本部

吸血アクトレス

月夜見カエデ

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
6人 / 4~6人
英雄
6人 / 0~6人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2017/07/30 23:23

掲示板

オープニング

 依頼主は一人の英雄だった。彼女は「カーミラ」を名乗り、早速話を始めた。
「単刀直入に言いますと、依頼は私の能力者――アイシャのことです。アイシャは……こう言ってはなんですが、名のない女優です。映画に出演しても脇役ばかりで、きっと誰の目にも留まっていないでしょう。ですが、アイシャは挫けずに努力を続けています。私はそんなアイシャを応援したいのです」
 話が脱線し出したところで、カーミラは「あっ……」と声を上げた。
「す、すみません。話を戻しますね。最近、アイシャが悩んでいるみたいなんです。といいますのも、私の名前からわかるかもしれませんが、私は異世界では吸血鬼でした。血液を求めて彷徨い歩いていたところをアイシャが助けてくれたのです。看病してもらううちに親密になり、私たちは『人間の血液を吸わない』という誓約を交わしました」
 二人が交わした誓約は、当初は非常に簡易的なものだった。
「しかし、その反動か、アイシャは吸血衝動に駆られるようになりました。私はトマトジュースで抑えられるのですが、アイシャは人間の血液を欲しているみたいなのです。女優の仕事にも支障が出ていますし、マネージャーとしてもなんとかしてあげたいのです」
 アイシャの英雄となりマネージャーとなったカーミラは、彼女の苦労を誰よりもよく知っている。
 能力者になってから溌溂としているものの、食事は喉を通らずトマトジュースを飲んでも吸血衝動を抑え切れない。現在撮影中の映画にも身が入らず、せっかくのチャンスを逃そうとしている。
 カーミラはアイシャの努力をそばで見てきた。睡眠時間を削り、体調を崩しても彼女は演技を続けた。
 このたび映画のヒロインを演じることになったが、このままでは役を降ろされかねない。
「アイシャは家族同様。そばにいて支えてあげたいですが、私との誓約がアイシャを苦しめるなら……私はアイシャの元から去らなければならないでしょう」
 しかし――
 アイシャと別れるのは嫌――カーミラの表情はそんな悲哀を呈していた。
 それでも、アイシャのことを思えば別れなければならなかった。彼女の夢を断たせるくらいなら離れた方がましだ。
「H.O.P.E.が最後の希望なのです。アイシャを助けてください。お願いします」
 カーミラは深々と頭を下げた。顔を上げた彼女の目尻には涙が浮かんでいた。

解説

吸血衝動に駆られたアイシャの生活を調査し、問題を解決することが目的。
異世界で吸血鬼だった英雄――カーミラと誓約を交わしたことにより、アイシャは吸血衝動に苦しんでいる。吸血衝動は女優の仕事に支障をきたしており、日に日にその欲求は強くなっている。
アイシャはトマトジュースを愛飲しており、それを飲むと多少は吸血衝動が抑えられる。が、最近ではその効果も弱まっている。
アイシャとカーミラが交わした誓約は『人間の血液を吸わない』。これ以上アイシャが苦しむのなら、カーミラは誓約を破棄して彼女から離れるつもりでいる。
アイシャは朝から夜にかけて映画の撮影のために舞台にいる。夜になると活発になり、吸血衝動が強くなる。暴れ出すこともあり、カーミラが止めようとするが最近は振り切られている。部屋が滅茶苦茶になることもしばしば。
周囲に被害が及ばないようにするのが最低条件。長期的に吸血衝動を抑制する策でアイシャを救う。

