本部

大飯喰らい現る

影絵 企我

形態
ショート
難易度
不明
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2017/08/09 19:03

掲示板

オープニング

●剛毅な食い物泥棒
 泣く子も黙る丑三つ時。歓楽街は未だ煌々と明かりが灯っているが、そこからほんの少しでも離れればもう何もかもが寝静まっている。オフィスビルも殆ど明かりが消え、スーパーやデパートはシャッターを下ろし、すっかり暗闇の中で押し黙っていた。
 しかし、そんな夜の静けさをついて、物の怪が一匹蠢いていた。灰色の長い毛並みを夜風に靡かせ、ぐっぐっと喉を鳴らしながら、長い足でペタペタと地面を踏みしめながら、巨大な腹を地面に擦りつけるようにしながら、その物の怪は歩いていた。闇に融けるその姿を、防犯カメラは映せない。何事もない夜の街並みしかそのカメラには見えていなかった。
「ぐふ。今日、ここにする」
 そんな物の怪は、一軒のスーパーの前でぴたりと足を止める。丸太の様に巨大な腕を伸ばし、ぴったりと閉め切られたシャッターに向かって手を伸ばす。
「ぐふ、ぐふ」
 鋼鉄で作られた扉が、メリメリと音を立ててひしゃげていく。剛力の怪物を前に、人の知恵が作り出したものなど無意味なのだ。そのまま強引にシャッターを押し開けると、今度はガラスを叩き割って怪物は中へと押し入る。入口に積まれているカゴやカートを薙ぎ倒しながら、怪物はスーパーの中へと押し入った。中にてその怪物を待っていたのは、大量の食べ物。耳元まで裂けた口でにんまりと笑った怪物は、そんな食べ物に向かってのしのしと歩いて行った。


 次の日、やってきたスーパーの店員は悲鳴を上げる。彼の目に飛び込んで来たのは、シャッターやガラスを滅茶苦茶にされ、食料品がこれでもかと食い散らかされた、哀れな職場の姿だった。

●ブリーフィング
「……と、最近この市街地ではスーパーなどが襲撃され、食料品を軒並み食い荒らされるという事件が数件連続しています」
 君達が見つめるモニターには、荒らされたスーパーの惨状が映し出されている。やがてそのカメラワークはするすると後ろに退いていき、街の地図を映し出す。被害の起きた地点が赤い点で示され、青い線が市街地と近くの山林を囲んでいく。
「プリセンサーが調査したところ、この襲撃を起こしたのは、皆さんも予想されている事と思いますが、愚神でした。脅威度はケントゥリオ級、その愚神が拠点としているのはこの山林の内部であるというところまでは調査できました。その際にプリセンサーはエージェントを前にして戦わずに退散している光景を見ているので、非戦闘的な性質の持ち主とも予測されます」
 そこまで言うと、オペレーターはテーブルの上に数台のカメラを並べる。
「これはライヴス回路を組み込むことで、ライヴスによるジャミングを防ぐよう設計されたカメラです。共鳴して用いる事で機能するので、これを用いて愚神の姿を記録してください。通常のカメラですとライヴスによりその姿を透過されてしまう事が既に明らかとなっていますので、注意をお願いします」
 君達は頷いてカメラを取る。
「調査地点はプリセンサーの予測した山林、また被害の発生している市街地に絞る事が推奨されます。経費は申請に応じて支給いたしますので、必要な場合は報告お願いします」
 そこまで言うと、オペレーターは一旦言葉を切り、ぺこりと頭を下げた。
「今回はあくまで調査であり、討伐、撃退までは要求いたしません。脅威度は曲がりなりにもケントゥリオ級ですので、どうか無理はなさいませんようお願いします」

解説

メイン 食料品の強奪を繰り返す愚神の姿を記録に残す
サブ どの部位でも良いので愚神の細胞を入手する
EX 愚神に100以上のダメージを与えて撤退させる(難しい)

