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【相談卓】
最終発言2017/06/24 06:18:51 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2017/06/20 21:43:14
オープニング
◆
メイちゃんが選ばれた理由なんて、きっと大したものじゃないんだ。
そもそも理由なんてもの自体、どこにもなかったのかも知れない。
ひとつ確かに言えるのは、彼女を取り巻く人間関係は大きく2種類に分類できたこと。
“敵意”と、“無関心”。
理由も契機も分からぬ数多の敵意に日々怯え、そして彼女が本来頼るべき人物ほど無関心を貫いていた。
それがあの村の日常。それがあの世界の当たり前。
けれどあの日、一つだけいつもと違うことが起きた。
――ぁあ、あのさっ!
村一番の意気地なしだった僕が、傍観者でいる事をやめたんだ。
世界が、腐っていたから。
腐った世界から、守りたくて。
◆
「芽衣沙の居場所を特定しました「森の中の空き家に「積極的な活動は見られず「先の戦いで戦力を失った影響が「ヒロと名乗る感染者を連れて「プリセンサーから情報が「どうやら、自分で作った従魔を食べて――」
◆
僕達が蘇って初めての夜。何もかもが真っ赤に染まった教室で、彼女は出し抜けにこう尋ねてきた。
――メイの事、好きなの?
その問い掛けに、僕は答える事が出来ない。
右へ左へ視線を忙しなく泳がせながら、とうに停止した筈の心臓の鼓動を錯覚しつつ、やがて顔面は逃げるようにリノリウムに落ちていった。
――メイのカレシになりたいんでしょ?
けれどその言葉には、はっきり「違う」と言えたと思う。
僕はカレシになりたかったんじゃない。
メイちゃんの英雄(ヒーロー)になりたかったんだって――そう、確かに答えたんだ。
◆
「悪趣味なママゴトには飽き飽きだ。エージェントを掻き集めろ。――仕留めるぞ、此処で」
◆
目標地点までの道程に配置されていた従魔は、見張りと呼ぶにはあまりにも過剰な戦力だった。そんな事はもはやこの場の誰もが今更言うまでもなく理解していた。
「こーんばんは♪」
だから、待ち受けていたような芽衣沙の出迎えに驚く者は一人としていなかった。
そこは小さな霊園だった。
付近の街が壊滅し、危険な状況が続いているためここ数ヶ月間誰も立ち寄らない、小さな霊園。
芽衣沙はひときわ大きな墓石の上に立ち、愛らしく、またその愛らしさを自覚しきったような笑顔をエージェント達に向けていた。
「あなたたち、ごめんなさいは?」
芽衣沙が突然、悪事を優しく窘めるような調子でそんな事を言い出す。
傍らでは如何にも気弱そうな少年――ヒロが首を小さくしながら、エージェント達の様子を伺っている。
「メイのお人形さん、いっぱいいっぱい壊してくれたよね? あれ、みんなわたしのお人形なんだよ? 人のもの壊したら謝らなきゃ駄目だって、先生に教わらなかったの?」
エージェントは、なんと反応しただろうか。
ややあって芽衣沙は小さく吹き出した。
「……あははっ、でもみんなと遊ぶの、すっごく楽しいから。だから許しちゃう! ねえ、今日は何して遊ぶ? おままごと? かくれんぼ?」
くるくるとその場で回りながら歌うように問う芽衣沙を庇うように、ヒロが怯えながらも一歩前に出た。
「ねえ、遊ぼうよ」
足を揃えて立ち止まった芽衣沙の声は。
先程までの弾んだ声とは一転し、底冷えのするような冷たい響きを孕んでいた。
直後、ヒロの腹部から触手が“生えた”。
つんのめったように一歩前に足を出してから、腹の先で触手が踊る様に瞠目するヒロ。
「人間なんて、一皮剥けばグロテスク」
淡々と告げる芽衣沙が更に二本の触手をヒロの背中に突き立てる。
ヒロは呻き声を漏らしながら震え出し、眼球を裏返らせた。
「腐ってる癖に腐ってないフリ。厚化粧ってキモいでしょ? だからね、みんなみぃーんな、末長く腐り続ければ良いと思うの。生まれたままの姿で、偽る事なく腐り続ければ良いって、そう思うの」
ヒロの肉体が膨れ上がる。
まるでヒトという蛹から羽化するように、皮膚を裂き、筋繊維を裂き、内側から泡のように湧き出てくる灰色のモノにより、異形へと変貌してゆく。
芽衣沙の持つ感染体の改造能力――“お人形遊び”の力で、より芽衣沙の守護者として適した体格へ、能力へ変貌してゆく。
「善人ごっこ、楽しそう。メイも混ぜてよ」
芽衣沙が嘲笑を孕んだ微笑を浮かべると、かつて少年だった異形の怪物は天高く咆哮を叫び上げた。
その叫びに呼応するかの如く、ざざざ、ざざざと草を掻き分けて数多の気配が接近する。
瞬く間に霊園は死臭に満ち、死者達の掠れた吐息がそこかしこから漂い始める。
それらの中心に立つ屍姫(グロテスク・プリンセス)は大きく、大きく両腕を広げ。
狂ったように、笑った。
◆
きっとメイちゃんは止まらない。
全てが永久に腐り続ける楽園を見るまで、笑い続け、遊び続けるだろう。
薄れ行く意識の中、僕は彼女が楽しそうに笑う未来を幻視する一方で、ただ一つの心残りを噛み締めた。
ああ、でも結局――
僕とメイちゃんは、“あの人達”のようにはなれなかったのか――
◆
「あなた達は死ぬ。みんな死ぬ。みんなみーんな死ぬ」
そうして芽衣沙は異形の屍を従えてあなた達に宣言する。
濃密な、死と殺意の気配の中に在ってなお、少女の笑顔は愛らしく、また無邪気だった。
「メイちゃんの言う通りなんだよ?」
●以下解説
○目標
芽衣沙の討伐
○場所
霊園。墓石が疎らに乱立。破壊許可有り。
火葬なのでとりあえず土の下からゾンビが出て来るような事はないと思われる。
○時刻
夜。光源は月明かりのみだがひとまず無問題。
○敵情報
・ダスツ改×2
デクリオ。死骸の巨大な集合体、外見は流動的。生命力激高。他激低、移動力1。
毎ラウンド減退(1)&劣化(20%)物理・魔法防御付与の霧(自分中心・範囲30)を散布。
触手などは持たないが、接近すると飲み込み攻撃(射程1)をしてくる。
・スキッパー改×15
デクリオ。異常発達した手足で跳ね回る変異ゾンビ。
魔法属性の粘着液を吐いて拘束&劣化(20%)物理・魔法攻撃付与。
劣化は粘着液の排除か5R経過、BS回復スキルで回復。
移動&命中&回避高。他低。
・パズル×???
