本部

キレイゴト=ヨマイゴト

ガンマ

形態
ショートEX
難易度
難しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2017/04/18 16:30

掲示板

オープニング

●ノンフィクションでお伝え申し上げます

 おかあさん。

「はははっ ホゥラ痛いか?」

 おかあさんが。

「下劣なヴィランが! テメーらに人権なんぞねーんだよ!」

 おかあさんがなきさけんでいる。

「命乞い? 今更? ……お前らだって、散々命乞いを無視してきただろうが!」

 おかあさんがちにまみれてる。

「奪ってやる! お前が俺の故郷を家族を奪ったように、殺しつくして奪ってやる!」

 おかあさんがきざまれていく。

「死ね! ヴィランに生きてる価値なんかない!」

 おかあさんがいなくなる。

「死ね! 死ね! 死ね!」

 おかあさんがしんじゃった。

「死ねッ! 死ねッ! 死ねッ! 死ねッ!」

 おかあさんがころされちゃった。



 ――クローゼットの隙間から見た景色です。今でも夢見る景色です。
 僕の母親はヴィランでした。
 殺されてもやむなしなクソ重罪人でした。
 だけどね、母親だったんですよ。世界でたった一人の。
 エージェントがうちに乗り込んでくる前に、僕をクローゼットに押し込んで隠してくれたんですよ。「決して声を出しちゃいけないよ」って。「あなたは生きるのよ」って。
 そして、ヴィランをたいそう憎んでる人にね、ええ、散々拷問っていうか虐待されて、肉のペーストになって死んじゃいました。
 今でも母親の悲鳴がね、あの時聞いたアレが、ええ、頭から離れません。

 こういうのを憎悪って言うんですよね。

 あ。僕はヴィランじゃないですよ。リンク能力もないし愚神に体も乗っ取られていない、ただのちっぽけな人間です。前科もないですよ。まっさらです。人も殺していませんし、盗みもやったことありません。リンカーなら、秒もかからずぶっ殺せるぐらいの一般人です。



●正しいこと

 庄戸 ミチル。

 一般人男性。親であるヴィランは、エージェントとの交戦で死亡。
 彼はヴィランではなく、一介のフリーライターである。
 が。彼は「H.O.P.E.は希望だの正義だの言ってるが、残虐なこともやってる異常組織」と謳い、監視カメラやどこぞから仕入れてきた動画や画像――主にエージェントがヴィランを攻撃しているシーン――を、より残虐的に誇張したり、ひょっとしたら加工せずそのまま、ネットにアップロードしたり記事として公表している人物だ。

「許せません」

 肩を戦慄かせるエージェントがいた。彼女の名前は二色スミレ。散々H.O.P.E.をこき下ろす記事に、拳を強く握り締めていた。
 スミレは愚神事件に巻き込まれ、死の一歩手前だったところをH.O.P.E.に救助された過去を持つ。そのことからH.O.P.E.には強い恩義を感じていた。だからこそ、大好きなH.O.P.E.に対して続けられるヘイトスピーチに我慢ならなかった。

 ――H.O.P.E.は人類の希望としての組織である。ゆえにヴィランへの拷問、虐待などといった残虐行為を禁止している。
 が。様々な経緯を持つ者が集うH.O.P.E.。中にはヴィランに人生を滅茶苦茶にされた者もいて。そういった者が時折、「慈悲を持たない」ことが……「決してない」と言えば嘘になる。

 そのことをスミレも知っている。知っているけれども。復讐や憎悪が簡単に整理のつくシロモノでないことも分かってはいる。ヴィランを憎む者が全員、暴力で報復をする者ではないことも知っているし分かっている。そして、言論の自由という言葉も知っているけれども。ミチルのそれは、真実を伝えるというよりは誇張された情報のように見えた。
 ……一度、スミレは個人的にミチルへと連絡を取ったこともある。だが彼女の言葉に彼が返したのは。

「せっかくですし、ちゃんと向き合ってお話しましょうよ。その時は、人をいっぱい連れてきてくださいね。その方が言論の自由に幅があって面白そうじゃないですか」

 そんな言葉だった。
 だからこそ、スミレは依頼として人を募ったのだ。
 任務内容はこうだ。

『庄戸 ミチルによるH.O.P.E.のヘイトスピーチをやめさせる』



●ミチルとスミレの事前会話履歴
「――だったら、僕を逮捕しますか? それともライヴスのなんやかんやで洗脳? あ。それとも強迫や拷問ですかね、僕の母さんにやったように。それに……ここで僕を逮捕だのしたら、H.O.P.E.は言論の自由すら圧砕するようなおっかない組織ってことになるんじゃないですかね」
「ですから、H.O.P.E.はそのような過激な暴力行為は……」
「あ、エージェントって、ヴィランや愚神が可愛いロリなら殺さないように手加減するってマジですか? 人間って結局は顔なんスか? これ僕が可愛いロリなら対応変わってました?」
「ミチルさん、話を逸らさないで下さい! とかく、我々H.O.P.E.は過剰な拷問といった非人道的行為を禁止しています!」
「じゃあ僕の母さんのアレはなんだったんすかね。それとか、この動画とか、画像とか……引退したヴィランの中には腕が動かなくなったとか顔にえぐい傷跡がとか、ただのちゃちな盗人に銃ぶっぱなして一生車椅子生活の体にしたりとか、そういう話もいろいろ……」
「……っ ……復讐ですか、我々に対する」
「そう見えますか? だったらどうするんですか? 子供っぽいだの無意味だの自己陶酔乙だの悲劇のヒロイン気取りキモーイだのクソマザコンだのお説教ですか? 馬鹿にして結構、笑いながら僕を否定してもいいですよ、ははは」

解説

●目標
 エージェント『二色 スミレ』から依頼された内容としては、「庄戸 ミチルによるH.O.P.E.のヘイトスピーチをやめさせる」。上記内容達成で成功度は「普通」以上。
 PL情報として、それ以外の物語的解決策を提示できれば、上記内容に失敗しても成功となる可能性はある。
 ただし破局的な結末となった場合は失敗・大失敗も起こり得ることに注意。

