本部

殺したのは私の心

鳴海

形態
ショートEX
難易度
普通
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
能力者
10人 / 4~10人
英雄
10人 / 0~10人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2017/07/16 15:12

掲示板

オープニング

● 荒野に突き刺さったスパナ。

 彼女の故郷は貧しい土地だったそうだ、砂漠化の影響で作物が取れなくなる一方だったが、安いトウモロコシ畑を維持するには広大な面積の畑が必要だった。
 赤茶けた土に、作物は実らない。そんな大地にクルシェは自身の武器である巨大なスパナを突き刺した。
 そして真っ向からくらい悪雲包む一体を見やる。
 あの雲の下は伏魔殿だと彼女は言う。
 ケントュリオ級愚神『ネヘモス』彼女から故郷を奪い、彼女から家族を奪い。彼女から思い出を奪い去った張本人。
「ネヘモスは後退を司る愚神なんだ」
 静かにクルシェは告げた。全てを疲弊させ、全てを衰えさせ、やがて消し去る。
 ヤスリで削るように徐々にけれどはっきりと、削り粉にしてかき消していく。
 そんな存在があの一体に生息しているらしい。
「私が来るのを待ってるんだ。私を食べたら、次の獲物を探すらしい」
 あの時、クルシェの住んでいた寂れた町が、赤さびと化して、急速に砂に変わっていく。あの日。
 愚神は自分に告げたのだ。二年の間に成長しここに戻って来いと。そのあいだ待ってやると。
 クルシェはそう告白すると拳を撃ち合わせた。
「ここであいつの息の根を止める、私だけじゃダメでもみんなとなら……頼む、力を貸してくれないか」
 そうクルシェは頭を下げると、さらに言葉を続けた。
「私の家族を殺したあいつを、私の英雄を殺したあいつを、この手で八つ裂きにしてやりたい。だから、私は」
 力を磨いてきたんだ。そう噛みしめるように少女は告げた。
 少女が抱く望みとしては殺伐としていて、なんて痛々しい言葉だろう。
 世界は、どこまでも少女に残酷を強いる。

● クルシェという人物

『クルシェ・アルノード』
 ディスペアのダンス担当、また声に張りがあり力強い曲が得意。『苛烈』はクルシェが中心となった曲である。瑠音と並んでディスペア二大ろりっこである。
 赤い短髪と常にへそだしルック。
 運動全般が得意で、趣味は機械いじり。
 また、英雄を二人持つリンカーでもある。
 ただ、今契約している英雄の前にもう一人契約していた英雄がいるらしい。
 ただ、この過去の英雄が問題で、H.O.P.E.側の調べでは『ネヘモス』はクルシェのかつて契約していた英雄である可能性があるそうです。
 それが何者かの力によって。邪英から愚神へと進化させられた。
 可能性があります。
 もしそれが本当だった場合、クルシェは自分の英雄を手にかけるその罪に耐えきれるでしょうか。
 それは彼女の精神状態にかかっていますが、ここも懸念材料ですね。 
 彼女は英雄と契約しつつも、戦うことなく穏やかに毎日を過ごしていたそうです。
 ネヘモスはローブを着た魔術師風の男で、力はなかったのですが彼女の家の手伝いをせっせとしてくれたと言います。
 二人は兄妹のように育ったようです。
 ただ、二年前、愚神による襲撃を受けクルシェは戦い。結果ネヘモスが生まれたと。 
 細かい経緯は不明ですが大筋はこんな感じなようです。これはH.O.P.E.に所属せず独立して活動するディスペア所属のクルシェは知らない真実です。
 ただ、これをそのまま伝えたところで聞いてくれるかどうか分からないというのもあります。
 彼女のこの物語がどのような顛末を迎えるかは、皆さんにかかっています。

● 状況説明。
 場所は南アメリカのどこかです。
 今回は荒地での戦闘です。大地は固く足場はしっかりしていますが、二メートル程度の岩石がゴロゴロ転がっています。これは民家の名残だそうです。
 見晴らしのいい丘だけに射撃職は攻撃しやすい分狙われやすいでしょうか。

解説

目標 愚神の撃破


ケントュリオ級愚神『ネヘモス』
 その力は風化、衰退、抹消という形あるものもない物も後退させてしまう力です。
 戦法としては極めてソフィスビショップ的な戦い方をします。
 広範囲の爆撃、黒いサンダーランスのような攻撃を放ってきます。
 さらに彼が使う特殊能力が四つ。
・エピタフプレート
 死者の遺灰で作ったプレートで、常に四~五枚ネヘモスの周囲を浮遊しています。防御力が高いわけではありませんが、遠距離攻撃に対する遮蔽物としては優秀ですし、これで殴ってくることもあります。
 またエピタフ自体に自動迎撃機能が備わっているようで、魔法弾を放って来たり体当たりしたりします。
 強くはありませんが、攻撃用とすると犠牲になった人の声や姿が見えるのでキャラクターによっては精神的に来るかもしれません。

・風化。
 AGWを風化させます。AGWの性能を徐々に下げますが、効果の度合いがネヘモスに近づいていればいるほど高まるので注意です。

・忘却
 記憶を奪う能力ですがなんでも奪えるわけではありません。ネヘモス、および英雄に関する情報を忘却させます。この影響で皆さんのスキルが一部封印。リンクレートの低下などが発生し、最悪の場合共鳴は解除されて、英雄が誰だか分からなくなります。
 わかりやすい対処法はリンクレートを上昇させる、誓約や英雄との絆を思い出せるようなギミックを用意しておく。
 英雄側が能力者側に強く呼びかける。等々です。
 
・衰退
 身体能力を著しく低下させます。これは今回戦闘に参加するリンカー全員へ影響し。行動するたびに一定値下がることになります。つまり戦いが長引けば長引くほど不利ですが。
 これは皆さんから霊力を奪うことによって成り立っているようです。
 その場合戦場のどこかに光る魂。オーブのようなものが設置されているので、これを探し破壊できれば能力は戻ることでしょう。


