本部

【絶零】連動シナリオ

【絶零】hide-and-seek D

電気石八生

形態
シリーズEX(続編)
難易度
難しい
オプション
参加費
1,800
参加制限
-
参加人数
能力者
12人 / 8~12人
英雄
12人 / 0~12人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2017/05/03 21:40

掲示板

オープニング

●灰色狼
 空が白い。
 地が白い。
 吐く息が白い。
 息がまとわりつく肌が白い。
 長く伸ばした髪が白い。
 まとう防寒具が白い。
 その中で。

 眼だけが、赤い。

「リュミドラ嬢」
 人狼群唯一の生き残りであるジェーニャ・ルキーニシュナ・トルスタヤが、愛銃である“ラスコヴィーチェ”を抱えて雪原に座すリュミドラ・パヴリヴィチへ呼びかける。
「最後の戦いは、隊長が担うはずでした」
 リュミドラが乾いた言葉を紡ぐ。
 本来、この場にあるべきは彼女ではなく、ヴルダラク・ネウロイだった。
 それが先の戦いでエージェントたちへ突きつけた選択肢。
 先に敵と当たった者が後に残る者に喰らわれ、力となる――そのはずだったのだ。
「どうして隊長はあたしを残したんでしょうか」
 ジェーニャは人間形態をとった顔に薄笑みを刻み、手の内のベイプをもてあそぶ。
「私に答える言葉はありません。ただ、上官としてあなたに語ることがあるとするなら……全うしなさい。託された灰色狼の最期を」
 その足元に、1頭の灰色狼が歩み寄った。
 リュミドラの契約英雄であり、ネウロイの妻。そしてジェーニャの妹でもある雌狼が。
「――少し話がしたいのです。外してもらえますか?」
 リュミドラが去るのを確かめて、ジェーニャは狼へ語った。
「隊長、ですね」
「……姉の目はごまかせんか」
 かすれたアルトボイスで苦笑する雌狼――ネウロイ。
 あのとき、彼は自らの命を雌狼に与えたのだ。命ばかりでなく、自らの記憶と自我までもを。結果、雌狼は消し飛び、彼女の内にネウロイだけが残った。
「妻を生かしたい。それだけが自分の願いだったのだが、な」

 ネウロイを始めとする愚神群は、元の世界では歴戦の英雄であり、チームだった。
 しかし、あるときから急激に勢いを増した愚神群に追い詰められ――守るべき人々のために死力を尽くす中、邪英へと堕ちた。
 その中で最後まで正気を保っていた雌狼だったが……チームの仲間、姉、夫と戦うことで、壊れた。
 愚神となったネウロイたちは悔やんだ。
 あの場所へ残していったことを。
 今もなお置き去りにしていることを。
 だからこそ、取り戻そうとしたのだ。チームが失われたあの日を。英雄に戻れずとも、全員がいる場所を。
 それを成すためには、状況が整うまで雌狼を収めておく器が必要だった。
 そして彼らは別世界を巡りながら殺し、探し、見出した。
 自分を見捨てた世界から隠れて生きてきた、なによりも無力でたまらなく飢えた白アヒルを。

「恨んでくれていい。妹を殺し、アヒルを生かした自分を」
 ネウロイの問いに、ジェーニャは小さくかぶりを振って。
「死に絶えた群れを見せずに逝かせていただいたこと、姉として感謝します。それに、あの子の壊れた心は、あなたの心を正しく理解していましたよ」
 だからこそ雌狼はネウロイを喰らい、その命と体とを差し出したのだ。
 夫がいつしか妻の器としてでなく、娘としてその生を望んだ白アヒル――灰色狼の仔に、鋼の縁を全うさせてやるがため。
 ジェーニャはベイプをふかし、雪原にそれを投げ捨てた。
「小隊一同、彼の岸の際でお待ちしております。ご存分にお務めを果たされますよう」
 敬礼を残し、去って行くジェーニャの背に、ネウロイは頭を垂れた。
「……感謝する」
 残り香はメンソール。
 縁を繋ぐ鋼のにおいの辛さを振り切るように、ネウロイもまたジェーニャに背を向けた。

●白狼
「あたしが、狼の最期を全うする」
“ラスコヴィーチェ”の動作を確かめながら、リュミドラは息をつく。
 ネウロイに狼として認められた。それは少女にとって最上の喜び、そのはずだった。
 しかし。
 心は不思議なほどに平静だ。
 ――当然だ。あたしはもう狼に憧れる白アヒルじゃない。

 村で不吉な存在として忌まれ、ついには人柱として息があるまま埋められたアヒル。
 そこからなんとか這い出し、逃げた。
 誰にも見つからないように隠れ潜み、盗み、殺し、それらを糧にただ生きてきた。……狼の鼻に嗅ぎ当てられ、引きずり出されるまで。
 鬼ならぬ狼は彼女を殺さなかった。
 それどころか、ネウロイは隠すこともなく、アヒルにすべてを包み隠さず話し、選択肢を突きつけたのだ。
『我が妻の器となるか、死ぬか。選べ』
 死ぬことが怖くて、アヒルはうなずいた。
 誓約は驚くほど簡単に交わされて――雌狼が壊れていたからかもしれない――アヒルは狼の群れに加えられた。
 少しでも気に入られたくて、必死で働いた。生きるために憶えた術と、戯れに教え込まれた技とを尽くし、群れにすがった。
 壊れた雌狼はなにひとつ彼女を助けてはくれなかったが、ネウロイの導きがアヒルに生きる意味を与え、狼たちの心がアヒルに死ぬ意義を与えた。
 雌狼が愚神へ堕ちる糧となって死ぬ。
 一員として群れを守り、狼の願いを叶えて逝く。それこそがアヒルの願いだった。
 なのに。
 群れは戦いの中で失われ、凍雪の上にアヒルだった少女が取り残された。

 託されたものを胸に、白狼は“ラスコヴィーチェ”を構え、スコープに右眼をつけた。
「あたしはここにいる」
 自分の墓はすでに掘った。
 あとは最期まで戦い、狼として逝くだけだ。

●エージェント
 東京海上支部の礼元堂深澪(az0016)から、サンクトペテルブルグ支部で出動の時を待つエージェントに戦場マップが届けられた。
『始まりの場所で待ってるって、リュミドラは言ってた。だからHOPEはずっとあの場所を監視してたんだ。それで今日、人狼のライヴスパターンが計測されたよ。パターンは個体名“ジェーニャ”だけだったけど……リュミドラも絶対、そこにいる』

〈戦場簡易地図〉
 アイウエオカキクケコサシスセソ
A□□■□□□□□□丘丘丘丘丘□
B□□□■■□□□□□丘丘丘□□
C丘丘丘丘■■□□□□□□□□□
D丘丘丘丘丘■■■□□□□□□□
E丘丘丘丘丘丘■■□□□□□□□
F丘丘★丘丘■■□□□□□□□□
G□□□□□□■■■■□□□□□
H□□□□□□□■■■□□□□□
I□□□□□□□□■■□□□□□
J□□□□□□□□□■■■□□□

□=雪原 丘=丘陵(雪原より2~4m高所) ■=河跡(雪原より2~4m低所) ★=ジェーニャ初期位置
※1マスは10m四方(5スクエア)の正方形

『決着、つけてきて。ボクが言えるのはそれしかないけど……お願い』

解説

●依頼
1.リュミドラ(ケントゥリオ級愚神相当)を撃破してください。
2,ジェーニャ(ケントゥリオ級愚神)を撃破してください。

●状況
・エージェントは簡易地図J列のどこからでも戦場へ入ることができます。
・天候は曇り。細かな雪がちらついていますが、視界に影響はありません。
・リュミドラは潜伏しており、初期位置は不明です。
・常に東から西へ風が吹いており、長距離攻撃武器は命中率にマイナス修正を受けます。
・移動力は五捨六入で計算。移動力の一の位が1~5なら1マス、6~10は2マスとなります。

●ジェーニャ
・強力なバトルメディックの能力を有しています。
・戦闘能力自体は低め。
・迫撃砲装備の人狼(絶零特設ページ参照)10体を率いています。
・彼女を中心に2マス四方はドロップゾーン化しています。入るだけならどこからでも可。ゾーンルールは「反転(アクティブ&パッシブスキルの効果が逆になる)」と「視界不良(同じマスにいないと姿が見えない)」。

