本部

【屍国】連動シナリオ

【屍国】灰狼の狩人

雪虫

形態
ショート
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 6~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2017/06/16 23:59

掲示板

オープニング


 闇の世界で生きてきた。
 光など無縁と思っていた。
 温もりなど、生きようが死のうが望むべくもないと思っていた。

●輸送任務
「東かがわ市の病院から治療薬を百本程届けて欲しいとの要請を受けた。だが、現在本州と四国を繋ぐ橋の全てが爆破され修復も完了しておらず、香川・徳島の空港は敵の襲撃を受けたばかりだ。故に今回は愛媛の空港を経由する。空港から愛媛に入った後、松山自動車道を通って香川に移動、治療薬を病院に届けて欲しい。かなり時間がかかってしまうが、愛媛と香川を繋ぐ線路でも先日事件が起こったばかりだ。このルートが今現在最も安全と判断される」
 言った後、オペレーターはエージェント達にアタッシュケースを手渡した。頑丈な作りになっておりちょっとやそっとでは壊れなさそうだ。
「現在香川県内に敵勢力が集中している。敵が治療薬奪取のために襲撃してきた事もある。くれぐれも気を引き締めて当たってくれ、頼んだぞ」

●罠
 愛媛から香川までの道中は酷く長かったが、エージェント達は敵の襲撃を受ける事無く午後三時頃には無事に病院まで辿り着いた。車を降りると白衣を着た男性が玄関から転がり出てくる。
「遠い所までありがとうございます。おかげで多くの患者が救われます」
 人の良さそうな初老の男性はぺこぺこと頭を下げた。そして朗らかな顔を上げ、病院の中央にある玄関を指し示す。
「治療薬は中で受け取ります。それではどうぞ、中の方へ……」
 エージェント達はアタッシュケースを手に抱え、そのまま歩き出そうとした。これを渡せば任務は終わり。オペレーターに脅されたが、簡単な任務だった……
 ……本当に、そうだろうか。
 ここは今敵の陣中だ。香川はそれなりに広い。とは言え、何事もなく治療薬を届け、そのまま無事に終われるとでも?
 そういう事もあるかもしれない。
 でも、静か過ぎないか?
 百本もの治療薬が必要な病院にしては、あまりにも、静か過ぎないか?
 エージェントは医師を見た。人の良さそうな朗らかな顔が、何処か虚ろな表情が、化粧のような不自然な肌色の下に見える首が、死人のように青白い事をエージェントは認識した。慌てて距離を取り、アタッシュケースを遠ざける。医師は虚ろな瞳をエージェント達へと向ける。
「どうしました……早く中へ……患者達が待ってます……」
 どうする?
 このまま治療薬を持って引き返すか? 
 だが、既に感染している人間を、見過ごすなど出来るはずがない。
 その時、パンという音がエージェント達の耳に響いた。顔を向けると今しがた乗ってきた車のタイヤがパンクしている。狙撃された、と認識したと同時に、茂みから黒い影が現れエージェント達を取り囲む。犬……いや、狼。二ホンオオカミのゾンビの群れ。狼ゾンビは数を増やしながらエージェント達を取り囲む。四体、六体、八体、十体……
 狼は唸り声を上げると、牙と腐った歯茎を剥きエージェントに襲い掛かった。すんでの所で躱したが、狙いは明らかに治療薬の入ったアタッシュケース。逃げる手段は奪われた。狼ゾンビを撃退し、この病院の感染者達を助けるより他にはない。
 その思考を後押しするように、エージェント達の足下を銃弾が叩き撃った。顔を上げると病院の屋上に人影が二つ分見える。遠目で顔はよく見えないが、その肌は死人のように青白い。先程の医者と同じように。ウイルス従魔に感染した人々と同じように。


「治療薬の奪取、ですか」
 男が尋ねると、女はああと頷いた。若い女だ。闇に沈むその姿は常世の住人のものではなく。しかし蝋燭の頼りない灯りに照らされる表情は、時折あどけなくも見える。
「前回は失敗した……だがあの治療薬が大量に手に入れば、あの方の小さき下僕達が薬に対抗する術を身につけられるそうだ。そうすれば俺達の望む世界がさらに近付く……お前は優秀な狩人だ。頼めるか?」
 親しみさえ見せる女の声に、男は静かに頭を下げた。男は三十をとうに越え、女は二十代程の若い娘。しかし男は竈の灰のような髪と、同色の狼耳を追従の証に低く下げる。
「あなた様のご命令であれば、私は狩人にも猟犬にもなりましょう。かならずお望みの獲物の首、銜えて戻って参ります」
「期待しているぞ、神宮寺」
 女の声に、男は一層頭を下げた。彼女に名を呼ばれる瞬間に覚える充足感とは別種の感情。
 その感情に、名前はつけない。決して。

