本部

【屍国】連動シナリオ

【屍国】今宵、貴方と思い出のデートを

桜淵 トオル

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2017/07/06 01:34

掲示板

オープニング

●夜景の公園
「この公園は桜の季節がいいのにね。もう少し早く来たかったわ」
 飯塚詩織は、夫と手を繋いで夜の公園の階段を下りながら、すっかり青々と葉を茂らせた桜の木を見上げた。
 ここは徳島市にあるS公園。桜の名所としても知られる。
 だがそれ以上に、夜景が美しい場所として有名だ。
 徳島市を望む眉山の中腹にあり、山頂まで足を伸ばさずとも徳島市北部の夜景を充分に楽しめる。
 人気のデートスポットでもあるが、二人のほかに人影はなかった。
「去年も桜を見に来たわ。憶えてる?」
「ああ、よく憶えている」
 そこで詩織は異変に気づいた。ポケットから化粧用のコンパクトを取り出して鏡で確認する。
 【隠夜叉】による変身が解けて、腐敗した皮膚に戻っていた。眼球の変色も見える。
 大好きな夫である飯塚の前で、こんな姿を晒してしまうなんて。
「もう、やんなっちゃうわ。30分って短いんだもの。移動中に使わないわけにもいかないし」
 その手を引いて、灯りを避けるように暗がりに潜む。
 夜の闇は優しい。すべてを覆い隠してくれる。
「私、いっぱい働いたのよ。変身できるお面を使わせてもらって、貴方を迎えにいけるように」
 詩織はかつて、疾風丸という朱天王の飼い犬によって感染させられた。
 疾風丸は痛みを与えず傷を作り、対象者を感染させることができる。
 この犬もまたとっくに死亡しているが、朱天王により特別な力と、【隠夜叉】に相当する変身アイテムを使う権限が与えられ、普通の犬のように動いているのだ。
 皮膚は一部腐敗しているがふわふわの毛皮に守られて見えにくく、撫でても分かりにくい。変身すればなおのことである。
 だから誰もが安心して、力なきトイプードルの甘噛みを許してしまう。
 朱天王に繋がる枷を嵌められたのだと、気づく間もなく。
「でも、貴方のいた病院は警備が厳しくて、準備に時間がかかってしまったわね。だから、これはお詫び」
 詩織は上着のポケットから何かを取り出した。
 皮製の鞘を引き抜くと、微かな灯りを受けて輝く、鋭利なナイフが顔を出す。
「もっと早くに迎えに行けてたら、とっくに『こちら側』に来ていたのにね。あのくだらない延命装置のせいでまだ生きているなんて、可哀想」
 詩織はナイフを構えたまま、上体を思い切り夫に預けた。
 ナイフは感染体である夫の胸をやすやすと抉り、詩織の手を血で濡らす。
「しお……り……」
 飯塚はわずかに呻いた。
 彼は厳しい訓練を潜り抜けた自衛隊員だが、動くことはできない。
 感染は詩織から飯塚への順に起こっていて、上位感染者の命令権は下位感染者に優越する。
 すなわち、詩織は短時間なら飯塚を支配できる。
「貴方の血はまだ温かいのね。その血を流しつくして、早く私と同じところまで堕ちて来て頂戴? 夫婦は一蓮托生ですものね?」
 ふふっ、と詩織は楽しげな笑みを漏らす。
 ようやく、夫が自分の元に帰ってきた。
 これから、また共に歩む日々が始まる。

●脱走した患者達
「徳島市内の感染者収容施設から30名規模の感染者の脱走が発覚した。警察の協力を得て捜査が始まり、いくかの目撃証言が上がっている。感染者は同市内の眉山に向かったらしい」
 同じく徳島市の眉山にあるS公園で、皮膚の変色がある感染者の集団を見かけて慌てて逃げた、という市民もいた。幸い、何事もなく逃げ切れたそうだ。
 脱走した患者は香川県側の鳴門市や東かがわ市などで感染被害に遭い、徳島の病院へと避難してきた人々である。決して土地勘があるわけではない。
 しかし脱走後の目撃証言では、目的地を知っているかの如くに迷わずどこかへ向かっていたそうだ。
 患者による引っ掻きや噛みつきなどで市民が傷を負わされたという報告は、まだない。
 時刻は8時を少し回った頃。警察により付近には避難勧告が出されている。
「感染者が統率の取れた動きを取るとき、そこには敵の統率者が存在する場合が多い。今回の脱走の意図はまだ掴めていない。充分に注意してくれ」
 
