本部

少年の願い、思い。無価値

鳴海

形態
ショートEX
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
能力者
6人 / 4~6人
英雄
6人 / 0~6人
報酬
普通
相談期間
6日
完成日
2017/05/06 20:33

掲示板

オープニング

*注意 内容が難しいため相談期間が六日になっています*

● 少年はある日失った。復讐を得た。

 血の香りがした……なんて生易しい物ではない。
 充満する鉄の香り、油でべとつく口元。
 ゴポゴポと溺れるように呻き、血の海に沈む母。
 誕生日に送った菫色のエプロンが、赤く赤く、赤く赤く赤く赤く。 
 明滅する視界。頭が痛かった。
 現実をはじき出すために、妄想を頭の中で巡らせる。
 宿題をしないと、ペンはどこにいったっけ。
 確か筆箱は妹に隠されて。そして。
 
 僕の前にねじ切られた頭がごろりと転がった。
 
 幼い妹。
 将来はアイドルになるんだ。
 そう母親に煌びやかな衣装をねだっていて。
 母は妹が好きだから、そのおねだりに負けて買っちゃって、僕はそれがなんだか気に食わなくてそして。
「現実逃避してんじゃねぇよ!」
 その時、愚神が僕の頬を横っ面に殴った。
 痛みが鮮烈にボクを現実に引き戻してくれて。
 お母さんとボクの視線が合った。
 その目は僕をうつしてなかった。
「ごめんなさい」
 僕はあやまった。
「何を謝ってる?」
 その人は僕に尋ねた。
「妹を守れなかったことを」
 続けてその人は僕に問いかける。
「誰に謝ってる?」
「お父さんに」
「どうして謝る必要がある?」
「お父さんは僕に家族を守れって言ったんだ」
 泣いていたと思う。
 泣くしか僕にはできなくて。

「ごめんなさいお父さん、僕は家族を見殺しにした」

 そこからの記憶はなかった。意識が落ちたんだと思う。
 最後に聞こえたのは、彼の笑う声。
 それだけ。

● 少年はそれを知った、憤怒とは力。
 四月某日。
 とある愚神によって一家惨殺事件が起こった。
 被害者は幼い少女と、母。
 見るも無残に惨殺され。現場検証に赴いた警官ですら涙したという。
 その血の海の中に少年はいた。
 気を失って倒れていた。
 生き残りは少年『当間 手折(とうま たおり)』一人……一人だけであった。
 少年は三日の後に目を覚まし事情聴取に応じることになる。
 家を襲ったのは少年と同じ年くらいの少年の姿をしていた。
 愚神は何の感慨も無く、二人を惨殺したという。
 問いかけながら。少年に問いかけながら。

『ぼくは一日に二人しか殺さないと決めている』

『つまり生き残れたのは、この二人が先に死んでくれたからに他ならない』

『つまり君の命は二人の犠牲の上に成り立っているわけだな』
 
 その時の少年の笑みが忘れられないと手折は言う。
「あいつ、言ったんだ」
 その言葉を口にして手折は涙する。
「二つの命の上に生きながらえるだけの価値が、お前にはあるかって」
 少年型の愚神は、車輪と名乗った。
 世界は小数をひき殺しながら回り続ける車輪だと。
 そして自分はその車輪を回す者だと。
 少年はすべてを騙り終えた後告げる。
「俺を! 俺をH.O.P.E.に入れてください」

「復讐がしたい、復讐が……したい」

 そう瞳に怒りをともして、そう、告げたのだった。

● 復讐の先に

 H.O.P.E.は一度はその提案を断った。
 そもそも契約もすんでいない少年を組織に引き入れるほど壊れた組織でもないからである。
 ただ、手折は数日後英雄と共鳴して姿を現した。
 カオティックブレイドの英雄『アンリ』と呼ばれるフェイスマスクが特徴的な少女を連れてである。
 ただ、H.O.P.E.という組織も実戦経験のない少年にリンカーとして活動を許すわけがない。
 契約してしまったものは仕方ない。戦力不足の情勢故彼を遊ばせておく余裕もない。
 ただ、いきなり実戦投入するわけにはいかない。
 よってH.O.P.E.は彼に教育を施すことにした。 
 任務について、力の使い方について。そしてその思想について。
 そこで、彼の教育係として任命されたのが君たちである。
 H.O.P.E.は君たちに三つの事を依頼したい。

1 任務のこなし方についての説明。
 任務は基本的に仲間と連携して対処してほしいだとか。
 作戦をこなすためのコツ、だとか、報告書の読み解き方だとか。
 任務で失敗しないための方法だとか。
 主に座学になると思われる。


2 戦闘方法について。
 彼は戦い方を知らない、武器の扱い方も戦略も、カオティックブレイドの力の特性も。
 まったくもって全然。
 その力に対する知識や、戦闘方法を教えてあげてほしい。
 彼は死ぬ気で食らいついてくるでしょう。
 そして彼の最終試験は、皆さんを含めた七人での愚神討伐。
 この討伐自体は簡単に成せるでしょう。
 ただ、そこでトラブルが発生するので、どうするかは考えておいてください。

3 思想についての矯正
 彼は今その力を振るうことにしか興味がありませんし、不安定で力に頼りがちです。
 たとえば下記の出来事が起きます。
・ 突っかかってきたチンピラ四人を力を使って黙らせる。
・ 戦闘訓練中に本気になって皆さんに襲いかかる。
・ 最終試験、リンクバーストを使用し、アンリを邪英化させる。
 

 上記三点に気を配ってプレイイングを書いてみてください。

 大前提として彼は復讐以外に興味がありません。 
 それをなすための授業以外は無駄だと言って参加したがりません。
 つまり実戦訓練以外はボイコットしようとします。
 当然でしょう、彼は復讐を遂げた後死ぬつもりなのですから。
 だから戦闘能力以外はどうでもいいのです。
 そこで。隠された四つ目の役割を公開します。

4 彼の生き方についてアドバイスする。
 皆さんの裁量で構いません。彼の生き方を導いてあげてください。
 幸せになるための導き、復讐を遂げるための導き。日常の世界に戻るための導き。
 なんでもかまいません。彼を肯定するのか、否定するのかも含めて、皆さんで彼をどうするか判断し、教育してください。

