本部
双鋏を持つ者
掲示板
-
人質救出・相談卓
最終発言2015/10/11 02:12:56 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2015/10/10 21:44:22
オープニング
●そのものの名は
「こちら現場の北海道K朝市前です! ただいま、大きな動きはありませんが、一般市民の避難はすでに完了し、いつ警察官の突入があってもおかしくない状況です。あっ! 中から誰かが! ……人質に取られていた市場関係者のようです! 何か持っています! ええと……スケッチブックでしょうか? 文字が書かれていて……」
レポーターの言葉に合わせて、カメラがズームしていく。多くの警官隊に囲まれた市場の駐車場におどおどと現れた小太りな男は、両手に掲げたスケッチブックを軽く振っていた。
短い文章が書き付けられていることは、すぐにわかった。黒の極太マジックで書かれたと思われる、その文言は――。
●赤き双鋏の
現場責任者の警部は、駆けつけたリンカー達を前にざっと状況の説明をした。
「ニュースで見たかもしれんが、三時間ほど前にこのK朝市に男が一人やってきた。朝市では、新鮮な魚介類を朝食にという観光客も多いからな。当然男もそういう客の一人と思われていたんだが、男は突然怒り出し、暴れ出したんだ」
そしてたちの悪いことに、男は能力者だった。逃げ遅れた客や市場の関係者を人質に、それからずっと立てこもっているという。
男からの要求が明らかになったのは、つい一時間前。そのニュース映像は、ここに集まったリンカー達は全員、資料として見せられていた。
『ずわいがにをよこせ!!!!!!!』
スケッチブックにマジックで書き殴られた文句は、間違いなくそう読めた。
「何でも、たらばがにはたくさんあるのにずわいがにがなくて頭に来たんだそうだ……。北海道じゃ獲れないことくらい、常識だろうに……」
警部は、薄くなった頭をつるりと撫でて溜息をついた。
「というわけで、君達に頼みたいのは、犯人の捕獲と人質の救出だ。今念のためずわいがにを取り寄せているが、距離があるためもう少し時間がかかる。人質のストレスも心配だし、犯人も長く放置しておきたくない。できればかにの到着前に、解決してほしい。頼むぞ」
警部が、そう言って話を締めくくろうとしたまさにその時だった。
「警部!」
警察官の一人が、タブレットを小脇に抱えて全速力で走ってきた。
「どうした!」
「これを!」
タブレットには、ニュースの映像が流れていた。『速報』という文字が画面の左上にでかでかと表示されている。
『ただいま入ってきたK市場の現場映像です! ご覧ください! 犯人が、人質を連れて出てきます!』
一同は反射的に、機動隊に取り囲まれたK市場の入り口に視線を転じる。確かに、大柄な男が女性の頭を小脇に抱えて市場の入り口に立っていた。
『先ほどのスケッチブックを持っています。要求は同じく、ずわいがにです!』
画面でも現実でも、アジア系と思われるさんじゅう代前後の男がスケッチブックを高々と掲げて振り回していた。ここからでは少し距離があるため肉眼で確認できなかった人質の女性は、画面の中で苦しさと恐怖に顔を歪めていた。
「情報によれば、この女性以外にも少なくとも二人はあの市場の中に取り残されているようです。一人は中年の男性で市場内の店舗関係者、もう一人は観光客の男子高校生です」
タブレットを持っていた警察官は、用意のいいことに素早く画面を操作して、当該二人の写真を表示させた。
「ここは我々が注意を惹きつけるから、他の入り口から突入してくれ。東にもう一つ、北側には商品搬入口がある。さ、急いで!」
警部と警察官達に激励され、リンカー達は駆け出した。
解説
●目標