●リュミドラ
・これまで判明しているジャックポットのスキル、軍隊格闘術、ダメージ減少能力に加え、不明分も含めたネウロイの能力を使います。
・発見されると、戦場をドロップゾーン化します。ゾーンルールは「無音(他者との会話(英雄は除く)、通信が不能に)」。ただし、体を接触させれば他者との会話は可。
・生命力はかなり低め。

●備考
・対ジェーニャ班とリュミドラ班に分かれて戦ってください(合流不能)。
・ジェーニャより先にリュミドラが撃破された場合、ジェーニャがネウロイを喰らい、完全回復した上、さらなる力を得ます。

リプレイ

●始点
「帰ってきちまった、な」
 抜き身のエクリスシスを肩に担ぎ、加賀谷 亮馬(aa0026)はシベリアの雪原へイエローに光るアイカバーを巡らせた。
 ここは彼が初めてヴルダラク・ネウロイと、そしてリュミドラ・パヴリヴィチと出遭った場所だ。
『よいのか? 【戦狼】本隊と行動を別にして』
 内から問うEbony Knight(aa0026hero001)へ、亮馬は静かに。
「俺のあるべき場所は、ゆらがいる戦場だよ」
 その視線の先を行くのは、彼の妻にして同じ【戦狼】の一員である加賀谷 ゆら(aa0651)。
『……いいの? あの子のとこ、行かなくて』
 Ebonyと同じ問いをゆらへ投げたのは、彼女の契約英雄で未来の娘を名乗る加賀谷 ひかる(aa0651hero002)だ。
『ママはね、愚神が憎い。どうにもならないくらい、憎くて憎くてたまらないんだ。それだけで、今まで生きてきたんだよ』
 ゆらは内でひかるへ語る。
『リュミドラって子は、愚神といっしょに生きるって決めてる。……そんな子を、命賭けで人間の世界に引き戻そうとしてる楓ちゃんの気持ち、正直理解できない』
 ひかるは押し黙ったまま、ゆらの続く言葉を待つ。
 それを悟ったゆらは、高ぶった気持ちを務めて鎮め、薄笑みをつくった。
『でも。仲間の意志を削ぐことも私の本意じゃないから、尊重する。そう決めた! 決めたんだからしかたない! 私はあの子のこと見ないふりして、もう1体の愚神を葬る!』
 後方から歩み縒った亮馬が、ゆらの肩に青鋼の指を置いた。
「あっちは【戦狼】のみんなに任せとけばいい。俺たちはいつもどおり戦うだけだ」
『うむ。我らが向かう敵は愚神。躊躇する必要もあるまいからな。打倒するのみよ』
 亮馬とEbonyへうなずくゆらへ、ひかるが強い声音を投げる。
『ママの意志がわたしの意志だよ。わたしは戦うだけだ。ママのために』
 ゆらはまっすぐ顔を上げ、踏み出した。
 口を突いてこぼれかけた『ごめんね』を飲み下し、定めた意志をその眼に湛えて。
「……今回は逃がしません」
 九字原 昂(aa0919)は先の戦場を思い出し、拳を握る。
『前回取り逃がしたのは手抜かりだった。標的との間合を測り違えた、俺とおまえとのな』
 内のベルフ(aa0919hero001)が低く綴り、それを受けた昂は鋭い視線を雪原へ伸ばす。
「そのままにはしておかないよ。あのときの失敗も、今このときの後悔も」
 昂が拳を握ったのと同じころ、月鏡 由利菜(aa0873)は、契約英雄リーヴスラシル(aa0873hero001)のライヴスが変じた姫騎士鎧“ネルトゥス”に護られた右掌を見下ろしていた。
『カエデ殿があの少女を救うことを決めたなら、あとは信じるだけだ』
 リーヴスラシルの言葉に「ええ」、短く応えた由利菜は掌に折り曲げた指を重ね、やわらかな拳を形作った。
『拳の内にあるものは意志。強く握り込まなければ振るえない。ユリナ、迷っているのか?』
 対して由利菜は寂しげに笑み。
「同情は、あるのかもしれない。でも、私はあのレガトゥス級をこの世界に引き入れた人狼を見逃さない」
 由利菜の右手が、今度こそ強く握られた。

 そんな彼らの声から独り離れて進むダグラス=R=ハワード(aa0757)は、歪めた頬に皮肉を揺らめかせた。
『生きてほしい。助けたい。支えたい。どこまでも愚かしく、なによりも浅ましい、ネオンで飾りたてたエゴの押し付け合いだな。まぁ人間らしい感傷と言えばそれまでか』
 内で控える紅焔寺 静希(aa0757hero001)へ吐き捨てたダグラスは、右手に提げたZOMBIE-XX-チェーンソーを見下ろして。
『他人の感傷はどうでもいい。俺はこの飢えを満たすため、喰らい尽くすのみだ』
 この空虚が満たされるなら、血肉も心も魂も、すべてくれてやる。だから俺のすべてが尽きるまで、存分に喰らわせろ。
 主の狂おしい熱望に焦がされながら、静希はただ深く頭を垂れる。
『すべてはダグラス様の御意のままに』

 こちらも一行から離れ、河跡の底に身を潜めたギシャ(aa3141)が入念に足場を確かめる。地形データは頭に叩き込んである。あとは動くだけだ。
『さーて、ギシャがおわらせたげるねー。死にたがりが欲しがってる死をお届けー』
 どらごん(aa3141hero001)は彼女の内、着ぐるみのような竜面を器用にしかめ。
『決着の形をそれしか知らぬとは難儀だが……目を逸らさずにいろ。狼どもの死から、最後までな』
『……りょーかい?』
 わけもわからずうなずくギシャを、どらごんは静かに見守るのだった。

「敵はジェーニャだったな。前回の立ち回りを見るに、結構な曲者って感じだが」
 一行の最後に雪原へ踏み入った赤城 龍哉(aa0090)が内のヴァルトラウテ(aa0090hero001)に問う。
『知恵者ではありますわね。自分を焼くことをためらわないあの決意も相当ですわ。ともあれ、ただで転んでくれる相手ではありませんわよ』
「倒すのに手間取ると面倒なことになりそうだしな。迅速確実に行くぜ」
 龍哉はライヴス通信器「雫」の回線をギシャに合わせ。
「赤城だ。突っ込むんだろ? タイミング合わせるから後ろで引っかき回してくれ」
『遅れたら置いてくよー?』
「いろいろ間に合わなかったらしいが、今日だけはきっちり全部間に合わせるさ」

