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愛された鉄くず
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【相談卓】
最終発言2017/05/17 21:54:57
オープニング
●
ふわりと心地よい春の夜風に髪を当ててみれば、思い出すのは懐かしい日記の一節だった。地元の中学校から帰ってきて宿題を手早く済ませた遠塚(とおづか)聖(せい)は、シャープペンシルを机に放り投げ、ベッドに寝転んだ。
部活が疲れた。吹奏楽部の練習で、日が落ちるのが長くなると部活の時間も長くなるのだ。冬は四時半までだったというのに、今は六時までトランペットを吹いている。
今日は個別練習ではなく、平日では珍しく全員で集まっての演奏だった。部長が指揮をして曲を演じるのだ。その時に遠塚は大きな失敗をして曲を中止してしまった。一人だけ別の節を吹いていたのだ。
それが切っ掛けで小さなミスが続いて、正直――へこんでいる。両親は元気がないと心配してくれているようだが、今慰めてくれるのはこの優しい夜風だけだった。
「はあ」
大げさな溜息が出る。
もしも、リータンがいてくれたなとありもしない願いが胸に浮かぶ。
リータンとは、言ってしまえばただの機械。皆の持つスマートフォンと同じような大きさで、スマートフォンとは全然違うただの機械だった。
誰が見ても機械だというリータン。遠塚にとっては大事な親友だった。
遠塚の祖父、俊憲(としのり)は小さな設計事務所の所長で、五年前に肺癌で亡くなった。聖は典型的なおじいちゃん娘で、祖父が危険な状態だと親の会話を盗み聞きしてから毎日泣いていた。
人間界に置いていく聖を心配した俊憲は、事務所にあるガラクタ達を集めて世界で一つだけ、聖のためのロボット「リータン」を製造したのだ。親友であり、形見。
「リータン~……」
形見の寿命は早かった。そもそもガラクタの寄せ集めでできたロボットだから寿命は早かったのだ。四年もすると動かなくなって、電池もつかなくなってしまった。代えがきかないリータンを聖は、泣きながら庭に埋めた。
人工知能という高性能なものではなかった。リータンは会話はできるが、会話文には限りがあった。
「たっだいま~!」
『おかえり~聖ちゃん。元気?』
「元気だよ。リータンは?」
『元気。今日のリータンは快晴模様~。ただし明日は不明』
「あははーなんだそれ! 面白いなあ」
会話を更新するのは両親の役目であったと知ったのは、聖が中学一年生になった頃だろうか。
親友はいつもこの部屋の机に乗って聖が帰ってくるのを待っていた。リータンが亡くなったのは、ちょうど昨年の春くらいだった。その日も心地よい夜風が吹いていたから、リータンも安心して天国にいけるだろうと思ったものだった。
「あ、まーたお風呂も入らずベッドに乗ってー」
制服のままベッドに乗ることを聖の母親はダメと言っていた。しかし聖はあまり忠告を守らず、今も舌をぺろりと出して「ごめんね」と言うだけだった。
「もう。宿題は?」
「バッチシ! 今日はちゃんとやったよ」
「そう。さっき連絡網で回ってきたんだけど、明日は学校休みですって」
聖はベッドから起き上がった。
「え、ホント?! え、なんでなんで」
「どこからともなく従魔が集まってきてるんだって。従魔がどこかにいるんだけれど、具体的な場所は分からなくてリンカーさん達も四苦八苦してるみたい」
「今日ばっかりは従魔に感謝しようかなぁ。明日部活、行きにくかったんだよね」
「怒られたから?」
「怒られてはないよ! むしろ励まされちゃったくらいだけど……。なんか練習する気が失せちゃってさ」
「一回ミスしたからってそれなら、あんた人生難しいよ。もっと気楽に生きなさい。さて、明日は外出禁止ね」
「えー友達の家にいくのは?」
母親は呆れた顔をした。聖はまた舌を出した。この光景は日常茶飯事であり、双方のお約束みたいなものだ。
「あんたが銃を持って従魔を撃退できるなら別にいいけど」
「冗談冗談! おとなしくしてるよー。よっしゃー明日は久々にゲーム攻略だー」
「目が疲れるから程々にね。楽器は持って帰ってきてないの?」
「こういう時に限って持って帰ってきてないのが聖ちゃんクオリティ―的な」
「はいはい。後、万が一リンカーさん達の対処が遅れて避難指示が出た時に備えておいてね。ゲームとかしてる場合じゃないから」
「ぐえー」
こういう時、大人ならば色々考えなくてはならないから大変だ。避難場所の確認や、H.O.P.Eへの電話番号の確認。他の町民の心配もしなくてはならないし、最悪のケースも想定しなくちゃならない。だが中学生の聖は、若干ワクワクしていた。
非日常感だ。毎日同じ生活をしていると、心に刺激が欲しくなるのが子供である。
明日は一体どんな一日になるんだろうか?
