本部

青春は土砂降りの中で

高庭ぺん銀

形態
ショート
難易度
やや易しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2017/07/10 19:33

掲示板

オープニング

「どうしたってんだよ、直人!」
 椿康広(az0002)は叫んだ。いつも冷静な友人がいきなり手を出してきたのだから、声を荒げたくもなる。
「見損なったぞ、椿。お前の情熱はその程度のものだったってことだな」
 彼が憤る理由に心当たりはない。しいて言えば、屋上で行う予定だった軽音部の活動を、急きょ休みにしたことだが。
「仕方ねぇだろ、予報が雨なんだから。明日は音楽室が借りられるから、雨でも平気だぜ」
「お前はそれでいいのか! 俺たちは世界を目指すんじゃなかったのか!? こんなところで立ち止まってる場合なのかー!?」
 ひとこと喋るごとに、器用にパンチを繰り出してくる直人。最後の一発を頬にもらいそうになり、康広はひやりとした。彼はナルシストではないが、バンドのギター兼ボーカルとして人前に立つことも多い。さすがに一目で喧嘩をしましたとわかる傷は作りたくない。仕方なく、濡れた地面に傘とスクールバッグを放り投げる。あくまで回避と、隙をついて彼を取り抑えるためだ。
「やめてよ、ふたりとも……」
 バンドのもう一人のメンバーである純はなぜか地面にへたり込んで泣いている。一番大柄な彼が加勢してくれれば、心強かったのだが。と、思ったところで康広の頭に疑問が浮かんだ。喧嘩など考えたこともない優等生で、運動はそれほど得意ではない直人。彼が非共鳴時とはいえ能力者である康広と互角に戦うということはありえるだろうか。
「なにチンタラやってんだこの愚図がー!」
 野球部の方から、荒々しい声が聞こえた。どこかにボールが当たったのか、膝をついた部員。バットを持った少年は謝る様子もなく、彼に向けてボールを打とうとしている。
「キャプテン、やりすぎだぞ! こいつは保健室に連れて行くからな!」
「うるせー! 甘やかしてんじゃねー!」
 副キャプテンが殴られ、しりもちをつく。
「お前も連帯責任だ。罰としてうさぎ跳び3千回だー!」
 雰囲気はまるで昭和のスポ根漫画。やっていることは最早ただの暴力である。キャプテンとは顔見知りだし、練習の風景はよく見かけるが、明らかに様子がおかしい。
「集団がいきなりおかしくなる、か。……まさか俺の学校が被害に遭うとはな」
 康広は汗をぬぐい、ひきつった笑みを浮かべた。
「ティアラ!」
 相棒がひきこもりで良かったと思ったのは初めてだ。バッグにつけた幻想蝶に手を伸ばす。康広はティアラ・プリンシパル(az0002hero001)と共鳴した。
「よくもオレの大切な仲間に手を出してくれたじゃねぇか、このクソ野郎!」
「やっとやる気になったのか? 存分に語り合おうじゃないか、互いの拳でな!」
「うわああん! 僕は仲良しなふたりが好きだよぉ! 喧嘩はやめてよぉおおお!」
 足にしがみついて、大声で泣き始める純。無駄に力が強い。
「止めるな純! っていうかお前も憑かれてんのか! 放せって!」
「嫌だぁ! 嫌いにならないで! ずっと友達って言ったじゃんよぉお!」
 ついに雨が降り出した。黒い雲の落涙はみるみる内に勢いを増し、少し痛いくらいに体を打つ。視界も悪い。いつもなら舌打ちの一つもしたくなるだろうが、康広の心はなぜか高揚していた。
(康広も従魔に憑りつかれた、って訳じゃなさそうね。私は冷静だもの)
 ティアラは思っていた。
「待ってろ、直人、純! お前らはオレが必ず取り戻す!」
 その頃、従魔の反応を察知したH.O.P.E.は援軍のエージェントたちを派遣していた。

解説

【状況】
 放課後。高校のグラウンド(砂)。天気は土砂降り。

【敵】
 イマーゴ級の従魔(思念体)が人間に憑りつき、暴走状態となっている。
 奇行を止めようとしたり、従魔から解放するために攻撃したりすると、戦闘となる。身体能力は多少上がっているが、共鳴時のリンカーに匹敵するほどではない。依代に相応のダメージを与えれば従魔は死ぬ。