●貴方と愛の逃避行を
 徳島市のS公園は、旧陸軍の軍人墓地だった場所を改修した公園である。
 改修時に遺骨はすべて別の場所へと移されたが、街を見下ろす丘の上の立地は、死者を弔う墓地にも適していただろう。
 緑に覆われた高低差のある敷地が、墓地であった頃の面影を残している。
 詩織はその公園に、みずからの手で感染させた患者たちを集めた。
 朱天王から譲り受けた【隠夜叉】の効果時間は短く、人目につかず二人きりの時間を作るためには誰かの手を借りるしかなかった。そして詩織は、自らの支配の及ぶ感染者を使った。
 彼らはこの場から人を遠ざけるためだけに、周辺を徘徊し続けている。
「少し目立ってしまったけれど、仕方ないわよね? でも私、怖くなんてないわ。貴方が守ってくれるんだもの」
 そっと寄り添うようにして、夫の胸からナイフを引き抜く。
 心臓にまで達した傷の、血はすでに止まっていた。
 生命活動を停止した飯塚の体は変化し、皮膚は崩れて腐敗の様相を呈する。
「これから二人で逃避行なんて、ちょっとロマンチックかも。そういうの、ドキドキするわね」
 夫の血に濡れたナイフをしばらく愛しげに眺め、鞘に仕舞った。
「もちろん穂篠君のことも忘れてはいないわよ? ちゃんと連れて行くわ。貴方の部下だもの」
 飯塚二尉と共に病院から抜け出した穂篠軍曹もまた、このS公園の周辺を警戒し続けている。
 いつ現われるか分からないエージェント達に、対応するために。
 詩織は暗闇で腐った皮膚を隠しながら、明るく言う。
「きっとうまく行くわ。私の言うことを聞いてくれる人たちはどこにでもいるの。だって私、本当によく働いたのよ?」
 鳴門市から東かがわ市の山中で、暗闇の中ふいに襲われて軽傷を負い、感染した患者はおよそ5万にも上る。
 ある人は犬のようなものに咬まれたと言い、ある人は刃物で切りつけられたと証言した。
 詩織自身の戦闘力はないに等しいが、同じく無力な人間を暗闇で襲うのなら容易い。
 しかも、感染させるには、ごく軽傷で構わないのだ。
「心配なんて、しなくていいの。私達はずっと一緒よ」

解説

●成功条件
飯塚詩織、飯塚二尉両名を撃破し、S公園周辺にいる感染者を捕獲する。穂篠軍曹は感染者だが、生死問わず。

●現場状況
・徳島市眉山中腹、北向き斜面にあるS公園。50sq×200sq程度の広さで階段状に造成された徳島市の夜景スポット。詩織と飯塚はこの公園のどこかで夜景を眺めている。
・夜間照明があり、ほどほどの明るさ。花の散った桜の樹が葉を茂らせ、繁みもある。
・収容施設から脱走した感染者が公園の周りを徘徊し、穂篠軍曹が警戒中。彼らの見聞きした情報は詩織を通して全員に共有される。
・周辺には民家はほとんどなく、避難勧告が出されている。

●捕獲道具
感染者捕獲用の捕獲網。グロリア社製。カプセルに折りたたまれた網が入っており、ライヴスを込めて投擲すると飛び出した網が対象に絡みつき、拘束し動きを止める。必要なだけ配布して貰える(プレイングに書いてください)。

●登場
飯塚詩織
・使用武器:ナイフ、小銃
飯塚二尉
・使用武器:ナイフ、小銃、ライフル
穂篠軍曹
・使用武器:ナイフ、小銃、サブマシンガン
感染者30名
・使用武器:ナイフ

●PL情報
・詩織にとって生(=感染状態)と死(=死体ゾンビ状態)は連続したものであり、命を奪うことに躊躇はない。
・PCが到着した時点で二人は隠夜叉を使用し、生前の姿に見せている。
・詩織は飯塚二尉、穂篠軍曹、感染者30名に対して命令権を持つ。
・飯塚二尉は火器の扱いに長けており、高い命中率を誇る。
・徒歩圏内の詩織による感染者はいま集まっている30名のみ。
・詩織ペアの30sq以内に立ち入るとライフルによる狙撃を受ける可能性がある。

リプレイ


 森は、夜の中でひそやかに息づいていた。
 眉山は徳島市にある標高290mほどの小高い山である。
 S公園は眉山を走るドライブウェイの東端部近くに位置しており、周辺に家屋は見えず、ごく閑静なたたずまいだ。

