本部

お見舞と告白

玲瓏

形態
ショート
難易度
易しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~10人
英雄
7人 / 0~10人
報酬
無し
相談期間
5日
完成日
2017/07/23 20:38

掲示板

オープニング


 うんざりしていた幻聴に慣れたとはいえ、毎日耳元で「お前が悪い」と言われ続ければ誰だって悪い気分に苛まれるだろう。
 ――恋人もできない残念女め!
 特にその言葉が効果抜群だ。できれば触ってほしくない事柄だった。
「べ、別に気にしてないし……」
 ――強がり! 本当は男とラブラブなデートがしたいくせに。
「ほっといてよ」
 意地悪な幽霊が延々と耳元で囁きかけている。四六時中だ。心が休まる暇なんてあったものじゃない。
 恋人だってそりゃ欲しい。欲しいけどできないんじゃないか。くそう。
 病室に担当の看護婦さんが入ってきた。いつもの優しい笑顔を持ってきてくれた。
「今日はエージェントさん達が御見舞にくるみたいですよ」
「え、ほんと?」
 暗かった顔に電気が点いて明るくなった。
「嬉しい……。皆忙しいでしょうに、わざわざお見舞いに来てくれるなんて」
「よっぽど信頼されてるのですね。良い事です」
「そんな、信頼だなんて言いすぎよ」
 今では頭痛も幻聴も気にならない。久しぶりに心に幸せが流れ込んできた。自分の大好きなエージェントが御見舞に来てくれるなんて、本当に……言葉じゃ言い表せない程の喜びが到来するのだ。
「御見舞に来る人達の側を離れないことが条件で外出も許可されております。今日は十分に楽しまれてください」
 ということは、今日一日はエージェントと遊べるのだ。今までは引っ越し等の目的があって日常をエージェントと過ごした事があるが、今回はただ目的なく過ごしていられる。
 久しぶりに心から楽しめる一日になりそうだ。思い出のアルバムの一枚にしまえそうなほどに。


 監視カメラとは仲良しになり始めている。部屋のどこにどう設置されているのか、どう動くのかも理解した。監視カメラを壊して脱走する事もできるだろうか、せっかく仲良しになったのに壊すのは心苦しい。
 チャールズはベッド以外に何もない部屋で静かに休んでいたが、身体を起こして警備員を呼んだ。インターフォンを押せば硬い扉の向こう側に現れるのだ。
 いつも食事を運んでくる警備員だった。
「誰でもいい、何人でもいいから人を寄越してくれないか」
「どうかしたかい?」
「ドミネーターのことや私の想いについて誰かに話したい。それに一人じゃ気が狂いそうになる。お願いできないか」
「そういう事なら分かったよ」
 警備員のフォルトは、チャールズが脱走をする気がないことをよく知っている。彼女は自分がこの部屋にいる意味を十分に理解して罪を受け入れている。
 少しだけ不安になるのは、彼女はあまりにも自分を責めすぎているという事だろうか。ここ数日の間食事を一切取っていない。理由を聞くと、自分自身に罰を与えているのだという。
 これまで多くの人間を犠牲にしてきた。断食だけでは足りないほどに。
「時間がかかるだろうから待っていてほしい。誰でもいいんだね?」
「誰でもいい……ただ、いつも来てくれるエージェントがいてくれると、嬉しい」
「分かった」
 フォルトが歩いていく。
 坂山に対する仕打ちはチャールズの心を酷く苦しめていた。自分が命令した訳ではないのに、人生を窮屈にさせた。ドミネーターをもう崩壊させてしまいたかった。
 マフィアの事も今までシルヴァーニにすら話さなかったが、今日はもう全てを告白するつもりだ。心の準備が整った。何を話したいのかも決まった。

解説

●目的
 特になし。

●病院にて
 日常を坂山と過ごそう。彼女の側を離れないことを条件で外出も許可されているから、色々と自由にできる。
 この機会に今までやりたかった事や質問したかった事をすると良いかもしれない。最初で最後の機会かもしれないからだ。

●チャールズ
 シルヴァーニの起こした先日の事件で、彼と絶縁する事を決定した。今まではまだ彼に対する愛情があり、ドミネーターにとって
不利となる情報を提供しなかったが、今日はもう全てを告白するだろう。
 主に質問に答える時間が多くなるだろう。

