本部

少年英雄は仲良くなりたい

山川山名

形態
ショート
難易度
易しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
6人 / 6~8人
英雄
6人 / 0~8人
報酬
寸志
相談期間
5日
完成日
2017/06/24 16:11

掲示板

オープニング


 引っ込み思案を形にすれば、こんな子が生まれるのではないだろうか。
 今年で大学生になるマリアは、目の前でうつむく少年の姿を見て何となくそう思った。
「また、あの子たちに声をかける事が出来なかったのね?」
 特別強い調子で彼を責めたわけではなく、むしろ努めて穏やかにしたというのに、少年は大声で叱られたかのように大きく肩を震わせた。おずおずと上げられた瞳は、彼女のものとは違って深い紅をたたえている。
 格好は六歳ごろといった様子。マリアの腰あたりに顔が来るので、脱色したかのような短い白髪がよく見える。びくびくとこちらを窺ってはすぐに目をそらす姿は、人間に怯える白兎をほうふつとさせた。
 自分の部屋で少年と向かい合うマリアは厳しい口調にならないよう、ゆっくりと丁寧に言葉を選んでいった。
「ローグ。今日はちゃんと話しかけてくるって、お姉ちゃんと約束したよね?」
「……うん」
 消え入りそうな声。これでもマリアに言葉を返す事が出来ている点で大きく進歩はしているのだが、それを気にかけている場合ではない。
「公園には、人は何人いたの?」
「……」
「十人かあ。そうだよね、今日は平日だから。お友達になれそうな子はいた?」
 ローグはふるふると首を振った。
「そっか……」
 彼とマリアが初めて出会ったのは一年前の話だ。突如として彼女の前に現れたこの少年英雄は当初名前も持っておらず、マリアがたまたま読んでいた小説の主人公にちなんでローグと名付けられた。
 いきなり始まった共同生活にマリアは不満はなかった。もともと弟がいればいいと思っていたし、ローグは口数は少ないながらもこの世界を愛する心の優しい少年だったからだ。
 ただ、唯一の心配事として、彼が極度な人見知りであったことが挙げられる。同い年ぐらいの子供たちが遊ぶ公園に入ることすらままならないし、声をかけることはなおさら。最初のほうは他の子に近寄られたりもしたのだが、そのたびに超人的なスピードで逃亡していたので今では声をかけられることもなくなった。
「もっと他の子と仲良くなれればいいんだけど……」
 ローグの目がマリアを見つめる。子供たちと仲良くなれれば確かにいいけれど、そんなこと簡単にできないよ、と懇願するように。
 マリアの中で何かが揺らぎそうになったが、それをぐっとこらえていった。
「ローグは優しい子だから、すぐに打ち解けられると思う。それにあの子たちだってローグが嫌いなわけじゃないし、少なからず気づいてはいるはずだよ」
 ただきっかけさえあれば、と無情にも考えてしまう。それほどにローグの人見知りはすさまじいものがあった。
 どうにかならないものか、とマリアが窓の外をふと眺める。アパートの二階から眺めるそこからは、海の上に浮かぶH.O.P.E.東京海上支部が日差しを受けてキラキラと輝いていた。
「エージェント……そうだ!」
 勢いよく立ち上がったマリアに、ローグは目を丸くして思わず口を開いた。
「お姉ちゃん、どうしたの……?」
「思いついちゃった。ローグがみんなと仲良くなれるかもしれない方法!」


「それで、私のローグを近所の子供たちと仲良くできる遊びを、エージェントの皆さんに考えていただきたいんです。こんなこと頼むのは変だとわかってはいるんですけど、でも私じゃこれ以上手の施しようがなくて……ローグを見捨てる事も出来なくて。
 だから、お願いします。お礼も十分にできませんが、ローグを助けてはいただけませんか?」


