本部

寂寥家

玲瓏

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
4人 / 4~10人
英雄
4人 / 0~10人
報酬
多め
相談期間
5日
完成日
2017/04/15 20:09

掲示板

オープニング


 今更になって後に引き返せない。
 後ろを振り返って足を歩かせるのは簡単だ。その場合、最悪の結果が待っているのは明らかだから引き返せない。後ろのゴールは先輩からの叱責。加藤(かとう)は前を向くしかなかった。
 まだ昼間だというのに家の周りは薄暗かった。家の前には庭園がある。噴水や花壇はあるが、どれも空っぽだ。水気もなければ、花の色もない。
 本題の家は横に広い二階建てで、西洋風だった。
 今日ばかりは刑事という職についた自分を呪う。この地の住民から不思議な通報があったのだ。
「この家に誘拐されている人を見た」
「中から悲鳴が聞こえた」
「この家だけ、何かおかしい」
 最初は人間の間違いだと警察は考えていたが、三日間も毎日連絡が絶えないからと加藤が派遣されたのだ。本当は斎行(さいぎょう)という同期も一緒に来ているが、彼はビビって車の中に閉じこもっている。
 極度の怖がりといった性格を加藤は持ち合わせていないが、家から感じる不浄な風に足を竦ませていた。向こう側から来る風が、何事かを言っていたからだ。何事か、それは分からない。大地の声は人間には分からない。
 直感で翻訳するならば――
 ――帰った方がいい。一秒もここにいてはならない。
 加藤は声に逆らって表玄関の扉を開いた。銅製の扉は静かに開いた。
 心臓があり得ない程のスピードで脈を打っている。まずい、まずい。入ってはいけない所に入ってきてしまった。いや、それは何か見たから、聞いたからといった物理的な理由は一切ない。加藤は玄関扉を開けて入っただけだ。
 敷地内に一歩足を踏み入れた途端に感じた悪寒が、加藤を家から遠ざけたのだ。一歩一歩、歩く度に反抗心は高まる。風は「帰れ」と言う。
 庭園の半分くらい来たところで、風の音が変わった。今度ははっきり、人の声として聞こえた。
「もう遅い」
 加藤は腰を抜かした。
「だれ、誰だ」
 声はあまり、はっきりとした音にならなかった。
「こんにちは。あなたは僕の芸術を理解してくれる人?」
「何、何の話だ。誰だよ、どこにいるんだ! くそ、勘弁してくれよ!」
 震える足は立つことさえ困難にさせる。加藤は何度もよろめきながら、出口へと走った。
「もう遅い。こんにちは、あなたは僕の芸術を理解してくれる人?」
 扉は開かなかった。どこからともなく聞こえる声は、姿は見えないのに近づいて来ているように感じた。
 現実は、近づいてきているのではない。その少年の声が大きくなっているだけなのだ。加藤は扉を蹴り飛ばして、何度も何度も開けようとしたがビクともしない。しかし、青ざめた顔で何度も足を扉に叩きつけた。痛い、痛さを我慢して。
 肩を叩かれた。
「もう遅い」
 汗が滴るのだ。頬に、首筋に。
 加藤は目を瞑った。今度は耳元で、少年の囁き声が聞こえた。
「芸術を――」
「見ないと分からない! 理解できるかもしれないけど、分からない! お願いだよ勝手に入った僕が悪かった。ああ、頼む。だから、だからさ! 俺が悪かった、僕が……!」
「こっちにおいで」
 すると、恐ろしい。うなじを手で掴まれたかと思えば、尋常ではない力とスピードで家の中に引き込まれた。後ろ向きに走るジェットコースターに乗っているようで、加藤は叫び声を上げた。
 恐ろしいのは止まらなかった。家の中に連れ込まれて、数秒は目を開けられなかった。だが目を開けるだけなら簡単だ。勇気を振り絞って少しずつ瞼を上げると、そこには芸術が広がっていた。
 玄関ホールは広い。
 この家の床と壁は最悪だった。赤く、粘液が溢れ出てくる天井。赤く、人間の大きな眼球が加藤を見てくる壁。赤く、人間の手や足が無造作に取り込まれている床。赤い壁は人間の心臓のように鼓動を放っていた。
「う……」
 声がでるはずもない。一体、この状況でどんな言葉が出てくるというのか。
 後ろから気持ちの悪い足音が聞こえた。加藤は叫びながら振り返った。
 両手がなく、目と口と鼻のない肉塊が近づいてきていた。加藤は声が枯れるまで叫んだ。足が動かせないのは、床に散りばめられていた手が彼の足を掴んでいたからだ。
「あなたは僕の芸術を理解してくれる人?」
 その声は、目の前の肉塊から発せられた物ではない。また、家のどこからか聞こえてきた。
「ああ、ああ……、だめだ……。こんなの、無理。助けて」
 靴底を擦り減らしたスーツ姿の刑事とは思えないほどに、か細い声が鳴った。
「理解してくれないの。ああ、そう」
「理解してないなんて言ってない! 僕は、いや違うんだ。無理とか、助けてっていうのはそういう意味じゃなくて、じゃなくて!」
「もう遅いもう遅いもう遅いもう遅い」
 最高の後悔は既に遅かった。


