本部

想いを伝える黒フリル

山川山名

形態
ショート
難易度
易しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 6~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
寸志
相談期間
5日
完成日
2017/05/28 13:40

掲示板

オープニング


「……フ。天の炎は今日も私を焼かんとしているようね」
 とある休日の国道沿い。雲一つない空の下、太陽がいつにない強さで地面を熱するなかで周囲とは一線を画した雰囲気をまとう少女が蝙蝠傘の下で意味深な笑みを浮かべていた。
 気温が急上昇すると伝えていた朝の天気予報を見ていれば絶対に選ばない服装である。肌の露出を極限まで抑えた黒い長そで長スカートのワンピースは全体にフリルとレースがあしらわれ、紺色の指ぬきグローブと革靴、さらにこれまた極端に唾が広い帽子は彼女の表情をすっぽりと覆い隠していた。
 いわゆるゴスロリファッションに身を包んだ彼女はしばらく一人でくつくつと笑うと、やがて顔をあげて右目を覆う眼帯に手を当てた。
「なーに馬鹿なことべらべらしゃべってんだ、リリア」
 彼女の隣でバリバリと短髪をかくのは、同じ年頃より少々背が高い少女から見ても大柄な青年だった。白いタンクトップにベージュの短パンにサンダルというラフな出で立ちで、露出された部分からは鍛えられた筋肉がくっきり浮き出ている。胸元にはダビデの星をかたどったネックレス――の形をした幻想蝶――が光っていた。
 少女は一瞬虚を突かれたが、一つ咳払いをして口を開いた。
「こほん。我が契約者、セイゴ。私を挑発するのもそのあたりにしておきなさい。いまの私はこの異世界に舞い降りた堕天使・メルクリウス。決してリリアとかいうかわいらしい名前では」
「んなことよりその恰好暑くねえのか?」
「話を聞きなさいよ……」
 こめかみを引くつかせるリリ……メルクリウスに、セイゴと呼ばれた男は大して気にもしていないふうに肩をすくめた。
 リ……メルクリウスとセイゴの関係性は単純明快に、英雄と能力者である。一週間前にセイゴのもとに突如として現れた彼女は誓約を交わしたのだが、いまだ現代の知識に乏しい。なのでセイゴはアルバイトの傍ら彼女を外に連れ出し、いろいろなものを見せて回る生活をしていたのだが。
「何でそんな恰好好むようになったのかね。高かったし、それ以上に暑いだろ」
「フ。この世界の拘束具でこれ以上の抑止力を持つものは少ないのよ。暑さなど、この漆黒の堕天使たる私には意味をなさないわ。……それよりも、なぜ契約者がここまでいるのかしら」
「オマエが道案内しろって言ったんじゃねえか。なんだ? そろそろお役御免でいいのか?」
「ええ。ここまでくれば位置もおおよそつかめたし。感謝するわ、我が契約者」
 メルクリウスがあらためて感謝を述べると、セイゴは首を縦に振った。
「飯時までには帰って来いよ。今日ももやしだが」
「またあ? もうこれで何日目よお……」


 彼女の目的は、某所で開催されるゴスロリ系イベント『宵闇の宴』に使用される展示場を下見する事だった。彼女はこの世界に来てまだ日が浅いため、こうしてセイゴの案内によって事前に調べた外観と現実をマッチさせたわけである。
「……セイゴに気づかれてないわよね……?」
 『宵闇の宴』はゴスロリを愛する人々のためのゴスロリ系オンリーイベントであるものの、ちょっと思春期にこじらせちゃった系の人やゴスロリに並々ならぬ熱を注ぐ男性陣が集まるカオスと化している。彼女がそれを正確な意味で知ることはないのだが、やはり多くの人が集まるイベントだということで少し気が引けていた。
「ううん、だめよ私。ちゃんとここでいいものを見つけるんだから」
 そもそも、なぜ彼女が慣れない異世界のイベントに参加しようとするのか?
 ぱんぱん、と気持ちを奮わせるために両頬を軽く叩いた彼女は、毅然とした表情でつぶやいた。
「……私を受け入れてくれたセイゴに、きちんとお礼をするんだから」


 そして当日になり、リリアが『宵闇の宴』に姿を現したころ。
 ある者は一般参加者として。ある者は売り子として参加していた時、H.O.P.E.を経由してとある人物から連絡が入った。
『繋がったか!? 「宵闇の宴」にエージェントが参加してて助かった! オレはセイゴっていうんだが、忙しいところを申し訳ない。ちょっと頼まれちゃくれねえか!?』