リプレイ


「さぁっ! デートに行くのじゃ。どうせぐだくだと過去を思い返して寝ておったのじゃろうから、気晴らしに付き合うのじゃ」
「デ、デート?」
 ベッドスペースのカーテンを開けて開口一番にカグヤ・アトラクア(aa0535)が口にしたもので、坂山は困惑の表情を浮かべさせた。
 耳元で囁きかけていた幽霊もビックリしていたみたいで、声が聴こえなくなった。
「デートって、また大胆だよな」
 カグヤの後ろから顔を覗かせていたのは赤城 龍哉(aa0090)で頭を掻きながら苦笑した。
「乗り気じゃなかったらここで談笑しても良いのじゃ」
「ううん、デートっていうからビックリしただけで一緒にお出かけするのはとても楽しみよ」
 今病室に来ているのは赤城とカグヤだけで、同行していたエージェント達は外で待っている。大勢で病室に押しかけるのはマナー違反だと分かっているからだ。
「一先ず元気そうで何よりだ。坂山さん、どっか行きたいところとかあるか?」
「う~ん。私はエージェントと一緒にお出かけできるならどんな所でも問題ないわ。むしろ、エスコートして欲しいかも」
「そんじゃ気分転換に出掛けようぜ」
 出かける前に、今着ている服を着替えなければ。カグヤが手伝いを申し出たが丁寧に断ってカーテンを閉めた。
 黒いジーンズに、下部にフリルのついたバニラ色のブラウス。
 着替えが終わった時に丁度病室の扉が開いた。
 伏野 杏(aa1659)と詩乃(aa2951hero001)の姿があった。伏野は両手に紙袋を持っていて、詩乃は花束と果物籠を持っていた。
「おはようございます、坂山さん。本当はもっと早く着く予定だったんですが、色んな人達からお見舞いの品を預かってて」
 紙袋の中身はなんだろう。坂山は伏野に笑みを見せながら紙袋を受け取った。中身を見るのは、最後の楽しみに取っておこう。
「いいお見舞いの品が思いつかなくて……ありきたりですけど……」
「気にしないで。とっても嬉しいから。ありきたりでも、気持ちが篭っていて、私の好きな杏ちゃんからのプレゼントなら何でも嬉しいのよ」
 笑顔の伏野に続いて、詩乃がお見舞いの品を手渡した。
「あの、私からも……。これ、シエロさんと由香里さんからのお品です」
「シエロちゃん達からも? わあ……すごく嬉しいわ。綺麗なお花……。本当にありがとう、皆優しいんだから……」
「後、ノボルさんから聞いているかもしれませんが、シエロさんが、次心配させたら一緒にお風呂入って背中ゴシゴシするって仰ってました」
 クスクスと坂山は笑った。シエロちゃんなら大歓迎かも。
「そうだ、私達からもあるのですわ」
 ヴァルトラウテ(aa0090hero001)はそう言って、薄緑色の鉢に色鮮やかな花が飾られたプリザーブドフラワーと、レモンパイを坂山に差し出した。
「こんなによくしてもらっちゃ、なんだか贅沢な気がするわ。結構高かったでしょう?」
「こういう時くらい贅沢してもいいと思うぜ、俺は。坂山さん、自分を労るの得意じゃないだろうし」
「そうじゃそうじゃ。せっかく生きてるのじゃからたまには贅沢しても許されるのじゃ」
 坂山は、少しこっ恥ずかしくなって花に目線を逸した。それと同時に、心の底から希望の球が溢れてくるようで、自然な笑みが溢れた。それは明らかに幸福であった。