リプレイ

プロローグ
 見果てぬ高野、退廃しきった町並みは風化し。今は見る影もない。
 ここにはかつて、そこそこ発展した町があったというだが今は、朽ちかけの残骸が残るのみ。
「ここにいる愚神は、クルシェちゃんの英雄だった人かもしれないのかい?」
『杏子(aa4344)』がそう問いかけ『テトラ(aa4344hero001)』の手を引く。
 クルシェはその言葉に頷いた。
「ああ、私の町だ。もう見る影もないけど……」
 そう呟くクルシェ。そんな背中にテトラはあっけらかんと告げる。
「ここで君は共鳴し、愚神と戦った」
「……」
「戦いの末敗れたが、君は生き延びた」
「……」
「契約主であった君は生きている。邪英化する前に契約を切ったんだろうな」
「だれが……」
「ネヘモスがだ」
 テトラは間髪入れずにそう答えた。
「襲ってきた愚神から守る為に、だろうね」
「私は、まだ納得してないから」
 そう告げると押し黙るクルシェ、そんな彼女から一歩身を引いた杏子に声がかかる。
「H.O.P.E.側の調べは可能性がある、らしい、で断定出来てはいないようだな」
 杏子の言葉に『アリュー(aa0783hero001)』がそう答える、視線はクルシェに注がれたまま……
 そんなクルシェに恐る恐る『卸 蘿蔔(aa0405)』が歩み寄る。
 だが誰ももう何も言えない。
 明かすべきことは全て明かし。
 言うべきことは全て言ったのだ。
 だからもう何も言えない。
 クルシェの背をリンカーたちは見つめる。
 予測されうる真実は限りなく残酷なもので、だけど彼女はそれに向き合うつもりなのだと悟った。 
 彼女は彼女なりに自分の運命を受け入れようとしている。
 クルシェを一行は信じるしかない。
「邪英化によって愚神になるまでの期間ってどのくらいだったかな……」
『斉加 理夢琉(aa0783)』がスマホからH.O.P.E.のデータベースを漁る。
 作戦開始時刻までまだ時間があった、そのあいだにぬぐいきれない不安や懸念事項は全て払拭しておきたい。
「なーんか、おかしな事件だよネ……愚神化の過程とか2年とか」
『華留 希(aa3646hero001)』は岩の上に座り、足をパタパタと揺らして告げた。
「……2年前の事件、詳しく調べたが、あまり有用な情報はでなかったしな」
『麻端 和頼(aa3646)』がそう淡々と告げる。
 その言葉に『ジェフ 立川(aa3694hero001)』は頷き考え込んだ。
「以前、町だったなら詳しいのが有ると思うが」
「衛星写真があるよ、ほら」
 『五十嵐 七海(aa3694)』はスマホの画面を全員に見せる。当時の写真と今の写真。
 なるほど確かに、二年ではありえないほどに町並みは変わり果ててしまっているようだ。
 岩やコンクリートが風化して、もはや砂漠と言われても信じてしまうレベルに荒れ果てている。
「……後、オーブって……まさか、ネ……一応、調べヨ」
 希がそう告げると和頼は首をひねったがおずおずと頷いた。
「ああ……」
「何なら自分の体に誓約とかスキルとか思い出とか油性ペンで書いちゃうとイイヨ」
 そうどこからともなくペンを取り出し差し向ける希。
「……じゃあ、お前もやっとけよ」
 和頼は手のひらでそれを押し返した。
「ジョーダンでしょ! アタシの玉の肌に何すんのヨ!」
 あまりの横暴ぶりに何も言えない和頼。
「……大体、アタシを忘れたら……ううん、七海達も忘れたら……?」
 そう告げ稀は七海の表情を覗き見る。七海はそんな希の頭を撫でた。
「……確実にお互い……だな」
 和頼は告げると槍を取り出す、苦笑しその手の槍、その刃で己の下腕に言葉を刻んだ。万が一のために、忘れないために。
 作戦開始時刻が迫っている。
『テジュ・シングレット(aa3681)』は装備を召喚すると町の奥の奥に佇む愚神を思った。
「ネヘモスは、どんな思いで彼女を待ってるんだろ」
『ルー・マクシー(aa3681hero001)』がクルシェをさしてそうつげた。
「罪を負い、死者と風化の町で、自分を憎む愛する人を待つ……ただ、たった一人の幸せを願って。とか?」
「感傷が過ぎるかな」
「……いや。現に彼女は愚神にならずにここに居る」
「それが彼の願いなら。彼女こそが希望だ」
「絶望に終わりを……」
「死にあって、蘇る心こそ、彼のエピタフに相応しい」
 二人は手を繋ぎ共鳴する。終わりきれなかった終わりを目指して物語は加速する。