 皆様にはセイゴからの依頼に基づき、とある少女……まだこの世界に来て日が浅い彼の英雄、リリアを見守っていただきます。基本的に彼女は真面目に贈り物を選ぶのですが、以下のいろいろなハプニングに巻き込まれてしまいます。
・男性に絡まれる
 四十代後半の(フリル付きゴスロリドレスを着た)男性にリリアが絡まれてしまいます。このままだとリリアがパニック状態になってしまうので、何とかして助けてあげてください。服装の話をするのは『宵闇の宴』ではご法度なのでご注意を。
・財布を落としてしまう
 広い会場で財布を落として途方に暮れてしまいます。贈り物選びどころの騒ぎではないので、一緒に探してあげましょう。
・贈り物が買えなくなる
 特有の熱気にあてられ散財しすぎたリリア。せっかくいい贈り物を見つけたのに買えないのでは意味がない、とおろおろしてしまいます。渡し舟を出してあげましょう。

 なお、リリアが贈り物として考えているのは新しい服(もちろんゴスロリ)かネックレスなどのアクセサリーです。ハプニングを解決した後、さりげなく相談に乗ってあげましょう。

 これより始まるは、一夜限りのゴスロリパーティー。
 さあ、集えエージェント諸君。めくるめくゴシックロリータ・ワールドが君を待っている!

解説

・皆様は高給ではあるがゴスロリ服を着なくてはならない警備員、自作のアクセサリーやゴスロリ服の売り子やサークル主。なぜか知らないが気付いたらここにいた、またはちゃんと目的をもって来訪した一般参加者(これ以外にも様々な理由があるでしょう)などなど、です。リリアに気づかれないように見張りましょう。

登場人物
リリア
・本名、リリーアストラウテ=エルンストマイン。一週間前にセイゴのもとに現れた英雄。見た目は十四歳の女性。
・昼でも夜でもいつでもどこでも、いわゆるゴスロリの衣装を身にまとっている。召喚された際の衣服はあることはあるが、全く着ていない。
・芝居がかったセリフ回しと仕草、そして自らを『天上の神々により地上に堕とされた堕天使・メルクリウス』と称して独自設定を作り、それに沿ってふるまう。とある漫画やアニメに影響されたと思われる。
・設定を無視してくる相手は嫌い。セイゴとの仲は本来あまりよくないはずだが、兄妹のようにうまく付き合っているようだ。好きなものはキラキラしたもの、嫌いなものは人の話を聞かない男ともやし。

展示場
・某所にある展示場。この中のホールを使ってゴスロリ系イベント『宵闇の宴』が開催される。
・主に個人で製作されたグッズ、洋服、本、CDが売られている。種類は様々で、プロレベルの小物や洋服から同人本(ジャンルはゴスロリで統一)まである。とりあえず家と車など大きすぎるもの・高価すぎるもの・生モノ以外はほぼ何でもあると思ってもらって構わない。
・ただし、入場するためには黒のいたるところにレースがあしらわれたワンピースを着用しなければならない。ホール前で貸し出しもある。男性も必ず着用する事。

備考
・リリアに、『セイゴの要請で見張っている』ことがバレてはいけない。彼女が名乗ってもいないのに名前を口に出すなどは絶対禁止である。もし彼女にこのことが露見すればショックで贈り物選びなどできなくなる。

リプレイ


「……友人に誘われてきたけど」
『……確か、急用でキャンセル……でしたか?』
 丈の長いゴスロリドレス、レースがついたつば広の帽子に仮面マスクをまとった染井 桜花(aa0386)とファルファース(aa0386hero001)。ファルの問いに桜花はうなずいて、
「……まあ……ちょうどよかった。……依頼もあったから」
『……ですね』
 ホールの入り口で静かな喧騒に耳を澄ますと、桜花は相棒にほっそりとした指を差し出した。
「……依頼もそうだが……楽しもう。ファル」
「……承知しました。姫様」

「今日が楽しみだったね、バートリー」
 リヴィア・ゲオルグ(aa4762)が傍らのE・バートリー(偽)(aa4762hero001)に微笑むと、かの吸血姫夫人を名乗る少女は嬉々としてうなずいた。
「そうだぞ! 今日は思う存分楽しむんだ!」
 二人の服装はといえば、リヴィアは学芸員ということもあってか時代考証や生地にこだわった一級品ともいえる格好を。一方のバートリーはとにかくカッコよく、目立ってやろうという気概に満ちている。
 二人は勝手知ったるという面持ちで、親子のように手をつないでホールへ入場していった。