「まあ、こんなもんか」
 ツラナミ(aa1426)はライヴスで生成したフクロウを腕に留まらせ、公園の西にあるドライブウェイの途上にいた。
 敵がどこにいるかわからない以上、迂闊に踏み込んで発見されるのは危険だ。
 フクロウはカラスほどの大きさで、暗褐色の羽を折りたたんで待っている。
「行って来い」
 視界を任せるのは、いつも通り共鳴済みの英雄、38(aa1426hero001)。
 ライヴス製の猛禽が、羽を広げて夜空を悠然と舞う。
 夜間照明に照らされた公園は緑に埋もれ、空から見ると森の一部のようでさえあった。
「ひっさしぶりにH.O.P.E.の依頼が来たと思えば、またゾンビか……」
 早速、夜道を白っぽい入院着で歩く人影がちらほらと見える。
 公園内の木々に隠れるよう、音を立てないよう慎重に滑空する。
 病院から脱走した人数は、30名。
 植生に隠れて完全な人数までは把握できないが、そのくらいはいるようだ。
『(……違う。感染者)』
 ミヤは律儀にツラナミの言葉を訂正する。
 彼らはまだ死んでいない。助かるのだ。
「あー、そうね…まあ似たようなもんだろ」
 S公園は南北に縦長の敷地で、ゆるくカーブした道が中央を分けるように通る。南側の山側には二つの広場、北側の裾野側に三つの広場が見て取れる。
『(……いた)』
 西から飛んだフクロウが、山側の東、奥まった展望台に佇む男女二人組を見つける。
 自衛隊施設内で殺傷・感染事件を起こし、その後病院から脱走した飯塚二尉。陸自で支給される迷彩服を着ている。
 かたわらにはその妻、飯塚詩織が、白いワンピース姿で寄り添っている。
 写真でその容姿は確認済みだ。
『(H.O.P.E.の……予想通り)』
 今回脱走した感染患者は東かがわ市方面から来た人々だったため、その方面で確認されている朱天王配下のうち、撃破されていない敵が疑われた。
 朱天王、狼使いの男、飯塚詩織。
 朱天王本人にしては静か過ぎるし、狼使いにしては狼が動いていない。
 消去法で、詩織が最有力候補として疑われていた。
 その後に脱走した夫である飯塚二尉、加えて部下である穂篠軍曹も同行している可能性が高い。
「この道をまっすぐ進むと、公園の遊歩道に繋がる。一番奥まった展望台に、写真で見た飯塚夫妻がいる」
 ツラナミが言葉に出してエージェント達に伝えたときに、消失しかけたフクロウが視界の端に迷彩服姿の男を捉えた。
「多分だけど……軍曹もいるな……。服が見えた……」
 迷彩服の男は、公園外周に向かって警戒していた。
 この道を通って、飯塚夫妻に辿りつこうとする誰かを。

「夜なのに、鳥が飛んでいるのね。夜行性の鳥かしら? このあたりは山だものね」
 詩織は夜景から視線を夜空に移し、呟く。
 隣りに立つ夫の手を握る。
 通じ合う。以前よりもずっと強く。
 夫を見上げて、にこりと嗤う。
「でも、次に来たら撃ち落してね。ふたりきりを邪魔されたくないの」



