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アイドル・アンド・テンプテーション
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ライブ中止のおしらせ
最終発言2017/05/16 14:59:30 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2017/05/15 10:41:24
オープニング
アイドル――リサ。この名を知っている者はそう多くない。
並み外れた可憐さと歌唱力の高さを誇るリサは、広島県のローカルアイドルである。活動範囲は広島県の中でも一部に限られているが、ライブ会場がファンで埋め尽くされるくらいには人気がある。とはいえ、知名度はまだまだ低い。
H.O.P.E.東京海上支部がリサの危険性に着目したのはごく最近のことだった。彼女のファンの一人のエージェントがライブ会場の異常に気付いたのだ。
リサが歌い出すまでは普通なのだが、ライブが盛り上がってくるとファンの中にちらほらとおかしな行動を取る者が現れる。それはいわゆるオタ芸なのだが、その動作があまりにも過剰で人間離れしている。リサ本人も気味が悪いと怯えているそうだ。
エージェントはファンが従魔化しつつあると睨んだ。自我を失ったファンがライブ会場で暴れるようになったからだ。
まだイマーゴ級のものが多いが、ミーレス級に移行しているものも見受けられる。しかも、ライブのたびに従魔は増えている。ライブ会場はドロップゾーンと化している。
エージェントはこう語った。
「リサの背後に愚神がいるんじゃないかな。英雄を装った愚神に騙されている可能性もあるね。その真偽は本人に確認してみないとわからないけど、ライブのたびにファンに悪影響が及んでいるのは事実だ。俺もファンの一人としてリサを救ってあげたい。もちろん他のファンもね。従魔の依り代になってしまったファンは、手遅れでなければなるべく傷付けないようにしよう。そうでなければ……残念だけど倒すしかない」
幸い、ファンのほとんどが今度のライブで集まる。その前にリサから詳細な情報を得る必要がある。もし彼女のライブがファンを従魔にするものなら看過できない。これ以上被害を増大させるわけにはいかない。
ちなみに、ファンの情報によると、リサのそばにやけに大きな女性がいるのを見かけたのだという。オペラマスクをつけて顔面を覆い隠しており、煌びやかなドレスに身を包んだ女性。ファンはマネージャーかと思ったらしいが、どうやらマネージャーは別にいるらしい。
従魔のアイドル――リサ。彼女を愚神のマリオネットにしないためにも、一刻も早く問題を解決しなければならない。
解説
アイドルのライブ会場を調査し、背後にいるであろう愚神を倒すことが目的。
リサは英雄を装った愚神に騙されている可能性もある。
ライブ中、ファンの奇行が目立つ。恐らくイマーゴ級の従魔の依り代になっていると思われる。中にはミーレス級やデクリオ級に移行しているものもいる。
ライブ会場はドロップゾーンとなっている。すなわち、愚神はケントゥリオ級かそれ以上の階級であると思われる。
リサのそばにいる女性が怪しい。
もしリサが愚神に騙されている場合、説得してライブを中止してもらう。
生きているファンは極力傷付けないようにする。従魔は倒す。
もしリサがライブを強行した場合、強大な愚神と大量の従魔と混戦になる可能性が予想される。プレイヤーは身を守りながらなるべく被害を抑えて戦わなければならない。
リプレイ
ライブを目前にして、ライブ会場にはファンが次から次へと雪崩込んでいた。そう規模の大きいライブ会場ではないということもあり、傍から見ているとおしくらまんじゅうさながらだった。
月鏡 由利菜(aa0873)とウィリディス(aa0873hero002)は行列に並び、周囲のファンに聞き込みをしていた。断片的ながらも、手に入れた情報は手がかりに繋がりつつあった。
「つい最近、マネージャーが変わったみたいね」
「その頃からファンに異常が起こるようになったってことは、現在のマネージャーが怪しいね」
