本部

影のわずらい、その後

藤たくみ

形態
ショート
難易度
やや易しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
6人 / 4~6人
英雄
6人 / 0~6人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2015/10/26 18:47

掲示板

オープニング

●南家の日常
「……お母さん、どうするのさこれ」
「ごめんごめん。今年は寒くなるの早いって聞いて、ついー」
「『ついー』って幾らなんでも多すぎでしょ! こんなにいっぱい家の中に置いとく場所ないし、だからって外に出すのも危ないし……ああ~もお~~~~」
 娘が、突如届いた五十個もの灯油入りポリタンクを前に頭を抱えていた。
 当然である。何しろ、大して広くもない玄関から廊下突き当たりの勝手口まで敷き詰めて飽き足らないほどの勢いで並べられているのだから、邪魔に決まっている。もっとも、その原因を作ったのは私なのだけれど。ついでにここだけの話、本当は寝起きでぼうっとしている時に眺めていた配達給油サービスのサイトで誤操作しただけで、暑さ寒さは全く関係ないのだけれど。
「だからごめんってば。ね、この通り」
 説教タイムが始まる前に先手を打って合掌、大抵はこれで切り抜けられるものだ。
「もう、いっつもそれで済ますんだから」
 ほらね。
「いっつもそれで済まされるんだからー」
「ふんだ」
「ふへへー」
 へらへら笑う私にやり返せない悔しさだかで、娘はぷいっと踵を返して風呂場へ向かった。そういえば洗濯の途中だったか。
 この子を身ごもるなり夫に先立たれ、母一人子一人で持ちつ持たれつやってきたが、この歳まで変にひねくれたりせず健やかに育ってくれて、本当に嬉しく思う。加えて、私に似て美人だし、近頃は頭の回転も速くなってきた。
 どこに出しても恥ずかしくない、自慢の娘だ。
 それだけに不憫でならない。なぜなら、私はそう遠くないうちに。
「お母さん」
 乾燥機のドラムに湿った衣類を放り込みながら、娘がおもむろに訊いてきた。
「んー?」
「最近、その……具合はどう?」
「んー、こっちに帰ってからはまあまあかな。やっぱり田舎は空気から違うしねー」
「無理はしないでね。なんだったら、今度からはご飯の仕度もあたしが、」
「それだけはだーめ。最後の砦なんだから」
「何の?」
「母の威厳」
「よく言う。人の休学にかこつけて、掃除と洗濯と買い出し押し付けてきたくせに」
「重い物持つの嫌いだもん」
「威厳はどうした」
「あのね、ゆうちゃん。中学のうちからそんな細かい事気にしてたら二十歳過ぎる頃には干し柿まっしぐらだよー?」
「お婆ちゃんで結構です」
「親不孝者」
「意味わかんない。……じゃあさ、ご飯はお母さんが担当でいいから、その代わりコツとか教えてよ。悔しいけど料理の腕だけはかなわないし、それに……」
 心配を掛けたくなくて軽口で場を和ませようとしたのだが失敗したらしい、娘――ゆう子は言い淀んで俯いてしまった。
「……そうだね」
 恐らくは、私以上に思いつめているのだろう。
 病魔に蝕まれ、取り返しのつかない私の身を、私と過ごす時間が残り僅かな事を、案じてくれているのだろう。
 ゆう子の、まだ幼さの残る背中が愛しくて、ぎゅっと抱き締めた。
 以前そうした時とどことなく印象が違うのは、私が痩せ細ったせいなのか。
 それとも。


●時間の問題
 りぃーん、りぃーんと、涼しさを通り過ぎていっそ凍えかねない鳴き声が、山の中の闇の狭間の茂みの方々から私を包囲している。
「ふん」
 私は、昼間仕留めた獲物を改めて見下ろした。
 丸々と肥えたそいつは余程飢えていたのか、私を車に乗せてからというもの、終始いやらしい笑みを絶やさず、舐め回すような目つきでこちらを見ていた。
 だが、お陰で狩りはやり易かった。
「好みの美少女に食われたんだ、本望だろ」
 応えはない。当然だ、ライヴスを吸い尽くしてやったのだから。
 この男もそうだったが、ここらは名所か何かなのか山目当ての余所者がよく訪れる。今まではそいつらに狙いを絞っていた為、騒ぎにならなかった。だが、それも時間の問題だろう。
 あの女の肉体と同じように。
「……くだらねえ」
 そろそろ別の手口を考えなくてはならないのだが、昼間『母』に抱き締められた事が思い出されて、なんだか集中できない。
 図体ばかりでかい抜け殻に蹴りを入れて、茂みを歩く。落ち着かなくては。
 少し進むと、ちょうど木々の隙間から月明かりの差し込んだところに、何の変哲もない、苔生した石ころが転がっている。
 そこは自分と瓜二つの姿をした、最初の獲物を埋めた場所だ。
「よう、親不孝者。母ちゃんすっかり騙されてるぜ」

