本部

紡歴 ~桜、かざして~

西方稔

形態
ショート
難易度
易しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
15人 / 4~15人
英雄
15人 / 0~15人
報酬
無し
相談期間
5日
完成日
2017/04/20 08:20

掲示板

オープニング


 ある日の、H.O.P.E.本部。
「今度、うちの庭で花見会をすることになったので。この間、助けてもらったお礼に。H.O.P.Eのみんなは、どなたも歓迎、します」
 集まったエージェントたちを前に、たどたどしい口調でそう告げるのはセーラー服姿の少女だ。
 緊張しているのか、どことなく表情が引きつっている。
 傍らに立つポーカーフェイスの女性職員が、見かねたように口をひらく。
「この方は、相模七緒(さがみ・ななお)さんです」
 先日発生した事件で、エージェントたちに命をすくわれた一般人だ。
 今回はその礼をするべく、H.O.P.E関係者たちを花見会に招待したいという。
「亡くなった祖父の屋敷に、大きな日本庭園があって。桜もたくさんあるんだけど、家族だけで眺めるのも、なんだから」
 もし良かったらと、ぺこり、頭をさげる。

「僭越ながら、当日のスケジュール等を、わたくしが書面にまとめさせていただきました。参加を検討される際は、ぜひご参照ください」
 手渡された概要については、ざっとこんな感じだ。
 朝は準備時間にあてられており、花見会がはじまるのは正午以降。
 夜はライトアップが行われ、夜桜見物ができるという。
「歩きながら鑑賞する『回遊式庭園』という様式のようですから、あちこち見てまわってはいかがでしょうか」
 母屋で茶菓子を頬張りながら、屋内からまったり鑑賞するのも趣がありそうだ。
 差し入れなどを持ちこんで、皆と楽しむのも良いかもしれない。
「あ、あと。良かったら、ぜひ着物で来てください。その方がなんていうか……風流だから。着物のレンタルもします。わたし、着付けできるんで。色柄の見立ても希望があれば、いってください」
 貴女もどうですかと問いかける少女に、女性職員は肩をすくめて。
 「あいにく、その日は仕事ですので」と一礼し、持ち場に戻っていった。

解説

人形師の屋敷にて。
日本庭園を貸しきって花見会が催されます。

なお、当日は快晴。
あたたかな一日となる見込みです。

●当日のスケジュール
・【朝】準備時間
 会場セッティング、着付け等の準備時間です。
 花見会の手伝いや、差し入れを持ちこみたい方。
 着付けを行いたい方等はこの時間に。

・【昼】花見会スタート
 当日のメインイベントです。
 日本庭園での花見会を楽しみたい方はこの時間に。

・【夜】夜桜鑑賞
 庭の桜がライトアップされます。
 昼間とは違った、夜の桜を楽しみたい方はこの時間に。


●人形師の日本庭園
 先代の人形師(故人)が造った広大な庭園です。
 池を中心に築山や庭石、草木が配置されています。
 屋内から庭を眺めることもできます。

●着物のレンタル&着付け
 希望者の方には着物のレンタルを行います。
 NPCが着付けできますので、この機会にぜひどうぞ。
 (レンタルしたという設定だけ拾って、着付けシーンを描写しないのもOK)

●NPC
・相模七緒(さがみ・ななお)
 過去登場シナリオ「ヒトデナシの挽歌」
 http://www.wtrpg0.com/scenario/replay/3697

 眉目秀麗だが、ぞんざいな口ぶりの女子高校生。
 怒っているわけではないのに、「機嫌が悪そう」と言われるのがコンプレックス。
 基本的にほぼ描写ナシ。お誘いがあれば同席させていただきます。

リプレイ

●朝~澄んだ空気と、楽し気な気配
 いつもとなんら変わりのない、一日の始まり。

 その日、朝一番に相模家の庭を訪れたのは、小宮 雅春(aa4756)とJennifer(aa4756hero001)の二人だった。
 以前見かけた顔だと、和服姿の相模七緒(さがみ・ななお)が出迎えるも、
「来てくれたんだ。ええと――」
「僕は、小宮雅春」
『私はJennifer。雅春はジェニーって呼ぶわ』
 英雄の着付けを申し込めば、小宮氏は少し待っててと、挨拶もそこそこに母屋から追い出されてしまう。
 見れば、相模家の人々が着々と花見会の準備を進めていて。
「これでも、男だからね」
 英雄の着付けを待つのにちょうどいいと、手伝いを申し出る。

「ジェニーさん、着物の間も仮面は付けたままなの?」
『ええ、そうね。その方が、ミステリアスで素敵でしょう?』
 Jenniferの着付けに取り掛かりながら、七緒は「ふぅん」と生返事。
 藤紫色の着物を羽織らせようとして、その手が、止まった。
 身体に、痛ましい痣を見つけたのだ。
『雅春には内緒よ?』
 Jenniferはシーッと人差し指を立て、微笑む。
 能力者と英雄。
 その不思議な関係に、思わず、問いかける。
「……ねえ、小宮氏って、どんな人?」
『子供っぽいところもあるけど、悪い子じゃないわ』
 貴婦人の微笑みは仮面の下。
 その本心までは、わからない。