「そうね。仲間にはリサさんのマネージャーに注意するよう連絡しておきましょう」
「うん。それにしても、広島の実力派アイドルかぁ……依頼じゃない時に来たかったよ」
「……問題さえ解決すれば存分に聞けるようになるわ」
ウィリディスの呟きに、由利菜はふと故郷に思いを馳せた。
今の私は故郷に帰れない。あの人との誓約があるから……その運命を受け入れたとはいえ……。
由利菜は故郷で自分の好きなことで活動できるリサに羨望を感じていた。故郷の両親や友人たちと一緒にいられなくなることは承知していたが、やはりそれは心残りとなって拭い去れなかった。
ウィリディスは由利菜の表情からその内心を察し、あえて何も言わなかった。
ほどなくして、由利菜とウィリディスはライブ会場の中に足を踏み入れた。瞬間、人間が密集して発生する熱気と汗の臭いに取り巻かれた。そして、一目見てわかった。
「確かに、従魔の依り代になっているファンがいるわね。それもたくさん」
「そうだね。このままライブが始まったら大変なことになっちゃうよ」
従魔にライヴスを吸われて衰弱したファンが多い。単なる熱による体調不良ではなく、明らかに従魔の影響が及んでいる。
このままライブや戦闘が始まったら、リサさんや一般の方が巻き添えになる可能性は極めて高くなります。それは避けなければ……。
由利菜がリサやファンの身を案じていると、ウィリディスは俯き加減になった。
「ユリナ……あたしよりラシル先生の方がこの依頼に向いていたんじゃない? 先生だったら一般の人をリンクバリアで守れるから……」
「リディス、私はあなたと共鳴しているからできることがあると信じてここに連れてきた」
「わ、わかったよ! 親友の期待には応えなきゃね!」
ウィリディスは先ほどの表情とは打って変わってやる気になった。
ひとまずライブが強行されて愚神が現れた時のため、由利菜とウィリディスはファンをかきわけながら舞台の方へと進んでいった。
藤林 栞(aa4548)はファンを装い、ライブ会場に潜り込んでいた。
ぱっと見ても、従魔の依り代になっていると思われるファンを何人か確認できる。体調不良でもライブに参加するのは殊勝なことだが、自らドロップゾーンに入ってライヴスを提供するのは危険すぎる。従魔にライヴスを吸い尽くされた末路は死あるのみだ。
栞は従魔と思しきファンに目星をつけた。ライブが始まった途端、真っ先に暴れ出す可能性があるからだ。
しかし、大人数相手に戦うタイプではないため、乱闘になれば苦戦するだろう、と栞は考えていた。
手っ取り早く愚神を倒すことが最善の策だが、そう簡単にはいかないだろう。愚神に隙ができるまではやはり従魔の掃除に徹した方がいいかもしれない。
一方、藤林みほ(aa4548hero001)はスタッフに変装して舞台裏に忍び込んでいた。
目的は愚神の捜索だったが、スタッフの噂話に聞き耳を立てているとこんな情報が得られた。
「リサちゃん、最近なんだか元気ないよね。ちょっと痩せたっていうか、げっそりしたよね」
「やっぱり新しいマネージャーがいけないんじゃない? あの人、なんか変だよ。ライブのたびにいるにはいるけど、ほとんど見かけないし。前のマネージャー、なんでやめちゃったんだろう」
「意見の相違ってやつでしょ。よく口論になっていたみたいだし」
「へぇ、そうだったんだ。心配だね。早く元気になってくれるといいんだけど」
みほは首を傾げた。新しいマネージャー、という言葉に引っかかった。
ライブのたびにいるにはいるけど、ほとんど見かけないし――ということは、控え室にマネージャーがいる可能性は低い。仮にそのマネージャーがオペラマスクをつけた例の女性で、愚神だとしたら。まだ確信は持てないが、もし本当にそうならリサは騙されているのかもしれない。
マネージャーを探すべく、みほは舞台裏を歩いて回ることにした。
最初にライブ会場入りしたエージェントは島津 景久(aa5112)と新納 芳乃(aa5112hero001)。
景久がぱんぱんに膨らんだメッセンジャーバッグを肩にかけ直し、芳乃は目を細めた。
「うっし、仕事だ、仕事! こいも仕事じゃあ!」
「……左様ですが、景久様、その荷物は一体?」
