本部

休日は皆と

玲瓏

形態
ショート
難易度
易しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
10人 / 4~10人
英雄
10人 / 0~10人
報酬
無し
相談期間
5日
完成日
2017/06/21 18:53

掲示板

オープニング


 今日は英雄のノボルが買い物に、横浜に出掛けている。犬型ロボット、スチャースは家でお留守番だ。
 通信士の坂山はどんな事件が来るものか真面目な顔をして椅子に座っていたが、今日は平和な一日で過ぎ去りそうだ。
 底を尽きたココアの缶が机の上に一時間も放置されている。
「そろそろ腹の空く時間だろう」
 スチャースが言った。彼は坂山の腹時計を把握しているのだ。
「ううん。今日は別に」
「昨夜は睡眠不足に、今日は食欲減退か。自律神経の乱れに注意した方がいい」
 膝の上にアドバイスをしてくれるワン公を乗せて、前足を手で動かした。人形遊びをする子供の頃を思い出す。
「憂鬱なのはあるけど、精神病までは行かないわ。心配してくれるのは嬉しいけど」
「自覚がないのも危険だな。この所ため息の数が増えて、仕事の能率も減った。さっきは何度も言い間違えをして謝っていたな」
「疲れてるだけよ。疲れてる自覚はあるわ」
「休めばいいというのに。自覚があるなら」
「私に休みなんてあると思う? 四六時中奴らに狙われる身になってみなさいよ。食事をしてる時も寝てる時も、いつだって頭の上に剣がある気分なのよ」
 かつてスチャースも狙われる身になっていたが、今は反論しなかった。
「子供たちに勉強を教えていた時代が懐かしいわ。こんな事になるんなら、通信士になってならなきゃよかった」
 そう言ってから坂山は「ごめんなさい」と付け加えた。
 沈黙の間が流れる。そろそろノボルが買い物を終える時間だと思い付いた途端、通信室の扉が開いてノボルが帰ってきた。両手にビニール袋をぶら下げている。
「たくさん買い込んだわね」
 坂山が頼んでいた買い物は小型扇風機とお菓子。それだけなら片手の袋だけで足りそうなものだが。
 見てみれば多数の指人形、多数の特撮ヒーローのソフトビニールの人形、アイスが山盛り。他にもアロマオイルやコップ等も買っていた。
「それで、いくら使ったの?」
「二万……」
「別に二万くらいで怖気づく必要ないのよ。通信士のお給料を甘く見ちゃだめね。でも、どうしてそんな買い物を? 衝動買いかしら」
「気紛れだよ僕の。それよりさ」
 ノボルは自分の気紛れには触れられたくないのだろうか、すぐに話題を変えた。彼はポケットの中に手を入れて長方形の紙束を取り出した。
「デパートで福引をやってて、やってみたんだ。したらさこんなのが当って」
 箱根にある位の高い旅館の宿泊券のようだった。紙の下にはリンカーの場合、英雄と二人で一枚使えます! と書かれている。
「銀賞だったよ。行ってきなよ」
「行ってきなよって……私、通信士よ? この席をそう簡単に立っていいのか考え物だわ」
「僕とスチャースはお留守番するから大丈夫」
 ノボルの真剣な眼差しに、坂山は微笑んで宿泊券を受け取った。よく見れば十枚もある。
「お留守番よろしくね。何かあったらいつでも携帯に連絡して。お土産は期待しといてね」
 さっきまでの憂鬱な気分が、嘘のように引いていった。箱根、一度行ってみたかったのだ。大自然の景色が好きな坂山はまずそれだけで滾る心を体感するし、チケットが十一枚もあるということは皆を誘えそうだ。
 宿泊券の期限は二週間後だ。もうすぐにでも出発したい気持ちを抑えて、坂山は先ほどよりも背筋が真っ直ぐに伸びていた。
 福引券をたくさん入手するために人形やお菓子を買い込んだことを、ノボルは永久に口にするつもりがなかった。小っ恥ずかしくて言えたものじゃあない。

解説

●目的
 休日を満喫する。

●宿泊施設
 一泊二日の宿泊券で、三階建ての旅館に泊まることになる。部屋割りはそれぞれ相談。夕食は食堂に集まって、皆で一緒に食べよう。
 一階にはゲームセンターがあって、古い物から新しい物まで揃っている。メダルゲームもあって、子供から大人まで楽しめるだろう。
 温泉には露天風呂がある。月を見ながら語るのも悪くないだろう。露天風呂に限り混浴ができる。

●旅館付近
 土産のお店が充実している。
 他には日本の歴史に学べる博物館、山、食べ歩きできる商店街、森林公園がある。公園では道具を借りてバーベキューもできる。お肉等は買わないといけないが。