・熱血さん×30
 依代は主に運動部の部員(野球、テニス、サッカー)。
 人間並みの思考力は残っているらしいが、努力と根性と青春を謳い真っ向勝負を仕掛けてくる。攻撃方法はパンチ、キック、体当たり。熱い相手とは嬉々として拳を交え、クールな相手には「もっと熱くなれよ」と憤りを向ける。

・雨模様さん×20
 依代はさまざまだが、どちらかというと女子が多い。
 泣き虫。静かに泣くものからギャン泣きするものまで。ネガティブで、被害妄想が強い。基本的に泣きながらの戦闘妨害をしてくるが、怒り泣きしながら(熱血さんが放り出した)バットやラケットなどで向かってくる者もまれにいる。

【救出対象】
生徒&顧問
 熱血さんと雨模様さんに絡まれているかわいそうな人々。無茶なトレーニングを強要されたり、恋人ではない相手に「捨てないで~」とすがられたり。動けないほどのけが人はいない。

【NPC】
 康広&ティアラ:直人と純を相手に交戦中。

リプレイ

●土砂降りのグラウンドで
「さぁ、バシバシ依頼をこなしますよ!」
 熱血とは縁の薄そうなルイス・クレメン・アウグスト(aa5267)が、張り切った様子で言った。
「素敵ですルイス、日頃の鍛錬の成果をみせる時ですよ!」
「いやいやリズィ、今回はそんなに戦わなくても……」
 目を輝かせるリズィ・ガーランド(aa5267hero001)に、ルイスは苦笑を返す。彼は何も、強敵との決闘を望んでいるわけではない。熱心に稽古をつけてくれる彼女には申し訳ないが、戦闘の技術を活かす機会は少ない方が良いと思っている。
「暑苦しいと言うか、うっとしい集団だな」
「うわぁ……ある意味地獄絵図だね」
 御神 恭也(aa0127)と伊邪那美(aa0127hero001)は揃って呆れ顔をする。
「なんだかすごい光景だね。テレビの再放送か何かみたいだ」
 というのは、スネグラチカ(aa5177hero001)の感想だ。
「あれよね、学校戦争とかいうラグビーのやつよね」
 雪室 チルル(aa5177)もうんうんと頷く。
「こんな土砂降りの雨の中何やってるんだろうね。従魔ってよくわからない」
「とはいえ従魔は放っておけないわ! あたい達も行くよ!」
「おー!」
 と拳を突き上げたまま、スネグラチカは首を捻る。
「で、具体的な方針は?」
「見た感じ熱血系の人となんかぐずっている人がいるみたいね。全員でそれぞれの対応に当たる感じでいいんじゃないかな」
 異論を唱えるものはいなかった。真っ先にルイスが、雨模様さんの対応に立候補する。
「悲しみにくれるレディたち、今助けにいきますよ!」
「そんなことだろうと思いました……」
 龍華もおどおどと手を挙げた。何やら考えがあるらしい。
「もちろん巻き込まれている人達も助けたほうがいい感じね」
「土砂降りだからモタモタしていると風邪を引きそうだしね」
「どちらにしても必要以上に攻撃して、乗っ取られた人を怪我させないようにしないとね」
 まるで双子のように、息ぴったりに発言するチルルとスネグラチカ。
「危険度は、積極的に喧嘩をしたがる熱血な奴らが上かな? けが人がいないかも心配だね」
 荒木 拓海(aa1049)が言う。雨模様さんの担当者たちは最低限の邪魔者を撃破し、救助を優先することにした。
「こんな雨の日にトレーニングとか、なんとか……大変だね。みんなが体調を崩す前に解決しないと」
 紀伊 龍華(aa5198)の心配そうな声は、強い雨音にかき消されそうだった。かろうじて彼の声を聞き取ったノア ノット ハウンド(aa5198hero001)が返事を返す。
「ノア達も濡れちゃうですしねー。あ、いや。ボンクラはぬれてもノアは濡れないんでした。忘れてたですー」
「……それが滅茶苦茶良い笑みで言ってなければ俺は信じてたよ」
 共鳴し、開き直った様子で傘を放り出す。もちろん放り投げたのではなく、校門にそっと立てかけていたのだが。
「千颯、俺たちは熱苦しい奴らの対応に……」
 戦友と役割を分担しようとした恭也は、異変に気付いた。
「ボクはまだあの時の事を許した訳じゃないんだからね!」
「烏兎ちゃん……」
 共鳴したいのは山々だが、烏兎姫(aa0123hero002)は視線すら合わせてくれない。きっかけはとある戦闘依頼。連れていって欲しいという烏兎姫の願いを、虎噛 千颯(aa0123)はけんもほろろに断っていた。後悔しないわけではないが、千颯の気持ちは変わらない。自分の子に危険な事をさせたくはないと、今も思っている。
「俺たちは先に行こう」
「ごめんね、恭也ちゃん?」
 へらへらと笑ってみたが、内心は雨模様。
「ボクを戦闘依頼に連れてってくれないならパパの事なんて本当に大嫌いになるんだからね!」
「烏兎ちゃーん……」
 心の重体判定がすぐそこに見える。
「なんでわかってくれないの。……ボクを置いてかないでよ」
 千颯の親心は、烏兎姫の不安と最悪の不協和音を奏でていた。皆に頼りにされる自慢のパパ。誰かを守って戦う格好良いパパ。けれど――だから、帰ってくる彼はいつも傷を負っている。何時か『また』自分の傍からいなくなってしまうのでは? そんな思いが烏兎姫の表情を曇らせる。
「あー……もうわかった!パパの根負けだよ。これからは烏兎ちゃんも戦闘依頼に連れて行くよ」
 烏兎姫は弾かれたように顔を上げた。
「本当!?」
「でも! 危険依頼は無しだ。危ない仕事は烏兎ちゃんは連れていけない。これは絶対だ。それでもいい?」
「……本当は不服だけど」
 烏兎姫は尖らせた口を、きりりと引き結ぶ。
「……でもこれからボクが強くなればいいんだよね。なら今はそれでいい! パパ大好き!」
 「大好き」の一言と無邪気な笑顔で、重体判定はどこへやら。
「ちっと遅刻しちまったけど、ここからリカバーだぜ!」
 二人の姿が溶け合う。緑の髪に、桃色の瞳を持った烏兎姫が、ぐっと地面を踏みしめる。
「ボクの初めての舞台! さぁ! 歌おう! 踊ろう! 素敵な素敵な舞踏会の始まりだよ!」