 加藤は一時間経っても戻ってこなかった。斎行の恐怖具合はいよいよ大変だ。一時間も誰とも話していない。斎行はH.O.P.Eに連絡を取ることにした。
 まだ原因が人間か愚神か判断が曖昧な時、斎行はH.O.P.Eに電話するようにと言われている。
「もしもし! 大変なことになった。これは事故じゃなくて事件なんですが、ああもう、なんて言えばいいのか……。同僚がですね帰ってこないんです」
 自分が警察であることを忘れ、同僚が帰ってこないという事実を三回も復唱した。相手が混乱状態だと判断した通信士は、場所だけを聞き出して現地にリンカーを送った。

解説

●目的
 家の破壊。人民救助。

●家と少年と愚神
 この家は四人家族だったが、父親が狂人であった。とある不幸に見舞われて生き残ったのは弟だけとなる。孤児院が見つかるまで少年は使用人と二人で暮らす。その間に芸術を極めるようになったが、少年の描く絵はどれも狂気に満ちていた。少年は自信満々にかつての友人や使用人に見せるも、全員から拒絶反応をされる。
 愚神に出会ったのは引き篭もってからのことだった。使用人は買い物に出掛けていた。愚神は少年に「憎悪」の力を与えた。人を憎めば憎むほどに、少年は強くなる。
 家の気持ちの悪い装飾は全て少年の妄想が具現化した姿だ。床や壁にある人体の一部は本物ではなく、具現化したもの。
 憎悪の力が増せば、攻略は困難となる。

●クリーチャー
 誘拐された人間が少年によって変身させられた姿。記憶や意識はあるが、愚神の命令には逆らえない。少年が命令しているのではなく愚神が命令しているのは、少年には命令の権利が与えられていないからである。
 容姿は少年の妄想によって全て異なる。同じ形をしたクリーチャーは一人もいない。憎悪によってクリーチャーは強くなるが、リンカー以上の力を身につけることはない。
 クリーチャーに与えられた命令は人を逃がさない事である。攻撃はしないが人を拘束する。
 クリーチャーだけでなく、この家には人やリンカーを拘束する要素があちこちに置かれている。

●源
 愚神から与えられた力には形がある。水晶のような玉で、家のどこかに隠されている。それは愚神の生命源となる。
 これを破壊すれば人民は開放され、家も元に戻る。

●具現化の制限
 何でも思い通りにはならず、具現化には時間がかかる。人間以上の大きさの物は創れない、命令はできない、実際に見たことのない物は創れないなど様々な制限が設けられている。

