本部

都会の町中で父が泣き叫ぶ

一 一

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2017/07/03 21:21

掲示板

オープニング

●其の働きは誰が為?
「……はぁ」
 コンビニのイートインスペースに座り、重く湿ったため息をこぼしたのは初老の男性。机に両肘をついて前傾姿勢でもたれかかり、額を両手で支えつつ頭が力なく下がる様は、深い疲労と哀愁が窺える。
 彼の目の前には、1本の栄養バーとペットボトルのお茶。どちらもここのコンビニで購入したものであり、今日の男性の昼ご飯だ。
(今月も半分がすぎたからだな、財布は重いのに手持ちは少ない……)
 ずっしりとした感触を伝える財布は、紙幣が数枚と大量の小銭で膨らんでいる。男性は妻に財布をがっちり握られ、月3万円で日々の昼食代をまかなっている。会社の付き合いなどで生じる臨時支出も考慮すると贅沢などできず、いつも少額の食事で仕事に励んでいた。
 小銭が大量に入っているのは、男性は会計時に小銭を数えるのが億劫になり、紙幣での会計ばかりになってしまうからだ。発行を面倒くさがってカード類もほとんど所持していないため、月末には一回りほど大きくなった財布を持ち歩くことが常だった。
「……はぁ」
 味気ない食事の最中も、男性のため息は止まらない。
 今日もまた、担当部署の営業成績が悪いと上司に怒鳴られ、指示をした覚えのない業務のミスを部下に押しつけられてまた怒鳴られる。課長という微妙な立場は上から下から圧力がかかり、ストレスで潰されてしまいそうだ。
「……ん?」
 早々に食事が終わり仕事に戻ろうと席を立つと、ふと目に飛び込んできたのは『父の日ギフト』というワード。
「そういえば、明後日だったか。もっとも、私には何の関係もない話だが」
 ゴミを片づけて傘を広げた男性はフサフサな髪の毛を気にしつつ、しとしとと降る雨の中を歩きながらぽつりとこぼす。
 男性には思春期の娘がいるが、父の日に何かをしてもらえたことなど一度もない。母の日には花を贈ったり料理を手伝ったりする姿を見たことはあっても、父の日はいつも何事もなく終わる。家庭での父親の扱いなんて、そんなものだ。
「……わかっては、いるさ」
 でも。
 男性は時々、考えてしまう。
 会社では何度も罵倒され、家庭ではいない者のように扱われながら。
 それでも自分が必死に働くのは、何の為なのだろうか? と。
『お疲れのようだね、ご主人?』
「……は?」
 そんな男性の思案を中断させたのは、どこか道化を思わせる仕草の男。
 いきなり目の前に現れた何者かに、男性の頭は真っ白になった。

●暴走お父さん
『うわあああっ!?』
 1時間後。
 ビルが建ち並ぶビジネス街に、人々の絶叫がこだまする。
「どいつもこいつも俺を馬鹿にしやがってぇ!!」
 しかし、すぐさま1人の男性が上げた絶叫により、悲鳴はかき消される。
 断続的に響く破壊音の中心には、右手に剣のように固まったネクタイを、左手にズボンから外したらしいベルトを握りしめ、額が一気に後退した初老の男性がいた。彼の背後には宙に浮くカバンとカツラが牙を剥き出しに口を開け、負傷した人々がうめきながら倒れている。
『……うわぁ』
 その様子を、憑依した男性の中から見つめていた愚神・アイフは大いに呆れていた。
『ちょっと感情を煽っただけでこれか~。いきなりカバンとカツラを地面に叩きつけた時はボクも驚かされたけど、従魔の憑代(よりしろ)にはちょうどよかったかな?』
 アイフは心身ともに疲弊していた男性を扱いやすいカモと見て近づき、呆然としている隙に憑依。ライヴスを奪い取ろうとした時、ちょっとした悪戯心で男性の不平不満につけ込み焚きつけたところ、いきなりキレだしたのだ。
 主に職場や家族の愚痴をぶちまけ、時に感極まって号泣しながら、的確に『父親』だけをターゲットに定め人々を襲う男性。従魔もネクタイや名刺入れや財布など、まるで男性の意思を汲むように『父の日ギフト』っぽい物を見つけては鋭い歯で食い破っていた。
『それに、このまま暴れさせとけばボクも楽ができるし、このご主人もストレス発散できて一石二鳥だね♪』
 最初は自分で他の人間を襲おうと考えていたアイフだが、勝手に暴れてくれる男性を見て都合がいいと放置。人間へ攻撃した瞬間にかすめ取ったライヴスを取り込み、ほくそ笑む。
「せめて月5万は小遣いよこせぇ~!!」
『いや~、サラリーマンって大変なんだね~』
 男性が絞り出す魂の慟哭を聞きながら、アイフは面白そうに広がる被害を眺めていた。