 続いて母屋を訪ねたのは、御剣 正宗(aa5043)とCODENAME-S(aa5043hero001)の二人だった。
『着物は用意してきたので、二人とも、これで着付けをお願いできますか?』
 Sから手渡された桜柄の着物を手に、七緒がぱっと顔を輝かせる。
「二人でおそろいなんだ。良いね。花見にぴったりの柄だ」
 一人ずつやるから、一人はそこに座って待っていてと告げ、すぐに二人の着付けを完成させる。
 大きな姿見の前に二人を立たせ、全身をチェックするように七緒が告げて。
 草履を履いて楚々と歩けば、正宗も立派なヤマトナデシコだ。
『正宗さん、似合ってますし、とってもかわいいです♪』
 Sがぱちぱちと手を叩くのへ、正宗が嬉しそうに微笑んで。
 七緒に頼んでSの髪飾りを見立ててもらうと、すぐさま写真を撮りはじめた。
「せっかくだし、一緒に写りなよ」
 カメラを借り受けた七緒が、庭の前にSと正宗を並ばせる。
 つま先をちょんと合わせて立つよう指示すれば、どこから見ても上品な立ち姿に。
 揃いの着物に、揃いのポーズで。
 ――はい、チーズ!
 青空に白い花雪。
 二人の笑顔も満開で。
 楽しい一日を予感して、二人、そろって微笑み交わした。

 墓場鳥(aa4840hero001)と連れだって庭園を訪れたナイチンゲール(aa4840)は、
『準備を手伝ってくる』
 追いすがる間もなく着付けの場に捨て置かれ、おろおろと佇んでいた。
 ちょうど、着付けを終えたJenniferを送りだす七緒と目があって。
「もしかして、あんたも着付け希望?」
「あ、あ、その……その……はぃ」
「じゃあこっち来て。で、シャンと立って」
 たすき掛け姿でキビキビと働く少女に圧倒されつつも、数分後には頭からつま先まで、綺麗に整えられていた。
 姿見に映る着物姿に、思わず「わあっ」と感嘆の吐息が零れる。
 まわりを見やれば、美しく着飾った女性たちの着物姿。
「あっあの……、おねっお願い、がある……んです……!」
 ナイチンゲールは意を決して、七緒の袖を引いた。

 ミーシャ(aa1690hero001)の着付けを七緒に託し、久兼 征人(aa1690)は花見会用にとシャンパンを差し入れた。
「ありがとう。みんな色々持ってきてくれているから、お昼は食べ物も飲み物も充実しそうだ。……でも、ごめん。ちょっと準備が遅れてて」
 開始が遅れるかもと七緒に言われ、周囲を見やる。
 母屋の茶席の支度や、庭の各所に配置する案内の手配が間にあっていないらしい。
 状況を把握するなり、征人は腕まくりをして。
「セッティングなら任せろ。大人数の宴会には慣れてるから、指示をくれ」
 雅春や墓場鳥など、手近に居たメンバーへ声をかけ、率先して動きだす。

 桐生 嵐(aa5082)は手作りのつまみを重箱に詰め、七緒へと手渡した。
「みんなで食べてくれ、せっかくだからさ」
「あっ。すごい」
 こっそり中を覗き、七緒が唐揚げや桜の塩漬けおにぎりなど、充実の内容に目を輝かせる。
「着付けは白雨にやってもらうんで、着物だけ見ても良いかな」
「いいよ。おじいちゃんが人形用に集めたんだ。たくさんあるから、好きなのを選んで」
 示された場所へ向かえば、着物に帯、草履まで、何でも揃っている。
「紺藍色で、かすれ縞のものがいいかな。帯は暗い赤にしよう」
 桜色の庭には少し暗い色の方が映えるだろうと、選んだ一式を白雨(aa5082hero001)に託す。

「相模君、今日はお招き頂きありがとう」
 七緒は、その能力者――石動 鋼(aa4864)の声に聞き覚えがあった。
 事件のあった日。
 ずっと自分を励まし、窮地から救い出してくれた声だ。
「改めて、私の名は石動鋼という。つまらないものだが、良ければ皆で食べて欲しい」
 有名店の菓子折りを渡され、七緒が笑う。
「ありがとう。それに着物で来たんだ。良く似合ってる」
 続けて、傍らに立っていたコランダム(aa4864hero001)が流れるように一礼して。
『こうしてお会いするのは初めてですね。鋼の英雄の、コランダムと申します。よろしくお願いします』
「よろしく。二人とも、ゆっくりしていってもらえたら嬉しい」
 もうすぐ準備も終わるから待っていてと、七緒に手引かれ、二人は母屋の縁側へ向かう。

 そろって相模家を訪れ、着付けの間へ通されたのは仲の良い四人組。
「あんまり家だと着ないし、こんな時くらいはねぇ」
 墨色の袷着物と羽織を家から持参した木霊・C・リュカ(aa0068)は、慣れたものでするすると着付けを終えている。
 しかし、
『マスター、できません』
 青みがかった紺の袷着物と羽織を手に、見よう見まねで着ようとしてぐるぐる巻きになっているのは、凛道(aa0068hero002)だ。
 二人の様子を楽し気に見守っていた紫 征四郎(aa0076)へ、リュカが呼びかける。
「せーちゃんも着られる? お兄さん手伝おうか?」
「い、いえ、征四郎は……!」
『馬鹿者。レディが殿方の前で着替えられる訳無かろう』
 ユエリャン・李(aa0076hero002)がしっしと男たちを追い払い、
『ほらおチビちゃん、着付けてやるからこっちにおいで』
 『我輩も着替えるから覗くで無いぞ』と釘を刺し、別室に閉じこもる。
 征四郎に用意したのは、桃色に臙脂の羽織をあわせた着物と、桜柄が縫いこまれた足袋。
 ユエリャンは青系色でまとめた、女ものの艶やかな着物を選んだ。
『揃いで簪を付けようか。それと、少しだけ化粧も教えてやる』
「征四郎は、綺麗なお着物だけでも十分なのですが」
『レディはこういう時こそ、目一杯洒落ておくべきであるぞ』
 一方、別室に残ったリュカが凛道の着付けをはじめるも、間違って死人合わせにしてしまったりで、うまくいかない。
『マスター』
「しょうがないの! 人に着付けるのなんか初めてなんだから!」
 なんとか格好がつくよう仕上げた頃には、征四郎たちの支度も整っていた。
「リュカもリンドウもよく似合ってますね。かっこいい、ですよ!」
 着物もお揃いなんですねと言われ、凛道は微妙な表情を浮かべ、話題を逸らす。
『ユエさんはやはり女性物なんですね』
『男女装はどちらでも良いが、我輩の美しさがより際立つ方を着ようとな』
 ふふんとポーズをとって見せれば、大人っぽい仕上がりが美しい。
 リュカは一同の準備が整ったのを確認すると、七緒から和傘を借り受け、庭園へと向かった。