「頼むから知り合いがいないでくれ……」
 眉根にしわを寄せてぶつぶつ小声でつぶやく女性がいた。
 周りからはその男らしい美しさと言動の奇妙さから何やら噂されているのだが、そんなことは彼女(?)の知ったことではない。とにかく見つからないように会わないようにと小声で繰り返していた。
『おーい、恭也―』
「……!」
『うん、普通の女性はそこまで殺気に満ちた振り向き方はしないんだよ』
 セーラー服をコンセプトにしたと思しき黒いドレスを身にまとう伊邪那美(aa0127hero001)がこともなげに指摘した。
「……仕方ないだろう。こんなところを見られるわけにはいかない」
『いいじゃん。似合ってるよ、恭子?』
 恭子……女装した御神 恭也(aa0127)は相棒に何かを言いかけたが、飲み込んで溜息をついただけにした。
「……行くわよ。さっさと終わらせましょう」

 当然ここに参加しているのは一般来場者だけではない。サークルとして来場しているものももちろんいる。
「ん、やってきました『宵闇の宴』……ワタシだ」
 びしい、と謎の決めポーズをとるエミル・ハイドレンジア(aa0425)の隣で最終準備を完了させたギール・ガングリフ(aa0425hero001)が息を吐いた。
『いつも思うのだが、開催主はゴスロリというものを誤解しているのではないだろうか。紳士が淑女の装いをするのはゴスロリとは異なる、と我は思うのだがな……』
「ん、些細なことだよ……」
『今に始まったことではない、か』
 ちなみに彼女らのサークルでは主にギールの(無駄に極まった)裁縫と極端な偏重趣向によって作り出されたゴスロリ衣装の販売を行っていた。単価の高さに反して秘かに人気であるらしく、すでに『宵闇の宴』の常連でもあった。
 看板売り子たるエミルの衣装の力の入れようは半端ではなく、従者ギールの持てる技術の結晶とも言える。黒を基調としながら青紫を指し色とし、純白のレースとフリル、リボンをあしらった正統派だ。
「……ん」
『どうかしたか?』
「……いや、なんか、なにか、忘れているような気が……?」
 ――看板売り子・エミルとの撮影も受付中☆

 当然イベントの秩序を守る為に警備員も雇われる。もちろん、ゴスロリ服でだ。
「はわ!? ふ、普通の警備って聞いたんだけど!?」
 訳も分からずフリッフリのミニスカートゴスロリドレスを着させられた狼谷・優牙(aa0131)がスカートのすそを押さえながら顔を真っ赤にして叫ぶ。彼が男性だと気付くものはそういまい。
「普通の警備ですよ~? 制服が、ちょっと変わっているだけで~♪ あは~、かわいくて似合ってますよ~♪」
 隣を歩く小野寺・愛(aa0131hero002)がとろけた顔でカメラを連写する。それを何とか回避しようとちょこちょこ優牙が逃げるのだが、それがますます愛を喜ばせた。
「普通にすればいいんですよ~。恥ずかしがってるとむしろ目立ちますよ~?」
「え、あ、う、うん。……あぅぅぅ、脚がスースーするぅ……」
 恥じらう優牙にものすごい勢いでシャッターを切り続ける愛だったが、そこで遠くのほうの騒ぎに気が付いた。
「あれ、何でしょうね~?」
「えっ?」


