本部

どうか泣かないで聞いてください

鳴海

形態
ショートEX
難易度
易しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
4日
完成日
2017/06/14 14:44

掲示板

オープニング

● グロリア社にて、ちょっとした手違い。
 グロリア社では薬品も取り扱っている。
 即座に体力が回復するアンプルだとか、食べると生命力が回復する食べ物など。
 その開発にあたってどうしてもどこかのタイミングで人体実験を挟む必要がある。
「治験ってやつね、チケーン」
 遙華は白衣を纏って意気揚々と告げた。
 今回は即効性のあるスキル回復薬の実験、実用にはまだ遠いのだが、とりあえず今の段階で人体にどのような影響があるか調べたい。
 というので、そこそこな値段で君たちはその新薬実験を受けた。
 それが全ての元凶の始まりだった。
 五日拘束ののち君たちは解放される。
 ちょっと多めの採血と、唾液と尿検査、それだけで普通の従魔討伐と同じだけの報酬が手に入るのだからちょっとした休暇も同然だった。
「じゃあ、報酬なんだけど、ごめんなさい。私の執務室のデスクの上にあるから持ってきてくれないかしら?」
 機材の片付けに手間取る遙華のかわりに君は執務室に赴き茶封筒を手に取った。
 そしてそれを仲間たちに手渡して、遙華に帰宅する旨を告げる。
「ええ、ありがとう。これで全行程完了だから、何か問題があれば連絡するわね」
 そう遙華と挨拶をし、一行は解散する。
 その後遙華が自分の執務室に戻ると、なんとあれがない。
「あら? TTRPGのハンドアウトがない」
 代わりにおいてあるのは報酬が入った茶封筒 
「持って行き忘れたのかしら。困るわ」
 どうやら間違えられてしまったらしい。
「うーん、ハンドアウトはまた印刷するとして、お金は」
 見れば時刻は九時を回っている、薬の副作用できっと眠くなっているはずだ。
 そう考えた遙華は。
「明日連絡すればいいわ」
 そう仕事に取り掛かり、そのまま連絡するのを忘れてしまった。

● 封筒の中身は死刑宣告

「重大なことがわかってしまいました、あなた方は一週間程度で死んでしまいます。これは死に晒された一週間を、あなた達がどう生きるかの物語」
 最初はおかしいと思った。
 茶封筒の中味は報酬ではなく、紙切れが一枚。しかも大仰な文章でいろいろ書かれている。
「あなたは新薬の実験により、僅かばかりの報酬を得ましたが、支払った代償からするとおおよそ安すぎました。あなたの命はその薬のせいで一週間に縮められてしまい、風前のともしびです」
 あなたは思わず紙を強く握りしめました。
 不快感のためでもありますが、何より……なんだか気持ち悪い。
「それを保証するようにこの一週間で様々な異変が体に起きます、突然の胸の痛み、疲労感、感情が不安定になる。等々」
 吐気と眩暈が増す中。それでもあなたはその手紙から目が離せません。
「あなたはこの一週間で、今ままで生きてやるはずだった全ての事をしないといけないでしょう。生きたあかしを残し、生きた罪を生産し、愛する者に言葉を残しましょう」
 思わずあなたは膝をつきます。そしていつの間にかその大仰な文章を信じ切っていたのです。
「一週間とはとても短い物です、後悔の内容に過ごしてください」
 あなたはその文章を読み終えると、空に……紙を投げ捨てた。
 天井には夜空が広がっていた。
 もうすぐあの、瞬く星の仲間入りをするとしたら。急に外気が冷たく感じられた。

● あと一瞬間しか寿命が無いと言われたら?
 今回のシナリオは皆さんが最後の一週間をどう過ごすかというテーマです。
 英雄、あるいは能力者、もしくは両方がこの実験に参加してしまったことで、命あとわずかな状態だと信じ込んでしまいます。
 PCの皆さんはそうなってしまったらどうすると思いますか?
 ご飯を沢山食べる? 友達と過ごす? 恋人と?
 旅に出る人もいるかもしれません。いつもと変わらない日常を過ごして、遺言を残すのかもしれません。
 それは皆さんの自由です。
 ご丁寧なことに茶封筒に入っていた紙にはやりたいことリストがついていました。
 先ずはここをうめるところから初めて、この七日間の儚い物語、沢山楽しんでいってください。
 ちなみにこの一週間の間。眩暈や頭痛、倦怠感、動悸、吐気と言った症状に突発的に襲われる場合もありますが、薬の副作用です。
 あと、念のために書いておきますが、一週間たてば体調不良は治りますし、一週間たっても死なないのでご安心を。
●グロリア社に行くと?
 遙華は出張した旨を知らされ会うことはできません。係り員からは塩対応をされ、お金の入った茶封筒を渡されます。
 これはあなた達が本来受け取るべき報酬なのですが、タイミングと言い、不十分な説明と言い、なんだか口止め料を支払われた気分、あるいは金で追い払われたような気分になります。

解説

●シナリオについて
 今回のシナリオは、みなさん死刑宣告された状態からスタートと思いきや。
 死ぬ前に一緒にいたいと思う相手すら、死刑宣告されていると話が複雑ですよね?
 なので、最後の一週間を一緒に過ごすために事情は分からないけど誰かと一緒にいると言ったプレイイングもありでしょう。
 また、シナリオのアクセントとして、下記のシチュエーションを提案します。
 アクセントなので使わなくてもいいです、発想の肥やしになれば嬉しいです。

*英雄がその薬の効果を肩代わりすると、能力者は死ななくて済む。あるいはその逆。
 どこからか分かりませんが、共鳴時に薬物の効果を相棒に移せると言った情報が流れてきます。実際に共鳴してなんとなく念じながら共鳴を解くと、薬物由来の体調不良が相手にうつります。
 また、他にもこの死刑宣告を撤回させる手段として何か噂が流れてきてそれのために孤軍奮闘するようなお話も楽しいかもしれません。

*NPCに逢いに行く。
 遙華は出張なので出せませんが(そもそも出すとこのシナリオ速攻で終わるので)
 鳴海が管理する他のNPCであれば希望して逢いに行くことを可能とします。NPCに挨拶したい人もいるかもしれませんので。
 