●昼~あたたかな光と、賑やかな憩い
 太陽も真中に昇れば、あたりはすっかり春の陽気に満ち満ちている。
 着物を借り受け、着付けを終えた大門寺 杏奈(aa4314)とレミ=ウィンズ(aa4314hero002)は、華やかな庭園を前に心躍らせていた。
 二人とも衣装だけでなく、髪型もアップにして少し大人びた雰囲気だ。
『杏奈、これが噂に聞く和服というものですわね! 着心地も悪くないですわ♪』
「私も着物は初めてかな。……ちょっと、首がすーすーする」
 肩越しに首筋を見ようとする杏奈を、レミがくすりと笑って。
『ふふ、とってもお似合いですわよ? 身長もいくらか伸びたせいか、こういう大人っぽい服もあうようになってきてますし』
「そう? ……どこまで成長できるかな、私」
 最近になって成長期に入ったのか、杏奈の身長は少しずつ伸びている。
 共鳴する時は杏奈の将来の姿のような見た目になってはいるものの、確実にそうなるという根拠もないので、どこまでその姿に近づけるやら……と、不安は尽きない。
『わたくしのような英雄は、そもそも成長するか良く分かっておりませんが、杏奈はきっと大丈夫ですの。成人になる頃には、素敵な女性になっているでしょう』
「……ん、頑張る」
 ぎゅっと拳を握り決意を新たにする杏奈の後ろで、依雅 志錬(aa4364)は呆然と立ち尽くしていた。
 なお、着物の着付けは杏奈とレミに託したおかげで、きちんと着こなせている。
 自分でやってみると挑んだS(aa4364hero002)は一度盛大に失敗したものの、周囲のアドバイスを受けながら、なんとか着ることができていた。
『わあっ! 日本庭園って、こんなに広いんだね!』
「……これが、庭園……」
 人生経験の1/3を冬眠に費やしてきた志錬にとっては、庭も桜も、目に映る色々なものが新鮮で仕方がない。
「シレンさん。せっかくだし、庭を一週してみない?」
『良いですわね! きっと、色んな風景が見られるに違いありませんわ』
 二人の提案に、志錬とSは迷わず賛成して。
 それぞれの着物や景色に目移りしながら、輝きに満ちた庭へとくりだしていく。

 陽光に照らされた桜は、ただただ美しかった。
 風がそよげば、はらはらと花びらが舞い、あたりの景色を白く染めあげていく。
 コランダムが景色を満喫する一方、鋼は心ここに在らずといった様子で。
『鋼。また、つまらない事をウジウジ考えてただろう』
「……そんな事はない」
 口ではそう言いながらも、眉間のしわは深い。
『鋼は、嘘をつくのが本当に下手だな。顔にかいてあるぞ』
「まさか?!」
 驚き手の甲で顔を拭おうとするが、もちろん、書いてあるわけもなく。
『焦った所で、どうしようもないんだぞ』
「そんなことは――」
『わかってない。鋼は生き急ぎるきらいがある。そんな事だと、本当に護りたいものも護れないぞ』
 桜景色の向こうに相棒がなにを視ていたかなど、コランダムにはお見通しだ。
 コランダムには、鋼をすくいあげるのは自分しかいないという、自負があった。
 だからこそ、小言も多くなる。
『それに。こんな素敵な桜を前に考え事なんて、招待してくれた七緒君に失礼だぞ』
 言われ、遠く、客人たちをもてなす七緒の姿を見やる。
 ――鋼の護った、日常を生きる少女。
『君には僕がついてる。焦らずに、一緒に強くなっていこう?』
「……確かに、こんな場所で考えることでは無かったな」
 今は花見を楽しむと約束した相棒に、それがいいと頷き返して。
『それじゃあ、母屋に茶菓子を食べに行こう』
「お前には花より団子か……」
 提案をはねのける理由はない。
 鋼はコランダムと連れだって、七緒の元へと向かった。

 手伝いを終えた嵐と白雨は、酒を片手にさっそく乾杯。
「やっぱ昼間っからの一杯は最高だな!」
『それは賛成だ』
 嵐は花より団子の勢いで、ふるまわれた食事を次々とたいらげて。
 白雨は、日本酒と和菓子を交互につまんでいく。
 桜は、白雨の好きな花だという。
「桜が好きな記憶とか、あるのかい?」
『そうさなぁ……。俺の近しいものと、よく見ていたような……』
 しかし、明確な記憶は残っていないらしい。
『不思議なものだ。ただ、好きなのだ。それに理由など必要などないのだろう』
 ぼんやりとした答えだったが、嵐は頷いた。
「そっか。そうやって一つずつ、きみの好きなものを知れるといいな!」
 白雨の不思議な瞳を覗きこむようにして、笑う。
「せっかくエージェントになったんだ。戦いだけじゃなくてさ、いろんなことしようよ」
 その言葉に英雄が答えるより早く、嵐が大きく手を振った。
 七緒が通りかかったのだ。
 呼びとめ、改めて今日の礼を告げる。
『庭園とは、造った人の心が映し出されるものというが。祖父の心を感じたか』
 英雄に問われ、七緒は庭を見やった。
「どうかな。この庭、あんまり入ったことなかったから」
「ゆっくり見て回ると良いよ。きみがこの庭を見て癒されれば、おじいさんはきっと喜んでくれるんじゃないかな」
「……そうかな」
「そうだよ!」
 力強く同意され、七緒がふっと笑いだす。
 それから、三人で綺麗な桜の花びらを集めてまわった。
「これを器に浮かべれば、もう一度花見ができるな」
 ――目の前に在る景色は、今日だけの命。
 はかなく移り変わる情景を、三人、ならんで見送る。