 皆さんはマリアたちの家の近くにたまたま住んでいてこの件を知ったり、あるいは東京海上支部からの依頼に(能力者か英雄、あるいは両方が)応じたエージェントです。ローグが近所の子たちと仲良くできる方法を考えてあげてください。
 皆様に行っていただきたいことは以下の通りです。

・遊びを企画する
 できるだけ大人数で出来ることがいいでしょう。ドッジボール、鬼ごっこ、工作などなど。動的、静的かは問いません。子供たちが楽しめることを考えてみてください。

・遊びを準備する
 場所の準備と宣伝です。企画に沿う場所を街の中で選定し、所有者に許可をもらいます。また子供たちに気づいてもらえるよう、張り紙やチラシを作ってください。デザインが命です。

・遊びを指導する
 実際に子供たちが集まった後、遊びを教える役目です。インストラクターと言い換えてもいいでしょう。ここで重要なのは、極度の人見知りであるローグを子供たちの輪の中にうまく入れるよう促してあげることです。えこひいきにならないよう、さりげなく。加減が重要です。

 役目が複数になっても構いません。例えばチラシを作ってインストラクターをしたり、企画が出来上がったらすぐ場所を取りに行く、などです。ただ体力が必要になりますが。

 果たしてローグは子供たちと仲良くなれるのか。
 その結末は、皆さんの手にかかっています。

解説

目的:英雄『ローグ』を近所の子供たちと仲良くさせる

登場人物
ローグ
・一年前突然マリアのもとに現れた少年。年恰好は六歳ほど。白い短髪に血の色をした瞳、ところどころに切り傷のある肌が特徴。来ている服は大手服飾メーカーの安売り品の半袖短パンである。
・極度の人見知り。とにかく人と話す事が苦手で、目を合わせられることも怖い。でも人が嫌いなわけではないので、毎日公園に行っては怖気づいて逃げ帰っている。毎日その繰り返しだが、平日はその頻度が減る。
・無口なのでわかりづらいが、人もこの世界も大好きな心優しい少年。感情は顔に出るし、頭頂部で跳ねているいわゆるアホ毛にも表れる。マリア曰く「犬のしっぽ」。
・好きな遊びの種類は体を動かすこと。嫌いな遊びはない。
・ローグはマリアがH.O.P.E.に依頼をしたことは知っているが、何をするかまでは知らない。

 近所の子供たち
・大体ローグと同じぐらいの歳。遊び盛りの年頃で、大体公園にいる。たぶん大人の倍ぐらい体力がある。
・ローグのことは一応知ってはいる。ただしその評価は「変な奴」から「いつも公園の外からのぞいてる変な子」、「小っちゃい」など様々。よく知られていない、というのは共通している。女子からはその外見からひそかに人気らしい。

使用可能地域
・マリアの家の周辺。その中で企画に応え得る場所を取り上げると、小学校のグラウンド、体育館、図書館、公民館がある。距離を遠くすれば陸上競技場、サッカーグラウンド、野球グラウンドがあるが、ここを貸し切りにするには少々難易度が高め。上記の三種類を使いたい場合は借りられない可能性も考慮したほうが良い。

リプレイ


「こちらです」
 小学校の校長によって重たげな鉄の扉が開かれると、中からは圧迫された熱気が一気に押し広がってきた。
 中はバスケットコートが二面取れるぐらいの広さだった。奥のほうにステージが見え、さらに左右の壁沿いに二階部分となるせり出した道が見て取れる。窓は開けられるか、と鷹輔が聞いたところ肯定の返事が返ってきた。
「ありがとうございます、急な申し出だったのに」
「いいえ。せっかく子供たちが楽しめる場所なのですから、出し惜しみはしませんよ」
 木霊・C・リュカ(aa0068)が頭を下げると、校長が人のよさそうな笑みを見せた。佐藤 鷹輔(aa4173)が校長に向かい、
「音楽とかも流したいんだが」
「それなら放送室をお使いください。向かって右側の二階が放送室になっております」
「助かる」
 準備は申し分ない。ひとまず前段階は達成された。
 この中にどれだけの子供たちが集まるのだろうか。想像は尽きない。