 この物語の最後に、彼がどうなっているのか、全く予測不可能です。
 皆さんが一丸となって一方に導くのか、バラバラに選択肢を与えどうするか問いかけるのかだけでもかなり変わりますし。
 今回は自由度が高く悩むと思いますがよろしくお願いします。


解説

目標 少年の未来を導く。

●『当間 手折(とうま たおり)』について。
 彼は家族を失い天涯孤独になった少年です。
 短髪黒髪の生意気そうな顔立ちです。 
 歳は十三歳。ちなみに妹の歳は九歳でした。
 運動も勉強も平均的にできるタイプで、要領がよく、熱くなりやすい性格ですが、相手の心を思いやろうとする少年でもありました。
 天才気質のせいか、少しかじってみて簡単そうだとすぐに飽きてしまうようです。
 ただ、負けず嫌いです。
 好きなのはテレビゲームと読書。
 友達よりも家族を大切にするタイプでした。
 


●英雄『アンリ』について。
 手折よりも少し歳が高めに見える少女。高校生くらいだろうか。
 全身をライダースーツのような体のラインが出る黒スーツで多い。常にメットをかぶっていて素顔は見えません。
 会話は可能ですが自分から何かを語ることはないようです。
 彼との契約の経緯は、彼の自殺を止めたこと。
 手折の情報については知っている限りのことを全て話してくれるでしょう。
 だって、アンリは目の前で人が死ぬことを何より嫌うのですから。
 誓約の内容は『二度と誰の死も瞳にうつさない』
 その契約に穴があるのも承知してアンリは誓約を結んでいます。
 共鳴しない状態では少女然とした身体能力しか発揮できませんが乗り物の操作に秀でている等特徴があります。
 彼女曰く、船もバイクも車も宇宙戦も操縦できるとか。
 そして半分嘘だとか。
 本来であればおちゃめなキャラクターなのかもしれません。

リプレイ

プロローグ

『杏子(aa4344)』は夢を見ていた、あの日の光景。最愛の人を。
 夫を。血で染められたその時。
 彼は警官だった、正義に厚い男だった、けれど娘には甘かった。
 人を愛することのできる人だった。けれど。
 そんな人物でも理不尽な死はやってくる。
「うなされているぞ」
 そんな杏子は『テトラ(aa4344hero001)』に揺り起こされて目が覚めた。
 直後、タイヤが軋む音がしてエンジン音が消えた。
 どうやら到着したらしい。H.O.P.E.に入団した問題児。
 初心者リンカーとしては手厚いこの歓迎も、彼の気性のむずかしさ故の待遇だろう。
 きっと難しい任務になる。そんな予感が杏子にはあった。
「二人が先に死んでくれた『おかげ』で命があるだと? てめえが殺しただけだろうが」
 外の様子をうかがうため。ブラインドをガシャリと歪ませて少女が告げた。
『イリス・レイバルド(aa0124)』は『アイリス(aa0124hero001)』に肩車されて外を見ている。
 眩しそうに眼を細めて首を振るとしなやかな髪が音を立てて乱れた。
「おや不機嫌」
 アイリスはいつもと同じ、小気味よさそうにイリスへ告げる。次いでイリスは長く息を吸って、ながーく吐いた。
「……どう考えたって悪いのは愚神だよ。そして戦う覚悟を決めて、戦う力を得たのなら」
 その時イリスの言葉からすべての感情が消え去った。
 瞳から色がきえうせ、代わりにすべてを吸い込むような色へと変わる。
 闇、虚空。イリスは無意識のうちにあの日を思い出している、そして少年を重ねている。
「……報いをくれてやるしかない」
 その言葉に『ネイ=カースド(aa2271hero001)』は満足そうに微笑んで隣の男を小突いた。
「二人の死に価値があった? 違う!」
 少女は高らかに宣言する。少年は何も、何も悪くなかったのだと。
「価値ある命を二つも奪われた! それが真実!」
「僕もその通りだと思います」
 『煤原 燃衣(aa2271)』はその言葉に拍手を送る
「燃衣よ。俺は本当に見ているだけでいいんだな?」
 そんな燃衣にネイが問う、その言葉に頷いて燃衣は言う。
「行きましょう、新しい仲間である彼に、現実の厳しさと、そして優しさを教えてあげるために」
 そう燃衣は告げて扉を開いた。
 
第一章 復讐の最小公約数

「と……最初からボイコットですか」
 燃衣はがらんどうになった教習室を見渡してそう告げる。そこに本来いるはずの少年の姿は無く、教師六組はそろって待ちぼうけという不思議な状態である。
「私が生徒席にすわろうか?」
 そう遠慮気味に手を上げたのは『レイラ クロスロード(aa4236)』
「あー。それだとほとんど意味がないからさ……」
『N.N.(aa4236hero002)』はどうしたものかと頬をかく。
「あー、迷ってるかもしれねぇし、探してくるわ」
『夜城 黒塚(aa4625)』はそう煙草の火を消すと、頭をかきながら扉を開く。
 その時だった。
 強く板を叩くような音がリズミカルに廊下に響き、次いで強く板を軋ませた。
 これは足音? 違う。天井を蹴る音だ。
 黒塚はサングラスの端から視線を巡らせて、その正体を一瞥。振り下ろされるナイフの、刀身ではなく柄の部分を抑え、そして。
 その軽い体を投げ飛ばした。
「こんなところに連れてきてどういうつもりだ!」
 少年『当間 手折』は獣のように四つん這いで体を起こし、叫んだ。
「ど、どうしたの?」
 レイラが叫び、アイリスとイリスは感心したように目を見開いている。
 N.Nがレイラに状況を耳打ちするのと同時に、手折はさらに言葉を続ける。
「俺はな! 愚神のとこに連れてけって言ったんだ、こんな山奥の寂れたところに放り込めって言ったわけじゃねぇ」
「まぁまぁ。当間君」
 そう燃衣がなだめようと歩み寄るが、手折は燃衣に刃を向けて牽制する。
「俺に近づくんじゃねぇ!」
 少年は自分を『俺』と言った。
「俺の話が聞こえなかったのか! さっさと俺を!」