●登場
H.O.P.E.エージェント『二色 スミレ(ニシキ・-)』
 一般的エージェントの若い女性。実力は中の下程度。生命適性×ソフィスビショップ。
 愚神事件に巻き込まれ死に瀕したところをH.O.P.E.に救われ、恩義を感じている。
 生真面目。ミチルへ攻撃行為などは行わない。

一般人『庄戸 ミチル(ショウド・-)』
 外見は大学生ぐらいの、どこにでもいそうな青年。フリーライター。
(PL情報:音声のみをリアルタイムでネット放送している。徹底的にH.O.P.E.をこき下ろすことを目的にしている。多人数で来るよう指定したのも、「それだけボロが出やすいように」という目論見である。注意されたし)

●状況
 とある街中の、極普通のファミリーレストラン。
 時間帯は昼下がり。店内に人は疎ら。レストラン外の人通りはそこそこ。
(PL情報:店員はミチルとグルである。店員たちはICレコーダーを所持している。また、店内には防犯用監視カメラが複数個ある)

リプレイ

●オワタ式

「で、その『H.O.P.E.が非人道的行為を禁止し取り締まっている』っていう具体的な証拠は?」

 Arcard Flawless(aa1024)は席に着くと、二色スミレへと冷たい眼差しを向けた。開始早々の出来事だった。
「二色 スミレ君……君はわざわざ、組織として。『庄戸 ミチルによるヘイトスピーチをやめさせる』と。それだけの文面打った依頼を。自分の意思で、出したんじゃないか。当然、用意周到なんでしょ?」
「H.O.P.E.の方針として、そのことは公開されています。アークェイドさん、今は私の非難ではなく――」
「借り物の正義を謳って八つ当たりか、全く以て感情一辺倒だ。恥を知れ。せめてもの罪滅ぼしとして事後の関連書類は君が全部書いたらどうか?」
「ご指摘は痛み入ります。けれど、それらは後ほどお聞きしてもよろしいでしょうか。……今、私を非難して、それでどうするのですか?」
 アークェイドは何をしに来たのか。スミレは彼女の場違いともとれる言動に困惑していた。こんなこと、庄戸 ミチルにとっては格好の餌食だろうに。主観をぶちまけ非難を吐き散らすだけなど、現状の打開策にはならないどころか――悪化させるだけなのに。

「わお」

 案の定だった。ミチルはわざとらしく眉を上げる。
「H.O.P.E.の実態は痛烈ないじめ社会だったとは。いいっすね、大勢の前での叱責という名の批判。ナイスパワハラ! ブラック企業によくあるやつ! あれですかね、やっぱりお局様とかいるんですか? エート、アルカードさんでしたっけ。アーカード?」
「……アークェイド」
「アークェイドさんですね。どうも英語に疎くて。……で、貴方がお局様的なポジションなんですか? 是非とも、もっとイビリのお話をお聞きしたいのですが……?」
 メモまで取り出してミチルは嬉々としている。
「アークェイドさん。正義という単語が出ましたが、H.O.P.E.は正義である、と認識しておられる?」
「……アレは『正義』という世迷言を理想に掲げる、世界一疑うべき組織だ」
「スキャンダライズですね。ではなぜ貴方はそんな胡散臭い組織に? 脅されてるとか? まさか会長と愛人契約とか……?」
 楽しいオモチャを見つけた目をしてミチルは続ける。それに対しアークェイドは、溜息の後に質問を無視して自身の意見を語り始めた。
「『超法機関を相手に陰口でない非難』ってのは、並の勇気じゃ無理がある。君の提示する“証拠”は、H.O.P.E.の監査にあたっては非常に有益となっている。情報資源の豊富さは、君の行為を評価し奨励するに値するはずだ」
 ただ、と彼女は肩を竦めた。
「正直、記事そのものの完成度は低いんだよね。物的証拠の多様さのわりに、文面の結論が『H.O.P.E.は人間虐待機関』の一方向のみ。それ以外書きたくないと言わんばかりだ……これじゃ大多数の読者が飽きて相手にしなくなる。もったいないじゃないか」
「善処しますね」
 その具体的な証拠は? とアークェイドの言葉を引用して混ぜっ返したくなった気持ちをグッとこらえ、ミチルは微笑む。アークィエドは言葉を続ける。
「せっかくこき下ろすなら、人間対人間もそうだけど対愚神も欲しいよね」
 大規模掃討作戦に必要といって、従魔被害の混乱に乗じてとある軍の指揮系統ぶんどった……とか。
 H.O.P.E.と特定愚神が協定を結んで運用している医療施設がある……とか。
 そう続けるアークェイド。彼女の言葉を促すように、ミチルはメモ帳にペンを走らせている。
「ネタがあるならひっくるめてどんどん書いちゃえば? H.O.P.E.は業務改善できるし、読者はより知識を得られるし、君は自己欲求を満たせる。誰一人として損のない話だろうからね」
「善処しますね!」
 シンプルな返答と笑顔だけ。「つまらないから私が言ったことを書け」なんて意見、ミチルにはクレーマーのそれに映っていた。従う根拠などどこにもなかった。ただ今は、アークェイドがスミレをもっとイビらないかなぁとワクワクしているのみである。
「……っ、」
 スミレは眉根を寄せ、公開的に侮辱されるという怒りと不快感、理解できないアークェイドの言動に沈黙をしていた。

 そこからは凍てつくような静寂。
 Iria Hunter(aa1024hero001)がのんきにジュースをストローで飲む「ずずず」という音だけが場違いに響いた。

 ――かくして状況は最悪の空気から始まったのである。



●序章

 時間はしばし遡る。

「この依頼、面白そうじゃない?」――ありきたりなファミレスを前に、バルタサール・デル・レイ(aa4199)は、出撃前に紫苑(aa4199hero001)が言っていた言葉を思い返していた。
 あれは張り出された任務一覧を見ている時の出来事だった。「あ? 放っとけよ、そんなん」とバルタサールは紫苑にそう言ったのだが、彼ときたら楽しそうに「申し込み済だよ、頑張ろうね」と微笑んでいて。だと思った。あの時の分まで男は溜息を吐いた。いくら息を吐いても、面倒臭いという気持ちがマシになることはなかった。