●夜
 部屋割りをしたが、自分の部屋以外にもお邪魔して遊んでもいいだろう。トランプやボードゲームを持ってきて遊ぶか、それとも夜空を見ながら語るかは個人個人の楽しみだ。
 恋人と一緒に星を見よう。そして洒落た言葉を言う。
 友人と一緒に酒を飲もう。大騒ぎしない限り、注意はされない。

リプレイ


 電車に乗って、箱根の駅に近づくに連れて私の中の期待も膨らみが増していく。九字原 昂(aa0919)君達と相席に座りながら食べた駅弁は鮮やかで舌が鳴るほどだった。
「今日はお誘いいただいて、ありがとうございます」
 弁当を食べ終わった葛城 巴(aa4976)ちゃんが律儀にもそう言ってくれた。
 駅に到着してホームに降りる。まず最初に感じたのは空気の違いだった。この空気を持ち帰ってしまいたい程に澄んでいて、どこからか森林の香りが漂ってくる。お日様も出ていて、何とも良い宿泊日よりだった。
 箱根湯本駅でエージェントの皆と合流した。全体を見渡してみると、皆楽しみにしてくれていたようだった。
「ちゃんとした旅行って久しぶりなの。お土産いっぱい買って帰ろうね……!」
 早い内からお土産のことを考えているのは芦屋 乙女(aa4588)ちゃん。学生の彼女は受験勉強に追われていて私生活が忙しない。ゆっくりできるのも久しぶりなんだとか。
「荷物持つよ」
 駅を歩いて下りの階段に差し掛かったところで、ルー(aa4210hero001)さんが言った。
「ありがと、でも大丈夫よ。今日は英雄さんにも休んでもらわなくちゃ。いつも任務に追われて忙しいでしょうし」
「それは坂山さんもだろう、お互い様だよ」
 ここで意地でも荷物を持っていれば私はとんだ頑固者だろう。ルーさんに荷物をお願いした。キャリーバッグで階段を降りるのは少しだけ面倒なのだ。
 階段の下まで降りると、送迎用のバスが待ってくれていた。私達の荷物を運転手がタイヤの間にあるトランクに入れて、順々にバスに乗った。私は最後列に座って、窓側の席に腰をおろした。昔から、車窓から見える景色を追うのがやけに面白く感じる。
 バスが出発してから少し経った頃、隣に誰か来たかと思えば夜城 黒塚(aa4625)君だ。
「ベネトナシュから何となく聞いてるっすよ」
「友達なのね、彼と」
「友達って呼べるかは分からないすけど」
 まあその、と黒塚君は会話を止めないように言葉を打った。
「今日はゆっくり休んでってくださいよ。なんかして欲しいこととかあったら、なんでも言ってくれればいいっすからね」
 私は少し意地悪だなと思いながらも、こう甘えてみせた。
「じゃあ暫く私とのお話に付き合ってもらえないかしら」
「お話っすか?」
 少し困惑しながらも、彼は了承した。
 おかげで私は久しぶりに、女性らしいお話が出来たような気がする。恋人ができない事の悩みとか、もう諦めた方がいいのかとか、もう手遅れなのかとか……。ちょっとネガティヴな話題になっちゃったから、自分が教師だった事もあると、そんな時代の話もした。
 黒塚君は私の話を、適当に相槌を打ちながらしっかり聞いてくれていた。時々不器用なお世辞を言う所もあったけど、こうしてエージェントとゆっくり話をできる事だけでも、私は嬉しかった。
 バスが旅館に到着して荷物を自分の部屋に置いた時、今日お世話になる部屋の全貌を見渡す。想像以上の旅館。今晩を一人で過ごすには勿体ないくらいの広さだった。
 荷物を置いて外に出てみれば、ファビュラス(aa4757hero001)さんは部屋の中に入る前から周りの風貌に目を凝らしていた。
「シオンさんもファビュラスさんも、旅館とか初めてっぽいね!」
 アキト(aa4759hero001)さんが言って、私も旅館に初めて来た時は全てが新しくて目が回ったと、懐かしい。
「ええ、初めてですわ!」
「アキちゃ……いや、アキトも初めてではないか?」
 案外、旅館が初めての人もいたのか。さすがのエージェント、休む暇もあまり無いのだろう。
「ん~そう言われてみるとそうかも。初めてがこの面子で嬉しいね」
 私は自分の部屋に戻って床に横になった。ちょっと硬いけど、今は気にしない。
 今日一日はたっぷり休憩しようと決めていた。魅力的な店、博物館までもがあるが今は好奇心を満たすよりもまず、休憩だ。こうして考えてみると、普段でどれだけ疲れていたのかが分かる。
 電車の中で眠気を我慢していたからか、すぐに睡魔に襲われた。仕事中に襲ってくる睡魔は獰猛な悪魔のような姿をしているが、今見えているのは優しい天使のような睡魔だ。安心して瞼を閉じることができる。