第一章 愚かなる神とは

「もし私がお前さんのこと忘れたら、そん時ぁ頼むぜ」
――遠慮はしないぞ? あとで文句言うなよ。
 太陽が肌を焼くようなじりじりとした感覚が全身を包む。まるでヤスリを用いて力をこそぎ取られるような感覚が体を這った。
『キャルディアナ・ランドグリーズ(aa5037)』はその感覚を歯噛みしながら耐え、軽口交じりに『ツヴァイ・アルクス(aa5037hero001)』へと言葉を向ける。
 いつもの二人だ。まだいつもの二人でいられる。けれど……
「本当に記憶も奪われるのか?」
――衰退と言った方が正しいだろうな。記憶力が衰え、忘れるんだよ。
 ここで吸い取られるのは力だけではない。記憶もである。
 朽ちて腐りゆく、老いて果て行く。そんな表現がぴったりなこの愚神の勢力圏内。
 中心に佇むのは亡霊と呼ぶにふさわしい思い出の残骸。
 建物の影に隠れるように愚神はいた。
 それに対してクルシェは、バイクでつっこんだ。
「おおおおら!」
 展開されるエピタフ、エンジンが唸りをあげ、クルシェのバイクが宙を舞った。
 その手の巨大なスパナを、バイクの加速力、重力加速度と共に叩きつけると、エピタフが四枚がかりでそれを止めた。
 作用と反作用の関係ではじかれ宙に浮くクルシェ……そして後部座席に乗っていた蘿蔔の体。
 会的。戦いの火ぶたが切って落とされる。
「手始めに作戦通りに行くぞ」
――おう……。
 キャルディアナの言葉に二つ返事でツヴァイが答える、その背後でリンカーたちが三々五々に散った。
『佐藤 鷹輔(aa4173)』は自身から立ち上る霊力の糸をたどって先を急ぐ。
「不快な感覚だな」
 その鷹輔のつぶやきに頷きを返した『語り屋(aa4173hero001)』
 視覚化された霊力波は高く立ち上りぼんやりと、おぼろげにだが確実に行く先を示してくれる。
 その導きをたどるままに町の中心、まだ風化の進んでいない一帯を駆け抜けた。
「まて、なんでここだけこんなに形が残ってるんだ?」
 鷹輔はそう疑問を口にする。その矢先、足元から突き上げるように巨大な石碑が立ち上った。
「うおっ!」
 思わずバックステップしそれを回避、ただ、そのエピタフはくるくる回りながら巨大化。
 それは怨嗟の響きを重ねながらこちら側に倒れてくる。
「死者の声を冒涜しやがって」
――それは悼む者の胸の内にのみ語られる言葉。他人が騙る権利はない。
 響く轟音、震える街並み。立ち上る煙を払ってエピタフを下敷きに駆ける鷹輔。構っている暇はない、そう先を急ぐのだが。
 それより先に言ってほしくはないらしい。鷹輔の目の前へ突如亡霊が現れる。
 その首元へと鷹輔はニーエ・シュトゥルナを突きつけた。
「そこをどけ!」
 次いで交差する魔術による爆発。強い風が吹いてネヘモスの目の前を包帯が舞った。
 爆炎の向こうにいたのはテジュ。
 傷刻まれた腕でA.R.E.S-SG550を握り。その銃口を愚神へと向ける。
 直後テジュの顔を照らしだすマズルフラッシュ。その弾丸の嵐にたまらずネヘモスは後退した。
 テジュは鷹輔を下がらせて、迂回するように視線で告げる。
 その意図に気が付き鷹輔は武装を代える。魔術型パイルバンカーに換装、建物の影から愚神の側面へ。
 愚神正面へ杭を打ち込み、そして引き金を引く。
 轟音と硝煙が立ち上り、霊力の杭は放たれた。それは鋼鉄すらもやすやすとかみ切る勢いで愚神に直撃し。
 その隙にテジュがさらに弾幕を展開した。
 そして鷹輔は地面駆ける勢いそのままに一跳躍。
 滞空している間に背面を向き。その視界に愚神を捉えた。
 テジュはすでに自分の射程を保っている、であれば巻き込むことはないだろう。
「置き土産だ! 受け取れ!」
 告げられた放たれたのはサンダーランス。イカヅチの槍が愚神を包んだ。
「緋鷹、後は任せる。俺の代わりにテジュをしっかり守れよ!
 そのまま鷹輔は着地。そして、オーブめがけて走った。
「守られてるさ、とっくに……」
 テジュは送られた品『緋鷹』へと指を走らせる。それを帯刀している限り負けない。そんな気が沸き起こる。
  銃を撃ちながら後退するテジュ。さらに仲間もいる。
 テジュの影から七海が躍り出た。テジュと、七海は左右に別れ時に交差しながらかく乱し愚神を攻め立てる。エピタフを盾に愚神も立ち回るが猛攻に対して反撃に出ることができない。
――貴方の相手はここに居ます。
 その結果砕け散ったエピタフとその粉塵が周囲に舞う。
「行って、決して当てさせません」
 そう告げる七海。その弓の一撃と交差するように蘿蔔が切りかかった。
 蘿蔔は慣れない近接戦闘に戸惑いながら『ウォルナット(aa0405hero002)』の指示で真上に飛ぶ。その身軽さを生かして、落下しながらの斬撃。
 直後左に転がって、クルシェの眼前からどける。蘿蔔の背後から突然現れたクルシェがそのスパナの刺突によってエピタフにひびを入れた。
 愚神がここにきてうめき声を漏らす。その声を聴いて蘿蔔は声を張り上げた。
「クルシェさん!」
 そんな中蘿蔔が気にしたのはクルシェ。彼女は終止苦虫をかみつぶしたような顔をしている。
「私の事は気にしなくていい!」
 二人は飛びずさって後退。七海とテジュの援護射撃が追撃を許さない。
「辛いと思うなら、私に行ってください」
「下がってろって? そんなダサい真似はできない」
「違います!」
 蘿蔔は鋭く告げた。
 たしかに、出発前にあんなことがあったのだ。彼女の心の重荷は計り知れない。
 けれど。だからと言って、下がってみてろなんて絶対に言わない。
「私たちが一緒にいます、サポートします。だから」
 それは誰しも乗り越えなければならないものだと思うから。
「だから、戦う意思がある限りは……」
――戦い続ける限りは手を貸し続けよう。
 そう蘿蔔の言葉を奪って現れたのは浄化の炎、その権化。
 全てを飲み込む炎を広げ。『八朔 カゲリ(aa0098)』は愚神の前に姿を現した。
 それはさながら広げた鷹の翼の様。
――さぁ、見せてもらおう。試練に挑むその様、勇士を。
 『ナラカ(aa0098hero001)』が高らかに告げるとカゲリは、その両翼を愚神へと叩きつけた。膨大な熱量は瞬時にエピタフを蒸発させ、ネヘモスは悲鳴を上げる。 
 いや、違うか。この悲鳴は、戦場に響く怨嗟。無念の響きは。
「悲鳴が……悲鳴が聞こえます」
 蘿蔔が叫んだ。
――聞くな! お前はそうやってすぐに迷う!
 ウォルナットが鋭く告げる。
「そんな、無理ですよ」
――一番きついやつが頑張ってるんだぞ!
 ウォルナットの言葉に蘿蔔はちらりとクルシェを見た。
 彼女は今にも泣きだしそうな顔をしながら爆炎を切り裂いて前に進もうとしている。
 蘿蔔はその手の刃を握り直す。
――蘿蔔……。
 そのすぐ背後にカゲリが控え、ナラカが告げる。
「ひゃい!」
 背筋をぴんと伸ばして驚く蘿蔔。
――彼女を頼んだよ。
「……」
 その言葉に無言で頷いた蘿蔔。するとすぐにカゲリはその場から飛びずさった。
 愚神から差し向けられた黒いサンダーランスを、蘿蔔は分身して回避。
 双振りに分裂したその刃を叩きつけると、立ち上る爆炎の向こうからカゲリが氷の狼を放った。
 肩で息を切らせながら蘿蔔はずっとクルシェを見続けていた。

第二章 忘却

 銃弾の嵐が左右から降り注ぐ。そのちょうど隙間を縫って氷の狼がネヘモスに殺到した。
 その狼が食らいついている間に杏子が背後から迫った。
 その刃はエピタフに阻まれることなく、ネヘモスの懐へ突き刺ささる。
 だが……。
 ネヘモスは痛みを感じた仕草もなく、杏子へと視線を送った。
 虚空の瞳だった、そこに感情は一切ない。
「すでに死んでいるんだね」
 杏子は直感した。
「クルシェちゃんを覚えてはいないんだね」
 そう噛みしめるように告げた杏子に、ネヘモスは攻撃で返答を。
 爆炎に飲まれる杏子。その熱量すらむなしく。髪の毛についた火の粉を払って杏子はゆらりと戦場のど真ん中へ躍り出た。
 その周囲にはエピタフが控えている。
「エピタフは再生するみたい」
 七海が叫ぶ、杏子を押しつぶそうと飛来したエピタフを七海は迎撃した。放たれた弾丸は高速。エピタフの動きを止めつつ愚神にまで降り注ぐ。
 直後そのエピタフを押しのけるように火焔が舞った。
 浄化の炎を操るのはカゲリ。しかしその炎の透明感が増しているような気がする。
 業火は力なくエピタフを完全に押しのけるに至らない。
「これが、衰退の能力」
 カゲリは苦々しげにそう告げた。
――衰えるとは万物がたどる定めだが……。
 そう言いながらもナラカは言いよどむ、視界がぼやけた気がしたのだ。
 いや、そのたとえは正確ではない。
 視界に映るリンカーたち、その後ろ姿が不確かに感じられたのだ。
「これが記憶の欠落か……」
 カゲリはそう告げると地面に刃を突き立てる。
 次の瞬間全身から霊力を吹きださせ、よどんだ霊力を体外に排出した。
 下がっていくリンクレートをその身の技術だけで保ってみせる。
 だが記憶の忘却は止められない。
 思い出せなくなりつつあるそのシルエット。 
 共に戦場をかけた、頼もしき背中。狂戦士。魔弾の射手、輝きの盾。
 響く、歌。