 エージェント達に姿を晒したまま、神宮寺はライフルを眼下の敵目掛けて定めた。感染者の肌が青白くなる、と言う事を連中は知っているはず。姿を晒すリスクはあるが、「まだ生きている人間」だと示せば連中も下手に手は出せまい。
(俺は既に死人だが、もう一人はまだ生きている、本物の感染体だからな。下手に攻撃すれば人殺しになるぞ)
 心の中で敵に語り、神宮寺は引き金に指を掛ける。主へ捧げる想いの証に。
 
 狼の身を持つ故に実の親に捨てられた、という過去を今は恨みはしない。
 孤児として育ち、闇社会に拾われ、人を殺して生きてきた、という過去を今は憎みはしない。
 そのおかげで、あの方に出会えた。
 そしてこうしてお役に立つ事が出来る。
 
 彼女は闇に住まう者。
 光など届く場所ではない。
 あの指に触れる事が出来たとしても、温もりを覚える事はないだろう。
(ですが俺は、むしろそれを愛しているのです。
 朱天王様)

●PC情報
・治療薬はAGWであり、一本で通常のAGW一個に相当するため、幻想蝶にアタッシュケース(大量の治療薬)を入れる事は出来ない
・アタッシュケースはちょっとやそっとでは壊れないが、何度も衝撃を受けた場合中身が飛び散る可能性がある
・ゾンビウイルス感染者の肌は青白くなる
・ゾンビウイルス感染者は従魔に取り憑かれている状態のため、ライヴスを伴う攻撃以外ではダメージを受けない
・ゾンビウイルス感染者はまだ生きているが、死亡するとゾンビになる

●病院地図

□□□□□ 
□   □
□ ☆ □
□   □

□:病院(二階建て。病院中央に玄関があり、玄関から入ってすぐに屋上に続く階段がある。病院の西側に屋上に続く非常階段がある。病院内部に感染者×98がおり、屋上に狙撃手×2がいる)
☆:PC達がいる位置(PCと医師を取り囲むように狼ゾンビがおり、近くにタイヤのパンクした車がある。戦闘可能区域は40×40sq)

解説

●目標
メイン:治療薬の防衛(奪われた場合は失敗判定)(やむを得ず破壊した場合も判定に影響)
サブ:感染体狙撃手の保護(死亡させた場合失敗判定)
   感染者達の防衛(一人でも死亡させた場合失敗判定)

●敵NPC
 狼ゾンビ×10
 二ホンオオカミのゾンビ。攻撃手段は牙と爪のみだが連携した攻撃を行う。とても素早く跳躍力も高い
 基本はアタッシュケースを狙うが、PCの動きによってはPCを追撃する

 狙撃手×2
 黒いコートを身にまといマスクで顔を隠している。僅かに見える肌は青白い。適宜位置を変えながらライフルで攻撃する。一人は非常に熟練した動きをみせ、もう一人もそれなりの動きを見せる
 基本は狼ゾンビの援護を行うが、PCの動きによってはPCを追撃する

●PL情報
・狙撃手の内の一人は徳島の空港から行方をくらましたパイロット。ウイルス従魔に感染し操られているが、まだ生きている。死亡するとゾンビになる
・もう一人の狙撃手は神宮寺というオオカミのワイルドブラッド。ゾンビだが「青白い肌の感染体」に姿を変えている。黒いコートの左肩に四本角の鬼の面あり(鬼の面については詳しく観察した時のみPC情報として使用可能)
・神宮寺は回避・命中・移動共に極めて高い。狼ゾンビ数が4体まで減るか、PCにある程度接近されるか、少しでもダメージを負った場合すぐさま撤退する。武器はライフルの他、黒いコート内にナイフを複数本所持

●その他
・感染した医師と病院内の感染者達はおとなしくしている。自分達に危機が迫っても反応せず、自力で逃げる事もしない
・感染体狙撃手は神宮寺の手駒だが、神宮寺が感染体狙撃手を殺さない、という保証はない
・アタッシュケースを最初に保持するPCはプレイングにその旨を書く事
・使用可能物品は装備・携帯品のみ
・難易度は解説に示した目標に対する難易度
・PL情報は「PCは知らない情報」/活用するためにはPC情報への落とし込みが必要

