本部

これこそが『愛』だッ!!

山川山名

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 6~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2017/05/15 17:24

掲示板

オープニング


 再開発が進むにつれ姿を消していったとはいえ、下町にはいまだ古ぼけた映画館が残っているところが少なくない。
 ここはそんな映画館のシアターの一つである。観に来る客は地元のおじいちゃんかおばあちゃんばかりで、若者が来ることはまずありえない。そして公開される映画も、決まって流行に乗ったものではなく、安価な製作費で作られる趣味全開のB級映画だ。
 ちなみに今さっきまで映し出されていたのは、若い女性に一目ぼれをして以来ストーカーを繰り返した男が、何度も警察の注意や裁判所の接近禁止命令を破り続け、とうとう女性を殺してしまうという夢も希望もない作品であった。
 観客のほとんどがハズレを引いたという顔で帰り支度を始める中、一人だけが肩を震わせていた。
「す……」
 彼は感極まったという風につぶやくと、おもむろに立ち上がって叫んだ。
「素晴らしいッ!! こんな、こんな物語を人間は作る事が出来るのかッ!? なんて素晴らしいんだ、人間の『愛』を如実に、克明に描き出している! オレが生きてきた中で最高の傑作だ!!」
 薄明りに照らされたその顔は、日本人離れした端正な青年のものだった。周りの目を全く気にすることなく映画に対する賛辞を述べるその姿は、まさしく日本人から見た外国人のオーバーリアクションであっただろう。
 彼はひとしきりミュージカルのように興奮しながら言葉を並べ立てると、ふと我に返っていった。
「……こうしてはいられない。すぐにこの『愛』を実践しに行かなくては! 人間がどのような『愛』を紡ぐのか、そしてどのような反応をしてどのような結末を迎えるのか! オレにはそれがすべてわかっているのだから!」
 そう言い切ると、彼は一足とびに座席横の階段を駆け下りてシアターを後にした。
 残されたおじいちゃんたちは呆然としながらも、目の前で嵐のように巻き起こった光景を反芻してぽつりとつぶやいた。
「……やっぱ外人さんってのは、情熱的なんだなあ」


 さて、そんな出来事が起こっていたとはつゆも知らず、深夜に犬を連れて散歩する女性がいた。仕事に追われていたのか、服装は着替えもせずに黒いスーツのままだ。人口の光が届かない闇の中だと、白い肌だけがぼんやりと浮かび上がる。
 彼女はリードをつけた先で前を行く愛する小型犬を見ていった。
「ごめんね、毎日こんな時間に散歩させちゃって。もっと早い時間にできればいいんだけど」
 わん、と元気のいい返事が返ってきた。心配するな、と伝えているかのように思えて、女性はふっと笑みを浮かべた。
 この犬と出会ったのは上京する二年前のことである。偶然拾ったこの犬を女性がいたく気に入り、両親の説得をはねのけて一人で世話をしてきたのだ。そのおかげで一人と一匹の間の絆は強い。彼女が待てと言えばいつまででも待つし、だめといえば二度と繰り返すことはない。そんな間柄だ。
「せめてもう少し時間に余裕がある仕事につければよかったんだけど……」
 はあ、とため息をついたその時、暗闇の奥に誰かが悠然と立っていることに気が付いた。目を凝らしていると、人影のほうがこちらに近付いてきた。
「こんばんは。こんな夜中に犬の散歩?」
 黒い革ジャンにダメージジーンズ。西洋系のモデルかと思うほど整った顔立ちに、女性はまず疑問を抱いた。どうしてこんな人がわたしに声をかけるのだろう? そもそも彼はこのあたりにいただろうか?
 すると、青年は体を電流が巡ったかのようにぶるりと震えた。
「いいね、その表情。どうしてオレがここにいるのかわからないって顔だ。いいね、実にいい。あの映画とおんなじだ」
「……あの、一体どういうことですか?」
「決まってるさ。この状況だと答えは一つしかない」
 生年は両手を広げると、暗がりの中なのにやけにくっきりと見える笑顔で言った。
「オレは君に惚れている」
「……は?」
「なので、オレは何としても君を殺さなくちゃあならない。あの映画ではそうしていた。それが人間の『愛』なんだからな」
「な、何を言ってるんですか? わたしを殺すことが愛なんて、そんなのおかしいですよ。あなた、どうかしてるんじゃないですか?」
 だが、青年は批判など意に介さずゆるゆると首を横に振って、
「ああ。それでいい。そうして俺のことを嫌って憎んで恨んでけなして罵倒して――最後には、オレの腕の中で息絶えるんだから」
 まともじゃない。
 早く逃げなければ、本当に命が危ないかもしれない。
 そう考えた時には、きっともう遅かった。
 いつの間にか目の前に現れた青年は女性よりずっと大きく、威圧感を与えた。地面に足が縫い付けられたかのように動けなくなった女性を前にして、青年はいっそ慈愛的にさえ見える笑みとともに、首元に犬歯を突き立てた。
 吸血鬼のような光景であるが、吸いだしているのは血液ではなくライヴスだ。生命エネルギーをものの数分で吸い尽くされた女性は、彼の足元に力なく転がった。
 青年はついさっきまで女性の首を噛んでいた犬歯を愛おしげに撫でて呟いた。
「……この感覚か。この感覚なのか。……だが、まだ足りない。もっと、もっと人間の『愛』を知らなくては。そうでなければ、これほどまでに濃密なライヴスは得られない……!」
 夜空に浮かぶ月を見上げていた青年は、そこでようやく雑音に気が付いた。
 それは彼の足元で女性の亡骸に寄り添いながら吠え続ける、彼女の愛犬だった。沈黙した彼女の仇をとらんとしたのか、あるいは下手人を追い払おうとしたのか。憎しみがこもった瞳とともに吠え立てていた。
「……、」
 それを何の躊躇もなく右手から出した衝撃波で絶命させると、青年は軽やかな足取りで闇に消えていった。


