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聖少女の微笑みは死体の上に
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最終発言2015/10/15 02:41:22 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2015/10/12 02:00:36
オープニング
● 聖少女の奇跡
歌声が奏でる旋律は、空間を満たしていた。
パイプオルガンの下地に載ったそれは、荘厳かつ圧倒的な美しさでその場で祈りを捧げる人々の意識を一点へと集めていた。
そこには奇妙に装飾された十字架と、その祭壇には声も上げずに蹲る老婆の姿があった。
「我は古の光を宿すもの、救いを求めんとす汝らへ神の手を差し伸べよう」
ゆるやかな曲線を描く白いローブを纏う少女はそう言い、美しい笑みを浮かべた。
青く澄んだ水面のような瞳に、怪しく灯る火が揺らめく。
少女が背にした十字架には、白き焔が見えていた。
だが、老婆が願い事を口にした、その次の瞬間。
微笑んでいた少女の顔を、悲痛な表情が塗り替えた。
――どうして、こんなことに……
――こんなつもりじゃなかったのに……助けになろうと……
――やめて、やりたくない、こんな酷いこと、やりたくない……!!
――誰か、助けて、みんなを助けて、お願い……
それは僅かな時間だったが、確かに少女の顔面を苦痛と哀しみが覆った。
声にならない叫びは助けを請う少女。しかし少女の悲痛な表情は、背後から巻き上がった白い焔に触れて、かき消されてゆく。
涙も悲しみも焼き尽くす業火は、少女の顔に再び嫣然とした笑みだけをもたらした。
「おお、パウラ様……どうか、神のお力でお助けくだされ」
老婆の懇願に、パウラは笑みを深くした。少女の白い手が老婆の額に触れる瞬間、閃光が煌めいた。
「パウラ様……! パウラ様……!」
● 消えゆく村と聖少女教団
異常な速度でケントゥリオ級に進化した愚神と拡大するドロップゾーンをプリセンサーが検知した、とH.O.P.E.職員が見せた映像は意外なものだった。
「これが、愚神?」
ホログラムに映し出されたのは、白皙の美少女であった。
ふっくらとした頬に大きな瞳、長いプラチナブロンドの髪に白い法衣を纏った姿は、天使のよう。
「そう。残念ながら愚神を退治するまでは、メルアド交換も出来そうにない相手だよ。元はごく普通の女子中学生らしいが……とにかく見てくれ。場所はカナダ、ケベック郊外だ」
映し出される映像には教会の聖堂で微笑みを浮かべる少女と、そこに集う信者らしき人々の姿がある。
目映い光に続いて、少女の姿が白く輝き後光が差して行く。
その姿は正しく、神話に登場する女神のごときである。
「どうしてフツーの女の子が新興宗教の教祖なんかに?」
「父親が元々は熱心な信者だったらしい。が、元から少し悪魔崇拝とかオカルト趣味はあったようだな。前教祖は数ヶ月前から姿が確認できていない。愚神に食われたと考えるのが筋だろう」
「こんな子が愚神と契約なんて、まさか……どうみても、天使だってば」
だがそう口にした僅か数秒後、少女の手が触れた信者たちは次々にライヴスを失い倒れていった。
一人二人ではない、聖堂にひしめく程に集まっていた人々が倒れ尽くすまでに然程の時間はかからなかった。
形成されて行くドロップゾーンと、ゾーンルーラーと化す少女に従う従魔たちは、信者らから奪われたライヴスから現れ、ゾンビの如く街へと出て行く。ドロップゾーンにより亜空間と化した礼拝堂のなかは、そこがまるで大聖堂かと思わんばかりに、異様な広がりを見せていた。
「少女の名はパウラ。この教団の信者数は確認できているのは最大三千という情報だ。愚神はサキュパスか、神を象ってるが騙るのが奴らの常套手段だからな、油断はするなよ。無論、聖堂に集まると予測されるのは、全信者ではない……が、少なくとも数十は下らないと思われる。プリセンサーが予測したこのライヴス搾取が、数十からいるだろう信者へ向けて行われたらと思うと……ぞっとしないか」