「ライヴスの……ネットワーク? というのが……要注意、ですね……」
 氷鏡 六花(aa4969)は溜息をついた。
 先日研究者により発表された、ゾンビ達の支配関係の謎。ライヴスニューロン。
 感染者やゾンビ達は極小のライヴスの糸で繋がりあい、ライヴス及び情報をやりとりし、上位個体が下位個体を支配する。
 四国のゾンビ事件に関わったことのあるエージェントならば、敵が直接見聞きしていない情報も知っている、という場面に遭遇したことがあるはずだ。
『誰かひとりにでも発見されたら……、知れ渡ってしまう、ということでしょう?』
 アルヴィナ・ヴェラスネーシュカ(aa4969hero001)もオーロラ色の青い瞳に笑みを浮かべる。
 氷雪を司る彼女は、温暖な四国でも氷の気配を纏っているよう。
「ハイネは、そおっと、そおっと、忍び寄るの~。軍曹さんにしようかな」
 黒ミサにでも出るかのようなぶかぶかの黒い上着で、灰猫(aa5201)は大きな猫耳をぴこぴこさせた。
『猫は夜行性だからねぇ』
 追走者(aa5201hero001)(ティン・タロス)は、ずっと人を小馬鹿にしたようなにやにや笑いを浮かべている。ともすると誤解を受けそうだが、これが地顔らしい。
『飯塚夫妻が統率者だとすれば、まずは潜伏で近づくのが基本だが、発見されたあとは陽動に回らせて貰おう。積極的に姿を現し、夫妻の目を惹きつける』
 赤褐色の肌に燃えるような赤い髪をした背の高い女性、フェニヤ(aa5018hero001)は、銀の瞳に好戦的な光を宿す。
「……ふぇにや、冷静であるな」
 御剣 華鈴(aa5018)の様子から察するに、これでも普段よりは冷静に戦況を分析した結果であるようだ。
『野性の赴くままに戦うことこそ我が喜び。……だがそれで常勝できるなら、我がこの世界に来る道理はない』
 フェニヤはこの世界に来たとき、何かの理由で致命傷を負っていた。
 それは戦いを好み、常に全力で事に当たるフェニヤでさえも、なんらかの理由で敗北したということ。
 だからフェニヤは普段は幻想蝶内の鍛練場で、己を鍛えている。
「やられた分はやり返す! 飯塚マジ許さん……!」
 ぎりぃ! と歯噛みをするのは、雨宮 葵(aa4783)。
 黄色から青への美しいグラデーションの髪を持つ、インコのワイルドブラッドだ。
 前回の大窪寺では飯塚二尉と遭遇し、足場の悪い森の斜面とはいえ取り逃がし、しかも遠くから射撃されて被弾した。
(移動と回避には自信があったのに……!)
 次に会ったら、どんな手を使ってでもやり返してやる! とあれから機会を窺っていたのだ。
『ん。……やられっぱなしじゃ、いられないね』
 燐(aa4783hero001)も同意する。
 その穏やかな笑みの裏には、暗殺者としての厳しさがある。特に葵の修行時には、容赦がない。
「敵は予想されていた通り、飯塚夫妻と穂篠軍曹か……」
 沖 一真(aa3591)は自身の経験と報告書から、感染者を脱走させて操る、というやり口が朱天王的だと考えていた。H.O.P.E.側の予想もほぼ同じだったようだ。
 かつて陸上自衛隊の駐屯地で飯塚二尉が事件を起こしたとき、一真も戦った。結果、飯塚、穂篠の両名の確保には成功したが、捕らえた時には意識が混濁していて、とても何かを聞き出せるような状態ではなく、悔しい思いをしたのを憶えている。
 彼らが収容された病院から脱走し、大窪寺で結界の要の爆破に関わり、いままた朱天王の活動していた徳島に現われたのはなぜか。
『朱天王が関与してる可能性は薄いけど、感覚を共有してる可能性はあるよね……』
 月夜(aa3591hero001)も朱天王の配下とは何度も遭遇してきた。
 ライヴスニューロンの研究結果が発表される以前から、彼らが自分たちとは違う方法で見ていることは薄々知っていたけれど。
「御屋形様は、どちらにいかれますかっ?! 御一緒いたします!!」
 がっしゃがっしゃと鎧を鳴らし、三木 弥生(aa4687)がやってきた。
 骸骨の鎧となった三木 龍澤山 禅昌(aa4687hero001)は相変わらずの弥生を見てくかかと嗤う。
「俺は飯塚夫妻にあたろうと思う……」
 この時点で、大体メンバーのの行く先は決まっていた。
 問題は、誰かひとりにでも発見されれば、統率している飯塚夫妻にも知れ渡ってしまうということ。
 よって計画としては、敵に遭遇するまでは全員で隠密、遭遇した場合は分かれて速攻だ。 



「公園に感染者ね、まあ、街中を徘徊されるより面倒が無いか……」
 仲間の最後方を歩きつつ、鋼野 明斗(aa0553)は溜息をつく。
 ドロシー ジャスティス(aa0553hero001)は、新調したてのスケッチブックに太字のマジックペンできゅっきゅっと何かを書いている。
 ちなみに前のスケッチブックは、任務途中に爆発に巻き込まれて黒焦げになって飛ばされた。
 真っ白なスケッチブックを持って、ドロシーはいつもよりご機嫌である。
 書いていた文字を、意気揚々と掲げてみせる。
『(迷える子羊を救うのです!)』
「迷えるというより……血迷ってなきゃいいがな」
 やる気で目を輝かすドロシーをやや冷めた目で見やりつつ、そういえば、と明斗は問う。
「今回は敵をやっつける、じゃないのか?」
 きゅきゅきゅっ、ともう一度新しい紙の上を太マジックが走る。
『(弱きものを救うのは正義!)』
 どうやら、ドロシーにとっては、正義にも優先順位があるらしい。
「そっか、そっか。んじゃ行くか」
 明斗が軽く笑むと、ドロシーも力いっぱいうんうんと頷く。
 ふたりは共鳴し、『弱きもの』を救う戦いに備えた。