*むしろ生きてると危険。
 茶封筒の中に入っている紙には、個別の一文が追加されている可能性があります。
 たとえば、あなたは一週間後も生存していた場合、この病を周囲に感染させてしまう。
 などです。英雄死を促す文面ですね。ただ。一週間きっかりで遙華から連絡が来り、新薬実験に参加した他のメンバーから勘違いだったと連絡が来るので、実際に自殺には至らないと思います。

リプレイ

● プロローグ

「な! なによこれ!!」
 それはグロリア社からの帰り道。道すがら気になって封筒の中身を暴いてみれば。『御門 鈴音(aa0175)』はみるみる顔色を変えてそう声を上げた。
「……エイプリルフールには、遅すぎるか」
 言葉の上では冷静に振る舞う『御神 恭也(aa0127)』ただ『伊邪那美(aa0127hero001)』は頬を赤らめて強く抗議の姿勢を見せる。
「幾ら何でもこれって無いんじゃ無いかな?」
「一週間……ですか?」
『努々 キミカ(aa0002)』は困惑して『ネイク・ベイオウーフ(aa0002hero001)』を見あげる。
 その手の紙がむなしく揺れた。
「碌な死に方をしないだろうとは思ってたが」
『麻生 遊夜(aa0452)』は言葉を切る、そっと不安げな『ユフォアリーヤ(aa0452hero001)』を抱き寄せた。
「グロリア社なら安心だと思ってたんだがな。それがこんなものを渡されるなんてな」
 遊夜の言葉に『彩咲 姫乃(aa0941)』が答える。
「……ん、戦死でも……大往生でもなかった、ね」
「2人して薬が原因で、しかも周囲に感染するとはな」
「……子供達に、看取って貰えないのが……残念、だねぇ」
 ユフォアリーヤの豊かな尻尾が力なく垂れ下がる。
「ん? にしてもこれ。なんだっけ、赤紙だっけかこれ? いや、はじめてみたが……ハンドアウトみたいな文面なんだな」
 姫乃が首をかしげ眺めるが、その言葉は一行の悲嘆で掻き消える。
「ガキ共にうつすわけにもいかんし……やはり、畳の上では死ねなかったか」
「いやぁ~! 青春真っ盛りの女子高生なのにこのまま恋人も出来ないまま死にたくな~い!」
 遊夜の言葉で実感がわいたのか鈴音が大粒の涙をこぼしながら喚き散らし始める。
 その鈴音のお尻を『輝夜(aa0175hero001)』が蹴った。
「うるさいんじゃ!」
「いったい!」
「大丈夫じゃ。そなたの亡骸はわらわが美味しく食ってやるからの」
 驚きの表情を浮かべる鈴音。
「助けなさいよアンタ! 死んだら恨んでやる! お腹壊せ!」
「とりあえず、何かの間違いかもしれません。グロリア社に戻りましょう」
 その背を『狒村 緋十郎(aa3678)』は黙って見送った。
 その頭の中は『レミア・ヴォルクシュタイン(aa3678hero001)』でいっぱいで。
 この事実を何と打ち明けようか、そんな思いばかりが巡っていた。

   *   *

「どうなっているんだ!!」
 ネイクがグロリア社の警備の者に詰め寄る。
「いえ、だから私達には何が何だか分からず、というよりもう次の終末の悪夢まで、西大寺の令嬢の名前は聞きたくない次第で」
「なにおちゃらけたこと言ってるのかな?」
 伊邪那美が言葉に苛烈さを含ませて問いかける。その姿に影がまとわりついた。恭也は引き寄せられるような奇妙な感覚を味わう。
 伊邪那美の胸のうちが伝わってきた。憎悪と破壊の欲求。邪英化という言葉が恭也の頭をよぎった。
 だがそんな一行の押しのけて『八朔 カゲリ(aa0098)』はガードマンに問いかけた。
「西大寺はいつ戻る?」
「一週間程度は戻らないかと」
 それに頷くとカゲリは立ち去ろうとする。
「覚者よ、よいのか」
『ナラカ(aa0098hero001)』がか細い声で問いかけると。カゲリは受付嬢の目の前に茶封筒を押し返した。
「一般病院に行く。ここで対処してもらえないならそうするしかない」
 結果、状況的にはどうしようもないことを理解して一行はグロリア社を後にした。
 二度目の帰り道。一度目は臨時収入に浮かれていたが今は打って変って静まり返っている。
「もう! 何なのかなあの対応は!?」
 思い出したかのように伊邪那美は声を荒げた。
「関わり合いたくない思いが、前面に出ていたな……これは、冗談では無いかも知れん」
「……ならどうするの? このまま静かに最後を迎える? それとも、復讐にグロリア社に襲撃でも掛ける?」
「伊邪那美と契約する前なら、それも良かったがな。終わりのその時まで無様に足掻いてみるさ。このまま、死ぬつもりは無いから安心しろ」
「仕方ないね。仮に最後になっても一緒に逝ってあげるよ」
「……そっか」
『小宮 雅春(aa4756)』は一行の話を聞きながらため息をつく。『Jennifer(aa4756hero001)』に対してどう話せばいいのか。そうため息をつく。