「戻りましたよー」
『どっさり買い付けたが、これで足りるかの、っと』
 会議室の扉を三ッ也 槻右(aa1163)が押し開けて中へ入り、酉島 野乃(aa1163hero001)が長テーブルの上にいっぱいになった大きいビニール袋を二つ、どっさりと置いた。中はガムテープをはじめとした各種テープ類、工作用具一式に画用紙や色鉛筆などに、熱中症対策の氷がクーラーボックスに詰め込まれていた。
『こんなに持ってこられたなら、わたしたちだけだとさばききれないわね』
 紙皿にデフォルメされた兎の絵をかいていたメリッサ インガルズ(aa1049hero001)が困り顔をした。荒木 拓海(aa1049)が彼女のほうを見る。
「代わるか?」
『大丈夫。それよりも拓海、あれを見せてあげたら』
「ああ、そうだ。ついさっきポスターが完成したんだ、ほら」
 そう言って拓海がテーブルの上に広げたのは、街の景色と漫画のようなヒーローと魔法少女の影が背景になったポスターである。大きく煽り文として刻まれていたのは、こんなものだった。
 この町にヒーロー基地設立、協力者求む! 町を守るのは君だ! 魔法少女部隊も結成するよ、と。下にこまごまと注意書きもされていた。
「いいじゃないか。子供たちも喜びそうだ」
『これ、水彩画じゃの。拓海が描いたのか?』
「そうだよ。よく気付いたね」
『それがしの目を見くびっては困る』
「せいちゃんとユエリャンがこれをコピーするついでに、公園へ宣伝にいってくれてるよ」
「リュカと凛道、鷹輔は体育館を借りに行っていていない。飛岡さんたちは何か集中するとか言ってきてないし、もうこれで全員かな」
と、その時、槻右の携帯が着信を告げてきた。発信者名は、小学校に向かっているはずの鷹輔だった。
「もしもし?」
「今そっちに豪がいるか? ヒーローショーを告知に使えるかの意見をまだ聞いていなかったことを思い出してな」
「それなら大丈夫だと思うよ。もうそういう感じでポスターも作ったし」
 携帯の奥の鷹輔は溜息をついた。
「そうか。それと、町内会に告知のための回覧板を回してもらうことを快諾してもらった。体育館も予定通り、グラウンドと一緒に借りられたから、確認しておいてくれ」
「分かった。気を付けて」
 通話が途切れてから、メリッサが拓海にパンダの絵が描かれた紙皿を渡しながら言った。
『よく動く人ね。わたしたちがここに来た時にはもう先にいて語り屋さんに動画見せて踊らせてたじゃない』
 彼らがいなかった時のことを補足しておくと、鷹輔は語り屋(aa4173hero001)に某人気アニメの振り付け動画を見せて言った。
「この踊り、覚えといて」
『え?』
「お前ならできる。春だか憂鬱だかのアニメのOP完コピしてたろ」
 全身黒ラバーの男がダンスをキレッキレになるまで練習している様は一種の宗教的儀式を思わせたが、指摘する者は誰もいなかった。それだけ二人が真剣だったのだ。拓海が紙皿にゴムを通していった。
「でもリサだってステージに上がるじゃないか。元・魔法少女として」
『その、元っていうの微妙に心にくるのよね……』
 はあ、とため息をつきながらも描き上がったライオンは愛嬌ありげに牙を向いていた。