「これではまるで獣ですね」

 花の香りがした。どこか甘く懐かしい香り。それが手折の鼻腔をくすぐると同時に、首元にヒヤリと冷気を感じる。
 気が付けば、気配もないうちに喉元に刃が当てられていた。
 『国塚 深散(aa4139)』がしゃがみ、背後を取り、切っ先を喉元に当てていたのだ。
 思わず手折は息を飲む。
「ここにいることはあなたにとって無益ではないとすぐに証明できますが。どうします?」
 その言葉に手折は口を釣り上げて微笑んだ。
「面白そうじゃん」
 その言葉に深散は小さく微笑むと刃を引き開いた片手で、手折の背を押す。
 すると手折はあっけなく倒れた。
「いてっ」
 そのまま深散は手折に目もくれず教室に戻る。
 その時真っ先に視界に入ったのは『九郎(aa4139hero001)』のにやけ顔
「いつかの深散を見ているみたいだね」
「私はあそこまで荒れていませんでしたよ」
「どうだろうね」
 その言葉に深散は溜息をついて告げる。
「私は復讐心を捨てた訳ではありませんよ。ただ他にも大事なものができただけです」
「その心、彼も理解できるといいね」
 そう話している間に手折は席に着く、その隣の席にはレイラが座っており、
彼女の姿に手折は目を丸くした。
「お前、見えてないのか?」
「そもそも…………ないんだ」
 その言葉に手折は、視線を泳がせる。
「あ。あの、おれ、ごめん……」
「ううん、気を使わせてごめんね。私。レイラ クロスロード、よろしくね」
「あ、うん。よろしく」
「では、まず、自己紹介と行きましょうか。ね、そこの英雄さんも」
 そう燃衣が告げると、いつの間にか部屋の隅に立っていた英雄へと視線を向けた。
「アンリ。私の事は気にしないで、もともと影の存在だし、その子に時間を割いてくれた方が私は助かるから」
 そんなアンリに続いて続々と自己紹介を続ける面々。
『エクトル(aa4625hero001)』でそれを締めくくり、燃衣は話の本題に入る。
「報告書は読みました。復讐がしたいそうですね」
 手折の温度が変わる。瞳が鋭く研ぎ澄まされていく。
「でもそのために必要なものがあなたにはまるで足りてません、なので僕らが教えます、僕らの言うことには基本従ってください、出ないと目的を遂げる前に死ぬことになります」
 手折りの反応を見ながら燃衣は言葉を続ける。
「強さとは武力のみではありません、それももちろん教えますけど、知力、精神力、会話力、そして仲間と連携して戦いに臨むこと。すべての力を使いこなしてこそのリンカーです」
 そう告げると燃衣はチョークを握って黒板に向かう。
「まずは座学をしましょう、愚神とは何か、リンカーとは何か、そう言う基礎的な部分から」

「だりぃ」

 その時、大人しくしていたはずの手折が言葉をはき、机に脚をのせた。
 その言葉に反応したレイラが静かに、手折へと顔を向ける。
「何が正しいとか、歴史とか、なんかそう言うのいいよ、めんどくさい。さくっと敵を殺す技だけ教えてくれよ」
「はぁ」
 燃衣は手折の言葉を咀嚼しながら振り返る。
「それは、僕の言ったことが理解できないってことですか?」
「お前こそ、俺の言ってること聞いてなかったのかよ。理解する必要がねぇってことだよ」
「あなた、愚神相手に何もできなかった、ゴミ雑魚のくせに何言ってるんですか?」
 燃衣は笑顔を崩さずに言う。
「今は違う! 俺にはアンリがいる……だから」
「じゃあ」
 その言葉を遮ったのは深散。
「試してみましょうか? 自分がどれくらいの実力か」
 その言葉に頷いて、手折と一行は屋外戦闘場まで移動した。

   *   *

「武器は?」
 手折りが深散に問いかける。手折は共鳴済み。武器は刀。すでに周囲に複製した刀が突き刺さっており、やる気満々である。
 対して深散は徒手空拳。つまり共鳴のみ。
「必要ありません」
「あ、そ」
 直後、廊下で黒塚を奇襲した時とはくらべものにならない速度で手折は動き。
 深散の首めがけて刃を振り下ろした。
「後悔するなよ」
 しかし、次の瞬間、地面に転がっていたのは手折だった。
「……すみません、動きが直線的過ぎて、つい反撃を」
「……?」
 手折は狐につままれたような表情で呻くのみ。
「左手の手刀で、刀を握る手を落して」
 エクトルが深散の動きを解説する。
「空いたお腹に、掌底だね」
「いくら早くても、動きが直線的であればリズムで対処されますよ」
「この!」
 手折は刀を拾って立ち上がりさらに深散に切りかかる。
 それを深散は体さばきによって回避のみ行う。
 右に左に、後ろには下がらず、常に一定の距離を保ち、手折が勝負に出た時には、その背に手をついて回転するように飛び越えて見せたりして。
「なんだよ! 全然あたんねぇ」
「せめてつばぜり合いに持ち込めればあなたにも勝機はあるでしょう。私は特に非力ですし」
「くそが!!」
 少年は素早く振り返り刀を振るう、汗が飛び散って地面を濡らす。
 無理もない、すでに30分は鬼ごっこを続けている、慣れない装備、慣れない武器は幼い手には重たいだろう。
「35回、私があなたの背後を取った回数です。これが模擬戦でなかった場合、貴方を殺す事ができた回数でもあります」
 そんな深散の言葉が熱に浮かされた脳内に何度も響いた。