● 夜が明ければ灰になり
「レミア、帰ったぞ」
 そう古びた旅館の一室、軋む扉を押し開くとレミアが真っ赤な飲み物を口に運んでいた。
「あら、早かったのね、もう少しかかるかと思ったわ」
 そう告げるなり、滑り寄るようにレミアは緋十郎に抱き着いて、甘く耳元で食事をねだる。
「ね、だいぶ待ったわ。私を待たせるなんていい度胸、動けなくなるまで吸ってあげる」
 そう首筋に牙を突き立てるレミア、その頭を撫でながら、都合がいいと思い緋十郎は話しだす。
「なぁ、レミア。今日は臨時収入があったんだ」
 表情が見えなくてよかった。緋十郎は心からそう思った。
「この前一緒に行こうと約束していたレストラン、予約をしておいた。よければ今日いかないか?」
 その言葉にレミアは唇を離した。まじかで緋十郎の瞳を見つめるレミア。
「何か隠し事?」
「何にもないさ」
 そう告げられ案内されたのは豪奢なレストラン、そこの料理は絶品だったが緋十郎の表情は浮かない。
「ねぇ。緋十郎」
 レミアは不穏な空気を感じ取り。瞳を覗き込みながら問いかける。
「何か隠してるわね」
「な、なにも」
「話しなさい」
「……」
「勘違いしているようだから言うけど、これは命令よ。従いなさい」
 その言葉に緋十郎は目をそらし、そしてゆっくりとことの顛末を語り始めた。
 その後のレミアは大人しかった、緋十郎が支払いを済ませて外に出るまでは。
 直後レミアは重たく告げる。
「私の持ち物に手を出したわね」
 直後レミアは緋十郎の手を取って無理やり共鳴、光陰よりも素早く路上を駆ける。
 向かう先はグロリア社
――どうするつもりだレミア!
「決まってるでしょ。西大寺もろともにグロリア社を抹殺するのよ」
漆黒の外套が風になびく。緋十郎は風の音にかき消されまいと叫ぶ
――待ってくれ、まだ死ぬと決まった訳じゃない! それに、どうせ死ぬなら……俺は、最期の瞬間まで、レミアと二人で過ごしたい……。
 直後、緋十郎の体が路上に投げ出された。月光を背景にレミアが振り返る。
「分かったわ。その代わり……本当に緋十郎が死んでしまったら……その時は、
緋十郎の亡骸を憑代に、きっとわたしは愚神になって……グロリア社の連中、皆殺しにするわ」
 その言葉には頷くしかない緋十郎である。
「すまない、レミア、騒がせてしまって、とりあえず旅館へ帰ろう、そして今後の話をしよう」
 そう腕を伸ばす緋十郎、その手を振り払ってレミアは告げる。
「ねぇ、緋十郎。心残りがあるか……なんて訊かないわ。行くわよ、ロシアへ」

● 日の当たる場所
 姫乃はバスに揺られながら孤児院を目指していた。もう何度となく訪れたなじみの場所。 
 そこにいる少女と姫乃は交友が深い。
「こんにちはひかり。いい天気ね」
「うわ! 姫乃ちゃん、来てくれたんだ。でも突然だね?」
 最近よく笑うようになったひかりが車いすで出迎えてくれる。
 そのハンドルを握っているのはナイア。
 最近はこの三人でいることが多かった。
「そのアクセサリ。似合ってるわね」
 そうナイアが姫乃の首元を指さした。
 そこにぶら下がっているのは太陽を模したペンダント。
「いいでしょう? ひかりがくれたの」
「気に言ってもらえてうれしい……な?」
 その時ナイアとヒカリは驚くべきものを見た。
 室内なので帽子を脱ぐ姫乃、その帽子の中から現れたのは流れるような黒髪。
 ここでひかりは違和感の正体を悟る。
 姫乃の服装も、言葉遣いも普段と違いすぎる。
 スカートだし、靴もスニーカじゃない、可愛らしい少女趣味の靴。
「ちょっと髪を切ってほしいのだけど頼めるかしら?」
「「えええ!」」
 あのクールなナイアですら驚きの声を上げた。そんな二人を見つめる姫乃の表情は優しげだが、疲れた表情をしていた。
「ああ、そうだったんだね」
「着せ替え人形ねぇ」
 三人は庭に出た。ひかりが鋏を持って、普段の姫乃の髪形を再現しようとジョギジョギと紙を切り落としていく。
「ええ家族がすごく寂しがり屋で。誕生日に顔を見せなかったせいで。夜通し着せ替え人形にされて」
 姫乃は思い出す、家族の笑顔。普段は少し憎らしいのだけど。
 でも昨日は掛け替えのない物に思えたのを覚えている。
「でも、寝坊して、服を選んでいる暇がなくて、これなんだね」
「髪は……いったいどうしたの? 綺麗なのに、斬るのなんてもったいなくない?」
 ナイアが問いかけた。すると姫乃は答える。
「大丈夫。共鳴すればすぐ伸びる、から……もったいなくない」
 そして切り終わったひかりが姫乃から髪の毛を払うと姫乃は立ちあがり、告げた。
「ケーキを食べましょう」 
「「ええええ!」」
 あの万年貧乏な姫乃がケーキを買ってきたのかと思い驚く二人。
 ただ、話を聞くと。母と一緒に作ってきたらしい。
「あ、だから甘いにおいがするんだね」
 そうひかりは姫乃の手を取って自分の鼻に当てる。
「あ、そこはいつもとおなじなのね」
 そうナイアにからかわれる姫乃であった。
 
   *   *

 三人はその後、夜まであそびたおして、寝不足から来た疲れで姫乃は先に寝てしまい。
 結果、お化粧を施された上に三人眠っている写真までとられたが、次の日になるといつもの姫乃に戻っていた。
「なんだこれ!!」
 大急ぎで化粧を落としてひかりとナイアに説教する姫乃。
「寝てる間の化粧はお肌に悪いんだぞ!」
 母の受け売りである。
 そんな姫乃も昼には帰らなければいけないとひかりの部屋を後にする。
「どこにいくの?」
 昨日と違って力強さが戻った姫乃である。二人を振り返ってその言葉に答える。
「ちょっと温泉にな」
「家に帰るんじゃないんだ」
 ひかりは心配そうに告げた。
「ただ、場所がちょっと秘境になんだ。だからしばらく顔を出せないけど」
 そう少し考え込んで姫乃はまた口を開く。
「すぐ帰ってくるよ。――嘘つきになる気は、ないからな」
 その温泉はライヴスの吹き溜まりのような濃厚なライヴスのスープでどんな難病もたちどころに治してしまうという。
 正直胡散臭いが何もせずにタイムリミットまで黙って待つのは姫乃の流儀に反している。
「俺は生きて帰るよ、だからまた、遊ぼうな」 
 そう後ろ手に扉を閉めると姫乃は地図を取り出した。
「嘘はついてないけど、大事なことを隠していくってのはもやもやが残るな」
 そう二人を思い返す姫乃、美味しいと言ってケーキを頬張ってくれたナイアとひかり。
 あの時は楽しかった、そう少しにやつき姫乃は帽子をかぶり直した。
「次はみんなでやってみたいな」
 そして共鳴。姫乃は山岳地帯めがけて走り出した。

