本部

【屍国】連動シナリオ

【屍国】 鬼の鎮魂歌

桜淵 トオル

形態
ショート
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2017/06/18 00:05

掲示板

オープニング

●鬼の棲む家
 鬼が。
 鬼が棲んでいる。家の中に。
 毎夜悲鳴が響く。鬼に殴られる。動けなくなるまで。
――ごめんね。ごめんね櫂。でもここのほかに、家はない。
 母はそう言って泣く。
 その顔は醜く腫れあがり、かつての温かな微笑みは見る影もない。
 違う、違うんだ母さん、謝って欲しい訳じゃない。
 笑って欲しい。抱き締めて欲しい。守って欲しい。
 でも鬼が来る。
「うああああああん!」
 火のついたような、妹の泣き声。
 五月蝿い、という罵声と共に、殴られて小さな体が吹き飛ぶ。
 箪笥の角に頭をぶつけてうずくまるところを、更に襟元を掴んで引っ張られる。
 駄目だ、駄目だ。死んでしまう。
 妹はあんなに、ちびなのに。
 そのときなにかが、ふつりと切れた。
 鬼に対抗するなら、鬼にならねば。
 鬼よりも強い、鬼にならねば。
 台所から包丁を抜き取り、そっと隠し持つ。
 チャンスは一度きり。一度で確実に、仕留めなければ。
「なんだ小僧。文句でも……」
 鬼がこちらを見る前に、裸足で床を蹴る。すべての憎しみを、構えた刃に乗せる。
 そして俺は、鬼になった。

●鬼達の矜持
「このあたりを、嗅ぎまわっている奴らがいる。もうここも、潮時か」
 『お嬢』が物憂げに言う。
 あれから多くのことを経て、ようやく辿りついた大切な家族。
 行き場のない俺に、居場所を与えてくれた、優しくしてくれた、必要としてくれた。
「命令してくれ、お嬢。五月蝿い羽虫は追い払ってやる」
 護りたい、護りたい。今度こそは。
「その必要はない、必要なときが来れば俺が出る。いざとなれば俺の背中は預けるよ、櫂」
 そう言って柔らかく笑いかける、『お嬢』が俺の、本当の家族だったなら。

「いいかお前ら。半端すんじゃねーぞ」
 きっと『お嬢』は、いざとなれば言葉どおり前に出て、俺達を護ろうとするのだろう。
 だからこそ征く。先に征く。俺達がお嬢を護る。
「半端じゃ何にも護れやしねーんだよ」
 俺の前にいるこいつらも一緒だ。
 人の社会で生きるにはあまりにも大きな『欠け』を抱えたまま育って、『お嬢』に出会って初めて満たされた。
 誰もが『お嬢』と仲間を一番大切に思う。
 くだらないゴミみたいな人生を何十年も重ねるのと、大切な人のために今すぐ死ねるのとなら、どちらを選ぶ?
 答えなんか、決まり切ってる。
「俺は人殺しだ。だからどうした?」
 後悔するのは、あのときの刃が鬼の命にあと一歩届かなかったこと。
 俺が高い塀で守られるその間に、母と妹は鬼に殺された。
 人間の作った決まりは、鬼に捕まった人間を守りはしない。
 壊れてしまえばいい、役に立たない秩序も法も、人間も。
「見せてやろう、クズと呼ばれ続けたって……意地はあんだよ!」

●捜索開始
「ナンバーを黒塗りにしたマイクロバスは、国道377号を東に向かって逃走しました。現在監視カメラの映像を解析中です」
 あなたがたはH.O.P.E.から、大窪寺を襲撃したあとの朱天王一派の行方を捜索するよう依頼された。
 当時、大窪寺周辺の人々は避難済みではあったものの、各所に設置されている監視カメラは、録画を継続しておくよう依頼してあった。
 その結果、カメラの一部は破壊されていたが、残された映像からマイクロバスは継続して東へ向かっていたことが判明した。
 このあたりは徳島と香川の県境で、人口の少ない集落が多く、敵勢力の襲撃によって避難済み。
 潜伏するには格好の立地と言える。
 あなたがたはいくつかの集落を調査ポイントとして示され、小型のバスで緑深い山道を走った。