「……以上が事の顛末だ。すでに犠牲者は三人目を数えた。次に現れるのが人通りの多い繁華街。これ以上の狼藉を許せば、犠牲者はますます膨れ上がる。ここらで一旦終いにしてくれ。
 奴を……デクリオ級愚神『ラヴァー』を倒せ。偽りの愛を粉微塵にしてやれ」

解説

目的:デクリオ級愚神『ラヴァー』の討伐、並びに一般市民の保護

『ラヴァー』
・デクリオ級愚神。見た目には若い西洋風のイケメンにしか見えない。下町の映画館で見たB級映画から人間の『愛』を間違って学習し、その実践のために行動している。
・武器はなし。素手で戦うが、手のひらから衝撃波を出したり、吸血行動のようにしてライヴスを奪い取ることがある。
 かなり素早く、また人混みに紛れて攻撃を防ごうとする。消耗すると群集の中で気に入った相手からライヴスを奪い取ろうとする。
スキル
・受け取ってくれ、我が愛!
 『愛された者』専用の攻撃。距離を一気に詰め、ライヴスを奪い取る。対象者に大ダメージ、加えて[減退]付与。
・この愛を捧げよう!
 二連続の回し蹴り。
・リラクタント
 『愛された者』以外への専用攻撃。右手と左手から黒い衝撃波を放つ。名前の通り『しぶしぶ』使っているので、ダメージは低いが範囲は広い。『愛された者』には当たらない。
(PL情報:『愛された者』に該当するPCは完全ランダム。最大三人。ちなみに『ラヴァー』は『愛』そのものに関心を持っているので、対象の性別は全く問題視していない。つまり両刀)

繁華街
・人でにぎわう週末の繁華街。メインストリートの左右に二階建てのアパートのような建物が奥に伸びているが、横道も多い。道幅は片道二車線程度。
・当然だが人が多いのはメインストリート。ただし横道にも少ないが人はいる。
・事前に避難勧告や一般人の立ち入り禁止を発布することは可能だが、そうすると『ラヴァー』も近寄らなくなる。『ラヴァー』に気づかれないようにこっそりと避難誘導を行うことは十分可能。
・天候は晴れ。