 準備の手伝いを終えた征人は、ひと息ついた後、着付けを終えたミーシャを迎えに行った。
 清楚で可憐な着物姿は遠目にも美しく、
「綺麗だ」
 と、出合い頭にそれだけを言うのがやっとだった。
 嬉しそうにはにかむミーシャの手を引いて、ゆっくりと庭園を巡りはじめる。
 躓かぬよう、疲れが出ぬようにと、寄り添いながら歩調を合わせのも忘れない。

 ゆっくりと庭を歩いていたシオン(aa4757)は、客人たちの様子を見て回る七緒を見つけ、声を掛けた。
「久し振りだね、七緒」
 呼び声に気づき、七緒が駆け寄る。
「いらっしゃい、シオン氏。来てくれてたんだ」
 シオンもまた、先の事件で七緒救出に手を尽くした一人だ。
「こんな美しい庭を持っていた御仁は、やはり心美しい人だったのだろう」
 並び立つのは、桜の回廊。
 天も地も白く染まる並木道を背に、シオンが切れ長の銀眼を細める。
「美しかったのかな」
「七緒は、そう思わないかい?」
「どうだろう。美しかったかは、わからないけど」
 『それ』が彼なりの在り方だったのかな、とは、あの日、思ったのだ。
 少女の横顔に、いまなお残る惑いの感情を垣間見て。
 シオンはふわり微笑み、澄みわたる空を仰ぐ。

 持ちこんだ弁当をたいらげた後、正宗はひたすら写真を撮り続けていた。
 目に映る景色や、Sの姿。
 今日という瞬間を、余さず記録しておきたかったのだ。
 しかし、慣れない着物姿で庭園を歩きまわり、すこしばかり疲労もたまっていて。
 脚を休めようと桜の下に腰を降ろせば、すぐに睡魔がやってくる。
『正宗さん、無理せず横になってください』
 眠たそうにする正宗をSが膝枕し、カメラを預かる。
 傍らに置いておこうとして、ひらめいた。
『今度は私が撮る番です♪』
 寝息をたてはじめた正宗にカメラを向け、寝顔をパシャリ。
 かすかなシャッター音が、さらに正宗を眠りへと誘っていく。

 参加者の多くが花見にふけるなか、
『うーっす、待たせたかぁ?』
「……お待たせしました本日は宜しくお願いします……」
 白昼堂々庭園に現れたのは、酒ダルを担いで来た青槻 火伏静(aa3532hero001)と、可愛らしいバスケットを抱えた無明 威月(aa3532)。
 主催者の七緒が酒ダルに驚き中身を問うも、
『あー? コレの中身かー? ……ック……コイツぁなー……』
「……火伏静さま、ナイショで……お願いします……」
 威月の口止めを受け、そんじゃあ今日は楽しませてもらうぜと、庭園の奥へと歩きだす。
 やがて、景観の良い場所を見定めて、
『いやー晴れて良かったじゃあねぇか、なぁ?』
 火伏静は満開の桜の下、酒ダルを傍らに、次々と杯をあけていく。
「……火伏静さま……飲みすぎ、です……」
『あー? どうせマトモにゃ酔わねーからいいんだよ。花見の席くれー、無礼講だろブレーコー』
 賑やかな酒は、賑やかな同志を誘うもので。
 同じく楽しく酒盛りをしていた嵐が、酒瓶を手に飛びこんでくるサプライズが発生したりもした。
 しばしそうしていると、着物姿で歩く杏奈とレミの姿が。
 二人を手招けば、ともに歩いていた志錬とS(ソルディオス)も加わり、6人で花見を楽しむことにする。
「桜ってこんなに綺麗だったんだ。今までずっと戦ってばかりいたから、季節を感じる暇すら無かったし……。お花見を最後にやったのは、いつだったかな」
 感慨深げに告げる杏奈とは対照的に、レミは異世界の情景に興味津々。
『この世界の四季というのは、とても素敵ですわね。春が終わったら夏、そして秋冬……やがて春に戻る。せっかくの移り変わりを楽しめないだなんて、もったいないですの!』
「……楽しむ、か。そんなこと考えたこともなかったよ」
 先ほどひと通り見て回ってなんとなくそういうものだと理解するも、志錬は木の下の定位置に座りこみ、飽きることなく花を眺め続ける。
「これが……『花見』……」
 視界一面の色をたのしむ、ゆったりとした時間。
「この様な日々が……長く続けば良いのですが……」
 威月が呟き、スッと己の火傷跡に触れて。
『……世の中にゃあ、悪党が居っからなぁ……』
 日々の戦いを想い起すように、火伏静が眼を伏せる。
 体質により食事ができない志錬は、そんな同席者たちを静かに見つめるばかりで。
『あっちの方も、池があったりして面白そうだね!』
 代わりに、レミは母屋でふるまわれていた団子を手に、気の向くまま周囲を駆けまわっている。
「……そう言えば……私、コレを作って参りました……」
 おもむろに威月が取りだしたのは、お手製の桜餅。
 眼にした火伏静が急に立ちあがり、
『おっと、酒が切れちまった。貰ってくるわーまぁ皆食ってろよ』
 ソソクサと場を離れていってしまった。
「……?」
 不思議そうに見送る一同をよそに、火伏静は並んでいた桜餅を思い返し、身震いする。
 ――物凄く美味い天国餅と、物凄く不味い暗黒餅が混在している。
 そのくせ、匂い、見た目ともに、どれも同じという仕上がりだ。
(散々、命のやり取りしまくってきた俺だから分かる……。アレぁ……ぜってぇ手を出しちゃイケねぇ類のブツだぜ。……っつーかよ……)
 ちらりと肩越しに振り返り、威月の横顔を覗き見る。
(……威月の味覚、どーなってんだアレ?)
 暗黒餅を頬張りながらも、平気な顔をしている。
 火伏静は誓約者の底知れぬ一面に戦きつつ、先ほど酒を分かちあった嵐を探し、桜色の庭園を歩きはじめた。
 そうとは知らずに相伴にあずかった杏奈とレミ、Sの3人は、偶然にも引き当てた天国餅を手にしながら、花見を続ける。
「餡子か。食べるのは久しぶりだけど……おいしっ♪」
 美味しそうにほおばる杏奈に、火伏静さんも食べれば良かったのにとSが呟いて。
 食事制限のある志錬は桜餅を辞退して、ひとりこくこくと水を飲みほす。
『食事は、一緒の人が多いほど楽しくなりますわよね♪ 志錬様も威月様も、またご一緒できる機会はあればよろしくお願いいたしますわ』
 レミの言葉に、一同はそろって頷いた。