ミーレス。芽衣沙に食べられたゾンビの破片。手だったり足だったり眼球だったり内臓だったり。
あちこちに無数に存在。人間に近付き、纏わり付く。
全ステータス(特に移動力)低。一定数以上纏わり付かれると1D6の持続ダメージ発生。
メインアクション消費で払う事が可能。
無限沸きではない。
解説
・芽衣沙
本気モード。従魔食べたりして洗脳スキル中心にパワーアップ。
本来直接戦闘は不得手だがステータスが向上している模様。
【メイちゃんの言う通りでしょ?】
以前は一般人にしか効かなかった洗脳スキル。
今回はエージェントでも問答無用で洗脳し支配下に置いてしまう。効果時間不明。
ただし“一般人にしか通用しないものを強引に強化した”ため不完全。
本人は完全だと思い込んでいる。それは“芽衣沙が持たずエージェントなら誰でも持つもの”が由来。
【自己改造】
奥の手。
詳細不明だが、どのような能力にせよ、全力でぶつかるしかないだろう。
・ヒロ
ケントゥリオ。異形化。英雄になりたかった。体高2メートルにも及ぶ筋骨隆々とした巨体。
生命力と物攻中心に高ステータス。ステータスのみなら芽衣沙以上。
肉弾戦の他伸縮性の触手(射程10)でも攻撃可能で、これは攻撃と同時に自身の生命力を回復する。
【守護】
カバーリングスキル。芽衣沙への攻撃に対し無限にカバーリングを挟む事が可能。
ただし使用するたびに防御力が低下してゆく。
【不屈】
戦闘不能になった際、クリンナップフェーズに生命力が全回復する。
ただし低下した防御力はそのまま。
【細撃】
触手を細分化させ最大3名を同時に攻撃。物理。
【剛撃】
掴み→叩きつけの連続攻撃。高威力。
【薙払】
触手で前方を扇状に薙ぎ払う。射程5。無差別。
○他
・成功の為に必要なポイントが複数あり、どれだけ押さえられるかにかかっています。密な相談を推奨します。
・芽衣沙達の生前の情報は「H.O.P.E.の調査の結果判明した」としてPC情報としても良いが、基本的にシナリオの成功度合には無関係です。
(※プレイングの内容次第ではこの限りではありませんが、この点に触れずとも成功、大成功を勝ち取る事は可能です。お好みで)
・このシナリオは「【屍国】よみからのうた」と連動しています。互いの成功度が影響し合う可能性があります。
リプレイ
◆
世界はとっくに賞味期限切れなの!
◆
亡者たちの囁きが寂れた墓地に満ちる。まるで言葉にならぬ母音が重なり合い、奇妙な読経のようにも感じられた。
ああ。うう。ああ。ああ。うう。
歪に手足が発達した青白いゾンビが蜘蛛のような動きで迫る。
屍の集合体が山のような塊となり、緩慢に蠢いている。
手が、足が、眼球が、内臓が、人体の様々な部品が小虫のように、草や土を掻き分けて押し寄せる。
この不条理な光景を、バルタサール・デル・レイ(aa4199))は顔色一つ変えずに眺めていた。
「あちらの国の教えじゃ、死者は主の御下に集い、いずれ審判の日とやらに蘇るらしいが」
紫煙を夜空に吐き出しながら、独り言のように呟く。
「主……とやらの部屋が満員になったら、あぶれた魂はどうなるんだろうな」
『仕方がないから、宿を求めて彷徨い歩くのかも知れないね』
バルタサールの中で、彼の英雄、紫苑(aa4199hero001)が柔和に微笑んで応じる。
同時にバルタサールの髪が灼熱を帯び、サングラスの奥の瞳が金色に閃いた。
共鳴。
「……なら精々、良いモーテルを紹介してやるとするか」
その背にAGWを展開しながら、男は煙草を足元に落とし、革靴の底で火を踏み消す。
『まぁ、今回も信仰上の都合で僕に任させてよ相棒』
凡そこの場に似つかわしくないグラディス(aa2835hero001)の暢気な声に、既に彼女に肉体の主導を明け渡していた秋原 仁希(aa2835)は小さくため息を漏らす。
「かまわない……が、無理も無茶もしていいけど、暴走はすんなよ」
『あいあいさー』
「……すんなよ?」
『ほいさっさー』
「す、ん、な、よっ?」
半目の仁希だが、半ば自分の制止が意味を成さない事は理解していた。最後の最後まで理性さえ手放さないものの、ひとたび駆け出したグラディスを止める力は自分にはない――事実はどうあれ、彼はそう考えている。
それに……。
(こいつが感情を露わにするのは、ひどく珍しい)
恐らくグラディスは一連の事件を通じ、己の中にある譲れないモノに突き動かされる瞬間があったのだ。
ならば幾分困難でも、この“じゃじゃ馬”を走らせつつ、水際で手綱を握る者が必要だろう。
「ほら、分かったか。無理も無茶もしていいけど――」
『暴走はせず、でも全力全開、だね?』
奔放に笑ったグラディスの背に、翼のようにAGWが展開する。
「□□――」
『ええ』
「――、――」
『心得ています』
「……」
『では、手筈通りに』
意識の底へ潜行した辺是 落児(aa0281)に微笑みかけると、構築の魔女(aa0281hero001)はその背にAGWを展開した。カチューシャMRL。多連装ロケット砲。眼前に広がる地獄が舞い降りたような光景を、構築の魔女はどこまでも怜悧に“解析”する。
(まずは数的不利を覆さなければ)
敵戦力、総数――いったいどれだけいるのか分からない、腕やら内臓やらを除外するとして――十九体。最終目標は芽衣沙だが、そこに至るために下準備が必要な事は明白だった。その危機感は、他のエージェントも同様に抱いている。
だからこそのカチューシャMRLの展開だ。
(スキッパー、ダスツ……これらを範囲攻撃で一手に叩きながら、序でにパズルも数を減らす……芽衣沙の対処はその後です)