 大窪寺の前を通過してしばらく走ったころ、立て続けに何度かの発砲音がして急にバスは制動を失う。
 急ブレーキで停車したバスの下に、何かが投げ込まれた。
 ドンッ! という破裂音と共に、下から激しく突き上げるような振動。
「危険だ、バスを降りろ!」
 誰かが叫んだ。しかし間に合わない。
 直後、後方の床を突き破って車内に爆風と衝撃が走る。
 炎が車内を満たし、車窓を突き破った。
 あなたがたは炎上する灼熱のバスから脱出し、路上に降り立つ。
 おそらくバスは、車体の下に投げ込まれた爆発物によって誘爆を起こし、炎上した。
「スマホが通じない?!」
 H.O.P.E.支部に連絡しようと取り出したスマートフォンには、『圏外』の表示。
 何が起こったのか? と長考する間もなく、次々と前方にバイクが現われる。
 乗っているのはみな一様に、白い特攻服、黒いヘルメット、白手袋。
 大窪寺に現れた敵と特徴が一致する。
 同じ格好をした男たちが、後方の林内からも二人現われた。

「ここは俺達のシマだ。悪いが帰って貰おうか」
 左肩に鬼の面をつけた男が言う。
 背中に挿していた木刀を抜き、両側に引くと、中にはギラリと光る刀身が見える。仕込み刀だ。
「まあ、その前に俺たちに殺されなければの話だがな!」

解説

●成功条件
百鬼夜行の残党集団を退ける。

●現場状況
・国道377号を大窪寺からおよそ4kmほど東へ向かった地点。
・一本道で道路幅は4sq、国道の両側は人工林で左側が高い斜面になっている。
・敵はまず後輪タイヤを狙撃し、次に爆発物を車体の下に投げ込んで誘爆を起こしたと見られる。
・バスはスピンして道路を塞ぐ形で停車し、激しく炎上中。
・この爆発はガソリン引火による爆発であり、PCにダメージはない。

●登場
百鬼夜行残党
・リーダー櫂、メンバー14名。櫂に従う。
・すべて黒ヘルメット、白特攻服、手袋。リーダーの櫂は左肩に鬼の面。
・使用武器:仕込み刀、サブマシンガン、小銃、ナイフ(共にAGW)
・全員がハイネックのシャツを着用しているが、うち7名は首に包帯を巻いている。すべて死体ゾンビ。

●PL情報
・タイヤを狙撃したメンバー、手榴弾を投げ込んだメンバーは森から姿を現した二人。
・百鬼夜行の生き残りはすべて当初からのメンバーのみ。
・最寄のスマホ基地局はあらかじめ破壊されている。次の基地局圏内に入れば通話可能。
・ライヴス通信機は使用可能。通話を試したあとはPC情報に出来る。

リプレイ

●はじまりを告げる炎
 ごうごうと音を立てて、バスが炎上する。
 紅蓮の炎が、割れた窓から舌を出し、黒煙を上げながらあたりを舐め尽くす。
『(ここで私達を妨害して、加えて俺達のシマ発言かー……。どう考えてもこの先に潜伏場所があるね)』
 不知火あけび(aa4519hero001)は共鳴し、能力者の日暮仙寿(aa4519)にそう話しかけた。
「(堂々姿を現して足止めとはな。余程朱天王が切羽詰まっているなら兎も角……)」
 仙寿も不審感を拭えずにいた。
 大窪寺で朱天王勢力と戦い、空からの戦闘機の特攻という予想外の戦略で強引に布陣を崩され、防衛していた結界の要も破壊されたことは記憶に新しい。
 重要拠点での攻略であれほどの成功を収めた朱天王勢力にしては、少々お粗末ではないかとさえ思う。
 ここで朱天王本人が出てくるならば、かなりの脅威であり、不意をつくことが出来るはずなのに。
『(……ということは、独断かな?)』
 朱天王と弟分の結束力は強く、その連携はあなどれない。
 もし百鬼夜行だけが独断で行動しているなら、彼らを仕留める好機になるはず。

「ぼやぼやしてるんだったら、こっちから行くぜ?」
 バイクを降り、日本刀を抜いた櫂がそう宣言した。
 ヴンッ! と唸りを上げるエンジン音が両脇から響き、バイクに乗ったメンバーが六名ほど、走行しながらマシンガンを無差別に掃射する。
 いきなり飛び交い始める銃弾に、エージェント達は身を低くして被弾を避ける。
「目を伏せて……!」
 爆発と同時に五十嵐 七海(aa3694)が仲間達に小声で合図する。
 バスの中では女子高生だった七海が、ジェフ 立川(aa3694hero001)との共鳴によって大人の女性へと変化し、隠していたヤギ角も大きな巻き角となって現われる。
 周囲のエージェント達が頷いたタイミングで、櫂の足元に【フラッシュバン】を放つ。強烈な閃光があたりを包み、視界を奪う。
「(ぼやぼやしているつもりは無い!)」
 七海と示し合わせておいた仙寿が櫂めがけて爆導索を放つ。閃光の中での更なる爆発。
 爆導索によりバイク一台が巻き込まれ、ガソリン引火によって爆発する。
「乗っていた奴は……おそらく離脱したか」
 閃光が収まってみると、櫂は後方へ退き、ダメージは不明だった。指示があったのか、他のメンバーもバスの後方から出てこない。