 ここで時間を少し巻き戻そう。
 『宵闇の宴』に入場することに成功したリリアは、事前に目星をつけていたサークルのいくつかを回って品物を購入していた。結果としてリリアの表情も緩むばかり。両手の荷物の重さと反比例して財布と彼女の足取りはどんどん軽くなっていった。
「想像以上だったわ、『宵闇の宴』。まさかここまで堕天使たる私の心を弾ませようとは。対価を十分に持ってきておいて正解だったわね」
 ホールに集う人々はますます多くなり、熱気もそれに比してどんどん上昇していく。
「きゃっ!?」
「おっと」
 壁際に沿った広い道で、リリアの体が何かに跳ね飛ばされた。彼女が尻もちをつく前に、その何かも低い声を出した。
「いたたた……」
「すみません、大丈夫ですか?」
「ええ、平気。悪かったわ」
 そこにいたのは眼鏡をかけた少々小太りの男性だった。ドレスコードであるゴスロリドレスをまとってはいるがどうやらレンタル品ではなく自前のようだ。この熱気のせいで顔じゅうに汗が滝のように流れていた。
「怪我はありませんか?」
「ええ。すまないわね、迷惑をかけてしまったわ」
「いえ……って」
 男性はリリアの服装を見て目を大きく見開いたのち、リリアに向かって勢い良く詰め寄った。
「な、なにかしら」
「そのドレス! もしかしてその恰好、あの伝説的アニメ『グリムローズの冠』に影響を受けたものではありませんか!?」
「へっ!?」
「いや素晴らしい、こんなところであのアニメの視聴者にお目にかかれるとは! まさかこんなに若い方が知っているとは思いませんでした!」
「いや、ちょっ」
(どうしよう、私そんなアニメ見たことないんだけど……というか近い! な、なんでこんなことになっちゃったの!?)
商品を入れた紙袋をぎゅっと胸のあたりに引き寄せるリリア。しかしそんな彼女の態度にはお構いなしに男性は興奮の度合いを増していく。
「どうでしょう。ここで出会ったのも何かの縁。一緒にこの『宵闇の宴』を回りませんか?」
「えっ!? い、いやでも、その、私、見たいものが……」
「お付き合いします。その後お茶でも飲んでじっくり語り合おうじゃありませんか」
「ま、待って……!」
 すぐ振りほどけるはずの握られた手を振り払う気も起きなかったのは、まず恐怖と戸惑いが頭をいっぱいにしていたから。
「誰か……」
 そうか細くつぶやいた、そのときだった。

「……何をしている?」
『……嫌がっているじゃないですか』

 桜花とファルが、リリアと男性の間に突然割って入った。
 どちらともリリアよりは年上だ。しかし男性よりは年若い。だがその凍てつく視線、身にまとう涼やかな雰囲気は彼の熱気を冷ますには十分すぎたようだ。
「な、何ですかあなたたちは。この子の関係者ですか?」
「……いや、違う」
『……ですが……この流れを……見過ごせなかった、だけです』
「な、なら放っておいてくださいよ!」
 そう言って無理に桜花の手を振りほどこうとするが、彼女の力は緩まない。むしろますますその視線は敵意を増し、プレッシャーが高まっていく。
「やれやれ、随分と無粋な輩ね。どれほど上等な服を着ても、肝心の中身がこれではね……」
『……なんだかんだ言ってちゃんと口調が女の人になってる』
 人混みの中から現れたのは険しい目つきに加え苛々らしきものが混じった雰囲気を持つ恭也と目を丸くした伊邪那美だ。恭也は外周に向けて顎をしゃくって、
「周囲を見てみたら? 皆、貴方の下賤さに辟易としていますよ」
 男性が辺りを見回すと、すでに彼らの周りは人に包囲されていた。カメラを向けていたり傍らに向かって何かしゃべっていたりと反応は様々だが、男性の味方ではないことは理解できる。
 口をぱくぱくさせる男性の背後で、野次馬が押しのけられる音がした。
「ちょ、ちょっと通してくださーいっ。けいび、わぷっ、警備員ですっ!」
 優牙が人に押しつぶされそうになりながら警備員を名乗って姿を見せる。その後ろからさらに愛が人の輪の内側に入ると、優牙は男性の背中を叩いた。
「あ、あの、そちらの方が困ってますしとりあえずこちらへちょっと……」
「な、なんだ寄ってたかって!?」
「あらあら。聞きわけのない人はいけませんよ~?」
 柔和な笑顔は変わらず、黒い何かを背中から噴出させる愛に今度こそ男性が決定的にたじろぐ。とどめを刺すように、桜花とファルが低くハーモニーを奏でた。
「『……お帰りを』」
 結局男性は優牙たちの手で本部に移動させられた。ようやく人の流れが元に戻った道のはじで、リリアが桜花とファルに頭を下げた。
「ありがとうございました。その、二人がいなかったら、私どうなってたか……」
 桜花はちらりと背後の喧騒に目をやってから口を開いた。
「……気を付けるといい。……たまにああいうのがいる……それじゃあ」
『……それでは』
 二人は揃って見るものすべてを虜にするような笑顔を浮かべて、
「『……ごきげんよう』」
 残されたリリアは、熱くなった頬を自覚しながら胸の前で手を握った。
「……かっこいい」