一同に戦慄が走った。
H.O.P.E.職員は表情を硬くしながら告げた。
「プリセンサーの予告ではこの映像が現実化するのは今夜だ。パウラと誓約した愚神が周辺をドロップゾーンへと変えるまで時間がない。大至急、この惨事を食い止めて欲しい。そして、愚神によって完全に食らい尽くされる前に、パウラを逮捕、保護してほしい」
ホログラムの中で、白い女神が天使のように微笑んでいた。
解説
対象は新興宗教教団を率いる能力者パウラという少女と、彼女と誓約した愚神です。
プリセンサーはケントゥリオ級の愚神が大量のライヴスを一度に摂取する光景を予測しました。
●敵 ・愚神(サキュパス) - 1体、ケントゥリオ級
防衛とライヴスの搾取に優れ、信者ゾンビの数が多ければ多いほど生命力が上昇します。
・従魔(ゾンビ) - 最大100体程度(早期解決で最小数)
近距離攻撃を得意とします。素手の攻撃ですが、噛みつく、捕食を試みることがあります。
殺害するには首を落すしかありません。
・ヴィラン(パウラ)
サキュパスに憑かれている少女。ですがまだ自我が残っています。
15から20ターンで、愚紳により完全にライヴスを食い尽くされ、その時点でシナリオは失敗となります。
移動はニューヨーク支部から専用機で飛んでください。
教会の礼拝堂が舞台です。ゾンビが村に出るのを阻止しながら、愚神と従魔を仕留めて下さい。
なおパウラはヴィランですので、生かして逮捕が原則となります。
ゾンビ従魔集団とサキュパスの制圧までの時間が、勝負となります。
パウラが愚神に憑かれる切欠がなんだったのか、故意、事故、偶然、もしくは愚神に騙されたのか……真相は当人から聞くしかありませんが、胸中には後悔と懺悔が渦巻き、またパウラに残された自我は助けを求めています。
リプレイ
● 雲の切れ間に見る希望
白い雲が、柔らかそうに眼下を流れていた。
「まるで死を願うかのような人々に、死の女神と祭り上げられて……中学生の女の子にどうしろというのかしら」
泥眼(aa1165hero001)の憂いを秘めた横顔は、小さな窓から流れゆく雲を見つめていた。
「簡単です。助けを求めるのです。まず自分自身の為に……わたしがそうであったように。ちゃんと応えてくれる人がいますから。そうでしたよね? ディタ」
エステル バルヴィノヴァ(aa1165)はそう、希望を失わないと自身の英雄に応えた。
「俺は愚神討伐を最優先にするぞ」
「かの少女、情報ではヴィランとなる要素などなかったと見受けられるが……無事救えた暁には問うてみたいな。なぜ愚神と誓約を結んだのかと」
八朔 カゲリ(aa0098)の言葉に、艶やかな着物姿で専用機のシートに寄りかかるナラカ(aa0098hero001)が応える。
機内には緊張があった。
プリセンサーが予告した時刻まで、余裕がない。
「村の見取り図よ。移動は最短ルートで行きたいところよね」
水瀬 雨月(aa0801)がスマホの液晶に表示させたそれを、仲間に見せる。
村の正面玄関、とも呼ぶべき石造りの門から伸びる一本道の分かれ道を森へと向かえば、その先に教会があった。
マップを頭に入れながら、マックス ボネット(aa1161)が後ろ頭をかいた。
「愚神はどうやって信者のライヴスを奪ってるのかね? 何らかの接触が必要なのか、それとも同じ空間にいるだけで吸い取られてゆくのか。もしも接触が必要なら、邪魔してやれば従魔の増殖は防げる、ってことになる気がするんだが」
その言葉に、ふむ、と一同が頷いた。従魔の増殖と村への流出を防ぐ。
その間に、愚神を制圧し、パウラを救助と逮捕しなければならない。
短時間で全てが決まる。
「プリセンサーの予告は午後八時二十八分。最高速度で到着しても、八時を数分は過ぎる……と考えると、最短ルートを全力で移動し、愚神は一気に叩かなきゃだめですよね。私たちの攻撃を連携させられないでしょうか」
ドロップゾーンのデータ収集用に持ち込んだノートパソコンを見つめながら思案気に、月鏡 由利菜(aa0873)が口にした案に、エージェント達が頷く。