「俺らはファンになりすまして会場の警護だど? そいなあば徹底的にやらねばいけんがじゃ」
「ですから、そこに何を入れているのですか! 改めさせてください!」
メッセンジャーバッグの中を漁ると、出るわ出るわ。リサのCDがシングルもアルバムも全種類、Tシャツ、ブロマイド……あらゆるリサグッズ。
「なんじゃ、芳乃もほしいが? ほれ、こいなんてどじゃ。何が入っちょるかは開けてのお楽しみ、リサちゃん秘密の缶詰」
「いりませんよ!」
「ほれ、芳乃ん分じゃ」
各色サイリウムと「リサLOVE」と書かれた団扇を渡された芳乃は頬を引きつらせた。
「あの、ここまでする意味は――」
「さあて、仕事じゃ仕事じゃ!」
「絶対遊びに来てますよね!?」
リサの控え室にはエージェントたちが大挙して押しかけていた。
これはもし愚神がいた場合に備えたためだ。そして、H.O.P.E.の介入を明らかにしてスタッフを近寄らせないようにするためだ。
リサの説得はリリィ(aa4924)とカノン(aa4924hero001)が試みることになった。
「あの、もう少しでライブが始まるんですが……」
さすがにリサはエージェントたちに取り囲まれて委縮しているようだった。これではまともに話し合えない、と思ったリリィはあくまで友好的な態度で接するよう心がけた。
「お手間は取らせませんわ。ただ、ライブの前に確認したいことがありますの。ライブのたびにファンの方が異常をきたしているのはご存知ですわよね?」
「……はい。でも、それはきっとただの偶然です。なんの根拠もありませんし」
「確かに、根拠はありませんわ。ですが、事実です」
「…………」
「リサさま、オペラマスクをつけた女性について教えていただけますか? マネージャーさんは別にいると耳にしたのですが、彼女は一体どなたなのですか?」
「彼女は新しいマネージャーです」
「前のマネージャーさんはどうされたのですか?」
そう尋ねると、リサの表情がふっと曇った。ただでさえ血色の悪い顔がさらに青ざめた。
「……やめました。前のマネージャーとは意見が合わなかったので、よく喧嘩をしました。駄目出しばかりして、全然私を認めてくれなかった……そんな時、支えてくれたのが彼女だったんです。彼女のことは何も知らないけど、彼女は私を否定しない。私の歌はあらゆるものを魅了するって言ってくれたんです。彼女はアイドルとしての私を認めてくれる」
「リサさまは新しいマネージャーさんを信頼していらっしゃるのですね。是非お話ししてみたいですわ。彼女は今日ここに来られているのですか?」
「わかりません。でも、ライブ会場のどこかにいると思います」
この時点で、エージェントたちは新しいマネージャーがクロだと睨んでいた。リサが彼女にたぶらかされていることは明白だった。
だが、新しいマネージャーが愚神かどうかはまだわからなかった。いずれにせよ彼女を探すしかないようだ。
「悪いが、ライブは中止してもらうぜ」
たまりかねて口を挟んだのはヴィーヴィル(aa4895)。が、リサは彼の言葉に反抗するように勢いよく立ち上がった。
「私には歌しかないんです! ファンは私の歌を待っています!」
「ファンがあんたを待ってるのは確かだが、そのためにファンを危険にさらすのは本意じゃないだろ?」
諭すような言葉に、リサはたじろいで喉を詰まらせた。
「それはそうですけど……でも、それでも……私はファンのために歌いたい!」
リサは控え室から駆け出した。控え室に静謐の耳鳴りを残して。
ヴィーヴィルは舌打ちをし、リサの後を追うように控え室を出た。その後ろについていったのはカルディア(aa4895hero001)。
「随分ときな臭いな」
「ライヴスを奪う者がステージ関係者にいるのは確定と言っていいかと。やはり新しいマネージャーが怪しいですね」
「そうだな。じゃ、始めるぜ」
「YES、マスター」
エレオノール・ベルマン(aa4712)とトール(aa4712hero002)は控え室を後にした。
リサが控え室を飛び出す前、実はエレオノールとトールは支配者の言葉を使っていた。彼女が能力者か見分けるため、そして、あわよくばライブを中止させるためだった。