●はた迷惑な熱血
 Erie Schwagerin(aa4748)とフローレンス(aa4748hero001)の両名は本件が久しぶりの任務である。
「熱血うざいなぁ、はやくクールダウンさせなくちゃ」
 エリーは周りの空気に流されることなく、適度に力の抜けた状態を保っていた。氷の魔本『リフリジレイト』を構え、考えの読めない笑みを浮かべる。
「コレで軽く凍えてもらうわね。本気だすと吹き飛ばしちゃうしぃ」
「わっ! 足が! 動けん!」
「ほぉら凍えなさいな、気持ち良いでしょう?」
 従魔に乗っ取られた少年には、少しばかり嗜虐的な微笑みを。
「動けるかしらぁ? ねっとりジメジメ、暑くなる季節に暑苦しいのは勘弁よねぇ」
 被害者の少年には、慈悲の手を。赤き魔女は善き人間の味方であるようだ。
 チルルとスネグラチカは校舎内にいる者たちに頼み、タオルを借りることに成功した。協力者たちは一階の職員室前に集まり始めている。
「次は、熱血な感じの人達の対応に回るよ!」
「それはいいんだけど、具体的にはどうするつもりなの?」
「もちろん銃なんて捨ててグーパンチよ! 気合を入れなおしてやるんだから!」
(大丈夫かなぁ……?)
 共鳴し、白いコート姿となったチルルは土砂降りの中へ飛び出した。