エネミー
(以下PL情報)
unknown
概要:
 夜な夜なスーパーなどに侵入、保管されている食料品を食い荒らして退散する愚神。人的被害はないが経済的な被害が既に顕著。
脅威度:ケントゥリオ級
ステータス:生命力激高、その他も機動力以外は高水準
スキル:高性能の回復能力
外見:でっかい(体高3mほど)毛むくじゃら(灰色)のカエル
言動:ステレオタイプなくいしんぼデブの言動
性向:非戦闘的。三百キロほどの食糧を平らげ満腹になったら退散する。攻撃を受けてもある程度は無視。ただし食べ物を取り上げられると激昂する。寝込みを襲われた際も防御の為に猛攻を仕掛けてくる。
(PL情報ここまで)

調査用フィールド(括弧内PL情報)
山林
 市街地にほど近い山中。プリセンサーによるとこの地点にケントゥリオ級愚神の存在が確認できるとの事。ただし整備された山道以外は藪や木が生い茂っており調査行動は滞りがち。
(昼間にこのフィールドの地中を調査すれば発見できる。ただし何らかの工夫が無いと徒労に終わる。戦闘に発展しやすいので注意)
市街地
 夜な夜な愚神と思しき存在が現れ、食糧が食い荒らされている街。
(夜間、任意の場所に食糧を設置すれば愚神が飛びついてくる。食べ物を取り上げたり、過度に攻撃しなければ戦闘にはならない)

Tips
・食糧の代金は経費としてH.O.P.Eが持ってくれる。ただし最低限の支給であるため、嗜好品の類を混ぜる場合はいくらか自費で賄う事になる。
・任務達成にはどちらかのフィールドの調査を達成すれば足りる。ただし両方の地点を調査して愚神の生活サイクルを特定すれば成功度は上昇する。
・EXミッションは更なる食糧被害を呼び起こして成功度を下げる可能性がある為覚悟の上でやる事。

リプレイ

●PM12:00頃
「これは……ひどいですね……」
 御童 紗希(aa0339)は店の中の惨状を見て言葉を失う。商品陳列の棚が薙ぎ倒され、辺りにはぐちゃぐちゃに潰された商品が散乱していた。おまけに床には緑色をしたスライムみたいな粘液が広がっている。モップを掛ける店員、棚を元に戻そうとする店員、散らばるガラクタを掻き集める店員。彼らは必死に作業を続けているが、どこか途方に暮れた顔をしていた。
『状況がヤバいってのは見たら分かるが……具体的にどんなものが食べられたんだ? 食べられたものと量がわかってるなら教えてくれ』
「とにかく手当たり次第にやられました。アイスや冷凍食品の棚は空っぽですし、お菓子やレトルト食品の棚もほとんど何も残ってません。売れ残っていた野菜は裏の野菜室に保管しておくのですが、そこもこじ開けられて全部食べられてしまいましたよ」
 店長の男はぐったりと項垂れた。カイは足元に落ちていた紙屑を拾う。何かのお菓子の箱の一部だ。涎や粘液でべっとりしている。
『全部って、箱まで喰ってんのか……』

 その頃、雪室 チルル(aa5177)とスネグラチカ(aa5177hero001)は、紗希達とはまた別の店を訪れていた。三日前に愚神の襲撃を受けた店だ。
「とりあえず営業できるようにはしましたが、また来るんじゃないかと思うと食べ物の仕入れがしにくくて」
 店長の話を聞きながらチルルとスネグラチカは周囲を見渡す。普段ならぎっしり奥まで詰められているお菓子の棚は、パッと見て分かるほどに空白が目立つ。
「それで妙に棚がスカスカなわけね……食い物泥棒なんて、許しがたい蛮行ね!」
 チルルは腕を組み、むっと頬を膨らませる。スネグラチカはそんな彼女の横顔を不思議そうに覗き込む。
『どうしたの? 急に怒り出して』
「当然でしょ! あたいだってたくさん食べたいのに! この調子でいったらあたいの食べるものまで無くなっちゃうじゃん!」
『……流石にそこまでにはならないと思うけど』


