本部

WD~エヴィルスメモリー~

鳴海

形態
ショートEX
難易度
易しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
少なめ
相談期間
4日
完成日
2017/06/26 14:38

掲示板

オープニング

●森の中に佇むお城
「あ~、ここホンマ、おばけでそうやなぁ」
 そう車から降りたECCOは真っ先にそう告げた、薄手のカーディガンの上から体をさする。
「ECCOさんはおばけ怖い?」
 そんなECCOに春香は尋ねる。春香は怖いのは平気……ではないのだが、怖い目にあう瞬間までよくわからない、と言ったことが多々ある。
 つまり想像力が薄いのだ。
「うーん、あったらあったで楽しそうやし、まぁええけど、でもやっぱり女の子としてびっくりしてまうわ~」
「らららら?」
 そう告げてECCOは走り寄ってきたerisuを肩車する。
「うーん、そんな状況で一週間の撮影か。大丈夫かな」
「大丈夫やろ、つよーいリンカーさんたちがついれくれてはるしぃ」
 そう揚々とECCOは城の中に入っていた。
 中はやはり埃っぽくはあったが綺麗で。火をともせばサゾカシきれいに映るのだろうという階段が見えた。
 半月型に展開され、両脇から上ることのできるタイプ。奥にはダンスホールがみえ。さらにその先に王の間があるらしい。
「うわ! 怖いけどめっちゃロマンやん、うち。意外とあーるぴーじーの、中世ヨーロッパなかんじすきやで」
「私もだ! ああ。こんな風に本物のお城が見られるなんて思わなかったなぁ」
 そう春香は目をとじて想像する。自分がドレスを身に纏って、この階段から優美に降りてくるところ。
「あ、でも友達から魔法少女のコスプレ? とか言われそうだからいいや」
 そう妄想を振り払うと春香はECCOの後ろを追った。
 彼女は好奇心旺盛で。
 ダンスホールを観た後は、客室や娯楽室、書斎、バルコニー、見張り台。物置。等見て回る。
 地下室はさすがに汚く蜘蛛がうじゃうじゃいて、悲鳴を上げたが。
 他の場所はとっても綺麗で、くつろぎやすい場所だった。
「暖炉に火をともして、ほんとか読みたいな?」
「らら! ピアノなの。弾く? 弾きたい!」
 erisuは日本よりこの環境の方が元気になるのかはしゃぎっぱなしである。
 そんな中、娯楽室にECCOが大量の荷物を運びこんだ。
「うわ。これだれの?」
「うちの」
「うわ。これどうするの?」
「みんながきるんや」
「うわ。大変そうだね」
「春香ちゃんもきるんやで?」
 その言葉に春香は固まった。


● 題材となる作品について。
 今回皆さんに撮影協力していただく『ブルーブラッドヴァンパイア(BBV)』はメディア展開前提で作られた作品群です。
 ノベルゲーム。アニメ。舞台。VR。謎解きゲームetc。
 しかも大手スポンサーの中にはグロリア社の名前が刻まれています。遙華としてはこけるわけにはいかない一大事業です。
 内容としては、皆さんの時代の百年後くらい。
 ライヴスが枯渇し、一気に文明が中世まで戻った社会で吸血鬼が蘇り、人間を支配しようと動き始める中。
 その吸血鬼の一族と、それにかかわる人間達。科学の要素も加わって印象としては海外ドラマのような複雑なドラマが展開されます。
 今回の作品はセイントメモリー側の主人公である青い血のヴァンパイアの誕生、その礎になったお話です。

~あらすじ~
 吸血鬼は太陽の光や十字架を克服するために、人との混血のヴァンパイアを作り出すことに躍起になっていました。
 そのために夜毎開かれるのは舞踏会。主催は城の主で女王と呼ばれる存在。
 彼女の権限でヴァンパイアと人間が逢瀬を繰り返す、魅惑の夜会がここなのです。
 そこにある日沢山の人間たちが運び込まれます。
 皆一様に若く麗しいのですが身寄りがないことだけが共通していました。
 その子たちは皆風呂に入れられ、煌びやかな衣装を着させられると。夜会に赴き、様々な恋模様を描くことになるのです、それを見て女王はほくそ笑むのでした。



● PV企画案 春香の場合。
 今回のPV撮影は眩く毒々しい恋愛模様を描くことにあります。 
 なのでこちらのPVは明確に目指すべき物語の終わりはありません。
 ただ、禁断の恋だったり、身分違いの恋だったり。一夜限りの火遊びだったり。
 そう言うアブノーマルな演出を強化するために、自分が演じる役のバックグラウンドを決めていただく必要があります。
 要素が多すぎてもいかせないと思うので、最大二つまで、でしょうか。

・配役属性
『人間』
 連れてこられた、もしくはヴァンパイアに加担する人間です。一番演じやすいのではないでしょうか。
『ヴァンパイア』
 人間と恋しなければならないヴァンパイアたちです。乗り気な者もいれば、気乗りしないもの達もいます。

『姫君』
 人やヴァンパイアでも身分が高いことを象徴する属性です、男性でもいいです。

『連れてこられた子』
 ヴァンパイアの食料か、ハーフを生み出すための肥やしか。連れてこられた子供たちです、基本的に逃げることはできません。

『暗殺者』
 この夜会に紛れ込み、誰かを殺そうと狙う者です。

『恋する者』
 この夜会に好きな誰かがきています、その人の気を引くためにあなたはなんでもしないといけません。

 さらにPV上にあまり登場しない、楽器演奏や演出メインの役職も用意しました。やりたい人がいればでいいのでやってみてください。

『女王』
 夜会を見下ろす女王ですが、ECCOと共に踊ったり、楽器を弾いたりするのがメインです。
 歌の歌詞や演出、ECCOの動きなど用意していただけると助かります。 
 女王は複数いても構いません。


・使用楽曲名『命瞬き恋せよサロメ』
 ECCO自身のヴァイオリンを織り交ぜた豪奢な音の歌。
 重苦しい雰囲気に反してECCOの高音が耳に痛い。
 内容としては、愛するあなたと死のゲームを楽しむ話。
 懐に刃を隠しているのを知っている、私はあなたに飲ませる毒を忍ばせている。
 お互いがお互いに、美しく愛し合った瞬間を心にとどめておくために、死という終焉で今宵を彩ろう。
 ああ、私の思い出の中で永遠に私を愛しておくれ。
 そんな曲です。
 