 日々の喧騒から隔離された庭園は、まるで桜色の桃源郷のよう。
「桜、今年も見られて良かったのです」
 感嘆の声をあげる少女に、
「大丈夫? 歩きづらいでしょ、今日はお兄さん自分で歩こうか?」
 白杖もあるからね!と、リュカが苦笑する。
「大丈夫、です! 草履なので、歩きやすいのです」
 いつもよりさらに小さな歩幅で、征四郎が手を引きながら歩く。
 ――手を繋ぐの、征四郎も嬉しいのです。
 本音は、間違っても口にはできないので。
「……それに、転びそうになったら、リュカが支えてくれます」
 健気に務めを果たそうとする様子に、リュカが眼を細める。
「そういえば、せーちゃんと最初に会った日も、桜が咲いてる頃だったね」
 いくら眼をこらしたとて、己の視力では頭上の桜花を視ることは叶わず。
「どう? 綺麗?」
 問いかければ、征四郎は言葉を選びつつ答えた。
「光もちょっと柔らかい感じ、ですね。いっぱい咲いてて、とってもキレイですよ!」
 あたたかい陽光が降りそそぐなか、満開の桜と舞い落ちる花弁。
 そして、そのなかを歩く征四郎。
『なるほど……これが……大和撫子……!』
 連写機能を使いパシャシャシャとシャッターをきりつつ、征四郎と桜とを、一枚の絵におさめていくのは凛道。
『おチビちゃんばかり撮ってないで、我輩も撮るがいいぞ。許す』
 ユエリャンがぐいぐいフレーム内に割りこみ主張するも、凛道は器用に英雄を避け、少女の写真を撮り続ける。
 一見、なんでもない様子だが、時おり覗く陰りのある表情が、気にかかる。
(斯様に美しく暖かい日に、そんな顔をせんでも良かろうに)
 そんなユエリャンの視線に気づき、
『何でもありません、ユエさん。……少しぼーっとしてました』
 凛道はリュカと征四郎からすこし距離をおき、歩きはじめた。
 見あげる花は、初めて見る花。
 すこし後ろ暗い想い出のなかで咲く花にも、酷似している。
『あまり、想い出して気持ちの良い想い出ではありません、が。この花は、美しいと思います』
 告げながらも、感傷にふける瞳。
 その目は、桜花見と聞いた、征四郎のもう1人の英雄が見せたそれにも似ていて――。
(……忌々しい)
『ああ、美しいぞ。良い想い出がなければ、これから作ってしまえば良いのだ』
 そう言い捨てて、先を行く二人に呼びかける。
 団子くらいは奢ってやろう。
 今日が特別ぞと胸中で呟き、ユエリャンは眼前の花霞を、まぶしく見やる。

 着物姿のJenniferと合流するなり、雅春は子どものように喜び、庭園を歩きはじめた。
『梅の次は、桜のお花見。貴方ってお出かけが好きなのね』
 クスリと笑う貴婦人の言葉も、どこ吹く風。
 やがて通りすがった七緒を見つけ、着付けの礼がてら声を掛ける。
 七緒がぺこりと頭をさげ、Jenniferにも会釈。
「元気そうでよかった。事件の後、ふさぎ込んでないかって心配だったからさ」
 歩きながら人形師との事を聞いても良いかと問えば、七緒は頷いて。
「『ヒトデナシ』って呼んでたんだ、おじいちゃんのこと」
 酷いでしょ、と自嘲気味に笑う。
「家族より、人形を大事にしてると思ってた」
 それがただの思い込みだったとわかったのが、あの、事件の日だった。
 「笑っちゃうでしょ」と破顔する少女は、どっか苦し気で。
 風が木々を揺らし、花吹雪が舞う。
 ――かの人形師によって造られた、格式高くうつくしい庭園。
 雅春はじっと少女のそばに佇み、風の行く先を、見送った。