「記憶はあるか?」

 カゲリは問いかけた。自身の放った熱量が伸びた銀髪を溶かしていく。
――無論だ……。
 その言葉にナラカは答える。
 最後に思い出したのは少年の姿。病院に繋がれた妹を見下ろす。少年の後ろ姿。
 大丈夫自分は覚えている。
 名前などという個人を識別する記号などより。
 彼らの勇士と、勇気と。意思と。
 ともに駆け抜けた戦場を覚えてる。

――その輝きだけは、忘れない
 
 直後燃えたつ炎は天を焦がすように。
 おぼろげなイメージを焼き切って……極光と化した刃を束ね、忘却の愚神へと刃を振り下ろす。
――邪魔だな。
 そのナラカの一声に命じられるままに眼前のエピタフを浄化するカゲリ。
 切り裂いた遺灰の向こうには。
 その向こうには戦いを続ける仲間たちがいた。その姿はもう霞んではいなかった。
「だが、こんな無茶が通るのもあと……」
 愛剣が重く感じられるカゲリ、必要以上に力を込めているためにその腕が震えた。
――しかし、諦めるつもりはないのだろう?
 カゲリはナラカの言葉をうけて改めて二刀を構える。
 そして地面を蹴って参戦した。
 広がる爆炎、吹き飛ばされた蘿蔔をキャッチして、地面に立たせると、足元から浮上したエピタフをその刃で押さえつけた。クルシェがその突破口から愚神へ迫り。
 銃撃のサポートを受けつつ、愚神の腹部にスパナを叩き込む。
――衰えたからと戦う事に躊躇う理由にはならないが。
「ああ」
――誓約を果たせ、覚者よ。
「言われなくとも」
 二人の誓約それは、カゲリがその不屈の意志を示し続ける事にある。
 不滅の劫火は尽きず、遍く敵を焼き祓うべく燃え盛る――彼こそはナラカが謳う《燼滅の王》なれば。
 即ち、彼の在り方こそ絆の証明でもある。
 カゲリは号令と共に眷族を走らせる。氷の狼たちは大地を凍らせながらネヘモスの腕を凍らせ、その攻撃をそらした。
 爆炎が鷹輔に直撃することなくすれすれで爆発。
 鷹輔は床を転がる。
「ぐっ……」
 意識がもうろうとする、体に力が入らない。
 当然だろう。肉体が衰えるとは体力も衰えるということ。
 衰えた体への攻撃は辛いものがある。
 酩酊する意識、そんな意識では戦う意味すら曖昧になっていく。
――もう、諦めるのか?
 鷹輔は土を吐いて顔を上げる。
「おれは、なんで……ここにいるんだっけ」
 そんなもうろうとする意識の向こうに見えたのは、自分を守るように立つ背中。
 その背に。鷹輔は……煮えたぎるような怒り。それににた激しい感情を抱いた。
 それは苦汁を飲んだ日々。
 今に繋がる原動力。
 斯くありたいという願いそのもの。
 その記憶を失うとは過去と未来を同時に失うに等しい。
「お前はだれだ?」
――久々に噛んだ土の味はどうだ? 
 直後その人物は振り返り、その顔を覆うマスクを外す。
 その人物は鷹輔と同じ目で口で……語りかけ。同じ表情を浮かべ。そして鷹輔へ言葉をかける。
――泥の味を思い出せ、佐藤鷹輔。君がかつて僕にくれた言葉だ。
「ああ、糞みたいな日々を思い出した。そうだな、俺はバッドエンドが大嫌いなんだった」
  再び立ち上がる鷹輔。満身創痍の体に鞭打ってその背に二度と負けないと誓う。
 かつての自分と、今の自分が混ざり合い。未来を掴む自分となる。
 鷹輔は二度と膝をおらない。そう『自分』へと誓ったのだ。

第三章 その力の源

 杏子は傷だらけの着物を引き裂いて空に投げた。 
 爆炎で焦げたそれをその手の刃で切り裂いて機動力を増したのだ。次いでその手の刃を空にかざすと、無数の刃がさながら雨のように愚神へ降り注ぐ。
「ネヘモス。あんた私の意識がある間に話しておいたほうが身のためだよ」