リプレイ


「愛を履き違えた殺害行為。そんなもの、絶対に許せないわぁ」
「ん……早急に、片を、付けないと……」
 繁華街の入り口に立つ十六の影。そのうちの二人、戀(aa1428hero002)の言葉にニウェウス・アーラ(aa1428)は小さくうなずいた。
『本当の愛を教えてあげるよ』
「今まで聞いた百薬の言葉の中で一番胡散臭いわ」
 格好つけた百薬(aa0843hero001)に半眼で応じたのは彼女の相棒、餅 望月(aa0843)だ。
「愛ねぇ……やれやれ……そんなものに情熱を向けるぐらいなら養ってくれないかな……」
『武之にはあいがたりないんだよ!』
「お前、愛って知ってるの?」
『武之にたりないものなんだよ!』
「答えになってない……」
 ザフル・アル・ルゥルゥ(aa3506hero001)の直截的な物言いに、鵜鬱鷹 武之(aa3506)は怒ることも諭すこともなくただため息をついた。
『ただ一重 恋患えば 身を焦がし また二重 愛拗らさば 彼を焦がし 死せば猶更 三重にぞならん』
 新納 芳乃(aa5112hero001)の詩に、島津 景久(aa5112)は少し眉をひそめた。
「そげんこつ、俺には理解できんがじゃ」
『燃えるような恋心を抱いたことがなければ、ご理解いただけないかと』
「……安っぽく聞こえっど」
『慕情は大概、安っぽくて、陳腐で、それでいてまっすぐなものですよ。私には、殺してしまいたいほどの恋心までは理解が及びません。しかし……失って初めてそれに気づく、ということは、あるのかもしれません』
「家族のこつなら覚えがあるど」
 島津が腿のあたりを撫でながら言うと、新納はうなずこうとして首を横に振った。
『今回の敵は、順序が逆です。愛のために殺すなど……』
 作戦の開始を前に、秋姫・フローズン(aa0501)と修羅姫(aa0501hero001)が全員にハンドレスの無線機と地図を手渡した。繁華街全体を確認できる地図には縦と横にグリッド線が引かれ、それぞれにローマ字と数字が振られていた。
「こちらを……お使いください……」
「エリア分けを……しておいた……確認しておけ……」
 地図の概略を確認すると、十六人は繁華街へと踏み込んだ。
 人と愚神と能力者が入り乱れる、騒乱の都へ。


「人が、多いですね」
「こうもたくさん人がいると、どこから手をつけたらいいのか分かんないよ」
 ハーメル(aa0958)の途方に暮れたような言葉に、餅が同意する。
『一息に動かせないのかな? こう、火事だー! とか言ってさ』
「……それでは『ラヴァー』にも気づかれる。一人一人、確実に避難させていくしかない」
 百薬の言を墓守(aa0958hero001)がたしなめる。地道な草の根活動しかない。
「すみません、今このあたりで愚神による事件が起きているんです。対処のために避難をお願いできますか?」
「こちらから避難してください。大丈夫、後はワタシ達に任せてください」
 ハーメルと餅は二手に分かれ、メインストリートの人々を自分たちが来た方へ移動させる行動を開始した。彼らの英雄もまたそれに従った。
 やがてその動きは、眼には見えづらい巨大な流れとして機能し始めた。
 ゆっくり、しかし確実に、繁華街の人口はその数を減らしていく――

 彼らが波を作り出す少し前、秋姫と修羅姫の二人は監視カメラを集中管理するモニター室の中にいた。
 担当者から機材の説明を受けると、秋姫は傍らの修羅姫に語り掛けた。
「それでは……始めましょうか……」
『……任せろ』
 監視カメラ天国の繁華街で、二人は圧倒的な情報の波を突き進む。
 一刻も早く、『ラヴァー』を見つけ出すために。

 花邑 咲(aa2346)はメインストリートの左右にそびえる建物の上から索敵を行っていた。
 餅やハーメルの少し先を監視しながら、すでに共鳴を終えたサルヴァドール・ルナフィリア(aa2346hero002)は思わずつぶやいた。
『こうも人が多くては、難儀しそうじゃのう……』
「そうですねぇ……でも、彼を探している『目』はわたし達だけではないのですから、大丈夫ですよ」
 花邑が彼女の英雄を鼓舞するようにはっきりといった。
 目視で確認できるだけの範囲を調べ上げる間、花邑は自身が思う愛について考えを巡らせた。
「……わたしにとって、愛はとても温かなもの。大切にしたいと思う心から生まれるものだと思う」

 一方地上から監視カメラが少なく、かつ花邑が立つ側とは反対の横道の捜索を行っていたエスト レミプリク(aa5116)だったが。
「うわっ、シーエ! いきなりくっつかないでよ!」
『駄目よぉ? これくらいしないと囮にならないものぉ、ダーリン♪』
「ダーリン!?」
 ……開始早々、彼の英雄のシーエ テルミドール(aa5116hero001)に腕を組まれていた。
 なんだか(年齢や体格的に)危ない絵面な気がしないでもないが、そんなことはシーエの知ったことではない。ふわふわとした笑みを浮かべながら、慌てるエストの腕をとって探索を再開した。