リプレイ

 控え室にて、カーミラとエージェントたちは対面した。
 現在、アイシャは映画撮影の真っ最中だった。体調は芳しくないが、彼女が休むことはなかった。
 吸血衝動と女優として売れないことに対する焦燥。アイシャはこのジレンマに苦しんでいた。彼女自身にもカーミラにもどうすることもできず、身動きが取れないでいた。
 カーミラの表情は暗く沈んでいた。不安と心配を表に出すまいとしていたが、彼女の意志に反してそれは滲み出してしまっていた。
 そんなカーミラをГарсия-К-Вампир(aa4706)とЛетти-Ветер(aa4706hero001)は悲痛な目で見ていた。
「吸血行動に悩む吸血鬼……まるで昔の自分を見ているようですね……」
「なら……なおさら助けてあげよ? 私……見たくないよぉ……」
「ええ、もちろんです……同じ悩みで苦しむ者は二人もいりません。私一人で十分なのです」
 ガルシアにはアイシャやカーミラの苦しみが痛いほどに理解できた。
 吸血行動とは本来抑制し得ぬもの。アイシャは純粋な吸血鬼ではないが、異世界で吸血鬼だったカーミラと誓約を結んだ影響で「吸血鬼化」が進行している。その原因を調査し、問題を解決することが今回の依頼だ。
「初めまして、私はサンクトペテルブルク支部所属のガルシアと申します。メイドであり……そして、半吸血鬼――ヴァムピーラでございます」
 紅茶とケーキを出しながら、ガルシアはそう自己紹介した。
 カーミラは「半吸血鬼――ヴァムピーラ」という言葉を脳内で反芻した。
 ここには吸血鬼と縁のあるエージェントもいる。彼らの経験や助言が問題の解決に繋がるかもしれない。
 少し、希望が見えてきた。アイシャを救う希望が。たとえ一緒にいられなくなるのだとしても……アイシャを救えるのならそれでいい。
 カーミラは紅茶をすすり、ふっと一息吐いた。彼女が少しリラックスしたのを見計らい、ガルシアは話を切り出した。
「カーミラ様のおっしゃる話では、カーミラ様自身は吸血鬼であり、アイシャ様自身は吸血鬼の類いではない……とすると、いくつか仮説を立てることが可能ですね」
「仮説、ですか」
「はい。現状で私が有力だと考えているものは、カーミラ様と誓約なさったことで感情的な繋がりを作ってしまったこと、そして、カーミラ様の吸血鬼としての血がアイシャ様に混ざり込んでしまったこと……この際、後者の理由付けは後回しにして……後者にしろ、前者にしろ……改善のしようはあります。一度誓約を解除し、もう一度『別の誓約内容』で誓約し直すのです」
 感情的な繋がり――すなわち、異世界で吸血鬼だったカーミラと『人間の血液を吸わない』という誓約を結んだことで、アイシャの感情になんらかの影響を及ぼした可能性がある。
『人間の血液を吸わない』という誓約は、どちらかといえばカーミラのための誓約だった。カーミラがアイシャに望むことはなく、アイシャもカーミラが周囲に被害を及ばさなければいいと思っていた。
 だが、この誓約がアイシャに反動形成を引き起こしているのだとしたら。
「後者ならばもちろん別の方法がございます。ですが、前者でしたなら……誓約を解除したところでまた同じことを繰り返すだけ……それでしたら、衝動を抑えるのではなく調整し制御する……血を拒むのではなく、血を飲むことを受け入れるのです」
「血を飲むことを受け入れる……」
 カーミラの表情に再び不安が浮かび上がった。
 アイシャとカーミラは誓約を結んでからまだ日が浅い。誓約こそが絆の象徴であり、一時でも誓約を解除することが怖い――カーミラにはそう思っている節がある。
 しかし、リヴィア・ゲオルグ(aa4762)とE・バートリー(偽)(aa4762hero001)も誓約の結び直しに同感だった。
 リヴィアはチスイコウモリのワイルドブラッドで、ルーマニアのトランシルヴァニアにある吸血鬼文化博物館のキューレターをしている。吸血鬼に関してはカーミラよりも知識がある。
「吸血鬼と一括りに言っても様々なタイプがあります。早すぎた埋葬の死者、人間側の恐怖の顕現、市民の金を吸い取る貴族……バートリーはそれら全部の要素を持っていましたが……私もバートリーには人間の血を吸わせています。出会い頭の状況がわからない時の仮誓約なら、結び直しても誓約破棄で英雄が消えないケースもあったかもしれません」
 アイシャは既存の吸血鬼のタイプには当てはまらない。そもそも彼女はまだ人間の境界線を越えていない。彼女が血液を吸うということは、一時でも人間をやめて吸血鬼になるということだ。彼女がそれを許容するかどうか、というのも鍵になってくる。
「誓約の都合でどうしても無理なら動物の血でもいいですし、誓約を結び直すのに人間の血を吸うのはどうもという精神的かつ道徳的な問題があるなら、血液銀行や献血などを通して世界平和に貢献するリンカーのために血液提供を持ちかけるのはどうでしょう?」
 そもそも吸血鬼だったという事実とあまりにも誓約の相性が悪すぎる。たとえアイシャを押さえつけて縛り上げたとしても、根本的な解決にはならない。
 どうしても周囲に被害が及ぶ危険性があるなら、カーミラを異世界に帰すということも視野に入れておかなければならない。
 アイシャの役者をやりたいという存在意義が強いならそれと天秤にかけるのもいいが、例えば麻薬中毒者が精神論だけで中毒症状を抑えられるはずもなく。現状では、やはり問題の解決には誓約の変更が前提となる。
 ちょうど渇いた喉を潤すため、レミア・ヴォルクシュタイン(aa3678hero001)は狒村 緋十郎(aa3678)から吸血した。
 緋十郎は血液を吸われて痛がるどころか、むしろ恍惚とした表情を浮かべていた。
 血液を吸い終えて満足したレミアは、手の甲で唇を拭った。
「誓約の影響で能力者に吸血衝動が波及するなんて、珍しい事例ね。カグヤが喜びそう。でも……誓約が原因で能力者の身体そのものまでが身体能力の上昇以外に変質した事例は皆無よ。きっと吸血衝動も精神的なもの……なのではないかしら」
 推測されるのは、反動形勢。つまり、抑圧されて無意識になっていた感情が表の意識に正反対の傾向となって現れること。
 アイシャの場合、『人間の血液を吸わない』という一見彼女に関係のない誓約が無意識下で作用し、正反対の吸血衝動に駆られるようになったのではないか。
 レミアは続けた。
「もし肉体に由来する吸血衝動なのだとしたら、トマトジュースなんかでは代用できないでしょうし。わたしの吸血衝動は……肉体に由来するものだし、我慢できてせいぜい一週間くらいが限界かしら。わたしの場合……血は生命維持に欠かせないもので、直接生き血を吸わないと駄目なのよね……まあ、そもそも抑えるつもりもないしで、毎晩緋十郎の血を美味しく吸ってるけど……」
 少なくとも、アイシャの生命維持に血液は必要ない。肉体的に血液を欲しているのではなく、精神的に血液を欲しているのだ。皮肉にもカーミラのための誓約が逆効果を生んでしまった。
「トマトジュースで満足できないのなら、赤ワインに変えてみるか……個人差もあると思うけど、わたしは赤ワインの方が好みだわ。ワインでも駄目なら……H.O.P.E.と関わり深い医療施設で輸血パックでもわけてもらったら? それか……わたしと同じように、誓約者の血を吸うか。カーミラの血なら人間の血ではないから誓約を違えることにもならないでしょうし、周りに危害や迷惑も及ばないわよね」
 リヴィアとバートリーもそうだが、能力者と英雄の間で吸血衝動を抑える、という手段もある。これなら周囲に被害が及ぶこともなく、アイシャも吸血衝動に苦しまなくて済む。
 しかし、カーミラはあまり乗り気ではなかった。
「確かに、私の血液なら誓約に抵触することはないでしょう。私もアイシャのためならいくらでも血液を捧げます。ですが、アイシャがそれを望まないと思うのです」
 人間のままでいたい――アイシャがそう望むなら。彼女が誓約の破棄を拒むなら。
「でも、そもそも誓約だって、一度結んだらそれっきり……ということもないのよ? 内容がそぐわぬというなら、新たに別の誓約を結び直すことだってできるわ。役者として頑張るとか応援するとか、そういう誓約に変えてしまうのも一つの手とは思うわ」
 誓約を破棄する――すなわち、アイシャが人間の血液を吸う。そうしなければ、誓約を結び直すことはできない。
 カーミラは決断を迫られた。