「賛成、連携して一気に抑えよう。まずは到着までに具体的な作戦を組み立てないとな」
加賀谷 亮馬(aa0026)の言葉に、エージェント達は意識を集めてゆく。
● 戦闘の行く末に手にするのは
専用機が騒音と共に着陸したのは村はずれの空き地だった。
村に到着した一行は、愚神への制圧を重視した先発隊と、従魔への後方支援とに分かれ、教会へと駆けつけた。
「……あの、わ、私、村の人たちを避難誘導します。もしも従魔が出てしまってからじゃ、防ぎようもないですし……みなさん、私たちはH.O.P.E.から来ました、ここは危険です。直ちに避難をしてください!」
おずおずと言い出した御門 鈴音(aa0175)だったが、率先して村人に避難を呼びかけてゆく。その様子に仕方ない、と言わんばかりの表情を浮かべるが、満更でもなさそうに輝夜(aa0175hero001)が手助けする。
村人の避難誘導を御門と輝夜に任せ、先を急ぐ一行が教会の入り口に到着したとき、時刻は八時二十七分を指していた。
プリセンサーの予告した時刻まで、残り一分。
猶予はなかった。
ギィ、ドォン……
教会の廊下を進み、聖堂の重厚な扉を押し開いた。
中へと駆け込めば、聖堂にいた人々が一斉に顔を向けた。だが祭壇中央に立つ白皙の美少女だけは虚ろな目を浮かべるのみ。
長いプラチナブロンドの髪、白い顔、そして聖職者を意味する白きローブ。
胸のロザリオも含めて、ホログラムで見たものと同じ姿だった。
先頭に駆け付けた能力者たちと英雄が共鳴する――――
そして、祭壇に向かって駆け出した。
「君ががパウラだな、助けにきた!」
信者たちの間を縫うように進みながら、守矢 智生(aa0249)が声を張った。空色の髪、その一房を紅色へと変えた金の瞳が、祭壇上に立つパウラに向かう。
だがパウラには聞こえているのかいないのか、ぼんやりとした虚ろな目を信者たちに向けているだけだ。
「な、なんなんですか、あなたたちは! ここは神聖な祈りの場ですよ!」
エージェント達が進む左右から、信者たちの声があがった。
パウラの立つ祭壇を目がけて進むメンバーの足を信者らが阻もうと歩み寄るが、ダグラス=R=ハワード(aa0757)がその前に立ちはだかる。
「おっと、邪魔をしてゾンビになりたいんなら、喜んで相手をしてやるが」
ちろり、と浮かべた冷笑には冷ややかな狂気が覗く。
祭壇の上、パウラの前に蹲る老婆が祈りの言葉をささげ始めた。
パウラの背後にある十字架が、ぼんやりと白い光を放つ――
プリセンサーの予告したものと、同じ映像だった。
その光景を目にしたエステルが声を上げる。
「十字架が光った……ということは、愚神の本体は十字架! まだパウラとは共鳴してない……! 愚神はあの十字架にいて、パウラを操っているんです!」
エステルの叫びに似た一声があがり、そして
「共鳴なんて、させるか! その前に撃つ!」
『行くぞ、機動力なら我らにある』
「わかってるさ、エボちゃん!」
全身を青い甲冑で身を包む剣士。信者らの間をすり抜け、祭壇に駆け上がった加賀谷の声にEbony Knight(aa0026hero001)が呼応、へヴィアタックを繰り出した――
次の瞬間。
「こっちもだ!」
十字架の背面に回り込んだ守矢が、加賀谷のへヴィアタックに続いてジェミニストライクを背後から当てた。守矢の分身が生まれ、攻撃を放つ。愚神の放心を狙った攻撃――サキュパスは僅かに重心を揺らいだ。
「こんな手は好きじゃないんだが、好き嫌いで戦術は選べないからな……」
『大丈夫。非道じゃないなら、どんな戦術も恥じゃない……』
尚も愚神の死角を狙って移動する守矢に、共鳴状態でフウ(aa0249hero001)が応える。
「ターゲット、ケントゥリオ級……! ラシルと一緒なら、私は戦えます」
『ユリナの反射神経で奴を捉えきれないなら、私が補う』
共鳴した月鏡が、続いて攻撃を仕掛ける。リーヴスラシル(aa0873hero001)の声が、彼女の背中を押した。守矢の不意打ちは、愚神の注意を背後に向けることに成功し、続いた月鏡のライブスローが決まった。
ぐらり、
オオオオォ……!