 駅前のカステラ焼を食べながら、ベルフ(aa0919hero001)は静かに感嘆した。
「土産に持ってこいだな」
 手のひらサイズのカステラ焼は二口目で無くなってしまった。
「饅頭に煎餅にクッキー……どうにもありきたりなモノばかりだったから、こういう変わったのがあると面白い」
「なら一つ目のお土産は決まったね。本当に美味しいな……」
「他にも美味しいのか沢山あるのかなあ」
 まだ商店街には入ったばかり、葛城 巴(aa4976)は奥に広がるお店の数々を見て期待真っ盛りの表情をした。対照的にレオン(aa4976hero001)は特に興味はない様子。
 次に四人が向かったのははちみつチーズタルトが食べられるお店。どうやら湯本限定の絶品らしく、葛城はお店の前に既に漂ってくる香りに口元が緩みかけていた。
 で、いざお目当ての商品が来てみると。
「おお、おお……」
 初めての味わい。最初にクッキーを食べる時のような感覚が伝わるが、すぐに中からとろけた甘味が流れ込んでくる。顔全体に広がっていく甘味は、過ぎた甘さではなく程よく優しかった。空腹を感じていたレオンも一口味わってみたが、すぐに食べ終わってしまった。
「これを買おう!」
「別にいいが気をつけろよ。賞味期限一日だぞ」
「大丈夫、今日中に全部食べるからさ」
 それはそれで、別の問題が発生しそうだ。
「美味しい物の予感ですわッ!」
 ちょうど同じように食べ歩きをしているシオン(aa4757)達がお店に向かって歩いていた。
「こんにちは、皆さんも食べ歩きですか」
 九字原は会釈した。
「ええ、その通り。歩いていたらこのお店からとても香ばしい予感がしたのですが」
「それなら予感は大当たりだよ」
 葛城は手に持っていた特別なタルトをファビュラスに渡した。
「予感の正体はこれでしたのね!」
「食べてもいいよっ」
 快い申し出に遠慮がちだったものの、甘い誘惑には中々勝てずに葛城から受け取ると、最初は小振りに齧って舌の上に転がした。
「これは……!」
 それから彼女は大袈裟に味を語ってみせた。このタルトは地球が生み出した奇跡の産物らしい。
「ファビュラスさんの食ベっぷり良いねー!」
 もう何個かのタルトを買おうとしてバッグからお財布を取り出そうとした時、シオンの手に握られていた寄木細工のこけしが目に入った。
「カワイイ……!」
 五秒間くらいジッと見つめられてから、シオンは彼女がこのこけしに興味津々なのだと気付いた。
「ああこれか。中々滑稽な顔をしてるだろう。つい目を惹かれてしまってね」
 今日で一番最初に買った品物がこのこけしなのだという。
「ほれもおいひいれすの……ひくほもほあ!」
 こけしに注目している横で、ファビュラスがチーズタルト以外にも香ばしいパンやスイーツを買って美咲 喜久子(aa4759)に渡していた。

 別の所では芦屋が椿原 悠里(aa4663)と二人で博物館を見物していた。この博物館は箱根をよりよく楽しむための資料が多く置かれている他、日本の歴史にも触れていて社会科目の復習ができるような場所だった。
「じ、承久の乱……とは、どんなものでしたっけ」
「朝廷が幕府に戦いを挑んで敗北した戦いです。北条泰時が幕府側で、その勝利によって名が知れ渡ります」
 積極的に質問をしてくれる芦屋に答える椿原も勉強の復習になってよかった。それ以上に、さすがの博物館は自分の知らないことまで展示してある。今後使う知識になるか分からないが、少なくとも箱根を楽しむには良い知識を得られただろうか。
 博物館を出て昼過ぎにはお腹が音を鳴らしていた。博物館ではお世話になったからと、芦屋はガイドブックを手に張り切っていた。
「箱根の美味しいラーメン屋さん、チェック済みです!」
 この時間に人通りはあまり多くない山の近くにそのお店はあった。いらっしゃいませ、と女性の店員が笑顔で二人を歓迎してくれる。
「鯛出汁のスープが、ここは美味しいんですよ」
「そうなのですね。では、せっかくなのでオススメを頂きましょうか。鯛の出汁のスープ……滅多に味わえるものでもありませんからね」
「濃厚で、トロけるような舌触り……って書いてあります。わあ、説明を読んでるだけでお腹が」
 鯛のラーメンは注文してから数十分かけて二人の前に出された。本物の鯛の刺し身が乗っていて、ネギと白ごまが散りばめられている中、香ばしい香りのしそが本当に食欲を唆らせる。
「いただきますっ」
 ガイドブックに書いてあった通り、あまりにも美味しいからと芦屋は会話を忘れて食に夢中になっていた。
「こ、こんな美味しいラーメンがあったなんて、食べにきてよかったです……!」
「本当に一流ですね。さすが、箱根と言ったところでしょうか。お夕食も楽しみになってきます」
 美味しいラーメンを全部食べつくしてしまうのが勿体ない。それでも少しずつ無くなってしまい、最後にはスープを飲み干して器を空っぽにした。
「ご馳走様です」
 食休みは必要なもので、二人は水を飲みながら少しの間お話することにした。