「「私が私でなくなる前に」」

 突如吹き荒れる膨大な霊力、杏子の契約忘却が進み。テトラの力を杏子が抑えられなくなっているのだ。
「くははははははは!」
 テトラの笑い声が響く。その手に握ったのは『アフマル・シバ』そしてレプリケイトショットでそれを放つ。
「ネヘモスはクルシェを守る為に自らを犠牲にしたか。であれば町を襲った愚神は誰だ?」
 その言葉にネヘモスは答えない。かわりにクルシェの突撃をエピタフではじく。
「……返してくれ」
 クルシェが地面を転がりながら告げた。
「都合のいいことだってわかってる」
 クルシェは思い出していた。今回一緒に戦うリンカーたちの言葉。
 あれが本当だとしたら、自分はいったい何のために戦っている。
「けど、辛いことを忘れる代わりに全部私が……楽しいこともあんたの事も忘れてるなら」
 クルシェは叫んだ。答えが出た。忘却と戦う仲間たちをみて。
 自分にも、忘れたくない記憶があったのなら。
 それを思い出したいと。涙を流すくらいに思った。
「全部返してくれ。私は全部受け止めたい! ネヘモス!」
 そのクルシェへの言葉へ、返されたのは爆炎。
 間にカゲリが入ってそれを庇う。
「失ったものは戻らない」
 ネヘモスがその時初めて言葉を口にした。
「不可逆の性質。時は遡らない。壊れたグラスをかき集めてつぎはぎしても。それはもはや水をつげない壊れたグラスだ」
 直後愚神の力が強まった。砂塵が巻き上がりAGWの劣化が進んでいく。
――物を塵に変える、か。クァチル・ウタウスの真似事か?
「違う。これは英雄という名の罪人の。その罪の体現だ!」
 その叫び声は空を震わせオーブを探索する理夢琉にも届いた。
 理夢琉は背中を震わせ視線を上げる。
「泣いてる」
――どうした理夢琉。
 アリューが問いかけた。
「泣いてる……」
 理夢琉の頬を涙が伝う、感じたのだ、強い悲しみを、そしてその悲しみを終わらせる方法は一つだけ。
 理夢琉はとある家屋に視線を移す、普通のリンカーであれば何も見えないことだろう。
 だが理夢琉の両目には、暖かな光が見えていた。
 その小さな民家の中にオーブがあるのだ。
「この家だけ。風化してない」
――たぶん、ネヘモスにとって大切な場所なんだろう。
 であればおそらく、クルシェにとっても大切な場所。それを想像してしまえば二人の足が止まる。そんな二人の隣を和頼が抜きさって民家に歩み寄った。
 その行く手を阻むように展開されるエピタフ。その鳴き声をきいて希は告げる。
――何したいの? 愚か神は分からないヨ。
「……情……か?」
 和頼がそんなエピタフに一撃加えると傾いでいくエピタフ、それを踏み台に『ソーニャ・デグチャレフ(aa4829)』が飛んだ。
 全身を覆う鋼の装甲『ラストシルバーバタリオン(aa4829hero002)』に搭乗する形で共鳴したソーニャはその鋼鉄の足でエピタフを踏みつけてそれを踏破する。
 眼中にあるのはオーブだけである。
 そのコックピットに表示されているレーダーを頼りにソーニャは家屋の壁を粉砕して中に潜入。人でも英雄でも愚神でもない物を検出。
 そして、ついに光り輝くオーブをソーニャが発見した。
「小官の勲章となってもらおうか!」
 振り上げられる鉄の拳。軋む音を響かせながら引き絞られ。その右ストレートが光の塊を砕いた時。
 ソーニャは不思議な感覚を抱いた。
 体が軽くなっていくような、実際は力を奪われていた脱力感が解消されただけなのだが、それはとても心地よい感覚だった。
「これで少しは戦いが楽になるでしょうか」
 外のエピタフを粉砕し、遺灰を体に被ったのだろう。和頼と理夢琉は誇りを払いながらソーニャの目の前に姿を現す。
 そんな二人を振り返ってソーニャは告げた。
「では、戦場に戻るとしよう」
 その大きな拳が開かれる。
「えええええええ!」
 二人の首根っこをひっつかんでソーニャは駆けた。
 ガションガションと地面を揺らしながら高速で。
「すごく急いでますね」
 理夢琉がソーニャに問いかけると、ソーニャは神妙な面持ちで告げた。
「気になることがある」
「気になること?」
 理夢琉が首をかしげた、するとソーニャは淡々と語り出す。
「気になるのネヘモスがつかさどる後退の意味合いだ」
 理夢琉は思い出していた、かつて自分を害した愚神の事。悪夢のような出来事。 
 生暖かい鮮血の感触。
(こんな時でも、この記憶だけは忘れないんだ……)
 そう理夢琉は視線を逸らした。そんな彼女の様子に気づかないようにソーニャは告げる。
「愚神は欲望を制御しない英雄であることと……ネヘモスが元英雄であることからすれば、奴は未来に進めないのではないか」
「未来ですか……」
「クルシェを欲するあまり、クルシェを復讐につなぎとめて未来永劫自分の物とするのが目的なのではないか」
――永遠に停滞した時。幸福だった時を何度も繰り返す。のか?
「唯倒すのではなく乗り越える事が必要なのだとクルシェ自身が気づかなければ、真の解放には至らないのか」
「私もそう思います。ただただ倒して、全てをなかったことにして。忘れてしまっても、幸せになんて決してなれないと思います」
 理夢琉はそう胸の前で拳を握りしめながら告げた。
「それは彼女に伝えてあるんですか?」
「うむ、話してある。だが、判断が追い付かないようだったな」
 対して和頼は新武装と交換。
「話は終わったか? だったら俺はいく」
 そう告げて和頼は着地すると、目の前の戦場に加わっていった。
 リンカーたちの動きは格段に良くなって、愚神を追い詰めつつある。
 ソーニャもそれに加わった。
 あえてプレートをを抑え込み12.7mmカノン砲2A82による斉射。
 派手に立ち回って愚神のヘイトを稼いでいく。
 その隙にだ理夢琉はネヘモスの背後に回った。
 そして背後からの奇襲。キャルディアナは『LSR-M110』を振りかざし援護射撃をする。
 射程ギリギリからの狙撃、それでエピタフを徐々に削っていった。
 戦場の管理人となったキャルディアナは的確に味方の傷を治療しながら立ち回る。
 そんなスコープから視線を外さないキャルディアナへツヴァイがしきりに言葉をかける。
――キャル、お前は何の為に銃を取る。何の為に戦う。何の為に戦場を駆ける。
――すべては「救える命を救う」為だ。これが俺たちの誓約だ。
――見ろ、周りにはお前の仲間が必死に戦っている。お前が救うべき命がここにある。立て、仕事の時間だ

「命を秤にかけろ…………そういったのはお前さんだったな、ツヴァイ。やってやるよ」
 次いで響くクルシェの声。
「私が投げ出したもの、全部、受け止めるから、ネヘモス!」
 クルシェはそう叫ぶ。一見迷いは吹っ切られたように見えたのだが。
 その実。無理をしている。
 それが理夢琉には痛いくらいに伝わってきた。
――そもそも、こんな短時間で結論を出せるわけがないんだ。
「よいのか?」
 その時である、ネヘモスが声を発した。まるで腐った声帯から発されるような湿った声だった。
 その言葉に危機感を覚える理夢琉。
 彼女のそれをさせてもいいのか、必死に理夢琉は過去の記憶を手繰り寄せ、判断材料を探していく。


