本部

鉄挫きの雄鹿

長男

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2017/08/02 20:51

掲示板

オープニング

●猛烈な追走者
 もっとスピードを。
 致命的な速度で走ってもなお男はもどかしさを感じていた。危険な数値を示す速度計、そしてバックミラーを見た。奴だ。ついてきている。信じられない。
 男の車は奇跡的な軌道を描いてカーブをドリフトし、ほとんど減速せずに曲がりきった。直線で加速をかけ後方を確認する。それは立ち止まって遠くから車を見つめ、あっという間に見えなくなった。男は歓喜の叫びを上げた。生き残ったのだ!
 この道を進めば街へ出られる。安全な自宅はもうすぐだ。次にハンドルをきると道の中央に何かがいた。男は避けようとしたが、それは逆に猛然と車へ向かって来た。
 男は悲鳴を上げ、世界は衝撃に反転した。

●無情の山狩り
「このような交通事故が相次いでいます。ドライブレコーダーの記録から、単なる野生の生物でないと断定され、我々が対処する運びとなりました」
 映像資料に映し出されていたのは、高速で走行する自動車を追走する、恐ろしく巨大なヘラジカであった。ありえない速度で車体に迫る姿はとても自然な生き物には見えなかった。
「山林を囲むように整備された道路の周囲で同様の事故が昼夜問わず起きています。いずれのケースも遺体が発見されていないということから、この山中に従魔が潜伏し人間を餌食にしているものと思われます。幸い、他の山でこのような事件は起きていません。従魔が縄張りを移動する前に、現場へ向かい、発見し、撃破してください」
 交通規制によって道路を通行止めにすることは出来るという。ただ人間が通らない時間が長く続くと従魔に移動される可能性があるため、なるべく早いうちに殲滅することが望ましい。
「山の麓までは我々がお送り致しますが、山狩りは完全に皆さんへ任されることになります。また相手が一体とは限りません。充分に注意してください」
 夏休みの時期にさしかかり、この道路は帰省のために多くの家族や若者が利用するのだそうだ。彼らの平穏な旅路は、エージェントの手に託された。

解説

●目的
 すべての従魔の撃破。

●現場
 道路に囲まれた山。広く低い山は深い森林に覆われている。
 森は従魔の縄張りと化していて、人間や英雄が入り込めばそれがどこにいても従魔は察知できる。大きな樹は破壊可能な障害物として扱い、攻撃の対象や発生源の周囲に障害物が多いほど範囲攻撃と一定以上の射程による攻撃の命中が減少する。

●従魔
 鹿型従魔。デクリオ級。
 物理攻撃、物理防御が高い。
 原生のヘラジカに従魔が憑依したもの。平たく大きな角は攻撃や防御の他に障害物の破壊にも使われる。
 山中には目撃例のないものも含めて四体の従魔が存在し、そのうち一体は他の従魔より能力が高い。仲間が傷ついたり倒れたりすると、そこへ駆けつけて驚異を排除しようとする習性がある。
・角振り上げ
 近接単体物理攻撃。自身の物理攻撃と命中した対象の物理防御で判定を行い、勝利した場合はBS:衝撃を付与する。
・踏み荒らし
 近接範囲物理攻撃。攻撃の前に追加で移動を行い、移動前と移動後にそれぞれ隣接していた相手を攻撃できる(同じ相手を一度に複数攻撃することはできない)。
・投げ飛ばし
 長射程単体物理攻撃。隣接する障害物が破壊できるなら、それを破壊して使用できる。

リプレイ

●山林の警戒者
「サバンナと違って視界が悪いねえ」
『サバンナには森も山もありませんでしたから』
 ジラーフ(aa5085)は カオピー(aa5085hero002)と並んで立ち、別の方向から密にそびえる木々の隙間に動くものを探していた。巨木の集まる森林は、故郷の果てしない平野にはなかったものだ。
「鹿は狩りの獲物としてはいいな」
『今回のは食えないけどな』
 やや後ろに逢見仙也(aa4472)とディオハルク(aa4472hero001)がついてきている。仙也は鞘に収まった剣をしばしば木々にぶつけ、狭い山道へ苦笑いしていた。
「弓持ってないのが惜しいなー、山狩りなら弓使う方が楽しいんだけど」
『まあ生きたまま解体してみようなんて普通やらんしな、まあ経験だ』
 先を行く二人から石が転がり落ちて来るのをディオが避けていた。カオピーが辺りを見回す最中、野生の視力でぎりぎり顔のわかるくらいの距離に別の仲間を見つけ、それと目が合ったように感じて彼女は小さく手を振った。