「庄戸ミチル。職業フリーライターか」
 大宮 朝霞(aa0476)は今一度、収集したミチルについての情報を確認していた。H.O.P.E.の方でもある程度、彼についての情報はあったが……いずれも事前に伝えられたものとそう変わらない内容で。
「むー……」
 考え込む朝霞。その傍らではニクノイーサ(aa0476hero001)が、やれやれと肩を竦めながら。
「コイツが今こうして生きていることが、我等がH.O.P.E.様がお優しい甘々な組織という証明になっていると思うがな」
「ちょっとニック! そういうことは庄戸さんの前で言ったらダメだからね!」
 眉根を寄せた朝霞の声に、ニクノイーサは「へいへい」と手をヒラリ。
「奴の記事な。ヴィランになればH.O.P.E.にここまでされる、という犯罪の抑止力になっている側面もあるんじゃないか?」
「それはわからないけど……」
 悩みつつ、朝霞が言葉を続けようとした。その直後である。「ちーす」という気だるい声と共に、鵜鬱鷹 武之(aa3506)――ザフル・アル・ルゥルゥ(aa3506hero001)と共鳴中で若々しい外見である――がやってきた。
「偵察いってきました、っと……」
 共鳴を解除すれば、武之はタヌキの耳と尻尾が生えた中年男性の姿に戻る。そして傍らには天真爛漫な少女の英雄が。
 偵察、と口にした通り、武之は共鳴してその気配をライヴスによって断つと、件のファミレスを一通り確認してきたのである。シャドウルーカーの本領発揮だ。
「監視カメラをね、ぱっとよけてね、さささっとやってね、コッソリがんばってきたんだよ! ドキドキしたんだよー」
 身振り手振りでルゥルゥが偵察結果を報告してくれる。要約すると、こうだ。

 店内に客は疎らであるが、どうも妙である。誰も彼も時間潰しというより、そこに居座っている雰囲気があった。傍でしばし観察していれば、談笑をしている様子もない。店員がそれらを気にする様子もない……。

「何かあるんじゃないかとは警戒していたが……多分、サクラだな。客も店員も」
 武之が無精ヒゲの生えたアゴをさする。
「まぁ……随分と暇なんだねぇ……養ってくれないかぁ……」
「武之! ちゃんとやるんだよー」
「わかっふぇるー……」
 ルゥルゥの言葉に、アクビしながらの返事であった。

「なるほど、ね」
 佐藤 鷹輔(aa4173)は武之の報告を聞くと不敵に笑った。一つ、考えがあるらしい――というわけで、英雄の語り屋(aa4173hero001)を伴い、現場への先陣を切った。
 自動ドア。店員。そしてミチルのもとへ案内されつつ。会釈の後、着席の前に、鷹輔は周囲を見渡して。
「なんだよ、シケてんな。あんま客いねえじゃねえか」
「あ~……まあ、満員御礼だとゆっくりできないかと」
 ミチルが苦笑する。そんな彼を、鷹輔は悠々と見やって言葉を続けた。
「言論の自由の裁定の場なんだろう? 傍聴人が必要じゃねえの?」
「と、いうと? 場所を移しますか」
「いーや、その必要はねえや」
 言葉終わりに鷹輔は店員へと振り返ると。
「店員サン、支払いは持つんでもっと客入れようぜ。必要経費で落としとくから、客の注文全てH.O.P.E.で領収書切ってくれ」
「えっ……あ、はい、かしこまりました」
 店員は驚いた様子をしている。スミレも同様で、「大丈夫ですかね……?」と呟いた。鷹輔はフッと笑う。
「経費で落とせなけりゃ給料天引きで……スミレ、そん時は仲良く犠牲になってくれよな?」
 スミレの肩に腕を回し、ニヤリとした笑み。スミレは困った顔で笑いながらも「分かりました」と頷くのであった。

 かくしてエージェントたちは着席する。
 それでは――と話が始まる前に、控えめに挙手をしたのは村主 剱(aa4896)だった。
「……被害者が何かを主張するって実はすごく辛いことで、一生口を閉ざしたまま、なんて人もいる。俺は君の一言を無駄にしたくない。だから聞かせて欲しい」
 剱は静かな物言いで語りかける。そのまま、提案を続けた。

 剱の提案とは、こうだ。
 今回の話し合いを動画に収め、それを報道関係に提出して報道してもらう。もちろん、撮影内容はミチルに確認してもらい、加工などを一切ないことをチェックしてもらった上でのことだ。

「止めて欲しい場合は、すぐに止めることも約束します」
 茨城 日向(aa4896hero001)が丁寧な口調で続けた。剱は頷いて、ミチルを見やる。
「駄目ですか? ……今まで語られなかったH.O.P.E.の闇を、公にすべきだと俺は思うんですが、どうでしょう?」
「なるほど、かまいませんよ」
 快諾だった。「ありがとうございます」と剱は頭を下げる。それから顔を上げ、ミチルに言う。
「それで……まずはそっちのお話をお伺いしたく。君が話してる間、俺たちは何も意見を挟まない。君が言いたいことを言えばいい――今後どうしてほしいか、何をして欲しいかを入れた方がいいと思うよ」
「ありがとうございます。では、撮影の準備が整ったら話しますね」

 それから間もなくして、ミチルは語り始めた。
 内容はおおむね、事前に聞いていた通りだった。

 そして言葉を締め括ったミチルはエージェントたちをグルリと見渡す。「次は皆様の言葉をお聞きしたく」と、彼は微笑んだ。



●綺麗ごと、世迷ごと

 ――そして時は再び動き出す。

「まぁまぁ落ち着きなよ。とりあえず話を聞かないことには進まないだろ?」
 最悪の空気の最中、口を開いたのは武之だった。「ごめんね、血気盛んみたいなんだ」とフォローを入れつつ、ミチルへと改めて向き直る。気分を害しただろうスミレには、テーブル下でチョンと靴を爪先でつついた。ここで君を吊るし上げるつもりはない、という意思表明だった。