『恭子、さっきの絶対むしゃくしゃしてやったでしょ』
「どうしてそう思う」
 サークルの前で並べられた銀のアクセサリーを吟味しながら伊邪那美が言った。
『声がとげとげしい。せっかく来てるんだからさ、もう少し楽しみなよ』
「……仕方ないでしょう。今は依頼でここにいるに過ぎないわ」
『ボクの付き添いできたのに、いざ来てみればゴスロリ服を着なくちゃならないってんで帰ろうとしたんだよね。それがだめだって言ってるのに。罰が当たるよ?』
「何の罰よ」
『ボクの。具体的に言えば知り合いに会う確率が上がる』
 ぶるり、と恭也が背筋を震わせた。
「……それだけは本当にやめてほしい」
『ガチトーンはボクもビビるよ。……おや?』
 アクセサリーから目を離した伊邪那美の視線の先には、人の頭と、ひときわ高くのぼりのようなものが見えた。
『なになに。「出張! 何処でも白虎ちゃん! IN『宵闇の宴』」だって』
「……」
『行こうか』
「喜色満面に言えるお前は鬼か」
『神様だって』
 二人が向かった少し開けた広場では、声を張り上げる虎噛 千颯(aa0123)と、和風ゴスロリ姿の白虎丸(aa0123hero001)がいた。千颯が恭也たちに気がついて、ぶんぶんと手を振ってきた。
「恭子ちゃん! 恭子ちゃんじゃないか! 伝説のゴス姫の恭子ちゃんじゃないか!」
『む、あれは御神殿でござるか? どうしたのでござるか?』
 一方の恭也はいろいろ全てに絶望したような表情で低く世界を呪っていた。
「……神は死んだ」
『あっ、やっぱり千颯ちゃんたちだ。二人とも楽しんでる?』
「もちろん! ああ今な、白虎ちゃんのPRしてたんだぜ! 非公認ゆるキャラの肩書を払拭するんだ!」
 そう嬉々として語る千颯の横の白虎丸は明らかに恥ずかしがっている。もともとこんな格好をさせられる経験などなかったのだろう、ロングスカートに開いたスリットを何とか閉じさせようと足掻いていた。
伊邪那美はそんな彼の様子を上から下まで眺めてから、
『……無理してない?』
『そもそも俺、ゆるキャラではないでござるよ。それになぜこの場に来たのかもよくわかっていないのでござる』
「何言ってんの、十分ゆるキャラっぽさ出てるって! あっ、そこのおねーさんたち! うちの白虎ちゃんを宜しくお願いするんだぜ!」
 通りがかりに声をかけられたリヴィアとバートリーは、一瞬目を丸くしたのちにそろってうなずいた。
「うむ! その剛毅なる外見とたおやかな衣装のテイスト、悪くない! 褒めて遣わす!」
「……ホワイトタイガーにゴスロリ……いい。あまり見たことがなかったけどすごくいい」
 好評だった。
 ますます表情がにやける千颯の矛先は、いまだ言葉を発する様子のない恭也に向けられた。
「恭子ちゃんも、うちの白虎ちゃんを宜しく頼むんだぜ!」
「言うな」
「え?」
「それ以上、なにも、言うな」
「わ、分かったんだぜ」
 すさまじい剣幕に押され千颯がすごすごと後ずさる。伊邪那美が呆れ顔で彼を見上げた。
「……皆、死んでしまえばいい」
『恭也―、美人さんが死んだ目で呪詛を呟くと怖いから正気に戻って』
 彼らのそばをするりと抜けていった霙(aa3139)は墨色(aa3139hero001)の手を引きながらつぶやいた。
「やっぱりここには、いろいろな人がいるんだね」
『……』
「『宴』が終わるまでは我慢してね。さ、たくさんの人に見てもらって宣伝しましょう」
 眉根にしわを寄せ、ともすれば唇を尖らせそうな顔でジャケットの裾をぺちぺち叩く墨色の格好は夏用のワンピース。頭の上には猫耳を覆うようにミニハットをかぶっていた。霙もまた気合の入ったゴスロリドレスで、二人のもともとの色合いも相まって注目を集めるには十分だった。ちなみにどちらの服も知人のサークルから購入したものである。
 その知人サークルの宣伝と売り子を兼ねてホール内を練り歩く二人。時折写真撮影を求められながらホールの端のほうまでやってきて、気が付いた。
「……どこに落としちゃったんだろう」
「どうかしましたか?」
「あ……」
 地面をきょろきょろと見まわしていたリリアに霙が声をかける。顔をあげたリリアは不安げになおもあたりに視線をさまよわせながら答えた。
「……対価を収めし褐色の器が、私の知らぬところで放棄させられたのだ」
「褐色の、器?」
 霙が聞きなれぬ単語の羅列に首をかしげると、墨色が霙のバッグを勝手に漁りはじめた。そこから取り出されたものを見て霙は合点がいったとばかりにうなずく。
「もしかして、お財布の事ですか?」
「……ええ」
「ならちょうどいいです。私たちも探すのお手伝いしますよ」
「いいの?」
「放ってはおけませんから。ね?」
 墨色が首肯する。リリアは霙と墨色の顔を交互に見比べて、やがて微笑んだ。
「ありがとう。感謝するわ」
「どういたしまして。でも私たちだけだとさすがに広いですし、他の人たちにもご協力をお願いしましょう」
 幸いにも人は大勢いるので、三人は近くを通りがかった人々に手当たり次第声をかけて協力を呼び掛けていく。とはいえ墨色はボディランゲージに終始しているせいでいまいち要領を得なかったり、リリアは独特の言い回しのせいで相手に混乱をきたすことになったりしたのだが。
 イベント本部にも連絡を入れた霙は、リリアのもとに戻っていった。
「今運営さんのほうにも情報を伝えました。でも、このイベントでもスリや置き引きが多くなってきているから、ちゃんと帰ってくるかは保証できません、ということでした」
「……そう」
「すみません、お力になれなくて」
 霙が頭を下げると、リリアはなおも微笑んで返した。
「いいえ。もとよりあなたたちがいなければ私は変わらず孤独のままだったわ。多くの対価が器に収まっていたわけでもないのだし、諦めることにするわ」
 報酬はあるのだしね、と両手の紙袋を持ち上げるリリア。しかし墨色はそんな彼女に向けて小首をかしげた。それで大丈夫なの? とでも言いたげに。
「……ありがとう。けれど、本当に大丈夫よ。かわいい黒猫さん」
 そういうと、リリアは二人に二の句を継がせないよう先に立ち去った。
「ごきげんよう、優しい二人。この堕天使に協力を申し出たこと、ためらいもなく感謝しようではありませんか」
 雑踏の中に埋もれていく彼女の背中を目で追いかけて、霙はぽつりとつぶやいた。
「……絶対、大丈夫ではなさそうだったよね」
『……』
 頷きを返す墨色。けれどもその姿は、人の波に紛れて見えなくなってしまっていた。