「人肉を食うとは。とんだ外来種もあったものだな」
 ソーニャ・デグチャレフ(aa4829)は木々の枝葉を切り取ってラストシルバーバタリオン(aa4829hero002)にくくりつけた。即席の偽装だが、ないよりましに思えた。山の土壌は安定していて、金属の英雄が踏みしめても脚をとられることはなかった。
「鹿の従魔……か。死体を貪るなんて……死者への冒涜も甚だしいよ」
 苦々しく眉をひそめた紀伊 龍華(aa5198)が足下に注意を払う隣で、ノア ノット ハウンド(aa5198hero001)がひらひらした足取りで木の根を避けながら返事をする。
『ですね。競った相手と励まし合うからこそ競争は面白いのです。亡きものにするのは全く楽しくないです』
「……例えが少しアレだけど、許せないっていうところは同感かな」
 段差の急なところを登って龍華は立ち止まり、振り返って柏木 優雨(aa5070)の様子を伺った。彼女はフロイト・ヴァイスマン(aa5070hero001)に支えられ、滑りやすそうな坂を乗り越えようとしていた。
『そこに足をかけて。そう、いいぞ。もう平気だな?』
「うん……あとは自分で歩けるの」
 眠たげな目でよじ登る優雨をなんとなく見ていられず、龍華はかがんで手を差し伸べた。優雨は瞬きをし、お礼の言葉を呟いて龍華の手に支えられ同じ位置へ登った。
「仲のよいことだな。貴公らは戦友であるか?」
 ソーニャの問いかけに二人は顔を見合わせた。彼らは人見知りに口ごもり、やがてどちらも目を合わせず頷いた。
「そうか。うむ、仲間がいるのはよいことだ。なあ!」
 作業を終えたソーニャは英雄の機体に乗り込み共鳴した。各部の動作を確かめながら、今日の獲物に思いを馳せる。鹿肉、懐かしい母親の味。狩猟の興奮が沸き立つのを感じ、彼女は笑みを浮かべて通信機を確かめた。

『ああ、よく聞こえる。了解。そのまま作戦の通りに』
 通信機にアイギス(aa3982hero001)が話しかけている。彼女のそばを頼りなくついてきている東宮エリ(aa3982)はぼんやりと野山を見渡していた。葉の隙間から光がちらつき、争いのない森は安らいで見えた。
「鹿狩りの醍醐味はやはりジビエとして賞味出来る事でしょう。繊細かつ野趣に溢れた味にはやはりヴォルネイでしょうか?」
『なぜ従魔を食する風習が広まっておるのか分からぬが死骸はそのまま焼き尽くすのが良いと思うぞ』
 二人の後ろから、土と緑の空間には異質なスーツ姿の石井 菊次郎(aa0866)とテミス(aa0866hero001)が追いついている。熱弁する菊次郎と素っ気ないテミスの会話が茂みを踏む音よりよく聞こえた。
『そっちはどうかな、何か見つかったか?』
 アイギスは顔を上げた。彼女たちより少し先にロックス(aa5279hero002)が、さらに先をコール(aa5279)が歩いている。コールは崖を登る山羊のように急斜面の坂を苦もなく進み、このチームの望遠眼となっていた。
「いや、何もおらぬ。静かなものじゃ、リス一匹見あたらぬぞ」
「山に入った次点で従魔には察知されているはずです。じきに集まって来るでしょう。引き続き遠方の警戒をお願いします」
「うむ、よかろう」
 コールはもう一歩先へ進み、そして息を詰まらせて素早く跳び退きその場に伏せた。仲間たちは意味を察し、緊張して武器や通信機を手にした。
「おったぞ。あの樹の間じゃ。こっちを見ておる、気づかれておるぞ」