 最初に、駅の中にある地下街のショッピングモールでお買い物をする事になった。
 詩乃は坂山に手を繋いでもらってウキウキだ。
「どんな所に行きたいですか?」
「そうねぇ……。最近オシャレにまったく気を使えてなかったから、服とかアクセサリーとか欲しいわ」
 坂山の希望を聞いたエスティア ヘレスティス(aa0780hero001)は早速、左手側に服が色々並んでいる店を見つけた。
「あのお店等、どうでしょうか?」
「悪くはなさそうじゃな~。ちょっと若者向けかもしらんが、純子はまだ二十代半ばって言っても通用しそうだから大丈夫じゃろ~」
「そうかしら」
 二十代半ばと言ってもらえるとご機嫌だ。やっぱり若く見られていたい。
「和服とかどうじゃ? わらわとお揃いになれるし、純粋に似合っておる」
「大賛成。ただ部屋着ね。人目を引いちゃうし、ここにはなさそうだから、別の場所でお買い物ね」
 カグヤの隣で婦人服を探していたベネトナシュ(aa4612hero001)は、良い服を見つけた様子でそそくさと持ってきた。
「これとか似合いそうですぞ!」
 大まかに見ると黒いシャツだ。腹部から胸にかけて目立たない茶色のボタンがついていて、胸ポケットにはJという文字が白く印字されている。
「ジュンコ、のJですぞ!」
「あら偶然ね。黒いから熱を吸収しちゃいそうだけど、風が通りやすい涼しそうな服。強いていうなら……私、胸元が開いた服って全然着たことないのよ。ちょっと不安かしら」
「セクシーだから良いのですぞ! それもオシャレの嗜みなのですぞ」
「そういう考えもあるのね。試着してみようかしら。詩乃ちゃん、よかったら感想を言ってくれる? 自分を客観的に見るの苦手なのよ」
「はい、分かりました」
 試着室には大きな鏡があって全体図は確認できるが、世間一般ではどういう評価が下されるのか、自分じゃ分からない。服を買う時はいつも友人達の助力を借りていた。
 着替えが終わり、試着室のカーテンを開いた。
「どう?」
「お、さすが坂山殿はクールな衣装がお似合いなのですぞ! やっぱり私のセンスに間違いはなかったのですぞ」
「うむ、わらわも文句なしじゃ。確かに坂山はそろそろせくしーさを押し売りしてきても良い頃合いなのじゃ」
 端からひょっこり顔を出したカグヤが言った。
 色々な服を見ている内に時間は結構立ってしまっていた。坂山は自分のを選んでもらってばかりだと悪いから、と他のエージェントの服も探した。
「これ、ヴァルトラウテちゃんに似合うんじゃないかしら」
 白いワンピースだ。薄い水色の向日葵が刺繍されていて、胸にリボンがついている。
「可愛くて、お似合いよ。いつも重そうな鎧を纏っているからたまには~って思って」
「ありがとうございます。確かに可愛い……」
 人の服まで選んでいると、あっという間に時間はお昼過ぎを回った。どこからかお腹の音が聞こえてきて、昼食の時間になった。


 坂山の希望で座敷のある飯処で昼を過ごすことに決まった。大人数でも座れる場所に案内してもらって、皆それぞれの食事を頼んだ。
 カグヤは皆が食べている間に別行動を取ってアクセサリーを見ていた。
 三十分くらい経って、そろそろ食事が終わった頃を見計らって坂山達のいる店を訪れた。
「おかえりなさい、カグヤさん。ご飯は食べなくてもよろしいのですか」
 エスティアが立ち上がってカグヤを出迎えた。
「うむ、わらわは結構じゃ。ここには結構な時間居座ってもよいのかのう?」
「はい。二時間頂いているようです。あ、お水お持ちしますね。今日は暑いですから」
「おおそれは助かるぞ。喉が乾いておったからな」
 ご飯を食べ終えていた坂山の隣には伏野と詩乃が座っていた。
「誰かのためにがんばって、素直に怒って、時に命もかけたりして……坂山さんのそういうところ、すごいと思うんです」
「私、しっかり頑張れてるのかしら。皆のために」
「私はそう思います。リベレーターの中で、まだ誰も犠牲者が出ていないんです。それは、勿論皆さんがお強いのもそうなのですが、坂山さんがいてこそなのかなって。皆、坂山さんがいるから頑張れるんだと思います」
 リベレーターの隊員は思い思いの気持ちの中で付いてきてくれている。
「悩んでいたの、私。本当に自分がリベレーターの長で相応しいのかって。役立たずなんじゃないかって」
 辛くて、苦しい事ばかり続いていた。悔しさにただ夜明けを待ち続けた夜は、まだ覚えている。誰にも言えなかったが、リベレーターを辞めることすら考えた日もあった
「そんな事はねえぜ。リーダーが役立たずだったら、もう皆いねえさ。こうして続いてるって事は、坂山さん、頑張ったって事なんじゃねえか」
「赤城殿の言う通りですぞ! 坂山殿が嫌いだったら、誰もお見舞いには来てない」
 ベネトナシュは茶碗の上に残っているご飯を食べながら、続けてこう言った。
「坂山殿は、いっつもみんなの事を心配してくださるですぞ。あの時、私たちもおんなじぐらい心配したのですぞ! ……それから、自分を責め過ぎないで頂きたい。確かに、坂山殿の取った行動は私達を心配させてしまった。でも、誰か一人が悪いわけではなくて、みんなが少しずつ間違えて、失敗して、迷った末の結果なのですぞ。だからみんなで考えるのですぞ! 仲間ってそういうものですからな!」
 本当に、皆優しいんだから。
 目元に滲み始めた涙を人差し指で拭った。
「坂山さまは仲間を頼っていいんですよ。ふふ、蛍丸様にも言えることですけれどね」
 人間は弱い。弱いから、一人じゃ生きられない。こんなに良い仲間に逢えたのにその気持を無視するような行動を取った自分を、情けなく思う。
「あ、坂山さま、算数のドリルを持ってきたのですよ! 良かったら、教えてください」
 仕事の話になってきてしまったからと、詩乃は話題を逸らすために鞄の中から算数ドリルを取り出した。
「折角だから一緒に教わってこい」
 薫 秦乎(aa4612)の良い提案に真っ先に乗って、坂山と詩乃の後ろまで飛んできた。
「私にも教えて欲しいのですぞー! 詩乃殿、一緒にお勉強ですぞ」
「はい! よろしくお願いします、坂山先生」
「せ、先生って。ふふ、懐かしい響きね」
「よろしくなのですぞー坂山先生!」
 一緒にお食事をしにきただけなのに、こうも楽しいのだ。
「これは速度計算の問題ね。A君、これは赤城君にして、B君はベネトナシュ君にしましょうか。赤城君は十二時二十分に家を出て、十四時二十分にH.O.P.Eに着きました。ベネトナシュ君は十三時に――」