 そこへ突進する影がひとつ。三木 弥生(aa4687)だ。
 英雄の三木 龍澤山 禅昌(aa4687hero001)は共鳴して髑髏の鎧となり、彼女が動くたびにがしゃがしゃと骨を鳴らす。
「私は言いました。絶対に許しません、と。ですから、許しません!」
 櫂の振り下ろす刀をオハンの盾で受け、覇気のある声で言い放つ。
「私は貴殿に勝って見せます!!」
 盾の影から、ガラ空きになった櫂の胴を、拳で思い切り殴る。
 反動で数歩下がった櫂が、平坦な口調で言った。
「なんでそこで素手? 一撃入れるチャンスだろ? やっぱ甘いな」
「武士の意地です! 二度言われたから二度は殴ります! そのヘルメットを脱ぎなさい! 顔を殴らねば収まりがつきませんっ!」
 背の高い櫂は数拍の間、弥生を見下ろした。
「ふーん? なんで敵の前で大人しくメット脱ぐ前提でいるんだ? やっぱちびすけは甘いな」
「……っ! 三度に増えました! 素手はやめです! 覚悟なさいっ!」
 弥生に背の低いことを揶揄する類の言葉は禁句なのである。特に、見下ろしながら言われると余計に腹が立つ。
 小烏丸を抜き放つ弥生の前で、櫂の姿が揺らめくように変化した。
「メットは脱がなくても、見かけだけなら変えられるぜ? さあ、殴ってみろよ」
 白銀の髪、ゆったりとした狩衣、烏帽子、額には赤い三日月。
 弥生が『御屋形様』と慕うそのひとの、共鳴姿だった。

「なんだ、あれは……」
 姿を写し取られた側の沖 一真(aa3591)は、思わず呟いた。
 大窪寺での戦闘の際、百鬼夜行のリーダーだった隆司は『まやかしだ』と称しながら生きていたときの顔になって見せた。
 戦闘後に遺体となった彼の顔もまったく変わらず、安らかな表情をしていたので、リーダー格は何らかの方法で腐っていない姿を保てるのだと思ってはいたが。
『(そっくり……)』
 共鳴中の月夜(aa3591hero001)もそう感想を漏らす。
 姿だけは、まるで鏡を見ているよう。何らかの変身能力を持っているとは知っていたが、自分以外にも変化できるとは。

 あたりには銃弾が飛び交っていた。
 道路を塞ぐバス後方からの射撃と、バイクで走行しながらの掃射。
 けして狙いは正確ではないが、伏せていても着実に被弾し、ダメージを受ける。
「……通す気がないなら、燃やすよ」
 アリス(aa1651)が掲げるのは、『アルスマギカ・リ・チューン』。
 Alice(aa1651hero001)と共鳴した姿は、髪も瞳も、その闘志に満ちた表情も、燃え盛る炎を思わせる。
 そして数ある魔術の中から、選ぶの属性は炎。
 増幅した魔法の炎を、走行するバイクに向かって放つ。
 火炎が踊るように渦を巻き、路面を舐めるように広がる。
 狙うのはゴム製のタイヤ。アリスの炎に巻き込まれた四台ほどが、パンクにより次々に転倒する。

「愚かしさのあまり、憐れみすら感じるな」
 足を奪われ動きを止めた敵に向かって、黛 香月(aa0790)が【ストームエッジ】で氷刀「雪村」を召喚する。彼女自身からも、怒りに満ちたライヴスがどす黒く立ち昇る。
「あんな豚犬どもに、命を歪めてまで尽くす義理がどこにある?」
 倒れた特攻服のゾンビ達に向かって、氷の刃が襲い掛かる。
 かつて愚神によって生体兵器へと改造され、人生を歪められた香月にとっては、愚神は憎むべき敵、畜生にも劣る唾棄すべき存在でしかない。
 人間でありながら愚神に従うなら、相容れない。殲滅しかありえない。
 特攻服を纏い、人間の姿をした『それら』を撃破した雪村が、氷の刃をキラキラと舞い散らせる。
 思想も体も穢れた死体に贈る、儚い餞のように。
『その偽りの命を手放し、天に召されるがよい』
 清姫(aa0790hero002)も冷たく言い放つ。あるいは、間違いと偽りに満ちた生を終わらせてやるのも、彼女なりの温情かもしれなかった。