地響きを立てながら衝撃によろめく、愚神が宿る十字架。
その瞬間、それは僅かな一瞬だったが、パウラの輪郭が出来の悪いフィルムがぶれたように見えた。顔に浮かんだのは、苦悶の表情。
パウラの内面から覗いた、悲しみと苦しみだった。
その顔をみた赤城 龍哉(aa0090)の脳裏に、パウラは愚神に騙されたのでは、とよぎった。
「……見たか、あの顔は哀しみだ。これって要はパウラの願いをサキュパスが上手いこと逆手にとって、彼女を依代に取り込んだ……ってとこか」
『ことごとく願いを曲解して叶える……質の悪い詐欺ですわね』
赤城の言葉に、共鳴状態のヴァルトラウテ(aa0090hero001)が苦さを混ぜながら答える。
「やるぞ、ヴァル。力を貸せ。――聞こえるか、パウラ! もしこれがお前の望む事態でないなら、悪いがしばらく痛みを我慢してくれ! 時間がないんでな、力づくでお前に憑いた奴を追っ払う!」
ひと房の銀髪、蒼と黒の瞳を真っすぐにパウラへ向けながら、白銀の鎧を鍛え抜いた分厚い体躯に纏った赤城が祭壇に駆け上がり、パウラの背後で焔をあげる十字架へとへヴィアタックを繰り出す。
ぶわり、と大きく衝撃を受けて愚神である十字架が歪んだ。
「……小賢しい……!」
割れ鐘のような奇妙に歪む声が、十字架から発せられた。愚神の宿る十字架は衝撃を受けたにも関わらず、見る間に起き上がる。
そして、次の瞬間には益々焔の勢いを増した――――
オオオオオオオオオオオオォォォォ………!
「神に歯向かうとは……恐れを知らぬ愚か者どもよ!」
地鳴りのような声が上がり、愚神の焔は一瞬の間にパウラを飲み込んだ。
冷たく白い焔に覆われる瞬間、エージェント達の目にはそれが映った。
パウラの瞳からこぼれた――――悲しみの涙が。
サキュパスとパウラの共鳴、そして。
白い焔に覆われた手に老婆の額が触れて、そして音もなく崩れ落ちた。
床に崩れ落ちた老婆は既にこと切れていた。そして、吸い取られたライヴスからは、ゾンビが姿を現した。
ウウウウウウウゥ……
色のない痩身が、ボロ布のように垂れ下がった皮膚を引き摺りながら起き上がり、腐臭をまき散らしながら愚神に立ち向かう一行の前に歩み出た。
聖堂の中は奇妙に歪み始めていた。一秒ごとに空間が、歪んでゆく。ドロップゾーンへと変化しつつあった。
共鳴後、うつむき加減だったプラチナブロンドがゆるりと頭を起こした。
白い顔は変わらない。だがそこに、にたり、と忌まわしい笑みを浮かべた白皙の美少女の青かった瞳には、焔が浮かぶ。
「救いを求めよ、我は古の力をもって汝らを迷いと混沌の現世から救ってやろう……!」
嫣然と微笑んだパウラは、老婆の周囲にいた信者らに続いて触れた。
立て続けにライヴスを奪われ倒れる信者、そしてゆらり、と起き上がるゾンビ。
百名も入らないであろう教会の礼拝堂が、愚神の周囲から徐々に空間を歪ませながら広がっていた。
ライブスの搾取を阻もうと、エージェント達が攻撃を仕掛けるが、パウラには掠りもしない。
ただ嫣然とした笑みを浮かべて、巧みに向けられる攻撃を回避してゆく。
老婆と同じくパウラの周囲にいた信者らだが、事態の異様さが際立つなかでも誰一人として動かない。愚神と共鳴したパウラは音もなく地を滑るように移動し、信者らの額に触れてゆく。
恍惚の表情を浮かべたまま微動だにしない信者たちは、次々にライヴスを奪われ倒れた。
「……ゾンビになりたくなかったら、さっさとこっから逃げた方がいい。今ならまだ、逃げられる、さあ、行け!」
マックスが声をかけるが、信者達らは動こうとしない。
むくりむくりと起き上がったゾンビが、無表情にパウラを見つめて立ち尽くす信者らに、襲い掛かろうとしていた。
ズサッ
重い音がした。
大鎌が一瞬の煌めきと共に、ゾンビの首が跳ね飛んだ。
ダグラスの白いスーツが跳ね飛ぶ血しぶきにも構わず翻り、次々に大鎌を振るう。どこか嬉々として見える始末の仕方だが、冷静に確実な急所となる首、そして動きを止める足を狙っている。
「出てきましたわね、一気に行きますよ。アムブロシア」