第四章 回想

 時はいったん作戦開始前までさかのぼる。
 それは現地につくまでの物語、作為的すぎる状況を憂いたリンカーたちは独自に調査を進めていたのだ。
「これは、信用できる情報なのかな。ジェフ」
 その言葉にジェフは首を縦に振った。
「それにしてもなんで二年前……クルシェさんを守るために愚神になった?」
 その言葉にジェフは淡々と答える。
「俺ならだが……クの為なら死ねる、が死ねない理由があった。何より2年前のクルシェはネヘモスと別れたら生きて行けなかったんじゃないか」
「私もジェフを殺す位なら一緒に死にたいよ」
「俺は七海に生きて欲しいぞ」
 それが真理で、そして答え。そうジェフには確信があった。
「だから記憶を消し新たな家族……英雄を作らせた」
 英雄と能力者、それは単なる契約ではない、魂を結んだ相棒になるということだ。
 その絆は時に恋人であり、時に家族であり、常に自分以上。
 それをジェフはよく知っている。
「ネヘモスはクルシェに生きる理由を持たせたかったのだろう」
 そんな二人の会話に一同は納得してしまった。
 だから再びクルシェが現れた時、場を重たい沈黙が満たし、クルシェは何かを察して鋭い視線を周囲に向ける。
 この重たい空気を察して鷹輔が口を開く、クルシェにむけて誰もが聞きたかったことを尋ねた。
「昔の英雄との誓約って覚えてるか?」
「なんだよ、さっきから、言いたいことがあるならさっさと言えよ!」
 クルシェが鷹輔へ迫る。
「お前に確認したいことがある、この奇妙な状況についてだ。お前は今の契約が初めてではないな?」
 その責め苦から逃げるためなのか、クルシェは燃えたぎった視線を鷹輔へむけて胸ぐらをつかみあげた。
「クルシェさん。H.O.P.E.のデータベースにこんな記録があったんですよ」
 そんなクルシェをなだめて理夢琉が告げた。
「ネヘモスの記録? データ?」
「彼はあなたの英雄だった可能性があります」
「そんなわけがない、私は村にいた時に誓約なんて……結んだ記憶は」
「ネヘモスは忘却を司る愚神です。英雄に関する情報を忘却するスキルがクルシュさんにもかけられている可能性はありませんか?」
「それはない!」
「それに。クルシュさんが邪英化に取り込まれていないなら元々英雄ではなかった可能性まだあります」
「そんな奴は知らないって言ってるだろ!!」
 クルシェが全員に向けて怒鳴った、その視線の中心にさらされていることが何とも辛かった。
「襲撃を受けたのが二年前『二年の間に成長しここに戻って来い)と言ったのは襲撃してきた愚神でしたか」
「そうだ、それは間違いない」
「それとも愚神化させられたネヘモスでしょうか」
「愚神化させるも何も、ネヘモスが襲ってきたんだって、それ以外ない。だって私の英雄は今ここにいるこいつらだけだ。そして私の町を滅ぼしたのはあいつだ! それ以外の真実なんて」
「クルシェさん、もちろんクルシェさんの言っていることが真実の可能性はあります、でももし、私たちが突き止めたこれが事実なら、きっとクルシェさんはこのままネヘモスと戦っても後悔する」
「だったら!」
 金切り声混じりにクルシェは叫んだ。
 見ればクルシェの目がうるんでる。
 彼女自身何かを忘れている感覚はあるんだろう。それが思い出せない。そして。
「もし、もしそうだとしても、私の憎しみはどこにいく? 私の故郷を潰されて、苦しい、辛い。そんな思いはどうしたらいい。倒しちゃいけないものばっかりだったら、私の故郷を壊したのはどこの誰なんだ!!」
 そう叫ぶと蹲って瞼の上から手を押し当てるクルシェ、声にならない慟哭を彼女はみせた。そんなクルシェの肩に手を沿えるのがソーニャ。
「小官にも覚えがある。その想いは痛いほど理解できる」
「アンタに、私のなにが……」
「かつて小官も、超重力レガトゥス級愚神によって祖国を奪われた、そして現在も奪還のために日夜研鑽を積んでいる」
 覆っていた手のひらをどけてクルシェはソーニャの表情を仰ぎみる。
 ソーニャにとって、この依頼は実に身につまされる話であった。
 規模こそソーニャに及ばないものの大切な物を奪われた悲しみはソーニャのそれと同じ性質をもつ、だからこそソーニャはクルシェに共感する。
「今の英雄二人とはどんな誓約を結んでるんだ?」
 鷹輔がクルシェに尋ねた。クルシェはそれに淡々と答える。
「一緒に、世界の果てを見に行くこと……」
 その言葉にリンカーたちは目を伏せる。
「今の英雄たちとの誓約がネヘモスと結んだそれと同じ方向性だと仮定すると。そこにネヘモスの想いがある。ネヘモスはきっと……」
「先に伝えないとと思って。これが本当だとしたら…………それでも行くのですか?」
 蘿蔔がおずおずクルシェに告げた、けれど視線はひるむことなくクルシェに注がれている。
「私は……」
 感情が暴走してきっと頭が回らないのだろう、当然だ。みんなきっとそうだ。
 大切な何かを選び取らないといけない時。
 いつだって与えられる時間はわずかなんだ。
 そんなクルシェの頬をテジュはつまんで引っ張った。
「はにほ?」
 クルシェはそれをどう受け止めていいか分からず、そう尋ねる。
「しっかりしろ。卿の歌は力強く、仲間との信頼も濃い。卿が2年で得たのは絶望だけか? 隣を見ろ、共に歩む英雄と、機会を遺した英雄を信じろ」
「彼に元気だよ、もう大丈夫だよって伝えに行こ」
 その言葉に視線を落とすクルシェ。
「サマーフェス楽しみですねぇ」
 でも、忘れないでいてほしいこともある。
 蘿蔔は膝立ちになるとクルシェの手を取って語りかけた。
 そんな蘿蔔に茶々を入れるウォルナット。
「しかし大根、俺のこと忘れてないだろうな? 今回の愚神は記憶を奪うと聞いたぞ」
「え? わかってますけど」
「いや解ってない」
 そう告げるとウォルナットは油性ペンのキャップを外して蘿蔔の手を取った。そして蘿蔔の手の甲にでかでかとウォルナットと書く。
 次は反対の手である。そちらにはクラスとスキルの説明をきゅきゅっと手際よく刻んでいく。
「なんかおつかいの子供みたいです」
 その様子を見てクルシェは少しだけ笑った。
 そんなクルシェに向けて微笑みを送る蘿蔔。
 けれどクルシェは蘿蔔の笑みに答えることなく仏頂面に戻ってしまった。
「後悔のない道を選んでください」
 その言葉に答えを返さずクルシェはその場を立ち去る。
 一人になりたいと告げて。