●絆のかたち
「固まるな、散れ! 一気にやられるぞ!」
 櫂の号令が響く。
 姿を現していた敵も一斉に両脇の繁みに身を隠そうとするが、その隙を逃さず動いたのがベルフ(aa0919hero001)と共鳴した九字原 昂(aa0919)だ。
 【繚乱】により舞い散る影の花弁が、敵の動きを包み込む。
 足を止めた二体のうち一体を仙寿の毒苦無が抉り、もう一体をアリスの地獄の業火が焼く。
 もがき苦しむ二体の手足を、『国士無双』を抜いた香月が砕き落とした。

「ライヴス通信機は繋がりました! 周囲の道路封鎖と警戒をお願いしています!」
 道路脇の木陰で通信を試みていた七海が声を上げる。
 スマートフォンでの通信が不可だったため初動では混乱したが、ライヴス通信機までが妨害されているわけではなかった。
 H.O.P.E.支部へと連絡し、一般人への被害を防ぐための一帯の道路封鎖と、朱天王勢力の逃走を防ぐための監視を依頼した。
 いままでの情報によれば、朱天王は弟分である百鬼夜行との結束力が強い。
 加えて櫂の『俺達のシマ』発言。この付近に潜伏していたと白状しているようなものだ。
 だとすれば、まだこの界隈に留まっている可能性が高いのでは?
 運がよければ、一気に朱天王の居場所まで掴めるかも知れない。

「帰って良いのか、そうじゃないのかどっちなんだ……」
 鋼野 明斗(aa0553)はやたらと威勢のいい敵を眺めながら、飄々と燃え盛るバスの陰に立っていた。
 面倒な相手に『帰って貰おうか』などと言われたら、素直に帰りたくなるのが明斗の性格だ。
 それにしてもバスの爆発で、所持していたナンプレブックを燃やされたのが痛い。
 エージェントは物理爆破で傷つかなくとも、大事にしている紙の本はそうはいかないのだ。
「あの本はもう少しでコンプリートだったのに、なんてことを」
 溜息をつく明斗の袖を、ドロシー ジャスティス(aa0553hero001)がくいくいと引く。
 いつも持っているスケッチブックも爆風で飛ばされてしまったらしく、明斗の手のひらに指で文字を書く。
『敵襲、迎撃』
 書かれた文字を判別するまでもなく、やる気に満ち溢れた表情を見ていれば言わんとすることはわかる。
 悪を見れば正義を執行しようとする、それがドロシーなのだから。
 『帰れ』と言う割には、帰るための交通手段を爆破済みであるわけだし。
「降りかかる火の粉は、払わなきゃな」
 文字通りに、と明斗は、燃え盛るバスの傍らで共鳴した。

「姿ばかりを映したからと言って! 貴殿は御屋形様ではありません! 私が惑わされるとでも?!」
 弥生は精一杯、櫂と切り結んでいた。
「そうか? それにしては攻撃がへなちょこだぞ? それが全力か?」
 人を小馬鹿にしたような口調も表情も、弥生の『御屋形様』とはかけ離れている。
 それでも、その姿へと打ち込むほんの一瞬、迷いが生じる。
『朱天王が、そんなに大事?』
 仙寿が小烏丸で割って入る。
 共鳴しているが、その口調はあけびのものである。
『私にも薙刀使いの兄貴分がいるから、気持ちはわかるんだ』
 あけびにとって師匠と兄貴分は、大切な家族だった。
 血が繋がっていなくとも、大切なことを教えてくれた、かけがえのない人達。
『大事な二人の為に、私が一番に考えてた事は……二人を悲しませない事だったよ! 貴方はどうなの?! こんな事して朱天王が喜ぶの?』
「(言っても詮無き事ではあるがな)」
 仙寿も心の中で呟く。
 所詮彼らとは敵同士。ここで殺しあう。
 それでも朱天王勢力の求心力と、ある種の救済力に一目置いていたあけびとしては、なにか言わずにはいられないのだろう。その気持ちも分かる。
「そ、そうですっ! 貴殿は言いました! 私が役に立たないと……! でも、なぜ貴殿は朱天王殿と共に来ないのですか!」
 弥生は攻撃を仙寿に任せ、盾と刀による防御に回る。
「本当は! 貴殿自身がっ! 役に立てていないと思っているのではないのですか?!」
 『御屋形様』は弥生に必要だと言ってくれた。確かに役に立っていると。
 弥生が櫂の立場だったら、決してあるじの元を離れたりはしない。死ぬまで傍にいる。
 こんどこそ、勝ってみせる。気持ちの面でも、負けたりしない。
「ご高説、どうもありがとよ」
 仙寿の刀を強く押し返した櫂が、一歩後ろに下がる。
 もう一度その姿が揺らめき、変化する。
 朝焼けの空のような紫の髪のポニーテールに赤い瞳、袴の和装、編み上げのブーツ。
 共鳴前のあけびと同じ姿。
「俺は人殺しだ。理解されようなんて考えは、とうの昔に捨てた」
 あけびが決して口にしないような言葉と暗い口調が、不気味さを際立たせていた。