「厳戒態勢の中を歩いている人って、感染者だと考えていいんだよねっ?」
 飯塚夫婦組の六花は共鳴し、モスケールを起動して周囲を探りながら、斜面上方の森の中を先導する。
 公園に続くドライブウェイ沿いは、感染者が徘徊している。
 エージェント達はそれぞれに共鳴して一旦周囲の森に入り、軍曹・感染者対応組と、飯塚夫婦対応組に分かれた。
 六花のゴーグルに映る光点は、どれもさほど強くはない。
「まともな人間ならば、血塗れのナイフを持った病院着の患者のうろつく夜の公園を散歩しないだろう」
 華鈴は繁みから公園側を窺いながらそう考察する。
 患者たちは、皆一様にナイフを持ち、そしてそのナイフは血塗れだった。
 既に犠牲者が? と最初は訝ったが、患者達のナイフと逆の腕には、乾いた血がこびりついているのだ。
「感染用かな。以前の切り裂き魔事件のときと同じ」
 そう一真は考察した。
 以前に詩織の関わったとされる切り裂き魔事件では、感染者達が自分の血をナイフに塗りつけて感染を広げた。
 そうでなくとも、華鈴の言うとおり血塗れのナイフを見ると普通の人間はギョッとするはずだ。威嚇用かもしれない。
「御屋形様、『鷹の目』も飛ばしてみましょうか?」
 周囲50sqを網羅できるモスケールでも、なかなか夫妻の位置は見つからない。
 弥生が一真に訊ねると、一真はああ、と頷いた。
 ツラナミを真似て、夜に飛んでいても不自然でない、フクロウを生成する。
 弥生の合図に合わせて、猛禽は夜空へと羽ばたく。

  
「ほら、また来たわ」
 かすかな羽音を聞いて、詩織は暗い空を仰ぎ見た。
「あなたの射撃、見せて頂戴。暗くても関係ないわよ。音をよく聞いて」 
 飯塚は妻の言うとおり、肩に掛けていたライフルを構える。
 直後、夜の公園に銃声が響き渡った。


「……くっ!」
 同調していたフクロウをやられた弥生は、衝撃を受けたように思わず膝をついた。
「大丈夫か、弥生!」
「申し訳ありませんっ! やられました……っ」
 案じる一真に対して、弥生は思い切り詫びる。
(読まれていた……?)
 飯塚は、自衛官時代も射撃の腕はトップクラスだったと聞く。
 しかし、特殊な力を分け与えられた感染者となることで、さらなる力を得ているのだろうか。尋常ではない。
「大変ですー!」
 六花はライヴス通信機を取り出し、別働隊に連絡を入れる。


「あー……、銃声。したね。あっちが親玉か……」
 連絡を受けたツラナミは、さも面倒そうに受け応える。
 こちらは森を突っ切って、斜面下方に辿りついたところだった。
「で……。どうする。そっちは突入すんの。じゃあこっちも、軍曹が確認できてないが陽動で出るかね……」
 さっき見たときはこの辺だったんだがな、とツラナミはぼやく。
 連絡内容を聞いた葵は、心底悔しそうに地団太を踏んだ。
「くそう、飯塚め、ぶん殴りたい……!」
 直接ぶん殴りたいのはやまやまだが、人員配置のバランスを考えて感染者対応にした。
 しかし、仕返しを完全に忘れたわけではない。
 通信機で連絡を取りつつの合図に合わせて、手筒花火を持って繁みから飛び出す。
 1メートルほどもある太い竹筒に、花火用火薬が詰まっている。点火すると、大きな火柱が上がる。
 リンカーだからダメージは受けないが、降りかかって来る火の粉は熱い。
 それを葵は周囲にいる感染者を威嚇するように、斜め持ちでぶん回す。
「やっほー!今日も元気にゾンビしてるー?」
 見えるところにいる感染者は三人程度。
 目立てばもっと寄って来るに違いない! とばかりに派手に火花を揚げながら陽気に叫ぶ。
「愛なんて下らない感情のせいで、ここで撃破されちゃうなんて馬鹿だよねー?」
 目の前にいるのは感染患者。しかしライヴスニューロンで繋がっている以上、どこかで飯塚も聞いているはず! と信じて煽る。
「たいして役に立たない噛ませ犬も、大人しくしてればもっとゾンビを楽しめたかもなのにー」
 ドンッ! と手筒花火の最期の見せ場、「はね」と呼ばれる手筒の底の爆発が起こる。火の粉が舞い散る。
 筒を回転させて衝撃を殺しながら、周囲を見渡す。
 四人、……五人。でもまだ遠い。
 一体ずつ捕獲するしかない。
「ハイネも、応援するよ!」
 共鳴した灰猫は、髪が伸びるだけでなく、性格も活発に、攻撃的になるようだ。
 ときどき四足歩行で素早く走りながら、捕獲網を投げつける。
 外れることもあるが、いくつかは成功する。網は沢山持って来ているので、それで充分。
 カプセルから飛び出した網が、ぱっと広がったあと、対象者を絡め取るようにギュッと巻きついた。