『「ラヴァー」が……いたぞ……この地点だ……』
 修羅姫の報告に真っ先に行動を開始したのはほかならぬ鵜鬱鷹であった。理由は明白、単純に指定されたポイントに近かったためである。潜伏しながらポイントに近付く。
 金の短髪に日本人離れした色白の端正な横顔、すらりと伸びた背筋。革ジャンとダメージジーンズを着こなし人混みをゆらゆらと進むその姿は、まるでモデルか何かかと思うほど。
 だがそんなものは自他ともに認めるダメ人間には何の意味もなさない。
『あれが「ラヴァー」かな?』
「だろうな。……まったく、ここで騒ぎが起こって俺が華麗に一般人をかばったりしたら惚れて養ってくれねえかな……」
 割とクズの思考を垂れ流していた鵜鬱鷹であったが、そこで何かを察して足を止めた。
 一定の距離を保っていた『ラヴァー』の動きが止まり、あたりを見渡しはじめたのだ。一瞬何をしているのかと訝しんだ彼だったが、直後に意図が理解できた。
 『ラヴァー』の満面の笑みが、何の予備動作もなくこちらに向けられた。
「…………」
「おや? おやおやおやおや? そこで何をしているのかな? ひょっとして、オレが今何をしているのか気になっているわけじゃないがたまたま出くわして呆然としているのかな? だとしたらまさしくあの映画通りだ! 素晴らしい、最高の出会いだ!」
 見つかった。
 そう判断するのに、さほど時間はかからなかった。
 戦闘態勢をとろうとする彼をあざ笑うかのように、愚神は瞬間移動かと見紛うほどの速度で距離をゼロに詰めた。しかも、鵜鬱鷹の腕を万力のような力で締めつけて。
 逃がさない、と能面のような笑顔が告げていた。
「ならば、オレは君を殺す。なぜならそれがあの映画で語られた、『愛』の証明なのだから」
 牙が迫る。
 ライヴスを搾取し、命さえ奪う悪夢の体現が――!

「ねぇ、そこのイケメンさん。貴方、愛を知りたいらしいわね?」

 唐突に、『ラヴァー』の肩が叩かれた。
「なら教えてあげる。貴方……間違えているわよ」
 『ラヴァー』が驚き振り返った直後、双炎剣「アンドレイアー」が彼の脇下と腰を挟み撃ちにした。
「がっ……!?」
 ニウェウスがそのままの体勢で無理やり引き離した。自由を取り戻した鵜鬱鷹はすぐさまデスマークを付着させ、『ラヴァー』の位置を知らしめた。彼から距離をとり、ニウェウスが鵜鬱鷹の横に並ぶ。
「無事?」
「何とかな」
『助けてもらったらちゃんとありがとうしなくちゃダメなんだよ!』
 ルゥルゥの抗議に鵜鬱鷹は髪を掻くだけで応じた。
「……貴様。何者だ」
 吹き飛ばされ、頭を抑えて立ち上がった『ラヴァー』からは、先ほどまでの陽気な雰囲気は消え去っていた。それは自分が攻撃を受けたことに対してではなく、無粋な邪魔者が入り込んできたことに対する怒りのようにも見えた。
「H.O.P.Eのエージェント。貴方を倒しに来たわ」
「別に俺は養ってくれるなら何でもいいんだが」
「静かに。とにかく、貴方はここで止めるわ。これ以上の被害を出させないためにも」
 ニウェウスが剣を突き付けて宣戦布告する。『ラヴァー』は鼻で笑いながらも、手の指の関節をゴキリと鳴らして獰猛に笑った。
「いいだろう。全力でたたきのめし、しかる後に我が『愛する者』を手に入れよう」