「燃やそうか、林ごと、森ごと。そうすればゾンビも丸焦げ。消毒終わり」
 存在そのものが炎のような少女、アリスは、林内に逃げ込み隠れながら射撃してくる相手に狙いをつける。
 まずは射撃に有利な高さのある左側の斜面だ。
 銃弾の飛んでくる方向であたりをつけ、【リフレクトミラー】も使用してブルームフレアを放つ。
 魔法の炎が木々のあいだを縫って走り、隠れた敵を灼く。
 敵は呻き声ひとつも上げない。動いていても、既に死体なのだから。
 炎だけでは偽りの生を弔うのに足りないのか、もがきつつもまだ銃口をこちらに向ける。

「百鬼夜行って連中の残党も、これで最後かな?」
 昂は自身の中にいるベルフに話しかける。
『頭も出てきてるし、その可能性は高いな』
 ベルフは密偵であり暗殺者であった自身の経験からそう答える。
 百鬼夜行という暴走族に三名いたはずのリーダーのうち、二名は撃破済みであり、最後に残ったのが櫂だ。
「だったら、このまま返り討ちにして後顧の憂いを絶たないと」
 彼らとの戦いにおいて、四国では大勢の人が死んだ。
 治療薬の増産が始まったとはいえ、いまも多数の患者が新型感染症に苦しみ、その果てにある悲惨な変化と死に怯えている。
 感染を広げる奴らを、なんとしてもここで仕留めたい。
「敵が障害物の多い場所に潜むなら、こちらも潜めばいい」
 ライヴスで作った影の中に昂は自らの輪郭を溶かしこみ、右側の下り斜面の林内を音もなく移動する。
 林の中に逃げたメンバーは完全に息を潜めているわけではない。
 櫂の援護のため、移動しつつもマシンガンや小銃で射撃を行う。
 そこに忍び寄り、『飛鷹』をひらめかせて武器を持つ腕を一気に切り落とす。
 急所のないゾンビのこと、武器を止めるのが先決だ。
 次に移動する足、最後に首。
 命のない体は、それでもしばらくは動こうとするが、攻撃不能なまでに切り刻んでおけば、いずれ動かなくなる。

「障害物が多いなら、兆弾が有利ですよね?」
 七海はにこりと笑って『ピースメイカー』を構え、【ダンシングバレット】を使って左斜面に見える敵を撃ち抜く。なかなかに正確な射撃だ。
 アリスによって灼かれてもなお動きを止めない敵に、次々に止めを刺す。