●愚神
 生命源を守る場所にいる。デクリオ級であり、クリーチャーを武具に変形させて戦う。

リプレイ


 軽いノックの音が車内で鳴った。簡単な音だというのに中にいた斎行は驚いて頭をハンドルにぶつけてしまった。
「驚かせてごめん、少しお話を聞かせてもらおうかな」
 エージェントが到着したのだ。それが分かると斎行は安堵して外に飛び出した。
 荒木 拓海(aa1049)とメリッサ インガルズ(aa1049hero001)は現在の状況を斎行から聞き出すことにした。
「今の所の行方不明者数はいくつくらいかな」
「最初調査した時は五人くらいだっていう情報があったんですが、この街にきて詳しく調べると十五人もいなくなっていました。それで、もしかしたら十六人になるかもしれない!」
「十五人か。この家について何か知っていることがあれば話してほしい」
「聞き込みはしたんですよ、しっかり。でも誰も答えてくれなかったまるで口にしたら呪われると言わんばかりに」
 メリッサと荒木は車から離れて仲間の場所へと戻った。
 玄関前に戻るやいなやソーニャ・デグチャレフ(aa4829)が荒木に訊ねた。
「何か面白いことは聞けたのか?」
「行方不明者の数は十五人、もしかしたら十六人になってるかもしれないっていうだけだな」
「ふむ」
 手短な話が終わると、カグヤ・アトラクア(aa0535)は表の戸を開いた。
「とりあえず入ってみるのじゃ。H.O.P.Eから情報が来るまで待つというのも下らない話じゃからな」
 先頭を担うのはカグヤで、錆びついた鉄の音が耳を威嚇した。そして一歩敷地内に踏み入った。何も起こらない。二歩目もまだ普通だ。
 三歩目で空気が変わった。
 穏やかな風が突然怒ったのだ。向かい風となって、家に引き寄せないようにエージェント達に当たる。
「嫌な場所だ」
 ラストシルバーバタリオン(aa4829hero002)は無機質に言った。
 先頭に立っていたカグヤが止まった。声が鳴ったのはあまりにも突然過ぎた。

「こんにちは。あなた達は僕の芸術を理解してくれる人?」

 音が消えた。さっきまで聞こえていた市街音や木で休む鳥の鳴き声が。
 後ろを振り返ってみれば、開けっ放しにしていた戸が閉まっていた。
「わらわ達は来客者じゃ。綺麗な屋敷を見学しようと思ってな」
 ゆっくりと屋敷の扉が開いた。来客のお迎えくらいはできるみたいだ。
「お邪魔する」
 そう言って全員のエージェントが中へと入った。荒木とメリッサはお化け屋敷に入る直前の感情と似たような物を持っていて、いつも以上に体を近づけていた。
 家の中はほとんど、異界だった。
 九字原 昂(aa0919)は肉片まみれの家を見回して言った。
「随分と気色のわる――いや、独創的な趣味を持っている様だね」
「金持ちは時間も金も有る分、趣味が行き着くところまで行き着くからな」
 後ろの扉が閉まった。その扉も肉に覆われていて、扉の場所を覚えておかなければすぐに分からなくなるだろう。
 床や壁に散りばめられた人体の一部を見てソーニャは言った。
「これは、本物だとは思えん。ただただ人を不愉快にさせるために存在する物共だ」
「わらわも同意じゃ。綺麗過ぎる、本物ではない」
「それでは恐怖の館、ということですね。遊園地とかにありそうです」
 埋め込まれた手足はリズムを刻んで蠢いている。
 不意に、荒木の足が何かに掴まれた。地面から生えてきた手が彼の足を掴んだのだ。
「おわ! ビビった~……こんな仕掛けがあるなんてな」
 荒木は足を振り回して手から逃れた。手は大人しく地面の中に帰っていった。
「あまり立ち止まらない方が良さそうね。……おわ! って、ふふ、面白い声だすよね」
「心臓に悪い、やめてくれよなまったく」
 あはは、と笑っていたメリッサだがふと目の前に視線を移すと笑い声が止まった。代わりにぞっとした。
 人間より少し大きな肉塊の怪物がエージェント達に近づいていたからだ。
「敵ですか……!」
「待て」
 ベルフ(aa0919hero001)は雪村に手をかけた九字原の肩に手を置いた。
「行方不明者の人間かもしれん。無闇に手を出すのは得策じゃないだろう」
 目の前の肉塊は遅い歩みながら近づいてきている。
「散開して早い内に元凶を探すとするかのう。今の所こいつはスルーじゃ。ノロマじゃから簡単に振り切れるじゃろ」
 エージェント達は一階と二階、それぞれ探索を開始した。九字原とソーニャはそれぞれ共鳴して捜索に当たるのだ。一刻も早くこの気持ちの悪い謎を解決するために。