 街に程近い位置にある山林。御神 恭也(aa0127)と伊邪那美(aa0127hero001)は街まで流れ込む川を二人で遡っていた。早足で歩きつつも、恭也は地面や傍に生える藪の状態を丹念に確かめている。伊邪那美はそんな恭也の背中を見上げて首を傾げた。
『本当に手掛かりなんて見つかるの?』
「店の商品を食い尽くせるんだ、随分な巨漢だろう。そんな奴が、人に見られもせずのこのこ道路を歩けると思うか?」
『まだ巨体の持ち主って決まった訳じゃないでしょ? 消化が早いだけで大きさは普通かもしれないよ?』
「消化が早いなら、常に食べ続けなければ飢え死にする。昼間に被害が無い以上は大型で間違いないだろ」
 早口のやり取り。伊邪那美はしばらく首を傾げていたが、やがて納得したのか小さく頷き、川下の方を振り返った。
『大型が見つからないためには、この川を伝うしかない、ってこと?』
「そうだ。この川は部分的に暗渠になっているからな。見つからずに移動するのも訳ないだろう。ほら見ろ」
 恭也は立ち止まり、目の前の藪を指差す。そこには、何かで引きずったような跡がはっきりとついていた。


「川の方に何かを引きずった跡? そうか。そっちが当たりか。まあせっかくだし、オレももう少しこの辺漁ってみるとするかね」
 恭也からの連絡を受けた逢見仙也(aa4472)は、山中の獣道を歩いていた。その目は周囲をうろうろしている。やる気がないわけでは無いが、懸命にもなっていない。
「それにしても、愚神ってそんなに物食うかねぇ? ライヴス吸収で普通は済ますだろうに」
『仮に消化するとして、そのエネルギーを何に使うのだろうな。太りに太って攻撃の衝撃を吸収するつもりなのか……』
 仙也が気まぐれで始めた雑談に、ディオハルク(aa4472hero001)は淡々と応じる。戦いの時まではやや遠く、テンションも相応に低めだった。
「それだけならその分どんくさくなってやりやすそうだけどな。……つーかなんだ、この山。土がふかふかしすぎてどうにも歩きにくいな」
 足元の土を何度も踏み込み、仙也は顔を顰める。靴にべったりと土が纏わりついていた。
『まるで耕した畑のようだな。何かで掘り返したような……』


「土が掘り返されてる……確かに、六花が今いるところも、歩きにくい、感じかも」
 氷鏡 六花(aa4969)は仙也からの通信を受け取り、途切れ途切れの口調でたどたどしく応える。彼女は今、日陰でも蒸し蒸し迫る熱気にやられかけていた。
「やっぱり日本って暑いのね……」
『(今日の最高気温は30度を超えるそうよ。……共鳴していなかったら融けてしまいそう)』
 今の六花はアルヴィナ・ヴェラスネーシュカ(aa4969hero001)と共鳴し、薄衣のついでに冷気まで纏っている。それでもきつかった。特にモスケールが当たる背中が熱い。しかし我慢するしかないのだ。
「土が、掘り返されて……もしかして、土の中を移動してるのかな」
『(土の中を……今回の愚神はモグラなのかしら?)』
「ちゃんとどんな姿なのか確かめないとね」
 モスケールを起動すると、六花は汗を拭いつつ森の中を再び歩き出した。


『ま、隠そうと思って隠さない限り自分の痕跡ってのは残っちまうもんだ』
「このモグラ塚みたいなもののサイズからすると、やっぱり相当な巨体みたいだね」
 九字原 昂(aa0919)はベルフ(aa0919hero001)と共に目の前にこんもりと盛り上がった土の塊を見つめていた。重機で掘り起こしたかのような小山だ。傍の木は根っこを見せて倒れかけている。
『2メートルは下らないだろうな。よくもまあ器用に掘り下げるもんだ』
「しかもこの中にはいないみたいだね……この山にはこんなのが幾つもあるのか」
『雨が降ってなくてよかったな。足場が大変な事になってたぞ』
 ベルフは唸る。お気に入りの靴がすっかり土塗れだ。位置を書き込んだメモに目を落とし、昂は頷く。
「今の所人的被害は出て無いっていうけど……早いうちに手を打たないとね」
『ああ。それに今までは偶々人が居なかっただけだ。居たら居たで、一緒に腹の中に納まってただろうさ』