 紫 征四郎(aa0076)とユエリャン・李(aa0076hero002)は揃って公園に足を運んでいた。すでに公演は子供たちでにぎわいを見せ、ボール遊びや遊具に興じる声があちこちから聞こえていた。
公園の掲示板にポスターを一枚貼りつけると征四郎が大きな声で言った。
「今度、たのしいことをやるみたいなのです! みんな、遊びに来るといいのですよ!」
 遊んでいた子供たちが声に気を引かれ徐々に集まってくる。これは何だどこから来たんだ、わーわー、という音の洪水がようやく落ち着きを見せてきたころ、征四郎が公園を見回していった。
「ローグが公園に入れない理由になるもの……何かないでしょうか」
『見たところさしたる違いはないようだが、となればどこに元があるのだろうな』
 砂場、ブランコ、滑り台。どれもこれも何の変哲もないものばかりだった。錆が浮き出ているものが多いとはいえ、それだけで公園の中に入れない理由にはならないだろう。
 征四郎は散策をつづけ、ついに公園の中にローグの進入を拒む者がないと結論付けてから、帰路についた。
 そうして準備が最終的にすべて整うこととなった。宣伝文句は町中に知れ渡り、実際の用具などもすべて完成した。


『ここが僕たちのエリュシオンですね』
「複数形にされるとお兄さん困っちゃうんだけどなあ……」
 凛道(aa0068hero002)がひどく満足した様子で頷いているのを、リュカが珍しく嫌そうな目で見やった。
 現在は会場設営の真っ最中だったが、すでに子供たちの姿が幾人か見受けられた。自由に体育館を走り回る彼らを指して、窓を開けていた拓海が言った。
「ちょっと子供たちの遊び相手になってくれるかな!? さすがに心配になってきた!」
『大丈夫です。というより、がんがんこき使ってください。こういったことは不慣れで、体力だけが取り柄ですので』
 小学校低学年男児の相手をするという大役を拓海から任された凛道は、不審に思うほど生き生きとした雰囲気で快諾した。凛道から一礼されたリュカは頬をかいて、
「それじゃ、お兄さんは控室に行くか」
 リュカが体育館の外に出ると、ちょうど校門のほうから親子を装った征四郎とユエリャンが向かってくるのが見えた。好天のもとで水色の長袖ワンピースを羽織る征四郎が口を開いた。
「リュカは控室ですか?」
「そうだよー。お兄さんは体力ないから、こういうことはあんまり役に立てないからね」
 征四郎は体育館を眩しそうに見てから言った。
「実家にいたころは剣の修行ばかりだったので、こういうのはあまり縁がないですね」
『我輩も似たようなものだ。……ははあ、我輩たちはどうにもこの辺りは不得手のようであるな』
 身を強張らせる征四郎に、リュカは杖をついていないほうの手で彼女の紫の髪をなでた。
「お兄さんの分まで頑張ってきてね」
「……っ、はい!」

 放送室で機材の最終点検を行っていた陽介は、その物音で背後に目を向けた。
「豪、と、ガイか」
「おう。邪魔してしまったか」
 いや全然、と鷹輔は改めて飛岡 豪(aa4056)とガイ・フィールグッド(aa4056hero001)に向き直る。すでに衣装に着替えており、本物のヒーローと悪役のようだ。
ガイが興奮を抑えきれない様子で、右手で作った拳を左手に打ち合わせた。
『オレ達にうってつけの依頼だぜゴウ!』
「そうだな。少年のために一肌脱ごうじゃないか」
 二人の間に何やら燃え盛る炎が見えてきたところで、ふと体育館の中に目を向けた鷹輔は、今まさに入ってきたその影に気が付いた。脱色されたような髪に、その体からは不安がにじみ出ていた。しかし、隣の女性に手をつながれても手を引かれてはいない。
 鷹輔はマイクを手に取ると、短く息を吸い込んで声を通した。
「基地に集まってくれたヒーロー、魔法少女たち! 今日は来てくれてありがとう! 最後まで、全力で楽しんでいってくれよ!」
 悲鳴にも似た甲高い叫びが体育館を揺らした。いよいよレクリエーションの始まりである。