K朝市で人質を取って立てこもったヴィランを捕縛し、人質を救出する。犯人の要求するずわいがにを現場へ搬送している最中だが、人質の安全や付近住民の負担を考え、できればかにが到着する前に犯人を捕まえ、三人の人質を解放する。
●登場
ヴィラン(名前は不明)一人。
身長180センチ前後、かなり体格のいいアジア系と見られる男。見た目は30代ほど。二刀流を操り、かまいたちを起こして広範囲への攻撃が可能。
●場所
北海道K市にある朝市。かなり古い建物なので、衝撃に弱い。また、店がたくさん入っているので通路がそれほど広くなくごちゃごちゃしている上、障害物になりそうなものも多い。男が人質を取っているのは、食堂も兼ねている空間で、市場内の端、方角で言えば一番西側にある。窓はあるが磨りガラスで外から様子は窺えない。市場には他に窓のある箇所がほぼなく、あっても荷物でふさがれていることが多いので、外から犯人の位置などを窺うことは不可能と言ってもいい。入り口は三箇所で、南側の正面入り口が一番大きいが、犯人がよく出入りに利用する。東側、北側に一箇所ずつで、北側は主に商品搬入に利用される業務用の出入り口である。
リプレイ
●たかが蟹されど蟹
「あんな目の色変えるほどの何かがあるってのかよ……その蟹ってやつはよ……ぐぶっ!」
ぼやいていたガルー・A・A(aa0076hero001 )の口に、紫 征四郎(aa0076)が蟹足を無造作に突っ込んだ。
「……実際蟹を口に突っ込んだら少しは静かになるかもしれないのです」
通話状態を入れっぱなしにしている携帯端末からの声が聞こえなくなる可能性を危惧したためだ。征四郎という名ではあるが、金の瞳に長い紫の髪の愛らしい少女である。ガルーは、たらばの蟹足をもぐもぐしている。
発泡スチロールの箱の蓋を閉め直し、征四郎は傍らの木霊・C・リュカ(aa0068)にそれを渡した。リュカの手が一瞬宙にさまようのを、オリヴィエ・オドラン(aa0068hero001 )が誘導して箱に触れさせる。リュカの髪は白金で、大きなサングラスに覆われた瞳は赤。いわゆるアルビノと呼ばれる特徴だ。オリヴィエは金の瞳に緑の髪、小麦色の肌の少年で、それとなくリュカを補佐している。
「見せかけだけの蟹で大丈夫かい?」
リュカが尋ねる。
「大丈夫なのです。問題ないのです」
犯人が要求するずわいがにはまだ届いておらず、そうでなくても高級食材をむざむざとヴィランになど渡したくないとのことから、集まったリンカー及び英雄全員相談の上で、たらばを赤く塗りビニールで包んで全体の形をごまかしたものと、征四郎がその辺のものを適当に見繕って急遽作成したにせものの蟹を発泡スチロールの箱に詰めて、ヴィランの交渉に向かうことになったのである。
「じゃ、行こうか」
白杖で足下を確かめながら、ゆっくりとリュカは歩き出した。征四郎は少し考えて、リュカの箱を持つようガルーに指示した。オリヴィエは、さりげなくリュカを誘導しながら続く。
やがて彼らは、問題のK朝市北側入り口に辿り着く。主に商品搬入に使用されている入り口で、犯人が出入りしていた南側の一番大きな入り口へはもちろん一直線だ。とはいえ、市場の中は店がたくさん並んでおり通路もそれほど広くなく、障害物も多い。
目の不自由なリュカを気遣いながら、一行は慎重に進んでいった。
「――!!」
正面に、大きな影が立ちはだかる。がっしりとした体格の三十代の男。小脇にぐったりした女性を抱えている。間違いなく、先ほど確認したヴィランだ。
どこの国のどんな言語を用いる人間かもわからない。英語でないのは確かだと言うことだが、仮に英語だったとしても交渉レベルの会話ができたかどうかはちょっと怪しいところだった。
「ほら、蟹!」
リュカが早速、ガルーの抱えていた箱の蓋を取って蟹アピールを始めた。