解説
●目的
原因の解明
●状況
事件前日の夜に多量の従魔が街に集まっているとプリセンサーに反応があり調査のためリンカーが駆り出されるも、従魔の姿は発見できないため一度帰還。当日になると従魔が一斉に地面から姿を現して街を徘徊する。四方八方からまるで何かに吸い寄せられるように集まってくる。
従魔の種類も複数であり、調査を進めないと目的は分からないだろう。
●原因
原因は遠塚家の庭に埋められたリータンであった。デクリオ級の愚神が機械に憑依して自身のライヴスの力で電源を復活。電波を利用して従魔を集め、街を支配しようと目論んだ。従魔、愚神の情報は次の項にて
●カエル型従魔
舌を伸ばし、気泡を飛ばす人間サイズの従魔。身体に触れるとべたついていて、近接攻撃等の耐性がある。粘液を浴びても特に異常はないが、気色悪い。合計七匹
●ボール型従魔
色とりどりの完全な円球の従魔。人間に近づくと武器に変形して危害を加える。合計五匹
●土偶型従魔
煉瓦で出来た土偶のような姿をした従魔。非常に硬く重い。倒すには時間がかかるだろう。合計八匹
●愚神
元々は実態のある愚神だったが、憑依することで完全にリータンと同化。従魔が集わない限り愚神は姿を現さずに待ち続ける。
リータンを完全に破壊すれば愚神も消滅する。従魔達は消滅しないが。
●遠塚 聖について
もしもリータンが復活した事に気付けば、愚神がいることを構わず平気で街中に逃げ込むだろう。たとえ従魔がいようと。
せっかく親友が帰ってきてくれたのだから。
リプレイ
●
その街の昼間は異様な程に静けさが吹きぬいていた。昨日の昼間は母親が自転車に乗って買い物にでかけたり、駐在所の優しいおじさんが迷子の子供を預かったりしていたというのに、今日は人間の見る影もない。
人間の代わりに見えているのはなんと、大きなカエルだった。一匹だけではない。緑色で、表面の湿り気が遠目で見ても分かるカエルが集団で跳ねている。
「一般市民の避難は無事に済んでいるもんで助かるよな」
小宮 雅春(aa4756)は民家の塀に座って遠目で集団を見据えていた。カエルは無心で一方に向かっている。乱雑な列が出来ているが、スピードは揃っている。
「随分いるね……お散歩にしてはちょっと多いな。それと……みんな同じ方に向かってるような?」
数える限りでは七匹だ。彼らが通ったのが分かるほどアスファルトに湿り気が残っている。
「従魔が集まる先に何かありそうね。後を追ってみましょう」
塀の下からJennifer(aa4756hero001)が言った。小宮はカエルのように飛ぶと両足で地面に着地した。
他にもまだ従魔の反応はあるが別のリンカーが対応しているから仲間に任せて、二人は気付かれないように密やかに追跡した。途中強い風が吹いて狭い道にある青いゴミ箱から顔を出していたペットボトルが地面を転がったが、カエルは音をさほど気にしていない様子だ。
「本当に一心不乱って感じだな」
つけていくと従魔達は一軒の家の前で急に九十度方向転換した。すると、二階玄関方面の窓が開いてワンピース姿の少女が顔を覗かせた。カエルと目が合うと、彼女は忽ち顔を青くして動かなくなった。
一匹のカエルが少女に向かって舌を伸ばした。
勿論の話、その舌が少女を絡め取ることはなかった。舌は途中で千切れて地面に落ちた。小宮はルールブック「完全世界」を片手にこう言った。