 じゃんけん列車の時間がやってきた。鷹輔の手によって音楽が流れ出すと、子供たちはそれに合わせてお互いに勝ち負けを決めていく。
 最後まで残ってしまった子がいた。ローグと同じぐらい内気そうな少女である。偶然ではない。そうなるように拓海が仕向けたのである。
 彼はその少女の肩を抱くと、いまだに誰とも関わらないように努力していたローグのもとに歩み寄った。
「この子のじゃんけん相手がいないんだ、相手になってくれるかい?」
「……」
 口を開かずうなずくと、ローグはすぐに負けて少女の後ろについた。あまりにも淡々としたその姿に、一部始終を観察していた槻右と野乃が言った。
『何が躊躇させるのかの』
「いろいろ考えられるけど……目をそらさずに、相手を見られるといいね。”人”って思うときって、同じく”人”だった誰かの目がよぎる感じだ」
『"人”ではなく”個”を……今目の前の友を、見れるとよいの』
『さあ、一番長い列車を作れた子は手を上げて!』
 スピーカーから増幅された鷹輔の声が聞こえる。誇らしげに右手を上げた少年に大きな拍手が送られると、続けて鷹輔が言った。
『おめでとう! じゃあ次は、みんなが知ってるあの曲をみんなで踊ってみよう! ウサギさん、カモン!』
 ――企画に携わった誰もが後に、知っていなければ本職の人だと思ったとささやいた語り屋がステージに登場した。
 サテン生地の白い全身タイツに、紙皿のお面。とがった耳をなびかせて颯爽と現れた八頭身のウサギさんの切れ味鋭いダンスは、子供たちをますます興奮させた。彼らの間で人気の高いこの曲は、流れるだけでその心をかきたてるらしい。飛び入り参加した野乃は、周りの子供たちから教えられ、何とかその体を動かしていた。
『おお? む、難しいのだの? それがしより皆のほうが上手じゃの!』
 槻右はあまり得意ではない子たちのほうに歩いていき、顔をほころばせていった。
「硬くならないで、思い切って! せーのっ! うん、出来たね!」
 ありがとーお兄さん、という声に槻右が笑顔を見せると、視界の端にローグの姿が見えた。
 踊りに挑戦はしているらしく、振り付け自体は全く問題がない。だが表情は暗く、周りの様子を窺っていた。
 槻右は彼と距離を置いて傍に立った。
「踊りたくない?」
「……」
「そっか。まあ、あんまり無理してしゃべらなくてもいいよ」
 ひとしきり踊り終え、軽く汗をかいてこちらに向かってきた野乃の頭を軽くなでて槻右は言った。
「君の心にあるように、あの子たちも正義ってものを持ってる。食い違うことがあっても、ちゃんとそれを見てあげたら、向こうも気づいてくれるよ」
『それに、仲良くなれば、些末なことは気にならないものじゃ』
 二人の言葉を聞きながら、ローグはどこか諦観を以て子供たちを眺めた。

 そんな喧騒から離れた空き教室には、子供たちの保護者が集まっていた。その一角で、リュカはマリアを含めた数人の保護者とひざを突き合わせていた。
「皆さんのお子さんが、他の子と仲良くやっていくのに手助けをしていたりとかってありますか?」
「あんまりないですよ。結局子供たちに任せなきゃいけないし。私たちが口を出せることでもないですから」
「せめて、悩んでいそうだったら話を聞く、とかですかね」
「なるほど。ありがとうございます」
 リュカは笑顔で答えると、ちらりとマリアに目を向けた。お茶をすすっていた彼女は視線に気づくと力強く頷いた。
 これが現場に立てないリュカの役目だった。凛道たちが体一つで子供たちに立ち向かうのならば、リュカは菓子と紅茶で保護者の皆様に立ち向かう。
 そうしていると、不意に教室の扉が開かれた。外から顔をのぞかせた豪が言った。
「マリア。ちょっと手伝ってくれるか?」
「私ですか?」
 マリアは手にしていた湯飲みを置くと、立ち上がって言った。
「それではリュカさん、少し失礼します」
 ようやくこの段まで来たか、とリュカはもう一度紅茶を喉に流し込んで思う。体育館で今も奮闘しているだろう彼らは、無事にローグの心を解せているのだろうか。