『とにかく野菜には執着してたみたいだな。……きっと生モノだからだと思うから、閉店までに売り切っちまう肉や魚なんかも用意したら食べるかもしれないぞ』
「はい、わかりました。生モノを多めに、ですね」
 カイからの連絡を受けつつ、睦月(aa5195)は郊外の倉庫店を歩く。1袋で1キロという巨大な鶏肉のパックがチルドケースに無造作に並べられ、一玉一キロの巨大なキャベツが山のように積まれている。いかにもアメリカンな店である。
『化け物に、アレも食べさせたら、どうなる、だろうな』
「え、あんなものを? ……どうなっても知らないよ」
『色々、試して、こそだ。H.O.P.E.も、多少は、予算を、弾んで、くれた』
 テク(aa5195hero001)は幻想蝶の中から声を弾ませている。戦術家として、観測任務は彼の好みに合うらしい。既に飼い犬にやる餌を探しているかの如くだ。その一方で睦月はどうにも暗い顔をしていたが。
「今回の愚神も、優しい相手だったり、しないかな……」
『ためらうな。被害も、出てる。今回は、間違いなく、倒すべき、相手だ』
 テクは相方に釘を刺す。先日の依頼に参加してからというもの、どこか彼の心が揺れているのだった。

『調べたんだけど、食べ物も飲み物も全部合わせたら300キロくらい食べられちゃったみたいよ! エサを用意するならそれくらい必要になるんじゃないかな?』
「合計で、およそ300キロ、ですか。……何とか用意、します」
 スネグラチカからの報告を聞いて、魂置 薙(aa1688)は小さく頷く。彼もまた、睦月と同じ倉庫店にいたのだ。エル・ル・アヴィシニア(aa1688hero001)は安物の食パンを巨大なカートにひょいひょい乗せていく。
『象の一日の食事量は60キロほどだと聞いたことがあるの。300キロとは、その5倍になるな』
「ゾウ5頭分……食べ過ぎ。そんなに食べて、どうするんだろう」
『愚神の考える事などわからぬよ。まあ、日本では食糧が有り余ってるのだから、多少食べられたところで誰も飢えはしないだろうが』
 カートを押していくエルに従いながら、薙は俯く。過去のせいで無表情な彼だが、彼なりに愚神には思うところがあるのだ。
「そうだけど……そこにいるとわかってるのに、とりあえず調査するだけ、でいいのかな」
『ふむ……』


●AM0:00頃
「とりあえず……これで準備完了、です」
「……ん、改めて見ると、壮観、ですね」
 時計の針が一巡りした頃、山と街を結ぶ道路に集まったエージェントは積み上げた300キロの食糧の山を見つめていた。背の低い六花に至っては、見上げないと山のてっぺんが見えないほどである。
「炭水化物、タンパク質、ビタミン、ミネラル、食物繊維……ざっと見るととてもバランスの取れたラインナップだな」
『何だかもったいないね』
 恭也と伊邪那美は口々に呟く。肉に野菜が中心だが、何だかんだパンやら牛乳やら、選り取り見取りだった。しかしその中に、紗希は素敵なものを見つける。
「どうしてタバスコなんて混ざってるんですか……こっちはガムシロ……」
『アイツ、食性、よくわからない。色々、食べさせたかった』
 テクが悪びれもせず応える。チルルはぱっと目を輝かせた。
「面白そうね。食い物泥棒め、一体どんな反応するかな?」
「そろそろ隠れるとしようぜ。ヤツが出てくるっていう時間帯だ」
 既に共鳴を終えた仙也が建物の影から手招きした。エージェント達は頷くと、揃って物陰へと散っていく。全員共鳴すると、武器やらカメラやら構えて待ち伏せる。息を潜め、身動ぎもせず食べ物の山をじっと見つめる。