 いいんだよな、これで。


●汚れ仕事
「青森と秋田の県境にある小さな町で、失踪者が相次いでいます」
 オペレーターは居合わせたエージェント達に物憂い面持ちで切り出した。
 とりあえず、ろくな話ではなさそうだ。
「当地には有名な連峰があり、町の外から訪れた登山客の遭難被害が時折出るとも聞いているのですが、近頃とみに多いと。HOPEとしても不審に思っていた矢先、プリセンサーが異常を捉えまして」
 そうして、愚神の関与が浮上した。
「要点はここから。まず、愚神は南ハル子さんという方のご息女である『ゆう子』さんになりすまし、ハル子さんと一つ屋根の下で暮らしています」
 憑依する方が手っ取り早そうなものだが、なりすましているとはどういう事か。
「いかなる巡り合わせなのか、この愚神とゆう子さんは顔も年恰好も鏡合わせのように瓜二つだそうで……本物のゆう子さんの行方は判っていませんが、一般的な愚神の性質を鑑みるなら、存命の望みは薄いかと。同様に他の行方不明者もまた、彼女の手にかけられたとみて間違いないでしょう」
 偽ゆう子は、買出しなど一人で外出する折に手頃な獲物を見繕い接触、油断を誘い、山中など人気のない場所へと連れ込んでからライヴスを吸収し殺害しているものとみられる。
「一方で、偽ゆう子がハル子さんを襲う気配は、今のところなさそうです。理由として真っ先に考えられるのは、隠れ蓑としての側面ですね」
 二人の暮らす一軒家は市街地から外れた山間にある。加えて、ハル子は病気がちで外出せず、来客もせいぜい宅配業者がたまに訪れる程度だと言う。娘としての立場も併せ、世間の目を欺くのには色々と好都合だろう。
「他にも何らかの意図があるのかも知れません。これは未確認ですが、偽ゆう子は病状の思わしくない『母』の世話を甲斐甲斐しく焼いているとの情報も――」
 オペレーターははっと口をつぐむと、恐らくは自分自身に呆れたように溜め息をついて、一同に背を向けて。
「――口が滑りました。ともかく、この愚神を討っていただきたいのです。いつものようにね」
 そして、どこか投げやりに話を締め括った。

解説

 舞台は外を歩いている限り草木や田畑が必ず視界に入るような田舎町。
 南家は、町外れの山間にぽつりと建つ一軒家。
 紅葉が見頃な事もあり、家とも面している連峰には登山や観光で程よく人が訪れます。
 『いつ』『どこで』『どのように』仕掛けるかで全く異なる展開となるでしょう。

【偽ゆう子】
 偶然にもゆう子とそっくりな姿のデクリオ級愚神。
 獲物を見繕う為に、買出しと称して毎日のように出かけています。
 移動手段は徒歩、バス、標的の自家用車など目的と状況次第。
※以下PL情報※
 周囲の植物を一時的に異常活性化させ、以下の特殊能力を駆使します。
・草や蔓で拘束&ライヴス吸収(全体攻撃)
・鋭利な枝先で薙ぎ払う、突き刺す(全体攻撃)
・葉を散らして目くらまし
 自分の能力を心得ており、植物がない場所への長居は避けます。
 主な標的は町の外から来た人間ですが、正体が明るみに出た場合はその限りではありません。
 また、逃走する可能性があります。

【南ハル子】
 元東京在住のフリーライターであり、シングルマザー。
 悪性の腫瘍が全身に転移しており、余命数ヶ月と診断されたのを機に、世俗を離れて余生を過ごすべく娘を連れて帰郷しました。
 容態は安定しているようですが、いつどうなるとも知れない身の上です。
 両親とは既に死別しており、実家には彼女と(偽者の)ゆう子しか居ません。