ゾンビ狩りが始まった光景を見た水瀬の言葉に、幻想蝶から現れた黄色い衣を纏った一風変わった風体の男、アムブロシア(aa0801hero001)が、呼応した。
共鳴――そして、水瀬はどろりどろりと向かってくるゾンビの一群に向かい、ブルームフレアを発した。
奇声を上げて倒れるゾンビが、まき散らす腐臭が鼻をつく。
自ら動こうとしない信者らを聖堂の外へと押し出すようにマックスが退避させていた。閂をかける瞬間、村人の退避を終えた御門が滑り込んできた。
「む、村人は全員避難ができました! あの、それから、幾つかの通路を破壊してきましたから、少々のことでは表にでられないと思います」
御門が退路を塞いだことを知り、浅い息を吐いて頷いたマックスは、取り出したマピノギオンから生み出された剣を手にした。
ダグラスと水瀬が切り裂き、倒してゆくゾンビたちの群れを見て、口を開く。
「ユリアさん済まない、ちょっと急にお腹が痛くなってきた。帰っていいかな?」
ため息交じりの言葉に、共鳴状態でもわかるほどに、ユリア シルバースタイン(aa1161hero001)の睨みが刺さる。
――ふざけてないで、自らの責務を果たしなさい!
「ダメですよね、ってことで……いっちょ、暴れますか」
マックスがわらわらと湧き始めたゾンビと、それらの首を大鎌で飛ばすダグラスの背後へと、駆け出した。その後ろ、閂のかかった扉前に立つ御門は、戦闘の光景に目を細める輝夜を見た。
「……わらわはのぉ、弱っちくて我らの餌にしかならん癖に、物の怪に歯向かう人間が大嫌いじゃ。……じゃが……ってもう、そんな昔話はどうでもいいわ!」
「輝夜」
だが、今回の仕事は輝夜が自ら受けたいと言い出したことを知る御門は、言葉にはしない輝夜の過去を思った。
「あの娘、救う力を貸す代わりに報酬はカステラ五本じゃぞ!」
共鳴――
御門もまた、剣を手に、駆け出した。
ドロップゾーンと化した聖堂は、内側から封鎖された。
誰一人出ることもできぬよう。
悲劇はここで、食い止めるために。
ズサアアアアアアアッ……!!
夢を見ているような表情の信者に向かって伸ばされていた、パウラの指先。今まさに、新たなライヴスが吸い取られようとした瞬間に、その腕に高いリンクレートを保持した八朔の剣が、刺さった。
『従魔がきてるぞ!』
「わかってる!」
ナラカの言葉通り、左右からゆらゆらと揺れながら回り込んでくるゾンビを、パウラの腕から抜き去った剣の勢いで薙ぎ払う。
「アアアアアアアアァァァ!!」
真二つに割られたゾンビがはじけ飛び、白き焔に包まれたパウラが、衝撃に眉を寄せた
だがパウラは、次の瞬間には嗤った。
「……愚かな、愚かなことを……神に歯向かうとは、愚かな者どもよ!」
血を滴らせながら、嗤ったのだ。
愛らしい少女の顔を借りた愚神は、頭上に振り上げた腕を振り下ろした。指先からほとばしり出た閃光が、八朔に続き攻撃を仕掛けようとしていた赤城に命中した。
「ぐはァッ」
受けた衝撃は、赤城の鍛え抜いた肉体と精神を翻弄した。
サキュパス、夢魔の与える悪夢が、赤城を包み込んだ。咄嗟に異常状態を察知したエステルが翻った。
「クリアレイ!」
エステルが放ったクリアレイが、赤城を悪夢から呼び覚ましてゆく。
だがその様子には構わずに笑みを深くしたパウラは、再び腕を振り上げてくるりと体を反転させた。まるでワルツでも踊るかのような優雅な仕草、だがその腕から放たれた閃光は、次の一手をと眼前にまで迫っていた八朔と加賀谷に向けられた。
「うぐッ」
「……っ!」
苦しむエージェント達に向けられた、幼い顔に似つかわしくない妖艶な笑み。エステルがケアレイを繰り出す間にも、月鏡は眉を寄せながら、ライヴスローを放った。だが防御に優れた愚神に届いた攻撃は、寸でのところで回避される。
愚神への怒りとパウラの哀しみに震える身の内が、月鏡の言葉となって出てゆく。
まだそこにいるはずの少女へと、届くことを祈りながら――――
「パウラ、あなたには未来があります! 愚神の贄などで終わってはなりません!」