 ややしばらくして、奴は現れた。暗渠の切れ目から突然這い出してきたかと思うと、腹を引きずりながら、のたのた歩いてくる。口の切れ目から涎を垂らし、眼を細めて気持ち悪い笑みを浮かべていた。
「ぐふ、ぐふ。食べ物、ある」
 じっとりと濡れた灰色の長い毛を全身に纏わりつかせながら、カエルみたいな愚神は迷わず食べ物の前までやってきた。両手を伸ばしてキャベツを掴むと、いきなり巨大な口へと放り込む。口の端から噛み砕いた葉っぱの欠片が零れ溢れる。
「うわ、きも……鳥肌立ちそう」
『毛むくじゃらの……カエルか? アレは……』
 カイはアンカーを電柱の足場ボルトに引っ掛け、するすると伝って上へと昇る。そこから覗き込むと、やっぱりカエルな見た目をしている。
『毛生えガエル! これは見た事ない生き物だな。珍しい……面白い!』
「ふ、普通、ぶ、不気味だと、思わない……?」
 物陰から身を乗り出し、テクはカメラを構えてプラスチックの袋ごと鶏肉を口の中へと放り込む愚神の様子をバシバシと撮りまくる。
「んま、辛い、甘い、んま。」
 タバスコを瓶ごと食べ、ガムシロップをパックごと丸呑みする。人間なら悶絶ものだが、この愚神は何の痛痒も感じていないらしい。300キロもの食糧の山が、見る見るうちに小さくなっていく。
「すごい食べっぷりね……」
『タバスコ一瓶食べて“辛い”の一言なんだ……』
 横から写真を撮りながらチルルとスネグラチカは口々に呟く。パンも包みごと喰っている。美味いと言っているが美味そうに見えない。
「うーん……スマートフォンじゃ映らないのね」
 スマートフォンの画面を覗き込んで六花は不満げに呟く。目の前には確かに気持ち悪いカエルがいるというのに、スマートフォンを覗くと食べ物が宙に浮かんでは消えていく光景しか映っていない。
『(仕方ないわね。渡されたカメラで写真は撮ったし、もう一つの仕事を果たしましょう)』
 六花はこくりと頷くと、スマートフォンを幻想蝶に戻して走り出す。片手に断章を持ち、素早く魔法を唱える。その間に右手は氷の冷気を帯びる。
「えいっ」
 冷気を纏った右手でべったりとカエルの背中を触る。ギトギトと脂っぽい表皮がみるみる凍りついていく。六花は凍りついた皮に指を突き立てると、一気に肉をもぎ取った。
「んー? 何か、背中、冷たい」
 カエルは一瞬顔を上げたが、結局目の前の食べ物へと関心を戻す。そこへさらに、こっそりと恭也にカイが近づいていく。
『喋ってる……いかにも“らしい”感じで……』
『背中凍らされてこのレベルの反応ってすげえな。……とりあえず先行けよ』
 カイが手で合図すると、恭也は背後から大剣を構え、そっと突き刺す。刃は脂ぎった肉に阻まれながら、ずぶずぶと潜り込んでいく。しかし今度は反応すら示さない。パック詰めの肉に喰らいつき続けている。
「(斬りつけても反応無しか……効いてるのか判らんな)」
『(食べ物を届けるから昼にいる場所を教えて、って言ったら教えてくれるかな?)』
「(教えそうで怖いな……ついでに、その手で戦いを仕掛けると酷く怒りそうだ)」
 恭也は懐から懐中電灯を取り出すと、傷口に素早く差し込む。背中から光を放つ珍妙なカエルの出来上がりだ。その隣では、カイが注射器を背中に深々突き刺している。プランジャを引くと、ぬるぬると赤っぽい液体が吸い上げられてくる。
『(何だこれ。血なのか? 血なのかこれは?)』
「(脂なんじゃ、これ……)」
 カイは針を抜いて栓をすると、六花に注射器を投げ渡す。渡された六花の手の内で、中身は見る見るうちに分離していく。二人は顔を顰めるしかなかった。
「肉、血、と来たら……じゃあ俺はこうか」
 さらにやってきた仙也は、剣を使って毛を一束切り落とす。
『(これだけサンプルがあると、むしろ分析の時持て余してしまうかもしれんな)』
「(まあいいじゃねえの。少ないよりはましだぜ)」
「何か、背中、痒い」
 流石にカエルも背中に違和感を覚えたらしい。四人は慌てて距離を取る。しかし、カエルは天を見上げてゲップのような汚い鳴き声を上げる。その瞬間に、背中の傷はみるみる癒えていく。傷つけられた肉が盛り上がり、肉に埋まっていた懐中電灯は外へ飛び出してきた。
「(……まさかこれほどの回復能力とは)」
「ぐふ。でも、何で、こんなところに、食べ物あったんだ? ……まいいか。ぐふ」
 とりあえず食べ散らかした愚神は、そのまま振り返って暗渠へと歩き始めた。チルルとスネグラチカが撒いておいた白い塗料が腹につき、べったり跡が残っている。
『(ついでにこいつでも喰らえ!)』
 追い打ちにカイがヤシの実爆弾を投げつける。しかし爆弾は愚神のブヨブヨした背中に一瞬呑み込まれたかと思うと、爆発しないままごろんと道路に転がる。
『はぁ?』
 カイが呆気に取られている間に、カエルはすごすごと暗渠に下りていく。その背中を追い、影に隠れていた昂が飛び出す。
「大丈夫です。僕達が追跡するので、皆さんは情報の整理をお願いします」
 それだけ言い残すと、昂は柵を軽やかに乗り越え、暗渠の中に姿を消した。仙也は武器を弄びながら、柵から身を乗り出して暗渠を覗く。
「行っちまったな……」
『(追跡は追跡のプロに任せておけ。我々には我々の生きる戦場が在ろう)』
「ま、そうか」
 仙也はくるりと振り返る。食べ物の山の跡で、薙とテクが屈みこんでいた。
「うわ……、僕の手によだれがべったり……。勘弁してよ、テク……」
『仕方ないだろう。唾液も重要なサンプルになる』
「一応、色々な面から奴を撮ってみました。暗渠から出て歩行しているところから、手を使って食べているところ、攻撃されてもあまり気にしていなかったところも、一応」
 薙はテクにカメラを差し出す。様々なアングルから丁寧に愚神の姿を収めた写真がデータに並んでいた。
『うむ、よく撮れているな。……となると、あと奴から取るべきデータは……』
「あの愚神との戦闘データね」
 チルルが自信満々に会話へ乗り込んで来た。スネグラチカもその隣で頷く。
『姿を撮るだけで良いって言われたけど、いつかは必ず一戦交えるんだから、結局は早い方がいいよね』
『うむ、そうだ。森の中でなら、街の被害も少ないだろう。コウが上手くやってくれればよいのだが』
 テクの呟きに、六花は確信したように応えるのだった。
「あの人なら、きっと大丈夫だよ」