 一方、本隊である7組とは別行動をとり、戦場に潜むリュミドラを探す5組。
『全部ここから始まったんだよね』
 先頭を行く柳生 楓(aa3403)の内、氷室 詩乃(aa3403hero001)が噛み締めるように語る。
「だからこそ、リュミドラさんはここですべて終わらせるつもりなんです」
 楓は雪原に潜み、こちらを見ているのだろうリュミドラを思い、応えた。
『そんなことさせない』
 詩乃のライヴスが、青きバトルドレスの胸を飾るブローチを赤く輝かせ。
「はい。私は絶対に――あきらめません」
 楓の指がレアメタルシールドの持ち手を強く握りしめた。
『ほんとのほんとにやっちゃうんですかぁ?』
 冑――ピッケルハウベの前立てをあわあわさせながら、美空(aa4136)へ内からひばり(aa4136hero001)が訊いた。
『それはもう、この美空一丸となってやっちゃうのであります!』
 内で胸を張った美空に、ひばりが『うぐぅ』。
『ひとりしかいないじゃないですかぁ……』
『角突きちゃんとふたりでありますよ!』
 ひばりの返事はやはり、『うぐぅ』。
 それにかまわず美空は言葉を継いだ。
『美空たちの仕事はマジ聖女(物理)なおねェ様を超サポートすることでありますから!』
 つるりとかわいらしい額にぎゅーっと皺を寄せ、なんと言うか、精いっぱい悪そうな顔をしてみせる。
『が、がんばりますんだぜぇ』
 ひばりもいっぱいいっぱい、がんばった。
「ぜんぜん聞こえねェけど、なんか騒がしいな」
 その後ろを行く東海林聖(aa0203)があきれた顔で言った。
『……打ち合わせ、じゃないかな』
 ぽそっと応える契約英雄のLe..(aa0203hero001)。
「リュミドラか。死ぬしかねェって考えてるヤツは、痛ェな」
 レガトゥス級愚神ヴァルリアとの戦闘において、死の口へ首まで飲まれてきた聖である。死というものに対して、人一倍思うところがあった。
「友だちのためだから……怒られるかもしんねぇけど、アイツだってゆるしてくれるよな」
『無理は、しょうがないけど……怒られない程度に、ね』
 Le..の返事はサムズアップ。
「今日のボクも無理めで行かせてもらうよ」
 Arcard Flawless(aa1024)が傍らを行く八朔 カゲリ(aa0098)に声音を投げ。
 カゲリはArcardの顔へ視線を返し、薄くうなずいてみせた。
「そうか」
 すべてを是とする少年は、友の独走をも肯定する。
「気が向いたら援護よろしく」
 カゲリの肩に手を置いて離れるArcardへ、内から木目 隼(aa1024hero002)が語りかけた。
『これで終わるのですね』
「ああ。終幕を引くための手は整えた。あとは正しく成すだけさ」
『この戦いの果てになにが見えるのでしょうか』
「ボクはそれを見届けるために来た――リュミドラが白狼として生きるのか、それとも死ぬのかを、誰よりも非情な眼で、この上もなく残酷にね」
 カゲリは銀の髪を風に梳かせ、彼方を見据えた。
「進む。始まりの場所へ着くまで邪魔は入らないだろうからな」
 その内でナラカ(aa0098hero001)が声音を紡ぐ。
『白狼と成った白アヒル。こちらが伸べるべきは蜘蛛の糸か、慈悲なる刃か』
「それを決めるのは楓の意志とリュミドラの意志。俺はその狭間へ踏み込んで、俺の意志を貫くだけだ」
 カゲリの揺らがぬ答にナラカは『ふむ』。
『ならば私も覚者(マスター)にならい、私を貫くとしようか』

●反転
『ギシャ、人狼だ』
 どらごんの警告。
 潜伏全力移動中のギシャは立ち止まらず、丘の縁から様子を確認。干上がった河底を駆け抜けながら通信器へささやきかける。
「迫撃砲装備の人狼7がC列の丘上に展開。ギシャはカウント10でこっそりぎゅーで、さくーっ。おーばー」

 通信に「了解だ」と返した龍哉が苦笑い。
「ま、迫撃砲を攪乱してくれるのはありがたい」
『ですわね。私たちは正面から突撃を』
 ヴァルトラウテがライヴスを高め、龍哉の左眼に宿した瞳の青を輝かせる。
「幸い、愚神に訪問を拒むつもりはないようですしね」
 眼前に展開するドロップゾーンの縁を探っていた昂が一行を振り向いた。
『敵ドロップゾーンは半径20メートル。内の様子は窺えんが……厄介なゾーンルールが待ち受けているだろう』とはベルフの言。
 プリセンサーからの情報で、ここにいるのがジェーニャであることは知れている。加えて戦闘に不慣れなことは、先の戦いで見ていた。残る問題はゾーンルールのみだが……ギシャの奇襲まであと数秒。さて、どう踏み込むか。
「隠れている場所をわざわざ知らせてくれた礼はしてやらんとな」
 ダグラスがチェーンソーを起動し、けたたましい音を響かせながら、まっすぐとドロップゾーンへ向かった。
 その音に反応した迫撃砲弾が、白煙の弧を描いて降りそそぎ始めた。
 至近距離弾がばらまいた爆風が彼の黒いスーツの裾を舞い上げ、肌を焦がすが、ダグラスは悠然と歩を進め、笑みを閃かせる。
「俺が命じるまで控えていろ」
『はい、ダグラス様』
 頭を垂れた静希へ言葉をかけることも目線を投げることもせず、換装したRPG-49VL「ヴァンピール」の引き金を無造作に引き絞り、人狼どもへロケット弾を叩き込んだ。
「手向けだ。そこで死ね」
 人狼どもに吐き捨てたダグラスはドロップゾーンの内へ踏み入り、消えた。
「加賀谷家はドロップゾーンを回り込んで人狼を潰す。あなたたちはそのままゾーン内へ」
『すぐ追いつくからねー!』
 ゆらがひかるとともに言い置いて駆け出し、その後に亮馬が続く。
「加賀谷の突撃、見せてやるぜ」
『たわけ! ゆら嬢を敵に補足させぬが貴殿の役目であろう!』
「人妻に嬢づけかよ」
『無粋な男の思い込みこそ、嫁御を老け込ませる毒と心得よ!!』
 青き機甲の内で言い合いながら遠ざかっていく亮馬を見やり、由利菜は小さく息をついた。
「亮馬さんもEbonyさんも、リラックスしているのですね」
『ユラ殿が共にあればこそだ。リョウマ殿の愚神への憎悪が冷静な戦意へと転じている』
 リーヴスラシルの言葉を聞いた由利菜は、ドロップゾーンの上方をかすめる軌道で九陽神弓を射放し、人狼を牽制した。
『ユリナ。後はユラ殿らに任せ、内へ』
 促された由利菜はそっと自分の胸を包む甲冑に指先を触れ、ひと息にドロップゾーンへと踏み入った。
 この身は内と外からリーヴスラシルに護られている。だから、恐れない。

 ゾーンへ入っていく仲間とタイミングをずらし、ゾーン外の丘の縁に背をつけた昂がつぶやいた。
「狙撃はない。これなら警戒はいらないかな」
『リュミドラに撃つ気がないなら、逆に留まっているのは危険だ』
 空を飛ぶ迫撃砲弾を見やり、ベルフが応える。
「裏に回る。迫撃砲を潰して戦力を削いで、ジェーニャの死角を取る」
『ああ。現状ではベストの選択だ』
 丘をなぞり、昂は潜伏移動を開始した。

 迫撃砲弾の炸裂音が西からの風に乗り、全力移動で北を目ざす対リュミドラ班へ届く。
「ファー、爆発ンゴ」
『みなさん大丈夫でしょうかぁ……』
 美空とひばりが、音と重なって吹き寄せる火薬のにおいに鼻を蠢かせたとき。
『通信は通じますね――九字原です。こちらは敵従魔と交戦中。愚神は小規模ドロップゾーンの内にいるようですが。こちらは気にせず、目標へ向かってください』
「ま、一応報告だけどな。あの丘の上にライヴスの流れは見えねェ」
『……隠れてるのか、いないのか、わかんないけど、ね……』
 ライヴスゴーグルを額に押し上げた聖とLe..が告げた。
「いるだろうさ」
『うむ。あの仔狼が鋼の宿縁を裏切ることはあるまいよ』
 カゲリとナラカの言葉に、楓は強くうなずいた。
「はい。約束、しましたから」
 楓が歩を早め、一行もまたそれに続く。
『まだ、遠いね』
 詩乃がぽつり。リュミドラが待つのだろう丘へ視線を投げた。

『あの爆音はダグラスか? 弓は由利菜だろうな。俺たちに任せておけばいいものを』
 苦笑するどらごん。
 ギシャは倒れ込む寸前まで上体を倒し込んで最後尾の人狼へ迫る。
「こっそり」
 自らの爪がごとく扱えるよう改造された、五指装着型の白竜の爪“しろ”の先に人狼の尾を引っかけてすくませ。
「ぎゅーで」
 のけぞった背に取り付き、上向いた喉へ爪先をあてがい。
「さくー」
 弦を弾くように、喉を掻き斬った。
 悲鳴をヒュウと喉の切り口から漏らし、赤く染まった雪へ倒れ込む人狼。
 その音が残る人狼の眼をギシャへ向けさせた。
『ここからはそう簡単にはいかんぞ』
 消えることなき笑みを傾げたギシャが、つま先を固い雪へ突き込んで蹴り上げ。
「うまく殺すよ」
 それを隠れ蓑にして跳んだ。