「(なにか罠を仕込んでいるのかと思ったが……考えすぎか?)」
 一真は捨て身の自爆攻撃か、あるいは斜面を利用した土砂崩れを警戒し、距離を取って防御に徹していた。
 自爆攻撃も土砂崩れも、注意を怠らなければ被害は最小限で抑えられる。
「(皆が言うように独断で、ただ出てきたのか? 何のために?)」
 櫂はあけびの姿に変わったところだった。
 仙寿が【女郎蜘蛛】を放ち、その動きを止める。
 自分は突然大事な相手の姿を前にして、容赦のない攻撃を加えられるだろうか?
 そのときになってみないとわからないが、このまやかしが人の心の虚を突く汚い攻撃だと言うことはわかる。
「お前たちのまやかしは、随分趣味の悪い使い方もできるんだな」
 これに比べれば、隆司が最後に本当の顔になってみせたのは、最後の良心的行動だったのかもしれない。
 一真の言葉に櫂はあけびの顔のまま、ふんと笑ってみせる。
「俺はお育ちが悪いんでな。趣味の悪さなら折り紙つきだ」
「隆司が死んでから随分考えたよ、朱天王とお前達の関係がなんなのか。俺の辿り着いた結論は――家族。朱天王を母とするなら、お前らは子どもってとこか?」
「俺は母なんてあてにならないもんはいらねえ。家族も信用ならねえ。暴走族(ゾク)の強い結束こそが至上だ。頂点にお嬢さえいれば、それでいい」
『そんなの、間違ってる!』
 突然、共鳴中の月夜が感情の奔流に任せて叫んだ。
『あなた達には大きなものが欠けている。負の感情を元に集まり、生きるのではなく死ぬために戦うなんて。それで幸せになれる訳ない。この四国を地獄に変えてまで、何が得られるっていうの?!』
 月夜にも負の感情はある。けれどこの世界に来て、一真に会った。
 家族を得て、希望を知って、月夜は変わった。
 彼らは負の感情から抜け出せずに利用され、いたずらに罪を重ねただけではないのか。
 そんな行為に、何の意味がある。
「欲しいものは、お嬢が一生分くれた。仲間も、生き甲斐も、絆も全部」
 あけびの顔のまま表情を歪めて、櫂は言う。
「お前らの基準は下んねえな。恵まれた奴らが絶対だと思ってやがる」
 吐き捨てるように言う櫂の姿が、もう一度揺らめく。
「下んねえ奴らに、とっておきのまやかしを見せてやるよ」


●朱天王登場
 櫂の姿が、艶やかな柄の着流しの和装に変わる。下半身には緋袴。
 結い上げた長い髪に、華やかな容姿の女。唇はあざやかな赤。
「朱天王……」
 思わず一真は呟いた。その姿には、いままでにない威圧感があった。
 赤い唇が動く。
「生、老、病、死。仏教における四苦だ。この世における根源的な苦しみは、生まれ出たことにより始まる」
 話し方すらも、櫂のものとは違っていた。まるで朱天王そのもの。
「六道はいまでは死後の世界として扱われているが、本来は現世社会の分類だ。地獄の生を強いられた者たちに、極楽の生を当然とする者の言葉は届くまいよ」
「『祓い給え清め給え、急々如律令!』」
 幻なのか? 威圧感は充分だが、それがなんになる?
 訝りながら一真は、【リーサルダーク】を放つ。
 しかし効かなかったのか、朱天王は淀みなく話す。
「この姿が何なのか、図りかねているな? いま話しているのは、『俺自身』だ」
「どういうことだ……」
 仙寿が小烏丸で威嚇する。それを見て朱天王は嫣然と笑った。
「櫂を責めないでくれないか。この事態を招いたのは、俺に力がなかったせいなのだから」
 朱天王は持っていた日本刀を思い切り薙ぐ。
 かろうじて仙寿は刀で受けるが、櫂の動きより早く、重い。
「貴殿は何なのです!」
 弥生も必死で割って入る。
 【ターゲットドロウ】により、朱天王の注意を自分へと惹きつける。
「難しい問いだな。お前が仲間になるなら、教えてやろう」
 その言葉に、弥生は総毛立った。
 櫂ならば絶対に、弥生に仲間になれとは言わない。たとえ演技でも。
「避けろ弥生! 『九天応元雷声普化天尊』!」
 一真は弥生の作った隙に、【サンダーランス】を打ち込む。
 弥生も避けきったが、朱天王もまた素早くぎりぎりで避けた。
 雷の槍が、どこまでも空を貫く。
 雷電の通った虚空を見つめながら、一真は呟いた。
「少しわかった……これは確かに、『とっておきのまやかし』だ。そうだろう朱天王」
 朱天王はにいっと笑った。
「お前は敵にしておくには小賢しすぎるね、『オヤカタサマ』」

 言葉が終わるか否かのうちに、朱天王はさっと表情を変えて後ろに跳び退った。
 何度か大きく跳躍して、燃え盛るバスの後方へと身を隠す。
 直後、バスに無数の大刀が突き刺さる。
 焦げて煤だらけになっていた屋根を突き破り、窓枠を破壊し、座席を切り裂く。
 かろうじて残っていたバスの輪郭がひしゃげ、火の粉が舞う。
 香月の【ロストモーメント】だ。
「なんだか面白いことになってるな。アレは新たな敵か?」
 愚神を心底憎む香月は、新しい敵の出現にどす黒いオーラを燃え立たせる。
「炎のそばに隠れたのなら好都合……一緒に燃やそう」
 アリスは極獄宝典を開き、地獄の業火を呼び出す。
 さかまく炎がバスを包むそれと一体となり――そして、貫く。