「ご覧ください! 立派な赤いずわいがに! 煮てよし焼いてよし! たらばとは全然違う蟹でしょ!」
テンション高い。
彼の後ろで、オリヴィエは溜息をついていた。
「……どっちも蟹だ、同じだろう」
「ふっふふー実は違うんだよ! ずわいはね、たらばより味が繊細で甘みが強いんだ、たらばはその点ちょっと淡泊って言うのかな。足の太さの食べ応えはたらばの方が上なんだけどずわいはカニミソも美味しくて「わかった。もういい」
オリヴィエが制止したにもかかわらず、リュカの蟹トークは止まらない。心なしか、ヴィランも引いているように見える。
けれど、注意を向けるのには成功していた。ヴィランは気づいていない。蟹トークに紛れて身を翻したオリヴィエが、リュカに借りた通話状態の携帯端末を持ったまま移動していたことに。ヴィランの背後を取るためと、距離を取ることで他の人質救出班との連絡を取りやすくするためである。
小柄な身体が功を奏し、市場内の荷物の影に彼はするりと忍び入った。ちょうどいい場所だった。万一の時、すぐに飛び出してヴィランと人質の間に割り込める。
蟹について熱く語るリュカの影に隠れて、征四郎が携帯端末を操作しているのが見えた。
「ガルーは暫く幻想蝶に入っていてください」
突然の指示に英雄は不服そうな顔をしていたが、すぐに姿がかき消える。幼さに反して聡明なあの少女のことだから、何か策あってのことだろう。
ともかく、今は様子を見なければ。救出班とタイミングを計り、人質の救出及び逃走の幇助、ヴィランの制圧を速やかに行わなければならない。
「ちょっと待ってください、本当にずわいか確認が先です。……たらばとずわいってどこが違うのでしょう?」
「あー、それはねー」
そのためには、できる限りヴィランをこの場に釘付けにしておく必要がある。
話の引き延ばしに入る二人を見守りつつ、オリヴィエは『機』を待った。
●人質救出班
「ククリ。一刻も早く人質を救出しましょう」
「そうだね、人質に危害が及んだら大変です!」
「はい。安全を確保した後、犯人を取り押さえましょう」
「了解!」
「それと、ククリ。」
「うん、なんですか?」
「仕事が終わったら、ずわいがにを食べにいきましょう」
「……えっ?」
「“ずわいがに”です」
エミナ・トライアルフォー(aa1379hero001 )の言葉に、唐沢 九繰(aa1379)は微妙な顔で沈黙するしかなかった。エミナは両腕が機械化された少女の姿をした英雄だが、右手の甲には感情表現の顔文字が現れるようになっている。今、どや顔が表示されていた。
周囲にいた他のメンバーは、まるで死亡フラグのような縁起の悪い会話にやはり言葉を差し挟めずにいる。漏れなく苦笑していたが。
人質救出に当たることになったのは、リンカーと英雄を合わせて八人。九繰は一連のやりとりを終えるとすぐ戦闘に備えてエミナと共鳴したので、単純な頭数では七人だ。
「うまく引きつけてるようだ。急いで行こうぜ」
アニェラ・S・メティル(aa0028hero001)が、モアキーンで感覚を研ぎ澄ませて南側入り口付近の様子を探っていた鬼灯・明(aa0028)の合図を受けて、全員に囁いた。アニェラは白銀の長い髪に赤い瞳のゴスロリドレスの愛らしい少女だが、口調は対照的に男性的だ。
『……蟹が食べたくて人質取って立てこもるなんてさ……ちょっとバカだよねぇ……。まぁでも、蟹が食いてェのはわかるな。酒のつまみにいいんだよなぁ』
赤い髪を揺らした紅葉 楓(aa0027)のパペット、くまのサトウさんが言う。人見知りのため、楓は基本パペットを通さないとしゃべるのが苦手だ。対照的に、彼の英雄鯆(aa0027hero001)は楓の分もしゃべる。
「いい感じに、リュカが長話で引きつけてるようだぜ。何だこの蟹トーク」