「さあ、我が愛を受け取ってくれ、若き君」
「やらせないわ!」
 再び目にもとまらぬ速さで鵜鬱鷹の目前に迫ろうとした『ラヴァー』の前にニウェウスが立ちはだかる。
「やっ!!」
 自身の周囲に双炎剣を一斉展開し、吸血を待ち構える。差し違えてでも『ラヴァー』の思い通りにはさせない。
 が、事態は思わぬ方向に好転した。
 がくり、と『ラヴァー』の膝が不自然にくずおれたのだ。
「な、」
 驚愕の色に染まる愚神。それを見逃さないニウェウスではなかった。
「喰らいなさい!」
 正面以外の全方向から波打つ刃が襲いかかる。全身を切り刻まれ、血が噴き出すごとに愚神は苦悶の雄叫びを上げた。
「お、あああああああああああああああ!!」
 ニウェウスの背後からそれを眺めていた鵜鬱鷹は、すぐさまバックステップで距離をとる。周囲で混乱状態にある一般人の避難誘導を優先したのだ。
「ま、養ってくれるなら愛してくれても構わないんだけど」
 それを今されると困る人間もいる、ということぐらいは理解できていた。
「ま、待て……オレの、愛する者……」
 暗く澱んだ声に答えたのは、鵜鬱鷹でも、ましてニウェウスでもなかった。
「見っけだど! おまんさぁがこん事件の標的だがな! そん首置いてけ!!」
「すまない、遅れた! 今から加勢する!」
 桜色の陣羽織を羽織り、甲冑姿で大剣を『ラヴァー』に突き付ける島津と、シーエと歪に混ざり合ったような姿のエストである。愚神発見の報を受けていち早く乗り込んできたのだ。
『わたしたちが見ていた裏路地にいた人は避難を終わらせたわぁ。反対側のほうは咲がやってくれているはずよぉ』
 シーエが表面に現れ言葉を紡ぐ。懸念事項を払拭したニウェウスは一つうなずくと、再び愚神のほうに向きなおる。
 しかし先ほどまで消耗しきっていたはずの愚神の姿など、そこには微塵もなかった。
「ああ……ああ、なんということだ! またしても、オレの胸が高ぶるヒトを見つけてしまった! こんなことは初めてだ、全く予想外だ記憶にない――だが、それでもいい」
 あまりに純粋で、だからこそ何者も住めない泉のような瞳に映る自分を見て、島津は得物を握る手に力を込めた。間違いない。この化け物は、自分を標的に選んでいる。
「さあ、さあ、さあ、さあ!! オレは惚れた、惚れてしまったぞ。であればこれはもはや俺の腕の中で息絶えてもらうしかないな。なぜならそれが運命だ。なぜならそれが正しく俺が感動した『愛』なのだからな!!」
「ぎを言うな!!」
 微笑んだ愚神が再度の高速移動を見せる。ニウェウスが再びカバーリングに入ろうとするも、位置が遠すぎる。
「さあ……受け取ってくれ。我が愛を」
 牙が、突き立てられた。
 やんわりとした動きとは裏腹に猛烈な勢いでライヴスが吸い上げられる。やがてあらかた島津の生命力を吸い上げた『ラヴァー』は、恍惚の表情で告げた。
「これは、いい。今までのどの『愛』より強烈で、甘美だ。癖になってしまいそうだ」
 島津が膝を折りそうになる。大半の力はすでに目の前の男に食いつぶされていた。
「うぬ……っ! 力が、抜けるようだど」
『景久様、危険です。一度態勢の立て直しを――』
 新納の忠告に、けれど島津は犬歯を向き、獰猛な笑みを見せた。
「滾ってきたど!! おもしてヤツじゃ! 薩摩隼人の武、味わえやァァッ!!」
 ライヴスを武器に集中させ、すさまじい勢いで大剣を振り回す。まともな敵ならば細切れになっていそうなものだが、『ラヴァー』はそれらのすべてを穏やかな笑みとともに受け止めきった。
「景久君、下がって!」
「!!」
 上空からのニウェウスの声に、島津が思いきり横に飛ぶ。
 ライヴスジェットブーツですでに跳躍していたニウェウスは、両手の得物を携えて流れ星のように特攻した。
「がああッ!?」
 端正な顔が苦痛に歪む。さらにそこへ無線機へ通信が入った。
『そこから離れて、着弾するわ!』
 ニウェウスが真横へ回避行動をとると、ついさっきまで彼女の体があった場所に狙撃のように魔法による一撃が突き刺さった。
「咲のもんか!」
 島津が弾道を目で遡って叫んだ。
「なら僕は、奴をこの場に縛り付ける!」
 エストは叫ぶと、『ラヴァー』の周囲を回りながらケルベロスで射撃を開始する。ただ一点に集中させるのではなく、むしろ弾を周囲に散らして行動範囲を縮小させていくような打ち方だった。
「貴様……!」
 多少なりとも自分に向けられた銃弾をすべて回避しながら愚神が低く漏らす。
 愚神に有利かと思われていた戦況は、確実に変わり始めていた。

 そして、この場にはいない二人の同一人物は、無数の画面を前にして同時に立ち上がった。
「……こちらからの確認は……完了しました。それでは……参りましょうか……」
『ああ……』