『わたしは元魔法少女のリサ! 魔法少女は新しい力が必要なの! みんな、手伝ってくれるかな?』
「ヒーローたちは武器を作ろう! 悪い奴らを倒すために、カッコいいのを作ろうな!」
 ステージに上がった拓海とメリッサの声とともに、槻右や野乃、ユエリャンの手で子供たちに紙や段ボールが配られた。子供たちは我先にと三人のもとに駆け出して行き、それらをもぎ取りにかかる。
『お、おぬしら落ち着くのだ、まだ大量にあるが故……へぶっ』
「気を保て野乃!」
『ふははは、かつてこういう景色もあったものよ、懐かしい!』
 子供たちは体育館中に散らばって床に座り込むと、ハサミやテープを使ってさっそくアイテム制作にかかった。ユエリャンと槻右たちが子供たちの間を回る。
『うむうむ、自由にできる子は自由に作るがよかろう』
「大丈夫? じゃあ僕と一緒にやってみようか」
巣の小鳥のようなにぎやかさが体育館に満ちるなかで、その少年は隅のほうでじっと立ち尽くしていた。
 お面で顔を隠していても白髪まではごまかせない。ローグは最後にもらった紙を見下ろしてた。
「はぁ……」
 またこのまま隅にいたままになるのかな。それで、終わったのを見計らって逃げるように家に帰るのか――
「いっしょに作りませんか?」
「えっ?」
 唐突にかけられた声で、ふと我に返った。見るとそれほど変わらない高さに、大きな傷を顔に持つ少女が目の前にいるではないか。取り落しそうになった紙を慌てて持ち直してから、ローグはうなずいた。
「ありがとうなのです!」
 座り込んではさみを手に取り、段ボールを断っていく。家ではできていることなのに、まるで初めてするように思えた。
「ルビーに、雪の色ですね。とってもきれいです」
「……そんなにいいものじゃ、ない」
「どうして、いつも公園に入らなかったのです?」
「……」
 言葉に詰まる。槍のごとく差し向けられたそれに、喉まで貫かれたようだった。征四郎は穏やかに言葉を紡ぐ。
「征四郎は、これと顔の怪我の跡が嫌で。ここに来たばかりのころは、相棒の後ろに隠れてばかりいたのです」
 そう言って征四郎は袖をめくりあげる。そこにある焼き焦がれた腕を見て、ローグが目を見開いた。
「でも、勇気を出して前に出たら、これらは気にされない方ばかりでした。最初に踏み出す勇気はいるかもしれない。でもその価値はあるはずなのです。だから」
 はさみを床に置くと、征四郎は空いた右手をローグの前に差し出した。
「もしよろしければ、お友達になりませんか?」
 待ち望んでいた言葉。
 夢にまで見たその右手に、ローグは最後まで握り返すことはできなかった。