構築の魔女の深紅のドレスがたなびき、ライヴスの輝きが闇夜に浮かび上がる。カチューシャMRLに装填されている細身のロケットの尾が、しゅう、と白火を灯した。
そしてバルタサール、グラディス、構築の魔女が展開したカチューシャMRLが一斉に掃射される。
計、四十八発のロケットが敵の群れの頭上に降り注ぐ。
地を抉り爆炎を巻き上げる破壊の嵐。亡者達の呻きは轟音に掻き消され、爆ぜ散る炎は月よりも眩く闇を照らした。
射程の面でもイニシアチブの面でも先手はエージェント達に利がある。それを見逃さぬ、見事な先制攻撃だ。
「では、私の出番だな」
剣をその手に顕現させながら前に出たのは石動 鋼(aa4864)。黒煙の中から飛び出して来たスキッパー達を、緑色の瞳は見逃さない。
カチューシャの掃射は範囲が優先され、標的も微妙に異なったため広く浅く――と言えどもスキッパーにとっては致命傷だが――打撃を与えていた。反撃は必定であり、鋼の存在はその芽を潰す役割を果たしている。
鋼の周囲を特殊なライヴスの輝きが纏う。
その瞬間、別々の対象を睨みつけていたスキッパー達の視線が、一斉に鋼に集中した。
『鋼、分かってるね?』
「分かっているとも。一分でも、一秒でも長く、奴らの攻撃を引き受け続ける。それが私の役割だ」
『……うん、そうだな』
目論見の通りに事が運んだものの、彼の英雄、コランダム(aa4864hero001)は浮かぬ顔をする。
(分かってない。僕が言いたいのは、そういう事じゃないんだ。鋼は全然、分かってない――)
みるみるうちに鋼にスキッパーとパズルが集中。発達した手足による格闘攻撃や粘着液が八方から襲いかかる。
剣でそれらを捌く鋼だが、あっという間に囲まれてしまう。
「――こんなにも、いけ好かないものなんだな」
そんな光景を前に九重 陸(aa0422)は瞑目し、静かにヴァイオリンの底に顎を当てた。
奏でる。
弓でE~G線を震わせ、苛烈な“炎”の調べを演じた。すると鋼に群がる従魔たちの頭上に巨大な熱の塊が出現する。
ブルームフレア。
落下と同時にライヴスが爆ぜ、鋼を除く全ての対象を焼却する。
(親しい人も、そうでもない人も、色んな人が死んでいくのを見たよ。病院で育ったようなものだからさ)
数体のスキッパーが炎の中に倒れる光景を緑の瞳に映すと、一転、陸が奏でる旋律に陰が差した。
(……だけど、いや、だからこそ、死んでもなお戦わせられる光景は、悲しすぎる)
先制攻撃のカチューシャ掃射。ターゲット集中、そしてダメ押しの範囲攻撃。
初動の流れは完全にエージェント達が握っていた。
「もーっ、嫌い、嫌い、嫌い! メイのお人形を壊しちゃうあいつらも、簡単に壊れちゃうお人形も、みーんな嫌いーっ!」
「……私は、あなたの事、嫌いじゃない」
地団駄を踏む芽衣沙の眼前に、炎を切り裂いて飛び込んで来たのは藤岡 桜(aa4608)。漆黒のドレスをたなびかせ、巨大な鎌を振りかぶる。
目敏く反応したヒロが雄叫びを上げながら桜と芽衣沙の間に割って入り、鎌の一撃を受け止めた。
獣のような表情で己を睨みつけるヒロと視線が交差した瞬間、桜の心に悲しみと焦燥が宿った。
ヒロのこの有り様が、芽衣沙の心から既に人間性が消滅していることの証左に感じられてならない。
「……芽衣沙、私は」
「何よ。まさかまたお友達になりましょうとか言うわけ?」
ヒロの背に守られながら、苛立ちを露わにする芽衣沙の言葉に、桜ははっきりと答える。
「うん」
その瞬間。桜の更に背後からアンカーが鋭く放たれた。
芽衣沙を狙ったその攻撃はまたしてもヒロに弾かれる。じゃらじゃらと音を立てながら引き戻される鎖の先には、きつく唇を引き結んだ御剣 正宗(aa5043)の姿があった。
「…………」
口数は少ないがその瞳には決意が宿る。必ず倒すという事、そして皆を守るという事。
それはエージェントとしては至極真っ当な決意だが、どこか歪にも感じられた。
「……なぁに? あなたも遊びたいの? それじゃ遊びましょ、楽しい楽しいお人形遊び!」
芽衣沙がそう告げ、人差し指を正宗に突きつけると、周囲にいたスキッパーの一体の視線が鋼から正宗へと移る。
『……! 危ない!』
英雄、CODENAME-S(aa5043hero001)の叫びとほぼ同時に正宗にスキッパーが飛びかかる。構わない、このまま攻撃を受け止める――瞬時にそのように判断し構えを取った正宗。だが直後、横合いから猛然と走り込んできた二頭の“狼”がスキッパーの横腹に食らいつき、地面の上に横倒しにした。
「力はまだ温存しておくが吉だろう」
声のした方へ振り向くと、狼と同様の黒い焔を宿したような八朔 カゲリ(aa0098)が、黒いコートを靡かせながら佇んでいた。
「アレは二体ともケントゥリオ並みの力を持つ。少数で対峙するのは生半ではない。ならばこそ」
カゲリの冷静な言葉に無言で頷いた正宗は、移動力の関係で未だ開いている芽衣沙との距離を縮めんと駆け出した。
その横顔に宿る決意と、確固たる意思を以て既に芽衣沙らと対峙している桜、二人の姿を能力者の肉体を通じて観ていたナラカ(aa0098hero001)は口元に笑みを浮かべる。
『さて、良い輝きが見られるといいが』
「……楽しそうだな」
『楽しくないか?』
「仕事は嗜好品ではないからな」
笑うナラカと、あくまでも冷静な表情のカゲリ。次の行動に移るため、周囲を見渡し、跳躍した。
◆
「ぐ……ッ!」
殴打、殴打、粘着液、殴打、殴打、殴打。
スキッパーの攻撃を一身に受ける鋼。一撃一撃は軽いが重なれば負傷が嵩む。
ライヴスの力で防御力を高めているが、移動ができない事も相まって、ほぼ引き付けという役割に釘付けされていた。