 ドロップゾーンの内には霞が満ち満ちており、視界を塞がれるばかりかやけに息苦しい。
 しかも上空からは不規則に迫撃砲弾が降り落ちてくる。
「入場制限がないってのは、そういうことか」
 龍哉の手で開かれた極獄宝典『アルスマギカ・リ・チューン』――“ヒルドールヴ”を包む黒革の装丁、その中心に描かれた剣十字と狼の紋章が黄金の輝きを放ち。迫撃砲弾を焼き落とした。
『すぐギシャさんたちが止めてくれますわ』
 ヴァルトラウテに「だな」と返し、龍哉は霞を押し割って進む。
「気休めでしかないのかもしれませんが……」
 由利菜がアロマキャンドルを取り出した。仲間の姿を見失っても、その香りで自らの存在を示すために。
『どこに狼が潜んでいるかわからない以上、香りはこちらの居場所を告げかねない。灯すのはもう少し様子が知れてからにするべきだ』
 リーヴスラシルが警告した、そのとき。
「そこか――隠れていたかと思えば身を晒す、しょせんは知恵も獣か」
 ダグラスが向けた蔑みの眼の先に、軍用コートに身を包んだ人狼が浮き上がった。最後の灰色狼であるジェーニャが。
「お待ちしていましたよ、ライヴスリンカー」
 雨が降る。
 彼女の強力な癒やしの雨が――
『ユリナ! この雨はケアレインではない!』
 ネルトゥスの上で弾けた雨粒がライヴスを侵し、酸のように焼く。
「私は戦闘職ではありませんので、この場にある者すべてのアクティブスキルとパッシブスキルを反転させていただきました」
 反転。攻撃スキルは相手を傷つけず、逆に回復スキルが刃となり。自らを護るパッシブはもれなく自らを傷つけるようになる。
 エージェントと同じく焼かれながら、ジェーニャはドラムマガジンを備えた機関砲を構えた。
「始めましょうか」
 雨にその身を晒し、ジェーニャの前に立った由利菜は、“スィエラ”の銘がつけられた聖槍、その穂先で彼女を指した。
「あなたはすでに英雄へは戻れないのですね?」
「ええ。昨日にも、明日にも」
「ならば……私の決意が揺らぐことはありません。ジェーニャ・ルキーニシュナ・トルスタヤ。HOPEの騎士、月鏡由利菜があなたを討ちます!」
 浄化の緑風を湛えた“スィエラ”が霞を裂き、ジェーニャの胴を払う。
 それをかわすことなく横腹に食い込ませ、緑風の嵐に巻かれることもなく立ち続けるジェーニャが機関砲をフルオート。100を越える大口径弾を返した。
「っ!」
 リーヴスラシルより授かったヴァニル騎士戦技の回避歩法で、舞うがごとくに弾道から逃れ、距離を取った由利菜は左腕の激しい痺れに気づき、息をのんだ。
「エマージェンシーケアつきの弾です」
 ジェーニャは切れ上がった口の端を笑みの形に歪め、その眼をすがめた。
「――“凱謳”起動」
 龍哉が八相に構えるブレイブザンバーに搭載された戦闘支援AI“凱謳”が、鍔元のディスクユニットを高速回転させ、刃を黄金に輝かせた。
「あなたが振るう刃よりも私の弾のほうが早い」
 ジェーニャの機関砲弾が龍哉へ叩きつけられる。
「確かにキツイか!」
 歯を食いしばった龍哉が大口径弾の渦中へ直ぐに踏み出した。
 撃ち続けながら、ジェーニャは目尻を跳ね上げる。当たってはいる。が、なんというか、芯を食った感覚がしない。
「伊達に鍛えてねぇのさ――行くぜ」
 龍哉が、ケアレイを握り込もうとしたジェーニャの右腕を剣でさらう。銃弾を避けたいだけの苦し紛れに見えたその剣は、ベルセルクパターンを縫いつけたボディスーツ“ウールヴヘジン”によって加速する。
 メーレーブロウ。相手を乱戦に引きずり込み、防御を忘れさせるアクティブスキルだ。
『うまく行けばこちらの防御力を上げられるはずですけれど……』
 ヴァルトラウテは、ジェーニャが機関砲を扱いきれていないことに気づいていた。大口径弾の反動を制するには腕力より経験が必要だが、彼女にはその経験がないと。
 ゆえに彼女は龍哉へ、銃口へ向かえと告げ。龍哉は彼女の言葉に命を預け、踏み出した。
「なるほど、ブラフでしたか」
「この中じゃおまえも回復できねぇだろ? 意外に早く片づきそうだな」
 が。ジェーニャは体に食い込んだ大剣を砲のストックで払いのけた。
「残念ですが、反転は私の都合を優先してくれたようですよ」
 防御力を増したジェーニャが牙を剥き、龍哉へ至近距離から銃弾を浴びせかけた。
“凱謳”のサポートを受け、銃弾を防ぎながら龍哉は苦笑する。
「やっちまったな」
『反転効果はあくまで対象にのみ及ぶ。ひとつ学びましたわ』
 ヴァルトラウテは表情を引き締めた。
『挽回しますわよ。勇気の加護は龍哉の折れぬ闘志を支え、護りますわ』

●前座
「うわー、これ危ないかもー」
 縦に降り落ちる迫撃砲弾に織り交ぜられた、横から突き抜けてくるアサルト弾を転がってかわすギシャ。
『ドロップゾーンの内へ一度逃げ込むか』
 どらごんが提案する。見通しのいい丘上で敵の攻撃を引きつけ、標的になり続けるのは危険が過ぎる。
 どうすべきか。ギシャが頭を高速回転させ始めた、そのとき。
「加賀谷家の到着だ! このまま押し切るぜ、ゆら――」
 亮馬がゆらへ投げた視線が、空振りした。
「ははっ!!」
 直ぐに切り整えられた茶の髪を踊らせ、亮馬に先んじてゆらが走る。
 ゴシック調の和装、その下の肌に浮かぶベルセルクパターンがゆらとひかるの闘争本能を突き上げ、昂ぶらせ、駆り立てた。
「1秒でも早く殺し尽くす。1秒でも早く愚神のところへ行く」
『オッケー、ママ!』
 余計なフェイントも回避行動も捨て、ただまっすぐ獲物へ向かうゆらに、人狼のアサルトライフル弾が殺到した。彼女の華奢な体のところどころから血が噴き、赤い軌跡を描くが。
「うるさい、黙れ」
 踏み出す勢いに乗せたアスカロンが凍雪を削りながらはしり、斬り上げられた。
 天へ向かった重い刃が、アサルトライフルを乱射していた人狼の横腹へ食い込み、1メートルも打ち上げる。
「『落ちろ!!」』
 ゆらとひかるの声音が重なり、アスカロンが宙へ浮いた人狼を袈裟斬り、骨肉を砕きながら雪に叩きつけた。
「次は、誰だ――?」
 たまらない笑みに飾られたゆらの面がぎちりと傾げられる。
『あの人狼さんかな、ママ?』
 ひかるが示した人狼へ向け、ゆらが再び刃を振りかざした。
『……まさに突撃嫁子だな。あれほどに激しい顔を隠していたか』
 嘆息するEbonyへ、亮馬はこともなげに。
「人間、いくつも顔があって当然さ。あれもゆらとひかるってだけのことだ」
 Ebonyの愛剣を再現したエクリクシスを脇に構えた亮馬が、ゆらを狙った人狼をショルダータックルでよろめかせた――と。人狼が、人のそれへと姿を変じ、両手を挙げた。
「!?」
 次の瞬間。人となった人狼の足元で、迫撃砲弾が炸裂した。
「知ってるんだよ。おまえらがどんな力を持ってて、俺の嫁と妹と友だちになにをしてくれたか」
 あのとき、ノリリスクの発電所。人化した人狼はゆら、楓、聖へ自爆攻撃をしかけた。
 半ば崩壊しながらも攻撃をしかけてくる人狼。
 亮馬はその胸に大剣を深く突き込み。
「感謝するぜ、ゆらと同じ痛みをくれて。これで少しは後悔を忘れられる」
 断末魔の爪牙に削られながら、彼は刃を握る手に力を込めたが。
「なにを独りで傷ついている?」
 人狼の首が斬り飛ばされ、その向こうからゆらの顔が現われた。
「喜びも苦しみも独りで負うことはゆるさない。わたしたちはいつも共に」
 ゆらが伸べる傷ついた手を取りながら、亮馬は願う。
 せめて同じ傷をつけられるまで、おまえの痛みは全部俺にくれ。
『らぶこめ?』
 小首を傾げたギシャにどらごんはかぶりを振り。
『いずれわかるさ。おまえがもう少し成長すればな』
「――すみません。遅くなりました」
 加賀谷家のサポートに回ったギシャ。そのターゲットドロウに引き寄せられてきた人狼どもの鼻先を、影を固めて編んだ花びらが遮り。
 実なき虚の薔薇に巻かれた人狼どもが、身をすくませ、あるいは激しくかぶりを振って動きを止める。
『来たか』
 どらごんの声へ応えるように場へすべり込んできたのは昂。
『ここからならジェーニャの裏を取れるはずだ』
 ベルフに返答を任せた昂は飛鷹を抜き放ち。
「リターンマッチの邪魔はされたくありませんからね」
 繚乱のBSを逃れた人狼が撃ち放した迫撃砲弾を蹴り、反動で横へ跳んだ彼は、雪につま先を打ち込んで角度を変え、這うほどの低さで滑空する。
「前座のみなさんにはそろそろご退場いただきます」
 飛鷹の切っ先を先の人狼のつま先へ突き立て、それを軸に縦回転。人狼の首へ巻きつけた脚を支えに体を起こしてさらに跳躍。同時に引き抜いた刃で延髄を断ち割っていく。
『従魔の骨は固い。が、生物を模している以上、急所は隠せない』
 ベルフが言い終えたときにはもう、昂は次へ向かう体勢を整えていた。