「さあ……終わりにしよう、オレの愛する者」
 再び島津に牙をむく『ラヴァー』。だが、その瞬間通信機から声が流れ出した。
『目を閉じて……ください……!』
 刹那、『ラヴァー』が通るであろうルートに筒のようなものが投げ込まれた。それはちょうど目の高さあたりに届くと、視界を白で塗りつぶすほどの光をまき散らして爆発した。
「なあッ!?」
 愚神の動きが止まる。目を抑えてしゃがみこもうとしたが、それを抑え込み憤怒の表情のまま秋姫に向き直った。
「オレの……オレの『愛』の邪魔をするな、エージェントォオオオオオオオオ!!」
 怒りのままに、両足が二回秋姫の腰をめがけて振り抜かれる。彼女はかろうじて防御態勢をとったものの、衝撃に耐えきれずに吹き飛ばされた。
「フローズン!」
「私は……大丈夫です……それより、早く……!」
 ニウェウスは秋姫の応答を聞くと、すぐさま『ラヴァー』の背後に回り込んだ。ちょうど花邑の射線からは真反対であり、挟撃さえ狙える立ち位置である。
「同じ手を何度も喰らうものか!」
 腰を胸のあたりを挟み撃ちにするような一撃は、しかし愚神が体を思い切り縮めることで回避する。ニウェウスが感情のあまり舌打ちしそうになったところで再度、通信が入った。
『それでは、同じでなければいいのね?』
 花邑の声とともに、愚神の左肩に白い羽が突き刺さる。あらゆる宗教、神話で語られる死者を運ぶ天使。そんな既視感さえほうふつとさせる、ライヴスで編まれた羽だ。
『愛にも種類がある。親愛、友愛。愛にはいろんな形があっていろんな表現方法がある。だからわたしは、貴方の愛を否定しない』
 だけど、と通信機越しの声は毅然として告げる。
『だけど、わたしの仲間(大切な人たち)を傷つけるというのなら、わたしは貴方を止めます』
 その言葉に、奮い立つものがあったのか。
 ほとんど朦朧としていた島津の瞳に火がついた。
「そん通りじゃ。おまんが何の罪もない人を傷つけるゆうなら、ここでおまんを倒すのみ。――そん首置いてけやぁ、『ラヴァー』!!」
 ゴッ!! と全力で距離を詰め、大剣を下段に構える。再び疾風怒濤のごとく剣を振るう気だ。
『無茶です、景久様!』
「無茶は島津のお家芸じゃ!!」
 『ラヴァー』もまた笑みを浮かべつつも、油断なく防御の構えをとる。
「援護する、景久!」
 島津の横から、エストが今度は二丁拳銃ではなく大斧をもって攻撃にかかる。ともに重量級の攻撃、下手に受け止めればそれだけで重傷になりかねない。
 だが。
「……軽い。やっぱり君たちがオレに向ける『愛』とは、その程度か」
 そのすべてを片手ずつで防御すると、愚神は失望したとでもいうように二人を元の場所に吹き飛ばした。
「それではだめだ。もっと、君たちがオレに向ける感情はおぞましくなければならない。まるで汚物を見るかのように見下し、蔑み、恐怖し、嫌悪しなければ。そうでなければ、『あの映画のようにはならない』」
 ……空気が切り替わる。決定的にすれ違っていた何かが決裂したまま離れるように。
 『ラヴァー』の言葉を、この場の誰もが様々な思いで受け入れた。
「遅れました!」
「一般の方々の避難誘導が終わりました。僕らがここに来るときに鵜鬱鷹さんとも合流できました」
「あー……すんごい雰囲気なんだが、何かあったのか」
 餅、ハーメル、鵜鬱鷹がそろって現れる。と同時に、上空から中世貴族風の衣装をまとうエルフ姿になった花邑が舞い降りた。
「確認が済んだわ。もうこの場にわたしたち以外の人が現れることはない」
 八人の目が、一人の愚神へ向けられる。そこに宿る感情は、愚神に推し量ることはできない。
 いいやそもそも、感情などというものをこの男が正しく理解していたのか。
「結局のところ、貴方のソレは食欲でしかないの。おいしいものを食べたい。その為の調理を、愛などと語っていただけ。相手を思いやり、慈しむわけではなく。損得を超えた、身を焦がす激情に心身をゆだねているわけでもない」