「あの日の熱さを取り戻せ、椿!」
「馬鹿! お前、従魔に操られてんだよ!」
 揉み合うバンドメンバーたち。拓海が止めに入る。
「荒木さん! これはオレの戦いっす! 他の人を助けてやってください!」
 様子のおかしい康広を見て、戸惑う拓海。彼は正気のはずだ。
「秘めてた事が有るからこそ現れる“熱さ”じゃない?」
 メリッサ インガルズ(aa1049hero001)が言った。
「思いっきり発散した方が良いと思うの……」
 従魔が勝手に話してるのかもしれないけど、と言う言葉は小声で付け足す。
「彼らの気持ちを聞き出して……そう、歌詞にするのは? 熱い青春ソング」
 ぐっとサムズアップするリサ。
「発散は同意だが目的がずれてるぞ」
 長年苦楽を共にした可憐な英雄は、意外にも熱血ドラマを好むらしい。
「目を覚ませ、直人!」
 康広の渾身の一打により、直人が地面に転がる。
「直さん、死んじゃ嫌だぁ!」
「死ぬ訳あるか! オレたちは世界一のバンドになるんだよ!」
 直人の体を揺らして泣く純を殴りつける。従魔が憑いていなければ歯が折れていたかもしれない。
「痛いな、もう! ぼーりょくはんたーい!」
 場違いなくらいのんびりと言う純。苦い顔でこちらを見上げる直人。
「お前ら、元に戻ったのか?」
 康広は鼻の奥からこみあげてくる何かをぐっとこらえた。
(ねえ、少しは熱血さんみたいにならないと余計に絡まれる気がするんだけど?)
 伊邪那美の助言に、恭也は反論する。
「周囲に流されて、感情的になるのは未熟者の証拠だ。それに俺には似合わん」
(……何だかんだ言って、恭也って結構 場の雰囲気に流されるよね)
 伊邪那美の言葉には答えず、恭也は作戦の実行に移る。まずは、気弱そうな男子生徒に絡んでいるサッカー部員からだ。
「俺と青春の汗を流そう!」
「ぼ、僕は手芸が好きで……」
「おい」
 恭也が声をかけると、サッカー部の興味は彼へと移った。目で促すと手芸部員は一目散に逃げていく。
「すかしたツラだな。張り倒したくなるぜ」
「つべこべ言って無いで、掛かって来たらどうだ? ああ、勿論怖いなら強制はせんがな」
(やっぱり、場の空気に染まってるじゃん!)
 あくまで戦闘を有利にするための挑発だ。
「戦り(かたり)合おう! 俺たちの物語はここから始まる!」
 恭也はすっと身を低くし、顎を狙って掌底を撃つ。
(うわー……)
 物語はあえなく打ち切りエンドを迎えた。
「とおっ!」
 チルルは矢のように飛び出すと、目についた暑苦しい男に向かっていく。このパンチが挨拶代わりだ。
「あんた、早く逃げなさい!」
 小さな拳で放つパンチは案外重い。ガッチリと鍛えたサッカー少年がよろめいた。
「で、でも女の子に……」
「まかせなさいって! あたいさいきょーだから!」
 ぱちりとウインク。余裕の表情。少年は礼を言いながら逃げて行った。
「あんたなんて素手でじゅーぶんよ!」
 チルルは、左の手のひらに拳を打ち付ける。挑発に乗り、飛び込んできた男を軽く見切るとチルルは二度目の『挨拶』を打ち込んだ。
「康広くん! 何やってるんだよ!」
 烏兎姫の声に、従魔と対峙していた康広が振り返る。直人と純は既に避難し、タオルの用意を手伝っている。
「折角の大舞台だよ! オーディエンスはあんなに沢山いるんだよ! さぁ! 康広くんセッションしよ! ボクらの音楽をみんなに聞かせてあげよう!」
――桜舞う中君が笑う
 烏兎姫は歌う。康広や仲間たちと共に作った曲だ。
――俺の心に春雷が訪れる
 康広が続きを口ずさむ。
――「恋」と呼んだら笑われるかな?
 先に行くよ、と目で合図して烏兎姫が跳ぶ。セイクリッドフィストに包まれた烏兎姫の拳が熱血少年の頬に叩き込まれる。ボクらの音楽(物理)である。
――花信風に乗せて届けこの想い
 康広は、翼の文様が入った盾で相手を殴りつける。
(烏兎ちゃん……あんなに喜んじゃって……)
 千颯の胸に温かい気持ちが広がる。
「ボクの歌を聴けー!!!」
(烏兎ちゃん!! それ駄目なやつ!)
 こちらもボクの歌(物理)と呼ぶべきだったのは言うまでもない。千颯のツッコミをBGMに、別の少年を吹っ飛ばす右ストレート。小細工なしの真っ向勝負は、従魔にとっては本望だっただろう。