 旅館の探検が終わったフィアナ(aa4210)は、次に山に冒険しにいきたいと言った。ルーは迷子にならないよう気をつけるように言って、後ろからついていく事にした。
「やっぱり、落ち着く……」
 森の息吹を感じながら、フィアナは山の途中で両手を広げてみせた。よく街を見渡すことができる場所だ。さっき自分達が乗っていた電車すら小さく見える。
 どこからともなく聞こえてくる水の音が、心を洗い流してくれるように感じた。森の風もさることながら。
「良い空気だね、やっぱり。雨が降らなくてよかったよ。森林浴の妨げになってしまうから」
「多分、雨が降っても山に登ったと思うの。ちょっと危ないけど……」
 更に山を登って、珍しく切り株を見つけるとフィアナは腰を下ろした。
「こんな素敵な場所でお昼寝したら、きっとすごくいい夢を見られると思う」
「そうだね。眠たくなったら目を閉じて眠ってごらん。僕はどこにもいかないから」
「うん……」
 小休止もなく山を登り続けてきたし、何より今朝は随分と早起きだった。フィアナは今回の旅行を本当に楽しみにしていて前日も、明日が早く来ますようにといつもより早く眠っていた。
 森林浴が気持ち良いからと眠くなってしまったのだろう。座りながらうとうとし始めた彼女は、やがて眠りに落ちた。ルーはフィアナと背中合わせに座って、静かに見守った。木々が揺れる音を聞きながら、動物達の声に耳を澄ます。
 夏の、この日差しが心地良い。
 森林の中だから時間感覚は定かではないが、三十分前後だろうか。ルーの背中にもたれていたフィアナが目を覚まして、小さく欠伸した。
「おはよう、よく眠っていたよ」
 ルーにおはようと返事をしてから立ち上がった。
「どんな夢を見たか、忘れちゃったけど……。とても、幸せなきぶん」
「幸せな夢を見たんだね」
 また道なき道を歩き始めたフィアナ。自由に歩く。
「兄さん、綺麗な石! これお土産、にどうかなぁ?」
 歩いている途中に見つけたまん丸な石を両手で包んでからルーに見せた。大自然が作ったにしては、確かに綺麗だった。太陽に照らされると宝石にすら劣らない輝きを放つ。
「お土産は……まぁ相手によるだろうけれど、少なくとも家で留守番している彼には買った物の方が良いと思うなぁ。君らしいと言えば君らしいけどね」
「分かったの。後でお土産屋さんにも行く……」
 結局その綺麗な石を捨てきれず、フィアナはポケットの中にしまって冒険を続けた。もう少し森と一緒にいたかった。