 レクリエーション大会も佳境に差し掛かってきたとき、体育館の入り口が不意に開け放たれた。
現れたのは、「いーっ!」と奇声を上げながら全身を黒タイツで包んだ凛道と、漆黒のヒーロースーツを着た豪である。
 なになにー、とにわかに会場が色めき立つ中、子供たちから少し離れた場所に立っていたローグは、いましがた作ったはずの剣の柄をきつく握りしめた。
「私は幽鬼の冷血戦士、ジャークファイヤー。ヒーロー、そして魔法少女諸君。仲良く戯れる時間は終わりだ」
 いかにも悪役、というように尊大な口調で告げる豪。ステージ上の彼らに子供たちの歓声が惜しみなく届けられる。それらがひとしきり収まってから、豪が声を張り上げた。
「さあ、出てくるがいいグッドファイヤー! 私と貴様、決着をつけようではないか!」
『その言葉、二度はないな!?』
 ガイが向かって右側の袖から駆け出し、豪に人差し指を突き付けた。同じ衣装でありながらカラーリングは全く違う。特に男の子の歓声がますます強くなった。
『オレは勇気の熱血戦士、グッドファイヤーだ! とうとう見つけたぞ、ジャークファイヤー! ここでお前を倒してやる!』
「これを見てもまだ、そんなことが言えるかな?」
 豪が指を鳴らすと、ステージ左側から黒い女幹部風の衣装を身にまとったユエリャンが歩み出てきた。その前で手錠をつけて歩かせられる女性に、ローグは思わず声を上げていた。
「マリア!」
「人質の命が惜しくば、その武器をこちらに寄越せ」
『くっ……なんて卑怯なヤツだ!』
 ガイは悔しげに、持っていた刀を投げ捨てる。それを拾い上げたユエリャンが哄笑した。
『わははは! こうなってしまえばグッドファイヤーも形無しであるなあ!』
『いーっ!!』
「大変だ、グッドファイヤーがピンチになってしまったぞ! みんな、グッドファイヤーを助けてくれるかな?」
 鷹輔の声に、体育館中の子供たちの賛成する声が轟いた。ひっそりと子供たちに紛れていた征四郎が言った。
「みんなで突っ込むのは危ないのです! 二手に分かれて、片方が引き付けてからもう片方がユエ――女幹部から武器を取り返すのです!」
「フッ。やれるものならやってみろ!」
 雪崩のごとくステージに子供たちが押し寄せる。興奮しているせいで連携などまともに取れていなかったが、彼らを圧倒するには十分だった。
『あっ、待て髪を引っ張るな! ヘルプ! 竜胆ヘルプ!』
『いーっ!』
「おのれ……!」
 そして、その中で、ローグは一歩として動けていなかった。
 マリアを助けたい。けれど自分にはその資格がない。目の前で見殺しにした過去があるのに、そんなことが許されるはずがない。
ステージで一緒にもみくちゃにされていたマリアと目が合った。
 助けて、と。彼女の口が、言葉なく動いた。
 彼の頭の中で、何かのスイッチが切り替わる音がした。
「……!」
 気が付くと、もうローグは走り出していた。真正面から突撃する真似はしない。それこそステージに殺到している子供たちを囮にして、女幹部の背後を強襲した。
 ローグの手がマリアの腕をつかむ。英雄としての身体能力を最大限利用して跳躍し、ガイの前に着地する。
 彼はバイザーの下の目を丸くしていたが、やがて自分の事のように誇らしげにうなずいた。
『よくやったな。格好いいぞ』
「……っ、うん!」
 その直後、ガイのもとに剣が届けられた。ジャークファイヤーこと豪は、胸のあたりを押さえて苦しげに呻く。
「バ、バカな、この私が子供にしてやられるなど……」
『子供の力を侮ったお前の負けだ! 気合一閃! シンガンブレード!』
「ぐわああああああ!!」
 ズバァ!! と完璧なタイミングで効果音が響いた。「おのれ! 覚えていろ!」と袖にはけていくジャークファイヤーを見送ってから、グッドファイヤーが子供たちに向き直る。
『みんなのおかげでジャークファイヤーを倒す事が出来た! みんな、本当にありがとう!』
 わあっ、と今までで一番大きい歓声が響く。そして、その後に子供たちはマリアのもとにいたローグに詰め掛けてきた。
「お前すごいな! あんなジャンプどうやってやったんだ?」
「さっきのすごくカッコよかったよ!」
「なぁ、そのお面オレのと交換しないか? 俺の変に可愛いのでさー」
 突然のことに目を丸くして話を聞くだけだったローグ。どうしてこうなっているのかわからない、と本気で思っている顔だった。
 だが、だんだんと、彼の赤い瞳から涙がこぼれた。怖いのではない。その口元は、笑みを作っていた。
「よかったね、ローグ」
 手錠が外れた手でマリアがローグの白い髪を撫でる。勇気ある英雄は、今度こそ満開の笑顔を浮かべたのだった。