 そのころ明斗は、来た道を少し戻って、公園の外側を単独でうろついている感染者を一体ずつ捕獲していた。
 静かに後ろから忍び寄り、素早く腕を捻り上げてナイフを奪いながら地面に引き倒す。
 持参したアイマスクで視界を塞ぎ、登山ロープで物陰に縛り付けておく。
 なるべく、こちらの情報を相手に与えないための方策だ。
 どんな相手が、どこにいるのか。
 見える敵ほど、見えないことが脅威になるに違いない。

 ツラナミは、繁みの中を足音を立てずに移動しながら、穂篠軍曹を探していた。
 彼も飯塚二尉と並んで、元自衛隊員だ。警戒するに越したことはない。
「こっち端からは、見えないとこにいんのかねえ……」
 S公園の南側は崖になっており、南西側からは回り込めない。
 しかし二羽目の『鷹の目』が撃たれたのだとしたら、一羽目の時点で感づかれていた可能性もある。
 灯りに淡く照らされた南端の広場には、感染者はいない。
 無人の芝生が、広がっている。
 ツラナミは、そこに一歩踏み込む。
「さて、どう追い込むか」


「ただ何もなく待ち構えているとは限りません……なのでこちらも出来うる限りの対抗を!」
 弥生はスキル【罠師】を発動し、皆の先陣を切って駆ける。
 魔法の罠は発見できないが、朱天王とその配下がいままでに魔法トラップを使ったことはない。
 発見した感染者には、板チョコシールドで突進し、内側のチョコ収納スペースに隠した捕獲網で、盾ごと相手を捕獲してしまう。
「まだ奥の広場にある展望台に、いるといいなー」
 六花も『モスケール』で周囲を警戒する。
 ぽつり、ぽつりと弱い光点は、感染者達。
『ぬしらは真の敵ではない。しばし黙っておれ』
 華鈴の投擲はなかなかに正確で、六花の見つけた感染者達を次々に捕獲網で捕らえる。
「なるべく感染者との遭遇は避けて、飯塚夫妻を目指そう」
 こちらの組の目的はあくまで飯塚夫妻、と一真は念を押す。
 夫妻は生死の確認が取れていないが、詩織はおそらく死亡、飯塚は……生死問わず。
『(配下の身体を借りて朱天王が姿を見せるかもしれない……この前みたいに)』
 月夜は共鳴した意識の中で、そう思った。
 暴走グループ、百鬼夜行のリーダーの一人、櫂。
 彼は変身能力と感覚共有を利用して、死ぬ間際に朱天王の姿になって戦って見せた。
 動きすら、朱天王のそれだった。
 あのときと同じことが、今回も起こったら。
「そん時は、一撃をお見舞いしてやるさ」
 朱天王と同じように戦えるのだとしても、本体はそのままだ。
 決して倒せない敵ではない。

「見つけた! 強い光、ふたつ!」
 六花が震えた声をあげる。他の感染者とは明らかに違う強さ。寄り添うように、ふたつ。
 ゴーグルで位置を確認しながら、繁みで死角になるように慎重に近づく。
 発見されれば、『鷹の目』を落としたライフルに攻撃される危険性がある。
 終焉之書を開くと、六花の前方に魔方陣が現われる。背中には、氷の翼。
「当たって!」
 魔方陣から、ライヴスによる氷の刃が放たれる。
 同時にキラキラと輝く氷の鏡が遠方に出現し、氷の刃を乱反射する。
 舞い踊る吹雪のような攻撃から、飯塚夫妻は互いを庇いあうようにして立っていた。薄く透明な刃が次々にふたりの体に刺さる。
 嵐のような攻撃が去ったあと、パキ、パキン、と氷の割れる音がする。
 詩織が、夫の体に刺さった氷を抜いてやっていた。
「大丈夫? 痛くない?」
 それはかいがいしく夫の世話を焼く妻のそのもの。
 けれど飯塚の体から抜いた氷の刃がどれも透明なままで、赤く染まっていないのを見て、六花は戦慄する。
(もう、このひとたちは生きていない!)
 傷跡にも、血の滲みはなかった。
 ゾンビの統率者には、『姿を変える敵』がいる。
 まるで生きているように見せることができるが、死体であった場合、血が流れることはない。
 詩織にもいくつもの氷片が刺さっていたが、まったく意に介していなかった。
「私のほうも平気よ。もう暑いくらいだから、すぐに溶けるわ」
 自分には構わず、夫のほうを丹念に抜いてやる。
 詩織の白いワンピースも、白いまま。
 その白さが、彼女が本当は死体であることを物語っていた。