「坂山殿ー!」
 ベネトナシュ(aa4612hero001)は準備が整って、坂山を出迎えに旅館まで戻っていた。森林公園から旅館まではさほど遠くない。歩いて十分くらいの場所にある。
 深い眠りから微睡みに戻り始めていた坂山は、その元気な声で目を覚ました。気付いたらうつ伏せになって寝ていた。
「あや、お眠りの最中でしたかな?」
「ううん。いいの、どうしたの?」
 細い目をかきながら足をへの字に曲げてベネトナシュを見つめる。
「何も言わずわたしの後についてきてほしいですぞ!」
 元気な笑顔を見るからに、悪い出来事ではなさそうだった。坂山もつられて笑顔になりながら彼の背中をおっかけて森林公園まで足を動かした。
 公園につくと、まあ良い香りがしてくるものだ。炭の香りは一瞬で食欲を思い出させる。
「あら、バーベキューをやってたのね」
 伴 日々輝(aa4591)がウチワを持って炭を扇いでいる。火が強まったり弱まったりと程よさを保つために調整しているのだ。
「いらっしゃい。お好きな席にどうぞ」
 地面には借り物のブルーシートが敷かれていた。その上にはたんまりと食材が買い込まれている。
「何かお手伝いとかっているかしら」
「大丈夫ですぞ! 坂山殿は食べる専門で大丈夫! わたしらに任せておけば万事解決なのですぞ」
「ありがと、でも本当にいいの?」
「勿論!」
「優しいのね。みんな」
 無邪気な笑顔で坂山は笑ってみせた。いつ振りだろうか、この温かい笑顔が表に出てきたのは。
 網の上に肉と野菜が入り混じって乗せられた。だがその数は均一で、とりあえず焼くのではなく、美味しい物が食べられるように適切な量で調理されていく。焦げすぎないように。
「ほら、これ」
 グワルウェン(aa4591hero001)が紙パックに入れてくれたお肉と野菜を坂山に渡した。
「しっかり食べて次に備えるんだぜ!」
「ふふ、そうね。腹が減っては戦が出来ぬって言うものね」
「そうですぞー! 今のうちにしっかりスタミナ補給! とても大事」
 そう言いながら、ベネトナシュは豪快に分厚いハラミに噛み付いた。
「お前ら、野菜もちゃんと食えよ」
 クー(aa4588hero001)はそう言って、トングで野菜を掴むと網の上に盛った。キャベツやニンジン、玉ねぎが乗っている。肉に負けじと野菜軍も良い香りをあたりに散りばめるものだ。
 座りながらお肉と野菜を交互に食べていた坂山の所に、カクテルグラスを持ったエクトル(aa4625hero001)が来てくれた。
「えへへ、クロと一緒に作ったんだよ! 坂山お姉ちゃんが好きな味だといいな……♪」
「すごい……随分と本格的じゃない。美味しそう、いただくわね」
 グラスには輪切りになったキウイやブルーベリーが乗っていて、フルーツフレーバーの効いたノンアルコールカクテルが入っている。坂山は上品に口をつけて、喉を鳴らして飲んだ。
「どうかな?」
「こんなに美味しいカクテル、初めて飲んだかも。後で作り方を教えてほしいわ。この甘さクセになるっ」
「うん、いいよ! ノンアルコールだからたくさん飲んでも大丈夫~」
 エクトルの無邪気さが、自分が教師だった頃を蘇らせた。良い点数を取れた子にはこうして、軽く頭を撫でてあげたものだった。
 えへへ、とエクトルはまた笑った。
 つられて坂山も笑った。
「美しいレディの憂い顔も素敵ですが、やはり貴女には笑顔のほうが似合いますね」
 そう言ったのはクーだ。彼はデザートにバニラアイスが添えられたお皿を坂山の前に置いてくれた。
「そ、そうかしら」
 デザートの桃のように、坂山の頬も少しだけ明るくなる。
「さすがはクー卿ですね!」
 ガレシュテイン(aa4663hero001)が言った。彼もクーと同じもてなし役だ。
「二人もちゃんとお肉を食べてね。私ばっかりこんな優遇されてちゃ悪いわ」
「そんな事ないですよ。ベネトからお話は聞いてます。今まで休憩もなしに頑張ってきたのですから、今日一日くらいは本当に……正直になってください」
 彼女は他人の事を考えすぎなのだ。自分のことはいつも後回しにして、精神が休息を求めている時ですら人の事を考える。それは美点でもあるが、同時に弱い所でもあると坂山は分かっていた。分かってはいながらも、中々直せない。
 ガレシュテインの言うように、今日は甘えてもいい日なのだろうか。
「焼けた肉はこっから此処な。……焼きマシュマロ残しといてな」
 年下の可愛いエージェントを見ていると、どうも自分が可愛がってあげたい気分になるものだ。性なのだろう。
 ベネトナシュは公園を散歩している他の人達にもお肉をお裾分けしにいった。年配の人は微笑みを浮かべながら口にして、美味しそうに頷いた。何を言っているのかは聞き取れなかったが、少なくともその言葉がベネトナシュを笑顔にしたのは事実だ。
「本当に美味しいなぁ」
 エクトルはタレを付けてお肉を頬張っていた。これは坂山の予想だが、カクテルを作るためにお腹を空かせながらも頑張ってくれたんじゃないだろうか。あれだけ美味しいカクテルなのだ。手間をかけてくれただろう。
 いつも自分を助けてくれる恩を返せないことが少しだけ落ち着かないが……今日は甘えていい日、甘えていい日。
「クーさん、おかわりもらえるかしら」
「はい、よろこんで」
 本当に自分の執事が出来たみたいだ。ちょっとだけ、彼を本物の執事にしてみたいと感じた。ほんの出来心に過ぎないが。