鯆が常にくわえている煙草の煙が、言葉と一緒にぷかぷか吐き出された。携帯端末からは、交渉中のやりとりが聞こえてくる。といっても今のところ、リュカの声しか聞こえてこないが。
「いい? ライカ、ここから先は、静かにしないといけないんだよ?」
軍服にも似た服に身を包んだ金髪碧眼の大柄な男性に向かって、十歳ほどの黒髪黒目の少年が言い聞かせる。男性はЛайка(aa0008hero001 )、葛原 武継(aa0008)という名の少年の英雄だ。
彼らは東側の朝市入り口から、人質がいると思われる朝市西側の食堂へと向かっているところである。市場内は店が多く段ボールや発泡スチロールの箱などもたくさん積み上げられているところもあったが、今の彼らにとっては隠れ場所になるためありがたい。
物音を立てないように、彼らは細心の注意を払って移動する。身体の小さな武継は、うまくそれを生かして物陰から物陰へと身を隠しながら進んでいた。
アニェラも同じようにして進んでいるが、彼女は同時にものの配置や道順、死角になりそうな場所もチェックしている。
「この辺りが死角になる。撤退のルートは……こう」
今は戦闘経験のある者達ばかりだが、同じ道を通ってここを出る際には疲弊しきった一般人を伴うことになる。退路の確保と効率のいい退避は絶対必要だ。
やがて、携帯端末からではなく建物の南側から、リュカの声が聞こえてくる。
「……あれが、ヴィラン」
明が呟いた。彼女達の方には背中を向けて、女性を抱えた大男が立っているのが見えた。その正面にはリュカと征四郎。リュカは発泡スチロールの箱を開け、中の蟹をしきりに指さしながら勢いよくしゃべっていた。オリヴィエとガルーの姿は見えない。
『今のうちに、西側へ行け』
折良く、携帯端末からオリヴィエの声がした。
彼らは素早く物陰を利用しながら、西側の食堂へと向かった。
●蟹は永遠に
リュカの蟹トークは留まるところを知らなかった。
「ま、そういうわけで、ずわいも最高だけどたらばにはたらばの魅力があって……」
「う、うう……」
ヴィランは確実に困っていた。それはそうだろう。あまり日本語が得意でないらしいのに、専門用語(主に蟹)をどんどんまくし立てられているのだから。
しかし、こちらにとっては好都合だ。ヴィランの注意がリュカと蟹に向いていれば、人実救出班は動きやすくなる。
オリヴィエは、携帯端末からの連絡を聞きながら注意深く移動を繰り返し、食堂と南側入り口の間にさりげなく障害物を配置していた。犯人が食堂へ向かいそうになった時に、少しでも時間を稼げるようにだ。
「あ、暴れたら蟹の味が落ちてしまうのです!!」
征四郎の声がしたのは、その時だった。
段ボールをその場に置き、オリヴィエは一旦ヴィラン達のいる方へ戻る。
とうとう痺れを切らしたのか、ヴィランは人質の女性を乱暴に振り回し、暴れていた。リュカと征四郎が、必死に蟹を盾に説得している。
そろそろ、限界かもしれない。
「……人質はどうなった?」
オリヴィエは、携帯端末に向けて問いかける。
『おう、任務完了だぜ。今出口へ向かうところだ』
鯆の声が答えた。
人質を逃がすなら、北側出入り口を利用する方が近い。恐らくそちらへ向かうだろうと思い確認すると、是という返答があった。
ならば。
オリヴィエは用心深く障害物の影から顔を出し、合図を送った。ヴィランは背中を向けているので、彼の動きは見えないはず。そのさらに向こうにいた征四郎が、本当に微かに頷いた。
「征四郎が代わりの人質になるのです。征四郎はこのとおり軽くて持ち運びしやすいですし、その分ずわいがにをいっぱい持っていけるのです。……その人を解放してあげてほしいのです」
あえて子供らしい口調で言いながら、ヴィランとの距離を詰めていく征四郎。
ニュアンスは伝わったようで、ヴィランが戸惑った様子を見せていた。蟹と征四郎と女性を見ながら、明らかに迷っているとオリヴィエは感じた。