「あれは櫂だ。方法は知らないが姿を変える能力がある。そして、おそらく朱天王が操って動かしている」
 一真はテレビ局の依頼時に朱天王に【サンダーランス】の軌道を雷系のスキルで逸らされたことを覚えていた。
 本体がここに来ているなら、同じスキルが使えるはず。【薙ぎ払い】にしてもそうだ。それが来なかった。
 そしてゾンビ勢力は、以前から上位個体が下位個体を操るのではという推測がなされている。
 動きが突然変わったのも、櫂ならば言うはずのないことを言うのも、朱天王が操っているとすれば説明がつく。
「どこから……? この近くにいるの?」
 七海は『俺達のシマ』発言を思い出していた。
 この近くに拠点があるとしたら、あるいは。
「それはわからない。ただひとつ言えることは、本体が櫂ならば、必ず倒せる。すでにダメージも与えているはずだ」
 朱天王との連携が厄介ではあるが、隆司も倒せない相手ではなかった。
 こんな形での連携が可能だとは思わなかったが、好機であることは間違いがない。

「索敵を――」
 弥生がさきほどからスキルで作成していた鷹を飛ばした。
 空高く舞い上がり、旋空する。
 間もなく、多方面から銃弾が打ち込まれ、ライヴスの鷹は霧散した。
「あれは囮です。本命はこちらなので」
 弥生は骸骨の鎧の下に隠した『モスケール』を起動し、ゴーグルでその情報を読み取る。
「敵影、前方に二体、左に二体、右に二体。計六体。端的に言いますと……囲まれています」

 一斉掃射は、まず上方の左側斜面から始まった。
 サブマシンガンの銃弾が、雨のように降り注ぐ。
「めんどくさい敵だなあ……」
 明斗は銃弾を禁軍装甲で防ぎつつ、ケアレインで周囲の味方の回復を行う。
「撃つということは、自分の位置を教えているも同然ですよ?」
 七海がライフルを構え、応戦する。
 どんなに隠れていても、こちらに銃弾を届かせるためには、射線上に姿を現さねばならない。
「同感だな」
 香月も【カオティックソウル】で攻撃力を上げ、自動小銃で狙いをつける。

「どうした? そんなに雁首を揃えて。まるで狙ってくれと言っているようじゃないか?」
 華やかな和装に緋袴の女が、バスにかろうじて残っている屋根の上に現われる。
 構えているのは、サブマシンガン。
 朱天王らしくない武器の銃口が、エージェント達を狙う。
「お前を誘い出すためだ!」
 待っていたように一真が立ち上がり、弥生がその前を盾で防護する。
 錫杖が涼やかな音を立て、破邪の白球を放つ。
 朱天王も攻撃に怯むことなくサブマシンガン掃射で応じる。

 きりり、と仙寿も月弓「アルテミス」を引き絞っていた。
――左肩を狙え。
 一真はそう言った。確信はないけれど、と。
 仙寿自身も大窪寺に現われた敵の変身が解ける瞬間を目撃した。
 あのときも、何かが割れる音がした。
 朱天王配下のリーダーたちは、みな左肩に鬼の面をつけている。
 あれが、ただの目印ではないとしたら。
 あけびも、強く想う。
『(私は誰かを救う刃でありたい。四国を壊す貴方達を、許さない!)」
 銀のライヴスの矢が、朱天王の姿に吸い込まれるように飛ぶ。
 カッ! と乾いた木の的に当たるような音がして、和装の女の姿が揺らめく。
 華やかな柄が陽炎のように消えた後には、白い特攻服の男が立っていた。
 既にところどころ傷を負い、手足も焼け焦げている。

「貴殿に勝ってみせます! なんとしてでも!」
 弥生がコンポジットボウを構える。
 敵同士だとしても、なにかを伝えたい。
「私は御屋形様を護り続けます――!」
 弥生の放った矢が左胸を射抜き、男はバランスを崩して屋根から転落する。
 