●約束
 楓・詩乃を含む5組が今、約束の地の前までたどりついた。
『ここからがかくれんぼの本番ですね。みなさん、狙撃に備えてください』
 隼が低く告げる。
 この、簡易地図の北東部に位置する丘を登れば、そこが始まりの場所――リュミドラが最初にエージェントたちと会合した接敵地点だ。
 5組が勾配を越え、平らかな凍雪を踏んだ、その先に。

 リュミドラが待っていた。

「リュミドラさん――」
 楓が声を詰まらせる。万感がその喉に詰まり、音を成すことができない。
『楓、言わなくちゃ伝わらないよ。だから言わなくちゃ。前を向いて。進んで。あの子を助けるために』
 詩乃の声が、ライヴスが、楓の背を押した。
「――こちら柳生です。リュミドラさんを見つけました。これより作戦行動に移ります」
 対ジェーニャ班への通信を切り、1歩を踏み出した楓は、今度こそリュミドラへ。
「私はあきらめませんから。あなたを人の世界に連れて帰ること」
 リュミドラは白面を無表情に保ったまま楓を見据え。
「戯言はもう聞かない」
 と。
 リュミドラの体から亜世界があふれ出した。
「ドロップゾーンかッ!?」
「リュミドラさん、愚神じゃないンゴね!? なんで――」
 世界を侵し、塗り替えていく亜世界を見上げ、聖と美空が声をあげる。
「そうい」
 うことか。かき消えた声の行方を追わず、Arcardが聖と美空を抱き込んだ。
『これはネウロイのドロップゾーンだ。ルールは“無音”。触れてさえいれば声は通る』
『どういうことだ?』
 楓を引き戻しつつArcardに触れ、カゲリが問う。
『リュミドラが契約しているのは人狼型の英雄。その中身があのときネウロイに上書きされたんだとしたら……擬似的とはいえ、愚神と人間の共存状態を作り出せる』
 もちろん、この場で思いついたことではない。彼女は先の戦場を後にしてからずっと、可能性を模索していたのだ。
『言いたいことがあれば、額を突き合わせるよりなしか』
 ナラカの言葉を振り払い、楓が駆け出した。
『なら、そこまで行くだけです……!』
 そのとなりに並んだ聖は肩を彼女の肩につけ。
『おまえが思うままを通せよ。そのためにオレたちがいるんだからな』
 音もなく撃ち放された12・7mm弾を、聖に支えられた楓のレアメタルシールドが弾く。
 その衝撃で飛ばされかかった聖をカゲリが支え。
『足を止めている暇はない。進むぞ』
 同じく倒れ込みかけた楓を、ちんまい体をいっぱいに伸ばした美空が受け止めて。
『おねェ様は美空が絶対守るンゴよ!』
 そして全員が、リュミドラを見、目ざしていた。そのはずだった。
 確かに立っていたはずの少女が、魔法のように溶け消えていく。
『消えた!?』
『リュミドラさんが――』
 聖と楓が息をのみ。
『最初にネウロイと会ったとき、ボクたちは目の前にいたネウロイを見つけられなかった。多分、潜伏能力の一種なんだろうけど、ね』
 仲間たちの後方で独り言ちたArcardに隼が『はい』と返し。
『攻撃時にまでは維持できないのでしょうが……覚悟が必要ですね』
『さて、話し終わるまでにボクの命が保つかな』

 由利菜がジェーニャの右へと回り込んでいく。敵の利き手と利き眼の側へ向かうことで効率的に体を逃がす、ヴァニル騎士戦技の歩法であるが。
 ジェーニャへ繰り出される由利菜の手が鈍い。それが“スィエラ”の重みのせいではないことを、リーヴスラシルは理解していた。
『ユリナは彼女を貶めるのか?』
 機関砲弾をかわすユリナの眉根がかすかに跳ねた。
『彼女は今、人狼の矜持をもってこの場にある。その心に報いる誠意は同情か?』
 ちがう。
「騎士の誇りを込めた一閃を!」
 敵を追うジェーニャが体を巡らせ、足を踏み下ろす。その瞬間を捕らえた由利菜が、踏み場へ“スィエラ”の穂先を突き込んで。緑嵐を巻き起こした。
「くっ!」
 バランスを崩すジェーニャ。その膝へ、龍哉が放ったネビロスの操糸が絡みついた。
「迫撃砲の援護は止まったぜ? おまえひとりで俺たちの相手ができるのか?」
「……なぜ私が姿を隠さず、ここにいたか。考えてみましたか?」
 糸に食いつかれた膝から血を流しながら、ジェーニャが龍哉に語る。やけにゆっくりと。まるでそう、時間を引き延ばしたいかのように。
『龍哉、一度離れて!』
 ヴァルトラウテの警告に、考えるより早く龍哉の体が反応した。
 三方から駆け込んでくる灰色狼。その体には、迫撃砲弾が多数巻きつけられていた。
「自爆攻撃か!!」
 龍哉が蹴り退けた灰色狼が、雪に叩きつけられた瞬間。激しい爆音と爆炎を噴き上げた。
 雪の上に燃え立つ炎。
 その赤を割り、現われたダグラスは裂けた頬に獰猛な笑みを刻み。
「巡らせた犬知恵がこの程度とは笑えるな。必死で噛みついてきた褒美だ。躾けてやる」