【南ゆう子】
 ハル子の一人娘。十四歳。母の介助を理由に休学中。
 自身と瓜二つの姿をした愚神との邂逅を経て、殺害されたものとみられます。

リプレイ

『何が正解か判らない。……どうすれば』
「……たくさん、考えよう。俺達はこれから、とても大切な物を壊しにいくんだから――」


●ゆう子
 町の規模に対してむやみに大きなスーパーで、メモを片手に歩き回るのは、どこにでも居そうな年頃の少女。平日の昼日中に私服で買い物している事を除けば、何ら違和感のない存在だ。
 少なくとも虎噛 千颯(aa0123)の目にはそう映った。だが、その正体は――。
「本物のふりをして母の世話、か」
『……千颯?』
 圧倒的な強者たる虎が密林でそうするように、油断なく標的を観察するパートナーの独白を、白虎丸(aa0123hero001)が訝しむ。一心同体となる間柄であっても、その胸中は計り知れない。
「何でもないぜー! さ、仕事仕事ー」
 ぱっと明るい顔になって――ともすれば軽薄な印象さえ与えかねない調子で、千颯は白虎丸を急かすように幻想蝶へと引っ込めた。
「へーい! お嬢ちゃん一人~?」
 ちょうどトマトを眺めていた少女は、驚くでもなく形の良い頭をくるりと回して、にやけた垂れ目の男をしげしげと見つめた。
「そうだけど、おじさんは?」
「おじっ……!」
 思わぬ先制攻撃に二十三歳は衝撃を受ける。落ち着け、勝負はここからだ。
「お、俺ちゃん達これからバーベキューやろうと思うんだけどー、良かったら一緒にどう~?」
 少女が手首をひょいと上げると、腕時計が示すのは正午前。
「うん、少しなら付き合ってもいいよ」
 ――捉えた。
 あとは逃がさぬように注意深く、罠へと誘い込むだけ。
「先に買い物済ませてからね」
「あ、手伝う手伝う。俺ちゃんも食材買いに来たとこだし」

『…………』
 オリヴィエ・オドラン(aa0068hero001)は少し離れた駐車場から、少女の一挙手一投足を見落とすまいとその金木犀の双眸を合わせ、注視した。
 彼女は身軽そうに少し前を往きながら、千颯と何事か言葉を交わし、時折指をさして進行方向を定めている。常に隅の並木や草花に寄っているのが少し妙だが、他に不審な点は見当たらなかった。
(当然か)
 この世界の一般人などよくは知らないが、仮に異界の存在なのだとして、そこに生じる差異など微々たるもののような気もする。
『――!』
 とりとめもない思考を、スマートフォンのメロディが遮る。着信中の画面にはパートナーの画像、手筈通りだ。
 オリヴィエは小さく息を吐くと、やや物憂く応じた。
『もしもし――』


●ハル子
「――三十分ほどで迎えに来てくれるみたいです」
「良かったねーお兄さん」
 玄関先に腰掛け、受話器を置いた木霊・C・リュカ(aa0068)に、恐らく彼よりやや年上の痩せぎすな女性が、気安く応えた。南ハル子である。
「いやぁ、助かりました。目は見えないし、携帯は落とすし、おまけに連れともはぐれるしで、危うく遭難するところでした」
 杖をもじもじさせながら、冗談事ではない受難を――つまりはそういう体で、ここ南家に探りを入れに来たのだが――気恥ずかしそうに笑いを交えて語ると、家主も「あはは」と無遠慮に笑い飛ばす。
「本当なら送ったげたいくらいなんだけど、ちょっと病んでて出歩けなくてさー。ゆうちゃんも夕方まで帰って来ないし」
「ゆうちゃん?」
「眉目秀麗成績優秀家事万能でしかも優しい最愛の娘、ゆう子」
 随分誇張して聞こえるが、本心なのだろう。その愛娘の末路を知るだけに、リュカはいたたまれなかった。
「娘さんの話、聞いてみたいです。連れが来るまで時間もありますから」
「いいの? 暴走するよ」
「はは……お手柔らかに」
 しかし聴き手に手心を加えられる事はなく、語り部は凄まじい勢いで娘ゆう子のエピソードをまくし立てた。特に中学生ながら病に倒れた自分の為に休学までして介助をしてくれている事を、嬉しくもどこか申し訳なさそうに語る。
「でも、なぜこんな田舎町に?」
 節目と見て、聴き手は次の話題を振る。
「あ、失礼しました。方言を使わないから土地の人じゃないのかな、なんて」
「お互い様」
「ごもっとも」
「うーん……ま、いっか。隠すような事でもないし。私ね、前まで東京住まいだったんだけど――」
 事前情報に違わぬ事情を本人の口から再確認し、胸に刻む。これから自分は、自分達は、彼女の想いの結晶を破壊しに行くのだから。
「――それで、お兄さんさ。ドッペルゲンガーって知ってる?」
「え?」
 その最中、不意に奇妙な事を訊ねられ、リュカは赤い目を少し見開く。
「……なんでもない、忘れて」
 しばらくして、ハル子は諦めるように、自らの問いかけを引っ込めた。