「この家に何か用事でもあるのか? ……って、喋る訳ないか」
「突然立ち止まるのは不自然ね。この家に、何か用事があったからだと思うけれど」
「あの子に話を聞いてみるしかないな、何か知ってるかも。その前に、まずはお片付けからだけどな」
少女は窓を閉めて家の中に戻っている。
小宮はアンサラに武器を持ち替えてカエルとの戦いを開始した。カエル達は全員小宮へと攻撃対象を向けている。手始めとでもいうのか、先頭にいたカエルは大きなシャボン玉のような気泡をゆっくり飛ばしてきた。
瞬時にジェニファーと共鳴した小宮は走りながら槍で気泡を突き破裂させて飛沫が空に消えた。次の攻撃が来る前にジェニファーは槍をカエルの身体に突き刺していた。しかし、弾力と重みのある躯体でダメージの感触はなかった。
刃に反抗的な肉体を持っているのだろう。彼女は一度引いて武器をルールブックに持ち替えた。
今度は遠方からの攻撃を試みようとした時、二階の窓が急に開いて少女が飛び出してきた。庭に飛び降りた。ジェニファーからは死角になっていてよく見えないが、カエルとは反対側の方向に走り去る音が聞こえた。
――ジェニー女の子が!
小宮が言う。
「分かってるわ……。でもこの状態じゃ追えない。他の隊員に連絡を取りましょう」
ジェニファーは通信機を使ってエレオノール・ベルマン(aa4712)と線を繋いだ。
丁度彼女は土偶型の従魔を追っている最中で、通信機が鳴ると緊張感を募らせる声で「はい」と言った。
「黒いワンピースを着た女の子が街に飛び出したわ。一般人の子供で、危ないから見つけたら保護して頂戴」
「分かりました。黒いワンピース……すぐに見つけられそうですね」
トール(aa4712hero002)も通信機からの声が聞こえていてすぐに周囲を見渡したが少女らしき影は見当たらなかった。
「従魔だらけではあるが、四葉のクローバー程見つけにくい訳じゃないだろう。こいつらの動向を観察しながら目を走らせてみるか」
「そうですね――」
エレオノールは返事の途中で息を飲んだ。八匹の土偶が機械のように身体ごと右を向いたからだ。その先には広い道路があって、車が走っている姿は見えない。
気付かれないようにそうっと近づくと、歳の低い女性が叫ぶ声がこだましてエレオノールの耳に届いた。
「トール!」
「おう。急げよ」
二人は唇を重ねて共鳴を完了させると従魔の頭を踏み台に少女の所へと走った。少女は道路の真ん中で尻餅をついていた。逃げようとしているが、足が竦んで立つことすらままならない。顔は恐怖で引きつっている。
手に持っている何かが地面に落ちた。
「大丈夫?」
「い、いや……大丈夫ではないです……!」
「そうよね。こんなの見たら普通怖くて動けなくなるわ。私の背中に乗って、ほら」
エレオノールはしゃがんで少女を背中に乗せた。その時、少女は地面に落ちた通信機のような機械を大事そうに手に抱えた。
通信機で小宮に少女の保護を伝えると、エレオノールは近くの公民館で少女に休息を取らせることにした。
●
眠りネズミ(aa4502hero002)が起きたのは、耳を劈くような音が聞こえてきたからだった。
「うるさいな……。何の騒ぎだ」
欠伸混じりに回りを見渡してみると、全く平和ではない光景が広がっている。宙に剣や銃や槍やらが浮いているではないか。そのどれもがアリスに標的を向けている。更に厄介なことに周囲を完全に取り囲んでいる。