●連結
 雪原にリュミドラの姿が染み出した。
『来ます!』
 楓がハンドサインを飛ばすと同時に“ラスコヴィーチェ”が音なき轟音を噴き、12・7mm弾を吐き出した。
『テレポートショット!』
 詩乃の警告に、楓が体を反転させ、跳んだ。
『Arcardさん!!』
 中空に現われた弾がArcardの頭頂部を穿つ寸前。楓がArcardを押し倒し、肩で支えた盾で弾いた。
『っ!』
 楓の鎖骨に乾いた音がはしる。
『立つよ、楓。脚は折れてない!』
 あえて鎖骨のことを言わない詩乃にうなずきを返し、楓が立ち上がった。
『もう誰も殺させない。絶対に――私が!』
 と。
 雪の一角がぼこりと持ち上がり、飛び出したアンカー。
 背後から左脚に絡みついたそれを見下ろしたリュミドラが、続けてアンカーと繋がった先を見た。
『待つンゴよリュミドラさん!!』
『ま、待てぇですぅ』
 美空と内のひばりの声が、糸電話のようにワイヤーを伝い、リュミドラへ届く。
 彼女はこれを成すため、ゾーンが展開した瞬間、雪に身を潜めて待ち続けたのだ。消失するリュミドラが次に現われる場所を見、計算し、予測を加え、ミリ単位で這い進みながら。
『おねェ様はリュミドラさんを助けるって言ってるけど、美空はちょっと人に捨てられたからって愚神なんかの仲間に成り下がったネキのこと、ゆるさないンゴ』
『ゆるさないですぅ、だぜぇ』
 フロストウルフマントにまぶしていた雪を払い落とし、ことさらにその白をリュミドラへ見せつける。
『そもそもアヒルちゃんが狼さんになれるとか、ほんとに思ってるのが痛いンゴね。それに、狼さんがネキにすごい力をくれたのに、使いもしないで死ぬとかもう、狼さん意味なし! かわいそうンゴねー』
『そそ、そうですぅ、ぞぉ』
 ひばりといっしょに煽り立てながら、美空は胸中でつぶやいた。
 ――狙いどおりなら、これでリュミドラさんに憎んでもらえるはずなのであります。
 彼女が狙ったのは、自らが明確な“敵”となることでリュミドラの憎悪を買い、楓の誠意を際立たせることだった。
 ――美空という敵がいれば、敵じゃないおねェ様への悪意は薄れるでありますから。
 そのためにわざわざフロストウルフの毛皮をまとった。狼たらんとするリュミドラの憎悪をより買いやすくするために。
 しかし。
『その程度の挑発で、狼の誇りは揺らがないんだよ!』
 12・7mm弾がワイヤーを断ち切り、美空をかすめて吹き飛ばした。
 コマのように回転しながら宙を舞ったちんまい体を受け止めたのは、楓。
『……おねェ様、作戦失敗ンゴ。ごめんなさいやで』
『いえ。美空さんにひとつ繋いでもらいました』
 そっと美空を下ろした楓がうなずき。
『行ってきます』
 言の葉へ押し詰めた万感を残し、楓がリュミドラへ駆ける。

『ヒジリー……射線、心臓に……通ってる』
“ラスコヴィーチェ”の銃口が聖の胸に固定されたことを告げるLe..。リュミドラが即座に撃たないのは溜めているせいか。
『狙いつけられてるんならつけさせなきゃいい! 千照流、鳳瓦・楼ッ!!』
“紅榴”の銘を持つダズルソード03がライトグリーンの閃光を放ち、リュミドラの遙か手前の雪を叩きつけた。
 一撃粉砕を乗せた刃の衝撃が高く雪を舞い上げ、刹那の楼閣を顕現させる。
 標的を見失うリュミドラ。その足元に転がり出た聖の手に握られていたのは、“紅榴”ならぬ氷瀑旋棍。
 反射的に聖へ銃口を向けたリュミドラの指が、まさに自動で引き金を絞る――
『!』
 ――狼の姿を成した凍気がその手に食らいつき、銃口を大きく逸らした。
『これでふたつめを繋いだな』
 カゲリの内でナラカが言う。
 カゲリはその腕につけた簡素な銀輪をコートの袖内へと収めた。
 銀輪の銘は“冥狼”。冷気の狼を召喚するAGW、冷魔「フロストウルフ」を打ちなおした腕輪である。カゲリは狙いをつけることで障害物をすり抜けて駆ける双狼を、聖の雪柱へ重ねるように放ち、リュミドラへ喰らいつかせたのだ。
 その隙に伸び上がった聖は、左右一対の棍で疾風怒濤を叩き込む。
『千照流、闘旋!』
 棍から直角に突き出した持ち手を回転させ、ライフルを構えたリュミドラの右手を打ち、逆の手の棍で膝裏を刈って体勢を崩し、さらにはライフルを上から叩いて彼女ごと雪へ押しつけた。
『ワリーな。こうでもしねェと聞く耳持たねェと思ってよ』
 聖の体重、そのすべてを乗せた棍に押さえつけられたリュミドラが、噛み締めた歯の奥から問う。
『今さら、なにを言う気だ?』
『……言うの、ルゥたちじゃないから……』
『おまえらのお話はもう、うんざりなんだよ!』
“ラスコヴィーチェ”から手を放し、聖の顎を強烈なアッパーカットで突き上げたリュミドラは大きく跳びすさり、そして。
『撃て!』
 その声に応えた“ラスコヴィーチェ”が、聖の空いた胸へ12・7mm弾を叩き込んだ。
『……結局、無茶しちまったけどな』
 棍で弾を逸らし、胸への直撃を避けた聖が苦笑した。
 弾に削られた腕から、間欠泉さながら血が噴き上げる。
『でも……みっつめ、繋いだよ』
 Le..の言葉を横からさらうように伸べられたカゲリの手が、“ラスコヴィーチェ”の銃身を掴んだ。
『――おまえとこの銃が繋がっているなら、俺の声も聞こえるだろう』
 聖は顎を打たれた瞬間、肚を決めていた。自分を撃たせる。他の仲間に、時間を与える。その覚悟を悟ればこそ、カゲリはここまで来た。
『狙うなら』
 カゲリは掴んだ銃身を持ち上げて。
『ここだ』
 唇で刻み、銃口を自らの胸に押し当てた。
『ふざけてるのか?』
 リュミドラの問い。カゲリは赤に染まった瞳を直ぐにリュミドラへ向け。
『本気だ。これが最後の繋ぎになるか、俺の最期になるか。おまえしだいだけどな』
 どちらになってもただ受け入れる。その意志を示した。
『リュミドラ。汝は己が意志をもって狼たらんと定め、死すと決めた。……己が責を捨てて』
 動きを止めたリュミドラへ、ナラカが静かに語りかけた。
『鋼の宿縁を託された者の責とは、その重さを背負い、往くことに他なるまい。狼としての死を免罪符に掲げるはすなわち逃避。全うすべきは「狼の最期」ならず「狼の生き様」であろうがよ』
 リュミドラはまだ動かない。いや、動けようはずがない。ここでカゲリを撃てば自らの正当性を、狼の矜持を失うことになるから。
 ――ならば。告げ、問うべきは今だ。
 ナラカはすがめた赤眼でリュミドラを見、その内にある雌狼を透かし見て。
『そして託した者にも責があろう。己が心を隠し、我が仔と定めたアヒルへ狼たることを負わせるばかりで突き放す――それが親たる者の行いか? 母なる雌狼、いや。その内に在る父、ヴルダラク・ネウロイよ』