「セイゴさんからの依頼は依頼として、僕たちは自主製作のCDを売るためにここにいるんだからね。しっかり販売してよ!」
 『宵闇の宴』特設ステージの前はにわかに人だかりができ始めていた。
 アンジェリカ・カノーヴァ(aa0121)はニヤニヤしそうになるのをこらえつつ、隣でレンタルのゴスロリドレスをいじくるマルコ・マカーリオ(aa0121hero001)に発破をかける。
「ところでマルコさん、ゴスロリ服を着た感想は?」
「新しい感覚だ。だが、女性の心持ちを知れるからな。口説く時の参考になりそうだ」
 駄目だこのおっさん、と汚いものを見る目つきになるアンジェリカ。その間にも客はやってくるのでそれをさばいていると、ふと視界の端にリリアの姿が入ってきた。
 特設ブースの前をとぼとぼと歩くリリアはちらちらとサークルのほうに目を向け、その都度深いため息をついては目を離すのを繰り返していた。
「お姉さん、どうしたの?」
 ブースをマルコに任せてきたアンジェリカが声をかけると、リリアは悲しげな瞳でアンジェリカを見た。
「困ったことがあるのなら力になれるかもしれない。よかったらお名前と事情を聞かせてくれないかな」
「……我が名は堕天使メルクリウス。天上よりこの世界に墜ちたりしもの。この『宴』にて私の従者への褒章を探していたのだけど、我が対価を収めし器は朽ち果て、すでに私はこの場にはいられなくなってしまったのよ」
「なるほど。ボクは『冥界の歌姫』アンジェリカ。今そこのブースで黙示録の調べを綴った音盤を販売してるんだけど、この後『偶像の歌劇場』で歌を歌うことになってるんだ。その間、あそこの『魔神官』と『布教活動』してくれたらお布施の一部を進呈するよ」
 要するに短期バイトのお誘いである。目を丸くしながらもその意味を理解したリリアは、不敵な笑みを浮かべて応えた。
「いいでしょう。冥界の歌姫、この堕天使メルクリウスが貴方の力となりましょう」
 笑顔で頷いたアンジェリカは、リリアの手を引いてマルコのもとに戻った。事情を説明すると、アンジェリカはステージに移動した。
 マルコはリリアに席を勧め、気障な笑顔を見せた。
「堕天使メルクリウスよ。この『魔神官』とともに冥界の歌姫の声を世に広めようではないか」
 ノリノリだった。
 堕天使らしい振る舞いを、と要請されたリリアはここぞとばかりに宣伝にいそしんだ。ステージで歌うアンジェリカの世界観とも見事に合致した売り子の登場に、訪れた人々は喜んでCDを購入していく。
 上から歌を披露するアンジェリカは、何よりもリリアの楽しげな表情に心中安堵した。
 演目が終了してアンジェリカがブースに戻ってくると、すでにCDは八割方売れていた。アンジェリカの姿を認めてこちらに手を振るリリアの表情からはすでに暗いものはほとんど消えていた。
「戻ったよ、メルクリウス」
「お疲れさま。貴方の歌声、とてもよかったわ。強く心に響いて、けれどとても澄んでいた。冥界の歌姫の名は伊達ではなかったようね」
「ありがとう。……魔神官さん、メルクリウスに」
 マルコはうなずいて、売り上げを入れた箱からバイト代を抜き取って茶封筒に入れ、CDと一緒に手渡した。
「これは?」
「対価もないのに労働させるわけにはいかない。これはボクらからのお礼さ、メルクリウス」
「ところで、メルクリウスはなにを褒章にするつもりなんだ?」
 リリアは首を横に振った。
「ならロケットはどうだ? 中にメルクリウスの写真を入れてもらえば、いつも共に在れるだろう?」
「いやそれは恥ずかしいんじゃないかな? ……まあなんにせよ」
 アンジェリカは小さく笑みを浮かべ、リリアに右手を差し出した。
「いい買い物ができることを祈ってるよ」
「ええ。いつか再びあなたの歌声を聞けることを楽しみにしているわ」
 差し出された手を握り返し、リリアは再びサークルが並ぶエリアに引き返していった。