「起きたのね。マズイ事になったわ」
アリス(aa4502)は七人の小人を使って牽制していたが、敵の数は五匹。そのうちの二つが剣で一つが銃、二つが槍である。七人の小人と合わせれば人数差はアリスが有利だが、敵の動きによっては小人達は使えなくなってしまう。
一匹の従魔が変身した。槍が剣になったのだ。ネズミは咄嗟に耳を塞いだ。
「なんだこの音……!」
変身する時に金属と金属が擦れる不快な音が鳴るのだ。
「こいつらがいる限り安心して眠れんな……。早いところ仕留めろ」
「そのつもりよ」
狙いを拳銃に定めた。円状に設置していた人形を一箇所に纏めたアリスはすぐに腰を下げる。地面に肩を寄せると、頭上を槍が掠めた。人形の糸はまだ切られていない。地面を走る人形達は拳銃に飛び乗り金梃でタコ殴りだ。
この従魔にも仲間心があるのだろうか。アリスの背後から三匹の槍が一斉に迫っていた。拳銃をもう少しで倒せそうだったがアリスは一度人形を引いて、槍の下を潜った。
五体の従魔が自分を狙っている状況に変わりはないが、先ほどと違うのは囲まれていないことだろう。
大丈夫ですかー! と後ろからアリスを呼ぶ声が聞こえた。見れば内田 真奈美(aa4699)と聖堂騎士(aa4699hero001)が走って駆けつけてくれていた。
「助かるわ。この従魔達、ちょっとややこしい性格をしてて手数が欲しいところだったの」
「あの従魔達は、形が武器に変形してますね。かなり難儀な戦いになりそうです……!」
拳銃の姿をした従魔が無造作に発砲音を鳴らした。威嚇のつもりだろう。
「好戦的ですね。早いところ片付けてしまいましょう」
「そうだね。頑張ろっか……!」
内田は聖堂騎士と共鳴して、ヴァルキュリアの切っ先を従魔達に向けた。すると従魔達は剣や槍を振りながら乱暴に接近する。内田は剣を地面に突き立て従魔を睨むと、力強く祈りを開始した。
「父と子と精霊の名において命ずる!悪魔の軍勢どもよ、キリストのちまたより立ち去れ! アーメン!」
従魔達の丁度中心部で爆発が起きた。爆風で従魔達は散って、機動力を失ったのか地面に横たわった。
「アリス、今の内に!」
従魔達が体勢を立て直すのは小人達が許さなかった。小人は起き上がろうとする剣の刃を鍛冶屋のように強打した。鉄と鉄がぶつかりあう豪快な音が響いて、剣は地面に叩きつけられた。
剣を構え直した内田はまず手始めに先頭にいた槍の棒を垂直に刻んだ。続いて浮遊していた剣のグリップを掴むと切っ先を地面に突き立てた。アスファルトには罅が入り、剣は身動きが取れなくなった。その剣に向かって内田は大振りにヴァルキュリアを振るった。
太陽に向かって従魔は一直線に飛ばされた。
「しゃがんで!」
内田に向かって横振りの刃が見えたアリスは叫んだが、一秒遅かった。内田は正面から攻撃を食らって、短く鳴いた。
「油断した……!」
だが次の攻撃は許さない。追撃を試みる従魔をヴァルキュリアで防ぎ、鍔迫り合いの瞬間が訪れる。勝利したのは内田だった。魔弾を発射して従魔を空中に持ち上げると、その躯体を真っ二つに切り裂いた。
●
少女の名前は遠塚聖と言った。エレオノールは公民館で待っているようにと言い聞かせて仲間の援護に行こうとしたが、遠塚が彼女の服を摘んだ。
「どうしたの?」
「あの……。わたし……」
「家族が心配なのかな。なら、大丈夫だよ。私に任せて、聖はここにいなさい」
「違うんです。あの……!」