第二章
 翌日。
 教習場に集合が九時、その時間から授業は開始される。
 手折は昨日の疲れが残っているらしく、捕獲され、授業に引っ張り出されていたが、終始ダルそうだった。
「大丈夫?」
 教師杏子が黒板に向かっている隙をついてレイラは小さく手折に話しかけた。
「おまえ、何でそんなにタイミングよく俺に話しかけてこれるんだよ」
 手折りが言っているのは、なぜ教師が黒板を向いたときだけ声をかけてこれるかということだ。レイラは見えていないはずなのに。
「うん? だって黒板に反響してるでしょ? 声が」
「あ、お前、すごいな」
「レイラだよ?」
 お前という声に反応して、レイラはそう言葉を返す。
「レイラ……ちゃん」
「レイラでいいよ?」
「レイ……ラ?」
「そこ……」
 そんな無駄話に興じていた手折の額にチョークが突き刺さる。
「ぐおおおおおお!」
 チョークは触るとわかるが、意外と硬い。
 それが高速で頭に叩きつけられれば悲鳴も出るという物。
「無駄話はいいけどね。チームで連携する時の動きについて教えてるんだから。訊きなよ、特に重要だよ。愚神なんて基本的に一人じゃ狩れないんだ」
 杏子はため息交じりにそう告げた。
「しるかよ」
 そっぽを向く手折。そんな手折へ杏子は語る。
「実は私もまだまだ新入りなんだよ。去年の秋に入ったばかりだしねえ」
「そうなのか?」
「そうだ、だからこそ、新人にとって一番必要なのが何かわかるんだよ、大人しく聞いていきな」 
 この後は実戦につきあってやるから。そう告げて午前の授業を淡々とこなす昼さがり。
 ただ、手折は午後の授業はさぼってしまった。
 屋上で空を眺めながら、昨日の筋肉痛を感じて呻いている手折。
「あ、こんなところにいた」
 そこに現れたのは共鳴したレイラ。彼女は救急箱を片手に手折に歩み寄る。
「なんだよ、説教でもしに来たのか?」
「湿布と、包帯。傷が早く治れば、それだけ早く戦いに出られるよ」 
 そう服を脱がせようとするレイラであるが。顔を真っ赤にして抵抗する手折。
「やだよ!」
「いいから!」
「やだってば!」
 同年代の女の子の前で上半身裸はちょっと恥ずかしい、そんな感じで頑なに拒否する手折り。
「でも、体を動かすのも辛いでしょ?」
「んな、事ねぇよ。僕は大丈夫」
「僕?」
 レイラはその言葉を聞いて笑った。
「なんで、笑うんだよ」
「いや、そっちの方が似合ってると思って」
「…………こいつうぜぇ」
「わかってる」
 そうレイラは微笑み、湿布を顔面に張り付けてやった。
「うわ! スースーする」
 少女の笑い声が、森の中にこだました。