リプレイ

●交戦
 ニウェウス・アーラ(aa1428)は状況を確認するべく青の瞳を巡らせた。目の前には狼ゾンビ。屋上には狙撃手二人。この状況を端的に述べるなら。
「ハメられた、ね……。戀!」
「はいはぁーい。有事の際は即共鳴、っと」
 おっとり色っぽい声を返し、戀(aa1428hero002)は一筋の光となってニウェウスの全身を覆い、融合。桃色の髪を風になびかせ、肉感的な太腿をチャイナドレスから際どく晒す。
『こんなこったろーと思ったよ。到着地点で襲って奪う……下手に走行中を狙うより確実性が高ぇ』
 巨斧「シュナイデン」を構えながらグワルウェン(aa4591hero001)は呟いた。伴 日々輝(aa4591)も相棒と視界を共有しつつ己が考えを口にする。
「狼は全部ゾンビかな、だとしたら指示を出すやつがいるかもね」
『この狼ン中にいるとは思えねえ。いるなら上の銃撃ちのどっちかか、病院の中に紛れてるか、だ。感染者のフリしてるだけかもしれねえぜ』
 述べつつグワルウェンはアタッシュケースを持つアークトゥルス(aa4682hero001)の隣に立った。タイミングを計っているのか、狼ゾンビはリンカー達を囲み睨むに留まっている。大宮 朝霞(aa0476)もニクノイーサ(aa0476hero001)と敵の動向を注視しながら、しかし明朗快活なスタンスを崩す事はなく。
「やっぱり出たわね! ニック、変身よ!」
「急げ朝霞! すでに後手を踏んでいる」
「変身、ミラクル☆トランスフォーム!」
 ニクノイーサの声を受け、朝霞は素早く「ビシィ」と変身ポーズを決めた。『聖霊紫帝闘士ウラワンダー』(自称)に姿を変え、ピンク色のバイザー下から敵の数を把握する。
「狼型が1、2~の、10体くらいかな」
『屋上から狙撃されている。まずいな、この地形だと身を隠しようもない』
「だからって、病院内に逃げ込むわけにもいかないよ。一般人を巻き込んじゃう」
「グガァッ!」
 準備は整った、と言わんばかりに一匹のゾンビが地を蹴った。一足飛びにアタッシュケースを狙おうとする不埒者を睨み据え、グワルウェンはライヴスを集中、重量をさらに増したシュナイデンで狼ゾンビを叩き潰す。
 横合いから別のゾンビがアタッシュケースに飛び掛かったが、赤城 龍哉(aa0090)が立ち塞がり、鬼神の腕を垂直に打ち出し狼の鼻ごと突き破る。目標は薬を死守し保持の上、狼を殲滅、かつ狙撃手を無力化し捕縛するの計3点。
「薬の直衛は君島に任せるぜ。俺はまず狼を殲滅する」
 龍哉はゾンビから腕を引き抜き軽く振って再び構えた。ゾンビは肉を散らしながらも、しかし怯む様子は見せずリンカー達との距離を測る。
『朝霞、こいつらの狙いは治療薬のようだ。アタッシュケースを守れ』
「了解、ニック!」
 朝霞は元気に答えたが、しかしその意識は背後の医者へ向いていた。治療薬はもちろんの事、この男性も守らなくては。
『来るぞ!』
 相棒の声と牙を剥く獣の姿に、朝霞はハートマークを掲げるレインメイカー(2m)を盾と構えた。避ければ医者に危害が及ぶと判断し、ここは避けずにあえて狼の牙を受ける。そして敵が引いたと同時に、渾身の力を籠めてハートマークを振り落とす!
「いいですか、私から離れないでくださいね」
 朝霞は医者に声を掛けたが、男性の目はぼんやりとどこか遠くを眺めていた。それなら、と朝霞はさらに匿うように医者のすぐ前へと立つ。いずれにしろ、自分の身を盾として護るべきものを護るまでだ。