 ニウェウスが双剣を構えなおす。その目は情熱に燃えて、目の前の敵を焼き尽くさんばかりだった。
「そんな貴方に教えてあげる。愛する人々を殺された者の激情、愛の裏にある一面――『憎悪』というものを」
 は、と男は嗤う。
「面白い。なら見せてくれ、エージェント。オレの『愛』が君たちを喰らうのか、君たちの怒りが俺を食い潰すのか。これで終わりにしようじゃないか」
 言葉とともに、愚神が思いきり地を蹴った。向かう先はまっすぐに、マスクで口元を覆ったハーメルに。
「それなら、これだ!」
 ハーメルの手からフロストウルフが解き放たれる。魔性の冷気を振りまくそれは、迫りくる『ラヴァー』の脇腹に思いきりかみつき、瞬時に氷漬けにさせていく。しかし右足まで氷にされても、愚神の表情から笑みが消えることはない。
「我が『愛』を受け取る時だ、空色の君」
 すでに半身が氷点下にさらされているはずなのに、『ラヴァー』は迷わずハーメルの喉笛に牙を突き立てる。
「うあ……ああッ!?」
 ライヴスを吸い取り力を補填しなおした愚神は後ろ飛びに距離をとろうとするも、空中でライヴスの針が男の体に突き刺さり、体内をかき乱す。叩き落された蠅のように愚神が地面に引きずり下ろされた。
「生憎逃げられると困るんだよ。オレの養い手的にも」
『武之かっこいーなんだよ! がんばるんだよ!!』
 膝をつく愚神に、エストが複製した大斧を横なぎに振り抜いた。
「人を玩具のように扱って殺しておいて、挙句それが愛、だって? そんな……そんな愛があってたまるかぁ!」
 受け止められ、握りつぶされてもなお振るう。その表情は、揺らぎ英雄と混ざり合っているはずの体は、ほとんどすべてエストのものに変わっていた。
「愛は自分の身を削ってでも相手の幸せを求める行為だ! 押しつけの愛なんて存在しない! お前の愛はもはや侵略だ! そんなもの、僕は絶対認めない!」
『……エスト』
「そうか、それが君の信奉する『愛』か。ならば、オレはその思いごと君を打ち砕く!」
 本物の斧の刃を素手で受け止め、『ラヴァー』は反対側の腕でエストの胸元を貫かんとつきだした。
 その二の腕を銀の魔弾が穿った。吹き出す血しぶきに愚神は顔を苦悶にゆがめ、たまらず後退する。
『ライヴスを奪う吸血鬼(ヴァンパイア)に銀の銃弾とは。因果な組み合わせじゃのう』
 花邑の頭の中でドールが新しいいたずらを思いついた子供のようにつぶやいた。
「島津さん、治療します! 一気に決めちゃってください!」
「応ッ!!」
 餅のケアレイを浴びるや否や、島津が砲弾のように飛び出した。多少回復したとはいえ、体のあちこちはすでに悲鳴を上げている。敵との戦力差も致命的なほどに広がっている。
「おおおおおおおおおおおおおッ!!」
 受け止められる。それでもかまわない。全力をもって、愚神を何もない地帯へと押し出した。周囲には建物のみ、障害物はエージェント含め本当にゼロだ。
 そして。
「――消えなさい」
 生身の力で跳躍したニウェウスが、今まで押しとどめるために使ってきた双剣で思い切り愚神の胴を切り裂いた。しかもそれは二つでなく数十に複製されており、そのすべてがその名の通りに炎をまとったかのごとく赤熱していた。
「フローズン!」
「……承知、しました」
 ――男の目には、正しく自らの破滅を告げる天使のように見えた事だろう。
 二対の羽を背にした少女は、男の体を力強くつかんだ後、ビーム用コンタクトレンズでその牙ごと顔面を焼いた。
「愛が欲しいと言いましたね……では……私からは……殺し合い(愛)と」
『殴り合い(愛)をくれてやるわ……!』
 斧で全身を叩き斬った後、上空へと天高く打ち上げる。それを追いかけるように秋姫自身も跳躍し、『ラヴァー』の腹に足を乗せると、全体重を込めて落下体勢に入った。
「『……絶技・流星』」
 二人の声は、臨終の鐘のように。
 ただ、地面には巨大なクレーターが作り上げられた。