●薄幸パパを救え
「一般の方から従魔と愚神らしき男性が暴れている、と通報がありました」
 急遽集められたエージェントたちを前に、碓氷 静香(az0081)は先ほどまとめた通報内容を記したメモへ視線を落とす。
「通報者によると、暴れているのは60代前後の額が後退した男性で、両手にネクタイとズボンのベルトを把持し近くにいた男性へ次々と襲いかかった、とのことでした。また、男性にはカバンと毛の固まりのような従魔が追従している、という情報もあります」
 毛の固まり? と一部のエージェントが頭に疑問符を浮かべたが、別のエージェントは額が後退した男性、という言葉からある程度の事情を察する。
「すでに被害者は複数出ているようですが、救助は別働隊を急いで編成しています。この場にいる皆さんには、件の男性と従魔の討伐、もしくは無力化をお願いいたします」
 討伐はわかるが、無力化とは? という疑問に静香は冷静に答える。
「主犯と思しき男性ですが、言動からどうやら一般の方らしいと推察できました。おそらく、愚神が意識誘導などを行い男性を意図的に暴走させているのでしょう。ただし、男性の動きが一般人離れしていることから、愚神は男性に憑依し力のみを与えているものと思われます」
 なるほど、だから『愚神らしき男性』と説明し、その男性も救出対象に数える、ということか。
「現状、こちらが提示できる情報は以上です。被害の拡大を防ぐためにも、すぐに現場へ急行してください」

解説

●目標
 愚神・従魔の討伐
 被害の拡大阻止

●登場
 アイフ…デクリオ級愚神。職場では上司と部下に挟まれ、家庭では妻と子供から邪険にされる哀しき父親(58)に憑依。日頃からため込んだ負の感情を増幅し、力を与えて静観している。

 能力…攻撃↑↑、回避・生命力↑、防御・命中・イニシアチブ↓

 スキル
・ネクタイブロウ…射程1、単体物理、物攻+100、命中-30、ライヴスで硬化したネクタイによる強撃、命中→1D6sq後退
・ベルト乱舞…射程0、範囲3、範囲物理、物攻+150、命中-50、ライヴスで強化・伸長した革製ベルト乱れ撃ち、特殊抵抗判定(物攻vs物防)勝利→BS気絶
・小銭フレア…射程1~15、範囲1、範囲魔法、命中+150、紙幣とカード類が少なく小銭が多い財布を投擲&小銭飛散、対抗判定(命中vs回避)勝利→2D6の追加ダメージ

 付喪神&付喪髪…ミーレス級従魔。父親が長年使用していたカバンとカツラに憑依した従魔。ところどころ傷みが目立つも、新品に買い換える程のお小遣いはない……。

 能力…回避・移動↑、攻撃・防御・生命力↓

 スキル
・書類カッター(神)…射程1~8、単体魔法、魔攻+50、命中+100、カバンへ大量に収めたA4の飛刃、対抗判定(魔攻vs魔防)勝利→BS減退(1)
・増毛襲撃(髪)…射程1~3、単体物理、物攻+50、命中+100、カツラの毛を伸ばした締め付け攻撃、命中→拘束BS

●状況
 都内某所のビジネス街に出現。現場到着は午後3:00、梅雨の雨で路面は濡れている。騒ぎにより一般人は自主避難しているが完全ではなく、襲われるおそれのある一般人は
多く残っている。

 父親は涙と絶叫をまき散らしながら常に移動。『父の日』っぽい人・物を手当たり次第に攻撃・破壊している。父親は感情に支配され、理性的な対話も厳しい。救出班は別行動だが、戦闘中でもエージェントを無視し一般人を襲う可能性あり。