 壁に掛けられた絵画には崩壊した人間の絵が描かれていて、目は荒木とメリッサを追う。二人は今二階を探索していた。
「拓海、あれ!」
 玄関の広間から階段を登って廊下を歩いていると、目の前に再び肉塊が現れた。これは一階にいた奴とは違って無数の小さな手が生えている。まるで赤ん坊の手が両足の側面から脇にかけて生えているのだ。
「このままじゃ通れないな……だからといって倒せないし、こいつの出番かな」
 ミラージュシールドを取り出した荒木は盾を構えながら少しずつ近寄る。メリッサを後ろに護りながらお互いの近接戦闘の間合いに入った。肉塊は荒木の方を見ながら左右に揺れて、太い足でその盾を蹴った。
 衝撃はあるが、大層強い程ではない。盾での回り込みは成功した。肉塊は相変わらず動きが遅いので、一度回り込んでしまえば後は簡単だ。
「よし、先に進もうか」
 今は位置が逆転した肉塊から目を逸して後ろを振り向いた。
「リンカー」
 そこには影があった。今まで肉塊しかいなく、グロテスクな見た目をしていた家の中では一番違った存在だった。その黒い影は子供の身長をしていて立っていた。
 黒いスーツを体全体に被っているようにも見えた。
「君は……さっきからの声は君の物だったんだね」
「帰って」
 少年の口調は強かった。
「できないな。オレ達は仕事で来ているんだ」
「かえれ」
「拓海、後ろからあいつが」
 少しずつだが、確実に荒木へと肉塊は近づいている。見なくても引き摺るような不愉快な足音が聞こえてくる。
 少年はひっそりと消えた。影が空気に溶けるように。
「よし、この子を探そう」
 いつも元気な荒木は、どうしてかその面持ちは沈鬱だった。


 風呂場からはアシュラ(aa0535hero002)の轟音が響き渡っていた。
「うおお、離せ離せ!」
「落ち着くんじゃアシュラ。お主の持っているそのチェーンソーは飾りか?」
 カグヤは見取り図をH.O.P.Eに依頼していたが、結局見つけられなかったそうで手探りで探すしかなかった。一番最初に入った場所がバスルームであったのだ。
 浴槽の中には赤い水が溜まっていた。常人ならば目を伏せるところ、この二人は悪臭すら何の不快さも感じずに探索を続けた。今回が初依頼であるアシュラは誰よりも早く元凶を見つけ出してやろうと意気揚々と浴槽の中を覗いたが、浴槽から手が伸びてきて彼女を引きずり込もうとしたのだ。
 顔を両手で抑えつけられて赤い水に顔が付きそうだった。
「うおおぉ!」
 持っていたZOMBIE-XX-チェーンソーで手を切り取って事なきを得たアシュラだったが、第二の布陣が構えていた。勢いよく尻もちをつこうとしたアシュラだったが、突然地面に空洞が開いたのだ。体が∨の字に曲がる。
「ぬあぁあ~! 今度はなにさ?!」
「元気な奴じゃの。よく確認してみると良い」
 見れば空洞の端には人間の歯がついていた。地面が大きな口になっていたのだ。
「ちょっと! 見てないで助けてくれたらどうなの!」
「助けようにものう」
 カグヤは手足を捕らえられていた。地面と壁から這い出てきた四本の手によって。
「どっちかっていうとわらわを助けて欲しいのじゃ」
 ――正直、この程度の力なぞ簡単に振り解けるのじゃが。
 アシュラは両手で拘束から逃れようとするも、歯で体を挟まれて簡単には抜け出せない。この状態じゃチェーンソーも使えない。ならば取る手段は一つしかないだろう。
 青春のグローブを取り出したアシュラは両手にはめて地面を何度も強打した。五度目の攻撃でどうやら口の弱点をついたみたいで、アシュラはようやく開放された。地面に出来た空洞は今は無くなっている。
 捕らえられた主をチェーンソーで助け出して、ほっと一息。
「ここは何もナシ。次はどこに行こうかのう?」
「リビングを探してみよう」
 二人はバスルームから出てリビングへと向かった。さっきの一件があってからアシュラは前よりも警戒心を強めて辺りに視線を這わせている。