●鬱陶しいほど雨模様
「み、皆さん! よかったらお話しを聞かせてください!」
 少女の姿となった龍華は精一杯の声で叫ぶ。雨模様さんたちはじっとりとした自然で、見慣れぬ少女を見つめる。胸に下げた「お悩み相談窓口」のプラカードを雨が叩く。
(あはは! 彼女たち、信用できないって目をしてるですよ! 人望無いですね!)
 龍華は英雄を叱りたい気持ちをぐっと抑え、笑顔を浮かべた。
「ごめんなさい! わ、わたじぃ……あなたの事不審者って誤解しでまじだー!」
 大げさな言い回しで、すがりついてきたのは大柄な女子生徒。ぎこちなく背をさすり、ただ話を聞く。
「初めての人を警戒するのは仕方ないです。俺……私もそうですよ」
 にょきりと現れたたくましい腕が龍華の肩を掴む。向き直ると顔をぐしゃぐしゃにした男子がいた。
「僕、貴女の優しさに感動しました! 結婚を前提に付き合ってぐだざい!」
 先ほどの少女が金切り声を上げた。
「やっぱり……みんな私を裏切るんだ」
「え?」
「貴女が優しいから、私が余計に醜く見えるのぉおーん! だがら彼だって愛想を尽かすのよ!」
「毎日、俺の味噌汁を作ってください!」
 二人掛かりでガクガク揺さぶられる龍華。
「何この状況?! ふ、二人ともしっかりしてください!」
 メギンギョルズによって強化された手刀が両名のこめかみを打った。
「痛! ……え、佐藤くん? 私ったらなんてことを!」
 嫉妬に囚われていた少女が、自らの行いに悲鳴をあげる。
「僕は平気!それよりここにいたら濡れちゃうよ、山田さん!」
 甘酸っぱい雰囲気を醸しつつ、微妙な距離を保って去っていく二人。
「あ、まだ恋人じゃなかったんだ……」
 慌てて目をそらしつつ、龍華は考える。それじゃあ、巻き込まれた自分の立場とは。ノアはお腹がよじれるくらいに笑っていた。
 救助に当たる頭数は多い方が良いと思っていたが、康広の様子を見る限り共鳴しないと危険かもしれない。拓海がリサを呼んだその時。
「まだまだ足りねぇぞ! そこのお前、何ぼさっとしてる」
「やば、目つけられた!?」
 拓海は覚悟を決め、地獄の野球部へと入部する。
「先輩、ついていきます! さぁ、号令を!」
「少しは骨がありそうだな」
 新入部員の年齢は問わない方針らしい。リンカー対一般人(従魔憑き)のトレーニング、終わりの見えないスクワットがはじまった。
「犠牲は無駄にしないわ、拓海! みんな、今のうちに避難を。歩けない人は肩を貸すわ」
 幸い大きなけが人はおらず、過度に委縮した者もいない。リサや盾を構えた龍華に守られ、避難はスムーズに進んだ。