●連携する狩猟
 その鹿の病みものは苔むした色合いの毛皮で森に溶け込み、周囲の木々と比べても巨大で、左右に顔よりも大きな角を生やしていた。
 菊次郎はテミスと共鳴し、それが射程に入るのを待った。従魔は彼らを見つめ、数歩近づき、そして突然走り出した。邪魔な枝や細い樹を蹂躙して、車ほどの巨体が信じがたい速さで接近してくる。
 従魔が間合いへ侵入すると、菊次郎はサンダーランスで先制した。雷が木々を倒し従魔も貫いた。それは衝撃に怯み、だがすぐに突進を再開した。
『エリ』
 アイギスが声をかけたが、エリは迫り来る巨獣に怯えるばかりだった。アイギスは瞬時に判断し、エリを押しのけて盾を構えた。蹄が防御を踏み台にして従魔を遠くへ連れ去った。
 アイギスは深呼吸した。充分に捌き切れそうだ。しかし万全を尽くすべきだろう。
 エリを促して共鳴したあともアイギスの思考は穏やかでなかった。手応えからして訓練に手頃な相手だったが、エリはとても戦える余裕のあるようには見えなかった。アイギスは内心舌打ちした、こいつは戦えるようになる気はあるのか?
『(動物相手にコレじゃあヒトガタ相手ならどうなる事やら……いや、そっちのが平気かもな。こういうのは)』
 従魔は勢い余って走り去り、少し離れたところで向き直ろうとしていた。そこへまず刃物が、次いで砲弾が降り注いだ。斬撃が木々を薙ぎ払って従魔を刺し、障害物の減ったところへ火砲が着弾した。様々な破壊が唸りを上げ、中心にいた従魔の悲鳴を飲み込んだ。
「豪快じゃのう。レベルの高いリンカーはこのようにするのじゃな?」
「まあ、今はこうするのが最適でしょう。障害物が減って、戦いやすくなりましたね」
 接近戦に備えて武器を盾に持ち替えようとしたとき、菊次郎の通信機が鳴った。従魔は彼らの予想した範囲より外側から増援にやってきていた。

「ワンツー、ワンツー……」
 優雨の拳が従魔の腹へめり込む。皮か肉の分厚い手応え。従魔が優雨のほうを向くと龍華がメギンギョルズを角に巻きつけて強引に振り返らせ、逆上した従魔の攻撃を盾でいなす。ソーニャが先に現れた従魔に対応する間、二人はそれぞれの英雄と共鳴し丁寧な能率で戦っていた。
「防御は、任せたの……」
「ただ闇雲に振るうだけの力を御するのは難しいことじゃないよ。あ、でも……だ、大丈夫、だよね?」
 頭部を縛られたまま従魔は跳ね回った。重量と怪力で単なる地団駄が衝撃の嵐に育っていた。龍華は盾で、優雨もこのときはインタラプトシールドによって防いだ。
「大丈夫。ガードも堅く……やわじゃ、ないの。それに……」
 激しい足踏みが終わると、従魔の顔が優雨の目の前にあった。優雨は低い姿勢から拳を振り上げ、従魔の顎を打ち上げた。骨格の激突する音が響き、龍華は眉をひそめた。優雨は素早く構え直した。見開いた瞳は歓喜に輝いていた。
「鹿さん相手に……ボクシング……新鮮、なの」
 従魔が打たれた頭を左右に振り、龍華は引きずられそうになった。優雨がそれなりに打撃を加えたはずだが、従魔は堪えていないように思えた。
 あとどれだけ待てばいい? 臆病な疑念が浮かび、龍華はすぐに強く振り払った。抑え続けるだけでいい、少しでも長く。二人は互いの役割をわかっていた。
 龍華の頭上から鎖が伸びて従魔の拘束に加わった。振り返るより早く勇ましい少女の声が山林にこだました。
「よくぞ二人で持ちこたえたな! 先ほど一匹を仕留めた、小官も加勢するぞ!」
 ソーニャと龍華は従魔と綱引きを始めた。二人分の力でも不足を感じたが、優雨が従魔の側面を叩くと均衡は崩れて従魔は引き倒された。すかさずソーニャが飛び乗り、腕部の爪を従魔に食い込ませた。
「物理防御は高いみたいなんだ、優雨もずっと攻撃してたんだけど……」
「知ったことか! 倒れるまで打ち据えるのみ!」
 脚の下で暴れる従魔を抑えつけ、繰り返し、繰り返し、ソーニャは引き裂いた。