●胸中
 染まる紅葉がはらはらと散り行く秋木立の狭間を、紫煙が昇り、霞んで消えてはまた昇る。
『……酒飲みてぇ』
 既に一箱空けて二箱目の煙草に手をつけるなり、けれど煙を吐くでもなく中途半端に漏らしがてら、鯆(aa0027hero001)は言った。
『今言うのかよ……』
 ガルー・A・A(aa0076hero001)の呆れ声もどこ吹く風で『おいガルー、この後ちょっと付き合え』と来る。これから任務だと言うのに、この調子である。もしかすると「この後」というあたりに微かな気遣いがあるのかも知れないが。
『あー後でな。お仕事全部終わってからな!』
 ガルーはそこそこいい加減にいらえて、とてつもなくやる気のない英雄のパートナーこと紅葉 楓(aa0027)に――正確にはその手元で繰り広げられている、いびつな人形劇に――ややくたびれた視線を向けた。

 ――んー……オンナノコとそっくりの愚神かぁ。でも、なんでまたわざわざその子と入れ替わったんだろうねぇ?
――オレに聞くなよ。……まぁ、片付けてから聞きゃいいんじゃねぇの?

 左手に生えた、確か『サトウ』と名乗る鎌を携えた熊が腕組みするように両腕を畳み首を左右させると、絶妙な間で、今度は右手の顔面をつぎはぎした不細工な兎『タナカ』が適当な事を適当にのたまう。
 どことなく、楓と鯆のやり取りを模したように見えなくもない。

 ――やっぱりやっつけなくちゃいけないのかなぁ。

「……被害が出ている以上、見逃すわけにはいかんだろうな」
 サトウに応えたのは伊邪那美(aa0127hero001)を伴う御神 恭也(aa0127)だ。
 生きている者の心を慮る想いもあれば、叶えられるべき生と願いが潰えた犠牲者の無念を晴らすべきだとする考え方もあろう。
「それが俺たちに課せられた任務だ」
 どちらが正しいか、そうでないか、鬼嶋 轟(aa1358)にはまだ判らない。
 だが、答えが出なくとも愚神は討たねばならない。誰もが幸福な結末を迎えられるわけではなく、そして捨て置く限り、より多くの不幸が生み出されるのは明らかなのだから。それだけは紛れもない事実だ。
「しっ――……来たみたいっすよ」
 屍食祭祀典(aa1358hero001)が一同に小声で叫ぶ。
 皆が一斉に林の外を見ると、千颯が「あれ~? なんで誰も居ないのかな~?」ときょろきょろ見回している。傍らには、例の少女――愚神。
「……っ」
 自分より見目にも年上とは言え、実年齢自体判らぬとは言え、立ち居振る舞いはただの少女そのもので――紫 征四郎(aa0076)は揺れる心を無理に留めにかからねばならなかった。
「いきますよ。このままでいいはず、ないですから」
 自らに言い聞かせるように放たれた号令は、皆が動き出す合図となった。