   *   *
 
 その翌日も手折りは屋上にいた。屋上でがむしゃらな筋肉トレーニングばかりを続けている。
「何が、教えるだ。俺の気も知らないで」
「手伝おうか?」
 そう再び声をかけたのはレイラ。
「ちょうどいい。そろそろ誰かと戦ってみたいと思ってたんだ」
 そう笑う手折に返事代わりの共鳴を返すレイラ。次の瞬間には二人は刃を合わせていた。
 最初は大人しく、控えめに剣を打ち合わせるだけだったのだが熱中して剣をぶつけ合うようになると、音が強く森に響いた。
 やがて汗だくになるまで二人は技を比べあうと、寝転んで告げる。
「なんで俺に構うんだよ」
「たぶん。今一人になっちゃいけないと思うから」
「俺はずっと一人だ、これからも。ずっと。みんな……」
 少年の脳裏によみがえる、あの血の温かさ。
「みんな死んだから、お父さんも、お母さんも、妹も」
「お父さん?」
 レイラは報告書に乗っていなかった人物の名前を聞いて首をひねる。
「父さんずいぶん前に死んでるんだ、自衛隊で、愚神にさ。妹を頼むって言われて、でも」
 守れなかった、その絶望が再び押し寄せて、手折りはふらつく足を無理やり立たせた。
「もしかして、仇を打った後、死んでもいいやって思ってる?」
 その時手折は弾かれたように振り返る。
「やっぱり」
 レイラは笑って告げる。
「君の命は君の家族が犠牲になって今ここにあるんだよ? その命を復讐の為だけに使い潰す気なの? 君の家族はそんな事求めてないと思うな」
「死んだやつの事なんて、わかるのかよ」
「私は復讐は否定も肯定もしないよ。したければしていいよ。重要なのは復讐した後の生き方だよ」
「復讐した後に生きてて意味があるのかよ」
 だって。そう告げて手折は息を飲む。
「だってもう、僕が帰る場所なんて、ないんだ」
 そんな彼の足に手をかけるレイラ。
 彼が泣いている気がしたから。
「困った時は私に言ってよ。力になるよ。君と私はもう仲間なんだから。一緒に生きようよ」
「俺は……」
 その時である。扉がけ破られ、現れたのは燃衣。
「昨日から座学にも来てないみたいですが」
 その燃衣の眼光に気おされつつも手折は告げる。
「お前らが俺をコントロールしようとしてるのが見え見えなんだよ、だったら一人で体鍛えてる方がましだね」
 その言葉を燃衣は嘲笑った。
「その程度の力で愚神を倒せると思ってるんですね。僕達の内誰にも勝てないくせに」
「あ?」
 手折は燃衣を睨んだ。
「その程度の考え方なら絶対負けますよ。君。そうしたら。母も妹も犬死にだ」
「お前……、お前が母さんと華の事を言うんじゃねぇ!」
「復讐は嘘で逃げ口上ですか? ほんとは怖いだけでしょ?」
 守れなかったっていう結果から逃げたいだけなんだ。
 そんな言葉を燃衣は甘く、重く口にした。
 直後爆発的に広がる霊力。手折が燃衣を組み伏せていた。
 喉に腕を押し当てて、そして怒り狂った瞳で燃衣を見ている。
「お前に何がわかる!! 目の前で家族が殺されたことなんてないくせに!」
「……ははは、面白いですね、あなたは勘違いをしている」
 その瞬間手折りの体は勢いよく弾き飛ばされた。
 爆炎が手折の体を包み。十数メートルの高さから落下した手折りは呻いた。
 燃衣はゆっくり立ち上がる、その両手には暁色の炎が讃えられていた。
「あなたは、愚神に復讐を誓った、そのための力を用意してきた、さらなる力を求めてH.O.P.E.に入隊した。なのに僕らの指示には従わない。意味が解りませんね」
「がっ……」
「手折君……」
 レイラが駆け寄ろうとするとN.Nは共鳴を解いて、レイラを抱きかかえた。
「優しくするだけが、その人のためになることではないから」
 そのN.Nの言葉をかき消すように燃衣は告げた。
「自分一人でできると思っているのかもしれない。僕らなんて信用ならないと思っているのかもしれない。それでも僕らが力である以上、利用してやるくらいの気合は見せたらどうです? それもできないくせに愚神を倒す倒すって、バカの一辺倒。そんなの無駄死にして終わりです」
「俺は死なない! 刺し違えてでも」
「今のあなたに愚神と刺し違えられる実力はありません。紙のように吹き飛ばされて終わりです」
 その言葉を受けて、手折は震える足で立つ。
 真っ向から燃衣を睨む。
「正直、反吐が出ますね。その程度で愚神を相手にできると思っているなら、僕達みんなに失礼です」
「取り消せ……」
「弱いくせに強くなろうとしない奴は邪魔なんですよね、そう言うやつのせいで仲間が死ぬ」
「取り消せ!」
「ボクの言葉聞こえてますか? 言ってるんですよ。甘ちゃんは家で家族に甘えてろってね」
 そして燃衣はたっぷり息をためた後、からからと笑って告げる。
「ああ、死んだんだっけなぁ、犬死だ。かわいそうだなぁ。おまえなんかのためになぁ」
「取り消せ!」
 直後、無数に展開される刀、それが。
 建物もろごと。燃衣を粉砕すべく降り注いだ。
 その攻撃を燃衣は真っ向から業火で迎え撃つ。
「少し遊んであげますよ」
 その後十分程度の戦闘。ただその間。燃衣には一撃も加えられなかった挙句。メタメタにのされてグラウンドまで引きずられてきた。
「立ってください、あなたが勝手に体力使ったせいでカリキュラムが遅れるなんて、たまったもんじゃないんですよ。僕隊長もやってるんですから、クソザコに裂いている時間は一分一秒でも惜しい」
「てめぇ」
 そう手折りは声だけ威勢よく上げるが体が全くついて行かない。引きずられるにまかせてグラウンドに放り投げられた。
「本人はやりたくなさそうだが?」
「大丈夫です、泣きを上げたり、途中放棄すれば、僕が後ろから……」
「後ろから?」
「フリーガーを撃ってでも走らせます」
――あの、レイラも一緒に走るんだけど?
「僕もです」
 N.Nとイリスが肩をすくめて言った。
「大丈夫ですよ、こんなクソザコナメクジにお二人が体力的に劣るとは到底思えません」
「……さっきから好き放題言いやがって」
 手折がつばを吐きながら立ち上がる、それは血に染まっていたが、内臓が傷ついているわけではないようだ。
――では、証明してみろ。
 ネイが告げる。
――こいつは甘いからな、ちょっと頑張ればすぐに見直すでしょう。
「ちょ……ネーさん」
「まぁ、ちょうどいい。私も体力と同時に底力を身に着けるべきだと思っていた」
 そうアイリスが笑った、いつもと同じ笑みなのに黒く見えるのはなぜだろう。
「お姉ちゃんはスパルタです。きついことは言いませんが、できるまで逃がしてくれませんから」
 イリスが告げる。そこから地獄の肉体強化が始まった。
 泥と爆炎が舞い散る中、走ったり飛んだり回ったり。
 グラウンドは耕され、状況はこくこくと変わるのが手折の体力をさらに奪った。
 地面も硬かったものがぐずぐずになり。砂利がむき出しになってさらに走りにくくなり、舞い上がった土煙の中でも方向感覚を失わず、精確な方向へ走らないといけなかったり。
 それが終わると寝転ぶ手折の隣に膝を下ろして、妖精は告げる。
「次は武器訓練を施そう」
「しばらく休憩ですって」
 そうイリスが、手折の額をぺちぺち叩いた。
 元来人見知りのイリスだったが、戦闘訓練中は意識が入れ替わるのかもしれない。後輩の様子をきちんと確認している。
「休憩している間は座学だよ。私が武器の扱いについて説明してあげよう……と言っても」
「剣と」
 イリスがバルムンクを振り上げた。
「盾だけだけどね」
 アイリスは土を黒板代わりに絵をかきつつ技術について説明する。
「後半は今の技術が頭に入っているか見させてもらおう。入っていなければ
同じことを話しながら戦闘訓練だ」
「まだ、やるのかよ……」
 手折りはげんなりと肩を落とした。
「君は実戦がやりたかったのだろう? 多めにしてみたんだが、嬉しくなかったかな?」
「うう…………うれしいです」
 仕方なく手折はそう答えた。
 そして次の日は、アンリも一緒にカオティックブレイドの特性に関する授業をメインに行う。
 最初の講師はN.N.
「では、私達カオティックブレイドが得意な戦場は?」
「はい!」
「はい、レイラさん」
 そう、いつもと違って少し丁寧なN.Nの声が面白くて、少し笑ってしまうレイラ。
「多数の敵を目の前にした戦場です」
「そうね、よくできたわね」
 そう褒められながらレイラが座ると、手折は小さな声でレイラに言った。
「俺だって知ってたし……」
「ただ、私達はその特性ゆえに連携がとりにくいわ、仲間が私たちの特性を理解している必要があるの、その理由として挙げられるのは? 手折君」
「え! あ、はい」
 そんな問答が一時間程度続いたのち、外へ、そこでは杏子とイリスが待っていて。
「じゃあ、ノウハウはわかってると思うから次は実戦だね」
 そう告げるとイリスを百メートル離れた案山子の群の仲間で走らせた。
「イリスちゃん、悪いんだけど盾を構えて的になってくれないかい?」
「そのために僕呼ばれたの!!」
――ははは、信用されているのさ。
「少しでも傷をつけられたら、娘に焼かせたケーキをくれてやろう」
「私も参加していいですか?」
 レイラが手を上げた。
「ちょっと!」
 イリスが抗議の声を上げる。
――ははは、まとめてかかってきたまえ。
「おねーちゃーん、僕の訓練じゃないんだよぉ」
「放て!」
 そう杏子は手折りにスキルの使用命令を下す
 直後打ち出される刀たち。
「私たちのスキルは広範囲、無差別が基本だ。どうコントロールしても案山子にも
イリスちゃんにも攻撃が当たるね? それを忘れるんじゃないよ。仲間の背中は絶対に切ってはいけない」
 その日から、手折の実力は飛躍的に伸びて行った。
 約一週間続けた模擬戦の結果。