● わらわの可愛い非常食

 部屋に戻るなり鈴音は輝夜に抱き着いた。
「輝夜ぁ!!」
「なんじゃ!!」
 そのまま泣きじゃくる鈴音である。
「えぐっ。死にたくない」
「まぁ、そうじゃろうなぁ、何か手立てはないのかの?」
 冷静になだめる輝夜、だがその言葉に鈴音は首を振る。
「うーむ、困った、一番困ったのは鈴音が晩御飯を用意していなかったということじゃ」
「ん……」
「それどころではなかったというのもわかるが、飯は食わねばさらに気分が沈むだけじゃろうて」
 その言葉を聞いた鈴音はすくっと立ち上がる。メガネが怪しく煌いた。
「おう?」
「輝夜、あの子にも準備させて、今日のご飯は外食にします」
 滅多に外でご飯を食べようなんて言わない鈴音だけに、二人のテンションは大盛り上がり。
 ちょっと遠くのレストランまで行くと、鈴音はメニューを広げて告げた。
「ここから、ここまでください」
 定員の顔が真顔になった。輝夜の顔も真顔である。
 鈴音はわりと女子である。女子の常識を超えた範疇を食べているところを、輝夜は見たことがない。
 なのに、メニューのここからここまでという暴挙。 
 それがパスタのページだったらどうするつもりだろうか。
 炭水化物だけでも十品くらい出てきてしまう。
「鈴音、恐ろしいやつじゃ」
 まぁ、輝夜がガンガン食べられるので問題はないかもしれない。
 一番の問題は、厨房にて鈴音のあだ名が『フードファイター』で決定したところだろう。
「ダイエットなんて無意味だった。これから一週間は、我慢なんてしないわ!!」
 そこからの鈴音はすごかった。次の日には学校をお休みして買い物に繰り出す。欲しかったゲームや漫画や洋服や、持ちきれない分は幻想蝶に突っ込んで買い物を繰り返す。
 ただそんなもの、輝夜から見てもわかるくらいのやけである。
「鈴音よ。それでよいのか?」
「よくないわね」 
 そう鈴音は告げると、輝夜たちを連れて一回実家へ帰った。
 叔父さんと叔母さんが歓迎してくれる中、鈴音は沢山の事を話す。
 そんな鈴音の様子を見守りながらアイスを頬張る輝夜。
 しばらくは好きにさせておこう。そう思い床に就く。
 そこからの日々は怒涛のように過ぎ去った。
 昔好きだった先輩と逢って話したり、クラスメイトに積極的に話しかけたり。
 一週間後くらいに開けてみてと伝えて、文菜や親しい人に手紙を渡してみたり。
 一方輝夜は鈴音から与えられた莫大なおこずかいでカステラを大量に買い込んだ。それをまるでフランクフルトか何かのように頬張る輝夜。
「鈴音が死んだらこのかすてぃらが食えんくなる……」
 そう手元のカステラに視線を落とすと、ハタハタと涙が落ちた。
 それをぬぐうと、少ししょっぱくなったカステラを全て口に放りこんだ。
「鈴音よ!!」
 そして放課後、文菜と遊んだ鈴音が町から帰るその時に、輝夜は鈴音へ声をかけた。
「輝夜……待っててくれたの?」
「それは、自惚れというものじゃ」
 そう言いつつ二人は並んで町を歩く、陰が長く伸びた。
「ねぇ輝夜、聞いて」
「きかん」
 輝夜が首を振る。鈴音は代わりに時計を見た。一週間。
 定められた時間があと数十分で終わろうとしている。
「最後にどうしても伝えたいの。最初輝夜が家に来た時、とんでもない子が来たなって思ったのけどね」
「黙るんじゃ」
「沢山、喧嘩もしたけど、でも私が謝ると、一緒に謝ってくれる輝夜が好きよ」
「べつに、わらわはお主に謝罪などしたことはない……。無いんじゃ」
 そううつむく輝夜、その小さな手が鈴音のスカートを握る。
「私ね。輝夜に会えて人生がとっても楽しかったから私はもう満足して後悔なく逝ける」
 その時、輝夜が視線を上げた。潤んだ瞳に夕陽の色がよく映える。
「何を! 何を勝手に行こうとしておるのじゃ!」
「輝夜、人を食べないで人を助けてあげて、輝夜は優しい子だからきっとできる」
「わらわは知っておるぞ、調べたんじゃ、駆けずり回った。じゃが結局答えはお主が持っていたであろう。封筒の中に見つけたんじゃ」
 その言葉を聞いて鈴音は目を見開いて後ずさる、輝夜の手を払った。
「だめだよ、輝夜」
「なぜじゃ、わらわが身代わりになればよいのじゃろう? 死の経験ならわらわが上じゃ! お前ごときが死ぬなんて100年早いわ!」
 鈴音は瞼をギュッと下ろす。
 すると見えたのは、輝夜の笑みだった。
 この世界にやってきたのは不本意だったかもしれない、けれど。
 この世界での出来事は彼女を笑顔にした。
 きっと彼女はまだ。笑える、楽しめる。
 そんな彼女の命を奪って生きることなんて。
「できないよ」
「何をしておる! 早く、もう時間が!」
 そう共鳴を強要しようとする輝夜。
 だが鈴音は後ずさって輝夜から逃げる。
「鈴音……」
「お別れだね、輝夜」
 大型トラックが道路をよこぎる、耳ざわりなタイヤの音が。
 鈴音のありがとうをかき消した。
 揺らぐ体、その体を抱き留めるために輝夜は走る。
 夕陽に涙が煌いて、燃え尽きるように消えた。
 抱き留めた鈴音の体は重たく、冷たい。
 輝夜は涙をこぼした。
「お主がいてこその、この世界じゃろうが」
 そう、輝夜が瞳を閉じた時。
 膝に生暖かさを感じた。
 突如、雑踏と喧騒が戻ってくる、あとは吐しゃ物をまき散らす音。
 輝夜の表情が凍りつく。
「ああ、気持ち悪いと思ったら、食べすぎだったのね。パンケーキをここからここまで……ってすると本当にだめ。気持ち悪い」
「鈴音!」
 バチンと頭を叩く輝夜、鈴音は痛そうに苦しそうに道路に転がる。
「死ぬのではなかったのかのう!?」
「死なないみたい」 
 そう呻きながら笑顔を返す鈴音である。