「リターンマッチだぜ八宏、1人残らず治して帰るぞ」
「……元よりそのつもりです。力、貸して下さい」
 邦衛 八宏(aa0046)の言葉に稍乃 チカ(aa0046hero001)は口角を吊り上げ、血の奔流に姿を変えて八宏の身をしとどに濡らした。ライブスの血を一掬い飲み共鳴を終えた「人喰い」は、鷹を一匹生成し密かに敵の向こうへ放つ。
「大宮様、よろしければお医者様は僕が院内へお連れします」
 こそりと響いた八宏の声に朝霞はこくりと頷いた。八宏が医者を肩の上へ担ぎ上げた――その時狼ゾンビが腐液を垂らし八宏へと迫ったが、朝霞のレインメイカーが容赦なくゾンビの頭蓋を殴り飛ばす。
『この騒動が終われば大仕事が待ってんだ。死ぬ気で生き残れよおっさん!』
 チカが医者に激励を飛ばし、八宏は院内へ至るべく足を踏み出そうとしたが、狼達は行かせまいと肉の壁と立ち塞がる。そこに、狼達の背後から、絶対零度のライヴスがブレードとなって差し向けられた。腐肉が一瞬で凍り付き、終焉之書絶零断章を手にしたニウェウスが腕を上げる。
「こっちよ、早く」
 何故ニウェウスがゾンビ包囲網の外にいるのか……実はニウェウスは敵がアタッシュケースに集中しているのを逆手に取り、狼ゾンビが襲い掛かる瞬間――陣形が乱れた隙に包囲網を抜けていたのだ。グラディス(aa2835hero001)と共鳴した秋原 仁希(aa2835)もまた、二丁板斧を振るい回し医師の避難経路を作る。
 グワルウェンは仲間達に一度ちらりと視線を向け、すぐさま敵の方へと戻した。守るのが医者でも治療薬でも、とにかく自分に出来る事は狼共の注意を引く事。
『どうしたワンコロ共。俺達に怖じ気付いたのか?』
 グワルウェンの挑発に乗ってか否か狼ゾンビは群れを為し、巨大な腐肉の塊となってリンカー達に雪崩れ込んだ。グワルウェンはそこに一歩踏み込み、加速した衝撃波――ストレートブロウを撃ち放つ。先頭の一匹を吹き飛ばすに留まったが、陣形を乱すのには十分。
 アード(aa5089)は刃を振るいながら思考を巡らせ続けていた。アードはエージェントとしてはまだまだ新参者であり、かつ今回は自分より強い仲間が多数いる。狙撃手については木々が多く、アップダウンの激しい山の中なら攪乱する事も出来ただろうが、シティ環境下においては対応する事は出来ない。
 故に。
「狼ゾンビの対応をします。けれど様子見のために全滅はさせないつもりで」
『オーダー! 了解しました! 散らして捌きます』
 ドール(aa5089hero002)は軍人口調できびきびと言葉を返した。気弱で可愛い感じだが頭の回転は上のアード、集団戦闘を得意とし上下関係を遵守するドール。相棒と言うより上司と部下……とも言えそうな二人である。
 群れからはぐれた一頭に、アードは≪憤怒≫≪復仇≫と銘打たれた双剣を煌めかせた。上下から挟み込み、肉を断ち切る刃の動きは獲物に噛み付く牙のごとし。
 龍哉は足を左右に開き、飛び掛かってきた狼の首を鬼神の腕で掴み取った。そして捕らえた狼で豪快に敵陣を薙ぎ払う。
「こちとらロシアでずっと手強い狼の群れとやりあってるんでな」
『幾ら群れようと屍に後れは取りませんわ』
 凛としたヴァルトラウテ(aa0090hero001)の声に龍哉はにいと笑みを浮かべ、再び隙なく拳を構える。
 頼もしい仲間達の背でアタッシュケースを守りながら、君島 耿太郎(aa4682)とアークトゥルスは屋上に気を張っていた。積極的に射ち込んで来ないのは同士討ちを防ぐためか、ここぞというタイミングを待っているのか、あるいは耿太郎とアークトゥルスの視線に動きを制限されているのか。
「この前は救出だったっすが今回は防衛っすね。その時救助した人も中にいたりして」
『それならば尚更、これは守り通さねばならないな』
 ケースの表面を軽く叩き、アークトゥルスは一層感覚を研ぎ澄ます。「弱きを守る」、それが耿太郎とアークトゥルスの定めた誓い。故に互いにそれを意識し、苛烈さを増した瞳で戦場を眺め続ける。
 狼はまた態勢を変え、今度は四方八方からリンカー達へ躍り掛かった。ジャリ、と地面を踏み鳴らし、龍哉が鬼神を宿す籠手を鋭くゾンビ共へと向ける。
「死んでまで操られるのも不憫だ。本当の意味で引導を渡してやる」
 瞬間、殴打の乱舞が津波のごとく狼達に襲い掛かった。寄せては返し、変幻自在に荒れ狂う脅威に呑まれ、狼ゾンビ内二体が骨に戻ってガラリと崩れる。
 別方向からアークトゥルス目掛けゾンビが突撃を仕掛けたが、グワルウェンの巨大な斧がその行く手を遮った。シュナイデンを振り回して乱戦へと引きずり出し、防御の崩れた狼ゾンビにアードの牙が喰らい付く。
 グワルウェンにとって、アークトゥルスは叔父であり、心と剣を捧げた主。彼と、彼が守る物を背に負う限り、不退転となる覚悟を決めている。
 故に。
『俺を差し置いてこの人に触れられると思うなよ、ワンコロ共!』
 