(ダスツの対応や、邪魔な敵の排除も視野に入れていたが……これは動けそうにないな)
だが。それは鋼としても臨む所。
厄介な攻撃の大多数を自分が引き受ける事ができるのなら、パーティの皆がその攻撃力を存分に発揮することができる。
「さあ、私が引き付けている間に」
「分かってる……さっ!」
応じたのは陸。鋼とスキッパー、そして鋼のスキルの効果で吸い寄せられたパズル達の頭上に再び熱の塊が出現。
二発目のブルームフレア。命中したダスツが二体倒れる。同時に彼のヴァイオリンが奏でる曲調が変わった。
ブルームフレアの使用回数が切れたので、攻撃方法を変えるのだ。
辛くも跳躍を以て回避した一体が着地をする瞬間、そのこめかみを銃弾が貫く。
『……残り九体』
スコープの中でスキッパーが倒れる様を見詰める構築の魔女。九体、この数を彼女は“多い”と判断している。
範囲攻撃の連続や、自身が既に行った三連射撃などの甲斐もあり、着実に数を減らす事に成功している。
だが敵は回避が高く、“それだけ”では劇的に流れを引き寄せる事は出来ないらしい。
それでも、数は減っている。
「……ふむ。思った以上にしぶといな」
同じく後方でRPG-49VL「ヴァンピール」――いわゆるロケットランチャーを担ぐバルタサールが呟いた。
彼は早期からダスツを撃破せんと目論んでいたが、ダスツを叩く者は彼一人しかいなかった。
鋼も対応を予定してはいたのだが、攻撃の引き付けで手一杯だ。
構え、狙い、撃つ。スキッパーやパズルは鋼に集中しているため、範囲攻撃ながら狙いはダスツのみとなる。
着弾。ダメージは確かに通っている事が見受けられるが、やはりしぶとい。従魔にしては生命力が非常に高い事を伺わせる。
「どれ、助太刀しよう」
対応人数を見て臨機応変に対応する方針のカゲリが加勢。黒焔を纏う二頭の“冥狼”が流動的なダスツの表皮に食らいつく。
そんな戦闘の風景を見詰める、ハンディカメラのレンズがあった。
『――それで、すっごく趣味の悪いものしか撮れてないけど、君等の一部でソレ流行ってるの?』
「流行りってわけじゃ無いぞ……。資料は多いほうがいい。ただ、それだけだそうだ」
カメラは、グラディスの腰に取り付けられていた。
自身もパズルの排除を行っており、また近接武器を用いているため映像が大きくブレてしまっているが、要所要所で参考資料として成り立つものが録画できている。
『それにしても……この、なんだっけ、じぐそー?』
「パズルだ」
『そう、パズル。数、減ってるね。範囲攻撃が効いてるかな?』
蛇のような大腸に斧を振り下ろしたグラディスが呟く。彼女の言葉の通り、パズルはその数を大きく減じていた。
『パズルは、ひとまず脅威ではないと考えて良いかも知れません』――と構築の魔女。
「状況的に、他の二種が厄介だな」――とバルタサール。
『そうだねースキッパーとのダンスに鞍替えかな――』
間延びしたグラディスの返事と同時。危ない、という悲痛な叫びと同時に――
◆
ライヴスで精製された複数のメスを一斉射出。芽衣沙を狙った一撃だが猛然と割り込んで来たヒロに防がれる。
だがそれこそが正宗の目論見だ。
限界を越えた強引なカバーにより肉体機能が低下する事はプリセンサーからの情報で掴んでいた。同時に特殊なライヴスの効果で持続的なダメージを与える、この“ブラッドオペレート”の効果で持久力を奪う目論見だ。
「……絶対に」
『絶対に倒して見せます……!』
「…………みんなは」
『皆さんは、私たちが守ります……!』
無口な正宗を補うような恰好でCODENAME-Sが決意を口にする。大きく腕を広げ、夜空に咆哮するヒロ。応じたわけではないだろう。野性的な威嚇行為のようなものだ。
だからこそ、桜はその事実に胸を痛める。
「目を、覚まして……っ!」
桜もまた鎌を振るうがヒロに受け止められる。鋭利な刃が肉に食い込む手応えに顔をしかめる。
倒さなければならない。それは理解している。遂行する決意もある。
だが――どうしても“敵”と認識できない。その葛藤が彼女の心を強く苛んでいた。
「わたし、芽衣沙とお友達になりたいの……お友達になって、それで……止めてあげなきゃって」
唸り声をあげるヒロ、無反応。
「あなたも……あなたも、一緒に……止めよ……? 目を、覚まして……」
朗らかな笑い声が割り込んだ。
芽衣沙だ。
「あははははははっ! あっははははははっ! おーっかしー! そんな事言いに来たの?」
『あなたは……心が痛まないんですか? その方、ずっとあなたを守ってくれていたんじゃないんですか……?』
「痛まないよ?」
CODENAME-Sの疑問に笑顔で首を傾げる芽衣沙。
「だってこいつ、メイの事好きなんだもん。メイのためになる事をするのが幸せなんだって言ってたもん。だから夢を叶えてあげたんだよ?」
「……っ」
鎌を握りしめ、首を振る桜。CODENAME-Sも到底その言葉に頷く事などできない。
「何が違うの? それに、」
その笑顔に僅かに嘲りの色を浮かべて、芽衣沙は断言する。
「どーせ好きっていうのも嘘だよ」
違うと。
桜とCODENAME-Sは同時に呟いた。届かないだろう事が分かっていても、否定しないわけにはいかなかった。
恋心のために全てを差し出した彼は、その想いを信じて貰う事すら叶わなかったのだ。
「……兎に角、おまえを止める」
正宗がそう宣言するが――
「やってみれば?」
芽衣沙のその一言と同時に、ヒロが右腕を振りかぶった。腕が先端から幾重にも裂け、複数の触手に変貌する。
防御の構えを取る桜と正宗。だが、その背に衝撃を受け前方につんのめった。
「――っ、」
身動きが取れない――これは――粘着液?
