフィ
前に戻る
ページトップへ戻る