 九字原とソーニャは二人で行動していた。一階のカグヤ達のいる場所とは反対側に美術品の保管庫があって、二人はその部屋の調査を続けていた。ソーニャは共鳴したままでは狭くて入れないからと一度シルバーバタリオンから降りた。
 ほとんどの展示物の下には片峰(かたみね) 麹(こうじ)と名前が掘られているプレートがぶら下がっている。絵画だけでなく石像も展示されていた。
「この麹っていうのがあの声の名前なのでしょうか」
「さてな。……にしても、何ていうか、小官には芸術が分からん」
 様々なアートに手を出していたようで、水墨画や水彩画、現代アートや油彩画。描かれている絵に規則性はないが、一貫した共通点はある。それは絵の中に人間が描かれていないことだった。
 そして不思議な事に、今まで通路に飾られていた絵画はグロテスクであり見た目は最悪だったのだが、この部屋の絵だけはそれを感じさせなかった。
 コーヒーカップが描かれている。これは典型的な油彩画で、コーヒーカップを掴む手が見える。手だけであり、それが誰なのかは分からない。女性か男性かも。
「想像力が掻き立てられる絵、ですね。ここにある全ての絵には正解がない。見る者によってストーリーが変わってくるんです」
 コーヒーを掴むのは誰なのだろう。もしかしたら自分かもしれない。どうして掴む? 喉が乾いているからだろうか……待て待て、そもそも置いているのだろうか。飲もうとしているのではなく。
「本当に無限の想像ができるのだな」
 片峰に限らず、美術館にいけば正解のない絵というのは沢山ある。
「芸術とは正解がないことなのだろうか。うーむ、やはり小官には分からん」
 九字原の通信機が鳴った。出てみるとカグヤからであった。
「この家についてH.O.P.Eにちょいとばかし訊いて見たんじゃがのう。中々面白い答えが帰ってきたのじゃ」
 ソーニャが背を伸ばして通信機に耳を当てようとするので、九字原は屈んで彼女の耳元で一緒にカグヤの声を聞いた。
「この家の持ち主は日本ではそこそこ名の知れた絵描きだったそうじゃ」
「絵描き、やはりな」
「うむ。それでのう、どうやら持ち主はここ一年で亡くなったみたいで、他殺じゃ。家の中で遺体となって発見されたらしいの。ちなみに母親も同時に殺されておる」
「え? じゃあ先ほどの少年の声は一体なんなのでしょうか。ここに住み着いてしまった愚神……とか?」
「違う違う。この家の子供じゃ。親がいなくなってからは使用人と二人で生活していたみたいじゃのう。それで、本題はここからじゃ」
 心の準備を与えるかのように、カグヤは一呼吸置いた。
「親を殺したのは子供じゃ。警察の履歴に残っておったようじゃ」
「子供が? どうしてでしょうか」
「それは分からん。とっ捕まえて聞くしかないのじゃ。報告は以上、速やかに対処するぞ」
 子供が親を殺した。
「どんな事情があるにせよ、放っておけるような問題じゃないのである。九字原、一つ小官の案を聞いてもらえぬか」
「はい、どんな案でしょうか」
「あの肉塊、小官達を捕まえるように動いてきた。あえて捕まってみるのだ。捕まったら本筋の奴らが出て来るじゃろう。そこを叩く」
 二人は保管庫を出て正面玄関に戻った。そこには標的を失った肉塊がいて、そいつはゆっくりとソーニャに近づいた。九字原は元凶誘い出しのために隠れていた。
 肉塊は大きな手でソーニャの体を左右から押さえた――押さえつけるだけで何もしてこない。生暖かく、少し柔らかい感触がソーニャの肌に伝わる。優しい感覚だ。
 今度は足を掴まれて、完全に身動きが取れなくなった。
「いるのだろう愚神! 小官はここにいるぞ、手も足も出ないぞ」
 ソーニャが叫ぶ。そして元凶は姿を現した。