● 死んだのは……

「キミカ……死ぬのは、怖くないのか?」
 それはとある春の日の午後。ネイクはキミカに語りかけた。装備は解いて、二人でテーブルを囲う昼下がり。
「その……最後の日は」
 そう問いかけたネイクにキミカは微笑んで語る。
「かつて私は、未熟児として生まれました」
 生れ落ちながらに不完全、そして不完全な命は生きるのだけでも苦労する。その後も永らく死に近い日々を過ごしていた事。
「私はずっと誰かに助けられて生きてきたんです、助けられないと生きていけなかったから。だけどそれをずっと負い目に感じてました」
 けれど。そうキミカはネイクを見据える。その瞳は驚くほどに穏やかだった。
「けれど今は、誰が呼んだか分からないけれど、ヒーロに慣れました。エージェントとして戦う日々は、意外と幸せです」
 何より、多くの者を救えた、命が落ちる瞬間に手を伸ばしてそれをすくうことができた。 
 嬉しかった。
「私、いつか死ぬんじゃないかって怯えて生きてました。だから、死に際には慣れているんですよ」
 ネイクが同様の表情を見せる。それではまるで死を望んでいるみたいではないか。
「それに、幸せの頂きにいる時に逝ける事、結構悪くないことかなって思います」
 そう達観したように、キミカは答えた。
 だが、ネイクにとってそれは、聞き捨てならない言葉で。
「駄目だ……誓約はまだ続いている!」
 そう告げてお皿だったり、バケットだったりをぶちまけて立ち上がるネイク。
「こんな所で君はヒーローを諦めるべきじゃない!」
 強引に彼女の手を掴み、共鳴し、全ての苦痛を奪い去ってそして。離れた。
 地面に転がったのはネイク。立っていたのはキミカ。
 その表情には驚きが満ちていた。
「こんな苦しみに、耐えていたのか」
「なんで」
 唖然と立ち尽くすキミカに脂汗をうかべるネイク。
 キミカを襲う症状は痛み。全身を脈打つような鈍い痛みが支配していた。
「最期だから言わせてくれ……キミカ」
 荒い息をついて。ネイクは言葉を絞り出す。
「我は……僕は」
 ゆっくりとネイクは絞り出すように語り始める。だがその体はいつもより小さく、か細くキミカに映った。
「本当は強くもなんともない、英雄でもない……今までの話してきた事は、全部虚栄心からの嘘っぱちだったんだ」
「……え?」
 その言葉に理解が及ばず、一瞬呆けるキミカ。
 なぜなら、いきなり全部うそだったと言われても何が嘘なのかも分からないし。
 それに思い立ったとしてもいろいろ疑問は浮かんでくる。
 たとえば気付かれていることにも気づかれていなかったのか。とか。
「……えっと、その、何となくそんな気がしてました、私」
「な……」
 次に言葉を失ったのはネイクであった。
 それまで張っていた虚栄のネイクは今日死んでしまった。

● 家族のために
「ん、ひどい、ひどいよぉ」
 とある孤児院の私室、ユフォアリーヤは帰ってきてからずっとこうだった。 
 遊夜の膝にしがみついて。静かにめそめそ泣いている。
 そんなユフォアリーヤが泣いてくれるから。遊夜は自分が冷静でいられるのだろうと思った。
 優しく豊かな髪を撫でる。
「それに西大寺さんの事だ、面と向かっては言えないから手紙にしたのだろう」
 どう見てもその解釈は苦しい、だが遊夜は優しい人だ。理解もある。
 どうしても遙華を怨む気にはなれなかった。
「大丈夫だ、リーヤ。西大寺さんなら今も全力で対処法を考えている筈だ……万が一、間に合わなかった時の為に下手な希望は持たせれないと言うことかね」
「……ん、あの娘は……涙もろくて、優しいから……ね」
 その言葉にユフォアリーヤも頷いた。二人は一瞬の笑顔を取り戻す。だけど。
 笑ってばかりはいられない。だって一週間で死ぬのなら、何をどうしなければいけない。
 そんな身辺整理がごまんと残っているのだから。
「ああ……しかし、エリザとの約束は果たせなかったな」
「……冗談が、本当になっちゃった」
「子供らの晴れ姿も見れないとは……未練残りすぎて無念であるな」
 そう遊夜は外を見やる、遊んでいる子供たち、仲がいい子供たち。
 彼等彼女らは遊夜たちを見ると駆け寄ってくるのだ。本当に大好きだという笑顔ばかりを向けて自分たちを見あげてくる。
 その笑顔が今は何よりつらく、悲しい。
「無念と言えば結婚式もか……」
「……予約、早めれない……だろうし、ね」
「ジューンブライドで忙しい時期だし、出会った日にしたのが仇になったなぁ」
 出会った日というのは誕生日。その日に式を挙げようという話も合ったのだが、一家の大黒柱の予定がつかなかった。
「……ん、一週間は……短い、残念」
 そう耳を伏せるとまたユフォアリーヤは声も出さずに涙を流す。
 その小さくなってしまった姿を遊夜は抱き留めた。
「取りあえず諸々の無念は遺言書にまとめて対応して貰おう。あとは子供らと遊びまくって思い出を、そして日常を過ごそう」
 そう遊夜はユフォアリーヤの肩を引いて顔を上げさせ、その瞳に問いかける。
「手放したくなかったな……」
「……ん、幸せだったね」
 幸福な時間というものは、体感しているとあっという間だ。
 それは意識している幸福の時だとなおさらで。
 二人は子供たちと一生分の幸福な時間をすごした。
 一生分の愛を注いだ。
 これから迎えるであろう苦難や、困難。
 それに耐えられるように。遊夜は男子に言葉を授けた。
 これから迎えるであろう悲しみや理不尽。
 それに立ち向かえるように。ユフォアリーヤは生き方を教えた。
 かわす言葉には限りがあり、それがタイムリミットとして明確に、目の前に現れた時。
 自分たちにもっと伝えたい言葉があることを知った。
 大丈夫か? 辛くないか? 悲しくないか? 今は幸福か?
 問いかけることなんてできない。
 だってそんな話をしてしまえば、子供たちは察して笑顔を引っ込めてしまうだろう。
 それは嫌だった。死ぬ間際のその瞬間まで、大切な人の笑顔に触れていられなければ意味がない。
「それじゃな、行ってくるから、大人しくしてろ」
「……ん、みんな仲良く」
 そう明け方に二人はいつものように、任務に出ると言った名目で家を後にする。
 いつもと変わらぬ朝。
「じゃ、行ってくる……ずっと、愛してるぞ」
「……ん、行ってきます……皆、愛してるよ」
 だが、二人にとっては最後の朝だ。
「遺言は、弁護士に受け取ってもらった」
「……ん」
「あいつら、しっかり生きていけるかな」
「……ん、大丈夫、みんな我が子」
 そして二人が向かったのは、最初に二人が出会った場所。
 そこにユフォアリーヤに案内してもらって、遊夜は再びその場所を訪れた。
 崩れ落ちた昔の我が家、だがそのころの記憶は全くない。
「まさかここに戻ってきちまうとはな」
 ここなら誰にも会わないだろう。
 そう思い、二人は物陰で正装に着替えた。
 簡単なウエディングドレスと、タキシード。
 二人は寄り添い、残酷な神に愛を誓う。
「こんな最後ですまんな……愛してるよ」
「……ん、愛してる……死んでも一緒、だよ」
 ユフォアリーヤは未来を思った。だがその未来はもう来ない。
 そう二人は手を繋ぎ合わせ、逆の手で拳銃を握った。慣れた自分の愛銃の最後の仕事かと思うと、すごく申し訳なく思えた。
 そして二人は目を閉じる。その瞬間。
「まって!!」
 少女の声がこだまする。二人は驚いて銃口を明後日の方向に向けた。そして肩で息をする少女を見やる。
「お、西大寺さんじゃないか」
「……ん? もしかして助かる方法が?」
 ユフォアリーヤは耳をピンと立てて遙華に問いかける。しかし二人が聞いたのは予想外の言葉。
「あれ! 違うの」
「……ん?」
「間違いだったの」
 二人は顔を見合わせる、理解できない二人、そんな二人に遙華は大声で告げた。
「あれは、間違った封筒で本物の封筒はこっち。あなた達は死なないの!」