チャンスだ。
「……人質を逃がしてくれ。戦闘は、このままヴィランを外へ押し出して行う」
『了解!』
朝市内に被害が出るのは避けたい。HOPEから万一の場合は補償が出るといっても、関係者達の精神的ダメージが計り知れないだろうから。
その間にも、征四郎はヴィランに接近していた。
ヴィランは、人質の女性を見下ろした。
そして。
僅かに、その腕が女性から離れる。
征四郎は、その隙を逃さなかった。
「腕を抑えてほしいのです」
「おっせぇんだよ畜生! 俺様この中あんまり好きじゃねーっての!」
再構成されたガルーが、ヴィランの腕を掴んで思い切り後ろへねじ上げた。すかさず征四郎が、女性をヴィランから引き離す。
このために、一度ガルーを幻想蝶に入れていたのか。
さすがのヴィランも、大柄で体格のいいガルーに全力で抑え込まれては容易に抜け出せないようだ。その隙にオリヴィエは、リュカのそばへ駆け戻る。
ヴィランが、吠えた。無理な姿勢ながらガルーに体当たりし、体勢を崩させる。その一瞬で間合いを取ったのだから、なかなかの手練れと見ていいだろう。蟹に執着して道を踏み外したとはいえ、油断できない相手だ。
「いくよ、オリヴィエ」
「……わかっている」
共鳴だ。
リュカの髪が緑に、瞳が金木犀の様な赤金色に染まる。
「……世界の意味を、物語を見つけにいこう」
一足先に、戦いが始まった。
●急げ!
「助けに来ました、えっと…怪我、してませんか?」
愛らしい少年が口に指を当てて「しー」とやりながらそんな風に尋ねたら、どんなに怯えた人間でも警戒心が和らぐのだろう。
武継を見ながら応えた人質達は、ふらつく足取りながらもロープを解いてやると自力で立ち上がった。
「アカルさん、アニェラさん、この人達の誘導と護衛をお願いします」
「わかった。あ、その前に、怪我の手当をお願いできるかな?」
「はい!」
高校生が痛そうに足をさすっているのを見て、明が九繰にケアレイを頼む。幸い膝をすりむいていただけだった。
あとは、速やかに彼らを脱出させるだけ。地形的に考えて、北側出入り口から逃がすのがいいだろう。
「鯆、何か向こうに動きは?」
アニェラが鯆に訊く。鯆は携帯端末からの音声を聞きながら、煙草の煙を盛大に吐き出した。
「なかなかいい感じみたいだぜ。今、征四郎ちゃんが人質交換に乗り出そうとしてる」
『ちゃっちゃと行こうぜ。戦闘になったら、二人じゃきっついだろ』
楓のうさぎパペットタナカさんの声に促され、一同は北側出入り口を目指して進み始めた。
食堂へ来る時にアニェラが退避ルートを決めてくれていたおかげで、移動は効率よく進んだ。物陰から物陰へ、音を立てないよう移動する。こういうことに関しては素人の一般人二人を連れていても問題なく、一同はルートの半分ほどを難なく消化した。
爆音が響いたのは、北側の出入り口に向かって角を曲がろうとしたその時だった。
「っ、戦闘が始まったね」
明のモアキーンで探るまでもなく、衝撃は彼らのところまで伝わってきた。
「今南側出入り口付近にいる。そこから外へ押し出して本格的におっぱじめるってよ!」
携帯端末をしまいながら、鯆が叫ぶ。
「急いだ方がいいな」
アニェラが、一般人二人の背中を出入り口の方へ押しやった。
「僕達、先に行っています! その人達をお願いします!」
武継が、ライカを促して走り出した。そのまま共鳴する。
「俺らも行ってくるから、そっちは頼むわ」
だらしなく肩にかけた白衣をマントのように翻し、鯆は便所サンダルを突っかけて駆け出した。
『できるだけ早く来てくれよ』
橙色の目に鋭い光を宿し、楓も彼らを追いかける。残された明とアニェラ、九繰は、中年男性と高校生を支えながら北側出入り口を目指した。
●戦闘