 一日が終わろうとしている。
「今日はみんな、お見舞いに来てくれて本当にありがとう。とても楽しくて、本当に、感動でお腹いっぱい」
 病院の前、もうお別れというのが寂しくなる。今日だけは、一日の時間を百時間くらいにして欲しいものだ。
「坂山さんの元気そうな姿を見られてエスティアは良かったです」
 エスティアは坂山の手を握って言った。そして手を離すと、鞄から三冊の小説を取って渡した。
「よければこれ、暇つぶしにどうぞ」
 ミステリーとファンタジーと、もう一つ学校が舞台の哲学的な小説だった。
「ありがとう。最近本もまともに読めてなかったから、入院中に全部読んじゃうわ。退屈してたのよね」
 次にエスティアの横に立ってカグヤは厚い袋を坂山に差し出した。
「わらわからもプレゼントなのじゃ」
 お見舞いの品ではなく、プレゼントだ。坂山は笑顔で受け取った。
 今日一日で、カグヤの株価は大きく上昇した。一緒に買い物をしてくれたり、エスコートも積極的にしてくれた。最初にデートと言ってくれたのには驚いたが、悪い響きじゃない。
 坂山はエスティアから受け取った本を抱えて、改めて全員に顔を合わせた。
「私、あんまりこういう事言わないから、少し緊張するんだけど」
 前置きの言葉を言って、数秒の間を開けてからこう口を開いた。
「辛い事とか、嫌なことが沢山あったわ。リベレーターを立ててドミネーターに挑んだ事を後悔した時もあった。でも――こうして皆と一緒にいられて幸せなんだって気付いたわ。ちょっと気障ったいけど……私からの本音。本当にありがとう。本当に」
 交差点を夕焼けが照らす。信号機が青に変わる。今日確かに坂山は、立ち止まりかけた一歩を、長い時間をかけて踏み出せた。