「ブモオオオオオオ!」
 首から肩にかけての筋肉で体当たりし、ジラーフは従魔の首に正面から組み付いた。従魔もまた仕返しに巨体を叩き付けた。威力ある質量を受けジラーフはよろめいた。
 共鳴していても、ぶつかり合うたびにジラーフのほうが傷ついていった。ワイルドブラッドといえど動物の従魔に野生の流儀で格闘を挑むのはいささか無謀であった、特にそれが一騎打ちの場合においては。
「けっこうやるじゃない……負けるかっての」
 ジラーフは意識して呼吸を整え、全身を覆うメギンギョルズを締め直した。自分を越えて仲間の背後へ行かせる気はないし、従魔を前に一人で倒れるのもごめんだ。
 従魔が押し寄せ、何度目かの取っ組み合いが始まった。ジラーフはジェミニストライクで側面からも力を加えたが、それが自慢の角を振るうと分身ごと吹き飛ばされた。
 ジラーフは転ばされて背中を打ち、絶叫して跳び起きた。目と鼻の先に角が迫る。だが轟音とともに何かが横から飛び出して従魔を穿ち、進路のそれた突進はジラーフのそばの樹を粉砕した。
「はあ、馬鹿力だな。あんなのと殴り合うってかよ」
 サンダーランスが開けた焦げ付く獣道に菊次郎が立っていた。すぐ横に仙也が現れ、鞘に収めた剣に手をかけていた。
「ジラーフさん、大丈夫ですか?」
「……他のところは、もういいの?」
「別の場所にもう一匹出ていますが、そちらには一人戻って三人います。こちらは一人だけだったようなので、応援を厚くしてみました」
 従魔が立ち上がると、仙也が剣を抜いてたちまち斬りつけた。ストームエッジが周りの樹もろとも従魔の皮膚をずたずたに刻んだ。
『待たせたな。すぐに手当てしよう』
 ジラーフのそばにアイギスがやってきてケアレイをかけた。一度ではとても癒しきれず、アイギスは他の仲間の防御を一瞬気にかけた。
「心配すんな、前衛張るのに慣れてんだ。そいつの回復を優先してやってくれ」
 視線に気づいた仙也が振り返らずに答えた。従魔は暴れ馬めいて仙也と菊次郎を順番に蹴りつけたが、アイギスは彼の言葉を信じ回復に徹した。ジラーフのダメージはそれほど深刻だった。
 菊次郎が角を狙って至近距離から銀の魔弾を撃ち込むと、それは角を軋ませ従魔を悶えさせた。怒り狂う従魔に拒絶の風を吹かせ、菊次郎は間合いを取り直した。魔法攻撃は効果的だ。
「ふむ、この調子なら比較的早く……はい? なんでしょう?」
 通信機の音だ。菊次郎は最初うまく聞き取れず、従魔を見据えたまま聞き返した。
 ソーニャの声が返事を繰り返した。それは切羽詰まって聞こえた。
「大型の従魔に遭遇した。数はこいつで最後だったな? 至急応援を願う!」