 森に遙華の声がこだました、逃げる烏。唖然とたたずむ二人。
 
 その後は泣きだした遙華と、それに怒る気に慣れず慰める二人が残った。
「あ~、泣きたいのはこっちだぞ」
 呆れる遊夜。
「にしても、盛大にお別れ会とかしなくて良かった……良くやったぞ、過去の自分!」
 小さくガッツポーズをとる遊夜。
「……危なかったねぇ……あ、遺言書!」
 回収せねば危ない、そう三人は来た道を取って返す。

● サヨナラの準備

 ナラカは病室にいた。定期的な心拍を洗わずリズムと、大げさな呼吸器の音だけが彼女を生きていると知らせてくれる。
 彼は妹の前に立っていた。
 その背後でナラカが物言いたげな視線をカゲリに向ける。
「ぬ~。覚者よ。やけに落ち着いているが。よいのか?」
「何がだ」
「あと、五日だったろう?」
「妹に残せるものはすべて遺した。俺が死んでもしばらくは生かして置いてもらえる手はずになっている」
 生きてさえいれば幸せ、そんな甘い夢は抱かない。
 だが、生きるか死ぬか決める権利すら妹に与えらえないのはおかしい、そう思った。
「そうではなくなぁ」
「グロリア社については、全てを公表する手はずが整っている。また同じ間違いを起こされてはたまらないからな」
「悲しくはないのかと聞いている」
 ナラカは考えることをやめて思ったことをストレートに口にした。
「最後の最後に、悲しむ時間が残っていればそうしよう」
 そうカゲリはナラカの言葉にまともに取り合わない。
 彼は元々とらえどころのない人だった。ただこの死が告げられてからのたった二日はまるで陰炎のように存在が不確かで、ナラカすら。その在り方を空恐ろしく思った。
「覚者よ」
 ナラカは以前から問いかけたかったことを、口の中で繰り返す。
 その存在のよりどころはどこにある。
 ナラカにはその存在義がある。存在する意味も。
 だから望み、抗い、戦い、自分の信念を謳うのだ。
 だが、カゲリはどうだ。何も望まず、何も失わない。
 その存在はまさに影。だがその影がどこから伸びてくるのか。ナラカには分からなくなってきた。
(しかし、何故だろうか)
 ナラカは思う。その後ろ姿から目を離せない。文字通り覚者その魂の静謐な輝きを。
 だからその在り方に口を出すつもりはなかった。こうした者であればこそ、誓約を契ったのだから。
 その時カゲリが踵を返した。一瞬妹君を振り返り。そしてナラカはカゲリの後ろに続いた。 
 そしてカゲリはチャーターした車の中。頬杖をつきながら、ナラカに告げる。
「もし、仮に俺が死ぬのなら。その間際に俺を喰らって新生すれば良い」
「何を言っている……」
 ナラカは目を見開き、次いで睨んだ。
「俺がお前に残せるのは、それしかないから」
「……その時には」 
 彼が死ぬなら、最後に人々の輝きを試して逝く。邪英を経て愚神へ、その果てに《門》すら開こう。
 人類に問いかける。はたしてこれから先、愚神と戦いつつも生きられる力があるのかと。
(我が浄化の焔を越え、至高の輝きで魅せるが良い。神など不要、その足で立ち上がり明日を掴めると示して見せよ)
それを以て覚者への手向けとしよう、そう心に誓った。
 それは普段の試したがりな気性も現れる思考だったが、それ以外の感情も混ざっていることにナラカは気が付いているのだろうか。
 ナラカは夢想する。夢想してしまう。
 もし、自分の望みが叶わぬならば、総てが無間の地獄へ堕ちるのみ。
 特にグロリア社に関わる者には、特級の試練を課してやろう。そんな暗い感情も胸にあること。
 だがそんな真剣な表情のナラカを見てか、カゲリは身を起こし、ひとつ告げた。

   *   *


「うわぁ……ちょっと、壊し過ぎなんじゃないの?」
 そう伊邪那美は通風孔から飛び出すと恭也にキャッチしてもらう。
 二人はグロリア社内部にいた。
「口止め料を突っ返したんだ そこから補填すれば良いだろう」
「そうだね。グロリア社全体が悪い訳じゃないだろうけど、これぐらいの嫌がらせは許さるかもね」
 そう二人は通路を歩いた。あらかじめセンサーなどは解除してある。最深部の研究棟などは難しいが浅い区画はわりとなんとかなるものだ。 
 そして遙華の執務室へと潜る。
 おあつらえ向きに、あの時の薬の資料がデスクに出しっぱなしになっていた。
 その資料に目を通す恭也、
「ねえ、あと数日で完成すると思う?」
「……普通に考えれば不可能だ。俺達に出来る事はこれが限界だ だがな、俺達の後に飲まされた者達は助かるかも知れん」
 そう目を通していく恭也だがおかしいことに、その薬効に一週間以内の死など書いていない。 
 首をひねる恭也。そんな彼の隣で伊邪那美が声を上げる。
「あ。恭也これ」
 見つけたのは束ねられた茶封筒。そしてその中に入っていたのは
「あっ、依頼料……」
 恭也はすべてを理解した。手違いだったのだ。
「流石に返してくれとは言えんからな……諦めるしかないだろう」