 旅館の冒険をしているフィアナ。そろそろお風呂の時間だ。ルーは彼女をゲームセンターで見つけて温泉に連れていくことにした。
「兄さん、お風呂一緒に入る」
「僕は男性だから男風呂だよ。だけど露天風呂は一緒に入れるみたいだから、しっかり身体を洗った後に一緒に入ろう」
「露天風呂……はお月さま綺麗に見える、みたいだから楽しみなのよ」
「そうだね。こんなに素敵な場所だから、きっとお星様もよく見えるよ。星座なんかも分かるかもしれないね」
 一般人の人達が入った後をルーは入浴時間に選んだ。その方が落ち着いて一緒にフィアナと入れると考えたからだ。
 女性のお風呂にはフィアナと同じチケットを貰った芦屋と椿原が寛いでいた。
「のんびり温泉なんて、本当に久しぶりです」
 椿原は両手でお湯を掬った。
「アルバイト、してるんでしたっけ……。やっぱり忙しくてお時間が取れないのでしょうか」
「勉強とアルバイトの両立は外見以上に労を強いられるものです。アルバイトだけなら、そこまで忙しくはないのですが」
 勉強中にアルバイトはできないし、アルバイト中に勉強はできない。厳しいが、これを乗り越えないと次のステップに進めない。
「あ、あの」
 芦屋は少し小声になって言った。
「今日は一緒に遊んでくれてありがとうございました」
「こちらこそ、楽しかったです。充実してました」
「えっと……」
 もしよかったらなのですが、と前置きを置いて。
「これからもまた、遊んでくれると私、嬉しくて」
 あのあの、と言葉を途切れさせないように彼女なりに頑張って文を考えている。
「悠里さん、先輩ですし、美人で落ち着いてるから気後れしてたんです。か、帰ってからも、今日みたいに遊んでくれますか?」
 もし断られてしまったらどうしよう。忙しいからって言われたら……と不安感が募ったが杞憂に終わるのだ。
「勿論です。これからもよろしくお願いしますね」
 椿原の笑顔に救われた。

 静かな女性風呂とは比較にならないのが男子風呂という物である。
「……覗きはどうかと思うぞ、クロ」
 薫 秦乎(aa4612)は女性風呂との境界を示す竹の壁の前に立っていた夜城にそういって茶化した。
「はあ?! ざけんな誰がいつやろうとしたってんだてめえ!」
「ゆーりの嫌がる事したら許しませんからね、兄様」
「だからしてねえって!」
 気持ちは分かるぜ、とグワルウェンが夜城の肩に手を置いた。
「男だらけの温泉回なんて面白くねえしな! 湯けむりときたら次は美女美少女の一人や二人とんで一万人くらいあっていいよな!」
「そーかそーか。じゃあついでに竜宮城も堪能すっか?」
 グワルウェンは女性風呂に聞こえるような声でそう言うものだから伴がここで登場だ。彼のパートナーとして責任を持って夜城と水風呂に沈めることにした。
「お前はどうしてそんなに! 無駄なときだけ! 語彙が豊かなんだっ!」
「ったくこいつらは……」
 クーは湯船にしっかりと肩まで浸かりながら呆れ顔で様子を見ていた。
「もうちょっとゆっくり温泉に入っていたかっただろう。あのバカ共……」
 隣に座っていたルーに言った。
「いえいえ、気にすることはないよ。元気があるのは良いことだからね」
 薫はエクトルの髪を洗っている。
「痛くねえか」
「うん~大丈夫。むしろ気持ちいいくらいかなぁ」
「そうか。今日はバーベキューの手伝い、ご苦労さんだったな」
 楽しい一日が終わるのは本当に早い。一泊二日でなく、気前よく二泊三日だったらもっと楽しめたのだろうが、それはまた別の機会になるだろうか。
 にしても、窓から見える月は本当に綺麗じゃないか。