『話し合いに入る前にひとつ約束して欲しい、俺たちの意見がH.O.P.Eの総意であるかのような扱いをするのは辞めて欲しい。そこは同意して貰えるね?』

 スミレは、任務開始前に武之が言っていたことを思い返していた。「人それぞれ考え方が違うように、エージェント一人一人考え方は違うからね」――彼の言葉を心の中で繰り返し、スミレは気持ちを和らげる。

 奈落のような空気が地獄程度にマシになったところで、朝霞が「こほん」と咳払い一つ。背筋を伸ばして、ミチルへと見やり。
「申し後れました。私は大宮朝霞です。こっちは私の英雄でニクノイーサ。今日はよろしくお願いしますね」
 まずは挨拶、とエージェント登録証を提示する。ミチルの方も名刺を提示し、挨拶を返した。
「わたしはヨハネス・リントヴルム。こちらは英雄のパトリツィアです」
 ヨハン・リントヴルム(aa1933)も続けて挨拶をする。紹介された英雄、パトリツィア・リントヴルム(aa1933hero001)が会釈をする。パトリツィアは普段のメイド服ではなく、パンツスーツ姿だった。
「救うべき人の声に耳を傾けないようでは、ヒーローなんて要らないことになる。ですから、最大限あなたの望みが叶うように、とことん話し合いましょう」
「僭越ながら私が書記を務めさせて頂きます。内容は要望として提出させて頂きます」
 たとえ通らずとも、要望があるという事実を作る。ヨハンとパトリツィアはその姿勢をミチルへと提示した。

 ――空気はわずかにでも持ち直しただろうか。それでもまだ、見えない棘を痛いほど感じる。
 鷹輔の提案で、店にもっと客を入れるように店員へ指示したが、相変わらず店内の客は疎らなままである。もともとがそんなに繁盛していない普通すぎるファミレスゆえか。呼び込みに走る、ということも店員はしていない。業務外の仕事はなるたけしたくないのだろうか、それとも、武之の偵察通り彼らがミチルの協力者だからだろうか……。

「庄戸さんの言うような残虐行為が、H.O.P.E.で一切行われていない……というのは難しいと私も思います。仇のヴィランを目の前にして、冷静さを失う人もいるかもしれませんし」
 殺伐さが少し落ち着いたところで、朝霞がゆっくりと語り始めた。
「私は新米ですから、H.O.P.E.で何の権限もありません。でも、現場から正しい力の行使を浸透させていきたいと思います」
「それの効果ってあるんですかね実際」
 ミチルが首を傾げる。朝霞は毅然としたまま「さあ、どうでしょう」と答え、「でも」と言葉を続ける。
「たとえ微力でも。実行者がいなければ変わるものも変わらないかな、と」
 朝霞はミチルの信用を得たかった。報道についても、それがH.O.P.E.にとって改善すべきことであれば構わない。けれど、主観的なヘイトはなくして欲しい……そう願っていた。
「……動画やら画像やら、見せてもらったんだが」
 続いてニクノイーサが口を開く。
「ヴィランにどんな能力があるかわからない以上、身柄確保時に徹底的に叩くのはH.O.P.E.側の安全の為に必要な措置だ。あくまでも無力化するまでは、の話だが」
 それ以降の私刑については朝霞と同意見である。褒められたものじゃないし、朝霞の言うように直していくよう改善すべきことだろう、と。
 ニクノイーサに続いたのは剱だ。
「俺たちには起こってしまったことをどうすることも出来ないけど、肝に銘じることは出来る。ヴィランである以前に一人の人間であるってね」
 彼は朝霞たちと同意見だった。「とはいっても俺もヴィランに会ったのは数える程度なんだけれど」と前置きをしてから、キチンとヴィランの凶悪性を主張する。中には愚神が憑依していて災害級に危険な存在もいるのだと。そういった相手と対峙する時、エージェントも全力を尽くさねば殺されてしまう危険性もあるのだと。その上で、剱はヴィランへの対策を、朝霞の心構えのように徹底すべきことに同意を示した。

「それと、もう一点」

 言いつつ、朝霞はアゴに手を沿える。
「我々がロリというか、少女へは手加減をするという件についてですが。まだ成人していないヴィランなら、更生の可能性を考慮して刑が軽くなることはあるのかな? ヴィランではない、非リンカーの犯罪と同様に」
「ロリ愚神なら手加減するかってことについては……、朝霞は一切ないだろうな」
 ニクノイーサが傍らの朝霞を横目に見つつ、冗句っぽく肩を竦めてみせた。「ちょっとニック、なんか言い方に含みがある気がするんだけど?」と朝霞が咄嗟に小声で言う。英雄はナンノコトヤラな様子でコーヒーを飲んでいた。むう。朝霞は唇を尖らせる。
「まあ、ロリだから手加減するってのは、ヴィランについては非リンカーの事件と同様、愚神に関しては百パーセントのエージェントが手加減するって話でもないさ」
 カップを置いてニクノイーサは言う。子供の風貌をした敵が相手なら、手加減というか心理的に攻撃しにくいということも起こりえるだろう。そして繰り返すが、エージェント全員がそうではない。
「……さてと。お前の境遇には同情の余地があるが、別に同情が欲しいわけでもないのだろう」
 一息の後、ニクノイーサは今一度ミチルの目を見据える。
「H.O.P.E.の闇を暴きたいというのなら、こんな主観的でヘイトまみれなやり方ではなく、ライターとして公正な目でみた記事を書くんだな。そうすれば自ずと社会もお前の記事に目を向ける。こんなヘイト記事では、まともな人間の共感は得られんぞ?」
「僕は公正なつもりなんですけれどもね?」
 ミチルは変わらぬ様子だ。それに対し答えたのは、ヨハン。言葉からできるだけ『感情的』を廃して、冷静に告げる。
「あなたの行為は、H.O.P.E.だからとか関係なく、法的に危険な行為だということはご理解ください。法律には明るくないのですが、たしか名誉毀損罪は事実の有無を問わず適用されますし、個人が特定できる映像は個人情報保護法の対象だったはずです」
 ヨハンの言葉を、ミチルは正面から聴いているようだ。白髪青目の青年は、そのまま言葉を続けた。
「討伐対象が小さな女の子ならつい手心を加える、そういうエージェントはいるようですね……でもヴィランは逆。そういう子こそ餌食にする。女の子はとにかくお金になりますし、小さい子は従順ですから」
 そこまで言って、ヨハンはゆるりを首を振る。
「……ええ、ヴィランがみんなそうではないのでしょう。エージェントだって同じです」
 言葉からできるだけ『感情的』を廃して――しかし言葉にして過去を掘り起こせば、徐々にヨハンの心に影が落ちる。青年は苦笑を浮かべた。