解説

目標 PV撮影。

 今回は愛憎をテーマとしたPVです、一夜咲いて、一夜で終わるような恋。歪んだ思い、傷つける愛。でもどうしようもない。
 そんな壊れていびつで、腐っていそうな痛々しい恋と愛を演出してください。
 基本的に皆さんは夜の舞踏会で踊り狂っていただくのですが。
 もし余裕があればこんな恋の、愛の終わり方をイメージしてみてください。

・ 許されない恋。
 あなたはヴァンパイアですが身分が低いために人間と子供を作らなければいけません。
 ただあなたを好いている同族がいました。
 けれど身分の違いゆえに二人は結ばれぬ身。
 故にあなた達はその夜に逃げ出します。
 ただ、女王の目を欺くことはできずに、あなた達は凶弾に倒れるのです。

・ 夜明けとともにあなたを殺してしまう愛。
 きっと愛を語らった熱い恋だったのでしょう、その夜はとても楽しく情熱的だったのでしょう。ですが朝になればあなたを殺さずにはいられない、そんな気が狂ったあなたに対して、その人は涙を流して微笑み最後に『いいよ』と告げたのでした。

・ 望みかなうはずがなかった恋。
 あなたは貧民街にいたころに彼女を見たことがありました。
 馬車に乗った麗しき少女。
 あなたは一瞬で恋に落ちました。 
 けれど過酷な環境の中、その輝きも記憶の奥底。
 いつしか手の届かぬ闇の中へ落ちていきました。
 けれどある時。買われて訪れた舞踏会でその少女をあなたは見つけました。
 思い切ってあなたは思いを伝えると、彼女も自分の秘密を教えてあげると告げ。
 あなたに牙を突き立てました。
 あなたは思うのです、その甘い疼きに、その少女と一つに慣れて嬉しいと。
 そんな喜びを。


 と、ここまで来てなんですが、少年漫画に載せられなさそうな描写は控えますので、そこは、よろしくお願いします。

リプレイ

プロローグ

「やだ、私が先生と禁断の愛……??」
 『スヴァンフヴィート(aa4368hero001)』は足を組み替えながら台本に目を近づけた。自分が演じる役に付いて書かれているページ。
 そのページこそスヴァンの欲望を全て詰め込んだ、転職ともいうべき役割。
「……あら、結構凄そうな感じね」
 そう、隣で髪の毛を結ってもらっている『オリガ・スカウロンスカヤ(aa4368)』は台本をぱらぱらとめくった、自分の役についてはすでに頭の中に入っている。
 であれば相棒の役どころを確認し、フォローに入れるよう努めるのは師として当然だろう。
 だがオリガは気が付く、スヴァンの目が鏡に映る自分を見ているわけではないことを、遥か彼方のどこかへスヴァンはトリップしてしまっていた。
「……スヴァン??」
「あんなことやこんなこと……」
 オリガが心配になって尋ねても彼女は戻ってこない。
「中々にダークな世界観ね。いいわ、好きよ。こういうの」
 そんな衣裳部屋に突如として現れたのは『小鳥遊・沙羅(aa1188hero001)』である。セイントメモリー側の友達をからかおうと控室に突入してきたのだが……からかわれたのは彼女のようで、いつの間にか、ゴシックロリータな服装に着替えさせられている。
 それをみて『榊原・沙耶(aa1188)』は溜息をついた。
「小鳥遊ちゃーん」
 甘い声で囁きつつも、動きは素早く這い寄る混沌。
 沙羅の手を素早く取ると、えいっという掛け声とともに共鳴の光で沙羅を包んだ。
「って、何よ沙耶……え? 私お留守番? 何でよ! ECCOとも久しぶりなの……」
 沙羅の声は沙耶に飲み込まれて消えた。
 その直後入室してくるのがECCO。夜を思わせる重たい色のタキシード。銀のアクセサリー。無機質さを感じさせる男装の麗人姿で皆の前に立った。
「撮影の準備がととのったで!」
 沸き立つエヴィルスメモリー陣営。準備ができた者から移動を始める。
「物語を始めよう、ってやつだね」
『木霊・C・リュカ(aa0068)』がそう『紫 征四郎(aa0076)』に手を引かれながら告げると、『ガルー・A・A(aa0076hero001)』が肩を叩く。
 今まで体感したことのないような、謎の興奮が胸のうちにあった。
「……」
 まぁ、その傍らで『オリヴィエ・オドラン(aa0068hero001)』は不服そうに台本を睨んでいるのだが。

第一幕 歪な夜。

 高く響く不協和音。ガラス細工のような繊細な音程。
 パイプオルガンの音が鈍く響き、夜は不気味さを増していく。
 靴音打ち鳴らす石畳も、打ち鳴らすグラスに映る人の顔も。
 全ては白々しく、ひどくノイジーに君の脳裏に突き刺さる。
 今宵の晩さん会は、それだけに歪。かみ合わないピースを繋げて無理やり一つの絵を作ったような、夜の社交場。
 それ故に普段起こりえない事件が起きてしまうのは、致し方ないことなのかもしれない。
――たとえば、仮面に隠した素顔。
 女王が告げると『九重 陸(aa0422)』は木陰に身を隠した。視線の先には沢山の男性に囲まれる『オペラ(aa0422hero001)』
――たとえば、若さに呪われ、血を欲する哀れな姫君。
『月鏡 由利菜(aa0873)』がぎらつく刃を袖に忍ばせた。
――たとえば、壊れた人形と、空っぽの心に引き寄せられるヴァンパイア。
『アル(aa1730)』と『雅・マルシア・丹菊(aa1730hero001)』が背を合わせて映し出された。
 視線は見えない。口元から下がうつされて二人は空に手を掲げた。
 そんなアクターたちを女王は二階から見下ろす。
 吹き抜けの下は大ホール。手すりにもたれかかって女王は指を折り曲げた
 そんな姿をただ見下ろす女王の方にECCOが手を置いた。
 闇の底のように怪しげに彩られたドレスを翻し。マスカレードで顔を隠しながら沙耶は振り返る。
 姿は幼い少女だが、中身は冷静さを失わない大人の魂。
 そのアンバランスさが瞳に現れ、見開いた瞳は宝石のように夜を映す。
「無謀の神が織り成す、一夜限りの舞踏会。愛と狂気の物語を、ご堪能ください」
 そう、恭しくお辞儀をする女王。豊かな胸が弾むように揺れた。

   *   *

――夜に走る馬車は、普通の馬ではありえない。影のような歪な馬だけが夜を走ることができる。そんな不吉な馬たちに引かれた馬車が普通であるはずなど無く。
 中に詰め込まれているのはわけありの人々だけ、若いも老いも。男女も関係のない生贄たち。
 悲しいことに皆正気とは思えない光をその目に宿していたわ。
 