リプレイ

●其の嘆きは己が為?
「静香さん! お久しぶり、今日はよろしくね」
「今回もお世話に成るよ、頑張るね」
「どうぞよろしくお願いします。マクシーさん、五十嵐さん」
 通報で集まったエージェントの解説役が既知と知り、面識のあるルー・マクシー(aa3681hero001)と五十嵐 七海(aa3694)は生真面目に頭を下げる静香へ笑みを向けた。そして経緯説明が終わると、エージェントたちの顔には一様に思案が覗く。
「家庭と中間管理のストレス、ってことか……?」
「お金じゃなくって、国民性故の事象だネ。自業自得の墓穴掘りだって、分かってないよネ」
 暴走オヤジが発したという言葉から、おおよその背景を類推した麻端 和頼(aa3646)の横で、華留 希(aa3646hero001)が件のオヤジを鼻で笑う。
「すみません、少々よろしいでしょうか?」
 そう断った構築の魔女(aa0281hero001)が静香へ依頼したのは、救助活動と被害抑制に関して。
 敵の付近では女性に避難と救護を担当させ、男性は防護マスク等で顔を隠すことを進言。ついでに、現場周辺の会社や商店へ外出禁止や建物内への避難誘導を通知し、敵の前に出ないよう注意させる。
 救助の様子が敵の目にとまる危惧と、被害状況を鑑みた懸念からの要望だ。
「私からもお願いがあります」
 続けてカリスト(aa0769)は、暴走オヤジの説得に家族からの協力が得られないかと静香へ相談を持ちかける。暴走オヤジも愚神の被害者であり、なるべく穏便な救出をカリストは望んでいた。
 愚神が暴れる場所へ一般人を同行させるのはリスクも伴うが、交渉はしてみると静香も応じる。
「ついでに、そのオジサンについて話を聞けないカナ?」
「家族を連れてくんなら、H.O.P.E.の管理職を同行させて同情を誘う話でもしてやれば、協力を得やすいんじゃねえか?」
 すると希がカリストに乗っかり、暴走オヤジの家庭事情などの調査も静香に頼む。和頼も暴走オヤジを擁護する意見を聞かせればどうかと、思いつきのように提案した。
「……静香、ちょっといいか?」
 必要事項を話し合ってエージェントたちが席を立った後、1人離れて静香へ近づいたのは佐藤 鷹輔(aa4173)。
「彼は愚神被害者だ、って思わせるために見舞い金を手配してほしい。丸く収まるように本人と家族へは俺から話を通しておく」
「事件後、ご家族や職場の方など周囲が抱く男性への心証を和らげるためですね? 手配は可能ですが、佐藤さんからお話されるのですか?」
「なーに、俺を信じて任せておけ」
『……笑みがあくどいぞ、主』
 鷹輔の狙いを察した静香は疑問を覚えつつ尋ねると、鷹輔はいっそ清々しい笑みでごまかした。共鳴する語り屋(aa4173hero001)からの小言もスルーし、鷹輔は仲間の後を追って出撃した。

「……見つけた」
 現場へ到着し、ルーと共鳴したテジュ・シングレット(aa3681)は『鷹の目』を飛ばし現状を素早く把握。逃げる人々の波に逆らうテジュの先導で、エージェントたちは絶叫を上げる暴走オヤジを確認する。
「俺は何のために働けばいいんだよぉ!?」
 彼の背後には大くの人々が倒れているが、全員に意識はあるようだ。殺人というより、八つ当たりに近い攻撃だったのだろう。それでも愚神によって高まった力が、いずれ一線を越えないとも限らない。
「何の為に、ですか。難しい問題ですよね」
『…………』
 暴走オヤジの嘆きを聞いた構築の魔女の呟きに、共鳴した辺是 落児(aa0281)は無言を貫く。
 ――目的を見失った男の有様を前にして、目的を失った男は何を思うのか?
 二挺拳銃を携えた構築の魔女が避難誘導へ動き、哀愁の慟哭を上げる男から視線が切れて、落児は目先の問題へ意識を移した。
「まったくあさましいこと。家族を守る程の気概もないからまんまと付け入られるんだわ。これだから男は腑抜けでイヤよ」
 そんな暴走オヤジの姿に、アルテミス(aa0769hero001)は真っ先に嫌悪感を表す。
「あんな意気地なし、私達がまともに相手をすることなくってよ。さあカリスト、参りましょう」
「はい、アルテミス様!」
 アルテミスと手を取り合って共鳴し、カリストはグレートボウを取り出した。
「私のお父さんは家族と居ると幸せそうな顔してるのに、こう言う人も居るんだね」
「それは互いに思いやってるからだ。人、特に夫婦の関係は合わせ鏡に等しい」
 絶え間なく発せられる家庭の愚痴を聞いた七海が眉をしかめると、ジェフ 立川(aa3694hero001)も困り顔で夫婦の難しさをポツリ。
 どちらもが好感を寄せるより、どちらかが反感を持つ関係の方が成りやすく、また瓦解しやすい。近いからこそ難しい距離感に言及し、七海とジェフも共鳴した。
「……彼は、どうした経緯を経て今に至るのだろうな」
『最初は、たぶん分かってたんだ。でも、日々すり減る気持ちってあるよね』
「家族も同様かもな」
『鷹の目』を監視へ回し、テジュとルーは感情に飲まれて忘我する暴走オヤジの苦悩の一端に触れて理解を示す。
『何をするにも、状況の解決だねっ! 絶対守るんだからっ!』
「無論だっ」
 そして、暴走オヤジにこれ以上の破壊をさせないため、ルーとテジュは思考を切り替えた。すり減ってなお残る家族への気持ちまで、消してしまわないように。
「……因果はどうあれ、自業自得だ」
『覚者の言う通りだろうが、輝きが見えぬ姿を哀れだとは思うよ』
 一方で、八朔 カゲリ(aa0098)は暴走オヤジを冷めた目で射抜いていた。共鳴するナラカ(aa0098hero001)も同情こそすれ、擁護するつもりはないらしい。
 相手へ寄り添わず、されど一方的な拒絶もしない、超然とした2人の眼差しはどこまでもありのままを映すが故に、どこまでも厳しかった。