リュカが、ヴィランの腕を狙って攻撃する。精度の高い銃の一撃を、しかしヴィランは下がってかわした。
着地したヴィランに、間髪容れず征四郎が向かっていく。こちらも共鳴し、征四郎の姿は青年へと変化している。槍の突きを繰り出したのを、またしても後ろへ飛んでかわすヴィラン。
うまくいっている。
両者の攻撃は、ダメージを与えるためのものではない。このまま後方へどんどん移動させ、建物内からヴィランを出すことなのだから。
だが、その時ヴィランが立ち上がり、両手それぞれに持った剣を大きく振り下ろした。間合いの中には誰もいない。威嚇か。
しかし、リンカー達は、防御姿勢を取って素早く手近な物陰に飛び込んだ。
「やあっ!」
裂帛の気合いが、彼らの耳に届く。重い破壊音と遠くで何かが壊れる音が、断続的に響いた。
「武継!」
「大丈夫ですか?」
共鳴した状態の武継が、武器を構えつつリュカの横に駆け寄った。
「ちょっと、お店に被害が出てしまいました。かまいたちです」
かまいたち。
ヴィランの操る攻撃だという前情報は聞いていた。目に見えない攻撃だけに、避けるのは困難、その上広範囲に被害が及ぶ。
「うおおっ!」
雄叫びが、彼らの脇をすり抜けていった。次いで起きる破砕音。あわてて覗いてみると、共鳴状態の楓の背中と、倒れたヴィランの姿が目に飛び込んできた。
「カエデさん!」
武継が叫ぶ。
「かまいたちだかなんだか知らねぇがンなもん楓がぶった斬ってやるよ!!」
共鳴した楓は、三十代前後の姿になり心なしか表情も口調も明るくなっている。そう、この状態の彼は、自らの口でしゃべるのだ。彼のパペットのようなオーラが、その周囲を取り巻いている。
どうやら、荷台を踏み台にしてジャンプし、ヴィランの頭上から槍で攻撃したらしい。そう天井の高くない建物内で、無茶をするものだ。
「助かったよ」
「おう、じゃああとは……」
楓が言いかけた時、空気がぴりりと動いた。
「まだです!」
征四郎が、物陰から飛び出し槍を繰り出した。
起き上がっていた、ヴィランに向かって。
狙いは足だった。間一髪攻撃が決まり、ヴィランが大きく仰け反る。かまいたちを繰り出そうとしていたようで、一拍おいて天井付近が瓦解した。
「くそ、外に追い出すぞ! このままじゃ崩れる!」
「はい!」
楓と武継が、ヴィランに向かっていく。
リュカは彼らから少し遅れて続き、銃での攪乱と威嚇を狙う。
共鳴したリンカーが四人。一度に相手取るのは不利と判断したのか、ヴィランは出入り口へ向かって走り出した。時折振り返ってかまいたちを放ってくるが、片手の上狙いも定まっていないので避けるのは簡単だった。
いい展開だ。
視界が開ける。機動隊が包囲した、朝市前の広いスペースに出る。ヴィランは警察を見て怯んだが、相手は一般人だ。突破口を開くには、そちらを相手にした方がずっと楽で確実。
ヴィランの剣が、高く振り上げられる。警察官達に向かって。
だが。
「そう来ると思った!」
白から黒へとグラデーションがかった長い髪が、蒼穹に靡く。
明とアニェラが共鳴した、Aと呼ばれる成人男性の姿だ。その手から放たれた矢が、美しい直線を描いてヴィランの肩に突き刺さった。
絶叫が迸る。
「チェックだ。大人しくお縄に付きな」
素早くもう一本の矢をつがえて、青年は目を細める。
北側出入り口から人質を連れて脱出したあと、警察に彼らを任せてそのまま南側へ回ってきたのだ。そして待機していたところへ、ヴィランが飛び出してきたのである。
「やああっ!」
同じく南側で待ち構えていた九繰が、倒れたヴィランに槍の一撃を繰り出す。
ヴィランの剣が、二本ともはじき飛ばされた。必殺の攻撃を封じられて怯んだヴィランを、追いかけてきた楓達が素早く拘束する。
ヴィランは、人間だ。だから犯した罪の裁きは、あくまでも人の法によって下されなければならない。