 そしてその馬車は山道をひた走り、豪奢なお城の前で歩みを止める。ひとりでに開く扉。連れてこられた新たな世界を感じながら、皆恐る恐る石畳を踏みしめる。
「ここが、舞踏会、俺の命を負える場所か」
『狒村 緋十郎(aa3678)』は重苦しい声を場内に差し向ける。その背後からは『バートリ・エルジェーベトの再来』と名高い由利菜が続く。
 悲しいことに彼女は、人間でありながら生き血を啜り、若い娘たちの命をただ浪費した罪で、吸血鬼へと売られた哀れな娘。
 ただ、その目はまだ野望を諦めていないよう。
 鋭利な輝きを帯びていた。
 対してレイ。少年にも少女にも見えるその子の瞳には色も感情も存在しなかった。
「ここで、一夜限りの相手を探すのですか? それは品性下劣な発想ですね」
 そう告げたのはオリガ、彼女も身分の高い家出身だったけれど、それが仇となって全うな恋愛をしないままに、今まで生きてきた。
 そんな彼女たちが通されたのはまずドレスルーム、商品は綺麗に飾らないと、そう言いたげな執事が無言で皆を装飾していく。
 ただ、オリガだけはやけに赤い、真っ赤なドレスをその身に纏わせられた。
 
――そして舞踏会に新たな贄が送られる、退屈になれた吸血鬼たちを高揚させるには十分だったわ。

 二階の手すりにもたれかかった、リュカとガルーは連れてこられた人間たちを眺める。
 二人はそんな人間たちを蔑み揶揄して気を紛らわせたが。
「今は人と吸血鬼の間に子を作るのが流行と聞いたが。なるほど、確かに悪くはないな」
 ただ。ガルーの目に留まる人物がいた。
 ガルーはその手の血のように赤いワインを飲み下すと、リュカに手を振って下の階へと降りる。
 足早に、まるで早い者勝ちを告げられた子供のように。
「彼はいったいどうしたっていうんだろう……」 
 興味惹かれるほどの人物がいるとは思えない、そう再び視線を巡らせるリュカ。その背後へ声が浴びせられた。
 振り返ればそこにいたのは女王御一行。従者のように征四郎、『レミア・ヴォルクシュタイン(aa3678hero001)』そしてガブリエルをつき従えたこの夜会の最高権力がそこにいた。
「また、つまらなさそうな顔をしていますね。リュカ」
「やぁ、今日もおめかししているの? 紫のお嬢さん」
 そう挨拶をかわす2人。何度目だろう。二人がこの場で顔を合わせるのは。
「また、お忍びかい? お父様が怒るんじゃ」
 リュカは視線をそらしながらそう告げる。
「女王様の公認ですから」
 そう、少女は女王を見やる、するとガブリエルが釘を刺した。
「黙認だ。勘違いされないように。それに今宵の夜会の意味を理解せずにここにいることも黙認している、それを忘れてほしくはないな」
 歯噛みする少女。全てを見透かされている。
 だが、その言葉はこの場では口にしてほしくなかった。
 まるで禁句でも囁かれたようにおてんば娘は視線を吊り上げガブリエルを見あげた。
 レミアはそんな光景にため息をつく。
「そんな怖い顔をしていては、美人が台無しだよ?」
 そうリュカが声をかけると、少女の顔は希望を囁かれたように華やいだ。しかし。
「ほら、いつものように妹のように笑ってみせてくれないかな」
「私は一人前のレディーです!」
 そう怒る征四郎に、笑ってその場を後にするリュカ。
「ガルーを追いかけるよ、面白い物が見れるかもしれない」
「もう、つれない! 今にきっと、とびきりの美人になってみせますからね」
 真っ白なドレスを翻して、去り際のリュカへそう告げる征四郎。その胸の恋が、彼への態度を素直にさせてくれない。
「あなた、どうしてそこまでするの?」
 そんな征四郎におもむろにレミアが尋ねた。
 彼に恋しているのは明白。そしてその恋を実らせるために彼女は夜会に毎回忍び込み、振る舞いを覚え、化粧を覚え、華やぐための努力を惜しまない。
 その気持ちがレミアには分からなかった。
 だがその言葉に、征四郎はあっけらかんと答えてしまう。
「大好きな方の為に努力するのは当然でしょう?」
「そう言うもの?」
 レミアは首をひねった。彼女には恋というものが分からなかった。
 そんな恋知らぬ少女を見つめる視線があった。
 踊り場に身をひそめようと、体を小さく、小さくする男。
 胸に手を当てシャツをかきむしる。顔が真っ赤に染まっていた。
「二度と会えぬと思っていた。ずっと恋焦がれていた」
――あの一瞬の光景が目に焼き付いて離れなかった。
「あの、貧民街で見掛けた馬車上の姫」
――だがその光景は十年前。たった数年であれば納得できただろうが。その年月は彼女を吸血鬼だと断定させるためには十分な年月だった。
「十年前? 眼前の可憐で小さな姫は嘗て見た時と寸分違わぬ十三歳前後の愛らしい姿の侭だ」
 だが人違いである筈が無い。そう拳を握りしめる緋十郎。
「俺が彼の姫を誰かと見間違える筈など……!」
 緋十郎の視線の向こうで、レミアは一人手すりを撫でる。彼女にはこの夜会そうとう乗り気になれないようだ。
「この怪しげな夜会の趣旨は分からんが。今此処で想いを伝えねば。俺は生涯悔やむに違いない」
 だが、どうやって声をかければよいのだろう。そう悩むうちに夜は更ける。