「いい感じですね」

 深散は何度目かの模擬戦で、膝を崩されてしまい、とっさに刀を抜いた。深散にAGWをぬかせるまでに至ったのである。
「やった! やった!」
「まだ序の口ですよ。調子にのると、痛い目を見ます」
 そう深散は風をきり、刃を構えなおし告げる。
「もう一本、お相手しましょう」

第三章 休日

 休日の街中は人でごった返している、そんな中杏子は嫌がる手折の手を引いて、大通りを歩いている。
「いいかい手折。私たちは目の前の人たちとは違う、強大な力をその身に秘めてる」
 杏子は問いかけに答えをもらわぬうちに告げる。
「力ってのはこの人たちを守るためにあるんだからね」
 だからこの人たちには振るってはいけないと、そう言外に諭す。
「杏子さん?」
 その二人のシルエットを見て、煙草を消して立ち上がる男が一人。黒塚である。
「来ましたか」
 深散がそうソフトクリーム片手に立ち上がる。
 今日は成長してきた手折に新しいAGWが必要だろうということで皆で待ち合わせをしてグロリア社に行こうという話をしたのだ。
「んだよ、引きこもって、トレーニングしてぇのに」
 そうぼやく手折に杏子が告げる。
「体を休めるのも仕事のうちさ。疲労しきったからだと、回復した体じゃ、馬力が違うよ?」
 そう告げて杏子はアンリを眺めた。彼女はこの一週間の間にほとんど声を発していない、まるでリンカーたちを拒絶しているようにも見えた。
「ここがグロリア社か!」
 そんな手折りの声で我に返った杏子。その目の前には巨大なビルがそびえたっている。皆さんおなじみグロリア社のビルである。
 そしてショップを見るなり手折は走り出した。
「おお、ここにあるやつなんでも持って行っていいのか?」
「まて、小僧。まずは籤を引いてだな」
 そう黒塚は手折の後を追いかけた。
 置いて行かれるアンリ。
 そんな彼女にN.Nが話しかける。
「あなたは喋らないのね」
「ええ、私は……」
「あたしも聞きたいねぇ」
 杏子が手折のいないことを確認してからアンリに向き直る。
「聞きたいこと?」
 アンリは涼やかな声を鳴らしてN.Nに向き直る。
「英雄として大事なことはパートナーとどう付き合っていくかよ。貴方は、あの子に何を求めたのかしら?」
「私は、そうね。目的を遂げることかしら」
 アンリはあっけらかんと告げた。
「私は、あの子と違って、復讐を誓っても果たせなかったから」
「あの子、死ぬかもしれないわよ?」
 N.Nはアンリの手を取って告げた。
「死なせたくなかったら強くなりなさい。そしてあの子に自分の想いを伝えなさい。生きて欲しいと」
「でも。私には彼を止める言葉は、ない、どうしていいか分からない」
「だからと言って何も言わずにいても、何も変わらないよ?」
 杏子が告げた。
「言葉に出さないと何も伝わらないわ。それで後悔するのは貴方よ」
「後悔……」
「敵を討てなくて、ずっと後悔してあの子にそれを遂げさせてあげたくて、でも遂げたとたんにあの子に死なれたら。またあなたは後悔する」
「……」
「何か困ったことがあったら言いなさい。力になってあげるわ。同じ英雄、仲間として、ね」
「その子と同じことを言うんだね」
 アンリはN.Nの言葉を受けてそう告げた。レイラは首をかしげる。
「私からも質問いいかな、何であなた達同じ顔をしてるの?」
 その時N.Nはアンリの口をふさごうと動くがその心配はなかった。
 黒塚が割って入ったのだ。
「手折りを観なかったか?」
 黒塚は汗をぬぐってそう言った。
「トイレに行くってあいつ、どこにいったんだ」
 その場にいるメンバーは頷いて手分けをする。
 深散が外を回ると案外簡単に手折は見つかった。彼は悲鳴の中心にいたのだ。路地裏で血に染まった手折を見つける。
 ただそれは返り血で。
「手折……」
 ぎらつく笑みを浮かべた手折へと。黒塚が歩み寄る。
「お前、何やってんだ、その足をどけろ!! 手折!!」
 黒塚は叫んだ。何でだよ。そう短く告げて、足元も男たちを踏みしだく手折。
 虫の息で呻く、身なりの悪いチンピラ四人は共鳴もしない少年にやられると思わなかったのだろう、信じられないといった表情のままその仕打ちを受け入れている。
「なぜこんなことを」
 深散は問いかけた。
「いや、財布出せっていうからさ」
 買ってもらったばかりの刀のAGW。それから血を払い、手折は告げる。
「正当防衛だろ?」
 さらに一撃加えようとしたところに。杏子が割って入った
 どす黒いオーラに包まれた男性の姿。テトラがその意識をのっとっている。
「これがお前の本気か?この程度の力じゃ復讐は果たせないな」
 そのまま返す刃で手折の刀を弾き飛ばす。
「な!」
 武器を弾き飛ばされるが、手折りにはまだもう一本刀があるそれを幻想蝶から抜き。そして。
 振りかぶられた刃を深散は素手で掴んで止めた。
「傲るのはやめなさい。それは刃を鈍らせます」
「なんで! こいつら屑だぜ! 愚神と一緒だ、奪うことしかできないんだ、なのに野放しにしてたら別の誰かが襲われる! そうだろ!」
「怯えなくていい」
 深散が告げる、手折りの刃を何かが伝った、それは手折りの手を温かく湿らせる。
「そんな、先生、血が」
「この人たちの血と私の血に、差はないはずです、むやみに血を流させるのはやめなさい」
 手折はその瞬間、ぽつりと謝って刀から手を離した。
「この人たちを病院に送ってご飯にしましょう、今日は少し頑張りました」
 そう告げて深散はスマホを取り出しつつ振り返って言う。 
「能力者は体が資本。栄養バランスのとれた食事は必要な要素ですよ。沢山作ったので皆さんもどうぞ」
 救急車の手配も完了すると、深散へと手を差し出す九郎。
「見せて」
 そう九郎が深散の手を取るが、血はほとんど出ていない。
「私が打ち合って、切れ味がそうとう落ちてますからね」
 そう涼やかに深散は微笑んだ。