「邦衛さん、ここは私達が守りますから」
 朝霞の声に八宏は頷き、医者を背に負ったまま病院へと駆け出した。龍哉がハッと顔を上げ仲間の元へ注意を飛ばす。
「大宮、そっちに行った。任せるぜ!」
「了解!」
 入口へ走る狼目掛け、朝霞はレインメイカーのフルスイングを一撃見舞った。一匹は吹き飛ばされたが一匹は脇を抜け、跳躍するゾンビの姿にニウェウスが八宏の名を叫ぶ。
「邦衛君、狼が行ってる!」
 飛んできたニウェウスの警告に、八宏は医師を素早く下ろし反対側へ身を捻った。攪乱され目標を八宏へ移動したゾンビへと、ニウェウスが接近しライヴスを速攻で練り上げる。攻撃を瞬間的に上昇させ、さらに絶零断章を複製の上多数に展開。
「行くわよ」
 情熱的な音と共に、絶対零度のライヴスがレーザーとなって放たれた。複数のレーザーが狼ゾンビを射ち抜き貫き、戻った骨さえ凍り付いて氷の欠片と地に落ちる。
 八宏は再び医者を背負って入口に駆け込むと、安全な場所に医師を下ろし、そのまま院内を通って西の非常階段を目指す。その途中、窓に近過ぎる人影が見えたので、口数の少ない八宏ながら出来る限りに声を張る。
「そこは危ないです。後ろに下がって下さい」
 だが、人影は動かない。医者と同じだ。瞳の焦点が合っていない。だが、留まる事はせず、八宏は屋上へと急いだ。ニウェウスは八宏と医者が病院に入ったのを見届けた後、こちらは挟撃狙いに見せかけながら東側へと移動を開始。
 と、狼ゾンビが数匹前に立ちはだかり、ニウェウスは絶零断章を構えた。リフレクトミラーでレーザーを乱反射させ、範囲化した絶対零度を屍肉共へ撃ち放つ。
「ごめんなさいね。でも、私の邪魔はさせないわ」

●抗戦
『今なら病院に入れそうかな』
 グラディスの声に頷き、仁希はこそりと院内へと侵入した。リンカー達の奮戦により、狼ゾンビの数は6体まで減っている。狙撃手もいるため気を抜ける状況ではないが、それでも仁希とグラディスは病院に入る事を選択した。
 武器を幻想蝶へ収納し、探索しようとした矢先、階段脇に八宏が下ろした医者の姿を発見した。俯き沈黙する医者に仁希は近付き問い掛ける。
「すいません、この病院に放送設備ってありますか?」
 だが、医者は答えない。顔も上げない。回答は期待出来ないと判断し院内地図を探す事にした。幸い地図はすぐに見つかり、放送室もそう遠くない所にあった。電源を入れマイクテストを行った後、殊更声を明るくして病院の人々へ呼び掛ける。
『君達と明日を見るために、更にその先を見るためにやってきたよ。さぁ、外には危ないのが居るから窓から離れて、ドア側に寄っててね』
「病気以外の怪我等あったら教えて欲しい」
『なんせ僕らはバトルメディック! 君達を救うために! 抗い、傷を癒やす者さ!』
 四国で起こったゾンビ事件。そのいくつかに仁希とグラディスは関わってきた。その最中絶望に打ちひしがれ、希望を捨て、人間である事さえ諦めようとする人々にも出くわした。
 それが仁希とグラディスが患者達に呼び掛ける理由だった。敵を撃退し治療薬を守る事が出来たとしても、この病院の人々を救えなければ意味がない。狼も狙撃手も仲間達が止めてくれる。だから、自分達は患者を守る。これ以上被害を出さないために。
 放送室を飛び出した後は、病室を走り周り一人一人に声を掛ける。やはり皆どこか虚ろな表情だが、グラディスは明るく元気に声を張り、かつ威圧感が無いよう気を配り、同時に患者達を引っ張りながら1階から2階へ駆け回る。
「しかし、どうにもこうにもおかしな気配だな」
『……最初の時と比べると、ほんと気配が変わったねぇ……』
 仁希の呟きにグラディスもまた声を零した。今回の事件や敵単体の気配ではなく、全体的な雲行き、という意味だ。しかし今は為すべきことを。静まり返る病院に駆け回るシューズの音が響く。