 荒木とメリッサは部屋という部屋を全て調べていた。トラバサミに似たトラップや絵画から飛び出す手に飛び上がりながらも少年や愚神、行方不明者を探した。二階の大凡の部屋の調査を終えて得られた成果は、やはり行方不明者は肉塊だということだ。
 捜索していた部屋の中に一人の被害者がいた。加藤刑事だ。彼は気を失っていたが、半分ほど肉体が肉塊のように変形していた。時間経過で彼も肉塊のようになってしまうのだろう。
 荒木は二階の、まだ調査をしていない最後の部屋の前に立っている。後は扉を開いて、中を確認するだけだ。
「開けるよ」
 どうしてこの部屋を最後に取っておいたのか。それは、影がこの扉の前に立っていたからだ。
「かえれって言ったのに」
 影ではない少年の姿があった。やせ細った白い肌に、ボサボサの髪。彼はベッドの上で壁に寄りかかって座っていた。白いシーツだけを身に纏い。少年の周りには肉塊が二匹いた。彼を包むように。
 最初、荒木は言葉を出さなかった。言葉を選別していたからだ。
「気持ちに喰い込んで来るね」
 真っ直ぐに荒木の声は少年の耳まで届いた。少年は目を丸くして荒木を見つめた。
「恐怖であれ、賛美であれ、見た者に何かしらの気持ちを起させるのは凄い事だよ。こうして見せるのは、気付いて欲しい、認めて欲しいからだろう」
 でも痛い。この子の芸術を見ることができない。
「……」
「この勢いのまま、違う気持ちになる絵を描けないか? 例えば幸せだとか。嬉しいだとか。綺麗だとか」
「じゃあ教えてよ。幸せとか嬉しいとかいう気持ちをさ。僕は生きててそんなこと、思ったこともない! 当たり前だろ。僕は孤独なんだから」
 父は絵描きだった。色々な絵を描いて、皆から認められた。だから僕も憧れた。あんな人になりたいと心に誓って、僕は絵を描き始めた。でもその絵はあまりにも、独創的で誰からも認められなかった。
 友達や先生、親や見知らぬ人から認められなかった。母は絵描きの才能は全くなくて、僕は母の血を濃く受け継いでいるのだという。兄は父の血を。堪らなく悔しかった。
 父さんはある時事故にあった。そのせいで手が動かせなくなった。
 僕は絶対に忘れない。父さんは自殺をしようとして、僕に手伝わせた。首吊りで、台を蹴ろという。
 母がきた。母は半狂乱になって僕を殴るから、近くにあったナイフで刺した。
 兄は警察を呼ぼうとしたから、兄も刺した。兄は元々殺したかった。羨ましくて仕方がなかった。
「教えてよ」
 少年はもう一度呟いた。目は虚ろで。


 肉塊が人間の形になったような見た目の愚神だった。目はなく、口だけが見える。それがニタリと笑った。手短の肉塊を剣の形に変えると、ソーニャに斬りかかった。
「危ない!」
 九字原は雪村で刃を防いだ。細かな雪が舞った。
「助かったぞ! 小官もすぐに……!」
 シルバーバタリオンは12.7mmカノン砲2A82で肉塊を吹き飛ばしてソーニャと共鳴した。倒れた肉塊は起き上がると、戦車を食い止めに走った。そう走ったのだ。今まで歩くことしかできなかった奴らが。
 二階や至るところから肉塊が登場する。
「数が多い……! この場所じゃ不利ですね」
「恐るな! 愚神が出てきたチャンスだ。ここで仕留めなければ!」
「努力します。ですが無理はしないように……!」
「うむ。小官は肉塊どもを引き寄せておく。その間に愚神を任せたぞ」
 九字原は女郎蜘蛛で肉塊を数匹抑えてから愚神に斬りかかった。愚神は剣で受け流しを狙うが、雪村の切っ先は剣に掠りもしなかった。愚神の足を切り裂いたのだ。
 剣は肉塊が変形したもの、被害者であることに代わりはない。傷をつけてはならないのだ。
 愚神は反撃に出た。雪が舞う雪村と違って、愚神の剣は血を滴らせた。振る度に血液が飛び散る。九字原はタイミングを狙ったが、中々に訪れない。
「発進!」
 シルバーバタリオンは肉塊よりも大きく、勢いで彼らを押して壁際まで引き寄せた。しかし、倒してはならない。次から次へと手足を伸ばす彼らを倒すことができない。
「貴公、疲れてはないか」
「我々はまだ戦える。気にすることはない」
「ふむ、ならよろしい。攻撃を緩めるでないぞ!」
 愚神と九字原の戦いは依然と続いていた。剣も時間が経つに連れて変形していて、短剣だったのが今や大剣だ。九字原は距離を取ろうと背後の壁にぶつかった。
 口がニタリと笑った。
「まずい!」
 同時に壁から生えてきた手が九字原を掴む。握力は八十キロを超えていて強引に雪村を地面に落とさせた。
「おいそこの愚神!」
 リビングの方から声が聞こえてきた。誰かと思えば、それはアシュラであった。アシュラは手に水晶のような丸い玉を持っていた。
 愚神は水晶に釘付けになった。そして標的を九字原からアシュラに変えたのだ。
「うむ、やはりこいつが元凶の元凶のようじゃな。アシュラ、容赦はいらんぞ。全力で壊せ」
「それならアシュラの出番だね! よーしいくよー!」
 チェーンソーを構えるアシュラ。愚神は奇声をあげてアシュラに斬りかかるも、エージェントの勝ちだ。チェーンソーの刃は水晶に亀裂を発生させると、ガラスが割れるよりも簡単に弾けた。