『……強く呼びかけろ、彼女の魂に! 愚神との結びつきを弱められるかもしれない!』
ラシルの言葉が、共鳴状態の光輝く鎧の内に響く。
信者の半数は退避させられた。だが、未だにサキュパスの夢に漂う信者らが聖堂の中にはいる。
「意味のない問いだが、何処までも懲りん奴らだ……」
ゾンビの首を飛ばし、足を砕き、血しぶきを散らしながら、ダグラスが言った。その向こうでは、水瀬が三度目のブルームフレアをゾンビの集団に向かって放っていた。
吸い取られたライヴスから生まれたゾンビらはダグラス、水瀬、マックスの三名が切り倒しているが――
もう、彼らの言葉はパウラには届かないのだろうか。
愚神と共鳴するパウラが、嫣然と微笑んだ次の瞬間だった。
エージェント達の前から、ふっ、と姿を消した。
「えっ、消えた……!」
それは広大な空間と変化したドロップゾーンの端に現れた。
白き焔を纏った、パウラは再び信者らの前に立っていた。
腕からの血を流しながらも、白く輝く聖少女は信者らの前に悠然と立った。
「あの者たちは神の意思を誤解しているのです。真の幸福に包まれれば、彼らもまた神の許しの前に跪くことでしょう、さあ、ひとつになるのです。我が救いの手の元へ」
神々しいまでに白く輝く少女は、青い目の内にある焔を一層ぎらつかせた。白くほほ笑みを湛えた顔は、徐々に醜悪なものへと変化してゆく。
そして、亜空間の一角に立つ信者らの額に、指先を触れようとした――――
そのとき、加賀谷のへヴィアタックがパウラを倒した。信者の額に触れるのを防いだが、パウラは衝撃から瞬時に身を起こすと、嫣然と微笑んだ。
その様子を襲い掛かるゾンビ従魔の首を切り返しながら見ていたマックスが、叫んだ。
「まずいぞ、パウラの様子が……このままじゃ愚神に食われ尽くすぞ!」
「くそっ 触れさせるな、やつをこれ以上、肥大させてたまるか!」
回復しきらない体を起こしながら、加賀谷が叫んだ。
増大する愚神の力と生命力に反するように、パウラ自身のライヴスはすり減ってゆくのが見てとるようにわかった。先ほどまで垣間見えていたパウラ自身の表情が、苦悶のものから衰弱のそれになろうとしていた。
醜悪な笑み、愚神のそれが完全に覆い尽くそうとしていた。
「……絶対に、助ける……絶対に助けるから、希望を捨てないで!」
御門の声が、亜空間を伝わる。
憑かれた対象のライヴスが食われ尽くせば、その人間は死に至る。
タイムリミットはもう、すぐそこだった。
その一瞬が、一同の意識を一点に集中させた。
ごうごうと燃上る業火は、神のものではない。
神を騙る、魔のものだ。
ひとりの少女を、絶対に、助け出す。
その為には、愚神の力を弱めなければ――――
『パウラが持てば良いが……』
ヴァルトラウテの言葉に、赤城は浅い息を吐いた。
愚神は防御に優れている。パウラがライヴスを吸収しつくされる前に、愚神を引きはがさなければならない。
「限界まで弱めてから、やつを引っ剥がすしかないな」
赤城が口にしたそれに頷いた面々は、呼吸をひとつにした。
「一気に行くぞ」
加賀谷が浅い息を吐き出しながら、応える。
それは、愚神がショートテレポートした直後の一瞬だった。
再び信者らの額に指先を向けようと、腕をゆっくりと上げてゆく、そのわずかな合間――――
剣を構えた八朔が駆けだし、腰まで伸びた銀の髪と黒のトレンチコートが、ぶわり、と舞った。
「いつまでも偉そうに騙ってんじゃねえぞ!」
繰り出したライブスローは、ハードアタックの活性化により痛恨の一撃となった。
「由利菜さん!」
「鈴音さん!」
八朔の攻撃に間をあけず、月鏡と御門がライヴスロー、オーガドライブをぶつける。その間にも駆け付ける赤城が渾身のへヴィアタックを、銀の魔弾をマックスと水瀬が別方向から撃った。
反撃に出ようと腕を振り上げた愚神――――だがそこに、そこに守矢の縫止が決まる。
「させるかよ!!」『……それは、使わせない』
共鳴状態のフウと守矢の声が重なった。
動きを封じられた愚神が、苦悶の表情を浮かべる。
グオオオオオオ……!