●防戦
 飛来した銃弾に龍哉は素早く足を引いた。狼の数は減ってはいるが、反比例して素早さと連携が強化している印象を受ける。また、手駒が減って狙いが定めやすくなったのか、屋上からの狙撃もまた回数と精度を上げていた。
 みすみす撃たれるつもりはないが、避けようと下手に動き回ると君島から離れてしまう。しかし一か所に留まると銃の的にされてしまう。故に射撃間隔に注意し、射撃間隔より長く一か所で足を止めないよう努めつつ、一足飛びで君島達の下へ戻れる距離を維持しながら、さらに爆発の危険を考慮し車には近寄らない……という動きが求められた。
『皆さんが狙撃手を押さえるまでの辛抱ですわ』
「そうだな……それまでこっちも頑張らねえと」
 ヴァルトラウテに言葉を返し、龍哉はハングドマンを横に構えた。投擲短剣の柄についた極細鋼線をピンと張り、突撃した狼の腐肉を絡め取って縫い留める。
 アードは狼討伐よりも、群れを乱す、散らすなどの微調整を試みていた。犬科の集団連携はアードもドールも自然にいた時に見慣れ、そしてやり慣れている。犬科の命令体系や上下関係を見抜き、どういう陣形で襲ってくるかを見繕うのは訳もなく、殺しすぎずに散らし、留まり、という微調整は野生状態で行使していたドールの得意とする所だ。もちろん、自分達だけでなんとかする事は出来ないが、仲間達の力を借り、位置取りを気にしながら両手の牙を閃かせる。
「あー! もう! いろんなとこから! うざったいっす!」
『建物の構造上仕方がない。集中しろコータロー』
 叫ぶ耿太郎をアークトゥルスは静かに諫めた。直接的な戦闘は仲間が行ってくれる、とは言え、飛び掛かる狼と銃弾に注意し、アタッシュケースを守りながら立ち回るのは神経を酷使する。
 東側の狙撃手の銃口がアークトゥルスの腕を狙い、気付いたグワルウェンが盾となるべく咄嗟に間に飛び込んだ。銃弾に肩を削られながらも背後の主へ注意を飛ばす。
『もう片方にも警戒しろ。銃撃ちは二匹いるんだ、一匹防げるに越したことはねえだろう』
 言いながら踊り掛かるゾンビに対し、グワルウェンは妨害すべくシュナイデンを振り落とした。と、地上で奮戦するリンカー達に、そろそろ屋上に到着すると八宏からの連絡が入った。通信を受けたアークトゥルスは救国の聖旗「ジャンヌ」を出現させ、警戒は最大に、しかし挙動は大胆に、聖女の名を冠する旗をこれみよがしに振り回す。合わせて挑発めいた不敵な笑みを屋上の狙撃手達へサービス。
「うわー……めっちゃ目立つっすね。狙ってくれって言ってるようなもんっす」
『それが目当てだ。問題は無い。……聖女よ、全てを守り給え』
 耿太郎の呟きにアークトゥルスはすげなく答えた。強化ついでに敵の目を少しでも逸らせれば、その上で病院内の人も勇気づけられれば最高、と更に旗を打ち鳴らす。
『しかし、感染者とはいえあまりに覇気が無い。目の前に薬があるならば必死に手を伸ばすものではないか?』
「どうっすかね。感染すればそうなっちゃうのかもしれないっすし……半分諦めてるのかもしれないっす。前に会った人達は感染してても頑張ってたっすけど、俺はどっちかというとここの人達派っすね」
 耿太郎の発した言葉にアークトゥルスは目を細めた。思う所がないではないが、今優先すべきは「弱きを守る」、治療薬と感染者を防衛するという事だ。
 そのためにも、アークトゥルスはプレートシールドを固く構える。治療薬をみすみす敵の手に渡しはしないと。