 アマンダ ウスキ(aa5323)はあらかじめカーミラにアイシャが出演している映画を教えてもらい、そのDVDをレンタルしていた。
 すけさん(aa5323hero001)の案で、まずはアイシャを知ることから始めた。
「誓約って色々と大変だね! ……あれ、ワタシたちの誓約ってなんだっけ?」
「忘れたんっすか!? 『引き受けた仕事は頑張る』っすよ!」
「そうだった! これが初めてのお仕事だし、頑張るよ!」
 アマンダが映画を見ている間に、すけさんはカーミラの元を訪ねた。
 すけさんが考案したのは、「吸血鬼」の「英雄」であるカーミラの血液をアイシャに吸わせるようにすることで吸血衝動問題を解決し、「カーミラがアイシャとずっと一緒にいるべき理由」を提供することだった。
 そのためには、カーミラをアイシャの血液提供者にできるか否かを判断しなければならなかった。
「吸血鬼時代に必要だった血液摂取量はどれくらいっすか?」
「そうですね……その時の気分によって変わりましたが、血液をわけてもらうというくらいでは済みませんでした。異世界では血液こそが私の食事だったので……相手を殺してしまうこともありました」
「…………」
 次にしようと思っていた質問――血液を摂取された側への体調面などの影響、は尋ねるまでもなかった。
 気を取り直して、すけさんは質問を続けた。
「オレは人間だと思うか?」
 これは次の質問への布石だった。
 黒山羊の頭、蝙蝠の翼、驢馬の尻尾。人間というよりは、どちらかといえば悪魔よりの容姿。カーミラは自身とすけさんを見比べた。
「……どうでしょう。英雄は人間とはまた別の存在」
「じゃあ、カーミラさんは自分を人間だと思うっすか?」
「いいえ。容姿は人間でも、本質的には吸血鬼です。ただ……私自身は人間になりたいと願っています。アイシャもそう願ったからこそこの誓約にしたのだと思います」
 カーミラがアイシャの血液提供者にできるか否か。全てはアイシャ次第だった。
 一方、アマンダは映画を見終わり、休憩中のアイシャのところに行っていた。
 寝不足を解消するために睡眠薬を渡し、アイシャの演技を素直に褒めているうちに自然と打ち解けていった。疲弊はしているものの、なんとか話はできそうだった。
 そこで、アマンダは例の提案をしてみることにした。
「カーミラの血を吸うのはどうかな?」
「カーミラの血を?」
「うん。誓約は『人間の血液を吸わないこと』だったよね。カーミラなら平気なんじゃないかな。信頼できる英雄だし」
 しかし、アイシャは俯き加減になった。
「カーミラもそう言ってくれたけど……私、カーミラを傷付けたくないの。だから、少し抵抗があるかな。それに、カーミラには人間でいてほしいの」
 アイシャの言葉に、アマンダは無言で頷いた。
 カーミラとの今後の関係を、アイシャも決断しなければならなかった。