   *   *

「なに? 手違いだったと?」
「ああ。御神組から連絡が来た。連絡がつかない奴もいるみたいだが、とりあえず、死にはしない」
 そうカゲリはスマートフォンの電源を落して言った。
「全く……」
 人騒がせにもほどがある。そうナラカは安堵と困惑の混じったため息をついた。だが次に続けたカゲリの言葉はなかなかに憎らしい物で。
「最初から俺は信じていなかったが?」
「な……」
 絶句するナラカである、あれほど心配したのに。
「そもそも。こうも他人事で説明調の手紙を西大寺が書けるか?」
「涙でぐちゃぐちゃになりそうだが」
「何気に“生きた罪を生産”、“後悔の内容に”など誤字も酷い」
「……」
「これを正式な書類とするには無理がある」
「確かに」
 ぐぅの音も出ないナラカである。
「しかし、万が一の行動もとっていたではないか……」
 不服そうに唱えるナラカである。 
 そんなナラカにカゲリは一言告げた。
「そう言う時のことは常に考えている、それだけだ」
 元より是生滅法、生あるものは何れ必ず滅び去る。その場その場で拘泥するような生き方もしていない。
 そうカゲリは告げて、タクシーを降りる。

● 全ては夢のような


(死が怖くないといえば嘘になる)
 小宮は駆けていた。雑踏。H.O.P.E.の相談窓口が軒を連ねる案内所。
 ここには当然、英雄と能力者を引き合わせるための窓口という者も存在する。
(ただ、僕が死んでも世の中は回っていくし。僕より生きるべき人はたくさんいて、僕はそうじゃなかったというだけ)
 その隣に相棒たるJenniferはいない。
 当然だ。Jenniferには内緒で、自分のかわりになる能力者を探しているのだから。
「時間が無いんだ……早く、早く」
 もし日本で見つからなければ海外まで行こう。そう思い収穫のなかった腕を振って帰路につく。
「そら見たことか! 他人など信じるから騙されるのだ」
 家に帰るとJenniferにそう嘲り笑われた。
 治験から帰って封筒の中身を見つけたあの日から。Jenniferはこんな調子だった。怒っているのか。だとすれば何が気に食わないのか。
 小宮にはそれが全然わからない。だが彼女が穏やかでないことは理解できたから。
 だから放っておいた。
 Jenniferは苛烈さを増していく。
「しかしこのふざけた紙切れは何だ? 何が「物語」だ? まるで他人事ではないか」
「それでも、事実だ」
「何を根拠に?」
「体がだるい」
「子供かではないのよ」
「今日一度倒れた」
 その時Jenniferの顔から一切の表情が消えた。
「本当なの?」
 その言葉に小宮は返答を返さない。
 明日は早い、自室に戻って荷造りをしなければ、そうJenniferにお休みと告げて。そして私室に戻った。
 お人形さんはたった一人、冷たい部屋に取り残されることになる。
「なぜ、何も。何も言わないの」
 その小さなつぶやきを扉の向こうで小宮は聞いていた。
 ごめん、ごめん。
 そう心の中で謝るのは目の前の彼女ではない。
『いらなくなったら私を捨てるんでしょう』
 そう口にした彼女。
 何を思ってそれを口にしたのか知る術は、もうないのだろう。
 だって。死んでしまえば、誓約を守ることができなくなる。
 そうなれば、彼女は消えてしまうだろうか。
 その時またあの言葉を口にするのだろうか。
「いらなくなったわけじゃないんだ」
 そう小宮は言葉を噛みしめてずるずるとしゃがみこむ。
 瞼を覆うように手を当てる。
「残していきたいわけじゃないんだ」
 結局、海外まで渡り歩いて、全てが空振りに終わった。
 後釜は結局見つからず。家に帰ってみれば。
 冷たい視線と言葉が待っていた。
「ふん、もう戻ってこないのかと思ったわ」
 そうそっぽを向く彼女。そんなJenniferに小宮は頭を下げる。
「ごめん、俺のかわり。見つからなかった」
 小宮の耳に拳を握りしめる音が聞こえた。
「なんで、何も言ってくれなかったの……」
 小宮は頭を下げ続けた。顔を見ることなんてできなかった。申し訳なくてふがいない自分が腹立たしくて。ただただ無力で。
 謝り続けるしかなかった。
 けれど、Jenniferが望んでいたのは謝罪だろうか。
「自分が死ぬかもしれないのに? 一体その行動でどれだけの時間を無駄にした?」
「無駄なんて……」
「もっと、いろいろあったでしょう? 死ぬ前にしたいことが沢山」
「なかった、君を置いて行かないために、力を尽くすこと以外、何も、何もしたいことなんてない」
「なぜ、何でそこまで他人に必死になれる?」
「他人じゃない君だからだ!!」
「私がいつそんなことを望んだ!!」
 二人の声はいつの間にか部屋中に響くほどに大きくなっていた。
 感情が抑えきれない。
「尽くしてもどうせ離れていくのなら。優しくしないで欲しかった」
「ごめん、ごめん」
 こんな自分でごめん。そう言葉の半分を殺して彼女に謝り続けることしかできない。
 自分の存在理由を「ジェニー」にしか見出すことができない小宮は、負い目を感じているのだ。
存在理由も不確かで、ふわふわとした存在の自分。そんな自分のためにJenniferは「ジェニー」としてそばにいてくれた。
 それを否定することもできたのに、むしろ否定してしまいたい場面の方が多かっただろう。
 だがそれでも彼女は自分の心のよりどころでいてくれた。
 それを小宮はわかってる、言い出せない。この奇跡的にひどいバランスで整っている二人の関係。それにもう一度手を加える勇気が。
 ないのだ。
(僕のことはどうでもいい)
 だけど、だけどそれでも本当の気持ちはある。
(僕よりもっと『いい人』がいればいい)
 あなたに幸せになってほしいということ。