●怒れる群れ長
 絶え間ない打撃がついに頭蓋を砕き、その従魔が動かなくなったとき、それは彼女たちの前に現れた。
 山のこぶに脚と角が生えたようだった。他の従魔よりもはるかに超大で、瞳は新緑の光に燃えていた。
「襲って……こないの?」
 ソーニャが仲間へ通信する間もその従魔はただ立って見つめていた。やがて重々しく身を屈むと、近くの樹に……立ち枯れて半分に裂けた太い樹の根本に角を突き立てた。引きちぎる音とともに樹が掘り出され、従魔は首を振り上げて大木の根を投げつけた。
「う、わっ!?」
 みな一瞬呆気にとられ、我に返るころにはもう目前であった。各々の方法で防御力を高め衝撃に備える。砂の粒が目を塞ぎ、痛みと重みと轟音がのしかかった。
 力を合わせて木の根をどけ、彼女たちは降りかかった土を払いのけた。龍華はいち早く視界を取り戻すと、その従魔が興味をなくしたように向きを変えるのを見た。
 龍華は走った。従魔の前に立ちはだかり、可能な限り注意を引きつけようとした。他の仲間はまだ戦っているかもしれない。これが彼らの背後をとることはなんとしても避けねばならなかった。
「来い! こっちだ!」
 守るべき誓いを受け、従魔は蹄を鳴らして龍華へ向かって来た。クロスガード、鉄壁の構え、あらゆる防御を尽くして身構える。従魔の角が盾を銅鑼のように鳴らし、龍華の体を放り出した。山肌へ叩き付けられた痛みがむしろ龍華の意識を呼び戻した。優雨とソーニャの悲鳴が聞こえ、返事をしようとしたが吐き気をこらえるのがやっとだった。
「ここは通すものか……っ。突進でもなんでも、受け止めてやる……っ」
 龍華はふらふらと立ち上がった。腕の感覚はなく、肩は痺れ、呼吸から鉄の味がした。群れでもっとも強大なこの従魔は、デクリオ級でも非常に有力な個体に違いなかった。
「ええい、やらせはせん! そこを離れろ!」
 ソーニャが木々のまばらな方から従魔の角を鎖に絡めて引き寄せた。従魔の顔が引っ張られてソーニャを向き、それが反対に頭を振るとソーニャは前のめりに転びかけた。単独での力比べは無益だった。
「あなた……ちょっとやりすぎ、なの」
 それでも龍華の陽動とソーニャの拘束は去りかけた従魔をその場に留めていた。優雨は従魔へ肉薄し脇腹へ拳を叩き込んだ。山を殴っている気分がした。その果てしないものは鎖に巻かれたまま踏み荒らした。防御的なスキルの備えが龍華と優雨をかろうじて守り、ソーニャは鎖を振り解かれないように力の限り踏ん張っていた。
「伏せよ!」
 背後から叫びを聞き、優雨は直ちに従って膝をついた。頭があった位置より斜め上から銀の魔弾が撃ち込まれ、従魔は苦痛にのたうった。
「おお、待たせたのう! 助けに来たぞ!」
 コールの後ろには他の仲間もすべて揃っていた。今しがた攻撃したばかりの菊次郎が本を片手に進み出た。
「遅れてすみません。負傷の激しい方がいたので、急ぎ戦闘を片付けて参りました」
 先の攻撃の主を見つけると、従魔は頭突きで近くの樹を伐採して角に引っかけ放り投げた。菊次郎は盾を構えたが、備えていたアイギスが前に立ち攻撃をかばった。むき出しに歯を食いしばってこらえ、新鮮な丸太が勢いを失って落ちると、赤い唾を吐き出した唇が上向きに歪んで笑みを作った。戦場の醍醐味を楽しんでいるというような。
『景気がいいな、害獣』
 決して柔な攻撃ではなかったが、アイギスは痛みに構わなかった。
 従魔は新たな外敵の元へ接近しようとし、角へ巻かれた鎖の先のソーニャを引きずって走った。
「拳だけじゃ……ないの……」
 優雨がその突進の側面にいた。武器を刀に持ち替え、すれ違いざま脚を切りつけた。従魔は呻き、だが突進は止まらず優雨は蹴飛ばされそうなところをインタラプトシールドで防いだ。
「はいはい、動かない!」
 そのかすかな隙で充分だった。ジラーフが縫止を打ち込むと、従魔はその場に足踏みし立ち止まった。
「今です。たたみかけましょう」
 ここぞとばかりに菊次郎と仙也が躍り込んだ。菊次郎の攻撃が従魔の顔面を打ち、仙也は恐るべき抜刀術のレプリケイショットで従魔を切り刻んだ。従魔は口や鼻から血を流し、毛皮に赤黒いまだら模様が混ざった。
「さ、さあ! 神妙にせよ!」
 怒濤の攻撃に勇気を出して参加し、コールも従魔に一太刀を見舞った。従魔は負傷をもたらした二人よりも戦士として未熟な彼女に狙いをつけた。その角がコールの体を貫こうとしたとき、間に割って入ったのはアイギスだった。すさまじい力に体を持ち上げられ、盾の上からでも筋骨が軋んだ。精神の内側でエリが縮こまったが、アイギスはまとめて鼻で笑った。
 従魔の体に隔てられた向こうで龍華が申し訳なさそうに見つめていた。アイギスにはおかしかった、かばうどころかそっちの方こそ回復を必要としているようじゃないか。
 首をもたげて見下ろす従魔に巻き付いて張り詰めた鎖を砲弾がなぞった。従魔の後頭部で爆発が弾け、ソーニャの歓声が聞こえた。完璧な狙いだった。
「そのままじっとしてろ。きれいに捌いてやるからよ」
 仙也が剣を鞘に収めた、それは死を告げる動作であった。菊次郎の手元から刃が飛び角や皮膚に切れ込みを作ると、その真新しい急所をレプリケイショットが何度も斬りつけた。ついに従魔の角が折れ、毛皮は破られ、野山の化身は血を吹き出して倒れた。