 カグヤ・アトラクア(aa0535)とクー・ナンナ(aa0535hero001)は、アイシャとカーミラを医務室に通した。
「二人が生きるために協力するのじゃ。大船に乗ったつもりでわらわに任せるがよい」
 技術者であり医療も嗜むカグヤは、主に精神的な解決ではなく技術的な解決を目指す。
「まずは吸血行動について知ることからじゃな。環境適応による進化で血液を主食として存在維持しておるのじゃろうが、栄養素としては肉体を維持できるだけのカロリーをできるはずがない。多分に魔力的なものを吸収しているのじゃろう。蚊や蛭といった――」
「カグヤー、周囲が引いてるから結論だけ言って」
 クーに窘められて、カグヤは咳払いを一つした。
「趣味嗜好で血液を主食としておるか、体内の分解酵素の関係で血液かそれに近しいものしか食えんのか調べる必要がある。どうじゃ、カーミラ?」
「意識したことはなかったですね。少なくとも、私は趣味嗜好ではないと思います。限界まで我慢したことがないので、血液を吸わなければ死ぬのかどうかはわかりませんが、やはり吸血鬼にとって血液は切っても切れないものです」
 ひとまずカグヤはカーミラの血液を採取し、今度はアイシャの方に向き直った。
「アイシャには食事改善を行うことで吸血衝動を抑えられぬか試したいのぅ。まずは人工血液から試すかの。成分は血液と大して変わらぬが、人工的に作られたもので人の血液ではないから誓約には引っかからんじゃろ。味については美味しいものではないが、衝動があるのであれば抑えるのではなく与えてしまった方が早いのじゃ。アイシャの方は吸血による栄養補給は必要ないはずじゃしの」
 人工血液のパックを渡され、アイシャは怖る怖る血液に口をつけた。
 初めての味。錆びた鉄のような風味が口内に広がる。
 気付けばアイシャは人工血液を飲み干してしまっていた。
「吸血衝動は少し抑えられたような気がします。でも……ちょっと物足りない、かな」
 人工血液では完全には吸血衝動を抑えられそうになかった。
 だが、血液を摂取したおかげか、アイシャの顔色は少しよくなっていた。
「あとは点滴じゃな。別に食事が喉を通らなくても栄養補給の手段なぞいくらでもある。近代医術を甘く見るでない」
 点滴、ケアレイ、クリアレイを施すと、アイシャは大分元気を取り戻した。青白かった血色は健康的になり、やつれていた顔もましになった。
「ありがとうございます。この調子なら撮影を再開できそうです」
「うむ。技術とは人が生きるために現実を見直して打開し、発展していったものじゃ。わらわは技術者として二人が幸せに生きれるように協力するまでじゃ」
「吸血鬼の血液採取は、いずれ何かに使えると考えての趣味っぽいけどねー」