鋼に釣られたスキッパー達だが、芽衣沙の命令権が優先される事は、先の一幕で分かっていた。一度に全員を鋼から引き剥がす事は出来ないようだが、二体程度なら可能なようだ。
動けない。粘着液に拘束された二人は即座にもがき、脱出を試みるが――遅い。
ヒロの触手は二人の頭上を通り過ぎ、後方でスキッパー達と交戦しているエージェント達を目掛けて――
◆
ヒロの放った触手は三又に分かれていた。狙う先はそれぞれ、鋼、カゲリ、グラディス。脅威度の問題ではなく、純粋に射程範囲にいた者がその三人だったという話だろう。
「……ッ」
「むッ」
『わわっ!?』
カゲリは回避出来たが、動けない鋼、そして回避が元よりあまり得意ではないグラディスは直撃を受けてしまう。
だが鋼にとっては自らが受けた傷より、自身が引き付け切れなかったスキッパーが仲間の邪魔をしている事の方がよほど重大だった。
「……護らなければ、ならないのだが」
『鋼……』
「分かっている。一秒でも長く持ちこたえるぞ」
『…………』
未だ降り注ぎ続けるスキッパーの攻撃を、鋼はひたすらに耐えていた。敵の注意を引き寄せるスキルは既に使用している。あとは攻撃をただ耐えるほかない。
『まずいね……』
一方、グラディスは状況を理解し、その笑みに微かな険を滲ませていた。仁希も彼女の中で苦く頷く。
「範囲攻撃で敵に打撃を与え、鋼さんが敵を引き付けてくれた事で攻撃の契機を掴んだ……そこまでは良い」
『一人一人の動きも的確だよ。範囲攻撃、射程、臨機応変さ……それらを以て的確に対処してる』
だが、噛み合わない。
精緻な射撃で桜と正宗の傍にいたスキッパーを仕留めた構築の魔女も、奇しくも同じ感想に至っていた。
『……例えば、初動で芽衣沙やヒロの対応にあの二人が向かわれるなら、もっとそのフォローが必要でしたか』
位置関係から、二人は敵中に飛び込んで行く恰好となる。それは、二人の孤立を意味するのだ。
『それに、火力も分散してしまっていますか……』
スキッパーは残り七体。ダスツは残り二体。どちらも未だ倒しきれていない。
これら二種は厄介な敵だが、片や「回避」、片や「生命力」、それぞれの特性によりしぶとさを得ている。
ならば――火力を一種の敵に集中させ、迅速に打倒するか。
或いは――少数でも最大限の成果を挙げるような作戦や、連携か。
そのどちらかを用意して挑むべきだった。
「……なるほど、攻撃と防御、どちらを先に確保するかという話だったか」
カゲリも狼を召喚し、桜達の妨害を行うスキッパーを排除しながら、戦場のカラクリを理解していた。
『例えばスキッパーを先に全滅させて、存分に攻撃できる状況を作ってから、どどーんぼかーん! ダスツに集中砲火で速攻撃破ー、という事か?』
「無論、攻略法はそれだけではなかっただろうがな」
スキッパーとダスツはそれぞれ、エージェントの攻撃・防御能力を奪ってくる。どちらかを先に片付ける事を目指せば、どちらかの能力を存分に発揮できる状況を作り出せたのだ。
小さな齟齬、僅かな矛盾。たったそれだけの事が、“攻めあぐねる”という現状を作り出してしまっている。
だが、それでも。
「調整不足、か……でも、どんな状況でも最高のパフォーマンスを発揮するのが、舞台人ってやつだ……!」
『ええ。嘆いても美しい音色は奏でられません。出来る事を精一杯に、ですよ、エリック』
陸の中で頷くオペラ(aa0422hero001)。攻めあぐねてはいるものの、何も劣勢というわけではない。
鋼に攻撃を加えんとしていたスキッパーの背に魔力球を放ち、撃破――残り五体。
「それにしても、今夜の歌姫はひどい歌声だぜ。耐えかねたシャンデリアでも降ってきそうなほどにな!」
「確かに聴くに耐えんコンサートだが、途中で席を立つわけにもいかないのがつらいところだ」
陸の軽口に応じつつ、バルタサールが三度目となる爆撃を放つ。
着弾したロケットは山のようなダスツの肉体にめり込み、内部で爆発。焦げた肉がそこかしこに散乱した――ダスツ、残り一体。
『……! 来ます!!』
そこで構築の魔女が警戒を叫ぶ。遥か前方ではヒロが再び触手攻撃の準備に入っていた。
桜、正宗がそれぞれ二本の触手をカバーするが、残った一本が飛来。
「させるか……ッ!」
それを、ちょうど粘着液から逃れていた鋼が剣で弾く。その衝撃に五色の光を纏う左腕が軋み、表情に苦痛が滲む。
散布されている毒の影響もあり、鋼は八人の中で最も消耗していた。
だが――まだ立てる。まだ防げる。
「あと一息、か……!」
続いてカゲリがもう一体のダスツに冥狼を放ち、バルタサールの爆撃が重なる。構築の魔女の射撃がスキッパーを居抜き、陸の魔法を回避したスキッパーはその着地をグラディスに狙われ両断された。
スキッパー残り三体、ダスツ残り一体。
「ふーん?」
そこで芽衣沙は一人のエージェントに視線を向けると、にっこりと微笑み、そしてこう叫ぶ。
「――その黒いやつ、メイのに決めた!」
意味は分からなかった。ヒロやスキッパーへの指示かと思って身構えた。
だがヒロもスキッパーも特別な動きを見せる様子はない。
まさかと思い、グラディスが、構築の魔女が、正宗が仲間の様子を確認しようとして――
「何ッ――?」
陸に“黒焔を纏った狼が襲いかかる光景”を目の当たりにした。
『これは……! エリック、右です!』
腕に牙を突き立てられながら陸がオペラに促された方を見ると、そこに立っていたのはカゲリ。
黒いコートをはためかせて――どこか意思の感じられない表情で、陸を睨みつけていた。
◆
――何と、もう忘れたか。
――人間は忘れっぽいものだと理解していたが、いくら何でも薄情というものだ。実家に帰らせてもらうぞ!