●夜~すべてを包む静寂と、ひそやかな時間
 世界を朱に染める夕暮れを経て、あたりが夜闇に包まれるころ。
「花見も偶には悪くはない……が、アオは、桜は好きか?」
『良い想い出が……無い気がします……』
「そうか」
 アリス(aa4688)はそれ以上は問わず、眼前をよぎる花びらを追う。
『アリス様は如何ですか? 桜は……お好きなのですか?』
「特に考えた事は、無い。まじまじと見るのも、初めてな気もするし、な」
 葵(aa4688hero001)と共にあてもなく庭を歩けば、ひときわ白い花を咲かせる大樹が目についた。
『見事な桜ですね』
「そうだ、な。古木、なのだろう」
 花は、薄闇にぼうと浮かびあがるよう――。

「いやぁ、夜桜、いいね、風流だねぇ」
 満開の桜の下を陣取り、夜風にあたりながら杯を交わすのは、ダシュク バッツバウンド(aa0044)とアータル ディリングスター(aa0044hero001)の二人。
 ダシュクは日本酒をぐびぐび仰ぐように飲み、すっかり上機嫌だ。
『全く、調子よく飲みすぎるなよ。介抱するのは俺なんだからな』
 声を掛けつつ、英雄も『まぁ悪くはないが』と赤ワインを手酌して。
 こちらはちびちびと、ゆっくり味を楽しみながら杯を空にしていく。
「いいんだよ。花を肴に一杯、なんて一年に一度しかねぇからな」
 そうして他愛ない会話を交わしながら、ピーナッツやチー鱈をつまむ。
 ――のんびりと過ぎていく時間。
 ふいに、
「お前とも長い付きあいになってきたなぁ」
 と、ダシュクがかつての記憶を懐かしく想い出して。
『なんだ唐突に』
「二人で買い出しに行った帰りに、空から女の子が降ってきた時はびびったけどな!」
 あははと笑う相棒につられ、アータルの口元もほころぶ。
『……フッ。あれはたしかに、傑作だった。降りてきたのは女神じゃなくて、邪神だったがな』
 さあと風が吹き過ぎ、頭上から花びらが降りそそぐ。
 一瞬の、後。
「俺はお前のこと、ダチだって思ってるぜ」
 突然の言葉に、アータルの手が止まった。
 戸惑いを隠せないまま、相棒の顔を見やる。
『……酔ってるな。まったく、飲ませるんじゃなかった』
「酔ってるよ。酔ってなきゃこんなこと言えねぇだろ」
 笑うダシュクへ、英雄は皮肉を込めて返した。
『俺も、お前のことは信頼している。酔っているからな』
「あ、ずるくね、それ」
 己のしたことを同じように返されダシュクが抗議するも、
『ずるいも何もないだろう。お前から言ってきたんだ』
 それ以上の追求をさけるように、アータルは日本酒をあおいだ。
「ほんとにお前って可愛くないよなー」
『光栄だ』
 軽い応酬の後に、また、互いの杯を満たして。
「そうだ、忘れてた」
 別のなにかを想い出したように、ダシュクがアータルを見やる。
 月明かりを透かしたコップを、こちらへ掲げ、
「アータル。乾杯」
『……乾杯』
 同じく杯を掲げれば、キンと、触れあった硝子が涼やかな音を響かせて。
 二人はそうして酒を飲み、引き続き、春の情景を堪能し続けた。

 一方、桜小路 國光(aa4046)はほかの参加者たちが楽し気に散策するのを横目に、ひと気のない場所で幻想蝶へ呼びかけていた。
「おい、どうした?」
 昼間、メテオバイザー(aa4046hero001)が庭の景色を見たとたんに篭ってしまい、それがらずっと、出てこないのだ。
「いつまで篭ってるつもりだ?」
 ふたたび声を掛ければ、ようやく英雄が姿を現した。
 けれど、口をつぐんだまま、不機嫌そうにしている。
「せっかく、着物も自分で用意したんだろ?」
 白は、いつもメテオバイザーが身にまとっている色だ。
 季節外れの柄だとは思うものの、それ以上の違和感は感じない。
 メテオバイザーは眼前にひろがる桜色の木々を仰ぐと、表情を曇らせたまま、ようやく口を開いた。
『この花……大嫌いなのです』
「でも、せっかくの桜――」
 言いかけて、想い出す。
 視界をもふさぐような、まっしろな桜吹雪の中。
 英雄が、大切な人を斬ったこと。
 それは國光を救うためであり、実際、國光は救われて、感謝している。
 それでも、
『メテオ……この刀で……』
 爪先が白くなるほど、強く刀の鞘を握り締める。
 英雄にとっては大切なできごとであると同時に、未だに消えない、心の傷でもあるのだろう。
「そうだな……。オレもアレは、いい想い出じゃない」
 脳裏をよぎるのは、降りそそぐ白い花弁と、銃口を向ける大切なひとの影。
「でも、桜が悪いわけじゃない。この国じゃ、桜はだれもが待ち焦がれる、季節を告げる花なんだ」
 互いに辛い想い出。
 しかし、
 ――絶対に断ち切れぬ絆で、繋がっている。
 あの時英雄が告げた言葉は、今は、二人の絆でもあって。
「オレの名前に、この花の名前……桜がはいってる」
 少しでもつらい記憶が和らぐようにと、國光は言葉を重ねる。
「昼間の桜が嫌いなままなら、夜の桜を好きになればいい。これから、夜桜で良い想い出を増やせば良いよ」
 そう告げれば、ようやく、メテオバイザーが安心したように微笑んで。
「帰る時は、ちゃんと出て挨拶するんだよ?」
 借りた履き物のこともあるしねと笑えば、
『はいなのです』
 桃色の髪をふわり揺らし、メテオバイザーは素直に、頷いた。