「もう泣かないで、僕が側にいるからね」
 ルイスは泣きじゃくる少女の手をそっと包み込んで、言った。
「周りを見てごらん、君と同じ悲しみに暮れる人たちが大勢いる。悲しみも日常なんだよ、怖がることはない」
「貴女もそうなの?」
 目に涙を浮かべたまま、ポニーテールの少女が問う。ルイスの脳裏に亡くした兄の顔が浮かんだ。
「この後にはきっといいことがあるはずだからね」
 彼は優しく頷いた。
「時に、この後予定は空いているかい? 良かったら僕とお茶でもし……」
(ルイス! 仕事中ですよ!)
 例えるならば、けたたましく鳴る目覚まし時計。夢の時間は終わりらしい。
「私を捨てるのね~!」
 そこへ烈火のごとく怒ったショートヘア少女が乱入し、突然に二人を引き離す。
「え、君は誰? とっても愛らしいお嬢さんだけど」
「浮気者!」
 ポニーテール少女の平手打ちが、ルイスの頬にヒットする。
「最低!」
 ショート少女の手にはラケットが握られているが、どう見ても球を打つための持ち方ではない。
「仕方ありません……」
 ルイスの手の中に姿を現したのは、骸切。
「美しいあなた方には不似合いの武器ですが」
 ルイスが身をひるがえす。怒り狂う少女の前から彼の姿が消えた。
「ちょっとだけ、眠っていてください」
 ラケットが弾き飛ばされて宙を舞う。しゅるんしゅるんと回転しながら落下し、やがて地面へと突き刺さった時、ふたりの少女は気を失っていた。峰打ちである。
(やりましたね、ルイス!修業の成果が出ています!)
「ああ、うん。ありがとう、リズィ」
 彼の表情は冴えない。お姫様を眠らせる役になるとは残念だ。できるなら王子役が良かった。
――無謀な突貫 君と目が合った
 誰かの歌声が聞こえる。雨の中のミュージカルとは、ロマンチストがいたものだ。ルイスはくすりと笑みをこぼした。
――瞬間(トキ)は来た ふたり出会ったんだ!
「やるじゃねぇか、俺とも遊んでくれよ!」
「む」
 次なる刺客が恭也の背後に迫る。無謀な突貫は腹部への蹴りによって止められた。
「がっ…」
 頭部への打撃を与え、2コンボ。
(酷い……少しは手加減したら?)
「苦しみを少なくして無力化しているんだがな……」
 武器を使用しないことで能力は落ちるが、積み上げた戦闘の経験が熱血さんたちを凌駕する。しかも手数が多い分、ケンカとしては見ごたえがある。彼の周囲にざわめきが広がった。スポ根漫画さながらとなった一帯に置いて、恭也はクールなライバル的なポジションとして認識されたらしい。
「やめて! 私のために争うなんて!」
 ――と、休憩する暇はないようだ。
「あっ」
 突然のバックハグに頬を染める悲劇のヒロイン。
(恭也もやっぱり男の子なんだね~ 女の人に密着したがるなんて……)
「うん? 何か言ったか」
 恭也の熱い抱擁、もといチョークスリーパーが彼女を正気に戻した。
(いえ、何でも無いです。はい……)

 女子生徒が、ゆらりとエリーを振り向く。
「あ、武器持ってる子もいる……」
 手にしたバットを頭上へと振りかぶり、臨戦態勢だ。
「えぇ~ヤるのぉ? ちょっと本気、見せちゃおうっかなぁ」
 横殴りに吹き付ける風。彼女の歩みが止まり、体の表面を薄い氷が侵食していく。
「仕上げにぃ、えいや♪」
 一際強い風が、少女へと突進する。相手はしりもちをつく形で吹っ飛んだ。
「ごめんなさいねぇ。痛いところはないかしら?」
 緩慢に起き上がった彼女の眼は、光を宿していた。少女はきょとんとした様子で首を横に振った。
(良い感じです、調子が出てきましたね。エリーはこうでなくては)
 フローレンスの声が、身の内からエリーを鼓舞する。
「そぉ? じゃあもうちょっと本気で凍らせちゃう♪ 暑苦しい子はまとめて凍らせちゃえ♪」
「やり過ぎ注意ですよ……聞いてない……」
 出力を上げ、冷気の風を吹き遊ばせた。バットを携えた野球部のマネージャー軍団が沈黙した。

●クライマックス
「こいつの体力、どうなってやがる!」
 いくら熱血さんといえども、体の限界は越えられない。ついに部員たちは膝をついた。
「今だ!」
 拓海の声に応え、烏兎姫と康広がバテた部員たちに鉄槌を下す。
「あたしも混ぜて!」
 チルルも乱入する。悔しがりつつも、その目に闘志を宿す熱血さんたち。
「ありがたく受け取りなさい! 闘魂注入!」
(注入したら余計熱くなっちゃうんじゃ……)
「あら、そーね? ま、細かいことは良いわよ。ほら!」
 正気に戻った部員が頬を抑えて、チルルを見ていた。
「すごいパンチ……。君は……?」
「あたいは雪室 チルル! さいきょーのエージェントなの!」
 チルルはにかっと笑い、少年に手を差し伸べる。少し頬が赤いが、腫れはごく軽いものだ。
「なんだか、熱血少年漫画の主人公みたいだなぁ」
 堂々とした、見事な名乗り。少年は痛快な気持ちで笑った。
 拓海はさすがに少しふらつきながら、リサの元へ走る。
 龍華のすぐ側で、リサが対応にあたっていた。こちらも拓海と同じく、好きなだけ暴れさせて体力を尽きさせる作戦だった。抵抗する力がなくなれば、制圧、または保護もやりやすい。
「あいつ、許さないわ!」
「判るわ、見守り支えてきて、ここで新しいのが良いなんて!」
 迫真の演技に龍華は感動する。
(あれって演技なんですかね?)
 ノアは疑問を感じていたが。
「ただ濡れるだけじゃないでしょ? 泣いたら……立ち上がるわよ」
「うわぁん! お姉様~!」
「あ。ただいま、リサ」
 共鳴したふたりはリサの姿となる。その目には静かな投資。
(……あの、リサまで憑り付かれて無い?)
「気分は再生の女神ね」
(え?)
「精神的に生まれ変わるの」
 冗談よ、とばかりにリサはいたずらな微笑みを浮かべる。その奥に隠した切ない思いを、拓海は感じ取っていた。
(行こう、偽物の涙を止めるために。悲しみは安売りするモノじゃない)