――なんてな、嘘だ嘘。汝は忘れるはずもあるまい。そら覚者、口に出して言うてみよ。
――そうだ、我らの誓約は、
◆
カゲリが操られた。
この瞬間、グラディスと正宗がすかさずクリアレイを飛ばしたが、カゲリの様子に変化はない。
効果がないのか、あるとして足りないのか、それは分からない。
唇を噛んだ構築の魔女と、「想定内だ」とでも言うようにまるで動揺の見られないバルタサールはそれぞれが対応する敵への攻撃を続行。
鋼はスキッパーの動きに注視し、陸は再びヴァイオリンを顎に当て、桜はヒロと芽衣沙にその眼差しを向けた。
全員が、カゲリを“放置”した。
「あれれ? 助けなくて良いの? あの黒いの、メイのお人形さんになっちゃったんだよ?」
「……大丈夫」
桜が静かに、だが確信を持ってそう告げる。
それが芽衣沙には気に食わない。自分の洗脳スキルは完璧だ、そう思い込んでいる。
どうにかできるっていうの? メイのこのチカラ。
ううん、無理――絶対無理。なのに何なの、この余裕……!
「……っ、何してんの、さっさとやっちゃって!」
ありありと苛立ちの滲む様子で芽衣沙が叫ぶと、ヒロが丸太のような右腕を振り上げ、三本の触手を放つ。
「させない」
「ボクが守る……」
すかさず桜と正宗がカバーに入り二本を防ぐと、更に鋼がもう一本をカバー。スキッパーの数が減った事で彼らも盾役としての立ち回りが容易になっている。
「……ぐ、」
『鋼……!?』
そこで、鋼が膝をついた。
『もう限界だ……鋼、後ろに下がっ』
「大丈夫だ」
共鳴しているコランダムだからこそ分かる。鋼は今、首の皮一枚で立っているような状態だ。
だが、鋼はそれでも立ち上がる。守護という誓いのもと、決して潰えぬ意思を瞳に宿して。
「まだ、10秒は立てる」
そんな鋼の傷だらけの身体を突然ライヴスが包み込んだ。癒やしの輝き、ケアレイ。
『これでー、20秒くらいかなー? 肩貸したら30秒くらいにはなるー?』
そんな軽口を叩きながらグラディスが横に並ぶ。その横顔にスキッパーが飛びかかるが、一筋の銃弾が射抜いた。
『無理は、なさらないで下さいね……と言いたいところですが』
「本番はここから、というところか」
銃弾の主、構築の魔女の言葉に、RPGの爆撃でダスツを沈めたバルタサールが続く。
スキッパー、ダスツ――全滅。
パズルは僅かに散見されるが無視をして構わないレベルだろう。
「……すぐ壊れちゃって。ほんっと、使えない」
静かに怒りを滲ませた芽衣沙が、カゲリに人差し指をつきつける。
「その黒いの! 何してんの、早くみんなやっつけちゃってよ!」
その指示を受けたカゲリがゆらりと動き――目前に冥狼を召喚。
狼は唸り声をあげながら駆け出し、一陣の風のように陸に飛びかかる。振り向いた陸とカゲリの視線が交差し――
陸が、笑った。
狼が陸の脇をすり抜ける。土を蹴り、牙を剥き、飛びかかる先は――ヒロ。
「……へ?」
その出来事を呆然と見守る芽衣沙。ヒロの肉体に狼が食らいつく光景を眺めながら、一拍遅れて青ざめる。
「洗脳が、解けてる……? なん……何でぇ……?」
「お生憎とな」
腕輪を幻想蝶に格納。代わりにすらりと抜いたのは一本の剣。
刃を月下に閃かせながら、カゲリはゆっくりと距離を詰め、他のエージェント達に並ぶ。
「俺には意思がある。人形じゃない」
『強き意思を示し続ける――それこそが我らの誓約ゆえな』
「意思なんて――意思なんて! そんなものでメイのチカラが打ち破られるわけ……!」
「まだ分からないのか」
傷だらけの鋼が、やれと首を振りながら告げる。
「お前は“ひとり”だ」
プリセンサーから齎されたこの洗脳能力のカラクリを最初に解き明かした彼には、この結果は分かりきっていた。
正宗もまた一歩前へ出る。
「……ボク達は」
『私達は、能力者と英雄の二人で戦っています』
「…………おまえは」
『あなたはひとりぼっち。一言で言えば、それが理由です!』
正宗の言葉に合わせるようにCODENAME-Sがそう告げるが、芽衣沙の顔には強い困惑が浮かぶばかり。
「意味、わかんない……」
意味不明、理解不能。
困惑はやがて怒りに。怒りはやがて敵意に。
芽衣沙の足元から触手が伸び、ヒロの裏返った眼球に赤い光が灯る。
一同が身構える中、笑顔の仮面が剥がれた芽衣沙の顔に浮かんでいるものは、エージェント達への明確な敵意。
「……遊び足りないのね。なら、遊び狂わせてあげる」
◆
バルタサールと構築の魔女がほぼ同時に引き金を引いた。それぞれ別の射角から放たれた精緻な銃弾は、限界を越えた反応速度でカバーに入るヒロに阻まれる。
そこで――ヒロの巨体は停止し、地響きと共に前のめりに倒れる。
「何ッ……寝てんのよッ!」
舌打ちをした芽衣沙が触手を伸ばし、エージェント達を打ち付けようとする。だが桜、正宗に阻まれ不発。
「……ボク達の攻撃が」
『ブラッドオペレートの蓄積が効いてますね……!』
序盤に放っていた攻撃が尾を引いているようだ。しかし、疲弊があるのはエージェント達も同様。
桜と正宗は度重なる防御で体力を奪われ、既に肩で息をしている。隙きを見て自己回復なども挟んでいるが、今の攻撃がヒロのものであれば危なかったかも知れない。
「まだ……まだ、間に合うよ、芽衣沙……」