●攻戦
 八宏は鷹の目を通して屋上を観察していた。勘付かれないためにもあまり近くに寄せる事は出来ないが、少なくとも西側の狙撃手に、過去記録にある敵の特徴・共通点は見当たらない。
「洗脳された感染者と判断してもよろしいでしょうか」
『いいんじゃねえか。とりあえず取り押さえる……だろ?』
 チカの声に顎を引き、八宏は非常階段の影から敵に向かって駆け出した。気付いた狙撃手の銃弾が頬を掠めたが、そのまま突っ込み、ノーブルレイで絡め取ってそのまま床に押し付ける。
 一方、東側にいた狙撃手が異変に気付き銃を持ち上げようとしたが、その矢先に反対側からエンジン音を感知した。素早く身を翻すとそこには桃色の髪の女性が……ジェットブーツで屋上まで飛んだニウェウスが唇を尖らせている。
「あら、見つかっちゃったかしら」
 魅惑的な声音を歯牙にも掛けず、狙撃手はすぐさま引き金を引き、屋上に降りたニウェウスは銃口と反対へ床を蹴った。少し足に当たったが、そのまま狙撃手に肉薄し双炎剣「アンドレイアー」に換装する。敵の挙動に注意しながら側面に回り込み、狙撃阻止を重視して銃へ斬撃を走らせる。
「大人しくしてくれる? 治療の邪魔なの。……いえ、貴方は元気みたいね。特別なのかしら」
「……」
「ところで。その面……何か気になるのだけど」
 視線で肩の面を示すニウェウスに、狙撃手は沈黙を貫きひたすら剣を避け続けた。
 一方、拘束した狙撃手を安全地帯へ隔離した後、八宏は鷹の高度を出来るだけ下げ東の狙撃手を観察した。ニウェウスの指摘した通り、黒いコートの左肩に四本角の鬼の面。過去報告にあった朱天王配下と類似した装備品。
 背後を取りたい所だが、反対の東側に行くには少々時間が掛かる。よって八宏はライヴスで身を覆った後、ハウンドドッグを出現させ狙いを敵の肩へと定めた。そしてニウェウスの攻撃に合わせ銃弾を叩き出す。
「……!」
 突如飛来した銃撃に狙撃手は素早く身を捻り、しかし弾は鬼面の角をわずかばかり削り取った。反撃を食らう事を視野に入れ、八宏は不死者の丸薬を口に含む。
『(姿形は下の連中と変わりゃしねぇ、だが獣クセェ。警戒しとけよ、得体が知れねぇぞ)』
「(人々の死を厭わない敵であれば、殺します)」
 チカの囁きに冷徹とも言える声音で返し、八宏は狙撃手の注意が逸れる前にと間髪入れずに追い撃った。同時にニウェウスが狙撃手の体勢を崩すべく足払いを試みる。
 狙撃手はそれに対し、左腕で八宏の弾を受け止め身捌き一つでニウェウスを躱した。そして手品のように右手にナイフを一本取り出し、もっとも間近にいるニウェウスの眼球を狙って振るう――
 瞬前、白銀に光る影が地上側から躍り出た。ロケットアンカーを屋上の壁に撃ち込み、クロ―を支えに一気に壁を駆け上がった――龍哉が、好戦的な笑みを浮かべ狙撃手へと宣告する。
「どうせあいつらの眼を通して見てたんだろ。だが、いつまでも高みの見物なんぞ出来ると思うなよ」
 そしてアンカー砲を構え、捕縛し無力化させるために今度は敵へとクロ―を放った。狙撃手は迫るクロ―に胸を打たれ、後ろへと下がりながらじろりとリンカー達に視線を送る。
「口惜しいが……仕方ない」
 突然、狙撃手は狙いを定めず無造作に銃を乱射し、龍哉とニウェウスが避けた隙に屋上から身を投げた。下を見た時にはもう遅く、狙撃手の姿を確認する事は出来なかった。
『逃げられましたわね』
「そのようだな」
「でも、狼はまだいるみたいね」
 ヴァルトラウテと龍哉に告げ、ニウェウスは眼下の敵を見据えた。鬼面を付けた狙撃手は完全に撤退したようだ。ならば深追いはせず、味方の援護をと、絶零断章をぱらりと捲る。

●終戦
「うっ」 
 腕に噛み付いた狼の牙にアードはたまらず呻きを漏らした。ダメージが大きいと判断し、朝霞はアードにケアレイを飛ばす。
 狼は4体まで減った。しかし動きはさらに素早くなっている。今ここにいるリンカーも4人。仲間は狙撃手を押さえに行ったり、病院内を駆け回ったりそれぞれの役目を全うしている。狙撃手も病院内も対応に向かった仲間に任せるしかない。
「だから私達は、アタッシュケースの治療薬を死守しなくちゃ! 治療薬を待っている人達がたくさんいるんだから! こんな所でやられるわけには!」
「ガァッ!」
 朝霞の叫びを喰らうように、狼の牙が朝霞へ迫った。ガードを固めて牙を受け、お返しとばかりに反撃する。もう一方からアタッシュケースを狙ってゾンビが跳躍するが、こちらはグワルウェンが立ち塞がり、斧で薙ぎ払った後すぐさまアークトゥルスの横へと戻る。
 狼達は腐肉をアスファルトに垂らしながら、獰猛な唸りと共にリンカー達を取り囲んだ。きっとこれが最後の攻防。緊張感が最高に高まった時、狼ゾンビが一斉に四方から流れ込む。
『朝霞!』
「分かってる! ヒーローはね! 二兎追って二兎とも得なくちゃいけないのよ!」
 ニクノイーサに快活に合わせ、朝霞はレインメイカーの打撃で狼ゾンビを弾き飛ばした。跳躍した一匹をグワルウェンが叩き潰すが、もう一匹は頭上を越えアークトゥルスへ直接迫る。
『アーク!』
『まかせろ』
 自分を呼ぶグワルウェンにアークトゥルスは静かに答え、ライヴスリッパーをまとわせて盾を狼へ打ち込んだ。ライヴスを乱され、狼ゾンビの身体が横に傾いだと同時に、屋上からの攻撃がリンカー達を援護する。
「すいません……狙撃手一人に逃げられました……一人は捕縛しております」
「では、狼は全滅させた方がいいですね」
『オーダー! 了解しました! 全て殺します』
 通信機からの八宏の声にアードは方針の変更を告げ、ドールは両手の牙を振るって狼ゾンビの腹を穿った。アークトゥルスの側面、盾を保持する腕を背に守りながらグワルウェンは主へ告げる。
『あんたが旗を掲げて進む、その一歩前を走る。追い抜いて、光の中で、背中を見せるんだ』
 その言葉通りに主に背を見せ、グワルウェンは斧を被り狼ゾンビへ踊り掛かった。最後の一匹になっても立ち向かう狼にも、もしかしたら仕えるべき主がいるのかもしれないが。
 二つに割れた狼の骸は骨に還って地面に伏せ、グワルウェンは斧を軽く振った。そして自分を振り返るグワルウェンに、アークトゥルスは口元を緩ませる事で応えた。