 事態は収束しかけていた。しかし今、恭也の仏心が限界を迎えていた。
「……座れ」
(あっ、キレた……)
 熱血さんは鬼コーチに凄まれたかのように委縮する。
「まずはお前からだ。熱くなるのは良い、無気力な奴よりはマシだから。だがな、それを他人に強制するな! そんなもん只のはた迷惑でしかないわ!」
「そんな!」
 彼が地面に手をつくと、すかさず女子たちが恭也の腕に絡みつく。
「やめて!」
「これ以上、人を傷つける貴方を見たくないぃ~」
「泣くなら勝手に泣け! 人に縋るな! お前らは単に自己憐憫に浸ってるに過ぎん!」
 伊邪那美は思う。
(言っちゃたよ……皆が心で思って言わなかったのに言っちゃった)
 泣きわめく女たちを恭也は剣呑に睨むのみ。その時。
「恭也くんも一緒に歌って踊ろう!」
 目を向けると、ぐしゃぐしゃの足場をものともせずに烏兎姫が跳ねていた。
――Brighten up the day!
 康広とのハーモニーが聞こえたかと思うと、打撃音の3連符が奏でられり。
「ずっと一人を慕うと思ったら大間違いよ! 次に行くわよ! 次!」
 リサはうずくまる雨模様さんに手を貸したかと思うと投げ飛ばす。エリーの怪しげな笑いが重なり、チルルが拳を握ってジャンプする。龍華とルイスだけは少しおびえながら女生徒の手を引き、戦地を抜けるため駆けている。
(えー……)
 死屍累々の前衛芸術。小さな神は、恭也の内から遠い目で見つめた。
(……収拾、着いたってことでいいのかな?)
 少なくとも、理不尽な罵声と被害妄想に満ちた涙声はもう聞こえなかった。

●ハッピーエンド
「いやあ終わった終わった、ずぶ濡れだわぁ」
 ふぅ、と息を吐き、エリーが濡れた髪をかき上げる。水滴滴る視界から垣間見えた景色は、なかなか愉快だった。
「女の子は早く着替えなさい、服、透けちゃうわよぉ」
 通る声で忠告してやると、そこかしこで悲鳴が上がる。
「私も急げぇ!」
 ころころと笑いながら走るエリー。途中で見つけた龍華に何事か話しかけると、彼は胸元を抑え、慌てて共鳴を解いた。全く濡れていないらしいノアが、彼を指さして笑っている。
「一件落着ね」
 フローレンスはエリーとよく似た緑の眼を少し細めると、エリーの背を追うべく歩き出した。

「あの、殴ってしまってスイマセン! 温かいお茶でもどうぞ!」
 龍華が勢いよく頭を下げると、少女は慌てて頭を上げるように頼んだ。手を出してしまったのだから、なじられようと文句は言えない。そう思っていたが、生徒たちの反応は温かかった。被害を受けなかった教師たちと協力し、チルルが頼んでおいたタオルや飲み物を配っていく。
「今日が二度目の任務ですけど、またびしょ濡れになるとは思わなかったですよ! もしかして濡れるのが趣味な変態なのかも!」
 ノアは得意の笑い話で生徒たちを元気づけている。今の話題が明らかに自分なことを除けば、尊敬もしたのだが。
(まぁ、話題はそれだけじゃないみたいだし……)
 少し申し訳なさそうに笑っていた少女――佐藤君との仲はどうなるだろうか――と目が合い、龍華も少し笑った。