「何が間に合うの? 世界? 世界まだ腐ってないって?」
「腐ってない部分もある、し……絶望ばっかりじゃ、ない……」
「知らないっ!」
そこでハッとした芽衣沙が跳躍。すんでのところで飛来した一対の銃弾を回避。
『……直接戦闘は不得手、と資料にありましたが』
「資料なんかアテにならないのが世の常であり、現場の苦悩って事だ」
共に銃を構える構築の魔女とバルタサール。命中精度の高い二人の攻撃を回避できたのは幸運だったと言っていい。
「おいおい、休符はまだ先だぜ――っと!」
畳み掛けるように陸がヴァイオリンを奏で、魔力弾を放つ。腹部に直撃、くの字に身体を折れ曲げてたたらを踏む芽衣沙。
そこへ。
「――そら。こいつも持っていけ」
深くまで踏み込んだカゲリが、一閃。
宵闇に刃の軌跡が閃き、一拍遅れて芽衣沙の身体が袈裟に裂かれる。
「きゃああああああっ!」
どす黒い血液を噴出させながら悲鳴を叫びあげ――振り返り、煮えたぎる怒りの表情でエージェント達を睨む。
「ヒロ――起きてッ!!」
その一声でヒロの瞳に赤光が戻る。怒号と共に起き上がり、その勢いのまま腕を振りかぶった。
防御や回避の構えを取ったエージェントの中、ただ一人だけ攻撃の姿勢を崩さない――陸。
「……実際、お前はよく頑張ったと思うよ。人のために体を張るって、なかなか出来るもんじゃないもんな」
奏でるは夜の調べ。聴く者を深く安らかな眠りに誘うほどに、その旋律は優しい。
「だからこの子守唄は、俺がお前の健闘に贈るスタンディングオベーションだっ!」
ヒロの右腕が振るわれる寸前、漆黒の魔力がその巨体を包む。
呪術にも似たその暗闇が晴れると――ヒロの巨体は沈黙し、ややあって再び膝をついた。
「一撃で……!? 違う……っ」
気絶だ。
今の攻撃で強制的に意識を刈り取られたのだと察知した芽衣沙は、触手でヒロを叩き起こそうとする。
だが。
『させませんよ』
これを予期していた構築の魔女が、狙撃で触手を弾いて見せた。
連携、作戦、チームプレイ。エージェント達の持つ大きな強みだ。
「……邪魔、邪魔、邪魔邪魔邪魔邪魔ッ邪魔ッ!!」
「黙れ」
カゲリが再び斬撃を放つが、ひらりと避けられてしまう。怒りに顔面を歪ませた芽衣沙は足元から伸びる無数の触手でエージェント達をしたたかに打ち付ける。
「っ、まだ、まだ……」――即座に桜がカバーに入り。
「……たとえ、ボクがやられてしまっても」――無表情の中にも苦痛の色を滲ませつつ、正宗も盾となり、そして。
「――――、」
最後の力を振り絞り、味方を守った鋼が――倒れた。
『……お疲れ様ーだよー』
グラディスが、そんな彼を守るために前に立つ。決してエージェントとしての経験が豊富というわけではない彼だが、よくここまで立ち続けたものだと、多くの者が称賛していた――鋼の英雄だけはもどかしい思いを抱えていたようだったが。
「……やっと一匹死んだ」
鮮血を滴らせながらも戦意を失わない芽衣沙が、再びヒロを起こすために触手を振りかぶる。
構築の魔女が銃弾で阻もうとするが、今度は避けられてしまう。同じ手を二度食う相手ではないようだ。
芽衣沙の触手に鞭打たれ、ヒロが覚醒する様子を見て、頃合いか、とバルタサールが口を開く。
「腐った世界を末永く腐らせ続ける……と言ったが」
芽衣沙の意識が――バルタサールに向く。
彼女のひとつの根幹部分たるその言葉を持ち出されては、意識を向けないわけにはいかなかった。
「完全に世界を諦めていたら無関心になるはずだ。どうでもいいとな」
「……何? 何が言いたいの?」
眉をひそめる芽衣沙。男の言わんとするところが掴めない。掴めないものの、気に入らない事を言おうとしている事は分かる。
同時にバルタサールが桜と正宗に目配せをする。二人は今のうちだと、気取られぬよう自己回復を行う。
「何故世界を腐らせる。腐らせ続けようとする? 自分と違って幸せを疑わず生きてきた人間への羨望か? 自分を狂わせた世界への復讐か?」
羨望、違う。腐った世界に憧れなんかない。
復讐、違う。そんなものは蘇った最初の日に済ませている。
「違う――“未練”だ。お前は本当は、自分が間違っている事を理解してる」
「……やめてよ」
「世界を腐らせる事で、腐った自分を受け入れて貰えるように整えているに過ぎない。まったく、未練たっぷりだな」
あまりにもストレートに告げられた言葉に、芽衣沙の顔からさっと血の気が失せる。
それは怒りという地点を通り越した、静かな激情だ。
「そして、いくら腐らせようとしても、お前の望み通りの世界にはならないぜ」
畳み掛けるように陸も口を開く。
「生きてるものはいずれ死に、腐って土に還る。そしてその土がまた命を育むんだ」
ゆえに無駄な事だと、報われる事のない行為だと、陸は断言する。
「芽衣沙って言ったな。お前がいくら世界を腐らせても、そんな腐った世界からも新しい命は、希望は、次々と生まれてくるぜ」
――生きる力を、ナメんな。
そう真っ直ぐに告げられた芽衣沙は、一歩、たたらを踏む。
「や――やめてって言ってるでしょ! 世界は腐ってる、気持ち悪い、嘘ばっかり、だからあるべき姿にするの、そうするべきなの! 全部全部、メイちゃんの言う通り――」
『――にするわけにも、いかないなぁ』