「……これが、オレの『愛』の報いか」
 消えかかる体で、男はぽつりと語る。
「いや、これは想定外だ……こんなふうな終わりは、あの映画にもなかったからな。てっきり警察とやらに捕まるものだとばかり思っていたが」
「……警察も、お前のような奴は相手にしたくないと思うが」
「はは、そうか。それは残念だ」
 墓守の言葉に愚神はからからと笑う。その姿はまるで憑き物が取れたかのようだ。訳を問いただすと、
「別に、なんということはないさ。オレの『愛』とは違う形の『愛』があると知れた。それが衝突すれば争いが起こるということも。それは意義のある結末だよ、オレにとってはな」
 ああ、と『ラヴァー』は息をつく。届かない高みを目指すように、彼は青空に手を伸ばし。
「いつか、また、オレに生が来たならば。そのときは、真に、愛するという感情を知りたいものだ――」
 そうして、愚神は空気に溶けるように跡形もなく消え去った。


 繁華街には再び平穏が訪れ、しばしの復旧工事の後にまた活力が戻ることだろう。これをもって『ラヴァー』が引き起こした一連の事件は終焉を見た。
「あの愚神はああ言ってたけどさ。今は、まっとうな手段でおいしいご飯を得ることがすべてだね」
『お腹が満たされたら心も満たされるからね』
 中華料理屋の店主から厚意で頂いた肉まんをほお張りながら、餅と百薬が語り合う。動いた量が多かったせいか、餅のほうが先に食べ終わってしまうと、百薬が自分の肉まんを半分に咲いて餅に渡してきた。
『愛とは分け与えるものよ』
「お、意外にいいこと言う」

「……疲れた、ど。愛ちゅうんは重かじゃ。芳乃、後は任せっど」
 どさっと道端に仰向けに倒れた島津は、傍らの新納にそう呼びかけた。新納は小さくため息をついて、
『景久様、せめてどこか屋内でお休みになられては。……あの、景久様?』
 声をかけるも、肝心の彼女の主君は寝息を立てていて反応をしない。新納は仕方なく島津の膝裏と首の裏に腕を乗せて持ち上げた。
 およそ恋や愛と無縁の生活を送ってきたであろう主君の寝顔を見や手、新納は小声でつぶやいた。
『はぁ……景久様に恋愛は、しばらく無理でしょうね』

「……つい、感情的になっちゃった」
繁華街のベンチで二人並んで腰を落ち着けると、エストは開口一番そう漏らした。最後のあの戦闘のことを指しているのだろう、と判断したシーエはただ小さく微笑んだ。
『そうねぇ……でも、間違った行動ではないと思うわぁ?』
 どのような形であれ、自分が間違っていると思うことをきっぱりと否定することは悪ではない、と。
 そうシーエが伝えると、エストは一瞬黙り込んだ後に、ふ、と笑みをこぼした。
「……ありがと、シーエ」

「今回の事件、やる気満々だったよね、戀」
「えー? そうかしらぁ?」
 そして帰宅途中。ニウェウスは背後でずっと自分の銀白色の髪をモフモフし続けている戀に声をかけた。かれこれずっといじくりまわしているのだが、飽きないものらしい。
「そんなに、今回の敵、頭に来た?」
「そうねぇ……」
 と、戀はかつて自分がいた世界、『戀』ではないもう一つの名前を思い起こそうとして。
 小さく首を振り、笑顔で答えた。
「……なーんでもありませーん♪ たまたま、そうなっちゃっただけよぉ♪」
「……? そう?」

 彼らは再び自分の道を歩む。一度交わった道、それが再び交差することはないだろうと信じて。
 その交わった一点に、軽薄そうな西洋風の美青年の面影を残して。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 誇り高きメイド
    秋姫・フローズンaa0501
    人間|17才|女性|命中
  • 触らぬ姫にたたりなし
    修羅姫aa0501hero001
    英雄|17才|女性|ジャ
  • まだまだ踊りは終わらない
    餅 望月aa0843
    人間|19才|女性|生命
  • さすらいのグルメ旅行者
    百薬aa0843hero001
    英雄|18才|女性|バト
  • 神月の智将
    ハーメルaa0958
    人間|16才|男性|防御
  • 一人の為の英雄
    墓守aa0958hero001
    英雄|19才|女性|シャド
  • カフカスの『知』
    ニウェウス・アーラaa1428
    人間|16才|女性|攻撃
  • 花弁の様な『剣』
    aa1428hero002
    英雄|22才|女性|カオ
  • 幽霊花の想いを託され
    花邑 咲aa2346
    人間|20才|女性|命中
  • 想いは世界を超えても
    サルヴァドール・ルナフィリアaa2346hero002
    英雄|13才|?|ソフィ
  • 駄菓子
    鵜鬱鷹 武之aa3506
    獣人|36才|男性|回避
  • 名を持つ者
    ザフル・アル・ルゥルゥaa3506hero001
    英雄|12才|女性|シャド
  • 薩摩隼人の心意気
    島津 景花aa5112
    機械|17才|女性|攻撃
  • 文武なる遊撃
    新納 芳乃aa5112hero001
    英雄|19才|女性|ドレ
  • 決意を胸に
    エスト レミプリクaa5116
    人間|14才|男性|回避
  • 『星』を追う者
    シーエ テルミドールaa5116hero001
    英雄|15才|女性|カオ
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