 ナイチンゲール(aa4840)と墓場鳥(aa4840hero001)は共鳴し、舞台のそばでアイシャの演技を見守っていた。
 一見すると素晴らしい演技だが、明らかに憔悴している。カグヤのおかげで体調はよくなったはずだが、徐々にふらつく頻度が多くなってきている。ベストパフォーマンスで演技ができていないのは、やはり吸血衝動のせいだろう。
 主役の俳優と抱擁するシーンになり、アイシャの様子が変わった。首筋に噛みつこうとする仕草を捉えた瞬間、ナイチンゲールは彼女を俳優から引き離して控え室へと連れ去った。
 現場への言いわけを終えたカーミラが追いついて、ナイチンゲールは共鳴を解除した。
 人工血液を飲んで落ち着いたアイシャ。カーミラは彼女の隣で黙り込んでいた。
「さすがに共鳴もせず英雄側の習性が顕在化するのは妙だ。そもそも吸血を制限されているのはカーミラの方なのだから。立ち入った物言いとなるが、例えばトマトジュースが誓約に伴う心的負荷の象徴であり、カーミラが飲む様子を目にするたびアイシャが負荷を無意識に感知しているのだとしたら?」
 墓場鳥の推測はあながち間違っていなかった。反動形成の原因が何かまではわからないが、カーミラの負荷がアイシャにも移っている、ということは間違いなかった。
「役者とは他人の映し身を生業とする高い感受性の持ち主なのだろう。ならば、アイシャは役者として優れた天分を秘めていることになる。もちろん誓約により生じた精神的な繋がりについても考慮すべきことだが……あるいはアイシャの側に安易に定めた誓約に負い目を感じる部分もあるのかもしれないな。以上の仮説に基づき、誓約の破棄を提案する」
 アイシャとカーミラは顔を見合わせた。
「やはりそうするしか……」
「何も袂を分かて言っているわけではない。双方にとってよりよい誓約に改めてはどうか、ということだ」
「誓約が変わってもカーミラさんはもう人間の血を吸いませんよね。だから……何かを禁止するよりはお互いを思いやる今の関係に沿ったものがいいと思うんです。このままじゃ二人共辛いばっかりだから……」
 ナイチンゲールの言葉に、アイシャとカーミラはもう一度顔を見合わせた。
 二人にとって辛い誓約であることは肯定せざるを得なかった。アイシャはカーミラが人間になることを望み、カーミラもまた人間になることを望んだ。それが裏目に出た。
「もう一つ。共鳴して落ち着けることはできないか? 誰しも衝動を自分一人で抑制するのは難しい。だが、同じ身体に二つの心を宿しているなら条件は異なる。我がリンカーなどは極めて自己評価が低く、少し前まではこの齢にして一人で買い物にも行けないほど人目を怖れていた」
「ちょっ……今そういうこと言わないでよ!」
「だが、共鳴を通じ、この墓場鳥が支えとなることで前述の問題は払拭される……そうして徐々に、一人でも戦える強さが育まれている」
 ナイチンゲールは赤面した。
「……少しずつでいいんです。だって、私たちは一人じゃないから」
 たとえ共鳴していなくても一人ではない。離れていても心は繋がっている。
 誓約を破棄することは怖い。もしかしたら、そのままカーミラが消滅してしまうのではないか――そんな不安もまだ残っている。
 それでも――
「カーミラ、心配しないで。私、もう決めたから」
 ソファーから立ち上がり、アイシャはやっと答えを出した。