うめき声が、亜空間の中に上がる。
「力が弱まった、今よ!」
ゾンビに向けてブルームフレアを放ちながら、連携攻撃に目を配っていた水瀬から、声が飛んだ。
そして――――
「目を覚ませええええッ、パウラ! こいつで終いだ!」
渾身の力で走り込んできた加賀谷のオーガドライブが、弧を描いて愚神を貫いた。
オオオオオオオォォ……
「……神を……恐れぬ……不届きモノめ……が……」
続けざまに直撃した連携攻撃によって弱まる力の中で愚神が尚も呪詛のような言葉をあげるが、エージェント達はそのときを待っていた。
「パウラ!」
歪む愚神の輪郭。ぶれ始めた愚神の概念体は、依代であったパウラの体から剥離を始めた。それを捉えた一同が、愚神を一気に引きはがす。
パウラから引きはがされたサキュパスは、反撃の態勢を取る間もなく、倒れた。
八朔の振り下ろした剣の下に、原型を留めないほどに――――
● 失われたもの、再びつくるもの
色を変えてゆく空間は、禍々しい亜空間から現実の教会へと姿を取り戻しつつあった。破壊しつくされ、ステンドグラスだった色ガラスは床に欠片となって散る。
力なく板敷の床に倒れ込んだパウラは、白い顔が血の気を失っていた。愚神に限界近くまで奪われたライヴスを思い知らせていた。
避難していた村人は数日もすれば、直に元の生活へと戻るのだろう。
壊された教会も、いつかは再びこの地に建てられるのだろうか。
「壮麗な聖堂も中に入るものが偽りなら……人を惑わす蜃気楼と同じです」
エステルの言葉が、人気の消えた聖堂へと向けられていた。
「……すぐに、救護が来るそうです」
本部への連絡を終えた御門が、スマホを仕舞いながら言った。
抱えたパウラの体はまだ子供と言ってもよいほどに、小さい。
だが経緯と動機はどうであろうとも、パウラはヴィランとして逮捕しなければならない。
重苦しい空気の中で、ぴくり、と動いた瞼がゆっくりと開いた。
「気づいたのか、今はしゃべらない方がいい」
恐ろしく弱まった脈を知る赤城が言った。
「……わた……わた……し……なんて、ことを……」
青い瞳に、涙が滲む。
「エステル、パウラにケアレイをお願いできない」
「そうね、わかった」
月鏡の言葉に頷くエステルのケアレイによって、パウラは幾ばくか顔色を取り戻した。
「……申し訳ありません……わたし……なんてひどいことを……っ」
「聞きたいことは沢山ありますが、まずは容態を落ち着かせるのが先です」
優しくかけられた月鏡の言葉だが、パウラがそれには僅かに首を横に振った。
近づいてくるプロペラの音は、H.O.P.E.の護送専用機だが、降り立った機内は既に救護の用意が整っていた。
駆け寄ってくる救護スタッフが応急処置を施す中で、パウラはとつとつと事の経緯を語った。
パウラの父は熱心な信者だった。
また信仰心が厚い土地で、教団は広く民の心をを救う、と評判だった。教団は、パウラも幼い頃から馴染んだ場所だった。
だが二代前の教団代表が老衰で逝き、後を継いだ前教祖が本当に心の救いを求めている信者を騙し、金品や財産を巻き上げていたこと、それに気づいたパウラの父が前教祖と言い争った後から行方が知れなくなったときから、全ては一変した。
後を継いだ教祖の様子がおかしい、とパウラが気づくよりも、その奇妙な十字架は祭壇に飾られた。
父の不在、そして教団の行う不正をどうにもできないのか、と不安感と無力な自分を嘆いたパウラが、礼拝堂を訪れたときだった。