●影
「おお居た居た~、俺ちゃんハミられたかと心配したぜ!」
 木立からぞろぞろと出てくる仲間達を大げさな身振りで迎えて、千颯は目配せをする。八人のエージェントは頷きもせず、二人を囲み。愚神――偽ゆう子は、なおも少女然とした仕草で、その不穏な気配にまばたきする。
「……なーんてな」
「おじ、さん?」
 千颯の面から軽薄な笑みが失せ、どことなく険しいものへと変わる。他の者達も同様だ。
「芝居はいい。……俺達が誰で、何をしに来たかは判っていると思う」
 まず恭也が切り出した。部外者の居ないこの場において双方の『目的』を端的に交わす為、無駄は排除しなければならない。
 彼女も即座に理解したのだろう、面倒臭そうに「H.O.P.E.のシャバ僧どもか」と冷たく、それでいて品のない声を発する。
「ご名答。さて……何で"ゆう子"に化けてる?」
 既に鯆との共鳴を果たした楓が幻想蝶の残滓を纏いながら、先ほどとは打って変わり自らの言葉を向ける。
「本物の南ゆう子はどうした?」
「ハっ、食ったに決まってんだろ」
「……!」
 続く恭也の詰問をせせら笑う様に、征四郎はまたも動揺した。でも、本当にそうなのだろうか――。
「では、南ハル子さんをどうするつもりだ」
「……さあ?」
「お前に情があるとは思えないが……母を想うなら言え!」
 千颯の追求もそ知らぬ顔の偽ゆう子へ、伊邪那美が語りかける。
『ねえ、投降してくれないかな?』
 優しくも、その心へと問うように。粗野な岩戸を開かんとするように。
『罪は償わないといけないけど、ハル子さんにお別れの言葉を伝えられるし……優しい嘘で逝かせてあげる事もできるんだよ』
「……償いだ? H.O.P.E.(おたく)じゃ愚神(あたしら)を臭いメシで飼い殺しにでもしてんのか?」
『それは……』
 だが、頑なだ。言葉の通じる相手でさえ――否、なまじ言葉が通じるだけに、力を示さなくては心へ届かないのだろうか。
「……まァ、言う言わねェは自由だが。抵抗するんなら――」
 これ以上は無為。ならば。
「――容赦しねェよ?」
 楓が、今度は剣の切っ先を『敵』の喉元へ向け、言い放った。
「ほれ見ろ結局バラすんだろうが――こうやってさ!」
 偽ゆう子が飛び退き、同時に辺りの樹木や草木が一斉にざわつき出す。それがライヴスを介した事象である事を、誰もが直ちに察知した。
「っと……誘き出されてたのはどっちかねー?」
「この一帯は奴のホームグランドってわけか。……手荒い歓迎となるが」
 足元に迫る野草から逃れる間際、千颯と恭也が言葉を交わす。
「ま、いいわ。白虎ちゃん!」
『やっと出番か。……でござるか』
「伊邪那美……!」
『……うん』
 次いで征四郎とガルーが、轟と屍食祭祀典が、それぞれの霊蝶が、得体の知れぬ風で吹き乱れる照葉に紛れ光を散らす、舞って散る――愚神を囲い、逃さぬ為に。