しかし、リサには効かなかった。支配者の言葉は一般人には負荷が大きいため洗脳することができない。つまり、リサは能力者ではないということだ。
「徒労に終わりましたね。これでライブ会場は地獄絵図……まあ、それを阻止するのがエージェントの仕事なのですが」
「雷をぶっ放せるならそれでよいではないか。ライブが強行されるのもまた一興、負の根源である愚神をぶっ倒せばいい」
「そうですね」
エレオノールはわずかに口角を上げた。
リサのいない控え室。
葉月 桜(aa3674)は初めて入るアイドルの控え室に目を輝かせていた。
「リサちゃんは可愛いなぁ。アイドルかぁ、ボクもなってみたいなぁ」
「桜は歌が得意だもんな」
桜とは対照的に、伊集院 翼(aa3674hero001)はアイドルには興味がなかった。それに、公衆の面前に立つのは苦手だった。
「リサちゃんのサインがほしいなぁ。あと、ボクもアイドルになってみたい~!」
「リサ殿を守り切れたら報酬でなんとかなるかもしれないな。事件が無事に解決できたらリサ殿に頼んでみよう」
「うんっ。じゃあ、もしライブに参加できたら私はシンガーでつーちゃんはギタリストね!」
「えっ、わ、私も参加するのか? ま、まあ、ギタリストならあまり目立たないか……」
「とにかく、愚神をなんとかしないとね。よーし、アイドルになるためにも頑張るよ!」
奮い立つ桜の隣で、御剣 正宗(aa5043)はアイドルの衣装に視線を釘付けにされていた。女装の趣味がある彼には魅力的な衣装だった。
無言で衣装を見つめる正宗を見やり、CODENAME-S(aa5043hero001)はにやりと笑った。
「生アイドルは初めて見ますね~。正宗さんもこういうのに興味あるんですよね? 事件が解決できたらリサさんに言ってみるべきですよ」
「…………」
正宗は相変わらず無言だったが、まんざらでもなさそうだった。
誰もが愚神や従魔のためではないライブを望んでいる。誰も傷付かないライブのためにも愚神を倒さなければならない。
エージェントたちはライブに備えて戦闘態勢に入った。
エージェントたちが止める余地もなく、ライブは強行された。
鈴宮 夕燈(aa1480)と楪 アルト(aa4349)はアイドルの衣装に着替えて舞台裏で待機していた。ライブ中に何かあった時、姉妹アイドルとして乱入しリサを護衛すると同時に愚神を探すためだ。
「リサさんのライブ……ぶ、無事にできるとよかとけど……でも、観客の人たち皆の安全も大事、大事さんやから……アルトお姉ちゃんと一緒に頑張る……」
「……せっかくの舞台だってのに……大丈夫だ、夕燈。あたしがぱぱっと済ませてやっからな」
ライブは始まったが、依然としてオペラマスクをつけた女性は現れない。彼女が現れたら、由利菜がパニッシュメントで愚神が否かを判断する手はずになっている。
舞台裏から観客席を覗くと、ファンの中におかしな行動を取る者や体調不良で倒れる者が現れ出していた。従魔が暴れ出すのも時間の問題だ。
アルトはじれったくなって舞台裏からステージに飛び出した。
「しゃらくせぇ、愚神を炙り出すぞ! 行くぜ、夕燈!」
「ええっ、もう行くんかっ?」
夕燈とアルトがステージに上がると、ファンの間にどよめきが走った。その騒ぎに乗じるかのように、従魔たちの凶暴な本性が露わになった。この時をもってライブ会場は混沌の空間と化した。
だが、それでもリサは歌うことをやめなかった。夕燈とアルトもライブに加わり、ライブ会場は異様な賑やかさに包まれた。
夕燈がセーフティガスを使い、一般人が眠りにつく。セーフティガスの効果がない従魔たちが浮き彫りになる。
夕燈は踊りながら華麗な槍捌きで、アルトはウェポンディプロイでガトリング砲を複製して乱射し、ステージに上がってくる従魔を一気に薙ぎ払う。
「怖いやん! 来んといてぇ!」
「わりぃな、いまいち盛り上がらねぇ舞台にしちまってな……ま、あたしの舞台にゃちょうどいいだろーけどな」
こうして従魔のためのライブが始まった。
ライブが始まり、景久はファンと一緒に盛り上がっていた。
「景久様、そんなに遊んでばかりでは……」
芳乃は呆れた口調でそう言ったが、景久の目はリサではなくオタ芸が過激なファンを捉えていた。
「あいつじゃ」