 そうしてエージェントたちが敵と相対した、まさにその時。
 一般人が倒れ救助隊が動く合間を縫って、暴走オヤジの後背からゆらゆらと歩く影が1つ。
『先ほどからの騒ぎは、あれが禍根のようです、主!』
「……成程、試し斬りには丁度いい。少しの退屈しのぎにはなりそうだな」
 共鳴した状態で元気よく声をあげた犬飼 健(aa5245hero001)の声に、吉備津彦 桃十郎(aa5245)はわずかな興味から佩(は)いた太刀の鯉口を切る。
 何処からともかくふらりと現れた女侍は、依頼で集まったエージェントとは別に戦場へ身を踊らせる。煙が如く常時揺らめく、己が気まぐれに従って。

●苦労してるんです
「『父の日』にまつわるものが標的らしい! 気をつけろ!」
 散開したエージェントの中で、イメージプロジェクターが投影したH.O.P.E.制服で所属を示したテジュが、『鷹の目』から被害の概要を確認して注意を促す。
 それは通信機越しに敵の前へ出た仲間に加え、避難する一般人へも向けられていた。テジュは避難者の一団へ積極的に呼びかけ、戦闘区域外へ誘導していく。
「慌てず荷物を持たずに逃げてください! 足元にも注意をお願いします!」
 また別の一団には構築の魔女がテジュの忠告を即座に伝播し、一般人から『父の日ギフト』などの放棄を呼びかけた。
「振り返らず、真っ直ぐ進んでください!」
 そしてカリストも弓で適宜牽制を行いつつ、一般人の安全確保へ注力する。
『見なよご主人。みんな気持ち悪がって逃げちゃったよ』
「っ! どいつもこいつも、俺を見下すなぁ!」
 するとアイフが暴走オヤジに適当な認識を植え付け、標的を人へと向けさせた。『父の日』の広告を足蹴にしていた暴走オヤジは顔を上げて駆けだし、鞄と毛玉――付喪神と付喪髪も追従する。
「行かせるか!」
 そこへ立ちふさがったのは和頼。ノルディックオーデンを構えつつ『ライヴスフィールド』を展開し、敵のライヴスを乱して気勢を削ぐ。
「足を止めます! 和頼!」
 さらに後ろに控えていた七海の声で和頼が射線を譲り、間髪入れずに風花による『妨害射撃』が放たれた。
「ぐっ!?」
 怯んだ暴走オヤジの足下へ突き刺さった矢は瞬時に凍てつき、運良く足首まで凍結させることに成功。一時的にその場へ足を縫い止めた。
「やれ、『冥狼』」
 明確な隙を曝した暴走オヤジへ、カゲリは【閻羅の銀環】から召喚した銀狼をけしかけた。染まった怒気ごと凍らそうと、零下の黒炎をまとった牙が食らいつく。
 数秒に満たない膠着が生じた刹那、追撃を阻まれ歩みが止まった暴走オヤジたちの背後から、桃十郎がふらりと接近。もっとも手近にいた付喪神へ居合いで急襲した。
「……ほう?」
 だが、寸前で気配を察知した付喪神は宙に浮いた体を傾け、ギリギリで刃をやり過ごす。一太刀での両断を狙っていた桃十郎は目を細め、反撃の『書類カッター』を足捌きと刀閃で無力化しつつ口角をわずかにつり上げた。
「おい、あれは誰だ? ブリーフィングにはいなかったぞ?」
『少なくとも、こちらを害する意思はないようだ』
 乱入者の存在を知り、鷹輔は『拒絶の風』を身にまといつつ疑問を浮かべる。ただ語り屋は、従魔を引きつける桃十郎の姿から敵意はないと進言。わずかな思考の末、鷹輔は警戒を残しつつ暫定的な味方と判断し再び意識を敵へ戻した。
「佐藤さん、一般人へのカバーをお任せします!」
 他方、桃十郎の登場で動き出したのは構築の魔女。暴走オヤジと一般人との距離が開いてから、遠距離攻撃への対処を鷹輔に任せ駆けだした。
「そこの貴女! 加勢には感謝しますが、周囲への配慮が疎かですよ!」
 暴走オヤジの右横を回り込んで素通りし、構築の魔女が向かったのは桃十郎と付喪神の攻防。正確には、攻撃の余波に巻き込まれそうだった負傷者たちの下だ。