『結末は変わらないんだろうな』
「……白虎丸、今は戦闘に集中しろ」


●わずらい
 外周の木という木から枝葉がうねり、鋭利な矛先が一斉に飛ぶ。居合わせた全ての者目掛けて放たれるその範囲は極めて広く、あたかも体内の異分子を排除せしめんとするが如し。
(轟!)
 ガブリこと屍食祭祀典の思念に合わせ、轟――その姿は今、屍食祭祀典の身に準じた少女然としたものなのだが――は的確に受け止める。元が樹木なだけあって強度はそれほどでもないのか、硬質なもので防げばたちまち砕けて散った。幸いにして仲間の被害も軽微なようだ。それにしても。
「まるでドロップゾーンだな」
 確かデクリオ級と聞いていたが、擬似的なものでさえこの規模だ。野放しにして力を増大せしめたなら、やがて恐るべき存在となり得るだろう。
 ならば是非もあるまい。
「覚悟!」
 枝が退いたところを見計らい征四郎が偽ゆう子の死角から一の槍を撃つ。迷いを振り切ろうと、あえて容赦をかなぐり捨てた攻手は愚神の脇腹を突き破る。
 すかさず轟も空に拳を穿ち、これに衝波を追従させ、更に傷を広げた。
「やるじゃねえかH.O.P.E.!」
 赤黒い液体を撒き散らしながら、けれど怯む事なく愚神は立ち居地を変える。しかし逃げ場となりそうな場所は、既に楓と恭也が押さえていた。だが、後ろには征四郎と轟。退路は、ない。
「傷は気にせず突っ込んでくれて構わないぜ、俺が守る!」
『回復は任せるでござる!』
「征四郎も助力します!」
 恭也と楓がじりじりと詰め寄るのに千颯とその口を借りた白虎丸、更に征四郎が声をかける。
「……だってよ」
「ああ……!」
 二人の剣士は同じ方位に回りながら構え、互い違いに剛剣を繰り出す。傷つけ命を奪う為だけの二振りは、袈裟懸けと逆袈裟の十字傷を以って自らの役目を全うする。
 それにしても外見より随分と丈夫だ――轟は思う。倒れないのはともかくとして、既に多くの傷を負わせながら、その体捌きに翳りは見られず、血まみれな姿にある種の活力さえ見出せる。それほどのライヴスを蓄えているというのか。
 こちらとてさほどの負傷はないが、長引いて利があるのは相手の方だ。
「――まったく好き放題ぶった斬りやがって」
 またしても、枝がざわつく。
 だが今度は急速でも直線的でもなく、ゆえに避けづらい――螺旋の動作。
「いかん! こいつは!」
 轟の警告は知らしめるという面では有効に働いたが、しかし偽ゆう子が逃れられぬように、彼らもまた、周囲を囲う林からは逃れられない。
「ちっ」
 じわじわと侵食するように枝が、根が、あらゆる方向から迫り、腕を、足を、胴をかわそうとしたところで捕らえ、留めようとする。楓はそのたびに強引に引き千切り、しかし千切るたび絡め取られ――直後、妙な脱力感に襲われた。
「……! 吸ってやがるのか!」
「てめぇ!」
「腹減ってるっつったろ」
 楓に治療の光を放つ千颯の怒号を鬱陶しそうに受け流した愚神の傷は、僅かながら癒えているようにも見える。
 恭也は都度大剣で薙ぎ払い撃砕していたが、いかんせん量が多く凌ぎ切れずに捕らえられようとしている。轟もまた、同じだった。このままでは――。

 刹那、銃声が哭いた。

 途端、微かに拘束の手が緩み、少女は胸に紅葉を咲かせ。
 征四郎と千颯が即座に恭也と轟を解放し、そして――楓を合わせ三人のドレッドノートが、次いで残りの者が。

 その力と技の全てを、討つべき愚神に注いだ。

 林の向こうに、銃を構えたまま立ち尽くす青年の姿があった。


●その後
 落ち葉に埋もれるように仰向けに倒れたままの少女を、エージェント達が囲む。
「お前はハル子さんに何を見出し、何を求めていたんだ?」
 恭也は今一度、その本懐を改めようと試みた。
「あんた、自分とそっくりの奴に会った事ある?」
「どういう事だ?」
「……そういえばこんなだったっけ。くたばりかけてたんだ、あいつ」
「なにがあったのですか? きかせてください!」
 征四郎が必死に問う。本当の事が知りたい。このままでは、あまりに。
 せがむ幼子に観念でもしたのか、偽ゆう子は訥々と語り始めた。
 彼女がこの世に顕現した時、ゆう子はすぐ近くに居た。自分と瓜二つというのが面白くて付いて回り、しばらく暮らしぶりを観察していた。やがて飢えを感じた彼女は山林の鳥獣からライヴスを奪い、実体を得てゆう子と面識を得た。結果、恐慌をきたしたゆう子は逃げようとして――車に跳ねられた。
「もう一人の自分と会ったら死ぬとか、今度は自分の番とか、わけの判らねえ事抜かしやがって」
(そう、か)
 ――ドッペルゲンガーって知ってる?
 その言葉の意味を、今こそリュカは噛み締めざるを得なかった。
 真偽はともかく、もう一人の自分と会った南ゆう子は実際に亡くなり、同様に偽ゆう子も、ここで果てようとしている。
 しかし、ならばハル子も同じような体験をしたか。それとも。
(リュカ)
(なんでもないよ。それより、)
「もしかしてそのとき、代わりになれと頼まれたのですか……!」
「ふん」
 征四郎の問いに、愚神はそっぽを向いた。肯定、なのだろう。
 今際の際に覚悟が芽生えたのか、ゆう子は打って変わって落ち着いていたと言う。そして鏡合わせの存在に自分の代わりを、母の世話を願ったのだ。
『……馬鹿野郎、親にとって子の代わりなんてのが居るものかよ』
「そん……な!」
 ガルーが堪らず口にした言葉に、征四郎が涙を零した。
「全くだぜ」
 愚神は返事代わりに少女の残り少なかったライヴスを吸収し、止めを刺した。ついでに運転手も手にかけ、遺体は南家付近の山中に埋めた。
 かくして、愚神は――曰く、まんまと――南ゆう子になりすました。
「親を舐めるんじゃねぇ! お前が偽物だって事くれぇとっくに気がついてるんだよ!」
 人の親としてどうしても許せないのだろう、千颯が怒鳴りつける。
 だが、それはそれ――とオリヴィエは思う。ずっと考えていた。この愚神の目的を、その想いを。
 だから、話そうと思った。
『俺達が何の為にこの世界に来るようになったかは知らない』
 世界を蝕む為、それを阻止する為。魂に刻まれた使命は半ば本能的に彼らを衝き動かすと謂われてもいるが、一般論に過ぎない事は全ての被召喚者が身を以って知るところだ。
 目的が等しくとも、本質が同じとは限らない。
『けど、少しだけわかった事がある。俺達は、誓約、約束、願い――そういうモノで繋がれる、縛られる。お前があの家で叶えようとしていたのは……そういったモノじゃないか』
「会ったのか」
 愚神が問うと、今度はリュカが微笑みかけた。
「たくさん自慢されちゃったよ。娘さんの……――君の事をね。本当に楽しそうだった」
「へっ、娘が娘なら親も親ってわけか」
 それも、お開きだ。
「……最期に何か言いたい事はあるか? 遺言として伝えてやる」
「別に。とっととバラしな“おじさん”」
 千颯の慈悲を、ゆう子だったものはあっさり断った。