「わたしも、昔ヴィランだったんです」

 傍らでは黙々と、表情を変えぬままパトリツィアがノートにペンを走らせている。その音を聴きながら、ヨハンは一寸目を丸くしたミチルへ「割愛しますが、昔いろいろありまして」と続けた。
「でも、皆さん良くしてくれますよ。あの頃とは違って酒瓶で殴られることもないし、ちゃんと三食食べられるし……ただ、ヴィランの被害者からしたら、たまったものじゃないでしょうね。元ヴィランが、悪人が、こうして仲間に囲まれて、世間的には善人として、のうのうと暮らしているなんて……」
 どれだけエージェントとしていいことをしても、ヨハンがヴィランであった事実は決して消えない。深呼吸を一つ。嫌な過去を思い返せば心にザワザワと黒いものが這い上がってくるような心地で。それを落ち着ける。表情には出さない。出してこそいないが、彼の銀ではない白い髪は、ヴィランズ時代のストレスで色が抜けたもので――事情を知る者がいたのなら、それは何より彼の闇を雄弁に語っているように映ったことだろう。
 されど、己の事情はそれ以上深く話すことはせず。ヨハンは冷静なまま、心に這い上がらんとしている影を見ぬフリをして。ミチルからは視線を逸らさない。
「個人的な意見ですが……H.O.P.E.はヴィランの更生だけじゃなく、その犠牲者の心情にも気を配るべきでしょう。
 一般人の犯罪者と同様に人権は保障されてしかるべきですが、刑罰を軽くする手伝いまでするべきじゃない。反感を買いますし、ヴィランに唯一対抗できる組織であるH.O.P.E.が、悪人と手を結んだと取られかねない……被害者からしたらさぞ絶望でしょう」
 悪人――どころかH.O.P.E.は愚神と手を結んでいる、と最初に聞いたミチルは懐疑的な思いが過ぎったが、ヨハンの言葉を遮ることはなかった。元ヴィラン関係者、ということで少し近しい気持ちが湧いたのもあるし、なにより愚神云々についてはまだ裏取りができたわけでもない。ので、ミチルは沈黙でヨハンの言葉を促した。ヨハンは言葉を次のように締め括る。
「当然、虐待行為はH.O.P.E.としても看過できるものではありません。お母さんの件のエージェントは既に引退しているようですが、それだけで済んだはずがない。でなければ今からでも罪に問うべきです」
「……」
 ミチルがかすかに思案するような様子を見せた。ヨハンの言葉は的確だった。客観的であり、冷静であり……その上で、彼の想いも込められていて。
 ヨハンだけではない。朝霞たちも剱も、「我々はそんなことをしていない、我々は正しいのだ」などとは決して主張しなかった。事実を述べた上で、非がある部分は改善する。そう主張していた。
 意見をぶつける、否定する――というものではないエージェントの出方に、ミチルは返す言葉を考えているようだった。

「お母さんの件のエージェントを、罪に問うべきか否か……ヨハンさんのおっしゃったことに便乗、となりますが」
 凛と、氷のように透き通った声が響いた。アルヴィナ・ヴェラスネーシュカ(aa4969hero001)が、ミチルへと語りかける。
「あなたは『復讐』についてどう考えていますか? 肉親を殺されたから報復する、その行為の是非について」
「……どうなんでしょうね。自分でもうまく説明はできません。ただ、僕の今の原動力を解剖すれば、やっぱり復讐……というものに辿り着くのかな、と。個人的には思っています」
 背もたれにもたれ、ミチルは苦笑のようなものを見せた。
「……ん。あなたの話を聞いて……、とても……考えさせられました」
 静かな声で答えたのは、氷鏡 六花(aa4969)だった。
「六花は……パパとママを愚神に殺されて、……愚神に復讐するため、H.O.P.E.に入りました。……でも、もしかしたら、復讐は……悲劇の連鎖しか、生まないのかも……と」
 アイスコーヒーの結露したグラスを両手で包み、氷の浮かぶ水面を見つめたまま。ぽつりぽつり、少女は語る。氷をジッと見ていないと、あの日が――家族を目の前で殺された光景が、心に目玉に焼き付けられたあの惨劇が、フラッシュバックしてしまいそうで。
「……ん。あなたの母親を殺したエージェントと……。今のあなたと……。六花と……。……憎悪に駆られて、慈悲の心を失っている、という意味では……一緒のように思えます」
 震えそうになる少女の手。傍らに座るアルヴィナが、テーブルの下でそっと六花の膝に手を置いた。そのまま英雄が、言葉の続きを受け持つ。
「現状のH.O.P.E.に体制の問題があることは同感です。エージェント登録の門戸は広く緩く、ろくに研修や指導もないまま現場へ赴かせ……結果、お母さんのような事例を生んでしまった。もっと厳しく監査する必要があると感じました。
 H.O.P.E.の残虐行為を指摘し追及する、そのこと自体を止めろとは言いません。むしろH.O.P.E.がより正義と希望の体現者として相応しく在ることができるよう、あなたの『監査』を歓迎します」
 ただ、と英雄は言葉に一間を置く。氷のような冷静さのまま、真っ直ぐにミチルの目を見て。
「今のような映像や写真をネットに垂れ流すことは止めて欲しいです。生々しい光景を、未成年でも誰でも見れてしまう形で公開するのは、不適切ですし条例に触れます」
 いくらミチル本人が発信する情報に制限やフィルターをかけようと、一度インターネットに上がってしまえば、転載や拡散が起こりえる。そのことについて述べた上で、彼女は続ける。
「今のあなたがしていることは、言論の自由ではなくただの扇動です。法学的にも、言論の自由は、社会がより良くなるよう善意に基く議論を行なうためにあるものです。全ての権利は公共の福祉に反しない範囲で認められているもの……憎悪に基く悪意ある扇動には適用されません」
 そうアルヴィナが言い終わった後、こっくりと頷いたのは六花だった。
「……ん。愚神は、人の心の隙を狙います……いたずらにH.O.P.E.への不信感を助長させることは……愚神へ付け込む隙を与えるのと同義です……」
「そして、ヨハンさんも仰っておられましたが、盗撮や盗聴は犯罪です。もちろんH.O.P.E.でも二度と悲劇が起こらぬよう、懲罰規定の運用強化を上に嘆願するつもりですが、そちらも法に触れる部分については早急に改めて下さい」
 法律面からの冷静な指摘。そして法律問題だけでなく、心の闇が愚神を呼ぶ脅威。ミチルは反論できなかった。「それでも報道をする」と続ければ、それは話の流れからして「愚神へ加担する」ことの宣言になるだろう。更に、あくまでも六花とアルヴィナの話はミチルを悪と非難しているものでもなかった。ここで反論したとしても、それは私情と感情にまみれた否定の暴言にしかならないことを、ミチルは理解していた。
「……ん。六花は……仇の愚神を赦せる自信は、まだありません。あなたもきっと……すぐには難しいのだろうと……」
 そんなミチルへ、六花は言葉を続ける。顔を上げて、彼を見つめて。