 本当のきみを見てくれる人が。

 自分ではできなかった、その偉業を代わりに誰かが成し遂げてくれたなら。
 自分はそれで満足だ。
 そう思っていた。
 彼女のその表情を見るまでは。
 顔を上げれば、Jenniferの顔がそばにあった、額と額が触れ合うような距離、そんな距離でJenniferは優しい声で小宮に告げる。
「私達の誓約、忘れたの? 最後までそばにいてあげる」
 今だけは上端でなく本心を告げるJennifer。
 共に消えるならそれもいいと密かに思う。
 その言葉に一粒、小宮は涙を流して、Jenniferの手を受け入れた額を合わせて二人は時を止める。 
 酷く具合が悪い。
 でもほんの少し幸せ。

「ちちんぷいぷい、きみに愉快なおまじない
嬉しいこと、楽しいこと、たくさんありますように」
 そう小宮が告げるとJenniferは少し。笑った。

● エピローグ


「……なんて言い出したときはどうしようかと思っちゃった」
「なんで笑うの!?」
 そうくすくすと笑うJenniferに抗議の声を上げる小宮。
 そんな彼らの前で少女が頭を下げていた。
「ごめんなさい、私の手違いで本当に」
「ああ、大丈夫ですよ、うちの被害は英雄のメンタルぐらいですから」
 そうキミカはささやかに微笑んだ。
 あの後ネイクは生き残り、全部バレてたのに英雄を演じ続けきた恥ずかしさに気が付いて、布団に丸まりながら悶えることになった。
 だからこの場には来ていない。
「まぁ、悪いことばかりでもなかったので」 
 そう思い返すのは、布団に丸まって小さくなったネイクの姿。
 彼は言った。
「……いいのか、こんな僕が君の英雄で」
 キミカは答えた。
「いいんです。これでも、ネイクのおかげでヒーローを目指せた事、感謝してるんです」
 ネイクの黒歴史と引き換えに、二人の絆は更に強くなった……のか?
「あははは、私も傷はそんなに」
 次いで乾いた笑いをうかべるのは鈴音。
 あの後ゲロインの称号をほしいままにし。家に帰ってみると大量のいらないものが溢れかえっていた。
 財布から消えたおかね。そして文菜から送られてくる大量の心配メール。
 なんでだ、なんでこうなった、綺麗なお話しなはずなのになぜ。
「ひどい目にあった」
 げんなりと椅子の背もたれに寄り掛かる姫乃、彼女は結局山の奥の奥まで上ったらしい。
『TTRPG小ネタのひとつ。登山に必要な道具がわかる!』
 そう告げつつ。使い方の分からない機材は投げ捨て、共鳴時の身軽さとワイヤーを駆使、あっという間に山を登り切って温泉を発見。
 ただし山登りが楽しくなってしまい、ついでに脳に酸素が回らないのか。
「残り時間で、――この山を制覇する!」
 姫乃はそう告げて野山を駆けずりまわった。可愛い服をぼろぼろにして下山したのはつい先ほどの事。
「西大寺……ちょっとおすすめのシナリオがあるんだが」
「え? わたし?」
「やらないか?やるよな?さっそくやろうか? 後味が悪いと評判で封印した取って置きのシナリオなんだ」
「ああ、もうすでにTTRPGはお腹いっぱいよ」
「だったらメルトの刑だな」
「オナカスイター」
『メルト(aa0941hero001)』がそう遙華に手を伸ばす。
「あ~ ごめんなさいTTRPGしたくなっちゃったわ」
「さぁて、楽しく遊ぼうか? 」
 意地悪く微笑む姫乃であった。
「ん? でもだれか足りなくないか」
 恭也が首をひねる、すると声を上げたのは伊邪那美。
「あ! 緋村夫妻」
 全員がはじかれたように部屋の中を見渡した。そこにレミア、緋十郎の姿はない。
 
   *   *

 2人はH.O.P.E.のワープゲート使わせて貰い二人でロシアまで来ていた。
 久々にふむ北の大地、その寒さを緋十郎は懐かしく感じた。
――あの愚神に……会いたいのでしょう? 会って、何がどうなるかなんてわたしには分からないけれど……会わせてあげたい。それだけよ。
 広大なロシアで何の手掛かりも無く一人の愚神を見つけることなど出来る筈も無いとはレミアも理解しているが
 緋十郎に悔いを残させたまま逝かせるのは不本意だった。
 吹雪の中で雪娘を捜す。
 だが結局見つからず、ロシアの大地で氷漬けで発見されたのが、つい数分前の事であった。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 夢ある本の探索者
    努々 キミカaa0002
    人間|15才|女性|攻撃
  • ハンドレッドフェイク
    ネイク・ベイオウーフaa0002hero001
    英雄|26才|男性|ブレ
  • 燼滅の王
    八朔 カゲリaa0098
    人間|18才|男性|攻撃
  • 神々の王を滅ぼす者
    ナラカaa0098hero001
    英雄|12才|女性|ブレ
  • 太公望
    御神 恭也aa0127
    人間|19才|男性|攻撃
  • 非リアの神様
    伊邪那美aa0127hero001
    英雄|8才|女性|ドレ
  • 遊興の一時
    御門 鈴音aa0175
    人間|15才|女性|生命
  • 守護の決意
    輝夜aa0175hero001
    英雄|9才|女性|ドレ
  • 来世でも誓う“愛”
    麻生 遊夜aa0452
    機械|34才|男性|命中
  • 来世でも誓う“愛”
    ユフォアリーヤaa0452hero001
    英雄|18才|女性|ジャ
  • 朝日の少女
    彩咲 姫乃aa0941
    人間|12才|女性|回避
  • 胃袋は宇宙
    メルトaa0941hero001
    英雄|8才|?|ドレ
  • 緋色の猿王
    狒村 緋十郎aa3678
    獣人|37才|男性|防御
  • 血華の吸血姫 
    レミア・ヴォルクシュタインaa3678hero001
    英雄|13才|女性|ドレ
  • やさしさの光
    小宮 雅春aa4756
    人間|24才|男性|生命
  • お人形ごっこ
    Jenniferaa4756hero001
    英雄|26才|女性|バト
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