「は?」
「従魔ん依り代ばなっちょる。リサさぁに入れ込む熱が尋常でなか」
「熱狂的なファンではないかと」
「わからんか。あん目は人をも殺すど」
そう言うなり、景久は目をつけたファンに殴りかかった。刹那、ファンから従魔が引き剥がされた。
暴れ出したファンにも一発ずつお見舞いし、共鳴。チェーンソーを担ぎ、怒涛乱舞で従魔を一掃。
「おまんら、潔く首置いてけ! さもなくば腹切れ、腹!」
夕燈のセーフティガスで眠らなかった従魔が視認できるようになり、エージェントたちは共鳴した。
桜は大剣の怒涛乱舞とヘヴィアタック、エレオノールは雷属性の魔法と銀の魔弾で群がる従魔を蹴散らす。リリィはリサを模した特殊な藁人形で従魔を釣りウェポンズレイン、大剣を振り回して従魔を一息に吹き飛ばす。栞は潜伏を活用しながら他のエージェントの死角を守り、戦闘を支える。
一時間は経過しただろうか。エージェントたちの奮闘のおかげで、混沌としたライブ会場は徐々に静まりつつあった。ステージの歌声がよく響くようになり、従魔たちに捧ぐライブは終わりを迎えようとしていた。
しかし、肝心の愚神がなかなか現れない。ライブ会場のどこかにいるはずなのだが、エージェントの襲撃に危険を察知して逃げたのだろうか。
誰もが愚神の存在を意識した次の瞬間、ステージに衝撃音が走った。
「おらおらぁっ!」
ステージに躍り出たのはヴィーヴィルだった。その前を跳躍するのはオペラマスクをつけた女性――例の新しいマネージャーだ。
愚神と思しき女性は脚を負傷していた。控え室の裏にある隠し部屋から出てきた彼女と鉢合わせになったヴィーヴィルが足止めしようとしたものの、ステージまで逃げられてしまった。
すかさず由利菜はパニッシュメントを発動させた。
「審判の時来たれり、アルビデル!」
鋭いライヴスの光は女性に突き刺さり、その正体を暴いた。パニッシュメントでダメージを受けた彼女は紛れもなく愚神であった。
パニッシュメントを決めた由利菜に、夕燈は憧憬の眼差しを注いでいた。
「月鏡さん……うちよりやっぱり立派さん……」
「きゃあっ!」
油断したのがまずかった。愚神が夕燈とリサに狙いを定めて飛びかかったのだ。
しかし、愚神の攻撃が夕燈とリサに届くことはなかった。ジェットブーツで飛んだアルトに抱えられて二人は宙を浮遊し、ステージの端に舞い降りた。
愚神を認めるなり、桜は電光石火で距離を詰めた。攻撃は弾かれたものの、愚神を大きく後退させることに成功した。
愚神が怯んだ隙にエレオノールが幻想蝶を撃ち込み、カオティックソウルで攻撃力を上昇させたリリィが大剣で下から上へと斬り上げる。愚神が打ち上げられ、正宗のブラックオペレートが急所を切り裂く。そこにエージェントの背後に身を隠していた栞が追撃を食らわせる。
最後の抵抗とばかりに、愚神はドロップゾーンから従魔を召喚した。
思わぬ反撃にたじろぐエージェントたち。が、寸でのところでリリィのインタラプトシールド、正宗のクロスグレイヴ・シールドが攻撃を防いだ。ダメージを受けた仲間は由利菜のケアレインで回復した。
召喚された従魔を片付けると同時に、愚神はあえなく力尽きた。
激しい戦闘により、ライブ会場は荒れ放題だった。とはいえ、被害は最小限に抑えられたと言えるだろう。
負傷したファンには相応の救急処置が施され、エージェントやファンはライブ会場の復旧に尽力した。ファンの希望もあり、なんとかライブは再会されることになった。
控え室にて。
リサは泣いていた。ライブを強行したせいで多大な迷惑をかけたというのに、それでも歌を望んでくれるファンに感謝していた。
「皆さんのおかげで目が覚めました……私が間違っていました。歌うことと認められることばかり考えて、ファンのことを考えていませんでした。愚神に騙されていたとはいえ……私、アイドル失格ですね……」
控え室がしんとしたところで、リサは「でも!」と顔を上げた。
「まだまだひよっこですけど、私はアイドルです。駄目出しは私のためだったんですよね。前のマネージャーには謝って戻ってきてもらいます。皆さん、ありがとうございました!」
リサの表情は晴れやかになっていた。ライブの前よりも顔色がよくなり、アイドルのしがらみもなくなったようだった。