「でも、復讐は悲劇しか生まない……それはあなたが一番、良く分かっているハズです……」

 たとえ『綺麗事』だろうとも。
 復讐には、終わりがない。憎悪には、果てがない。
「……そうかもしれませんね」
 ミチルは視線を逸らし、それだけ小声で呟いた。六花の言葉を否定することは、なかった。
「正義なんざ自己満足の自慰行為だ。人によって形は違うもんだし、正しいも何もねえ。あるのは立場の違いだけ」
 ミチルだっけ? 鷹輔は悠然と座席にもたれて青年を見やる。「知り合いと同名でやり辛い」と一つ笑った後、変わらぬ様子で言葉を続けた。
「アンタの行為もまた正義なんだろうさ。異なる正義がぶつかれば争いになり、そこに評価を下すのは後世の歴史家達。H.O.P.E.が大多数に正義と認められているのは、“今はまだ”必要とされているからに過ぎねえ」
 理由を説明しようか。鷹輔は言う。「俺は第一世代のリンカーじゃねえし伝聞になるが」と前置きをしてから、語り始めるのはとある昔話。
「――むかーしむかし。っても、二十年ぐらい前のお話だが。世界蝕直後のリンカーは迫害の対象だった。
 なにせライヴスを介さない攻撃じゃ死なない。事実上、ミサイルを何万発ブチ込もうが無傷だし、ライヴスという超技術で屈強な軍隊だって蹴散らせる。赤子を捻るように人を殺せる力を持った存在なんだし、まあ、当然だろう」
 理解できない力を持つ隣人は忌避される。かつて魔女狩りという虐殺があったように。バケモノと、当時のリンカーは謗られていた。
「そこでH.O.P.E.が組織として唯一やったことは、なんだと思う?」
 一間。鷹輔は空気を吸い込んだ後、告げる。
「……愚神を頑張って追い払うんで、どうか手を取り合い、共に笑うことを許してください、だ。恐れという負の感情の向き先を、より恐れる存在への対抗手段という正の感情に変えた」
 世界のため秩序のため、もちろんそんな理由もあるだろうが、正義の超かっこいいスーパーヒーロー……そんなものではない。生存権を得るための、人として人らしく生きるための、『バケモノ』たちの悲痛な願い。
「いいか、勘違いするなよ? 俺らが希望を標榜してる訳じゃねえんだよ。託された希望を背負うことでしか、お日様を拝むことを許されねえのが俺らだ。命を懸けた愚神との闘争の果てにある、勝利っつう人類の希望をな」
 そう言い終わり、鷹輔は肩を竦めた。ミチルは鷹輔の言葉に耳を傾けている。ので、沈黙に促されるまま鷹輔は続けた。
「不当に残虐行為を働くエージェントはH.O.P.E.への不信の芽だ。ヨハンも言ってたことの繰り返しになるが、特定できりゃあ間違いなく組織として動くぜ。本来H.O.P.E.が守ろうとしてんのは、無力な一般人様じゃなく、真っ当に生きるリンカーの立場や権利なんだからな」
 冷める前にコーヒーを一口。中身の減ったカップを置いて、最後に締め括る。
「何のことはねえ。ビジネスライクな取引だよ、組織としちゃあな。ただ、最初の話には戻るが、所属するエージェント個々人の正義は千差万別だぜ」
 こいつらの話を聞いてりゃわかるだろう? 鷹輔は参加者を見回し、最後に改めてミチルを見やった。H.O.P.E.は数多の個の集まりではあるけれど、決して残虐組織ではない。残虐な行いをする者はルール違反であり、それは罰せられるべきだ。
「鵜鬱鷹君や他の方々のまとめとなりますが」
 日向が凛とした眼差しをミチルへ向ける。
「必要以上の暴虐を働いたエージェントには今後ペナルティを与える……なんてこと、我々一エージェントには決められませんが、H.O.P.E.に提案することは出来ますよ。叶うかどうかは確証致しかねますが」
 致しかねますが、とは言ったけれど。一エージェントでも、数が揃えば大きな声となる。状況を見るに少なくとも「改善すべきところは改善すべき」という意見に否定的なエージェントはいない。
 非難し批判したい部分を「改善する」と言われてしまえば、ミチルもそれ以上の言葉が見つからない。そこへ更に、剱が語りかけた。