 ブラックライトで光る特殊な塗料を暗渠の中に点々と塗りつつ、昂はカエルの立てるひたひたという音を頼りに後を追い続けていた。
『(一応潜伏しながらとはいえ……アイツは自分が後を付けられてるなんて思いもしてないみたいだな)』
「(そもそも、あれだけやられても痒いの一言だからね……本当に食べる事以外に関心が無いのかもしれない)」
『(アイツ川から上がるぞ)』
 川幅が狭くなり、コンクリートの壁に挟まれかけたカエルはのそのそと這いずり岸の上に出る。昂はその後をすぐには追わず、川縁に張り付いてじっとその様子を見上げる。相変わらずマイペースに、カエルは夜道を山に向かってぺたぺた歩き続けていた。昂は素早く坂を駆け登り、電信柱の影に隠れながらカエルを追う。
「うま、うま。今日も、たくさん、喰えた」
 もごもご口を動かすと、カエルはその太い前足で山の土を掻き分け始める。そのまま土に潜ると、こんもりとした畝を作りながら山を登っていくのだった。
『(……丸見えじゃねえか)』
「とりあえず、寝床までお邪魔させてもらおう」

●再びPM12:00
 翌昼、一同は山林の開けた場所に作られた腐葉土の山を取り囲んでいた。遠目に見れば周囲と変わりない景色だが、近くまで来てよくよく見れば、数秒毎にその山は収縮を繰り返している。
「山についたら土に潜ったので後を追いかけたら、このような状態になっていたんです」
 昂の言葉を聞いて、仙也は拍子抜けとばかりに肩を竦める。
「頭隠して尻隠さず、っていうのかね、これは」
『似たような、もの、だろう。……私達は、位置につく。戦いは、任せた』
 テクと睦月は離れた木の上にするすると登っていく。それを見上げつつ、エージェント達は共鳴して武器を構える。
「じゃあ、行くね」
 六花は絶零断章を広げ、静かに呪文を唱え始める。巨大な氷の杭が空に浮かび上がり、その切っ先を地面へと向けた。
 六花が一気に右手を振り下ろすと、杭は地面へと次々に突き刺さる――
「うあああーっ!」
 その瞬間、土を破って毛むくじゃらのカエルが飛び出してきた。眼をぎょろつかせ、カエルは慌てて周囲に立つエージェントを見渡す。その間にも、背中の凍傷は見る見るうちに癒えていく。
「やったの、お前ら、か」
『だったらどうするんだ?』
 アンカー砲でターザンのように舞い、カイが一気にカエルの正面へと飛び込んだ。
『ビビッとけオラァッ!』
 水縹を地面へ突き立て、彼はカエルに向かって吼えた。ライヴスの詰まった叫びに、思わずカエルはその場で二の足を踏む。その瞬間に、背後から神速で迫った昂がカエルの喉元に刀の切っ先を差し込んだ。
「これでどうです」
 一気に昂は刀を振り抜く。灰色の毛も分厚い皮もすっぱり切り裂かれ、脂ぎった血がぼたぼたと溢れ出す。
「いだい、いだいぃぃ……」
 喉を掻きむしるようにしてカエルはその場でどすどす足踏みを繰り返す。地が震え、エージェント達はぐらりとよろめく。木の上に立つテクは思わず落ちかけたが、どうにか踏みとどまってスマートフォンを構え続けた。
『クク。流石に戦いとなると機器をジャミングする余裕も無いようだ。戦わず眺める仕事、これはやはり楽しいな……』
「何だか、可哀想に見えるな……」
 エージェントから攻撃を受け続けるカエルを見つめ、睦月がこっそりと呟く。テクは僅かに顔を顰め、改めて釘を刺す。
『仕方ないだろう。奴は人間に害をもたらしてるんだぞ』
 カエルが苦しむ背後で、仙也はレーギャルンに刃を収めたまま深く構える。その周囲に鞘に込められた沢山の刃が浮かび上がった。
『(全く。待ち侘びたぞ)』
「さあ、てめぇは一体どんな技を使うんだ? その毛を針にでもして飛ばすか?」
 剣を抜き放つと同時に、幾つもの衝撃波が乱れ飛ぶ。肉が裂け、どろりと血が溢れ出す。カエルは全身を苛む痛みに、蹲ってただ呻く。その隙に間合いを詰めた薙は、全身を捻るようにしてアステリオスを担いだ。
「……街を荒らすきみを、放っておくわけにはいかないんだ」
 横薙ぎに振り抜かれた大斧は、カエルの横っ面を打ってよろめかせる。奇襲からの激しい攻勢に、カエルは押されっぱなしだ。