 篝火に照らされた木々を見あげ、シオンの髪と同じ色の着物をまとったファビュラス(aa4757hero001)はため息ひとつ。
『まぁ! 桜とは、仄かに光るものなのですわね……』
「……光る、か。ファビュラスは面白いことを言うね」
 離れて歩いていたシオンが、ひときわ白く咲く樹へ惹かれていく英雄を見守る。
 ――ひらり、はらり舞い落ちていく、白雪のごとき花弁。
 魅入るあまり、つい、周囲への注意を忘れて。
 トンと肩が触れた時には、もう遅い。
「すまない。上を見て、居た」
『あら、失礼致しましたの』
 凛々しい口調で謝るアリスに、おっとりと返すファビュラス。
 追いついたシオンは目を瞠ると、思わず呟いていた。
「……美しい」
 答えたのは、和服に身を包んだ青眼の少年だった。
『美しい……? 確かに、桜は美しいやも知れないですね』
「いや? キミ達のことだよ。まるで桜の精、だね」
『本当に。お二人とも、この桜のように何処までも白く美しく……』
 夢視るように繰りかえす二人に、アリスが感心したように続ける。
「桜の精か。面白いな。そっちは……、藤の霊と言ったところ、か」
 この庭では見られない花だが、アリスにとっては『桜よりも良い花』だ。
「俺はシオン。連れは、英雄のファビュラス」
「アリスだ。こっちはアオ……葵、だ」
「ここで会えたのも何かの縁……。桜が導いた縁、だね」
『桜の縁……。でしたら、あながち桜も悪くは無いのやも知れないですね』
 そこでようやく、葵が僅かに微笑んで。
 不注意の詫びと出逢いを祝してと、ファビュラスが舞を披露する。
「桜の精はファビュラスの方だな」
『とても美しいですね』
 揺れ惑う花びらのように、ファビュラスの髪や着物が、ふわりと空気をはらむ。
『桜……。アリスにも葵にも似合いますわ。幻想的で不思議で……とても綺麗』
 自身と同じようで、違う白さを持つ二人と桜。
 英雄は心躍らせ、その想いを舞へと昇華する。
「桜の精……。キミ達は、桜に何を想う?」
「特に、無い。花は咲き、散る」
 短く告げたアリスに続き、葵も言葉を選びながら、答える。
『アリス様も仰ったように、散る為に咲いているよう……だと。……そう、感じます』
「藤の二人、は、何を想う? この桜、を」
 問い返され、シオンはひと呼吸置き、答えた。
「散る為……。だからこそ美しい。散るからこそ、今が輝く」
 踊り終えたファビュラスも一礼し、言い添える。
『あたし達も……同じ。消え行く運命だからこそ、今を楽しむのでしょう』

 ひと気のない母屋の縁側に腰掛け、ミーシャははらりはらりと舞い落ちていく花びらを見送っていた。
 着物を着ることも、庭園を歩くことも、ミーシャにとっては初めての経験だ。
 口数少なく、はしゃぐこともないけれど、そのひとつひとつが楽しい。
「レアな格好のミーシャと、こんなすげー場所で二人きりとか、最高だな!」
 笑顔で告げる征人は、慣れない格好でいるミーシャを気遣い、昼からなにかと手を尽くしてくれていた。
 疲れを感じた時には、すぐさま座る場所を探してくれたり。
 のどが渇いたと思えば、お茶をもらってきてくれたり。
『今日は、楽しかった』
 そう呟いて、黒曜石を思わせる征人の瞳を見つめ、想う。
 ――征人はなにも言わなくても察してくれるけど。自分からも、言葉にして伝えたい。
 篝火と月光にうかびあがる、幻想的な夜の桜苑。
 雪降るように舞い落ちる花が、ミーシャに勇気を与えてくれる。
『征人……ありがと。いつも……』
 儚い声音で、懸命に想いを伝える姿が愛らしく、今にも抱きしめたくなる。
 けれど、征人は揺れる気持ちをぐっと抑えて。
「どういたしまして」
 できうる限りの澄まし顔で、恭しく頭を垂れてみせた。

「すごい……」
 幻想的な光景に圧倒されながら、ナイチンゲールも夜の庭を歩いていた。
 日本の桜に触れるのは今回が初めて。
 ひときわ大きな木の下に立ち、掌を掲げ、花びらを受けとめる。
「不思議だね。こんなに存在感があるのに、どうしてこんなに……儚いんだろう」
『さしずめ、炎の花……だな』
 声がするなり、木陰から着物姿の墓場鳥が歩み寄る。
 七緒に捕まり、着付けさせられたらしい。
『お前が差し向けたこの格好が、そんなに珍しいか』
「ホワイトデーの復讐だもん。……でも、素敵」
 『そうか』と短く返す英雄をくすりと笑い、
「墓場鳥は、いつも自分のこと後回しにするんだから。こういう時くらい、少しはお洒落したり遊んだりしなよ」
 青の瞳が、まっすぐに緑の瞳を見つめる。
 遠くだれかの話声が聞こえくる中、能力者は消え入りそうな声で、呟く。
「私なんかよりずっと美人で社交的なのに……、もったいないよ」
『……そうか』
「そうだよ」
 即答され、空を仰ぐ。
 揺れる満開の花が、月明かりに透けている。
『見事なものだ』
 墓場鳥の目には死を想起させ、故に美しく映る花。
 そして花びらが舞う中、着物姿で在る相棒の姿こそ、美しいと思う。
 おもむろに、ナイチンゲールが優しい旋律を口ずさむ。
 ――花とすべての儚い美に捧ぐ、詞のない歌。
 そこへ、だれかの足音が近づいて。
 ナイチンゲールは小動物のごとき俊敏さで、桜の影に隠れてしまった。
 墓場鳥は小さく、溜息ひとつ。
 人に慣れるには、まだまだかかりそうだ。