「待て弥生、不用意に近づきすぎるな!」
 駆け寄ろうとした弥生を、一真が押し留める。
 一真はまだ、罠を警戒していた。
「でもっ、とどめを、とどめを!」
 死した体に急所は存在しない。左胸を射抜いても、それで死ぬとは限らない。
「……ちだ……」
 横たわった男が、何かを呟いた。
「俺達の、勝ちだ……」


●終わりを告げる炎
 櫂は謎の言葉を残して、物言わぬ死体に戻った。
 リーダーを失ったメンバーたちは、途端に動きが悪くなり、次々に仕留められた。
 七海のライフルが火を噴き、香月の自動小銃が敵を屠った。
 昂のハングドマンが敵の手足を絡めとり、明斗のハストゥルが風を切る。
 死体に戻ったメンバーの何人かは、首に包帯を巻いていた。
 死亡したときに出来た傷は、ウイルス従魔の憑依が解けても消えることはない。
 包帯の下には、深い傷。
 おそらく自ら命を断って病院を抜け出した少年たちだと思われた。

「まあ、めんどくさい敵でしたね」
 元通りの飄々とした態度で、明斗は味方の回復を行う。
 被弾の酷い者にはリジェネーション、それほどでもなければケアレイを使い、あわせてケアレインも使う。
 彼はバトルメディックとして高いスキルを持ちつつも、後方で主張しすぎないのが援護の役割だと思っているようだ。

「私、守る為にエージェントになったけど、そうしてるつもりで逆をしてる事もあるのかな……」
 七海はジェフの袖を掴んで俯く。
 朱天王となった櫂は、お前たちの言葉は届かないと言った。
 それが本当なのか、七海にはわからない。それほどの不幸も地獄も、まだ知らない。
「それは悩んでも仕方ない事だ。自分に目的と主張を持て」
 ジェフは七海の頭をそっと撫でる。
「何故そうするか、ブレない気持で居てくれ」
 俺はそんな七海を応援する相棒だから、と付け加えるように囁く。


 ほどなくしてH.O.P.E.からの迎えが到着し、付近の捜索も行われた。
 ヘリでの捜索も行われ、炎上を続ける木造家屋が見つかる。
 付近の住民は元々避難中だったが、調査したところ、その家は無人家屋だった。
 古いがしっかりした作りの古民家で、かなりの広さがある。
 家屋に横付けされ、一緒に燃えていた車はマイクロバスで、大窪寺で目撃されたものと同型。
 詳しくは調査中だ。

 朱天王の逃走を防ぐための周囲の警戒網には、なにもかからなかった。
 おそらく朱天王は、ごく最近まであの燃えた古民家にいた。
 そしていずこかへと消えた。
 どこへ消えたのかがわかるまでには、それからしばらくの時間が必要だった。

結果

シナリオ成功度 大成功

MVP一覧

  • 沈着の判断者
    鋼野 明斗aa0553
  • 御屋形様
    沖 一真aa3591
  • 護りの巫女
    三木 弥生aa4687

重体一覧

参加者

  • 沈着の判断者
    鋼野 明斗aa0553
    人間|19才|男性|防御
  • 見えた希望を守りし者
    ドロシー ジャスティスaa0553hero001
    英雄|7才|女性|バト
  • 絶望へ運ぶ一撃
    黛 香月aa0790
    機械|25才|女性|攻撃
  • 反抗する音色
    清姫aa0790hero002
    英雄|24才|女性|カオ

  • 九字原 昂aa0919
    人間|20才|男性|回避

  • ベルフaa0919hero001
    英雄|25才|男性|シャド
  • 紅の炎
    アリスaa1651
    人間|14才|女性|攻撃
  • 双極『黒紅』
    Aliceaa1651hero001
    英雄|14才|女性|ソフィ
  • 御屋形様
    沖 一真aa3591
    人間|17才|男性|命中
  • 凪に映る光
    月夜aa3591hero001
    英雄|17才|女性|ソフィ
  • 絆を胸に
    五十嵐 七海aa3694
    獣人|18才|女性|命中
  • 絆を胸に
    ジェフ 立川aa3694hero001
    英雄|27才|男性|ジャ
  • かわたれどきから共に居て
    日暮仙寿aa4519
    人間|18才|男性|回避
  • たそがれどきにも離れない
    不知火あけびaa4519hero001
    英雄|20才|女性|シャド
  • 護りの巫女
    三木 弥生aa4687
    人間|16才|女性|生命
  • 守護骸骨
    三木 龍澤山 禅昌aa4687hero001
    英雄|58才|男性|シャド
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