「……それは悪かったな」
 次々迫る『書類カッター』をやり過ごしながら、桃十郎は一瞬だけ構築の魔女を一瞥し肩を竦めた。敵を斬る以外に興味が薄く、悪気なく行われた桃十郎の回避行動は、身動きのとれない負傷者を危険に曝していたのだ。
 構築の魔女はそのまま、桃十郎をすり抜けた紙の刃を『威嚇射撃』で撃ち落とし、素早く負傷者を両脇に担いで一旦離脱。桃十郎もそれ以降、飛刃への対処を太刀での防御に切り替え叩き落とした。
「援護いたします、テジュ様!」
「すまない!」
 構築の魔女に一拍遅れ、負傷者の回収に乗り出したテジュが暴走オヤジの左横を迂回。
 途中、テジュの進路へ割り込んだ付喪髪が『増毛襲撃』で遮ろうとしたが、カリストの『威嚇射撃』で毛束が分散。その脇をするりと抜け出し、テジュは足を止めないまま負傷者を戦場から離し運搬していく。
「この、っ! 鬱陶しいっ!!」
 他方、カゲリたちの集中攻撃で身動きがとれなかった暴走オヤジ。何とか『冥狼』を左手のベルトで一息に薙ぎ払うと、右手からネクタイではない何かを放り投げた。
「癇癪で自棄でも起こしたか?」
 中距離からの攻撃を維持し続けていたカゲリは、すぐに軌道を見切ってあっさり躱す。
「財布? ……な、っ!?」
 同じく、中距離から魔導銃で味方の援護をしていた和頼が飛来物を確認し、息を飲む。
「鷹輔! カゲリ! 『弾ける』ぞ!」
『っ!?』
 次いで、空中を滑る財布の急激な膨張を目にした和頼は、破裂寸前に鋭く警戒を飛ばした。
 和頼の声と攻撃の前兆を瞬時に結びつけた鷹輔は、即座にパイルバンカーを前面に押し出し盾にする。カゲリもまた半身の体勢から後ろを再確認し、一対の両刃剣・『滅刃』の黒焔で防御に備える。
 直後、内圧に耐えかねた財布が破裂。大量の硬貨が飛散する『小銭フレア』が3人へ降り注いだ。
「おいおい、なけなしの金をばら撒くもんじゃねーだろ……」
 それに呆れかえったのが桃十郎だ。暴走オヤジの発言から、彼の懐の寂しさと小遣い増額の訴えは全員が耳にしている。その言動と矛盾する攻撃に無鉄砲さが透けて見え、自然と閉口してしまう。
「……貴重な小銭を撒きやがって、っ!」
 一方、蒼炎槍で小銭の散弾を退けた和頼は強い怒りを覚えていた。
 依頼の稼ぎを希にほぼ搾取され、費用捻出に毎度のごとく苦心している和頼。お金を粗末にする行為はまるで、彼が地道にやりくりしてきた努力を鼻で笑われたかのようだった。
「和頼……」
『……苦労しているのだな』
 相当憤慨した様子から、鷹輔と語り屋も友人の苦労を察し同情を覚える。
「はっ! 思い知った、かっ!?」
『小銭フレア』で止まった攻撃に笑みを浮かべた暴走オヤジは、すぐに頭上から落ちてきた『フラッシュバン』の光に大きく怯む。
「ごめんね、頑張ってくれてるの知ってたの。帰ってきて、お父さん」
 直後、暴走オヤジの背後に回り込んでいた七海が、顔を伏せるように強く抱きついた。彼の愚痴から存在を知った彼の娘を装い、説得の言葉で愚神に抵抗してもらおうとする。
「誰だ貴様はぁ!?」
 が、暴走オヤジは聞く耳を持たず七海の腕をふりほどき、『ベルト乱舞』で周囲を滅多打ちにした。
「っ、……お話ししても、ハイとは聞いてくれなさそうね」
 乱雑な攻撃にいくらか命中し、顔をしかめた七海は後退しつつ説得を諦める。しかし、一瞬も迷わず偽物と見抜かれたのはどうしてか? という七海の疑問はすぐさま氷解した。
「娘は俺を『ハゲオヤジ』呼ばわりなんだよ、チクショウ!」
 思春期の娘さんはやんちゃ系らしい。
「おっさん……」
『……苦労、しているのだな』
 さらに悲しい情報で、鷹輔と語り屋は微妙な表情を隠せなかった。