「よーし、このまま畳みかけて――」
 チルルはさらに斬撃を見舞おうとする。しかしその瞬間、カエルはげろげろ煩く鳴き始めた。
「お前ら、嫌いだ。せっかく、たくさん食べたのに!」
 カエルの巨大な腹がしぼんでいく。その全身からライヴスが大量に溢れ出し、刻まれた傷を全て癒してしまった。突然の変化に、チルルは突撃を止めて一歩引くように身構えた。
『チルルにしては慎重じゃない?』
「今明らかにヤバイ感じでしょ! それくらいあたいにだってわかるのよ!」
 カエルは長い舌を伸ばすと、眼にも止まらぬ速さで振り回して周囲を薙ぎ払う。遠巻きにしてその一撃を逃れた六花は、威嚇を続けるカエルを見据えた。
『(蓄えた脂肪をライヴスに変換、肉体の回復に充てている……というところね)』
「おデブさんならではの能力ね……なら、それを封じるわ!」
 六花が掌から光をばら撒いた瞬間、輝く翅を持った凍れる蝶となってカエルに襲い掛かる。
「煩い、邪魔」
 しかしカエルもさる者、その腹をさらにしぼませながら纏わりつく蝶の攻勢を堪え、払い除けてしまう。
『どんどんスリムになりやがるな、こいつ』
「このまま骨と皮にしてしまえばいい。一気に押し切るぞ」
『ああ。……おいデブ! お前、一体何で店を襲うんだ?』
 ヘパイストスを地面に突き立てながら、カイは挑発交じりに尋ねる。
「店? 襲う? ……オデ、食べたいから、食べてる、だけ、食べたいから――」
「うわっ」
 その時、カエルの舌が素早く動いた。六花が投げつけようとしたチョコレートは、瞬きも出来ないうちに彼女の手元から消える。カエルは口をもごもごさせ、ねっとりと付け足した。
「食べる」
『ああそうか。わかったよ。……じゃあこいつも喰らっとけ!』
 ライヴスを充填しきったヘパイストスの引き金を引く。普段の三倍回転で激しく放たれる銃弾は、吹き付ける嵐のようにカエルを襲った。長い両腕で顔面を庇うカエルだったが、やがて銃弾の勢いに負けてごろりと仰け反る。
「(現状で俺が出せる全力……どこまで通じる?)」
 腹を見せたカエルに屠龍の大剣を担いだ恭也が迫る。過剰な程にライヴスを込められた剣は、刃の腹が軽く罅割れ光が漏れ出していた。
「ハァッ!」
 両手で握った剣の切っ先を鋭い踏み込みと共に真っ直ぐ突き出す。その瞬間、カエルの脂肪を掻き分け、深々と刃が突き刺さった。
「グ、ブブ……」
 カエルはのたのたと後退りする。その間にも、カエルの脂肪は燃焼して傷は塞がっていく。しかしついに限界が訪れた。腹の傷が癒えきらないまま、すっかり痩せたカエルは四つん這いになって周囲をぎょろぎょろと見渡す。
「ああ、痩せた。痩せちまった」
 口調まで饒舌だ。チルルは剣を構え直して揚々と啖呵を切る。
「これ以上あたい達のご飯に手を出すようなら、容赦はしないんだからね!」
「煩い煩い! 分かったよ! もう違う所に行く!」
 チルルを睨みつけて早口で答えると、いきなりカエルは高く跳び上がった。地面の影はみるみる小さくなり、カエルは空へと消える。エージェント達は目を凝らしたが、どうやら街の方角には飛んでいないようだ。
「……手応えが無いわけじゃなかったけど」
「ほとんど全部回復されちまったなぁ。ま、もっと殴ってやれば音を上げただろうけど」
 薙と仙也はカエルの消えた空をじっと見上げる。テクと睦月は柔らかくなった土の上にそれぞれ飛び降りると、仲間に向かってスマートフォンを振る。
『とりあえず、こちらで、色々と、記録はしたぞ。これから、すべきは、奴への、対策だな』
「うん。……とりあえずみんなで集めた物をプリセンサーさんの所に持っていかないと。違う所に行くなんて言ってたから、きっとまたどこかの街で同じことするよ」
 六花は血液サンプルを取り出す。分離した脂肪が、シリンジの中でべったりと固まっていた。
「今回集めたサンプルが予知の助けになればよいのですが」
『今回で一気にダイエットしちまったからな。リバウンドしようと躍起になるぞ……』
 昂とベルフはテクの持つスマートフォンに映るカエルの姿をじっと見つめる。痩せて口がさらに裂けたその姿は、世界の何をも呑み込んでしまいそうだった。