遠塚は周りを気にしていた。隠し事があるのだろうか、エレオノールは公民館の、人のいない方向へと遠塚を連れてきた。ここは休憩室で、人の姿がない。
エレオノールの両手の上に通信機器が乗った。
「これが、どうしたの?」
「壊してください……! これを、壊してください!」
今にも泣き出しそうだった。壊してください、二回目に彼女が言った時は小声で、最後の方は聞き取れなかった。
「この子が、従魔達を誘き寄せてるんです。なんでか分からないのですが、従魔達が」
「落ち着いて、何かの勘違いかも。あなたにとってこれは大事な物なのよね」
休憩室には窓がついていて、エレオノールは目の端に不愉快な物が見えた予感がして街の姿に目を凝らした。そこには先ほどの従魔達がいて、静かに近づいてきていた。
「これは……」
エレオノールの手に乗っている機械が出し抜けに音を鳴らし始めた。
「ハッハッハ、その子供の言ってることは本当だよエージェント」
両手に電撃が走って、彼女は地面に落としてしまった。
「あんたは……」
「察しが悪いな。私は君達の言葉で言う所の愚神だ。この子供の玩具に取り憑かせてもらって、電波を飛ばして従魔を招集している。十分な数が集まったら街を侵攻するつもりだぜ」
「随分と悪趣味ね。でもここで正体をバラしたのは間違いだったわ。あんたは動けないけど、私はいつでもあんたを壊すことができるの」
雷書「グロム」を手にしたエレオノールは呪文を唱え始めた。簡単な話だ。この玩具を壊せば全てが解決するのだから。
「待って!」
遠塚がそう言った時、愚神が微笑んだ。機械だから表情は分からないが、確かに微笑んだのだ。
「ごめんなさい、さっきは壊してって言っておいて……。でも、ごめんなさい――この子は、私の親友なの」
その玩具に愚神が憑依していると知っていて、遠塚は胸に抱きかかえた。
「壊しちゃだめなんです。でも、壊さないとダメだからって、私壊そうとしたんですけど壊せなくて」
抱きかかえる時の手に、力が入っているようだ。
「この子をどこか遠い所に置いてくればいいんじゃないかなって思って逃げてたら、モンスター達がいて」
そしてエレオノールに助けられたのだ。
「自分で壊せないなら人に壊してもらおうと思ったんですが、やっぱりダメでした……」
「その玩具には、色々な思いが詰まっているのね」
遠塚は俯きながら頷いた。エレオノールは小宮に、遠塚の話を全て通信機越しに話して状況を説明した。
「親友か……」
カエルの始末を終えていた小宮は落ち着いた様子でそう呟いた。
「今公民館の前にいるわ。多くの土偶達が集まってきてる。急いでこっちにきて。アリスと真奈美にもこっちに集まるように言ってくれると助かるわ。あなたの方が近いから」
「分かった。すぐ向かう」
遠塚は休憩室から絶対表に出てこないことを約束して、端末をエージェントに預けて戦いに出る彼女を見送った。不安で仕方がなかった。
久しぶりに会ってお話ができそうだったのに。心が苦しい。
●
四人のエージェントが集って、奥には八体の従魔がいる。公民館には細い段差の階段を二十段登らなければならないが、その手前でエージェント達は抑えていた。
――お願いジェニー、少し試してみたいことがあるんだ。今は変わってもらってもいいかな。
ジェニファーは素直に小宮に主導権を譲った。