●想いよ届け!
 動ける一般人と負傷者の避難を優先させ、暴走オヤジたちの気を引いてしばらく。
 別働隊の救助も手伝って一般人を遠ざけることができたエージェントたちは、今や全員が攻勢に入っていた。
「ご家族をお連れしました!」
「お父さん!?」
「うわ、マジでウチのハゲオヤジじゃん」
 すると、戦闘区域内に入ってきた1台の防護車から、和頼が手配したH.O.P.E.管理職の男性が顔を出す。次に開いたドアからは、2人の母娘が姿を現した。静香の事情説明により、協力を得られたらしい。
「来たか!」
「お待ちしていました!」
 家族の到着にいち早く気づいたのは鷹輔とカリスト。2人はそのまま、暴走オヤジの妻らしき年輩の女性と娘らしい少女をかばえる位置まで後退する。
『ふむ、どうやら親族が到着したようだぞ、覚者よ』
「そうか」
 中距離から近距離へ戦闘をシフトし、暴走オヤジと『滅刃』で切り結んでいたカゲリへ、背後の様子を確認したナラカが告げる。とはいえ、それは単なる情報の共有でしかなく、2人の間には微塵も動じる気配はない。
「家族を巻き込み、お父さん改造計画! かしら? ……鷹輔に何か考えがありそうだし、私は止める事に集中します!」
 鷹輔たちの動きに気づくと、七海は敵の攻撃範囲ギリギリまで接近し、風花に3本の矢をつがえた。
「七海!」
 寸前、和頼が七海へ『ケアレイ』を飛ばし、『ベルト乱舞』の負傷をカバーする。途端に軽くなった体に薄く笑み、七海は狙いを定めて『トリオ』を発動。真っ直ぐ射出された矢は暴走オヤジに見事命中し、従魔の力も一気に低下する。
「ありがと、和頼! ……?」
『――主婦業は週休1日7時間換算で月26万円、人を雇えば50万円以上――』
 和頼へ向けた七海の感謝の声は、しかし希の呪文じみた呟きを漏らしつつ小銭を拾う姿に疑問符へ変わった。
「俺を、虚仮(こけ)にしてるのかぁ!?」
 暴走オヤジも和頼の行動を目にし、激昂。他の攻撃をくぐり抜け、『ネクタイブロウ』を叩きつけようとした。
「させない!」
 しかし瞬時に両者の間にテジュが『ターゲットドロウ』で割り込み、『極光・緋鷹』の打ち払いでネクタイの攻撃軌道をそらした。
「馬鹿にされたくないからといって、人を害するのは違う。恐怖と暴力で満たした承認欲求は空虚でしかなく、人のために努力を積み重ねて寄せられた信頼にこそ尊さがある。卿が背負ってきた苦労は、こんな事をする為ではなかろう!」
 続けて『緋鷹』とネクタイを何度もかち合わせ、テジュは暴走オヤジを無理やり押し返した。愚神の惑わしで己を見失ったまま、これ以上の過ちを犯させないために。
「――虚仮にしてんのはてめえだろ?」
 続けて、姿勢を崩した暴走オヤジに和頼が突っ込む。
『――結婚当初の気持ちは? 感謝の言葉はいつ言った? 言わなくても分かるとか思うなよ? 子は母と常に在る。母の愚痴は子へ刷り込まれ、悪評価は累積し底などありはしない――』
 怯む敵に容赦なく、和頼は自前の眼光、希の呪詛、蒼炎槍を次々と突き刺して。
『感謝されたいならまず感謝! 己だけ欲していると思うな自軸爺!』
「つまりッ! てめえに小遣い値上の権利はねえッ!」
 2人分のダメ出しを込めた槍の脳天割りが、暴走オヤジのガードを貫いた。
「ぐ、おっ!?」
「和頼たちの言う通りだ。感謝も不満も、言葉にしなきゃ誰にも伝わらねえんだぜ、おっさん!」
 徐々に追いつめられる暴走オヤジに向け、今度は鷹輔が叱責を飛ばす。
「ついでに言うと、俺はカツラを付けてない方が潔くて好きだぜ!」
 そして、鷹輔の本音と一緒にカツラと従魔が『ブルームフレア』で吹っ飛んだ。
「斬った感覚が心地いい。……大切にしていたのだな、適度に使い古されてる」
「なっ!?」
 爆風でよろける暴走オヤジはさらに距離をとり、振り返って絶句する。桃十郎の抜刀が、愛用していた鞄を従魔ごと両断したからだ。
「道具と言うのは人柄を映す。貴殿が人としてどうだったか、手に取る様に分かるな」
『同時に、斯様な御仁を利用した愚劣な輩の悪辣さもな。人の心を弄びし大罪、すべてを償うには貴様の魂だけでは足りぬと知れ!!』
『へ、へぇ? じゃあボクはどうすれば許されるのかな?』
「……贖罪に興味はない。俺にはただ、斬る口実さえあればいい」
 異様な迫力を放つ桃十郎と健に、初めて表へ出て口を開いたアイフ。だが、苦し紛れの軽口さえもばっさり斬って捨てられた。
「貴女のお父様は、もしかしたら、普段から気弱で、卑屈で、ちょっと頼りないお父さんだったのかもしれません」
 愚神の焦った様子から、限界が近いのだろうと考えたカリストは暴走オヤジの娘の手を取った。
「ですがこんな風に、独りよがりで関係のない他人を傷つけるような方だったでしょうか? 見返りも求めずに貴女を育ててくれたお父さんはきっと、誰より優しい、素晴らしい方だったんじゃないでしょうか?」
 他人の声は響かなくとも、家族の声ならばきっと届く。そんな願いも込めて。
「呼び掛けてあげてください。きっと応えてくれるはず。お父様はあなたの事が大好きなんですもの」
 暴走オヤジの正気を取り戻す一助となってくれるよう、カリストは娘からの説得を期待した。