 ――お疲れさん。

 眠るようにこと切れたそれは、一筋の赤い涙を零した。


●解
「どうして、かのじょだったんでしょうか……っ! どうじで……っ」
 征四郎はガルーにすがりついて、本格的に泣き出してしまった。心根優しく、まして七歳の娘にとり、全てが重すぎたのだろう。
「こんなに愛されてて、愛していて、なのに、なのに!」
 ガルーにも、誰にも、かけるべき言葉は見つからない。
「かわいそう、なのですよ」
 死んでしまった彼女も、代わりになれなかった彼女も――征四郎は、残念でならなくて、本当に、ただ、ただ泣いた。
 しかし、そこで空気を読まないのが鯆である。
『もうよ、適当に言っちまえよ。嘘吐こうがホントの事言おうが結局はかーちゃんの受け止め次第だろーが』
 否、藪から棒にハル子へどう伝えるべきかを切り出したのは、ひょっとすると周囲への気遣いなのかも知れないが。
 ――イルカ、ちょっとは人を思いやるってことを知ろう?
 ――オレは正直に言った方がいいと思うけどなー? 嘘言ってバレたらめんどくせぇし知らねぇままぽっくりっつーのもなぁ?
 ――タナカさんもさぁ。この世にはいい嘘と悪い嘘があるんだよ? カエデもいい嘘を望んでるし。
「俺も伊邪那美もその方がいいと思っている」
 鯆とタナカをたしなめるサトウに恭也が賛成する。
 一方、ガルーは意見を異にするようだった。
『俺様はちゃんと伝えた方がいいと思う。未練があったら浮かばれねぇとか、そういうんじゃねぇけどよ。……オリヴィエの坊主はどうだ?』
『あんたと同じさ』
「俺としても真実を話すべきかと思う。恨まれるかもしれないが……こんな世の中だ。嘘を並べて納得が得られるかは判らないし、何より俺達があの愚神を殺したのは事実だ。責任を負いたい」
 オリヴィエ、それに轟も真摯な姿勢を以って、これに同意を示した。
 ここまで皆の声に耳を傾けていた千颯は特に言う事もないのか、ガルーの元でなお涙する征四郎を気遣うのにひたすら腐心している。
『俺は気の利いた事言えねぇしお前らに任せるわ。……つーか酒飲みてぇ。おうガルー、とっとと終わらせて行くぞー、っと』
 ひと通り出揃ったとみて鯆が動き出そうとしたところへ、その喉元へサトウの鎌が宛がわれた。