第四章 最終試練

 本日は黒塚の授業である。そしてこれが最終試練、黒塚から合格をもらえれば共感全員から許可を得たことになり、実際の任務に参加できる。
「今日教えるのは『任務の目的・達成条件を正確に把握する事』『過剰な人的・環境的被害を出さない事』『スタンドプレーは慎む事』」
 煙草の火を消して、黒塚はゆっくりと手折を見やる。
「まぁ、さんざん言われていることだとは思うがな」
 その言葉に手折りは聞き入っているもうすでに、昔のようなチンピラめいた面影はない。
「いずれを犯しても失敗・敗走のリスクは高くなり、自身や仲間の命を脅かし、組織活動に著しい制限を作る、だからな自己解釈に留まらず齟齬を無くし、意思統一を図るのが理想的だ」
 そう教科書を読み上げるような硬い言葉を並べ立てる黒塚。
「だが、こんなこと口で言われても、お前さんにはぴんと来ないだろう」
「うわ、バカにされてる? 俺」
 その手折の言葉に小さく笑うと黒塚は告げた。
「実戦込みの簡単なケーススタディ、といこうか」
 そして手折と黒塚は体育館に移動する。
 だだっ広いその空間丸ごと使っての戦闘訓練。
 目標は黒塚の煙草を10分以内に奪うこと。
 加えて達成条件は、俺と俺の英雄を戦闘不能にさせない。
 そこまで説明するとエクトルが会釈をして戦いの輪に入った。
「俺達は共鳴すんの?」
「いや、アンリと手折は別々だ」
「了解だ!」
 直後手折りは動いた。ジグザグの機動をからめて、視線を絞らせない、ステップを加えてタイミングをよませない。
 空中から追撃。しかしそれはエクトルにはじかれる。
 大きく距離をとって、再度死角から回り込んでのアプローチ。
「イイ動きだ。悪く無ェ」
 だが黒塚はひらりとその攻撃をかわす。
「くそ!」
 その動きが本命だったのだろう。かわされて焦りを感じる手折、動きが単調になる。やみくもに手を伸ばし、煙草を奪おうと躍起になる。
「敵がいつもまともに組みあってくれると思ったら大間違いだ
勝ち負けが命のやり取りだけじゃねえってのを忘れんな」
「わかってるよ!」
 直後、アンリが背後から近づいて黒塚の足を払った。
 そして煙草の火を掴んで消す手折。
「いいだろう、合格だ」
 そう黒塚が告げると手折はガッツポーズをとる。
「明日は実戦、これでリンカーデビューだ」
 黒塚はそう作戦説明を行う。
 作戦内容として簡単。避難誘導の済んだ街、その中心の愚神を七人で包囲して追い詰め倒す。
 それだけだった。
「俺、頑張るよ! ちゃんとチームワークも考える」
 そう拳を突き上げて宣言する彼であったが。
 翌日事件が起きた。
 愚神の行動パターンが変わり、なぜか手折に向けて動き始めたのだ。
「私がフォローにうごくよ」
 そうレイラが告げた直後。
 立ち上る霊力の柱。イリスも経験がある、あれは。
「この程度の相手に切り札!?」
 吹き荒れる霊力の暴風のその中にレイラは突入する。
 その白銀色の渦の中に、レイラは少年の両手を見つけた。
「何があったの?」
 イリスが遠巻きから問いかける。
 レイラが悲しそうに視線を向けるそこには横たわった少女。
 逃げ遅れた少女がいたらしい、その少女の姿が彼の傷をえぐったのだろう。
「殺してやる」
 少年は黒く染まっていく。その姿が霊力が、闇の淵へと引きずり込まれていく。
「だめだよ!」
 レイラはそれを引き戻そうと強く少年の肩を引いた。
「こんなことで生き方を失ってどうするの。そんな力を使わずとも今の君ならあいつを倒せると」
 そんな少年を嘲笑い、愚神は歩みを進める、混乱した今なら全員を殺せる、そう思ったのだろう。だが。
 立ちはだかるのは黒塚。
「手折! ここは俺が抑えといてやる。だからよぉ。さっさと戻ってこい」
 言葉をエクトルが継いだ。
――愚神の詭弁を信じて、死んだように生きないで
 命の使い処は人其々で、でも簡単に投げ捨てていいものじゃなくて
 手折君も家族にとってかけがえのない子だった筈なんだ
 生きる事が余程辛いとしても、何も見ないまま諦めて欲しくないんだ
 一緒に色んな事を知ろう
……僕、また会えるのを楽しみにしてるから。だから!
 黒塚は愚神との一騎打ちに臨む。
「手折……さん」
 そんな中、霊力の奔流を振り切って手折りに迫ったのはイリス。
「あなたはやっぱり優しいですね、思った通りです」
 イリスはゆっくり言葉を続ける、アイリスはその言葉を黙って聞いていた。
「誰かを大事に思う心があるから奪われるのが、壊されるのが憎い。
 復讐という目標だけじゃ燃やすものがないんです」
 イリスは横たわる被害者の少女を担ぎ上げる。イリスとそれほど年の変わらない少女、今手折はその少女のために涙を流している。
「大事に思う心がない人に復讐なんてできません。
 だから、もう無理をするのはやめませんか? 復讐一つで生きる必要はありませんよ」
 その時、イリスの担ぎ上げた少女は目をあけた、まだ意識があったのだ。
「レイラ……いりす?」
「だから復讐が終わっても心は空っぽにはなりません。
 復讐を目指す道の中で誰とも関わらなかったなんて言わせませんから。
すでにボクは関わっているんですから」 
 イリスは復讐等の暗い心と絆等の温かい心が両立すると思っていた。
 復讐者でも誰かに惹かれる心の動きは止められない。
 今は不安定で刺々しい時期で心の動きだって麻痺しているのかもしれない、けれど。
 時間を置けば見えてくるものだってある
「HOPEに所属すれば信頼できる戦友だってできると思います! だってここにいるってことは。あなたは誰かと関わる道を選んだんだから」
 敵の区別がついていないのだろう。手折から放たれる刃の雨。イリスが盾を構えてそれを受け流す。
 追撃の刃。さすがにまずいそう思ったのもつかの間。割って入った深散によって防がれる。
 そして返しの刃でごっそり霊力を奪われた。
「目を覚ましてください、ここで捨てられるような命ではないでしょう?」
「起きろ!! ゴミ虫が!!」
 そして響く燃衣の声。
「あれ?」
 一瞬すべての音が消えた。煌く光の中、ただ一人、愚神だけが見える。
 満身創痍の足取りで、手折はその敵に近づいて。そして。
 刃を突き立てた。
 直後手折の視界が暗転。世界は闇に包まれた。