「ここまで話したけど、ミチルさんは今後H.O.P.E.にどうしてほしい?」

 剱が見るに、ミチルの言葉は「ヴィランにも人権をもっと認めろ」なんて主張ではなく、ただただH.O.P.E.を貶めようとしているだけ――しからばその奥にある欲求や願望は何か。彼は問う。
「あー……それは俺も気になるな」
 気だるい声のまま、武之が顔を上げる。
「君が本当にやりたいことはなんだい? H.O.P.Eをどうしたいんだい? 君はどうして欲しいんだい?」
 全席禁煙ゆえに今だけはタバコは口に挟まっていない。淀んだ目をした男は、青年へ問う。
「ただこけおろしにして悦に入ってるだけなら俺はがっかりだよ。やってることはただの子供の我が儘と変わらないからね。でも、そうじゃないんだろう?」
 言及こそしないが、ご丁寧にサクラまで仕込んで。おそらくだが、録音やらなら盗撮やらもしているだろうなぁ。そこまでやっているレベルなのだ。そんな『暇』に見合うほどの、なにか強い情動があるはずで。
「……君にも想いがあるんだろ? それを言って欲しいな。君の意見を全て取り入れることは出来ないかもしれないけど、お互いに進むべき道を見つけることは出来るんじゃないかな?」
「僕が望むこと、ですか……」
 ミチルは一度、深く呼吸をした。「今後どうしてほしいか、何をして欲しいかを入れた方がいいと思うよ」――剱に促されての最初の意見展開で、ミチルはそのことを話さなかった。改めてエージェントにそのことを問われ、しばし思案をした。
「そうですね……僕のような人間が、もう生まれないようにしてほしい。僕は、そう思います」
 やれやれ、といった様子だった。
 それを紫苑は、じっと見て、聴いていて――おもむろに、口を開く。

「ねえ、お母さんが殺された時、『決して声を出しちゃいけない』って言われたから、泣けなかった? 『ヴィランは生きる価値がない』って言われたから、悲しんじゃいけないと思った?」

 その声に。
 ミチルの指先が、一瞬止まる。
「お母さんを助けられなかった。隠れるだけだった。自分には優しい母だと反論できなかった。だから大人になった今、自分にできる抵抗をしているのかな」
 その間も、紫苑は言葉を続けている。
「お母さんに言われたように、一人でちゃんと『生きて』きた。すごいことだと思うし、素敵なお母さんが助けてくれたおかげだね」
「素敵な、って……ヴィランの重罪人ですよ。ヒステリーも結構ヒドかったですし」
 ここでようやっとミチルが言葉を返した。苦笑を浮かべるその言葉を、紫苑はうんうんと頷いて聴いて。
「そうかもしれないね? でも、きみのお母さんは、ちゃんと『お母さん』だったんだよ。きみを愛していたんだと思うよ」
 きっと彼女が隠してくれなければ、ミチルはヴィランの子供という理由で殺されていた可能性がある。子供を隠して逃げなかったのも、クローゼットの近くにいたのも……ひとえに、母は子を守ろうとしていたのだろう。罪人であろうと、子供を守ろうとした母の愛が、そこには確かにあったのだ。
「……」
 ミチルは眉根を止せて俯き、言葉を失っていた。今までで、一番の取り繕わない――取り繕えない反応であることは、見るに明らかであった。
 それからハッと我に返るように、ミチルは常の笑みを浮かべては顔を上げる。
「ちょっと……困るなぁ」
「困る? なにが?」
 紫苑が首を傾げる。するとミチルは首を振り、「いえ、ビックリしただけです」と答えた。そんなに見透かされては返答に困る――ミチルはそう言いかけていた。
「ねえ、お母さんとの思い出の本を書いてみたらどうかな。読んでみたいかも」
 紫苑は雅なかんばせを緩やかに笑ませる。紫苑が見るに、ミチルも後天的に壊れた人間だ――壊れたモノは修理すれば直るけれど、壊れた人間はどうか? そんな興味が、紫苑にはあった。
「本、ですかあ。気が向いたら……そうですね。書いてみるのもいいかもしれません」
 ミチルはそう答える。
 バルタサールは、そんな彼と英雄のやりとりを眺めていた。ミチルの様子からはずいぶんと、最初の時のような挑発的な雰囲気は収まってる。ならばここで最後の締め括りを。いわゆる、トドメを。
「己の復讐や欲望を遂げるために、正義という錦の御旗を利用し、残虐行為を働く者がいる。それでも平然と希望を謳うH.O.P.E.。
 母を惨殺されて心に傷を負い、当時は子供ゆえに権力に歯向かう術も分からんし、恨めしく思うのは当然だ」
 ミチルはエージェントを挑発し、感情的にさせようとしているのは明らかだった。スミレのような反応は思う壺だろう。ならば、どうすればいいか。

「――申し訳なかった」

 バルタサールは深々と頭を下げる。反論せず、全面的に非を認め、謝罪する。求めるのは非難合戦ではなく和解。言い分を全て聞き入れれば、相手も振り上げた拳の下ろし場所を見失うはずで。
(それに……)
 サングラスの奥でバルタサールはさり気なく店内を見渡していた。武之が事前に言っていたようにこの店の者は九割がサクラで、おそらく録音や盗撮もされていることだろう。
 だからこそ。
 それらにハッキリ記録されるように、バルタサールは毅然とした声で続ける。
「H.O.P.E.から正式な謝罪がなかったのなら、謝罪を掛け合うし、取り締まりの強化も訴える。完全に不届き者を無くすのは困難だが、それは投げ出す理由にはならない。改善の努力をしていく。簡単に許してもらえるわけがないが、どうか今しばらく見守ってもらえないだろうか」

 チェックメイトであった。

 ミチルはもう、エージェントたちへ批判の言葉を出せやしない。全面的に謝罪し改善の受け入れるH.O.P.E.へのこれ以上の言葉は暴言になり、記録として残り、ミチルの立場が悪になる。そう、だから、ミチルは「分かりました、よろしくお願いします」と言う他になくなるのである。
 エージェントたちの重ねられる言葉、そして真摯な態度。これは一人の功績ではない。あの、当初の絶望的な空気からここまで持ってきた一同の、努力と真剣の結果である。

(へー、真面目にやろうと思えばできるじゃん)
(いちいち一言が余計なんだよお前は)
 小声で紫苑が耳打ちした。バルタサールも、他の者に聞こえぬように言い返した。
 一方でミチルは、やられたなぁという顔で苦笑をしていた。さてどう返そうか――と息を吸った、そんな時である。