 そして。


●救い
 ――ハル子さん。もしかして"彼女"がゆう子さんじゃないって気づいてた、とか……ありますか?
「どうだろ。そんな気もするし、そうじゃない気もするし」
『そこの石の下に埋めてるんだってよ。……娘の墓参りひとつできねぇのも何だと思ってな』
「そう」
 山中に連れて来られ、真相を知らされてから、その人はサトウの問いにもガルーの報せにも気のない返事をするばかりで。『ゆう子』の寝顔を見つめ、その頭を優しく撫で続けていた。
「あの、貴女はライターだと聞いた」
「元ね、一応」
「もし叶うなら、貴女の体験を……小説にして。記憶ではなく物語として残して欲しい」
「……名案だけど。あんたが同じ事言われて同じ気分にならない事を祈ってるよ」
「……ごめん」
「何それ? 何か悪い事したの?」
 千颯の言葉にハル子は初めて手を止める。
「この子は何人も殺してて、あんた達が止めた。ゆう子はたまたま運が悪かった。……それだけじゃん」
「でも」
「何か言ってた? あの子」
「……。お疲れさん、って」
「そう。じゃあもう帰ってくれないかな」
「……っ」
「心配無用、あてつけに死んだりしないから。わざわざ手間かけなくても近々そうなるし」
 恨み言すらなく、ハル子はただ拒んだ。千颯も、他の者も食い下がる事はできず。ひとり、またひとりと、その場を後にするしかなかった。
「あの」
「なに」
 去り際、リュカが声をかける。
「どうしようもなかったら全て俺達にぶつけてください。その代わり」
 引き継ぐように、オリヴィエが続けて、零した。
『この世界を、運命を……呪わないでくれ』
「――っ」
 ハル子が振り向くと、二人は既に踵を返していた。
 入れ替わるように未だ泣き顔のまま征四郎が駆け寄り、花の種を彼女の膝の上に置くと件の石を指差し、また走り去った。

 遠くから、母の嗚咽が聞こえる。

『……千颯』
「……湿っぽいのはダメだな。俺ちゃんには似合わないわー」
 千颯の気持ちは、白虎丸には相変わらず計り知れない。けれどその痛みだけは、少しだけ伝わった気がした。
『恭也……』
 伊邪那美が兄のような男の袖を引く。
「大丈夫だ。友人や……お前が居る」
『……本当にこれで良かったのかな?』
「判らん……俺には」
 どちらもが正しく、間違ってもいるのかも知れない。それを決めるのは、結局、己だ。
『おつかれさまっすよ、ゴウ』
 肩を落とす轟に、屍食祭祀典がそっと手を添えて、労った。今はそれが酷くありがたい。

『おう鯆、終わったぜ。……飲み行くんだろよ』
『遅ぇ』
 待ちくたびれた鯆は、しかしそれ以上ガルーに文句を言わなかったものの、とにかく飲まない事にはやってられなかった。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • 『赤斑紋』を宿す君の隣で
    木霊・C・リュカaa0068

重体一覧

参加者

  • エージェント
    紅葉 楓aa0027
    人間|18才|男性|命中
  • みんなのアニキ
    aa0027hero001
    英雄|47才|男性|ドレ
  • 『赤斑紋』を宿す君の隣で
    木霊・C・リュカaa0068
    人間|31才|男性|攻撃
  • 仄かに咲く『桂花』
    オリヴィエ・オドランaa0068hero001
    英雄|13才|男性|ジャ
  • 『硝子の羽』を持つ貴方と
    紫 征四郎aa0076
    人間|10才|女性|攻撃
  • 優しき『毒』
    ガルー・A・Aaa0076hero001
    英雄|33才|男性|バト
  • 雄っぱいハンター
    虎噛 千颯aa0123
    人間|24才|男性|生命
  • ゆるキャラ白虎ちゃん
    白虎丸aa0123hero001
    英雄|45才|男性|バト
  • 太公望
    御神 恭也aa0127
    人間|19才|男性|攻撃
  • 非リアの神様
    伊邪那美aa0127hero001
    英雄|8才|女性|ドレ
  • エージェント
    鬼嶋 轟aa1358
    人間|36才|男性|生命
  • エージェント
    屍食祭祀典aa1358hero001
    英雄|12才|女性|ドレ
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