●狩人の帰還
「これほどの大物となると、ちょっと惜しいですね」
「ダメです。従魔に取り憑かれた彼らと、今までに亡くなった被害者達を弔わないと」
『賛成だ、従魔に成り果てた肉など願い下げよ』
『そうですよ、お肉が食べたいなら、きっともっとおいしい相手がいますよ』
 掘り返された真新しい土の山に碑としてほどよい石を乗せると、龍華は静かに黙祷した。最大の従魔は結局動かせず、他の従魔を集めすべてを埋める作業は戦闘そのものより時間がかかった。
「手強かったのう。従魔との戦闘はああいうものじゃろうか?」
『最後の一匹は、まあ、それなりだったな。しかしデクリオ級だ。鍛えればすぐ相手に出来るようになるさ』
 アイギスはコールと話しながら半ばエリに向かって言っていた。共鳴の前も後も彼女から勝利の余韻は感じられなかったが、アイギスは気にも留めなかった。今に始まったことではない。
「ぬうん、鹿肉はお預けか。あれは久しく腹いっぱい食っておらんなあ」
 ソーニャはバタリオンの頭の上に寝転がって残念がっていた。締まりのない顔をジラーフがなんだか呆れたように首を伸ばして眺めていた。
「なーに、最初から食べるつもりだったの?」
「いかにも。そのために現地のハンターからも許可をもらったというのに……ううむ」
「そういえば、仙也さんはどちらに?」
『散歩してくると行っていたな。ああほれ、あれが……む?』
 テミスは散策から戻った仙也と、その後ろで何かを担いでいるディオを見つけた。見間違いでなければ、それは鹿に……野生の、鹿のように、思えた。
「おーい、鹿獲って来たぜ。誰か捌き方を知ってるか?」
「なんと! でかしたぞ!」
 ソーニャは跳ね起き、仙也たちの元へ駆け寄った。従魔を見た後では小さすぎる気もしたが、よく肥えた若い牡鹿のようだった。
「ま、他に何がいるかわからんかったし、そのまま帰るだけじゃつまらんと思ってよ」
『狩猟には許可がいるらしいぞ。知ってのことか?』
『知らん。狩りたくなったからそうした。戦闘に巻き込まれたとでも言っておけ』
「まあまあ、そこはソーニャさんがうまくやってくれたようですし、ここはひとつ相伴に預かることにしませんか?」
 話を聞きつけ仲間たちが集まってきた。フロイトが見守るなか、優雨は鹿の、従魔に変質されていない本物の鹿の毛並みを撫でた。それは拳で触れた従魔のものよりずっと優しく柔らかだった。
『ふうん、いい獲物じゃないか。元はこんなのがいっぱい住んでた山だったんだねえ』
「……ねえ。鹿さんの、お肉……食べるの? おいしい、の?」
『ああ、きっとね。感謝しておあがり』
「よし、そうと決まれば下山を急ぐぞ。戦利品を持ち帰り、竈のある拠点へ戻るのだ!」
 かくして、狩人たちは食べきりの思いがけぬ報酬を手土産に帰路へつくこととなった。龍華は従魔の墓へ一度振り返り、再び短い祈りを捧げた。そして集団の最後尾に加わり、ディオが背負った獲物を眺めていた。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • 愚神を追う者
    石井 菊次郎aa0866

重体一覧

参加者

  • 愚神を追う者
    石井 菊次郎aa0866
    人間|25才|男性|命中
  • パスファインダー
    テミスaa0866hero001
    英雄|18才|女性|ソフィ
  • エージェント
    東宮エリaa3982
    人間|17才|女性|防御
  • エージェント
    アイギスaa3982hero001
    英雄|24才|女性|バト
  • 悪食?
    逢見仙也aa4472
    人間|18才|男性|攻撃
  • 死の意味を問う者
    ディオハルクaa4472hero001
    英雄|18才|男性|カオ
  • 我らが守るべき誓い
    ソーニャ・デグチャレフaa4829
    獣人|13才|女性|攻撃
  • 我らが守るべき誓い
    ラストシルバーバタリオンaa4829hero002
    英雄|27才|?|ブレ
  • エージェント
    柏木 優雨aa5070
    人間|15才|女性|防御
  • エージェント
    フロイト・ヴァイスマンaa5070hero001
    英雄|25才|女性|カオ
  • エージェント
    ジラーフaa5085
    獣人|19才|女性|攻撃
  • エージェント
    カオピーaa5085hero002
    英雄|17才|女性|シャド
  • 閉じたゆりかごの破壊者
    紀伊 龍華aa5198
    人間|20才|男性|防御
  • 一つの漂着点を見た者
    ノア ノット ハウンドaa5198hero001
    英雄|15才|女性|ブレ
  • エージェント
    コールaa5279
    獣人|21才|女性|生命
  • エージェント
    ロックスaa5279hero002
    英雄|21才|女性|ドレ
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