第五章 再誕

「お前は、私の親友だった」
 ネヘモスは語る。次の瞬間全員が息を飲むことになった。
 ネヘモスが後生大事に抱える青い色の宝玉、そこから投影された光によって。町は本来の姿を取り戻したからだ。
 クルシェはその光景を歯を食いしばって眺めていた。
「察しの通りだよ。私はお前を守るために愚神となった、あの日闘った私とお前、だが私はお前をこちら側にだけは来させたくなかった」
 いつの間にかネヘモスは本来あるべき姿を取り戻していた。
 女性とも男性ともつかぬ中性的な顔立ちのローブの人物へ。
 次いで燃え堕ちるいえいえ。そして血まみれのクルシェ。その体の中から光の束が引き抜かれ、ネヘモスが形を成す、愚神の元へと歩み寄る。
 その愚神の姿は見えなかった。
 まるで闇が固まったようなおぞましい姿。映像越しにも伝わってくるその不吉さ。
 強いや、弱いではない。ただただ不吉なその存在自体がリンカーたちに言い知れぬ恐怖を与える。
 その愚神と何かを話すネヘモス。そして。
「お前は! 私を裏切ったのか!」
 クルシェはその映像をかき消すようにスパナを地面に叩きつけた。
「お前は! 誓約を自分から!」
 そう、ネヘモスは自分から一方的に契約を破棄したのだ。
 共に、世界の果てまでいく、そんな夢を。クルシェ一人に押し付けて、自分は生贄となった。
「お前は!」
「二年、私も耐えられるか微妙なところだった、だが一抹の理性を残し、愚神に抗い、この一瞬だけ君と話すことができたのは、ここにいる皆の起こした軌跡」
 ぼろぼろの体を引きずってネヘモスは告げる。
「私をころせ! 理性があるうちに」
「あああああ! ネヘモス!」
 映像は掻き消え、代わりにネヘモスの両手に黒い雷が逐電されていく。そんなネヘモスにスパナ一本で立ち向かうクルシェ。
 このままではまずい、そう七海は焦りと共に弾丸をネヘモスへ叩き込む。
 だがその弾丸はエピタフに阻まれてネヘモスの注意をそらせない。
 そんなクルシェへ駆け寄ってその体を突き飛ばす理夢琉。
 さっきまでクルシェがいた場所を特大の雷撃が通過した。
 一緒になって地面を転がるクルシェと理夢琉。
「自分が何をすべきか分からなくなりましたか?」
 理夢琉はクルシェを地面に押し付けてといかける。遠くで聞こえる放電音。
 こうしている暇は本当はない、だがこの手を離せばクルシェは。
 また運命に自分の命をゆだねるだろう。
「皆の言葉で救われるならそれでいいと思う」
 理夢琉は誰にでもなく告げる。
――壊れずに未来をめざせるなら……。
 アリューが言葉を添えた。
「でも、これは違う」
――命を諦めることは絶対に違う。
 そうクルシェの瞳を見据えて告げ。次の瞬間微笑んで見せた。
「私、アイドルとしてデビューをめざしてます。クルシュさん、今度一緒に歌いましょう。私クルシェさんの歌ってる姿好きです」
――控えめに言って、ファンだ。
「今度ライブいきますね」
 その時、クルシェの瞳から涙があふれる。
「私、どうしたらいい? どうするべきだった? また、間違うのか」
 放たれる黒い雷光。すさまじい音が迫る。だが、その雷撃が二人に届くことはなく。
 それを遮っているのはカゲリだった。
――なかなか良い輝きを見つけたものでな……
 ナラカがそうあっけらかんと告げると。
 カゲリは渋い顔をしながらこう答える。
「無理やり俺をたきつけるのはやめろ。身が持たない」
「ありがとうございます」
 そう理夢琉はカゲリに告げて。またクルシェと向き直る。
「やっと頼ってくれましたね、私達を頼ってくれて良かったです。これからも頼ってください、力になります」
「でも、私はあんたたちの仲間じゃない」
「仲間ですよ」
 そう蘿蔔がクルシェの近くに膝を下ろした。
「戦って、競って、でも一緒に町を取り返して。私たちは仲間です。だから辛かったら一緒にがんばりましょう」
――お前には絆を結んだ二人の英雄がいるのだろう? その声を聞いてみろ。
 アリューがそう告げると。クルシェはやっと微笑んで告げた。
「仲間を信じろって言ってる」
「だったら。自暴自棄にならないで、まずは」
 そうして三人は立ち上がる。その周囲を固めていたのはぼろぼろになったエピタフ三枚。
「ネヘモスさんを落しくさせましょう」
 次いで響く怨嗟の声を、理夢琉の魔術が遮った。
 いの一番に飛び出したのは蘿蔔。
 エピタフを壁のようにあつかい、三角とびの要領で頭上を取る。
 そしてその手に構えたのはラブズッキュン。
「死んだ方を冒涜するような真似…………許しませんよ!」
 放たれた弾丸は、別のエピタフで遮られる。だがそのせいでコントロールが遅れた。
 クルシェがスパナでエピタフを叩き壊すと二人は包囲網を突破。
 七海の後押しを受けてクルシェは荒野を疾走する。
「ネヘモスの姿を辛く思うなら一緒に止めましょう、ネヘモスはもっと辛い……今のクルシェさんを見せてあげて」
 その銃弾で七海はエピタフを撃破。クルシェの背中を見送りながら。七海はジェフに告げる。
「絶対に嫌だから……忘れないでね。ジェフが居るから私は立てるんだ……二人になって一人の時より弱くなったよ
――以前を憶えてないが七海の笑顔に救われたのは判る。俺達の誓約は切れない。
 その言葉が嬉しいのか、七海は小さく微笑んで、そしてさらに弾丸をばらまいた。
 そんな中クルシェに向けられた雷を、蘿蔔がターゲットドロウで引きつけた。
「クルシェさん! 英雄さん達もいるよ! 大丈夫、一人じゃないよ」
 そう告げて蘿蔔はクルシェの手を取って、走る。
「なんでそんなに、してくれるの?」
 クルシェはそう二人に問いかけた。
「私も、手を取ってもらったことがあります」
 それは絶望に満たされた夜を超えた時のこと。つめたい風と、浮遊感。けれど本当に死にたいわけじゃなくて、無意識に伸ばした手を、彼はとってくれた。
「あの時は納得できなかった、少しのあいだ、なんで助けてくれたんだろう、バカ! くらいに思ってたかもしれません。……今ももしかすると、あの時助けてくれたこと、納得できてないのかもしれません」
 そんな発言を聞きながらウォルナットはもう一人の英雄の苦労を察する。
「けれど。今思えるのは、あの時助けてくれた人のおかげで楽しいと思えることに出会えたってことです。だから私も誰かの手を取りたい」
 迫るクルシェを殺すことを優先してか、愚神はその身に降りかかる銃弾や爆炎をエピタフでそらすだけで。クルシェや蘿蔔を執拗に攻撃するネヘモス。
「熱烈な歓迎だな」
 そんな二人への攻撃を叩き落とすようにカゲリが二人の先頭を担った。露払いとばかりに攻撃をそらしていく。
――ゆけ! 蘿蔔、活路は我々がきりひらこう!
 ナラカの高らかな宣言に蘿蔔は頷いて、加速。行くる弧を描くようにいち早く愚神へ接近して。一撃をみまった。
 その迷いのない動きにナラカは楽しそうに笑う。
 信じられる仲間と戦場に立つのはやはり楽しい。思わずナラカの中から笑いがこみあげてくる。
――なぁ、覚者よ。
 仲間を信じている。
 であれば自分がすべきことはただ一つ。
 仲間を守ること?
 いや違う。
 示し続けることだろう。
 その腕で未来を掴みとれると。
「なんだ?」
――何かを忘れてしまいたいと思ったことは一度でもあるかな?
「ないな」
――即答……か。あまりに潔く逆に不安を覚えるが……
 彼らしい、そう思った。
「忘れてしまえば抗えない。戦えない」

「「前に進めない」」

 声が重なる。二人の意思が重なる。
――蘿蔔……皆よ。任せたぞ。
 クルシェを愚神の元に送り届けるために陰りも最大出力で攻撃を。
 その攻撃は全てのエピタフもろとも愚神を両断する、あまりのダメージにネヘモスは動きを止めた。
――ああ、如何か皆の輝きで魅せてくれと。その輝きで彼女を照らし、奮起へと導いて見せてくれと。
 ナラカが賞賛する絆持つ戦士たちが、いまたどり着く。それを慈愛に満ちた表情でナラカは見送った。
「ネヘモス! 私はお前を」
「くるな、クルシェ!」
 だが、ネヘモスとて愚神である。その愚かしき神は人を貶めることしか考えていないが、逆にその手の手段は豊富だ。
 突如ネヘモスから沸き立った波が一行を包む。
 闇がこの世界支配した。