「泣きたい時は泣いていいんだよ! ルゥがうけとめてあげるんだよ!」

 突如として椅子から立ち上がり、声を張ったのはルゥルゥで。いきなりの大声に、隣の武之が飲みかけのコーヒーを盛大に噎せている。
 そんな武之をさておいて――ぴょんと椅子から飛び降りた少女は、呆気にとられているミチルのもとへ。真ん丸な宝石の瞳で、真っ直ぐに彼を見つめて。
「みんなのおはなし、いっぱいあって、いろいろあって、すっごくて、むずかしーで、ルゥには、よくわかんなかったけど……これはわかるんだよ!」
 言下。少女は小さな両手をいっぱいに広げて、ミチルを全力で抱きしめた。

「ずっとかなしーさびしーっていってるんだよ?」

 どこまでも純真無垢な想いだった。「よしよし!」とルゥルゥはミチルを思いっきりなでなでする。これには流石のミチルも凄まじく困惑している。
「いや、あの――」
「大丈夫なんだよ! ルゥがいるんだよ!」
「ちょっ、」
「さびしくないんだよ!!」
 そんな様子を、武之は「あちゃー」半分、「まあいいか」半分で眺めていた。ガシガシと頭を掻いて、ハグから抜け出せないミチルに提案してみる。
「そんな状況で言うのも悪いけど……君のその鋭い観察眼を活かして監査委員みたいのをやるのはどうかな? 他の子も言ってたことだけどね」
「もしくは……一度ミチルさんもリンカーになってみればいい。そうすれば、今まで見えなかった部分が見えてくるかもしれないから、ね」
 くすくすと微笑ましい様子に表情を崩しつつ、剱も問う。ミチルはルゥルゥのハグで完全に顔面が隠れてくぐもった声で、それらにこう答えた。

「いきができない」



●綺麗事と嗤われようとも
 こうして、一同の話し合いはひと段落と相成った。

「参ったなぁ……」

 ミチルは溜息を吐いた。
 非難囂々、罵詈雑言。ギスギス殺伐。てっきり最初のように、非難ばかりが飛び交うものだと思っていたのに。「スミレのような生真面目な人間がエージェントから批判されないかな」と目論見まで果たされたのに。ミチルのワンサイドゲームから始まった状況は、気付けばまるでひっくり返っていた。毒気を抜かれたというか、透かされたというか。

 H.O.P.E.が嫌いかと問われれば答えはイエス。
 個人の話を聴いて、その真摯さに思うところが何もなかったかと問われれば答えはノー。
 だからこそミチルは悩んでいた。そして悩んだ末の、答えは――。

「一先ず僕の報道については『保留』ってことでいいですか? 監査委員になるかどうか、ということも含めてですね」

 結論は保留。またあの記事を書くかもしれないし、もう二度と書かないかもしれない。そういう意味での執行猶予。自分でも考える時間。
「だってこのまま同じ記事を書き続けたら、皆さんの希望を踏みにじってるような印象で、まるで僕が悪役みたいじゃないですか。法律違反とか……愚神に加担することになりかねない、とも言われてしまえば、どうしようもないですし」
 六花とアルヴィナを見て、ミチルは肩を竦めて見せる。「それに」と彼は言葉を続けた。
「……、そうですね。僕のような人間がいるってことを分かってもらえた。それを今日、自覚しました。そのことでちょっとスッキリしている自分がいることも。なんでしょうね。僕は……結局は、自分の痛みを理解して欲しかったダメ人間だったのかもしれませんね? いやはや」
 そう冗談っぽく笑って――紫苑をちらりと見て、ミチルは締め括った。
「飲食費はH.O.P.E.が出してくれるんですっけ。どうも、ごちそうさまでした。また会うことになるか分かりませんが、いつかどこかで会う時までお元気で」
 席から立ち上がった男はそう言ってエージェントを見渡した。
 その目に、先ほどのような嘲笑の色はなかった――少なくとも、エージェントたちにはそう見えた。

 それこそ、世迷言かもしれないけれど。
 そういう、綺麗事にしておこう、今は。



『了』

結果

シナリオ成功度 普通

MVP一覧

  • Trifolium
    バルタサール・デル・レイaa4199
  • 絶対零度の氷雪華
    氷鏡 六花aa4969

重体一覧

参加者

  • コスプレイヤー
    大宮 朝霞aa0476
    人間|22才|女性|防御
  • 聖霊紫帝闘士
    ニクノイーサaa0476hero001
    英雄|26才|男性|バト
  • 神鳥射落す《狂気》
    Arcard Flawlessaa1024
    機械|22才|女性|防御
  • 赤い瞳のハンター
    Iria Hunteraa1024hero001
    英雄|8才|女性|ブレ
  • 急所ハンター
    ヨハン・リントヴルムaa1933
    人間|24才|男性|命中
  • メイドの矜持
    パトリツィア・リントヴルムaa1933hero001
    英雄|16才|女性|シャド
  • 駄菓子
    鵜鬱鷹 武之aa3506
    獣人|36才|男性|回避
  • 名を持つ者
    ザフル・アル・ルゥルゥaa3506hero001
    英雄|12才|女性|シャド
  • 葛藤をほぐし欠落を埋めて
    佐藤 鷹輔aa4173
    人間|20才|男性|防御
  • 秘めたる思いを映す影
    語り屋aa4173hero001
    英雄|20才|男性|ソフィ
  • Trifolium
    バルタサール・デル・レイaa4199
    人間|48才|男性|攻撃
  • Aster
    紫苑aa4199hero001
    英雄|24才|男性|ジャ
  • もちを開きし者
    村主 剱aa4896
    機械|18才|男性|生命
  • エージェント
    茨城 日向aa4896hero001
    英雄|15才|男性|シャド
  • 絶対零度の氷雪華
    氷鏡 六花aa4969
    獣人|11才|女性|攻撃
  • シベリアの女神
    アルヴィナ・ヴェラスネーシュカaa4969hero001
    英雄|18才|女性|ソフィ
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