第二幕 燃えたつ恋。

 人気のないバルコニー。夜会の喧騒は遠く、ガラス扉の一枚向こう側。
 その石の柱の影の、誰も誰も見えない場所で
 オリガはスヴァンに壁に押し付けられていた。おそろいの色。赤いドレスで寄り添う二人は一輪のバラの花のように見えた。
「……ねえ、あなたは私をどうしたいの?」
 自分を同じ色に染め、女性であるにも関わらず迫るスヴァン。
 彼女の思惑が知りたかった、何故その瞳は情熱的な色をしているのだろう。
 知りたかった。
「貴女は籠の中の鳥。ここにいても他の男の慰み者になるだけ。私だけのものになれば、永遠に貴女は綺麗なまま。そのままずっと愛してあげますわ」
 そうオリガの膝の間に、自分の膝を差し込んだ。
 そして燃える瞳でオリガの瞳を覗き込む。オリガは気が付いた、彼女もこの激情のやりば。
「けれど私たちは女性同士で」
 戸惑うオリガ、視線をそらす、だがそれをスヴァンは許さない。顎を掴んでこちらを向かせる。
―― 人と恋をするつもりなどなかった。だがそんなスヴァンの目の前に現れたのは凛とした女性。
 オリガはスヴァンの胸をかきむしるような美貌をしていた。その美しさには抗えなかった。
「私は、女王陛下に抗ってでもあなたを手に入れる、この世界のすべてに反旗を翻してでも手に入れる。そんな私の手の中にあることがあなたにとって一番の幸せではないの?」
 そう、スヴァンは甘く甘く問いかける。
 狂おしい位に自分勝手、愛し方すら知らない無加工の愛。しかしそんな思いがオリガの心をゆっくりと溶かしているのもまた事実だった。
 オリガは熱い視線をスヴァンに向ける。自分から向ける。
「踊りましょう。そう言ってくれるなら、私のエスコートくらい、できますよね?」
 そんな二人がバルコニーから消えると庭園には静けさが戻ってくる。
 恋の花咲く宮殿からわずかにそれたそこ。その噴水広場には夜風にあたる少女がいた。
 水しぶきを感じながら夜空に手を差し込んで、星々の光をその身に受ける。夜風に金色の髪をなびかせて、月の光で姿を洗った。
 そんなレミアがおもむろに視線を上げると暗闇へ声を放る。
「あなた、ずっと私をつけているわね? どういうつもり?」
 その言葉にあっさり観念した緋十郎が姿を現した。
 レミアはその姿をみすぼらしいと思った。
 無精ひげを生やした猿のような男。
 そんな男が闇に潜んでいたことだけでも驚きなのに、緋十郎は続けてもっと驚くべきことを告げたのだ。
「お願いだ。どうか俺と踊って欲しい」
 思わずレミアは目を見開いた。
 先ず身の程を知らないと思った。
 そしてねめつけるようにレミアは緋十郎を見る。
「お前、人間ね。けがらわしい。私が人間と踊るなんてありえないわ」
 レミアはこの夜会に気乗りしなかった、そのせいで機嫌が悪いというのもある。
 だが、何より気に入らないのは女王の存在。
 彼女をこの爪で傷つけたなら、どれだけ楽しいか。
 そう様々な対象に殺気をにじませるレミア。
 そんな彼女へ緋十郎はどんどん歩み寄ってくる。
「なによ」
「貴女は俺など知らぬだろうが。俺は初めて見た時からずっと……」
 緋十郎の声が震えた、ためらいと、恐れ。
 人間のくせに今から口にする言葉で何かが変わるのを恐れているのだ。
「……気持ち悪い」
「十年前から。ずっと。貴女の事だけを想い続けていた」
「近寄るなといっているでしょう! ゴミが!」
 直後レミアの怒気が夜を震わせる。闇を支配するヴァンパイアたるもの、触れていなくても緋十郎の頬を切り裂くなどたやすかった。
 血が床に飛び散る。
 だが、ここでさらにレミアは驚くことになる。
 彼の表情には恐怖が浮かぶと思っていた。でなければ怒りや悲しみ。
 でも今うかべているのはどれでもない。
 緋十郎は恍惚とした表情でレミアを見つめていた。まるで神を崇める信徒のようではないか。
「頼む。一夜限りの夢で構わないんだ。俺と、一緒に……」
 レミアは口元を釣り上げて笑う。
 ほんの少しだけ、興味が湧いた。
 そうレミアは笑ったのだ。
「なら、遅れることは許さない。こちらへ来なさい。愚図」
 そうレミアは緋十郎のネクタイを引きながらパーティー会場に戻る。
 今度こそ本当に静寂に包まれた庭園。
 しかし。そこに小さな足音を鳴らして現れたのは少女。征四郎。
 彼女はリュカを探すように視線を巡らせると、甘美なかおりに気が付いて足元を見つめた。
 そこに広がっていたのは赤い水滴。
 それを征四郎は拾い上げるようにぬぐって見つめた。

――少女の中の欲望の目覚めそれはとても甘美で。

「何をしているんだい? お嬢さん」
「ああ、リュカ」
 征四郎を見つけて声をかけたリュカ。征四郎はいつもの笑顔で振り返ってくれるものだと思っていた。
 けれど振り返った少女の頬はほのかに赤く、瞳は潤んで甘くゆるんでいる。
 首を傾げリュカを見る髪の毛から方からこぼれた。
「これはいったい、何という飲物でしょうか。とてもおいしそう」
「…………」
 リュカは黙って、別れが近いことを噛みしめた。
 リュカは彼女の家を知っている。彼女の身に眠る力を知っている。
 人の血が欲しくてたまらなくなる、近しい人間であれば近しい人間であるほど。乾く。
 そんな性質を。
「リュカからも、美味しそうな香りが」
 リュカは悲しみを押し殺して、今まで一度も自分から告げなかった言葉を告げる。
「どうか、一緒に踊ってくれませんか?」 