●挽歌
「先の戦いではずいぶんと酷い真似をしてくれましたね」
 進み出たダグラスへ尖った視線を据え、ジェーニャは機関砲のドラムを差し替えた。全弾を彼に叩き込む……その決意を見せつけて。
 対するダグラスが返したものは、冷めた嘲りだった。
「茶番に茶番を重ねるか。もう笑えもせんが、せめて少しは愉しませてくれるんだろうな?」
 日本武術では「騎馬立ち」とも呼ばれる中国武術の基本姿勢、「馬歩」の構えをとったダグラスへ、ジェーニャの機関砲弾が殺到した。
 大口径弾が、反転によって毒と化したケアレイをダグラスへすり込む。
『ダグラス様、このままではお命に障ります』
 静希が告げた。主と定めた男が死にゆき、自らもまた死にゆこうとしているその最中、ただただ淡々と。
「そうか。ならば、回復だ。奴にもくれてやれ――手向けの花をな」
 静希の発動したケアレインがジェーニャを焼き、ダグラスをも焼く。
 その中で、ダグラスが動いた。腰の高さを変えぬまま歩を進め、ついにはジェーニャの眼前へたどりついた。
『龍哉、あれは』
「ああ。息吸ってるときってのは、どんな達人だって動きが止まる。ダグラスさんはジェーニャの吸気に乗って近づいた」
 ヴァルトラウテと龍哉が言葉を交わし終えた瞬間、ダグラスのライヴスが高く弾けた。
 体を沈み込ませながらその支点である足裏をにじり、筋肉と関節をねじることで力の螺旋を成す。
「ろくに踊れもせん哀れな雌犬、せめてもの情けだ。舞台の上で殺してやる」
 勁を乗せたチェーンソーがジェーニャの鳩尾をえぐり。回転刃に塗り込められたケアレイをねじり込んだ。
「グ、ガ、ぁっ」
 癒やしの毒に痺れる脚で必死に後じさり、刃から逃れるジェーニャ。その体がより濃密な霞を発し、エージェントの視界を遮らんとした。
「まだ、私は! 隊長――リュミドラ――」
 ジェーニャの舌先が最後に刻んだ音は銃声に紛れ、聞き取れない。
『多分、名前、でしたわね。大事な人の』
「人狼にも事情があるのはわかってる。だがな、ここまでにおまえたちがやらかしてきたこととは話が別だ!」
 ヴァルトラウテへ、そして自らへ言い聞かせるように語り、断ち切った龍哉のブレイブザンバーがジェーニャの動きを止め。
「見逃しません――!」
 蜂のごとく踏み込んだ由利菜が、ジェーニャの体にアロマキャンドルをこすりつけた。
 火をつけるよりも当然香りは淡いが、視界を奪われたこの場では、なによりも確かな標となる。
「血のにおいも追加でー」
 ギシャが香りを頼りに霞の先から投じたポイズンスロー。反転した回復スキルに重ねられた毒刃がジェーニャの背へ突き立ち。
 駆け込んできたギシャの手で、さらに深く埋め込まれた。
 ジェーニャは振り向かずに毒なるケアレインが発動したが。ギシャはすでに全力移動でその場を離れていて。
『一方にばかり気を取られていては、逆からつけ込まれるだけだ』
 潜伏して接近していた昂の内より発せられるベルフの声。
 虚を突かれ、無意識に声の出所を探るジェーニャへ、昂がさらに告げる。
「そして。こちらを見つけたときにはもう、手遅れです」
 ライヴスの力で射出されたノーシ「ウヴィーツァ」の刃がジェーニャの腹へ喰らいついた。
「ち、ぃ」
 背と腹の刃を払い捨て、大きく飛び退くジェーニャだったが。
『見つけたよ――鬼は、わたしとママだ!』
 ひかるの声音が響き、幻想蝶の内より抜き放った薙刀「冬姫」を脇に構えたゆらがジェーニャの脚を払う。
「っ!」
 上へ跳んでこれを避けたジェーニャだが、その鼻先に亮馬のエクリクシスが振り込まれた。
「あんたには意地があって、覚悟もあるんだろうがな」
『それはこちらとて同じことよ』
 亮馬とEbonyが言い終えると同時に、エクリクシスが起爆。そのエフェクトでジェーニャの視界を焼いた。
 ホワイトアウトした眼をこらすジェーニャ。その上向けられ、空いた喉元へ、「冬姫」の切っ先が突き込まれ、灰色の毛皮を突き通す。
「私、は、最期まで――」
 エージェントの包囲攻撃に押され、1歩、2歩と下がりゆくジェーニャ。その背になにかが当たり、後退を押し止める。
「皆の包囲を逃れ出るなら、ここしかないんですよ」
 ジェーニャの背に自らの背をあてがった昂が、肩越しに言葉を投げて。
「真っ向から立ち向かうのは武人の誠意。影の誠意は、背後からあらゆる手を尽くして命を刈ることです」
 降りしきる毒の雨の中、昂の手が宙へ舞い。外套でジェーニャの頭を包み込んだ。
「!」
 白から黒へ転じた視界の内、光を求めるジェーニャ。
『反転は対象にのみ有効、だったな』
 ベルフの声音を締めくくったのは、昂の猫騙。行動を終えたはずの由利菜に、最速での行動順が巡り来る。
『ユリナ、今こそアークェイド殿の策を!!』
「はい!」
 由利菜がジェーニャへライヴスシールドをかけた。反転したライヴスの護りは、1度だけ敵の攻撃を必中させるマーカーと化し。
「けじめはきっちりつけさせてもらうぜ!!」
 龍哉のブレイブザンバーによる強撃がジェーニャの胸を貫いて凍土へ縫い止め。
 続くエージェントたちの連撃が、そのコアを砕いた。
「……ようやく終わりですね。恨み言くらいはお聞きするつもりでしたが」
『いつか彼の岸で、だな』
 昂は雪へと溶け消えていくジェーニャを見下ろしながら、対リュミドラ班へジェーニャ撃破を告げるための発煙筒へ点火した。

●リュミドラ・ネウローエヴナ・パヴリヴィチ
『――ヴルダラク・ネウロイよ』
 ナラカが呼んだのは、先の戦いで自らの妻へ命を喰わせたネウロイの名だ。
 もちろんそれはひとつの賭けではあるのだが、しかし。このドロップゾーンとArcardの推察、さらにはこのにおい……確信があった。
『人の世に灰色狼の行き場も生き場もなかろう』
“ラスコヴィーチェ”の銃身がアルトボイスに震え。
 内をこする12・7mm弾の衝撃に震えた。
『妻たる狼は壊れながらも汝を愛し、リュミドラを愛していた。ゆえにこそ、その身と心を託したのではないか。娘の明日を、汝に』
 ナラカが語る中、心眼の見切りで双炎剣「アンドレイアー」――“燼滅の双剱”を振るって弾を斬り飛ばしたカゲリが、宙にある“ラスコヴィーチェ”を見やり。
『そして今、ジェーニャも死んだ。なにを思っていたかは知らないが、あいつもおまえになにかを託したんだろう』
 その言葉を継ぐように“ラスコヴィーチェ”の銃身を掴んだのは、カゲリに肩を寄せて会話を聞いていたArcard。
『人であろうと英雄であろうと、ましてや狼であろうと。子を成し、夢を繋ぐことはひとつの義務だ』
 ライフルから12・7mm弾が撃ち出され、機を読んで銃口を逸らしたArcardの肩をえぐる。
 彼女は息を止めて呻きを止め、手に握り込んでいた賢者の欠片をひとつ口に投げ入れた。
『愚神、いや化物は、命のありかたを軽視する。だから己の都合で容易く命を、義務を、ねじ曲げる』
 再び撃たれる12・7mm弾。心臓の代わりに脚をぶち抜かれたArcardはふたつめの欠片を噛んで耐え。
『きみが愚神である前に狼であるなら、その命はもうきみの都合で使い潰していいものじゃない』
 彼女は青ざめた顔を薄く笑ませ、またひとつ、賢者の欠片を噛み砕く。
『仔と認め、夢の繋ぎ手と定めたリュミドラを護り、育むために尽くされるべきものだ。ちがうかい?』
 三度の12・7mm弾。
 今度こそ、Arcardはよけなかった。穿たれた腹を反らし。
『答えろ! ヴルダラク・ネウロイーっ!!』
 守護者と呼ばれた英霊の手にあったとされる双剣を模した干将・莫耶がリュミドラへ叩きつけられた。
 Arcardが直前に発動したマテリアル・アナスタジアにより、ライヴスを抜き取られた剣身はすでに崩壊しつつある。
 ――それでいい。空の刃が仔狼へ届けば!
 果たして。
『我が心の鋼は、とうに砕けていたようだ』
 掲げられたリュミドラの腕。それを包む強い白毛が、砕け散った刃に飾られ、きらめく。
 共鳴体の主導権をとったネウロイのライヴスが、リュミドラを人狼化させていた。
『娘を護りましたね、彼は』
 息をつく隼にArcardは肩をすくめ。
『あとは理論じゃなく感情論の仕事さ。幸い語り部もいることだしね』
 聖がネウロイへ打ちかかり。
『ごちゃごちゃ言ってんじゃねェ! 護りてェなら最後まで放り出さねェで護れよ!』
 逆手に持ち、肘までをカバーした棍で突き、薙ぎ、叩くの疾風怒濤を決めた聖が吼える。
『それじゃ……伝わんないね。うん、でも……ヒジリーは、それでいいか』
 Le..はため息をついて聖とライヴスを合わせ、その攻撃を支えた。柄にもないことを考え、伝えようとあがくより、思いの丈をぶつけるほうが聖には合っている。
 エージェントの波状攻撃のただ中で、ネウロイが“ラスコヴィーチェ”を撃ち放す。
 その弾丸を正面から受け止めて押し返し。楓がネウロイへその体を打ちつけた。
『リュミドラさん! ネウロイさんはあなたを護りました。父として、娘をです。あなたは仔として父と母と、そして群れの仲間の生きた証を、群れの一員として残さなければいけないはず!』
 ネウロイから主導権を取り戻したリュミドラが、白毛に覆われた拳で盾を払い、長く伸び出した爪で楓の腕を裂いた。
『あたしは逝く! 母さんと――父さんといっしょに! 群れのみんなが待ってる場所へ!!』
『生まれてきた命には、最期まで懸命に生きなければいけない義務があるんです! でもそれはすごく難しくて――だから命は互いに支え合う。狼と添って生きてきたはずのあなたが、それを知らないはずがないのに!』
 仲間の攻撃がリュミドラの足を止め、詩乃のライヴスが楓の「護る意志」の具現たるバトルドレスの青を輝かせる。
『楓! ボクの力を全部預ける。ボクの心を全部託す。リュミドラに届くまで何度でも、ボクの全部と楓の全部をぶつけるんだ!!』
 12・7mm弾がレーヴァテインを握る楓の右手を撃ち抜いた。
 痛みをその身に引き受けた詩乃は歯を食いしばって剣を左手に投げ渡した。
 詩乃への想いを柄と共に握り込み、楓はリュミドラの心の軸たる“ラスコヴィーチェ”を斬り払い続ける。敵意ではない、誠意を込めて。
『たぁーっ!!』
 楓と挟撃する位置取りでリュミドラへ這い寄っていた美空が跳んだ。
 引っ被っていたあなたの美しさは変わらないをぷっくりした両手で掴み、リュミドラを透明な棺で押し包む。
 棺から突き出したリュミドラの手が引き金を引き、美空の体を撃ち据えるが、美空は棺にしがみつき、押し続けた。
『作戦がダメならあとは気持ちの比べ合いなのであります! 美空は絶対おねェ様を――家族を助けるのであります! 角突きちゃん、さあごいっしょに!!』
『うぅ、痛いですけど、苦しいですけど』
『『えいえいおー!』』
 美空の決死が繋いだ時を利し、リュミドラの背後に回った楓が彼女を抱きすくめた。
『狼があなたを連れて逝くというなら、私はその身勝手を絶対に認めません。私はあなたと共に生きたい。この出遭いは出逢いだって信じているから――』
 聖がクロスさせた棍で美空の棺を押し支え。
『おまえがいなかったら、誰が狼の墓護るんだよ? 先とか明日ってのがあるから、できることもあるんだろうがよ』
 さらに棺へ手を添えたArcardもまた。
『答を聞かせてもらおうか。リュミドラ、ネウロイ』
 楓を支えたカゲリは。
『答がどうあれ、その意志を俺は受け入れるさ』
 エージェントに拘束されたリュミドラの内でネウロイがささやいた。
『リュミドラ・ネウローエヴナ・パヴリヴィチ。貴様の意志を貫くがいい』
 ネウローエヴナ。それはネウロイが仔に与える父称。
 リュミドラは赤眼を閉じ。
「あたしは狼。還る先は、灰色狼の群れだ」
 音を取り戻した亜世界の内に、無数の影が浮かんだ。
 それは灰色狼の影。
 ヒョルドがいた。アラムがいた。ミーシャとミーリャ、レオン、ニキータ、そしてジェーニャが。
 死んだはずの彼らは隊列を組み、ゆらめきながら待ち受ける。隊長の帰還と号令を。
 押さえ込まれたまま、その姿を雪の内へと溶け込ませていくリュミドラ。
「リュミドラさん!!」
「もう殺しに来いとは言わない――あたしがおまえを殺しに行く」
 楓は手を伸べ、彼女を掴み止めようとしたが。
 その指はなにを掴むこともできぬまま、空を切った。