「……やっほい。衣装、残りわずかだよ……まだ買ってない人は……来るべし。かむひあ」

「おっ」
 白虎丸の広報活動に精を出していた千颯だったが、たまたま前を通りかかったリリアに小さく驚きの声をあげた。
「そこのお嬢さん! ちょっといい?」
「何?」
 リリアがこちらを振り向く。千颯は白虎丸を前にぐいぐいと出していった。
「俺は虎噛、この白虎ちゃんのマネージャーやってるんだ! んで、こっちは非公認ゆるキャラの白虎ちゃんゴスロリVer.なんだぜ!」
『が……がおー……白虎ちゃんでござるよ……』
 すでに何度目かわからないセリフを言わされても白虎丸は一向に慣れる気配がない。がおー、と持ち上げた両手も若干震えている。
「もしよかったらPRを手伝ってくれないか? お礼はちゃんとするんだぜ!」
「……私で問題ないのなら」
「ありがとう! 良ければ名前を教えてもらえるかな?」
「我が名は堕天使メルクリウス。天上より地上に堕とされた崇高なる天使の残骸よ!」
 すぐに引っ込んでしまう白虎丸を励まして前線に召喚したり、道行く人にチラシを配ったりするので宣伝とはいえよく動いた。リリアの額にも汗がにじむ。
 リリアの受け持ったチラシがなくなったところで、千颯が彼女に声をかけた。
「ありがとうメルクリウスちゃん! これ、少ないけどバイト代な。これでほしいものでも買っていきなよ!」
「ええ。そちらも万人に認められる時が来るまで励むことね」
 すでに全体で用意したチラシもほぼなくなってきていた。白虎丸はやれやれようやく終わりでござるか、と肩を落としかけて、
「ほら、まだあっちの方で宣伝してないじゃん! もっといろんな人に白虎ちゃんの名前を知ってもらうんだよ!」
『ま、まだやるつもりなのでござるか!?』