   *   *

 そんな光景を二階から見守っていた女王である。
 しかしその首元に唐突に刃が付きつけられた。
『リーヴスラシル(aa0873hero001)』が闇の向こうから現れ、チェックをかけたのだ。
「この地方の覇権は我が侯爵のもの。脅かす存在は消し去るのみ」
 だが女王は笑う。さらに別の闇から長い髪を振り乱し、同じくマスクをつけた何者かが躍り出た。
 リーヴスラシルはたまらずナイフを捨てて距離を取る。
 そのまま手すりからの向こうへ身を投げ出してそして彼女は姿を消した。
「役者は出そろったようね」
 そう女王はECCOへと問いかける。
「ええ、全ては歪みの向こうの」
「「青い青い血のために」」
 その青い血の子供のためにささげられるべき宝石がある。
 蒼い炎が閉じ込められた首飾り。
 ただこれは単なる首飾りではなく。持ち主の感情に合わせ炎が揺らめき、持ち主に様々な影響を与えるという。
 それを作り出したのは。女王の側近として名高いガブリエル。
 長髪を高く結い、雄々しく凛々しい。マスターピースと謳われるそんなガブリエルにも。
――歪んだ夜の物語が、降り注ぐ。
 ガブリエルにとって、夜会とは単なる暇つぶしだった。
 自分に参加義務はない。女王に近い存在なのだ、それくらいのわがままはきく。
 かといって興味も持てない彼女が参加する理由としては、自分の最高傑作である首飾り、それが。
 誰と誰の子の元に行くか。
 それを見届けたかったためだ。
 しかしだ、いざ参加してみればガブリエルの中で、帰りたいという思いが強くなっていく。宝石に金に、銀に視線を通していたい。
 美しいだけの彼等、彼女らに、形と意味を与えていたい。
 だがそんなガブリエルにも、夜の毒とは浸みるものだ。
 女王は微笑む、彼女のためにあつらえた、その宝石。それにガブリエルが視線を向けたからだ。
 ダンス会場の雑踏の中ガブリエルは足を止める。
 行きかう人の流れの中に取り残された少女がいた。
 いや、少年だろうか、性別が判然としない。だがその瞳がまるですべてを吸いこんでしまいそうな、暗闇を帯びていることに。
 強く惹かれた。
 それが、レイだった。
 人ごみの隙間からレイを眺めるガブリエル。その目の前で、レイが誰かに突き飛ばされた。あわてて腕を滑り込ませるレイ。
 その時レイの視線がガブリエルを捉えた。だが、レイは何の興味も抱いていないと言いたげに、ガブリエルの腕から逃れ、そして一人立ち上がる、人ごみの向こうに消えようと歩き出す。
「君は……」
 その時ガブリエルは声をかけてしまった。 
 らしくもない。何か語れる言葉があるわけでもない。
 けれど。言葉をかけてしまった。
「あ、その。そんなにおぼつかない足取りで、どうしたのかな? 具合でも悪いとか」
 そうガブリエルはそっぽを向きながらもそう問いかけるすると少女は。
 既製品の笑みを頬に張り付けて小さく会釈した。
 そのまま背を向けるレイ。無防備にさらした華奢な背中をガブリエルはなぜか、自分が繋ぎ止めなければならないと。
 思ったのだ。
「人の邪魔になる。移動を」
 そうレイの手を引くガブリエル。
 その腕は悲しいほどに補足、そして動く意思がない本人に反して体は紙のようで。
 本当に、何もない、空っぽな少女だった。
 ガブリエルは椅子に少女を座らせる。 
 そして、幼子を諭すように語りかけた。
「君もこの夜会に招かれたなら、自分がどうしなくてはいけないかわかっているだろう?」
 ガブリエルはあたりを見渡した。
 ヴァンパイアと人間のハーフを作るという狂った所業。そのせいで連れてこられた人間たちの表情は、表向き華やかだが、その実裏側に恐怖がこびりついている。
 逆にヴァンパイアは選ぶ側だ。彼等は選ばれなかった人間が食料になることを知っている。
 だから。
「すこしは身の振り方を考えた方がいい」
 そうガブリエルは告げた、しかし。
 彼女の口から漏れ出したのは、色のない声。かすれて枯れ果てる直前のか細い声だった。
「君達が何を企んでようがどうでもいい……憎悪さえ、渡さない」
 ガブリエルは目を見開く。
「生きてても無意味。さっさと死にたいんだよ」
 そう告げた少女の耳飾りが揺れる。
 一体何が彼女を襲えば、そう言うわせるほどの傷を、彼女に残すことができるのだろうか。
「それとも貴方が殺してくれるわけ」
 そんな彼女の前から立ち上がりガブリエルは告げた。
「……参った」
 ガブリエルは思った。殺したら負けだ。
 その瞳の価値は生きて、死を実感しているからこそあるのだ。
 だが同時に、その宝石のような瞳を自分の手で輝かせたい。そうも思った。
 この少女の本当の輝きを見てみたい。
 工房にこもりきり、丹念に磨き上げた宝石が、一瞬にして生まれ変わるその瞬間のような。
 そんな煌きを見てみたい。
(……ならば、もっと生きたかったと。生きたくて生きたくて仕方がないと。そう言わせてやる!)
 そう微笑むガブリエル。ゆらり。何かを決意するように首飾りの炎が揺れた。
 ガブリエルが首から下げた、いつかは誰かに捧げるべき首飾り。
 そしてその美しい輝きにレイは初めて興味を示した。
「それ何?」
「コレかい?」
 ガブリエルは語った、この首飾りは新たな時代を築き上げるハーフヴァンパイアにささげられるべきものだと。
「ただ、私はこれを女王には私たくないと考えているんだ、きっとふさわしい者は他にいて、そしてその人物は私が見つける」
「なら貴方の命が危ないんじゃ……」
 レイが首をかしげた。
「それはお互い様だよ」
 ガブリエルはレイの手を取る。そして語りかけた。
 このままここにいれば死んでしまうこと、命を無駄に使う必要はないこと。
「けれど僕の命にもう値はついていないから。だから、どこでどんな風に死んでも全部同じ、君たちに僕の感情を渡さなければそれでいい。僕はこのまま、ただ消えるように死にたい」
 そんなレイの瞳を見て。ガブリエルは優しく微笑んだ。
「なら、その死を私に預けてくれないか?」
「え?」
 意味が分からず首をかしげるレイ。
「きみの最後は、私にみとらせておくれ」
 その言葉にレイは目を見開いた。ガブリエルはレイにの手の甲をなぞって告げる。
「きみが幸せになるまで、どんな手段を使ってでも生かす。それまでは……」
 その時青い炎が、燃え上った。
 次いで聞こえたのはソプラノの小さな笑い声。
「っふふ、なにそれ……プロポーズ?」
 こうやってレイは笑うのだ。そうガブリエルは目の前の光景を見て感動した。
 瞳に光が宿る。
 まるで真っ暗な闇の中で北極星を見つけたような、そんな輝き。
――それは、終わりを約束してくれたことによる安堵と。未来を見てみたいという望みによるものであった。
 ガブリエルはレイの手を取って立ち上がる、身長差の違う二人は戯れあうように手を取って、そして。
 曲調の変わったダンスホールへ躍り出た。
 