 夕食には豚の角煮が出て、それをメインディッシュにしながらデザートや美味しい白米を堪能して九字原達はゲームセンターに向かっていた。昔のゲームだ。横スクロールの協力アクションが目についた葛城は、ベルフを相棒に選んでゲームに挑んだ。九字原とレオンは様子見だ。
「おぉ、ベルフさん上手だね」
「ステージ1だからな。こんなところじゃ躓かないさ」
 1ステージ目は爽快感があってワイワイ楽しく進めたが、2ステージ目で早速強敵が現れるものだから葛城は呆気なくダウンした。
「お腹いっぱいで動けないよ……」
「巴はドヘタクソだもんな」
 レオンはにやりとそう言う。
「……その失礼な口、縫ってあげようか?」
 結局ベルフは3ステージ目の中盤で残機がつきてゲームオーバーだった。
「従魔退治の方がまだ簡単だな」
 次は四人でやれるゲーム……と葛城はエアーホッケーをみつけた。簡単にチーム分けをして、いざ勝負。葛城と九字原ペア、ベルフとレオンペアという英雄と能力者の戦いになった。
「負けたらたっぷり可愛がってやるからな」
「負けないよ……!」
 レオンの煽りも利いて、緊張感のある良い試合が始まろうとしている。お金を入れて、円盤が九字原ペアの方に出てきた。能力者と英雄の仁義なき戦いは見ものだ。
 お互いに一歩も譲らない読み合いが始まる。九字原は狙いを角に定めて、横に振るった。角から反射させてゴールの軌道を混乱させる技術だ。
 ゴール手前でレオンが円盤を上から押さえつけた。
「ほう……」
 次はレオンの攻撃だ――いや、瞬時に連携攻撃に切り替わった。レオンが普通の速度で真正面に飛ばしてきた円盤を、ベルフが突然横から力強く攻撃を加えてジグザグな動きに変化させた。
 偶然、葛城の持っていたマレットにぶつかってゴールは免れたが、次その技を食らったら……。
「昂、まだ俺に勝つつもりでいるか?」
「……ちょうどいいハンデだから大丈夫だよ」
 九字原はフォローしながら頑張ったが……。
「いや~ん!」
 客観的に見ても葛城が足を引っ張ってベルフ達が勝利した。九字原の真似をしようとして横にマレットを振ったら物理法則に反して自分のゴールに入ってきたのは最大の見せ場だった。
「次いこう次!」
 そしてレースゲーム。これは四人で対戦形式だ。車の椅子に座ってハンドルを握り、アクセルとブレーキを使い分けながら一位を目指す。
 ゲームの効果音ながら激しく「ッドガァ!」とか、「ドゴォッ!」と衝撃音が鳴り響いたが、全て車が壁に激突した時に生じた音であり、全て葛城の車から聞こえてきたものだった。
 ――バキッ。レオンは妙な違和感を覚えて隣を見た。
「いや~ん!」
 まさかリアルでハンドルを壊すとは思わず。
「壊しすぎだろ……」
 ホテルの人に総出で謝りにいったが、笑顔で「大丈夫ですよ、古いですし壊れやすかったのかなあ。お気を悪くなさらないでください」とむしろ気を遣われてしまった。


「夏の星……か。賑やかだが、そのハーモニーも素敵だね」
 美咲達四人は同じ部屋に集まって、広縁の椅子に座って盃を交わしていた。
「あの美しい光は太陽光が反射されたもの……でしたかしら?」
「星は冬の方が綺麗だと思っていたが、夏の星も悪くはないな」
 美咲は酒を一口入れて星を見上げた。
「……この夜空の下で呑むのも優美、だね」
「ええ、美味しいお酒がより美味しく戴けますわ」
 窓は開いているから夏の夜風も入ってきた。お風呂の後の温まりすぎた身体を程よい体温に冷ましてくれる。それに森からくる風は本当に心地よいものだった。
「綺麗だね。でもシオンさんとファビュラスさんの綺麗さには星も霞むね」
「あらお上手ですわね」
 テーブルの上には今日シオンが買ったこけしも乗っていた。こけしも一緒に夜空を見ていた。一体何を思ってみているのだろう。我々と同じように綺麗だと思っているのだろうか、もし魂が宿っているのならば。
 アキトのお酒が無くなったのを見て、ファビュラスは両手でお酒を持ち上げた。
「では次はあたしにお酌させて下さいな」
「それじゃあ」
 アキトはグラスを持ち上げた。
 にしても疲れた。美咲は静かに溜息を吐き出した。食べ歩きは楽しかったが、さすがに歩きすぎただろうか。早起きして電車に乗ってからは一回も座っていない。三時間以上は歩きっぱなしだった。
 まだ元気な人々もいるものだ。隣の部屋も窓を開けている。確かベネトナシュや夜城がいた部屋で、五人以上はいるその部屋から楽しそうな声が聞こえてきた。
 枕投げをやってるみたいだ。それで、どうやら坂山もそれに混ざっているようで、時折大笑いする声が聞こえてくる。無邪気な笑い声だった。
 ドタバタ騒ぎをしている訳ではないから迷惑はかからないが、物が壊れないかどうか。とはいえ皆大の大人だ。エクトルは子供らしかったが……旅館のあの優しい人達を困惑させるような事はしないだろう。
 気付けばアキトが結構な量のお酒を美咲のグラスに注いでいた。まるでわんこそば風。
「アキト、も、もういいだろう。少なくとも私は飲めん」
「……っと、喜久子。遠慮しないで、さぁ!」
 こうなれば最終手段だろう、美咲は寝たふりをしようと目を閉じた。