 正座をして、目を閉じながらチャールズは刻を静かに待った。係員が気を利かせてバニラの芳香剤と宇宙を感じさせるヒーリング・ミュージックを流して落ち着いた空間を作り出していた。
「ん……チャから呼んでくれるなんて、初めて……ですね。どう……したんですか?」
 扉が開いた。氷鏡 六花(aa4969)が一番目に入ってきて、アルヴィナ・ヴェラスネーシュカ(aa4969hero001)が後ろから続いた。
 今日のお客人は二人だけではない。多くのエージェントが集まっていた。
「どうしても話したい事ができた」
 氷鏡は係員の特別な許可を貰って、チャールズのいる独房に入った。ガラス板の遮りなく素顔を見られるのは初めて会った時以来だった。
 椅子をチャールズの横に持ってきて座る。氷鏡は尋問のようにしたくなかった。多くのエージェントを前に質問責めを受けるのは彼女を疲弊させるだろう。だから隣に座った。
 エージェント達は一人ずつ丁寧に挨拶をしてから、椅子に座った。迫間 央(aa1445)は立ったまま礼をして、こう言った。
「何でも構いません。貴女の思っている事を全て、話してください」
 閉じていた唇が、ゆっくりと開いた。
「私は……シルヴァーニという人格を亡くしてからずっと後悔していた。シルヴァーニは、あのバグダン・ハウスに起きた悲劇から私を守るために私を死んだ事にして、その間私はといえば、ただシルヴァーニが崩れていく様を見ていただけ。何か、何かできたはずだと、後悔していた」
 愛すら覚えた男が壊れていく日々。
「崩れてからも何かシルヴァーニに対してしてやれないか、ずっと悩んでいた。取り戻すことはできないのか。でも……覚えているだろう。昨年の夏、八月の終わりにドミネーターは街を襲った。私は裏で市民を救っていたがシルヴァーニに見つかり、罰として英雄を失って人間になった」
 チャールズは拳を強く握り締めた。
「そこで私は、彼を憎めばよかった……! でも、一度愛した男を簡単に、憎めるはずがなかったんだ」
 氷鏡は、彼女の手を両手で包んだ。
「今日ここに呼んだのは、愛した男を裏切る覚悟が出来たからだ」
 チャールズは誠実だった。優しさを持つ女性だった。どんなに虐げられてもいつかは。そう信じていた心に、罅が入った。
 裏切る覚悟が出来た。なのに、すぐに言葉が出てこなかった。
「無理はしないで。ゆっくりでいい」
 羽土(aa1659hero001)は静かに言った。
「ありがとう。……大丈夫だ」
 
 バグダン・ハウスを壊したマフィアのボス。名前はギオルという、彼が私の父親だと知ったのは、バグダン・ハウスが壊れてからだった。
 ギオルは私を連れ去ろうと躍起になって追ってきた。バグダン・ハウスを壊したのも私を誘拐しようとしたのが大きな目的なのだというが、理由は知らない。シルヴァーにはこの事を知る由もないだろう。マフィアの事すら。
 ……ドミネーターの内部情報について、幾つか話したい。
 彼らは世界の様々な場所を拠点として動いている。日本も二つ程未だに二つの拠点がある。埼玉のAの町にある地下鉄、線路を歩けば違法に建築された部屋がある。もう一つは日本海を通る豪華客船だ。ドミネーターの隊員達だけを集めて船の中で会議、道楽に興じている。稀に奴隷や、見世物として使われる人間が乗ることもある。そして、ロシアのOにはドミネーターの処刑所、がある。潰すならまずこの三点からだろう。一つ一つの詳細情報は仕掛ける時に解説する。