第三幕 歌と舞と

 夜も日付変更点を迎えた間際。
 一番の盛り上がりを見せるそのダンスフロアで一人の青年が佇んでいた。
 ガルーは周囲に群がる女性たちを一周する。
 同族の許嫁がいるからそう言って周囲の人間をどかせた。
 彼は身分の高いヴァンパイアの貴族。本来であればここに来る必要もない。
 戯れだ。暇つぶしだ。
 後は稀に掘り出し物を見つけることがあるからだ。
 たとえば、あの褐色の少年。
「こんなところにいたのか、逃げることなんてないだろうに」
 そうガルーは告げると、オリヴィエは振り向いた。その唇には紅が引かれ見ようによっては女性にも男性にも見える。
「いや、逃げるだろう、何故俺なんだ」
 そう戸惑うオリヴィエにガルーは歩み寄り、そして逃げ道をふさぐように壁に押し付けた。
 オリヴィエの頭の上に両腕をついて軽くため息を漏らす。
 オリヴィエは決して警戒心は解かない、そんな強い意思を瞳で伝えるためにガルーを見あげる。
 そんな二人の間に数秒間の無言が横たわり、そして。
 最初に口火を切ったのはガルーだった。
「オリヴィエ。好きだ、愛している」
「なに?」
 耳を疑うガルー。だがその言葉が聞き間違いでないことは、ガルーが差し出した花束を見て確信できた。
 その花束に目を白黒させるオリヴィエ。
「なぁ、せめて話だけでもできないかね。まだ夜は長いだろ」
「……俺に胎は無い」
 噛みしめるように告げるオリヴィエ。視線をそらす。
「少しだけでいい」
 そう囁くガルー。別に嫌なわけではない。会話する時間も長くは無い。ただ人の中で得られなかった好意が眩しいだけだ、だから目をそらしたくなるだけなんだ。
「……先が無い未来も、希望も、毒でしか無いんだ」
 そうつぶやくも抵抗しないことをOKだと捉えたガルーはオリヴィエの手を取ってホールの真ん中に躍り出た。
 くるくる回る舞踏会。ドレスが華のように広がり、咲き乱れるは恋の華。
 その場にはリュカもいた。征四郎もいた。
「ガルー。また遊んでいるのですか……」
「ガルーちゃんなんだか楽しそう、良いことでもあった?」
 その二人の言葉にガルーはオリヴィエの手を引いて見せる。
 そして二人は舞い踊る。
 そんな盛り上がりを見せるダンスホールから抜け出す男女が二人。
 片方は由利菜だった。
 暗い廊下、夜の冷気が岩肌を冷やす暗い廊下。その向こうにはその吸血鬼の男性がとった部屋があるらしく。
 その部屋に入るなり、由利菜は押し倒されてしまう。
「吸血鬼になりたいんだって?」
 熱を帯びた息を男は由利菜に吹きかけた。
 由利菜は嫌悪や羨望、嫉妬や憎悪、様々な感情が入り混じった声を男に向ける。
「ええ、この美しさを永遠のものにしたい」
「私に従えば、その思いかなえよう、しかしもう日の下は歩けなくなる」
「うふふ……人を辞めることに悔いは無いわ」
 そう男の頭を抱きかかえようとした由利菜。直後城を一際大きな音が襲った。
 女王とECCOが舞い踊る。その優美な光景に一同は目を奪われていた。
 音楽が一際大きく、強くなる。
 いつの間にか音楽は豪奢なクラシックではなく現代的なものに変わっていた。
 ドラムとベース、後はシンセサイザーでのピアノ。そしてECCOのヴァイオリンが甲高く居場所を主張する。 
 そんな曲に合わせてECCOは謳う。

――身を焦がす愛を捧げます
 あなたは戯れだったとしても 
 身を引き裂く愛を捧げます
 痛みすらも愛おしい。

――狂気の愛が夜を満たす。

 女王がほくそ笑んだ。
 たとえば、最愛の女性と結ばれようとする猿。
 訝しむ緋十郎を見てレミアは幼い顔に妖艶な微笑を浮かべ、そして。
 その小さな手が緋十郎を寝室へと導いた。
 彼女は月を背景に牙をむき出して笑う。
 だが緋十郎の胸に恐怖はなかった。
 彼女が人ならぬ身故かと納得した。
 少女が華奢な腕で緋十郎を別途へと突き飛ばす、その赤い瞳に魅入られると全身がこわばった、けれど前身の血が沸騰するように騒ぎ立てる。
「お願いだ……」
 絞り出すように緋十郎は告げる。
「あなたがお願いできる立場だと思っているの?」
「その麗しい瞳で声で匂いで」
――どうか自分を引き裂いてくれ。
「指先で爪先で踵で牙で」
――どうか自分を蹂躙してくれ
 ドラムの音が激しく鳴り響き、その音をなぞるようにレミアはその爪を緋十郎に突き立てた。
 翻した小手先から血がしたたり落ちて。血が紐のように孤を描いて壁に付着する。
 レミアは笑っていた。
 緋十郎はそれを美しいと思った。
「貴女と一つに成れるなら。今宵限りで果てても本望。血も命も魂も……全て」
 全て。
「喜んで貴女に全てを捧げよう」
 血で染まった爪先をレミアは舐めた。ただそれだけの行為が嬉しくてたまらない。
「朝には私に殺されても構わないなら」
 そんな男の表情を見ていると妙な気持になる。
 レミアは思った。そして願った。
「貴方の子を孕んであげる……と言ったら」
 趣味の悪い夢の成就を。

――奪い、奪われ、支配し、服従する。
 称えよ、崇め讚美せよ。
 狂気に彩られた愛を。

 オリガもベットに横たえられていた。情熱的な夜に横たわる冷たい現実を前にスヴァンは苦悩する。
「私たちでは子は為せない。ならば、私は貴女を、貴方だけをずっと愛するためだけに結ばれる」
 そう頬を撫でるスヴァン
「ずっと、貴女だけを見ていてあげますわ」
「そんな幸せ、なんて……」
 望めるなら、望みたい。
 だけど。
「もう、いいの。だって、あなたを……愛してしまったのだもの」
「もう一度、もう一度言って下さる?」
「今度は愛してる、と」
「愛して……ます。あなただけを、愛してます」
「……これで貴女は私だけのもの。百年でも千年でも、愛してあげますわ。……ね?」

――その時、十二時の鐘の音がなったの。いわば魔法が解けるお約束。歪を詰め込んだ箱は瓦解する。

 女王が甘くそう囁くと次々に夢が壊れて爆ぜていく。
「永遠の命……美貌……もうすぐ私のものに!!」
 そう叫んだ由利菜、けれどその願いはかなわない。
 吸血鬼の首が跳ねられた、温かい鮮血を浴び、そして男の首がどけた先には一人の女性が立っていた。
「娘よ、純血の意味を考え直せ」
 直後、場内全ての明りが落ちた。松明も蝋燭も消えて、そしてパーティー会場ではシャンデリアが落ちた。
「このような茶番に、姫君を突き合わせるわけにはいかない」
 怪人の声が夜に響く。直後新たにともされる火。
 次の瞬間誰かが叫んだ。
「ああ、麗しき姫がいない」
「さがせ、オペラを探すのだ」
 混乱が城銃を伝播する。
 殺された吸血鬼、消えたオペラ。そして。
「今ならきっと逃げられる」
 そうガブリエルはレイの手を取って走った。
 あわてて衛兵が彼女たちを追う。銃声が夜に響いた。しかし。
 彼等の遺体と首飾りは、見つかることはなかった。