「両名とも、死んでいるのか。生者の真似事などを」
 華鈴がAK-13を構える。しかし飯塚は妻の手を引いて、さっと近くの繁みへと身を隠した。
「逃がすか!」
 すかさず彼らが隠れた繁みを撃つ。しかし、手ごたえはない。
 見失ったかと思う間もなく、別の繁みから銃弾が飛来する。
「させませんっ!」
 ミラージュシールドを装備しなおした弥生が、すかさず防ぐ。
 いつにも増して、弥生の装備は防御一辺倒だ。
「……死んでまで……大切な方と共にいたい……。分からなくもないです……でも、それは望んではいけない……!」
 大切な人を想う気持ち、それは弥生にもよくわかる。
 だからこそ、死体となって不自然な生を重ねる彼らの存在を、許してはならないと思う。
「六花も、二人を一緒に終わらせてあげたい」
「終わらせてやろう、俺達の手で」
 一真は二人に声を掛ける。


「大丈夫よ。私達はふたりだけじゃない」
 繁みに身を隠しながら、詩織は夫を宥めるように言う。
「呼びましょう、味方はまだ、どこにでもいるの」


 感染患者達がふと呼ばれたように踵を返すのを、灰猫も見ていた。
 広場の向こうで、こちらを窺っていた影がいくつか消える。
「どこかにいっちゃう……? 追うの~」
「追うんだったら、任せろー!」
 不安そうな灰猫の声に応えるように、葵は元気いっぱいに走り出す。
 広場の階段を上がり、公園の中央を通る遊歩道を上がると、そこには十数名の感染者が夢遊病のような足取りで集まってきていた。
 あとから灰猫と明斗も階段を上がり、そこが飯塚夫妻のいた東の展望台広場だと知る。
「気をつけろ! 飯塚の射程内だ!」
 一真の声が葵の通信機から響く。声の主は、広場の向こうの繁みにいるようだった。

 慌てて物陰に隠れようとするエージェント達を見て、詩織はふふ、と嗤う。
「射撃を見せてあげてもいいけど、貴方たちがいちばん困るのは、こういうことよね?」

 ひとりの感染者が、持っていたナイフをゆらりと持ち上げる。
 誰を攻撃するでもなしに。付近にエージェントはいない。
 そのまま自分の首筋に当て、撫で付けるように振りぬく。
 ぶしゅっ! と大きく血飛沫が上がり、あたりが赤く染まる。
 丸太が倒れるように人間の体が倒れる。
「そう来たか!」
 明斗はすかさずケアレイの光を飛ばした。
 頚動脈切断は、ものの十数分で失血死を引き起こす。
 だが、治癒の力が、早いうちに動脈だけでも出血を止められれば。
「ナイフを取り上げろ! 多少怪我をさせても構わない! 同じことがあれば、全員は助からない!」
 倒れた感染者に駆け寄った明斗が叫んだ。
 幸い、首からの出血は止まり、息もあるようだ。気を失っているのは、失血のためだろう。
「自殺っ? とか、駄目だよー!」
 六花は終焉之書を開き、感染者がナイフを持った手を凍らせる。
「自殺じゃない、殺されかけたんだ!」
 一真の【幻想蝶】によるライヴスの蝶が一気に群舞し、あたりにいる感染者達の動きを止める。
 華鈴のAK-13がナイフだけを叩き落し、弥生も必死で捕獲網を投げる。
 葵は怒涛乱舞を使い、周囲で動きを止めた感染者を一気に捕獲する。

 ダダダダダダッ! と突然、前方の森の中からマシンガンの銃弾が掃射された。
 虚を突かれたエージェント達は次々に被弾し、一部は拘束済みの感染者にも命中する。
「御屋形様っ!」
 弥生はぐっと奥歯を噛み締め、義歯型障壁発生装置でバリアを展開した。
 大切な人を護るべく、体を張る。
 いつも身につけている武将の鎧も、きっと自分とあるじを護ってくれるはず。
 一真も錫杖を掲げ、弥生ごとプロテクトフィールドを展開する。
 そして掃射は、始まったときと同じく――突然に終わった。

「やれやれ、伏兵探すのも一苦労だな」
 森の下生えの上には、サブマシンガンごと血塗れの右腕が転がっていた。
 ツラナミは、どこかに潜伏しているはずの穂篠の捜索を続けていた。
 もう一方の班の『モスケール』に穂篠が反応したという報告はなかった。
 であれば、捜索範囲は限られる。
 身を隠せる場所も、伏兵として攻撃できる場所も。
 穂篠は既に女郎蜘蛛のスキルで動けないが、それでも残った左腕でナイフを抜く。
「腕一本で、やめとけよ……」
 苦虫を噛み潰すように言い、三日月宗近を流れるように操る。
 すでに血糊で染まった刀身が、ナイフを掴んだ左腕をも切り落とした。
 無表情で見下ろしたツラナミは、ぽつりと呟く。
「……ま、病院に持ってけば48時間以内なら繋がるって言うしな」