 最初は寝たふりのつもりだったが、結局そのまま眠りについていた。
「気持ち良さそうな寝顔だね……」
 この旅行を心から楽しんでくれたのだろうか。今は良い夢を見ているのだろうか。
「きっこさん寝ちゃったねー」
 シオンは上着を彼女の上から被せた。
「そうだ。シオンさんって、如何して綺麗なモノ、好きなの?」
 突然の問いかけに、再び星空を見上げてグラスを揺らしながら彼はこう答えた。
「綺麗なものには綺麗な魂が宿っている……それは何にも代え難い光。それだけが持っている光」
 ――美しさに理由などない。在るのはそれぞれが持つたった1つの魂。
「本当は。存在し得るもの全てが美しいのかもしれないね」
「何かシオンさんらしくてイイね」
 アキトにとってシンとファビュラスは謎の多い人物だった。できれば……できればもっとお近づきになって、一緒にお話をしてみたいと思った。
「さて、お姫様を連れて帰ろうか……」
 アキトが敷いてくれた布団の上に美咲を乗せて、晩酌の後片付けをすると四人とも寝床に、横になった。


 遊び疲れて眠る子供たちを、自分の我が子のように私は見守っていた。
 修学旅行を思い出していた。生徒達を引率する先生の気分だ。
「皆よく眠っているわね」
 薫君に寄り添うようにエクトル君が寝ている。気持ちよさそうだ。
「坂山、少しだけ話がある」
 と、薫君が言った。私は静かに耳を傾けた。
「フランメスに俺の情報を渡せ」
 最初に私は迷った。嬉しい反面、この大事な友達を危険に曝すことに不安が寄せ集まる。でも……。
「ありがとう、でもちょっと考えさせてほしいわ」
「強制はしない、覚えとけばそれでいい」
 そろそろ私は退散するべきかと思って立ち上がった。眠くなった訳じゃないけど、ちょっと自分が場違いだと感じた。ベネトナシュ君達も私がいるから気を遣って騒がないのかもしれないし……。
「今日はありがとう、もう寝るわね」
「おやすみなさい、良い夢を」
 クー君が朗らかな笑顔と、皆のおやすみの挨拶を最後に私は自分の部屋に戻った。月が綺麗だった。
 日々の疲れは何となく……取れたような気がする。ただ一つだけ案じているのは、他の皆も同様に楽しめたかな……ということ。
 でも私は楽しかった。それだけは、代わりようのない事実だ。本当はチケットを貰ってくれる人がいるかどうかも最初は分からなかった。
 来てくれてありがとう。それでいて、もし楽しんでくれてたら、もっとありがとう。
 今日また一つ、私はエージェントと近づけたような気がした。

結果

シナリオ成功度 普通

MVP一覧

重体一覧

参加者


  • 九字原 昂aa0919
    人間|20才|男性|回避

  • ベルフaa0919hero001
    英雄|25才|男性|シャド
  • 光旗を掲げて
    フィアナaa4210
    人間|19才|女性|命中
  • 翡翠
    ルーaa4210hero001
    英雄|20才|男性|ブレ
  • LinkBrave
    芦屋 乙女aa4588
    獣人|20才|女性|回避
  • 共に春光の下へ辿り着く
    クーaa4588hero001
    英雄|24才|男性|ソフィ
  • Iris
    伴 日々輝aa4591
    人間|19才|男性|生命
  • Sun flower
    グワルウェンaa4591hero001
    英雄|25才|男性|ドレ
  • 気高き叛逆
    薫 秦乎aa4612
    獣人|42才|男性|攻撃
  • 気高き叛逆
    ベネトナシュaa4612hero001
    英雄|17才|男性|ドレ
  • LinkBrave
    夜城 黒塚aa4625
    人間|26才|男性|攻撃
  • 感謝と笑顔を
    エクトルaa4625hero001
    英雄|10才|男性|ドレ
  • ひとひらの想い
    椿原 悠里aa4663
    人間|18才|女性|生命
  • しゃかりきちょこれーたー
    ガレシュテインaa4663hero001
    英雄|16才|男性|ブレ
  • 藤色の騎士
    シオンaa4757
    人間|24才|男性|攻撃
  • 翡翠の姫
    ファビュラスaa4757hero001
    英雄|22才|女性|ジャ
  • エージェント
    美咲 喜久子aa4759
    人間|22才|女性|生命
  • エージェント
    アキトaa4759hero001
    英雄|20才|男性|バト
  • 新米勇者
    葛城 巴aa4976
    人間|25才|女性|生命
  • 食いしん坊な新米僧侶
    レオンaa4976hero001
    英雄|15才|男性|バト
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