「さて、ファンが待っています。あの、ところで、一つお願いがあるんですけど……鈴宮さんと楪さんは姉妹アイドルなんですよね? もしよかったら一緒にステージに立ってもらえませんか?」
「「えっ?」」
夕燈とアルトは互いに顔を見合わせた。
「お二人が一緒だと安心して歌えたんです。実を言うと、ファンに迷惑をかけた手前、ライブを再開するのが不安なんです」
夕燈とアルトは頷きを返した。
「もちろんええやんな、アルトお姉ちゃん?」
「ああ、そういうことなら任せてくれ」
夕燈はちらりと由利菜を見やった。
「あの、月鏡さんとウィリディスさんも一緒にやってくれへんかなぁ……なんて」
「わ、私もですか? リサさんが構わないとおっしゃるならよいのですが……」
「あたしもいいよ! アイドルかぁ、面白そうだね!」
「ボクもアイドルになってみたい! つーちゃんもギタリストとして参加していいかなぁ?」
名乗りを上げたのは桜。得意な歌を披露したくてうずうずしていた。
Sは控え室の隅の方でもじもじしている正宗の背中を押した。
「……えー……あの、一緒に踊りたいのだが……」
「正宗さんは男の娘アイドルになりたいんですよ〜」
「…………(もじもじ)」
無茶な希望に思われたが、リサは快く承諾してくれた。
「いいですよ。皆さんにはお世話になりましたし、私も心強いです。さあ、着替えが済んだらライブ再開です!」
ファンはライブの再開に沸いた。エージェントの特別参加もあり、ライブはいつも以上の盛り上がりを見せていた。
「それにしても、愚神がこんな隠し部屋に潜んでいたとはね。忍者顔負けだよ」
「道理でいくら探しても見つからなかったわけでござるな」
栞とみほは愚神が潜んでいた隠し部屋からライブ会場を見渡していた。全体を一望できるここは特等席だった。この景色を見ながら愚神は何を思ったことだろう、と二人は想像を巡らせた。
「ライブが強行された時はどうなることかと思いましたが、無事に解決できてよかったですね。従魔のためのライブも悪くありませんでした」
「ふん、雷をぶっ放して楽しんでいたのはどこの誰だか」
「さあ、なんのことでしょう」
「まあ、楽しければいい。いや、愉快愉快!」
豪快にサイリウムを振るトールを横目に、エレオノールは売店で買ったアイスコーヒーでフィーカを嗜んだ。
「マスター、お疲れ様です。愚神の居場所を当てるなんてさすがはマスターです」
「……ただの偶然だけどな」
ヴィーヴィルは指で煙草を弄びながら観客席を立った。「一服してくる」と一言告げてから。相変わらずカルディアは無表情のまま騒がしいライブを傍観していたが、不思議と悪い気はしなかった。
「リサさまのお歌、きちんと聞けてよかったですわ」
「歌は魂……リサの魂は美しい色ね」
「はい、カノンねーさま」
カノンが微笑を浮かべ、リリィは微笑みを返した。二人は歌には秘められた力があることを知っていた。リサの歌にもまた魂という力が込められていることを知っていた。だからこそ彼女の歌は二人の魂にまで響いた。
「仕事を終えた後のライブは格別じゃあ! ほれ、芳乃ももっとサイリウム振らんか」
「景久様、乗り乗りですね……」
「今日は舞わんがか?」
「さすがに舞踊とはかけ離れておりますゆえ。私もライブを楽しませてもらうことに致します」
景久に続き、芳乃は恥じらいながら控えめにサイリウムを振った。
カラフルな光が一つになる光景は圧巻であった。ファンの心を一つするライブにはある種の美しさがあった。
「皆さん、本当にありがとうございました!」
リサの挨拶でライブが締めくくられるかに思われたが、観客席からアンコールと手拍子がどこからともなく飛び交ってその音量はどんどん大きくなっていった。曲がかかると、歓声が巻き起こった。
リサは改めて歌うことの楽しさを知った。誰のために歌うのか、なんのために歌うのか、今ならなんとなくわかるような気がした。
夜が明けてもライブは続いた。つい先ほどの事件はファンの記憶から嘘のように消え去った。
結果
シナリオ成功度 | 成功 |
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