「この衣装なんですけど、ちょっと襟の部分が弱い気がして……あとここも」
「ふむ。それならば、ここをこうすればもっと良くなるのではないか。後は材質を変えればさらに統一感がもたせられるだろう」
 エミルのサークルの前では、ギールとリヴィアがゴスロリ談議に花を咲かせていた。どちらもゴスロリ衣装に並々ならぬ熱意を持つせいで、自然と技術者的な話にシフトしていく。
 一方のバートリーは、数が少なくなっている衣装を前にうんうん唸っていた。
「こっちのほうがカッコいいか……? ああいやだめだ、こっちも捨てがたい! ああだめだ迷ってしまうぞ誰だこんなグレイトな衣装を考えたのはー!」
「ワタシだ」
 どやぁ、と誇らしげに笑うエミル。実際に作ったのはギールなのだが、そこを言うほどエミルは空気が読めるわけではなかった。
 そして難題を突き付けられたバートリーは本気で悩んでいた。このまま片方を捨てれば確実に後悔するとわかっていた。
 エミルは持っていたぬいぐるみの腕を動かしながら哀れな伯爵夫人に告げた。
「……ときに、こんな言葉を、知っているかな……」
「な、何よ」
「……『買った後悔は三日で忘れるが、買わなかった後悔は、三年は続く』……」
「!!」
「……迷っているなら、買うべし。マストバイ」
 その後の結末は、ご想像にお任せしよう。


「帰ったわよセイゴ!」
 リリアがボロアパートの玄関を開けると、奥のほうから気だるげな声が聞こえた。
「ようやっと帰ってきたか。メシ出来てんぞ」
 六畳ほどの居間にリリアが足を踏み入れると、ベッドを背もたれに雑誌を読んでいたセイゴは顔をあげた。
「楽しかったか」
「ええ、とても。器をなくしちゃったけど、それよりもいろいろな事があったから」
「財布を無くしたって、それは大丈夫なのかよ」
 苦笑するセイゴ。あまり深く追及しないのは、本人が気にしていないからだろう。
 リリアはテーブルの前に座ると、セイゴに向かっていった。
「従者たる貴方に私から褒章があるの。受け取ってくれるかしら」
 セイゴに手渡されたのは、銀色の貝殻のようなペンダントだった。細かな装飾が施され、光に反射してまばゆく輝いている。横に切れ込みが入っているので開けてみると、小さな紙ぐらいは入りそうなスペースがあった。
「その……貴方には、この世界に来てからずっとお世話になりっぱなしだったから。何かお礼が出来たらいいなって思って。その……嫌だった、かしら」
 しばらくペンダントを眺めていたセイゴだったが、やがてリリアのほうを見た。
「高かったろ」
「ほかの人たちが助けてくれたから。あ、その分私もちゃんと働いたわよ?」
「――なら、よかった」
 セイゴはふと笑みを見せて。
「ありがとう。大切にする」
「――うん。これからもよろしくね、セイゴ」

 ――少女の誓いは今も変わらない。
 『最後の時まで共にいる』と。

結果

シナリオ成功度 普通

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 希望を胸に
    アンジェリカ・カノーヴァaa0121
    人間|11才|女性|命中
  • コンメディア・デラルテ
    マルコ・マカーリオaa0121hero001
    英雄|38才|男性|ドレ
  • 雄っぱいハンター
    虎噛 千颯aa0123
    人間|24才|男性|生命
  • ゆるキャラ白虎ちゃん
    白虎丸aa0123hero001
    英雄|45才|男性|バト
  • 太公望
    御神 恭也aa0127
    人間|19才|男性|攻撃
  • 非リアの神様
    伊邪那美aa0127hero001
    英雄|8才|女性|ドレ
  • ショタっぱい
    狼谷・優牙aa0131
    人間|10才|男性|攻撃
  • この称号は旅に出ました
    小野寺・愛aa0131hero002
    英雄|20才|女性|カオ
  • ー桜乃戦姫ー
    染井 桜花aa0386
    人間|15才|女性|攻撃
  • エージェント
    ファルファースaa0386hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • 死を否定する者
    エミル・ハイドレンジアaa0425
    人間|10才|女性|攻撃
  • 殿軍の雄
    ギール・ガングリフaa0425hero001
    英雄|48才|男性|ドレ
  • Foreseeing
    aa3139
    獣人|20才|女性|防御
  • Gate Keeper
    墨色aa3139hero001
    英雄|11才|?|シャド
  • 吸血鬼ハンター
    リヴィア・ゲオルグaa4762
    獣人|24才|女性|命中
  • エージェント
    E・バートリー(偽)aa4762hero001
    英雄|16才|女性|シャド
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