「話は聞いてるよ。その玩具……リータンは大事な玩具なんだよな。それに愚神が纏わりついて困ってる……なら、個々のパーツは残したまま破壊できないか試してみよう」
「つまり、心臓部だけ壊すという事かしら」
アリスの問いかけに、小宮は頷いた。愚神は恐らく、電源部分に憑依してるはずだ。パーツを解体して心臓を露わにしてから叩く。
「そうすれば、まだリータンを蘇らせることができる。だけどそのためには皆の協力が必要不可欠なんだ。僕が解体してる間、あの土偶達を任せてもいいかな」
「おっけー私に任せて! ベルマンさん、アリス、一緒に頑張ってこいつらを食い止めるよ!」
「勿論。あの子に私に任せてって言っているのよ。その約束を破る訳にはいかないわ」
全ての準備が整った。
小宮は七人の小人の持つ金梃を工具に持ち替えさせて人形を操った。まずはリータンの出来方を把握する必要がある。このネジは……普通の物ではない。ネジ止めも備わっていて、本格的な解体作業が必要な事が分かる。
心を込めて作ってもらえたのだろう。この玩具からは愛情が伝わってくる、小宮はそれがなんとなくだが……分かる。
「私が防波堤になるわ!」
迫り来る従魔の波を前に、エレオノールは先頭に立って言った。
「トールと制約を結んだ反動で雷以外の属性魔法は使えなくなってしまった……その分、私は銀の魔弾のエキスパートになったのよ。一匹たりとも、ここから先にはいかせない!」
グロムを手にすると、彼女の周囲に電気が舞った。ビリリ、音を立てて空気が弾ける。今のエレオノールに触れば感電してしまうだろう。
「Som en flock av herdar, drabbar i dynamiken i」
――羊飼いが扱う羊の群れのごとく怒涛の勢いをみせつけろ!
エレオノールが詠唱を終えると、周囲に幾千もの弾丸が発生した。それらが全て中心に集まって融合し、大きな魔弾となった。エレオノールは片手を上に掲げた後、空気を押し出すように前へと手を伸ばした。
強大な魔弾が土偶に向かって放たれる。アスファルトの砂が舞い、電撃は走り、空気の割れる音が激しく聞こえた。その魔弾は一体の土偶に命中して奥へと吹き飛ばした。
「物語は荒っぽく終わらせさえすればいいんじゃないの……なんとしてもハッピーエンドにしてみせる!」
アリスは小人の三体に解体作業の手伝いを命じて、残り四体を防衛に使った。内田とエレオノールの防波堤から漏れてきた土偶が小宮に近づくと、アリスはその前に立ちはだかった。
三匹の小人と土偶に接近した。敵は重苦しい二つの腕を振るってアリスの脇腹を押さえ込んだ。アリスは急いで小人達を使って片方の腕に集中攻撃を加えた。土偶はアリスを締め付ける。
「く……! もう少し……ッ」
土偶の腕に亀裂が入った。小人達は亀裂の入った場所に集合して、三つの金梃で衝撃を与えた。土偶の腕は割れて粉が地面に降り注いだ。アリスは拘束から解放されると敵を小人と協力しながら押し倒してマウントを取った。
「残念ね、今度はこっちの手番よ」
小人達が倒れた土偶に向かってしっちゃかめっちゃかに金梃を振るう。自分の重さで起き上がることのできないから、やりたい放題だ。土偶の頭は割れてやがて動かなくなった。
内田の背中に強烈な痛みが走って地面に崩れ落ちた。痛みにのたうち回る暇もなく再び背中に錘が乗った。土偶が自分の背中を踏みつけているのだ。
エレオノールが助けようとしてくれたが、他の土偶達が邪魔して援護が間に合わない!