   *   *

 次いで目を覚ました時には手折は白い天井を見上げている。
 隣ではシャリシャリとリンゴをむく音。
「目が覚めましたか?」
「ごめん、深散。俺全然自分のこと制御できなかった」
 その言葉に深散は笑みを含めて返した。
「最初は、そんなものです」
 病室には心電図の音、そして加湿器がコポコポと水を沸かす音だけが聞こえて、長く沈黙が続いた。
「私は」
 その長い沈黙の中、最初に口を開いたのは深散で。
「両親と弟と妹を殺されました。貧乏だけど暖かい家庭でした」
「そうか……あんたも一緒だったんだな」
 その言葉に、少し迷ったように、けれど絞り出すように手折は言葉を返す。
「うちも同じだったよ。みんな明るくて、妹なんて負けん気が強くて。大好きな家族だった」
 その言葉を聞くと深散は席を立つ。
「その想い、大切にして下さい。貴方がいなくなれば誰も語れなくなるものです」

エピローグ
 夜明け、太陽が地平線から上る光景を一人の男が見つめていた。
 燃衣である。
 その背を病室から見つけると、手折が見たこともないような爽やかな笑顔で彼に告げた。
「降りてきませんか? 一緒にコーヒーを飲みましょう」
 その隣に手折りは立ち。男二人は萌えるような赤い光を全身に受けた。
「ねぇ。手折り君まだ死ぬつもりですか?」
「え? 俺はどうかな」  
 困ったように首に手を当てて、手折はゆっくりと話し始めた。
「俺、生きちゃいけないんだと思ってた。両親も死んで妹も死んで、俺だけ生きてるなんて耐えられないって。でもみんな必死に僕を救ってくれた。なんでだ?」
 燃衣は手折を見下ろす。
「仲間に対してはそう言う物です。手折君、どうか。失った者ばかりを観ないでください。得た物の方がすでに大きいかもしれませんよ?」
「そう言うあんただって復讐者なんだろ?」
「誰に聞いたんですか?」
「巨乳のねーちゃん」
 燃衣は額を抑えた。
「そうですね、僕も復讐を遂げた後どうなるか、わかりません。何せ僕も命を使い尽くしてでもあの人を倒すつもりですから」
 でも、そう告げて燃衣は手折の肩を掴んだ。
「でも一人は弱い。
 ボクら復讐者は磨り減るだけだから。
 答えは無いけど、誰かと共に戦って欲しい。
 その中で得るモノもある。
 生きる《いし》を継ぐ為にも」
 その言葉に笑って頷いて、手折は告げる。
「僕、まだどうなるか分からなくて、これからどこに配属になるかもわかりませんけど。でも、もし、また一緒に戦うことがあったなら、僕がもっと成長したなら。その時は」

「僕も、暁に入れてくれますか?」

 そう手折少年は、初めての笑顔を見せた。
 まだ彼の中では答えは出ないのだろう。亡くしたもの。これから得ていくもの、どちらを大切にすればいいのか。
 それは彼の経験の足りなさ故。
 だが、もう心配はしなくていいだろう。そう燃衣は思っていた。 
 今日見た暁は少年の心の夜明けだ。
 きっともう心を閉ざすことはないだろう、皆がそう思える笑顔を携えて、彼は旅立って行った。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • 喪失を知る『風』
    国塚 深散aa4139
  • 今から先へ
    レイラ クロスロードaa4236

重体一覧

参加者

  • 深森の歌姫
    イリス・レイバルドaa0124
    人間|6才|女性|攻撃
  • 深森の聖霊
    アイリスaa0124hero001
    英雄|8才|女性|ブレ
  • 紅蓮の兵長
    煤原 燃衣aa2271
    人間|20才|男性|命中
  • エクス・マキナ
    ネイ=カースドaa2271hero001
    英雄|22才|女性|ドレ
  • 喪失を知る『風』
    国塚 深散aa4139
    機械|17才|女性|回避
  • 風を支える『影』
    九郎aa4139hero001
    英雄|16才|?|シャド
  • 今から先へ
    レイラ クロスロードaa4236
    人間|14才|女性|攻撃
  • 先から今へ
    N.N.aa4236hero002
    英雄|15才|女性|カオ
  • Be the Hope
    杏子aa4344
    人間|64才|女性|生命
  • トラペゾヘドロン
    テトラaa4344hero001
    英雄|10才|?|カオ
  • LinkBrave
    夜城 黒塚aa4625
    人間|26才|男性|攻撃
  • 感謝と笑顔を
    エクトルaa4625hero001
    英雄|10才|男性|ドレ
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