民を救う奇跡を目の前で見せた愚神は、十字架の中から現れた。
そして、自身を救いの絶対神だと呼んだ。
パウラ自身はどこまでも無力な子供だったと語った。
――力が欲しかった
――とても、楽しい場所だったから。秋祭りも、春のイースターも、日曜の御祈りも
――教会を、取り戻したかった
パウラはそう、ぽつりとつぶやいた。
「不安と自責の心に付け入った、ってわけかい。大した神様もどきだな」
神の力を与えよう――――と、偽りの神に。
人の心を利用した、愚神の行いは、許されない。
苦さをにじませながら、マックスが吐き捨てるように言った。
「前教祖は愚神の餌食になり、やつはドロップゾーンを形成するまでに増大したということか」
ふん、とダグラスが応える。
血しぶきを浴びたダグラスのスーツは、白よりも赤に染まっている。
失われたものは、あまりにも大きい。
メンバーには負傷者も出た。
愚神の殲滅によって平穏は戻るだろう。
だが、そこには戻らないものがある。パウラの父親、死んだ人々、そして――
心の救いを求めて人々が拠り所とした、空間。
「ねえ、これからのことだけど。俺に出来ることは協力をするよ。いつでも相談にのる、だから、一人だなんて思わないでほしいんだ」
守矢の言葉と共に、手渡された小さな紙片を手に、パウラは薄く頷いた。
ありがとう、と小さくほほ笑んだ。
「……そこまで受け持たなくてもいいのに。智生は、お人よし」
フウの言葉に、守矢は笑みで応えた。
護送用の機体が飛び去った後には、夜の帳に包まれた人気のない村があるだけだった。
細い村の道にたたずめば、それまで気づきもしなった静寂と月影が見える。エージェント達の間にも、戦いの後の静寂が降りていた。
遠慮がちに口を開いたのは御門だった。
「……ありがとう。輝夜が力を貸してくれなかったら私多分、死んじゃってた」
「うるさいわい! 今回はあの美味そうな娘を利用しておった愚神ってやつの、小賢しいやり方が許せんかっただけで、次はこうも簡単に人を助ける為になんぞ、力は貸さんからのぉ!」
応える輝夜は、言葉とは裏腹にどこか嬉しそうでもある。
「なんにせよ、被害が大きくなるのを防げた。連携が取れて、よかった」
八朔の言葉に、ナラカが頷いた。
「無事に助けられたら、チョコでもあげようかと思っていたんだけど、差し入れになりそうだな」
「アムブロシアはカレーがお勧めみたいよ」
赤城に水瀬がそう応え、一同の空気が緩んだ。
「私、情状酌量と減刑の交渉ができないか、お願いしてみようと思います。彼女は悲劇を止めようとしていたんですから……」
月鏡の言葉に、ラシルが紫の瞳を瞬いてから、目を細めた。
「大丈夫だろう、とは一概には言えないが……H.O.P.E.とて状況は考慮するだろう。ところで収集したかったデータは取れたのか?」
「戦闘前後のドロップゾーンデータも、ちゃんと記録できたよ。ちょっとゾンビの血がついちゃったけどね。……ちゃんととれるのかしら、これ」
ラシルの問いに、手にしたノートパソコンをハンカチで拭く月鏡がいた。
「さぁなぁ。ゾンビ対応クリーナーとか、H.O.P.E.にあるか聞いてみる?」
茶化すように言った加賀谷に、空気が緩んだ。
護送専用機に遅れて近づいてきた二機目の騒音間近になり、着陸姿勢をとる。
少し冷えた夜風が、心地よかった。