Fin

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 太公望
    御神 恭也aa0127
    人間|19才|男性|攻撃
  • 非リアの神様
    伊邪那美aa0127hero001
    英雄|8才|女性|ドレ
  • 革めゆく少女
    御童 紗希aa0339
    人間|16才|女性|命中
  • アサルト
    カイ アルブレヒツベルガーaa0339hero001
    英雄|35才|男性|ドレ

  • 九字原 昂aa0919
    人間|20才|男性|回避

  • ベルフaa0919hero001
    英雄|25才|男性|シャド
  • 共に歩みだす
    魂置 薙aa1688
    機械|18才|男性|生命
  • 温もりはそばに
    エル・ル・アヴィシニアaa1688hero001
    英雄|25才|女性|ドレ
  • 悪食?
    逢見仙也aa4472
    人間|18才|男性|攻撃
  • 死の意味を問う者
    ディオハルクaa4472hero001
    英雄|18才|男性|カオ
  • 絶対零度の氷雪華
    氷鏡 六花aa4969
    獣人|11才|女性|攻撃
  • シベリアの女神
    アルヴィナ・ヴェラスネーシュカaa4969hero001
    英雄|18才|女性|ソフィ
  • さいきょーガール
    雪室 チルルaa5177
    人間|12才|女性|攻撃
  • 冬になれ!
    スネグラチカaa5177hero001
    英雄|12才|女性|ブレ
  • 掃除屋
    睦月aa5195
    獣人|13才|男性|命中
  • 閉じたゆりかごの破壊者
    テクaa5195hero001
    英雄|25才|男性|ジャ
前に戻る
ページトップへ戻る