 依頼から数日が経過し、アイシャ、カーミラ、エージェントたちは控え室に集まっていた。
 アイシャとカーミラの表情は晴れやかだった。
「私たち、誓約を結び直したんです。新しい誓約は『ずっと一緒にいること』。私たちが望んでいることを誓約にしました」
『人間の血液を吸わないこと』という誓約は、H.O.P.E.と関連する医療施設からわけてもらった輸血パックの血液を飲むことで破棄した。そして、もう一度『ずっと一緒にいること』という誓約を結んだ。
 誓約を変更してからというもの、アイシャが吸血衝動に駆られることはなくなった。無論、カーミラが消滅することもなく、問題は全て解決された。
「カーミラと一緒にいられるのは皆さんのおかげです。本当にありがとうございました!」
「ああ、本当によかったっ……アイシャと別れることになっていたと思うと……」
「もう、カーミラったら、泣かないの。散々泣いたでしょ。ほら、よしよし」
 泣きじゃくるカーミラと慰めるアイシャ。緋十郎とレミアは二人を温かい眼差しで見守っていた。
「それはそれとして……わたしは吸血衝動、抑えるつもりなんてないから。今後もご主人様に美味しい血を捧げ続けなさい、いいわね?」
「ああ、もちろんだ。我が主の仰せのままに……ッ」
 アイシャとカーミラの願いは叶った。『ずっと一緒にいること』という誓約と共に。
 二人は今度こそパートナーに、友人に、そして、家族になれたのだった。

 依頼が解決してしばらく経った頃。
 アイシャは女優として相変わらず苦労していたが、とある映画で主役の吸血鬼に抜擢されたそうだ。カーミラはマネージャーとして、家族として彼女を支えているのだという。
 あれ以来、アイシャとカーミラが立ち止まることはなかった。どんな苦難も二人なら乗り越えられる――そんな自信がついたからだ。
 カーミラの指導もあってか、監督いわくアイシャの吸血鬼の演技は目を見張るものらしい。
 二人の夢が叶う日もそう遠くはないかもしれない。

結果

シナリオ成功度 大成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 果てなき欲望
    カグヤ・アトラクアaa0535
    機械|24才|女性|生命
  • おうちかえる
    クー・ナンナaa0535hero001
    英雄|12才|男性|バト
  • 緋色の猿王
    狒村 緋十郎aa3678
    獣人|37才|男性|防御
  • 血華の吸血姫 
    レミア・ヴォルクシュタインaa3678hero001
    英雄|13才|女性|ドレ
  • 守りもてなすのもメイド
    Гарсия-К-Вампирaa4706
    獣人|19才|女性|回避
  • 抱擁する北風
    Летти-Ветерaa4706hero001
    英雄|6才|女性|カオ
  • 吸血鬼ハンター
    リヴィア・ゲオルグaa4762
    獣人|24才|女性|命中
  • エージェント
    E・バートリー(偽)aa4762hero001
    英雄|16才|女性|シャド
  • 明日に希望を
    ナイチンゲールaa4840
    機械|20才|女性|攻撃
  • 【能】となる者
    墓場鳥aa4840hero001
    英雄|20才|女性|ブレ
  • エージェント
    アマンダ ウスキaa5323
    人間|18才|女性|生命
  • エージェント
    すけさんaa5323hero001
    英雄|8才|男性|バト
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