第四幕 夢の終わり

「ここはどこ……? それに、この泣き叫ぶようなヴァイオリンの音は……ああ、あたしあの人に合わなくちゃいけないのに!」
 オペラが目を覚ますとそこは薄暗い地下の部屋、ぼんやりとともされた蝋燭の光に、黴臭い本棚、その前に座るのは仮面の男。
「ああ、ようやく目が覚めたね。俺の愛しい人……」
 オペラは目を見開く、愛しい人と言われても何のことだかさっぱり分からない。
「そう、愛しているんだ。寝ても覚めても一人の時も誰かといるときも、お前が先輩のコーラスガールたちにいじめられて泣いているときも、お父上を亡くされて悲しみに暮れているときもずっと見守っていた……」
「あなたはいったい、だれなの?」
「だというのに! お前はあんな軽薄な男に現を抜かして音楽にも身が入っていない、暇さえあればあの男のことを考えて呆けてばかり。終いには夜ごと二人で出歩いていると来た!」
「あたし、彼との間に後ろめたいことなんて何も……!」
 叫びは石の部屋に反響して消え去る、悲しいことに外には届かない。
「黙れ! ああ、なんてふしだらな女なんだ! こんな事ならもっと早くに殺しておくんだったぜ!」
「殺して……まさかあなたが!」
「いい気分だ……これでもう俺の恋を邪魔する者はない」
 どういうこと? そうオペラは首をかしげる。
「……いや、一人いたな。他の男に色目を使っては俺の愛から逃れようとするお前自身が」
「……あたしを殺しても、あたしの愛は手に入らないわ」
「そんな下品な事はしないさ。……そうだ、お前の目の前で俺が死ねばいい。太陽の光に満たされた教会で結婚式を挙げよう! 苦しみながら朽ちていく俺をお前の中に刻み込んで、もう二度と、お前が誰も愛せないように! ふふ、そうなったらどんなに素敵だろうな!」
 オペラは涙をこぼして助けを乞うた、しかし思いは届かない、歌声を忘れた彼女の声は、朝も迎えられないままに枯れ、消えていく。

   *   *

 事件が発生すればその対処のために動かざるおえないのは貴族の務めだろう。
 だからリュカとガルーはその場にいなかった。
 少し高めの椅子に座らせられ取り残されたのは、連れてこられた子。オリヴィエと。征四郎。
 二人は言葉も少なにただ、自体が悪い方に転がり落ちてくるのをただ眺めていた。
「こんな事件放っておけばよいのです、私の相手をすることが一番重要なんですから」
 そう征四郎はおてんばにつぶやく、その言葉をオリヴィエは聞き逃しはしなかった。
「ああ、あの男だけはやめておけというのに」
 そしてそのつぶやきを征四郎も聞き逃しはしなかった。
「あなた、胡散臭いです。何をたくらんでいるんですか?」
「なにも」
「貴方がリュカを殺そうとしてることは知っています」
 少女の勘だろうか、それとも恋する者の観察眼? 全てを見透かされていたオリヴィエはただ硬直するしかなかった。
「だから、ええ、貴方を殺さなくっちゃいけない!」
 そう告げて立ち上がった征四郎の牙がひかる。だが……。
「お前は一つ、勘違いをしているぞ」
 オリヴィエは目を細めて告げた。
「何がですか?」
「気が付いていないんだな、恋は盲目とはこのことか、何も見えてないくせに」
 オリヴィエはナイフを取り出して征四郎につきつけた。
「何を知ってるんですか、教えてください」
 その手を抑える征四郎。
「あいつは、人間だ」
 征四郎は目を見開いた。
「お前たちヴァンパイアへ対抗するために人間側から差し向けられた諜報員、それがあいつだ」
 指の先から冷えていくようだった。
 現実が遠のいていく。
 いや、征四郎に現実が追い付いてくる。
 その言葉を本当だと証明する言葉。
 今日自分で口にしなかっただろうか。
 ああ、そうだ、だってリュカはとてもいい匂いがした。
「そんなの嘘です!!」
 金切り声がフロアに響く、その声でガルーとリュカが二人に視線を向けた。
 人ごみをかき分けながらこちらに歩み寄ってくる。
「人であるなら、お前が愛する意味はないだろう? 対等な存在ではない」
「だったらなんですか」
「殺してしまえ、血を吸ってしまえ、それがお前たち、ヴァンパイアだろう?」
 オリヴィエの言葉が、残酷に征四郎に突き刺さる。
 その言葉はどうしようも無く真実だ。そしてそれを無視して共にいたとしても、自分の目覚めと共に自分は、リュカを殺すだろう。

「私は、吸血鬼のリュカに恋したわけではないのです。リュカに、恋をしました」

 そう穏やかに微笑む征四郎。その言葉に、狂気に、オリヴィエは魅入られその手のナイフを征四郎に渡してしまう。
「リュカが、人間でなければ、何でもよかったのに」
 なぜ、なぜ人間なのだろうか。
――大切な人を殺めることを、定められた右腕ならば、本能ならば、この命ならば、この世界に一片たりとも残しては起きたくない。
 だから、征四郎は死を選んだ。
 オリヴィエから奪った刃を胸に突き立てる。
 ヴァンパイアは死ねない。単なる刃では死ねない。
 ただオリヴィエの刃は特注品。だから死ねる。
 ただ、征四郎の体も特注品。だから死ねない。
 なかなか死ねない。
 でも、何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。
 自分をすりつぶすように、心臓を細切れにする用に何度も何度も突き刺して。
 そうすればちょっとずつ死んでいける、ちょっとずつ呪われた運命から解放される。  天に高く舞い散る自分の血。
 それがオリヴィエの頬に付着して。 
 そして動かなくなった手からオリヴィエは刃を回収した。
「全て終わりだな」
 そう告げるオリヴィエは、うつろな瞳で二人を振り返る。
 そこにはリュカとガルーがいた。
「……せーちゃん? ねぇ、返事して」
 悲しみに沈むようにつぶやき、リュカは征四郎を後ろから抱き留めた。
 彼女の温度が徐々に失せていくごとに、もうこの世界に、あの花のような笑顔は存在しないんだと。実感した。
「なんで、この世界の神様はすべてが壊れるしかないように、物語をくみ上げたのかな」
 リュカが粒や幾。
「……知るか」
 そう嫌悪を込めて告げたオリヴィエ、そんなオリヴィエの手をガルーは跪いて取った。
 オリヴィエの手の甲に涙が落ちる。
「ありがとう」
 オリヴィエは告げた。
「最後に愛してくれてありがとう」
 結ばれない恋、オリヴィエは敵で、そして今回の事件を招いたオリヴィエを女王は許さないだろう。
 だったら、幕引きはせめて自分の手で。
 オリヴィエもそれを望んでいるようで、首を素直に差し出した。
 甘い疼きと、鋭い痛み。
 吸い上げられるように意識がとけて。