「え~、メンドい。ハゲオヤジなんてどうでもいいし」
 台無しだった。

「聞いたか? それが、お前の怠慢が引き起こした現状だ」
 時が止まったように硬直する暴走オヤジに肉薄したのは、カゲリ。
「麻端と佐藤の指摘がすべてだ。伝えるべき言葉を口にする労力を惜しみ、堪え忍ぶことを最善だと固執したが故の末路――」
 攻撃の合間に『リンクコントロール』でライヴスを最大限に高め、ブレイブガープの性能を最大限に引き出したカゲリは、ようやく我を取り戻した暴走オヤジに冷たく告げる。
「お前が軽んじられる帰結に至ったのは、ただの報いだ」
 遅すぎる反応も理解も頓着せず、カゲリは『ライヴスリッパー』で暴走オヤジを真正面から斬り伏せた。
『うひゃあ!』
 すると、力を失って体が傾ぐ男性から、アイフが慌てて抜け出し逃走を図る。
「残念ですが」
 強引に振り切ろうとするアイフの背中を、構築の魔女が構えるフライクーゲルの銃口が捕らえた。
「人の心を利用し操った貴方の最後もまた、報いです」
 躊躇なく射出された『ダンシングバレット』は地面を跳ね返り、驚愕で固まったアイフの眉間を貫通。前傾姿勢で崩れ落ちながら、愚神は消滅した。

●人と人との在り方
「目は醒めたか?」
「……はい、ご迷惑をおかけしました」
 その後、程なくして起きあがった男性に対しカゲリが問うたのは、意識と認識、2つの意味を含む確認。カゲリが含むニュアンスを察し、男性はしっかり頷いた。
「そうか。……それともう1つ。お前の感情任せの行為により拡大した被害はどう受け止める? お前の目に映る光景に対し、覚悟はあるか?」
「愚神の介入は感情の発露の誘因ではあっても、汝の行いすべての責任に通じはせぬ」
 カゲリとナラカの言葉を受け、男性は改めて周囲を見回す。搬送されて負傷者はいないが、男性が破壊したビジネス街は酷い有様だった。
「わかりません。でも、償いたいとは、思います」
「そうか」
 1人で背負うには重い状況だが、男性の答えに『逃げ』はなかった。それをただ受け止め、カゲリは男性から離れた。
「ちゃんと家族と話し合ってみて? お小遣いのことも、娘さんのことも、あなたがかけて欲しかった言葉、まず家族に向けてみて? きっと返してくれる……全部そこからだと思うな」
「何の為に頑張るかではなく、どうして頑張りたかったのかも、考えてみてください。……それでも、つらいものはつらいというべきですけどね?」
 ふらつきながらも歩き出した男性へ、ルーと構築の魔女も声をかけた。自身を案じるような言葉を受け、男性は恐縮しながらペコペコと頭を下げる。
「彼女が羨ましい、カリスト?」
「ええ……ほんの少し。私にはお父様とお母様がいないから。でも平気です。アルテミス様が、おそばにいてくださいますもの」
 男性が家族の元へ向かう様子を、アルテミスとカリストが互いに寄り添い見送った。
「ええ、そうよ。私が貴女の母であり、父であり、友であり、友であり、恋人なの。そうだわね?」
「はい、アルテミス様」
 曇りなく笑むカリストに、羨望はあっても渇望はない。すべてを埋めてくれる縁(よすが)が、隣にいるのだから。