 シオンたちと別れた後、アリスと葵は過ごした時間の濃密さに驚いていた。
『不思議な方達でしたね』
「ああ。随分変わった二人だったな」
 面白いモノは、尽きることが無い。
 良い事だと、アリスが頷いて。
『……今夜、少しだけ桜が悪くも無いと。……そう、思いました』
 告げた英雄を見やり、アリスも足を止めて、葵の視線の先にある夜桜を見やる。
 一方、シオンとファビュラスも興奮冷めやらぬままで。
「素敵な出会いだったね」
『ええ、とっても! 桜のお陰、でしょうか』
 桜には、何か不思議な引力があるのだろう。
 それが夜桜の仄かな光、その物なのかもしれない――。

 すっかり夜がふけ、人の姿がまばらになる頃、志錬はいくらか疲労を感じはじめていた。
 傍にいるSは昼間とはうって変わって、なにかしら思案しているように見えて。
「……なに、考えてる……の……」
 問いかけても、視線を向けるばかり。
 しばらく二人、そうして夜桜を見あげていると、ふいに、Sが口を開いた。
『元いた世界では景色を見る余裕もないほど、戦禍が酷かったんだよね』
 沈黙が続くのは、その頃のことを想い出しているからだろうか。
 まどろみを感じながら背中をあわせていると、おもむろにSが告げる。
『だから、過去にできないことこそ、今やっていくんだ』
 己に言い聞かせるようにも聞こえる、確かな宣言。
 心の内までは、計り知れないけれど。
 英雄の横顔を見ながら、志錬はゆるやかに、眠りにおちていった。

 招待客全員の帰りを見届けた後、七緒はひとり縁側に座り、しんと静まりかえった夜の庭を眺めていた。
 なんでもない、春の一日。
 特別なことはなにひとつ起こらなかったけれど、そうしてゆったりと過ぎていく時間こそが、かけがえのない瞬間なのだと、今なら理解できる。
 生きている間にわかりあうことのできなかった祖父と過ごした時間は、ほんのわずかで。
 けれど今なら、その時々の姿を想い出しながら、彼がなにを想いヒトガタを創り、桜に満ちた庭を遺したのか、わかるような気がする。
「また来年も。こうやって、賑やかに過ごせたらいいな」
 夜風に舞う桜吹雪を見やり、ひとつだけ残していたロウソクの明かりを吹き消す。
 たったひとり、庭園に佇んで。
 あの時あなたが救ってくれた命は、まだここに在りますと、胸中で唱える。
 七緒は声をあげて、今度こそ、祖父のために涙を流した。

 ――ありがとう。おじいちゃん。

 どうかあなたの逝く先に、安らぎのあらんことを。
 
 

結果

シナリオ成功度 大成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 復活の狼煙
    ダシュク バッツバウンドaa0044
    人間|27才|男性|攻撃
  • 復活の狼煙
    アータル ディリングスターaa0044hero001
    英雄|23才|男性|ドレ
  • 『赤斑紋』を宿す君の隣で
    木霊・C・リュカaa0068
    人間|31才|男性|攻撃
  • 断罪者
    凛道aa0068hero002
    英雄|23才|男性|カオ
  • 『硝子の羽』を持つ貴方と
    紫 征四郎aa0076
    人間|10才|女性|攻撃
  • 全てを最期まで見つめる銀
    ユエリャン・李aa0076hero002
    英雄|28才|?|シャド
  • 難局を覆す者
    久兼 征人aa1690
    人間|25才|男性|回避
  • 癒すための手
    ミーシャaa1690hero001
    英雄|19才|女性|バト
  • 暁に染まる墓標へ、誓う
    無明 威月aa3532
    人間|18才|女性|防御
  • 暗黒に挑む"暁"
    青槻 火伏静aa3532hero001
    英雄|22才|女性|バト
  • きっと同じものを見て
    桜小路 國光aa4046
    人間|25才|男性|防御
  • サクラコの剣
    メテオバイザーaa4046hero001
    英雄|18才|女性|ブレ
  • 暗闇引き裂く閃光
    大門寺 杏奈aa4314
    機械|18才|女性|防御
  • 闇を裂く光輝
    レミ=ウィンズaa4314hero002
    英雄|16才|女性|ブレ
  • もっきゅ、もっきゅ
    依雅 志錬aa4364
    獣人|13才|女性|命中
  • 先生LOVE!
    aa4364hero002
    英雄|11才|女性|ジャ
  • クールビューティ
    アリスaa4688
    人間|18才|女性|攻撃
  • 運命の輪が重なって
    aa4688hero001
    英雄|19才|男性|ドレ
  • やさしさの光
    小宮 雅春aa4756
    人間|24才|男性|生命
  • お人形ごっこ
    Jenniferaa4756hero001
    英雄|26才|女性|バト
  • 藤色の騎士
    シオンaa4757
    人間|24才|男性|攻撃
  • 翡翠の姫
    ファビュラスaa4757hero001
    英雄|22才|女性|ジャ
  • 明日に希望を
    ナイチンゲールaa4840
    機械|20才|女性|攻撃
  • 【能】となる者
    墓場鳥aa4840hero001
    英雄|20才|女性|ブレ
  • 揺るがぬ誓いの剣
    石動 鋼aa4864
    機械|27才|男性|防御
  • 君が無事である為に
    コランダムaa4864hero001
    英雄|14才|男性|ブレ
  • 愛するべき人の為の灯火
    御剣 正宗aa5043
    人間|22才|?|攻撃
  • 共に進む永久の契り
    CODENAME-Saa5043hero001
    英雄|15才|女性|バト
  • エージェント
    桐生 嵐aa5082
    人間|20才|?|回避
  • エージェント
    白雨aa5082hero001
    英雄|27才|男性|ドレ
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