「蟹食いてぇなら自分で買いに行け。甘ったれてんじゃねぇよ。おっさんがいい店教えてやっからよ」
共鳴を解いた鯆が、項垂れているヴィランに声をかけた。ちなみに持参のロープで縛り上げたのも彼だったが、それは致し方ないだろう。
『……それよ、お前が言うか? イルカ。お前も自分で煙草買いに行けよな』
そして、タナカさんに華麗に突っ込まれていた。
「お兄さん、すっごく蟹が好きなんだなって思います、だから悪い事したらちゃんとごめんなさいしないと、美味しいものはおあずけですよ!」
武継も、一生懸命に訴える。
言葉は通じなかったはずだ。たぶん。
だがヴィランの顔にはもう攻撃性はなく、静かにリンカー達を見回たあと、ゆっくりと頭を垂れた。
●蟹よさらば
多少の損壊は免れなかったものの、朝市関係者達はヴィラン連行後速やかに各々片付け作業に取りかかっていった。人々はたくましいのである。
関わったリンカー達も、積極的にそれを手伝った。
「たらばとずわいって……どこがちがうんですか?」
空き箱を運びながら、武継は市場の人にそんな質問をしている。その近くでは、ライカが重いものや高いところに載せるものを受け持って、黙々と働いていた。
九繰とエミナは、仲間達の怪我を治療したあと朝市の中の掃除を受け持っている。
「ククリ、重くないですか?」
「大丈夫! あと少しだから、頑張りましょう!」
九繰の元気な声と笑顔に、周囲の人々も表情を和ませている。
「そうですね。終わったらズワイガニを食べに行きましょう」
「……えっ?」
「ズワイガニです」
エミナの右手の甲、感情表現用の小窓にどや顔の顔文字が浮かんだ。
征四郎とガルーは、ことの顛末をHOPEにとりあえず電話報告していた。詳細且つ正確な報告はもちろんあとできちんと行うが、事態の収束だけは伝えておかなければならない。
「はい……はい。では、後ほど改めて。よろしくお願いしますなのです」
通話終了。
「はー、俺様疲れたわ」
「少々手間取りましたね。でも、それほど時間がかからなくてよかったのです」
並んで座る。互いに、互いは見ないで。
それで十分だから。
「今日は、蟹鍋だそうです」
「そうか」
万一のことを考えて取り寄せていたずわいがにと、交渉のために購入したたらばがに。
美食の競演が、間もなく始まろうとしている。
「ちょ、蟹痛ぇ! あと固ぇ!」
蟹鍋の下ごしらえを手伝っていたアニェラが、蟹のとげとげに耐えきれず叫ぶ。
「そりゃそうでしょ。甲殻類だもの。でもこの殻を突破して柔らかな肉を口に入れた時の幸福感が……」
「……もういいから、これ持ってろ」
蟹について語り出したリュカに、オリヴィエは無理矢理カットした野菜を載せた皿を持たせた。
「ほんと、立派な蟹だね。食べるのが楽しみ」
こちらはそつなく蟹を解体しながら、明は微笑んだ。やり方は、朝市の人に教わった。おいしい食べ方のコツや、合う野菜、シメの楽しみなども。
「早く食べてぇな」
すでに蟹との戦いを放棄したらしいアニェラが、蟹を盛りつけた皿を覗き込みながら言う。
「これだけあれば、たっぷり食べられるね」
何しろ、最高級の食材だ。実に楽しみである。
各々忙しくしている中、鯆と楓はこっそり人気のないところへ移動していた。楓は元々人がたくさんいるところが苦手なため、そして鯆は、喫煙のためだ。
「まあ、何だな。なかなかいい仕事だったんじゃねぇ? そんなめんどくせぇ相手でもなかったし、うまいモンは食わせてもらえるし」
酒の肴に最高だと、鯆は上機嫌だ。
「遠慮しねぇでとにかく蟹から食えよ? 足は合計しても十六本しかねぇんだからな。一番うめぇ身の部分なんかもっと競争率上がるぜ。そりゃもう死闘を覚悟しねぇとな」
煙草の煙とともにまくし立てる鯆に、楓は無言で深く頷いたのだった。