「く……そっ!」
踏みつける力が強くなる。アスファルトに腹が押し付けられる。
「ようやく……ようやくに信心をちょっとだけ分かるようになってきたんだよ……! へへ、残念だったね。こんな所でさ、私――倒れる訳には行かないの……!」
掌を地面に押し付けて、ゆっくりと背中を持ち上げる。
「まだまだ……まだまだあああ!!! おりゃぁぁッ!!」
咆哮と同時に徐に内田の背中が上がり始めた。土偶は力を入れるが、火事場の馬鹿力を手に入れた内田の前には無力だった。十分な高さまで起き上がると内田は土偶の足に肘鉄を食らわして横に転がした。
「かかってこい! 私はこっちだ!!」
その時、小宮の「よし」という声が聞こえた。リータンの解体が終わったのだ。
「チッ、小僧が。小癪な……!」
「残念だったよ、あんたの目的もここで終わりだな……!」
「まだだ、最後まで抗ってやるぜ。俺の野望はまだ終わってない!」
心臓は非常に小さいチップのような物で出来ていた。そのチップが黒く染まり始めるが、小宮はそれに容赦なくアンサラを突き刺した。
「向こう側で報いを受けるといい……! 君はあまりにも、大きな罪を犯した!」
チップは粉々に崩れ落ちた。地面に全てが落ちると、アスファルトの上の埃に紛れて見えなくなってしまった。残りは従魔の後片付けだ。小宮は小人の装備を金梃に持ち替えて三人に加勢した。
●
従魔がいなくなると避難警報は解除されて、安堵した市民達が買い物や洗濯物干しなどを始めた。何人かエージェントにすれ違った人がいると、彼らは律儀にエージェントにお礼を言った。
遠塚もエージェントにお礼を言って家に帰った。しかし、彼女は暗い顔を保ったままだった。
その日から数日が過ぎた。遠塚はいつも通り学校にいって、部活にいって。いつも通りの日常が開始された。あの日に起きた出来事はまるで嘘であったかのように。
じゃあもう、リータンは戻ってこないのかな。
「ただいま」
リータンの事を早く忘れようとしたが、遠塚にはできなかった。前リータンが死んじゃった時はすぐに気持ちに整理がついたのに。
家に帰って自分の部屋に戻ろうとすると、母親が彼女の名前を呼んだ。
「美味しいケーキ買ったから、リビングに食べに来ない?」
「お腹空いてないからいいよ」
「聖の好きなものだよ。食べに来ないと損するかも」
聖は気を紛らわしてくれるなら何でもいいかと思ってリビングの扉を開けた。
母親の手にはリータンが乗っていた。
「えっ?!」
希望が胸を支配した。鬱蒼とした森に太陽の光が差したようだった。
「小宮さんとアリスさんがお爺ちゃんの会社に行ってくれて、リータンを作ったお爺ちゃんの友達とコンタクトを取ってもう一度作り直したんですって。親切な方達よね」
勢い余って聖は足を机にぶつけたが、構いもせず母親からリータンを受け取った。
「部屋に戻ってもいい?」
「ええ。勿論」
聖は駆け足で部屋に戻った。ベッドの上でリータンの電源を入れた。
「やあ、久しぶりだね」
今まで蓋をしていた思いが一度に溢れかえってきた。溢れかえってきた思いは涙として頬を伝った。
「お腹空いたし、ちょっと眠たいなあ」
リータンの言葉はエージェント達が作っていた。今の言葉は眠りネズミが作った言葉だ。
「信心を大切に。さすれば必ず救われます」
今のは聖堂騎士の言葉だ。なんだかリータンの中にたくさんの友達がいるみたいで、聖は笑ってしまった。
「また一緒にたくさんお話しようね、聖ちゃん。辛い時とか嬉しい時も一緒さ」
ずっと話したかった。そんな親友と、ようやくまた逢えた。遠塚はハッピーエンドの意味を知る。
リータンはまた壊れてしまうだろう。しかしすぐではない。聖が大人になる時だろうか。大人になれば、親友との別れもケジメがつく。その時までリータンは、ずっと聖の親友だ。
結果
シナリオ成功度 | 成功 |
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