「ならば、出来る限り優しい死を。……さようなら、愛しい人」

 最後に、大好きな人のために死ねるという幸福だけが。
 オリヴィエの中に残った。
 その瞳は朝焼けを映している。
「あの女が邪魔しなければ……!」
 そう二階テラスを闊歩する由利菜。
「あの女も吸血鬼だと聞いたわ……なら、あいつの生き血を手に入れてやる!」
 由利菜は城を逃げながらリーヴスラシルを探していた。そして、その手に握られていたのはアンク・オブ・リリーフ。
 彼女はガルーを狙っていた。だが目の前で繰り広げられる光景に目を奪われ。そして。
 その背に由利菜の刃を受けた。
 それはヴァンパイアと言えど、瀕死の重傷となりえる傷。
「さあ、その血を私に……これで、夢が叶うわ……!! あはははははは!」
 全ての夢が瓦解したのち。
 後に残ったのは血色の現実だけだった。
 それをレミアは見下ろしている。
 部屋の壁、全てが鮮血で彩られ、昨日まで自分を愛していた男は、見る影もない肉片に変わり果てた。
 その日の訪れをカーテンの向こうに感じながら。レミアはお腹に宿ったばかりの新たな命を撫でる。
 産み育てる事を。
 大切に愛しむ事を。
 私に本気で恋してくれていた男の……亡骸の前で誓った


――有名な哲学者の言葉いわく、愛とは重度の精神病である。
 女王は光の世界へ歩みを進める。

――愛とは、生物として意味のある行為なのか、はてさて。
 謳うように言葉を投げかけながら、自身を日の光にさらした。

――愛こそが、私のようなものが容易に付け入る隙。

 そしてECCOを振り返ると、女王は灰となって姿を消してしまった。

 エピローグ

「では無事、撮影終了。お疲れ様です!!」
 そう由利菜がグラスを突きだすと、杯いっぱいに満たされたトマトジュースが揺れた。
「かんぱーい」
 そのグラスに自分のグラスを打ち鳴らす、アルや沙羅。他の参加者。
「今日はほんま、ありがとな。インパクトあるPVになったと思うんよ」
 そうECCOは全員に挨拶して回った。
「わわわ、リュカ!」
 その乾杯の直後崩れ落ちるリュカ。
「何で!? やだぁあハッピーエンド以外お兄さん認めない!!」
 その背をさすりながらガルーと征四郎が慰めてあげる。
「救われない話だこと」
「うう、そうですね。悲しい物語なのです」
「演技とはいえ征四郎に負けた……俺が」
 オリヴィエはそう不満げにつぶやくだけだったが。
「それにしてもさぁ、お姉さん」
 そうアルは雅に声をかける。
「君の最期を私に看取らせて、か……なんだか誓約にありそう。きっとギリギリで命を繋ぎ留めようとしたんだね」
 その言葉に一瞬きょとんとした表情をむけて、その後雅は静かに微笑みを返した。
「そうね」
(それが、あたしたちの誓約よ。もうちょっとだけ、忘れててね)
 そう雅は自分の唇の前に人差し指を持ってきて、内緒のポーズを作った。
「それにしてもECCOさん、最近はどうなの? ガデンツァのちょっかいとかないの?」
 そう沙羅が心配そうにECCOに尋ねると。ECCOは首を振った。
「ちなみに、お父様とは」
「ああ、おとんな、あれな。今度直接対決するねん、そんときはてつだってなぁ」
「あああすみませんエリックぅ……! わたくしったら、台本とは言え心にもないことをおお」
「そんな、俺の方こそ…!」
 そうお互いに謝りあうオペラと陸である。
 そんな一行たちを見ながら由利菜はECCOに言葉をかけた。
「かつての、英雄との契約へ異常と言ってもいい執着心を持っていた私……その時の気持ちを思い出して演じました」
「いい演技だったと思うよ? あ、でも由利菜ちゃん、そう言う……」
「わ、私は…その…あくまでも、噂話ですからね?」
「……私はむしろ噂に配慮していたから、こういう脚本になったのだと思う」
 ここから本当の夜会が始まる。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 『赤斑紋』を宿す君の隣で
    木霊・C・リュカaa0068
    人間|31才|男性|攻撃
  • 仄かに咲く『桂花』
    オリヴィエ・オドランaa0068hero001
    英雄|13才|男性|ジャ
  • 『硝子の羽』を持つ貴方と
    紫 征四郎aa0076
    人間|10才|女性|攻撃
  • 優しき『毒』
    ガルー・A・Aaa0076hero001
    英雄|33才|男性|バト
  • 無名の脚本家
    九重 陸aa0422
    機械|15才|男性|回避
  • 穏やかな日の小夜曲
    オペラaa0422hero001
    英雄|18才|女性|ソフィ
  • 永遠に共に
    月鏡 由利菜aa0873
    人間|18才|女性|攻撃
  • 永遠に共に
    リーヴスラシルaa0873hero001
    英雄|24才|女性|ブレ
  • 未来へ手向ける守護の意志
    榊原・沙耶aa1188
    機械|27才|?|生命
  • 今、流行のアイドル
    小鳥遊・沙羅aa1188hero001
    英雄|15才|女性|バト
  • 銀光水晶の歌姫
    アルaa1730
    機械|13才|女性|命中
  • プロカメラマン
    雅・マルシア・丹菊aa1730hero001
    英雄|28才|?|シャド
  • 緋色の猿王
    狒村 緋十郎aa3678
    獣人|37才|男性|防御
  • 血華の吸血姫 
    レミア・ヴォルクシュタインaa3678hero001
    英雄|13才|女性|ドレ
  • ダーリンガール
    オリガ・スカウロンスカヤaa4368
    獣人|32才|女性|攻撃
  • ダーリンガール
    スヴァンフヴィートaa4368hero001
    英雄|22才|女性|カオ
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