●迎え火
 影群と共に消えたリュミドラ。
 雪原に立ち、彼方を見据える楓にArcardが言う。
「ともあれ、ボクらはリュミドラの迎えるはずだった死の宿命を覆した」
 後を聖が継ぎ。
「そうだぜ。リュミドラが来るってんなら待ってやろうぜ、みんなでよ」
「狼に育てられた人みんな、最後は人の世界に戻ってきてるンゴよ。だから、リュミドラさんも絶対戻れるンゴ」
 美空がぴょんぴょん跳ねて言う。
「おまえがまだあいつの手を取るつもりなら何度でも伸ばせ。【戦狼】は、おまえの意志の傍らにある」
 カゲリの言葉を受けた楓は一同へ視線を巡らせ、強くうなずいた。
「はい……!」

 通信機越し、対リュミドラ班と言葉を交わしていた昂が一同を振り返る。
「リュミドラは姿を消したそうです。綺麗には終えられませんでしたね」
 ゆらは北東の丘へ向けた目を半ば閉じ。
『お話の最後は、思ってなかったほうに転がったんだね……楓ちゃん、これからだよ』
「最善じゃなかったけど、最悪でもない。ああ、これからさ」
 ゆらの肩に壊れた右義手を置く亮馬。
 それを聞くともなく聞いていたダグラスは、静希のケアレイを受けながらぽつり。
「終わらせるはずの戦いを繋いだ、それが好手だというなら……ふん。救われたのは誰だ?」
 由利菜は傍らに立つ龍哉から隠して憂い顔をうつむけた。
「人狼たちには新たな世界で、英雄としての生を歩みなおしてほしい。そう願っていたのですが」
「それをしてやる次の機会をもらった。そう思っとこうぜ。今回は少しばかり不完全燃焼だったしな」
 右拳を左掌へ打ちつけた龍哉の先で共鳴を解き、雪原に立ったどらごんがギシャの手から煙草「麒麟」を受け取った。固い口先で器用にくわえて火を点け、吸い口を雪へ突き立てた。
「狼どもの送り火にするつもりだったんだがな……俺たちを殺しに来るなら、この迎え火を標に来い。しばらくの間、鍵は開けておくさ」
 雪原を吹き抜ける風にさらわれた紫煙は長い尾を引き、やがて凍気に紛れてかき消えた。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • きみのとなり
    加賀谷 亮馬aa0026
    機械|24才|男性|命中
  • 守護の決意
    Ebony Knightaa0026hero001
    英雄|8才|?|ドレ
  • ライヴスリンカー
    赤城 龍哉aa0090
    人間|25才|男性|攻撃
  • リライヴァー
    ヴァルトラウテaa0090hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
  • 燼滅の王
    八朔 カゲリaa0098
    人間|18才|男性|攻撃
  • 神々の王を滅ぼす者
    ナラカaa0098hero001
    英雄|12才|女性|ブレ
  • Run&斬
    東海林聖aa0203
    人間|19才|男性|攻撃
  • The Hunger
    Le..aa0203hero001
    英雄|23才|女性|ドレ
  • 乱狼
    加賀谷 ゆらaa0651
    人間|24才|女性|命中
  • 悪夢の先にある光
    加賀谷 ひかるaa0651hero002
    英雄|17才|女性|ドレ
  • 我王
    ダグラス=R=ハワードaa0757
    人間|28才|男性|攻撃
  • 雪の闇と戦った者
    紅焔寺 静希aa0757hero001
    英雄|19才|女性|バト
  • 永遠に共に
    月鏡 由利菜aa0873
    人間|18才|女性|攻撃
  • 永遠に共に
    リーヴスラシルaa0873hero001
    英雄|24才|女性|ブレ

  • 九字原 昂aa0919
    人間|20才|男性|回避

  • ベルフaa0919hero001
    英雄|25才|男性|シャド
  • 神鳥射落す《狂気》
    Arcard Flawlessaa1024
    機械|22才|女性|防御
  • エージェント
    木目 隼aa1024hero002
    英雄|26才|男性|カオ
  • ぴゅあパール
    ギシャaa3141
    獣人|10才|女性|命中
  • えんだーグリーン
    どらごんaa3141hero001
    英雄|40才|?|シャド
  • これからも、ずっと
    柳生 楓aa3403
    機械|20才|女性|生命
  • これからも、ずっと
    氷室 詩乃aa3403hero001
    英雄|20才|女性|ブレ
  • 譲れぬ意志
    美空aa4136
    人間|10才|女性|防御
  • 反抗する音色
    ひばりaa4136hero001
    英雄|10才|女性|バト
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