第六章 忘れるということの意味。
 
 闇の底で、テジュは一人佇んでいいた。自分の中から徐々に温かいものが抜けていくのがわかる。
 それは記憶。
 そして思い出。
「また……ルーを忘れるのか」
 その時、ひとつ笑い声が聞こえた。
――大丈夫、僕は隣にいる。
 記憶のひもを手繰る、逃さないようにギュッと握る。
 でもだ。思い出せずも瞬時に全幅の信頼を返せる。全忘却と常に隣合せの二人の在方。
――僕がルー・マクシ―だっ」
「あいわかった」
 突如闇が晴れた。戦場で佇むのはリンカーたち、その全員が瞳に闘志を宿して大切なものの名前を胸に宿している。
 もう二度と、絶対に忘れない。
 そして最後の力をふり絞り、静も魂も尽き果てた愚神。彼にスパナを突きつけるクルシェ。
 そんな彼女にウォルナットが声をかけた。
――本当に良いのか? あの愚神はそれを望んでいるだろうしお前はその権利がある。しかし、覚悟はできているか? 後悔しても何も戻らんぞ。
「覚悟は決まってない。だってあの時ネヘモスがなんで私を裏切ったのか、それがまだわかってない」
「それはもう、わかりきってませんか? クルシェさんのためですよ」
 そんな彼女はわずかに視線を巡らせて、そして告げる。
「私はどんな時でも一緒に痛かった」
「私は、せめてクルシェだけでも助けたかった」
 ネヘモスは告げる。そしてクルシェのスパナに蘿蔔も一緒に手を添えた。
「私にも、背負わせて……一緒に」
「ありがとう」 
 その姿を七海も、理夢琉もただ見守る。
「あなたの味方でいるって、決めたから……あなた達が何であろうと」
 蘿蔔はやっと、実感できたのだ。彼女、いや彼女たちは被害者で、そして普通の女の子なんだと思えた。
「これが終わったらたくさんお話ししたいです」
「ああ、これが終わったら私は全部を話すよ」
 そしてそのスパナを二人は振り下ろす、光が空に舞い上がった。
 ネヘモスの声だけがその場に残る。

 忘れさせてやりたかった。

 あの夜ネヘモスは力を求めた。
 彼女の中から自分の存在を消すための力を。
 だって、心優しい彼女は、自分が命を落したなら、悲しむと知っていたから
 たとえ愚神になろうとも、彼女を守るために必死だった。
 自分にできることをしようと、必死だった。

 やがて全ての霊力が霧散して、悪夢の夜が終わった時。
 クルシェは涙を流しながらそこに佇んでいた。
「クルシェさん。悲しい記憶じゃなく。どんな家族だったか……楽かった事を、今の家族の事と共に記憶し続けてあげて。辛い事を思い過ごすより……ネは嬉しいと思うんだ」
 七海がそう告げると、ただただクルシェは頷いて、帰ってきた記憶を抱き、強くなろうと心に誓った。
「ごめん、私が弱いから。覚えてる。ずっと覚えてる」
 ただ、一部の者の表情は暗い。
 蘿蔔は理夢琉に言葉をかける。
「みましたか。あれ」
「はい」
 ネヘモスは最後の一撃をもらった瞬間、水色の欠片をほとばしらせた。
 それは、水晶に見えた。
 そしてその体はガラスのように崩れ去る。
 蘿蔔はその現象の意味を正確に理解していた。
 「「ガデンツァ」」
 理夢琉と杏子が同時にそう言葉を吐く。
「なんで、こんな、ひどい……」
 理夢琉は拳を握りしめて涙を流す、この事実をどう説明すればいいか全く分からなかった。 
「でも、だとしたなら」
 蘿蔔はおもう。
 どうして最後まで絶望に満たされた物語にしなかったのだろう。
 そう蘿蔔は天を仰ぎ思考した。
 いつまでたっても出ない答えに思考を巡らせた。

エピローグ
 帰路につくリンカーたち、そのバスの中で蘿蔔は手にかかれた文字をひたすらに消そうともがいていた。
「油性じゃないですか!」
 その姿を見てウォルナットが笑うので、蘿蔔は意地悪を言うことにした。

「ウォルナット…………はぁ、知らない英雄ですね」
「残念だがつっこまんぞ。思い出したならそれで良い」
「あなたらしいですね…………でも嫌いじゃないですよ」
 あの愚神は本当に恐ろしかった、死とは違う恐怖を体感し、しかし乗り越え絆を強くしたリンカーたち。
「思い出してくれて嬉しかった」
 ルーがそう告げるとテジュは微笑み頭を撫でる。
「……ああ」
 そしてふとテジュはクルシェに視線を向けた、彼女は彼女なりに吹っ切れたようでソーニャと普通に話をしていた。
「ところでローカルなアイドルとして周囲から祭り上げられそうな気配を感じているので参考になるかならないかでいろいろ……」
「あ~、本気でやるつもりがあるなら自分の強みを見つけること、やらないといけないってだけなら、アイドルやりたい仲間を集めるといい」
 そう答えるクルシェへ、気になったがために蘿蔔は質問をぶつける。
「そう言えばディスペアの皆さんはどうやって集まったんですか?」
「瑠音の声掛けだね。あの子が発起人で。私はもともと瑠音の知り合いだったんだ」
「何の繋がりなんですか?」
「日本に来たときに向かいいれてくれた家が、瑠音の家だったんだよ。半年家族やって。リンカーになって働き出して、アイドルをやらないかって話がきて」
「へ~、すごいですね瑠音さん」
「でもあいつはまずい。だから、今度ゆっくり話そう」
 そう告げるとクルシェは席を立った。
 まるで蘿蔔から逃げるように。
「次は梓だ」
 そう言葉をのこして。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • 燼滅の王
    八朔 カゲリaa0098
  • 白い死神
    卸 蘿蔔aa0405
  • 絆を胸に
    テジュ・シングレットaa3681
  • 葛藤をほぐし欠落を埋めて
    佐藤 鷹輔aa4173

重体一覧

参加者

  • 燼滅の王
    八朔 カゲリaa0098
    人間|18才|男性|攻撃
  • 神々の王を滅ぼす者
    ナラカaa0098hero001
    英雄|12才|女性|ブレ
  • 白い死神
    卸 蘿蔔aa0405
    人間|18才|女性|命中
  • エージェント
    ウォルナットaa0405hero002
    英雄|15才|?|シャド
  • 希望を歌うアイドル
    斉加 理夢琉aa0783
    人間|14才|女性|生命
  • 分かち合う幸せ
    アリューテュスaa0783hero001
    英雄|20才|男性|ソフィ
  • 絆を胸に
    麻端 和頼aa3646
    獣人|25才|男性|攻撃
  • 絆を胸に
    華留 希aa3646hero001
    英雄|18才|女性|バト
  • 絆を胸に
    テジュ・シングレットaa3681
    獣人|27才|男性|回避
  • 絆を胸に
    ルー・マクシーaa3681hero001
    英雄|17才|女性|シャド
  • 絆を胸に
    五十嵐 七海aa3694
    獣人|18才|女性|命中
  • 絆を胸に
    ジェフ 立川aa3694hero001
    英雄|27才|男性|ジャ
  • 葛藤をほぐし欠落を埋めて
    佐藤 鷹輔aa4173
    人間|20才|男性|防御
  • 秘めたる思いを映す影
    語り屋aa4173hero001
    英雄|20才|男性|ソフィ
  • Be the Hope
    杏子aa4344
    人間|64才|女性|生命
  • トラペゾヘドロン
    テトラaa4344hero001
    英雄|10才|?|カオ
  • 我らが守るべき誓い
    ソーニャ・デグチャレフaa4829
    獣人|13才|女性|攻撃
  • 我らが守るべき誓い
    ラストシルバーバタリオンaa4829hero002
    英雄|27才|?|ブレ
  • リベレーター
    キャルディアナ・ランドグリーズaa5037
    人間|23才|女性|命中
  • リベレーター
    ツヴァイ・アルクスaa5037hero001
    英雄|25才|男性|バト
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