 少年を取り囲む肉塊は消えて、行方不明者の形に元通りになった。少年は失望の顔を浮かべて縮こまってしまった。
 連れ去られた人々はまだ生きていた。その事に安堵しながらも、荒木はどうすれば良いのか迷った。何かを口にしたいが……。
「君は、家族は好き?」
 メリッサが言った。
「嫌いだ。大嫌いだ」
「さっきね、仲間から保管庫にたくさん絵があるって連絡があったの。あの絵って」
「あれは父親のだ。僕のじゃない」
「……じゃあどうしてずっと保管してるのかなって」
 少年は黙った。
「憧れを捨てることができなかったからじゃないかな。嫌いだって口では言っても……心はそうじゃないかもしれないよ」
 彼はベッドに横たわった。そして時折嗚咽を漏らしながらこう言うのだ。
「本当はこんな事したくなかったんだ。ひとりぼっちで寂しかったんだ。父さんも死んでほしくなかった」
 少年は自分から警察に自首をした。父の本当の死因は自殺だったのだ。憧れた人間が自殺をするという恐怖と寂しさ。
「僕も死ぬ。父さんと同じように」
「オレもさ!」
 荒木は声を出した。死、という言葉をそれ以上言わせないために。
「どうしたら幸せになれるのかなんて正解は言えないんだ。でもこれだけは言える。ここで死んだら一生幸せにはなれないんだよ。生きていたらいいことはあるけど!」
「分からないじゃ――」
「オレが約束する! 色んな人と会って、色んな本を読んで。幸せのさせ方を勉強するんだ。そして絵を描く。そうすれば絶対、君の望む幸せに近づけるから」
 横たわっていた少年は起き上がって、白いシーツを投げ捨てた。そして荒木の所にいくと、腰にしがみついた。
「分かった。死なない。そして約束を守ってくれてありがとう」
「あれ、今約束したばっかだよ。まだ守ってないっていうかなんていうか……よく考えれば無責任だったよなぁ……」
 後ろ髪をかく荒木に、少年は小さな涙を浮かべながらこう言った。しっかりと目を見ながら。
「ううん。守ってくれた」

 次の日、H.O.P.Eに四枚の絵が届いた。拙い落書きのような絵だが、それぞれにエージェントの名前が書かれていて、その上には人物画がある。絵に描かれているカグヤやソーニャは笑っていた。
「ありがとう」
 そう、絵は言っていた。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 果てなき欲望
    カグヤ・アトラクアaa0535
    機械|24才|女性|生命
  • エージェント
    アシュラaa0535hero002
    英雄|14才|女性|ドレ

  • 九字原 昂aa0919
    人間|20才|男性|回避

  • ベルフaa0919hero001
    英雄|25才|男性|シャド
  • 苦悩と覚悟に寄り添い前へ
    荒木 拓海aa1049
    人間|28才|男性|防御
  • 未来を導き得る者
    メリッサ インガルズaa1049hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • 我らが守るべき誓い
    ソーニャ・デグチャレフaa4829
    獣人|13才|女性|攻撃
  • 我らが守るべき誓い
    ラストシルバーバタリオンaa4829hero002
    英雄|27才|?|ブレ
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