 ぱちぱちぱち、と血で染まった広場に拍手が響く。
「さすがね。降参するわ」
 出て来たのは白いワンピース姿の詩織と、迷彩服姿の飯塚二尉。
「ほら、武器だって捨てて来たのよ」
 詩織はくるりとターンしてみせる。
 続く飯塚も銃器類を身につけてはいないように見える……が。
「汝らは既に罪人。赦される道などない」
 華鈴は、仕えているお嬢様から譲り受けたという剣を油断なく構える。
「もう、やめてください!」
 弥生は『屈みよ鏡、鏡さん』を掲げて詩織の前に出る。
 それは盾でありながら鏡。弥生の映したいものを映す。だから必死で念じる。
(鏡さん、彼らに真実の姿を、見せてあげてください……!)
 飯塚は盾から妻を庇うように立つ。
「貴殿は……こんな事をして、本当に幸せなのですか? 多くの命を奪っただけで飽き足らず、仮初の自分を魅せて、上っ面だけの幸せを望む……。そんなにも貴方は! 死を受け入れられないのですか!!」
「だって私、死んでないもの」
 弥生の叫びに詩織は、さも当然のように応える。
「私は生きてここにいる。なぜかしら。なぜだと思う?」
 心底詩織は、不思議そうだ。

 シャン……と一真の錫杖が、澄んだ音を立てる。
『あなた達を絶望の楔から、解放してあげます』
 月夜がそう言った。願いだった。
 彼らは朱天王によって死を迎え、死んだあとも迷い続けている。
「夜景をね……、そう、夜景を見たいと思ったの……ふたりで」
 詩織と飯塚は手を繋ぎ、寄り添うように展望台に向かう。エージェント達に背を向けて。
「……最期にね」
 華鈴の疾風怒濤が。一真の錫杖が。六花の終焉之書からの氷の嵐が。葵の妖刀が。
 同時に二人を狙う。
 願わくば。
 苦しまずに、確実に逝けるように――



「朱天王、俺はお前を逃さない。包囲網から逃れられると思うな」
『沢山の人を闇に堕とした罪、必ず償わせるから……』
 一真と月夜は、詩織達に言うはずだった言葉を、徳島の夜景に向かって呟いた。
 ダメージを負った仲間は、明斗の治癒スキルで治療を受けている。
 前回は香川の山奥。今回は徳島市。
 首領である朱天王自身は、次はどこへ……?

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • エージェント
    ツラナミaa1426
  • 御屋形様
    沖 一真aa3591
  • 絶対零度の氷雪華
    氷鏡 六花aa4969

重体一覧

参加者

  • 沈着の判断者
    鋼野 明斗aa0553
    人間|19才|男性|防御
  • 見えた希望を守りし者
    ドロシー ジャスティスaa0553hero001
    英雄|7才|女性|バト
  • エージェント
    ツラナミaa1426
    機械|47才|男性|攻撃
  • そこに在るのは当たり前
    38aa1426hero001
    英雄|19才|女性|シャド
  • 御屋形様
    沖 一真aa3591
    人間|17才|男性|命中
  • 凪に映る光
    月夜aa3591hero001
    英雄|17才|女性|ソフィ
  • 護りの巫女
    三木 弥生aa4687
    人間|16才|女性|生命
  • 守護骸骨
    三木 龍澤山 禅昌aa4687hero001
    英雄|58才|男性|シャド
  • 心に翼宿し
    雨宮 葵aa4783
    獣人|16才|女性|攻撃
  • 広い空へと羽ばたいて
    aa4783hero001
    英雄|16才|女性|ドレ
  • 絶対零度の氷雪華
    氷鏡 六花aa4969
    獣人|11才|女性|攻撃
  • シベリアの女神
    アルヴィナ・ヴェラスネーシュカaa4969hero001
    英雄|18才|女性|ソフィ
  • 我ら闇濃き刻を越え
    御剣 華鈴aa5018
    人間|18才|女性|命中
  • 東雲の中に戦友と立つ
    フェニヤaa5018hero001
    英雄|22才|女性|ドレ
  • エージェント
    灰猫aa5201
    獣人|14才|女性|攻撃
  • エージェント
    追走者aa5201hero001
    英雄|18才|女性|カオ
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