「忘れろ。記憶を消せ、お前ら」
「あはは、珍しく直さんがお馬鹿だ」
 純は珍しい体験ができたと笑ったいたが、康広と直人は頭を抱えていた。多くの生徒も似たような様子だ。特に暴力コーチと化していた野球部キャプテンは、いまや雨模様さん並みに暗い。
「大変だったね……従魔が悪いんだから気に病むなよ」
 拓海が言う。
「そうっすよ、キャプテン! 」
「明日からまた頑張ろうぜ?」
「お前ら!」
 こちらの青春コント、もとい青春ドラマは止めなくて良さそうだ。フィナーレまで全力疾走してほしいものだ。
「……リサ、何を言ったか覚えてるか?」
「拓海は?」
「ん……くぅっ……」
 言葉にならず、顔を覆う拓海。
「従魔って怖いわね~これからも倒し続けなきゃっ」
 リサは『録音状態』だったスマホのアプリを、すっきりとした顔でオフにした。
「また一緒に歌おうね、康広くん!」
 烏兎姫の言葉に康広は、少し元気を取り戻す。
「そうだな。あんな状況だったが、烏兎姫と歌うのは楽しかったぜ」

 ポニーテールの少女はルイスを見つけると、にこりと笑った。
「助けてくれてありがとうございました!」
 今日の部活は中止。ほとんどダメージのない彼女たちは、このまま帰宅するらしい。
「なるほど、時間が空いてしまったと。ならば取るべき行動は一つ。お嬢さん、僕とお茶しま……」
「ルイス! 報告が残っています!帰りますよ!」
「そんな! 素敵なレディがこんなにいるというのに! せめて連絡先だけでも!」
 ショートヘアの少女も、声を聞きつけてやってくる。少女たちは引きずられるルイスを見ると、意味深に笑いあった。
「浮気はダメですよ、お兄さん!」
「パワフルな彼女さんと仲良くねー!」
「ちがう、リズィとはそういう関係じゃ……」
 恋バナを愛する生き物たちは、にこにこと手を振っていた。



 数日後、ティアラの元にリサから文書が送られてきた。例の録音を文字に起こしたものである。
「もしもし? 面白いプレゼントをありがとう」
「曲作りに役立てばいいんだけど」
 電話越しのティアラの声は笑っていた。
「そういえば、ティアラさんは発したい事って無かったの?」
 表向きは明るく見えても、悩みを抱えている者は多い。ミステリアスな彼女がふと心配になったのだ。
「今は思いつかないけれど……あるとしたら、きっと詩と舞で表現するわね」
 彼女らしい答えとさっぱりとした様子に安心し、リサは電話を切ったのだった。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • 苦悩と覚悟に寄り添い前へ
    荒木 拓海aa1049
  • 心の雨を止ませる男
    ルイス・クレメン・アウグストaa5267

重体一覧

参加者

  • 雄っぱいハンター
    虎噛 千颯aa0123
    人間|24才|男性|生命
  • 雨に唄えば
    烏兎姫aa0123hero002
    英雄|15才|女性|カオ
  • 太公望
    御神 恭也aa0127
    人間|19才|男性|攻撃
  • 非リアの神様
    伊邪那美aa0127hero001
    英雄|8才|女性|ドレ
  • Sound Holic
    レイaa0632
    人間|20才|男性|回避
  • 本領発揮
    カール シェーンハイドaa0632hero001
    英雄|23才|男性|ジャ
  • 苦悩と覚悟に寄り添い前へ
    荒木 拓海aa1049
    人間|28才|男性|防御
  • 未来を導き得る者
    メリッサ インガルズaa1049hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • エージェント
    Erie Schwagerinaa4748
    獣人|18才|女性|攻撃
  • エージェント
    フローレンスaa4748hero001
    英雄|22才|女性|ソフィ
  • さいきょーガール
    雪室 チルルaa5177
    人間|12才|女性|攻撃
  • 冬になれ!
    スネグラチカaa5177hero001
    英雄|12才|女性|ブレ
  • 閉じたゆりかごの破壊者
    紀伊 龍華aa5198
    人間|20才|男性|防御
  • 一つの漂着点を見た者
    ノア ノット ハウンドaa5198hero001
    英雄|15才|女性|ブレ
  • 心の雨を止ませる男
    ルイス・クレメン・アウグストaa5267
    人間|20才|男性|防御
  • エージェント
    リズィ・ガーランドaa5267hero001
    英雄|22才|女性|ブレ
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