背に守る鋼のためにも油断なく斧を構えながら、けれどどこか暢気な調子でグラディスも言葉を重ねる。
『君達がコッチ側だったらできたかもだけどね。ソッチ側なのが本当に残念だよ。君達がニンゲンを諦めちゃったからね――あぁ――本当にもったいない!』
せっかく“この世界”原産の存在だったのに。
もはや芽衣沙には理解できぬ理屈で、けれど明確に否定するグラディス。
他のエージェント達もそこへ言葉を重ねる。
「……これは要するに、おまえの魂が腐っていたというだけの話だ」
『思想は分からないでもありませんが、受け入れる事は出来ませんね』
「……おまえを、必ず、倒す」
芽衣沙の心は、もはやヒステリックを越えた地点にあった。
「うるさい……うるさい……うるさい、うるさい、うるさい……」
「……芽衣沙」
そんな中――ただ一人桜だけは、芽衣沙を案じるような眼差しを向けている。
それが芽衣沙にとっては最もつらいものだった。
「……あなたを、止める……」
「……ふうん。どうやって?」
「どう、やっても」
「……」
「…………ねえ、お友達には、どうしても、」
「全部、メイの前から消し飛ばして。早く!」
遮るように告げられたその一声に反応し、ヒロが再び動き出す。
時間は確かに稼いだ。だが、とバルタサールは思う。
(これは、“準備”しておく方が良いかも知れないな)
カゲリが奔り、広範囲に剣閃を描く――ヒロがカバーする。
陸が楽器を構え、ゴーストウィンドを放つ――ヒロがカバーする。
桜が奥歯を噛み締めながら鎌を振るう――ヒロがカバーする。
構築の魔女が引き金に指をかけたところで、ついに、それが訪れた。
振り上げられたヒロの剛腕は地を滑りながら前方一帯を薙ぎ払う。大多数の者がそれを避ける中、回避という選択肢を選ばぬ者達がいた。
「……たとえボクが、やられ、ても……!」
正宗は、陸をかばった。
まともに受ければ陸はただでは済まない。重要なアタッカーの一人でもある。彼にとってはかばう理由しかない。かばわない理由もまた一つとしてない――それで自分が倒れる事が分かりきっていたとしても、それはかばわない理由にはならないのだ。
弾かれた正宗の華奢な身体が宙を舞う。背から地面に落下し、衝撃でバウンドし、そして動かなくなる。
「芽衣沙、ねえ芽衣――」
その直後、桜の小さな身体も吹き飛ばされる。
届きそうな気がしていた。
桜なりの信念を貫いた結果が、もうすぐ目の前にあるような気がした。たとえそれが、幸せな結末ではなかったとしても。
けれど――今の自分には、バルタサールや陸、グラディスのような、“明確な言葉”がない。それでは、届かない。
けれども意識を手放す刹那、ぼやける視界の中、桜だけは――芽衣沙を友と呼びたがる桜だけは、それを見たのかも知れない。
前髪で表情を隠す芽衣沙の頬に、一筋の――。
◆
「退くぞ」
その言葉が合図となった。皆が一斉に目を庇うと同時、バルタサールがライヴスの塊を投擲。
それは爆ぜると共に強烈な光を発し、芽衣沙たちの瞳を焼いた。
この隙を突いて、グラディスが鋼を担ぎ、陸が正宗を担ぎ、カゲリが桜を担ぐ。
三名の重傷者で撤退。
予め決めていた撤退条件だ。それを満たしてしまった今、退く決断を下すほかない。
あと一歩だった。
序盤で二人が突出し、またこれのフォローが不十分であった事。そして従魔の掃討に手間取った結果、全体の消耗が嵩んだ事。
つまるところ、これが撤退に繋がる結果となった。
「……どうにもやりきれん、が」
『戦いの結末だけを見れば、痛み分け――といったところだな』
カゲリとナラカが背後を振り向くが、追撃の気配はない。
否、あちらもかなりのダメージを負っている。しないのではなく、出来ないのだ。
「最後まで演奏を続けられなかったのは、すげえ悔しいが……」
『本当に、あと一歩踏み込み切れなかった、という感じですね』
陸とオペラもそう振り返り歯噛みする。ややあってから構築の魔女が悔恨の面持ちで、通信機を口元へ近付けた。
『……すみません。戦闘の続行が困難となりました。撤退を決断します』
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「……そうか」
四国対策室統括、大門はグラディスからの報告を受け、小さく息を吐いた。
「ひとまず、よく戦ってくれた。無事な者は報告に戻ってくれ」
『映像も撮ったのでー資料として提出するよー』
「有り難い」
沈黙。
『……その、ごめんなさいねー』
「何……ああ、芽衣沙討伐失敗の件か。気にするな。聞く限り、恐らく即座には動けない傷を負ったと見える」
『甘い見通しー』
「かも知れないな。兎角、三姉妹の一角、芽衣沙の戦力はこれで大きく削がれた。この事実は大局に大きな影響を与えたと言える」
『それでも……アレがこのまま終わるとは、僕には到底思えないけれど』
「…………」
受話器を置いた大門は、ややあって青白く光る巨大スクリーンに視線を移した。
そこに浮かび上がる情報はどれも芳しいものではないが、中でも神門の行動が近頃活発化している事は気がかりだ。
決戦が近いか――彼の勘が、そう告げていた。
「――忙しく、なりそうだな」
溜息のように呟くと、大門は事後処理のためにキーボードに指を這わせた――。