「さあみんな、腹が減っただろう。悪と戦ったご褒美だ。好きなだけ食べていいぞ」
「お疲れさまでした!」
 レクが終わり、豪と征四郎によってピザとケーキ、飲み物がふるまわれた。テーブルが引き出され、ちょっとしたパーティー会場のようになる。
 エージェントたちや保護者も子供たちの中に混ざる。こうしてみるとかなりの大人数である。
「そっか、子供たちとそんなことがあったんだ。正義ってのは強いんだねぇ」
『……ところで、可愛い子供たちがて正義であるのなら……可愛いは正義……?』
「ここ最近の依頼でずっとシリアスしてた反動なの? はっちゃけてるねえ」
 真理に気づいたように目を見開く竜胆を、リュカがいよいよ引き気味に見た。
「疲れたね」
『じゃが良い一日だったの!』
 槻右と野乃がオレンジジュースで乾杯した。子供たちの楽しげな様子にほっと一息つく。
「こんにちは」
『隣、いい?』
「あっ、どうぞ。今日はありがとうございました」
 やってきた拓海とメリッサに、マリアが頭を下げた。二人は笑って手を振ると、彼女の右に位置をとった。マリアは眩しそうに、子供たちの中で笑みを見せるローグを見た。
「あの子から一度だけ聞いたことなんですけど、あの子は昔、子供たちに殺されたことがあるみたいなんです」
「……!」
「あの子も朧にしか覚えてないらしいです。怖くて、辛くて……でも、どうしても恨めなかった。だから友達になるのを諦めたくないんだ、って」
『……大変だったのね』
 マリアはうなずくと、メリッサに向き直った。
「でも、これであの子もその過去を振りきれたみたいです。皆さんのおかげです」
 二人が笑みを見せると、彼らの後ろから鷹輔と、八頭身ウサギ状態の語り屋が近づいてきた。
「もう話は終わった感じか?」
「いや。何か話したいことが?」
「まあな。マリア、お前は立派に姉ちゃんだけど、母ちゃんってほどに肝っ玉じゃねえだろうし、どんどん人を頼れよな」
『ああ、じゃあわたしも。ローグの服を周りの子と似た感じ……で傷も見えないようにとかできないかな? 子によってはそういうのも気にするらしいから』
「はい。ありがとうございます」
 マリアは深々と四人に一礼すると、もう一度ローグを見て、まるで年の違う姉のように言った。
「……本当に、良かった」
 

 少年の過去は正しく過去となった。
 これより始まるのは、彼と異世界で出会えた姉、そして多くの子供たちと紡がれる物語である。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 『赤斑紋』を宿す君の隣で
    木霊・C・リュカaa0068
    人間|31才|男性|攻撃
  • 断罪者
    凛道aa0068hero002
    英雄|23才|男性|カオ
  • 『硝子の羽』を持つ貴方と
    紫 征四郎aa0076
    人間|10才|女性|攻撃
  • 全てを最期まで見つめる銀
    ユエリャン・李aa0076hero002
    英雄|28才|?|シャド
  • 苦悩と覚悟に寄り添い前へ
    荒木 拓海aa1049
    人間|28才|男性|防御
  • 未来を導き得る者
    メリッサ インガルズaa1049hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • 拓海の嫁///
    三ッ也 槻右aa1163
    機械|22才|男性|回避
  • 大切な人を見守るために
    酉島 野乃aa1163hero001
    英雄|10才|男性|ドレ
  • 夜を取り戻す太陽黒点
    飛岡 豪aa4056
    人間|28才|男性|命中
  • 正義を語る背中
    ガイ・フィールグッドaa4056hero001
    英雄|20才|男性|ドレ
  • 葛藤をほぐし欠落を埋めて
    佐藤 鷹輔aa4173
    人間|20才|男性|防御
  • 秘めたる思いを映す影
    語り屋aa4173hero001
    英雄|20才|男性|ソフィ
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