「他に用が無いのなら、俺がここにいる必要は無い」
 そして、いつの間にか踵(きびす)を返していた桃十郎は、最後まで見届けぬまま人知れず姿を消していた。

 2日後、つまり『父の日』当日。
「お父さん、これ私たちから」
「店員セレクトだけど」
「あ、ありがとう……」
 男性の妻と娘が、それぞれ新しい鞄とベルトを男性へ贈った。一瞬ぽかんとした男性だったが、徐々に頬を緩ませ喜色を浮かべる。
 あれから家族で話し合い、すべてのわだかまりは解けずとも、折り合いをつけることができた。今後の家族のあり方は、3人の姿勢次第だろう。
(……で、残りいくら?)
(……後で教えてあげる)
 それはそれとして、娘と妻は男性に隠れてこそこそと何かを話し合う。
 秘密事のようだが、事情は簡単だ。

 話は2日前、男性が気絶している間のこと。
 全員が事後処理に散る中、鷹輔は妻と娘の3人で話していた。内容は、愚神被害に遭った男性への見舞金について。
『見舞い金の事は、ご主人には黙っておいてもいい。が、それには条件が3つある』
 1つ、見舞い金で父の日を祝う事。差額の取り分を気にせず、安物は避けることに注意。
 2つ、家族でちゃんと話し合う事。不満は言わなければお互い伝わらない。
 3つ、神対応な鷹輔への感謝をH.O.P.E.に伝える事。
 それらを妻と娘は了承し、履行したのだ。
『さ、策士だな、主よ(大丈夫かな、これ)』
 語り屋の懸念はもちろんスルーである。

「後これ。エージェントさんが拾っといてくれたって」
 また、娘が差し出したのは男性がよく行くコンビニのカード。中には『小銭フレア』でばらまいた小銭が全額収まっていた。

「……やってらんねえ」
 で、そちらのフォローをした和頼は、東京海上支部の近くで戦闘以外の疲労を誤魔化すようにスキットルの酒を一気に煽る。
「お疲れさん」
 次いで和頼がタバコを取り出すと、鷹輔が火を差しだした。
「和頼も、苦労が絶えないな」
 自身もタバコを吹かす鷹輔の横で、テジュが労いの言葉をかけてタバコをくゆらせる。
「お疲れ様だよ。久しぶりに一緒に仕事が出来て、嬉しかった。待ってて良かったよ」
 そして、鷹輔と挟む形で和頼の隣にいた七海は、友人たちへ笑顔を向けた。
 それからしばらく、4人の間には空へ立ち上る3本の紫煙と居心地のいい沈黙が、ゆっくりと流れていった。

「あ、お小遣いは据え置きね? 世間様に恥を曝したんだから、当然でしょ?」
「……え?」
 ――がんばれ、お父さん。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • 絆を胸に
    麻端 和頼aa3646
  • 葛藤をほぐし欠落を埋めて
    佐藤 鷹輔aa4173

重体一覧

参加者

  • 燼滅の王
    八朔 カゲリaa0098
    人間|18才|男性|攻撃
  • 神々の王を滅ぼす者
    ナラカaa0098hero001
    英雄|12才|女性|ブレ
  • 誓約のはらから
    辺是 落児aa0281
    機械|24才|男性|命中
  • 共鳴する弾丸
    構築の魔女aa0281hero001
    英雄|26才|女性|ジャ
  • 慈しみ深き奉職者
    カリストaa0769
    人間|16才|女性|命中
  • エージェント
    アルテミスaa0769hero001
    英雄|18才|女性|ジャ
  • 絆を胸に
    麻端 和頼aa3646
    獣人|25才|男性|攻撃
  • 絆を胸に
    華留 希aa3646hero001
    英雄|18才|女性|バト
  • 絆を胸に
    テジュ・シングレットaa3681
    獣人|27才|男性|回避
  • 絆を胸に
    ルー・マクシーaa3681hero001
    英雄|17才|女性|シャド
  • 絆を胸に
    五十嵐 七海aa3694
    獣人|18才|女性|命中
  • 絆を胸に
    ジェフ 立川aa3694hero001
    英雄|27才|男性|ジャ
  • 葛藤をほぐし欠落を埋めて
    佐藤 鷹輔aa4173
    人間|20才|男性|防御
  • 秘めたる思いを映す影
    語り屋aa4173hero001
    英雄|20才|男性|ソフィ
  • 流離の辻斬り侍
    吉備津彦 桃十郎aa5245
    人間|40才|女性|攻撃
  • エージェント
    犬飼 健aa5245hero001
    英雄|6才|男性|シャド
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