●続戦
「一般人を治療するために、まずお医者さんに治療薬を使うべき?」
『そのへんは専門家の判断に任せるべきだと思うが』
「俺は医者に注射するべきだと思うが、心配ならH.O.P.E.に確認してからにしてみるか?」
 朝霞とニクノイーサの会話に龍哉がそう提案し、一先ずH.O.P.E.に連絡、病院の医療スタッフに治療薬を打つ事となった。治療薬を打たれた後、医者達は夢から覚めたように急に元気を取り戻し、今病院は患者の治療にてんやわんやになっている。
『怪我した人はこっちに来てねー』
「もう大丈夫ですよー」
 グラディスと朝霞は医者や看護師と共に患者の対応に当たっていた。まだぼんやりしている患者の補助はもちろんの事、怪我をした者にはケアレイ、不安を訴える者には進行抑制も踏まえてクリアレイ、クリーンエリアと最大限に有効活用。その他助力を求められたら二つ返事で応じている。
 捕らえた狙撃手は治療薬を投与された後、「自分は何故こんな所に」と狼狽を露わにした。身元を調べた所徳島の空港で行方不明になったパイロットであり、どうやらゾンビウィルスに感染させられ操られていたようだ。暴れ出す様子もないため、今は拘束も解きニウェウスと戀が付き添っている。
 龍哉も手伝いに奔走しながら病院内の様子を眺めた。任務はこれで終わりだが、この病院は今これからが戦いだ。また、どうやらこの病院の患者達は別の病気で入院していた所にゾンビウィルスをうつされたらしく、医者も同様にウィルスに感染した後、操られてH.O.P.E.に連絡を入れたらしい。
「とりあえず、一通り処置が終わるまで護衛として残るのもありだな」
「ええ。最後まで守りきらなければ」
 龍哉の言葉にヴァルトラウテは柔く答える。戦場では勇ましき戦乙女、しかし今ここにいる彼女は慈愛深き一人の乙女。その視線の先に子供の姿がある事に、龍哉はふっと笑みを浮かべた。

 拾い集めた狼の骨を八宏は密かに葬った。そのまま散らばらせておくのは病院の人達に迷惑だろうし、獣のものとは言え遺体。少なくとも、出来得る処理を行った所で問題などないだろう。
 今回の任務では一人の死者も出さずに済んだ。治療薬も守り切れた。物想いに耽る相棒へと、チカが声を投げ掛ける。
「繰り返さずに済んで良かったな」
 その言葉に、八宏は静かに目を伏せた。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 常夜より徒人を希う
    邦衛 八宏aa0046
    人間|28才|男性|命中
  • 不夜の旅路の同伴者
    稍乃 チカaa0046hero001
    英雄|17才|男性|シャド
  • ライヴスリンカー
    赤城 龍哉aa0090
    人間|25才|男性|攻撃
  • リライヴァー
    ヴァルトラウテaa0090hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
  • コスプレイヤー
    大宮 朝霞aa0476
    人間|22才|女性|防御
  • 聖霊紫帝闘士
    ニクノイーサaa0476hero001
    英雄|26才|男性|バト
  • カフカスの『知』
    ニウェウス・アーラaa1428
    人間|16才|女性|攻撃
  • 花弁の様な『剣』
    aa1428hero002
    英雄|22才|女性|カオ
  • 日々を生き足掻く
    秋原 仁希aa2835
    人間|21才|男性|防御
  • 切り裂きレディ
    グラディスaa2835hero001
    英雄|20才|女性|バト
  • Iris
    伴 日々輝aa4591
    人間|19才|男性|生命
  • Sun flower
    グワルウェンaa4591hero001
    英雄|25才|男性|ドレ
  • 希望の格率
    君島 耿太郎aa4682
    人間|17才|男性|防御
  • 革命の意志
    アークトゥルスaa4682hero001
    英雄|22才|男性|ブレ
  • エージェント
    アードaa5089
    獣人|16才|女性|回避
  • エージェント
    ドールaa5089hero002
    英雄|17才|女性|カオ
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