 深く深呼吸をして、彼女は口を閉じた。裏切るのは想像以上に難しいのだ。
 チャールズは氷鏡の手を握り返した。誰かに触れていたい。人の温もりを感じていたい。
「私達から、いくつか聞きたい事があります。お答えできますか」
 晴海 嘉久也(aa0780)の声音は柔らかかった。
「問題ない」
「では……私から一つ」
 迫間は手を前で組んで、こう質問した。
「今のドミネーターの状況を教えてください。人数や、彼らの課題点等です」
「以前は七十人前後を右往左往していたが、人数は減少して五十三人となっていた。まだ多く感じるだろうが、リユーゼやブラック・ディラーといった幹部に近い連中が立て続けにいなくなって、ほとんどが一般隊員のみになっている。無論、まだ表には出てこない強者も存在しているが……以前と比べれば大分崩壊させやすくなっただろうか。
 彼ら、シルヴァーニではなく隊員一人一人の課題点は強くなることだと思う。毎日苦痛を伴う鍛錬をしながら、時に従魔を相手にして戦っている」
「五十三人、ですね。細かく教えていただいて感謝します」
 迫間は質問を続ける。
「バグダン・ハウスの地下にチャールズの書いた日記があった。あれは貴女が書いた物ですか?」
「その通りだ」
「リチャードは殺された筈のペーチャと共に生体兵器製造の実験台にされたようですが、その間、貴女は何を?」
「……シルヴァーニを止めようとした。だができなかった。説得したら、私を一年間拘束し監禁した」
 消し去りたいと願っても、夢であれと願っても。檻の中に灯火なんて一つもなかった。
 迫間は少しだけ黙して、更に問いを重ねた。
「我々が直接交戦した中だけでもフランメスは何人もの仲間、部下を自分の手にかけている。生体兵器として改造されて自我を失った者さえいる。ほぼフランメスの私兵として使われているのに、ドミネーターは組織としての統制が崩れない。ドミネーターのリーダーとしての貴女の仕事というのは、組織の維持……?」
「ドミネーターの隊員達を一人でも多く救い出したく思って、優しく接してきていた。というのも接してきたのは幹部だけだが……フランメスは隊員を捨て駒のように扱う。そんな者がリーダーなら信頼は失墜するだろう。だから何も抵抗できず仲間を第一に考えたかった私をトップに立たせた。理由はもう一つある。副リーダーである、とは自由に動ける事も意味している。私の日常は武器や兵器の取引先との電話や書類の整理……雑用だ」
 頂点に立つとは大きな責任を伴うものだ。シルヴァーニはその責任を全て、チャールズに押し付けていた。
 次の質問は薫から出された。
「あの日のフランメスからの交渉について、あんたはどう思う。出まかせだった可能性も十分にあるとして、手駒を潰してまであんたを確保する事によるメリットは何なのか、思い当たる節はあるか?」
「自分のお気に入りの道具が取られたら、どんな手を使っても取り返したいのだろう」
 時折シルヴァーニの視線を感じる時がある。あの生活に戻るのは御免だった。
「フランメスを生かす理由は無い、だが、あいつが何のために死ぬかをあいつ自身に選ばせてやるのも悪くねぇ、あんたはどう思う」
 目を伏せて、しばらく考えて――チャールズはこう言った。
「悪くない。ああ……悪くない」
 迫間と薫の質問が終わったのを見届けて、羽土が口を開いた。
「ドミネーターの次の行動について、どう想像できるか教えてほしい」
「今まで通り坂山を狙いながら、恐らくもう一人別の隊員も屈服させようとするはずだ。同じ人間を何度も逃して強い敗北感を得ているだろうから、更に手法は過激になると思っていい。以前の事件はゲーム感覚で、お遊び感覚で興じていただろうが、次仕掛けてくる時は本番だ」
 一通りの質問が終えられて、エージェント達は顔を見合わせた。
「色々、教えてくれて……ありがとう、ございます。必ず……ドミネーターの企みは…全部、止めて…みせます」
 チャールズは氷鏡と目を合わせた。途端に、氷鏡の肩に額を乗せた。緊張から解かれて、身体の力が抜けたのだ。
「すまない、しばらく……休ませてほしい」
「ん……いい、ですよ」
 氷鏡は彼女の背中に手をくっつけて、撫でた。
「お疲れ様ね。飲み物、持ってこようか?」
「いや、大丈夫だ」
 晴海はここに訪れる前に、チャールズと出会った町の聞き込みに行っていた。
「町は復旧が進んでいました。子供達もみんな学校に行けるようになり、PTSDに対する処置も優先的に行われています。まだ悲しみから抜け出せない人達も多々いましたが、人間も弱くはありません。その内今の悲しみから脱する時が来るでしょう」
「そうか……良かった、本当に」
 皆が口を閉じてから、黒金 蛍丸(aa2951)はこんな話題を作ってみせた。日常のお話だ。
「あの、初めまして、僕は黒金って言います」
 目の前で人が悲しんでいる。
「僕も、恋人がいます。高飛車なんですが、そこが愛嬌があるんです。恋人だけじゃなくて、素敵な仲間に囲まれて、自分は幸せ者だなって思ってます。チャールズさんも、バグダン・ハウスにいた頃は幸せでした、よね」
「ああ。幸せだった。毎日が」
「なら、一緒にまた幸せを作っていきませんか。今は色々な苦しいことがあって、幸せを感じづらいと思います。でも、僕は幸せになって欲しいって思います」
「……そうだろうか。私に幸せになる権利はあるのだろうか」
 人を裏切り、人が殺されるのを前にして何もできなかった。そして最愛の男をたった今裏切った。
「僕、この前の任務で初めて人を殺しました」
 閉じていた瞼を、チャールズは開いた。頭は氷鏡の肩に乗せたまま、静かに開いた。
「でも、僕は間違いだと思っていません。命を殺すのは命、なら……その憎しみの連鎖を止めるために、躊躇なく命を奪い命を救います。罪なき人の血を一滴も流さないために僕は迷うわけにはいきません」
 黒金の顔には覚悟が見えた。
「幸せに、か」
 耳元で氷鏡の息遣いが聞こえる。耳元に当って、確かにそこに居てくれているのだと実感できる。
「もし、事件が、全部、解決して…チャールズさんも、自由に、好きな所で暮らせる、日が来たら……」
 氷鏡は胸にしまっていた言葉を口にした。
「その時は……もし、嫌じゃ、なかったら……その、HOPE南極支部で……六花と、一緒に、お仕事……しませんか」
 チャールズは姿勢を戻して、意外そうに目を合わせた。
「南極は寒いし、私達の家は雪原のペンギンのコロニーの真ん中に建てたかまくらだし、環境は、だいぶ苛酷かもしれないけれど……。でも、南極支部内に部屋が貰えれば、支部の中は暖房も利いてるし、きっと大丈夫……だと思うの」
 アルヴィナも、彼女が来てくれることを歓迎してくれていた。
「私なんかが邪魔しても、いいのか……?」
「……はい。チャールズさんなら」
 背中にかかえていた十字架が、スルリと地面に落ちた。黒金と氷鏡が二人で一緒に降ろしたのだ。
「あ、あとこれ……絵本、です。ぜひ……読んでください」
 心の底から、水色の雫がこみ上げてくる。どうしてかは分からない。優しさというたったひとつの感情がそうさせた。
「すまない、しばらく一人にしてほしい。呼び出しておいて勝手だが、すまない」
「……はい」
 面会は彼女の一言で終えられて、エージェントは順番に表に出た。最後尾の迫間は扉を閉める時、独房の中ですすり泣き、嗚咽を漏らすチャールズの声が聞こえた。
 マイヤ サーア(aa1445hero001)は、迫間にこう語りかけた。
「フランメスを倒すだけなら、そんなに簡単な仕事はないものよね」
「そうだな。ただ倒すだけなら」
「彼女は裏切ったとは言ったけれど、まだ振り切れていないと思う。このままシルヴァーニが消えてしまったら、一生彼女の傷は癒えないまま……」
 迫間はシルヴァーニとしての感情も取り戻して欲しいと願っていた。
 彼も犠牲者だから。
 耳を澄ますと、微かに鼻をすする音が聞こえる。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • ライヴスリンカー
    赤城 龍哉aa0090
    人間|25才|男性|攻撃
  • リライヴァー
    ヴァルトラウテaa0090hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
  • 果てなき欲望
    カグヤ・アトラクアaa0535
    機械|24才|女性|生命



  • リベレーター
    晴海 嘉久也aa0780
    機械|25才|男性|命中
  • リベレーター
    エスティア ヘレスティスaa0780hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • 素戔嗚尊
    迫間 央aa1445
    人間|25才|男性|回避
  • 奇稲田姫
    マイヤ 迫間 サーアaa1445hero001
    英雄|26才|女性|シャド
  • リベレーター
    伏野 杏aa1659
    人間|15才|女性|生命
  • リベレーター
    羽土aa1659hero001
    英雄|30才|男性|ブレ
  • 愛しながら
    宮ヶ匁 蛍丸aa2951
    人間|17才|男性|命中
  • 愛されながら
    詩乃aa2951hero001
    英雄|13才|女性|バト
  • 気高き叛逆
    薫 秦乎aa4612
    獣人|42才|男性|攻撃
  • 気高き叛逆
    ベネトナシュaa4612hero001
    英雄|17才|男性|ドレ
  • 絶対零度の氷雪華
    氷鏡 六花aa4969
    獣人|11才|女性|攻撃
  • シベリアの女神
    アルヴィナ・ヴェラスネーシュカaa4969hero001
    英雄|18才|女性|ソフィ
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